花梨 - 2004/07/30 戻る
「わかって下さい」

あなたの愛した ひとの名前は
あの夏の日と共に 忘れたでしょう
いつも言われた ふたりの影には
愛がみえると

 桜の花びら はらはらと散る
 君の頬にも 降りかかる
 僕の肩にもたれたままで
 両の手を空に差し出す仕草
 ひとひら ふたひら手の平に落ち
 得意げな君が なお愛おしく
 強く抱きしめ「離さない」と誓う

忘れたつもりでも 思い出すのね
町であなたに似た人を見かけると
ふりむいてしまう
悲しいけれどそこには
愛は見えない

 あの夏の日の二人の契り
 枕辺に一輪 添う夏椿
 君と僕との甘美な揺れに
 今にも散りそな儚げな白さ
 一緒にコトコト花瓶も揺れて
 僕の思いとしたたる汗を
 君の身体が受け止める
 熱く激しくやわらかく

これから淋しい秋です
ときおり手紙を書きます
涙で文字がにじんでいたなら
わかって下さい

 みやぎの萩のトンネルを
 手をつないだままで二人でくぐる
 紅く小さな花に触れ
 それはそのまま君の紅色
 人影のないのを幸いに
 熱き抱擁 熱きくちづけ
 ほのかな香りは君か萩か
 このまま秋にとけていきたい

私の二十才の お祝いにくれた
金の指輪は今も 光っています
ふたりでそろえた
黄色いティーカップ
今もあるかしら

 あの日歩いた木漏れ日の小道
 別れの予感に震える指で
 それでも君を引き寄せて
 ほどけそうな糸手繰り寄せ
 もう一度強く抱きしめていたら
 まだ今もここにいるのだろうか

これから淋しい秋です
ときおり手紙を書きます
涙で文字がにじんでいたなら
わかって下さい

 君のいないこの部屋に
 季節はずれの桔梗を飾り
 帰らぬ昔を思い出す
 優しい笑顔と笑い声
 柔らかな感触も温もりも
 昨日のように忘れられない
 情けない程いくじなしの僕

涙で文字がにじんでいたなら
わかって下さい