むかし、おとこ、うゐかうぶりして、ならの京、かすがのさとに、しるよしゝて、かりにいにけり。 かすがのゝ わかむらさきの すり衣 しのぶのみだれ かぎりしられず となむをいづきていひやりける。 みちのくの しのぶもぢすり たれゆへに みだれそめにし 我ならなくに といふ哥のこゝろばへ也。 二 むかし、おとこありけり。 おきもせず ねもせで夜を あかしては はるのものとて ながめくらしつ 三 むかし、おとこありけり。 思いあらば 葎の宿に ねもしなむ ひじきものには そでをしつゝも 二条のきさきの、まだみかどにもつかうまつりたまはで、たゞ人にておはしましける時のことなり。 四 むかし、ひむがしの五条に、おほきさいの宮おはしましけるにしのたいに、すむ人ありけり。 月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ わが身ひとつは もとの身にして とよみて、よのほのぼのとあくるに、なくなくかへりにけり。 五 むかし、おとこ有けり。 人しれぬ わが通いぢの 関守は よひよひごどに うちもねなゝむ とよめりければいといたくこゝろやみけり。 六 昔おとこありけり。 しらたまか なにぞと人の とひし時 つゆとこたへて きえなましものを これは、二条のきさきの、いとこの女御の御もとに、つかうまつるやうにてゐたまへりけるを、かたちのいとめでたくおはしければ、ぬすみておひていでたりけるを、御せうとほりかはのおとゞ、たらうくにつねの大納言、まだ下らうにて内へまいりたまふに、いみじうなく人あるをきゝつけて、とゞめてとりかへしたまうてけり。 七 むかし、おとこありけり。 いとゞしく すぎゆく方の こひしきに うらやましくも かへるなみ哉 となむよめりける。 八 むかし、おとこありけり。 信濃なる 浅間のたけに たつけぶり をちこちびとの みやはとがめぬ 九 むかし、おとこありけり。 から衣 きつゝなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞ思 とよめりければ、みなひと、かれいひのうへになみだおとしてほとびにけり。 するがなる うつの山辺の うつゝにも ゆめにもひとに あはぬなりけり ふじの山を見れば、さ月のつごもりに、雪いとしろうふれり。 時しらぬ 山はふじのね いつとてか かのこまだらに 雪のふるらむ その山は、こゝにたとへば、ひえの山をはたち許かさねあげたらむほどして、なりはしほじりのやうになむありける。 名にしおはゞ いざ言問はむ 宮こどり わが思う人は ありやなしやと とよめりければ、ふねこぞりてなきにけり。
むかし、おとこ、むさしのくにまでまどひありきけり。 みよしのゝ たのむのかりも ひたぶるに 君がゝたにぞ よるとなくなる むこがねかへし、 わが方に よるとなくなる みよし野ゝ たのむのかりを いつかわすれむ となむ。 十一 昔おとこ、あづまへゆきけるに、ともだちどもに、みちよりいひをこせける。 わするなよ ほどはくもゐに なりぬとも そら行月の めぐりあふまで 十二 むかし、おとこ有けり。 むさしのは けふはなやきそ わかくさの つまもこもれり 我もこもれり とよみけるをきゝて、女をばとりて、ともにゐていにけり 十三 昔、武蔵なるおとこ、京なる女のもとに、きこゆればゝづかし、きこえねばくるし、とかきて、うはがきにむさしあぶみとかきて、をこせてのち、をともせずなりにければ、 京より女、 武蔵あぶみ さすがにかけて 頼むには とはぬもつらし とふもうるさし とあるを見てなむ、たへがたき心地しける。 とへばいふとはねばうらむゝさしあぶみかゝるおりにや人はしぬらむ 十四 むかし、おとこ、みちのくにゝ、すゞろにゆきいたりにけり。 なかなかに 恋にしなずは くはこにぞ なるべかりける たまのをばかり うたさへぞひなびたりける。 夜もあけば きつにはめなで くたかけの まだきになきて せなをやりつる といへるに、おとこ、京へなむまかるとて、 くりはらの あねはの松の 人ならば 宮このつとに いざといはましを といへりければ、よろこぼひて、おもひけらし、とぞいひをりける 十五 昔 みちのくにゝて、なでうことなき人のめにかよひけるに、あやしうさやうにてあるべき女ともあらず見えければ、 忍山 しのびてかよふ みちもがな ひとの心の おくも見るべく 女、かぎりなくめでたしとおもへど、さるさがなきえびす心を見ては、いかゞはせむは。 十六 むかし、きのありつねといふ人ありけり。 手をゝりて あひ見しことを 数うれば とおといひつゝ よつはへにけり かのともだちこれを見て、いとあはれとおもひて、よるのものまでをくりてよめる。 年だにも とおとてよるは へにけるを いくたびきみを たのみきぬらむ かくいひやりたりければ、 これやこの あまのは衣 むべしこそ きみがみけしと たてまつりけれ よろこびにたへで、又、 秋やくる 露やまがふと おもふまで あるはなみだの ふるにぞありける 十七 としごろ、をとづれざりける人の、さくらのさかりに見にきたりければ、あるじ あだなりと 名にこそたてれ さくら花 としにまれなる 人もまちけり 返し、 けふこずば あすは雪とぞ ふりなまし きえずは有とも 花と見ましや 十八 むかし、まな心ある女ありけり。 くれなゐに ゝほふはいづら 白雪の えだもとをゝに ふるかとも見ゆ おとこ、しらずによみによみける。 くれなゐにゝほふがうへのしらぎくは折ける人のそでかとも見ゆ 十九 むかし、おとこ、みやづかへしける女のかたに、ごたちなりける人をあひしりたりける。 あまぐもの よそにも人の なりゆくか さすがにめには 見ゆる物から とよめりければ、おとこ、返し、 あまぐもの よそにのみして ふることは わがゐる山の 風はやみなり とよめりけるは、またおとこなる人なむといひける。 二○ むかし、おとこ やまとにある女を見て、よばひてあひにけり。 きみがため たおれるえだは はるながら かくこそ秋の もみぢしにけれ とてやりたりければ、返事は京にきつきてなむ、もてきたりける。 いつのまに うつろふ色の つきぬらむ 君がさとには ゝるなかるらし 二一 むかし、おとこ女、いとかしこくおもひかはして、こと心なかりけり。 いでゝいなば 心かるしと いひやせむ 世のありさまを 人はしらねば とよみをきて、いでゝいにけり。 おもふかひ なき世なりけり とし月を あだにちぎりて われやすまひし といひてながめをり。 人はいさ おもひやすらむ たまかづら おもかげにのみ いとゞ見えつゝ この女いとひさしくありて、ねむじわびてにやありけむ、いひをこせたる。 いまはとて わするゝくさの たねをだに 人の心に まかせずもがな 返し わすれ草 うふとだにきく 物ならば おもひけりとは しりもしなまし 又々ありしよりけにいひかはして、おとこ わする覧と 思心の うたがひに ありしよりけに 物ぞかなしき 返し、 なかぞらに たちゐるくもの あともなく 身のはかなくも なりにける哉 とはいひけれど、をのが世ゝになりにければ、うとくなりにけり。 二二 むかし、はかなくてたえにけるなか、猶やわすれざりけむ、女のもとより、 うきながら 人をばえしも わすれねば かつうらみつゝ 猶ぞこひしき といへりければ、さればよといひて、おとこ、 あひ見ては 心ひとつを かはしまの 水のながれて たえじとぞ思 とはいひけれど、そのよいにけり。 秋の夜の ちよをひと夜に なずらへて やちよしねばや あく時のあらむ 返し、 あきの夜の ちよをひとよに なせりとも ことば残りて とりやなきなむ いにしへよりもあはれにてなむかよひける。 二三 昔、ゐなかわたらひしける人のこども、ゐのもとにいでゝあそびけるを、おとなになりにければ、おとこも女もはぢかはしてありけれど、おとこはこの女をこそえめとおもふ。 つゝゐつの 井筒にかけし まろがたけ すぎにけらしも いもみざるまに をむな、返し くらべこし ふりわけ神も かたすぎぬ きみならずして たれかあぐべき などいひいひて、つゐにほいのごとくあひにけり。 風ふけば おきるしらなみ たつた山 夜はにやきみが ひとりこゆらむ とよみけるをきゝて、かぎりなくかなしと思て、かうちへもいかずなりにけり。 きみがあたり 見つゝをゝらむ いこま山 雲なかくしそ 雨はふるとも といひて見いだすに、からうじてやまと人、こむといへり。 君こむと いひし夜ごとに すぎぬれば たのまぬものゝ こひつゝぞぬる といひけれど、おとこすまずなりにけり。 二四 昔、おとこ、かたゐなかにすみけり。 あらたまのとしの三とせをまちわびてたゞこよひこそにゐまくらすれ といひいだしたりければ、 梓弓 まゆみつきゆみ としをへて わがせしがごと うるはしみせよ といひて、いなむとしければ、女、 あづさゆみ ひけどひかねど むかしより 心はきみに よりにしものを といひけれど、おとこかへりにけり。 あひ思はで かれぬる人を とゞめかね わが身はいまぞ きえはてぬめる とかきて、そこにいたづらになりにけり。 二五 むかし、おとこありけり。 秋のゝに 笹わけしあさの そでよりも あはでぬるよぞ ひぢまさりける いろごのみなる女、返し、 見るめなき わが身をうらと しらねばや かれなであまの あしたゆくゝる 二六 むかし、おとこ、五条わたりなりける女を、えゝずなりにけることゝ、わびたりける人の返ごとに、 おもほえず そでにみなとの さはぐかな もろこしぶねの よりし許に 二七 むかし、おとこ、女のもとにひとよいきて、又もいかずなりにければ、女のてあらふところにぬきすをうちやりて、たらひのかげに見えけるを、みづから、 我許 物思人は 又もあらじと おもへば水の したにもありけり とよむをかのこざりけるおとこたちきゝて、 みなくちに われや見ゆらむ かはづさへ 水のしたにて もろごゑになく 二八 むかし、いろごのみなりける女、いでゝいにければ、 などてかく あふごかたみに なりにけむ 水もらさじと むすびしものを 二九 むかし春宮の女御の御方の花の賀に、めしあづけられたりけるに 花にあかぬ なげきはいつも せしかども けふのこよひに ゝる時はなし 三○ むかし、おとこ、はつかなりける女のもとに、 あふことは たまのをばかり おもほえて つらき心の ながく見ゆらむ 三一 昔、宮のうちにて、あるごたちのつぼねのまへをわたりけるに、なにのあたにかおもひけむ、よしやくさばなのならむさが見む、といふ。 つみもなき 人をうけへば わすれぐさ をのがうへにぞ おふといふなる といふを、ねたむ女もありけり。 三二 むかし、ものいひける女に、としごろありて、 いにしへの しづのをだまき くりかへし 昔をいまに なすよしもがな といへりけれど、なにともおもはずやありけむ。 三三 むかし、おとこ、つのくに、むばらのこほりにかよひける女、このたびいきては又はこじと思へるけしきなれば、おとこ、 あしべより みちくるしほの いやましに きみに心を 思ますかな 返し、 こもり江に 思ふ心を いかでかは 舟さすさほの さしてしるべき ゐなか人の事にては、よしやあしや。 三四 昔、おとこ、つれなかりける人のもとに いへばえに いはねばむねに さはがれて こゝろひとつに なげくころ哉 おもなくていへるなるべし。 三五 むかし、心にもあらでたえたる人のもとに たまのをゝ あはおによりて むすべれば たえてのゝちも あはむとぞ思 三六 むかし、わすれぬるなめりと、ゝひごとしける女のもとに、 たにせばみ ゝねまではへる 玉鬘 たえむと人に わがおもはなくに 三七 むかし、おとこ、いろごのみなりける女にあへりけり。 我ならで したひもとくな あさがほの ゆふかげまたぬ 花にはありとも 返し、 ふたりして むすびしひもを ひとりして あひ見るまでは とかじとぞ思 三八 むかし、紀の有つねがりいきたるに、ありきてをそくきけるに、よみてやりける。 きみにより おもひならひぬ 世中の 人はこれをや こひといふらむ 返し、 ならはねば 世の人ごとに なにをかも こひとはいふと ゝひしわれしも 三九 むかし、さいゐんのみかどゝ申すみかどおはしましけり。 いでゝいなば 限りなるべみ ともしけち 年へぬるかと なくこゑをきけ かのいたる、かへし、 いとあはれ なくぞきこゆる ともしけち きゆる物とも 我はしらずな あめのしたのいろごのみのうたにては、猶ぞ有ける。 四○ むかし、わかきおとこ、けしうはあらぬ女を思ひけり。 いでゝいなば 誰か別れの かたからむ ありしにまさる けふはかなしも とよみてたえいりにけり。 四一 昔、女はらからふたりありけり。 むらさきの いろこき時は めもはるに のなるくさ木ぞ わかれざりける むさしのゝ心なるべし。 四二 昔、おとこ、いろごのみとしるしる、女をあひいへりけり。 いでゝこし あとだにいまだ かはらじを たがゝよひぢと いまはなるらむ ものうたがはしさによめるなりけり。 四三 むかし、かやのみこと申すみこおはしましけり。 ほとゝぎす ながなくさとの あまたあれば 猶うとまれぬ 思ふものから といへり。 名のみたつ しでのたおさは けさぞなく 庵数多と うとまれぬれば 時はさ月になむありける。 いほりおほ きしでのたおさは 猶たのむ わがすむさとに こゑしたえずは 四四 むかし、あがたへゆく人にむまのはなむけせむとて、よびて、うとき人にしあらざりければ、いゑとうじさか月さゝせて、女のさうぞくかづけむとす。 いでゝゆく きみがためにと ぬぎつれは 我さへもなく なりぬべきかな このうたは、あるがなかにおもしろければ、心とゞめてよます、はらにあぢはひて。 四五 むかし、おとこありけり。 ゆくほたる 雲のうへまで いぬべくは 秋風吹と かりにつげこせ くれがたき 夏のひぐらし ながむれば そのことゝなく ものぞかなしき 四六 むかし、おとこ、いとうるはしきともありけり。 めかるとも おもほえなくに わすらるゝ 時しなければ おもかげにたつ 四七 むかし、おとこ、ねむごろにいかでと思女ありけり。 おほぬさの ひくてあまたに なりぬれば 思へどえこそ たのまざりけれ 返し、おとこ、 おほぬさと 名にこそたてれ ながれても つゐによるせは ありといふものを 四八 むかし、おとこありけり。 いまぞしる くるしき物と 人またむ さとをばかれず とふべかりけり 四九 むかし、おとこ、いもうとのいとおかしげなりけるを見をりて、 うらわかみ ねよげに見ゆる わかくさを 人のむすばむ ことをしぞ思 ときこえけり。 はつくさの など珍しき ことのはぞ うらなくものを おもひけるかな 五○ むかし、おとこ有けり。 とりのこを とをづゝとをは かさぬとも おもはぬ人を 思ふものかは といへりければ 朝露は きえのこりても ありぬべし たれかこのよを たのみはつべき 又、おとこ、 ふくかぜに こぞのさくらは ちらずとも あなたのみがた 人の心は 又、女、返し、 ゆく水に かずかくよりも はかなきは おもはぬひとを おもふなりけり 又、おとこ、 行みづと すぐるよはひと ちる花と いづれまてゝふ ことをきくらむ あだくらべ、かたみにしけるおとこ女の、しのびありきしけることなるべし。 五一 むかし、おとこ、人のせんざいにきくうへけるに、 うへしうへば 秋なき時や さかざらむ 花こそちらめ ねさへかれめや 五二 むかし、おとこありけり。 あやめかり 君は沼にぞ まどひける 我は野にいでゝ かるぞわびしき とて、きじをなむやりける。 五三 むかし、おとこ、あひがたき女にあひて、物がたりなどするほどに、とりのなきければ、 いかでかは 鳥のなくらむ 人しれず おもふ心は まだよふかきに 五四 むかし、おとこ、つれなかりける女にいひやりける。 ゆきやらぬ ゆめ地をたどる たもとには 天津空なる つゆやをくらむ 五五 むかし、おとこ、思ひかけたる女の、えうまじうなりてのよに、 おもはずは ありもすらめど ことのはの をりふしごとに たのまるゝかな 五六 昔、おとこ、ふしておもひおきておもひ、おもひあまりて、 わが袖は 草のいほりに あらねども くるればつゆの やどりなりけり 五七 むかし、おとこ、人しれぬ物思ひけり。 こひわびぬ あまのかるもに やどるてふ 我から身をも くだきつるかな 五八 むかし、心つきていろごのみなるをとこ、ながをかといふ所に、いゑつくりてをりけり。 あれにけり あはれいく世の やどなれや すみけむ人の をとづれもせぬ といひて、この宮にあつまりきゐてありければ、おとこ 葎おひて あれたる宿の うれたきは かりにもおにの すだくなりけり とてなむいだしたりける。 うちわびて おちぼ拾うと きかませば われもたづらに ゆかましものを 五九 むかし、おとこ、京をいかゞおもひけむ、ひむがし山にすまむとおもひいりて、 すみわびぬ いまはかぎりと 山ざとに 身をかくすべき やどもとめてむ かくて、物いたくやみて、しにいりたりければ、おもてに水そゝぎなどして、いきいでゝ、 わがうへに 露ぞをくなる あまのかは とわたるふねの かいのしづくか となむいひて、いきいでたりける。 六○ 昔、をとこ有けり。 さ月まつ 花たちばなの かをかげば 昔の人の 袖のかぞする といひけるにぞ思ひいでゝ、あまになりて、山にいりてぞありける。 六一 むかし、をとこ、つくしまでいきたりけるに、これはいろこのむといふすき物とすだれのうちなる人のいひけるをきゝて、 そめがはを わたらむ人の いかでかは いろになるてふ ことのなからむ 女、返し、 名にしおはゞ あだにぞあるべき たはれ島 波の濡れ衣 きるといふなり 六二 むかし、年ごろをとづれざりける女、心かしこくやあらざりけむ、はかなき人の事につきて、人のくになりける人につかはれて、もと見し人のまへにいできて、物くはせなどしけり。 いにしへの にほひはいづら 櫻花 こけるからとも なりにけるかな といふをいとはづかしと思ひて、いらへもせでゐたるを、などいらへもせぬといへば、なみだのこぼるゝにめを見えず、物もいはれず、といふ。 これやこの 我にあふみを のがれつゝ 年月ふれど まさりがほなみ といひて、きぬゝぎてとらせけれど、すてゝにげにけり。 六三 むかし、世心づける女、いかで心なさけあらむおとこにあひえてしがなとおもへど、いひいでむもたよりなさに、まことならぬゆめがたりをす。 もゝとせに ひとゝせたらぬ つくもがみ 我をこふらし 面影に見ゆ とていでたつけしきを見て、むばら、からたちにかゝりて、いゑにきてうちふせり。 狭席に 衣片敷 今夜もや 恋しき人に あはでのみねむ とよみけるを、ゝとこあはれと思ひて、そのよはねにけり。 六四 昔、おとこ女、みそかにかたらふわざもせざりければ、いづくなりけむ、あやしさによめる。 吹風に わが身をなさば 玉すだれ ひまもとめつゝ いるべきものを 返し、 とりとめぬ 風にはありとも 玉すだれ たがゆるさばか ひまもとむべき 六五 むかし、おほやけおぼして、つかうたまふ女の、いろゆるされたるありけり。 思うには しのぶることぞ まけにける あふにしかへば さもあらばあれ といひて、ざうしにおりたまへれば、れいのこのみざうしには、人の見るをもしらでのぼりゐければ、この女、おもひわびてさとへゆく。 恋せじと みたらしがはに せしみそぎ 神はうけずも なりにけるかな といひてなむいにける。 あまのかる もにすむ虫の われからと ねをこそなかめ 世をばうらみじ となきをれば、このおとこは、人のくにより夜ごとにきつゝ、ふえをいとおもしろくふきて、こゑはおかしうてぞあはれにうたひける。 さりともと 思ふらむこそ かなしけれ あるにもあらぬ 身をしらずして とおもひをり。 徒に ゆきてはきぬる ものゆへに 見まくほしさに いざなはれつゝ 水のおの御時なるべし。 六六 むかし、おとこ、つのくにゝしる所ありけるに、あにおとゝともだちひきゐて、なにはの方にいきけり。 なにはづを けさこそみつの うらごとに これやこの世を うみわたる舟 これをあはれがりて、人々かへりにけり。 六七 昔、男、せうえうしに、おもふどちかいつらねて、いづみのくにへきさらぎ許にいきけり。 昨日けふ 雲のたちまひ かくろふは 花の林を うしとなりけり 六八 むかし、おとこ、いづみのくにへいきけり。 鴈なきて 菊の花さく 秋はあれど はるのうみべに すみよしのはま とよめりければ、みな人々よまずなりにけり。 六九 昔、おとこ有けり。 きみやこし われやゆきけむ おもほえず 夢かうつゝか ねてかさめてか おとこ、いといたうなきてよめる。 かきくらす 心のやみに まどひにき ゆめうつゝとは こよひさだめよ とよみてやりて、かりにいでぬ。 かち人の わたれどぬれぬ えにしあれば とかきて、すゑはなし。 又あふさかの せきはこえなむ とて、あくればおはりのくにへこえにけり。 七○ むかし、おとこ、かりのつかひよりかへりきけるに、おほよどのわたりにやどりて、いつきの宮のわらはべにいひかけゝる。 みるめかる 方やいづこぞ さおさして われにをしへよ あまのつりぶね 七一 むかし、おとこ、伊勢の斎宮に、内の御つかひにてまいれりければ、かの宮にすきごといひける女、わたくし事にて、 ちはやぶる 神のいがきも こえぬべし 大宮人の 見まくほしさに おとこ、 こひしくは きても見よかし ちはやぶる 神のいさむる 道ならなくに 七二 むかし、おとこ、伊勢のくになりける女、又えあはで、となりのくにへいくとていみじううらみければ、女 おほよどの 松はつらくも あらなくに うらみてのみも かへる浪かな 七三 昔、そこにはありときけど、せうそこをだにいふべくもあらぬ女のあたりを思ひける。 めには見て 手にはとられぬ 月の内の かつらごときゝ みにぞありける 七四 むかし、おとこ、女をいたうゝらみて、 いはねふみ かさなる山は へだてねど あはぬ日おほく こひわたるかな 七五 むかし、おとこ、伊勢のくにゝゐていきてあらむ、といひければ女、 大淀の はまにおふてふ 見るからに こゝろはなぎぬ かたらはねども といひて、ましてつれなかりければ、おとこ、 袖ぬれて あまのかりほす わたつ海の みるをあふにて やまむとやする 女、 いはまより おふるみるめし つれなくは しほひしほみ 誓いもありなむ 又、おとこ、 なみだにぞ ぬれつゝしぼる 世の人の つらき心は そでのしづくか 世にあふことかたき女になむ。 七六 むかし、二条のきさきの、まだ春宮のみやすん所と申ける時、氏神にまうで給けるに、このゑづかさにさぶらひけるおきな、人々のろくたまはるついでに、御くるまよりたまはりて、よみてたてまつりける。 おほはらや をしほの山も けふこそは 神世のことも 思ひいづらめ とて、心にもかなしとや思ひけむ、いかゞ思ひけむ、しらずかし。 七七 むかし、田むらのみかどゝ申すみかどおはしましけり。 山のみな うつりてけふに あふことは はるのわかれを とふとなるべし とよみたりけるを、いま見ればよくもあらざりけり。 七八 むかし、たかきこと申す女御おはしましけり。 あかねども いはにぞかふる いろ見えぬ こゝろを見せむ よしのなければ となむよめりける。 七九 むかし、うぢのなかにみこうまれたまへりけり。 わがゝどに ちひろあるかげを うへつれば 夏冬たれか ゝくれざるべき これはさだかずのみこ、時の人、中将のことなむいひける。 八○ むかし、おとろへたるいへに、ふぢのはなうへたる人ありけり。 ぬれつゝぞ しゐておりつる 年の内に はるはいくかも あらじと思へば 八一 むかし、左のおほいまうちぎみいまそかりけり。 しほがまに いつかきにけむ あさなぎに つりする舟は こゝによらなむ となむよみける。 八二 むかし、これたかのみこと申すみこおはしましけり。 世中に たえてさくらの なかりせば 春のこゝろは のどけからまし となむよみたりける。 ちればこそ いとゞさくらは めでたけれ うき世になにか ひさしかるべき とて、その木のもとはたちてかへるに、日ぐれになりぬ。 かりくらし たなばたつめに やどからむ あまのかはらに われはきにけり みこ、哥を返ゞずじたまうて、返しえしたまはず、きのありつね御ともにつかうまつれり。 ひとゝせに ひとたびきます きみまてば やどかす人も あらじとぞ思 かへりて宮にいらせたまひぬ。 あかなくに まだきも月の かくるゝか 山のはにげて いれずもあらなむ みこにかはりたてまつりて、きのありつね、 をしなべて みねもたひらに なりなゝむ 山のはなくは 月もいらじを 八三 むかし、みなせにかよひたまひしこれたかのみこ、れいのかりしにおはしますともに、うまのかみなるおきなつかうまつれり。 まくらとて くさひきむすぶ 事もせじ 秋の夜とだに たのまれなくに とよみける。 わすれては ゆめかとぞ思ふ おもひきや 雪ふみわけて きみを見むとは とてなむなくなくきにける。 八四 むかし、おとこありけり。 おいぬれば さらぬ別れの ありといへば いよいよ見まく ほしきゝみかな かの子、いたうゝちなきてよめる。 世中に さらぬわかれの なくもがな 千世もといのる 人のこのため 八五 むかし、おとこありけり。 おもへども 身をしわけねば めかれせぬ ゆきのつもるぞ わが心なる とよめりければ、みこいといたうあはれがりたまうて、御ぞぬぎてたまへりけり。 八六 むかし、いとわかきおとこ、わかき女をあひいへりけり。 今までに わすれぬ人は 世にもあらじ をのがさまざま としのへぬれば とてやみにけり。 八七 昔、男、つのくにむばらのこほり、あしやのさとにしるよしゝて、いきてすみけり。 あしのやの なだのしほやき いとまなみ つげのをぐしも さゝずきにけり とよみけるぞ、このさとをよみける。 わが世をば けふかあすかと まつかひの 涙のたきと いづれたかけむ あるじ、つぎによむ。 ぬきみだる 人こそあるらし ゝらたまの まなくもちるか そでのせばきに とよめりければ、かたへの人、わらふ事にやありけむ、このうたにめでゝやみにけり。 はるゝ夜の ほしか河辺の ほたるかも わがすむ方に あまのたく火か とよみて、家にかへりきぬ。 わたつうみの かざしにさすと いはふもゝ 君がためには おしまざりけり ゐなかびとのうたにては、あまれりやたらずや。 八八 むかし、いとわかきにはあらぬ、これかれともだちどもあつまりて、月を見て、それがなかにひとり、 おほかたは 月をもめでじ これぞこの つもれば人の おいとなるもの 八九 むかし、いやしからぬおとこ、われよりはまさりたる人を思ひかけて、としへける。 人しれず われこひしなば あぢきなく いづれの神に なき名おほせむ 九○ むかし、つれなき人をいかでと思ひわたりければ、あはれとや思ひけむ、さらばあすものごしにても、といへりけるを、かぎりなくうれしく、又うたがはしかりければ、おもしろかりけるさくらにつけて、 さくらばな けふこそかくも にほふらめ あなたのみがた あすのよのこと といふ心ばへもあるべし。 九一 むかし、月日のゆくをさへなげくおとこ、三月つごもりがたに、 おしめども 春のかぎりの けふの日の ゆふぐれにさへ なりにけるかな 九二 むかし、こひしさにきつゝかへれど、女にせうそこをだにえせでよめる。 あし辺こぐ たなゝしをぶね いくそたび ゆきかへるらむ しる人もなみ 九三 むかし、おとこ、身はいやしくて、いとになき人を思ひかけたりけり。 あふなあふ なおもひはすべし なぞへなく たかきいやしき 苦しかりけり むかしもかゝる事は、世のことはりにや有けむ。 九四 昔、おとこ有けり。 秋の夜は 春日わするゝ ものなれや かすみにきりや ちへまさるらむ となむよめりける。 ちゞの秋 ひとつのはるに むかはめや もみぢも花も ともにこそちれ 九五 昔、二条の后につかうまつるおとこありけり。 ひこぼしに こひはまさりぬ あまの河 へだつるせきを いまはやめてよ このうたにめでゝあひにけり。 九六 昔、男ありけり。 秋かけて いひしながらも あらなくに このはふりしく えにこそありけれ とかきをきて、かしこより人をこせば、これをやれ、とていぬ。 九七 むかし、ほりかはのおほいまうちぎみと申、いまそかりけり。 さくらばな ちりかひくもれ おいらくの こむといふなる みちまがふがに 九八 むかし、おほきおほいまうちぎみときこゆる、おはしけり。 わがたのむ きみがために とおる花は 時しもわかぬ 物にぞありける とよみたてまつりたりければ、いとかしこくをかしがりたまひて、つかひにろくたまへりけり。 九九 むかし、右近の馬場のひをりの日、むかひにたてたりけるくるまに、女のかほのしたすだれよりほのかに見えければ、中将なりけるおとこのよみてやりける。 見ずもあらず 見もせぬ人の こひしくは あやなくけふや ながめくらさむ 返し、 しるしらぬ なにかあやなく わきていは むおもひのみこそ しるべなりけれ のちはたれとしりにけり。 一○○ 昔、男、後涼殿のはさまをわたりければ、あるやむごとなき人の御つぼねより、わすれぐさをしのぶぐさとやいふ、とて、いださせたまへりければ、たまはりて、 わすれぐさ おふる野辺とは 見るらめど こはしのぶなり のちもたのまむ 一○一 むかし、左兵衛督なりけるありはらのゆきひらといふ、ありけり。 さくはなの したにかくるゝ人をおほみ ありしにまさる ふぢのかげかも などかくしもよむ、といひければ、おほきおとゞのゑい花のさかりにみまそかりて、藤氏のことにさかゆるを思ひてよめる、となむいひける。 一○二 むかし、おとこ有けり。 そむくとて くもにはのらぬ ものなれど よのうきことぞ よそになるてふ となむいひやりける。 一○三 むかし、おとこありけり。 ねぬる夜の ゆめをはかなみ まどろめば いやはかなにも なりまさるかな となむよみてやりける。 一○四 昔、ことなる事なくてあまになれる人有けり。 世をうみの あまとし人を 見るからに めくはせよとも たのまるゝかな これは斎宮の物見たまひけるくるまに、かくきこえたりければ、見さしてかへりたまひにけりとなむ。 一○五 昔、男、かくてはしぬべし、といひやりたりければ、女 白露は けなばけなゝむ きえずとて たまにぬくべき 人もあらじを といへりければ、いとなめしと思ひけれど、心ざしはいやまさりけり。 一○六 むかし、おとこ、みこたちのせうえうし給所にまうでゝ、たつたがはのほとりにて、 ちはやぶる 神世もきかず たつた河 からくれなゐに 水くゝるとは 一○七 昔、あてなるおとこ有けり。 つれづれの ながめにまさる 涙河 袖のみひぢて あふよしもなし 返し、れいのおとこ、女にかはりて、 あさみこそ ゝではひづらめ 涙河 身さへながる ときかばたのまむ といへりければ、おとこいといたうめでゝ、いまゝでまきて、ふばこにいれてありとなむいふなる。 かずかずに おもひおもはず とひがたみ 身をしるあめは ふりぞまされる とよみてやれりければ、みのもかさもとりあへで、しとゞにぬれてまどひきにけり。 一○八 むかし、女、ひとの心をうらみて、 風ふけば とはに浪こす いはなれや わか衣手の かはく時なき とつねのことぐさにいひけるを、きゝおひけるおとこ、 夜ゐごとに かはづのあまた なく田には 水こそまされ 雨はふらねど 一○九 むかし、おとこ、ともだちの人をうしなへるがもとにやりける。 花よりも 人こそあだに なりにけれ いづれをさきに こひむとか見し 一一○ 昔、おとこ、みそかにかよふ女ありけり。 おもひあまり いでにしたまの あるならむ 夜ふかく見えば たまむすびせよ 一一一 むかし、おとこ、やむごとなき女のもとに、なくなりにけるをとぶらふやうにていひやりける。 いにしへや 有もやしけむ 今ぞしる まだ見ぬ人を こふるものとは 返し、 したひもの しるしとするも とけなくに かたるがごとは こひぞあるべき 又、返し こひしとは さらにもいはじ ゝたひもの とけむを人は それとしらなむ 一一二 むかし、おとこ、ねむごろにいひちぎれる女の、ことざまになりにければ すまのあまの しほやく煙 風をいたみ おもはぬ方に たなびきにけり 一一三 むかし、おとこ、やもめにてゐて、 ながゝらぬ いのちのほどに わするゝは いかにみじかき 心なるらむ 一一四 むかし、仁和のみかど、せり河に行かうし給ける時、いまはさる事にげなく思ひけれど、もとつきにける事なれば、おほたかのたかがひにてさぶらはせたまひける。 おきなさび 人なとがめそ かり衣 けふ許とぞ たづもなくなる おほやけの御けしきあしかりけり。 一一五 むかし、みちのくにゝて、おとこ女すみけり。 をきのゐて 身をやくよりも かなしきは みやこしまべの わかれなりけり 一一六 昔、男、すゞろにみちのくにまでまどひいにけり。 浪まより 見ゆるこじまの はまひさし ひさしくなりぬ きみにあひ見で なにごとも、みなよくなりにけり、となむいひやりける。 一一七 むかし、みかど、すみよしに行幸したまひけり。 我見ても ひさしくなりぬ すみよしの きしのひめまつ いく世へぬらむ おほむ神、げぎやうし給て、 むつまじと 君はしら浪 みづがきの ひさしき世ゝり いはひそめてき 一一八 むかし、をこと、ひさしくをともせで、わするゝ心もなし、まいりこむ、といへりければ、 たまかづら はふ木あまたに なりぬれば たえぬ心の うれしげもなし 一一九 むかし、女の、あだなるおとこのかたみとて、をきたる物どもを見て、 かたみこそ 今はあだなれ これなくは わするゝ時も あらましものを 一二○ むかし、おとこ、女のまだよへずとおぼえたるが、人の御もとにしのびてものきこえて、のちほどへて、 近江なる つくまのまつり とくせなむ つれなき人の なべのかず見む 一二一 むかし、おとこ、梅壷よりあめにぬれて、人のまかりいづるを見て、 うぐいすの 花をぬふてふ かさもがな ぬるめる人に きせてかへさむ 返し、 鶯の 花をぬふてふ かさはいな おもひをつけよ ほしてかへさむ 一二二 むかし、をとこ、ちぎれる事あやまれる人に、 山しろの ゐでのたま水 手に結び たのみしかひも なき世なりけり といひやれど、いらへもせず。 一二三 むかし、おとこありけり。 年をへて すみこしさとを いでゝいなば いとゞ深草 野とやなりなむ 女、返し、 野とならば うづらとなりて なきをらむ かりにだにやは きみはこざ覧 とよめりけるにめでゝ、ゆかむと思ふ心なくなりにけり。 一二四 むかし、おとこ、いかなりける事を、おもひけるおりにかよめる。 思ふ事 いはでぞたゞに やみぬべき 我とひとしき 人しなければ 一二五 昔、おとこ、わづらひて、心地しぬべくおぼえければ、 つゐにゆく みちとはかねて きゝしかど 昨日けふとは おもはざりしを 了 |