小学唱歌集

 第一編(明治一四年三月)
 第一 かをれ

一 かをれ にほへ そのふのさくら

二 とまれ やどれ ちぐさのほたる

三 まねけ なびけ 野はらのすゝき

四 なけよ たてよ かは瀬のちどり


 第二 春山

   はるやまに たつかすみ
   あきやまに わたるきり
   さくらにも もみぢにも
   きぬきする こゝちして


 第三 あがれ

一 あがれ /\ 広野のひばり

二 のぼれ /\ 川瀬の若鮎


 第四 いはへ

一 いはへ /\ きみが代いはへ

二 しげれ /\ ふたばの小松


 第五 千代に

一 ちよに /\ 千代ませきみは

二 いませ/\ わが君ちよに


 第六 和歌の浦

   わかの浦わに 夕しほみちくれば
   きしのむら鶴 あし辺に鳴わたる


 第七 春は花見

一 はるは はな見 みよし野 おむろ

二 あきは つきみ さらしな をぐら


 第八 鶯

一 うぐひす きなけ うめさく そのに

二 かりがね わたれ 霧たつ そらに


 第九 野辺に

一 野辺に なびく ちぐさは
   四方の 民の まごゝろ

二 はまに あまる まさごは
   君が みよの かずなり


 第十 春風

一 春風 そよふく やよひのあした
   あき風 みにしむ はつきのゆふべ

二 弥生は 野山の はなさくさかり
   はつきは みそらの 月すむ夜ごろ


 第十一 桜紅葉

一 春見に ゆきませ 芳野の桜
   あきみて つげませ 龍田のもみぢ

二 よし野は さくらの 花さくみやま
   たちたは 紅葉の ちりしくながれ


 第十二 花さく春

一 花さく はるの あしたのけしき
   かをる 雲の たつこゝちして

二 あき萩 をばな はなさきみだれ
   もとも 末も 露みちにけり


 第十三 見わたせば

一 見わたせば あをやなぎ
   花桜 こきまぜて
   みやこには みちもせに
   春の錦をぞ
   さほひめの おりなして
   ふるあめに そめにける

二 みわたせば やまべには
   をのへにも ふもとにも
   うすきこき もみぢ葉の
   あきの錦をぞ
   たつたびめ おりかけて
   つゆ霜に さらしける


 第十四 松の木蔭

一 松のこかげに たちよれば
   ちとせのみどりぞ 身にはしむ
   梅がえかざしに さしつれば
   はるの雪こそ ふりかゝれ

二 うめのはながさ さしつれば
   かしらに春の ゆきつもり
   鶴のけごろも かさぬれば
   あきの霜こそ 身にはおけ


 第十五 春のやよひ

一 春のやよひの あけぼのに
   四方のやまべを 見わたせば
   はなざかりかも しらくもの
   かゝらぬみねこそ なかりけれ

二 はなたちばなも にほふなり
   軒のあやめも かをるなり
   ゆふぐれさまの さみだれに
   やまほとゝぎす なのるなり

三 秋のはじめに なりぬれば
   ことしもなかばは すぎにけり
   わがよふけゆく 月かげの
   かたぶく見るこそ あはれなれ

四 冬の夜さむの あさぼらけ
   ちぎりし山路は ゆきふかし
   こゝろのあとは つかねども
   おもひやるこそ あはれなれ


 第十六 わが日の本

一 わがひのもとの あさぼらけ
   かすめる日かげ あふぎみて
   もろこし人も 高麗びとも
   春たつけふをば しりぬべし

二 雪間にさけぶ ほとゝぎす
   かきねににほふ うつぎばな
   夏来にけりと あめつちに
   あらそひつぐる 花ととり

三 きぬたのひゞき 身にしみて
   とこよのかりも わたるなり
   やまともろこし おしなべて
   おなじあはれの あきの風

四 まどうつあられ にはのしも
   ふもとのおちば みねのゆき
   みやこのうちも やまざとも
   ひとつにさゆる ふゆのそら


 第十七 蝶々

一 てふ/\てふ/\ 菜の葉にとまれ
   なのはにあいたら 桜にとまれ
   さくらの花の さかゆる御代に
   とまれよあそべ あそべよとまれ

二 おきよ/\ ねぐらのすゞめ
   朝日のひかりの さしこぬさきに
   ねぐらをいでゝ こずゑにとまり
   あそべよすゞめ うたへよすゞめ


 第十八 うつくしき

一 うつくしき わが子やいづこ
   うつくしき わがかみの子は
   ゆみとりて 君のみさきに
   いさみたちて わかれゆきにけり

二 うつくしき わがこやいづこ
   うつくしき わがなかのこは
   太刀帯て 君のみもとに
   いさみたちて わかれゆきにけり

三 うつくしき わがこやいづこ
   うつくしき わがすゑのこは
   ほことりて きみのみあとに
   いさみたちて わかれゆきにけり


 第十九 閨の板戸

   ねやのいたどの あけゆく空に
   あさ日のかげの さしそめぬれば
   ねぐらをいづる 百八十鳥は
   霞のうちに 友よびかはし
   夢みるてふも とくおきいでゝ
   むれつゝ花に まひあそぶなり
   あさいねする身の そのおこたりを
   いさむるさまなる 春のあけぼの


 第二十 蛍

一 ほたるのひかり まどのゆき
   書よむつき日 かさねつゝ
   いつしか年も すぎのとを
   あけてぞけさは わかれゆく

二 とまるもゆくも かぎりとて
   かたみにおもふちよろづの
   こゝろのはしをひとことに
   さきくとばかり うたふなり

三 つくしのきはみ みちのおく
   うみやまとほく へだつとも
   そのまごゝろは へだてなく
   ひとつにつくせ くにのため

四 千島のおくも おきなはも
   やしまのうちの まもりなり
   いたらんくにに いさをしく
   つとめよわがせ つつがなく


 第二十一 若紫

一 わかむらさきの めもはるかなる
   武蔵野の かすみのおく
   わけつゝつむ 初若菜

二 若菜はなにぞ すゞしろすゞな
   ほとけの座  はこべらせり
   なづなに五行 なゝつなり

三 なゝつの宝 それよりことに
   得がたきは 雪消のひま
   尋ねてつむ わかななり


 第二十二 ねむれよ子

一 ねむれよ子 よくねるちごは ちゝのみの
   父のおほせや まもるらん ねむれよ子

二 ねむれよ子 よくねるちごは はゝそばの
   母のなさけや したふらん ねむれよこ

三 ねむれよこ よくねておきて ちゝはゝの
   かはらぬみ顔 をがみませ ねむれよこ


 第二十三 君が代

一 君が代は ちよにやちよに
   さゞれいしの 巌となりて
   こけのむすまで うごきなく
   常磐かきはに かぎりもあらじ

二 きみがよは 千尋の底の
   さゞれいしの 鵜のゐる磯と
   あらはるゝまで かぎりなき
   みよの栄を ほぎたてまつる


 第二十四 思ひいづれば

一 おもひいづれば 三年のむかし
   わかれしその日 わがちゝはゝの
   かしらなでつゝ まさきくあれと
   いひしおもわの したはしきかな

二 あしたになれば かどおしひらき
   日数よみつゝ ちゝまちまさむ
   わがおもひごは ことなしはてゝ
   はやいつしかも かへり来なんと

三 ゆふべになれば 床うちはらひ
   およびをりつゝ 母まちまさん
   わがおもひごは 事なしはてゝ
   はやいつしかも かへりこなんと

四 あしたになれば かどおしひらき
   ゆふべになれば とこうちはらひ
   父まちまさん 母まちまさむ
   はやく帰らん もとの国べに


 第二十五 薫りにしらるゝ

一 かをりにしらるゝ 花さく御園
   霞にかくるゝ 鳥なくはやし
   君が代いはひて 幾春までも
   かをれや/\ うたへやうたへ

二 つきかげてりそふ 野中の清水
   もみぢばにほへる 外山のふもと
   きみが代たえせず いく秋までも
   てらせや/\にほへやにほへ


 第二十六 隅田川

一 すみだがはらの あさぼらけ
   雲もかすみも かをるなり
   水のまに/\ ふねうけて
   花にあそばむ ちらぬまに

二 隅田川原の あきの夜は
   水もみそらも すみわたる
   かぜのまに/\ ふねうけて
   月にあそばん 夜もすがら

三 すみだがはらの ふゆのそら
   よは白妙に うづもれて
   木々のこと/゛\ はなさきぬ
   ゆきにあそばん 消ぬまに


 第二十七 富士山

一 ふもとに雲ぞ かゝりける
   高嶺にゆきぞ つもりたる
   はだへは雪 ころもはくも
   そのゆきくもを よそひたる
   ふじてふやまの 見わたしに
   しくものもなし にるもなし

二 外国人も あふぐなり
   わがくに人も ほこるなり
   照る日のかげ そらゆくつき
   つきひとともに かがやきて
   冨士てふ山の みわたしに
   しくものもなし にるもなし


 第二十八 おぼろ

一 おぼろににほふ 夕づき夜
   さかりににほふ もゝさくら
   のどかにて のどけき御代の 楽しみは
   花さくかげの このまとゐ このうたげ

二 千草にすだく むしの声
   をぎの葉そよぐ 風のおと
   身にしみて 眼にみる物も きく物も
   あはれをそふる あきの夜や つきのよや


 第二十九 雨露

一 雨露におほみやは あれはてにけり
   みめぐみに 民草は うるほひにけり
   かくてこそ 今の世も かまどのけぶり
   み空にも あまるまで たちみちぬらめ

二 飢ゑこゞえ なきまどふ 民もやあると
   身にかへて かしこくもおもほすあまり
   あられうつ 冬の夜に ぬぎたまはせる
   大御衣の あつきその 御こゝろあはれ


 第三十 玉の宮居

一 玉のみやゐは あれはてゝ
   雨さへ露さへ いとしげゝれど
   民のかまどの にぎはひは
   たつ烟にぞ あらはれにける

二 冬の夜さむの 月さえて
   隙もるかぜさへ 身をきるばかり
   民をおもほす みこゝろに
   大御衣や ぬがせたまひし


 第三十一 大和撫子

一 やまとなでしこ さま/゛\に
   おのがむき/\ さきぬとも
   おほしたてゝし ちゝはゝの
   底のをしへに たがふなよ

二 野辺の千草の いろ/\に
   おのがさま/゛\ さきぬとも
   生したてゝし あめつちの
   つゆのめぐみを わするなよ


 第三十二 五常の歌

一 野辺のくさ木も 雨露の
   めぐみにそだつ さまみれば
   仁てふものは よのなかの
   ひとのこゝろの 命なり

二 飛騨の工が うつ墨に
   曲もなほる さまみれば
   義といふものは 世の中の
   人のこゝろの 条理なり

三 成像ほかに あらはれて
   謹慎みたる さまみれば
   礼てふものは 世の中の
   ひとのこゝろの 掟なり

四 神の蔵せる 秘事も
   さとり得らるゝ さまみれば
   智といふものは 世の中の
   人のこゝろの 宝なり

五 月日と共に あめつちの
   循環たがはぬ さまみれば
   信てふものは 世の中の
   人のこゝろの守りなり


 第三十三 五倫の歌

   父子親あり 君臣義あり
   夫婦別あり 長幼序あり
   朋友信あり


 第二編(明治一六年三月)

 第三十四 鳥の声

一 とりのこえ きぎのはな のべにみちて
   かすみけりな のどかなる はるのひや

二 むしのこゑ つゆのたま のべにみちて
   ゆくもゆかれず きよらなる 月のよや


 第三十五 霞か雲か

一 かすみか雲か、はた雪か。
   とばかり 匂う、その花ざかり。
   百鳥さえも、歌うなり。

二 かすみは 花を、へだつれど、
   隔てぬ友と、来て見るばかり、
   うれしき事は、世にもなし。

三 かすみて それと、見えねども、
   なく鶯に、さそわれつつも、
   いつしか来ぬる、花のかげ。


 第三十六 年たつけさ

一 としたつけさの そのにぎはひは
   みやこもひなも へだてなく
   毬歌うたひつ 羽子つきかはしつ
   こゝろ/゛\に うちつれだちて
   かしこもこゝも あそびゆくなり
   都も鄙も あそぶなり

二 のどけき春に はやなりぬれば
   わかきもおいも わかちなく
   さく花かざしつ なく鳥きゝつゝ
   こゝろ/゛\に うちつれだちて
   やまべに野辺に あそびゆくなり
   山辺に野辺に あそぶなり

三 ことしもいつか なかばは過ぎて
   秋風さむく 身にぞしむ
   すゞむし松虫 はたおる虫さへ
   ながき夜すがら なくねをきけば
   われらもおいの 至らぬ至らぬ先に
   学の道に いそしまむ

四 千代ながづきの 月たちぬれば
   まがきのうちと へだてなく
   しら菊はなさき 紅葉かゞやく
   菊ともみぢを かざしにさして
   君が代いはへ 八千代もちよも
   わが君いはへ よろづ世も


 第三十七 かすめる空

一 かすめるそらに 雨ふれば
   草木もともに うるほひぬ
   わらへるはな にほへるやま
   類なの ながめかな

二 山の端はれて つき清く
   ちさとのくまも かくれなし
   きらめく露 なくなるむし
   たぐひなの 秋の夜や


 第三十八 燕

一 こよや/\ こよつばくらめ
   おやもひなも ひねもすかたり
   たのしみし その巣をいでゝ
   とほき国辺に たちわかるとも
   帰り来よや わがやどり
   かへりこよや つばくらめ

   来なけ/\ やまほとゝきす
   われもひとも 夜はよもすがら
   いねもせず 深山をいでゝ
   都のそらに なけほとゝぎす
   なのれ/\ わがやどに
   きなけ/\ ほとゝぎす


 第三十九 鏡なす

一 かゞみなす 水もみどりの かげ
   うつる 柳の糸の 枝をたれ
   気霽ては 風新柳の髪を梳り
   氷消ては 浪旧苔の 髭を洗ふとかや
   げにおもしろの 景色やな
   けにおもしろの けしきやな

二 降る雪に 樵夫のみちも うも
   れけり みやまのおくの 夕まぐれ
   かざせる笠には 影もなき 月をやどし
   担へる柴には かをらざる
  花をたをるとかや げにおもしろの
  景色やな げにおもしろの 景色やな


 第四十 岩もる水

   いはもる水も 松ふく風も
   しらべをそふる つま琴の音や
   あれおもしろの こよひの月や
   こゝろにかゝる 雲霧もなし


 第四十一 岸の桜

一 岸の桜の はなさくさかりは
   水のそこにも 白雲かゝれり
   すみだの川の かはのせくだし
   漕やをぶね 花にうかれて
   雲にさをさし 霞にながして
   こぐや雲ゐに かすみの海に

二 秋のもなかの さやけき月夜は
   水のそこにも 白玉しづめり
   隅田の川の かはの瀬のぼし
   こぐや小舟 つきにうかれて
   棹のしづくの 光もさながら
   真玉しら玉 しら玉またま


 第四十二 遊猟

一 さながら山も くづるばかりに
   をのへにとよむ 矢玉のひゞき
   神てふ虎も てどりにしつゝ
   いさみにいさむ 益荒雄の徒
二 葦毛の馬に しづ鞍おきて
   あづさの真弓 手にとりしばり
   みかりたゝすは ますらをなれや
   美猟たゝせる そのいさましさ


 第四十三 みたにの奥

一 みたにのおくの 花鳥あはれ
   うづまく雲の かぐはしのよや
   たのしき春に あふさか山の
   岩根によせて 君が代うたへ

二 たり穂の稲の ゆふ風あはれ
   よせくる浪の にぎはしのよや
   ゆたけき秋に あふさか山の
   巌によせて 君が代いはへ


 第四十四 皇御国

一 すめらみくにの ものゝふは
   いかなる事をか つとむべき
   たゞ身に持てる まごゝろを
   君と親とに つくすまで

二 皇御国の をのこらは
   たわまずをれぬ こゝろもて
   世のなりはひを つとめなし
   くにと民とを とますべし


 第四十五 栄行く御代

一 さかゆく御代に うまれしも おもへば
   神の めぐみなり いざや児等 神の恵を
   ゆめなわすれそ ゆめなわすれそ
   ゆめなわすれそ 時の間も いざやくら
   神の恵を ゆめなわすれそ
  ゆめなわすれそ ゆめなわすれそ
  ときのまも

二 恵も深き かみがきの みまへの
   さかき とりもちて ちはやぶる
   神の御前に うたひまはまし
  うたひまはまし うたひまはまし
  夜もすがら ちはやぶる 神の御前に
  うたひまはまし うたひまはまし
  うたひまはまし よもすがら


 第四十六 五日の風

一 いつかの風も とをかの雨も
   時に順ふ わがきみが世や
   にしの国より 高麗百済より
   よりくる人も 御代いはふなり

二 豊葦原の みづ穂のくには
   ちよよろづ世も うごきなき国
   わが君が代に ちよよろづ代も
   動きなき御代 いはへもろ人


 第四十七 天津日嗣

一 あまつ日つぎのみさかえは
   あめつちの共 きはみなし
   わがひのもとの みひかりは
   月日とゝもに かゞやかん

二 葦原の ちいほあき 瑞穂
   のくには 日の御子の
   きみとますべき ところぞと
   神のみよゝり さだまれり


 第四十八 太平の曲

一 ゆはづのさわぎ 飛火のけぶり
   いつしかたえて をさまる御世は
   あめつちさへも とゞろくばかり
   万代までと 君が代いはへ

二 たひらのみやこ 百敷の宮
   みあとになして むさしの国に
   しづまりましぬ 年は三千とせ
   代は百二十 御功績あふげ


 第四十九 みてらの鐘の音

一 みてらの鐘のね 月よりおつる
   ふみよむ燈火 かすかになりて
   一二三四五六七八

二 月影かたぶき 霜さえわたり
   ねよとの鐘のね 枕にひゞく
   一二三四五六七八

三 漁火しめりて 霜天にみち
   姑蘇城外なる 鐘かもきこゆ
   一二三四五六七八


 第三編(明治一七年三月)

 第五十 やよ御民

一 やよみたみ 稲をうゑ
   井の水たゝへ 君が代は
   腹つゞみうち 身をいはへ

二 やよ御民 萱をかり
   わが家をふきて 君が代は
   雨露しのぎ 世をわたれ


 第五十一 春の夜

一 かすみにきゆる かりがねも
   かすかにひゞく 笛の音も
   をさまる御代の しらべにて
   たのしきはるの ゆふぐれや
   ともし火とりて むかしのひとの
   あそびし夜半も かゝりけん
   世はさま/゛\と おもひしを
   むかしもいまも かくさきにほふ
   はなにはそむく 人ぞなき


 第五十二 なみ風

一 浪かぜさかまく あをうなばらに
   暗路をたどれる ふれ人あはれ
   やみ路をたどれる 船人あはれ
   命とたのむは 棹かぢなれや /\

二 虎さへうそぶく 荒山中に
   やみぢにまよへる たび人あはれ
   やみぢにまよへる 旅人あはれ
   いのちとたのむは ともし火なれや /\


 第五十三 あふげば尊し

一 あふげばたふとし わが師の恩
   教の庭にも はやいくとせ
   おもへばいと疾し このとし月
   今こそわかれめ いざゝらば

二 互にむつみし 日ごろの恩
   わかるゝ後にも やよわするな
   身をたて名をあげ やよはげめよ
   いまこそわかれめ いざゝらば

三 朝ゆふなれにし まなびの窓
   ほたるのともし火 つむ白雪
   わするゝまぞなき ゆくとし月
   今こそわかれめ いざゝらば


 第五十四 雲

一 瞬間には やまをおほひ
   うちみるひまにも 海をわたる
   雲てふものこそ くすしくありけれ
   くもよ/\ 雨とも霧とも
  みるまに変りて あやしく奇きは
  雲よ/\

二 ゆふ日にいろどる 橋をわたし
   みそらに声せぬ 浪をおこす
   雲てふものこそ 奇しくありけれ
   雲よ/\ なきかとおもへば
  おほ空おほひて あやしく奇きは
  雲よ/\


 第五十五 寧楽の都

一 奈良のみやこの そのむかし
   みやびつくして 宮びとの
   遊びましけん 龍田川原の
   紅葉 たつたがはらのもみぢば
  今もにほふ ちしほの色に
  残るかたみは 千代もくちせず
  今かいまかと 君をまつらん その紅葉

二 ふるきみやこの そのむかし
   桜かざして おほきみの
   あそびましけん 滋賀の花園
   はなさき しがの花ぞの 花さき
  今もにほふ 色香をそへて
  ゑめる姿は ちよもかはらす
  今やいまやと 行幸まつらん その花は


 第五十六 才女

一 かきながせる 筆のあやに
   そめしむらさき 世々あせず
   ゆかりのいろ ことばのはな
   たぐひもあらじ そのいさを
二 まきあげたる 小簾のひまに
   君のこゝろも しら雪や
   廬山の峯 遺愛のかね
   めにみるごとき その風情


 第五十七 母のおもひ

一 はゝのおもひは 空にみち
   ゆくへもしらず はてもなし
   つきの桂を たをりてぞ
   家の風をば ふかせつる
   あふげ/\ 母のみいさを

二 母のなさけの 撫子よ
   露なわすれそ めぐみをば
   家をうつすも そだて草
   機をきるさへ 教へぐさ
   したへ/\ 母のなさけを


 第五十八 めぐれる車

一 めぐれる車 ながるゝ水
   われらはいこへど やむ間なし

二 岩根をつたふ しづくの水
   積ればつひに 海となる


 第五十九 墳墓

一 松ふく風は こゝろにしみて
   おもへばあはれ わがなき父の
   奥津城どころ

二 浅茅が露に むしのねかれて
   おもへばあはれ わがなき母の
   おくつきどころ

三 苔むす墳は 文字さへ消えて
   おもへばあはれ いづれのひとの
   なきあとなれや


 第六十 秋の夕暮

一 花や紅葉も およぶものかは
   浦のとまやの 秋のゆふぐれ

二 こゝろなき身も あはれしれとや
   鴫たつ沢の あきの夕暮

三 あはれさびしや 色はなけれど
   槙たつ山の あきの夕ぐれ


 第六十一 古戦場

一 屍は朽て 骨となり
   刃はをれて しもむすぶ
   今はた靡く 旗薄
   皷のおとか まつ風か

二 人影みえず 風さむし
   蓬はかれて 霜しろし
   命を捨し 真荒雄が
   その名は千代 も朽せじな


 第六十二 秋艸

一 さきのこりたる あさがほや
   命とたのむ つゆも浅ぢの
   あさがほや

二 あや錦おる はぎがはな
   たまもいろなる 霜ぞこぼるゝ
   萩がはな

三 たれまねくらん はなすゝき
   風もふかぬに 露ぞみだるゝ
   はなすゝき


 第六十三 富士筑波

一 駿河なる ふじの高嶺をあふぎても
   動かぬ御代は しられけり

二 つくばねの このもかの面もてらすなる
   みよのひかりぞ ありがたき


 第六十四 園生の梅

一 そのふの梅の 追風に
   わがすむ山も 春めきぬ
   門田の雪も むら消て
   若菜つむべく 野はなりぬ

二 弥生のそらに 野辺みれば
   菫の花さく 山みれば
   雪かあらぬか そこかしこ
   桜の花も さきそめぬ


 第六十五 橘

一 ちゝの実の 父やもうゑし
   なつかしき かにこそにほへ
   よにふるさとの 花の橘

二 はゝそばの 母やもうゑし
   したはしき かをりぞすなる
   しのぶの里の 花の橘


 第六十六 四季の月

一 さきにほふ やまのさくらの花のうへに
   霞みていでし はるのよの月

二 雨すぎし 庭の草葉のつゆのうへに
   しばしはやどる 夏の夜の月

三 みるひとの こゝろ/\にまかせおきて
   高嶺にすめる あきのよの月

四 水鳥の 声も身にしむ いけの面に
   さながらこほる 冬のよの月


 第六十七 白蓮白菊

一 泥のうちより ぬけいでゝ
   濁りにしまぬ はな蓮
   月のひかりか ひるすごく
   霜とさゆれば 夏さむし
   乱るゝ露は たまとみえ
   かをれる風は 身にぞしむ
   氷のすがた 雪のいろ
   つゆなけがしそ 世のちりに

二 草木もかれし園の中
   雪にも色は まさりぐさ
   いたゞく霜は 身をよそひ
   さえゆく月は 香ににほふ
   霜はくすりと きくの水
   梅はみさをの おのがとも
   暗の夜はさへ てらすなり
   東籬のもとに 書やみん /\


 第六十八 学び

一 まなびはわが身の 光りとなり
   富貴も 栄花も こゝろのまゝ

二 驕りはわが身の 仇とぞなる
   努々ゆるすな こゝろの駒

三 学びはわが身の ひかりなり
   驕りはわが身の 仇とぞなる


 第六十九 小枝

一 さえだにやどれる 小鳥さへ
   礼はしる 道をもならひし
   その人を わするなよ

二 吾家にかひぬる 犬さへも
   恩はいる 君にもつかふる
   大丈夫よ 身をつくせ


 第七十 船子

一 やよふな子 こげ船を
   こげよ/\ /\/\
   やよふな子

二 しほみちて 風なぎぬ
   こげよ/\ /\/\
   やよふな子


 第七十一 鷹狩

一 しらふの鷹を 手にすゑもち
   馬にまたがり いさめる君
   すはや狩場に ゆけ/\/\

二 雪は狩場に ふれ/\/\
   犬はかり場を かれ/\/\
   鳥ぞむれたつ それ/\/\


 第七十二 小船

一 流るゝ水の うへにもさく花
   こゝろせよや をぶね
   底にもはなのかげ

二 渕瀬もみえず そらより散花
   こゝろせよや をぶね
   袖にも花の浪


 第七十三 誠は人の道

一 まことは人の 道ぞかし
   つゆなそむきそ 其みちに

二 こゝろは神の たまものぞ
   露なけがしそ そのたまを


 第七十四 千里のみち

一 千里の道も 足もとよりぞ 始まれる
   葉末の露も 積れば渕と なるぞかし

二 雲ゐる山も 塵ひぢよりぞ なれりける
   書よむ道も ことわりのみは ひとつなり


 第七十五 春の野

一 いつしか雪も きえにけり
   梅さく野辺に いざゆかん

二 みどりに草も もえぬれば
   わかなつむ子も うちむれて

三 柳のいとも なびくなり
   こゝろをのべに あそばまし


 第七十六 瑞穂

一 蒼生の いのちの種と
   かしこき神の たまへるたねぞ

二 採る手もたゆき 山田の早苗
   ゆたけき秋の たのみもしるし

三 わづかにのこる 門田のいねを
   苅るまで残れ 夕日のかげも

四 ことしの稲の 初穂をとりて
   新嘗つかへ 神をぞまつる


 第七十七 楽しわれ

一 たのしわれ まなびもをへ
   日もくれぬ あすもまた
   朝とくより 学ばまし
   かくて年月 たえせざらば
   月の桂をも われぞをるべき

二 うれしわれ ふみよみはて
   ひもくれぬ あすもまた
   朝とくより 勉めまし
   かくてとし月 撓まざらば
   龍の腮なる 玉もとるべし


 第七十八 菊

一 庭の千草も むしのねも
   かれてさびしく なりにけり
   あゝしらぎく 嗚呼白菊
   ひとりおくれて さきにけり

二 露にたわむや 菊の花
   しもにおごるや きくの花
   あゝあはれ/\ あゝ白菊
   人のみさをも かくてこそ


 第七十九 忠臣

一 嗚呼香ぐはし 楠の二本
   あゝ絶せじ みなと川
   浪の音も 身にぞしむなる
   其あはれその功績 忠臣
   嗚呼忠臣 兄弟の人
   忠臣あゝ忠臣 たぐひなや

二 嗚呼かぐはし 花の二もと
   あゝうるはし 芳野やま
   ちりはてゝ世にこそ残れ
   そのうたと そのまこと
   忠臣あゝ忠臣 兄弟のひと
   忠臣嗚呼忠臣 たぐひなや


 第八十 千草の花

一 千草の花は 露をそめ
   野中の水は 月やどる
   そまらぬいろと 空のかげ
   はかなきものか よの中は

二 錦をよそふ 萩の花
   もみぢを そふ 夜はの霜
   夢野のあとゝ 消ゆかば
   木枯ばかり あれぬべし

三 はかなきものを 誰めでん
   きえゆくものを たれとはん
   跡あるものは 筆の花
   かをりをのこせ 後のよに


 第八十一 きのふけふ

一 きのふけふと 思ひしを
   春は過て 夏来ぬ
   雁はかへり 燕きぬ
   君はゆきて かへらず
   かへれ/\ /\とく
   あはれ/\ わが友
   花は散りて あともなく
   空しき枝に 風ふく

二 松は常磐 竹は千代
   人の世のみ つねなし
   雪にほゆる 薬さへ
   人の世には かひなし
   かへれ/\ /\とく
   あはれ/\ わが友
   君をおきて 友もなし
   たちつゝゐつゝ わがまつ


 第八十二 頭の雪

一 草木にのみと おもひしを
   春秋とほく へだゝれば
   隔てぬ君が 頭にも
   ふりけるものか 雪と霜と

二 面のなみを みあげても
   久しきとしは しられたり
   頭の雪の 光りにも
   みえけるものを 高き齢


 第八十三 さけ花よ

一 さけ花よ さくらの花よ
   のどけき春の さかりの時に
   さけ花よ 桜のはなよ

二 ふけかぜよ 春風ふけよ
   さきたる花を ちらさぬほどに
   ふけ風よ はるかぜふけよ

三 なけ蛙 やよなけかはづ
   すみゆく水の にごらぬ御代に
   なけかはづ やよ鳴け蛙

四 なけ鳥よ うぐひすなけよ
   さきたる花の さかりの春に
   なけとりよ 鶯なけよ

五 やよ人よ ひと/\うたへ
   鶯かはづ うたをぱうたふ
   やよ人よ ひと/\うたへ


 第八十四 高嶺

一 たかねをこえて 日はいでにけり
   わがなすわざを たすけむために
   日はいでにけり

二 つき日のかげは わが身のまもり
   空しくなすな しばしのひまも
   つとめよはげめ


 第八十五 四の時

一 よつのとき ながめぞつきぬ
   春ははな おりなす錦
   あきは月 ますみのかゞみ
   なつごろも かとりもすゞし
   冬のあさけ 雪もよし
   ひとの世の たのしきものか
   神の恩 国のおん
   君の恩 わするな人


 第八十六 花月

一 花を見る時は こゝろいとたのし
   心たのしきは 花のめぐみなり

二 月をみる時は 心しづかなり
   こゝろ静けきは 月の恵なり

三 よきをみて移り 悪をみてさけよ
   朱に交はれば あかくなるといふ


 第八十七 治る御代

一 治る御代の 春の空
   たゞよふ雲も はれにけり
   晴るゝみそらの その雲は
   めぐみの風に はるゝなり

二 治るみよの 春の風
   千里の外に みてるなり
   みてるめぐみの 風にこそ
   青人草は さかゆらめ


 第八十八 祝へ吾君を

一 祝へ吾君を
   恵の重波 やしまに あふれ
   普ねき春風 草木もなびく
   いはへ/\ 国の為 わが君を

二 祝へ吾国を
   瑞穂のおしねは 野もせ にみちて
   しろかね黄金 花咲栄ゆ
   いはへ/\ 君の為 わが国を


 第八十九 花鳥

一 山ぎはしらみて 雀はなきぬ
   はや疾く おきいで 書よめわが子
   書よめ吾子
   ふみよむひまには 花鳥めでよ

二 書よむひまには 花鳥めでよ
   鳥なき 花咲 たのしみつきず
   楽みつきず
   天地ひらけし 始もかくぞ


 第九十 心は玉

一 こゝろは玉なり 曇りもあらじ
   よる昼勉めて みがきに磨け

二 蛍をあつめて まなびし人も
   ひかりは其まゝ 身にこそそはれ

三 月影したひて 学びし人は
   ひかりをうけえて 世をこそ照らせ


 第九十一 招魂祭

一 こゝに奠る 君が霊
   蘭はくだけて 香に匂ひ
   骨は朽ちて 名をぞ残す
   机代物 うけよ君

二 此所にまつる 戦死の人
   骨を砕くも 君が為
   国のまもり 世々の鑑
   光りたえせじ そのひかり

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