良寛 (一七五八-一八三一)

 長歌
五陰皆空と照見して一切の苦厄を度すといふ心をよめる

 世の中は はかなきものぞ あしびきの
 山鳥の尾の しだり尾の
 なが/\し世を 百よつぎ
 五百代をかけて よろづ代に
 きはめて見れば 枝にえだ
 ちまたに巷 わかろへて
 たどるみちなみ 立つらくの
 たづきも知らず をるらくの
 すべをも知らず 解き衣の
 思ひみだれて 浮き雲の
 行くへも知らず 言はんすべ
 爲んすべ知らず 沖にすむ
 鴨のはいろの 水鳥の
 やさかの息を つきゐつつ
 誰れに向ひて うたへまし
 大津のへに居る 大船の
 へづな解き放ち とも綱とき放ち
 大海原のへに おし放つことの如く
 をち方や 繁木がもとを
 やい鎌のとがまもて うち拂ふことの如く
 五つのかげを さながらに
 五つのかげと 知るときは
 心もいれず こともなく
 わたし盡しぬ 世のことごとも

うつし身のうつし心のやまぬかも
うまれぬ先にわたしにし身を

つの國のなにはのことはよしゑやし
唯一と足をすすめもろ人

わくらば
 わくらばに 人となれるを 打ちなびき
 やまふのとこに ふしこやし
 癒ゆとはなしに いたづきの
 日にけにませば そこ思ひ
 みをおもそふに 思ふそら
 安からなくに なげく空
 苦しきものを あからひく
 晝はしみらに 水鳥の
 息つき暮し ぬばだまの
 夜はすがらに 人のぬる
 安いもいねず たらちねの
 母がましなば かい撫でて
 たらはさましを わかくさの
 妻がありなば とりもちて
 はぐくまましを 家とへば
 家もはふりぬ はらからも
 いづちいぬらん うからやも
 ひとりも見えず つれもなく
 荒れたる宿を うつせみの
 よすがとなせば うづら鳴く
 ふる里すらを くさ枕
 旅ねとなせば 一日こそ
 堪へもしつらめ 二日こそ
 忍びもすらめ あらたまの
 長き月日を いかにして
 明かし暮さん うちつけに
 死なめともへど たまきはる
 さすが命の をしければ
 かにもかくにも すべをなみ
 音をのみぞ泣く ますらをにして

あらたまの長き月日をいかにして
あかしくらさんあさで小ぶすま

同じ
 わくらばに 人となれるを なにすとか
 あしきやまふに ほださへて
 ひるはしみらに 水鳥の
 息つきくらし ぬばだまの
 夜はすがらに 人のぬる
 安いもいねず たらちねの
 母がましなば かいなでて
 たらはさましを 若草の
 妻がありせば かい持ちて
 はぐくまましを 家とへば
 家もはふりぬ はらからも
 いづちいぬらん つれもなく
 荒れたる宿を うつせみの
 よすがとなせば 一日こそ
 たへもしつらめ 二日こそ
 忍びもすらめ あらたまの
 この長き日を いかにくらさん
 あさで小ぶすま

ももつたふいかにしてまし草枕 旅の菴にあひし子等はも
爲求古述懷
 わくらばに 人となれるを 何すとか
 このあしきけに さやらえて
 晝はしみらに 門さして
 夜はすがらに 人のぬる
 うまいもいねず たらちねの
 母がましなば かいなでて
 たらはさましを わかくさの
 妻がありせば かいもちて
 はぐくまましを 家とへば
 家もはふりぬ はらからも
 いづちいぬらん 鶉鳴く
 ふるさとすらを くさ枕
 旅ねとなせば ひと日こそ
 人もみつがめ ふた日こそ
 人もみつがめ ひさがたの
 長き月日を いかにして
 世をやわたらん 日にちたび
 死なば死なめと 思へども
 心にそはぬ たまきはる
 命なりせば かにかくに
 すべのなければ こもりゐて
 ねのみしなかゆ 朝夕ごとに

ひさがたの長き月日をいかにして
我が世わたらん麻手小衾

悲求古歌
 草枕 旅のいほりに うちこやし
 年の經ぬれば うづら鳴く
 古りにし里に からころも
 立ちかへり來て あからひく
 晝はしみらに 水鳥の
 息つきくらし ぬば玉の
 夜はすがらに 人のぬる
 うまいもいねず たらちねの
 母がましなば かひなでて
 たらはさましを 若草の
 妻がありせば かいもちて
 はぐくまましを 家とへば
 家もはふりぬ はらからも
 いづちいぬらん つれもなく
 よしもなきやに うつせみを
 よせてしあれば ひと日こそ
 たへもしつらめ ふた日こそ
 忍びもすらめ 長き日を
 いかにわたらん かくすれば
 人にいとはれ かくすれば
 おさにさやらえ かにかくに
 せんすべをなみ こもり居て
 音のみし泣かゆ 朝夕ごとに

あらたまの長き月日をいかにして
わが世わたらん麻で小ぶすま

求古に代りてよめる
 わくらばに 人となれるを なにすとか
 このあしきけに ほだされて
 ひるはしみらに 水鳥の
 息つきくらし ぬばだまの
 よるはすがらに 人のぬる
 やすいもいねず たらちねの
 母がましなば かいなでて
 たらはさましを わかぐさの
 つまがありせば かいもちて
 はぐくまましを 家といへば
 家もはふりぬ うからやも
 いづちいぬらん よしもなく
 あれたる宿を うつせみの
 よすがとなせば ひと日こそ
 たえもしつらめ ふた日こそ
 しぬびもすらめ あらたまの
 長き月日を いかにして
 暮しやすらん うちつけに
 死なば死なめと 思へども
 さすが命の をしければ
 かにもかくにも すべをなみ
 朝な夕なに こもりゐて
 ねのみしなかゆ ますらをにして

老をいたむ歌
 行く水は せけばとまるを 高山は
 こぼてば岡と なるものを
 過ぎし月日の かへるとは
 文にも見えず うつせみの
 人も語らず 古も
 かくしあるらし 今の世も
 かくぞありける 後の世も
 かくこそあらめ かにかくに
 すべなきものは 老にぞありける

ねもごろのものにも有るか年月は
賤が宿までとめて來にけり


玉ぼこの道のくまぐましめゆはば
行きし月日のけだしかへらむかも
  (玉ぼこの一首橘物がたりよりとる)

おなじ
 行く水も せけばとまるを おいらくの
 又かへるとは うつそみの
 人も語らず とつ國の
 書にも見えず 古も
 かくやありけん 今の世も
 かくぞ有りぬる 後の世も
 かくこそあらめ かに斯くに
 すべなきものは 老にぞありける

おつつにも夢にも人のまたなくに
とひ來るものは老にぞありける

しげ山にわれ杣たてん老いらくの
來んてふ道に關すゑんため

おいもせず死にせぬ國はありときけど
たづねていなん道の知らなく

老の來る道のくまぐましめゆへば
いきうしと言ひてけだしかへらん

老いらくを誰がはじめけん教へてよ
いざなひ行きてうらみましものを

白髮
 かけまくも あやにたふとく 言はまくも
 かしこきかもな ひさがたの
 あまのみことの みかしらに
 白かみ生ふる あしたには
 臣を召さしめ 白がねの
 毛ぬきを持ちて その髮を
 拔かし給ひて 白銀の
 はこに秘めおき あまつたふ
 日嗣のみこに 傳ふれば
 日つぎの皇子も つがの木の
 いやつぎ/\に 斯くしつつ
 い傳へますと 聞くがともしも

白髮はおほやけものぞかしこしや
人の頭もよくといはなくに

白かみはよみの尊の使かも おほになもひそ其の白かみを

おほに思ふ心を今ゆうちすてて
をろがみませす月に日にけに

世にみつる寶といへど白かみに
あに及ばめや千々のひとつも

おなじ
 宵々に 霜はおけども よしゑやし
 明くればとけぬ 年のはに
 雪は降れども よしゑやし
 春日に消えぬ しかすがに
 人の頭に ふり積めば
 つみこそまされ あらたまの
 年はふれども 消えずぞありける

白雪はふればかつ消ぬしかはあれど
頭にふれば消えずぞありける

おなじ
 朝な/\ 霜はおけども
 よしゑやし 年のはに
 雪はふれども よしゑやし
 積れば消えぬ うつしみの
 頭にふれる 白雪は
 つみこそまされ あづさ弓
 春は來れども 消ゆとはなしに

人にかはりて
 手を折りて うち數ふれば 我がせこに
 別れにしより 今日までに
 八としの年を つれもなく
 荒れたる宿に たをや女が
 一人し住めば 慰むる
 こととはなしに 嘆のみ
 積り/\て かげのごと
 わが身はなりぬ 今更に
 世にはありとも 有りのみの
 有りがひなしと 思ひこそ
 一日に千度 死なめとは
 思ひはすれど 二人の子
 見るに心の ほださへて
 かにもかくにも 言はんすべ
 せんすべ知らず こもり居て
 ねのみし泣かゆ 朝な夕なに

ますかゞみ手にとり持ちて今日の日も
ながめくらしつかげと姿と

我がごとやはかなきものは又もあらじと
思へばいとどはかなかりけり

何事も皆昔とぞなりにける 花に涙をそそぐ今日かも
おなじ歌
 わが背子が みまかりしより あらたまの
 年の八とせを つれもなく
 荒れたる宿に たをや女が
 獨し住めば 慰むる
 心はなしに なげきのみ
 積りつもれば かげのごと
 我が身はなりぬ 今更に
 世にはあれども ありのみの
 ありがひなしと 思ひとて
 一日に千度 死なめとは
 思ひはすれど 我が背子が
 かたみに殘す 二人の子
 見るに心も しのびずて
 かにもかくにも 言はんすべ
 せんすべ知らに こもりゐて
 ねのみし泣かゆ 朝な夕なに

貧しきをのぶる
 あしびきの 山田の田居に いほりして
 晝はしみらに 飯乞ふと
 里に出でたち かぎろひの
 夕さり來れば 山越しの
 風を時じみ 門さして
 あし火たきつつ 古を
 思へば夢の 世にこそありけれ

秋のねざめ
 この秋は かへり來なんと 朝鳥の
 音づれぬれば さ小鹿の
 朝ふすを野の 秋萩の
 はぎの初花 咲きしより
 今か/\と たち待てば
 雲居に見ゆる かりがねも
 いや遠さかり 行くなべに
 山のもみぢは 散りすぎぬ※
 紅葉はすぎぬ 今更に
 君歸らめや ふる里の
 荒れたる宿に ひとり我が
 有りがてぬれば 玉だすき
 かけてしぬびて 夕づつの
 かゆきかく行き さす竹の
 君もや逢ふと わけ行きて
 かへり見すれば 五百重山
 千重に雪ふり たなくもり
 袖さへひぢて 慰むる
 心はなしに からにしき
 たちかへり來て 草の庵に
 わびつつぞゐる 逢ふよしをなみ

秋山の紅葉はすぎぬ今よりは 何によそへて君をしのばん

今更に死なば死なめと思へども
心にそはぬいのちなりけり

初時雨
 神無月 しぐれの雨の をとつ日も
 きのふも今日も 降るなべに
 山の紅葉は 玉ぼこの
 道もなきまで 散りしきぬ
 夕さり來れば さすかけて
 つま木たきつつ 山たつの
 向ひの丘に さを鹿の
 妻よび立てて 鳴く聲を
 聞けば昔の 思ひ出て
 うき世は夢と 知りながら
 うきにたへねば さむしろに
 ころもかたしき うちぬれば
 板じきの間より あしびきの
 山下風の いと寒く
 吹き來るなべに あり衣を
 有りのことごと 引きかづき
 こひまろびつつ ぬば玉の
 長きこの夜を いもねかねつも

雪の雁
 風まじり 雪はふり來ぬ 雪まじり
 風は吹き來ぬ この夕べ
 おき居て聞けば かりがねも
 天つみ空を なづみつつ行く

ひさがたの雲井をわたるかりがねも
羽しろたへに雪やふるらん

風雪雨、春の徒然
 風まぜに 雪はふり來ぬ 雪まじり
 雨はふり來ぬ あづさ弓
 春にはあれど 鶯も
 いまだ來鳴かず 野に出でて
 若菜もつまず たれこめて
 草のいほりに こもりつつ
 うち數ふれば む月もや
 すでに半ばに なりにけるかな

きさらぎの末つ方雪のふりければ
 風まぜに 雪は降り來ぬ 雪まぜに
 風は吹き來ぬ 埋み火に
 足さしのべて つれづれと
 草のいほりに とぢこもり
 うち數ふれば きさらぎも
 夢の如くに 盡きにけらしも

月よめばすでにやよひになりにけり
野べの若菜もつまずありしに

きさらぎ
 冬ごもり 春にはあれど 埋み火に
 足さしのべて つれづれと
 草の庵に とぢこもり
 うち數ふれば きさらぎも
 夢の如くに すぎにけらしも

秋のあはれ
 夕ぐれに 國上の山を
 越え來れば 高根には
 紅葉ちりつつ 麓には
 鹿ぞ鳴くなる 紅葉さへ
 時は知るといふを 鹿すらも
 友をしをしむ むべらへや
 ましてわれは うつせみの世の
 人にしあれば

わが宿を尋ねて來ませあしびきの
山のもみぢを手折りがてらに

露霜の秋の紅葉と時鳥 いつの世にかはわれ忘れめや

おと宮の森の木下にわれをれば
鐸ゆらぐもよ人來るらし

おなじ
 たそがれに 國上の山を
 越え來れば 高ねには
 鹿ぞ鳴くなる 麓には
 紅葉ちりしく 鹿のごと
 音にこそ鳴かね 紅葉ばの
 いやしく/\に ものぞ悲しき

おなじ
 あしびきの 國上の山を たそがれに
 我が越え來れば 高根には
 鹿ぞ鳴くなる 麓には
 紅葉散りしく さを鹿の
 音には鳴かねど もみぢばの
 いやしく/\に ものぞ戀しき

夕くれに國上の山を越え來れば 衣手寒し木の葉ちりつゝ
 あしびきの 國上の山の 山もとに
 庵をしつつ朝にけに
 いゆきかへらひ まそかがみ
 仰ぎて見れば み林は
 幾代へぬらん ちはやふる
 神さびたてり 落ち瀧津
 水音さやけし 五月には
 山時鳥 うち羽ふり
 しぐるる折は もみぢばを
 ひきて手折りて うちかざし
 あまた月日を すぐしつるかも

こひしくば尋ねて來ませあしびきの 國上の山の森の下庵
國上山のうた
 あしびきの 國上の山の 山かげの
 乙子の宮の 神杉の
 杉の下道 ふみわけて
 い往きもとほり 山見れば
 高く貴し 谷見れば
 深さは深し その山の
 いや高々に 其の谷の
 心深めて 有り通ひ
 いつきまつらん 萬代までに

乙宮の宮の神杉しめゆひて
いつきまつらんおぢなけれども

 あしびきの 國上の山の 山もとに
 いほをしめつつ 朝夕に
 岩のかげ道 ふみわけて
 いゆきかへらひ 山見れば
 山もみがほし 里みれば
 里も賑はし 春されば
 椿花さき 秋べには
 野べに妻こふ さを鹿の
 聲をともしみ あらたまの
 年の十とせは 過ぎにけるかも

 あしびきの 國上山もと 神無月
 紅葉は庭に 散りしきぬ
 しぐれの雨は ひめもすに
 降りみ降らずみ ふるなべに
 向ひの丘に さを鹿の
 妻こふ聲の うたてはるけき

飯乞ふと里にも出でず此の頃は
時雨の雨の間なくし降れば

國上
 あしびきの 國上の山の 山もとに
 いほりをしつつ をちこちの
 里にい往きて 飯を乞ひ
 ひと日ふた日と すごせしに
 あまたの年の 積り來て
 身にいたづきの おきぬれば
 立ち居もよ
 心にそはず うつせみの
 知りにし人も もみぢばの
 すぎてゆければ 今更に
 世にはありとも ありぎぬの
 有るかひなしと もひしより
 飯もこはずて とぢこもり
 國上の山の 山もとに
 みまかりにけり 朝露のごとや
 夕露のごとや

冬ごもり
 あしびきの 國上の山の 冬ごもり
 日に/\雪の 降るなべに
 往き來の道の 跡も絶え
 ふる里人の 音もなし
 うき世をここに 門さして
 飛騨のたくみが 打つ繩の
 只一筋の 岩清水
 そを命にて あらたまの
 今年の今日も 暮しつるかも

わが宿は國上山もと冬ごもり 往き來の人のあと方もなし

今よりはふる里人の音もなし 峰にも尾にも雪の積れば

山かげのまきの板屋に音はせねど
雪の降る日は空にしるけり

柴の戸の冬の夕べの淋しさは うき世の人のいかで知るべき

小夜ふけて岩間の瀧津音せぬは 高ねのみ雪降り積るらし

み山べの雪ふりつもる夕ぐれは
我が心さへけぬべくおもほゆ

國上
 あしびきの 國上の山に 庵して
 いゆきかへらひ 山見れば
 山も見がほし 里見れば
 里もゆたけし 春べには
 花咲きををり 秋されば
 紅葉を手折り ひさがたの
 月にかざして あらたまの
 年の十とせは すぎにけらしも

一つ松(五鈷掛松)
 國上の おほとのの前の
 一つ松 幾世へぬらん
 ちはやふる 神さびたてり
 あしたには いゆきもとほり
 夕べには 其處に出で立ち
 たちて居て 見れどもあかず
 一つ松はや

山かげのありその波の立ち返り
見れどもあかぬ一つ松かも

 國上の 大殿の前の 一つ松
 上つ枝は 照る日をかくし
 中つ枝は 鳥を住ましめ
 しづ枝は いらかにかかり
 時じくぞ 霜は降れども
 時じくぞ 風はふけども
 ちはやふる 神のみよより
 ありけらし あやしき松ぞ
 國上の松は

み林
 大殿の とのゝみ山の
 み林は 幾世へぬらん
 ちはやふる 神さび立てり
 そのもとに 庵をしつつ
 朝には いゆきもとほり
 夕べには そこに出で立ち
 立ちて居て 見れどもあかぬ
 これのみ林

えにしあらば又も住みなん大殿の
森の下庵いたくあらすな

山かげのありその波の立ちかへり
見れどもあかぬこれのみ林

おほとのの林のもとに庵しめぬ 何かこの世に思ひ殘さん

大殿の林のもとを清めつつ 昨日も今日も暮しつるかも

月夜にはいもねざりけり大殿の 林のもとに往きかへりつつ
國上

 あしびきの 國上の山の
 山かげの 乙子の宮に
 宮づかひ 朝な夕なに
 岩とこの 苔むす道を
 ふみならし い行きかへらひ
 ます鏡 仰ぎて見れば
 み林は 神さび立てり
 落ち瀧津 水音さやけし
 そこをしも あやにともしみ
 五月には 山ほととぎす
 をちかへり 來鳴きとよもし
 長月の 時雨の時は
 もみぢばを ひきて手折りて
 あらたまの あまた月日を
 ここにすごしつ

露霜の秋の紅葉と時鳥いつの世 にかはわれ忘れめや
國上
 あしびきの 國上の山の
 山かげに 庵をしめつつ
 朝にけに 岩の角道
 ふみならし い行きかへらひ
 ますかがみ 仰ぎて見れば
 み林は 神さびませり
 落ち瀧つ 水音さやけし
 そこをしも あやにともしみ
 春べには 花咲きたてり
 五月には 山時鳥
 うち羽ふり 來鳴きとよもし
 長月の 時雨の雨に
 もみぢばを 折りてかざして
 あらたまの 年の十とせを
 すごしつるかも

おなじ
 國上の 山のふもとの 乙宮の
 森の木下に 庵して
 朝な夕なに 岩が根の
 こごしき道に 妻木こり
 谷に下りて水を汲み
 一日/\と 日を送り
 送り/\て いたつきは
 身につもれども うつせみの
 人し知らねば はひ/\て
 朽ちやしなまし 岩木のもとに

 山かげの 森の木下の 冬ごもり
 日毎/\に 雪ふれば
 往き來の人の 跡もなし
 岩根もり來る 苔清水
 そを命にて あらたまの
 今年の今日も 暮れにけるかも

卯月の二十日ばかり國上より 山越えに野積へ行くとて

 あしびきの 野積の山を ゆくりなく
 我が越え來れば をとめ等が
 布さらすかと 見るまでに
 世を卯の花の 咲くなべに
 山時鳥 をちかへり
 おのが時とや 來鳴きとよもす

時鳥鳴く聲きけばなつかしみ
此の日くらしつ其の山のべに

國上の山を出づるとて
 あしびきの 國上の山の 山かげの
 森の下やに 幾年か
 我が住みにしを からころも
 たちてし來れば 夏草の
 思ひしなへて 夕づつの
 か行きかく行き 其の庵の
 いかくるまでに 其の森の
 見えずなるまで たまぼこの
 道の隅ごと 隅もおちず
 かへり見ぞする 其の山のべを

伊夜日子
 ももつたふ いやひこ山を いや登り
 のぼりて見れば 高嶺には
 や雲たな引き 麓には
 木立神さび 落ち瀧津
 水音さやけし 越路には
 山はあれども 此の山の
 いやますたかに この水の
 たゆることなく 有りかよひ
 いつきまつらん 伊夜日子の神

伊夜日子の森のかげ道ふみ分けて
我れ來にけらしそのかげ道を

おなじ
 伊夜日子の 麓の木立 神さびて
 幾世經ぬらん ちはやふる
 神さび立てり 山見れば
 山もたふとし 里見れば
 里もゆたけし 朝日の
 まぐはしも 夕日の
 うらぐはしも そこをしも
 あやにともしみ 宮柱
 ふとしく立てし いやひこの神

伊夜日子に詣でて
 ももつたふ 伊夜日子山を いや登り
 登りて見れば 高根には
 や雲たなびき 麓には
 木立神さび 落ち瀧津
 水音さやけし 越路には
 山はあれども 越路には
 水はあれども ここをしも
 うべし宮居と 定めけらしも

彌彦の椎の木
 いやひこの 神のみ前の 椎の木は
 幾代經ぬらん 神代より
 斯くし有るらし ほづえには
 照る日を隱し 中の枝は
 雲をさへぎり しづえはも
 いらかにかかり ひさがたの
 霜はおけども しなとべゆ
 風は吹けども とこしへに
 神のみ代より かくてこそ
 有りにけらしも 伊夜日子の
 神のみ前に 立てる椎の木

寺泊に飯乞ひて
 こき走る 鱈にも我れは
 似たるかも 朝には
 かみに上り かげろふの
 夕さり來れば 下るなり

 こき走る 鮎にも我れは
 似たるかも 朝には
 かみにのぼりて 夕には
 しもへ下りて 又其のしもへ

岩室の松
 岩むろの 田中に立てる ひとつ松
 あはれ 一つ松 濡れてを立てり
 笠かさましを 一つ松あはれ

岩室の田中の松を今日見れば 時雨の雨にぬれつつ立てり
 岩室の 田中に立てる 一つ松
 あはれ 時雨の雨に ぬれつつ立てり
 人にありせば 蓑きせましを
 笠かさましを 一つ松あはれ

行くさ來さ見れどもあかぬ岩室の
田中に立てる一つ松あはれ

 鹽入峠の道こしらへたるをよろこびて

 越の浦 角田の濱の 朝凪に
 いざなひて汲み 夕なぎに
 つれてやくてふ 鹽いりの
 坂はかしこし 上見れば
 目にも及ばず 下見れば
 魂もけぬべし 千里行く
 駒も進まず み空行く
 雲もはばかる 其の坂を
 善けく安けく 平けく
 なしけん人は 如何なるや
 人にませかも ちはやふる
 神ののりかも み佛の
 つかはせるかも ぬば玉の
 夜の夢かも うつつかも
 かにもかくにも 言はんすべ
 せんすべ知らに しほいりの
 坂にむかひて 三たびをろがむ

しほのりの坂は名のみになりにけり
行く人しぬべ萬代までに

蒼溟
 わたつみは 常世にあれや 天つ日を
 天にめぐらし 露霜を
 國にへだてて 香ぐはしき
 花は咲けども 足らはしき
 月はみつれど うな潮の
 色はかはらず 朝はふる
 風のまに/\ 夕はふる
 波を廻らし 沖の浪
 八重に折りしき 立つ波を
 沖にめぐらし よする波
 ゆたにたたへて 天地と
 愈遠長に 神ろぎの
 いまししものか うまこりの
 あやにあるかも わたつみの神

  天保元年五月大風の吹きし時のうた

 我が宿の 垣根に植ゑし 秋萩や
 一と本すすき をみなへし
 紫苑撫子 ふぢばかま
 鬼の醜草 拔き捨てて
 水を注ぎて 日覆して
 育てしぬれば たまぼこの
 道もなきまで はびこりぬ
 朝な夕なに 行きもどり
 そこに出で立ち 立ちて居て
 秋待ち遠に 思ひしに
 時こそあれ さ月の月の 二十日まり
 四日の夕べに 大風の
 きほひて吹けば あらがねの
 土にのべふし ひさがたの
 あめにみだりて 百千々に
 なりにしぬれば 門さして
 足ずりしつつ いねぞしにける
 いともすべなみ

てもすまに植ゑて育てし八千草は
風の心に任せたりけり

おなじうた
 みそのふに 植ゑし秋萩 旗すすき
 すみれ・たんぽぽ 合歡の花
 芭蕉・あさがほ 藤袴
 しをに・露草 わすれ草
 朝な夕なに 心して
 水を注ぎて 日おひして
 育てしぬれば 常よりも
 ことにはあれと 人もいひ
 我れももひしを 時こそあれ
 さ月の月の 二十日まり
 五日の暮の 大風の
 狂ひて吹けば あらがねの
 土にのべふし ひさがたの
 雨にみだりて 百千々に
 もまれにければ あたらしと
 思ふものから 風のなす
 わざにしあれば 爲んすべもなし

我が宿に植ゑて育てし百くさは 風の心に任すなりけり
月の兎
 天雲の むか伏すきはみ たにぐくの
 さ渡る限り 國はしも
 さはに有れども 里はしも
 數多あれども 御佛の
 生れます國の あきかたの
 其の古の 事なりき
 猿と兎と 狐とが
 言をかはして 朝には
 野山にかけり 夕には
 林に歸り かくしつつ
 年のへぬれば ひさがたの
 天のみことの きこしめし
 僞誠 しらさんと
 旅人となりて あしびきの
 山行き野行き なづみ行き
 をし物あらば 給へとて
 尾花折り伏せ 憩ひしに
 猿は林の ほづえより
 木の實をつみて まゐらせり
 狐はやなの あたりより
 魚をくはへて 來りたり
 兎は野べを 走れども
 何もえせずて 有りしかば
 いましは心 もとなしと
 戒めければ はかなしや
 兎うからを たまくらく
 猿は柴を 折て來よ
 狐はそれを 焚きてたべ
 まけのまに/\ なしつれば
 炎に投げて あたら身を
 旅人のにへと なしにけり
 旅人はこれを 見るからに
 しなひうらぶれ こひまろび
 天を仰ぎて よよと泣き
 土にたふれて ややありて
 土うちたゝき 申すらく
 いまし三人の 友だちに
 勝り劣りを いはねども
 我れは兎を 愛ぐしとて
 元の姿に 身をなして
 からを抱へて ひさがたの
 天つみ空を かき分けて
 月の宮にぞ 葬りける
 しかしよりして つがの木の
 いやつぎ/\に 語りつぎ
 言ひつぎ來り ひさがたの
 月の兎と 言ふことは
 それが由にて ありけりと
 聞く我れさへに 白たへの
 衣の袖は とほりて濡れぬ

おなじうた
 いそのかみ ふりにし御代に ありといふ
 猿と兎と 狐とが
 友を結びて あしたには
 野山にあそび ゆふべには
 林にかへり かくしつつ
 年のへぬれば ひさがたの
 天の帝の ききまして
 それがまことを しらんとて
 翁となりて そがもとに
 よろぼひ行きて 申すらく
 いましたぐひを ことにして
 同じ心に 遊ぶてふ
 まこと聞きしが ごとならば
 翁が飢を 救へと
 杖を投げて いこひしに
 やすきこととて ややありて
 猿はうしろの 林より
 木の實ひろひて 來りたり
 狐は前の 川原より
 魚をくわへて あたへたり
 兎はあたりに 飛びとべど
 何もものせで ありければ
 兎は心 異なりと
 ののしりければ はかなしや
 兎はかりて 申すらく
 猿は柴を 刈りて來よ
 狐はこれを 焚きてたべ
 いふが如くに なしければ
 烟の中に 身を投げて
 知らぬ翁に あたへけり
 翁はこれを 見るよりも
 心もしぬに 久がたの
 天をあふぎて うち泣きて
 土にたふりて ややありて
 胸うちたたき 申すらく
 いまし三人の 友だちは
 いづれ劣ると なけれども
 兎はことに やさしとて
 からを抱へて ひさがたの
 月の宮にぞ はふりける
 今の世までも 語りつぎ
 月の兎と いふことは
 これがもとにて ありけりと
 聞くわれさへも 白たへの
 衣の袖は とほりて濡れぬ

鉢の子
 鉢の子は はしきものかも 幾年か
 わが持てりしを 今日道に
 置きてし來れば たつらくの
 たづきも知らず 居るらくの
 すべをも知らに 刈菰の
 思ひみだれて 夕づつの
 か行きかく行き とめ行けば
 ここにありとて 我がもとに
 人はもて來ぬ 嬉しくも
 持て來るものか その鉢の子を

春の野に菫つみつつ鉢の子を 忘れてぞ來しあはれ鉢の子

おなじうた
 鉢の子は はしきものかも 朝夕に
 わが身を去らず あさなけに
 もたりしものを 今日よそに
 わすれて來れば たつらくの
 たつきもしらに 居るらくの
 すべをも知らに かりごもの
 思ひみだれて 夕づつの
 かゆきかくゆき 玉ぼこの
 道のくまぐま くまもおちず
 とめて行かんと おもふ時
 ここにありとて 鉢の子を
 人はもて來ぬ うれしくも
 もて來しものか よろしなべ
 もち來しものか その鉢の子を

おなじうた
 鉢の子は 愛しきものかも 今日よそに
 置きてし來れば 立つらくの
 たづきも知らず 居るらくの
 すべをも知らず 夏草の
 思ひしなえて 夕づつの
 か行きかく行き ひさがたの
 雪はふるとも よしゑやし あしびきの
 山をも越えて 尾もこえて 我がとめ行かんと
 思ひし折に たまぼこの
 道にありとて 我がもとに
 人は持て來ぬ うれしくも
 持ち來るものか 我れこそは
 主にはあらめ その鉢の子の

おなじうた(定稿なるが如し)
 鉢の子は 愛しきものかも しきたへの
 家出せしより あしたには
 かひなにかけて 夕べには
 たなへにのせて あらたまの
 年のを長く 持たりしを 今日よそに
 忘れて來れば たつらくの
 たづきも知らず 居るらくの
 すべをも知らず かりこもの
 思ひみだれて 夕づつの
 か行きかく行き 谷ぐくの
 さわたる底ひ 天ぐもの
 むかふすきはみ 天地の
 よりあひの限り 杖つきも
 つかずも行きて とめなんと
 思ひし時に 鉢の子は
 ここにありとて 我がもとに
 人は持て來ぬ いかなるや
 人にませかも ちはやふる
 神ののりかも ぬばたまの
 夜の夢かも 嬉しくも
 持て來るものか よろしなべ
 持ち來るものか その鉢の子を

道のべの菫つみつつ鉢の子を 忘れてぞ來し其の鉢の子を

鉢の子をわれ忘るれど取る人はなし 取る人はなし鉢の子あはれ
手毬をよめる(定稿なるが如し)
 冬ごもり 春さり來れば 飯乞ふと
 草の庵を 立ち出でて
 里にい行けば たまぼこの
 道の巷に 子供らが
 今を春べと 手まりつく
 ひふみよいむな 汝がつけば
 吾はうたひ あがつけば なは歌ひ
 つきて歌ひて 霞立つ
 長き春日を 暮しつるかも

霞立つ長き春日を子供らと 手まりつきつつ今日もくらしつ
おなじうた
 あづさ弓 春さり來れば 飯乞ふと
 里にい行けば 里子ども
 道の巷に 手まりつく
 我れも交じりぬ そが中に
 ひふみよいむな 汝がつけば
 吾はうたひ あが歌へば なはつきて
 つきて歌ひて 霞たつ
 長き春日を くらしつるかも

霞立つ長き春日を子供らと 手まりつきつつ此の日暮しつ
由之老
 しきしまの 大和の國は いにしへゆ
 言あげせぬ國 しかれども
 我れはことあげす すぎし夏
 弟のたまひし つくり皮
 いや遠白く 栲のほに
 ありにし皮や 我が家の
 寶とおもひ 行くときは
 負ひてもたらし 寝る時は
 衾となして つかの間も
 我が身を去らず 持たりせど
 奇しきしるしも いちじろく
 有らざりければ 此の度は
 深くかうがへ こと更に
 夜の衣の 上にして
 床にひきはへ 其の上に
 我が肌つけて 臥しぬれば
 夜はすがらに うまいして
 ほのり/\と ま冬月
 春日にむかふ 心地こそすれ

何をもてこたへてよけむたまきはる 命にむかふこれのたまもの

しかりとももだにたえねば言あげす 勝ちさびをすな我が弟の君
おなじ
 この夜らの いつかあけなむ この夜らの
 明けはなれなば をみな來て
 はりを洗はん こひまろび
 あかしかねけり 長きこの夜を

年のはてによみて有則におくる
 野積のや み寺の園の 梅の木を
 根こじにせんと かぎろひの
 夕さり來れば 岩が根の
 こごしき道を ふみ分けて
 辿り/\に しぬびつつ
 垣根に立てば 人の見て
 盗人なりと 呼ばはれば
 おのも/\に しもととり
 鐘打ちならし あしびきの
 山とよもして 集ひ來ぬ
 しかしよりして みな人に
 花盗人と よばれたる
 君にはあれど いつしかも
 年のへぬれば 篠原の
 しげきがを屋に 夜もすがら
 八つかの髯を かい撫でて
 おはすらんかも 此の月ごろは

おなじ
 つぬさ生ふ 岩坂山の 山かげの
 み寺の梅を 三日月の
 ほの見てしより さねこじの
 根こじにせんと 霞立つ
 長き春日を しぬびかね
 夕さり來れば あぢむらの
 村里出でて はたすすき
 大野をこえて 千鳥なく
 磯べをすぎて ま木たてる
 荒山さして 岩が根の
 こごしき道を ふみさくみ
 辿り/\に しぬびつつ
 み垣に立てば 人の見て
 そよやといへば 下部らは
 おのがまに/\ 手をあかち
 鐘うちならし あしびきの
 み山もさやに 笹の葉の
 露をおしなみ 呼び立てて
 道もなきまで 圍みけり
 しかしよりして 世の中に
 花盗人と 名のらへし
 君にはませど いつしかも
 年のへぬれば 小山田の
 山田守るやの 葦の屋の
 伏せやがもとに 夜もすがら
 やつかのひげを かいなでて
 おはすらんかも この月ごろは

あらたまの年は消えゆき年はへぬ 花ぬす人は昔となりぬ
おなじ 題又山寺梅
 つぬさはふ 岩坂山の 山越えに
 み寺の梅を 垣越しに
 ほの見てしより さねこじの
 根こじにせんと むらぎもの
 心にかけて 霞立つ
 長き春日を 忍びかね
 夕さり來れば からにしき
 里たち出でて はたすすき
 大野をすぎて 千鳥なく
 濱べをとほり ま木立てる
 荒山こえて 岩が根の
 こごしき道を ふみさくみ
 辿り/\に 忍びつつ
 うら門まはり 大寺の
 垣根に立てば 寺守の
 こや盗人と 呼ばはれば
 里に聞えて 里人は
 おのも/\に 手をあかち
 しもとをとりて あしびきの
 み山もさやに 笹の葉の
 露をおしなみ たまぼこの
 道もなきまで かくみつつ
 然しよりして天が下に
 花盗人と 名のらへし
 君にはませど うつせみの
 世のことなれば いつしかも
 年のへぬれば 葦の屋の
 ふせ屋がもとに 夜もすがら
 八つかのひげを かいなでて
 おはすらんかも この月ごろは

まらたまの年はきえ行き年はへぬ 花ぬす人はむかしとなりぬ
○ (定珍におくりし歌)
 わが宿の もみぢを見にと ちぎりてし
 君もや來ると この頃は
 たちて見居て見 わが待てど
 君は來ずけり あさなさな
 霜はおくなり よひ/\に
 雨はふるなり 時じくも
 風さへ吹けば 殘りなく
 散りもすぎなん 散りすぎば
 いかに我がせん 散りもせず
 色も變らぬ もみぢばの
 ありてふことは ちはやふる
 神代もきかず うつせみの
 人もかたらず もろこしの
 ふみにも見えず そこおもへば
 かにもかくにも すべをなみ
 折りてけるかも 宿のもみぢを

わが園のかたへの紅葉誰れまつと 色さへそまず霜はおけども

露霜にやしほ染めたる紅葉ばを 折りてけるかも君まちがてに
橘左門老
 こよろぎの 磯の便に 我がひさに
 ほりしたまだれの をすの子がめを あひえてしかも

定珍がもとにて
 彼方には 紅葉を瓶にさし
 此方には もみぢを紙にすり
 もみぢの歌を 讀みあうて
 秋のなごりは この宿にせん

おなじ
 あしびきの 山のたをりの 紅葉ばを
 我がぬれつゝも 君がみためと たをり來し我が

あしびきの山のたをりのもみぢばを たをりてぞ來し雨のはれまに
鉢坊主
 鉢たがき 鉢たがき
 昔も今も 鉢たがき 鉢たがき
 鉢たがき 鉢たがき
 鉢をたがいて 日を暮らせ

たがやのこつを見て讀める
 たがやさん たがやさん
 色もたへなり たがやさん
 あやにたへなり たがやさん
 肌もいとうるはし たがやさん
 たがやさん たがやさん
 たがやさんには なほしかずけり

人にかはりて
 二十日講の こむなさか
 塗物 ただは くるるとも
 おらいやよ 漆地ほし ぬらひくは
 投げはけの たつたひとはけ

大雅堂畫贊
 けさよりは 一つ谷より 出て來たが
 牝獅子を 霧にかくされて
 一とむら薄 わけて尋ねん

題妓女初君圖畫
 越のうらの あまをとめ等が やく鹽の
 しほなれ衣 なれにける
 君がみこと 大君の
 みことかしこみ うつ木綿の
 佐渡にい行くと はしきやし
 妹をわかれて 朝びらき
 ま梶しじぬき 大海に
 みふねをうけて はるばると
 へつべをさかり いや遠に
 沖べにさかり かくばかり
 い別れ行けば こしの浦の
 波にひづちて こひまろび
 まねくとすれど 歸るべき
 由しなければ すべをなみ
 妹がふり袖 君に見えきや

 うつせみの かりのうき世は ありてなき
 ものともへこそ 白たへの
 衣にかふる ぬばだまの
 髮をもおろす しかしより
 天つみ空に ゐる雲の
 あとも定めず 行く水の
 そことも言はず うち日さす
 宮も藁屋も はてぞなき
 よけくもあれ あしけくも
 あらばありなん 思ひしみの なぞもかく
 思ひしやまぬ 我が思
 人知るらめや 此の心
 誰れにかたらん 語るとも
 言ふともつきぬ ありそみは
 深しといへど 高山は
 高くしあれど 時しあれば
 つくることしありと いふものを
 かにもかくにも つきせぬものは
 我が思はも

世の中に門さしたりと見ゆれども などか思のたゆることなき
 はふつたの 別れてしより ぬばたまの
 夢にも見えず たまづさの
 使も來ねば 立ちて見て
 居て見て見れど すべをなみ
 庵を出でて 見渡せば 五百重山
 千重に雪ふり 雲かくり
 袖さへひぢて 慰むる
 心はなくに かへり來て
 ねやにこもりて

 こしなるや 松の山べの をとめごが
 母に別れて 忍びずて
 逢ひ見んことを むらぎもの
 心にもちて あらたまの
 年の三とせを すぐせしが
 しはすの暮に 市に出で
 もの買ふ時に ます鏡
 手にとり見れば 汝が面の
 母に似たれば 母とじは
 母にますかと よろこびて
 います日のごと こととひて
 有りの限りの 價もて
 買うて返りて あさなけに
 見つつしぬぶと きくがともしさ

 ひさがたの 雪かきわけて さすたけの
 君がほりけん さ百合根の さゆりねの
 其のさゆりねの あやにうまさよ

 ときは木の ときはかきはに ましませと
 君がほぎつる とよ御酒に
 我れ醉ひにけり そのとよみきに

 夜や寒き 衣やうすき 墨の音
 閨の文 一筆染めて 顏あげて
 昨日は恨み 今日は又
 戀し床しき とりどりの
 何からさきへ あゝ辛氣
 今も昔も うそもまことも 晴れやらぬ
 峰のうす雲 立ち去りて 後の光と 思はずや君


施頭歌 その他

 左一がみまかりし頃
 この里に行き來の人はさはにあれどもさす竹の君しまさねばさびしかりけり

 友がきの身まかりし又の年若菜つむとて
 あづさゆみ春野に出でて若菜つめどもさす竹の君しまさねばたのしくもなし

 子を失へる親に代りてよめる
 春くれば木々のこずゑに花は咲けどももみぢばのすぎにし子等は歸らざりけり

 くがみ山なる何がしの大徳のいほりに宿りてさ夜ふけて
 「しきみつむ軒ばの峰に月はおちぬ松のとさびしいざまゐらせん」。
 つとめてまかり出でんとするに、あるじ良寛禪師。
 (藤原光枝「越路の紀行」)

 山かげの杉の板屋に雨も降りこねさす竹の君がしばしとたちとまるべく
 とありしすなはちこたへけるうた
 「わすれめや杉の板屋にひとよ見し月ひさがたのをちなき影のしづけかりしを」。時に享保の初の年葉月云々 (同上)

 渡部なる祝の家に宿りて
 この宮の宮のみ阪に我が立てばひさがたのみ雪ふりけりいつかしが上に

 秋の野
 秋のぬの千草おしなみ行くは誰が子ぞ白露に赤裳のすそのぬれまくもをし

 やまたつ
 山たつのむかひの岡にさを鹿たてり神な月時雨の雨にぬれつつたてり

 はちのこ
 鉢の子を我がわするれど取る人はなしとる人はなし鉢の子あはれ

   ○(定珍との贈答歌ならん)
 あしびきの西の山べに關もあらぬかもぬば玉の今宵の月をとどめてあらん

 墨染の我が衣手のひろくありせば世の中の貧しき人をおほはましものを

 墨染の我が衣手のひろくありせばあしびきの山のもみぢばおほはましものを

 白雪はいく重もつもれ積らねばとてたまぼこの道ふみわけて君が來なくに

 春といへば天つみ空は霞みそめけり山のはの殘れる雪も花とこそ見め

 岩室の田中に立てる一つ松の木今朝見れば時雨の雨にぬれつつ立てり

 我が宿の葉びろ芭蕉を見に來ませ秋風に破れば惜しけん葉びろのばせを

 さすたけの君と語りし秋の夕べはあらたまの年はふれどもわすられなくに

 草のべの螢となりて千年をもまたんいもが手ゆ黄金の水をたまふといはば

 山かげのまきの板屋に音はせねどもひさがたの雪の降る夜は空にしるけれ

 人はいつはるとも僞はらじ爭ふとも爭はじ僞爭すてて常に心はのどかなれ

 あはれさは人まつ蟲の音づれにふり出でて鳴く鈴蟲の野べの千草の露にぬれてん

 あしびきの國上の山の冬ごもり岩根もり來る苔水のかすかに世をすみ渡るなり

 我が庵は國上山もと神無月しぐれの雨はひめもすに降りみふらずみ乙宮の森

 一つ松人にありせば笠かさましを簑きせましをひとつ松あはれ

 おく山の春がねしぬぎふる雪のふるとはすれどつむとはなしに降る雪の

 ぬばだまの夜はすがらに糞まり明かしあからひく晝はかはやに走りあへなくに

 にひむろの新室の新室のほぎ酒に我れ醉ひにけりそのほぎ酒に

 ふる里をはるばるへだてここに隅田川みやこ鳥にこととはん君はありやなしやと

 あづさ弓春の野にでて若菜つめどもさす竹の君しなければたのしくもなし

 あづさ弓春の野にでて若菜つめどもさす竹の君とつまねばこにみたなくに(由之の日記)


短歌

 睦月の初めつ方、渡部の祝部が許に宿りて、つとめて宮に詣でたりけるに雪のおもしろう林にふりかかりたるを見てよめる。
 この宮の宮のみ坂に出で立てば み雪降りけりいつ樫が上に

 昨日は草庵へ年賀のみきたまはり恭受納仕候。(阿部定珍宛手紙)
 あめが下のどけき御代のはじめとて 今日を祝はぬ人はあらじな

 春の歌とて定珍と同じくよめる
 春がすみ立ちにし日より山川に 心は遠くなりにけるかな

 春の歌とて
 いづくより春は來ぬらん柴の戸に いざ立ち出でてあくるまで見ん

 古里に花を見て
 何ごとも移りのみ行く世の中に 花は昔の春にかはらず

 きさらぎの十日ばかりに飯乞ふとて眞木山てふ所に行きて有則が家のあたりを尋ぬれば今は野らとなりぬ、一と本の梅の散りかかりたるを見て古を思ひ出でてよめる。
 そのかみは酒に受けつる梅の花 つちに落ちけりいたづらにして

 有則ぬし(鵲齋のもと住める家にいたれりける、頃は如月のはじめつ方梅の花の盛になんありければ
 いろもかも昔の春に咲きつれど あひ見し人は今宵あらなくに

 鵲齋の
 「我が宿の梅も咲かねば鶯も いまだ鳴かぬに君は來にけり」のかへし
 鶯もいまだ鳴かねばみ園生の 梅も咲かぬに我れは來にけり

 由之の訪ね來し時に
 手を折りてかき數ふれば梓弓 春は半ばになりにけるかな

 由之の尋ねし時折しもしきりに北面の窗にはら/\と音せしをわびしさに
 きさらぎに雪の隙なく降ることは たま/\來ます君やらじとか

 正月十六夜贈維馨老
 月雪はいつはあれどもぬばだまの 今日の今宵になほしかずけり

 西行法師の墓に詣でて花を手向けてよめる
 手折り來し花の色香はうすくとも あはれみたまへ心ばかり

 きさらぎの末つ方なほ雪のふりければ
 ひさがたの雲井を渡る雁がねも羽白たへに雪や降るらん

 梅の梢に雪のかゝれるを見て
 春されば梅の梢に降る雪を 花と見ながらかつ過ぎにけり

 鶯春を知る
 いざ我れも浮世の中に交りなん こぞの古巣を今日立ち出でて

 うぐひすの來ざりければ
 鶯のこの春ばかり來ぬことは 去年のさわぎにみまかりぬらし

 うぐひすのたえてこの世になかりせば 春の心はいかにあらまし

 かご鳥を見て
 ひさがたの雲井の上に鳴く雲雀 今を春べとかごぬちに鳴く

 本覺院に集ひてよめる
 山吹の花を手折りて思ふどち かざす春日は暮れずともがな

 う月三日の夜友がきのもとにまかりて
 わりなくも思ふものから三日の夜の
月とともにや出でてぞ我が來し

 出雲崎にて
 春の野に若菜つみつつ雉子の聲 きけばむかしの思ほゆらくに

 友がきのもとより歸る道にて雉子の鳴くを聞きてよめる
 はふつたの別れし暮はさのつ鳥 同じ思ひの音をや鳴くらん

 やよひのつごもりの夜はらからつどひてよめる
 まろゐしていざ明かしてんあづさ弓 春は今宵を限と思へば

 あすは春といふ夜(定珍宛手紙)
 なにとなく心さやぎていねられず あしたは春のはじめと思へば

 ふる里人の山吹の花見に來んと言ひおこせたりけるに盛はまてども來ず散り方になりてつかはしける
 山吹の花のさかりは過ぎにけり 古里人を待つとせしまに
 春風に岩間の雪はとけぬれど 岩間にどよむ谷川の水

 あらたまの年はきえゆき年はへぬ 花ぬす人は昔となりぬ

 降る雪に年をまがひて梅咲きぬ 香さへ散らずば人知るらめや

 うちなびき春は來にけむ我が園の 梅の林に鶯ぞ鳴く

 春風に軒ばの梅はやや咲かん 今宵の月よ君と共にせん

 ひめもすにまてど來ずけり鶯も 赤き白きの梅は咲けども

 こと更にこじくもしるしこの園の 梅のさかりに逢ひにけるかも

 この宿にこじくもしるし梅の花 今日はあひ見てちらば散るとも

 なには津のよしや世の中梅の花
昔を今にうつし見るかな

 おしなべて緑にかすむ木の間より
ほのかに見るは梅の花かも

 あしびきの此の山里の夕月夜
ほのかに見るは梅の花かも

 霞立つ長き春日をこの宿に
梅の花見てくらしつるかも

 梅の花散るかとばかり見るまでに
降るはたまらぬ春の淡雪

 梅の花老が心を慰めよ
昔の友は今あらなくに

 うぐひすのはつ音は今日と我が言へば
君は昨日といふぞくやしき

 梅の花今宵の月にかざしては
春は過ぐとも何か思はん

 梅の花折りてかざしていそのかみ
古りにしことを忍びつるかも

 鶯はいかに契れる年のはに
來居て鳴きつる宿の梅が枝

 梅が枝に花ふみ散らす鶯の
鳴く聲きけば春かたまけぬ

 梅の花散らば惜しけん鶯の
聲のかぎりはこの園に鳴け

 この園の梅のさかりとなりにけり
我が老らくの時に當りて

 心あらば尋ねて來ませ鶯の
木づたひ散らす梅の花見に

 風吹けばいかにせんとか鶯の
梅のほつえを木傳ひてなく

 我が園の梅のひとふさ殘りけり
春の名殘をあはれめよ君

 この頃のひと日ふた日に 我が宿の
軒ばの梅も色づきにけり

 梅の花今さかりなりぬばたまの
今宵の夜半のすぐらくもをし

 うちつてに折らばをりてん梅の花
わが待つ君は今宵來なくに

 月かげの清き夕べに梅の花
折りてかざさんきよき夕べに

 この里の桃のさかりに來て見れば
流にうつる花のくれなゐ

 霞立つ永き春日に鶯の
鳴く聲きけば心はなぎぬ

 世の中をうしと思ひて鶯は
常世の國につれて往ぬらん

 眞垣越し庭にはふりてはなく
我れ鶯に劣らましやと

 鶯の聲を聞きつるあしたより
春の心になりにけるかな

 薪こりこの山かげに斧とりて
いく度かきく鶯の聲

 我れはもよ祝ひて居らん平らけく
小山田櫻見て歸りませ

 小山田の山田の花を見ん日には
一枝おくれ風の便りに

 命あらばまたの春べにたづね來ん
山の櫻をながめがてらに

 いのちあらば又の春べに來ゐて見ん
ながめもあかぬ山の櫻を

 いざ子供山べにゆかん櫻見に
明日ともいはゞ散りもこそせめ

 櫻花はなのさかりはすぐれども
つぎて聞かなん山時鳥

 さきくてよ鹽法坂を越えて來ん
山の櫻の花のさかりに

 さきくてよしほのりの坂こえて來ん
木々の梢に花咲く頃は

 ひさがたののどけき空にゑひふせば
夢もたへなり花の木の下

 おほけなく法の衣を身にまとひ
すはりて見たり山櫻かな

 ひさがたのあまきる雪と見るまでに
降るは櫻の花にぞありける

 春はまたうき世の外や山櫻
もののあはれは秋にこそあれ

 あしびきの山の櫻はうつろひぬ
次ぎて咲きこせ山吹の花

 霞立つ永き春日は色くはし
櫻の花の空にちりつつ

 かぐはしき櫻の花の空に散る
春の夕べは暮れずもあらなん

 山里に櫻かざして思ふどち
遊ぶ春日はくれずともよし

 我が宿の軒ばの峰を見わたせば
霞に散れる山ざくらかな

 下よりも上の高ねをながむれば
かすみのうちにやどる小櫻

 契りてしあふぎが岡の櫻花
我が來んまでは散りこすなゆめ

 見ても知れいづれこの世は常ならぬ
おそくとく散る花の梢を

 見ても知れいづれこの世は常ならぬ
後れ先だつ花も殘らじ

 かりそめに我が來しかどもこの園の
花に心をうつしつるかも

 あだ人の心はしらずおほよその
花におくれて散りやしぬると

 たまきはる命しなねばこの園の
花咲く春に逢ひにけらしも

 あづさ弓春さり來ればみ空より
降り來る雪も花とこそ見め

 花は散る訪ふ人はなし今よりは
八重葎のみはえしげるらん

 えにしあれば又此の館につどひける
花の紐とくきさらぎの宵

 花をのみ惜しみなれにしみよし野の
木の間におつる有明の月

 うつそみの人もすさめぬみ山木も
春には花の咲くてふものを

 春の野に行きてし來れば草枕
誰れかかさなん我れ睦ましみ

 鳥はなく木々の梢に花は咲く
我れもうき世にいざ交りなん

 いざ子供山べに行かむ菫見に
明日さへ散らば如何にとかせん

 いそのかみ去年の古野の菫草
今は春べと咲きにけるかな

 春の野に咲けるすみれを手につみて
我が古里を思ほゆるかな

 つぼ菫咲くなる野邊に鳴く雲雀
聞けどもあかず永き春日に

 道のべにすみれつみつゝ鉢の子を
我がわするれど取る人もなし

 道のべに菫つみつつ鉢の子を
忘れてぞ來しあはれ鉢の子

 菫草咲きたる野べに宿りせん
我が衣手にしまばしむとも

 鉢の子に菫たんぽぽこきまぜて
三世の佛にたてまつりてん

 飯乞ふと我が來しかども春の野に
菫つみつつ時をへにけり

 子供らよいざいでゆかん伊夜日子の
岡の菫の花にほひ見に

 我が宿に一と本植ゑし菫草
今は春べと咲き初めぬらん

 しき妙の袖ふりはへて春の野に
菫をつみしこともありしか

 あさ菜つむ賤が門田の田の畔に
ちきり鳴くなり春にはなりぬ

 しづか家の垣ねに春のたちしより
若菜つまんとしめぬ日ぞなき

 春の野に若菜つむとてさす竹の
君がいひにしことはわすれず

 今日もかも子等がありせばたづさへて
野べの若菜をつまましものを

 ゆくりなく我れ來にけらし春の野の
若菜つみつつ君が家べに

 わが命さきくてあらば春の野の
若菜つみつみ行きてあひ見ん

 子供らと手たづさはりて春の野に
若菜をつめばたぬしくあるかな

 月よめばすでにやよひとなりにけり
野べの若菜もつまずありしに

 春の野に若菜つめどもさす竹の
君とつまねば籠にみたなくに

 去年の秋蟲の音聞きに來し野べに
若菜つみつつ歸る今日かも

 ひさがたの雪げの水にぬれにつつ
春のものとてつみて來にけり

 春の野の若菜つむとて鹽法の
坂のこなたにこの日暮らしつ

 わがためと君がつみてし初若菜
見れば雪間に春ぞ知らるる

 風さそふ柳のもとにまとゐして
遊ぶ春日は心のどけし

 春風の柳のもとにまとゐして
遊ぶ今日しも心のどけき

 この園の柳のもとにまろゐして
遊ぶこの日は樂しきをづめ

 山すげのねもころ/\に今日の日を
引きとどめなん青柳のいと

 さやぎあるはかた柳の緑さへ
色うれはしく見え渡るかも

 山吹の千重を八千重にかさぬとも
此の一と花の一重にしかず
  右のうた「一と花は心花なり」と自註あり

 山吹の花のさかりはすぎにけり
親しき人をまつとせしまに

 蛙鳴く野べの山吹た折りつつ
酒にうかべて樂しきをづめ

 山吹の花のさかりに我が來れば
蛙なくなり此の川のべに

 あしびきの國上の山の山吹の
花のさかりに訪ひし君はも

 小山田の門田の田居になくかはづ
聲なつかしき此の夕べかも

 草の庵に足さしのべて小山田の
山田のかはづ聞くが樂しさ

 草の庵に足さしのべて小山田の
かはづの聲を聞かくしよしも

 あしびきの山田の田居に鳴くかはづ
聲のはるけき此の夕べかも

 春と秋何れ戀ひぬとあらねども
かはづ鳴く頃山吹の花

 あしびきの山田の原にかはづ鳴く
ひとりぬる夜のいねられなくに

 春雨の降りし夕べは小山田に
蛙鳴くなり聲めづらしも

 百鳥の鳴く我が里はいつしかも
蛙の聲となりにけるかな

 松の尾の葉ひろの□つき椿見に
いつか行かなんその椿見に

 あしびきの片山影の夕月夜
ほのかに見ゆる山梨の花

 あしびきの山の樒や戀ひくらし
我れも昔の思ほゆるらん

 あしびきのみ山の茂みこひつらし
われも昔の思ほゆらくに

 あしびきの山べに住めばすべをなみ
しきみつみつつこの日暮らしつ

 この宮の森の木下に子供らと
あそぶ春日になりにけらしも

 この宮の森の木下に子供らと
手まりつきつつ暮しぬるかな

 この里に手まりつきつつ子供らと
遊ぶ春日は暮れずともよし
  右の歌「地藏堂(新潟縣西蒲原郡)といふ地にゆきて」
  (橘物語)

 子供らと手まりつきつつ此の里に
遊ぶ春日は暮れずともよし

 この宮の森の木下に子供らと
あそぶ春日はくれずともよし

 霞たつ長き春日に子供らと
遊ぶ春日は樂しくあるかな

 霞たつながき春日に子供らと
手毬つきつつこの日暮しつ

 あづさ弓春の山べに子供らと
つみしかたこをたべば如何あらん

 春のぬのかすめる中をわが來れば
をちかた里に駒ぞいななく

 おほとのの尾の上に立てる松柏も
今は春べとうちかすみけり

 佐渡が島山は霞の眉引きて
夕日まばゆき春の海原

 春の日に海のおもてを見渡せば
霞に見ゆる天の釣り舟

 ひさがたの空よりわたる春の日は
いかにのどけきものにぞありける

 春の夜の朧月夜の一と時に
誰がさかしらに値つけけん

 むらぎもの心樂しも春の日に
鳥のむらがり遊ぶを見れば

 みつかでは我がとめ行けばあづさ弓
春のぬ末にうかぶかげろふ

 百千鳥鳴くやみ山も春の來て
心そらなる四方の眺や

 百鳥の木傳ひて鳴く今日しもぞ
更にやのまん一つきの酒

 むらぎもの心はなぎぬ永き日に
これのみ園の林を見れば

 ながむれば名もおもしろし和歌の浦
心なぎさの春にあそばん

 伊勢の海浪しづかなる春に來て
昔のことを聞かましものを

 ひさがたの春日にめ出る藻しほ草
かきぞ集むる和歌の浦わは

 すめらぎの千代萬代の御代なれや
花の都に言の葉もなし

 さす竹の君がみためとひさがたの
あま間に出でてつみし芹ぞこれ

 春ごとに君がたまひし雪海苔を
今より後は誰れか給はん

 ちんばそに酒に山葵に給はるは
春はさびしくあらせじとなり

 および折りうち數ふればきさらぎも
夢の如くにすぎにけらしも

 埋火に手たづさはりてかぞふれば
む月もすでに暮れにけるかな

 あづさ弓春はそれともわかぬまに
野べの若草染め出づるなり

 春雨のわけて其れとは降らねども
うくる草木のおのがまに/\

 我が宿は竹の柱に菰すだれ
強ひて食しませひとつきの酒
 夜を寒み朝戸をあけて我が見れば
庭白たへに泡雪ぞ降る

 この宮のみ坂に見れば藤なみの
花のさかりになりにけるかも

 ふぢなみの花はさかりとなりなめど
したくたちゆく我がよはひかも

 あしびきの青山こえて我が來れば
きぎす鳴くなり其の山もとに

 思ほへずおくれ先だつ世の中を
なげきや果てん春は經ぬとも

 春になりて日數もいまだたたなくに
軒の氷のとくる音して

 我が宿の軒ばに春のたちしより
心は野べにありにけるかな

 あづさ弓四方の山べにはた驅せん
春の心ぞおき處なき

 あづさ弓春になりなば草の庵を
とく訪ひてまし逢ひたきものを

 歌もよまん手毬もつかん野にも出でん
心一つを定めかねつも

 きぎすなく燒け野のを野のふるを
道もとの心を知る人ぞなき

 いかなれば同じ一つに咲く花の
こくもうすくも色をわくらん

 春の日のはやも暮れなばさすたけの
君はいなんといはましものを

 山ずみのあはれを誰れに語らまし
藜籠に入れかへる夕ぐれ

 わが庵は森の下庵いつとても
淺茅のみこそおひしげりつつ

 ひさがたの雨の晴れ間に出でて見れば
青み渡りぬ四方の山々

 降り積みしたかねのみ雪それながら
天つみ空は霞初めけり


 五月過ぐるまで時鳥の鳴かざりければ
 相連れて旅かしつらん時鳥
合歡の散るまで聲のせざるは

 刈羽郡妙法寺妙見峠にて
 かすみ立つ沖見の嶺岩つつじ
誰が織りそめしから錦かも

 青き扇に養老の瀧の白玉を注ぎて形とせるを見て
 養老の瀧の白玉とめおきて
君がよはひの有りかずにせん

 さ月の頃由之が方よりおこせたる歌
「我が宿の軒の菖蒲を八重葺かば
うき世のさがをけだしよぎんかも」のかへし
 八重葺かば又もひまをばとめもせん
みすすぎ川へもちて捨てませ

 光枝うしの身まかりし頃時鳥を聞きて
 夏山をこえて鳴くなる時鳥
聲のはるけきこの夕べかも

 時鳥いたくな鳴きそさらでだに
草の庵は淋しきものを

 いづちへか鳴きて行くらん時鳥
さ夜ふけ方にかへるさの道

 ほととぎすしきりに鳴くと人は言へど
我れはきかずもなりにけるかも

 旅人にこれを聞けとやほととぎす
血に鳴く涙かわかざりけり
  旅人にの歌、
「郭公は不如歸と鳴くなり旅人は六道輪廻の衆生」と自註がある。

 時鳥なが鳴く聲をなつかしみ
此の日暮しつ其の山のべに

 あしびきの國上の山の時鳥
よそに聞くよりあはれなりけり

 あしびきの國上の山を今もかも
鳴きて越ゆらん山ほととぎす

 時鳥きかずなりけり此の頃は
日にけにしげきことのまぎれに

 しのび音をいづこの空にもらすらん
待つま久しき山ほととぎす

 ほととぎす我がごと山にはふりてん
戀しき毎に音づれはせよ

 あしびきの國上の山をこえ來れば
山時鳥をちこちに鳴く

 草の庵にひとりしぬればさ夜更けて
太田の森に鳴くほととぎす

 水鳥の鴨の羽色の青山の
こぬれさらずてなく時鳥

 聲たてて鳴け時鳥こと更に
たづね來れる心知りなば

 あしびきの國上の山の時鳥
今をさかりとふりはへて鳴く

 青山の木ぬれたちくき時鳥
鳴く聲聞けば春はすぎけり

 浮雲の身にしありせば時鳥
しばなく頃はいづこに待たん

 國上山松風凉し越え來れば
山時鳥をちこちに鳴く

 國上山しげる梢の戀しとて
鳴きて越ゆらん山時鳥

 世の中をうしともへばか時鳥
木がくれてのみ鳴きわたるなり

 夏山をわがこえ來れば時鳥
こぬれたちくき鳴き羽ぶく見ゆ

 み山べを辿りつつ來し時鳥
木の間立ちくき鳴きはふる見ゆ

 ひさがたの雨にぬれつつ時鳥
鳴く聲聞けば昔おもほゆ

 ひとりぬる旅寢のゆかのあかときに
歸れとや鳴く山時鳥

 夏衣たちて著ぬれどみ山べは
いまだ春かもうぐひすの鳴く

 時鳥空ゆく聲のなつかしみ
寐さへうかれて昔思はる

 ほととぎす我がすむ宿は多かれど
今宵の蛙まづめづらしも

 早苗ひく乙女を見ればいその上
古りにし御代の思ほゆるかも

 手もたゆく植うる山田の乙女子が
うたの聲さへややあはれなり

 この頃はさ苗とるらし我が庵は
形を繪にかき手向けこそすれ

 苗々と我が呼ぶ聲は山こえて
谷のすそこえ越後田うゑのうた

 ひさがたの雨もふらなんあしびきの
山田の苗のかくるるまでに

 あしびきの山田のをぢがひねもすに
いゆきかへらひ水運ぶ見ゆ

 我れさへも心もとなし小山田の
山田の苗のしをるる見れば

 五月雨の晴れ間に出でてながむれば
青田凉しく風わたるなり

 さ月の雨まなくし降ればたまぼこの
道もなきまで千草はひにけり

 五月雨の雲間をわけて我が來れば
經よむ鳥と人はいふらん

 さ苗とる山田の小田の乙女子が
うちあぐるうたのこゑのはるけさ

 卯の花の咲きのさかりは野積山
雪をわけ行く心地こそすれ

 山かげの垣ねに咲ける卯の花は
雪かとのみぞあやまたれける

 わくらばに訪ふ人もなき我が宿は
夏木立のみ生ひしげりつつ

 夏草のしげりにしげる我が宿は
狩りとだにやも訪ふ人はなし

 わくらばに人も訪ひ來ぬ山里は
梢に蝉の聲ばかりして

 我が庵は森の下庵いつとても
青葉のみこそ生ひしげりつつ

 この宿に我れ來て見れば夏木立
しげりわたりぬ雨のとぎれに

 みあへする物こそなけれ小がめなる
蓮の花を見つつしのばせ

 秋萩の咲くを遠みと夏草の
露をわけ/\訪ひし君はも

 あしびきの山のしげみを戀ひつらん
我れも昔のおもほゆらくに

 おしなべて緑にかすむ木の間より
ほのかに見ゆる弓張の月

 待たれにし花は何時しか散りすぎて
山は青葉になりにけるかな

 蓬のみしげりあひぬる我が宿は
尋ぬる人も路まよふらし

 深見草今を盛りに咲きにけり
手折るも惜しし手折らぬも惜し

 朝夕の露のなさけの秋近み
野べの撫子咲きそめにけり

 夏草は心のままにしげりけり
我れ庵せんこれの庵に

 八木山の木かげ凉しく木を折るは
神の惠と今は思はん

 朝露にきほひて咲ける蓮ばの
麈にはしまぬ人のたふとさ

 今人の往くさ來るさのみをさけず
持てるうちははこれにあらずや

 さす竹の君がたまひしさ百合根の
そのさゆりねのあやにうましと

 あさもよし君がたまへしさ百合根を
植ゑてさへ見しいやなつかしみ


 由之に問ふ
 白つゆはことにおかぬをいかなれば
うすく濃く染む山のもみぢば

 渡部の月華亭にて
 この宿のひと本すすきなつかしみ
穗に出る秋はとめて我が來ん

 その夜は法師と只二人して田づらに月を見侍りぬ
「あさ衣袂は露にひぢにけり
賤が門田の月をながめて」(鵲齋の記)
 思ふどち門田のくろに圓居して
夜は明かしなん月の清きに

 日に/\いづこへまかると人の問ひければ
 あだなりと人はいふとも淺茅原
あさわけゆかん思ふ方には

 「あらしのまど」にやどりて
 ひさがたの降り來る雨か谷のとか
夜のあらしに散るもみぢばか

 萩の花を折りてたまはりければ
 露ながら手折りてぞ來し萩の花
いつか忘れん君が心を

 心地あしくて三輪氏のもとにふせりたりけり。
 ひるの頃門に飯乞ふ音をききて
 手を折りてうちかぞふれば此の秋も
すでになかばをすぎにけらしも

 窈冥居士都良が身まかりし頃、
 前栽に朝顏のいと清げに咲けるを見て
 かくばかりありけるものを世の中は
何朝がほをもろしと思はん

 かみな月の頃庵にて
 山里の草のいほりに來て見れば
垣根に殘るつはぶきの花

 由之老
 あしびきの山もみぢばはさすたけの
君には見せつ散らばこそ散れ

 鳴琴堂にてよめる
 蟲は鳴く千草は咲きぬこの庵を
今宵は借らん月出づるまで

 晴るるかと思へばくもる秋の空
うき世の人の心知れとや

 たまぼこの道のひまごとしをりせん
また來ん秋はたづね來んため

 花の野にしをりやせましひさがたの
また來ん秋はたづね來んため

 行く秋のあはれを誰れに語らまし
あかざ籠にみて歸へる夕ぐれ

 秋もやや衣手寒くなりにけり
草の庵をいざとざしてん

 秋の夜もややはだ寒くなりにけり
一人や君があかしかぬらん

 秋もやや衣手寒くなりにけり
つづれさせてふ蟲の告ぐれば

 秋もややうらさびしくぞなりにけり
いざ歸りなん草の菴に

 秋もやや夜寒になりぬ我が門に
つづれさせてふ蟲の聲する

 里子らの吹く笛竹もあはれきく
もとより秋のしらべなりせば

 なほざりに日を暮しつつあらたまの
今年の秋も暮しつるかも

 蟲は鳴く千草は咲きぬぬばだまの
秋の夕べのすぐころもをし

 あしびきの山田のくろに鳴く鴨の聲
聞く時ぞ秋は暮れける

 淋しさに草のいほりを出でて見れば
稻葉おしなみ秋風ぞ吹く

 秋もややうらさびしくぞなりにけり
小笹に雨のそそぐを聞けば

 秋さめの日に/\降るにあしびきの
山田の老翁は晩稻刈るらん

 秋の雨の晴れ間に出でて子供らと
山路たどれば裳のすそ濡れぬ

 秋の雨のひそ/\ふればから衣
ぬれこそまされひるとはなしに

 秋の夜もやや肌寒くなりにけり
ひとりや淋しあかしかねつも

 秋の夜は長しと言へどさす竹の
君と語ればおもほえなくに

 夏草の田ぶせのいほと秋の野の
あさぢがやどはいづれすみよき

 秋の夜の月の光のさやけさに
辿りつつ來し君がとぼそに

 降る雨に月の桂も染まるやと
仰げば高し長月のそら

 風は清し月はさやけしいざともに
踊りあかさん老のなごりに
  右のうた「ふみ月十五日の夜よみたまひしとぞ」
  (蓮の露)

 誰れしにも浮世の外と思ふらん
隈なき月のかげを眺めて

 名にしおふ今宵の月を我が庵に
都の君のながむらんとは

 いつまでも忘れまいぞや長月の
菊のさかりにたづねあひしをz

 旅衣淋しさ深き山里に
雲井同じき月を見るかな

 越の空も同じ光の月影を
あはれと見るや武藏野の原

 ふる里をはるばる出でて武藏野の
隈なき月をひとり見るかな

 ふる里のこと思ひ出でてや君はしも
有明の浦に月や見るらん

 つれづれに月をも知らで更科や
姨捨山もよそにながめて

 ひさがたの雲のあなたに住む人は
常にさやけき月を見るらん

 柴の庵をうち出で見ればみ
林の梢もり來る月の清さよ

 住めば又心おかれぬ宿もがな
假の篠屋の秋の夜の月

 ひさがたの月の光の清ければ
照しぬきけり唐も大和も

 しろたへの衣手寒し秋の夜の
月なか空にすみ渡るかも

 うば玉の夜の闇路に迷ひけり
あかたの山に入る月を見て

 秋の野の花の錦の露けしや
うらやましくも宿る月影

 あしびきの國上の山の松かげに
あらはれ出づる月のさやけさ

 もろともにおどり明かしぬ秋の夜を
身にいたづきのゐるも知らずて

 いざ歌へ我れ立ち舞はんぬばだまの
今宵の月にいねらるべしや

 小烏のねぐらにとまる聲ならで
月見る友もあらぬ山住み

 わたつみの青海原はひさがたの
月のみ渡るところなりけり

 にほの海照る月かげの隈なくば
八つの名所一目にも見ん

 こぞの秋あひ見しままにこの夕べ
見ればめづらし月ひとをとこ

 えにしあれば二歳つづきこの殿に
名たゝる月を眺むらんとは

 幾人かえも寢ざるらんあしびきの
山の端出づる月を見んとて

 秋の野の草ばの露を玉と見て
とらんとすればかつ消えにけり

 露と見しうき世を旅のままならば
我が家も草の枕ならまし

 ふる里をよろ/\ここに武藏野の
草葉の露とけぬる君はも

 萩がへにおく白露の玉ならば
衣のうらにかけて行かまし

 白露に咲きたる花を手折るとて
秋の山路にこの日くらしつ

 露はおきぬ山路は寒し立ち酒を
食して歸らんけだしいかがあらん

 月夜にはいもねざりけりおほとのの
林のもとにゆきかへりつつ

 秋の野の尾花における白つゆを
玉かとのみぞあやまたれける

 風になびく尾花が上におく露の
玉と見しまにかつ消えにけり

 秋の野の草むら毎におく露は
よもすがらなく蟲の涙か

 なほざりに我が來しものを秋の野の
花に心をつくしつるかも

 秋日和染むる花野にまとゐして
蝶もとも寢の夢を結ばん

 秋の野に咲きたる花を數へつつ
君が家邊に來たりぬるかも

 秋のぬの千草ながらに仇なるを
心にそみてなぞ思ひける

 百草の千草ながらにあだなれど
心にしみてなぞ思ひける

 秋のぬの千草ながらに手折りなん
今日の一日は暮れば暮るとも

 秋の野に草葉おしなみ來し我れを
人なとがめそ香にはしむともz

 秋の野を我がわけ來れば朝霧に
ぬれつつ立てりをみなへしの花

 秋山を我れこえ來れば朝霧に
ぬれつつ立てりをみなへしの花

 女郎花紫苑なでしこ咲きにけり
今朝の朝けの露にきほひて

 秋の野ににほひて咲ける藤袴
折りておくらん其の人なしに

 白つゆにみだれて咲ける女郎花
つみておくらん其の人なしにz

 白つゆにきほうて咲ける藤袴
つみておくらん其の人や誰れ

 やさしくも來ませるものよなでし
この秋の山路をたどり/\て

 秋の野の尾花にまじる女郎花
月の光にうつしても見ん

 女郎花多かる野べにしめやせん
けだし秋風よぎて吹くかと

 我が待ちし秋は來にけり月くさの
やすの川原に咲きゆく見れば

 あはれさはいつはあれども葛の葉の
うら吹き返す秋の初風

 秋山に咲きたる花をかぞへつつ
これのとぼそに辿り來にけり

 又も君柴の庵をいとはずば
すすき尾花をわけて訪ひ來よ

 この岡の秋萩すすき手折り來て
我が衣手に露はしむとも

 この岡の秋萩すすき手折りもて
み世の佛にたてまつらばや

 秋風の尾花吹きしく夕暮は
渚によする波かとぞ思ふ

 秋風になびく山路のすすきの穗
見つつ來にけり君が家べに

 秋風に露はこぼれて花すすき
みだるる方に月ぞいざよふ

 秋の日に光りかがやく花薄
ここのお庭にたたして見れば

 秋の日に光りかがやく薄の穗
これの高屋にのぼりて見れば

 あしびきの山のたをりに打ちなびく
尾花たをりて君が家べに

 ゆきかへり見れどもあかず我が庵の
薄が上における白露

 ねもごろに我れを招くかはたすすき
花のさかりにあふらく思へば

 み山べの山のたをりにうちなびく
尾花ながめてたどりつつ來し

 秋の野の薄かるかや藤袴
君には見せつ散らば散るとも

 わが庵の垣根に植ゑし八千草の
花もこの頃咲き初めにけり

 我が宿のまがきがもとの菊の花
この頃もはや咲きやしぬらん

 わたつみの波がよすると見るまでに
枝もたををに咲ける白菊

 八重葎誰れかわけつる天の川
とわたる船もわれ待たなくに

 み草刈り庵結ばんひさがたの
天の川原のはしの東に


  與板といふところに行きて人のもとを訪ひまかりしかば此の程はいづこにかおはすと云ひたりけるに(橘物語)

 我が宿をいづくと問はば答ふべし
天の川原のはしの東と

 ねもごろに尋ねて見ませひさがたの
天の川原はいづこなるかと

 天の川川べのせきやきれぬらし
今年の年は降りくらしつつ

 をやみなく雨はふり來ぬひさがたの
天の川原のせきやくゆらに

 天の川やすのわたりは近けれど
逢ふよしはなし秋にしあらねば

 ひさがたのたなばたつめは今もかも
天の川原に出でたたすらし

 今もかもたなばたつめはひさがたの
天の川原に出でて立つらし

 戀ふる日はあまたありけり逢ふと言へば
そこぞともなく明けにけるかな

 待つと言へばあやしきものぞ今日の日の
千とせのごともおもほゆるかな

 いましばし川のむかひのみな岸へ
妹出て待たん早く漕ぎ出な

 ひさがたの天の川原の渡しもり
はや船出せよ夜の更くるかに

 ひさがたの天の川原のわたしもり
川波高し心せよかし

 わたし守はや船でせよぬばだまの
夜ぎりはたちぬ川の瀬ごとに

 秋風に赤裳の裾をひるがへし
妹が待つらんやすのわたりに

 白たへの袖ふりはへてたなばたの
天の川原に今ぞ立つらし

 秋風を待てば苦しも川の瀬に
うちはし渡せその川の瀬に

 臥して思ひ起きてながむるたなばた
如何なる事の契をかする

 ひさがたの天の川原のたなばたも
年に一度は逢ふてふものを

 いかならんえにしなればか棚機の
一夜限りて契りそめけん

 人の世はうしと思へどたなばたの
ためにはいかに契りおきけん

 この夕べをちこち蟲の音すなり
秋は近くもなりにけらしも

 今よりは千草は植ゑじきりぎりす
なが鳴く聲のいと物うきに

 思ひつつ來てぞ聞きつる今宵しも
聲をつくして鳴けきりぎりす

 秋風の日に日に寒くなるなべに
ともしくなりぬきりぎりすの聲

 我が園の垣根の小萩散りはてて
いとあはれさを鳴くきりぎりす

 しきたへの枕去らずてきりぎりす
夜もすがら鳴く枕さらずて

 いざさらば涙くらべんきりぎりす
かごとをねには立てて鳴かねど

 いとどしく鳴くものにかもきりぎりす
ひとりねる夜のいねられなくに

 音にのみ鳴かぬ夜はなし鈴蟲の
ありし昔の秋を思ひて

 秋の野に誰れ聞けとてかよもすがら
聲振り立てて鈴蟲の鳴く

 秋風の夜毎に寒くなるなべに
枯野に殘る鈴蟲のこゑ

 我が待ちし秋は來ぬらし今宵しも
いとひき蟲の鳴き初めにけり

 我が待ちし秋は來にけり高砂の
尾の上にひびく日ぐらしの聲

 わが待ちし秋は來ぬらしこの夕べ
草むら毎に蟲の聲する

 ともしびのきえていづこへ行くやらん
草むらごとに蟲のこゑする

 我が庵は君が裏畑夕されば
まがきにすだく蟲のこゑごえ

 この夕べ秋は來ぬらし我が宿の
草のまがきに蟲の鳴くなる

 ぬばだまの夜は更けぬらし蟲の音も
我が衣手もうたて露けき

 あはれさは何時はあれども秋の夜の
蟲の鳴く音に八千草の花

 いつはとは時はあれども淋しさは
蟲の鳴く音に野べの草花

 あまつたふ日は夕べなり蟲は鳴く
いざ宿からん君が庵に

 夕されば蟲の音ききに來ませ君
秋野の野らと名のる我が宿

 心あらば蟲のね聞きに來ませ君
秋野のかどを名のる我が宿

 肌寒み秋もくれぬと思ふかな
この頃たえて蟲の音もなし

 今よりはつぎて夜寒になりぬらし
つづれさせてふ蟲の聲する

 肌寒み秋も暮れぬと思ふかな
蟲の音もかる時雨する夜は

 水やくまん薪やこらん菜やつまん
朝の時雨の降らぬその間に

 柴やこらん清水や汲まん菜やつまん
時雨の雨の降らぬまぎれに

 月よみの光を待ちてかへりませ
山路は栗のいがの多きに

 月よみの光をまちてかへりませ
君が家路は遠からなくに

 秋萩の枝もたををにおく露を
消たずにあれや見ん人のため

 秋の野の萩の初花咲きにけり
尾の上の鹿の聲まちがてに

 夕風になびくや園の萩が花
なほも今宵の月にかざさん

 萩が花今盛なりひさがたの
雨は降るとも散らまくはゆめ

 散りぬらば惜しくもあるか萩の花
今宵の月にかざして行かん

 秋風に散りみだれたる萩の花
はらはば惜しきものにぞありける

 たまぼこの道まどふまで秋萩は
散りにけるかも行く人なしに

 いその上ふる川のべの萩の花
今宵の雨にうつろひぬべし

 秋萩の花咲く頃は來て見ませ
命またくば共にかざさん

 秋萩の花のさかりも過ぎにけり
契りしこともまだとけなくに

 白露に咲きみだれたる萩が花
錦を織れる心地こそすれ

 萩の花咲くらん秋を遠みとて
來ませる君が心うれしき

 はぎかしは咲けば遠みとふる里の
草のいほりを出で來し君か

 飯こふと我れこの宿に過ぎしかば
萩の盛りに逢ひにけらしも


 與板といふ里にいたりて某のもと訪ひし日萩の花はさかりなり(橘物語)
 飯乞ふと我れ來にければこの宿の
萩のさかりに逢ひにけるかも

 九日の朝の御齋に參上仕度候(八月朔日定珍宛手紙)
 飯乞ふと我が來て見れば萩の花
みぎりしみみに咲きにけらしも

 夢ならばさめても見まし萩の花
今日の一日は散らずやあらなん

 我が園に咲きみだれたる萩の花
朝な夕なにうつろひにけり

 我が宿の秋萩の花咲きにけり
尾の上の鹿は今か鳴くらん

 おく露に心はなきを紅葉ばの
うすきも濃きもおのがまに/\

 緑なる一つ若葉と春は見し
秋はいろ/\にもみぢけるかも

 紅葉ばは散りはするとも谷川に
影だに殘せ秋のかたみに

 あしびきの山のたをりの紅葉ばを
手折りてぞこし雨の晴れ間に

 あしびきの山のたをりの紅葉ばを
手折らずに來て今はくやしき

 秋山を我が越え來ればたまぼこの
道も照るまで紅葉しにけり

 おく山の紅葉ふみわけこと更に
來ませる君をいかにとかせん

 我が宿をたづねて來ませあしびきの
山の紅葉を手折りがてらに

 我が園のかたへの紅葉誰れ待つと
色さへ染まず霜はおけども

 露霜にやしほ染めたる紅葉ばを
折りてけるかも君まちがてに

 音にきく樋曾の山べの紅葉見に
今年はゆかん老のなごりに

 紅葉ばの降りに降りしく宿なれば
訪ひ來ん人も道まどふらし

 もみぢばのちらまくをしみあしびきの
木の下ごとに立ちつつもとな

 もみぢ葉のさきを爭ふ世の中に
何をうしとて袖ぬらすらん

 うちつけに散りなば惜しき紅葉ばを
見つゝしのばん秋のかたみに

 あしびきの山の紅葉をかざしつつ
遊ぶ今宵は百夜つぎたせ

 ひさがたの時雨の雨の間なく降れば
峰の紅葉は散りすぎにけり

 あしびきの山の紅葉ば散りすぎて
うら淋しくもなりにけるかな

 十日あまり早くありせばあしびきの
山のもみぢを見せましものを

 もみぢばの散りにし人のおもかげを
忘れで君がとふぞうれしき

 今よりはつぎて木々の葉色づかん
たづさへて來よ一人二人を

 秋山のもみぢ見がてら我が宿を
とひにし人はおとづれもなし

 もみぢ葉の散る山里はきゝわかぬ
時雨する日もしぐれせぬ日も

 木の葉散る森の下屋は聞きわかぬ
時雨する日もしぐれせぬ日も

 秋山の紅葉はすぎぬ今よりは
何によそへて君をしのばん

 秋山の紅葉は散りぬ家づとに
子等がこひせばなにをしてまし

 山奥に見捨ててかへるうす紅葉
我れを思はんあさき心を

 やり水のこの頃音の聲せぬは
山の紅葉の散りつもるらし

 我が宿のまがきに植ゑし蔦かづら
今日この頃は紅葉しぬらし


 おなじ夜そこなる寺にやどりて
「夜あらしにふりくるものは雨ならで
軒ばにつもる落葉なりけり」
 かへらんとしけるに山の主のよみ出でけるうた
 (正貞の記)
 此山のもみぢも今日は限りかな
君しかへらば色はあらまし

 をちこちの山のもみぢ葉散りすぎて空さ
みしくぞなりにけらしも

 たまぼこの道行きぶりの初もみぢ
手折りかざして家づとにせん

 山里はうらさびしくぞなりにける
木々の梢の散り行く見れば

國上にてよめる。(ふるさと)
 來て見れば我がふる里は荒れにけり
庭もまがきも落葉のみして

 夕暮に國上の山を越え來れば
衣手寒し木の葉散りつつ

 すみ染の衣手寒し秋風に
木の葉散り來る夕暮の空

 あしびきの國上の山の山畑に
まきし大根をあさずをせ君

 月よみに門田の田居に出て見れば
遠山もとに霧たちのぼる

 夕霧にをちの里べは埋れぬ
杉たつやどに歸るさの道

 この夕べねざめて聞けばさを鹿の
聲の限をふりたてて鳴く

 この頃のねざめに聞けばたかさごの
尾の上にひびくさを鹿の聲

 百草のみだれて咲ける秋のぬに
しがらみふせてさを鹿の鳴く

 さ夜ふけて高ねの鹿の聲きけば
寢ざめさびしく物や思はる

 うき我れをいかにせよとか若草の
妻呼び立ててさを鹿鳴くも

 秋もやや殘り少になりぬれば
尾の上とよもすさを鹿のこゑ

 秋もやや殘り少になりぬれば
よな/\こひしさを鹿の聲

 さ夜更けて聞けば高根にさを鹿の
聲の限をふりたてて鳴く

 夕ぐれに國上の山をこえ來れば
高根に鹿の聲を聞きけり

 たそがれに國上の山を越えくれば
高ねに鹿の聲ぞ聞ゆる

 秋さらばたづねて來ませ我が庵を
尾の上の鹿の聲ききがてに

 秋萩のちりのまがひにさを鹿の
聲の限りをふり立てて鳴く

 秋萩の散りもすぎなばさを鹿の
臥戸あれぬと思ふらんかも

 草花の盛すぎなばさをしかは
ふしどあれぬと思ふらんかも

 宵やみに道やまどへるさを鹿の
この岡をしも過ぎがてに鳴く

 長き夜にねざめて聞けばひさがたの
時雨にさそふさを鹿のこゑ

 夕月夜ひとりとぼそに聞きぬれば
時雨にさそふさを鹿の聲

 よもすがら寢ざめて聞けば雁がねの
天つ雲井を鳴きわたるかな

 今宵しも寢ざめに聞けば天つかり
雲居はるかにうちつれて行く


 神無月の頃旅人の蓑一つ著たるが門に立ちて物乞ひければ、古ぎぬぬぎて取らす。
 さて其の夜嵐のいと寒く吹きたりければ
 誰が里に旅ねしつらんぬばだまの
夜半の嵐のうたて寒きに

 にぎたへを人の贈りければ
 ひさがたの雪氣の風はなほ寒し
こけの衣に下がさねせん

 こたへ
 ひさがたの時雨の雨にそぼちつつ
來ませる君をいかにしてまし

 み阪越えしてゆく人によみてつかはす
 雪とけにみさかを越さば心して
たどり越してよ其の山阪を

 さ夜ふけてあらしのいたう吹きたりければ
 山かげの草の庵はいとさむし
柴をたきつつ夜を明かしてん

 世をそむく苔の衣はいとせまし
柴を燒きつつ夜をあかしてん

 霜月十日ばかりの程
 草の庵に寢ざめてきけばあしびきの
岩根におつるたきつせの音

 禪師の君久しく痢病をわづらひたまひて今は頼み少しと聞き驚きまゐらせて、しはすの二十日あまり五日の日鹽ねり坂を凌ぎてまうでしを、いといたう喜び給ひて此の雪にはいかでとのたまひしかば
「さす竹の君を思ふと海士のつむ
鹽ねり坂の雪ふみて來つ」
 御返し(由之の日記良寛臨終のころ)
 心なきものにもあるか白雪は
君が來る日に降るべきものか

 いかにして君ゐますらん此の頃は
雪げの風の日々に寒きに

 岩室の田中の松を今日見れば
時雨の雨にぬれつつ立てり

 石瀬なる田中に立てる一つ松
時雨の雨にぬれつつたてり

 古を思へば夢か現かも
夜は時雨の雨を聞きつつ

 いひ乞はんま柴やこらん苔清水
時雨の雨の降らぬまにまに

 この岡につま木こりてんひさがたの
しぐれの雨の降らぬまぎれに

 飯乞ふと里にも出でずこの頃は
時雨の雨の間なくし降れば

 はら/\と降るは木の葉の時雨にて
雨を今朝聞く山里の庵

 時雨の雨間なくし降れば我が宿は
千々の木のはにうづもれぬらん

 越に來てまだ越なれぬ我れなれや
うたて寒さの肌にせちなる

 たまさかに來ませる君をさ夜嵐
いたくな吹きそ來ませる君に

 谷の聲峰の嵐をいとはずば
かさねて辿れ杉のかげ道

 草枕旅ねしつればぬばだまの
夜半のあらしのうたて寒きに

 夜は寒し苔の衣はいとせまし
うき世の民に何をかさまし

 みぞれ降る日も限とて旅衣
別るる袖をおくる浦風

 さよ更けて風や霰の音聞けば
昔戀しうものや思はる

 さよ更けて風や霰の音すなり
今やみ神の出で立たすらし

 草の庵にねざめて聞けばひさがたの
霰とばしるくれ竹の上に

 夜もすがら草の庵に我れおれば
杉の葉しぬぎ霰降るなり

 今よりはふる里人の音もあらじ
峰にも尾にも積る白雪

 白雪は幾重も積れもろこしの
むろの高根をうつさんとぞ思ふ

 かきくらし降る白雪を見るごとに
むろの高根の音おもほゆ

 おしなべて山にも野にも雪ふりぬ
消えざるをりは粉に似てあるべし

 飯乞ふと里にも出でずなりにけり
昨日も今日も雪のふれれば

 さよ更けて高根のみ雪つもるらし
岩間にたきつ音だにもなし

 この夕べ岩間の瀧津音せぬは
高根のみ雪積るなるらし

 埋み火もややしたしくぞなりにけるを
ちの山べに雪やふるらん

 軒も庭も降り埋めける雪のうちに
いや珍らしき人の音づれ

 山かげのまきの板屋に音はせねど
雪のふる夜は寒くこそあれ

 山かげのまきの板屋に音はせねど
雪の降る日は空にしるけり

 み雪ふる片山かげの夕暮は
心さへにぞ消えぬべらなり

 我が宿の淺茅おしなみふる雪の
消なばけぬべき我が思かな

 み山びの雪ふりつもる夕ぐれは
我が心さへけぬべくおもほゆ

 冬がれのすすき尾花をしるべにて
とめて來にけり柴の庵に

 ひさがたの雪野に立てる白鷺は
おのが姿に身をかくしつつ

 柴の戸の冬の夕べのさびしさを
うき世の人にいかでかたらん

 山住みの冬の夕べの淋しさを
うき世の人は何とかたらん

 ひさがたの天きる雪のふる日には
杉の下庵思ひやれ君

 くつなくて里へも出でずなりにけり
おぼしめしませ山住の身を

 木の葉のみ散りに散りしく宿なれば
又來ん折は心せよ君

 白雪の日毎に降れば我が宿は
たづぬる人のあとさへぞなき

 我が宿は越のしら山冬ごもり
行き來の人のあとかたもなし

 我がいほは國上山もと冬ごもり
行き來の人のあとさへぞなき

 わが宿はこしの山もと冬ごもり
氷も雪も雲のかかりて

 今よりはつぎて白雪つもらまし
道ふみわけて誰れか訪ふべき

 ひさがたの雪ふみわけて來ませ君
柴の庵に一夜かたらん

 み山びに冬ごもりする老の身を
誰れか訪はまし君ならずして

 雪の夜に寢ざめて聞けば雁がねも
天つみ空をなづみつつ行く

 友呼ばふ門田の雁の聲きけば
ひとりや淋し物や思はる

 あしびきの山田の田ゐに鳴く鴨の
聲きく時ぞ冬は來にける

 風まぜに雪は降りけりいづくより
我がかへるさの道もなきまで

 小夜更けて門田のくろに鳴く鴨の
羽がひの上に霜やおくらん

 日はくれて濱邊を行けば千鳥なく
どうとは知らず心細さよ

 夜を寒み門田のくろに居る鴨の
いねがてにする頃にぞありける

 冬ながらよの春よりもしづけきは
雪にうもれし越の山里

 冬の空結ぶ柳のいとながく
千とせの春に逢ふを待たばや

 世の中にかかはらぬ身と思へども
暮るるは惜しきものにぞありける

 村ぎもの心かなしもあらたまの
今年の今日も暮れぬと思へば

 いと早き月日なりけりいと早く
年は暮れけり我れ老いにけり

 今よりはいくつねればか春は來ん
月日よみつつまたぬ日はなし

 をしめども年は限となりにけり
吾が思ふことのいつか果てなん

 今朝はしもおし來る水のこほれるに
この里人も漕ぎぞわづらふ

 この里は鴨つく島か冬されば
往き來の道も舟ならずして

 いかにせん窪地の里の冬
さればを舟もゆかず橇もゆかねば

 むらぎもの心をやらん方もなし
いづこの里も水のさやぎに


 明石
 濱風も心して吹けちはやふる
神の社に宿りせし夜は

 次の日は唐津てふ所に至りぬ今宵も宿のなかりければ
 思ひきや路の芝草をりしきて
今宵も同じかりねせんとは

 赤穗てふ所にて天神の森に宿りぬさ夜更けて嵐のいと寒う吹きたりけりば
 山おろしいたくな吹きそ墨染の衣
かたしき旅ねせる夜は

 高野のみ寺にやどりて
 紀の國の高ぬのおくの古寺に
杉のしづくを聞きあかしつつ

 三條の御坊にて
 不可思議の彌陀の誓のなかりせば
何をこの世の思ひ出にせん

 黒坂山の麓に宿りて
 あしびきの黒坂山の木の間より
もり來る月を夜もすがら見ん

 世の中心うくや思ひけん庵求めにとて嵯峨へいぬる人によみてつかはしける
 こと更に深くな入りそ嵯峨の山
たづねていなん道の知れなくに

 福井の矢垂橋にて
 福井なる矢たれの橋に來て見れば
雨は降れれど日は照れれども

 故郷をおもひて
 草枕夜毎にかはるやどりにも
結ぶはおなじ古里のゆめ

   ○
 この頃の夜のやみ路に迷ひけり
あかたの山に入る月を見て

 次の歌「病の床にふしていとたのみ少うなり給ひける時人々のとむらひまうで來りければよみ給ひしとなん」
 (隆全法印)
 ももつたふいかにしてまし草枕
旅のいほりにあひし子等はも

 ゆくさくさ見れどもあかず石瀬なる
田中に立てる一つ松かな

 岩室の田中の松は待ちぬらし
我れ待ちぬらし田中の松は

 松の尾の松の間を思ふどち
ありきしことは今もわすれず

 伊夜日子の杉のかげ道ふみわけて
我れ來にけらし其のかげ道を

 八幡の森の木下に子供らと
遊ぶ夕日のくれまをしかな

 籠田より村田の森を見渡せば
幾世經ぬらん神さびにけり

 木の間より角田の沖を見わたせば
あまのたく火の見えかくれつつ

 浦浪のよするなぎさを見わたせば
末は雲井につづく海原

 ふる里へ行く人あらば言づてん
今日近江路を我れこえにきと

 いく度か參る心はかつを寺
ほとけの誓たのもしきかな

 高砂の尾の上の鐘の聲きけば
今日の一と日は暮れにけるかも

 つの國のなにはのことはいざ知らず
木の下やどに三人ふしけりz

 夢の世に又夢結ぶ草枕
寢覺淋しく物思ふかな

 しをりして行く道なれど老いぬれば
これやこの世のなごりなるらん

 旅衣野山をこえて足たゆく
今日の一と日も暮れにけるかな

 つれづれにながめくらしぬ古寺の
軒ばをつたふ雨をききつつ

 よしや君いかなる旅の末にても
忘れ給ふな人の情を

 都鳥隅田川原になれ住みて
をちこち人に名やとはるらん

 草枕ねざめ淋しき山里に
雲井おなじき月を見るかも

 哀傷のみ歌拜見致し不覺落涙致し候、
 すておきがたくて(阿部定珍宛手紙三首)
 伊夜日子のを峰うちこすつづらをり
十九や二十を限とはして

 ますらをや共泣せじと思へども
けぶり見る時むせかへりつつ

 十日あまり五日はたてど平坂を
越ゆらん子らが音づれもなし

 すぎにし人の事かにもかくにも忘れぬとききて、
 かくなむ(十二月十九日定珍宛手紙)
 うみの子ををしと思はばみたからを
うちはふらさずいつくしみませ

 老人のなげかすとききて(定珍宛二首)
 老い人は心よわきものぞみ心を
なぐさめたまへ朝な夕なに

 日ぐらしの鳴く夕方はわかれにし
子のことのみぞ思ひ出でぬる

 御不幸の由、陰ながら御承り信に落涙いたし候
 (手紙)
 天雲のよそに見しさへ悲しきに
をし足らはせし父のみこはも

 雪の降るを見て主人に代りてよめる
 白雪は千重に降りしけ我が門に
すぎにし子らが來ると言はなくに

 幼き頃よりねもごろに語らひし人ありけり。
 田舎に住みわびて東の方へいにけり。
 こなたよりもかなたよりも、久しう言傳もせでありしに、この頃身まかりぬとききて。
 かからんとかねて知りせばたまぼこの
道行き人に言傳てましを

 この暮のうら悲しきに草枕旅の
菴に果てし君はも

 すゑのみ子のみまかりますとききて
 (以下三首山田杜皐におくる)
 子をもたぬ身こそなか/\うれしけれ
うつせみの世の人にくらべて

 ひたしおやにかはりて
 かいなでておひてひたしてちふふめて
今日は枯野におくるなりけり

 み子のためにみ經をよみて
 み子のためにいとなむのりはしかすがに
うき世の民に及ぶなりけり

 人にかはりて(三首)
 ますかがみ手にとり持ちて今日の日も
ながめ暮しつかげと姿と

 我がごとやはかなきものは又もあらじと
思へばいとどはかなかりけり

 何ごとも皆むかしとぞなりにける
花に涙をそそぐ今日かも

 こぞは疱瘡にて子供さはに失せにたりけり。
 世の中の親の心にかはりてよめる(春さればの旋頭歌及びこの四首原田氏におくれるもの)
 あづさ弓春を春ともおもほえず
すぎにし子らがことを思へば

 人の子の遊ぶを見ればにはたづみ
流るる涙とどめかねつも

 もの思すべなき時はうちいでて
古野におふるなづなをぞ摘む

 いつまでか何なげくらんなげけども
つきせぬものを心まどひに

おなじ(五首)
 子を思ひ思ふ心のままならば
その子に何の罪をおふせん

 子を思ひすべなき時はおのが身を
つみてこらせど猶やまずけり

 新たまの年はふれども面影の
なほ目の前に見ゆる心か

 今よりは思ふまじとは思へども
思ひ出してはかこちぬるかな

 思ふまじ思ふまじとは思へども
思ひ出しては袖しぼるなり


 子供のみまかりたる親の心に代りて(二首)
 こぞの春折りて見せつる梅の花
今は手向となりにけるかも

 唐衣たちても居てもすべぞなき
あまのかる藻の思ひみだれて

かなしき(七首)
 世の中の玉も黄金も何かせん
一人ある子に別れぬる身は

 かしの實の唯一人子に捨てられて
我が身ばかりとなりにしものを

 思ふぞへあへず我が身のまかりなば
死出の山路にけだしあはんかも

 なげけどもかひなきものをこりもせで
又も涙のせき來るはなぞ

 子供らを生まぬ先とは思へども
思ふ心はしばしなりけり

 花見てもいとど心は慰まず
すぎにし子らがことを思ひて

 あさと出て子らがためにと折る花は
露も涙もおきぞまされる


 人の國にはありもやすらん知らず、この國には疱瘡の神とて七としに一たび國めぐりすと言ふ怪しのものありて、幼きものを惱ましける。今年は異年にも似ず病めるものの生けるはなし、辛うじて生けるは鬼の面となる故、子持てるものは人の心地せず日毎に野に送るひつぎを數ふれば大指も指なえつべし。この頃その病にて幼子を失ひし人の許より、そこ/\のあつらひものとて自らのもそへてもたせておこしたりける。持たせておこせたりし人なん幼兒のこのかみにてありける。
 さて末の殘りしはいかがと言へば、これも同じ病にてをとつひ空しくなりにたりと言ふを聞きて親のもとへよみてつかはしける。(四首)
 煙だに天つみ空に消えはてて
面影のみぞ形見ならまし

 又かくも
 なげくと歸らぬものをうつせみは
常なきものと思ほせよ君

 さてその法名はといへば信誓といらへばかくなん
 御佛の信誓のごとあらばかりのうき世を何願ふらん

 その夜は法華經を讀誦して有縁無縁の童に回向すとて
 知る知らぬいざなひたまへ御佛の
法の蓮の花のうてなに


 人の死をいたみて
 水の上に數かくよりもはかなきは
おのが心を頼むなりけり

 光枝大人のみまかり給へぬとききて
 今更にことの八千度くやしきは
別れし日より訪はぬなりけり

 光枝うしの世をすぐさせ給ふとききて
 何ごとも皆昔とぞなりにける
涙ばかりや形見ならまし

 光枝うしの靈前に花をたむくるとて
 さむしろに衣かたしき夜もすがら
君と月見しこともありしか

 おくつきに行きて萩の古枝を折りてよめる
 野べに來て萩の古枝を折ることは
いま來む秋の花のためこそ

 友がきの身まかりしころ
 この里の往き來の人はあまたあれど
君しなければさびしかりけり

 あひ知りし人のみまかりて又の春ものへまかる道にて過ぎて見れば、住む人はなくて花は庭に散りみだれてありければ
 おもほえず又この庵に來にけらし
有りし昔の心ならひに

 里人のしきりに身まかりける時
 忘れてはおどろかれけり紅葉ばの
さきを爭ふ世とは知りつつ

都良子が死にけりと人のいひければ(七首)
 秋の川や立田の山のもみぢ葉の
散るとし聞けば風ぞ身にしむ

 殘りなく散り行くものを紅葉ばの
色づかぬ間を頼むばかりぞ

 山風は時し知らねばもみぢばの
色づかぬ間を何かたのまん

 いと早く散れる紅葉におどろきて
我が身の秋は思はざりけり

 おそしとし何かわかたんうつせみの
ありてなき世と思ひ知らずや

 ありてなき世とは知るともうつせみの
生きとしものは死ぬるなりけり

 秋の夕べ蟲音を聞きに僧ひとり
をち方里は霧にうづまる


 人の家に小鳥ども飼ひたりけるを(橘物語)
 をり/\はみ山のねぐらこひぬべし
われも昔の思ほゆらくに

 紅葉ばのすぎにし子らがこともへば
ほりするものは世の中になし

 いかなるやことのあればか我妹子が
あまたの子らをおきていにける

 かたらずにあるべきものをことごとに
人の子ゆゑにぬるる袖かな

 今日も又君まさばやと思ふかな
立ちかへるべき昔ならねど

 月花は昔ながらも君まさで
おうなの心かこちこそすれ

 君まさばめでて見るらしこの頃は
手向くる花も露ばかりにて

 なきたまの歸りやすると槇の戸も
ささでながむる曉の空

 なき折は何をよすがに思はまし
あるにならひし今日の心は

 手を折りて昔の友をかぞふれば
なきは多くぞなりにけるかな

 およびをりうち數ふればなき人の
數へがたくもなりにけるかな

 また來んといひてわかれし君故に
今日もほとほと思ひくらしつ

 とりべ野の煙たえねばうつせみの
我が身おぼえてあはれなりけり

 千代かけてたのみし人もあだし野の
草葉の露となりにけらずや

 幾年かたのみし人もあだし野の
草葉の露となりにけるかな


 所感ありて
 彼れ是れとなにあげつらん世の中
は一つの玉の影と知らずて

 今更に死なば死なめと思へども
心にそはぬ命なりけり

 世の中は何にたとへんぬばだまの
墨繪にかけるをのの白雪

 響
 世の中は何にたとへん山彦の
こたふる聲の空しきがごと

 いめの世にまぼろしの身をおきながら
いづくの國へ家出しつらん。

 いめの世に又いめむすぶ草枕
ねざめ淋しく物思ふかな

 ぬばだまの夢のうき世にながらへて
たとへ心にかなひたりとも

 我ありと頼む人こそはかなけれ
夢のうき世にまぼろしの身を


 久しく病みて
 諸人のかこつ思をせきとめて
おのれひとりに知らしめんとか

 長らへんことぞ願ひしかくばかり
かはり果てぬる世とは知らずて

 肱夢老人の植ゑましし柏木を見てよめる
 むな木にもなるべくなりぬ柏の木
うべ我が年の老いにけるかな

 年のはてに鏡を見て
 白雪をよそにのみ見てすぐせしが
まさに我が身につもりぬるかも

 竹森の星彦左衞門方へ杖を忘れて
 老が身のあはれを誰れに語らまし
杖を忘れて歸る夕暮

 おいをなげく歌
 み山木も花咲くことのありといふを
年經ねる身ぞはかなかりける

 老いらくを誰がはじめけん教へてよ
いざなひ行きてうらみましものを

 惜めどもさかりは過ぎぬ待たなくに
とめ來るものは老にぞありける

 いとはねば何時かさかりは過ぎにけり
待たぬに來るは老にぞありける

 ちはやふる何の神を祈りなば
けだしや老をはらはさんかも

 おつつにもゆめにも人のまたなくに
とひ來るものは老にぞありける

 昔より常世の國はありと聞けど
道を知らねば行くよしもなし

 老いもせず死にせぬ國はありと聞けど
たづねていなん道の知らなく

 しげ山に我れ杣立てん老いらくの
來んてふ道に關すゑんため

 老の來る道のくまぐましめゆへば
いきうしと言ひてけだし歸らん

 今よりは野にも山にもまじりなん老
のあゆみの行くにまかせて

 白雪は降ればかつけぬしかはあれど
頭にふれば消えずぞありける

 白髮はおほやけものぞかしこしや
人の頭もよくといはなくに

 よにみつる寶といへど白髮に
あに及ばめや千千の一つも

 しらかみはよみの尊のつかひかも
おほにな思ひそその白髮を

 いささか病中の心やりに二首)
 年月の誘ひていなばいかばかりう
れしからまし其の老いらくを

 我が宿を箱根の關と思へばや
年月は行く老いらくは來る

 御歳暮として酒一樽‥‥うや/\しく御受候
 (しはす廿一日定珍あて手紙)
 年月はいくかもするに老いらくの
來れば行かずに何つもるらん

 ひさしくやまふにふして
 うづみ火に足さしくべて臥せれども
こよひの寒さ腹にとほりぬ

 行く水はせき止むこともあるらめど
かへらぬものは月日なりけり

 行く水はせきとどめても有りぬべし
往きし月日の又かへるとは

 行く水はせけば止まるを紅葉ばの
すぎし月日の又かへるとは

 古のふみにも見えず今日の日の
ふたゝびかへるならひありとは

 ひさがたの雲のあなたに關すゑば
月日のゆくをけだしとめんかも

 ねもごろのものにもあるか年月は
しづが伏せ屋もとめて來にけり

 うたてしきものにもあるか年月は
山のおくまでとめて來にけり

 はじめより常なき世とは知りながら
なぞ我が袖のかはくことなき

 武藏野の草葉の露の長らへて
ながらへ果つる身にしあらねば

 あらたまの長き月日をいかにして
明かしくらさん麻手小衾

 ひさがたの長き月日をいかにして
我が世わたらんあさで小ぶすま

 あすあらば今日もやかくと思ふらん
昨日の暮ぞ昔なりける

 今日の日をいかにけたなん空蝉の
浮き世の人のいたまくもをし

 なよ竹のはしたなる身はなほざりに
いざ暮さまし一と日/\に

 ゆくりなく一と日/\を送りつつ
六十路あまりになりにけらしも


 功成名遂而身退天之道也
 思へ君心慰む月花も
積れば人の老となるもの

 地震にあひて
 うちつけに死なば死なずて長へて
かかるうき目を見るがわびしさ

 いく秋の霜やおきけん麻衣
朽ちこそまされとふ人なしに

 我が袖はしとどにぬれぬうつせみの
うき世の中のことを思ふに

 我が袖は涙にくちぬ小夜更けて
うき世の中のことを思ふに

 世の中のうさを思へばうつせみの
我が身の上のうさはものかは

 かにかくにかはかぬものは涙なり
人の見る目をしのぶばかりに

 うつせみの人の憂けくを聞けば憂し
我れもさすがに岩木ならねば

 あだし名はなくてもがもな花がたみ
とてもうき世の數ならぬ身は

 長崎の森の烏の鳴かぬ日は
あれども袖のぬれぬ日ぞなき

 あしびきの山田のかがしなれさへも
穗ひろふ鳥をもるてふものを

 墨染の我が衣手のゆたならば
うき世の民をおほはましものを

 何故に家を出でしと折りふしは
心に愧ぢよ墨染の袖

 捨てし身をいかにと問はばひさがたの
雨ふらばふれ風吹かば吹け

 世をいとふ墨の衣のせばければ
つつみかねたり賤が身をさへ

 くれたけの世はうき節の多きかな(某)
我が身ばかりの上ならなくに(良寛)

 世の中はすべなきものと今ぞ知る
そむけばなどしそむかねばうし

 春は花秋は千草にたはれなん
よしや里人こちたかりとも

 草むらのたみちに何かまよふらん
月は清くも山の峰にかかる

 身すてて世をすくふ人もますものを
草の庵にひまもとむとは

 やみ路よりやみ路に通ふ我れなれば
月の名をさへ聞きわかぬなり

 百草の花の盛はあるらめど
下くたちゆく我れぞともしき

 とこしへにたづねに立たばけだしくも
うまさびせんと人のいふらんか

 おほにおもふ心を今ゆうちすてて
をろがみませす月に日にけに

 かくあらんとかねて知りせばなほざりに
人に心は許すまじものを

 うちつけにうらやましくぞなりにける
峰の松風岩間の瀧津

 越の海人をみるめはつきなくに
又かへり來んと言ひし君はも

 夕顏も絲瓜も知らぬ世の中は
只世の中にまかせたらなん

 なには江のよしあし知らぬ身にぞあれば
阿の二字はありと聞けども

 いづみなる信太が森の葛の葉
岩のはざまにくち果てぬべし

 おく山の草木のむたにくちぬとも
すてしこのみをまたやくたさん

 古にありけん人も我がごとや
ものの悲しき世を思ふとて

 同じくはあらぬ世までもともにせん
日は限りありことは盡きせじ

 知る知らぬ行くもかへるももろともに
我が古里へ行くといはまし

 夕かげの花より君が色ふかき
言ばを神もうれしとや見ん


 行燈の前に讀書する圖に
 よの中に交らぬとにはあらねども
ひとり遊びぞ我れはまされる

由之老
 あしびきのみ山を出でてうつせみの
人の裏やに住むとこそすれ

 しかれとてすべのなければ今更に
慣れぬよすがに日を送りつつ

 苫ぶきのひまをもわくる夜半の雨
ひとりや君があかしかぬらん

 世の中をいとひ果つとはなけれども
なれしよすがに日を送りつつ

 うちつけに言ひたつとにはあらねども
且つやすらひて時をし待たん

 あしびきの岩間をつたふ苔水の
かすかに我れはすみ渡るかも

 山かげの岩根もり來る苔水の
あるかなきかに世をわたるかも

 言の葉の花に涙をそそぐなり
世すべなき身の何しらずとも


 國上山にのぼりて
 國上山岩の苔道ふみならし
いくたび我れはまゐりけらしも

五合庵に題す
 濁る世を澄めともよはず我がなりに
すまして見する谷川の水

 うき世をば高くのがれて國上山
赤谷川の水をしるべに

 國上山杉の下道ふみわけて
我が住む庵にいざかへりてん

 いさここに我が身は老いんあしびきの
國上の山の松の下いほ

 あしびきの國上の山をもしとはば
心に思へ白雲の外

 戀しくばたづねて來ませあしびきの
國上の山の森の下いほ

 わが宿は越の山奥こひしくば
たづねて來ませ杉の下道

 こひしくばたづねて來ませ我が宿は
越の山もとたどり/\に

 我が宿は國上山もとこひしくば
たづねて來ませたどり/\に

 乙宮の森の下やの靜けさに
しばしとて我が杖うつしけり

 いさここに我が世はへなん國上の
や乙子の宮の森の下庵

 おと宮の宮の神杉しめゆひて
いつきまつらんをぢなけれども

 乙宮の杉のかげ道ふみわけて
落葉ひろうてこの日くらしつ

 乙みやの森の下庵訪ふ人は
めづらしものよ森の下庵

 乙宮の森の木下に我が居れば
鐸ゆらぐもよ人來るらし

 乙宮の森の下屋に我れおれば
人きたるらし鐸の音すも

 乙宮の森の下いほしばしとて
しめにしものを森の下庵


 やぶをすかして後よめる
 我が宿の竹の林をうちこして
吹き來る風の音の清さよ

 我が宿の竹の林は日に千度
行きて見れどもあきたらなくに

 よみて由之につかはす
 草の庵に立ちても居てもすべぞなき
この頃君が見えぬ思へば

 老の身の老がよすがをとぶらふと
なづさへけらしその山道を

 訪ふ人もなき山里に庵して
ひとりながむる月ぞわりなき

 山ずみのあはれを誰れに語らまし
まれにも人の來ても訪はねば

 わびぬれど心はすめり草の庵
その日/\を送るばかりに

 わびぬれど我が庵なれば歸るなり
心やすきを思ひ出にして

 とぶ鳥も通はぬ山のおくにさへ
住めば住まるるものにぞありける

 あしびきの山たちかくす白雲は
浮世をへだつ關にてこそあれ

 あしびきの我がすむ山は近けれど
心は遠くおもほゆるかな


 去冬はとふがらし一袋たまはり今日賞味致候
 (正月十六日定珍宛手紙)
 あしびきの山田の田居に我れをれば
昨日も今日も訪ふ人はなし

 よもすがら草の庵に柴たきて
語りしことはいつかわすれん

 秋の夜のさ夜更くるまで柴の戸に
語りしことを何時かわすれん

 いざさらば我れもこれより歸らまし
只白雲のあるに任せて

 我が宿をわれのやぶとしあらせれば
みだれても鳴く蟲の聲かな

 瀧つせの音聞くばかり庵しめて
よを白雲に世は送りてん

 わが庵は山里遠くありぬれば
訪ふ人はなし年はくれけり

 事たらぬ身とは思はじ柴の戸に
月もありけり花もありけり

 わが庵はおく山なれば仲々に
月もあはれに花ももみぢも

 すがのねのねもころ/\に奥山の
竹の庵に老いやしぬらん


 文のはしに
 逢坂の關のこなたにあらねども
行き來の人にあこがれにけり

 うつせみの人の裏やをかりの庵
夜の嵐に聞くぞまさらん

 君なくてさびしかりけりこの頃は
行き來の人はさはにあれども

 庵にのみ我れはありぬと君により
言傳をせんわた中のをぢ

 雨はやみぬこの夜明けなば木下の
や岩の苔道うちはらひてん

 たまぼこの道の下くさふみわけて
又と來て見んたどりたどりに

 里べには笛や太鼓の音すなり
深山は澤に松の音して


 密藏院にありしをり
 夜明くれば森の下庵烏なく
今日もうき世の人の數かも

 密藏院を出でしをり
 えにしあらば又も住みなん大とのの
森の下庵いたくあらすな

 山かげのありその浪の立ちかへり
見れどもあかぬ一つ松かも

 うちわびて草の庵を出て見れば
をちの山べは霞たなびく

 さよ嵐いたくな吹きそさらでだに
柴の庵の淋しきものを

 たまぼこのきりのかげ道すずしきに
我れたちにけりそのかげ道に

 いくたびか草の庵をうち出でて
あまつみ空をながめつるかも

 山かげの木の下庵に宿かりて
語り果てねば夜ぞ更けにける

 草の庵に立ち居て見てもすべぞ
なきあまの刈る藻の思ひみだれて


 本願を信ずる人のためによめる
 おろかなる身こそなか/\うれしけれ
彌陀の誓にあふと思へば

 人の安心の心をよめと言ひければよめる
 かにかくにものな思ひそ彌陀佛の
もとの誓のあるに任せて

 やちまたにものな思ひそみだぶつの
もとのちかひのあるをしるべに

 ある人の
「いづる息と又入る息とばかりにて
世ははかなくも思ほゆるかな」といひしに答へて
 出づる息又入る息は世の中の
つきせぬことのためしとぞ知れ

 往生要集をよみしとき
 我れながらうれしくもあるか彌陀佛の
いますみ國に行くと思へば

 乾達婆城
 ありそみの上に朝ごとたつ市の
いよ/\行けばいよよけにけり

 授記品
 しぶ柿は二つなければみ佛の
非佛のみこゑなしとてもそれ

 化城喩品
 君ませば月日なけれどひさがたの
天のみ殿もあらはれぞする

 ゆき/\て寶の山に入りぬれば
かりの宿りぞ住家なりける

 心をば松にちぎりて千年まで
色も變らであらましものを

 提婆品
 あしたには後の山の薪こり
夕べは軒の流をぞ汲む


 わたしにし身にしありせば今よりは
かにもかくにも彌陀のまに/\

 わかれにし心の闇に迷ふらし
いづれか阿字の君がふるさと

 手にさはるものこそなけれ法の道
それがさながらそれにありせば

 のりの道まことわかたん西東
行くもかへるも波に任せて

 あわ雪の中に立ちたる三千大千世界
又其の中にあわ雪ぞ降る

 他力とは野中に立てし竹なれや
よりさはらぬを他力とぞいふ

 如何なるか苦しきものと問ふならば
人をへだつる心とこたへよ

 世の中のほだしを何と人とはば
たづねきはめぬ心と答へよ

 水の上に數かくよりもはかなきは
み法をはかる人にぞありける

 世の中に何が苦しと人問はば
御法を知らぬ人と答へよ

 たへなるや御法の言に及ばねば
もて來て説かん山のくちなし

 み佛のまこと誓の弘くあらば
誘ひ玉へおぢなき我れを

 み佛のまこと誓の弘からば
いざなひたまへ常世の國に

 極樂に我が父母はおはすらん
今日膝もとへ行くと思へば

 法の道まことは見えで昨日の日も
今日も空しく暮しつるかな

 法の塵にけがれぬ人はありと聞けど
まさ目に一目見しことあらず

 いつまでも朽ちやせなましみ佛の
御法のために捨てしその身は

 御佛のしろしめしけん古を
今にうつして見るがたふとさ

 心もよ言葉も遠くとゞかねば
はしなく御名を唱へこそすれ

 ただたのむ三界六道の田長來て
みつせの川に鳴きわたるかな

 比丘は唯萬事はいらず常不輕
菩薩の行ぞ殊勝なりける

 僧の身は萬事はいらず行不行
菩薩ののりぞ殊勝なりける

 業はただ萬事はいらず淨不淨
菩薩の行ぞ殊勝なりける

 浮草の生ふるみぎはに月かげの
ありとはここに誰れか知るらん

 み草かり國へだつとも同じ世と
思ふ心を君たのみなば

 み山べのみ雪とくれば谷川に
よどめる水はあらじとぞ思ふ

 靈山の釋迦のみ前に契りてし
ことな忘れそ世はへだつとも

 尊しや祇園精舍の鐘の聲
諸行無情の夢ぞさめける

 墨染の我が衣手はぬれぬとも
法の道しばふみわけて見ん

 墨染の我が衣手はぬれぬとも
杉のかげ道ふみわけて見ん

 露霜に染めて來ぬらん墨衣
色にこそ出でねうるほひにけり

 今よりは何を頼まんかたもなし
教へてたまへ後の世のこと

 草の庵に寢てもさめても申すこと
南無阿彌陀佛/\


 いましめおきためる猿をはなちやらんとて(橘物語)
 忘れても人ななやめそ猿もよ
なれも報はありなんものを

 年をへてをちの里よりしば/\法を聞きに通ふ人あり、おのれも志せちなるにめでて思をくだきて諭せども、そのしるしなかりけり。おもほえず涙をこぼしぬ。
 さてかくなも。いかにして人をそだてん法のためこぼす涙は我が落すなくに

 蘭甫におくる
 つくづくと借宅庵の秋の雨
うくせのことも思ひ出づらめ

「忘れずば道行きぶりの手向をも
ここを瀬とせよ夕ぐれの岡」
 と萬元禪師のよみ給ひし跡にて
 夕ぐれの岡の松の木人ならば
昔の事も問はましものを

 夕ぐれの岡にのこれる言の葉の
跡なつかしや松風ぞ吹く

新津桂氏より柘榴七つ贈られたる返禮として
 何時とてもよからぬとにはあらねども
飮みての後はあやしかりけり

 かきてたべ摘みさいてたべ割りてたべ
さて其の後は口もはなたず

 くれなゐの七のたからを諸手して
推し戴きぬ人のたまもの

本間山齋にて
 鳥ともひ手なちたまひそ御園生の
海棠の實をはみに來つれば

 今日も亦海棠の實を食みに來ぬ
えかくれ給へ我がかへるまで

 讃岐のや伊豫の國なる土佐が繪を
うつしてぞ見るこれの御園は


 あらしの窗に宿りて
 わすれては我が住む庵と思ふかな
杉のあらしの絶えずし吹けば

 定珍におくる
 おく山の杉の板屋に霰ふり
あらたど/\しあはぬこの頃

 松風か降り來る雨か谷のとか
夜はあらしの風の吹くかも

   ○
 さす竹の君がすすむるうま酒に
我れ醉ひにけりそのうま酒に

 又すゝめ給へれば盃をとりて
 さす竹の君がすすむるうま酒を
更にや飮まんその立ち酒を

   ○
 よしあしのなにはの事はさもあらばあれ
共に盡さん一とつきの酒

 うま酒にさかな持てこよいつも/\
草の庵に宿はかさまし

 うま酒をたぶ何酒と問へば頸城酒といふを、句の頭におきて
 [一]くさのいほにひとり住みぬるきみもとは
ばさこそしづけきけふと思へば

 [二]くりのおつひにもぞきみはきますなる
さこそ我はもひけだしいかがあらん

 かへし
 なみ/\の我が身ならねばすべをなみ
たまさかに來し君を歸せし

   ○
 うちはへてただ一すぢの古道を
ふまんふまじは君がまに/\

   ○
 うき雲のまつこともなき身にしあれば
風の心に任すべらなり

 なほざりに外にでて見れば日はくれぬ
又立ちかへる君がやかたに

 定珍ぬしにおくる
 誰れ人かささへやすらんたまぼこの
道忘れてか君が來まさぬ

 定珍によみてつかはす
 花かつみ數にもあらぬ賤が身を
長くもがもと祈る君はも

 我れも思ふ君もしかいふこの庭に
立てる槻の木ことふりにけり

 君來ませ雪は降るともあととめん
國上の山の杉の下道

 心あらば草の庵にとまりませ
苔の衣のいとせまくとも

 雨はれに裳の裾ぬれて來し君を
一夜こゝにといはばいかがあらん

 山里のさびしさなくばこと更に
來ませる君に何をあへまし

 山里の冬のさびしさなかりせば
何をか君があへ草にせん

 今二日三日もたちなばさす竹の
君がみ足もよくなほらまし

 くすりしの言ふもきかずにかへらくの
道は岩みち足のいたまん

 今宵あひ明日は山ぢをへだてなば
一人やすまんもとの庵に

 あしびきの岩松が根にうたげして
語りし折をいつか忘れん

 間瀬の浦のあまのかるものより/\に
君もとひ來よ我れも待ちなん

 この海ののぞみの浦のゆきのりし
かけてしぬばぬ月も日もなし

 越の海のぞみの浦の海苔を得ば
わけて給はれ今ならずとも

 越の海沖つ浪間をなづみつつ
つみにし海苔しいつも忘れず


 七彦老に
 世の中はかはり行けどもさすたけの
君が心はかはらざりけり

 たらちをの書きたまひしものを見て
 水くきのあとも涙にかすみけり
ありし昔のことを思へば

 この頃出雲崎にて(由之宛手紙)
 たらちねの母がかたみと朝夕に
佐渡の島べをうち見つるかも

 古にかはらぬものはありそみと
むかひに見ゆる佐渡の島なり

   ○
 天も水もひとつに見ゆる海の上に
浮び出でたる佐渡が島山

 沖つ風いたくな吹きそ雲の浦は
我がたらちねのおきつきどころ

 老婆の圖に題して
 世の中のうきもつらきもなさけをも
我が子を思ふ故にこそ知れ

 から國のかしこき人の親づかへ
見れば昔のおもほゆらくに

 わが親に花たてまらしよ何花を
天竺てらす法蓮華の花

 まま親に花たてまらしよ何花を
せせなぎ照らす因果の花


 由之をゆめに見てさめて
 いづこより夜のゆめぢを辿り來し
み山はいまだ雪の深きに

   ○
 さす竹の君が心の通へばや
きその夜一と夜ゆめに見えけり

 ぬば玉の夜の夢路とうつつとは
いづれ勝るとあだくらべせん

 目ぐすり入の壺のふたによろしく
 ◎これ位の形を見出し玉はり給へ
 世の中に戀しきものは濱べなる
蠑螺の殻のふたにぞありける

 由之老
 もたらしの園生の木の實めづらしみ
みよの佛にまづたてまつる

 うま酒を飮みくらしけりはらからの
眉しろたへに雪のふるまで

 あすよりの後のよすがはいさ知らず
今日の一と日はゑひにけらしも

 さす竹の君とあひ見て語らへば
この世に何か思ひのこさん

 しほのりの山のあなたに君置きて
一人しぬれば生けりともなし

 君が宿我が宿わかつ鹽法の
坂を鍬もてこぼたましものを

 しかりとも默にたへねば言あげす
かちさびをすな我が弟の君

 うか/\とうき世をわたる身にしあれば
よしやいふとも人はうきゆめ

 この世さへうから/\と渡る身は
來ぬ世のことを何思ふらん


 はらからの阿闍梨のみまかりしころに皆來て法門のことなど語りて
 おもかげの夢にうつろふかとすれば
さながら人の世にこそありけれ

 夢中説夢
 ゆめに夢を説くとは誰れが事ならん
さめたる人のありぬらばこそ

 弟子へのかたみの歌
 かたみとて何か殘さん春は花
山ほととぎす秋はもみぢば

 露霜の秋の紅葉と時鳥
いつの世にかは我れ忘れめや

 なきあとのかたみともがな春は花
夏ほととぎす秋はもみぢば

 ももなかのいささむら竹いささめに
いささか殘す水くきのあと

 のこしおくこのふるふみは末長く
我がなきあとの形見ともがな

 良寛に辭世あるかと人問はば
南無阿彌陀佛といふと答へよ

 いくむれか鷺のとまれる宮の森
有明の月雲かくれつつ

 ことに出でて言へばやすけりくだり腹
まこと其の身はいやたへがたし

 天が下みつる玉より黄金より
春の初の君がおとづれ

 行くさ來さ同じ國ちの里人に
ことづてやせん雁の玉章

 あらたまの年はふれどもさす竹の
君が心は忘られなくに

 あらたまの年はへぬともさす竹の
君が心を我が忘れめや

 重ねてはとあれかくあれ此の度は
歸り玉はれもとの里べにz

 今よりは夜ごとに人を頼みてん
夢もまさしきものにありせば

 津の國の浪華のことはよしゑやし
ただに一と足すすめもろ人

 人のさが聞けば我が身を咎めばや
人は我が身の鏡なりけり

 うつせみのうつつ心のやまぬかも
生れぬさきにわたしにし身を

 いにしへは心のままにしたがへど
今は心よ我れにしたがへ

 君が田と我が田とならぶ畔ならぶ
我が田の水を君が田へ引く

 せみのはのうすき衣を著ませれば
かげだに見えて凉しくもあるか

 晴れやらぬ峰の薄雲立ち去りて
後の光と思はずや君


   ○
 今よりはつぎてあはんと思へども
別れと言へばをしきものなり

水瓶のうた(四首)
 古にありけん人のもてりてふ
大みうつはを我れはもちたり

 これのみはうつり行くともとどめおきて
語りもつがめ後の世までも

 今よりは塵をもすゑじ朝な夕な
我が見はやさんいたくなわびそ

 ありきつるみよの佛のつくらせる
大みうつはは見るに尊し


   ○
 草の庵何とがむらんちがや箸
をしむにあらず花をも枝も

 某の禪師集めたまふみ經の已にほろびんとするを歎きて、是れはかつてよめる(由之老宛手紙の文)
 あしびきの西の山びに近き日を
招きてかへす人もあらぬか

 み經のふたたびみ寺にかへるを見てこれの主人のみ心を喜びて
 あさもよし君が心の誠より
經はみ寺にかへるなりけり

 山田家の女中どもを思ひ出して
 かしましとおもてぶせには言ひしかど
此頃見ねばさびしかりけり

 寒くなりぬ今は螢も光なし
黄金の水を誰れかたまはん

 ふみのはしに
 人の身はならはしものぞ子供らを
よく教へてよねぎらひまして

 人の身はならはしものぞこと更に
よく教へてよさきくいまして

 霜月十日の頃牧が花より歸る道にて、俄に砂土塊吹き上げ、森の方より雨、霰、小石うつやうになん降りける。國上の山を仰ぎ見れば、いと恐しげなる雲出で雷さへ鳴りにけり。をち方の里見えずなりにければ、其の日辛うじて中島てふ村に至り、大蓮寺にもと知れる僧のありければ宿りを乞ふ。
 さて今日のあれにて何もかも濕れたりけるをそれなるをみなどもの見て、いたはしとて著かへのものとり出し吾が著たるをば持ち去りて手毎にほしてかはかしけり。
 (臘月二十八日阿部定珍宛手紙)
 雨霰ちりぢりぬるる旅衣
人毎にとりてほしあへるかも

 述壊の歌(同じ手紙のなかのもの)
 いその上古のふる道しかすがに
みくさのみして行く人なしに

 楊貴姫畫賛
 かたちさへ色さへ名さへあやさへに
この世の人とおもはれなくに

 僧の畫に
 この僧の心を問はば大空の
風の便につくと答へよ

 弟由之のうちはを贈りしに答へて
 このうちはおくりし人は誰れ人ぞ
松の下いほ柳の巣守

 白扇
 我が心有りや有らずと探り見れば
空吹く風の音ばかりなり

 大地震
 もののふの眞弓白弓梓弓
張りなばなどかゆるむべしやは

 もののふのま弓しら弓あづさ弓
弛みにしよりその日を知らず

   ○
 時鳥からくれなゐにふり出でて
鳴くとも張りしま弓弛めな

 鶴の圖に
 年へても和歌の浦わにすむ田鶴は
君がよはひのためしにぞ見る

 なれ/\て何をうれへんあし田鶴ぬ
御園に遊ぶつるぬゆゆしき

 人の許より文おこせたりけり。この頃はこと繁し、こと果てなば行きて相見んと、その後は音もせざりけり。
 ひと日ふた日は、こと繁からめ、いつかなぬかは事繁からめ、此の人はとはに事しげき人や。
 事しあれば事しありとて君は來ず
事なき時はおとづれもなし

 たみの子のたがやさむといふ木にていと巧に刻みたるものを見せ奉りければ(蓮の露)
 たがやさむ色も肌もたへなれど
たがやさむよりたがやさむには

 松樹千年の御歌によりてあとにて思ひ出して(三首)
 ことしより君がよはひをよみて見ん
松の千年をあり數にして

 何をもて君がよはひをねぎてまし
松も千とせの限ありせば

 いく千代もさかゆる松にならへばか
年はふれども君は老いせぬ

 くさぐさの綾おり出だす四十八文字
聲と韻を經緯にして

 いづこへも立ちてを行かん明日よりは
烏てふ名を人のつくれば

 いざさらば我れもやみなん九のまり
十づつ十をももと知りなば

 いざなひて行かば行かめど人の見て
あやしめ見らばいかにしてまし

 いざさらば我れはかへらん君はここに
いやすくいねよ早明日にせん

 沖つ藻のかよりかくよりかくしつつ
昨日もくらし今日も暮しつ

 さしあたる其の事ばかり思へただ
かへらぬ昔知らぬ行末

 つきて見よひふみよいむなここのとを
十とおさめて又はじまるを

 あしびきの山の椎柴折りたきて
君と語らん大和ことの葉

 いでことばつきせざりけりあしびきの
山のしひしば折りつくすとも

 君やわする道やかくるるこの頃は
待てど暮らせど音づれのなき

 かりそめのことと思ひそこの言葉
ことの葉のみとおもほゆな君

 心さへかはらざりせばはふ蔦の
たえず向はん千代も八千代も

 ゆめの世に且つまどろみてゆめを又
かたるも夢もそれがまに/\

 つの國の浪華の事はいさ知らず
草のいほりに今日も暮らしつ

 いつ/\と待ちにし人は來りけり
今はあひ見て何か思はん

 あらたまの年のうちよりまち/\て
今はあひ見て何かおもはん

 かりそめのこととな聞きそ唐衣
今朝立ちながらいひしことの葉


 水月
 水もゆかず月も來らずしかはあれど
波間に浮ぶ影の清さよ

 三輪權平老(宛手紙)
 我がためにあさりし鮒をいなだきて
おとしもつけずをしにけるかも

 しろしめす民があしくば我れからと
身をとがめてよ民があしくば

 をちこちの縣司に物申す
もとの心をゆめわすらすな

 うちわたすつかさ/\にもの申す
もとの心をわすらすなゆめ

 いくそばくぞうつのみ手もて大神の
にぎりましけんうつのみ手もて

 ひさがたの雲のはたてをうち見つつ
昨日も今日も暮らしつるかも

 我が心雲の上まで通ひなば
いたらせ給へあまつ神ろぎ

 鳴るかみの音もとどろにひさがたの
雨は降り來で我が思ふとに

 ひさがたの雲ふきはらへ天つ風
うき世の民の心かよはば

 かくばかりうき世と知らばおく山の
草にも木にもならましものを

 しばらくはここにとまらんひさがたの
後には月の出でんと思へば

 ぬば玉の今宵もここに宿りなん
君がみことのいなみがたさに

 うゑて見よ花のそだたぬ里もなし
心からこそ身はいやしけれ

 あひ待つと聞くもの故にうちつてに
思はぬとひにまさるべらなり

 いかにして誠の道にかなはんと
ひとへに思ふねてもさめても

 いかにせば誠の道にかなはめと
ひとへに思へねてもさめても

 如何にして誠の道にかなひなん
千とせのうちにひと日なりとも

 峰の雲谷の霞も立ち去りて
春日に向ふ心地こそすれ

 あまつたふ日は傾きぬ玉ぼこの
家路は遠しふくろは重し

 鉢の子を我が忘るれどとる人はなし
取る人はなしその鉢の子を

 鉢の子をわが忘るれど人とらず
とる人はなしあはれ鉢の子

 こと更にわきて賜はる山わさび
いつか忘れん君が心を

 をちかたゆしきりに貝の音すなり
今宵の雨にせきくえなんか

 さ夜中にほら吹く音の聞ゆるは
をち方里に火やのぼるらん

 もとどりにつつめる玉のひさにあるを
今やおくらん其の時にかも

 あらがねの土の中なる埋れ木の
人にも知らでくち果つるかも

 ますらをのふみけん世々の古道は
荒れにけるかも行く人なしに

 古の人のふみけんふる道は
あれにけるかも行く人なしに

 むらぎもの心をやらん方ぞなき
あふさきるさに思ひまどひて

 移り行く世にし住へばうつそみの
人の言のはうれしくもなし

 聞かずしてあらましものを何しかも
我れにつげつる君がよすがを

 古のますらたけをの形見ぞと
見つつしのばん年はふるとも

 あま人のつたふみけしかひさがたの
雲路を通ふ心地こそすれ

 越路なる三島の沼に棲む鳥も
羽がひ交はしてぬるてふものを

 水鳥の行くもかへるもあとたえて
ふれども道は忘れざりけり

 横崎のすたべをろがみ石の上
古りにしことを忍びつるかも

 何をもて答へてよけんたまきはる
命にむかふこれのたまもの

 あたらねばはづるともなき梓弓
空を目あてにはなつもの故

 いざさらばあはれくらべん越路なる
乙若の春と有明の秋

 教とは誰が名づけけんしら絲の
賤がをだまきまきもどし見よ

 水くきの筆をも持たぬ身ぞつらき
昨日は寺へ今日は醫者殿

 筆持たぬ身はあはれなり杖つきて
今朝もみ寺の門たたきけり

 人は皆碁をあげたりと言ふなれど
我れは思案をせぬとこそすれ

 白浪のよする渚を見渡せば
末は雲井につづく海原

 立田山紅葉の秋にあらねども
よそにすぐれてあはれなりけり

 言の葉もいかがかくべき雲霞
晴れぬる今日の不二の高根に

 富士も見え筑波も見えて隅田川
瀬々の言の葉たづねても見ん

 大御酒を三杯いつ杯たべ醉ひぬ
ゑひての後は待たでつぎける

 からうたをつくれ/\と君はいへど
君し飮まねば出來ずぞありける

 白雪に道はかくれて見えずとも
おもひのみこそしるべなりけれ

 うなばらをふりさけ見つつせこ待つと
石となりしは吾が身なりけり


蓮の露
 師常に手毬をもてあそび玉ふとききて
 これぞ此の佛の道に遊びつつ
つくやつきせぬ御のりなるらん 貞心尼
 御かへし
 つきて見よひふみよいむなやここのとを
十とをさめて又始まるを 師

 はじめてあひ見奉りて
 君にかくあひ見ることのうれしさも
まださめやらぬ夢かとぞ思ふ 貞
 御かへし
 夢の世に且つまどろみて夢を
又語るも夢もそれがまに/\ 師

 いとねもごろなる道の物語に夜もふけぬれば
 白たへの衣手寒し秋の夜の
月中空に澄み渡るかも 師
 されどなほあかぬ心地して
 向ひゐて千代も八千代も見てしがな
空行く月のこと問はずとも 貞
 御かへし
 心さへ變らざりせばはふつたの
絶えず向はん千代も八千代も 師

 いざかへりなんとて
 立ちかへり又も問ひ來んたまぼこの
道のしば草たどり/\に 貞

 又も來よ山の庵をいとはずば
すすき尾花の露をわけ/\ 師

 ほどへてみせうそこ給はりけるなかに
 君や忘る道やかくるるこの頃は
待てど暮らせど音づれもなき 師
 御かへしたてまつるとて
 ことしげきむぐらの庵にとぢられて
身をば心にまかせざりけり 貞

 山のはの月はさやかに照らせども
まだ晴れやらぬ峰のうす雲
  こは人の庵に在し時なり
 御かへし
 身をすてて世をすくふ人もますものを
草の庵にひまもとむとは 師

 ひさがたの月の光のきよければ
照しぬきけりからも大和も

 昔も今もうそも誠も晴れやらぬ
峰のうす雲たち去りて後の光と思はずや君

 春の初めつ方消息奉るとて
 おのづから冬の日かずの暮れ行けば
待つともなきに春は來にけり 貞

 我れも人もうそも誠もへだてなく
照らしぬきける月のさやけさ

 さめぬれば闇も光もなかりけり
夢路を照す有明の月
 御かへし
 天が下にみつる玉より黄金より
春のはじめの君がおとづれ 師

 手にさはるものこそなけれ法の道
それがさながらそれにありせば
 御かへし
 春風にみ山の雪はとけぬれど
岩まによどむ谷川の水 貞
 御かへし
 み山べのみ雪とけなば谷川に
よどめる水はあらじとぞ思ふ 師
 御かへし
 いづこより春は來しぞとたづぬれば
こたへぬ花に鶯のなく 貞

 君なくば千たび百度數ふとも
十づつとををももとしらじを
 御かへし
 いざさらば我れもやみなんここのまり
十づつ十をももとしりなば 師

 いざさらばかへらんといふに
 りやうせんの釋迦のみ前に契りてし
ことな忘れそよはへだつとも 師

 靈山のしやかの御前にちぎりてし
ことは忘れずよはへだつとも 貞

 聲韻の事を語り玉ひて
 かりそめの事と思ひそこの言葉
言のはのみとおもほゆな君 師

 いとま申すとて
 いざさらばさきくてませよ時鳥
しば鳴く頃は又も來て見ん 貞
 御かへし
 うき雲の身にしありせば時鳥
しばなく頃はいづこに待たん 師
 秋萩の花咲く頃は來て見ませ
命またくば共にかざさん
 されど其のほどをも待たず又とひ奉りて
 秋萩の花咲く頃を待ちとほみ
夏草わけて又も來にけり 貞
 御かへし
 秋萩の咲くを遠みと夏草の
露をわけ/\とひし君はも 師

 或夏の頃まうでけるに何ちへか出で給ひけん見え玉はず。ただ花がめに蓮のさしたるがいと匂ひて有りければ
 來て見れば人こそ見えね庵もりて
にほふ蓮の花のたふとさ 貞
 御かへし
 みあへする物こそなけれ小瓶なる
蓮の花を見つつしのばせ 師

 御はらからなる由之翁のもとよりしとね奉るとて
 極樂の蓮の花の花びらに
よそひて見ませ麻手小衾 貞
 御かへし
 極樂のはちすの花の花びらを
我れに供養す君が神通 師

 いざさらば蓮の上にうちのらん
よしやかはづと人は見るとも

 五韻を
 くさぐさのあや織り出す四十八文字
聲と韻を經緯にして 師

 たらちをの書き給ひし物を御覽じて
 水くきの跡も涙にかすみけり
ありし昔の事を思へば 師

 民の子のたがやさんといふ木にて、いと巧に刻みたる物を見せ奉りければ
 たがやさん色もはだへもたへなれど
たがやさんよりたがやさんには 師

 ある時與板の里へわたらせ玉ふとて、友どちのもとよりしらせたりければ急ぎまうでけるに、明日ははやこと方へわたり玉ふよし、人々なごり惜しみて物語聞えかはしつ、打とけて遊びける中に、君は色くろく衣もくろければ、今より烏とこそ申さめと言ひければ、げによく我にはふさひたる名にこそとうち笑ひ給ひながら
 いづこへも立ちてを行かん明日よりは
烏てふ名を人のつくれば 師
 とのたまひければ
 山がらす里にい行かば子烏も
いざなひて行け羽ねよわくとも 貞
 御かへし
 誘ひて行かば行かめど人の見て
あやしめ見らばいかにしてまし 師
 御かへし
 鳶はとび雀はすずめ鷺はさぎ
烏はからす何かあやしき 貞

 日も暮れぬれば宿りにかへり又明日こそとはめとて
 いざさらば我れはかへらん君はここに
いやすくいねよ早明日にせん 師

 あくる日はとくとひ來給ひければ
 歌やよまん手毬やつかん野にや出でん
君がまに/\なして遊ばん 貞
 御かへし
 歌もよまん手毬もつかん野にも出でん
心ひとつを定めかねつも 師

 秋は必おのが庵をとふべしとちぎり給ひしが、心地例ならねばしばしためらひてなど、せうそこ玉はり
 秋萩の花のさかりも過ぎにけり
契りしこともまだとけなくに 師
 其の後は御心地さわやぎ玉はず、冬になりてはただ御庵にのみこもらせ給ひて、人々たいめもむづかしとて、うちより戸ざしかためてものし給へる由、人の語りければ消息奉るとて
 そのままになほたへしのべ今さらに
しばしの夢をいとふなよ君 貞
 と申し遣しければ、其の後給はりけること葉はなくて
 梓弓春になりなば草の庵を
とくとひてましあひたきものを 師

 かくてしはすの末つ方、俄に重らせ玉ふよし人のもとより知らせたりければうち驚きて急ぎまうでて見奉るに、さのみ惱ましき御けしきにもあらず、床の上に座しゐたまへるが、おのがまゐりしをうれしとやおもほしけん
 いつ/\と待ちにし人は來りけり
今はあひ見て何か思はん 師

 むさし野の草葉の露のながらへて
ながらへ果つる身にしあらねば

 かかれば晝よる、御かたはらに在りて御ありさま見奉りぬるに、ただ日にそへてよわりによわり行き玉ひぬれば、いかにせん、とてもかくても遠からずかくれさせ玉ふらめと思ふにいとかなしくて
 生きしにの界はなれて住む身にも
さらぬわかれのあるぞ悲しき 貞
 御かへし
 うらを見せおもてを見せて散るもみぢ 師
 こは御みづからのにはあらねど、時にとりあへの給ふいとたふとし
 くるに似てかへるに似たりおきつ波 貞
 かく申したりければ
 あきらかりけり君が言の葉 師

 天保二卯年正月六日遷化よはひ七十四

 貞心尼


 増補 最近他家の歌反古の中から發見

「國上山谷の白雪ふみわけて
霞とともに君はたち來ぬ」鵲齋。
 この歌の返歌
 花咲けば待つには久し久方の
雪ふみわけて我がいでて來し

 くがみ山雪ふみわけて來しかども
わかなつむべくみはなりにけり

 人の秋山より紅葉を折りてかへるを見て
 うべしこそ鹿ぞ鳴くなるあしびきの
山の紅葉は色つきにけり

 今日もかもむかひのをかにさを鹿の
しぐれの雨にぬれつつたたむ

 いまよりは行來の人も絶えぬべし
日に日に雪のふるばかりして

 こののべに枝折やせましひさがたの
又來ん秋はたづね來んため

 こことくもとりみとらずみ見つれども
此のおほみうちわよろしかりけり


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