防衛大学校第六期生卒業式における槙校長先生の式辞
改めて読みかえしても、まさに今の世にこそ必要なモラルを述べられているようです。
本日、防衛大学校第六期生の卒業式を挙行するに際し、池田内閣総聖大臣、藤枝防衛庁長官、佐藤尚武来賓総代、林統合幕僚会議議長、大森陸上幕僚長、中山海上幕僚長、源田航空幕僚長、ヨーマンズ在日米海軍司令官、ロジャーズ在日米国軍事顧問団長、東京駐在各国武官、来賓各位並びに卒業生父兄諸氏の臨席を得ましたことは、ひとり卒業生のみならず、本校職員の無上の光栄といたすところであります。 一同衷心より謝意を表す次第であります。 なお、この機会に父兄諸氏の遠路の御来会と日頃の御協力を厚く御礼を申し上げます。 輝かしい今日の卒業式に臨み、防衛大学校職員一同は諸君本日の事業を心より祝うことの切なものがあります。 我が国は現在、波乱の多い世界の情勢の中に、独立と平和を堅持固守して、その将来に一切の希望を託して困難な途を開いているのであります。 言うまでもなく、卒業とともに諸君は、国民の一員として、また、防衛任務につく者の一員として、国民に対して、義務を負い、責任を持つに至ったのであります。 しかし、国防の任を生涯の職業として選び、その献身的な誠実が要望され、諸君もまた、これをこの上なき名誉と心得るに当っては、諸君の尽くさんとする、その対象である国民なる言葉を考えることも徒事ではなかろうかと思うのであります。 国民及び国民性を知るために、大切なことは、国民はこれを構成する人々以外の何者でもないことであります。 ここに国民の共通の意思が生れ、共通の努力と行為となって現れるのであります。 これらの点を描くことも大切でありますが、同時に精神的要因を描かないでは、真の国民の画像を眺めることは出来ないのであります。 その主なものとして、信仰、文芸、思想や、習慣、法典、制度や、あるいは政府、教育等を挙げることが出来るのでありましょう。 心の造ったこれらのものが、時代から時代へ、心から心へと受け継がれ、継がれる度にその深さを増したのであります。 この過去より現在へ、現在から将来へと継がれて行く共同の相続財産は、ただいま述べましたように、自然の要因の上に、個人の心によって造られた精神的の存在であります。 いうまでもなく、この共同の相続財産は構成員にとっては、ただに過去現在のみならず、その将来に託する希望の一切を含むものであって、その安泰と繁栄を願い、独立と平和のうちに、恒久の生命の続くことを祈らずにはいられないものであります。 しかし、現在の世界情勢は、必ずしもこの安泰と繁栄、独立と平和を無条件に保証してくれるものではなく、破壊をもたらし冷酷な力の前に服従する危険から、その安全を保障しているものではありません。 また、自ら守らずして、他に援助の手を延ばすもののあるべきはずなきは勿論でありましょう。 平素の準備鍛練が、諸君の国民の一員として、また国民に対しての義務であり、責任であると考えるのはこのためであります。 しかし、近代の人生に対する態度はこれに反して肯定的であり、ここに無限の積極の世界が開け、思慮行動は現世を是認して創造力に溢れ、芸術、学問、倫理に対する視野と態度は著しく拡大強化され今日の文明を築きあげたことは周知のとおりであります。 物心両面の世界を開拓する個人の力、集団の力、国民国家の力に対する自信であり、人間行為の価値の再評価であったのであります。 自治の賛美、秩序の尊重、正義の遵守、順法の精神は近代社会の人の積極性を肯定する倫理導徳であり、ひとり扉を閉じておのれに終始するを退け、崇高なものとされるに至ったのであります。 防衛任務は貴いものであります。同時にこれを貴からしめるのも、防衛の任にあるものの心懸けいかんによるのであります。 他の一つは任意自発的である道義の念に徹することであります。 立法者である国民も、またその機関も遅滞なくその一致に努めるべきは固よりであります。 法は遵守されねばなりません。同時に同じく遵守されねばならぬ、道義と呼ぶ倫理上の規範があります。 防衛の組織また、この両者に満つるものでなければその力を発揮することは出来ないのであります。 道義は人の自発心であり、自主であり、この故に人の誇りの本源でもあります。 防衛の責任を考える時、法はわれわれの進路を明確に指示し、道義はその任務の倫理上の価値を教え、人の自由の天地の広大なることを啓示するとともに秩序と服従のカを与えるものであります。 以上を以って第六期生卒業式の式辞といたします。 昭和三七年三月一七日 防衛大学校長 槙 智雄 |