邪宗門秘曲 北原白秋 目録

 われは思ふ、末世(まつせ)邪宗(じゃしゅう)切支丹(きりしたん)でうすの魔法(まほふ)
黒船(くろふね)加比丹(かひたん)を、紅毛(こうまう)不可思議国(ふかしぎこく)を、
(いろ)(あか)きびいどろを、(にほひ)()きあんじやべいいる、
南蛮(なんばん)桟留縞(さんとめじま)を、はた、阿刺吉(あらき)珍酡(ちんた)の酒を。

目見(まみ)青きドミニカびとは陀羅尼(だらに)()し夢にも語る、
禁制(きんせい)宗門神(しゆうもんしん)を、あるはまた、血に染む聖磔(くるす)
芥子粒(けしつぶ)を林檎のごとく見すといふ欺罔(けれん)(うつは)
波羅葦僧(はらいそ)(そら)をも(のぞ)()(ちゞ)()なる眼鏡(めがね)を。

(いへ)はまた石もて造り、大理石(なめいし)の白き血潮(ちしほ)は、
ぎやまんの(つぼ)に盛られて()となれば火(とも)るといふ。
かの(うるは)しき越歴機(えれき)の夢は天鵝絨(びろうど)(くゆり)にまじり、
めづらなる月の世界の鳥獣とりけもの映像うつすと聞けり。

あるは聞く、化粧けはひの料しろは毒草どくさうの花よりしぼり、
くされたる石の油あぶらに画ゑがくてふ麻利耶まりやの像ざうよ、
はた羅甸(らてん)波爾杜瓦爾(ほるとがる)らの(よこ)つづり青なる仮名(かな)
うつくしき、さいへ悲しき歓楽くわんらくの音にかも満つる。

いざさらばわれらに(たま)へ、幻惑(げんわく)伴天連(ばてれん)尊者(そんじや)
百年もゝとせを刹那せつなに縮ちゞめ、血の磔はりきにし死すとも
しからじ、願ふは極秘ごくひ、かの奇しき紅くれなゐの夢、
善主麿(ぜんすまろ)今日(けふ)(いのり)()(たま)(くゆ)りこがるる。
 四十一年八月