このページはY.Y氏の作品を印刷、紹介用に編集したものです。氏は、安岡正篤氏作の六中観 「死中有活 苦中有楽 忙中有閑 壺中有天 意中有人 腹中有書」 から 「壺中有天」をホームページの作成指針としております。

.♪ アルハンブラ宮殿の想い出 

「第1話」 アルハンブラ略史

 アルハンブラ宮殿はスペインに攻め込んだ回教徒が築いたものです。
alht.jpg スペインでは、北部に追いつめられたキリスト教徒が勢力奪還を図り、約700年間、回教徒と戦ってきました。その戦いは、レコンキスタと言われています。
 1492年、カソリック両王と言われたフェルデイナンド皇太子とイサベラ女王が回教徒の最後の砦であったアルハンブラ宮殿を攻略し、そこに入場してスペインの独立を果たしました。
 これを聞いたイタリア人のコロンブスは、大航海の話を持ち掛け、勝利に気をよくしているカソリック両王をパトロンにして航海し、アメリカ大陸を発見したのでした。


「第2話」 君子南面

 東洋の君子は南面するしきたりがあった。机に南向きに座って執務するのが理想とされていた。
 論語の巻第3に孔子が、門人を推挙する時「彼は南面させて良い、きっと立派な政治家になるだろう」と言うくだりが有る。
 アルハンブラ宮殿で40年間ガイドをしていると言うゴンザレス氏に聞いてみた。
 「王様はどこに居られたのですか?」alh2t.jpg
 「ああ、ライオンの中庭の東の部屋だ」
 「では南向きではなくて、西向いて座っていたのですね」
 「ノー、砂漠の民に机や椅子などある訳が無い。絨毯の上に寝転んでいたのだ」
 「エー、寝転んで?」
 「そう、その方が天井や壁の彫刻が奇麗に見えるのだ」と言う。
 確かに宮殿の中は、立って見るよりも寝転んで見たほうが彫刻は奇麗に見える。アラブ民族は私達と同じアジア人なのです。でも、生活様式が全く違う為、ここでは君子南面と言う話は全く通じないのでした。
 アラブの君子は南面どころか、寝転んでいたのです。


「第3話」 アラビアンナイトの世界

 宮殿に入る時、聞いてみた。
 「ゴンザレスさん、東洋では本殿とか正門は堂々として立派に造られていますよ。それが君子の象徴なのです。この宮殿はどうですか?」
 「それはまずいねー、大きな本殿や門は敵に攻撃目標を教えているようなも のじゃないか。よそ者には宮殿の中は分からないほうが良い」
 「なるほど」
 「アルハンブラ宮殿には門が15有った。立派に見えるものは偽造門だった。そうとは知らずに攻め込んだ敵は城壁の下で道路が行き止まりになっているので右往左往する。その時頭上から煮え滾った油を注がれて降参するのだ。 どうだ凄いだろう」
 「うーん、でも、それじゃ宮殿と言うよりも戦国時代の砦ですね。宮殿というのは、戦乱の巷にあるものではなくて、もっと落ち着いた、エレガントなものでしょう。」
 ゴンザレス氏はとても70歳とは思えぬ足取りで階段を登る。そこで又異文化を感じた。
alh3t.jpg 入り口の段を上るとクルリと向きを変えさせられる。段を降りると、又クルリと回る。
 隣の建物に行く時、暗い踊り場でクルリ、階段を上り詰めると又クルリと方向変換させられて、いきなりパッと明るい処に出る。
 それを2〜3回繰り返すと方向感覚が麻痺してしまう。周囲を敵に囲まれている中で宮殿を維持する知恵だったのだろう。それでも王様の前まで案内された客はまだ良い。
 胡散臭い客が来た時、召し使いは宮殿の入り口までしか案内しない。そこには同型の扉が2つある。何気なく片方から入ると一本道でスルリと城外に出てしまう。後の祭りだ。もう一方の方から入るべきだったのだが、召し使いは石のように黙っている。


「第4話」 建築と音楽

 アルハンブラ宮殿の天井と壁には無数のモザイクが彫り込まれ、人間業とは思えない丹念な作りの集積が室内に荘厳な雰囲気を醸し出している。良くぞここまで作り上げたものだと思う。
alh4t.jpg 近代ギターの父と言われたフランシスコ・タルレガは、その印象を、流麗なトレモロのギター曲「アルハンブラ宮殿の想い出」に結晶させた。繊細で深い響きの曲である。その楽譜がまた美しくまるで宮殿のモザイクが連続している様子を彷彿させる。まさに音楽は流れる建築であり建築は凍れる音楽である。
 一方、 タルレガと同世代のピアニストのイサク・アルベニスは、この宮殿に暫く住んでいたが、城壁の西の塔が暮れなずむ夕日に赤く染まり、やがて夜のとばりに沈んで行く姿の荘厳な美しさ に打たれて「朱色の塔」を作曲した。
 タルレガの楽想は憂愁に溢れた穏やかなものだが、アルベニスの曲は元気良い3連音符をふんだんに使っており、とても活発なムードになっている。色々な駆け引きや「手練手管」の限りを尽くして勢力を伸していったアラブの逞しさを表現している様である。


「第5話」 国を捨てた王様

 ゴンザレス氏は宮殿の最後を語る時さびしそうだった。alh5t.jpg
 「第22代目の王様が意気地なしだったので4万人の将兵とアルハンブラ宮殿を捨てて夜逃げしたのだ」
 王様の母親アイサは男勝りの気性だった。夕闇に紛れて逃げようとする息子に向かって叫んだ。「お前が男らしく護れなかったものの為に女のように泣くが良い」
 展示室に見事な革表紙のコーランが有った。表紙には「戦場で得たものは何であれその5分の1を国家又はモスクに納めなければいけない」と書いてある。
 「うーん、アラブが急速に勢力を広めた理由はこれか、2割が税金で8割は自分の物だからな」と感心しているとゴンザレス氏が目元に微笑を浮かべつつドキッとする事をいった。
 「スペインは、アラブに勝ってアルハンブラ宮殿を手に入れたけれども滅んでしまったよ。次は、日本が危ないのじゃないか」
 これは厳しい。ここで無理に力まなくても良いが、けじめが必要だ。
 「スペインは一度輝いたから滅んだと言っても良いでしょう。でも、日本はこれからの国ですよ。ノースエットです。ゴンザレスさん、サンキュー グッド トーキング。又会いましょう」
 「ああ、きっと来年だよ」
                              (おわり)

注:「第2話」南面する君子に対面するのは北面の武士。