西行 (一一一八〜一一九〇)

 新古今和歌集 西行歌
 いはまとぢしこほりもけさはとけそめて
こけのしたみづみちもとむらん 新古七

  春哥とて
 ふりつみしたかねのみゆきとけにけり
きよたき河の水のしらなみ 二七

  題しらず
 とめこかしむめさかりなるわがやどを
うときも人はおりにこそよれ 五一

 よしの山さくらがえだにゆきちりて
花をそげなるとしにもあるかな 七九

  花哥とてよみ侍ける
 よしの山こぞのしほりのみちかへて
まだ見ぬかたの花をたづねん 八六

  題しらず
 ながむとて花にもいたくなれぬれば
ちるわかれこそかなしかりけれ 一二六

  題しらず
 きかずともこゝをせにせんほとゝぎす
山田のはらのすぎのむらだち 二一七

 郭公ふかきみねよりいでにけり
と山のすそに声のおちくる 二一八

  題しらず
 みちのべにしみづながるゝやなぎかげ
しばしとてこそたちとまりつれ 二六二

 よられつるのもせの草のかげろひて
すゞしくゝもる夕立の空 二六三

  題しらず
 をしなべてものをおもはぬ人にさへ
心をつくる秋のはつ風 二九九

 あはれいかに草葉のつゆのこぼるらん
秋風たちぬみやぎのゝはら 三〇〇

 こゝろなき身にも哀はしられけり
しぎたつさはの秋のゆふぐれ 三六二

 おぼつかな秋はいかなるゆへのあれば
すゞろにものゝかなしかるらん 三六七

 を山だのいほちかくなくしかのねに
おどろかされておどろかすかな 四四八

  題しらず
 きりぎりすよさむに秋のなるまゝに
よはるか声のとをざかりゆく 四七二

 よこ雲の風にわかるゝしのゝめに
山とびこゆるはつかりの声 五〇一

 白雲をつばさにかけてゆくかりの
かど田のおものともしたふなる 五〇二

  題しらず
 松にはふまさのはかづらちりにけりと
山の秋は風すさぶらん 五三八

 月をまつたかねの雲ははれにけり
心あるべきはつしぐれかな 五七〇

  題しらず
 あきしのやと山のさとやしぐるらん
いこまのたけに雲のかゝれる 五八五

 をぐら山ふもとのさとにこの葉ちれば
こずゑにはるゝ月をみるかな 六〇三

 つのくにのなにはの春は夢なれや
あしのかれ葉に風わたる也 六二五

  題しらず
 さびしさにたへたる人の又もあれな
いほりならべん冬の山ざと 六二七

  歳暮に、人につかはしける
 をのづからいはぬをしたふ人やあると
やすらふほどにとしのくれぬる 六九一

  題しらず
 むかしおもふ庭にうき木をつみをきて
見しよにもにぬとしのくれかな 六九七

 みちのくにへまかれりける野中に、めにたつさまなるつかの侍けるを、とはせ侍ければ、これなん中将のつかと申すとこたへければ、中将とはいづれの人ぞととひ侍ければ、実方朝臣の事となん申けるに、冬の事にて、しもがれのすゝきほのぼの見えわたりて、おりふしものがなしうおぼえ侍ければ
 くちもせぬその名ばかりをとゞめをきて
かれ野のすゝきかたみとぞみる 七九三

  無常のこゝろを
 いつなげきいつおもふべきことなれば
のちのよしらで人のすむらん 八三一

  人にをくれてなげきける人につかはしける
 なきあとのおもかげをのみ身にそへて
さこそは人のこひしかるらめ 八三七

  なげくこと侍ける人、とはずとうらみ侍ければ
 哀ともこゝろにおもふほどばかり
いはれぬべくはとひこそはせめ 八三八

  みちのくにへまかりける人、餞し侍けるに
 君いなば月まつとてもながめやらん
あづまのかたのゆふぐれの空 八八五

 とをき所に修行せんとていでたち侍けるに、人々わかれおしみて、よみ侍ける
 たのめをかん君もこゝろやなぐさむと
かへらん事はいつとなくとも 八八六

 さりともとなをあふことをたのむかな
しでの山ぢをこえぬわかれは 八八七

  題しらず
 宮こにて月をあはれとおもひしは
かずにもあらぬすさびなりけり 九三七

 月見ばと契をきてしふるさとの
人もやこよひ袖ぬらすらん 九三八

  天王寺にまうで侍けるに、俄に雨ふりければ、江口にやどをかりけるに、かし侍らざりければ、よみ侍ける
 世中をいとふまでこそかたからめ
かりのやどりをおしむ君かな 九七八

  返し 遊女妙
 よをいとふ人としきけばかりの宿に
心とむなと思ふばかりぞ 九七九

  あづまのかたにまかりけるに、よみ侍ける
 年たけて又こゆべしと思きや
命なりけりさやの中山 九八七

  旅哥とて
 思ひをく人の心にしたはれて
露わくる袖のかへりぬるかな 九八八

 はるかなるいはのはざまにひとりゐて
人めおもはで物おもはゞや 一〇九九

 かずならぬ心のとがになしはてじ
しらせてこそは身をもうらみめ 一一〇〇

 なにとなくさすがにおしきいのちかな
ありへば人や思しるとて 一一四七

 おもひしる人ありけりのよなりせば
つきせず身をばうらみざらまし 一一四八

  題しらず
 あふまでのいのちもがなとおもひしは
くやしかりけるわが心かな 一一五五

  題しらず
 おもかげのわするまじきわかれかな
なごりを人の月にとゞめて 一一八五

 ありあけはおもひいであれやよこ雲の
たゞよはれつるしのゝめのそら 一一九三

  題しらず
 人はこで風のけしきもふけぬるに
あはれに雁のをとづれてゆく 一二〇〇

  恋哥とてよめる
 たのめぬに君くやとまつよゐのまの
ふけゆかでたゞあけなましかば 一二〇五

 あはれとて人の心のなさけあれ
なかずならぬにはよらぬなげきを 一二三〇

 身をしれば人のとがとはおもは
ぬにうらみがほにもぬるゝ袖かな 一二三一

 月のみやうわのそらなるかたみにて
おもひもいでば心かよはん 一二六七

 くまもなきおりしも人を思いでゝ
心と月をやつしつるかな 一二六八

 ものおもひてながむるころの月のいろに
いかばかりなる哀そむらん 一二六九

 うとくなる人をなにとてうらむらん
しられずしらぬおりもありしに 一二九七

 今ぞしるおもひいでよと契しは
わすれんとてのなさけなりけり 一二九八

 あはれとてとふ人のなどなかるらん
ものおもふやどのおぎのうは風 一三〇七

 世中をおもへばなべてちる花の
わが身をさてもいづちかもせん 一四七一

  題しらず
 月を見て心うかれしいにしへの
秋にもさらにめぐりあひぬる 一五三二

 よもすがら月こそそでにやどりけれ
むかしの秋をおもひいづれば 一五三三

 月のいろに心をきよくそめましや
宮こをいでぬわが身なりせば\ 一五三四

 すつとならばうきよをいとふしるしあらん
われみばくもれ秋のよの月 一五三五

 ふけにけるわが身のかげをおもふまに
はるかに月のかたぶきにける 一五三六

  題しらず
 雲かゝるとを山ばたの秋されば
おもひやるだにかなしき物を 一五六二

  伊勢にまかりける時よめる
 すゞか山うきよをよそにふりすてゝ
いかになりゆくわが身なるらん 一六一三

  あづまのかたへ修行し侍けるに、ふじの山をよめる
 風になびくふじのけぶりのそらにきえて
ゆくゑもしらぬわが思哉 一六一五

  題しらず
 よしの山やがていでじとおもふ身を
花ちりなばと人やまつらん 一六一九

  題しらず
 山ふかくさこそ心はかよふとも
すまであはれをしらんものかは 一六三二

 やまかげにすまぬこゝろはいかなれや
おしまれている月もあるよに 一六三三

  題しらず
 たれすみて哀しるらん山ざとの
雨ふりすさむゆふぐれの空 一六四二

 しほりせでなを山ふかくわけいらん
うきこときかぬ所ありやと 一六四三

 やまざとにうきよいとはんともゝがな
くやしくすぎし昔かたらん 一六五九

 山ざとは人こさせじとおもはねど
とはるゝことぞうとくなりゆく 一六六〇

 ふるはたのそばのたつきにゐるはとの
ともよぶ声のすごきゆふぐれ 一六七六

 山がつのかたをかゝけてしむる野の
さかひにたてる玉のを柳 一六七七

 しげきのをいくひとむらにわけなして
さらにむかしをしのびかへさん 一六七八

 むかし見し庭のこ松にとしふりて
嵐のをとをこずゑにぞきく 一六七九

 これや見しむかしすみけんあとならん
よもぎがつゆに月のかゝれる 一六八二

 かずならぬ身をも心のもちがほに
うかれては又かへりきにけり 一七四八

 をろかなる心のひくにまかせても
さてさはいかにつゐのおもひは 一七四九

 とし月をいかでわが身にをくりけん
昨日の人もけふはなきよに 一七五〇

 うけがたき人のすがたにうかびいでゝ
こりずやたれも又しづむべき 一七五一

 いづくにもすまれずはたゞすまであらん
しばのいほりのしばしなるよに 一七八〇

 月のゆく山に心をゝくりいれて
やみなるあとの身をいかにせん 一七八一

 またれつる入あひのかねのをとすなり
あすもやあらばきかんとすらん 一八〇八

 世をいとふ名をだにもさはとゞめをきて
かずならぬ身のおもひいでにせん 一八二八

 身のうさをおもひしらでやゝみなまし
そむくならひのなきよなりせば 一八二九

 いかゞすべきよにあらばやはよをもすてゝ
あなうのよやとさらにおもはん 一八三〇

 なに事にとまる心のありければ
さらにしも又よのいとはしき 一八三一

 なさけありしむかしのみ猶しのばれて
ながらへまうき世にもふるかな 一八四二

 寂蓮、人々すゝめて百首哥よませ侍けるに、いなび侍て熊野にまうでける道にて、ゆめに、なにごともおとろへゆけど、このみちこそよのすゑにかはらぬものはあれ、なをこのうたよむべきよし、別当湛快、三位俊成に申と見侍て、おどろきながらこの哥をいそぎよみいだしてつかはしけるおくにかきつけ侍ける
 すゑのよもこのなさけのみかはらずと
見し夢なくはよそにきかまし 一八四四

  題しらず
 宮ばしらしたついはねにしきたてゝ
つゆもくもらぬ日のみかげ哉 一八七七

 神ぢ山月さやかなるちかひありて
あめのしたをばてらすなりけり 一八七八

  伊勢の月よみのやしろにまいりて、月を見てよめる
 さやかなるわしのたかねの雲井より
かげやはらぐる月よみのもり 一八七九

 西行法師をよび侍けるに、まかるべきよしは申ながらまうでこで月のあかゝりけるに、かどのまへをとおるときゝて、よみてつかはしける 待賢門院堀河
 にしへゆくしるべとおもふ月かげの
そらだのめこそかひなかりけれ 一九七五

  返し
 たちいらで雲まをわけし月かげは
またぬけしきやそらにみえけん 一九七六

  観心をよみ侍ける
 やみはれて心のそらにすむ月は
にしの山べやちかくなるらん 一九七八

  題しらず
 ねがはくは花のしたにて春しなん
そのきさらぎのもち月の比 一九九三

 山家集 西行

 春歌
  年のうちに春たちて雨の降りければ
 春としもなほおもはれぬ心かな
雨ふる年のここちのみして

  山ごもりして侍りけるに、年をこめて春に成りぬと聞きけるからに、霞みわたりて、山河の音日頃にも似ず聞えければ
 かすめども年のうちとはわかぬ間に
春を告ぐなる山川の水

  山ふかく住み侍りけるに、春立ちぬと聞きて
 山路こそ雪のした水とけざらめ
都のそらは春めきぬらむ

  山里に春たつといふことを
 山里は霞みわたれるけしきにて
空にや春の立つを知るらむ

  難波わたりに年超えに侍りけるに、春立つこころをよみける
 いつしかも春きにけりと津の國の
難波の浦を霞こめたり

 春になりける方たがへに、志賀の里へまかりける人に具してまかりけるに、逢坂山の霞みたりけるを見て
 わきて今日あふさか山の霞めるは
立ちおくれたる春や越ゆらむ

  立春の朝よみける
 年くれぬ春くべしとは思ひ寐に
まさしく見えてかなふ初夢

 山の端の霞むけしきにしるきかな
今朝よりやさは春のあけぼの 一〇

 春たつと思ひもあへぬ朝とでに
いつしか霞む音羽山かな

 たちかはる春を知れとも見せがほに
年をへだつる霞なりける

 とけそむる初若水のけしきにて
春立つことのくまれぬるかな

  春立つ日よみける
 何となく春になりぬと聞く日より
心にかかるみ吉野の山

  正月元日雨ふりけるに
 いつしかも初春雨ぞふりにける
野邊の若菜も生ひやしぬらむ

  家々に春を翫ぶといふことを
 門ごとにたつる小松にかざされて
宿てふやどに春は來にけり

  初春
 岩間とぢし氷も今朝はとけそめて
苔の下水みちもとむらむ

 ふりつみし高嶺のみ雪とけにけり
清瀧川の水のしらなみ

  春きて猶雪
 かすめども春をばよその空に見て
解けんともなき雪の下水

  題しらず
 三笠山春はこゑにて知られけり
氷をたたく鶯のたき

 春あさみ(すず)のまがきに風さえて
まだ雪消えぬしがらきの里  二〇

  嵯峨にまかりたりけるに、雪ふかかりけるを見おきて出でしことなど申し遣わすとて
 おぼつかな春の日數のふるままに
嵯峨野の雪は消えやしぬらむ

  かへし 靜忍法師
 立ち歸り君やとひくと待つほどに
まだ消えやらず野邊のあわ雪

  題しらず
 春しれと谷の下みづもりぞくる
岩間の氷ひま絶えにけり

 小ぜりつむ澤の氷のひまたえて
春めきそむる櫻井のさと

 くる春は嶺の霞をさきだてて
谷のかけひをつたふなりけり

 雪とくるしみゝにしだくから崎の
道行きにくきあしがらの山

  元日子日にて侍りけるに
 子日してたてたる松に植ゑそへむ
千代かさぬべき年のしるしに

  子日
 春ごとに野邊の小松を引く人は
いくらの千代をふべきなるらむ

 ねの日する人に霞はさき立ちて
小松が原をたなびきにけり

 子日しに霞たなびく野邊に出でて
初うぐひすの聲をきくかな 三〇

  五葉の下に二葉なる小松どもの侍りけるを、
  子日にあたりける日、折櫃にひきそへて遣わすとて
 君が爲ごえふの子日しつるかな
たびたび千代をふべきしるしに

  ただの松ひきそへて、この松の思ふこと申すべくなむとて
 子日する野邊の我こそぬしなるを
ごえふなしとて引く人のなき

  若菜
 春日野は年のうちには雪つみて
春は若菜のおふるなりけり

  雪中若菜
 けふはただ思ひもよらで歸りなむ
雪つむ野邊の若菜なりけり

  雨中若菜
 春雨のふる野の若菜おひぬらし
ぬれぬれ摘まん(かたみ)手ぬきれ

  若菜に初子のあひたりければ、人のもとへ申しつかはしける
 わか菜つむ今日に初子のあひぬれば
松にや人の心ひくらむ

  若菜に寄せてふるきを思ふということを
 わか菜つむ野邊の霞ぞあはれなる
昔を遠く隔つと思へば

  老人の若菜といへることを
 卯杖つき七くさにこそ出でにけれ
年をかさねて摘める若菜に

  寄若菜述懷といふことを
 若菜おふる春の野守に我なりて
うき世を人につみ知らせばや

 野に人あまた侍りけるを、何する人ぞと聞きければ、菜摘む者なりと答へけるに、年の内に立ちかはる春のしるしの若菜か、さはと思ひて
 年ははや月なみかけて越えにけり
うべつみけらしゑぐの若だち 四〇

  題しらず
 澤もとけずつめど(かたみ)にとどまらで
めにもたまらぬゑぐの草ぐき

  海邊の霞といふことを
 もしほやく浦のあたりは立ちのかで
烟あらそふ春霞かな

  おなじこころを、伊勢の二見といふ所にて
 波こすとふたみの松の見えつるは
梢にかかる霞なりけり

  霞によせてつれなきことを
 なき人を霞める空にまがふるは
道をへだつる心なるべし

  世にあらじと思いける頃、東山にて、
  人々霞によせて思ひをのべけるに
 そらになる心は春の霞にて
よにあらじとも思ひたつかな

  おなじ心をよみける
 世を厭ふ名をだにもさはとどめ置きて
數ならぬ身の思出にせむ

  題しらず
 霞まずは何をか春と思はまし
まだ雪消えぬみ吉野の山

  梅を
 香にぞまづ心しめ置く梅の花
色はあだにも散りぬべければ

 梅をのみわが垣ねには植ゑ置きて
見に來む人に跡しのばれむ

 とめこかし梅さかりなるわが宿を
うときも人は折にこそよれ 五〇

  山里の梅といふことを
 香をとめむ人をこそまて山里の
垣根の梅のちらぬかぎりは

 心せむ賤が垣ほの梅は
あやなよしなく過ぐる人とどめける

 この春はしづが垣ほにふれわびて
梅が香とめむ人したしまむ

  旅のとまりの梅
 ひとりぬる草の枕のうつり香は
垣根の梅のにほひなりけり

  古き砌の梅
 何となく軒なつかしき梅ゆゑに
住みけむ人の心をぞ知る

  嵯峨に住みけるに、道を隔てて坊の侍りけるより、
  梅の風にちりけるを
 ぬしいかに風渡るとていとふらむ
よそにうれしき梅の匂を

  庵の前なりける梅を見てよめる
 梅が香を山ふところに吹きためて
入りこん人にしめよ春風

  伊勢のにしふく山と申す所に侍りけるに、
  庵の梅かうばしくにほひけるを
 柴の庵によるよる梅の匂い來て
やさしき方もあるすまひかな

  閑中鶯といふことを
 うぐひすのこゑぞ霞にもれてくる
人目ともしき春の山里

  雨中鶯
 うぐひすの春さめざめとなきゐたる
竹の雫や涙なるらむ 六〇

  住みける谷に、鶯の聲せずなりにければ
 古巣うとく谷の鶯なりはてば
我やかはりてなかむとすらむ

 うぐひすは谷の古巣を出でぬとも
わが行方をば忘れざらなむ

 鶯は我を巣もりにたのみてや
谷の外へは出でて行くらむ

 春のほどは我が住む庵の友になりて
古巣な出でそ谷の鶯

  鶯によせておもひをのべけるに
 うき身にて聞くも惜しきはうぐひすの
霞にむせぶ曙のこゑ

  梅に鶯の鳴きけるを
 梅が香にたぐへて聞けばうぐひすの
聲なつかしき春の山ざと

 つくり置きし梅のふすまに鶯は
身にしむ梅の香やうつすらむ

  題しらず
 山ふかみ霞こめたる柴の庵に
こととふものは谷のうぐひす

 すぎて行く羽風なつかし鶯の
なづさひけりな梅の立枝を

 鶯は田舎の谷の巣なれども
だみたる聲は鳴かぬなりけり 七〇

 雨しのぐ身延の郷のかき柴に
巣立はじむる鶯のこゑ

 鶯の聲にさとりをうべきかは
聞く嬉しさもはかなかりけり

  鳴き絶えたりける鶯の、住み侍りける谷に、
  聲のしければ
 思ひ出でて古巣にかへる鶯は
旅のねぐらや住みうかるらむ

  深山不知春といふことを
 雪分けて外山が谷のうぐひすは
麓の里に春や告ぐらむ

  山里の柳
 山がつの片岡かけてしむる庵の
さかひにたてる玉のを柳

  柳風にみだる
 見渡せばさほの川原にくりかけて
風によらるる青柳の糸
  雨中柳
 なかなかに風のおすにぞ亂れける
雨にぬれたる青柳のいと

  水邊柳
 水底にふかきみどりの色見えて
風に浪よる河やなぎかな

  さわらび
 なほざりに燒き捨てし野のさ蕨は
折る人なくてほどろとやなる

  霞に月のくもれるを見て
 雲なくておぼろなりとも見ゆるかな
霞かかれる春の夜の月 八〇

  山里の春雨といふことを、大原にて人々よみけるに
 春雨の軒たれこむるつれづれに
人に知られぬ人のすみかか

  きぎすを
 もえ出づる若菜あさるときこゆなり
きぎす鳴く野の春の曙

 生ひかはる春の若草まちわびて
原の枯野にきぎす鳴くなり

 片岡にしばうつりして鳴くきぎす
立羽おとしてたかゝらぬかは

 春霞いづち立ち出で行きにけむ
きぎす棲む野を燒きてけるかな

  歸雁
 玉づさのはしがきかとも見ゆる哉
とびおくれつつ歸る雁がね

  霞中歸雁といふことを
 何となくおぼつかなきは天の原
かすみに消えて歸る雁がね

 かりがねは歸る道にやまどふらむ
越の中山かすみへだてて

  山家呼子鳥
 山ざとに誰を又こはよぶこ鳥
ひとりのみこそ住まむと思ふに

  題しらず
 ませにさく花にむつれて飛ぶ蝶の
羨しきもはかなかりけり 九〇

 春といへば誰も吉野の花をおもふ
心にふかきゆゑやあるらむ

  春の月あかかりけるに、
  花まだしき櫻の枝を風のゆるがしけるを見て
 月みれば風に櫻の枝なべて
花かとつぐるここちこそすれ

  花を待つ心を
 今さらに春を忘るる花もあらじ
やすく待ちつつ今日も暮らさむ

 おぼつかないづれの山の峰よりか
待たるる花の咲きはじむらむ

  待花忘他といふことを
 まつによりちらぬ心を山ざくら
咲きなば花の思ひ知らなむ

  題しらず
 春になる櫻の枝は何となく
花なけれどもむつましきかな

 空晴るる雲なりけりな吉野山
花もてわたる風と見たれば

 さらにまた霞にくるる山路かな
花をたづぬる春のあけぼの

 雲もかかれ花とを春は見て
過ぎむいづれの山もあだに思はで

 雲かかる山とは我も思ひ出でよ
花ゆゑ馴れしむつび忘れず 一〇〇

  ひとり山の花を尋ぬといふことを
 誰かまた花を尋ねてよしの山
苔ふみわくる岩つたふらむ

  老木の櫻のところどころに咲きたるを見て
 わきて見む老木は花もあはれなり
今いくたびか春にあふべき

  老見花といふことを
 老づとに何をかせまし此春の
花待ちつけぬわが身なりせば

  春は花を友といふことを、せが院の齋院にて人々よみけるに
 おのづから花なき年の春もあらば
何につけてか日をくらさまし

  せが院の花盛なりける頃、としただがいひ送りける
 おのづから來る人あらばもろともに
ながめまほしき山櫻かな

  返し
 ながむてふ數に入るべき身なりせば
君が宿にて春は經なまし

 上西門院の女房、法勝寺の花見られけるに、雨のふりて暮れにければ、歸られにけり。又の日、兵衞の局のもとへ、花の御幸おもひ出させ給ふらむとおぼえて、かくなむ申さまほしかりし、とて遣しける
 見る人に花も昔を思ひ出でて
戀しかるべし雨にしをるる

  返し
 いにしえを忍ぶる雨と誰か見む
花もその世の友しなければ
 若き人々ばかりなむ、老いにける身は風の煩はしさに、厭はるることにてとありけるなむ、やさしくきこえける

  白河の花、庭面白かりけるを見て
 あだにちる梢の花をながむれば
庭には消えぬ雪ぞつもれる

  庭の花波に似たりといふことを詠みけるに
 風あらみこずゑの花のながれきて
庭に波立つしら川の里 一一〇

  山寺の花さかりなりけるに、昔を思ひ出でて
 よしの山ほき路づたひに尋ね入りて
花みし春は一むかしかも

  雨のふりけるに、花の下に車を立ててながめける人に
 ぬるともとかげを頼みて思ひけむ
人の跡ふむ今日にもあるかな

 世をのがれて東山に侍る頃、白川の花ざかりに人さそひければ、まかり歸りけるに、昔おもひ出でて
 ちるを見て歸る心や櫻花
むかしにかはるしるしなるらむ

  かきたえてこととはずなりにける人の、
  花見に山里へまうできたりと聞きてよみける
 年を經ておなじ梢に匂へども
花こそ人にあかれざりけれ

  花の下にて月を見てよみける
 雲にまがふ花の下にてながむれば
朧に月は見ゆるなりけり

  春のあけぼの、花見けるに、鶯の鳴きければ
 花の色や聲に染むらむ鶯の
なく音ことなる春のあけぼの

 屏風の繪を人々よみけるに、春の宮人むれて花見ける所に、よそなる人の見やりてたてりけるを
 木のもとは見る人しげし櫻花
よそにながめて我は惜しまむ

  寂然紅葉のさかりに高野にまうでて、
  出でにける又の年の花の折に、申し遣しける
 紅葉みし高野の峯の花ざかり
たのめし人の待たるるやなぞ

  かへし 寂然
 ともに見し嶺の紅葉のかひなれや
花の折にもおもひ出ける

  那智に籠りし時、
  花のさかりに出でける人につけて遣しける
 ちらでまてと都の花をおもはまし
春かへるべきわが身なりせば 一二〇

  閑ならんと思ひける頃、花見に人々のまうできければ
 花見にとむれつつ人のくるのみぞ
あたら櫻のとがにはありける

 花もちり人もこざらむ折は又
山のかひにてのどかなるべし

 國々めぐりまはりて、春歸りて吉野の方へまゐらむとしけるに、人の、このほどはいづくにか跡とむべきと申しければ
 花をみし昔の心あらためて
吉野の里にすまむとぞ思ふ

  花の歌あまたよみけるに
 空に出でていづくともなく尋ぬれば
雪とは花の見ゆるなりけり

 雪とぢし谷の古巣を思ひ出でて
花にむつるゝ鶯の聲

 よしの山雲をはかりに尋ね入りて
心にかけし花を見るかな

 おもひやる心や花にゆかざらむ
霞こめたるみよしのの山

 おしなべて花の盛に成にけり
山の端ごとにかかる白雲

 まがふ色に花咲きぬればよしの山
春は晴れせぬ嶺の白雲

 吉野山梢の花を身し日より
心は身にも添はずなりにき 一三〇

 あくがるる心はさても山櫻
ちりなむ後や身にかへるべき

 花みればそのいはれとはなけれども
心のうちぞ苦しかりける

 白河の梢を見てぞなぐさむる
吉野の山にかよふ心を

 ひきかへて花見る春は夜はなく
月みる秋は晝なからなむ

 花ちらで月はくもらぬ世なりせば
物を思はぬわが身ならまし

 たぐひなき花をし枝にさかすれば
櫻にならぶ木ぞなかりける

 身を分けて見ぬ梢なくつくさばや
よろづの山の花の盛を

 櫻さくよもの山邊をかぬる間に
のどかに花をみぬ心地する

 花にそむ心のいかで殘りけむ
捨てはててきと思ふわが身に

 白河の春の梢のうぐひすは
花の言葉を聞くここちする 一四〇

 ねがはくは花の下にて春死なん
そのきさらぎのもち月の頃

 佛には櫻の花をたてまつれ
わが後の世を人とぶらはば

 何とかや世にありがたき名をしたる
花に櫻にまさりしもせじ

 山ざくら霞の衣あつくきて
この春だにも風つつまなむ

 思ひやる高嶺の雲の花ならば
ちらぬ七日は晴れじとぞ思ふ

 のどかなる心をきへに過しつつ
花ゆゑにこそ春を待ちしか

 かざこしの嶺のつづきに咲く花は
いつ盛ともなくや散るらむ

 ならひありて風さそふとも山櫻
たづぬる我を待ちつけてちれ

 すそ野やく烟ぞ春は吉野山
花をへだつるかすみなりける

 今よりは花見む人に傳へおかむ
世をのがれつつ山に住まむと 一五〇

  題しらず
 わび人の涙に似たる櫻かな
風身にしめばまづこぼれつつ

 吉野山やがて出でじと思ふ身を
花ちりなばと人や待つらむ

 人もこず心もちらで山里は
花をみるにもたよりありけり

 おなじくは月の折さけ山櫻
花みるをりのたえまあらせじ

  花のうた十五首よみけるに
 よしの山人に心をつけがほ
に花よりさきにかかる白雲

 山寒み花咲くべくもなかりけり
あまりかねても尋ね來にけり

 かたばかりつぼむと花を思ふより
そらまた心ものになるらむ

 おぼつかな谷は櫻のいかならむ
嶺にはいまだかけぬ白雲

 花ときくは誰もさこそは嬉しけれ
思ひしづめぬわが心かな

 初花のひらけはじむる梢より
そばえて風のわたるなるかな 一六〇

 おぼつかな春は心の花にのみ
いづれの年かうかれそめけむ

 いざ今年ちれと櫻をかたらはむ
中々さらば風や惜しむと

 風ふくと枝をはなれておつまじく
花とぢつけよ青柳の糸

 吹く風のなべて梢にあたるかな
かばかり人の惜しむ櫻を

 なにとかくあだなる花の色をしも
心にふかく染めはじめけむ

 同じ身の珍らしからず惜しめばや
花もかはらず咲きは散るらむ

 嶺にちる花は谷なる木にぞ咲く
いたくいとはじ春の山風

 山おろしに亂れて花の散りけるを
岩はなれたる瀧とみたれば

 花もちり人も都へ歸りなば
山さびしくやならむとすらむ

  題しらず
 君こずば霞に今日も暮れなまし
花待ちかぬる物がたりせで 一七〇

 吉野山さくらが枝に雪ちりて
花おそげなる年にもあるかな

 吉野山こぞのしをりの道かへて
まだ見ぬかたの花を尋ねむ

 さきやらぬものゆゑかねて物ぞ思ふ
花に心の絶えぬならひに

 花を待つ心こそなほ昔なれ
春にはうとくなりにしものを

 さきそむる花を一枝まづ折りて
昔の人のためと思はむ

 あはれわれおほくの春の花を見て
そめおく心誰にゆづらむ

 春をへて花のさかりにあひきつつ
思ひ出おほき我が身なりけり

 ちらぬまはさかりに人もかよひつつ
花に春あるみよしのの山

 よしの山花をのどかに見ましやは
うきがうれしき我が身なりけり

 山路わけ花をたづねて日は暮れぬ
宿かし鳥の聲もかすみて 一八〇

 ちらばまたなげきやそはむ山櫻
さかりになるはうれしけれども

 谷風の花の波をし吹きこせば
ゐせぎにたてる嶺のむら松

 今の我も昔の人も花みてん
心の色はかはらじものを

 花いかに我をあはれと思ふらむ
見て過ぎにける春をかぞへて

 山櫻かざしの花に折そへて
かぎりの春のいへづとにせむ

  百首の歌の中に花十首
 吉野山花の散りにし木のもとに
とめし心は我を待つらむ

 よしの山高嶺の櫻さきそめば
かからんものか花の薄雲

 人はみな吉野の山へ入りぬめり
都の花にわれはとまらむ

 尋ね入る人には見せじ山櫻
われとを花にあはむと思へば

 山櫻さきぬと聞きて見にゆかむ
人をあらそふ心とどめて 一九〇

 山ざくらほどなくみゆる匂ひかな
盛を人にまたれまたれて

 花の雪の庭につもると跡つけじ
かどなき宿といひちらさせて

 ながめつるあしたの雨の庭の面に
花の雪しく春の夕暮

 吉野山ふもとの瀧にながす花や
嶺につもりし雪の下水

 ねにかへる花をおくりて吉野山
夏のさかひに入りて出でぬる

  遠山殘花
 吉野山一むらみゆる白雲は
咲きおくれたる櫻なるべし

  落花の歌あまたよみけるに
 勅とかやくだす御門のいませかし
さらば恐れて花やちらぬと

 波もなく風ををさめし白川の
君のをりもや花は散りけむ

 いかでわれ此世の外の思ひ出に
風をいとはで花をながめむ

 年を經て待つと惜しむと山櫻
心を春はつくすなりけり 二〇〇

 吉野山谷へたなびく白雲は
嶺の櫻の散るにやあるらむ

 山おろしの木のもとうづむ花の雪は
岩井にうくも氷とぞみる

 春風の花のふぶきにうづもれて
行きもやられぬ志賀の山道

 たちまがふ嶺の雲をば拂ふとも
花をちらさぬ嵐なりせば

 よしの山花ふき具して峰こゆる
嵐は雲とよそに見ゆらむ

 惜しまれぬ身だにも世にはあるものを
あなあやにくの花の心や

 うき世にはとどめおかじと春風の
ちらすは花を惜しむなりけり

 もろともに我をも具してちりね花
うき世をいとふ心ある身ぞ

 思へただ花のなからむ木のもとに
何をかげにて我身住みなむ

 ながむとて花にもいたく馴れぬれば
散る別こそ悲しかりけれ 二一〇

 惜しめばと思ひげもなくあだにちる
花は心ぞかしこかりける

 梢ふく風の心はいかがせん
したがふ花のうらめしきかな

 いかでかは散らであれとも思ふべき
暫しと慕ふなさけ知れ花

 木のもとの花に今宵は埋もれて
あかぬ梢を思ひあかさむ

 このもとの旅寢をすれば吉野山
花のふすまを着する春風

 雪と見てかげに櫻の亂るれば
花のかさ着る春の夜の月

 ちる花を惜しむ心やとどまりて
又こむ春の誰になるべき

 春ふかみ枝もうごかでちる花は
風のとがにはあらぬなるべし

 あながちに庭をさへ吹く嵐かな
さこそ心に花をまかせめ

 あだにちるさこそ梢の花ならめ
すこしはのこせ春の山風 二二〇

 心えつただ一すぢに今よりは
花を惜しまで風をいとはむ

 よしの山櫻にまがふ白雲の
散りなん後は晴れずもあらなむ

 花と見ばさすがなさけをかけましを
雲とて風の拂ふなるべし

 風さそふ花の行方は知らねども
惜しむ心は身にとまりけり

 花ざかり梢をさそふ風ならで
のどかに散らむ春はあらばや

 風にちる花の行方は知らねども
惜しむ心は身にとまりけり

 世の中をおもへばなべて散る花の
我身をさてもいづちかもせむ

 風もよし花をもちらせいかがせむ
思ひはつればあらまうき世ぞ

 鶯の聲に櫻ぞちりまがふ
花のこと葉を聞くここちして

 花もちり涙ももろき春なれや
又やはとおもふ夕暮の空 二三〇

 花さへに世をうき草になしにけり
ちるを惜しめばさそふ山水

  雨中落花
 梢うつ雨にしをれてちる花の
惜しき心を何にたとへむ

  風の前の落花といふことを
 山ざくら枝きる風の名殘なく
花をさながらわが物にする

  山路落花
 ちりそむる花の初雪ふりぬれば
ふみ分けまうき志賀の山越

  夢中落花といふことを、前齋院にて人々よみけるに
 春風の花をちらすと見る夢は
覺めても胸のさわぐなりけり

  散りて後花を思ふといふことを
 青葉さへみれば心のとまるかな
散りにし花の名殘と思へば

  櫻にならびてたてりける柳に、花の散りかかるを見て
 吹みだる風になびくと見しほどは
花ぞ結べる青柳の糸

  花の散りたりけるに並びて咲きはじめける櫻を見て
 ちるとみれば又咲く花の匂ひにも
おくれさきだつためしありけり

  苗代
 苗代の水を霞はたなびきて
うちひのうへにかくるなりけり

  題しらず
 たしろみゆる池のつつみのかさそへて
たたふる水や春のよの爲 二四〇

 庭にながす清水の末をせきとめて
門田やしなふ頃にもあるかな

  蛙
 ま菅おふる山田に水をまかすれば
嬉しがほにも鳴く蛙かな

 みさびゐて月も宿らぬ濁江に
われすまむとて蛙鳴くなり

  題しらず
 かり殘すみづの眞菰にかくろひて
かけもちがほに鳴く蛙かな

  菫
 あとたえて淺茅しげれる庭の面に
誰分け入りて菫つみけむ

 誰ならむあら田のくろに菫つむ
人は心のわりなかりけり

 古郷の昔の庭を思ひ出でて
すみれつみにと來る人もがな

  題しらず
 菫さくよこ野のつばな生ひぬれば
思ひ思ひに人かよふなり

 つばなぬく北野の茅原あせ行けば
心ずみれぞ生ひかはりける

  山路のつつじ
 はひつたひ折らでつつじを手にぞとる
さかしき山のとり所には 二五〇

  躑躅山の光たりといふことを
 躑躅咲く山の岩かげ夕ばえて
をぐらはよその名のみなりけり

  かきつばた
 沼水にしげる眞菰のわかれぬを
咲き隔てたるかきつばたかな

 つくりすて荒らしはてたる澤小田に
さかりにさける杜若かな

  山吹
 きし近みうゑけん人ぞ恨めしき
波にをらるる山吹の花

 山吹の花咲く里に成ぬれば
ここにもゐでとおもほゆるかな

  伊勢にまかりたりけるに、みつと申す所にて、
  海邊の春の暮といふことを、神主どもよみけるに
 過ぐる春潮のみつより船出して
波の花をやさきにたつらむ

  春のうちに郭公をきくといふことを
 嬉しとも思ひぞわかぬ郭公
春きくことの習ひなければ

  暮春
 春くれて人ちりぬめり芳野山
花のわかれを思ふのみかは

  三月、一日たらで暮れけるによみける
 春ゆゑにせめても物を思へとや
みそかにだにもたらで暮れぬる

  三月晦日に
 今日のみと思へばながき春の日も
程なく暮るる心地こそすれ 二六〇

 行く春をとどめかねぬる夕暮は
あけぼのよりもあはれなりけり

 夏歌
  題しらず
 限あれば衣ばかりをぬぎかへて
心は花をしたふなりけり

  夏の歌よみけるに
 草しげる道かりあけて山ざとに
花みし人の心をぞみる

  夜卯花
 まがふべき月なきころの卯花は
よるさへさらす布かとぞ見る

  水邊卯花
 立田川きしのまがきを見渡せば
ゐせぎの波にまがふ卯花

 山川の波にまがへるうの花を
立かへりてや人は折るらむ

  社頭卯花
 神垣のあたりに咲くもたよりあれや
ゆふかけたりとみゆる卯花

  時鳥
 わが宿に花たちばなをうゑてこそ
山時鳥待つべかりけれ

 尋ぬれば聞きがたきかと時鳥
こよひばかりはまちこころみむ

 時鳥まつ心のみつくさせて
聲をば惜しむ五月なりけり 二七〇

  雨のうちに郭公を待つといふことをよみける
 ほととぎすしのぶ卯月も過ぎにしを
猶聲惜しむ五月雨の空

  郭公を待ちて明けぬといふことを
 時鳥なかで明けぬと告げがほに
またれぬ鳥のねぞ聞ゆなる

 郭公きかで明けぬる夏の夜の
浦島の子はまことなりけり

  人にかはりて
 まつ人の心を知らば郭公
たのもしくてや夜をあかさまし

  無言なりけるころ、郭公の初聲を聞きて
 時鳥人にかたらぬ折にしも
初音聞くこそかひなかりけれ

 不尋聞子規といふことを、賀茂社にて人々よみけるに
 郭公卯月のいみにゐこもるを
思ひ知りても來鳴くなるかな

  雨中時鳥
 五月雨の晴間もみえぬ雲路より
山時鳥なきて過ぐなり

  夕暮時鳥といふことを
 里なるるたそがれどきの郭公
きかずがほにて又なのらせむ

  山寺の時鳥といふことを人々よみけるに
 郭公ききにとてしもこもらねど
初瀬の山はたよりありけり

  時鳥を
 時鳥きく折にこそ夏山の
青葉は花におとらざりけれ 二八〇

 蜀魂おもひもわかぬ一聲を
聞きつといかが人にかたらむ

 ほととぎすいかばかりなる契にて
心つくさで人の聞くらむ

 かたらひしその夜の聲は時鳥
いかなる世にも忘れんものか

 ほととぎす花橘はにほうとも
身をうの花の垣根忘るな

  時鳥の歌五首よみけるに
 時鳥きかぬものゆゑまよはまし
花を尋ねぬ山路なりせば

 まつことは初音までかと思ひしに
聞きふるされぬ郭公かな

 聞きおくる心を具して時鳥
たかまの山の嶺こえぬなり

 大井河をぐらの山の子規
ゐせぎに聲のとまらましかば

 時鳥そののちこえむ山路にも
かたらふ聲はかはらざらなむ

  百首の歌の中に郭公十首
 なかん聲や散りぬる花の名殘なる
やがて待たるる時鳥かな 二九〇

 春くれてこゑに花咲く時鳥
尋ぬることも待つもかはらぬ

 きかで待つ人思ひしれ時鳥
ききても人は猶ぞまつめる

 所から聞きがたきかと郭公
さとをかへても待たむとぞ思ふ

 初聲を聞きての後は時鳥
待つも心のたのもしきかな

 さみだれの晴間尋ねて郭公
雲井につたふ聲聞ゆなり

 郭公なべて聞くには似ざりけり
深き山べのあかつきの聲

 時鳥ふかき山邊にすむかひは
梢につづく聲を聞くなり

 よるの床をなきうかされむ時鳥
物思ふ袖をとひにきたらば

 郭公月のかたぶく山の端に
出でつるこゑのかへりいるかな

  題しらず
 山里の人もこずゑの松がうれに
あはれにきゐる時鳥かな 三〇〇

 ならべける心はわれか郭公
君まちえたる宵のまくらに

  郭公
 聞かずともここをせにせむほととぎす
山田の原の杉の村立

 世のうきをおもひし知れば
やすきねをあまりこめたる郭公かな

 うき身知りて我とは待たじ時鳥
橘にほふとなりたのみて

 ほととぎす花橘になりにけり
梅にかをりし鶯のこゑ

 鶯の古巣より立つほととぎす
藍よりもこき聲のいろかな

 うき世おもふわれかはあやな時鳥
あはれもこもる忍びねの聲

 郭公いかなるゆゑの契りにて
かかる聲ある鳥となるらむ

 時鳥ふかき嶺より出でにけり
外山のすそに聲のおちくる

  美濃の國にて
 郭公都へゆかばことづてむ
越えくらしたる山のあはれを 三一〇

 五月の晦日に、山里にまかりて立ちかへりにけるを、時鳥もすげなく聞き捨てて歸りしことなど、人の申し遣しける返ごとに
 時鳥なごりあらせて歸りしか
聞き捨つるにも成にけるかな

  五日、さうぶを人の遣したりける返亊に
 世のうきにひかるる人はあやめ草
心のねなき心地こそすれ

  さることありて人の申し遣しける返ごとに、五日
 折におひて人に我身やひかれまし
つくまの沼の菖蒲なりせば

 高野に中院と申す所に、菖蒲ふきたる坊の侍りけるに、櫻のちりけるが珍しくおぼえてよみける
 櫻ちるやどにかさなるあやめをば
花あやめとやいふべかるらむ

 ちる花を今日の菖蒲のねにかけて
くすだまともやいふべかるらむ

 五月五日、山寺へ人の今日いるものなればとて、
 さうぶを遣したりける返亊に
 西にのみ心ぞかかるあやめ草
この世はかりの宿と思へば

 みな人の心のうきはあやめ草
西に思ひのひかぬなりけり

 五月雨の軒の雫に玉かけて
宿をかざれるあやめぐさかな

 五月會に熊野へまゐりて下向しけるに、日高に、
 宿にかつみを菖蒲にふきたりけるを見て
 かつみふく熊野まうでのとまりをば
こもくろめとやいふべかるらむ

  題しらず
 空晴れて沼のみかさをおとさずば
あやめもふかぬ五月なるべし 三二〇

  五月雨
 水たたふ入江の眞菰かりかねて
むな手にすつる五月雨の頃

 五月雨に水まさるらし宇治橋や
くもでにかかる波のしら糸

 こ笹しく古里小野の道のあとを
又さはになす五月雨のころ

 つくづくと軒の雫をながめつつ
日をのみ暮らす五月雨のころ

 東屋のをがやが軒のいと水に
玉ぬきかくるさみだれの頃

 五月雨に小田のさ苗やいかならむ
あぜのうき土あらひこされて

 さみだれの頃にしなれば荒小田に
人にまかせぬ水たたひけり

  ある所にて五月雨の歌十五首よみ侍りし、人にかはりて
 さみだれにほすひまなくてもしほぐさ
烟もたてぬ浦の海士人

 五月雨はいささ小川の橋もなし
いづくともなくみをに流れて

 水無瀬河をちのかよひぢ水みちて
船わたりする五月雨の頃 三三〇

 ひろせ河わたりの沖のみをつくし
みかさそふらし五月雨のころ

 はやせ川綱手のきしを沖に見て
のぼりわづらふさみだれの頃

 水わくる難波ほり江のなかりせば
いかにかせまし五月雨のころ

 舟とめしみなとのあし間さを
たえて心ゆくみむ五月雨のころ

 みな底にしかれにけりなさみだれて
水の眞菰をかりにきたれば

 五月雨のをやむ晴間のなからめや
水のかさほせまこもかり舟

 さみだれに佐野の舟橋うきぬれば
のりてぞ人はさしわたるらむ

 五月雨の晴れぬ日數のふるままに
沼の眞菰はみがくれにけり

 水なしと聞きてふりにしかつまたの
池あらたむる五月雨の頃

 五月雨は行くべき道のあてもなし
を笹が原もうきに流れて 三四〇

 さみだれは山田のあぜの瀧枕
かずをかさねておつるなりけり

 河わだのよどみにとまる流木の
うき橋わたす五月雨のころ

 おもはずもあなづりにくき小川かな
五月の雨に水まさりつつ

  深山水鷄
 杣人の暮にやどかる心地して
いほりをたたく水鷄なりけり

  題しらず
 夏の夜はしのの小竹のふし近み
そよや程なく明くるなりけり

  夏の月の歌よみけるに
 なつの夜も小笹が原に霜ぞおく
月の光のさえしわたれば

 山川の岩にせかれてちる波を
あられとぞみる夏の夜の月

  雨後夏月
 夕立のはるれば月ぞやどりける
玉ゆりすうる蓮のうき葉に

  海邊夏月
 露のぼる蘆の若葉に月さえて
秋をあらそふ難波江の浦

  池上夏月といふことを
 かげさえて月しも殊にすみぬれば
夏の池にもつららゐにけり 三五〇

  泉にむかひて月をみるといふことを
 むすびあぐる泉にすめる月かげは
手にもとられぬ鏡なりけり

 むすぶ手に涼しきかげをそふるかな
清水にやどる夏の夜の月

  撫子
 かき分けて折れば露こそこぼれけれ
淺茅にまじる撫子の花

  雨中撫子といふことを
 露おもみそのの撫子いかならむ
荒らく見えつる夕立のそら

 撫子のませに、瓜のつるのはひかかりたりけるに、小さき瓜どものなりたりけるを見て、人の歌よめと申せば
 撫子のませにぞはへるあこだ瓜
おなじつらなる名を慕ひつつ

  照射
 ともしするほぐしの松もかへなくに
しかめあはせで明す夏の夜

  夏野の草をよみける
 みまくさに原の小薄しがふとて
ふしどあせぬとしか思ふらむ

  旅行草深といふことを
 たび人の分くる夏野の草しげみ
葉末にすげの小笠はづれて

  行旅夏といふことを
 雲雀あがるおほ野の茅原夏くれば
凉む木かげをねがひてぞ行く

  題しらず
 くれなゐの色なりながら蓼の穗の
からしや人のめにもたてぬは 三六〇

 蓬生のさることなれや庭の面に
からすあふぎのなぞしげるらむ

 山がつの折かけ垣のひまこえて
となりにも咲く夕がほの花

 あさでほす賤がはつ木をたよりにて
まとはれて咲く夕がほの花

 夏の夜の月みることやなかるらむ
かやり火たつる賤の伏屋は

  蓮池にみてりといふことを
 おのづから月やどるべきひまもなく
池に蓮の花咲きにけり

  となりの泉
 風をのみ花なきやどは待ち待ちて
泉のすゑを又むすぶかな

  題しらず
 君がすむきしの岩より出づる水の
絶えぬ末をぞ人も汲みける

  水邊納凉といふことを、北白河にてよみける
 水の音にあつさ忘るるまとゐかな
梢のせみの聲もまぎれて

  木陰納凉といふことを人々よみけるに
 けふもまた松の風ふく岡へゆかむ
昨日すずみし友にあふやと

  題不知
 夏山の夕下風のすずしさに
ならの木かげのたたまうきかな 三七〇

 道の邊の清水ながるる柳蔭
しばしとてこそ立ちとまりつれ

 よられつる野もせの草のかげろひて
凉しくくもる夕立の空

 なみたてる川原柳の青みどり
凉しくわたる岸の夕風

 柳はら河風ふかぬかげならば
あつくやせみの聲にならまし

 ひさぎ生ひて凉めとなれるかげなれや
波打つ岸に風わたりつつ

  凉風如秋
 まだきより身にしむ風のけしきかな
秋さきだつるみ山ベの里

 松風如秋といふことを、北白河なる所にて人々よみて、また水聲秋ありといふことをかさねけるに
 松風の音のみなにか石ばしる
水にも秋はありけるものを

  山家待秋といふことを
 山里はそとものまくず葉をしげみ
うら吹きかへす秋を待つかな

  題しらず
 荒にける澤田のあぜにくらら生ひて
秋待つべくもなきわたりかな

 つたひくるかけひを絶ずまかすれば
山田は水も思はざりけり 三八〇

 六月祓
 みそぎしてぬさとりながす河の瀬に
やがて秋めく風ぞ凉しき

 秋歌
  山里のはじめの秋といふことを
 さまざまのあはれをこめて梢ふく
風に秋しるみ山べのさと

  山居のはじめの秋といふことを
 秋たつと人は告げねど知られけり
山のすそ野の風のけしきに

  初秋の頃、なるをと申す所にて、松風の音を聞きて
 つねよりも秋になるをの松風はわきて
身にしむ心地こそすれ

  題しらず
 すがるふすこぐれが下の葛まきを
吹きうらがへす秋の初風

 おしなべてものを思はぬ人にさへ
心をつくる秋のはつ風

  ときはの里にて初秋月といふことを人々よみけるに
 秋立つと思ふに空もただならで
われて光を分けむ三日月

  七夕
 いそぎ起きて庭の小草の露ふまむ
やさしき數に人や思ふと

 暮れぬめり今日まちつけて棚機は
嬉しきにもや露こぼるらむ

 天の河けふの七日は長き世の
ためしにもひくいみもしつべし 三九〇

 ふねよする天の川べの夕ぐれは
凉しき風や吹きわたるらむ

 待ちつけて嬉しかるらむたなばたの
心のうちぞ空に知らるる

 棚機のながき思ひもくるしきに
この瀬をかぎれ天の川なみ

  蜘蛛のいかきたるを見て
 ささがにのくもでにかけて引く糸や
けふ棚機にかささぎの橋

  秋の歌に露をよむとて
 おほかたの露には何のなるならむ
袂におくは涙なりけり

  題しらず
 いそのかみ古きすみかへ分け入れば
庭のあさぢに露ぞこぼるる

 小笹原葉ずゑの露の玉に似て
はしなき山を行く心地する

  萩
 思ふにも過ぎてあはれにきこゆるは
萩の葉みだる秋の夕風

  萩の風露をはらふ
 をじか伏す萩咲く野邊の夕露を
しばしもためぬ萩の上風

  隣の夕べの萩の風
 あたりまであはれ知れともいひがほに
萩の音する秋の夕風 四〇〇

  題しらず
 おしなべて木草の末の原までも
なびきて秋のあはれ見えける

  野萩似錦といふことを
 今日ぞ知るその江にあらふ唐錦
萩さく野邊にありけるものを

  萩野にみてり
 咲きそはん所の野邊にあらばやは
萩より外の花も見るべく

  萩野の家にみてりといふことを
 分けて出づる庭しもやがて野邊なれば
萩のさかりをわが物にみる

  題しらず
 いはれ野の萩が絶間のひまひまに
この手がしはの花咲きにけり

 衣手にうつりし花の色なれや
袖ほころぶる萩が花ずり

  終日野の花を見るといふことを
 亂れ咲く野邊の萩原分け暮れて
露にも袖を染めてけるかな

  秋風
 あはれいかに草葉の露のこぼるらむ
秋風立ちぬ宮城野の原

  野徑秋風
 末は吹く風は野もせにわたるとも
あらくは分けじ萩の下露

  女郎花
 をみなへし分けつる袖と思はばや
おなじ露にもぬると知れれば 四一〇

 女郎花色めく野邊にふれはらふ
袂に露やこぼれかかると

  水邊女郎花といふことを
 池の面にかげをさやかにうつしもて
水かがみ見る女郎花かな

 たぐひなき花のすがたを女郎花
池のかがみにうつしてぞ見る

  女郎花水に近しといふことを
 をみなへし池のさ波に枝ひぢて
物思ふ袖のぬるるがほなる

  女郎花帶露といふことを
 花の枝に露のしら玉ぬきかけて
祈る袖ぬらす女郎花かな

 折らぬより袖ぞぬれける女郎花
露むすぼれて立てるけしきに

  草花露重
 けさみれば露のすがるに折れふして
起きもあがらぬ女郎花かな

 大方の野邊の露にはしをるれど
我が涙なきをみなへしかな

  草花時を得たりといふことを
 糸すすきぬはれて鹿の伏す野べに
ほころびやすき藤袴かな

  霧中草花
 穗に出づるみ山が裾のむら薄
まがきにこめてかこふ秋霧
 四二〇
  行路草花
 折らで行く袖にも露ぞこぼれける
萩の葉しげき野邊の細道

  草花道をさへぎるといふことを
 ゆふ露をはらへば袖に玉消えて
道分けかぬる小野の萩原

 忍西入道、西山の麓に住みけるに、秋の花いかにおもしろからんとゆかしうと申し遣しける返亊に、いろいろの花を折りあつめて
 鹿の音や心ならねばとまるらん
さらでは野邊をみな見するかな

  かへし
 鹿の立つ野邊の錦のきりはしは
殘り多かる心地こそすれ

  草花をよみける
 しげり行く芝の下草おはれ出て
招くや誰をしたふなるらむ

  題しらず
 月のためみさびすゑじと思ひしに
みどりにもしく池の浮草

 うつり行く色をばしらず言の葉の
名さへあだなる露草の花

  薄路にあたりて繁しといふことを
 花すすき心あてにぞ分けて行
ほの見し道のあとしなければ

  古籬苅萱
 籬あれて薄ならねどかるかやも
繁き野邊とはなりけるものを

  人々秋の歌十首よみけるに
 玉にぬく露はこぼれてむさし野の
草の葉むすぶ秋の初風 四三〇

 穗に出でてしののを薄まねく野に
たはれてたてる女郎花かな

 花をこそ野邊のものとは見に來つれ
暮るれば虫の音をも聞きけり

 萩の葉を吹き過ぎて行く風の音に
心みだるる秋の夕ぐれ

 晴れやらぬみ山の霧の絶え絶えにほの
かに鹿の聲きこゆなり

 かねてより梢の色を思ふかな
時雨はじむるみ山べの里

 鹿の音をかき根にこめて聞くのみか
月もすみけり秋の山里

 庵にもる月のかげこそさびしけれ
山田のひたの音ばかりして

 わづかなる庭の小草の白露を
もとめて宿る秋の夜の月

 何とかく心をさへはつくすらむ
我がなげきにて暮るる秋かは

  秋の歌よみける中に
 吹きわたる風も哀をひとしめて
いづくも凄き秋の夕ぐれ 四四〇

 おぼつかな秋はいかなる故のあれば
すずろに物の悲しかるらむ

 何ごとをいかに思ふとなけれども
袂かわかぬ秋の夕ぐれ

 なにとなくものがなしくぞ見え渡る
鳥羽田の面の秋の夕暮

 堪へぬ身にあはれおもふもくる
しきに秋の來ざらむ山里もがな

 雲かかる遠山ばたの秋されば
思ひやるだにかなしきものを

  山里に人々まかりて秋の歌よみけるに
 山里の外面の岡の高き木に
そぞろがましき秋の蝉かな

  田家秋夕
 ながむれば袖にも露ぞこぼれける
外面の小田の秋の夕暮

 吹き過ぐる風さへことに身にぞしむ
山田の庵の秋の夕ぐれ

  題しらず
 風の音に物思ふ我が色そめて
身にしみわたる秋の夕暮

  野の家の秋の夜
 ねざめつつ長き夜かなといはれ野に
幾秋までも我が身へぬらむ 四五〇

  虫の歌よみ侍りけるに
 夕されや玉うごく露の小ざさ生に
聲まづならす蛬かな

 あき風に穗ずゑ波よる苅萱の
下葉に虫の聲亂るなり

 蛬なくなる野邊はよそなるを
思はぬ袖に露ぞこぼるる

 あき風のふけ行く野邊の虫の音の
はしたなきまでぬるる袖かな

 虫の音をよそに思ひてあかさねば
袂も露は野邊にかはらじ

 野邊になく虫もや物は悲しきと
こたへましかば問ひて聞かまし

 あきの夜に聲も惜しまず鳴く虫を
露まどろまず聞きあかすかな

 秋の夜を獨や鳴きてあかさまし
ともなふ虫の聲なかりせば

 あきの野の尾花が袖にまねかせて
いかなる人をまつ虫の聲

 よもすがら袂に虫の音をかけて
はらひわづらふ袖の白露 四六〇

 ひとりねの寢ざめの床のさむしろに
涙催すきりぎりすかな

 きりぎりす夜寒になるを告げがほに
枕のもとに來つつ鳴くなり

 きりぎりす夜寒に秋のなるままに
よわるか聲の遠ざかり行く

 虫の音を弱り行くかと聞くからに
心に秋の日數をぞふる

 秋深みよわるは虫の聲のみか
聞く我とてもたのみやはある

 虫のねにさのみぬるべき袂かは
あやしや心物思ふらし

 物思ふねざめとぶらふきりぎりす
人よりもけに露けかるらむ

  獨聞蟲
 ひとりねの友にはならで蛬なく
音をきけば物思ひそふ

  深夜聞蛬
 我が世とやふけ行く月を思ふらむ
聲もやすめぬ蛬かな

  故郷虫
 草ふかみ分け入りて訪ふ人もあれや
ふり行く宿の鈴むしの聲 四七〇

  雨中虫
 かべに生ふる小草にわぶる蛬
しぐるる庭の露いとふらし

  田家に虫を聞く
 こ萩咲く山田のくろの虫の音に
庵もる人や袖ぬらすらむ

  夕の道の虫といふことを
 うち具する人なき道の夕されば
聲立ておくるくつわ虫かな

  もの心ぼそう哀なる折しも、
  庵の枕ちかう虫の音きこえければ
 その折の蓬がもとの枕にも
かくこそ虫の音にはむつれめ

 年ごろ申されたる人の、伏見に住むと聞きて尋ねまかりたりけるに、庭の道も見えず繁りて虫なきければ
 分けて入る袖にあはれをかけよとて
露けき庭に虫さへぞ鳴く

  秋の末に松虫の鳴くを聞きて
 さらぬだに聲よわりにし松虫の
秋のすゑには聞きもわかれず

 限あればかれ行く野邊はいかがせむ
虫の音のこせ秋の山ざと

  十月初つかた山里にまかりたりけるに、
  蛬の聲のわづかにしければよみける
 霜うずむ葎が下のきりぎりす
あるかなきかに聲きこゆなり

  朝に初雁を聞く
 よこ雲の風にわかるる東明に
山とびこゆる初雁のこゑ

  船中初雁
 沖かけて八重の潮路を行く船は
ほのかにぞ聞く初雁のこゑ 四八〇
  夜に入りて雁をきく
 からす羽にかく玉づさのここちして
雁なき渡る夕やみの空

  雁聲遠を
 白雲を翅にかけて行く雁の
門田のおもの友したふなり

  霧中雁
 玉づさのつづきは見えで雁がねの
聲こそ霧にけたれざりけれ

  霧上雁
 空色のこなたをうらに立つ霧の
おもてに雁のかくる玉章

  題しらず
 つらなりて風に亂れて鳴く雁の
しどろに聲のきこゆなるかな

  秋ものへまかりける道にて
 心なき身にもあはれは知られけり
z鴫たつ澤の秋の夕ぐれ

  曉の鹿
 夜を殘す寢ざめに聞くぞあはれなる
夢野の鹿もかくや鳴きけむ

  夕暮に鹿をきく
 篠原や霧にまがひて鳴く鹿の
聲かすかなる秋の夕ぐれ

  田の庵の鹿
 小山田の庵近く鳴く鹿の音に
おどろかされておどろかすかな

  幽居に鹿をきく
 隣ゐぬ畑の假屋に明かす夜は
しか哀なるものにぞありける 四九〇

  人を尋ねて小野にまかりけるに、鹿の鳴きければ
 鹿の音を聞くにつけても住む人の
心しらるる小野の山里

  小倉の麓に住み侍りけるに、鹿の鳴きけるを聞きて
 をじか鳴く小倉の山の裾ちかみ
ただひとりすむ我が心かな

  鹿
 しだり咲く萩のふる枝に風かけて
すがひすがひにを鹿なくなり

 萩が枝の露ためず吹く秋風に
をじか鳴くなり宮城野の原

 よもすがら妻こひかねて鳴く鹿の
涙や野邊のつゆとなるらむ

 さらぬだに秋は物のみかなしきを
涙もよほすさをしかの聲

 山おろしに鹿の音たぐふ夕暮を
物がなしとはいふにやあるらむ

 しかもわぶ空のけしきもしぐるめり
悲しかれともなれる秋かな

 何となく住ままほしくぞおもほゆる
鹿のね絶えぬ秋の山里

  霧
 うずらなく折にしなれば霧こめて
あはれさびしき深草の里 五〇〇

  霧行客をへだつ
 名殘多みむつごとつきで歸り行く
人をば霧も立ちへだてけり

  山家霧
 立ちこむる霧の下にも埋もれて
心はれせぬみ山べの里

 夜をこめて竹のあみ戸に立つ霧の
晴ればやがてや明けむとすらむ

  題しらず
 晴れがたき山路の雲に埋もれて
苔の袂は霧くちにけり

  寂然高野にまうでて、立ち歸りて大原より遣しける
 へだて來しその年月もあるものを
名殘多かる嶺の朝霧

  かへし
 したはれし名殘をこそはながめつれ
立ち歸りにし嶺の朝ぎり

  下野武藏のさかひ川に、舟わたりをしけるに、
  霧深かりければ
 霧ふかき古河のわたりのわたし守
岸の船つき思ひさだめよ

 松の絶間よりわづかに月のかげろひて見えけるを見て
 かげうすみ松の絶間をもり來つつ
心ぼそくや三日月の空

  入日影かくれけるままに、月の窓にさし入りければ
 さしきつる窓の入日をあらためて
光をかふる夕月夜かな

  久しく月を待つといふことを
 出でながら雲にかくるる月かげを
かさねて待つや二むらの山 五一〇

  雲間に月を待つといふことを
 秋の月いさよふ山の端のみかは
雲の絶間に待たれやはせぬ

  閑に月を待つといふことを
 月ならでさし入るかげもなきままに
暮るる嬉しき秋の山里

  八月十五日夜
 山の端を出づる宵よりしるきかな
こよひ知らする秋の夜の月

 かぞへねど今宵の月のけしきにて
秋の半を空に知るかな

 天の川名にながれたるかひありて
今宵の月はことにすみけり

 さやかなる影にてしるし秋の月
十夜(とよ)にあまれる五日なりけり

 うちつけに又こむ秋のこよひまで
月ゆゑ惜しくなる命かな

 秋はただこよひ一夜の名なりけり
おなじ雲井に月はすめども

 思ひせぬ十五の年もあるものを
こよひの月のかからましかば

  くもれる十五夜を
 月みればかげなく雲につゝまれて
今夜ならずば闇にみえまし 五二〇

  終夜月をみる
 誰きなむ月の光に誘はれてと思ふに
夜半の明けにけるかな

  霧月を隔つといふことを
 立田山月すむ嶺のかひぞなき
ふもとに霧の晴れぬかぎりは

  名所の月といふことを
 清見潟おきの岩こすしら波に
光をかはす秋の夜の月

 なべてなき所の名をや惜しむらむ
明石はわきて月のさやけき

  月瀧を照らすといふことを
 雲消ゆる那智の高峯に月たけて
光をぬける瀧のしら糸

  月池の氷に似たりといふことを
 水なくて氷りぞしたるかつまたの
池あらたむる秋の夜の月

  池上の月といふことを
 みさびゐぬ池のおもての清ければ
宿れる月もめやすかりけり

  同じこころを遍昭寺にて人々よみけるに
 やどしもつ月の光の大澤は
いかにいづこもひろ澤の池

 池にすむ月にかかれる浮雲は
拂ひのこせるみさびなりけり

  海邊月
 清見潟月すむ夜半のうき雲は
富士の高嶺の烟なりけり 五三〇

  海邊明月
 難波がた月の光にうらさえて
波のおもてに氷をぞしく

  遠く修行し侍りけるに、象潟と申所にて
 松島や雄島の磯も何ならず
ただきさがたの秋の夜の月

  月前草花
 月の色を花にかさねて女郎花
うは裳のしたに露をかけたる

 宵のまの露にしをれてをみなへし
有明の月の影にたはるる

  月前野花
 花の色を影にうつせば秋の夜の
月ぞ野守のかがみなりける

  月照野花といふことを
 月なくば暮るれば宿へ歸らまし
野べには花のさかりなりとも

  月前萩
 月すむと萩植ゑざらむ宿ならば
あはれすくなき秋にやあらまし

  月前女郎花
 庭さゆる月なりけりなをみなへし
霜にあひぬる花と見たれば

  月前薄
 をしむ夜の月にならひて有明の
いらぬをまねく花薄かな 五四〇

 花すすき月の光にまがはまし
深きますほの色にそめずば

  月前紅葉
 木の間もる有明の月のさやけきに
紅葉をそへて詠めつるかな

  月前鹿
 たぐひなき心地こそすれ秋の夜の
月すむ嶺のさを鹿の聲

  月前虫
 月のすむ淺茅にすだくきりぎりす
露のおくにや秋を知るらむ

 露ながらこぼさで折らむ月影に
こ萩がえだの松虫のこゑ

  田家月
 夕露の玉しく小田の稻むしろ
かへす穗末に月ぞ宿れる

  題しらず
 わづらはで月にはよるも通ひけり
隣へつたふあぜの細道

 松の木の間よりわづかに月のかげろひけるを見て、
 月をいただきて道を行くといふことを
 汲みてこそ心すむらめ賤の女が
いただく水にやどる月影

  旅宿の月を思ふといふことを
 月は猶よなよな毎にやどるべし
我がむすび置く草のいほりに

  旅宿の月といへるこころをよめる
 あはれしる人見たらばと思ふかな
旅寐の床にやどる月影

 月やどるおなじうきねの波にしも
袖しぼるべき契ありけり 五五〇

 都にて月をあはれと思ひしは
數より外のすさびなりけり

  月前に遠くのぞむといふことを
 くまもなき月の光にさそはれて
幾雲井まで行く心ぞも

  月前に友に逢ふといふことを
 嬉しきは君にあふべき契ありて
月に心の誘はれにけり

  遙かなる所にこもりて、都なりける人のもとへ、月のころ遣しける  月のみやうはの空なるかたみにて
思ひも出でば心通はむ

  人々住吉にまゐりて月を翫びけるに
 片そぎの行あはぬ間よりもる月や
さして御袖の霜におくらむ

 波にやどる月を汀にゆりよせて
鏡にかくるすみよしの岸

  春日にまゐりたりけるに、常よりも月あかくあはれなりければ
 ふりさけし人の心ぞ知られける
今宵三笠の山をながめて

  月寺のほとりに明らかなり
 晝とみる月にあくるを知らましや
時つく鐘の音なかりせば

  月前に古へをおもふ
 いにしへを何につけてか思ひ出でむ
月さへかはる世ならましかば

  伊勢にて、菩提山上人、對月述懷し侍りしに
 めぐりあはで雲のよそにはなりぬとも
月になり行くむつび忘るな 五六〇

  月に寄せておもひを述べけるに
 世の中のうきをも知らですむ月の
かげは我が身の心地こそすれ

 よの中はくもりはてぬる月なれや
さりともと見し影も待たれず

 いとふ世も月すむ秋になりぬれば
長らへずばと思ふなるかな

 さらぬだにうかれて物を思ふ身の
心をさそふ秋の夜の月

 捨てていにし憂世に月のすまであれな
さらば心のとまらざらまし

 あながちに山にのみすむ心かな
誰かは月の入るを惜しまぬ

  月前述懷
 月を見ていづれの年の秋までか
この世に我か契あるらむ

  題しらず
 こむ世にもかかる月をし見るべくは
命を惜しむ人なからまし

 この世にて詠めなれぬる月なれば
迷はむ闇も照らさざらめや

  月
 秋の夜の空に出づてふ名のみして
影ほのかなる夕月夜かな
 〇五七〇
 天のはら月たけのぼる雲路をば
分けても風の吹きはらはなむ

 嬉しとや待つ人ごとに思ふらむ
山の端出づる秋の夜の月

 なかなかに心つくすもくるしきに
くもらば入りね秋の夜の月

 いかばかり嬉しからまし秋の夜の
月すむ空に雲なかりせば

 はりま潟灘のみ沖に漕ぎ出でて
あたり思はぬ月をながめむ

 月すみてなぎたる海のおもてかな
雲の波さへ立ちもかからで

 いさよはで出づるは月の嬉しくて
入る山の端はつらきなりけり

 水の面にやどる月さへ入りぬるは
浪の底にも山やあるらむ

 したはるる心や行くと山の端に
しばしな入りそ秋の夜の月

 あくるまで宵より空に雲なくて
又こそかかる月みざりけれ 五八〇

 淺茅はら葉ずゑの露の玉ごとに
光つらぬる秋のよの月

 秋の夜の月を雪かとながむれば
露も霰のここちこそすれ

  月の歌あまたよみけるに
 入りぬとや東に人はをしむらむ
都に出づる山の端の月

 待ち出でてくまなき宵の月みれば
雲ぞ心にまづかかりける

 秋風や天つ雲井をはらふらむ
更け行くままに月のさやけき

 いづくとてあはれならずはなけれども
荒れたる宿ぞ月は寂しき

 蓬分けて荒れたる宿の月見れば
むかし住みけむ人ぞこひしき

 身にしみてあはれ知らする風よりも
月にぞ秋の色は見えける

 虫の音もかれ行く野邊の草の原に
あはれをそへてすめる月影

 人も見ぬよしなき山の末までに
すむらむ月のかげをこそ思へ 五九〇

 木の間もる有明の月をながむれば
さびしさ添ふる嶺の松風

 いかにせむ影をば袖にやどせども
心のすめば月のくもるを

 悔しくもしづの伏屋とおとしめて
月のもるをも知らで過ぎける

 荒れわたる草のいほりにもる月を
袖にうつしてながめつるかな

 月を見て心うかれしいにしへの
秋にも更にめぐりあひぬる

 何亊もかはりのみ行く世の中に
おなじかげにてすめる月かな

 よもすがら月こそ袖に宿りけれ
むかしの秋を思ひ出づれば

 ながむれば外のかげこそゆかしけれ
變らじものを秋の夜の月

 ゆくへなく月に心のすみすみて
果はいかにかならむとすらむ

 月影のかたぶく山を眺めつつ
惜しむしるしや有明の空 六〇〇

 ながむるもまことしからぬ心地して
よにあまりたる月の影かな

 行末の月をば知らず過ぎ來つる
秋まだかかる影はなかりき

 まこととも誰か思はむひとり見て
後に今宵の月をかたらば

 月のため晝と思ふがかひなきに
しばしくもりて夜を知らせよ

 天の原朝日山より出づればや
月の光の晝にまがへる

 有明の月のころにしなりぬれば
秋は夜ながき心地こそすれ

 なかなかにときどき雲のかかるこそ
月をもてなす限なりけれ

 雲はるる嵐の音は松にあれや
月もみどりの色にはえつつ

 さだめなくとりや鳴くらむ秋の夜は
月の光を思ひまがへて

 誰もみなことわりとこそ定むらめ
晝をあらそふ秋の夜の月 六一〇

 かげさえてまことに月のあかきには
心も空にうかれてぞすむ

 くまもなき月のおもてに飛ぶ雁の
かげを雲かと思ひけるかな

 ながむればいなや心の苦しきに
いたくなすみそ秋の夜の月

 雲もみゆ風もふくればあらくなる
のどかなりつる月の光を

 もろともに影を並ぶる人もあれや
月のもりくるささのいほりに

 なかなかにくもると見えてはるる
夜の月は光のそふ心地する

 浮雲の月のおもてにかかれども
はやく過ぐるは嬉しかりけり

 過ぎやらで月ちかく行く浮雲の
ただよふ見ればわびしかりけり

 いとへどもさすがに雲のうちちりて
月のあたりを離れざりけり

 雲はらふ嵐に月のみがかれて
光えてすむ秋の空かな 六二〇

 くまもなき月のひかりをながむれば
まづ姨捨の山ぞ戀しき

 月さゆる明石のせとに風吹けば
氷の上にたたむしら波

 天の原おなじ岩戸を出づれども
光ことなる秋の夜の月

 かぎりなく名殘をしきは秋の夜の
月にともなふあけぼのの空

  題しらず
 みをよどむ天の川岸波かけて
月をば見るやさくさみの神

 光をばくもらぬ月ぞみがきける稻葉に
かかるあさひこの玉

 あらし吹く嶺の木の間を分けきつつ
谷の清水にやどる月かげ

 うづらふす苅田のひつぢ思ひ出でて
ほのかにてらす三日月の影

 濁るべき岩井の水にあらねども
汲まばやどれる月やさわがむ

 ひとりすむいほりに月のさし來ずば
何か山べの友とならまし 六三〇

 尋ね來てこととふ人もなき宿に
木のまの月の影ぞさし入る

 柴の庵はすみうきこともあらましを
ともなふ月の影なかりせば

 かげ消えて端山の月はもりもこず
谷は梢の雪と見えつつ

 雲にただこよひの月をまかせてむ
厭ふとてしも晴れぬものゆゑ

 月をみる外もさこそは厭ふらめ
雲ただここの空にただよへ

 晴間なく雲こそ空にみちにけれ
月見ることは思ひたたなむ

 ぬるれども雨もるやどのうれしきは
入りこん月を思ふなりけり

 山かげにすまぬ心のいかなれや
をしまれて入る月もある世に

 いかにぞや殘りおほかるここちして
雲にかくるる秋の夜の月

 あはれ知る人見たらばとおもふかな
旅寐の袖にやどる月影z 六四〇

 月見ばとちぎりおきてし古郷の
人もやこよひ袖ぬらすらむ

 月のため心やすきは雲なれや
うき世にすめる影をかくせば

 わび人のすむ山里のとがならむ
曇らじものを秋の夜の月

 うき身こそいとひながらもあはれなれ
月をながめて年をへぬれば

 世のうさに一かたならずうかれゆく
心さだめよ秋の夜の月

 古へのかたみに月ぞなれとなる
さらでのことはあるはあるかは

 ながめつつ月にこころぞ老いにける
今いくたびか世をもすさめむ

 山里をとへかし人にあはれ見せむ
露しく庭にすめる月かげ

 月かげのしららの濱のしろ貝は
浪も一つに見えわたるかな

 すつとならばうき世を厭ふしるしあらむ
我には曇れ秋の夜の月 六五〇

 いかにわれ清く曇らぬ身となりて
心の月の影を見るべき

 君もとへ我もしのばむさきだたば
月を形見におもひ出でつつ

 月の色に心をふかくそめましや
都を出でぬ我が身なりせば

 うき世とて月すまずなることもあらば
いかがはすべき天の益人

 來む世には心のうちにあらはさむ
あかでやみぬる月の光を

 ふけにける我が身の影を思ふ間に
はるかに月のかたぶきにける

 あらはさぬ我が心をぞうらむべき
月やはうときをばすての山

  百首の歌の中、月十首
 伊勢嶋や月の光のさひが浦は
明石には似ぬかげぞすみける

 いけ水に底きよくすむ月かげは
波に氷を敷きわたすかな

 月を見て明石の浦を出る舟は
波のよるとや思はざるらむ 六六〇

 はなれたるしらゝの濱の沖の石を
くだかで洗ふ月の白浪

 思ひとけば千里のかげも數ならず
いたらぬくまも月はあらせじ

 大かたの秋をば月につつませて
吹きほころばす風の音かな

 何亊か此世にへたる思ひ出を
問へかし人に月ををしへむ

 思ひしるを世には隈なきかげならず
我がめにくもる月の光は

 うきことも思ひとほさじおしかへし
月のすみける久方の空

 月の夜や友とをなりていづくにも
人しらざらむ栖をしへよ

 八月、月の頃夜ふけて北白河へまかりける、よしある樣なる家の侍りけるに、琴の音のしければ、立ちとまりてききけり。折あはれに秋風樂と申す樂なりけり。
 庭を見入れければ、淺茅の露に月のやどれるけしき、あはれなり。垣にそひたる萩の風身にしむらんとおぼえて、申し入れて通りけり
 秋風のことに身にしむ今宵かな
月さへすめる宿のけしきに

  九月十三夜
 こよひはと所えがほにすむ月の
光もてなす菊の白露

 雲消えし秋のなかばの空よりも
月は今宵ぞ名におへりける 六七〇

  後九月、月を翫ぶといふことを
 月みれば秋くははれる年はまた
あかぬ心もそふにぞありける

  獨聞擣衣
 ひとりねの夜寒になるにかさねばや
誰がためにうつ衣なるらむ

  隔里擣衣
 さよ衣いづこの里にうつならむ
遠くきこゆるつちの音かな

  菊
 いく秋に我があひぬらむ長月の
ここぬかにつむ八重の白菊

 秋ふかみならぶ花なき菊なれば
所を霜のおけとこそ思へ

  月前菊
 ませなくば何をしるしに思はまし
月もまがよふ白菊の花

 京極太政大臣、中納言と申しける折、菊をおびただしきほどにしたてて、鳥羽院にまゐらせ給ひたりける、鳥羽の南殿の東おもてのつぼに、所なきほどに植ゑさせ給ひけり。公重少將、人々すすめて菊もてなさせけるに、くははるべきよしあれば
 君が住むやどのつぼには菊ぞかざる
仙の宮といふべかるらむ

  高野より出でたりけると、覺堅阿闍梨きかぬさまなりければ、菊をつかはすとて
 汲みてなど心かよはばとはざらむ
出でたるものを菊の下水

  かへし
 谷ふかく住むかと思ひてとはぬ間に
恨をむすぶ菊の下水

  題しらず
 いつよはる紅葉の色は染むべきと
時雨にくもる空にとはばや 六八〇

  紅葉未遍といふことを
 いとゝ山時雨に色を染めさせて
かつがつ織れる錦なりけり

  山家紅葉
 染めてけりもみぢの色のくれなゐを
しぐると見えしみ山べの里

  霧中紅葉
 錦はる秋の梢をみせぬかな
隔つる霧のやどをつくりて

  紅葉色深といふことを
 限あればいかがは色もまさるべきを
あかずしぐるゝ小倉山かな

 もみぢ葉の散らで時雨の日數へば
いかばかりなる色かあらまし

  いやしかりける家に、蔦のもみぢ面白かりけるを見て
 思はずよよしある賤のすみかかな
蔦のもみぢを軒にははせて

  寂蓮高野にまうでて、深き山の紅葉といふことをよみける
 さまざまに錦ありけるみ山かな
花見し嶺を時雨そめつつ

  題しらず
 秋の色は風ぞ野もせにしきりたす
時雨は音を袂にぞきく

 しぐれそむる花ぞの山に秋くれて
錦の色もあらたむるかな

  秋の末に法輪寺にこもりてよめる
 大井河ゐせぎによどむ水の色に
秋ふかくなるほどぞ知らるる 六九〇

 をぐら山麓に秋の色はあれや
梢のにしき風にたたれて

 わがものと秋の梢を思ふかな
小倉の里に家ゐせしより

 山里は秋の末にぞ思ひしる
悲しかりけりこがらしの風

 暮れ果つる秋のかたみにしばし見む
紅葉散らすなこがらしの風

 秋暮るる月なみわかぬ山がつの
心うらやむ今日の夕暮

  終夜秋を惜しむ
 をしめども鐘の音さへかはるかな
霜にや露の結びかふらむ

  題しらず
 錦をばいくのへこゆるからびつに
收めて秋は行くにかあるらむ

 松にはふまさきのかづらちりぬなり
外山の秋は風すさぶらむ

  秋の末に寂然高野にまゐりて、
  暮の秋によせておもひをのべけるに
 なれきにし都もうとくなり果てて
悲しさ添ふる秋の暮かな

 冬歌
  長樂寺にて、
  夜紅葉を思ふといふことを人々よみけるに
 よもすがらをしげなく吹く嵐かな
わざと時雨の染むる紅葉を
 〇七〇〇
  時雨
 初時雨あはれ知らせて過ぎぬなり
音に心の色をそめにし

 月をまつ高嶺の雲は晴れにけり
心ありけるはつ時雨かな

 立田やま時雨しぬべく曇る空に
心の色をそめはじめつる

 秋しのや外山の里や時雨るらむ
生駒のたけに雲のかかれる

  時雨の歌よみけるに
 東屋のあまりにもふる時雨かな
誰かは知らぬ神無月とは

  山家時雨
 宿かこふははその柴の色をさへ
したひて染むる初時雨かな

  閑中時雨といふことを
 おのづから音する人もなかりけり
山めぐりする時雨ならでは

  題しらず
 ねざめする人の心をわびしめて
しぐるる音は悲しかりけり

  落葉
 嵐はく庭の落葉のをしきかな
まことのちりになりぬと思へば

  曉落葉
 時雨かとねざめの床にきこゆるは
嵐に堪へぬ木の葉なりけり
 〇七一〇
  月前落葉
 山おろしの月に木葉を吹きかけて
光にまがふ影をみるかな

  瀧上落葉
 こがらしに峯の紅葉やたぐふらむ
村濃にみゆる瀧の白糸

  水上落葉
 立田姫染めし梢のちるをりは
くれなゐあらふ山川のみづ

  落葉網代にとどまる
 紅葉よるあじろの布の色染めて
ひをくるるとは見ゆるなりけり

  草花野路落葉
 もみぢちる野原を分けて行く人は
花ならぬまで錦きるべし

  山家落葉
 道もなし宿は木の葉に埋もれぬ
まだきせさする冬ごもりかな

 木葉ちれば月に心ぞあくがるる
み山がくれにすまむと思ふに

  題しらず
 神無月木葉の落つるたびごとに
心うかるるみ山べの里

  冬の歌よみけるに
 難波江の入江の蘆に霜さえて
浦風寒きあさぼらけかな

 玉かけし花のかつらもおとろへて
霜をいただく女郎花かな
 〇七二〇
  題しらず
 津の國の難波の春は夢なれや
蘆の枯葉に風わたるなり

  水邊寒草
 霜にあひて色あらたむる蘆の穗の
寂しくみゆる難波江の浦

  枯野の草をよめる
 分けかねし袖に露をばとめ置きて
霜に朽ちぬる眞野の萩原

 霜かづく枯野の草は寂しきに
いづくは人の心とむらむ

 霜がれてもろくくだくる荻の葉を
荒らく吹くなる風の色かな

  山家枯草といふ亊を、
  覺雅僧都の坊にて人々詠けるに
 かきこめし裾野の薄霜がれて
さびしさまさる柴の庵かな

  野の邊りの枯れたる草といふことを、
  双林寺にてよみけるに
 さまざまに花咲きたりと見し野邊の
同じ色にも霜がれにけり

  氷留山水
 岩間せく木葉わけこし山水を
つゆ洩らさぬは氷なりけり

  瀧上氷
 水上に水や氷をむすぶらん
くるとも見えぬ瀧の白糸

  氷筏をとづといふことを
 氷わる筏のさをのたゆるれば
もちやこさましほつの山越
 〇七三〇
 世をのがれて鞍馬の奧に侍りけるに、かけひの氷りて水までこざりけるに、春になるまではかく侍るなりと申しけるを聞きてよめる
 わりなしやこほるかけひの水ゆゑに
思ひ捨ててし春の待たるる

  川氷
 川わたにおのおのつくるふし
柴をひとつにくさるあさ氷かな

  千鳥
 淡路がた磯わのちどり聲しげし
せとの鹽風冴えまさる夜は

 あはぢ潟せとの汐干の夕ぐれに
須磨よりかよふ千鳥なくなり

 さゆれども心やすくぞ聞きあかす
河瀬のちどり友ぐしてけり

 霜さえて汀ふけ行く浦風を
思ひしりげに鳴く千鳥かな

 やせわたる湊の風に月ふけて
汐ひる方に千鳥鳴くなり

  題しらず
 千鳥なく繪嶋の浦にすむ月を
波にうつして見る今宵かな

 風さむみいせの濱荻分けゆけば
衣かりがね浪に鳴くなり

  冬月
 秋すぎて庭のよもぎの末見れば
月も昔になるここちする
 〇七四〇
 さびしさは秋見し空にかはりけり
枯野をてらす有明の月

 小倉山ふもとの里に木葉ちれば
梢にはるる月を見るかな

 槇の屋の時雨の音を聞く袖に
月ももり來てやどりぬるかな

  月枯れたる草を照らす
 花におく露にやどりし影よりも
枯野の月はあはれなりけり

 氷しく沼の蘆原かぜ冴えて
月も光ぞさびしかりける

  靜なる夜の冬の月
 霜さゆる庭の木葉をふみ分けて
月は見るやと訪ふ人もがな

  庭上冬月といふことを
 冴ゆと見えて冬深くなる月影は
水なき庭に氷をぞ敷く

  山家冬月
 冬枯のすさまじげなる山里に
月のすむこそあはれなりけれ

 月出づる嶺の木葉もちりはてて
麓の里は嬉しかるらむ

  舟中霰
 せと渡るたななし小舟心せよ
霰みだるるしまきよこぎる
 〇七五〇
  深山霰
 杣人のまきのかり屋の下ぶしに
音するものは霰なりけり

  櫻木に霰のたばしるを見て
 ただは落ちで枝をつたへる霰かな
つぼめる花の散るここちして

  題しらず
 音もせで岩間たばしる霰こそ
蓬の宿の友になりけれ

 霰にぞものめかしくはきこえける
枯れたるならの柴の落葉は

  冬の歌よみける中に
 山ざくら初雪ふれば咲きにけり
吉野はさとに冬ごもれども

  題しらず
 山櫻おもひよそへてながむれば
木ごとの花は雪まさりけり

 しの原や三上の嶽を見渡せば
一夜の程に雪は降りけり

  夜初雪
 月出づる軒にもあらぬ山の端の
しらむもしるし夜はの白雪

  庭雪似月
 木の間もる月の影とも見ゆるかな
はだらにふれる庭の白雪

  枯野に雪のふりたるを
 枯れはつるかやがうは葉に降る雪は
更に尾花の心地こそすれ
 〇七六〇
  雪道を埋む
 降る雪にしをりし柴も埋もれて
思はぬ山に冬ごもりする

  雪埋竹といふことを
 雪埋むそのの呉竹折れふして
ねぐら求むるむら雀かな

  仁和寺の御室にて、
  山家閑居見雪といふことをよませ給ひけるに
 降りつもる雪を友にて春までは
日を送るべきみ山べの里

  山居雪といふことを
 年の内はとふ人更にあらじかし
雪も山路も深き住家を

  雪朝待人といふことを
 わがやどに庭より外の道もがな
訪ひこむ人の跡つけで見む

  雪朝會友といふことを
 跡とむる駒の行方はさもあらばあれ
嬉しく君にゆきも逢ひぬる

  雪の朝、靈山と申す所にて眺望を人々よみけるに
 たけのぼる朝日の影のさすままに
都の雪は消えみ消えずみ

  社頭雪
 玉がきはあけも緑も埋もれて
雪おもしろき松の尾の山

 加茂の臨時の祭かへり立の御神樂、土御門内裏にて侍りけるに、竹のつぼに雪のふりたりけるを見て
 うらがへすをみの衣と見ゆるかな
竹のうら葉にふれる白雪

  雪の歌どもよみけるに
 何となくくるゝ雫の音までも山邊は
雪ぞあはれなりける
 〇七七〇
 雪降れば野路も山路も埋もれて
遠近しらぬ旅のそらかな

 あをね山苔のむしろの上にして
雪はしとねの心地こそすれ

 うの花の心地こそすれ山ざとの
垣ねの柴をうづむ白雪

 折ならぬめぐりの垣のうの花を
うれしく雪の咲かせつるかな

 とへな君夕ぐれになる庭の雪を
跡なきよりはあはれならまし

 あらち山さかしく下る谷もなく
かじきの道をつくる白雪

 たゆみつつそりのはや緒もつけなくに
積りにけりな越の白雪

  題しらず
 緑なる松にかさなる白雪は
柳のきぬを山におほへる

 盛ならぬ木もなく花の咲きにけり
思へば雪をわくる山道

 波とみゆる雪を分けてぞこぎ渡る
木曾のかけはし底もみえねば
 〇七八〇
  百首歌の中、雪十首
 しがらきの杣のおほぢはとどめてよ
初雪降りぬむこの山人

 急がずば雪に我が身やとどめられて
山べの里に春をまたまし

 あはれしりて誰か分けこむ山里の
雪降り埋む庭の夕ぐれ

 みなと川苫に雪ふく友舟は
むやひつつこそ夜をあかしけれ

 いかだしの浪のしづむと見えつるは
雪を積みつつ下すなりけり

 たまりをる梢の雪の春ならば
山里いかにもてなされまし

 大原はせれうを雪の道にあけて
四方には人も通はざりけり

 晴れやらでニむら山に立つ雲は
比良のふぶきの名殘なりけり

 雪しのぐいほりのつまをさしそへて
跡とめてこむ人をとどめむ

 くやしくも雪のみ山へ分け入らで
麓にのみも年をつみける
 〇七九〇
 寂然入道大原に住みけるに遣しける
 大原は比良の高嶺の近ければ
雪ふるほどを思ひこそやれ

  かへし
 思へただ都にてだに袖さえしひらの
高嶺の雪のけしきは

 秋の頃高野へまゐるべきよしたのめて、まゐらざりける人のもとへ、雪ふりてのち申し遣しける
 雪深くうづめてけりな君くやと
紅葉の錦しきし山路を

 雪に庵うづもれて、せんかたなく面白かりけり。
 今も來らばとよみけむことを思ひ出でて見けるほどに、鹿の分けて通りけるを見て
 人こばと思ひて雪をみる程にしか
跡つくることもありけり

  冬の歌十首よみけるに
 花もかれもみぢも散らぬ山里は
さびしさを又とふ人もがな

 ひとりすむ片山かげの友なれや
嵐にはるる冬の夜の月

 津の國の芦の丸屋のさびしさは
冬こそわきて訪ふべかりけれ

 さゆる夜はよその空にぞをしも
鳴くこほりにけりなこやの池水

 よもすがら嵐の山は風さえて
大井のよどに氷をぞしく

 さえ渡る浦風いかに寒からむ
千鳥むれゐるゆふさきの浦
 〇八〇〇
 山里は時雨しころのさびしきに
あられの音は漸まさりける

 風さえてよすればやがて氷りつつ
かへる波なき志賀の唐崎

 よしの山麓にふらぬ雪ならば
花かと見てや尋ね入らまし

 宿ごとにさびしからじとはげむべし
煙こめたる小野の山里

  鷹狩
 あはせたる木ゐのはし鷹をきとらし
犬かひ人の聲しきるなり

  雪中鷹狩
 かきくらす雪にきぎすは見えねども
羽音に鈴をたぐへてぞやる

 降る雪にとだちも見えず埋もれて
とり所なきみかり野の原

  月前炭竈といへることを
 限あらむ雲こそあらめ炭がまの
烟に月のすすけぬるかな

  山里に冬深しといふことを
 とふ人も初雪をこそ分けこしか
道とぢてけりみ山邊のさと

  山里の冬といふことを人々よみけるに
 玉まきし垣ねのまくず霜がれて
さびしくみゆるふゆの山里
 〇八一〇
  冬の歌よみける中に
 さびしさに堪へたる人の又もあれな
いほりならべん冬の山ざと

  題しらず
 柴かこふいほりのうちは旅だちて
すとほる風もとまらざりけり

 谷風は戸を吹きあけて入るものを
なにと嵐の窓たたくらむ

 身にしみし荻の音にはかはれども
柴吹く風もあはれなりけり

  寒夜旅宿
 旅寐する草のまくらに霜さえて
有明の月の影ぞまたるる

  山家歳暮
 あたらしき柴のあみ戸をたちかへて
年のあくるを待ちわたるかな

  東山にて人々年の暮に思ひをのべけるに
 年暮れしそのいとなみは忘られて
あらぬさまなるいそぎをぞする

  年の暮に、
  あがたより都なる人のもとへ申しつかはしける
 おしなべて同じ月日の過ぎ行けば
都もかくや年は暮れぬる

 山里に家ゐをせずば見ましやは
紅ふかき秋のこずゑを

  歳暮に人のもとへつかはしける
 おのづからいはぬをしたふ人やあると
やすらふ程に年の暮れぬる
 〇八二〇
  常なきことをよせて
 いつかわれ昔の人といはるべき
かさなる年を送りむかへて

 離別歌
  あひ知りたりける人の、
  みちのくにへまかりけるに、別の歌よむとて
 君いなば月待つとてもながめやらむ
あづまのかたの夕暮の空

 年頃申しなれたりける人に、遠く修行するよし申してまかりたりける、名殘おほくて立ちけるに、紅葉のしたりけるを見せまほしくて侍りつるかひなく、いかに、
 と申しければ、木のもとに立ちよりてよみける
 心をば深きもみぢの色にそめて
別れて行くやちるになるらむ

 遠く修行に思ひ立ち侍りけるに、
 遠行別といふことを人々まで來てよみ侍りしに
 程ふれば同じ都のうちだにも
おぼつかなさはとはまほしきに

 年ひさしく相頼みたりける同行にはなれて、
 遠く修行して歸らずもやと思ひけるに、
 何となくあはれにてよみける
 さだめなしいくとせ君になれなれて
別をけふは思ふなるらむ

 遠く修行することありけるに、菩薩院の前の齋宮にまゐりたりけるに、人々別の歌つかうまつりけるに
 さりともと猶あふことを頼むかな
死出の山路をこえぬ別は

  同じ折、つぼの櫻の散りけるを見て、
  かくなむおぼえ侍ると申しける
 此春は君に別のをしきかな
花のゆくへは思ひわすれて

  かへしせよと承りて、
  扇にかきてさし出でける 女房六角局
 君がいなんかたみにすべき櫻さへ
名殘あらせず風さそふなり

 羇旅歌
  旅へまかりけるに入相をききて
 思へただ暮れぬとききし鐘の音は
都にてだに悲しきものを

  旅にまかりけるにとまりて
 あかずのみ都にて見し影よりも
旅こそ月はあはれなりけれ
 〇八三〇
 見しままにすがたも影もかはらねば
月ぞ都のかたみなりける

 天王寺へまゐりけるに、片野など申すわたり過ぎて、
 見はるかされたる所の侍りけるを問ひければ、天の川と申すを聞きて、宿からむといひけむこと思ひ出だされてよみける
 あくがれしあまのがはらと聞くからに
むかしの波の袖にかかれる

 天王寺にまゐりけるに、雨のふりければ、
 江口と申す所に宿を借りけるに、かさざりければ
 世の中をいとふまでこそかたからめ
かりのやどりを惜しむ君かな

  かへし
 家を出づる人とし聞けばかりの宿に
心とむなと思ふばかりぞ

  天王寺へまゐりたりけるに、松に鷺の居たりけるを、
  月の光に見て
 庭よりも鷺居る松のこずゑにぞ
雪はつもれる夏のよの月

  天王寺へまゐりて、龜井の水を見てよめる
 あさからぬ契の程ぞくまれぬる
龜井の水に影うつしつつ

 六波羅太政入道、持經者千人あつめて、津の國わたと申す所にて供養侍りける、やがてそのついでに萬燈會しけり。夜更くるままに灯の消えけるを、おのおのともしつきけるを見て、
 消えぬべき法の光のともし火を
かかぐるわたのみさきなりけり

  明石に人を待ちて日數へにけるに
 何となく都のかたと聞く空は
むつまじくてぞながめられぬる

 播磨書寫へまゐるとて、野中の清水を見けること、
 一むかしになりにける、年へて後修行すとて通りけるに、同じさまにてかはらざりければ
 昔見し野中の清水かはらねば
我が影をもや思ひ出づらむ

  四國のかたへ具してまかりたりける同行の、
  都へ歸りけるに
 かへり行く人の心を思ふにも
はなれがたきは都なりけり
 〇八四〇
 ひとり見おきて歸りまかりなんずるこそあはれに、
 いつか都へは歸るべきなど申しければ
 柴の庵のしばし都へかへらじと
思はむだにもあはれなるべし

  旅の歌よみけるに
 くさまくら旅なる袖におく露を
都の人や夢にみるらむ

 きこえつる都へだつる山さへに
はては霞にきえにけるかな

 わたの原はるかに波を隔てきて
都に出でし月をみるかな

 わたの原波にも月はかくれけり
都の山を何いとひけむ

 讚岐の國へまかりて、みの津と申す津につきて、月のあかくて、ひゞのてもかよはぬほどに遠く見えわたりけるに、水鳥のひゞのてにつきて飛びわたりけるを
 しきわたす月の氷をうたがひて
ひゞのてまはる味のむら鳥

 いかで我心の雲にちりすべき
見るかひありて月を詠めむ

 詠めをりて月の影にぞ夜をば
見るすむもすまぬもさなりけりとは

 雲はれて身に愁なき人のみぞ
さやかに月の影はみるべき

 さのみやは袂に影を宿すべき
よわし心に月な眺めそ
 〇八五〇
 月にはぢてさし出でられぬ心かな
詠むる袖に影のやどれば

 心をば見る人ごとにくるしめて
何かは月のとりどころなる

 露けさはうき身の袖のくせなるを
月見るとがにおほせつるかな

 詠めきて月いかばかりしのばれむ
此の世し雲の外になりなば

 いつかわれこの世の空を隔たらむ
あはれあはれと月を思ひて

 讚岐にまうでて、松山と申す所に、院おはしましけむ御跡尋ねけれども、かたもなかりければ
 松山の波に流れてこし舟の
やがてむなしくなりにけるかな

 まつ山の波のけしきはかはらじを
かたなく君はなりましにけり

  白峰と申す所に、御墓の侍りけるにまゐりて
 よしや君昔の玉の床とても
かゝらむ後は何にかはせむ

 同じ國に、大師のおはしましける御あたりの山に庵むすびて住みけるに、月いとあかくて、海の方くもりなく見え侍りければ
 くもりなき山にて海の月みれば
島ぞ氷の絶間なりける

  住みけるままに、庵いとあはれに覺えて
 今よりは厭はじ命あればこそ
かかるすまひのあはれをもしれ
 〇八六〇
  庵のまへに松のたてりけるを見て
 久にへて我が後の世をとへよ
松跡したふべき人もなき身ぞ

 ここを又我が住みうくてうかれ
なば松はひとりにならむとすらむ

  雪のふりけるに
 松の下は雪ふる折の色なれや
みな白妙に見ゆる山路に

 雪つみて木も分かず咲く花なれば
ときはの松も見えぬなりけり

 花とみる梢の雪に月さえて
たとへむ方もなき心地する

 まがふ色は梅とのみ見て過ぎ行くに
雪の花には香ぞなかりける

 折しもあれ嬉しく雪の埋むか
なきこもりなむと思ふ山路を

 なかなかに谷の細道うづめ雪
ありとて人の通ふべきかは

 谷の庵に玉の簾をかけましや
すがるたるひの軒をとぢずば

  花まゐらせける折しも、
  をしきに霰のふりかかりければ
 しきみおくあかのをしきにふちなくば
何に霰の玉とまらまし
 〇八七〇
 大師の生れさせ給ひたる所とて、めぐりしまはして、
 そのしるしの松のたてりけるを見て
 あはれなり同じ野山にたてる木の
かかるしるしの契ありけり

 岩にせくあか井の水のわりなきは
心すめともやどる月かな

 まんだら寺の行道どころへのぼるは、よの大亊にて、手をたてたるやうなり。大師の御經かきてうづませおはしましたる山の嶺なり。ばうのそとは、一丈ばかりなるだんつきてたてられたり。それへ日毎にのぼらせおはしまして、行道しおはしましけると申し傳へたり。めぐり行道すべきやうに、だんも二重につきまはされたり。
 登る程のあやふさ、ことに大亊なり。かまへて、はひまはりつきて
 めぐりあはむことの契ぞたのもしき
きびしき山の誓見るにも

 やがてそれが上は、大師の御師にあひまゐらせさせおはしましたる嶺なり。わかはいしさと、その山をば申すなり。その邊の人はわかいしとぞ申しならひたる。
 山もじをばすてて申さず。
 また筆の山ともなづけたり。
 遠くて見れば筆に似て、まろまろと山の嶺のさきのとがりたるやうなるを申しならはしたるなめり。行道所より、かまへてかきつき登りて、嶺にまゐりたれば、師に遇はせおはしましたる所のしるしに、塔を建ておはしましたりけり。塔の石ずゑ、はかりなく大きなり。
 高野の大塔ばかりなりける塔の跡と見ゆ。苔は深くうづみたれども、石おほきにしてあらはに見ゆ。
 筆の山と申す名につきて
 筆の山にかきのぼりても見つるかな
苔の下なる岩のけしきを
 善通寺の大師の御影には、そばにさしあげて、大師の御師かき具せられたりき。
 大師の御手などもおはしましき。
 四の門の額少々われて、大方はたがはずして侍りき。
 すゑにこそ、いかゞなりけんずらんと、おぼつかなくおぼえ侍りしか

 備前國に小島と申す島に渡りたりけるに、あみと申すものをとる所は、おのおのわれわれしめて、ながきさをに袋をつけてたてわたすなり。そのさをのたてはじめをば、一のさをとぞ名付けたる。
 なかに年高きあま人のたて初むるなり。
 たつるとて申すなる詞きき侍りしこそ、涙こぼれて、申すばかりなく覺えてよみける
 たて初むるあみとる浦の初さを
はつみの中にもすぐれたるかな

 ひゝしぶかはと申す方へまかりて、四國の方へ渡らんとしけるに、風あしくて程へけり。しぶかはのうらたと申す所に、幼きものどもの、あまた物を拾ひけるを問ひければ、つみと申すもの拾ふなりと申しけるを聞きて
 おりたちてうらたに拾ふ海人の子は
つみよりつみを習ふなりけり

 まなべと申す島に、京よりあき人どものくだりて、やうやうのつみのものどもあきなひて、又しはくの島に渡りてあきなはんずるよし申しけるを聞きて
 まなべよりしはくへ通ふあき人は
つみをかひにて渡るなりけり

 串にさしたる物をあきなひけるを、何ぞと問ひければ、はまぐりを干して侍るなりと申しけるを聞きて
 同じくはかきをぞさして干しもすべき
はまぐりよりは名もたよりあり

 うしまどの迫門に、海士の出で入りて、さだえと申すものをとりて、船に入れ入れしけるを見て
 さだえすむ迫門の岩つぼもとめ
出ていそぎし海人の氣色なるかな

  沖なる岩につきて、海士どもの鮑とりける所にて
 岩のねにかたおもむきに波うきて
あはびをかづく海人のむらぎみ
 〇八八〇
  題しらず
 小鯛ひく網のかけ繩よりめぐり
うきしわざあるしほさきの浦

 霞しく波の初花をりかけて
さくら鯛つる沖のあま舟

 あま人のいそしく歸るひしきものは
小にしはまぐりからなしただみ

 磯菜つまんいまおひそむるわかふのり
みるめきはさひしきこゝろぶと

 西の國のかたへ修行してまかり侍るとて、みつのと申す所にぐしならひたる同行の侍りけるに、したしき者の例ならぬこと侍るとて具せざりければ
 山城のみづのみくさにつながれて
こまものうげに見ゆるたびかな

 西國へ修行してまかりける折、小嶋と申す所に、八幡のいははれ給ひたりけるにこもりたりけり。
 年へて又その社を見けるに、松どものふる木になりたりけるを見て
 昔みし松は老木になりにけり
我がとしへたる程も知られて

 志することありて、あきの一宮へ詣でけるに、たかとみの浦と申す所に、風に吹きとめられてほど經けり。
 苫ふきたる庵より月のもるを見て
 波のおとを心にかけてあかすかな
苫もる月の影を友にて

  まうでつきて、
  月いとあかくてあはれにおぼえければよみける
 諸ともに旅なる空に月も出でて
すめばやかげの哀なるらむ

 筑紫に、はらかと申すいをの釣をば、十月一日におろすなり。しはすにひきあげて、京へはのぼせ侍る。
 その釣の繩はるかに遠く曳きわたして、通る船のその繩にあたりぬるをばかこちかかりて、がうけがましく申してむつかしく侍るなり。その心をよめる
 はらか釣るおほわたさきのうけ繩に
心かけつつ過ぎむとぞ思ふ

 いせじまやいるゝつきてすまうなみに
けことおぼゆるいりとりのあま
 〇八九〇
 磯菜つみて波かけられて過ぎにける
鰐の住みける大磯の根を

  りうもんにまゐるとて
 瀬をはやみ宮瀧川を渡り行けば
心の底のすむ心地する

 承安元年六月一日、院、熊野へ參らせ給ひけるついでに、住吉に御幸ありけり。
 修行しまはりて二日かの社に參りたりけるに、住の江あたらしくしたてたりけるを見て、後三條院の御幸、神も思ひ出で給ふらむと覺えてよめる
 絶えたりし君が御幸を待ちつけて
神いかばかり嬉しかるらむ

  松の下枝をあらひけむ浪、
  いにしへにかはらずやと覺えて
 古への松のしづえをあらひけむ
波を心にかけてこそ見れ

 夏、熊野へまゐりけるに、岩田と申す所にすずみて、下向しける人につけて、京へ同行に侍りける上人のもとへ遣しける
 松がねの岩田の岸の夕すずみ
君があれなとおもほゆるかな

  かつらぎを尋ね侍りけるに、折にもあらぬ紅葉の見えけるを、何ぞと問ひければ、正木なりと申すを聞きて
 かつらぎや正木の色は秋に似て
よその梢のみどりなるかな

  熊野へまゐりけるに、
  やかみの王子の花面白かりければ、社に書きつける
 待ちきつるやかみの櫻咲きにけり
あらくおろすなみすの山風

 奈智に籠りて、瀧に入堂し侍りけるに、此上に一二の瀧おはします。それへまゐるなりと申す住僧の侍りけるに、ぐしてまゐりけり。
 花や咲きぬらむと尋ねまほしかりける折ふしにて、たよりある心地して分けまゐりたり。
 二の瀧のもとへまゐりつきたり。如意輪の瀧となむ申すと聞きてをがみければ、まことに少しうちかたぶきたるやうに流れくだりて、尊くおぼえけり。花山院の御庵室の跡の侍りける前に、年ふりたる櫻の木の侍りけるを見て、栖とすればとよませ給ひけむこと思ひ出でられて
 木のもとに住みけむ跡をみつるかな
那智の高嶺の花を尋ねて

  熊野へまゐりけるに、
  ななこしの嶺の月を見てよみける
 立ちのぼる月のあたりに雲消えて
光重ぬるななこしの嶺

 新宮より伊勢の方へまかりけるに、みきしまに、舟のさたしける浦人の、黒き髮は一すぢもなかりけるを呼びよせて
 年へたる浦のあま人こととはむ
波をかづきて幾世過ぎにき
 〇九〇〇
 黒髮は過ぐると見えし白波を
かづきはてたる身には知るあま

 みたけよりさうの岩屋へまゐりたりけるに、
 もらぬ岩屋もとありけむ折おもひ出でられて
 露もらぬ岩屋も袖はぬれけると
聞かずばいかにあやしからまし

  をざさのとまりと申す所に、露のしげかりければ
 分けきつるをざさの露にそぼちつつ
ほしぞわづらふ墨染の袖

  大峯のしんせんと申す所にて、月を見てよみける
 深き山にすみける月を見ざりせば
思ひ出もなき我が身ならまし

 嶺の上も同じ月こそてらすらめ
所がらなるあはれなるべし

 月すめば谷にぞ雲はしづむめる
嶺吹きはらふ風にしかれて

  をばすての嶺と申す所の見渡されて、思ひなしにや、
  月ことに見えければ
 をば捨は信濃ならねどいづくにも
月すむ嶺の名にこそありけれ

  こいけ申す宿(すく)にて
 いかにして梢のひまをもとめえて
こいけに今宵月のすむらむ

  さゝの宿(すく)にて
 いほりさす草の枕にともなひて
ささの露にも宿る月かな

  へいちと申す宿(すく)にて月を見けるに、
  梢の露の袂にかかりければ
 梢なる月もあはれを思ふべし
光に具して露のこぼるる
 〇九一〇
  あづまやと申す所にて、時雨ののち月を見て
 神無月時雨はるれば東屋の
峰にぞ月はむねとすみける

 かみなづき谷にぞ雲はしぐるめる
月すむ嶺は秋にかはらで

  ふるやと申す宿(すく)にて
 神無月時雨ふるやにすむ月は
くもらぬ影もたのまれぬかな

 平等院の名かかれたるそとばに、紅葉の散りかかりけるを見て、花より外にとありけむ人ぞかしと、あはれに覺えてよみける
 あはれとも花みし嶺に名をとめて
紅葉ぞ今日はともに散りける

  ちくさのたけにて
 分けて行く色のみならず梢さへ
ちくさのたけは心そみけり

  ありのとわたりと申す所にて
 笹ふかみきりこすくきを朝立ちて
なびきわづらふありのとわたり

 行者がへり、ちごのとまりにつゞきたる宿(すく)なり。
 春の山伏は、屏風だてと申す所をたひらかに過ぎむことをかたく思ひて、行者ちごのとまりにても思ひわづらふなるべし
 屏風にや心を立てて思ひけむ
行者はかへりちごはとまりぬ

 三重の瀧をがみけるに、ことに尊く覺えて、三業の罪もすすがるる心地してければ
 身につもることばの罪もあらはれて
心すみぬるみかさねの瀧

  轉法輪のたけと申す所にて、釋迦の説法の座の石と申す所ををがみて
 此處こそは法とかれたる所よと
聞くさとりをも得つる今日かな

  題しらず
 近江路や野ぢの旅人急がなむ
やすかはらとて遠からぬかは
 〇九二〇
 世をのがれて伊勢の方へまかりけるに、鈴鹿山にて
 鈴鹿山うき世をよそにふりすてて
いかになり行く我身なるらむ

 高野山を住みうかれてのち、伊勢國二見浦の山寺に侍りけるに、太神宮の御山をば神路山と申す、大日の埀跡をおもひて、よみ侍りける
 ふかく入りて神路のおくを尋ぬれば
又うへもなき峰の松かぜ

 伊勢にまかりたりけるに、太神宮にまゐりてよみける
 榊葉に心をかけんゆふしでて
思へば神も佛なりけり

 宮ばしらしたつ岩ねにしきたてゝ
つゆもくもらぬ日の御影かな

  神路山にて
 神路山月さやかなる誓ひありて
天の下をばてらすなりけり

  御裳濯川のほとりにて
 岩戸あけしあまつみことのそのかみに
櫻を誰か植ゑ始めけむ

  内宮のかたはらなる山陰に、庵むすびて侍りける頃
 ここも又都のたつみしかぞすむ
山こそかはれ名は宇治の里

  櫻の御まへにちりつもり、風にたはるゝを
 神風に心やすくぞまかせつる
櫻の宮の花のさかりを

  伊勢の月よみの社に參りて、月を見てよめる
 さやかなる鷲の高嶺の雲井より
影やはらぐる月よみの森

  修行して伊勢にまかりたりけるに、
  月の頃都思ひ出でられてよみける
 都にも旅なる月の影をこそ
おなじ雲井の空に見るらめ
 〇九三〇
 伊勢のいそのへちのにしきの嶋に、
 いそわの紅葉のちりけるを
 浪にしく紅葉の色をあらふゆゑに
錦の嶋といふにやあるらむ

 伊勢のたふしと申す嶋には、小石の白のかぎり侍る濱にて、黒は一つもまじらず、むかひて、すが嶋と申すは、黒かぎり侍るなり
 すが島やたふしの小石わけ
かへて黒白まぜよ浦の濱風

 さぎじまのごいしの白をたか
浪のたふしの濱に打寄せてける

 からすざきの濱のこいしと思ふかな
白もまじらぬすが嶋の黒

 あはせばやさぎを烏と碁をうたば
たふしすがしま黒白の濱

 伊勢の二見の浦に、さるやうなる()の童どものあつまりて、わざとのこととおぼしく、はまぐりをとりあつめけるを、いふかひなきあま人こそあらめ、うたてきことなりと申しければ、貝合に京よりひとの申させ給ひたれば、
 えりつつとるなりと申しけるに
 今ぞ知るふたみの浦のはまぐりを
貝あはせとておほふなりける

 いらごへ渡りたりけるに、ゐがひと申すはまぐりに、
 あこやのむねと侍るなり、それをとりたるからを、
 高く積みおきたりけるを見て
 あこやとるゐがひのからを積み置きて
寶の跡を見するなりけり

 沖の方より、風のあしきとて、
 かつをと申すいを釣りける舟どもの歸りけるを見て
 いらご崎にかつをつり舟ならび浮きて
はかちの浪にうかびてぞよる

 二つありける鷹の、いらごわたりすると申しけるが、
 一つの鷹はとどまりて、木の末にかかりて侍ると申しけるを聞きて
 すたか渡るいらごが崎をうたがひて
なほきにかくる山歸りかな

 はし鷹のすずろかさでもふるさせて
すゑたる人のありがたの世や
 〇九四〇
 あづまの方へ、相知りたる人のもとへまかりけるに、
 さやの中山見しことの、昔になりたりける、
 思ひ出でられて
 年たけて又こゆべしと思ひきや
命なりけりさやの中山

  駿河の國久能の山寺にて、月を見てよみける
 涙のみかきくらさるる旅なれや
さやかに見よと月はすめども

  あづまの方へ修行し侍りけるに、富士の山を見て
 風になびく富士の煙の空にきえて
行方も知らぬ我が思ひかな

  東國修行の時、ある山寺にしばらく侍りて
 山高み岩ねをしむる柴の戸に
しばしもさらば世をのがればや

  下野の國にて、柴の煙を見てよみける
 都近き小野大原を思ひ出づる
柴の煙のあはれなるかな

 みちのくににまかりたりけるに、野中に、常よりもとおぼしき塚の見えけるを、人に問ひければ、中將の御墓と申すはこれが亊なりと申しければ、中將とは誰がことぞと又問ひければ、實方の御ことなりと申しける、いと悲しかりけり。さらぬだにものあはれにおぼえけるに、霜がれの薄ほのぼの見え渡りて、後にかたらむも、詞なきやうにおぼえて
 朽ちもせぬ其名ばかりをとどめ置きて
枯野の薄かたみにぞ見る

 みちのくにへ修行してまかりけるに、白川の關にとまりて、所がらにや常よりも月おもしろくあはれにて、能因が、秋風ぞ吹くと申しけむ折、いつなりけむと思ひ出でられて、名殘おほくおぼえければ、關屋の柱に書き付けける
 白川の關屋を月のもる影は
人のこころをとむるなりけり

 さきにいりて、しのぶと申すわたり、あらぬ世のことにおぼえてあはれなり。都出でし日數思ひつづくれば、霞とともにと侍ることのあとたどるまで來にける、心ひとつに思ひ知られてよみける
 都出でてあふ坂越えし折までは
心かすめし白川の關

  たけくまの松は昔になりたりけれども、
  跡をだにとて見にまかりてよめる
 枯れにける松なき宿のたけくまは
みきと云ひてもかひなからまし

  あづまへまかりけるに、
  しのぶの奧にはべりける社の紅葉を
 ときはなる松の緑も神さびて
紅葉ぞ秋はあけの玉垣
 〇九五〇
 ふりたるたな橋を、紅葉のうづみたりける、渡りにくくてやすらはれて、人に尋ねければ、おもはくの橋と申すはこれなりと申しけるを聞きて
 ふままうき紅葉の錦散りしきて
人も通はぬおもはくの橋
  しのぶの里より奧に、二日ばかり入りてある橋なり
  名取川をわたりけるに、岸の紅葉の影を見て
 なとり川きしの紅葉のうつる影は
同じ錦を底にさへ敷く

 十月十二日、平泉にまかりつきたりけるに、雪ふり嵐はげしく、ことの外に荒れたりけり。いつしか衣川見まほしくてまかりむかひて見けり。河の岸につきて、衣川の城しまはしたる、ことがらやうかはりて、ものを見るここちしけり。汀氷りてとりわけさびしければ
 とりわきて心もしみてさえぞ渡る
衣川見にきたる今日しも

  陸奧國にて、年の暮によめる
 常よりも心ぼそくぞおもほゆる
旅の空にて年の暮れぬる

 奈良の僧、とがのことによりて、あまた陸奧國へ遣はされしに、中尊寺と申す所にまかりあひて、都の物語すれば、涙ながす、いとあはれなり。かかることは、かたきことなり、命あらば物がたりにもせむと申して、遠國述懷と申すことをよみ侍りしに
 涙をば衣川にぞ流しつる
ふるき都をおもひ出でつつ

  みちのくにに、平泉にむかひて、たはしねと申す山の侍るに、こと木は少なきやうに、櫻のかぎり見えて、花の咲きたるを見てよめる
 聞きもせずたはしね山の櫻ばな
吉野の外にかかるべしとは

 奧に猶人みぬ花の散らぬあれや
尋ねを入らむ山ほととぎす

 又の年の三月に、出羽の國に越えて、たきの山と申す山寺に侍りける、櫻の常よりも薄紅の色こき花にて、なみたてりけるを、寺の人々も見興じければ
 たぐひなき思ひいではの櫻かな
薄紅の花のにほひは

  おなじ旅にて
 風あらき柴のいほりは常よりも
寢覺ぞものはかなしかりける

  修行し侍るに、花おもしろかりける所にて
 ながむるに花の名だての身ならずば
このもとにてや春を暮らさむ
 〇九六〇
  修行して遠くまかりける折、人の思ひ隔てたるやうなる亊の侍りければ
 よしさらば幾重ともなく山こえて
やがても人に隔てられなむ

 秋、遠く修行し侍りけるほどに、ほど經ける所より、侍從大納言成道のもとへ遣しける
 あらし吹く峰の木葉にともなひて
いづちうかるる心なるらむ

  かへし
 何となく落つる木葉も吹く風に
散り行くかたは知られやはせぬ

 みやだてと申しけるはしたものの、年たかくなりて、さまかへなどして、ゆかりにつきて吉野に住み侍りけり。
 思ひかけぬやうなれども、供養をのべむ料にとて、くだ物を高野の御山へつかはしたりけるに、花と申すくだ物侍りけるを見て、申しつかはしける
 をりびつに花のくだ物つみてけり
吉野の人のみやだてにして

  かへし みやだて
 心ざし深くはこべるみやだてを
悟りひらけむ花にたぐへて

 常よりも道たどらるるほどに、雪ふかかりける頃、
 高野へまゐると聞きて、中宮大夫のもとより、いつか都へは出づべき、かかる雪にはいかにと申したりければ、
 返りごとに
 雪分けて深き山路にこもりなば
年かへりてや君にあふべき

  かへし 時忠卿
 分けて行く山路の雪は深くとも
とく立ち歸れ年にたぐへて

 ことの外に荒れ寒かりける頃、宮法印高野にこもらせ給ひて、此ほどの寒さはいかがするとて、小袖はせたりける又の朝申しける
 今宵こそあはれみあつき心地して
嵐の音をよそに聞きつれ

 宮の法印高野にこもらせ給ひて、おぼろけにては出でじと思ふに、修行せまほしきよし、語らせ給ひけり。
 千日果てて御嶽にまゐらせ給ひて、いひつかはしける
 あくがれし心を道のしるべにて
雲にともなふ身とぞ成りぬる

  かへし
 山の端に月すむまじと知られにき
心の空になると見しより
 〇九七〇
 待賢門院の中納言の局、世をそむきて小倉の麓に住み侍りける頃、まかりたりけるに、ことがらまことに優にあはれなりけり。風のけしきさへことにかなしかりければ、かきつけける
 山おろす嵐の音のはげしきを
いつならひける君がすみかぞ

  哀なるすみかをとひにまかりたりけるに、
  此歌をみてかきつけける 同じ院の兵衞局
 うき世をばあらしの風にさそはれて
家を出でぬる栖とぞ見る

 小倉をすてて高野の麓に天野と申す山に住まれけり。おなじ院の帥の局、都の外の栖とひ申さではいかがとて、分けおはしたりける、ありがたくなむ。
 歸るさに粉河へまゐられけるに、御山よりいであひたりけるを、しるべせよとありければ、ぐし申して粉河へまゐりたりける、かかるついでは今はあるまじきことなり、吹上みんといふこと、具せられたりける人々申し出でて、吹上へおはしけり。
 道より大雨風吹きて、興なくなりにけり。さりとてはとて、吹上に行きつきたりけれども、見所なきやうにて、社にこしかきすゑて、思ふにも似ざりけり。
 能因が苗代水にせきくだせとよみていひ傳へられたるものをと思ひて、社にかきつけける
 あまくだる名を吹上の神ならば
雲晴れのきて光あらはせ

 苗代にせきくだされし天の川
とむるも神の心なるべし
 かくかきたりければ、やがて西の風吹きかはりて、忽ちに雲はれて、うらうらと日なりにけり。
 末の代なれど、志いたりぬることには、しるしあらたなることを人々申しつつ、信おこして、吹上若の浦、おもふやうに見て歸られにけり。

  待賢門院の女房堀川の局のもとより、
  いひ送られける
 此世にてかたらひおかむ郭公
しでの山路のしるべともなれ

  かへし
 時鳥なくなくこそは語らはめ
死出の山路に君しかからば

  深夜水聲といふことを、高野にて人々よみけるに
 まぎれつる窓の嵐の聲とめて
ふくると告ぐる水の音かな
 〇九七七
 高野の奧の院の橋の上にて、月あかかりければ、もろともに眺めあかして、その頃西住上人京へ出でにけり。
 その夜の月忘れがたくて、又おなじ橋の月の頃、西住上人のもとへいひ遣しける
 こととなく君こひ渡る橋の上に
あらそふものは月の影のみ

  かへし 西住上人
 思ひやる心は見えで橋の上に
あらそひけりな月の影のみ

  入道寂然大原に住み侍りけるに、高野より遣しける
 山ふかみさこそあらめときこえつつ
音あはれなる谷川の水
 〇九八〇
 山ふかみまきの葉わくる月影は
はげしきもののすごきなりけり

 山ふかみ窓のつれづれとふものは
色づきそむるはじの立枝ぞ

 山ふかみ苔の莚の上にゐて
なに心なく啼くましらかな

 山ふかみ岩にしたたる水とめむ
かつがつ落つるとちひろふ程

 山ふかみけぢかき鳥のおとは
せでもの恐しきふくろふの聲

 山ふかみこぐらき嶺の梢より
ものものしくも渡る嵐か

 山ふかみほた切るなりときこえつつ
所にぎはふ斧の音かな

 山ふかみ入りて見と見るものは
皆あはれ催すけしきなるかな

 山ふかみなるるかせぎのけぢかきに
世に遠ざかる程ぞ知らるる

  かへし 寂然
 あはれさはかうやと君も思ひ知れ
秋暮れがたの大原の里
 〇九九〇
 ひとりすむおぼろの清水友とては
月をぞすます大原の里

 炭がまのたなびくけぶりひとすぢに
心ぼそきは大原の里

 何となく露ぞこぼるる秋の田の
ひた引きならす大原の里

 水の音は枕に落つるここちして
ねざめがちなる大原の里

 あだにふく草のいほりのあはれより
袖に露おく大原の里

 山かぜに嶺のささぐりはらはらと
庭に落ちしく大原の里

 ますらをが(つま)木に通草(あけび)さしそへて
暮るれば歸る大原の里

 むぐらはふ門は木の葉に埋もれて
人もさしこぬ大原の里

 もろともに秋も山路も深ければ
しかぞかなしき大原の里

  高野に籠りたりける頃、
  草の庵に花の散りつみければ
 ちる花のいほりの上を吹くならば
風入るまじくめぐりかこはむ
 一〇〇〇
  高野より、京なる人のもとへいひつかはしける
 住むことは所がらぞといひながら
かうやは物のあはれなるべき

 思はずなること思ひ立つよしきこえける人のもとへ、
 高野より云ひつかはしける
 しをりせで猶山深く分け入らむ
うきこと聞かぬ所ありやと

 高野にこもりたる人を、京より、何ごとか、又いつか出づべきと申したるよし聞きて、その人にかはりて
 山水のいつ出づべしと思はねば
心細くてすむと知らずや

  旅のこころを
 旅ねする嶺の嵐につたひきて
あはれなりける鐘の音かな

  海邊重旅宿といへることを
 波ちかき磯の松がね枕にて
うらがなしきは今宵のみかは

 しほ湯にまかりたりけるに、具したりける人、九月晦日にさきへのぼりければ、つかはしける。人にかはりて
 秋は暮れ君は都へ歸りなば
あはれなるべき旅のそらかな

  かへし 大宮の女房加賀
 君をおきて立ち出づる空の露けさは
秋さへくるる旅の悲しさ

 しほ湯出でて京へ歸りまうで來て、古郷の花霜がれにける、あはれなりけり。
 いそぎ歸りし人のもとへ又かはりて
 露おきし庭の小萩も枯れにけり
いづち都に秋とまるらむ

  かへし おなじ人
 したふ秋は露もとまらぬ都へと
などて急ぎし舟出なるらむ

 賀歌
  うまごまうけて悦びける人のもとへ、
  いひつかはしける
 千代ふべき二葉の松のおひさきを
見る人いかに嬉しかるらむ
 一〇一〇
  祝
 ひまもなくふりくる雨のあしよりも
數かぎりなき君が御代かな

 千代ふべきものをさながらあつむとも
君が齡を知らんものかは

 苔うづむゆるがぬ岩の深き根は
君が千年をかためたるべし

 むれ立ちて雲井にたづの聲すなり
君が千年や空にみゆらむ

 澤べより巣立ちはじむる鶴の子は
松の枝にやうつりそむらむ

 大海のしほひて山になるまでに
君はかはらぬ君にましませ

 君が代のためしに何を思はまし
かはらぬ松の色なかりせば

 君が代は天つ空なる星なれや
數も知られぬここちのみして

 光さす三笠の山の朝日こそ
げに萬代のためしなりけれ

 萬代のためしにひかむ龜山の
裾野の原にしげる小松を
 一〇二〇
 かずかくる波にしづ枝の色染めて
神さびまさる住の江の松

 若葉さす平野の松はさらに
また枝にや千代の數をそふらむ

 竹の色も君が緑に染められて
幾世ともなく久しかるべし

 戀歌
  名を聞きて尋ぬる戀
 あはざらむことをば知らず帚木の
ふせやと聞きて尋ね行くかな

  自門歸戀
 たてそめて歸る心はにしき木の
千づか待つべき心地こそすれ

  涙顯戀
 おぼつかないかにも人のくれは鳥
あやむるまでにぬるる袖かな

  夢會戀
 なかなかに夢に嬉しきあふことは
うつつに物をおもふなりけり

 あふことを夢なりけりと思ひわく
心のけさは恨めしきかな

 あふとみることを限りの夢路にて
さむる別のなからましかば

 夢とのみ思ひなさるる現こそ
あひみることのかひなかりけれ
 一〇三〇
  後朝
 今朝よりぞ人の心はつらからで
明けはなれ行く空を恨むる

 あふことをしのばざりせば道芝の
露よりさきにおきてこましや

  後朝時鳥
 さらぬだに歸りやられぬしののめに
そへてかたらふ時鳥かな

  後朝花橘
 かさねてはこからまほしきうつり香を
花橘に今朝たぐへつつ

  後朝霧
 やすらはむ大かたの夜は明けぬとも
やみとかこへる霧にこもりて

  歸るあしたの時雨
 ことづけて今朝の別はやすらはむ
時雨をさへや袖にかくべき

  逢ひてあはぬ戀
 つらくともあはずば何のならひにか
身の程知らず人をうらみむ

 さらばたださらでぞ人のやみなまし
さて後もさはさもあらじとや

  恨
 もらさじと袖にあまるをつつままし
なさけをしのぶ涙なりせば

  ふたたび絶ゆる戀
 から衣たちはなれにしままならば
重ねて物は思はざらまし
 一〇四〇
  商人に書をつくる戀といふことを
 思ひかね市の中には人多み
ゆかり尋ねてつくる玉章

  海路戀
 波のしくことをも何かわづらはむ
君があふべき道と思はば

  九月ふたつありける年、閏月を忌む戀といふことを、
  人々よみけるに
 長月のあまりにつらき心にて
いむとは人のいふにやあるらむ

 御あれの頃、賀茂にまゐりたりけるに、さうじにはばかる戀といふことを、人々よみけるに
 ことづくるみあれのほどをすぐしても
猶やう月の心なるべき

  同じ社にて、神に祈る戀といふことを、
  神主どもよみけるに
 天くだる神のしるしのありなしを
つれなき人の行方にてみむ

 賀茂のかたに、ささきと申す里に冬深く侍りけるに、
 人々まうで來て、山里の戀といふことを
 かけひにも君がつららや結ぶらむ
心細くもたえぬなるかな

  寄糸戀
 賤のめがすすくる糸にゆづりおきて
思ふにたがふ戀もするかな

  寄梅戀
 折らばやと何思はまし梅の花
めづらしからぬ匂ひなりせば

 行きずりに一枝折りし梅が香の
深くも袖にしみにけるかな

  寄花戀
 つれもなき人にみせばや櫻花
風にしたがふ心よわさを
 一〇五〇
 花をみる心はよそにへだたりて
身につきたるは君がおもかげ

  寄殘花戀
 葉がくれに散りとどまれる花のみぞ
忍びし人にあふここちする

  寄歸雁戀
 つれもなく絶えにし人を雁がねの
歸る心とおもはましかば

  寄草花戀
 折りてただしをればよしや我が袖も
萩の下枝の露によそへて

  寄鹿戀
 つま戀ひて人目つつまぬ鹿の音を
うらやむ袖のみさをなるかな

  寄苅萱戀
 一方にみだるともなきわが戀や
風さだまらぬ野邊の苅萱

  寄霧戀
 夕ぎりの隔なくこそ思ひつれ
かくれて君があはぬなりけり

  寄紅葉戀
 わが涙しぐれの雨にたぐへばや
紅葉の色の袖にまがへる

  寄落葉戀
 朝ごとに聲ををさむる風の音は
よをへてかるる人の心か

  寄氷戀
 春を待つ諏訪のわたりもあるものを
いつを限にすべきつららぞ
 一〇六〇
  寄水鳥戀
 我が袖の涙かかるとぬれであれな
うらやましきは池のをし鳥

  月
 月待つといひなされつる宵のまの
心の色の袖に見えぬる

 しらざりき雲井のよそに見し月の
影を袂に宿すべしとは

 あはれとも見る人あらば思はなむ
月のおもてにやどす心を

 月見ればいでやと世のみおもほえて
もたりにくくもなる心かな

 弓はりの月にはつれてみし影の
やさしかりしはいつか忘れむ

 面影のわすらるまじき別かな
名殘を人の月にとどめて

 秋の夜の月や涙をかこつらむ
雲なき影をもてやつすとて

 天の原さゆるみそらは晴れながら
涙ぞ月のくまになるらむ

 物思ふ心のたけぞ知られぬる
夜な夜な月を眺めあかして
 一〇七〇
 月を見る心のふしをとがにして
たより得がほにぬるる袖かな

 おもひ出づることはいつもといひながら
月にはたへぬ心なりけり

 あしびきの山のあなたに君すまば
入るとも月を惜しまざらまし

 なげけとて月やはものを思はする
かこち顏なる我が涙かな

 君にいかで月にあらそふ程ばかり
めぐり逢ひつつ影をならべむ

 白妙の衣かさぬる月影の
さゆる眞袖にかかるしら露

 忍びねのなみだたたふる袖のうらに
なづまず宿る秋の夜の月

 もの思ふ袖にも月は宿りけり
濁らですめる水ならねども

 こひしさを催す月の影なれば
こぼれかかりてかこつ涙か

 よしさらば涙の池に身をなして
心のままに月をやどさむ
 一〇八〇
 うちたえてなげく涙に我が袖の
朽ちなばなにに月を宿さむ

 世々ふとも忘れがたみの思ひ出は
たもとに月のやどるばかりぞ

 涙ゆゑ隈なき月ぞくもりぬる
あまのはらはらねのみなかれて

 あやにくにしるくも月の宿るかな
よにまぎれてと思ふ袂に

 おもかげに君が姿をみつるより
俄に月のくもりぬるかな

 よもすがら月を見がほにもてなして
心のやみにまよふ頃かな

 秋の月もの思ふ人のためとてや
影に哀をそへて出づらむ

 隔てたる人のこころのくまにより
月をさやかに見ぬが悲しさ

 涙ゆゑつねはくもれる月なれば
流れぬ折ぞ晴間なりける

 くまもなき折しも人を思ひ出でて
心と月をやつしつるかな
 一〇九〇
 もの思ふ心の隈をのごひすてて
くもらぬ月を見るよしもがな

 戀しさや思ひよわると眺むれば
いとど心をくだく月かな

 ともすれば月澄む空にあくがるる
心のはてを知るよしもがな

 詠むるになぐさむことはなけれども
月を友にてあかす頃かな

 もの思ひてながむる頃の月の色に
いかばかりなるあはれそふらむ

 天雲のわりなきひまをもる月の
影ばかりだにあひみてしがな

 秋の月しのだの森の千枝よりも
しげきなげきや隈になるらむ

 思ひしる人あり明のよなりせば
つきせず身をば恨みざらまし

  戀
 數ならぬ心のとがになしはてじ
知らせてこそは身をも恨みめ

 打向ふそのあらましの面かげを
まことになしてみるよしもがな
 一一〇〇
 山がつの荒野をしめて住みそむる
かた便なる戀もするかな

 ときは山しひの下柴かり捨てむ
かくれて思ふかひのなきかと

 歎くともしらばや人のおのづから
哀と思ふこともあるべき

 何となくさすがにをしき命かな
ありへば人や思ひしるとて

 何故か今日まで物を思はまし
命にかへて逢ふせなりせば

 あやめつつ人知るとてもいかがせん
忍びはつべき袂ならねば

 涙川ふかく流るゝみをならば
あさき人目につつまざらまし

 しばしこそ人めづつみにせかれけれ
はては涙やなる瀧の川

 もの思へば袖にながるる涙川
いかなるみをに逢ふ瀬ありなむ

 うきたびになどなど人を思へども
叶はで年の積りぬるかな
 一一一〇
 なかなかになれぬ思ひのままならば
恨ばかりや身につもらまし

 何せんにつれなかりしを恨みけむ
あはずばかかる思ひせましや

 むかはしは我がなげきのむくいにて
誰ゆゑ君がものをおもはむ

 身のうさの思ひ知らるゝことわりに
おさへられぬは涙なりけり

 日をふれば袂の雨のあしそひて
晴るべくもなき我が心かな

 かきくらす涙の雨のあししげみ
さかりに物のなげかしきかな

 物思へどかからぬ人もあるものを
あはれなりける身のちぎりかな

 いはしろの松風きけば物を思ふ
人も心はむすぼほれけり

 なほざりのなさけは人のあるものを
たゆるは常のならひなれども

 なにとこはかずまへられぬ身の程に
人を恨むる心ありけむ
 一一二〇
 うきふしをまづ思ひしる涙かな
さのみこそはと慰むれども

 さまざまに思ひみだるる心をば
君がもとにぞつかねあつむる

 もの思へばちぢに心ぞくだけぬる
しのだの森の枝ならねども

 かかる身におふしたてけむたらちねの
親さへつらき戀もするかな

 おぼつかな何のむくいのかえりきて
心せたむるあたとなるらむ

 かきみだる心やすめのことぐさは
あはれあはれとなげくばかりぞ

 身をしれば人のとがとは思はぬに
恨みがほにもぬるる袖かな

 なかなかになるるつらさにくらぶれば
うとき恨はみさをなりけり

 人はうし歎はつゆもなぐさまず
こはさはいかにすべき心ぞ

 日にそへて恨はいとど大海の
ゆたかなりける我がなみだかな
 一一三〇
 さることのあるなりけりと思ひ出でて
忍ぶ心を忍べとぞ思ふ

 今ぞしる思ひ出でよと契りしは
忘れむとての情なりけり

 難波潟波のみいとど數そひて
恨のひまや袖のかわかむ

 心ざしのありてのみやは人をとふ
なさけはなどと思ふばかりぞ

 なかなかに思ひしるてふ言の葉は
とはぬに過ぎてうらめしきかな

 などかわれことの外なる歎せで
みさをなる身に生れざりけむ

 汲みてしる人もあらなむおのづから
ほりかねの井の底の心を

 けぶり立つ富士に思ひのあらそひて
よだけき戀をするがへぞ行く

 涙川さかまくみをの底ふかみ
みなぎりあへぬ我がこころかな

 せと口に立てるうしほの大淀み
よどむとしひもなき涙かな
 一一四〇
 磯のまに波あらげなるをりをりは
恨をかづく里のあま人

 東路やあひの中山ほどせばみ
心のおくの見えばこそあらめ

 いつとなく思ひにもゆる我身かな
淺間の煙しめる世もなく

 播磨路や心のすまに關すゑて
いかで我が身の戀をとどめむ

 あはれてふなさけに戀のなぐさまば
問ふことの葉や嬉しからまし

 物思ひはまだ夕ぐれのままなるに
明けぬとつぐるには鳥の聲

 夢をなど夜ごろたのまで過ぎきけむ
さらで逢ふべき君ならなくに

 さはといひて衣かへしてうちふせど
めのあはばやは夢もみるべき

 戀ひらるるうき名を人に立てじとて
忍ぶわりなき我が袂かな

 夏草のしげりのみ行く思ひかな
待たるる秋のあはれ知られて
 一一五〇
 くれなゐの色に袂のしぐれつつ
袖に秋あるここちこそすれ

 あはれとてなどとふ人のなかるらむ
もの思ふやどの荻の上風

 わりなしやさこそもの思ふ袖ならめ
秋にあひてもおける露かな

 いかにせんこむよのあまとなる程に
みるめかたくて過ぐる恨を

 秋ふかき野べの草葉にくらべばや
もの思ふ頃の袖の白露

 もの思ふ涙ややがてみつせ河
人をしづむる淵となるらむ

 あはれあはれ此世はよしやさもあらばあれ
こん世もかくや苦しかるべき

 たのもしなよひ曉の鐘のおとに
もの思ふつみも盡きざらめやは

 今日こそはけしきを人に知られぬれ
さてのみやはと思ふあまりに

 さらに又むすぼほれ行く心かな
とけなばとこそ思ひしかども
 一一六〇
 昔よりもの思ふ人やなからまし
心にかなふ歎なりせば

 よしさらば誰かは世にもながらへむと
思ふ折にぞ人はうからぬ

 うき身知る心にも似ぬ涙かな
恨みんとしもおもはぬものを

 今さらに何と人めをつつむらむ
しぼらば袖のかわくべきかは

 あひ見ては訪はれぬうさぞ忘れぬる
うれしきをのみまづ思ふまに

 うとくなる人を何とて恨むらむ
知られず知らぬ折もありしを

 我が戀はみしまが澳にこぎ出でて
なごろわづらふ海人のつり舟

 うらみてもなぐさみてましなかなかに
つらくて人のあはぬと思はば

 はるかなる岩のはざまにひとりゐて
人目つつまでもの思はばや

 人はこで風のけしきのふけぬるに
あはれに雁のおとづれて行く
 一一七〇

  戀百十首
 思ひあまりいひ出でてこそ池水の
深き心のほどは知られめ

 なき名こそしかまの市に立ちにけれ
まだあひ初めぬ戀するものを

 つつめども涙の色にあらはれて
忍ぶ思ひは袖よりぞちる

 わりなしや我も人目をつつむまに
しひてもいはぬ心づくしは

 なかなかにしのぶけしきやしるからむ
かかる思ひに習なき身は

 氣色をばあやめて人のとがむとも
うちまかせてはいはじとぞ思ふ

 心にはしのぶと思ふかひもなく
しるきは戀の涙なりけり

 色に出でていつよりものは思ふぞと
問ふ人あらばいかがこたへむ

 逢ふことのなくてやみぬるものならば
今みよ世にもありやはつると

 うき身とて忍ばば戀のしのばれて
人の名だてになりもこそすれ
 一一八〇
 みさをなる涙なりせばから衣
かけても人に知られましやは

 歎きあまり筆のすさびにつくせども
思ふばかりはかかれざりけり

 わが歎く心のうちのくるしさを
何にたとへて君に知られむ

 今はただ忍ぶ心ぞつつまれぬ
なげかば人や思ひしるとて

 心にはふかくしめども梅の花
折らぬ匂ひはかひなかりけり

 さりとよとほのかに人を見つれども
覺めぬは夢の心地こそすれ

 消えかへり暮待つ袖ぞしをれぬる
おきつる人は露ならねども

 いかにせんその五月雨のなごりより
やがてをやまぬ袖の雫を

 さるほどの契はなににありながら
ゆかぬ心のくるしきやなぞ

 今はさは覺めぬを夢になしはてて
人に語らでやみねとぞ思ふ
 一一九〇
 折る人の手にはたまらで梅の花
誰がうつり香にならむとすらむ

 うたたねの夢をいとひし床の上の
今朝いかばかり起きうかるらむ

 ひきかへて嬉しかるらむ心にも
うかりしことを忘れざらなむ

 棚機は逢ふをうれしと思ふらむ
我は別のうき今宵かな

 おなじくは咲き初めしよりしめおきて
人にをられぬ花と思はむ

 朝霧にぬれにし袖をほす程に
やがて夕だつわが涙かな

 待ちかねて夢に見ゆやとまどろめば
寢覺すすむる荻の上風

 つつめども人しる戀や大井川
ゐせぎのひまをくぐる白波

 あふまでの命もがなと思ひしは
悔しかりける我がこころかな

 今よりはあはで物をば思ふとも
後うき人に身をばまかせじ
 一二〇〇
 いつかはとこたへむことのねたきかな
思ひもしらず恨きかせよ

 袖の上の人めしられし折までは
みさをなりける我が涙かな

 あやにくに人めもしらぬ涙かな
たえぬ心にしのぶかひなく

 荻の音はもの思ふ我になになれば
こぼるる露に袖のしをるる

 草しげみ澤にぬはれてふす鴫の
いかによそだつ人の心ぞ

 あはれとて人の心のなさけあれな
數ならぬにはよらぬなさけを

 いかにせむうき名を世々にたて果てて
思ひもしらぬ人の心を

 忘られむことをばかねて思ひにき
などおどろかす涙なるらむ

 とはれぬもとはぬ心のつれなさも
うきはかはらぬ心地こそすれ

 つらからむ人ゆゑ身をば恨みじと
思ひしかどもかなはざりけり
 一二一〇
 今更に何かは人もとがむべき
はじめてぬるる袂ならねば

 わりなしな袖に歎きのみつままに
命をのみもいとふ心は

 色ふかき涙の河の水上は
人をわすれぬ心なりけり

 待ちかねてひとりはふせど敷妙の
枕ならぶるあらましぞする

 とへかしななさけは人の身の
ためをうきものとても心やはある

 言の葉の霜がれにしに思ひにき
露のなさけもかからましかば

 夜もすがら恨を袖にたたふれば
枕に波の音ぞきこゆる

 ながらへて人のまことを見るべきに
戀に命のたたむものかは

 たのめおきし其いひごとやあだになりし
波こえぬべき末の松山

 川の瀬によに消えぬべきうたかたの
命をなぞや君がたのむる
 一二二〇
 かりそめにおく露とこそ思ひしか
あきにあひぬる我がたもとかな

 おのづからありへばとこそ思ひつれ
たのみなくなる我が命かな

 身をもいとひ人のつらさも歎かれて
思ひ數ある頃にもあるかな

 菅の根のながく物をば思はじと
手向し神に祈りしものを

 うちとけてまどろまばやは唐衣
よなよなかへすかひもあるべき

 我つらきことをやなさむおのづから
人めを思ふ心ありやと

 こととへばもてはなれたるけしきかな
うららかなれや人の心の

 もの思ふ袖に歎のたけ見えて
しのぶしらぬは涙なりけり

 草の葉にあらぬ袂ももの思へば
袖に露おく秋の夕ぐれ

 逢ふことのなき病にて戀ひ死なば
さすがに人やあはれと思はむ
 一二三〇
 いかにぞやいひやりたりしかたもなく
物を思ひて過ぐる頃かな

 我ばかりもの思ふ人や又もあると
唐土までも尋ねてしがな

 君に我いかばかりなる契ありて
間なくも物を思ひそめけむ

 さらぬだにもとの思ひの絶えぬ間に
歎を人のそふるなりけり

 我のみぞ我が心をばいとほしむ
あはれむ人のなきにつけても

 うらみじと思ふ我さへつらきかな
とはで過ぎぬる心づよさを

 いつとなき思ひは富士の烟にて
おきふす床やうき島が原

 これもみな昔のことといひながら
など物思ふ契なりけむ

 などか我つらき人ゆゑ物を思ふ
契をしもは結び置きけむ

 くれなゐにあらぬ袂のこき色は
こがれてものを思ふ涙か
 一二四〇
 せきかねてさはとて流す瀧つせに
わく白玉は涙なりけり

 なげかじとつつみし頃は涙だに
打ちまかせたる心地やはせし

 ながめこそうき身のくせとなり果てて
夕暮ならぬ折もわかれぬ

 今は我戀せん人をとぶらはむ
世にうきことと思ひ知られぬ

 思へども思ふかひこそなかりけれ
思ひもしらぬ人を思へば

 あやひねるささめのこ蓑きぬにきむ
涙の雨を凌ぎがてらに

 なぞもかくことあたらしく人のとふ
我が物思はふりにしものを

 死なばやと何思ふらむ後の世も
戀はよにうきこととこそきけ

 わりなしやいつを思ひの果にして
月日を送るわが身なるらむ

 いとほしやさらに心のをさなびて
たまぎれらるる戀もするかな
 一二五〇
 君したふ心のうちはちごめきて
涙もろにもなる我が身かな

 なつかしき君が心の色をいかで
露もちらさで袖につつまむ

 いくほどもながらふまじき世の中に
ものを思はでふるよしもがな

 いつか我ちりつむとこを拂ひあげて
こむとたのめむ人を待つべき

 よだけだつ袖にたぐへて忍ぶかな
袂の瀧におつる涙を

 うきによりつひに朽ちぬる我が袖を
心づくしに何忍びけむ

 心からこころに物をおもはせて
身をくるしむる我が身なりけり

 ひとりきて我が身にまとふ唐衣
しほしほとこそ泣きぬらさるれ

 いひ立てて恨みばいかにつらからむ
思へばうしや人のこころは

 なげかるる心のうちのくるしさを
人の知らばや君にかたらむ
 一二六〇
 人しれぬ涙にむせぶ夕ぐれは
ひきかづきてぞうちふされける

 思ひきやかかるこひぢに入り初めて
よく方もなき歎せんとは

 あやふさに人目ぞ常によかれける
岩の角ふむほきのかけ道

 知らざりき身にあまりたる歎して
隙なく袖をしぼるべしとは

 吹く風に露もたまらぬ葛の葉の
うらがへれとは君をこそ思へ

 我からと藻にすむ虫の名に
しおへば人をば更にうらみやはする

 むなしくてやみぬべきかな空蝉の
此身からにて思ふなげきは

 つつめども袖より外にこぼれ出でて
うしろめたきは涙なりけり

 我が涙うたがはれぬる心かな
故なく袖のしぼるべきかは

 さることのあるべきかはとしのばれて
心いつまでみさをなるらむ
 一二七〇
 とりのくし思ひもかけぬ露はらひ
あなくしたかの我が心かな

 君にそむ心の色の深さには
匂ひもさらに見えぬなりけり

 さもこそは人め思はずなりはてめ
あなさまにくの袖のけしきや

 かつすすぐ澤のこ芹のねを白み
清げにものを思はするかな

 いかさまに思ひつづけて恨みまし
ひとへにつらき君ならなくに

 恨みてもなぐさめてまし中々に
つらくて人のあはぬと思へば

 うちたえで君にあふ人いかなれや
我が身も同じ世にこそはふれ

 とにかくにいとはまほしき世なれども
君が住むにもひかれぬるかな

 何ごとにつけてか世をば厭はまし
うかりし人ぞ今はうれしき

 あふと見しその夜の夢のさめであれな
長き眠りはうかるべけれど
 此歌、題も、又、人にかはりたることどももありけれどかかず、此歌ども、山里なる人の、語るにしたがひてかきたるなり。されば、ひがごとどもや、昔今のこととりあつめたれば、時をりふしたがひたることどもも。
 一二八〇
 陰陽頭に侍りける者に、ある所のはした者、もの申しけり。いと思ふやうにもなかりければ、六月晦日に遣しけるにかはりて
 我がためにつらき心をみな月の
てづからやがてはらへすてなむ

  百首の歌の中、戀十首
 ふるき妹がそのに植えたるからなづな
誰なづさへとおほし立つらむ

 紅のよそなる色は知られねば
ふでにこそまづ染め初めけれ

 さまざまの歎を身にはつみ置きて
いつしめるべき思ひなるらむ

 君をいかにこまかにゆへるしげめゆひ
立ちもはなれずならびつつみむ

 こひすともみさをに人にいはればや
身にしたがはぬ心やはある

 思ひ出でよみつの濱松よそだつる
しかの浦波たたむ袂を

 うとくなる人は心のかはるとも
我とは人に心おかれじ

 月をうしとながめながらも思ふかな
その夜ばかりの影とやは見し

 我はただかへさでを着むさ夜
衣きてねしことを思ひ出でつつ
 一二九〇
 川風にちどり鳴くらむ冬の夜は
我が思にてありけるものを

 雜歌
 いにしへごろ、東山にあみだ房と申しける上人の庵室にまかりて見けるに、あはれとおぼえてよみける
 柴の庵ときくはいやしき名なれども
世に好もしきすまひなりけり

  世をのがれける折、
  ゆかりなりける人のもとへいひ送りける
 世の中をそむきはてぬと云ひおかむ
思ひしるべき人はなくとも

  題しらず
 つららはふ端山は下もしげければ
住む人いかにこぐらかるらむ

 熊のすむ苔の岩山恐ろしみ
うべなりけりな人も通はず

 ねわたしにしるしの竿や立ちつらむ
こひのまちつる越の中山

 雲鳥やしこき山路はさておきて
をくちるはらのさびしからぬか

 まさきわる飛騨のたくみや出でぬらむ
村雨過ぎぬかさどりの山

 河合やまきのすそ山石たてる
杣人いかに凉しかるらむ

 杣くたすまくにがおくの河上に
たつきうつべしこけさ浪よる
 一三〇〇
 わけ入りて誰かは人の尋ぬべき
岩かげ草のしげる山路を

  山寺の夕暮といふことを人々よみ侍りけるに
 嶺おろす松のあらしの音に
又ひびきをそふる入相の鐘

  夕暮山路
 夕されやひはらの嶺を越え行けば
凄くきこゆる山鳩の聲

  題しらず
 ふる畑のそばのたつ木にをる鳩の
友よぶ聲の凄き夕暮

 をりかくる波のたつかと見ゆるかな
洲さきにきゐる鷺のむら鳥

 つがはねどうつれる影を友として
鴦住みけりな山川の水

 みな鶴は澤の氷のかがみにて
千歳の影をもてやなすらむ

 山ざとは谷のかけひのたえだえに
水こひ鳥の聲きこゆなり

  ことりどもの歌よみける中に
 聲せずと色こくなると思はまし
柳の芽はむひわのむら鳥

 桃ぞのの花にまがへるてりうその
むれ立つ折はちるここちする
 一三一〇
 ならびゐて友をはなれぬこがらめの
ねぐらにたのむ椎の下枝

  屏風の繪を人々よみけるに、
  海のきはに幼なきいやしきもののある所を
 磯菜つむあまのさをとめ心せよ
沖ふく風に浪高くなる

  おなじ繪に、苫のうちにねおどろきたる所
 磯による浪に心のあらはれて
ねざめがちなる苫やかたかな

  題しらず
 山もなき海のおもてにたなびきて
波の花にもまがふ白雲

 ふもと行く舟人いかに寒からむ
くま山嶽をおろすあらしに

 浪につきて磯わにいますあら神は
鹽ふむきねを待つにやあるらむ

 鹽風にいせの濱荻ふせばまづ
穗ずゑに波のあらたむるかな

 あら磯の波にそなれてはふ松は
みさごのゐるぞ便なりける

 浦ちかみかれたる松の梢には
波の音をや風はかるらむ

 あはぢ嶋せとのなごろは高くとも
此汐わたにさし渡らばや
 一三二〇
 汐路行くかこみのともろ心せよ
またうづ早きせと渡るなり

 磯にをる波のけはしく見ゆるかな
沖になごろや高く行くらむ

 とほくさすひたのおもてにひく汐は
しづむ心ぞ悲しかりける

 おぼつかないぶきおろしの風さきに
あさづま舟はあひやしぬらむ

 くれ舟よあさづまわたり今朝なせそ
伊吹のたけに雪しまくなり

  竹風驚夢
 玉みがく露ぞ枕にちりかかる
夢おどろかす竹のあらしに

  山里にまかりて侍りけるに、竹の風の、
  荻にまがひてきこえければ
 竹の音も荻吹く風のすくなきに
くはえて聞けばやさしかりけり

 世をのがれて嵯峨に住みける人のもとにまかりて、
 後世のことおこたらずつとむべきよし申して歸りけるに、竹の柱をたてたりけるを見て
 よよふとも竹の柱の一筋に
たてたるふしはかはらざらなむ

  題しらず
 身にもしみものあらげなるけしきさへ
あはれをせむる風の音かな

 いかでかは音に心のすまざらむ
草木もなびく嵐なりける
 一三三〇
 松風はいつもときはに身にしめど
わきて寂しき夕ぐれの空

 こがらしに木葉のおつる山里は
涙さへこそもろくなりけれ

 嶺わたる嵐はげしき山ざとに
そへてきこゆる瀧川の水

 とふ人も思ひたえたる山里の
さびしさなくば住みうからまし

 曉の嵐にたぐふ鐘の音を
心の底にこたえてぞきく

 またれつる入相のかねの音すなり
明日もやあらば聞かむとすらむ

 松風の音あはれなる山里に
さびしさそふる日ぐらしの聲

 谷のまにひとりぞ松はたてりける
我のみ友はなきかと思へば

 入日さす山のあなたは知らねども
心をぞかねておくり置きつる

 何となく汲むたびにすむ心から
岩井の水に影うつしつつ
 一三四〇
 水の音はさびしき庵の友なれや
嶺の嵐のたえまたえまに

 八條院の宮と申しけるをり、白川殿にて蟲あはせられけるに、かはりて、蟲入れてとり出だしける物に、水に月のうつりたるよしをつくりて、その心をよみける
 行末の名にや流れむ常よりも
月すみわたる白川の水

  内に貝合せむと、せさせ給ひけるに、人にかはりて
 風たちて波ををさむる浦々に
小貝をむれてひろふなりけり

 難波潟しほひにむれて出でたたむ
しらすのさきの小貝ひろひに

 風吹けば花咲く波のをるたびに
櫻貝よるみしまえの浦

 波あらふ衣のうらの袖貝を
みぎはに風のたたみおくかな

 なみかくる吹上の濱の簾貝
風もぞおろす磯にひろはむ

 しほそむるますをのこ貝ひろふとて
色の濱とはいふにやあるらむ

 波よする竹の泊のすずめ貝
うれしき世にもあひにけるかな

 なみよするしららの濱のからす貝
ひろひやすくもおもほゆるかな
 一三五〇
 かひありな君が御袖におほはれて
心にあはぬことしなき世は

  百首の歌の中、雜十首
 澤の面にふせたるたづの一聲に
おどろかされてちどり鳴くなり

 友になりて同じ湊を出づるふねの
行方もしらず漕ぎ分れぬる

 瀧おつる吉野の奧のみや川の
昔をみけむ跡したはばや

 我がそのの岡べに立てる一つ松を
ともと見つつも老にけるかな

 さまざまのあはれありつる山里を
人につたへて秋の暮れける

 山がつの住みぬと見ゆるわたりかな
冬にあせ行くしづはらの里

 山ざとの心の夢にまどひをれば
吹きしらまかす風の音かな

 月をこそながめば心うかれ出でめ
やみなる空にただよふやなぞ

 波たかき芦やの沖をかへる
舟のことなくて世を過ぎんとぞ思ふ
 一三六〇
 ささがにのいと世をかくて過ぎにけり
人の人なる手にもかからで

 庚申の夜くじくばりて歌よみけるに、古今後撰拾遺、
 これを梅さくら山吹によせたる題をとりてよみける古今梅によす
 紅の色こきむめを折る人の
袖にはふかき香やとまるらむ

  後撰櫻によす
 春風の吹きおこせんに櫻花
となりくるしくぬしや思はむ

  拾遺山吹によす
 山吹の花咲く井出の里こそは
やしうゐたりと思はざらなむ

  月蝕を題にて歌よみけるに
 いむといひて影にあたらぬ今宵しも
われて月みる名や立ちぬらむ

  題しらず
 いたけもるあまみか時になりにけり
えぞが千島を煙こめたり

 もののふのならすすさびはおびただし
あけとのしさりかもの入くび

 むつのくのおくゆかしくぞ思ほゆる
つぼのいしぶみそとの濱風

 あさかへるかりゐうなこのむら鳥は
はらのをかやに聲やしぬらむ

 もろ聲にもりかきみかぞ聞ゆなる
いひ合せてやつまをこふらむ
 一三七〇
  年頃聞き渡りける人に、初めて對面申して歸る朝に
 わかるともなるる思ひをかさねまし
過ぎにしかたの今宵なりせば

  同行に侍りける上人、
  月の頃天王寺にこもりたりと聞きて、いひ遣しける
 いとどいかに西にかたぶく月影を
常よりもけに君したふらむ

 堀河局仁和寺に住み侍りけるに、まゐるべきよし申したりけれども、まぎるることありて程へにけり。
 月の頃まへを過ぎけるを聞きて、いひ送られける
 西へ行くしるべとたのむ月かげの
空だのめこそかひなかりけれ

  かへし
 さし入らで雲路をよきし月影は
またぬ心や空に見えけむ

  ゆかりなくなりて、
  すみうかれにける古郷へ歸りゐける人のもとへ
 すみ捨てしその古郷をあらためて
昔にかへる心地もやする

 ある人、世をのがれて北山寺にこもりゐたりと聞きて、尋ねまかりたりけるに、月あかかりければ
 世をすてて谷底に住む人みよと
嶺の木のまを出づる月影

 ある宮ばらにつけて仕へ侍りける女房、世をそむきて都はなれて遠くまからむと思ひ立ちて、まゐらせけるにかはりて
 くやしくもよしなく君に馴れそめて
いとふ都のしのばれぬべき

  侍從大納言成道のもとへ、
  後の世のことおどろかし申したりける返りごとに
 おどろかす君によりてぞ長き夜の
久しき夢はさむべかりける

  かへし
 おどろかぬ心なりせば世の中を
夢ぞとかたるかひなからまし

 中院右大臣、出家おもひ立つよしかたり給ひけるに、月のいとあかく、よもすがらあはれにて明けにければ歸りけり。その後、その夜の名殘おほかりしよしいひ送り給ふとて
 よもすがら月を詠めて契り置きし
其むつごとに闇は晴れにし
 一三八〇
  かへし
 すむとみし心の月しあらはれば
此世も闇は晴れざらめやは

 爲なり、ときはに堂供養しけるに、世をのがれて山寺に住み侍りける親しき人々まうできたりと聞きて、いひつかはしける
 いにしへにかはらぬ君が姿こそ
今日はときはの形見なるらめ

  かへし
 色かへで獨のこれるときは木は
いつをまつとか人の見るらむ

 ある人さまかへて仁和寺の奧なる所に住むと聞きて、まかり尋ねければ、あからさまに京にと聞きて歸りにけり。其のち人つかはして、かくなんまゐりたりしと申したる返りごとに。
 立ちよりて柴の烟のあはれさを
いかが思ひし冬の山里

  かへし
 山里に心はふかくすみながら
柴の烟の立ち歸りにし

  此歌もそへられたりける
 惜しからぬ身を捨てやらでふる程に
長き闇にや又迷ひなむ

  かへし
 世を捨てぬ心のうちに闇こめて
迷はむことは君ひとりかは

 したしき人々あまたありければ、同じ心に誰も御覽ぜよと遣したりける返りごとに、又
 なべてみな晴せぬ闇の悲しさを
君しるべせよ光見ゆやと

  又かへし
 思ふともいかにしてかはしるべせむ
教ふる道に入らばこそあらめ

 後の世のこと無下に思はずしもなしと見えける人のもとへ、いひつかはしける
 世の中に心あり明の人はみなかくて
闇にはまよはぬものを
 一三九〇
  かへし
 世をそむく心ばかりは有明の
つきせぬ闇は君にはるけむ

 ある所の女房、世をのがれて西山に住むと聞きて尋ねければ、住みあらしたるさまして、人の影もせざりけり。あたりの人にかくと申し置きたりけるを聞きて、いひ送りける
 しほなれし苫屋もあれてうき波に
寄るかたもなきあまと知らずや

  かへし
 苫のやに波立ちよらぬけしきにて
あまり住みうき程は見えけり

 阿闍梨兼堅、世をのがれて高野に住み侍りけり。
 あからさまに仁和寺に出でて歸りもまゐらぬことにて、僧綱になりぬと聞きて、いひつかはしける
 けさの色やわか紫に染めてける
苔の袂を思ひかへして

 新院、歌あつめさせおはしますと聞きて、ときはに、
 ためただが歌の侍りけるをかきあつめて參らせける、
 大原より見せにつかはすとて 寂超長門入道
 木のもとに散る言の葉をかく程に
やがても袖のそぼちぬるかな

  かへし
 年ふれど朽ちぬときはの言の葉を
さぞ忍ぶらむ大原のさと

 寂超ためただが歌に我が歌かき具し、又おとうとの寂然が歌などとり具して新院へ參らせけるを、人とり傳へ參らせけると聞きて、兄に侍りける想空がもとより
 家の風つたふばかりはなけれども
などか散らさぬなげの言の葉

  かへし
 家の風むねと吹くべきこのもとは
今ちりなむと思ふ言の葉

 新院百首の歌召しけるに、奉るとて、右大將きんよしのもとより見せに遣したりける、返し申すとて
 家の風吹きつたへけるかひありて
ちることの葉のめづらしきかな

  かへし
 家の風吹きつたふとも和歌の浦に
かひあることの葉にてこそしれ
 一四〇〇
  左京大夫俊成、歌あつめらるると聞きて、
  歌つかはすとて
 花ならぬことの葉なれどおのづから
色もやあると君拾はなむ

  かへし 俊成
 世を捨てて入りにし道の言の葉ぞ
あはれも深き色は見えける

  此集を見て返しけるに 院少納言の局
 卷ごとに玉の聲せし玉章の
たぐひは又もありけるものを

  かへし
 よしさらば光なくとも玉と云ひて
言葉のちりは君みがかなむ

  范蠡がちやうなんの心を
 すてやらで命をおふる人はみな
千々のこがねをもてかへるなり

  世に仕うべかりける人の、
  こもりゐたりけるもとへ遣しける
 世の中にすまぬもよしや秋の月
濁れる水のたたふ盛りに

 人あまたして、ひとりに、かくしてあらぬさまにいひなしけることの侍りけるを聞きてよめる
 一すぢにいかで杣木のそろひけむ
いつよりつくる心だくみに

  鳥羽院に、出家のいとま申すとてよめる
 をしむとて惜しまれぬべきこの世かは
身をすててこそ身をもたすけめ

  前大納言成通世をそむきぬと聞きて、遣しける
 いとふべきかりのやどりは出でぬなり
今はまことの道を尋ねよ

  前大僧正慈鎭、無動寺に住み侍りけるに、
  申し遣しける
 いとどいかに山を出でじとおもふらむ
心の月を獨すまして
 一四一〇
  かへし
 うき身こそなほ山陰にしづめども
心にうかぶ月を見せばや

 世の中に大亊出できて、新院あらぬさまにならせおはしまして御ぐしおろして、仁和寺の北院におはしましけるに參りて、けんげんあざり出であひたり。
 月あかくてよみける
 かかる世に影もかはらずすむ月を
みる我が身さへ恨めしきかな

 讚岐にて、御心ひきかへて、後の世のこと御つとめひまなくせさせおはしますと聞きて、女房のもとへ申しける。
 此文をかきて、若人不嗔打以何修忍辱
 世の中をそむく便やなからまし
うき折ふしに君があはずば

  是もついでに具して參らせける
 淺ましやいかなるゆゑのむくいにて
かかることしもある世なるらむ

 ながらへてつひに住むべき都かは
此世はよしやとてもかくても

 幻の夢をうつつに見る人は
めもあはせでや夜をあかすらむ

  かくて後、人のまゐりけるに
 その日より落つる涙をかたみにて
思ひ忘るる時の間ぞなき

  かへし 女房
 目のまへにかはりはてにし世のうきに
涙を君もながしけるかな

 松山の涙は海に深くなりて
はちすの池に入れよとぞ思ふ

 波の立つ心の水をしづめつつ
咲かん蓮を今は待つかな
 一四二〇
 ゆかりありける人の、新院の勘當なりけるをゆるし給ふべきよし申し入れたりける御返亊に
 最上川つなでひくともいな舟の
しばしがほどはいかりおろさむ

  御返りごとたてまつりけり
 つよくひく綱手と見せよもがみ川
その稻舟のいかりをさめて
  かく申したりければ、ゆるし給ひてけり

 讚岐へおはしまして後、歌といふことの世にいときこえざりければ、寂然がもとへいひ遣しける
 ことの葉のなさけ絶えにし折ふしに
ありあふ身こそかなしかりけれ

  かへし 寂然
 しきしまや絶えぬる道になくなくも
君とのみこそあとを忍ばめ

  讚岐の位におはしましけるをり、
  みゆきのすずのろうを聞きてよみける
 ふりにける君がみゆきのすずのろうは
いかなる世にも絶えずきこえむ

  新院さぬきにおはしましけるに、
  便につけて女房のもとより
 水莖のかき流すべきかたぞなき
心のうちは汲みて知らなむ

  かへし
 程とほみ通ふ心のゆくばかり
猶かきながせ水ぐきのあと

  また女房つかはしける
 いとどしくうきにつけても頼むかな
契りし道のしるべたがふな

 かかりける涙にしづむ身のうさを
君ならで又誰かうかべむ

  かへし
 頼むらんしるべもいさやひとつ世の
別にだにもまよふ心は
 一四三〇
 伊勢より、小貝を拾ひて、箱に入れてつつみこめて、
 皇太后宮大夫の局へ遣すとて、かきつけ侍りける
 浦島がこは何ものと人問はば
あけてかひある箱とこたへよ

 八嶋内府、鎌倉にむかへられて、京へまた送られ給ひけり。武士の、母のことはさることにて、右衞門督のことを思ふにぞとて、泣き給ひけると聞きて
 夜の鶴の都のうちを出でであれな
このおもひにはまどはざらまし

  福原へ都うつりありときこえし頃、
  伊勢にて月の歌よみ侍りしに
 雲の上やふるき都になりにけり
すむらむ月の影はかはらで

  ふるさとのこころを
 露しげく淺茅しげれる野になりて
ありし都は見しここちせぬ

 これや見し昔住みけむ跡ならむ
よもぎが露に月のやどれる

 月すみし宿も昔の宿ならで
我が身もあらぬ我が身なりけり

 コ大寺の左大臣の堂に立ち入りて見侍りけるに、あらぬことになりて、あはれなり。三條太政大臣歌よみてもてなしたまひしこと、ただ今とおぼえて、忍ばるる心地し侍り。堂の跡あらためられたりける、さることのありと見えて、あはれなりければ
 なき人のかたみにたてし寺に入りて
跡ありけりと見て歸りぬる

 三昧堂のかたへわけ參りけるに、秋の草ふかかりけり。鈴虫の音かすかにきこえければ、あはれにて
 おもひおきし淺茅が露を分け入れば
ただわずかなる鈴虫の聲

  古郷の心を
 野べになりてしげきあさぢを分け入れば
君が住みける石ずゑの跡

 行基菩薩の、何處にか一身をかくさむと書き給ひたること、思ひ出でられて
 いかがすべき世にあらばやは世をもすてて
あなうの世やと更に思はむ
 一四四〇
 中納言家成、渚の院したてて、ほどなくこぼたれぬと聞きて、天王寺より下向しけるついでに、西住、淨蓮など申す上人どもして見けるに、いとあはれにて、各述懷しけるに
 折につけて人の心のかはりつつ
世にあるかひもなぎさなりけり

 寂蓮、人々すすめて、百首の歌よませ侍りけるに、いなびて、熊野に詣でける道にて、夢に、何亊も衰へゆけど、この道こそ、世の末にかはらぬものはあなれ、猶この歌よむべきよし、別當湛快三位、俊成に申すと見侍りて、おどろきながら此歌をいそぎよみ出だして、遣しける奧に、書き付け侍りける
 末の世もこの情のみかはらずと
見し夢なくばよそに聞かまし

  述懷
 何ごとにとまる心のありければ
更にしも又世のいとはしき

  心に思ひけることを
 濁りたる心の水のすくなきに
何かは月の影やどるべき

 いかでわれ清く曇らぬ身となりて
心の月の影をみがかむ

 のがれなくつひに行くべき道をさは
知らではいかがすぐべかりける

 愚なる心にのみやまかすべき
師となることもあるなるものを

 野にたてる枝なき木にもおとりけり
後の世しらぬ人の心は

  五首述懷
 身のうさを思ひ知らでややみなまし
そむく習のなき世なりせば

 いづくにか身をかくさまし厭ひても
うき世にふかき山なかりせば
 一四五〇
 身のうさの隱家にせむ山里は
心ありてぞすむべかりける

 あはれ知る涙の露ぞこぼれける
草のいほりをむすぶちぎりは

 うかれ出づる心は身にもかなはねば
いかなりとてもいかにかはせむ

  寄藤花述懷
 西を待つ心に藤をかけてこそ
そのむらさきの雲をおもはめ

  花橘によせて思ひをのべけるに
 世のうきを昔がたりになしはてて
花橘におもひ出でばや

  題しらず
 我なれや風を煩らふしの竹は
おきふし物の心ぼそくて

 風吹けばあだになり行くばせを葉の
あればと身をも頼むべき世か

 みくまのの濱ゆふ生ふる浦さびて
人なみなみに年ぞかさなる

 いづくにもすまれずばただ住まであらむ
柴のいほりのしばしなる世に

  老人述懷といふことを人々よみけるに
 山深み杖にすがりて入る人の
心の底のはづかしきかな
 一四六〇
  題しらず
 時雨かは山めぐりする心かな
いつまでとのみうちしをれつゝ

 はらはらと落つる涙ぞあはれなる
たまらず物のかなしかるべし

 何となくせりと聞くこそあはれなれ
つみけむ人の心しられて

 山人よ吉野の奧にしるべせよ
花も尋ねむ又おもひあり

 つゆもありかへすがへすも思ひ出でて
ひとりぞ見つる朝がほの花

 ひときれは都をすてて出づれども
めぐりてはなほきそのかけ橋

 故郷述懷といふことを、
 常磐の家にてためなりよみけるにまかりあひて
 しげき野をいく一むらに分けなして
更にむかしをしのびかへさむ

 嵯峨に住みける頃、となりの坊に申すべきことありてまかりけるに、道もなく葎のしげりければ
 立ちよりて隣とふべき垣にそひて
隙なくはへる八重葎かな

 大原に良暹がすみける所に、人々まかりて述懷の歌よみて、つま戸に書きつけける
 大原やまだすみがまもならはず
といひけん人を今あらせばや

  周防内侍、我さへ軒のと書き付けける古郷にて、
  人々思ひをのべけるに
 いにしへはついゐし宿もあるものを
何をか忍ぶしるしにはせむ
 一四七〇
  百首の歌の中、述懷十首一首不足
 いざさらば盛おもふも程もあらじ
はこやが嶺の春にむつれて

 山深く心はかねておくりてき
身こそうきみを出でやらねども

 月にいかで昔のことをかたらせて
影にそひつつ立ちもはなれむ

 うき世とし思はでも身の過ぎにける
月の影にもなづさはりつつ

 雲につきてうかれのみ行く心をば
山にかけてをとめむとぞ思ふ

 捨てて後はまぎれしかたは覺えぬを
心のみをば世にあらせける

 ちりつかでゆがめる道をなほくなして
行く行く人をよにつかむとや

 はとしまんと思ひも見えぬ世にしあれば
末にさこそは大ぬさの空

 ふりにける心こそ猶あはれなれ
およばぬ身にも世を思はする

  七月十五日月あかかりけるに、舟岡と申す所にて
 いかでわれこよひの月を身にそへて
しでの山路の人を照らさむ
 一四八〇
  題しらず
 我が宿は山のあなたにあるものを
何とうき世を知らぬ心ぞ

 くもりなきかがみの上にゐる
塵を目にたてて見る世と思はばや

 ながらへむと思ふ心ぞつゆもなき
いとふにだにも足らぬうき身は

 思ひ出づる過ぎにしかたをはづかしみ
あるにものうきこの世なりけり

 捨てたれどかくれてすまぬ人になれば
猶よにあるに似たるなりけり

 世の中を捨てて捨てえぬ心地して
都はなれぬ我が身なりけり

 捨てし折の心をさらにあらためて
みるよの人にわかれ果てなむ

 思へ心人のあらばや世にもはぢむ
さりとてやはといさむばかりぞ

 くれ竹のふししげからぬ世なりせば
この君はとてさし出でなまし

 あしよしを思ひわくこそ苦しけれ
ただあらるればあられける身を
 一四九〇
 深く入るは月ゆゑとしもなきものを
うき世忍ばむみよしのの山

 さらぬだに世のはかなきを思ふ身に
ぬえ鳴き渡る明ぼのの空

 鳥邊野を心のうちに分け行けば
いまきの露に袖ぞそばつる

 いつの世に長きねぶりの夢覺めて
おどろくことのあらむとすらむ

 世の中を夢と見る見るはかなくも
猶おどろかぬ我が心かな

 なき人もあるを思ふに世の中は
ねぶりのうちの夢とこそ知れ

 きしかたの見しよの夢にかはらねば
今もうつつの心地やはする

 こととなくけふ暮れぬめりあすも又
かはらずこそはひま過ぐるかげ

 越えぬれば又もこの世に歸りこぬ
死出の山こそ悲しかりけれ

 はかなしやあだに命の露消えて
野べに我身の送りおかれむ
 一五〇〇
 露の玉きゆれば又も置くものを
たのみもなきは我が身なりけり

 あればとてたのまれぬかな明日は又
きのふと今日はいはるべければ

 秋の色は枯野ながらもあるものを
世のはかなさやあさぢふの露

 年月をいかで我が身に送りけむ
昨日の人も今日はなき世に

 思ひ出でて誰かはとめて分けも
こむ入る山道の露の深さを

 くれ竹の今いくよかはおきふして
いほりの窓をあけおろすべき

 そのすぢに入りなば心なにしかも
人目おもひて世につつむらむ

  泉のぬしかくれて、あとつたへたる人のもとにまかりて、
 泉に向ひてふるきを思ふといふことを、人々よみけるに
 すむ人の心くまるる泉かな
昔をいかに思ひいづらむ

  友にあひて昔を戀ふるといふことを
 今よりは昔がたりは心せむ
あやしきまでに袖しをれけり

  題しらず
 軒ちかき花たちばなに袖しめて
昔を忍ぶ涙つつまむ
 一五一〇
  寄紅葉懷舊といふことを、法金剛院にてよみけるに
 いにしへをこふる涙の色に似て
袂にちるは紅葉なりけり

 十月中の十日頃、法金剛院の紅葉見けるに、上西門院おはしますよし聞きて、待賢門院の御時おもひ出でられて、兵衞殿の局にさしおかせける
 紅葉見て君がたもとやしぐるらむ
昔の秋の色をしたひて

  返し
 色深き梢を見てもしぐれつつ
ふりにしことをかけぬ日ぞなき

  題しらず
 つくづくと物を思ふにうちそへて
をりあはれなる鐘のおとかな

 なさけありし昔のみ猶しのばれて
ながらへまうき世にもあるかな

 故郷の蓬は宿のなになれば
荒れ行く庭にまづしげるらむ

 ふるさとは見し世にもなくあせにけり
いづち昔の人ゆきにけむ

 何ごとも昔をきけばなさけありて
故あるさまにしのばるる哉

 嵯峨野の、みし世にもかはりてあらぬやうになりて、
 人いなんとしたりけるを見て
 此里やさがのみかりの跡ならむ
野山もはてはあせかはりけり

  大覺寺の、金岡がたてたる石を見て
 庭の岩にめたつる人もなからまし
かどあるさまにたてしおかねば
 一五二〇
 瀧のわたりの木立、あらぬことになりて、
 松ばかりなみ立ちたりけるを見て
 ながれみし岸の木立もあせはてて
松のみこそは昔なるらめ

 大覺寺の瀧殿の石ども、閑院にうつされて跡もなくなりたりと聞きて、見にまかりたりけるに、赤染が、今だにかかるとよみけん折おもひ出でられて、あはれとおもほえければよみける
 今だにもかかりといひし瀧つせの
その折までは昔なりけむ

  題しらず
 とだえせでいつまで人のかよひけむ
嵐ぞわたる谷のかけ橋

 うき世をばあらればあるにまかせつつ
心よいたくものな思ひそ

 世をすつる人はまことにすつるかは
z捨てぬ人こそ捨つるなりけれ

 たのもしな君君にます折にあひて
心の色を筆にそめつる

 山里にうき世いとはむ友もがな
くやしく過ぎし昔かたらむ

 昔見し庭の小松に年ふりて
あらしの音をこずゑにぞ聞く

 見ればげに心もそれになりぞ行く
枯野の薄有明の月

 誰すみてあはれ知るらむ山ざとの
雨降りすさむ夕暮の空
 一五三〇
 數ならぬ身をも心のもりがほに
うかれては又歸り來にけり

 おろかなる心のひくにまかせても
さてさはいかにつひの住かは

 うけがたき人のすがたにうかび出でて
こりずや誰も又しづむらむ

 世をいとふ名をだにもさはとどめおきて
數ならぬ身の思ひ出にせむ

 あはれただ草のいほりのさびしきは
風より外にとふ人ぞなき

 あはれなりよりより知らぬ野の末に
かせぎを友になるるすみかは

  山家のこころを
 世を出でて溪に住みけるうれしさは
古巣に殘る鶯のこゑ

 山里は人來させじと思はねど
とはるることぞうとくなり行く

 人しらでつひのすみかにたのむべき
山の奧にもとまりそめぬる

 山深きさこそ心はかよふとも
住まであはれは知らむ物かは
 一五四〇
  遁世ののち、山家にてよみ侍りける
 山里は庭の木ずゑのおとまでも
世をすさみたるけしきなるかな

  長柄を過ぎ侍りしに
 津の國のながらの橋のかたもなし
名はとどまりてきこえわたれど

 そのかみこころざしつかうまつりけるならひに、
 世をのがれて後も、賀茂に參りける、年たかくなりて四國のかた修行しけるに、又歸りまゐらぬこともやとて、仁和二年十月十日の夜まゐりて幤まゐらせけり。
 内へもまゐらぬことなれば、たなうの社にとりつぎてまゐらせ給へとて、こころざしけるに、木間の月ほのぼのと常よりも神さび、あはれにおぼえてよみける
 かしこまるしでに涙のかかるかな
又いつかはとおもふ心に

  題しらず
 ふしみ過ぎぬをかのやに猶とどまらじ
日野まで行きて駒こころみむ

 宇治川をくだりける船の、かなつきと申すものをもて鯉のくだるをつきけるを見て
 宇治川の早瀬おちまふれふ船の
かづきにちかふこひのむらまけ

 こばへつどふ沼の入江の藻のしたは
人つけおかぬふしにぞありける

 たねつくるつぼ井の水のひく末に
えぶなあつまる落合のはた

 しらなはにこあゆひかれて下る瀬に
もちまうけたるこめのしき網

 見るもうきは鵜繩ににぐるいろくづを
のがらかさでもしたむもち網

 秋風にすずきつり船はしるめり
うのひとはしの名殘したひて

 哀傷歌
 一五五〇
 例ならぬ人の大亊なりけるが、四月に梨の花の咲きたりけるを見て、梨のほしきよしを願ひけるに、もしやと人に尋ねければ、枯れたるかしはにつつみたる梨を、唯一つ遣して、こればかりなど申したる返りごとに
 花の折かしはにつつむしなの梨は
一つなれどもありのみと見ゆ

  秋頃、風わづらひける人を訪ひたりける返りごとに
 消えぬべき露の命も君がとふ
ことの葉にこそおきゐられけれ

  かへし
 吹き過ぐる風しやみなばたのもしき
秋の野もせのつゆの白玉

 院の小侍從、例ならぬこと、大亊にふし沈みて年月へにけりと聞きて、とひにまかりたりけるに、このほど少しよろしきよし申して、人にもきかせぬ和琴の手ひきならしけるを聞きて
 琴の音に涙をそへてながすかな
絶えなましかばと思ふあはれに

  かへし
 頼むべきこともなき身を今日までも
何にかかれる玉の緒ならむ

 風わずらひて山寺へかへり入りけるに人々訪ひて、
 よろしくなりなば又と申し侍りけるに、
 おのおの志を思ひしりて
 定めなし風わづらはぬ折だにも
又こんことを頼むべきよに

 あだに散る木葉につけて思ふかな
風さそふめる露の命を

 我なくば此さとびとや秋ふかき
露を袂にかけてしのばむ

 さまざまに哀おほかる別かな
心を君がやどにとどめて

 歸れども人のなさけにしたはれて
心は身にもそはずなりぬる
  かへしどもありける、聞きおよばねばかかず
 一五六〇
 同行にて侍りける上人、例ならぬこと大亊に侍りけるに、月のあかくて哀なるを見ける
 もろともにながめながめて秋の月
ひとりにならむことぞ悲しき

 待賢門院かくれさせおはしましにける御跡に、人々、又の年の御はてまでさぶらはれけるに、南おもての花ちりける頃、堀河の女房のもとへ申し送りける
 尋ぬとも風のつてにもきかじかし
花と散りにし君が行方を

  かへし
 吹く風の行方しらするものならば
花とちるにもおくれざらまし

  美福門院の御骨、高野の菩提心院へわたされけるを見たてまつりて
 今日や君おほふ五つの雲はれて
心の月をみがき出づらむ

  近衞院の御墓に、人に具して參りたりけるに、
  露のふかかりければ
 みがかれし玉の栖を露ふかき
野邊にうつして見るぞ悲しき

 一院かくれさせおはしまして、やがて御所へ渡しまゐらせける夜、高野より出であひて參りたりける、いと悲しかりけり。此後おはしますべき所御覽じはじめけるそのかみの御ともに、右大臣さねよし、大納言と申しけるさぶらはれける、しのばせおはしますことにて、又人さぶらはざりけり。其をりの御ともにさぶらひけることの思ひ出でられて、折しもこよひに參りあひたる、昔今のこと思ひつづけられてよみける
 今宵こそ思ひしらるれ淺からぬ
君に契のある身なりけり

  をさめまゐらせける所へ渡しまゐらせけるに
 道かはるみゆきかなしき今宵かな
限のたびとみるにつけても

 納めまゐらせて後、御ともにさぶらはれし人々、たとへむ方なく悲しながら、限あることなりければ歸られにけり。はじめたることありて、明日までさぶらひてよめる
 とはばやと思ひよりてぞ歎かまし
昔ながらの我身なりせば

 右大將きんよし、父の服のうちに、母なくなりぬと聞きて、高野よりとぶらひ申しける
 かさねきる藤の衣をたよりにて
心の色を染めよとぞ思ふ

  かへし
 藤衣かさぬる色はふかけれど
あさき心のしまぬばかりぞ
 一五七〇
  同じなげきし侍りける人のもとへ
 君がため秋は世のうき折なれや
去年も今年も物を思ひて

  かへし
 晴やらぬ去年の時雨の上に又
かきくらさるる山めぐりかな

 母なくなりて山寺にこもりゐたりける人を、ほどへて思ひいでて人のとひたりければ、かはりて
 思ひいづるなさけを人のおなじくは
其折とへな嬉しからまし

 ゆかりありける人はかなくなりにける、とかくのわざに鳥部山へまかりて、歸るに
 かぎりなく悲しかりけりとりべ山
なきを送りて歸る心は

  父のはかなくなりにけるそとばを見て、
  歸りける人に
 なき跡をそとばかりみて歸るらむ
人の心を思ひこそやれ

 親かくれ、頼みたりけるむこ失せなどして歎きしける人の、又程なく娘にさへおくれけりと聞きてとぶらひけるに
 此たびはさきざき見けむ夢よりも
さめずや物は悲しかるらむ

 五十日の果つかたに、二條院の御墓に御佛供養しける人に具して參りたりけるに、月あかくて哀なりければ
 今宵君しでの山路の月をみて
雲の上をや思ひいづらむ

  御跡に三河内侍さぶらひけるに、
  九月十三夜人にかはりて
 かくれにし君がみかげの戀しさに
月に向ひてねをやなくらむ

  かへし 内侍
 我が君の光かくれし夕べより
やみにぞ迷ふ月はすめども

 親におくれて歎きける人を、五十日過までとはざりければ、とふべき人のとはぬことをあやしみて、人に尋ぬと聞きて、かく思ひて今まで申さざりつるよし申して遣しける人にかはりて
 なべてみな君がなさけをとふ數に
思ひなされぬことのはもがな
 一五八〇
 ゆかりにつけて物をおもひける人のもとより、
 などかとはざらむと、恨み遣したりける返りごとに
 哀とも心に思ふ程ばかり
いはれぬべくはとひもこそせめ

 はかなくなりて年へにける人の文を、物の中より見出でて、むすめに侍りける人のもとへ見せにつかはすとて
 涙をやしのばん人は流すべき
あはれにみゆる水ぐきの跡

 同行に侍りける上人、をはりよく思ふさまなりと聞きて申し送ける 寂然
 亂れずと終り聞くこそ嬉しけれ
さても別はなぐさまねども

  かへし
 此世にて又あふまじき悲しさに
すゝめし人ぞ心みだれし

 とかくのわざ果てて、跡のことどもひろひて、
 高野へ參りて歸りたりけるに 寂然
 いるさにはひろふかたみも殘りけり
歸る山路の友は涙か

  返亊
 いかでとも思ひわかでぞ過ぎにける
夢に山路を行く心地して

 侍從大納言入道はかなくなりて、よひ曉につとめする僧おのおの歸りける日、申し送りける
 行きちらむ今日の別を思ふにも
さらに歎はそふここちする

  かへし
 ふししづむ身には心のあらばこそ
更に歎もそふ心地せめ
 一五八八
  此歌も、返しの外に具せられたりける
 たぐひなき昔の人のかたみには
君をのみこそたのみましけれ

  かへし
 いにしへのかたみになると聞くからに
いとど露けき墨染の袖
 一五九〇
  同じ日、のりつながもとへ遣しける
 なき跡も今日までは猶名殘あるを
明日や別を添へて忍ばむ

  かへし
 思へただ今日の別のかなしさに
姿をかへて忍ぶ心を
  やがてその日さまかへて後、此返亊かく申したりけり。いと哀なり

 同じさまに世をのがれて大原にすみ侍りけるいもうとの、はかなく成にける哀とぶらひけるに
 いかばかり君思はまし道にいらで
たのもしからぬ別なりせば

  かへし
 たのもしき道には入りて行きしかど
我が身をつめばいかがとぞ思ふ

  院の二位の局身まかりける跡に、十の歌、
  人々よみけるに
 流れゆく水に玉なすうたかたの
あはれあだなる此世なりけり

 きえぬめるもとの雫を思ふにも
誰かは末の露の身ならぬ

 送りおきて歸りし道の朝露を
袖にうつすは涙なりけり

 船岡のすそ野の塚の數そへて
昔の人に君をなしつる

 あらぬよの別はげにぞうかりける
淺ぢが原を見るにつけても

 後の世をとへと契りし言の葉や
忘らるまじき形見なるらむ
 一六〇〇
 おくれゐて涙にしづむ古里を
玉のかげにも哀とやみる

 あとをとふ道にや君は入りぬらむ
苦しき死出の山へかからで

 名殘さへ程なく過ぎばかなしきに
七日の數を重ねずもがな

 跡しのぶ人にさへまた別るべき
その日をかねて知る涙かな

 跡のことども果てて、ちりぢりに成にけるに、しげのり、ながのりなど涙ながして、今日にさへ又と申しける程に、南面の櫻に鶯の鳴きけるを聞きてよみける
 櫻花ちりぢりになるこのもとに
名殘を惜しむ鶯のこゑ

  かへし 少將ながのり
 ちる花は又こん春も咲きぬべし
別はいつかめぐりあふべき

  同じ日、くれけるままに雨のかきくらし降りければ
 哀しる空も心のありければ
なみだに雨をそふるなりけり

  かへし 院少納言局
 哀しる空にはあらじわび人の
涙ぞ今日は雨とふるらむ

  行きちりて又の朝つかはしける
 けさはいかに思ひの色のまさるらむ
昨日にさへも又別れつつ

  かへし 少將ながのり
 君にさへ立ち別れつつ今日よりぞ
慰むかたはげになかりける
 一六一〇
  兄の入道想空はかなくなりけるを、とはざりければいひつかはしける 寂然
 とへかしな別の袖に露しげき
蓬がもとの心ぼそさを

 待ちわびぬおくれさきだつ哀をも
君ならでさは誰かとふべき

 別れにし人のふたたび跡をみば
恨みやせましとはぬ心を

 いかがせむ跡の哀はとはずとも
別れし人の行方たづねよ

 中々にとはぬは深きかたもあらむ
心淺くも恨みつるかな

  かへし
 分けいりて蓬が露をこぼさじと
思ふも人をとふにあらずや

 よそに思ふ別ならねば誰をかは
身より外にはとふべかりける

 へだてなき法のことばにたよりえて
蓮の露にあはれかくらむ

 なき人を忍ぶ思ひのなぐさまば
跡をも千たびとひこそはせめ

 御法をば言葉なけれど説くと聞けば
深き哀はいはでこそ思へ
 一六二〇
  是は具してつかはしける
 露深き野べになり行く古郷は
思ひやるにも袖しをれけり

  人におくれてなげきける人に遣しける
 なき跡の面影をのみ身にそへて
さこそは人の戀しかるらめ

 はかなくなりける人の跡に、
 又十日のうちに一品經供養しけるに、化城喩品
 やすむべき宿をば思へ中空の
旅も何かはくるしかるべき

  なき人の跡に一品經供養しけるに、
  壽量品を人にかはりて
 雲晴るるわしの御山の月かげを
心すみてや君ながむらむ

  鳥部野にてとかくのわざしける煙のうちより出づる月あはれに見えければ
 鳥部山わしの高嶺のすゑならむ
煙を分けて出づる月かげ

  諸行無常のこころを
 はかなくて行きにし方を思ふにも
今もさこそは朝がほの露

  曉無常を
 つきはてしその入あひの程なさを
此曉に思ひしりぬる

  無常の歌あまたよみける中に
 いづくにかねぶりねぶりてたふれふさむと
思ふ悲しき道芝の露

 おどろかむと思ふ心のあらばやは
長きねぶりの夢も覺むべく

 風あらき磯にかかれるあま人は
つながぬ舟の心地こそすれ
 一六三〇
 大浪にひかれ出でたる心地して
たすけ船なき沖にゆらるる

 なき跡を誰としらねど鳥部山
おのおのすごき塚の夕ぐれ

 波高き世をこぎこぎて人はみな
舟岡山をとまりにぞする

 しにてふさむ苔の莚を思ふより
かねてしらるる岩かげの露

 露と消えば蓮臺野にを送りおけ
願ふ心を名にあらはさむ

 かたがたにあはれなるべき此の世かな
あるを思ふもなきを忍ぶも

 世の中のうきもうからず思ひとけば
淺茅にむすぶ露の白玉

 誰とてもとまるべきかはあだし野の
草の葉ごとにすがる白露

 いつなげきいつ思ふべきことなれば
後の世知らで人のすぐらむ

 さてもこはいかがはすべき世の中に
あるにもあらずなきにしもなし
 一六四〇
  百首の歌の中に無常十首
 はかなしな千とせと思ひし昔をも
夢のうちにて過ぎにけるには

 さゝがにの糸に貫く露の玉をかけて
かざれる世にこそありけれ

 うつつをも現とさらに思はねば
夢をば夢と何かおもはむ

 さらぬこともあと方なきをわきてなど
露をあだにもいひも置きけむ

 灯のかかげぢからもなくなりてとまる
光を待つ我が身かな

 水ひたる池にうるほふしたたりを
命に頼むいろくづやたれ

 みぎは近く引きよせらるる大網に
いくせの物の命こもれり

 うらうらとしなんずるなと思ひとけば
心のやがてさぞとこたふる

 いひすてて後の行方を思ひはてば
さてさはいかにうら嶋の筥

 世の中になくなる人を聞くたびに
思ひは知るをおろかなる身に

 釋教歌
 一六五〇
 心ざすことありて、扇を佛にまゐらせけるに、新院より給ひけるに、女房承りて、つつみ紙にかきつけられける
 ありがたき法にあふぎの風ならば
心の塵をはらへとぞ思ふ

  御返し承りける
 ちりばかりうたがふ心なからなむ
法をあふぎて頼むとならば

  仁和寺の宮にて、
  道心逐年深といふことをよませ給ひけるに
 淺く出でし心の水やたたふらむ
すみ行くままにふかくなるかな

  閑中曉心といふことを、同じ夜
 あらしのみ時々窓におとづれて
明けぬる空の名殘をぞ思ふ

  寂超入道、談議すと聞きてつかはしける
 ひろむらむ法にはあはぬ身なりとも
名を聞く數にいらざらめやは

  かへし
 つたへきく流なりとも法の水
汲む人からやふかくなるらむ

  さだのぶ入道、觀音寺に堂つくりに結縁すべきよし申しつかはすとて  觀音寺入道生光
 寺つくる此我が谷につちうめよ
君ばかりこそ山もくずさめ

  かへし
 山くづす其力ねはかたくとも
心だくみを添へこそはせめ

 阿闍梨勝命、千人あつめて法華經結縁せさせけるに參りて、又の日つかはしける
 つらなりし昔に露もかはらじと
思ひしられし法の庭かな

  人にかはりて、これもつかはしける
 いにしへにもれけむことの悲しさは
昨日の庭に心ゆきにき

 世につかへぬべきやうなるゆかりあまたありける人の、さもなかりけることを思ひて、清水に年越に籠りたりけるにつかはしける
 此春はえだえだごとにさかゆべし
枯たる木だに花は咲くめり

  是も具して
 あはれびの深きちかひにたのもしき
清きながれの底くまれつつ

  心性さだまらずといふことを題にて、人々よみけるに
 雲雀たつあら野のおふる姫ゆりの
なににつくともなき心かな

  懺悔業障といふことを
 まどひつつ過ぎけるかたの悔しさに
なくなく身をぞけふは恨むる

  遇教待龍花といふことを
 朝日まつほどはやみにてまよはまし
有明の月の影なかりせば

  日のいるつづみのごとし
 波のうつ音をつづみにまがふれば
入日の影のうちてゆらるる

  見月思西といふことを
 山のはにかくるる月をながむれば
我も心の西に入るかな

  曉念佛といふことを
 夢さむるかねのひびきにうち添へて
十度の御名をとなへつるかな

  易往無人の文を
 西へ行く月をやよそに思ふらむ
心にいらぬ人のためには

  人命不停速於山水の文のこころを
 山川のみなぎる水の音きけば
せむる命ぞ思ひしらるる
 一六七〇
  菩提心論に至身命而不恍惜文を
 あだならぬやがてさとりに歸りけり
人のためにもすつる命は

  疏文に心自悟心自證心
 まどひきてさとりうべくもなかりつる
心を知るは心なりけり

  觀心
 闇晴れて心の空にすむ月は
西の山べやちかくなるらむ

  序品
 散りまがふ花のにほひをさきだてて
光を法の莚にぞしく

 花の香をつらなる軒に吹きしめて
さとれと風のちらすなりけり

  方便品、深著於五欲の文を
 こりもせずうき世の闇にまよふかな
身を思はぬは心なりけり

  譬喩品
 法しらぬ人をぞげにはうしとみる
三の車にこころかけねば

  五百弟子品
 おのづから清き心にみがかれて
玉ときかくる法を知るかな

  提婆品
 これやさは年つもるまでこりつめし
法にあふごの薪なるらむ

 いかにして聞くことのかくやすからむ
あだに思ひてえつる法かは
 一六八〇
 いさぎよき玉を心にみがき出でて
いはけなき身に悟をぞえし

  勸持品
 天雲のはるるみ空の月かげに
恨なぐさむをばすての山

  壽量品
 わしの山月を入りぬと見る人は
くらきにまよふ心なりけり

 さとりえし心の月のあらはれて
鷲の高嶺にすむにぞありける

 鷲の山くもる心のなかりせば
誰も見るべき有明の月

  一心欲見佛の文を人々よみけるに
 鷲の山誰かは月を見ざるべき
心にかかる雲しなければ

  神力品於我滅度後の文を
 行末のためにとどめぬ法ならば
何か我が身にたのみあらまし

  普賢品
 散りしきし花の匂ひの名殘多み
たたまうかりし法の庭かな

  心經
 何ごとも空しき法の心にて
罪ある身とはつゆも思はず

  無上菩提の心をよみける
 わしの山上くらからぬ嶺なれば
あたりをはらふ有明の月
 一六九〇
  和光同塵は結縁のはじめといふことをよみけるに
 いかなれば塵にまじりてます神に
つかふる人はきよまはるらむ

  六道の歌よみけるに、地獄
 罪人のしめるよもなく燃ゆる火の
薪とならんことぞ悲しき

  餓鬼
 朝夕の子をやしなひにすと聞けば
くにすぐれても悲しかるらむ

  畜生
 かぐら歌に草とりかふはいたけれど
猶其駒になることはうし

  修羅
 よしなしなあらそふことをたてにして
怒をのみも結ぶ心は

  人
 ありがたき人になりけるかひありて
悟りもとむる心あらなむ

  天
 雲の上の樂みとてもかひぞなきさて
しもやがて住みしはてねば

  百首の歌の中釋教十首
  きりきわうの夢のうちに三首
 まどひてし心を誰も忘れつつひ
かへらるなることのうきかな

 ひきひきにわがたてつると思ひける
人の心やせばまくのきぬ

 末の世に人の心をみがくべき
玉をも塵にまぜてけるかな
 一七〇〇
  無量義經三首
 悟ひろき此法をまづ説き置きて
二つなしとは云ひきはめける

 山櫻つぼみはじむる花の枝に
春をばこめて霞むなりけり

 身につきてもゆる思ひの消えましや
凉しき風のあふがざりせば

  千手經三首
 花まではみに似ざるべし朽ち果てて
枝もなき木の根をな枯らしそ

 誓ありて願はむ國へ行くべくは
にしのかどよりさとりひらかむ

 さまざまにたな心なる誓をば
なもの言葉にふさねたるかな

 又一首のこころをやう梅の春の匂ひはへんきちの功コなり、紫蘭の秋の色は普賢菩薩のしんさうなり
 野邊の色も春の匂ひもおしなべて
心そめたる悟りにぞなる

 神祇歌
  月の夜賀茂にまゐりてよみ侍りける
 月のすむみおやがはらに霜さえて
千鳥とほたつ聲きこゆなり

  題しらず
 思ふことみあれのしめにひく鈴の
かなはずばよしならじとぞ思ふ

 里人の大ぬさ小ぬさ立てなめて
むなかた結ぶ野邊になりけり
 一七一〇
 俊惠天王寺にこもりて、
 人々具して住吉にまゐり歌よみけるに具して
 住よしの松が根あらふ浪のおとを
梢にかくる沖つしら波

 伊勢に齋王おはしまさで年經にけり。
 齋宮、木立ばかりさかと見えて、つい垣もなきやうになりたりけるをみて
 いつか又いつきの宮のいつかれて
しめのみうちに塵を拂はむ

 齋宮おりさせ給ひて本院の前を過ぎけるに、人のうちへ入りければ、ゆかしうおぼえて具して見まはりけるに、かくやありけんとあはれに覺えて、おりておはします處へ、せんじの局のもとへ申し遣しける
 君すまぬ御うちは荒れてありす川
いむ姿をもうつしつるかな

  かへし
 思ひきやいみこし人のつてにして
馴れし御うちを聞かむものとは

  齋院おはしまさぬ頃にて、
  祭の歸さもなかりければ、紫野を通るとて
 紫の色なきころの野邊なれや
かたまほりにてかけぬ葵は

 北まつりの頃、賀茂に參りたりけるに、折うれしくて待たるる程に、使まゐりたり。はし殿につきてへいふしをがまるるまではさることにて、舞人のけしきふるまひ、見し世のことともおぼえず、あづま遊にことうつ、陪從もなかりけり。さこそ末の世ならめ、神いかに見給ふらむと、恥しきここちしてよみ侍りける
 神の代もかはりにけりと見ゆるかな
其ことわざのあらずなるにて

  ふけ行くままに、
  みたらしのおと神さびてきこえければ
 みたらしの流はいつもかはらぬを
末にしなればあさましの世や

  神樂に星を
 ふけて出づるみ山も嶺のあか星は
月待ち得たる心地こそすれ

  百首の歌の中、神祇二首
  神樂二首
 めづらしなあさくら山の雲井より
したひ出でたるあか星の影

 名殘いかにかへすがへすも惜しからむ
其駒にたつ神樂どねりは
 一七二〇
  賀茂ニ首
 みたらしにわかなすすぎて宮人の
ま手にささげてみと開くめる

 長月の力あはせに勝ちにけり
わがかたをかをつよく頼みて

  男山ニ首
 今日の駒はみつのさうぶをおひてこそ
かたきをらちにかけて通らめ
 
  放生會
 みこしをさの聲さきだてて降ります
をとかしこまる神の宮人

  熊野ニ首
 三熊野のむなしきことはあらじかし
むしたれいたのはこぶ歩みは

 あらたなる熊野詣のしるしをば
こほりの垢離にうべきなりけり

  みもすそニ首
 初春をくまなく照らす影を見て
月にまづ知るみもすその岸
 一七二七
 みもすその岸の岩根によをこめて
かためたてたる宮柱か

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