小学唱歌集
第一編(明治一四年三月)
第一 かをれ一 かをれ にほへ そのふのさくら
二 とまれ やどれ ちぐさのほたる
三 まねけ なびけ 野はらのすゝき
四 なけよ たてよ かは瀬のちどり
第二 春山はるやまに たつかすみ
あきやまに わたるきり
さくらにも もみぢにも
きぬきする こゝちして
第三 あがれ一 あがれ /\ 広野のひばり
二 のぼれ /\ 川瀬の若鮎
第四 いはへ一 いはへ /\ きみが代いはへ
二 しげれ /\ ふたばの小松
第五 千代に一 ちよに /\ 千代ませきみは
二 いませ/\ わが君ちよに
第六 和歌の浦わかの浦わに 夕しほみちくれば
きしのむら鶴 あし辺に鳴わたる
第七 春は花見一 はるは はな見 みよし野 おむろ
二 あきは つきみ さらしな をぐら
第八 鶯一 うぐひす きなけ うめさく そのに
二 かりがね わたれ 霧たつ そらに
第九 野辺に一 野辺に なびく ちぐさは
四方の 民の まごゝろ二 はまに あまる まさごは
君が みよの かずなり
第十 春風一 春風 そよふく やよひのあした
あき風 みにしむ はつきのゆふべ二 弥生は 野山の はなさくさかり
はつきは みそらの 月すむ夜ごろ
第十一 桜紅葉一 春見に ゆきませ 芳野の桜
あきみて つげませ 龍田のもみぢ二 よし野は さくらの 花さくみやま
たちたは 紅葉の ちりしくながれ
第十二 花さく春一 花さく はるの あしたのけしき
かをる 雲の たつこゝちして二 あき萩 をばな はなさきみだれ
もとも 末も 露みちにけり
第十三 見わたせば一 見わたせば あをやなぎ
花桜 こきまぜて
みやこには みちもせに
春の錦をぞ
さほひめの おりなして
ふるあめに そめにける二 みわたせば やまべには
をのへにも ふもとにも
うすきこき もみぢ葉の
あきの錦をぞ
たつたびめ おりかけて
つゆ霜に さらしける
第十四 松の木蔭一 松のこかげに たちよれば
ちとせのみどりぞ 身にはしむ
梅がえかざしに さしつれば
はるの雪こそ ふりかゝれ二 うめのはながさ さしつれば
かしらに春の ゆきつもり
鶴のけごろも かさぬれば
あきの霜こそ 身にはおけ
第十五 春のやよひ一 春のやよひの あけぼのに
四方のやまべを 見わたせば
はなざかりかも しらくもの
かゝらぬみねこそ なかりけれ二 はなたちばなも にほふなり
軒のあやめも かをるなり
ゆふぐれさまの さみだれに
やまほとゝぎす なのるなり三 秋のはじめに なりぬれば
ことしもなかばは すぎにけり
わがよふけゆく 月かげの
かたぶく見るこそ あはれなれ四 冬の夜さむの あさぼらけ
ちぎりし山路は ゆきふかし
こゝろのあとは つかねども
おもひやるこそ あはれなれ
第十六 わが日の本一 わがひのもとの あさぼらけ
かすめる日かげ あふぎみて
もろこし人も 高麗びとも
春たつけふをば しりぬべし二 雪間にさけぶ ほとゝぎす
かきねににほふ うつぎばな
夏来にけりと あめつちに
あらそひつぐる 花ととり三 きぬたのひゞき 身にしみて
とこよのかりも わたるなり
やまともろこし おしなべて
おなじあはれの あきの風四 まどうつあられ にはのしも
ふもとのおちば みねのゆき
みやこのうちも やまざとも
ひとつにさゆる ふゆのそら
第十七 蝶々一 てふ/\てふ/\ 菜の葉にとまれ
なのはにあいたら 桜にとまれ
さくらの花の さかゆる御代に
とまれよあそべ あそべよとまれ二 おきよ/\ ねぐらのすゞめ
朝日のひかりの さしこぬさきに
ねぐらをいでゝ こずゑにとまり
あそべよすゞめ うたへよすゞめ
第十八 うつくしき一 うつくしき わが子やいづこ
うつくしき わがかみの子は
ゆみとりて 君のみさきに
いさみたちて わかれゆきにけり二 うつくしき わがこやいづこ
うつくしき わがなかのこは
太刀帯て 君のみもとに
いさみたちて わかれゆきにけり三 うつくしき わがこやいづこ
うつくしき わがすゑのこは
ほことりて きみのみあとに
いさみたちて わかれゆきにけり
第十九 閨の板戸ねやのいたどの あけゆく空に
あさ日のかげの さしそめぬれば
ねぐらをいづる 百八十鳥は
霞のうちに 友よびかはし
夢みるてふも とくおきいでゝ
むれつゝ花に まひあそぶなり
あさいねする身の そのおこたりを
いさむるさまなる 春のあけぼの
第二十 蛍一 ほたるのひかり まどのゆき
書よむつき日 かさねつゝ
いつしか年も すぎのとを
あけてぞけさは わかれゆく二 とまるもゆくも かぎりとて
かたみにおもふちよろづの
こゝろのはしをひとことに
さきくとばかり うたふなり三 つくしのきはみ みちのおく
うみやまとほく へだつとも
そのまごゝろは へだてなく
ひとつにつくせ くにのため四 千島のおくも おきなはも
やしまのうちの まもりなり
いたらんくにに いさをしく
つとめよわがせ つつがなく
第二十一 若紫一 わかむらさきの めもはるかなる
武蔵野の かすみのおく
わけつゝつむ 初若菜二 若菜はなにぞ すゞしろすゞな
ほとけの座 はこべらせり
なづなに五行 なゝつなり三 なゝつの宝 それよりことに
得がたきは 雪消のひま
尋ねてつむ わかななり
第二十二 ねむれよ子一 ねむれよ子 よくねるちごは ちゝのみの
父のおほせや まもるらん ねむれよ子二 ねむれよ子 よくねるちごは はゝそばの
母のなさけや したふらん ねむれよこ三 ねむれよこ よくねておきて ちゝはゝの
かはらぬみ顔 をがみませ ねむれよこ
第二十三 君が代一 君が代は ちよにやちよに
さゞれいしの 巌となりて
こけのむすまで うごきなく
常磐かきはに かぎりもあらじ二 きみがよは 千尋の底の
さゞれいしの 鵜のゐる磯と
あらはるゝまで かぎりなき
みよの栄を ほぎたてまつる
第二十四 思ひいづれば一 おもひいづれば 三年のむかし
わかれしその日 わがちゝはゝの
かしらなでつゝ まさきくあれと
いひしおもわの したはしきかな二 あしたになれば かどおしひらき
日数よみつゝ ちゝまちまさむ
わがおもひごは ことなしはてゝ
はやいつしかも かへり来なんと三 ゆふべになれば 床うちはらひ
およびをりつゝ 母まちまさん
わがおもひごは 事なしはてゝ
はやいつしかも かへりこなんと四 あしたになれば かどおしひらき
ゆふべになれば とこうちはらひ
父まちまさん 母まちまさむ
はやく帰らん もとの国べに
第二十五 薫りにしらるゝ一 かをりにしらるゝ 花さく御園
霞にかくるゝ 鳥なくはやし
君が代いはひて 幾春までも
かをれや/\ うたへやうたへ二 つきかげてりそふ 野中の清水
もみぢばにほへる 外山のふもと
きみが代たえせず いく秋までも
てらせや/\にほへやにほへ
第二十六 隅田川一 すみだがはらの あさぼらけ
雲もかすみも かをるなり
水のまに/\ ふねうけて
花にあそばむ ちらぬまに二 隅田川原の あきの夜は
水もみそらも すみわたる
かぜのまに/\ ふねうけて
月にあそばん 夜もすがら三 すみだがはらの ふゆのそら
よは白妙に うづもれて
木々のこと/゛\ はなさきぬ
ゆきにあそばん 消ぬまに
第二十七 富士山一 ふもとに雲ぞ かゝりける
高嶺にゆきぞ つもりたる
はだへは雪 ころもはくも
そのゆきくもを よそひたる
ふじてふやまの 見わたしに
しくものもなし にるもなし二 外国人も あふぐなり
わがくに人も ほこるなり
照る日のかげ そらゆくつき
つきひとともに かがやきて
冨士てふ山の みわたしに
しくものもなし にるもなし
第二十八 おぼろ一 おぼろににほふ 夕づき夜
さかりににほふ もゝさくら
のどかにて のどけき御代の 楽しみは
花さくかげの このまとゐ このうたげ二 千草にすだく むしの声
をぎの葉そよぐ 風のおと
身にしみて 眼にみる物も きく物も
あはれをそふる あきの夜や つきのよや
第二十九 雨露一 雨露におほみやは あれはてにけり
みめぐみに 民草は うるほひにけり
かくてこそ 今の世も かまどのけぶり
み空にも あまるまで たちみちぬらめ二 飢ゑこゞえ なきまどふ 民もやあると
身にかへて かしこくもおもほすあまり
あられうつ 冬の夜に ぬぎたまはせる
大御衣の あつきその 御こゝろあはれ
第三十 玉の宮居一 玉のみやゐは あれはてゝ
雨さへ露さへ いとしげゝれど
民のかまどの にぎはひは
たつ烟にぞ あらはれにける二 冬の夜さむの 月さえて
隙もるかぜさへ 身をきるばかり
民をおもほす みこゝろに
大御衣や ぬがせたまひし
第三十一 大和撫子一 やまとなでしこ さま/゛\に
おのがむき/\ さきぬとも
おほしたてゝし ちゝはゝの
底のをしへに たがふなよ二 野辺の千草の いろ/\に
おのがさま/゛\ さきぬとも
生したてゝし あめつちの
つゆのめぐみを わするなよ
第三十二 五常の歌一 野辺のくさ木も 雨露の
めぐみにそだつ さまみれば
仁てふものは よのなかの
ひとのこゝろの 命なり二 飛騨の工が うつ墨に
曲もなほる さまみれば
義といふものは 世の中の
人のこゝろの 条理なり三 成像ほかに あらはれて
謹慎みたる さまみれば
礼てふものは 世の中の
ひとのこゝろの 掟なり四 神の蔵せる 秘事も
さとり得らるゝ さまみれば
智といふものは 世の中の
人のこゝろの 宝なり五 月日と共に あめつちの
循環たがはぬ さまみれば
信てふものは 世の中の
人のこゝろの守りなり
第三十三 五倫の歌父子親あり 君臣義あり
夫婦別あり 長幼序あり
朋友信あり
第二編(明治一六年三月)
第三十四 鳥の声一 とりのこえ きぎのはな のべにみちて
かすみけりな のどかなる はるのひや二 むしのこゑ つゆのたま のべにみちて
ゆくもゆかれず きよらなる つきのよや
第三十五 霞か雲か一 かすみか雲か、はた雪か。
とばかり 匂う、その花ざかり。
百鳥さえも、歌うなり。二 かすみは 花を、へだつれど、
隔てぬ友と、来て見るばかり、
うれしき事は、世にもなし。三 かすみて それと、見えねども、
なく鶯に、さそわれつつも、
いつしか来ぬる、花のかげ。
第三十六 年たつけさ一 としたつけさの そのにぎはひは
みやこもひなも へだてなく
毬歌うたひつ 羽子つきかはしつ
こゝろ/゛\に うちつれだちて
かしこもこゝも あそびゆくなり
都も鄙も あそぶなり二 のどけき春に はやなりぬれば
わかきもおいも わかちなく
さく花かざしつ なく鳥きゝつゝ
こゝろ/゛\に うちつれだちて
やまべに野辺に あそびゆくなり
山辺に野辺に あそぶなり三 ことしもいつか なかばは過ぎて
秋風さむく 身にぞしむ
すゞむし松虫 はたおる虫さへ
ながき夜すがら なくねをきけば
われらもおいの いたらぬいたらぬさきに
学の道に いそしまむ四 千代ながづきの 月たちぬれば
まがきのうちと へだてなく
しら菊はなさき 紅葉かゞやく
菊ともみぢを かざしにさして
君が代いはへ 八千代もちよも
わが君いはへ よろづ世も
第三十七 かすめる空一 かすめるそらに 雨ふれば
草木もともに うるほひぬ
わらへるはな にほへるやま
類なの ながめかな二 山の端はれて つき清く
ちさとのくまも かくれなし
きらめく露 なくなるむし
たぐひなの 秋の夜や
第三十八 燕一 こよや/\ こよつばくらめ
おやもひなも ひねもすかたり
たのしみし その巣をいでゝ
とほき国辺に たちわかるとも
帰り来よや わがやどり
かへりこよや つばくらめ来なけ/\ やまほとゝきす
われもひとも 夜はよもすがら
いねもせず 深山をいでゝ
都のそらに なけほとゝぎす
なのれ/\ わがやどに
きなけ/\ ほとゝぎす
第三十九 鏡なす一 かゞみなす 水もみどりの かげ
うつる 柳の糸の 枝をたれ
気霽ては 風新柳の髪を梳り
氷消ては 浪旧苔の 髭を洗ふとかや
げにおもしろの 景色やな
けにおもしろの けしきやな二 降る雪に 樵夫のみちも うも
れけり みやまのおくの 夕まぐれ
かざせる笠には 影もなき 月をやどし
担へる柴には かをらざる 花をたをるとかや
げにおもしろの けしきやな
げにおもしろの 景色やな
第四十 岩もる水いはもる水も 松ふく風も
しらべをそふる つま琴の音や
あれおもしろの こよひの月や
こゝろにかゝる 雲霧もなし
第四十一 岸の桜一 岸の桜の はなさくさかりは
水のそこにも 白雲かゝれり
すみだの川の かはのせくだし
漕やをぶね 花にうかれて
雲にさをさし 霞にながして
こぐや雲ゐに かすみの海に二 秋のもなかの さやけき月夜は
水のそこにも 白玉しづめり
隅田の川の かはの瀬のぼし
こぐや小舟 つきにうかれて
棹のしづくの 光もさながら
真玉しら玉 しら玉またま
第四十二 遊猟一 さながら山も くづるばかりに
をのへにとよむ 矢玉のひゞき
神てふ虎も てどりにしつゝ
いさみにいさむ 益荒雄の徒
二 葦毛の馬に しづ鞍おきて
あづさの真弓 手にとりしばり
みかりたゝすは ますらをなれや
美猟たゝせる そのいさましさ
第四十三 みたにの奥一 みたにのおくの 花鳥あはれ
うづまく雲の かぐはしのよや
たのしき春に あふさか山の
岩根によせて 君が代うたへ二 たり穂の稲の ゆふ風あはれ
よせくる浪の にぎはしのよや
ゆたけき秋に あふさか山の
巌によせて 君が代いはへ
第四十四 皇御国一 すめらみくにの ものゝふは
いかなる事をか つとむべき
たゞ身に持てる まごゝろを
君と親とに つくすまで二 皇御国の をのこらは
たわまずをれぬ こゝろもて
世のなりはひを つとめなし
くにと民とを とますべし
第四十五 栄行く御代一 さかゆく御代に うまれしも おもへば
神の めぐみなり いざや児等 神の恵を
ゆめなわすれそ ゆめなわすれそ
ゆめなわすれそ 時の間も いざやくら
神の恵を ゆめなわすれそ ゆめなわすれそ
ゆめなわすれそ ときのまも二 恵も深き かみがきの みまへの
さかき とりもちて ちはやぶる
神の御前に うたひまはまし うたひまはまし
うたひまはまし 夜もすがら ちはやぶる
神の御前に うたひまはまし うたひまはまし
うたひまはまし よもすがら
第四十六 五日の風一 いつかの風も とをかの雨も
時に順ふ わがきみが世や
にしの国より 高麗百済より
よりくる人も 御代いはふなり二 豊葦原の みづ穂のくには
ちよよろづ世も うごきなき国
わが君が代に ちよよろづ代も
動きなき御代 いはへもろ人
第四十七 天津日嗣一 あまつ日つぎのみさかえは
あめつちの共 きはみなし
わがひのもとの みひかりは
月日とゝもに かゞやかん二 葦原の ちいほあき 瑞穂
のくには 日の御子の
きみとますべき ところぞと
神のみよゝり さだまれり
第四十八 太平の曲一 ゆはづのさわぎ 飛火のけぶり
いつしかたえて をさまる御世は
あめつちさへも とゞろくばかり
万代までと 君が代いはへ二 たひらのみやこ 百敷の宮
みあとになして むさしの国に
しづまりましぬ 年は三千とせ
代は百二十 御功績あふげ
第四十九 みてらの鐘の音一 みてらの鐘のね 月よりおつる
ふみよむ燈火 かすかになりて
一二三四五六七八二 月影かたぶき 霜さえわたり
ねよとの鐘のね 枕にひゞく
一二三四五六七八三 漁火しめりて 霜天にみち
姑蘇城外なる 鐘かもきこゆ
一二三四五六七八
第三編(明治一七年三月)
第五十 やよ御民一 やよみたみ 稲をうゑ
井の水たゝへ 君が代は
腹つゞみうち 身をいはへ二 やよ御民 萱をかり
わが家をふきて 君が代は
雨露しのぎ 世をわたれ
第五十一 春の夜一 かすみにきゆる かりがねも
かすかにひゞく 笛の音も
をさまる御代の しらべにて
たのしきはるの ゆふぐれや
ともし火とりて むかしのひとの
あそびし夜半も かゝりけん
世はさま/゛\と おもひしを
むかしもいまも かくさきにほふ
はなにはそむく 人ぞなき
第五十二 なみ風一 浪かぜさかまく あをうなばらに
暗路をたどれる ふれ人あはれ
やみ路をたどれる 船人あはれ
命とたのむは 棹かぢなれや /\二 虎さへうそぶく 荒山中に
やみぢにまよへる たび人あはれ
やみぢにまよへる 旅人あはれ
いのちとたのむは ともし火なれや /\
第五十三 あふげば尊し一 あふげばたふとし わが師の恩
教の庭にも はやいくとせ
おもへばいと疾し このとし月
今こそわかれめ いざゝらば二 互にむつみし 日ごろの恩
わかるゝ後にも やよわするな
身をたて名をあげ やよはげめよ
いまこそわかれめ いざゝらば三 朝ゆふなれにし まなびの窓
ほたるのともし火 つむ白雪
わするゝまぞなき ゆくとし月
今こそわかれめ いざゝらば
第五十四 雲一 瞬間には やまをおほひ
うちみるひまにも 海をわたる
雲てふものこそ くすしくありけれ
くもよ/\ 雨とも霧とも みるまに変りて
あやしく奇きは 雲よ/\二 ゆふ日にいろどる 橋をわたし
みそらに声せぬ 浪をおこす
雲てふものこそ 奇しくありけれ
雲よ/\ なきかとおもへば おほ空おほひて
あやしく奇きは 雲よ/\
第五十五 寧楽の都一 奈良のみやこの そのむかし
みやびつくして 宮びとの
遊びましけん 龍田川原の
紅葉 たつたがはらのもみぢば 今もにほふ
ちしほの色に 残るかたみは 千代もくちせず
今かいまかと 君をまつらん その紅葉二 ふるきみやこの そのむかし
桜かざして おほきみの
あそびましけん 滋賀の花園
はなさき しがの花ぞの 花さき 今もにほふ
色香をそへて ゑめる姿は ちよもかはらす
今やいまやと 行幸まつらん その花は
第五十六 才女一 かきながせる 筆のあやに
そめしむらさき 世々あせず
ゆかりのいろ ことばのはな
たぐひもあらじ そのいさを
二 まきあげたる 小簾のひまに
君のこゝろも しら雪や
廬山の峯 遺愛のかね
めにみるごとき その風情
第五十七 母のおもひ一 はゝのおもひは 空にみち
ゆくへもしらず はてもなし
つきの桂を たをりてぞ
家の風をば ふかせつる
あふげ/\ 母のみいさを二 母のなさけの 撫子よ
露なわすれそ めぐみをば
家をうつすも そだて草
機をきるさへ 教へぐさ
したへ/\ 母のなさけを
第五十八 めぐれる車一 めぐれる車 ながるゝ水
われらはいこへど やむ間なし二 岩根をつたふ しづくの水
積ればつひに 海となる
第五十九 墳墓一 松ふく風は こゝろにしみて
おもへばあはれ わがなき父の
奥津城どころ二 浅茅が露に むしのねかれて
おもへばあはれ わがなき母の
おくつきどころ三 苔むす墳は 文字さへ消えて
おもへばあはれ いづれのひとの
なきあとなれや
第六十 秋の夕暮一 花や紅葉も およぶものかは
浦のとまやの 秋のゆふぐれ二 こゝろなき身も あはれしれとや
鴫たつ沢の あきの夕暮三 あはれさびしや 色はなけれど
槙たつ山の あきの夕ぐれ
第六十一 古戦場一 屍は朽て 骨となり
刃はをれて しもむすぶ
今はた靡く 旗薄
皷のおとか まつ風か二 人影みえず 風さむし
蓬はかれて 霜しろし
命を捨し 真荒雄が
その名は千代 も朽せじな
第六十二 秋艸一 さきのこりたる あさがほや
命とたのむ つゆも浅ぢの
あさがほや二 あや錦おる はぎがはな
たまもいろなる 霜ぞこぼるゝ
萩がはな三 たれまねくらん はなすゝき
風もふかぬに 露ぞみだるゝ
はなすゝき
第六十三 富士筑波一 駿河なる ふじの高嶺をあふぎても
動かぬ御代は しられけり二 つくばねの このもかの面もてらすなる
みよのひかりぞ ありがたき
第六十四 園生の梅一 そのふの梅の 追風に
わがすむ山も 春めきぬ
門田の雪も むら消て
若菜つむべく 野はなりぬ二 弥生のそらに 野辺みれば
菫の花さく 山みれば
雪かあらぬか そこかしこ
桜の花も さきそめぬ
第六十五 橘一 ちゝの実の 父やもうゑし
なつかしき かにこそにほへ
よにふるさとの 花の橘二 はゝそばの 母やもうゑし
したはしき かをりぞすなる
しのぶの里の 花の橘
第六十六 四季の月一 さきにほふ やまのさくらの花のうへに
霞みていでし はるのよの月二 雨すぎし 庭の草葉のつゆのうへに
しばしはやどる 夏の夜の月三 みるひとの こゝろ/\にまかせおきて
高嶺にすめる あきのよの月四 水鳥の 声も身にしむ いけの面に
さながらこほる 冬のよの月
第六十七 白蓮白菊一 泥のうちより ぬけいでゝ
濁りにしまぬ はな蓮
月のひかりか ひるすごく
霜とさゆれば 夏さむし
乱るゝ露は たまとみえ
かをれる風は 身にぞしむ
氷のすがた 雪のいろ
つゆなけがしそ 世のちりに二 草木もかれし園の中
雪にも色は まさりぐさ
いたゞく霜は 身をよそひ
さえゆく月は 香ににほふ
霜はくすりと きくの水
梅はみさをの おのがとも
暗の夜はさへ てらすなり
東籬のもとに 書やみん /\
第六十八 学び一 まなびはわが身の 光りとなり
富貴も 栄花も こゝろのまゝ二 驕りはわが身の 仇とぞなる
努々ゆるすな こゝろの駒三 学びはわが身の ひかりなり
驕りはわが身の 仇とぞなる
第六十九 小枝一 さえだにやどれる 小鳥さへ
礼はしる 道をもならひし
その人を わするなよ二 吾家にかひぬる 犬さへも
恩はいる 君にもつかふる
大丈夫よ 身をつくせ
第七十 船子一 やよふな子 こげ船を
こげよ/\ /\/\
やよふな子二 しほみちて 風なぎぬ
こげよ/\ /\/\
やよふな子
第七十一 鷹狩一 しらふの鷹を 手にすゑもち
馬にまたがり いさめる君
すはや狩場に ゆけ/\/\二 雪は狩場に ふれ/\/\
犬はかり場を かれ/\/\
鳥ぞむれたつ それ/\/\
第七十二 小船一 流るゝ水の うへにもさく花
こゝろせよや をぶね
底にもはなのかげ二 渕瀬もみえず そらより散花
こゝろせよや をぶね
袖にも花の浪
第七十三 誠は人の道一 まことは人の 道ぞかし
つゆなそむきそ 其みちに二 こゝろは神の たまものぞ
露なけがしそ そのたまを
第七十四 千里のみち一 千里の道も 足もとよりぞ 始まれる
葉末の露も 積れば渕と なるぞかし二 雲ゐる山も 塵ひぢよりぞ なれりける
書よむ道も ことわりのみは ひとつなり
第七十五 春の野一 いつしか雪も きえにけり
梅さく野辺に いざゆかん二 みどりに草も もえぬれば
わかなつむ子も うちむれて三 柳のいとも なびくなり
こゝろをのべに あそばまし
第七十六 瑞穂一 蒼生の いのちの種と
かしこき神の たまへるたねぞ二 採る手もたゆき 山田の早苗
ゆたけき秋の たのみもしるし三 わづかにのこる 門田のいねを
苅るまで残れ 夕日のかげも四 ことしの稲の 初穂をとりて
新嘗つかへ 神をぞまつる
第七十七 楽しわれ一 たのしわれ まなびもをへ
日もくれぬ あすもまた
朝とくより 学ばまし
かくて年月 たえせざらば
月の桂をも われぞをるべき二 うれしわれ ふみよみはて
ひもくれぬ あすもまた
朝とくより 勉めまし
かくてとし月 撓まざらば
龍の腮なる 玉もとるべし
第七十八 菊一 庭の千草も むしのねも
かれてさびしく なりにけり
あゝしらぎく 嗚呼白菊
ひとりおくれて さきにけり二 露にたわむや 菊の花
しもにおごるや きくの花
あゝあはれ/\ あゝ白菊
人のみさをも かくてこそ
第七十九 忠臣一 嗚呼香ぐはし 楠の二本
あゝ絶せじ みなと川
浪の音も 身にぞしむなる
其あはれその功績 忠臣
嗚呼忠臣 兄弟の人
忠臣あゝ忠臣 たぐひなや二 嗚呼かぐはし 花の二もと
あゝうるはし 芳野やま
ちりはてゝ世にこそ残れ
そのうたと そのまこと
忠臣あゝ忠臣 兄弟のひと
忠臣嗚呼忠臣 たぐひなや
第八十 千草の花一 千草の花は 露をそめ
野中の水は 月やどる
そまらぬいろと 空のかげ
はかなきものか よの中は二 錦をよそふ 萩の花
もみぢを そふ 夜はの霜
夢野のあとゝ 消ゆかば
木枯ばかり あれぬべし三 はかなきものを 誰めでん
きえゆくものを たれとはん
跡あるものは 筆の花
かをりをのこせ 後のよに
第八十一 きのふけふ一 きのふけふと 思ひしを
春は過て 夏来ぬ
雁はかへり 燕きぬ
君はゆきて かへらず
かへれ/\ /\とく
あはれ/\ わが友
花は散りて あともなく
空しき枝に 風ふく二 松は常磐 竹は千代
人の世のみ つねなし
雪にほゆる 薬さへ
人の世には かひなし
かへれ/\ /\とく
あはれ/\ わが友
君をおきて 友もなし
たちつゝゐつゝ わがまつ
第八十二 頭の雪一 草木にのみと おもひしを
春秋とほく へだゝれば
隔てぬ君が 頭にも
ふりけるものか 雪と霜と二 面のなみを みあげても
久しきとしは しられたり
頭の雪の 光りにも
みえけるものを 高き齢
第八十三 さけ花よ一 さけ花よ さくらの花よ
のどけき春の さかりの時に
さけ花よ 桜のはなよ二 ふけかぜよ 春風ふけよ
さきたる花を ちらさぬほどに
ふけ風よ はるかぜふけよ三 なけ蛙 やよなけかはづ
すみゆく水の にごらぬ御代に
なけかはづ やよ鳴け蛙四 なけ鳥よ うぐひすなけよ
さきたる花の さかりの春に
なけとりよ 鶯なけよ五 やよ人よ ひと/\うたへ
鶯かはづ うたをぱうたふ
やよ人よ ひと/\うたへ
第八十四 高嶺一 たかねをこえて 日はいでにけり
わがなすわざを たすけむために
日はいでにけり二 つき日のかげは わが身のまもり
空しくなすな しばしのひまも
つとめよはげめ
第八十五 四の時一 よつのとき ながめぞつきぬ
春ははな おりなす錦
あきは月 ますみのかゞみ
なつごろも かとりもすゞし
冬のあさけ 雪もよし
ひとの世の たのしきものか
神の恩 国のおん
君の恩 わするな人
第八十六 花月一 花を見る時は こゝろいとたのし
心たのしきは 花のめぐみなり二 月をみる時は 心しづかなり
こゝろ静けきは 月の恵なり三 よきをみて移り 悪をみてさけよ
朱に交はれば あかくなるといふ
第八十七 治る御代一 治る御代の 春の空
たゞよふ雲も はれにけり
晴るゝみそらの その雲は
めぐみの風に はるゝなり二 治るみよの 春の風
千里の外に みてるなり
みてるめぐみの 風にこそ
青人草は さかゆらめ
第八十八 祝へ吾君を一 祝へ吾君を
恵の重波 やしまに あふれ
普ねき春風 草木もなびく
いはへ/\ 国の為 わが君を二 祝へ吾国を
瑞穂のおしねは 野もせ にみちて
しろかね黄金 花咲栄ゆ
いはへ/\ 君の為 わが国を
第八十九 花鳥一 山ぎはしらみて 雀はなきぬ
はや疾く おきいで 書よめわが子
書よめ吾子
ふみよむひまには 花鳥めでよ二 書よむひまには 花鳥めでよ
鳥なき 花咲 たのしみつきず
楽みつきず
天地ひらけし 始もかくぞ
第九十 心は玉一 こゝろは玉なり 曇りもあらじ
よる昼勉めて みがきに磨け二 蛍をあつめて まなびし人も
ひかりは其まゝ 身にこそそはれ三 月影したひて 学びし人は
ひかりをうけえて 世をこそ照らせ
第九十一 招魂祭一 こゝに奠る 君が霊
蘭はくだけて 香に匂ひ
骨は朽ちて 名をぞ残す
机代物 うけよ君二 此所にまつる 戦死の人
骨を砕くも 君が為
国のまもり 世々の鑑
光りたえせじ そのひかり了