をみなへし          蜀山人

  男色の心をよみ侍る
 女郎花なまめきたてる前よりも
うしろめたしやふじばかま腰

  鰻鱺
 あなうなぎいづくの山のいもとせを
さかれてのちに身をこがすとは

  橘州のもとにて障子のやぶれたるをみて
 やぶれたる障子をたつてはらざるは
それゆうふくな家のしまつか

 小島源之助(橘洲)のもとにて人々狂歌をよみ侍りしに、あるじの驪龍のたまをとられて鱗もとりあへぬといひければ
 北条のうろこもなどかとらざらん
ひるが小島の源之助どの

  多賀谷氏より三線をかりて
 さみせんのどうもいはれぬ御無心に
いとやすやすとかすたがやさん

  ある人ゑびやの箙といへるうかれめのもとに通ふときゝて
 ゑびらにはあらぬゑびやの梅折りて
盆と暮とに二度のかけ取

  あめ原憲の樞をうるほしていたくもりければ
 さす板に雨のふる屋のむねもりは
かさはりの子のしるしなりけり

  返し
 かさはりの子ならばよしやむねもりも
さらでいとはじ雨のふる屋を

  翫大菊
 大菊をめづる狂歌ははなかみの
小菊を折てかくもはづかし

  西向寺の隠居のつくれる菊をみて
 この花を東まがきにうゑたるは
西に向へる寺の隠居か

  うら盆
 かけとりのみるめかぐはなうるさきに
人にしのぶのうらぼんもがな

  花
 春の夜のたゞ一時も千金に
かへまじものを花が三文

  狐藻をかづく絵に
 うつくしき女と見えし狐こそ
人の思ひをやきねづみなれ

  猿水の月とるかたかきたるに
 水の面にてる月かげをとらんとは
これさるぢゑの最中なりけり

  しのぶうりの女のゑに
 しのぶ草京の田舎におひ出て
八瀬や小原やせりうりとなる

  羽子をつく小女のゑに
 はごの子のひとこにふたこ見わたせば
よめ子にいつかならんむすめ子

  鍬のかたへに桜草のゑ
 いにしへのならのみやこの桜草
けふくわのえに匂ひぬるかな

  鬼念仏
 念仏を申す心のやさしさは
鬼も十八檀林の僧

 伊尹は爼板を背たらおひて成湯に目みえし、山かげの中納言は口腹のために世味をわする、十能のひとつにかぞへ一座の興をたすく。それゆるかせにす可けんや。
 客をみてなぎなたならぬあしらひは
料理に上もなきり庖丁
 これは尾張のみたちにつかふなる料理をこのめる人にかきおくれるなり。

  柳かげに女のたてる画に
 ゑにかけるその女なら柳なら
心も風もうごきこそすれ

  大和菊
 言の葉の花香にめでゝ立ちとまる
人の心をたねのやまと菊

  日本橋月
 二千里の海山かけてゆく
月もいでたつ足の日本ばしより

  吉原花
 吉原の夜みせをはるの夕ぐれは
入相のかねに花やさくらん

  堺町雪
 評判はよそからつもる雪つぶで
あたりはづれぬ堺町かな

  寄力恋
 あふ事はかたひねりなるつかの間も
心ほそ身に思ひきられじ

  船饅頭
 こがれよる船まんぢうの名に立ちて
この川竹の夜をふかすらし

 十三夜橘州のもとにて諷謡十三番を題にて月のうたよみけるに田村を
 あれをみよふしぎやなぐひ大空に
ひとたび放つ千々の月影

  御紋菊
 白がさねきまさん君が御紋菊
ものきほしとぞあやまたれぬる

  鰹魚にゑひて
 鍋のふた明けてくやしく酔ひぬるは
浦島が子がつるかつほかも

  卯雲翁を下谷にとひて
 狂歌をば天井までもひゞかせて
下屋にすめる翁とはばや

  大鳥明神にて
 此神にぬさをもとりの名にしおはば
さぞ大きなるかごありぬべし

 千駄が谷八幡宮の門前にて道ゆく女の子をうめるとてさはぎあへりけるに
 弓八幡宮ゐのわきで三番叟
よろこびありやよろこびありや

  寄煙草恋
 うづみ火のしたにさはらで和らかに
いひいひよらん言のはたばこもがな

  寄火入恋
 きゆるまで思ひ入りてもあふ事は
猶かた炭のいけるかひなし

  寄灰吹恋
 灰ふきの青かりしより見そめたる
心のたけをうちはたかばや

  神無月祖師の御影供にざうしがやにて扇をひろひて
 おちたるをひろひゑしきのもち扇
とる手おそしの御影堂まへ

  章魚をさかなに酒たうべて
 誰にても酒をしひてや足あれど
手のなきものぞたこの入道

  御取越
 みな人のきる肩衣の下なきは
神無月にもおとりこしかな

  恩報講
 西東参る人々御中に
ひらく御文の御報恩講

  等思両人恋
 片身づゝわけし思ひの中落は
いづれかつほの骨つきもなし

  雲雀
 舞雲雀籠のとりやが手に落ちて
から直も高くあがりこそすれ

  郭公
 ほととぎすほぞんのみくりふりぬれば
いまはてつぺんかけたとやなく

  花
 わきて猶思ふ心の花だしや
春をまつりの老にこそたて

 咲きなばとわがおもほえし犬桜
遠山鳥の尾をふりてみん

 待遠の心いられやいり豆に
花咲くほどの日数おもへば

 よしの川そのしら波やふせがんと
かけし木末の花ねむりかも

 咲く花の帰る根付の琥珀にも
なりて木かげの塵をすはばや

  一八の花
 うつくしき二八あまりのすがたより
この一八の花ぞえならぬ

  端午
 のぼり竹すぐなるよとはかみしもの
麻の中なる蓬にもしれ

  卯雲翁に久しく音づれもえせで申遣しける
 一寸のひまなき用にさしつまり
つい五分さたとなりにけるかな

  返し
 此方も一寸のひまなきゆへに
つまるところは無沙汰五分五分

  布袋和尚牛にのりてから子のひきてゆく画に
 寺子どもひきだす牛のつのもじは
いろはにほてい和尚なるかな

  飯田町雁奴のもとにやどれりけるに、
  となりのからうすの音におどろかされて
 ごほごほとふむからうすに目さむれば
東しらける飯田町かな

  寄楽庵祝
 卓子の四すみも腹におさまりて
御代は太平楽庵の客

  楽庵萱葉町にあり。唐料理の茶亭なり。
  松かげに鳥さし竿をもちて天人をさゝんとねらふ絵に
 乙女でもなんでもさいてくれは鳥
さいとりさしを三保の松かげ

  みどり町滝口氏のもとにて
 庭の面にしげれる木々の緑町
ふりそふ雨の音はたき口

  扇に吉野の花かきたるを狂歌せよと人のいひ侍りしかば
 むかしたれかゝる狂歌のたねまきて
吉野の花もちりになしけん

 日吉の祭みんとて星の岡にまかりけるに、いはきますやとかいへるくれはあきなふ者のさんじきに、よきむすめあなりとて人々とよみあひければよめる
 みな人の心いはきにあらざれば
思ひますやの娘をぞみる

  猿猴素麺をくふ絵
 足引の山ざるの手のひだり右
ながながしくもすゝる素麺

 文字六といへる豊後節の浄瑠璃をかたれるもの仙台浄るりを語りければ
 仙台のことばをうつす浄るりも
そのみちのくのしのぶ文字六

 同じく地獄破りといへる浄るりを語りけるが折しも祇園の祭の夜なれば
 けふは又牛頭天王の祭とて
地獄やぶりの浄るりにめづ

  箸紙に題す
 米の飯の菩薩と同じ一体の
はしがみといふ神はこの神

 みどり町滝口氏にて扇に画かきたるをあまたもち出て狂歌せよと望む
  芦に翡翠
 とりあへずよめる狂歌は難波江の
よしやあしともまゝのかはせみ

  雪のふりつもる杉の間に伊達道具のみゆるところ
 しら雪のふる行列のたて道具
いづれの宿をすぎのむら立

  角兵衛獅子の絵に
 打出てみれば太皷の音にきく
獅子奮迅もかくや角兵衛

  わいわい天王のゑに
 絵にかける天王さまを見はやして
すきの狂歌のたねをまくまく

  高砂のゑに
 たれをかも仲人にせん高砂の
松もむかしの茶のみ友だち

  末広といへる狂言のかたを扇にかきたるに
 からかさも扇もともに末広の
名にやめでてたくかい太郎冠者

 淀橋のほとりにすめる五風子狂歌の巻に点せよとおこせしかば
 淀橋の狂歌に点をかけてみん
たがおまけやらおかち町やら

  歳暮
 借銭をもちについたる年の尾や
庭にこねとり門にかけとり

  かけとりをみてよめる
 かけとりのわたらぬ金にむく目玉
しろきをみればよぞふけいきな

  辛丑歳旦
 くれ竹のよの人なみに松たてゝ
やぶれ障子をはるは来にけり

  同行四人龍隠庵に昼寝して
 虎ならで龍隠庵に四睡とは
耳にもきかづ目白にもみず

  ほのといへるうかれめにあひて
 ほのぼのとあかぎの山のひときりに
玉かへりゆく馬おしぞ思ふ

 浪花の耳鳥斎とかやかける牛若浄るり御前の絵の扇に狂歌せよと、浜辺黒人のいひければとりあへずよめる
 しゝをみて矢はぎの里の琴の音に
こゝろひかるゝ虎のしり鞘

  牡丹
 咲きしよりうつらうつらと酒のみて
花のもとにて廿日酔ひけり

  又
 うつくしきはながみ入のふかみ草
露のぼたんをかけてこそみれ

  白牡丹
 くれなゐのくるへる獅子の洞よりも
又しら雪をはく牡丹かな

  石燈籠に雪のふりたるに、
  みゝづくの赤き頭布きてとまり居る画に
 木兎引の千引の石の燈籠に
あかい頭巾をかぶりふる雪

  柳に燕のかたかきたる絵に
 つか糸にみだれてなびく柳原
ならぶ刀のつばくらめかな

  市川三升しばらくの画賛
 市川のながれて四方にひゞくらん
愁人のためにしばらくのこゑ

 嵩松子かしらおろして土器のほとりにすめるよしをきゝて
 おつぶりに毛のないゆへか若やぎて
かはらけ町にちかきかくれ家

 卯雲翁のもとより肥後の小代焼といへる花生をおくられければ
 肥後ずゐきそれにはあらで花生の
名におふいもがこしろやきかな

 尾張のみたちにつかふまつれる岡田氏のもとよりかずの絵をかゝせて、これにたゝえごとをそへてよとておこされしうち蛍のゑに
 勧学の窓に蛍はあつむれど
尻からもゆる火をいかにせん

  松かげに船の帆のみえて有明の月のこりたる絵に
 あかつきのそのふんどしを真帆片帆
かけて立たる松ふぐりかも

  柳に馬のかたかきたるに
 青柳にあれたる駒はつなぐとも
さいた桜のかげは御無用

 車引牛車の上に仰さまにふしてひかれゆくかたかきたる
 小車の牛の角文字ゆがみもじ
大の字なりにいびきかくなり

  おたふくうしろむきに鏡をうかゞふところ
 尻くらひ観音にまたおたふくの
弁才天をあはせ鏡か

  南極寿星図
 南極の星を三年まもりなば
福禄寿ともそへてあたえん

  同じく
 宝船いざよい風がふくろく寿
あたまのゑてに帆をあげてみん

  溜池月
 山里の猿となりてもとらまほし
数のこがねをためいけの月

 瀬川路考松本錦考おはん長右衛門道行瀬川仇浪の狂言の画に
 金箱をせなかにおはん長右衛門
二人が芸にあだなみはなし

 音にきく瀬川のきしのあだなみは
あてしや入のくづれこそすれ

  小松引の画
 子日する野辺に小松の大臣は
今に賢者のためしにぞひく

  滝見の李白
 滝の音はたえてもたえぬ名の高き
三千丈の大白の糸

  僧正遍照落馬の絵賛
  われおちにきと口とめも心もとなければ
 女郎花口もさが野にたつた今
僧正さんが落ちなさんした

 すりばちのはたを白きねづみ黒きねづみのめぐるゑに
 すりばちをめぐる月日のねづみ算
われても末にあはん玉味噌

  小原女
 小原女がひくてふ牛の黒木より
こしおれ歌もかきのせてみん

 橋場の慶養寺に慶長のむかし袖をたち桃をわかちしちかひより、はかなくなりし二人の墓ありときゝてたづね侍るしに、此寺もと浅草のみくらまへにありて、そののち亀戸村にうつり、また今の地に移れるよしにて、そのおくつきどころのあとだになしといふ。
 あまりにほいなくてたちいでつ。
 二人の事は羅浮子の藻屑物語に見へたり。

 あとかたもなみのもくづの物語
今かきわけてとふ方ぞなき

 山手と同じく肥前座の操を見侍りし帰るさ、新和泉町の銭湯に入りしに、浴室新しく清げなれば
 ひぜんなら薬湯へこそ入るるべきに
これはきれいな新和泉町

  四角画の自賛 女芸者の絵
 丸くとも一ト角あれな駒下駄の
あまりまろきはころびやすきに

  富士見西行
 風になびく富士の煙の薄墨は
かくゑもしらぬわが思ひつき

  太刀折紙の使者
 かどびしのたちおり紙のおり目高
四角四面に通る使者の間

  市川三升しばらくの所
 三升をにせうにせうと思へども
かゝるかく画は一升に見ず

  かんこ鳥
 四角なる玉子をみてもかんこ鳥
ふかくかく画の鳥おどろかす

  朝とく野べをありきしに、つりがね草といふ草をみて
 朝露のすはすはうごく風の間に
つりがね草を引きあげてみる

  女の猫を愛する四角画
 猫の目のかはるにつけて時々の
はやりとも見よ身をばかく袖

  煙草をのむ使客 同画
 稲妻に煙草の煙吹出すは
これ雷の喧嘩大將

  石町に竹本佐太夫を訪ひて
 石町の鐘よりひゞくその声は
あまつ空まですみ太夫かな

  はじめて茶屋四郎二郎にあひてよみてつかはしける
 これは又よい折鷹の茶屋氏に
お目にかゝるは初むかし哉

  食肴飲酒曲肱而枕之楽亦在其中矣
 てる月のかゞみをぬいて樽枕
雪もこんこん花もさけさけ

  春の日つくば山をみて
 つくば山このもはかすみかのもには
まだ消残る雪もみへけり

  三河島といふ処にて
 舟つなぐ松も昔の海づらに
いくたび小田やすきかへしけん

  むつき三日上野にて夷曲
 まいれどもなま物しりのかなしさは
なま有がたき大師大黒

  同じく護国院にて
 大黒の宝の山に入りながら
むなしく帰る湯ものまずして

 岩み町本所青山白山小石川の五所までやしき給はらん事を願ひしに、その事かなひがたければ
 梓引やしきなきこそ悲しけれ
五たびねらふ的ははづれて

  としのはじめに
 門々の年始の礼のなかりせば
春の心はのどけからまし

  富ケ岡にて
 春秋にとみが岡とて一むれの
梅をかざしてまいる尾花や

  柳
 ところどころふしぶしありてなまよみの
甲州糸ににたる青柳

  浅草庵にてもろ人梅のざれ歌よむと
 風の神こちらをむけば浅草の
庵にちかき梅匂ふ小屋

 梅音院のもとの名を二王小屋とも匂ふ小屋ともいへばなるべし。富小路殿貞直卿より
 (歌脱落)
  返し
 千金の富の小路のたまものを
拝してよものあからめもせず

 真葛が原にすめる狼狽窟のあるじによみてつかはしける
 長き日のあしにわらびの手をそへて
真葛が原も風のとりなり

 酒あれども肴なし、つまり肴の三のものの名によまばかくもあらんかし からすみ、うるか、たらこ
 金銀がないからすみぬ利をうるか
まうけたらこのさかなもとめん

  壬生狂言おけとりのゑに
 千代のうが心をくまば桶取の
水もたまらず月もやどらじ

  寿祝 九十賀
 かぞへゆく春の日数のよはひより
猶幾千代の花やかざさん

  施薬所に梅の花をみて
 花みれば気の薬なり腰ぬけに
なるとも梅のかげにたふれん

  根立氏ふゆくのとしの賀に
 のりこえぬひじりのみちをためしにて
千代も心の思ふまにまに

  銭屋金埒のもとより
 ふたつもじ牛のつの文字ふたつもじ
ゆがむ文字にてのむべかりける

  返し
 すぐな文字帯むすび文字お客文字
字はよめずとものむべかりける

  こいこくしやうといふ事なるべし。
  一樹海前一放翁のこゝろを
 梅のさかぬ野山もなかりけり
身を百千にわけつゝも見ん

  布袋川をわたる絵に
 かりの世をわたりざりせば川のせに
みるめありともたれかしるべき

  伝通院に花見にまかりて
 花にゑふ去年の春より今年まで
のみつる酒もはかりなき山
  山を無量山といへばなり。

  紅毛大通詞石橋氏餞別
 阿蘭陀も花に来にけり馬に鞍
をきなの句にもみえし道中

  亀屋何がしの妾眉をそりし日にゆきて、
  その名を熊とあらためしときゝて
 相生の中吉なればもろともに
松の落葉をかく熊手かも

 もと富ケ岡にめる(ママ)白拍子中吉といへるものなればなり。春の雪ふるあした、すみだ川のほとりにすめる亀屋菊屋の何某と吹屋町升楼にてよめる
 世の中の人には雪とすみだ川
春風寒く吹屋町がし

  升楼のいらつめ市といふが乞ふにまかせてその壁にかく
 むかし人はかくいちはやきみやびを
なんしけると書きし伊勢物語

  庭のさくら盛なるに
 きのふまでわか家桜ありとしも
しらで野山の花になれにき

 立てみつゐてみつ庭のなかばちり
なかば桜の花の木のもと

  さくらのちりけるに
 花みんと思ふ心のなかなかに
ちりはてゝこそ長閑なりけれ

  春雨の夜よみける
 春雨の空かきくらしふる夜半は
きのふ花みし事も思ほゆ

  久米仙人の画に
 たをやめのあらふ衣の塵ひぢや
つもりてなれる恋の山人

 庭の桜の枝に提灯をかけしに風ふきて提灯をうごかしけるに
 火ざくらにてうちん桜焼きすてし
まづ何事もなでんなりけり

 嘯月園のふすまに秋の七草をゑがけるを春の夕ぐれにみて
 風をむかへ月に嘯く山里や
春の百花秋の七草

  三又の江のほとりにて並木五瓶にあひて
 生酔の八またのおろち三ツまたで
五つの瓶にあふぞうれしき

  かもめをみて
 すみ田川沖のかもめをよくみれば
むかしのたぼのなりにことなり

  駒が原のしだれ桃を見にまかりて
 きぬがさを張るかとばかりみちとせの
桃さく野べやさしてたづねん

  卯月のはじめ雨ふりけるに
 春雨の名さへ花にはいとひしを
いとゞうづきは言の葉もなし

  七年さきにうせにし美瑛子の夢のうちに、
  かたへにある刀かけといふものをうつすとみて
 つるぎ太刀みにそふ影も今は世に
かけはなれたる夢の浮橋

 感応寺の牡丹の花見にまかりしに、ふかみ草といふ五文字を上におきて歌よみけるふる寺の庭の木蔭のふかみ草春の光をのがれてやさく
 かしこしな千ぐさの花のおほきみの
名におふ花や法の大君

 見しや夢きゝしやうつゝ花鳥の
色音の後にさく廿日草

 くさぐさの草の中にも一枝の
ぼたにの花の色ぞえならぬ

 さくらのみ花と思ひし目うつしに
たぐひもなつの色ふかみ草

 圓珠庵の楓のたねをうつし植ゑおきけるが、卯月ばかりに一枝折て政隣のもとにつかはしける
 露ながら折りてや見せん若楓
かげまどかなる玉と思へば

  返し
 まどかなるたまものなれや若楓
君がことばの露もそはりて

  浮舟のゑに
 心からよるべもなみの浮舟の
名にたち花の色はかはらじ

  たけしまゆりといふを物名に
 朝まだき咲きそめしより日たけしま
ゆりもこぼさぬ花の上の露

  おなじく夷曲
 年はたけ島田にゆへる娘かと
みればうつむくさゆりばの花

 咲出る花の形はひあふぎを
かざすに似たるたけしまの百合

  卯月のはじめ郭両をきく
 鎌倉の海の初音もきかなくに
山ほととぎす空に飛魚

  おなじ日尚左堂にて初鰹をくふ
 ほととぎす聞くみゝのみか初鰹
ひだり箸にてくふべかりける

  焼絵の富士の夷曲
 風になびくふじの烟の空に消えて
焼絵もしらぬかたを見るかな

 嵐はげしき夜伊藤氏のもとに、屋代弘賢のすみ田川花見の記をみて、ひそかにたづさへ帰りてうつしてかへしける時
 夜嵐に花の香ぬすむすみだ川
いざしらなみの名にやたつらん

  かき根に白き藤花さけり
 いづこともしら波かゝる藤の花
ながむる末のまつやこへけん

  やよひの末内田屋に躑躅の花をみて
 春もやゝ末寺町のいはつゝじ
花は赤城の宮ちかくさく

 むつきの頃白川楼のあるじに莫大河といふものをおくるとて
 千金の春の光は莫大の
海にながるゝ百川の水

  三月三日中戸やみせ開の日に
 梓弓やよひの色のみせびらき
あたりはづさぬ文字の中戸や

  五月五日馬蘭亭にて
 此庭の馬蘭の葉にもにたるかな
あやめのねざし長き出会は

  六日のあやめといふ事をよめる
 世の中はさつき六日のあやめ草
猶いく年をひかんとぞ思ふ

  たゞの扇にものかくとて
 鳥にあらず鼠にあらず蝙蟷にも
のかきすさむ我ぞ何なる

  市にかつほをあまたうりありくをみて
 鎌倉の海の幸ありて大江戸の
道もさりあへず鰹うるこゑ

  夕立
 一しきりはれゆくあとの山本に
またもたゞよふ夕立の雲

 俳優沢村源之助表徳を曙山といふ、観世水と蝶のかたある染ゆかたをきたるをみてうたよめと人のいふに
 観世水ながるゝ沢にむらむらと
こてふの夢や曙の山

  小野の滝の絵に
 山さらにかすかにひゞく小野の滝
木曾の伐木丁々として

  狂歌堂の庭に秋草うゑたるをみて
 ことのはの六くさの庵は秋草の
一つ二つはたらいでもよし

  七夕
 七夕を思へば遠きあめりかの
あまさうねんの事にや有けん

 天河蓮台輿のなき世とて
紅葉の橋やかさゝぎのはし

  十五夜姫路の大守の高どのにて
 中秋の月毛のこまの名にしおはば
此大下馬の前にとゞまれ

 馬蘭亭池の端にて池の坊流の花の会ありけるに鴨と芹を贈る
 しのばずの池の坊なる会席に
岸の根芹をちよとつまんかも

  鉄砲矢場に真蘇芳の薄さけり
 狂言の鉄砲矢場の花薄だ
あと一声はける真蘇芳

 狂歌房米人、霊岸島檜皮河岸にうつりすみけるに
 軒迎吾友論風骨、房詠狂歌題檜皮、
 まきものの檜原が河岸に庵しめて
狂歌の斧をとる人はたぞ

  尚左堂のもとにまとゐして
 霊宝は左へといふことのはも此
やどよりやいひはじめけん

  暮秋
 菊おりてことしも秋はくれにけり
梅をかざせし事もありしが

 草も木もかれゆく比をゝのれさへ
わびしと秋やくれて行くらん

  さんまひものといふ物名に
 もろ人のとりめすものをわれも亦
きなくさんまのひものとくとく

  冬の柳を
 木がらしにたてる柳の一葉なく
ちりはてゝこそ青みそめけれ

  市人の酒をのむをみて
 寒き日は酒うる門にむれゐつゝ
さかなもとめて酔へる市人

  食火鳥
 あつき日に水こひ鳥もあるものを
火をくふ鳥もなどかなからん

  和田酒盛の盃に
 一門で三日三五十五城つらねし
和氏がたまのさかづき

  六俳仙女の画に
 俳諧のうたも六くさの女郎花
など男へしひとつだになき

  冬の田をみて
 鍋の尻するすみの世と思ふにも
冬の田足をながめこそすれ

  目白の滝
 布引の滝をながめし目白台
たつた手拭一すぢの水

  賀七代三升元服
 七代市川団十郎、吉辰元服仲冬望、
三升滝水龍門鯉、天地乾坤大戯場

  十二月八日柳長をいたみて
 家々のいかきの目にも涙かな
おことおさめにかゝる柳屋

  六十になりけるとし
 したがふかしたがはぬかは知らねども
先これよくの耳たぶにこそ

 六十の手習子とて里に杖
つくやつえつき乃の字なるらん

 元日狂歌堂にて賀茂の葵盆を曾津漆にぬりたる折敷に鶴の吸物を出しければ
 二葉より千とせの春にあふひ盆
かもにもまさる鶴の吸物

  庭松契久 真田大守七十の賀
 久しきを契るためしにうつし植ゑて
庭も籬もすみよしの松

 さゝれ石のいはほに生る種よりや
千とせを庭の松にちぎらん

  立春雪
 一面の銀世界にて千金の
春の相場や安くたつらん

 千金の春たつけふの両替は
八千片のしろがねの雪

 (題脱落)
 鶯にさそはれいでゝ此春も
また谷の戸の花をながめん

  春のうた源氏若紫の心にて読めり
 みやこべは霞にこめて棹鹿も
たゝずみぬべき春の山里

  王寺権現に雪の山といへる桜ありしが、
  枝おれてもとのすがたにあらず
 むかしみし桜の花の山もなし
頭の雪はふりつもれども

 あらきたといふ所にゆかんとて道にまよひて尾久村をすぐ
 あらきたのあらぬかたへとひかれゆく
狐の尾久の長き道筋

  小金井の花みんと思ひしが道遠ければゆかず
 花よりも先かごちんぞおしまるゝ
わづか一歩の小金井の道

  袖の岡の花をみて
 風もなき花の盛は大空に
おほふばかりの袖の岡かも

  東海寺の中なるくすしのがりまかりしに、
  庭にひと木のひざくらあり
 花見んとけさ立出し道のほどを
思へば長き春のひ桜

  すみだ川に花をみて
 すみ田川堤の上に駒なべて
花のあたりをゆくはたが子ぞ

 すみだ川堤の桜さく比は
花のしらなみよせぬ日ぞなき

 あすはまた雨もやふらんすみ田川
けふばかりなる花も見るべく

  まなべかしにて魚をあみす
 すなどりの翁の道をまなべかし 属山
気は若さぎに髪は白魚 万彦

  庭のさくらさかりなるに
 わがやどの花さくら戸をおし明て
吉野初瀬も軒端にぞみる

  郭公 文化五年戌辰芝翫初て下る時の歌也
 座がしらのてへんかけたる歌右衛門
下駄も血になく初郭公

  甚牟江戸子之気之衰也 久矣吾不復夢見白猿
 江戸ツ子の随市川のおめおめと
など京談の下駄をいたゞく

 公家悪の背負てたゝれぬ葛籠など
大入なれど舟月が雛

 若い衆の骨折ゆへに傘の
たてもつきぬく金の勢ひ

 いづ平が節も覚へぬ二才ども
めづらしさうにみる猿廻し

 いづ平は泉屋平兵衛八重太夫が事也。さるなまけたる上方もの江戸の子とならん事をねがふときゝて
 大谷か千日へゆけ大江戸は
土一升に金が一升

 大あたり大あたりとは金元と帳元
座元よみと歌右衛門

 ねぶたくて朝はとうからゆかれぬは
無言の幕はみずにだんまり

  五月十七日歌右衛門三階にて打れしよしをきゝて
 うつものも歌右衛門も亦かはら者
くだけてのちはもとの大入

  八百善といふ酒家に郭公をきく
 きくたびに新鳥越のほととぎす
なくや八千八百善が門

  山家に紅梅のかたかきたる扇に
 紅のこぞめの梅の色そへて
春の光も深き山ざと

 西が原の牡丹見にまかりしに
ほととぎすいまだなかず

 ほととぎす四の五のいふてなかぬまに
四五の二十日の日数へし花

  阪東三津五郎によみてつかはしける
 三津といふ名は日本の三ケの津
京大阪にまさる阪東

  本朝廿四孝のわざおぎみる人女のみ多しときゝて
 女にはみな孝行の芝居とて
雪の膚にほれる竹の子

  亀戸天神開帳に天国の太刀ありときゝて、
  みにゆくに雨にあふ
 天国の御太刀のしるしみせんとて
一ふりふつてはるゝ夕立

  金語右庵亭にて古庵屋敷といふ事を
 なみなみと金魚を池にたゝえしは
小判やしきか古庵やしきか

  述懐
 とても世につながるゝ身はいとせめて
思ふ人にぞあはまほしけれ

  此比新川の船便なくて酒すくなしときゝて
 菊の酒白衣はおろか入船の
こもかぶりさへみえぬ此比

  巣鴨村に菊をみる
 畑ものの皆不出来なる秋なれや
待にもたらぬ菊の花まで

  どうだんつゝじ
 よのつねの蔦や紅葉にくらぶれば
言語道断つゝじなるかな

  紅梅に雪のかゝりたる絵に
 白妙の雪につゝめるくれないの
こぞめの梅の色ぞゑならぬ

  耳順のとし
 わけもしらずものかけかけといふ人の
耳にしたがふ年ぞうるさき

  夕つかたざうしがやにまうでゝ
 ざうしがや七ツ下りにくる人は
高田あたりの麦の遅蒔

  擣衣
 こまのつめつがるの奥にせなをやりて
立かへるべきころもうつなり

  上野山に紅葉をみて
 鐘の音ひゞくかた枝に色そふや
あづまのひえの山のもみぢ葉

  まかしよ無用といへる札をみて
 大人大人がかくふえゆかば摺物を
まかしよ無用の札や出なん

 予が幼かりし頃はまかしよとはいはで御行といひしなり。
 此頃伝通院前の町に御行無用といへる札あり。
 古意を失はざる事思ふべし。
 礼失ひて野に求むといふ事のにもかよひ侍らんかし。
 葛飾蟹子丸大のしやにてたはれ歌人をつどふまゝ、一筆かいて君奈斎のもとめいなみがたく、右に筆をとり左に盃をとりて、諸白のすみ田川にうかばんとなり
 みさかなに大のしあはび蟹よけん
かつ鹿早稲のにゐしぼり酒

 北閭南瓦の末までも山東曲亭の風行はれて、あられぬ文字に仮名をふる事とはなりぬ
 蓬莱仙はまだ是当と思ひしが
松をいろそふ仙をしまだい

 やがて大人と書きてうまとよみ、難有とかきてくそくらへともよむべし。これは市村座顔見世の名題松二代源氏、中村座の名題御贔屓恩賀仙といへばなり。
 みなひとこぞりてめできこゆるわざおぎをあざける
 五常軍甘輝のやうな清盛は
げに小芝居の翫びもの

 中村芝翫の事なり、清盛の装束天冠に唐装束なり。
 准南子の邪許は江戸ツ子のきやりうたなり、
 隣の松助うしろの豊前にもはづべし
 いか程に梅の加賀屋がうなるとも
松と柳に及ぶものかは

  加賀屋中村歌右衛門芝翫が事なり。
 山の手の芸者まがひは引ずりの
下駄もはきあへず昼ぞころべる

  霜月初子
 霜月の初子のけふの玉箒
とりてはき出す貧乏の神

  来年大小
 小遣の帳は三六十八の
大晦日なきとしとしるべし

  同年の年徳
 大門は鬼門の右にあきの方
寅卯の間よろづよし原

  かつををめすとて
 水の江の浦島の子がつる鰹
鯛にもまさる心地こそすれ

  卯月の比かつをすくなければ
 かしましい八千八声なかずとも
三千本をたつた一本

  賀三升初工藤
 一臈工藤称別当、三升大人酒無量、
天神七代唐天竺、日本市川団十郎

 戊辰のとし浪花より中村歌右衛門とか何とかいへる下手な役者きたりて、都下をさはがせしがごとし。
 白猿が孫三升が工藤に鼻をひしがれぬ。もとより江戸は江戸浪花は浪花とはいへども、江戸には立小便する女と四文の蜜柑を四つにきりて一文に売るものはなし。
 これは焉馬が扇に書てやりし文字なり。
 ゆめゆめ人に見すべきものにあらじかし
  葡萄
 紫のひとも之ならぬゑびかつら
つらぬきそめし玉かとぞみる

  琴松亭の聯にかく
 糸筋の十三峠木曾路より
琴柱にかよふ峯の松風

 防河使の一月の費用はこがねの三ひらとぞいふなる。
 俸米は日々十四口を養ふべし。去年の師走の半ばよりことし卯月のはじめにいたりて五ケ月をへたるを、衣をちゞめ食を減じてニケ月の用途をもてつぐのひたれば、三ケ月の衣食の費こがね九ひらをあませり。
 このこがねをもて酒のみ物くひつくさんも空おそろし。
 年比たくはへ置たる文の数々、千々にあまれるがおさむべきくらはあれど、棟かたむきつみ石くち、上もり下うるほひて風雨をだにさゝえがたし。
 いでやこのこがねあらましかばと思ひおこして、木のみちのたくみをめしてつちをこぼち石をかへ、柱のくちたるをつぎ棟のかたぶけるを正して、としごろの文をおさめ、むそぢの老の名をなぐさめんとするもおかしくて
 くらなしの浜とないひそけふよりや
おさめんちゞのふみの数々

 すでに螟蛉の子を得たり。
 又よめが君もあれば鼠算の子孫は多かるべし。
 いでや浮世をはなし亀の池の汀にあそばんとすれば、猶一すじのほだしありて尾を泥中にひく事もあたはず。
 つらつら過ぎこしかたを思へば、首をのべ手足を出して富貴利達をもとめんとせしも、神亀のうれへ桑の木のいましめをまぬがれずして、首尾四足の六をかくして万代のよはひをたもたんには
 つながれぬ心をつなぐ一筋の
糸も緑の毛の長き亀

  曾我祭をよめる
 宮ばしら建て久しき四のとし
さつきの廿日あまり八の日

 清河玄同といへるくすしと岩井杜若のうはさしければ、
 杜若によみてつかはしける
 音たかき岩井の水を清河の
ながれの末にきくぞゆかしき

  両国薬湯
 両国の湯にいりぬれば伊豆相撲(ママ)
あたみ箱根も及ぶものかは

  夏月
 久寒し春は朧に秋ぞうき
めでたきものは夏のよの月

  千秋井の記
 千秋井のほりぬき井戸より水と金砂の出し事は、平津氏の気さんじに書きちらされしより、平沢のひらたくあやまり入て外にほるべき穴もみへず。
 されど流しても流してもぬけめなき朝白園のもとめいなみがたく、こがねの砂の数をひろはば、むかし周の国の御家門魯国御殿の御家老つとめし季桓子とやらいふた人あり。
 井をうがちて羊を得られしに御家老これをあやしみて、千年むぐらのたぐいにやと孔子といふ物しりをよびて尋ねられし時、何やらむつかしき事を引て木石の怪を鬼畜といひ、山の怪をももんぐわといひ、水の怪をかつぱの屁とやらいいふと答へ給ひしとなん。
 もとより紅皿闕皿の籠耳の事なれば、筒井づゝの井づゝにかけし丸でくわしくは覚へ侍らず。
 翁がむかしいとけなかりし時、よなよな聞きし物語の耳の底にのこれるあり。むかしむかし舌切雀のおうぢうばの物語に、重き葛籠の中よりはあやしきもの出、かろき葛籠の中はよろづの宝出しときく。
 此度ほり給へる井戸より此比もてあそべる五冊物の化物が出ずして、めでたき水とこがねの砂の出しこそ、舌きり雀のつゞらのためしにならはば心まめなるむくひなるべし。
 それ正直は日天様かけて浅草のそばの名のみにあらず。
 つゐに日月の憐をかふむる。
 か?べに神の宿札をうち給ふ所となん。
 さればほりぬきの井の深きめぐみありて、若水はやき車井のめぐりよく幸来るべしとまをす。
  文化六のとしの六月    蜀山人しるす
  背面の芸子のゑに
 唇の黒きはみねどはりがねの
つとや都の手ぶりなるらん

  納涼
 日よけ舟すゞしゐの木に首尾の松
うれしの森やちかづきぬらん

 水無月十九日晴雲妙閑信女の十七周の忌にあたりければ、礼の甘露門につどふとて、しづのおだまきといふ七文字をかみにおきて、老のくりごとくりかへし、そぞろなるまゝにかいつけぬ
 しるしらぬ人もとひきて夢うつゝ
さだめなき世の常やかたらん

 つくづくとながめつるかなこしかたを
思へばながき夏のひぐらし

 のちの世はかくとみのりの味ひを
あまなふ露の門にこそいれ

 をみなへしおりつる時に思ひきや
草の原までとはんものとは

 たむけつるとうとうことの言のはの
ちりやつもりて山となるらん

 まつの葉のちりうせぬ名の高殿に
ちよを一夜の夢とちぎりき

 きのふけふいつか十年に七かへり
たなばたつめの秋もちかづく

  とよみけるも猶も思ひのやるかたなければ
 夢うつゝむかしを今にくりかへす
しづの小手巻はてしなきかも

  朝顔
 早起のたねともなれば朝顔の
花みるばかりめでたきはなし

 たなばたまつりといふ七文字を句ごとの上におきてよめば、歌のやうにもあらぬをぞそのまゝに手向となしぬ
 たそがれにたなびく雲のたちゐつゝ
たなばたつめやたれもまつらん

 名にしおふなつ引の糸長き日も
なにか文月七日とぞなる

 はねかはす橋をためしにはるかなる
はつ秋の夜のはてしなきかも

 たむけつるたがことのはの玉の露
たもとの風のたちなちらしそ

 まれにおふまどをの星のますかゞみ
まそでにぬぐふまどの月かげ

 つきに日のつもる思ひはつむとても
つきじとぞ思ふつまむかへ舟

 りうそくのりちのしらべのりともみよ
りしんのおれるりうたんの花

  残暑
 世の中に秋はきぬれどけふのごと
のこるあつさの身をいかにせん

  尾上松助同栄三郎がわざおぎを祝して
 高砂の松の栄を三の朝
尾の上のかねのひびく大入

  坂東善好におくる
 かたきとはうそをつき地の役まいり
善を好むときくはまことか

  八十八の賀に
 山鳥の尾張の尾より寿は長い
八十八の字の紋

  八朔の日むかい町に幽璽のわざおぎをみて
 白無垢のくるわをすてゝむかい丁
北も南もはやる幽霊

  朝顔
 思へどもなど葉がくれに咲きぬらん
日かげまつまの露の朝がほ

  庭の桜のかれけるをみて
 ちるをだにをしみし去年の桜花
かれなんものと思ひしりきや

 軒ちかき一木のさくらかれにけり
遠き野山の花を見しまに

  姉君の一周忌ちかくなれるに雨ふりければ
 思ひいづることのは月のきのふけ
ふこぞもかくこそ雨はふりしか

 末の露先だつ草のはらからの
もとの雫の身にこそありけれ

  葉月十日の朝十千亭のあるじみまかりしときゝて
 思ひきや野分の後の音信に
露の玉の緒たえんものとは

 かぞへみんはたとせあまり二とせの
むかしの夢を今のうつつと

  同じ夜夢にみえければ
 なき魂のありかはきのふきその夜の
ゆめのただちにみえし面影

  軒ちかき竹を童子の折りければ
 軒ちかくされたる竹をわらはべの
折りこそしつれ月もまたずて

  十五夜月くもりけるに森山のふもと朝白園にて
 月かげはくもの間をもり山の
うなきのもなるさすがとぞみる

 雲おりおり雨ちりちりと顔みせて
思はせぶりな月にこそあれ

  南川軒猫画
 東西であらそふとてもきることは
よしなんせんか猫の迷惑

  丹霞焼木仏画
 経文に人のあたまをわらせたる
むくひは丹霞端的の斧

  柳橋にすめる雪といへる娘によみて遣しける
 花ならば初桜月十三夜
雪ならばげに柳橋かな

 しら雪のいとの音じめに盃も
みつよついつゝ又六の花

  鳥目生風四手駕、猪牙如月一扁舟
 よし原に真さきかけし先陣は
さあいけづきとするすみだ川

  題五代市川三升顔見世扇
 花道春風本舞台、颯開切幕暫徘徊、
鼻高名家五代芸、猶飲三升大入盃

  福牡丹は家のかへ紋なれば
 富貴をも福の一字にこめておく
牡丹は花の贔屓なるもの

  癩病をうれへて
 思ひきやわがしやくせんのしやくならで
わき証文にこはるべしとは

  品川月
 品川の海にいづこの生酔が
ひらりとなげし盃のかげ

  長櫃序
 萩を姓とし藤を名とし給へる人、たはれたる名を紫由加里とよぶ。年ごろ赤良が筆の跡をもとめて一巻となし給ひぬれば、やがて長櫃とは名づけ侍りぬ。ゆめ/\人にみやぎ野の露ばかりももらし給ひそといふ。
          四方赤良
  巴人集序
 巴人集は四方赤良が家集なり。
 按ずるに宝暦本絵草子に鯛の味噌ずで四方の赤、のみかけ山の寒鴉(かんとんびトモ)、今の本に載る事なし。
 築地善閤御説を以て、さまよがどうだと考ふるに、鯛は魚の名、進上目録に云鮮鯛一折と是なり。
 みそずは旧説みそうずといふは非なり。
 みそずは味噌すい物の下畧。
 (四方は)江都泉町の商家の名にして酒醤をひさぐもの。
 赤はあからななり。
 又文選ごさ花薦にいはく宋玉陽春の白雪は和するものすくなく、下里巴人は和する者多しといへることばあり。四方の家の紋、扇に三巴なり。彼是合せてかく名付たるか。
 或は四方山のはなしにかけて四方山人ともいひ、或は丈夫四方の志をいだくおもいれなきにしもあらず。
 くはしくは先の辻番に問ふべし。
  天明四のとし皐月十あまり八日    たれかしるす
 追考、宝暦の頃鱗形屋絵草紙の作者にて津軽侯の邸にありし某というふものにて、婦人小子呼でおぢいといひしものなり。絵草紋やのものをつくりて酒銭にかへし隠者なり。
 かの鯛の味噌ずで四方の赤、大木のはへぎはふといのね等いへることばは、彼がつねに口ぐせにせし言葉なりといふ。
  松風台の記
 松風のうてなはいづれの緒よりしらベそめけん、琴のうてなのたぐひなるにや。相生の松の風は颯々の夢をたのしみ、李元礼が松の風は謖々の風をつたふ。
 行平の中納言のめでたまひし村雨のはらからか、又は何がしのえせ受領の浦さびしときこへししほ松風のふるごと、問へどこたへぬあけらかん江が丸ののの字のかく斗、相違あらざる譲り状、墨江にかける松風のうてななるべし。
  北沢薬師糀町天神にて帳をひらき給ふが、大きなる灸をすゑて願かなふときけば
 此やいとすへてやるのは恩ならず
すへさするのを恩にきた沢

  鎌倉腰越の祖師の開帳、深川浄石寺に、佐渡阿仏房のみてらの開帳、下谷稲荷町東国寺にありときく
 十三里さきのこしごへこしがたし
ましてや四十五里波の上

  狂歌堂主人の愛子の十三回忌に
 十あまりみかゝえほども年やへん
ちゝのみひとつのこしおきつき

  白氏が詩を誦して
 したしきもうときもわかず家桜
花さく門やさしいでゝみん

 壬午のとしさつき九日土性水性の人有卦に入るとて、謡曲のふの字の上にあるを七ツえらびて扇にゑがきて歌よみてよとこふ、その中に、
  伏見の翁
 蘭奢待ありとやきくの花もちて
寺のたつまで伏見の翁

  藤戸
 宇治川のふちせのふかい浅いをば
ふゝふふつ/\人にかたるな

  富士大皷
 ふじ浅間烟くらべん今までの
五年の無卦に七年の有卦

  船橋
 駒とめて水かふ事はまづよしに
せいの詞の雪の夕ぐれ

  船弁慶
 弁慶がいが栗あたま知盛が
烏帽子に勝てあとはしら浪

  有卦のいはひのうた
 七年のうけにいるべきうけ合は
七なん即滅七ふく即聞

  竹酔日より七日の間酒やめければ
 さつきまつ竹の酔ふ日に酒やめば
七賢人も中やたへなん

  扶桑花
 から人の扶桑といへるあだし名を
うるまの国の花とこそみれ

  紅麒麟
 くれないの麟麟のふせる床夏は
大和にあらぬ唐のなでしこ

  栗鼠に葡萄の画
 名にしおふ栗の鼠やえびかづら
ゑみかへりつゝもとめくらはん

  狩野休意が老松のゑ
 まめ人のともに老べきしるしをも
そよ相生のもろしらがまつ

 同じく六十六部矢立の筆にて堂のはしらにらく書する処
 らく書は無用といひし一寸の
ひまをぬすめる六十六部

  月仙がゑがけるといふ禅僧蘿蔔をみたるかたに
 鎮州の土大根かとよくみれば
とりも直さず天王寺蕪

  七夕
 詩も歌もどこへか筆ははしり井の
冷素麺をすゝる七夕

 天にあらば比翼の鳥もち、地にあらば連理の枝豆、七月七日長生殿、夜半無人私語時、シイ声が高い
 壬午のとし新吉原燈籠の時、揚屋町に子供芝居あり、狂言は累与右衛門・しづか・狐忠信なり
 燈籠に子供芝居をかさねがさねは
つねのつゞみうち揚屋町

  題鶴廼屋平伏丸門人狂歌五十人一首
 万葉集称戯笑新、古今歌入俳諧真、浪華鶴廼屋生子、
 自五大人満百人

  題狂歌房連中五十人一首狂歌首
 茶碗頻傾巵米人、信濃陸奥四方巡、狂歌房在金吹町、
 大屋主人裏住隣

  十日菊
 清香の黄ぎくはいまだおとろへず
きのふの節句折り残す枝

  瀬川路考葛の葉の役
 はまむらの菊はひいきのませがきの
竹のしのだの森の葛の葉

  岩井粂三郎おちよの役
 半兵衛も岩井の水にたちよりて
おちよとまゝよちよつと粂さん

  同牛若の役
 振袖の鳥井をこした芸なれば
たれもひきての多き牛若

  長月望の夜の暁の夢の吉に
 すべらぎのみことかしこみいや高き
ふじの高根のうたたてまつる

  菊
 ひとはちにみるもめづらし紫の
雲の上なるしらぎくの花

  文政いつつのとし壬午神無月二日、
  曾孫暫光如元童子をいたむ
 月読の神なき月かしばらくの
ひかりはもとのごとくなれども

 みなづきの朔日うまれいとまごひ
九月の尽は三歳の尽

 ぬぎすてしもがさのあとにのこれるは
漁陽のつゞみ山陽の笛

 大川の玉やかぎやの花火舟
山王あかきまつりをも見き

 わがひこの三ツ子のたましい百迄は
いきずとせめて五十六十

 雑司ケ谷大行院の会式に近江八景のからくりをみてけるに
 水うみの瀬田の長はし長房の
珠の時さんあふみ八景

  岩井半四郎ふきや町へ下るときゝて
 から衣きつゝなれにしかきつばた
花のかほみせよい折句なり

 大入の人の大和屋まちわびし
花の吾妻風ふきや町

  中村三光難波より下るときゝて
 きのふけふ三光鳥がつき日ほしな
にはの梅の花の立ふれ

  霜月廿九日市川白猿十七回忌
 わびしさにましらなゝきそ大入の
山のかひある顔みせの度

  銀といふ女八十八の寿に
 しろがねの数よりは猶千代までも
米のめしくふ事ぞめでたき

  隣松のかける鰹に卯花
 面白し雪を鄰の松の魚
大根おろしにあらぬ卯の花

  霜月廿日あまり四とひくる人に
 中村の座元頭取さみせんの
糸にひかれて紀の国の客
  中村勘三郎中村少長は紀州熊野の人、三線の師とともにきたれるなり。

   放歌集

 平千秋の佐渡の任におもむき給ひけるときよみて奉るうた
 みちのくの山ならなくによろこびの
長きためしのこがね花咲く

 黄金はなさくてふ島にことのはの
玉藻かるべき時もこそあれ

  文宝亭が上毛下毛のくにゝゆくを送る
 われもむかし黒髪山にのぼりしが
今はかしらのしもつけの国

 かみつけのいかほのぬまのいかひ事
おつれもあれば面白い旅

 赤羽ばしほとり上林といへる茶屋の夜ざくらの花をゑがきてうたをこふ
 馬くるま立場の茶やの名にしおふ
花はみよしの茶は上林

  郭公
 ほととぎす鳴きつる影はみへねども
きいた証拠は有明の月

 山の手の山ほととぎす折々は
庭の木ずへにとまりてもなく

  山の手初夏
 目に青葉耳に鉄砲ほととぎす
鰹はいまだ口ヘはいらず

  此比の雨に所々の開帳へまいるものもなければ
 開帳の山ほととぎす雨ふれば
国へかへるにしかずとやなく

 童謡に、朝きて昼きて晩にきて、よるきてちよときて、
 帰れば何の事もない、させもを/\、とうたふをきゝて
 朝夕に来つゝさせもをさせもをの
させもが露や命なるらん

  又
 わぎもこは朝なに夕なに夜に昼に
あからさまにもきてはまかせず

  鶯
 慈悲心も仏法僧も一声の
ほうほけきようにしくものぞなき

 日光後幸畑種抜漬唐がらし本紫蘇巻一箱を人のおくりけるに
 ことのはのたねぬきづけの唐がらし
お札を本に何と紫蘇巻

 松有子のもとに沢村曙山来る約束ありしが、伝法院の僧来るときゝて来らず
 でんぼうといふ名をきいて芝居もの
おそれをなして来ぬもことわり

 芝居の方言あたへなくしてただ見に来るものをでんぼうとはいふとなん、ふるくは油むしといひしなり。滝の画に
 酒かいに李白や里へゆかれけん
三千尺の長い滝のみ

 閏きさらぎ廿九日にたてしといふ日ぐらしの里修性院のいしぶみを見て
 三河島みなかわらけに埋むとも
このいしぶみのかけずくづれず

 書ちらすこの手柏のふた面
とにもかくにものこれいしぶみ
  碑の面には詩を記し背にはざれ歌書たれば也。

 平々山人伝
 無量無偏王道平々たりとは洪範五行の大雑書にしるし、爾が来るをみれば平々たるのみとは世説新語のしやれ本に見へたる、その平々とは事かはり、平はたいらかたやすく本望ときこえし忠臣藏の義平の平でもなく、旦那おたわらにはや舟にのれといひし伊勢物語の船をさの平にもあらず、平音ハイにてハヒフヘホの相通、ハイは哇にかよふ、アカサタナハマヤラワの横通なり。
 何をきいても半といひ、かをきいても平といふ。
 平々平々頭を畳に平々平々、両手をついて平々平々、異見と小言は頭の上を通し、好事と大利は目の前に来る。
 司馬徳操が何をきいても好々といひしを学び、千人の諾々といひしたぐひなるべし。
 さればこそ上戸のたてしくらのうちには、経史の糟粕平太郎が棟にみち、稗官野乗の稗々々史平楽寺の古を思ひ、平陽の歌舞をやめにして、家業に奢る平家をいましめ、晏平仲よく人と交りて門には人馬平安散、平砂に落る雁金や青山堂の千巻文庫、あらゆる図書を左右にして、平日平話の宣千法皇太平楽をのぶるのみ。
 文化八のとし辛未卯月甲子の日あたり近き伝通院大黒殿のみまへにしるす
 伯牙琴をひき鍾子期きくゑに
 古今唯有一鍾期
 玉琴の糸をたちしもことはりやかな
つんぼうの多き世の中

  大きなる玉を亀の甲にいたゞくゑに
 沢庵のおもしに似たる石亀の
甲のものかや大きなるたま

  さつきもちの日小石川木沢何がしの君の山荘にて
 夏草の下ゆく水と思ひしを
なぎさは玉のいさごをぞしく

 世の中に夏ありとしも思ほへず
水草浄き池の心は

  小倉氏の別荘にあぢさいの花あり、
  井上氏の子のうつしゑにものせしに
 ひとつふたつみつやよひらの露なしに
のみほす酒のあぢさいの花

  傾城猫をひくゑに
 京町の猫もしやくしも大名も
揚屋にかよふ里の全盛

  題画〔鍾馗留主鬼洗濯ノ図〕
 冠剣猶照壁、錘馗非出門、請看鬼洗濯、不洗虎皮褌
 水無月十九日甘露門のおきつきにて晴雲妙閑信女をとぶらふ長歌并反歌
 いくかへり、かゝなへみれば、十とせあまり、
 こゝのとせをや、過ぎぬらん、そのみな月の、
 けふの日もはつかにちかき、友がきの、あるはすくなく、
 なきは数、そふる中にも、末のつゆ、あきなふ門の、
 山寺の、もとのしづくの、とくとくの、ながれたへせず、
 としごとに、のりのむしろの、からにしき、
 たゝまくおしく、思ふそよ、思ひ出れば、久かたの、
 天あきらけき、としの比、長雨ふりて、川水の、
 みかさもまさり、ひたしける、水や空かと、たどるまで、
 舟をまつちの、山をかね、岡に、のぼりし、高どのの、
 名におふ松の、ことのはの、ちりうせずして、山ざとに、
 うつろひすみし、年月の、夢のうきはし、とだへして、
 むすびもとめぬ、玉のをの、長き別れも、つれなしや、
 つれなき色に、いづるてふ、大田の松の、大かたの、
 なげきならねど、たちまじる、うき世の事の、
 よしあしの、なにはにいゆき、しらぬひの、心づくしの、
 はてしなき、このまどひこそ、久しけれ、とにもかくにも、
 老にける、身をしる雨の、風さはぎ、むら雲まよふ、
 折からの、むかしを今に、なすよしも、なつの日ぐらし、
 わすられなくに
 夕だちのふる事思ふひとしきり
はれ行く雲のあとぞすゞしき

  ながらのはし
 長柄のはしの銫屑井出の蛙の陰干よりちとあたらしき慶長のとし、なにはの芦毛の馬をかへし、牛をはなせし唐人の寐ごとに、あづま錦のきれはしをかきあつめたる一帖は、青山堂の什物なるべし。
  朽木形
 朽木可雕、敝帚自珍、唯供雅翫、不示俗人
  財源福湊序
 これを好むものは拱璧にもかへずして十襲しておさめ、これを好まさるものは反古堆に擲ち紙屑籠にいれて惜む事なし。されど宇宙第一の書も壁の中の下張よりいで、惜字紙のいましめも陰隲の一助ともなれば、かの夕霧が文もて富士の山を張ぬきし如く、己が堂の青山をも張つくすべき勢ひに、人のねたみ世のそしりをもいとはず、からのやまとのいにしへに今に、雅でも俗でも木でも金でも、耳掻が一文微塵つもりて財の源福の湊と題せしは、学而第一のおつかぶせなり、先例のない事にはあらじかし。
  文化辛未文月のはじめ
           蜀山人
  人聞至楽
 此帖やはじめは書画会の書ちらしのごとくなり、中比は葛籠の下張か又は田舎のふすまの張まぜに似たれど、つゐには手鑑のぬけがらをまぬがれす。此帖に名をつけんとならば、何ともかとも名づけがたし。
 ヲツトそこらは北山時雨、反古千束の転学のことばによりて、人間至楽と題す。此比はやる白面の書生たちあんまり無理でもあるまへが、わろくば何とでもいひなさへ。
  辛禾七夕       蜀山人酔書
  此帖の始に北山の書あり、北山住千束。
  橘千蔭のかける百足の画に賛をこふ 深谷氏
 百の足千蔭の手もてうつし絵は
猶よろづよをこめ多聞天

  両替やのみせにて酒油うる所の画に
 はかりなき大みき油手もたゆく
あしにかへなんこがねしろがね

  ふみつきなぬかといふ文字を上に七夕七首
 ふみつき七日のけふにあふことも
むそとせあまりみとせなるらし

 みしや夢きゝしやうつゝ七夕の
日もくれ竹のよゝのふるごと

 つきもやゝかたむく庭に乙女子が
ほしのあふ夜をたちあかすらし

 きみまさでまがきが島のまつもあるを
星合の空を烟たえせぬ

 なつ引の千曳の糸もはつ秋の
けふの願やかけてまつらん

 ぬさとみし紅葉のはしや中たえぬ
錦をあらふ天の川なみ

 かぢのはにかくともつきじ星
まつる人の心をたねのくさぐさ

 七夕のうたらしきものをよみてのち、例のざれごとうたもふみつき七日といふ文字を上にして
 ふんどしをさらすとやみん珍宝の
青とふがらし星にたむけば

 みじゆくなる星のからうたやまとうた
かきちらしたる文月のけふ

 つる長く生ふるへちまのかはぶくろ
鉢植ながら星にかさまし

 きん銀の沢山ならば盆前に
七夕まつりしてもあそばん

 ながるべきしち草ながらけふばかり
利上をしても星にかさなん

 ぬい物が下手か上手か針の目ど
まつくらがりでとほす糸筋

 かどなみに短冊竹をおしたてゝ
いろがみにかくかな釘のおれ

  奉加帳序 翁名燕斜又号豆三
 燕斜が別業に題せし日は、嚢中おのづからまんまんたりしが、豆三暮四のいとなみも、引込紫衣の隠居となりては、渋団扇をばうちすてゝ、柿の衣の奉加せよと。
 さる大檀那のすゝめにまかせ、鬼の念仏の大津絵の、万人講の催に、心もいちゞせりなづな、五行たびらこ仏の座、台座後光もすゝびたる、すずなすずしろ箔しろの建立、思へば春の一籠の、土一升に金一升とつかへ兵衛の冥加銭は、御心持次第、秋の七草一葉づゝ、お志をまつのはの、ちりもつもれば山々、有がたく奉存候已上
  時も時盆の十二日蜀山人庵主にかはりて書す。
  万屋麗水をいたむ
 麗水になるてふ金の足駄でも
玉の行衛やたづねわぶらん

  落栗庵元ノ木網水無月二十八日身まかりしときゝて
 水神の森の下露はらはらと
秋をもまたぬ落栗のおと

 むかし水神の森にかざりおろして、つゐに浅草の寺のほとりにて身まかりしなり。文宝亭のみどり子生れて百日に廿五日たらでうせにしよしをきゝて
 思ひきや七十五日はつものの
一口ものに頬やかんとは

 文月五日小田原町の人々ととみにすみ田川に舟逍遥しけるとき、十七年さきに故訥子のもてる塩や判官の短刀をその子源之助にゆづり遣すとて
 鉛刀一割活人刀、手沢猶存沢子毫、
 附子勾欄歌吹海、当場喝采起波濤
 つるぎたち身にそふ父の玉くしげ
ふたたびかへすゑんや判官

  松に月の蒔絵したる額に沢村訥子がたゝへごとすとて
 明月の光もみちてきの国や
沢村訥子もわかのうらまつ

  清少納言の絵に
 清といふ名代のむすめまくら絵の
笑本よむはるのあけぼの

  神齢山に月をみて
 月よみの神のよはひの山たかく
猶幾秋を松の下かげ

  庚午の春の雪は盈尺の瑞をあらはし、
  辛未の秋の月は五夜の清光あり
 去年は雪今年は月の大あたり
思ひやらるゝ来年の花

  菅原伝授の狂言大あたりなりときゝて 中村座
 人の目はくもらぬ天下一面の
菅原伝授手ならひかゞみ

  蛸の画あしければ
 此たこは新場たことは思はれず
三河町にてみたやうなかほ

  和唐紙にものかけといふ人に
 和唐紙に物かく事は御免酒に
こはだのすしや豆腐つみいれ

 樵雲楼といふ額は独立の書にして鎌倉河岸豊島屋十右衛門の二階にあり
 生酔のたゞよふ雲にたきぎかる
鎌倉河岸の秋のさかもり

  ある人狩野秦川のかきし福禄寿の画を携へ来たり、
  南極を北極によみかへよといふに
 南極を北極にして見るからは
此絵師もとは吉原がすき
  秦川をしれる人はほゝゑむべし。

  長橋東原書画の会に断申遣すとて
 今日の無拠断に君が牛王をのまんとぞ思ふ
  東原は神田紺屋二丁目牛王を出す家なり。

 小田原海野やを賀するひとのあやまりて脇差のさやはしりけるを祝して歌よめと柳屋のこふにまかせて
 おさまれる四海野なみにさか月の
玉の兎もさやはしるらん

 はまぐりの貝の口あく婚礼に
みのいる豆のさやはしるなり

 筆のさやはしり書せん相生の
松こそめでたかる口のうた

  沢村訥子菅原の狂言に覚寿と松王の二役なり
 老の身はげにも覚寿のはゝたみて
又若松をまちに松王

  観戯場
 本院時平車上乗、梅桜忠義向松凝、
 讒言一入筏沈波、斎世親王菅相丞

 鳥文斎栄之三福対の画の表具に書きちらせり
 左 つとにしたる赤貝より傾城のすがたを吹出したる表具に大尽舞の歌をかきて一文字に
 花さかば御げんといひて赤貝の
しほひの留守に使は来たり

 中 蛉貝より青楼の屋根の形と土手を四手駕籠の通るかた吹出したる絵かきたる表具に、まことはうその皮うそは誠のほねのことばとたはれ歌とをかきて一文字に
 遊君五町廓、苦海十年流、二十七明夢、嗚呼蜃気楼

 右 つと苞にしたる蜆貝よりかぶろ二人ふきいだしたる表具には河東節の禿万歳の文句をかきさして
 しゞみ貝つとめせぬまにさく梅の雪
だまされし風情なり平

 中村歌右衛門忠臣藏の寺岡平右衛門に菖蒲皮の衣きざるを嘲る
 菖蒲皮きぬ足軽は虎の皮の
ふんどしをせぬ鬼も同前

 菖蒲皮きぬ足軽のみえ坊は
寺岡ならぬ米や平右衛門

 菖蒲皮きぬ足軽はもののふの
鎌倉風をしらぬ上方

  鯉の画に
 龍門の上下きたる出世鯉
あられ小紋は滝のしら玉

  虫
 秋の夜の長きに腹のさびしきは
たゞくうくうと虫のねぞする

  赤き紙に歌をこふ
 疱瘡をかるくするがのうけ合は
三国一の山をあげたり

  枝折にかけるうた
 龍田山去年のしをりは林間に
酒あたゝめてしれぬ紅葉

 市村の芝居に新場のものの喧嘩ありときゝて岩井杜若の事をよめる
 われも亦岩井の水をくみぬれば
新場の事のはやくすめかし

 これはかつて杜若とともに酒くみけるとき戯に杜老とかきし事あればなり。小田原町柳屋のもとに沢村訥子尾上三朝来りければ此の程の狂言を思ひいでゝ一鉢に植し松王さくら丸にほんのはしの柳屋のもと同じ夜酔ひふして
 活鯛の目をさましつゝよくみれば
小田原町の秋の朝いち

  九月六日は母の忌日八日は祖父九日は父の忌日なり
 かぞいろのなくなりしよりしら菊の
花にもそゝぐわが涙かな

 ねがはくは九月十日にわれ死なん
祖父ちゝわれと三世のみほとけ

  煙草入に鷺をかきたる絵に狂歌をかけといふに
 しら鷺はむかひにきたかたゞきたか
しばしやすらへ煙草一ぷく

  河東節の文句によりてなり。

  菊の絵かきたる盃に
 酒のめばいつも慈童の心にて
七百歳もいきんとぞおもふ

  すみ田川寺島村名主和昶の茶室に一円窓あり、
  竹のたがもてふちとせり
 くれ竹のたが名の主かすみだ川
一ゑんさうは見えぬかくれ家

 三囲いなりの上に雲ありて雷のなるべきもよほしある絵に
 秋ならば神もたて引く夕立を
一ふりふらせ田をもみめぐり

  題しらず
 加賀笠のうき世小路になれなれて
きぬる人とは誰かわかなや

  玉の画に
 下和氏がほり出したる連城の
玉は代金十五枚かも

  十三夜雨ふりければ
 十三夜雨はふりきぬさといもの
きぬかづきてぞふすべかりける

  紺屋町自身堂かけ物のことば
 近松平安翁が用明天皇職人鑑に云、門に松たつあしたより桃に柳にあやめふく軒のとうろう二度の月菊の節句や年のくれと云々。
 近頃宮城野忍の上るりにも、古きをたづねてあたらしく、染め直したる洗張、ことし紺屋町の付祭、五節供の趣向あらたまのとしたつ松の引物に、弥生の汐干しさつきの兜、文月の女七夕長月の菊慈童、七百余歳八百八町、二千余町も千早振、神田祭の宵祭、あさはとうからあかねさす、べにかけ色の空色に、東天紅の諌鼓どり、わたらぬ先に筆とりて、早染草の正の字の、正筆酔て不断のごとし。
 辛未九月十四日の朝直筆書之

  大津絵にかく鳥毛やりをもる奴をよめる
 あづさ弓やつこ茶屋にも程ちかき
翔雀堂の鳥毛やりかも

  贈戯子三升
 今歳中村与市村、狂言助六又菅原、祇園筒守多霊験、
 唯頼成田不動尊
 市川三升七代目義経千本桜の狂言に五役をなすときゝて
 市川の家桜にもなき芸を
せんぼんざくらあたる忠信

 評判もよしのの花のやぐら幕
大入船や大物のうら

 五役ははつねのつゞみうち
つれてたれもこんこん狐忠信

 あゝつがもない五役を一人の
市川流にうけし江戸ツ子

  市村の座頭高麗屋によみてつかはしける
 男なら上方ものもにせてみよ
河越太郎いがみの権太

  岩井杜若がしづか御前りわざおぎをみて
 薙刀で心しづかになぎちらせ
小山の開山よしのやまとや

  阪東秀佳がよしつねをみて
 かくれがさかくれみの助時代より
大だてものとみえし義経

  花井才三郎亀井六郎なれば
 亀屋より亀井の六郎きてみれば
よしのの花井才三郎丈

  馬の耳に風のかたかきし羽織のうらに
 うしろから羽織をかけていつお出なんす
といへど馬の耳にかぜ

  柳かげに西行の画に
 立どまりつれもなくしてたゞひとり
柳のかげにやすむ西行

  七賢人のゑに
 竹林に藪蚊の多き所とも
しらでうかうか遊ぶ生酔

  横須賀の城主のもとにて山寿といへる額をみて
 いく千代も動かぬ山の寿や
遠くあふみにつゞく櫛松

  同じく小梅の山里の瓶に
 一枝の小梅を折ていけ水に
釣花いけの三日月の影

  同じくみたちにて、姫君のあやめの琴柱に書つけるうた
 ふき自在みやうがある上にいく千代も
あやめのねざし長き草の名
 おなじく琴の銘をこはせ給ひければ、あやめの縁によりて根差といふ名を奉れり。

  九月尽
 もみぢちる菊や薄の本舞台
まづ今日は是きりの秋

 宗鑑が志那弥三郎、芭蕉が甚三郎、翁の大野や喜三郎いはずともよい事なり
 たづねきしもとの木阿弥しろがねの
町の子の子の子宝のやど
 これはもとの木網の孫岸本氏の白銀町のやどりをとひてかきて贈れるなり。

  時雨
 おもふ事かなへつくづくながむれば
しぐれの空にふる小ぬか雨

 神々の留守をあづかる月なれば
馬鹿正直に時雨ふるなり

 木挽町芝居にて岩井半四郎しら井権八もどり駕籠の狂言大入ときゝて、岩井杜若のもとによみてつかはしける
 顔みせの花のかげ膳すへて
まつ堺町へはいつもどり駕籠

  かいつぶりの絵に
 水鳥のかいつぶりをやふりぬらん
うき世の事を人にとはれば

  上総浦にて地引網ひくものによみて贈る
 あら海をつくせるりやうの地引こそ
まことに上つ総々しけれ

  太田姫いなり別当安重院にて
 われも亦やしきをかへて院の名を
安住すべき心地こそすれ

  飯田町の亀屋の夷講に出店二軒の亀屋も来れり
 本店に出店のけふの夷講
三万年の亀や手をうつ

  聞沢村宗十郎改名
 観世水流溢沢村、宗徒贔屓若雲屯、
 十千万両金箱勢、郎党合紋い字繁

 市の川市蔵市川となり、
 紋所の一つ字をもとりて三升となるを賀して
 升にひく一文字をとりてあめつちの
まことに和合太平記かな


  和合一字太平記の故事なり。
  中村芝翫が番付に兼々といふ宇を書きしをみて
 当今の御諱をも憚らず
書きちらしたる上方役者

 浄るりの義太夫ぶしも内職に
かねがね是をかねるとぞきく

  橘の名を六歌仙によそへて歌よめと人のいひければ
  駿河たらゑふ橘      小野小町
 もゝいろのうつらぬものかたち花の
花にもまさる色にぞありける

  今するが多羅葉在原     業平朝臣
 大かたは月あかき夜とみしゆきも
つもればふじのするがなるもの

  黄たらえふ       喜撰法師
 我いほはみやこのいぬゐきたら葉
うき世の塵をはくさんの西

  萌黄たら葉       文屋康秀
 吹からに秋の草木をいつまでも
萌黄の色は外にあらじな

  鳳凰たらえふ       大伴黒主
 鳳鳳の尾をたちよりてみてゆかん
玉の光もますかゞみ山

  玉子多羅葉       僧正遍照
 みがきなす玉子の君にもとむれば
千々のこがねの色とあざむく

  沢村宗十郎を祝して
 二三年前から江戸の見物は
宗十郎のきの国やなり

 その位大政入道清盛を
源翁和尚などゝおもふな

 活鯛の目出度一寸しめませう
尾ひれのつきし花のかほみせ

  兼るといふ字を名の上に書きし俳優あり
 もとよりも江戸にふさはぬ座頭に
居兼るといふ文字をいたゞく

  沢村訥子によみて贈る
 沢村のかなのいの字の和らかに
実事ばかり兼るものなし

  十月十九日甲子に天赦日なれば
 甲子の大黒天じやよろづよし
あすは小春の若夷講

  小春
 朝めしと昼げの間みじかくて
腹も小春の空の長閑さ

 妻沼にすめる人利兵衛母の手織の羽織のうらに歌をこふ
 たらちねの手織の羽織肩にきて
綿よりあつきめぐみをぞ思ふ

  女の己惚鏡をみる絵に
 世の中に楊貴妃小町司など
ありともしらぬうぬぼれかゞみ
  五明楼の遊女司ちかごろ出たればなり。

 十一月七日酉の市の日、
 舟にて羅漢寺の普茶会にゆくとて
 霜月のとりのまちがひ羅漢寺の
わしのみ山へまいる普茶船

 釜や堀より市川三升のもとに大火鉢をゐて贈りけるに、
 大中といふ文字をゐたりときゝて
 よくよりてあたり給へや梅桜
松の烟のたてる鉢の木

  市川三升渋谷金王丸にて暫のわざおぎするをみて
 暫の声は成田や不動尊
七代目黒渋谷金玉

 暫のこゑなかりせば雪のふる
顔みせいかに春をしらまし

  芝翫が一寸法師の狂言をみて
 三丈のゐたけ高なるかけ声に
おそれてちゞむ一寸法師

 花道をちよこちよこ出る座頭は
膝がしらとぞいふべかりける
  ちよこのちよこ平といへる名なればなり。

  与市川三紅 団之助
 看君姑射一神人、綽約還疑婦女身、
 三尺寒泉浸紅玉、緑雲鬟上紫綸巾

 ねがはくは扇となりて君が手に
ふれなん三の紅の袖

  霜月十九日の朝鷹の絵をゆめに見て
 一富士のするが台にはみゝよりの
願ひも叶ふはしたかの夢

 此比駿河台のわたりのやしきとわがやしきとかへん事を願ふ時なればなり。長崎丸山町遊女千代菊が菊の絵に
 袖よりもすねふりてみん千代菊の
籬のもとの露の丸山

 千代菊の千代も長崎長月の
すはの祭の折はたがはじ

 いにしへの沈香亭の中葉にも
おとらぬ千代の菊の一本

  一元大武の肉を得て秋一無冬の禁もわするべし
 牛くふて水をますかはしら太夫
一石六斗二升八合

  瀬川仙女一周忌
 ぶんまはし年ひとめぐりめぐれど
いかにせん女の顔も見せざる

  青楼四季のうたの中に
  春
 くしげ箱提灯のふたりづれ
花の中ゆく花の全盛

  夏
 みじか夜を比翼莚の天鵞絨の
毛のたつまなくぬるよしもがな

  秋
 玳瑁のくしの光や硝子を
さかさにつるす燈籠の鬢

  冬
 やうやうと来てむぐりこむつめたさは
君が心と鼻と両足

  題古一枚絵
 北廓大門肩上開、奥村筆力鳥居才、
 風流紅彩色姿絵、五町遊君各一枚

  白川城主三夕の画に、
 羅漢寺槙犬まきたつは御林か
百姓山の秋の夕暮

 藤沢の西行堂にゐる鴫の
看経にたつ秋の夕ぐれ

 此比は浦の苫屋も不蝋にて
何もかもなき秋の夕ぐれ

  早咲の梅を見て
 おれを見てまた歌をよみちらすかと
梅の思はん事もはづかし

  年内追灘
 歯がないと断いへど一つかみ
鬼打まめをくれてゆくとし

  年のくれまで雪ふらねば
 暮てゆくとしも道中双六の
亀山あたり雨ふりにけり

  飛鳥山花見のゑに
 山際飛鳥入、心遂落花狂、
 不覚青春暮、何知白日長
 花そめの袖をつらねて飛鳥の
あすかの山のさくらかざしつ

  大神楽の獅子をみて
 銭相場やすきも悪事災難は
十二文にてはらふ獅子舞

  雨ごひ小町
 ことはりやさりとては又せめつけて
空をながむる雨乞小町

  医学道しるべ 序
 周礼に医師は上士二人中土二人疾医食医も二人づゝなり。それさへ一人は養生よければ療養におよばず。賤きものは風寒暑湿に疾あるゆへにこの官を設くといへり。わが日の本の古の典薬寮にも十人ばかりには過ぎざるべし。
 今時は横町の新道にも出格子もたぬ庸医なく、宿札かけぬ竹斎なし。されば酒屋は伊丹三白と号し、餅は今坂上庵と改め、大工は建前棟梁と名のり、八百屋は椎茸干瓢と称して、猫も杓子も藪の仲間にいらぬものなし。
 われかつてやまひあり。ある人医薬をすゝむ。
 こたふるに一いんの詩をもつてす。
 吾奉先人体、直通生死路、
 草根与木皮、不使庸医誤
 たゞしかくいへばとて明日にも疾病ならば、家内のおもはく親戚の外聞に、人参ものまねばならす、熊胆もしやぶらすばなるまじけれど、もとより死生にかゝはらぬ事なれば、これもまた世わたりのひとつなるべし。
 此の書の序をこふものあるによりて、うらずかはずの一ことを題して、白紙の数をよごすことしかり。

  富士のすそに紅葉のゑに
 白むくのふじのすそ野にぬぎすてし
きぬや紅葉の錦なるらん

  松伏村有松云曾根松種或請詩歌
 播陽菅廟一株松、移植孤根手自封、
 偃蓋重々村落裏、歳時伏蝋蔭三農
 はりまぢにありといふなる松の根を
うつしてこゝにしげる一村

  海老のゑに
 海老の顔なまず坊主はおそるれど
蜆子和尚やいかゞみるらん

 釈迦荘子紫式部のうたかきたるに
 釈尊の方便、荘子が寓言、紫式部のつくり物がたり等、みなまことから出たうそにして、人を道びくためなるべし。
 たとはゞ歌をうたひて飴をうり、こまをまはして歯磨をひさぐがごとし
 雪の山出でし仏やいかゞみん
みんなみの花湖の月

  壬申試筆
 又ことし扇何千何百本
かきちらすべき口びらきかも

  大川にかすみたつをみて
 見わたせば大橋かすむ間部河岸
松たつ船や水の面梶

  焉馬のもとめに応じて矢の根五郎のゑに
 虎をみて石に立川市川の
かぶら矢の根のあたり狂言

  六十四歳になりければ
 わがとしも六十四文ねがならで
うれのこりたる河岸の門松

  宝船
 長き夜のとをのねぶりの目ざましき
数の宝をつみて入船

  元日
 あめつちのわかれそめしやかくならん
むつきのけふの人の心は

  堺町二番目狂言台頭霜のいろ幕の仕組よろしければ
 鶯の笠や三勝台がしら
梅のさくしやの出来し二番目

 鶯村君の松の絵は金川宿羽根沢といふ桜の庭にある松なり
 かな川の松の青木の台の物
洲浜にたてる鶴の羽根沢

 むつき六日夜遊侠窟にて酒のみけるに酔て足ふみあやまちて打身の療治をたのむとて
 新宅の壁をぬるべき瑞相に
春からこてをたのみこそすれ

 つねに筑摩鍋住が足袋はきてたかどのののぼりばしなおりそといひしいましめも思ひいでられて
 足袋ぬげと思ひつくまの鍋住が
ことばのはしごすべりてぞしる

  紅葉に鹿のならびたてる絵に
 紅葉のにしきの床をふみしきて
たてるや鹿のもろ声になく

  二月三日任子補蔭のよろこびに
 うみの子のいやつぎつぎにめぐみある
主計のかづにいるぞうれしき

  同じときによめる
 子を思ふやみはあやなし梅の花
今をはるべとさくにつけても

  芝翫をほめてうたよめと人のいひけるに
 はいりさへすればかまはずなには江の
よしといふ人あしといふ人

  傾城のゑに
 千金の春のくるわの全盛も
一両二分はたゞ二人なり

  上野の花を見て
 鳥がなくあづまのひえの山桜
さくやゆたかに永き春の日

  堀の内妙法寺にて
 参詣のあゆみはとしのおそし様
頭を上に掘のうちかな

  男女の髪をきりて納めしはいかなる願にや
 日蓮はかゝれとてしもうばかゝになど
黒髪をきれといふべき

  内藤宿に三河や久兵衛といふ酒家あり、
  人みな三久とよぶ、此家にてつくれる雛を見て
 段々にのぼる位の内裏びな
これや龍門三きうの浪

 きさらぎ十八日より十九日の朝までに、かまくら町豊嶋屋がみせにて白酒二千四百樽うりしときゝて申つかはしける
 山川の酒のかけたるしがらみは
道もさりあへぬ豊島やが門

 樽徳利鎌倉がしをいくかへり
かはんとしまやうらんとしまや

  大久保七面社の花をみて
 七おもて立かへりても見まほしき
享保の頃の花の盛を

  七面に赤井得水のかける額あり、
  社の前に筆ざくら二本さけり
 七面と書きたる額の筆ざくら
花の赤井のひもを得水

  題雨降亭
 富士山兼丹沢山、大山大聖石尊間、
 三山景色三山別、自似茶亭三客顔
  送四方歌垣真顔西遊
 乾坤無処不狂歌、南北東西山又河、
 段尻長過天満祭、燈籠恐及吉原俄
 口にひく津々浦々の果までも
みそぢひともじよものうた垣

 神路山きびの中山ひえの山
のち瀬の山をとはん四方山

 旅衣ひつぱりだこにあひぬとも
つましき宿のいもなわすれそ

  上野の花を見んとゆくみちに鐘の音をきゝて
 九つは遅し八つにはまだはやし
雲の上野の花をもる鐘

  後にとへば午時のかねなり。

 すみ田川の花みんと中田圃といふ処を過ぎて大音寺の前にいづる道は、むかし若かりし時山谷通ひに目なれし所なり
 いまさらに恐れ入谷のきしも神
あやうく過ぎし時を思へば

 むかし見し鶴の園生の額もなし
三本松やいくよへぬらん

 若かりし日の出いなりをいく年の
関のやしきやこえて行きけん

 ながめやる天水桶のたがために
むかし飛立つ思ひなりけん

 千束にあまる思ひや思ひ出る
親の異見の大音寺前

  すみ田川の花さかりなれば
 仙人もかゝるおくにやすみ田川
みなかみ清き花のしら雲

 すみ田川月見の桜さく比は
花のしら波たゝぬ日ぞなき

  ある人天狗の鼻高きうたよめといふに
 小天狗の鼻高かれと朝夕に
僧正坊やつまみあぐらん

 西来庵にて酒のみけるに、
 ふさといへるうたひめによみてつかはしける
 さみせんの川をへだてゝきくもよし
むさしと下つふさの一曲

 せいといへるうたひめにおくる 瀬戸物町おのぶの妹なり
 何にせいかにせいとては酒をのむ
寿命をのぶのいもととは猶

 同じく二人のいらつめの歌うたふをきくに、
 醒が井の醒が井の水の垂井の水ざかりといふうたなり
 花見酒酔ふてはいづる醒が井の
雨の垂井に風の手おどり

  駒込吉祥寺の桜をみる、
  此寺の門前に洞家済家襪子所あり
 駒込の花をふむべき沓はなし
洞家酒家の襪子あれども

 神明社頭の桜一木は別当大泉院の先住千寿院といへる隠居九蔵のときうゑし木にして、九十六歳にて遷化せられしは四十年前の事なり
 植置くも花に心をそみかくだ
つたえて千々の寿やへん

  五百羅漢の開帳にゆかんとするに雨ふり風はげし
 雨風のさはり三百ふり来り
五百羅漢へゆくもゆかれず

 けふの雨風をいとひて、あすはかならす開帳見にゆかんと、ある人のもとにいひやりけるに、道成寺の狂言みにゆきしときゝて
 てらてらと日のさし出るをしたふなり
けふ道成寺あすは羅漢寺

 羅漢寺の庭に石にて亀のかたちをつくり、大きなる桜をうゑて蓬莱桜と名づけしをみて、烏亭焉馬によみてつかはしける
 此さくら此開帳にあふ事は
げにもうき木の亀の尾の山

  弥生九日庭の桜さかりなるに月さへ出ければ
 春の夜の月と花とをわがやどの
一木の蔭にこめてこそみれ

 わがやどの一木の桜さきにけり
みはやしぬべき友垣もがな

  河津股野
 すけ殿もまさこも角力見物は
赤沢山の棒柱の外

  錦木をたつるゑに
 にしき木は鬼木とともに朽にけり
上総木綿かけふの細布

 此比吉原に桜を植るを五百羅漢開帳の庭にも植しときゝて
 南北に植し桜の花ざかり
五百の羅漢三千の妓女

  忍待恋
 さすが又まきの板戸も明けやらで
ひとりしたうつ心くるしき

  同じ心を狂歌に
 はなのしたひそかにのべのつくづくし
まちほうけたる身こそつらけれ

  追灘の画に
 郷人の鬼やらひには聖人も
麻上下で椽側にたつ

  柳屋安五郎が掌中の珠を得しよろこびに
 手の上の玉の柳のやすやすと
うまれいでたる春のみどり子

  瀬川路考が浅間ケ嶽の狂言を奥州屋といふ茶屋にて
 奥州やから奥州がたち姿見に
こそ来つれ大入の客

  同じく石橋の狂言
 御贔屓の深見草とて石橋の
獅子奮迅の大あたりかな

  同じく三月廿日なれば
 石橋のあたるやよひの廿日草
花のさかりにくるふ菊蝶

 阪東秀佳は鳴神、沢村訥子は雷といふ角力のわざおぎに
 狂言のやまと紀の国世の中に
ひゞく鳴神雷の声

  市川三升細川勝元のわざおぎに
 細川も市川流はたれにても
まくる事なき勝元の芸

 宇治の新茶柳葉といふを亀屋文宝のもとより贈られけるに
 茶をわかす烟みだれて煮花さへ
ほころびかゝる宇治の柳葉

 麻布長谷寺に清水観音の開帳あり、
 梅窓院のうしろより田の中の溝をこゑて来るとて
 蛙飛ぶ田道あぜ道清水の
お開帳へと心はせ寺

 桂川国瑞翁の画がける大津絵の鬼の念仏に、
 国瑞の文字をいれて賛せよとこふ
  蕙苡仁珠数、椶櫚葉夜叉
 鬼のつのつき地の筆の命毛も
みだのみ国の瑞とこそなれ

  今はなき人なればなり

  三月尽の日道成寺のわざおぎをみて
 行春の龍頭にたれか手をかけん
思へば此かねけふの入合

  にせ紫鹿子道成寺のわざおぎをみて
 紫はにせか何かはしら拍子
祇園守りに人のいり筒

  中村東蔵によみておくる
 上方のこがねの箱を持下り
今は東の蔵の中村

  よし菊といへるもの雄龍雌龍の身ぶりをするを見て
 脇の下から火のもゆる龍の顔
お龍め龍は何の雲なし

  野の宮に月の出たるかたかきたる画に
 斎宮の色事をしてかけ落の
跡は野の宮高砂の月

  升勘のみせに下駄をかふて 本所一ツ目なり
 ふみ切た鼻緒に下駄をかさゝぎの
はしは一つ目二の口の村

  狆に菓子あづけたるかたかきて
 加茂川の水双六の賽よりか
ちんが心にまかせざる菓子

  郭公
 朝めしの山ほととぎす山もりに
ほし大根汁かけたかとなく

  卯月三日日本橋柳屋のもとよりかつほを贈りければ
 山の手をさして一本はつ鰹
にほんのはしも取あへずくふ

  松本錦升がほくに、
  度々の仁木古世のはつ鰹といふをみて
 見るたびに仁木弾正はつ鰹
いつも新せの心地こそすれ

  松に鶴のすごもりの絵に
 尺八の竹にはあらで千丈の
松にやどれる鶴の巣籠り

  新宅の釿始の日野見てふなごん墨金によみて贈る
 飛弾たくみうつ墨金ぞゆがみなき
野見てふなごん手をのはじめは

  墨田川半右衛門がやどにて
 江戸よりの船路は一里半右衛門
世をのがれたるかたすみ田川

 わればかり世をのがれしと思ひ入る
ひよけの舟のまたもつきの出

  花の枝の画に
 おみやげに吉野の雲をひとつかみ
つかみてかへる枝おりの花

 傾城傾国は古よりのいましめ多しといへど、かゝるもの世になからましかば、東家の娘の袖をひき、小夜衣のかさねぎたえざるべし
 人の城人の国をもかたぶけて
子孫をたやすものぞ恋しき

 談州楼焉馬が余があらたにいとなむ家の柱立しけるとき 卯月廿八日
 あゝつがもないとはいへどつか柱
談州楼のたてし立川

 沢村宗十郎が角力鳴神わざおぎを張子の人形につくりて、柳屋の初幟の祝につかはすとて
 鳴神のとつしとつしと力士立
ふみとどろかす本舞台顔

  島原の城主の山荘を千代が崎といふ、
  さいつ比長崎にて見し人にあひて
 はからずも千代が崎にてめぐりあふ
事ぞうれしき玉々の浦

  朝妻船のかたを柳橋の芸者のかたちにゑがきたれば
 柳ばし両国橋のたもとより
よせてはかへすあだしあだ波

  夢羅久がもとにて歯の落ちけるに
 おしむらくむらくがやどで落る歯は
おとしばなしといふべかりける

  江戸芝神明前に江見屋元右衛門といふ草子やあり。
 三代目上村吉右衛門といふ者、延享元年甲子三月十四日はじめて合形の色摺を工夫し、紅色も梅酢にてとき初め、また板木の左に見当といふものをなして、一二遍ずりの見当とす。今に至るまで見当を名づけて上村といふ。
 はじめて市川団十郎の絵をすり、又団扇に大文字屋○の図を色ずりにして堀江町伊場屋勘右衛門といふものに贈りしより、今の五代の吉右衛門文化九年壬申まで、六十九年に及べり。此像は三代目上村吉右衛門の肖像なり。今其の流をくみて源をたづね、末を見て本を忘れざる人々にあたふるものならし
 くれないの色に梅酢をときそめて
色をも香をもする人ぞする

  二幅対の絵左は塩がまの桜さけり
 すまの浦の若木の桜二本より
つひに行平中納言殿

  右は苫屋に紅葉あり
 なかりけるとはいふもののあるもよし
浦の苫屋の紅葉四五本

  鉄砲洲松平君縫殿頭のたかどのにて
 鉄砲洲打いでゝ見れば山の手の
かくもはづれし玉たまの海

  けいせいに郭公の画に
 君はゆきわが身はのこるみつぶとん
よつ手をおふてなく郭公

  女芸者
 さかもりのしやくとり女やね船に
かゞみて入るはのびんためなり

  浄るり太夫
 よくきけば不忠不孝の相対死
しかつべらしくかたるますらを

  下村山城によみてつかはしける
 雪の花つやおしろいをかはんとて
誰しも村に人の山城

  兼好法師ともし火のもとにふみよむかたかきたるゑに
 よもすがらみぬよの人をともし火に
命松丸よ茶をひとつくれ

  逢恋
 みつ蒲団よつ手にかゝむみだれがみ
心に手ありゑりに足あり

 狐拳のかたを融川法師のかける三幅対の絵に詩歌せよと、秋田の大守の求によりて、
  左 狐
 をぎつねにめぎつねまじり拳酒も
きはまる時はらん菊の園
  中 名主
 名主組頭年寄交、門前高札守如教、
 常々急度能申付、在々何人放鉄砲
  右 鉄砲
 てつぽうの玉の盃そこぬけに
うつや一けん二けん三けん

  六玉川のうた
  山吹
 山吹の口なし色やもらんとて
おたまじやくしも井出の玉川

  卯花
 玉川の卯花月や波はしる
玉兎をぞいふべかりける

  調布
 玉川のむかしの人のてづくりは
徳用向か何かしら波

  萩
 旅人のから尻馬のからにしき
ふみこむはぎの野路の玉川

  千鳥
 生酔の引汐風にふかれては
野田の玉川千鳥あしなり

  毒水
 六玉川同じ直段にかふならば
毒水はちと高野山なり

  神齢山のふもとに音羽町滝あり、
  玉すだれと名づくるとて
 深山より落ちくる滝の玉すだれ
かゝげてやみんみな月の雲

  寿命院にてお団を見て五月五日の日なりければ
 此やうにお団のごとく円居して
寿命をつなぐ続命の糸

  たとへのことばをゑかきて歌よめと人のいひければ、
  賛語をもまじへてかけり
  盗人をみて縄をなふ
 しら波をみて縄なふはとしのくれに
かけ乞をみて金かるがごと

  木から落ちたさる
 おぼつかないづくの木からおちこちの
たづきもしらぬ山中の猿

  瓢箪にて鯰おさふる
 にごり江に鯰おさふる瓢箪の
ぬらりくらりと世をわたらばや

  鬼の眼に涙
 蒼頡造字鬼神泣

  てうちんにつりがね
 泰山鴻毛

  蛇の道はへび
 くちなはの道一筋にたづねずば
雲ゐにかけるたつをみましや

  かいるのつらに水
 面張生皮

  寺にかつたる太皷
 義経の手にうたれしや宇治川の
寺に勝たる太鼓なるらん

  しゝをみて矢をはぐ
 渇而鑿井、戦而鋳兵

  猫に小判
 またゝびの草だにあらばみちのくの
こがねの花もなにゝかはせん

  目くらのかきのぞき
 群盲評器、独立面牆

  お月さまとすつぽん
 天上玉兎、泥中野亀

  鵜のまねする烏
 何事も鵜の真似をして水をのむ
うかれ烏のうき世カアカア

  足もとから鳥のたつ
 草に臥す文字ともしらずくたびれし
足もとよりや鳥のたつらん

  狼に衣
 墨染の世わたり衣上にきて
身をやすやすと送りおほかみ

  さつきの比塩引の鮭多くみえければ
 流行にをくれたる身は此比の
鰹にまじる塩引の鮭

  北山先生身まかりしときくに、
  その墓はわが寺と同じければ
 われも亦おしつけゆきた苔の下に
永き夜すがらかたりあかさん

  四方歌垣の子真言院慈光子三回忌
 父は旅子はよもつ国ほととぎす
ともに帰るにしかじとやなく

  遠州流挿花百瓶図序
 様によりて胡蘆を画き柱に膠して琴瑟をひかば可ならんや。遠州百瓶の図を見て花を挿さんと思ふもまたかくのごとし。しかりといへども木馬にのらざれば馬を御する事あたはず。花法を学ばざれば剣を撃つ事を得ず。
 万巻の書を読むといへども一箇の誠なくば何ぞ聖賢のみちに入らんや。魚を得て筌をわすれ兎を得て蹄を忘る。
 後の挿花を学ぶもの此の書を以て筌蹄とせば挿化の妙を得るにいたらんか。これ師の弟子を養ふ道なるべし。
 豈たゞ挿花のみならんや。

  狂歌水の巴序
 久かたの天あきらけきとしの比、さゞれいしの川辺すゞしき岷江の流に觴を浮べ、楚に入て底ぬけの名をとりし糟句斎余旦坊といふ人ありけり。
 もとより絵のことは素人ならぬ、大に黒き神の形をゑがきし家の風に巴扇の風をまじへて、四方のすき人にまじはり、たはれ歌よみて心をやる媒とせり。
 そののち水戸の大城のもとにうつりすみて、畑うつわらは薪こる山人とともに、たはれ歌よみてたのしみとせり。
 敷島の大和にはあらぬ唐絹とかやいふ人、もろ人のうたをあつめて水の巴となづけ、そのいとぐちをとかん事をこふにまかせて、禿なる筆をとるものならし。

  永代橋のもとなる生すにしたる鰡船にて
 おほ江戸にいけるかひありて永代の
名よしの船のはしをとるかも

  芳町桜井といふ酒楼にて
 正つらのやうにむす子に酒のめと
教のこさん桜井の宿

  やれたる壁に蛛のゐのかゝれる画に
 わがせこがよしや来るとも此やどは
何もくはせぬ蛛の振舞

  花火
 流星の玉屋たまやの声ばかり
など鍵屋とはいはぬ情なし

  勝と亀文字といへるうたひ女とともに、
  永代橋のもとに舟をとゞめて酒くむ
 酒かめもしばし舟とめかつ酌まん
夏の日ざしの永き代のはし

  勝といふうたひ女によみてつかはしける
 盃もあさかの沼の花かつみ
かつみる度にいつも生酔

  亀文字によみてつかはす
 万代のたえせぬみつの緒をひくは
これ蓬莱の亀といふ文字

  盃托銘 橋爪寛平の求に応ず
 さかづきをむかふの客へさしすせそ
いかな憂もわすらりるれろ
  次第に酒がまはらば舌のまはらぬ事もあるべし。

 瀬戸物町の妓王妓女には〔おのぶおせい〕しばしばまみえしが、駿河町の姉〔おかつ妹はおふさ〕とはたまさか舟を同じうして
 今の世の仏御前とするが町
かつは大通智勝仏かも

  木賊刈の画に
 老の身の枯木のごとくなりにけり
とくさをかりて何を磨かん

  小原女梅を折て牛の角にかけし画に
 小原女の心も春や黒牡丹
くろ木にしろき梅の一枝

  吉野山桜木の枝折に
 もろこしの吉野の花も万巻の
文の枝折や一目千本

  駒込の富士
 駒込にうる麦わらの蛇の道は
へびのしるべき鱣縄手を

 長崎名村氏進八たはれうたの名をこふに、
 扇末広と名づけて
 いく千代をあふぎが島の末広く
さし入る船や要なるらん

 月ごとの十九日に物かきて人にあたふるは、晴雲妙閑信女の忌日なればなり、ことし水無月十九日例の甘露門にまとゐして、しふくにちといふ五文字を上にして五首のうたを手向けぬ
 しづやしづしづのをだ巻はてしなく
など物思ふ夏のひぐらし

 ふねの中なみの上なる浮草の
やどりもいつか六とせ七とせ

 くりかへす暦の数もはたまきに
ちうたばかりの手向とぞなる

 にごり江のみかさまさりてすむ人の
門辺もむかしみえずなりにき

 ちかひてしはねもならべず松のはの
枝もかはさず年をふるつか

  日吉祭
 傘鉾のおほはぬ町もなかりけり
あつき日吉の神の水無月

  寒山拾得
 寒山が拾得きたる絵姿は
医者でもあらず茶坊主てもなし

  七夕祭のうたよむとて、
  ふみつきなぬかといふ七文字を上によめる
 ふるくよりきゝわたりつる天河
ほしのあふ瀬もこよひなるらん

 みちのくのとふの菅ごも七ふをも
なぬかのけふの星にかさまし

 つきかげもほのめく空にありありと
ふたつのほしの影やあふらん

 きならせし天の羽衣いく秋か
七夕つめのみけしなるらん

 ながめやるほしをこそまてさゝがにの
いとなみたてし軒の高どの

 ぬしやたれもとみし庭の松かげに
ほし合の夜やたちあかすらん

 かぞいろのなにいつをだにつゞけぬと
みどり子もなく梶のはのつゆ

  新場いづみ屋にて夜鰹をよめる
 ながながと長生をしてくふもよし
新さかな場の秋の夜鰹

 朝鮮国に天満宮あり、ある人奉納の額にうたこひければ
 あまみつる神のめぐみは日の本の
こまもろこしもへだてあらじな

  休息六歌仙の画
 文屋の康秀ゆかたにて、薄かいたる団扇をつかひて胸に風をいるゝ形かいたるに
 ふくからに汗のくさきの湯かたびら
むべ団扇をやつかふなるらん

  僧正遍照ふくべの口より酒のむ
 女郎花口もさが野にたつた今
僧正さんが落ちなさんした

  小野小町べにをつけたる
 花の色もうつらふ小野の小町べに
わが身ひとつの口につけばや

  在原業平うつの山の十団子をくふ
 てんとうまいかしらをうつの山辺にも
夢にもくはぬ十団子なり

  喜撰法師茶をたてたる
 千服の茶の湯とちがひ我手前
たつた一度と人はいふなり

  大伴黒主鏡をもちてけぬきにて鼻毛をぬく
 かゞみ山いざ手にもちてみてぬかん
鼻毛の長くのびやしぬると

  蜀都園
 蜀は三都の賦の一にして、白狼の夷歌章をなせしは色紙の価もこれがために貴かるべく、そのはじめは桑楊の菴に觴の光を泛べて一つきふたつみつき連、岷江の流の底ぬけ上戸となりけらし。
 青柳もくは子のまゆにこもり江の
水や巴の文字にながれん

  蜀錦園
 柳原のやなぎ並木の桜こきまじへたる浅草のみやこぞ春の錦より、夏にもかゝる藤波のたちならびたるみくら町、錦番城のにしきなるべし
 蜀江の波のあやおる西陣の
にしきをあらふむらさきの藤

  蜀雞園
 碧雞の神はかたちをかゞやかし、蜀雞の冠はかたちを大にす。もとよりひろき広莫の野に無何有のさとの雞合、団扇をあぐるかたやはたそ。
 敷島の道ひろびろと長点を
長鳴鳥のかけろとぞなく

  雉に桜のゑに
 きゞすなくけんけんけんをけんとして
桜色なる色にかへめや

  うたひめ豊仲が扇に
 三味線のね心もよき仲ならば
とよももゝよも座敷かさねん

  同おれんが扇に
 さみせんにうき世の塵をあらひ髪
心の角もおれんとぞきく

  音羽町玉水簾のもとに養老の滝の白玉扇をひらきて
 玉だれの小がめの酒をくみ見れば
あめが下みな養老の滝

  寄冬瓜恋
 百一つあふ夜を花にはふ鬘の
長々し夜をひとりかも瓜

  寄糸瓜述懐
 世の中は何がへちまのかはぶくろ
しぼりとられし望月の水

  室町高島周見といへるくすしのもとに、
  久しく見ざりし升屋のお市にあひて
 市女笠きつれし中にましますや
あまねくみつる人の目にたつ

  そののちいなばの国の守のもとに召されしときゝて
 立わかれいなばの山の松のいろ
ます屋ときけばいちごさかへん

  仁正寺侯の山荘楽山楼にて
 はかせめく仁者はまさにあふみのや
水の鏡の山をたのしむ

 ことはざの一夜検校大名に
半日なりし心地こそすれ

  小網町おせんといへるいらつめによみて贈る
 三味線の引手あまたの小あみ町
けふを出舟のひきぞめにせん

  題しらず
 世の中は何かつねなる飛鳥山
きのふの花はけふ桜ん坊

  北里に菊を植しときゝて
 菊は花の隠逸なりと唐人の
いひしはたわけ見よ仲の町

  三田元札の辻といふ所にすむ嘉山のもとに、
  近きわたりのうたひめ来れり
 めづらしく芸者をけふはみたみたと
みつけん番の元札の辻

  楽屋新道丸七のもとにて関三十郎によみて贈る
 あふ阪と鈴鹿と不破のいにしへに
まされるものは今の関三

  贈中村芝翫
 山姥名残山又山、狂言大入五年間、
 吾妻贔屓兼京摂、柳緑花紅色々顔

 狂言のやまとうた右衛門山姥も
小春のにしき着てや帰らん

  鯉屋藤左衛門がかたにて河東節松の内をきく
 末の代に沅湘日夜ながれても
むかしにかへれ花の江戸節

  浅草の奥山に菊を植しときゝて
 奥山に植たる菊を門番の
風の神殿ふきな倒しそ

 中村座三番叟翁七三郎千歳明石三番叟芝翫つとめしとき
 ほのぼのと明石に七三三番叟
芝かくれゆく幕おしぞ思ふ

  題しらず
 ぼんぼりにたつろうそくも二丁目の
東籬にみゆるしら菊の花

  隅田川雁
 すみだ川のちのあしたも細見の
山形なりにわたるかりがね

  二藤の娘おらいが扇に都鳥の絵あり
 みやこどりいざこととはんわが思ふ人に
二藤はおるかおらいか

  住吉町松本のもとに酒のみけるに、
  岩戸香といへる髪の油をひさぐ家なれば
 神代よりひらけし天の岩戸町
つたへてこゝにすみよしの松

  この頃わが名をなのりて、
  市中にて物かき酒のむおこのものありときゝて
 みな人のよもやにかゝる紫の
赤良を奪ふ事ぞ悲しき

  此方よりせりうり一切出し不申候。

 中村歌右衛門十月十六日の舞納より、下駄はきて近きわたりにゆくふりにて、たゞちに甲州道中をへて浪花にかへりしが、その妻子はあとにのこりて、はつかすぎて女切手など乞ひうけて東海道を上りしが、川崎といふ所にて雲助四十人斗出て酒手をこひければ、こがねあたまとらせしが、これよりゆくさきも亦かくの如くならんと、ひとまづ江戸にかへりしときゝて
 歌右衛門下駄ながらこそにげにけれ
女の切手間にあはずとや

 うた右衛門は上下の者五人やとひて金十五両遣しけるとぞ、その妻の川崎にて酒手をこはれしは三十五金ばかりとなん、此の比の世がたりなり。

  豊島屋十右衛門扇橋別荘の碑に
 山里は水をかなめの扇橋
末ひろがりの海にこそ入れ

  いづみや与四郎浪花にかへる餞別
 なには江のあしたはよしやよしさんの
声のみ耳にのこる秋風

  鯉屋にて河東節松の内をきく
 あら玉の空青みたるあけぼのは
つねきく鳥もわか水の音

  九月廿九日鯉屋にて鮟鱇汁をくふ
 此冬も御鮟鱇とは秋ながら
吸物わんのふたとりてしる

  河東ぶしかぶろ万歳うたふをきゝて
 にぎやかなつぶりの禿万歳は
今をさかりの花の江戸ぶし

  鳥羽絵にかける河津の角力に
 此角力蟇股野は河津がけ
鳥羽僧正の筆を取組


  〔狂歌類題〕網雑魚

   

 中つ代の諺にいへらく、雑魚とふいをもとゝ交と、且きゝつ此鰕雑魚とふものは、空かぞふおほうみの原を、棹楫ほさず射往廻ほる舟人らが、まりすつるくその潮左猪に凝りて、なれるになもありとぞ、否にや然にや、くはしきはしらず。爰に又、あみざことうは書せるとぢぶみあり。
 足はしも、野べの高萱草ぶかき国に在ながら、大江戸の手振をまねびて、其名風のとの遠くきこえたる荻野屋のぬしが荻の葉さやぎ、熟睡せられぬよひのすさびにいひ捨たるたはれ言を、おのがものから後みむには心なぐさむわざなりとて、ひたかい集たる物にもなも有ける。
 故くすしき人の見つゝ、多倶理をつきていやしむ事を思ひはかり、みづから八重だゝみへりくだりて、およづれ言に穢しつる、あやしきいをの名もて冠らせたるなるべし。
 こをとりてよむに、其数すべて三百余、たゞに網ざこの骨なき歌のみならず、いすぐはし鯨のたけある詞、おほをよし鮪のひれあるすがた、はたふくべのおかしき、あか棘鬣魚のめでたきをさへに、調べとゝのほり心ひでたるもいとさはに見ゆめり。これがはしに言くはへてしがなとこはるゝを、辞びていふ、おのれ真がほ、あら玉のとし月此芸にふけりて、わだの底澳津ふかえのふかきを極み、龍の窟の?くかをもうかゞはまくつとめれど、阿古や珠のひかり顕れつべき幸やなかりけん、あしがきの隣にだもしられずなむなりにたる、譬ば魔竭の魚にさばかりならぶものなきもおほよそ人のめには真しろなる山、あけなる海とのみ見さけられて、とほしろき魚ともしられざれば、いをとなり出しかひもなくて、藻にしづむ鮒にすらおとりぬるがごとし。かくいひつゝおるほどに、いよゝざへあざれ詞ふりにたれば、人みな真そでもて鼻おほはむ事を、やさしみおもへりとわびあへれど、彼ぬしさらに諾なはずしていへらく、臭を逐ふ人なからむや、屎鮒喫る女奴もあるをと、あまの栲縄くるしきまでさいなまるるをもだしやらで、なまなまにしかしるしつ。
 是ぞ此雑魚とふいをのとゝまじりと、許々良の人のみたまはむを、恥ざらめやもおそりざらめやも。

          鹿津部真顔がいふ
  序
 それたはれ事のすき人らは、すさのをのみことを祭てふみな月のあつき、下照姫のてる日をも厭はす、春は飛鳥山のうなゐらが土器を投るたはむれにもよみ、難波津にさくやこのはなのしもけぬべう覚ゆる冬の日もよみ出ることになんありける。さればあかゞりのいたくすけるをこそ此道のすきとはいふめれ。こゝにひとりのすき人あり。
 かばねは赤松名は金鶏、家の名は荻野屋とかきこえし。
 うまれは大江戸のまなかにして、うぶ湯のたらひのまろくかどなき人になんありける。
 今は上毛のくになぬかいちといふ所にいまして此みちもてたのしみ、花につけ月につけてよみ出るざれ歌あまたなるを、一の巻となして、そのすけるてふゑにしあればとて、あみざことものして世にひろめ玉ふとかや。
 同じこゝろのすき人ら此巻をずし玉はば、金雞子の道をすける事をもしり、はた歌のあさらけきいをのごとくなるをもしり玉はん。やつがれ年老、筆もたちかね侍れど、せちに乞るゝにいなみがたう、つたなき言の葉をのぶるになん。
          桑楊庵光いふ

   狂歌網雑魚目録

第一巻 春之部
 年内立春 立春 関路立春 早春 初春 山霞 関霞 鶯
 題しらず 若菜 残雪 梅 柳 早蕨 花 山桜 雨中花
 落花 春曙 蛙 欸冬 雲雀 三月尽
第二巻 夏之部
 更衣 葵 郭公 山蜀魂 五月雨 滝五月雨 照射 水鶏
 夕立早過 納凉 荒和祓
第三部 秋之部
 初秋 早秋 七夕 七夕川 七夕舟 萩 野萩 雁
 深夜雁 海霧 月 名所月 秋風 擣衣 山家虫 菊
 紅葉 九月尽
第四春 冬之部
 初冬 落葉 時雨 霜 雪 冬月 河上氷 神楽 埋火
 歳暮
第五巻 恋之部 上
 恋 久忍恋 祈恋 侍恋 待空 逢恋 初逢恋 別恋
第六巻 恋之部 下
 思 片思 欲絶恋 恋雨 春見恋 秋待恋 旅恋 恋命
 恋心 恋情 賤恋 寄雪恋 寄川恋 寄鷹恋 寄馬恋
第七巻 雑之部 上
 暁 山家 羇旅之類 無題 画賛之類 俳優を見るうた
第八巻 雑之部 下
 報恩之歌 夢 述懐 懐旧 哀傷之類 神祇之類 祝

 網雑魚巻一 春之部 隠士赤松金鶏著

  年内立春
 うぐひすの時分つかひを待もせず
をしかけて来る年内の春

  立春
 岩戸あけし神代のまゝのひかりにて
ちつともさびぬあら玉の春

  関路立春
 此あさけかすみのまくもあたらしや
としの関所へ春の交代

  早春
 うごきなき春やこよみの大将軍
もちのそなへもかたく見へたり

  初春
 やり梅の中に柳の青表紙
文武二道の春はきにけり

  山霞
 春がすみたなびきしより杣人も
めをたてゝ見るのこぎりがだけ

  関霞
 あしがらの関のまむきにはるがすみ
たちはだかれどしかりてもなし

  鶯
 春もやゝこはだのすしや鯛のすし
まどよりなるゝうぐひすの声

  題しらず
 みとれてはつゐに前後を忘じけり
梅にうぐひすうぐひすにうめ

  若菜
 ぬり桶のわたのやうなる雪わけて
一二把つまんまだき若菜を

  残雪
 春の日を七十五日ひきのばせ
のこんの雪のおはりはつもの

  梅
 難波津に昨夜の雨やつよかりし
けさほころびた梅の花がさ

  柳
 淵明が隠者かた気やならひけん
門の柳もちらしがみなり

  同
 采配に似たる柳をうつし植て
うき世のちりをはたき出さん

  早蕨
 さほ姫の御紋か山の背をかけて
一つ巴にいづるさわらび

  花
 をる人のにげゆくあとへ声かけて
大事の花をしかりちらすな

  山桜
 ひろがりし足高山のさくら花
徒士ならねども風はわきよれ

  雨中花
 ならづけのかすみやたてる遠山の
花にあまけの雲を起して

  落花
 さくら花ちりてもおしき虎の尾は
いづれふまれぬものにしぞあれ

  春曙
 おこされてよんどころなき寐覚にも
これはとおもふ春のあけぼの

  蛙
 心にはたれもおもへどかはづほど
春のわかれをなくものはなし

  欸冬
 なにごともいはぬ色とぞしられけり
他人めきたる山ぶきのはな

  雲雀
 春の野にけぶるたばこの舞ひばり
みればやにむにあがりこそすれ

  三月尽
 花鳥にまちえし春も三ぶくめ
つねのごとくにせんじ詰たり

  同
 東へはもどりもやらでうぐひすの
とんだ跡へ春のいぬめり


   網雑魚巻二 夏之部

  更衣
 春風の手形ありともぬぎかえて
はな見しらみを夏へ通さじ

  同
 ぬぎかえて醭くさいかとかぐさへも
とにかく春のはなをわすれず 葵

 是もまたときにあふひや氏なうて
かく玉だれにのぼるさかえは

  郭公
 ほととぎす名のつてすぎよ青葉せし
木の丸どののお目通りをば

  山郭公
 頼母子にいるさの山のほととぎす
ひと口ならずば半口もなけ

  五月雨
 くされつく畳より猶さみだれに
ひつたゝぬものは心なりけり

  滝五月雨
 布引にふりつゞきたるさつきあめ
ひとはゞひろくおつるたきつせ

  照射
 夏むしのたぐひなりけり小男鹿の
とんでともしの火にぞいりつつ

  水鶏
 たゝくのみ人もこずえのくひなにて
つまどばかりかはなあかせぬる

  夕立早過
 神なりの太皷はやめてとろとろと
ひゞきの滝をすぐる夕立

  納凉
 竹夫人だいてぬるよのすゞしさは
しやうのものより嬉しかりけり

  同
 夕すゞみ二十八宿あたりより
ふき送る風や秋の先ぶれ

  同
 凉風にあつさわすれて思はずも
もとこべが夏をやり水の影

  荒和祓
 ひやひやとみそぎやすらん索麪の
名にながれたる三輪の川なみ

  同
 やうやうと夏の仕舞へこぎつけて
貴船の川のみそぎ凉しき


   あみざこ巻三 秋之部

  初秋
 凉しさはいかにもすこしおどろけど
びつくりはせぬ秋のはつ風

  同
 きのふまで威をふるあふぎけふよりは
したにしたにと秋のはつかぜ

  早秋
 秋風の吹絵とや見んきのふけふ
ちらりほらりとをつる木のはは

  七夕
 七夕もすゝりてはなきたまふらん
ひや索麪のながきわかれを

  七夕河
 天河小町がうたに似るものか
なみのうねうねしける七夕

  擣衣
 われもまた遠のきぬたの相槌に
ねがへりをうつ秋の小夜中

  山家虫
 西陣はいかに桐生の山ざとは
はたおるむしの声も色よき

  菊
 これやこれ七もゝとせのおきなぐさ
杖はついても腰はかゞまず

  紅葉
 だまさるゝとはしりながらいなり山
もみぢのにしき金と見る迄

  九月尽
 灸点の九喩かぎりにゆくあきを
おさへてもけふひとひなりけり

  月
 八月のはちの名によぶ月なれば
はるゝも道理さすもことはり

  月
 のみつくせいざこれからは四斗樽
傾くまでの月をこそ見め

  同
 月の中に老せぬくすり製すとも
こよひの月にくまのゐはされ

  名所月
 近々のうみと山とをひとまたぎ
またいで出たるあしの屋の月

  秋風
 秋風をはりこの虎やおこすらん
のべにちぐさのかぶりふれるは

  同
 風の神もいたみ入らんおしなべて
のはきにあへる草の平伏

  七夕船
 恋中へ水をばさすなたなばたの
とわたる船の梶原平三

  萩
 山中のはぎの花妻手折なり
ごめん候へ鹿之すけ殿

  野萩
 宮城野のはぎのにしきをきて見れば
われも赤面するばかりなり

  雁
 南鐐のみなみへかへるかりがねは
ただ一片の月になくなり

  深夜雁
 これ一番たのむの雁よ小夜中に
汝なくともわれをなかすな

  海霧
 帆柱はうみのかための棒つきか
すき間もあらぬきりの立番


   網雑魚 巻四 冬の部

  初冬
 けふよりはおとこやもめの世帯かや
かみさまのなき冬のさびしさ

  同
 十月はけし坊主にも似たるかな
いつの間にやらかみも立たり

  同
 山姫の発足したるそのあとへ
おるす見舞の冬は来にけり

  落葉
 かぜにのりてつばさなくとも飛ゆくは
銭神論に似たるもみぢは

  時雨
 こぬか程しぐるゝ雨は山ひめの
紅葉ぶくろの口やときけん

  霜
 冬がれにときはの松の木むすめも
はやそろそろとしもをこそ見れ

  雪
 佐野の源左よんどころなく僧とめて
ない袖をふる雪の夕ぐれ

  雪
 善光寺などはものかは雪ぼとけ
きえこそはすれ一寸八分

  冬月
 冬の夜はわきてするどし龍田山
月のまなこのぴかりぴかりと

  河上氷
 水神の罰もあたるか河づらを
はつたこほりに手のかゞむのは

  神楽
 月さえてうたふをきけば手もあしも
かんじ入たる霜の夜神楽

  埋火
 おのがその山での事をわすれずに
花に紅葉にまがふうづみ火

  歳暮
 くれてゆく月日の駒にしやくせんを
小附にしてもどうぞやりたき

  同
 ひととせの尾張大根よかけとりを
からみてかへすきものふとさは

  同
 年のくれ頭痛にやむはかべひとへ
ちかき隣の千金の春


   網雑魚 巻五 恋之部 上

  恋
 かなしきはふみまよふたる恋の道
いかにととはん辻番もなし

  同
 恋やめばあはぬさきからやせるほど
なみだに水をへらすくるしさ

  同
 玉しひを進物にしてくどけども
御受納のなき君ぞつれなき

  同
 重代のゆづりものなるたましひを
うばひ取しぞ恋はくせもの

  同
 うしや君恋かぜの手はありながら
我いふことをとり上もせず

  同
 かくばかりからき思のつもりなば
塩とや見へん雪のはだへも

  同
 だきつけどうしや女にまけずも
ふなげのなさけに身もころけたり

  同
 けいせいにあらねど君はおもかげを
名代にしてあてがふぞうき

  同
 偽の数はいくつと十露盤に
かけても見たり割くどいたり

  同
 よし今は門にたつをもやめにして
腰をぬかすと君にしられん

  同
 恋やみのおもる斗でうき人は
をちかぬるなり二十五のやく

  同
 君をしばしみそかの月にたとへし
朔日丸をいまはすゝむる

  同
 うき人の心くだけよくだけよと
われのみ口をたゝくつれなさ

  久忍恋
 不思議にもしびれのきれぬ年月や
しのぶあふせをかしこまり居て

  祈恋
 よし今は貧乏神やいのらまし
手鍋さげてもそはんと思へば

  待恋
 我せこが来べきと思ふうらかたに
うれしやよばひぐものふるまひ

  待空
 とひ来ねば夜着もろともに茶碗酒
ひつかぶりつゝものをこそ思へ

  逢恋
 君今宵恋の山田のおろちなら
七重にまいて我をかへすな

  同
 見るは目の毒といとひしうき人も
あへば変じて薬とぞなる

  同
 肌とはだこほりつけよとおもふ夜は
ひよくの床のあたゝかもうし

  初逢恋
 とくよりも思ひのたねはまきぬれど
ちぎるは今宵はつ茄子なり

  別恋
 あふときに心のやみははれぬれど
あかるく帰るきぬぎぬもうし

  同
 別路はまりの稽古に似たるかな
さきへ一あしあとへ一あし

  同
 もそつと引ぱられてはよはるなり
上州ぎぬの衣々の袖


   あみざこ 巻六 恋之部 下

  思
 かたいとのあはずば何をとばかりに
わくわくものを思ふくるしさ

  片思
 君がこと夢にもしばしわすれずと
いふをかへつて寐言とや思ふ

  欲絶恋
 機にのぞみ恋に応じてくどけども
をちざる君に軍法ぞなき

  恋雨
 ふりしきる涙の雨もふせぎえぬ
みのひとつだにあるぞかなしき

  春見恋
 見そめてしその恋風と春風は
はなのちり毛をそつと吹なり

  秋待恋
 約束の夜は恋風のそゝふくべ
ふらりと君を待あかしぬる

  旅恋
 木まくらのをしやちぎりも一夜ずし
なるゝまもなき旅の別路

  恋命
 あふにかふる命としれば我ながら
あづかりものの心地こそすれ

  恋心
 此心老馬もしらじ雪のはだ
ふみまよひたる恋の道をく

  恋情
 なさけある君が返事のあいあいは
あゐよりもこき声の色かな

  賤恋
 しづが身も恋にはこゝろこがしつ
胸に一ぱいむせかへりなく

  寄雪恋
 興つきてかへる心はさらになし
君がはだへの雪のあけぼの

  寄川恋
 いつとなくなみだの川にしづみつゝ
命しらずの恋もするかな

  寄鷹恋
 たかならばうき名の外にぱつとたつ
小鳥もおのがえにしなるべき

  寄馬恋
 いくたびかくどきかけても馬の耳は
ねつけてのみきかぬ恋風


   網雑魚 巻七 雑の部 上

  暁
 あかつきのしぎのはねかきもゝはがき
のみにくはれて我ぞ数かく

  同
 人はみなおきいづるそのあかつきに
小便をしてぬるぞたのしき

  山家
 山里にすむたのしさはうき事の
きこへぬほどに松風ぞふく

  海路
 心ある人に見せばや画師も手を
おき津あたりの春のあけぼの

  むこの浦にて
 波風もたゝでひときは目にたつは
こぬか三合いりむこの浦

 うつの山を越えける時いたうへりぬれど何たうふべきものなかりければ
 すき腹をしめつゆるめつするが路や
舌つゞみのみう津の山越

  無題
 たのしめや人間わづか五十けん
ちろりと酒のかんたんの夢

  同
 諺に酒はうれひの玉はゝき
はき出したる跡ぞ清けれ

  銭の賛
 是を人の心ともがな銭の穴
おもては丸くうらは四角に

  白鼠かぶらをくふかたかけるに
 大黒の番頭なれやしろねづみ
あそんでくらふかぶの大さ

  亀の画に題して隠居の心を
 おく山へかくれんよりは亀を見て
をのれにかくせをのが手足を

  俳優を見侍りて
 鉄砲のあたりしばゐは桟しきも
まづ五六間ぶちぬいて見ん

  同
 うしろから見るはそんじやと思ふ哉
羅漢さしきにのつたりそつたり

  同
 見物はかくもしばゐにふける哉
くびばかり出すうづら桟敷

  同
 いつの世にかく狂言の種をまきて
芝居を人の山となしけん

  同
 くまどりの青き赤きをこき洗ふ
楽屋の風呂ぞ錦なりけり


   網雑魚 巻八 雑の部 下

 報恩の歌二首
  半掃庵菴也有翁
 御遺稿はひとり案内道中記
筆の立場をおしえ玉はる

  四方赤良先生
 いづれ手もとゞかぬ程の御厚恩
山より高し海より深し

  夢
 うたゝねに千両富をとりしより
夢てふものはたのみそめてき

  同
 夢の世ときけば彭祖や浦島は
いかいたはけな大寐坊かな

  述懐
 われら事たしかにかりの命ながら
千年ふるとも返済はいや

  同
 一つゝみ金がうのみにしたいかな
ひんの病にきつと即効

  同
 いかなれば貧の病の妙薬を
千金方に書もらしけん

  懐旧
 またがりし乳母が脊中を正真の
馬と見し世ぞ今は恋しき

  山東ぬしの妹みまかりける時
 かなしみのいたれる場には文もなし
さぞ御愁傷さぞ御愁傷

  松斎沙明がわらはをいためる
 みくすりのしるしもさらにならさかや
このてがしはのとかくしぬれど

  初午祭
 はつ午にまつるこのしろあかのめし
神はあがらせ玉ひけるかも

  草薙の社にまうでゝ
 くさなぎのふる身のつるぎ正銘も
わからぬほどに神さびにけり

  祝
 戸をあけてぬれどもさらにいさゝかの
かぜさへひかぬ御代ぞめでたき

  同
 唐人もきけあしはらの腹つゞみ
うちおさめたる御代のしらべを

         校合門人
            万徳斎
            宝敦麿
            寝語軒美隣

   

 金鶏狂歌集一名網雑魚。耕書堂主人所秘蔵也。
 唐丸申云。篇中狂詠高如妙義山、深似榛名沼。
 上州第一名物不可之者歟。即於彼人亭一覧此本。
 真希有之者也。今日席上応需闇雲加奥書畢。
 這金鶏集宜為淀屋宝、而虫干外勿許他見。可秘。
 可秘。穴賢。
  癸卯七月
          伯楽軒主人判

   (奥付)
 昭和二年十一月三十日印刷
 歌謡俳書選集十 蜀山家集 金弐円
 著作者 藤井乙男
 発行者兼印刷者
  京都市下長老町油小路西入株式会社文献書院
  代表者武藤欽
 印刷所 京都市下長者町堀川東入 文献書院印刷所
 発行所 東京市神田区表神保町三
  (振替口座東京七一九四五)
 文献書院 京都市下長老町油小路西
  (振替口座大阪六一二〇九二)

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