和漢朗詠集
     上巻

   

立春りつしゆん

 内宴進花賦  紀淑望
逐吹潛開不待芳菲之候
 吹かぜを逐ひて潛ひそかに開ひらく芳菲はうひの候ときを待たず、
迎春乍変将希雨露之恩
 春はるを迎むかへて乍たちまち変へんず将まさに雨露うろの恩おんを希こひねがはんとす

立春日書懐呈芸閣諸文友  菅篤茂
池凍東頭風度解
 池いけの凍こほり東頭とうとうは風かぜわたりて解け、
窓梅北面雪封寒
 窓まどの梅むめ北面ほくめんは雪ゆきふうじて寒さむ

 府西池  白居易
柳無気力条先動
 柳やなぎに気力きりよくなくして条えだづ動うごき、
池有波文氷尽開
 池いけに波文はもんありて氷こほりことごとく開ひら
今日不知誰計会
 今日こんにちらず誰たれか計会けいくわいせん、
春風春水一時来
 春風しゆんぷう春水しゆんすゐ一時いちじに来きたらんとす

 山寺立春  良岑春道
夜向残更寒磬尽
 夜よるは残更ざんかうになんなんとして寒磬かんけいき、
春生香火暁炉燃
 春はるは香火かうくわに生りて暁炉げうろ

としのうちに はるは来にけり ひととせを
こぞとやいはん ことしとやいはん 古今 在原元方

袖ひぢて むすびしみづの こほれるを
はるたつけふの 風かぜやとくらん 古今 紀貫之きのつらゆき

はるたつと いふばかりにや みよしのの
やまもかすみて けさはみゆらん 拾遺 壬生忠岑

早春さうしゆん
 寄楽天  元眞
氷消田地蘆錐短 氷こほり田地でんちに消えて蘆錐ろすいみじかく、
春入枝条柳眼低 春はるは枝条しでうに入りて柳眼りうがんひく

 春生  白居易
先遣和風報消息
 先づ和風くわふうをして消息せうそくを報はうぜしめ、
続教啼鳥説来由
 続つゞいて啼鳥ていてうをして来由らいゆを説かしむ

春生逐地形序  慶滋保胤
東岸西岸之柳 東岸西岸とうがんせいがんの柳やなぎ
遅速不同    遅速ちそくおなじからず、
南枝北枝之梅 南枝北枝なんしほくしの梅うめ
開落已異    開落かいらくすでに異ことなり

 和早春晴  小野篁
紫塵嫩蕨人拳手 紫塵しぢんの嫩わかき蕨わらびひとを拳にぎり、
碧玉寒蘆錐脱嚢
 碧玉へきぎよくの寒さむき蘆あしきりふくろを脱だつ

 春暖  都良香
気霽風梳新柳髪
 気れては風かぜ新柳しんりうの髪かみを梳くしけづり、
氷消波洗旧苔鬚
 氷こほりえては波なみ旧苔きうたいの鬚ひげを洗あら

 草樹晴迎春  紀長谷雄
庭増気色晴沙緑
 庭には気色きしよくを増せば晴沙せいしやみどりなり、
林変容輝宿雪紅
 林はやしに容輝ようきを変へんずれば宿雪しゆくせつくれなゐなり

いはそそぐ たるひのうへの さわらびの
もえいづるはるに なりにけるかな 古今 志貴皇子

やまかぜに とくるこほりの ひまごとに
うちいづるなみや はるのはつはな 古今 源正澄

みはたせば ひらのたかねに ゆききえて
わかなつむべく のはなりにけり 続後撰 平兼盛

見わたせば やなぎさくらを こきまぜて
都ぞ春の にしきなりける 古今 素性法師

春興しゆんきよう
  白居易
花下忘帰因美景
 花はなの下もとに帰かへることを忘わするるは美景びけいに因るなり、
樽前勧酔是春風
 樽たるの前まへに酔ひを勧すすむるはこれ春はるの風かぜ

 劉禹錫
野草芳菲紅錦地 野草やさう芳菲はうひたり紅錦こうきんの地
遊糸繚乱碧羅天 遊糸いうし繚乱れうらんたり碧羅へきらの天てん

送令孤尚書趣東郡  白居易
歌酒家家花処処
 歌酒かしゆは家々いへいへはなは処々ところどころにあり
莫空管領上陽春
 空むなしく上陽じやうやうの春はるを管領くわんりやうすることなかれ

逐処花皆好序  紀斉名
山桃復野桃   山桃さんたうまた野桃やたう
日曝紅錦之幅  日紅錦こうきんの幅はたばりを曝さらす、
門柳復岸柳   門柳もんりうまた岸柳がんりう
風宛麹塵之糸  風かぜ麹塵きくぢんの糸いとを宛わか

 春生  小野篁
着野展敷紅錦繍
 野に著きて展べ敷けり紅錦繍こうきんしう
当天遊織碧羅綾
 天てんに当あたつては遊織いうしきす碧羅綾へきらりよう

 上寺聖聚楽  島田忠臣
林中花錦時開落
 林中りんちうの花はなの錦にしきは時ときに開落かいらくす、
天外遊糸或有無 天外てんぐわいの遊糸いうしは或あるいは有無いうむ

 悦者衆  菅原文時
笙歌夜月家家思 笙歌しやうかの夜よるの月つき家々いへ/\の思おもひ、
詩酒春風処処情 詩酒ししゆの春はるの風かぜ処々ところ/\の情なさけ

ももしきの おほみや人は いとまあれや
さくらかざして けふもくらしつ 新古今 山辺赤人

はるはなほ われにてしりぬ はなざかり
こころのどけき ひとはあらじな 拾遺 壬生忠岑

春夜しゆんや
春夜与盧四周諒花陽観同居  白居易
背燭共憐深夜月
 燭ともしびを背そむけては共ともに憐あはれむ深夜しんやの月、
踏花同惜少年春
 花はなを踏みては同おなじく惜しむ少年せうねんの春はる

はるのよの やみはあやなし うめのはな
こそみえね かやはかくるる 古今 凡河内躬恒


子日ねのひ 付若菜
 雲林院行幸  菅原道真
倚松樹以摩腰   松樹しようじゆに倚りて以もつて腰こしを摩づるは、
習風霜之難犯也 風霜ふうさうの犯をかし難がたきを習ならひ、
和菜羹而啜口   菜羹さいかうを和くわして口くちに啜すするは、
期気味之克調也 気味きみの克く調ととのはんことを期

 子曰序  橘在列
倚松根摩腰   松根しようこんに倚りて腰こしを摩づれば、
千年之翠満手 千年せんねんの翠みどりに満てり、
折梅花挿頭   梅花ばいくわを折りて頭かうべに挿かざせば、
二月之雪落衣 二月にげつの雪ゆきころもに落

ねのひして しめつる野べの ひめこまつ
       ひかでやちよの かげをまたまし 新古今 藤原清正

ねのひする 野辺にこまつの なかりせば
        ちよのためしに なにをひかまし 拾遺 壬生忠岑

千とせまで かぎれるまつも けふよりは
       君にひかれて よろづ世やへん 拾遺 大中臣能宣

若菜わかな
 催粧序  菅原道真
野中毛菜    野中やちうに菜さいをえらぶは、
世事推之惠心 世事せじこれを惠心けいしんに推す、
炉下和羮    炉下ろかに羮あつものを和くわするは、
俗人属之夷指 俗人ぞくじんこれを夷指ていしに属しよく

あすからは わかなつません かたをかの
       あしたのはらは けふぞやくめる 拾遺 柿本人麿

あすからは わかなつまんと しめし野に
        きのふもけふも ゆきはふりつつ 新古今 山部赤人

ゆきてみぬ 人もしのべと はるののの
        かたみにつめる わかななりけり 新古今 紀貫之

三月三日さんぐわつみつか 付桃花
 桃源行  王維
春来遍是桃花水 春はるては遍あまねくこれ桃花たうくわの水みづなり、
不弁仙源何処尋 仙源せんげんを弁わきまへず何いづれの処ところにか尋たづねん

 花時天似酔序   菅原道真
春之暮月 月之三朝 春はるの暮月ぼげつ、月つきの三朝さんてう
天酔于花 桃李盛也 天てんはなに酔へるは、桃李たうりさかりなればなり、
我后一日之沢     我が后きみ一日いちじつの沢たく
万機之余 曲水雖遥 万機ばんきの余あまり、曲水きよくすゐはるかなりといへども、
遺塵雖絶        遺塵ゐぢんえたりといへども、
書巴字而知地勢    巴を書きて地勢ちせいを知り、
思魏文以翫風流    魏文ぎぶんを思おもひて以つて風流ふうりうを翫もてあそ
蓋志之所之       蓋けだし志こころざしの之く所ところ
謹上小序        謹つゝしみで小序せうじよを上たてまつ

 同題詩  菅原道真
煙霞遠近応同戸 煙霞えんか遠近ゑんきんまさに同戸どうこなるべし、
桃李浅深似勧盃 桃李たうりの浅深せんしん勧盃けんぱいに似たり

 瑩流送羽觴  菅原篤茂
水成巴字初三日 水みづを成す初三しよさんの日
源起周年後幾霜 源みなもと周年しうねんより起おこりて後のちに幾霜いくしも

 同  菅原雅規
礙石遅来心窃待 石いしに礙さはりて遅おそく来きたれば心こゝろひそかに待ち、
牽流瑞過手先遮 流ながれに牽かれて瑞く過ぐれば手づ遮さへぎ

 桃花詩序  紀納言
夜雨偸湿    夜よるの雨あめひそかに湿うるほして、
曾波之眼新嬌 曾波そはの眼まなこあらたに嬌びたり、
暁風緩吹    暁あかつきの風かぜゆるく吹きて、
不言之唇先咲 不言ふげんの唇くちびるづ咲めり

みちとせに なるといふももの ことしより
       はなさくはるに あふぞうれしき 拾遺 凡河内躬恒

暮春ぼしゆん
過元魏志襄陽楼口占  元眞
払水柳花千万点 水みづを払はらふ柳花りうくわは千万点せんまんてん
隔楼鴬舌両三声 楼ろうを隔へだつる鴬舌あうぜつは両三声りやうさんせい

晩春遊松山館  菅原道真
低翅沙鴎潮落暁 翅つばさを低るる沙鴎さおうは潮うしほの落つる暁あかつき
乱糸野馬草深春 糸いとを乱みだす野馬やばは草くさの深ふかき春はる
人無更少時須惜 人ひとさらに少わかき時ときなしすべからく惜しむべし、
年不常春酒莫空 年としつねに春はるならず酒さけを空むなしくすることなかれ
劉白若知今日好 劉白りうはくし今日こんにちの好こうなることを知らば、
応言此処不言何 まさに此の処ところと言ふべし何いづれとは言はじ

いたづらに すぐる月日は おほかれど
        はなみてくらす 春ぞすくなき 家集 藤原興風

三月尽さんぐわつじん
落花古調詩  白居易
留春春不駐 春はるを留とゞむれども春はるとゞまらず、
春帰人寂寞 春はるかへりて人ひと寂寞せきばくたり、
厭風風不定 風かぜを厭いとへども風かぜさだまらず、
風起花蕭索 風かぜちて花はな蕭索せうさくたり

 酬皇甫賓客  同
竹院君閑銷永日 竹院ちくゐんに君きみかんにして永日えいじつを銷せうし、
花亭我酔送残春 花亭くわていに我われひて残春ざんしゆんを送おく

 題慈恩寺  同
惆悵春帰留不得 惆悵ちうちやうす春はるかへりて留とゞまることを得ず、
紫藤花下漸黄昏 紫藤しとうの花はなの下もとに漸やうやく黄昏くわうこんたり

 同
送春不用動舟車 春はるを送おくるに舟車しうしやを動うごかすことを用もちゐず、
唯別残鴬与落花 たゞ残鶯ざんあうと落花らくくわとに別わか

 送春  菅原道真
若使韶光知我意 若し韶光せうくわうをして我が意こゝろを知らしめば、
今宵旅宿在詩家 今宵こんせうの旅宿りよしゆくは詩家しかに在らん

 三月尽  尊敬
留春不用関城固 春はるを留とゞむるに関城くわんじやうの固かためを用もちゐず、
花落随風鳥入雲 花はなは落ちて風かぜに随したがひ鳥とりは雲くもに入

けふとのみ はるをおもはぬ ときだにも
        たつことやすき 花のかげかは 古今 凡河内躬恒

はなもみな ちりぬるやどは ゆくはるの
        ふるさととこそ なりぬべらなれ 拾遺 紀貫之

またもこん ときぞとおもへど たのまれぬ
        我身にしあれば をしきはるかな 後撰 紀貫之

閏三月うるふさんぐわつ
送准南李中逐行軍  陸侍郎
今年閏在春三月 今年こんねんの閏うるふは春三月はるさんげつに在り、
剰見金陵一月花 剰あまつさへ金陵きんりよう一月いちげつの花はなを見

 今年又有春序  源順
帰谿歌鴬更逗留於孤雲之路
 谿たにに帰かへる歌鴬かあうは更さらに孤雲こうんの路みちに逗留とうりうし、
辞林舞蝶還翩翻於一月之花
 林はやしを辞する舞蝶ぶてふは還かへつて一月いちげつの花はなに翩翻へんぽんたり

 清原滋藤
花悔帰根無益悔
 花はなは根に帰かへらんことを悔ゆれども悔ゆるに益えきなし、
鳥期入谷定延期
 鳥とりは谷たにに入らんことを期すれども定さだめて期を延べん

さくらばな はるくははれる としだにも
       人のこころに あかれやはする 古今 伊勢

うぐひす
 鳳為王賦  賈島
鶏既鳴兮忠臣待旦 鶏にはとりすでに鳴きて忠臣ちゆうしんあしたを待つ、
鶯未出兮遺賢在谷 鶯うぐひすいまだ出でず遺賢ゐけんたにに在

 春暁鶯賦  謝観或張読
誰家碧樹鶯啼而羅幕猶垂
 誰が家いへの碧樹へきじゆにか鶯うぐひすきて羅幕らまくなほ垂れ、
幾処華堂夢覚而珠簾未巻
 幾いくところの華堂くわどうに夢ゆめめて珠簾しゆれんいまだ巻かず

 早春尋李校書  元眞
咽霧山鴬啼尚少 霧きりに咽むせぶ山鶯さんあうは啼くことなほ少まれなり、
穿沙蘆笋葉纔分 沙いさごを穿うがつ蘆笋ろじゆんは葉わづかに分わかてり

 題南荘  和思黯
台頭有酒鶯呼客 台だいの頭ほとりに酒さけりて鶯うぐひすきやくを呼び、
水面無塵風洗池 水みづの面おもてちりくして風かぜいけを洗あら
鶯声誘引来花下 鶯うぐひすの声こゑに誘引いういんせられて花はなの下もとに来きたり、
草色拘留座水辺 草くさの色いろに拘留こうりうせられては水みづの辺ほとりに座

 鳥声韻管絃序  菅原文時
感同類於相求    同類どうるいを相求あひもとむるに感かんずるは、
離鴻去雁之応春囀 離鴻去雁りこうきよがんの春はるの囀さへづりに応おうずるあり、
会異気而終混    異気いきを会くわいして終つひに混こんじて、
龍吟魚躍之伴暁啼 龍吟魚躍りゆうぎんぎよやくの暁あかつきの啼きに伴ともなふとあり

 同題  同
燕姫之袖暫収 燕姫えんきが袖そでしばらく収をさまりて、
猜撩乱於旧柏 撩乱れうらんたるを旧拍きうはくに猜そねみ、
周郎之簪頻動 周郎しうらうが簪かんざししきりに動うごきて、
顧間関於新花 間関けんくわんたるを新花しんくわに顧かへりみる

 鶯出谷  菅原道真
新路如今穿宿雪 新路しんろは如今いま宿雪しゆくせつを穿うがつ、
旧宿為後属春雲 旧巣きうさうは後のちのために春はるの雲くもに属らん

 宮鶯囀暁光  菅原文時
西楼月落花間曲 西楼せいろうに月つきちて花はなの間あひだの曲きよく
中殿燈残竹裏音 中殿ちうでんに燈ともしびのこりて竹たけの裏うちの音おと

あらたまの としたちかへる あしたより
        またるるものは うぐひすのこゑ 拾遺 素性法師

あさみどり はるたつそらに うぐひすの
       はつこゑまたぬ 人はあらじな 栄花物語 麗景殿女御

うぐひすの こゑなかりせば ゆききえぬ
        山ざといかで 春をしらまし 拾遺 中務

かすみ
早春晴寄蘇洲寄夢得  白居易
霞光曙後殷於火 霞かすみの光ひかりは曙けてのち火よりも殷あかく、
草色晴来嫩似煙 草くさの色いろは晴れ来きたりて嫩わかくして煙けむりに似たり

 春浅帯軽寒  菅原道真
鑚沙草只三分許 沙いさごを鑚る草くさはたゞ三分さんぶんばかり、
跨樹霞纔半段余 樹に跨またがる霞かすみはわづかに半段はんだんあま

きのふこそ としはくれしか はるがすみ
        かすがのやまに はやたちにけり 万葉 柿本人麿

はるがすみ たてるやいづこ みよしのの
        よしのの山に ゆきはふりつつ 古今 山部赤人

あさひさす みねのしらゆき むらぎえて
       はるのかすみは たなびきにけり 家集 平兼盛

あめ
密雨散加糸序  大江以言或都在中
或垂花下    或あるひは花はなの下もとに垂れて、
潜増墨子之悲 潛ひそかに墨子ぼくしが悲かなしみを増す、
時舞鬢間    時ときに鬢びんの間あひだに舞ひ、
暗動潘郎之思 暗あんに潘郎はんらうの思おもひを動うごかす

 闕舌贈閻舎人  李喬
長楽鐘声花外尽 長楽ちやうらくの鐘かねの声こゑは花はなの外そとに尽き、
龍池柳色雨中深 龍池りようちの柳やなぎの色いろは雨あめの中なかに深ふか

 仙家春雨  紀長谷雄
養得自為花父母 養やしなひ得ては自おのづから花はなの父母ふぼたり、
洗来寧弁薬君臣 洗あらひ来ては寧むしろ薬くすりの君臣くんしんを弁わきまへんや

 春色雨中深  菅原文時
花新開日初陽潤 花はなの新あらたに開ひらくる日初陽しよやううるほへり、
鳥老帰時薄暮陰 鳥とりいて帰かへる時とき薄暮はくぼくもれり

 微雨自東来  慶滋保胤
斜脚暖風先扇処 斜脚しやきやくは暖風だんぷうの先づ扇あふぐ処ところ
暗声朝日未晴程 暗声あんせいは朝日てうじつのいまだ晴れざる程ほど

さくらがり あめはふりきぬ おなじくは
       ぬるともはなの かげにかくれん 拾遺 読人不知

あをやぎの 枝にかかれる はるさめは
        いともてぬける たまかとぞみる 新勅撰 伊勢

むめ 付紅梅
 春至香山寺  白居易
白片落梅浮澗水 白片はくへんの落梅らくばいは澗たにの水みづに浮うかび、
黄梢新柳出城墻 黄梢くわうせうの新柳しんりうは城しろの墻かきより出でたり

早春初晴野宴  章孝標
梅花帯雪飛琴上 梅うめの花はなゆきを帯びて琴上きんじやうに飛び、
柳色和煙入酒中 柳やなぎの色いろは煙けむりに和くわして酒中しゆちうに入

 寒梅結早花  村上帝御製
漸薫臘雪新封裏 漸やうやく薫かほる臘雪らふせつあらたに封ふうずる裏うち
偸綻春風未扇先 偸ひそかに綻ほころぶ春はるの風かぜのいまだ扇あふがざる先さき

 尋春花  大江朝綱或菅原文時
青糸繰出陶門柳 青糸せいしり出いだす陶門たうもんの柳やなぎ
白玉装成臾嶺梅 白玉はくぎよくよそほひ成す臾嶺ゆれいの梅うめ

 同題  菅原文時
五嶺蒼蒼雲往来 五嶺ごれい蒼々さうさうとして雲くも往来わうらいす、
但憐大臾万株梅 たゞ憐あはれむ大臾たいゆ万株まんちうの梅うめ

 同  同
誰言春色従東到 誰たれか言ふ春はるの色いろひがしより到いたるとは、
露暖南枝花始開 露つゆあたたかにして南枝なんしはなはじめて開ひら

 同  同
煙添柳色看猶浅 烟けむりは柳色りうしよくを添へて看るに猶なほあさし、
鳥踏梅花落以頻 鳥とりは梅花ばいくわを踏みて落つること已すでに頻しきりなり

いにしとし ねこじてうゑし わがやどの
       わかきのうめは はなさきにけり 拾遺 安倍広庭

わがせこに 見せんとおもひし うめの花
        それともみえず ゆきのふれれば 万葉 山部赤人

香をとめて たれをらざらん うめの花
        あやなしかすみ たちなかくしそ 拾遺 凡河内躬恒

紅梅こうばい
早春尋李校書  元眞
梅含鶏舌兼紅気 梅うめは鶏舌けいぜつを含ふくみて紅気こうきを兼ねたり、
江弄瓊花帯碧文 江は瓊花けいくわを弄もてあそびて碧文へきぶんを帯びたり

繞簷梅正開詩  橘正通
浅紅鮮娟    浅紅せんこう鮮娟せんけんたり、
仙方之雪愧色 仙方せんはうの雪ゆきいろを愧づ、
濃香芳郁    濃香ぢようきやう芬郁ふんいくたり、
妓炉之烟譲薫 妓炉ぎろの烟けむりかをりを譲ゆづ

 賦庭前紅梅  兼明親王
有色易分残雪底 色いろりて分わかちやすし残雪ざんせつの底そこ
無情難弁夕陽中 情こゝろくして弁わきまへがたし夕陽せきやうの中うち

 紅白梅花  紀斉名
仙臼風生空簸雪 仙臼せんきうに風かぜりて空むなしく雪ゆきを簸る、
野鑪火暖未揚煙 野炉やろに火あたたかにしていまだ煙けむりを揚げず

君ならで たれにかみせん うめのはな
       いろをもかをも しる人ぞしる 古今 紀友則

色かをば おもひもいれず うめのはな
       つねならぬ世に よそへてぞみる 新古今 花山院

やなぎ
 天宮閣早春  白居易
林鶯何処吟箏柱 林鶯りんあうは何いづれの処ところにか箏ことの柱ことぢを吟ぎんじ、
墻柳誰家曝麹塵 墻柳しやうりうは誰たれが家いへにか麹塵きくぢんを曝さら

喜小楼西新柳抽条  白居易
漸欲払他騎馬客 漸やうやく他の騎馬きばの客きやくを払はらはんと欲ほつす、
未多遮得上楼人 いまだ多おほく楼ろうに上のぼる人ひとを遮さへぎり得

 題峡中石上  同上
巫女廟花紅似粉 巫女廟ふぢよべうの花はなは粉べにより紅くれなゐなり
昭君村柳翠於眉 昭君村せうくんそんの柳やなぎは眉まゆよりも翠みどりなり

与前一首絶句他  同
誠知老去風情少 誠まことに知りぬ老い去りて風情ふぜいの少すくなきことを、
見此争無一句詩 此これを見いかでか一句いつくの詩なからん

内宴序停盃看柳色  紀長谷雄或大江音人
大臾嶺之梅早落 大臾嶺たいゆれいの梅うめは早はやく落つ、
誰問粉粧      誰たれか粉粧ふんさうを問はん、
匡廬山之杏未開 匡廬山きやうろざんの杏あんずはいまだ開ひらけず、
豈趁紅艶      あに紅艶こうえんを趁はんや

 早春作  田達音
紅鏡扶桑日    雲くもは紅鏡こうきやうを敬さゝぐ扶桑ふさうの日
春嫋黄珠嫩柳風 春はるは黄珠くわうしゆを嫋たわます嫩柳どんりうの風かぜ雲敬

柳影繁初合詩  具平親王
禾宅迎晴庭月暗 禾宅けいたくに晴はれを迎むかへて庭月ていげつくらく、
陸池逐日水煙深 陸池りくちに日を逐ひて水煙すゐえんふか

垂柳払緑水詩  菅原文時
潭心月泛交枝桂 潭心たんしんに月つきうかびて枝えだを交まじふる桂かつら
岸口風来混葉蘋 岸口がんこうに風かぜきたりて葉を混こんずる蘋うきくさ

あをやぎの いとよりかくる はるしもぞ
        みだれて花の ほころびにける 古今 紀貫之

あをやぎの まゆにこもれる いとなれば
        春のくるにぞ いろまさりける 新千載 藤原兼輔

はな
  閑賦  張読
花明上苑      花はなは上苑じやうゑんに明あきらかにして、
軽軒馳九陌之塵 軽軒けいけん九陌きうはくの塵ちりに馳す、
猿叫空山      猿さるは空山くうざんに叫さけびて、
斜月瑩千巌之路 斜月しやげつ千巌せんがんの路みちを瑩みが

早春招張賓客  白居易
池色溶溶藍染水 池いけの色いろは溶々ようようとして藍水あゐみづを染む、
花光焔焔火焼春 花はなの光ひかりは焔々えんえんとして火はるを焼やく

尋春題諸家園林  同
遥見人家花便入 遥はるかに人家じんかを見て花はなあればすなはち入

花光浮水上序  菅原文時
瑩日瑩風       日に瑩みがき風かぜに瑩みがく、
高低千顆万顆之玉 高低かうてい千顆万顆せんくわばんくわの玉たま
染枝染浪       枝えだを染め浪なみを染む、
表裏一入再入之紅 表裏へうり一入再入いつじゆさいじゆの紅こう

 同上  同
誰謂水無心    誰たれか謂ひし水みづこころなしと、
濃艶臨兮波変色 濃艶ぢようえんのぞんで波なみいろを変へん
誰謂花不語    誰たれか謂つし花はなのいはずと、
軽漾激兮影動唇 軽漾けいやうげきして影かげくちびるを動うごかす

 同題序  源順
欲謂之水         これを水みづと謂はんとすれば、
則漢女施粉之鏡清瑩 すなはち漢女かんぢよべにを施ほどこす鏡かゞみ清瑩せいえいたり、
欲謂之花         これを花はなと謂はんと欲ほつすれば、
亦蜀人濯文之錦粲爛 また蜀人しよくじんあやを濯あらふ錦にしき粲爛さんらんたり

 花開如散錦  菅原文時
織自何糸唯暮雨 織ること何いづれの糸いとよりぞたゞ暮ゆふべの雨あめ
裁無定様任春風 裁つことは定さだまれる様ためしなし春はるの風かぜに任まか

 同題  源英明
花飛如錦幾濃粧 花はなびて錦にしきの如ごとし幾いく濃粧ぢようしやうぞ、
織者春風未畳箱 織るものは春はるの風かぜいまだ箱はこに畳たゝまず

 同上  同
始識春風機上巧 始はじめを識る春はるの風かぜの機上きじやうに巧たくみなることを、
非唯織色織芬芳 たゞ色いろを織るのみにあらず芬芳ふんはうをも織

 花少鶯稀  源相規
眼貧蜀郡裁残錦 眼まなこは蜀郡しよくぐんに貧まづし裁ち残のこす錦にしき
耳倦秦城調尽箏 耳みゝは秦城しんじやうに倦みたり調しらべ尽つくすこと

世の中に たえてさくらの なかりせば
       はるのこゝろは のどけからまし 古今 在原業平

わがやどの はな見がてらに くる人は
        ちりなん後ぞ こひしかるべき 古今 凡河内躬恒

みてのみや 人にかたらん やまざくら
        手ごとにをりて いへづとにせん 古今 素性法師

落花らくくわ
過元家履信宅  白居易
落花不語空辞樹 落花らくくわものいはず空むなしく樹を辞す、
流水無心自入池 流水りうすゐ心無こゝろなくして自おのづから池いけに入

春水頻与李二賓客同廊外同遊因贈長甸  同
朝踏落花相伴出 朝あしたには落花らくくわを踏みて相伴あひともなひて出で、
暮随飛鳥一時帰 暮ゆふべには飛鳥ひてうに随したがひて一時いちじに帰かへ

春日侍前鎮西部督大王読史記序  大江朝綱
春花面面闌入酣暢之筵
 春はるの花はなは面々めんめんに酣暢かんちやうし筵むしろに闌入らんにふす、
晩鶯声声予参講誦之座
 晩くれの鶯うぐひすは声々せいせいに講誦かうしようの座に予参よさん

 惜残春  同
落花狼籍風狂後 落花らくくわ狼籍らうぜきたり風かぜくるひて後のち
啼鳥龍鐘雨打時 啼鳥ていてう龍鐘りようしようたり雨あめの打つ時とき

落花還繞樹詩  菅原文時
離閤鳳翔憑檻舞 閤かくを離はなるる鳳ほうの翔かけりは檻おばしまに憑りて舞ひ、
下楼娃袖顧階翻 楼ろうを下くだれる娃あいの袖そでは階きざはしを顧かへりみて翻ひるがへ

さくらちる このしたかぜは さむからで
       そらにしられぬ 雪ぞふりける 拾遺 紀貫之

とのもりの とものみやつこ こころあらば
        このはるばかり 朝きよめすな 拾遺 源公忠

躑躅つつじ
題元十八渓居  白居易
晩蘂尚開紅躑躅 晩蘂ばんずいなほ開ひらく紅躑躅こうてきちよく
秋房初結白芙蓉 秋あきの房はなぶさはじめて結むすぶ白芙蓉はくふよう

山石榴艶似火  源順
夜遊人欲尋来把 夜遊やいうの人ひとは尋たづね来きたりて把らんと欲ほつす、
寒食家応折得驚 寒食かんしよくの家いへにはまさに折り得て驚おどろくべし

おもひいづる ときはのやまの いはつつじ
         いはねばこそあれ こひしきものを 古今 平貞文

款冬やまぶき
 藤原実頼
点着雌黄天有意 雌黄しわうを点着てんちやくして天てんに意こゝろあり、
款冬誤綻暮春風 款冬くわんどうあやまりて暮春ぼしゆんの風かぜに綻ほころ

 題花黄  慶滋保胤
書窓有巻相収拾 書窓しよさうに巻まきりて相収拾あひしうしふす、
詔紙無文未奉行 詔紙せうしに文ぶんくもいまだ奉行ほうかうせず

かはづなく 神なびがはに 影みえて
        いまやさくらん 山ぶきの花 新古今 厚見王

わがやどの やへ山吹は ひとへだに
        ちりのこらなむ はるのかたみに 拾遺 平兼盛

ふぢ
酬元十八三月三十日慈恩寺見寄  白居易
悵望慈恩三月尽 慈恩じおんに悵望ちやうばうす三月さんげつの尽くることを、
紫藤花落鳥関関 紫藤しとうはなちて鳥とり関々くわんくわんたり

四月有余春詩  源相規
紫藤露底残花色 紫藤しとうの露つゆそこ残花ざんくわの色いろ
翠竹煙中暮鳥声 翠竹すゐちくの煙けむりの中なか暮鳥ぼてうの声こゑ

於御史中丞亭翫藤  源順
紫茸偏奪朱衣色 紫茸しじようは偏ひとへに朱衣あけのころもの色いろを奪うばふ、
応是花心忘憲台 まさに是これはなの心こゝろ憲台けんだいを忘わするべし

たごのうら そこさへにほふ ふぢなみを
        かざしてゆかん みぬ人のため 拾遺 柿本人麿

ときはなる まつのなたてに あやなくも
        かかれるふぢの さきてちるかな 続古今 紀貫之

   

更衣かうい
 早夏暁興  白居易
背壁残燈経宿焔 壁かべに背そむける燈ともしびは宿よべを経る焔ほのほを残のこし、
開箱衣帯隔年香 箱を開ひらける衣ころもは年としを隔へだつる香にほひを帯びたり

 讚州作  菅原道真
生衣欲待家人着 生衣せいい・すゞしのきぬは家人かじんを待ちて着ちやくせんと欲ほつす、
宿醸当招邑老酣 宿醸しゆくぢやうはまさに邑老いふらうを招まねきて酣たのしむべし

はなの色に そめしたもとの をしければ
         ころもかへうき けふにもあるかな 拾遺 源重之

首夏しゆか
薔薇正開春酒初熟  白居易
甕頭竹葉経春熟 甕もたひの頭ほとりの竹葉ちくえふは春はるを経て熟じゆくし、
階底薔薇入夏開 階はしの底もとの薔薇しやうびは夏なつに入りて開ひら

 首夏作  物部安興
苔生石面軽衣短 苔こけ石面せきめんに生しやうじて軽衣けいいみじかし、
荷出池心小蓋疎 荷はちす池心ちしんより出でて小蓋せうがいまばらなり

わがやどの かきねや春を へだつらん
        夏きにけりと みゆるうのはな 拾遺 源順

夏夜なつのよ
 江楼夕望  白居易
風吹枯木晴天雨 風かぜ枯木こぼくを吹けば晴はれの天そらの雨あめ
月照平沙夏夜霜 月つきの平沙へいさを照てらせば夏なつの夜の霜しも

 早夏独居  白居易
風生竹夜窓間臥 風かぜたけに生る夜まどの間あひだに臥せり、
月照松時台上行 月つきまつを照てらす時ときに台うてなの上ほとりに行あり

 夜陰帰房  紀長谷雄
空夜窓閑蛍度後 空夜くうやまどは閑しづかなり蛍ほたるわたりて後のち
深更軒白月明初 深更しんかうのきは白しろし月つきの明あきらかなる初はじめ

なつのよを ねぬにあけぬと いひおきし
        人はものをや おもはざりけん 柿本人麿

ほととぎす なくやさつきの みじかよも
       ひとりしぬれば あかしかねつも 家集 柿本人麿

なつのよは ふすかとすれば ほととぎす
        なくひとこゑに あくるしののめ 古今

端午たんご
  懸艾人  菅原道真
有時当戸危身立 時ときりて戸に当あたりて身を危あやぶめて立てり、
無意故園任脚行 意こゝろくして故園こゑんに脚あしに任まかせて行かん

わかこまと けふにあひくる やめぐさ
       おひおくるるや まくるなるらん 家集 大中臣頼基

きのふまで よそにおもひし あやめぐさ
        けふわがやどの つまとみるかな 拾遺 大中臣能宣

納涼なふりやう
 地上逐涼  白居易
青苔地上銷残雨 青苔せいたいの地の上うへに残雨ざんうを銷し、
緑樹陰前逐晩涼 緑樹りよくじゆの陰かげの前まへに晩涼ばんりやうを逐

 地上夜境  白居易
露簟清瑩迎夜滑 露簟ろてん清瑩せいゑいとして夜を迎むかへて滑なめらかなり、
風襟蕭灑先秋涼 風襟ふうきん蕭灑せうさいとして秋あきに先さきだちて涼すゞ

 苦熱題桓寂禅師房  白居易
不是禅房無熱到 是これ禅房ぜんばうに熱ねつの到いたること無きあらず、
但能心静即身涼 たゞ能く心こゝろしづかなれば即すなはち身も涼すゞ

避暑対水石序  大江匡衡
班捷予団雪之扇 班捷予はんせふよが団雪だんせつの扇あふぎ
代岸風兮長忘   岸風がんふうに代はりて長ながく忘わすれたり、
燕昭王招涼之珠 燕えんの昭王せうわうの招涼せうりやうの珠たまも、
当沙月兮自得   沙月さげつに当あたりて自おのづから得たり

 題納涼之画  菅原道真
臥見新図臨水障 臥しては新図しんと臨水りんすゐの障しやうを見
行吟古集納涼詩 行きては古集こしふ納涼なふりやうの詩を吟ぎん

 夏日閑避暑  源英明
池冷水無三伏夏 池いけひやゝかにして水みづに三伏さんふくの夏なつなく、
松高風有一声秋 松まつたかくして風かぜに一声いつせいの秋あきあり

すずしやと 草むらことに たちよれば
       あつさぞまさる とこなつのはな 古今 紀貫之

したくぐる 水にあきこそ かよふらし
      むすぶいづみの 手さへすずしき 新千載 中務

まつかげの いは井の水を むすびあげて
      なつなきとしと おもひけるかな 拾遺 恵慶法師

晩夏ばんか
夏日遊永安水亭 白居易
竹亭陰合偏宜夏 竹亭ちくていかげひて偏ひとへに夏なつに宜よろし、
水檻風涼不待秋 水檻すゐかんかぜすゞしくして秋あきを待たず

夏はつる あふぎとあきの しらつゆと
      いづれかさきに をかんとすらん 新古今

ねぎごとも きかずあらぶる だにも
      けふはなごしの はらへなりけり 拾遺 斎宮

橘花はなたちばな
西湖晩帰望孤山寺  白居易
盧橘子低山雨重 盧橘ろきつを低れて山雨さんうおもく、
并櫚葉戦水風涼 并櫚へいりよそよぎて水風すゐふうすゞ

 花橘詩  後中書王
枝繋金鈴春雨後 枝えだには金鈴きんれいを繋つなぐ春雨しゆんうの後のち
花薫紫麝凱風程 花はなは紫麝しゞやに薫くんず凱風がいふうの程ほど

さつきまつ はなたちばなの
      かをかげば むかしの人の 袖のかぞする 古今

ほととぎす はなたちばなに かをとめて
      なくはむかしの 人やこひしき 貫之

はちす
県西郊秋寄贈馬造階下  白居易
風荷老葉蕭条緑 風荷ふうかの老葉らうえふは蕭条せうでうとして緑みどりなり、
水蓼残花寂寞紅 水蓼すゐれうの残花ざんくわは寂寞せきばくとして紅くれなゐなり

  階下蓮  白居易
葉展影翻当砌月 葉びて影かげは翻ひるがへる砌みぎりに当あたる月つき
花開香散入簾風 花はなひらきて香は散さんじて簾すだれに入る風かぜ

題雲陽駅亭蓮  許渾
煙開翠扇清風暁 煙けむり翠扇すいせんを開ひらく清風せいふうの暁あかつき
水泛紅衣白露秋 水みづ紅衣こういを泛うかぶ白露はくろの秋あき

  池亭晩望  紀在昌
岸竹枝低応鳥宿 岸竹がんちくえだれたりまさに鳥とりの宿やどりとなるべく、
潭荷葉動是魚遊 潭荷たんかうごくこれ魚うをの遊あそぶならん

亭子院法皇御賀呉山千葉蓮華屏風詩  醍醐帝御製
縁何更覓呉山曲 何なにに縁りてか更さらに呉山ござんの曲くまに覓もとめん、
便是吾君座下花 便すなはちこれ吾が君きみの座下ざかの花はななればなり

 石山寺池蓮  源為憲
経為題目仏為眼 経きやうには題目だいもくたり仏ほとけには眼まなこたり、
知汝花中植善根 知りぬ汝なんぢが花はなの中なかに善根ぜんこんを植ゑたることを

はちす葉の にごりにしまぬ こころもて
       なにかは露を たまとあざむく 古今

郭公ほとゝぎす
題発幽居将尋同志  許渾
一声山鳥曙雲外 一声いつせいの山鳥さんてうは曙雲しようんの外ほか
万点水蛍秋草中 万点ばんてんの水蛍すゐけいは秋草しうさうの中うち

さつきやみ おぼつかなきを ほととぎす
      なくなるこゑの いとどはるけき 新後拾遺 明日香皇子

ゆきやらで 山路くらしつ ほととぎす
      いまひとこゑの きかまほしさに 拾遺 源公忠

さよふけて ねざめざりせば ほととぎす
      人づてにこそ きくべかりけれ 拾遺 壬生忠見

ほたる
  夜座  元眞
蛍火乱飛秋已近 蛍火けいくわみだれ飛びて秋あきすでに近ちかし、
辰星早没夜初長 辰星しんせいはやく没かくれて夜よるはじめて長なが

常州留与楊給事  許渾
蒹葭水暗蛍知夜 蒹葭けんかみづくらくして蛍ほたるよるを知る、
楊柳風高鴈送秋 楊柳やうりうかぜたかくして雁がんあきを送おく

 秋蛍照帙賦  紀長谷雄
明明仍在      明々めいめいとしてなほ在り、
誰追月光於屋上 誰たれか月つきの光ひかりを屋上をくぢやうに追はんや、
皓皓不消      皓々かうかうとして消えず、
豈積雪片於床頭 あに雪片せつぺんを床頭しやうとうに積まんや

  同題  橘直幹
山経巻裏疑過岫 山経さんきやうの巻の裏うちには岫くきを過ぐるかと疑うたがふ、
海賦篇中似宿流 海賦かいふの篇へんの中なかには流ながれに宿やどるに似たり

草ふかき あれたるやどの ともし火の
      風にきえぬは ほたるなりけり 新勅撰 山部赤人

つつめども かくれぬものは なつむしの
      身よりあまれる おもひなりけり  後撰

せみ
 驪山宮賦  白居易
遅遅兮春日    遅々ちゝたる春はるの日に、
玉甃暖兮温泉溢 玉たまの甃いしだゝみあたゝかにして温泉をんせんてり、
嫋嫋兮秋風    嫋々でうでうたる秋あきの風かぜに、
山蝉鳴兮宮樹紅 山やまの蝉せみきて宮樹きゆうじゆくれなゐなり

発青滋店至長安西渡江  李嘉祐
千峯鳥路含梅雨 千峯せんほうの鳥とりの路みちは梅雨ばいうを含ふくみ、
五月蝉声送麦秋 五月ごげつの蝉せみの声こゑは麦秋ばくしうを送おく

題咸陽城東棲 許渾
鳥下緑蕪秦苑静 鳥とりは緑蕪りよくぶに下りて秦苑しんひんしづかなり、
蝉鳴黄葉漢宮秋 蝉せみは黄葉くわうえふに鳴きて漢宮かんきゆうあきなり

  聞新蝉  菅原道真
今年異例腸先断 今年こんねんは例つねよりも異ことなりて腸はらはたづ断つ、
不是蝉悲客意悲 これ蝉せみの悲しきのみにあらず客の意こゝろかなしきなり
歳去歳来聴不変 歳としり歳としきたりて聴けども変へんぜず、
莫言秋後遂為空 言ふことなかれ秋あきの後のちに遂つひに空くうと為らんと

なつ山の みねのこずゑの たかければ
      空にぞせみの こゑはきこゆる 吟初蝉 紀納言

これをみよ 人もとがめぬ こひすとて
      ねをなくむしの なれるすがたを 後撰 源重光

あふぎ
 白羽扇  白居易
盛夏不消雪 盛夏せいかに消えざる雪ゆき
終年無尽風 年としを終ふるまで尽くること無き風かぜ
引秋生手裏 秋あきを引きて手裏しゆりに生しやうず、
蔵月入懐中 月つきを蔵ぞうして懐中くわいちゆうに入

 軽扇動明月 菅原文時
不期夜漏初分後 期せず夜漏やろうの初はじめて分わかるゝ後のち
唯翫秋風未到前 唯たゞもてあそぶ秋風しうふういまだ到いたらざる前さき

あまの川 川瀬すずしき たなばたに
      あふぎのかぜを なほやかさまし 拾遺 中務

天の川 あふぎのかぜに きりはれて
      そらすみわたる かささぎのはし 拾遺 清原元輔

君がてに まかするあきの かぜなれば
      なびかぬくさも あらじとぞおもふ 家集 中務

   

立秋りつしう
立秋日登楽遊園  白居易
蕭颯涼風与悴鬢 蕭颯せうさつたる涼風りやうふうと悴鬢すゐびんと、
誰教計会一時秋 誰たれか計会けいくわいをして一時いちじに秋あきならしむる

於菅師匠旧亭賦一葉落庭時詩  慶滋保胤
鶏漸散間秋色少 鶏にはとりやうやく散さんずる間あひだあきの色いろすくなし、
鯉常趨処晩声微 鯉こひの常つねに趨はしる処ところばんの声こゑかすかなり

あききぬと めにはさやかに みえねども
      かぜのおとにぞ おどろかれぬる 古今 藤原敏行

うちつけに ものぞかなしき この葉ちる
      あきのはじめを けふとおもへば 後撰 大中臣能宣

早秋さうしう
 早秋答蘇六  白居易
但喜暑随三伏去 但たゞしよの三伏さんぷくに随したがひて去ることを喜よろこぶ、
不知秋送二毛来 秋あきの二毛にまうを送おくり来きたることを知らず

 秘省後聴  白居易
槐花雨潤新秋地 槐花くわいくわあめに潤うるほふ新秋しんしうの地
桐葉風涼欲夜天 桐葉とうえふかぜすゞし夜よるならんと欲ほつする天てん

 立秋後作  紀長谷雄
炎景剰残衣尚重 炎景えんけいあまつさへ残のこりて衣ころもなほ重おもし、
晩涼潜到簟先知 晩涼ばんりやうひそかに到いたりて簟たかむしろづ知

あきたちて いくかもあらねど このねぬる
      あさけのかぜは たもとすずしも 万葉 安貴王

七夕しちせき
 七夕  白居易
憶得少年長乞巧 憶おもひ得たり少年せうねんの長ながく乞巧きつかうすることを、
竹竿頭上願糸多 竹竿ちくかんの頭上とうしやうに願糸げんしおほ

代牛女惜暁更詩序  小野美材
二星適逢       二星にせいたまたま逢ひて、
未叙別緒依依之恨 いまだ別緒べつしよの依々いいたる恨うらみを叙べず、
五夜将明       五夜ごやまさに明けなんとして、
頻驚涼風颯颯之声 頻しきりに涼風りやうふうの颯々さつさつたる声こゑに驚おどろ

代牛女惜暁更  菅原道真
露応別涙珠空落 露つゆはまさに別わかれの涙なみだなるべし珠たまむなしく落つ、
雲是残粧鬟未成 雲くもはこれ残粧ざんしやうならん鬟もとゞりいまだ成らず

 代牛女惜暁  大江綱朝
風従昨夜声弥怨 風かぜは昨夜さくやより声こゑいよいよ怨うらむ、
露及明朝涙不禁 露つゆは明朝みやうてうに及およびて涙なみだきんぜず

七夕含媚渡河橋詩  菅原文時
去衣曳浪霞応湿 去衣きよいなみに曳きて霞かすみ湿うるほふべし、
行燭浸流月欲消 行燭かうしよくながれに浸ひたりて月つきえなんと欲ほつ

 代牛女侍夜  菅原輔昭
詞託微波雖且遣 詞ことばは微波びはに託たくしかつ遣るといへども、
心期片月欲為媒 心こゝろは片月へんげつを期し媒なかだちとせんと欲ほつ

あまの川 とほきわたりに あらねども
      きみがふなでは としにこそまて 後撰 柿本人丸

ひととせに ひとよとおもへど たなばたの
      あひみるあきの かぎりなきかな 拾遺 紀貫之

としごとに あふとはすれど たなばたの
      ぬるよのかずぞ すくなかりける 拾遺 凡河内躬恒

秋興しうきよう
 題仙遊寺  白居易
林間煖酒焼紅葉 林間りんかんに酒さけを煖あたゝめて紅葉こうえふを焼き、
石上題詩掃緑苔 石上せきじやうに詩を題だいして緑苔りよくたいを掃はら

於黄鶴楼宴罷望  白居易
楚思眇茫雲水冷 楚思そし眇茫べうばうとして雲水うんすいひややかなり、
商声清脆管絃秋 商声しやうせい清脆せいぜいとして管絃くわんげんあきなり

  暮立  白居易
大抵四時心惣苦 大抵おほむね四時しゞこゝろべて苦くるし、
就中腸断是秋天 就中なかにつきてはらわたゆるはこれ秋あきの天そら

 客舎秋情  小野篁
物色自堪傷客意 物ものの色いろは自おのづから客かくの意こゝろを傷いたましむるに堪へたり、
宜将愁字作秋心 むべなり愁うれへの字をもつて秋あきの心こゝろと作つくれること

 秋日感懐  島田忠臣
由来感思在秋天 もとより思おもひを感かんずることは秋あきの天そらに在り、
多被当時節物牽 多おほく当時たうじの節物せつぶつに牽かれたり

 同  島田忠臣
第一傷心何処最 第一だいゝちこゝろを傷いたむることは何いづれの処ところか最もつともなる、
竹風鳴葉月明前 竹風ちくふうを鳴らす月つきの明あきらかなる前まへ

 暑往寒来詩  大江音人或源相規
蜀茶漸忘浮花味 蜀茶しよくちややうやく浮花ふくわの味あぢはひを忘わすれ、
楚練新伝擣雪声 楚練それんは新あらたに雪ゆきを擣つ声こゑを伝つた

うづらなく いはれののべの あき萩を
      おもふ人とも みつるけふかな 新拾遺 丹後国人

あきはなほ ゆふまぐれこそ たゞならね
      をぎのうはかぜはぎのした露 藤原義孝

秋晩しうばん
 題李十一東亭  白居易
相思夕上松台立 相思あひおもひて夕ゆふべに松台しようだいに上のぼりて立てば、
蛬思蝉声満耳秋 蛬きりぎりすの思おもひ蝉せみの声こゑみゝに満てる秋あきなり

 法輪寺口号  菅原文時
望山幽月猶蔵影 山やまを望のぞめば幽月ゆうげつなほ影かげを蔵かくせり、
聴砌飛泉転倍声 砌みぎりに聴けば飛泉ひせんうたゝ声こゑを倍

をぐらやま ふもとののべの はなすすき
      ほのかにみゆる あきの夕ぐれ 新古今 紀貫之

秋夜しうや
 上陽白髪人  白居易
秋夜長       秋あきの夜は長ながし、
夜長無睡天不明 夜ながくして睡ねむることなければ天てんも明けず、
耿耿残燈背壁影 耿々かうかうたる残のこりの燈ともしびかべに背そむける影かげ
蕭蕭暗雨打窓声 蕭々せうせうたる暗よるの雨あめは窓まどを打つ声こゑあり

  長恨歌  白居易
遅遅鐘漏初長夜 遅々ちちたる鐘漏しようろうはじめて長ながき夜
耿耿星河欲曙天 耿々かうかうたる星河せいかけなんと欲ほつする天てん

 燕子楼  白居易
燕子楼中霜月夜 燕子楼えんしろうの中うち霜月さうげつの夜
秋来只為一人長 秋あききたりてはたゞ一人いちにんのために長なが

秋夜詣祖廟詩  小野篁
蔓草露深人定後 蔓草まんさうつゆふかし人ひとしづまりて後のち
終霄雲尽月明前 終宵よもすがらくもきぬ月つきの明あきらかなる前まへ

 秋夜雨  紀斎名
蒹葭州裏孤舟夢 蒹葭州けんかしうの裏うちの孤舟こしうの夢ゆめ
楡柳営頭万里心 楡柳営ゆりうえいの頭ほとり万里ばんりの心こゝろ

あしびきの やまどりのをの しだりをの
      ながながしよを ひとりかもねん 拾遺 柿本人丸

むつごとも まだつきなくに あけにけり
      いづらはあきの ながしてふよは 古今 凡河内躬恒

八月十五夜はちぐわつじふごや 付月
長安十五夜人賦  公乗億
秦甸之一千余里 秦甸しんてんの一千余里いつせんより
凛凜氷鋪      凛々りん/\として氷こほりけり、
漢家之三十六宮 漢家かんかの三十六宮さんじふろくきう
澄澄粉餝      澄澄ちようちようとして粉ふんを餝かざれり

 同上  公乗億
織錦機中已弁相思之字
 錦にしきを織る機はたの中うちにすでに相思さうしの字を弁わきまへ、
擣衣砧上俄添怨別之声
 衣ころもを擣つ砧きぬたの上うへに俄にはかに怨別えんべつの声こゑを添

八月十五日夜禁中猶直対月憶元九  白居易
三五夜中新月色 三五夜中さんごやちうの新月しんげつの色いろ
二千里外故人心 二千里にせんりの外ほかの故人こじんの心こころ

八月十五日夜翫月  同
嵩山表裏千重雪 嵩山すうざんの表裏へうり千重せんちやうの雪ゆき
洛水高低両顆珠 洛水らくすゐの高低かうてい両顆りやうくわの珠たま

 天高秋月明房  紀長谷雄
十二廻中無勝於此夕之好
 十二廻じふにくわいの中うちにこの夕ゆふべの好きに勝まさるは無し、
千万里外皆争於吾家之光
 千万里せんまんりの外ほかに皆みなわが家いへの光ひかりを争あらそ

月影満秋池詩  菅原淳茂
碧浪金波三五初 碧浪へきらう金波きんぱは三五さんごの初はじめ
秋風計会似空虚 秋あきの風かぜ計会けいくわいして空虚くうきよに似たり

 同  同
自疑荷葉凝霜早 自みづから疑うたがふ荷葉かえふは霜を凝らして早きことを、
人道蘆花遇雨余 人ひとは道ふ蘆花ろくわの雨あめを過ごして余あまれるかと

  同  同
岸白還迷松上鶴 岸きししろく還かへりて松上しようじやうの鶴つるに迷まよひ、
潭融可弄藻中魚 潭ふちとほりては藻中さうちうの魚うをを算かぞふべし

 同  同
瑶池便是尋常号 瑶池えうちはすなはちこれ尋常よのつねの号
此夜清明玉不如 此夜このよの清明せいめいは玉たまも如かじ

 満月明如鏡  菅原文時
金膏一滴秋風露 金膏きんかう一滴いつてき秋風しうふうの露つゆ
玉匣三更冷漢雲 玉匣ぎよくかう三更さんかう冷漢れいかんの雲くも

 対雨恋月  源順
楊貴妃帰唐帝思 楊貴妃やうきひかへりて唐帝たうていの思おもひ
李夫人去漢皇情 李夫人りふじんりて漢皇かんわうの情こゝろ

みづのおもに てる月なみを かぞふれば
      こよひぞあきの もなかなりける 拾遺 源順

つき
 秋月  白居易
誰人隴外久征戍 誰人たれびとか隴外ろうぐわいに久ひさしく征戍せいじうする、
何処庭前新別離 何いづれの処ところの庭前ていぜんにか新あらたに別離べつりする

抃水東帰即事  郢展
秋水漲来船去速 秋の水漲みなぎり来きたりて船ふねの去ること速すみやかなり、
夜雲収尽月行遅 夜よるの雲くもをさまり尽くして月つきの行くこと遅おそ

送蕭処士遊黔南  白居易
不酔黔中争去得 黔中きんちうに酔はざればいかでか去ることを得ん、
磨囲山月正蒼々 磨囲山まゐざんの月つきは正まさに蒼々さうさうたり

 禁庭翫月 三統理平
天山不弁何年雪 天山てんさんに弁わきまへず何いづれの年としの雪ゆきぞ、
合浦応迷旧日珠 合浦がふほにはまさに迷まよひぬべし旧日きうじつの珠たま

 夜月似秋霜  兼明親王
欲和豊嶺鐘声否 豊嶺ほうれいの鐘かねの声こゑに和くわせんと欲ほつするや否いなや、
其奈華亭鶴警何 それ華亭くわていの鶴つるの警いましめを奈何いかん

 山川千里月  慶滋保胤
郷涙数行征戍客 郷涙きやうるゐ数行すうかう征戍せいじうの客きやく
棹歌一曲釣漁翁 棹歌たうか一曲いつきよく釣漁てうぎよの翁おきな

あまのはら ふりさけみれば かすがなる
      みかさの山に いでし月かも 古今 安倍仲満

しら雲に はねうちかはし とぶかりの
      かずさへみゆる あきのよの月 古今 凡河内躬恒

世にふれば ものおもふとしは なけれども
      月にいくたび ながめしつらん 拾遺 具平親王

九日ここのか 付菊
 秋日東郊作  皇甫冉
燕知社日辞巣去 燕つばめは社日しやじつを知りて巣を辞し去る、
菊為重陽冒雨開 菊きくは重陽ちようやうのために雨あめを冒おかして開ひら

視賜群臣菊花詩序  紀長谷雄
採故事於漢武    故事こじを漢武かんぶに採れば、
則赤萸挿宮人之衣 すなはち赤萸せきゆを宮人きうじんの衣ころもに挿さしはさむ、
尋旧跡於魏文    旧跡きうせきを魏文ぎぶんに尋たづぬれば、
亦黄花助彭祖之術 また黄花くわうくわ彭祖はうそが術じゆつを助たす
先三遅兮吹其花   三遅さんちに先さきだちてその花はなを吹けば、
如暁星之転河漢   暁あかつきの星ほしの河漢かかんに転てんずるがごとし、
引十分兮蕩其彩   十分じふぶんに引ひかへてその彩いろを蕩うごかせば、
疑秋雪之廻洛川   秋あきの雪ゆきの洛川らくせんに廻めぐるかと疑うたが

 同  同
谷水洗花       谷たにの水みづに花はなを洗あらへば、
汲下流而得上寿者 下流かりうを汲みて上寿じやうじゆを得たる者もの
三十余家       三十余家さんじふよか
地脈和味       地脈ちみやくに味あぢを和くわすれば、
喰日精而駐年顔者 日精につせいを喰くらひて年顔ねんがんを駐とゞめし者もの
五百箇歳       五百箇歳ごひやくかせい

わがやどの きくのしら露 けふごとに
      いく代つもりて ふちとなるらん 拾遺 清原元輔

きく
九月八日酬皇甫十見贈  白居易
霜蓬老鬢三分白 霜蓬さうほうの老鬢らうびんは三分さんぶんしろし、
露菊新花一半黄 露菊ろきくの新花しんくわは一半いつぱんなり

 十日菊花  元眞
不是花中偏愛菊 これ花はなの中うちに偏ひとへに菊きくを愛あいするにはあらず、
此花開後更無花 この花はなひらきて後のちさらに花はなければなり

 翫禁庭残菊 紀長谷雄
嵐陰欲暮      嵐陰らんいんれなんと欲ほつす、
契松柏之後凋   松柏しようはくの後のちに凋しぼまんことを契ちぎる、
秋景早移      秋景しうけいはやく移うつりて、
嘲芝蘭之先敗   芝蘭しらんの先づ敗やぶるることを嘲あざけ
麗県村閭皆潤屋 麗県れきけんの村閭そんりよは皆みなをくを潤うるほす、
陶家児子不垂堂 陶家たうかの児子じしは堂だうに垂ほとりせず

 菊見草中仙  慶滋保胤
蘭苑自慙為俗骨 蘭苑らんゑんには自みづから俗骨ぞくこつたることを慙ぢ、
槿籬不信有長生 槿籬きんりには長生ちやうせいあることを信しんぜず

 花寒菊点裳  菅原文時
蘭惠苑嵐摧紫後 蘭惠苑らんけいゑんの嵐あらしむらさきを摧くだきて後のち
蓬莱洞月照霜中 蓬莱洞ほうらいどうの月つきしもの照てらす中うち

ひさかたの 雲のうへにて 見るきくは
      あまつほしとぞ あやまたれける 古今 藤原敏行

こころあてに をらばやをらん はつしもの
      おきまどはせる しらぎくの花 古今 凡河内躬恒

九月尽くぐわつじん
 山寺惜秋序  源順
縱以肴函為固   たとひ肴函かうかんをもつて固かためとなすとも、
難留蕭瑟於雲衢 蕭瑟せうひつを雲衢うんくに留とゞめ難がたし、
縱命孟賁而追   たとひ孟賁まうふんをして追はしむとも、
何遮爽籟於風境 何なんぞ爽籟さうらいを風境ふうきやうに遮さへぎらんや

 同  同
頭目縱随禅客乞 頭目とうもくはたとひ禅客ぜんきやくの乞はんに随したがふとも、
以秋施与太応難 秋あきをもつて施与せよせんことはなはだ難かたかるべし

 秋未出詩境  大江以言
文峯案轡白駒景 文峯ぶんぽうに轡くつわづらを案あんず白駒はくくの景かげ
詞海艤舟紅葉声 詞海しかいに舟ふねを艤ふなよそほひす紅葉こうえふの声こゑ

やまさびし あきもくれぬと つぐるかも
      まきの葉ごとに おけるはつしも 風雅 大江千里

くれてゆく あきのかたみに おくものは
      わがもとゆひの 霜にぞありける 平兼盛

女郎花をみなべし
 詠女郎花  源順
花色如蒸粟    花はなの色いろは蒸せる粟あはのごとし、
俗呼為女郎    俗ぞくびて女郎ぢよらうとなす、
聞名戯欲契偕老 名を聞きて戯たはむれに偕老かいらうを契ちぎらむと欲ほつすれば
恐悪衰翁首似霜 恐おそらくは衰翁すゐおうの首かうべしもに似たるを悪にくまむことを

をみなへし おほかる野辺に やどりせば
      あやなくあだの 名をやたたまし 古今 小野良材

をみなへし みるにこころは なぐさまで
      いとどむかしの あきぞ恋しき 新古今 藤原実頼

はぎ
新撰万葉絶句詩  菅原道真
暁露鹿鳴花始発 暁あかつきの露つゆに鹿しかいて花はなはじめて発ひらく、
百般攀折一時情 百もゝたび攀ぢ折る一時いちじの情こゝろ

あきののに はぎかるをのこ なはをなみ
      ねるやねりその くだけてぞおもふ 拾遺 柿本人麿

うつろはん ことだにをしき あきはぎを
      をれるばかりに おける露かな 拾遺 伊勢

あきののの はぎのにしきを ふるさとに
      しかの音ながら うつしてしがな 家集 清原元輔

ふぢばかま
 抄秋独夜  白居易
前頭更有蕭条物 前頭ぜんとうには更さらに蕭条せうでうたる物ものあり、
老菊衰蘭三両叢 老菊らうきく衰蘭すゐらん三両さんりやうの叢くさむら

 菟裘賦  兼明親王
扶桑豈無影乎 扶桑ふさうあに影かげからんや、
浮雲掩而忽昏 浮雲ふうんおほひて忽たちまち昏くら
叢蘭豈不芳乎 叢蘭そうらんあに芳かうばしからざらんや、
秋風吹而先敗 秋風しうふうきて先づ敗やぶ

 紅蘭受露  都良香
凝如漢女顔施粉 凝りては漢女かんぢよの顔かほに粉べにを施ほどこすがごとし、
滴似鮫人眼泣珠 滴したゝりては鮫人かうじんの眼まなこに珠たまを泣くに似たり

 蘭気入軽風  橘直幹
曲驚楚客秋絃馥 曲きよくおどろきては楚客そきやくの秋あきの絃ことの馥かうばし、
夢断燕姫暁枕薫 夢ゆめえては燕姫えんきが暁あかつきの枕まくらに薫くん

ぬししらぬ 香はにほひつつ あきののに
      たがぬききかけし ふぢばかまぞも 古今 素性法師

槿あさがほ
 放言詩  白居易
松樹千年終是朽 松樹しようじゆ千年せんねんつひにこれ朽つ、
槿花一日自為栄 槿花きんくわ一日いちにちおのづから栄えいをなせり

 無常句  兼明親王
来而不留      来きたりて留とゞまらず、
薤瓏有払晨之露 薤瓏かいろうに晨あしたの露つゆを払はらふあり、
去而不返      去りて返かへらず、
槿籬無投暮之花 槿籬きんりに暮くれに投いたる花はななし

おぼつかな たれとかしらむ あきぎりの
      たえまにみゆる あさがほのはな 新勅撰 藤原道信

あさがほを 何かなしと おもふらん
      人をもはなは さこそみるらめ 拾遺 藤原道信

前栽せんざい
 栽秋花  菅原文時
多見栽花悦目儔 多おほく花はなを栽ゑて目を悦よろこばしむる儔ともがらを見れば、
先時予養待開遊 時ときに先さきだち予あらかじめ養やしなひて開ひらくを待ちて遊あそ

 同  同
自吾閑寂家僮倦 吾われ閑寂かんじやくにして家僮かどうの倦みたるより、
春樹春栽秋草秋 春はるの樹は春はるゑ秋あきの草くさは秋あきなり

 初植花樹詩  慶滋保胤
閑思看汝花紅日 閑しづかに汝なんぢが花の紅くれなゐならん日を看んと思へば、
正是当吾鬢白時 正まさにこれ吾が鬢びんの白しろからん時ときに当あたれり

 菅原道真
曾非種処思元亮 かつて種うる処ところに元亮げんりやうを思おもふにあらず、
為是花時供世尊 この花はなの時ときに世尊せそんに供たてまつらんがためなり

ちりをだに すゑじとぞおもふ うゑしより
      いもとわがぬる とこなつのはな 古今 凡河内躬恒

はなにより ものをぞおもふ 白露の
      おくにもいかが あらんとすらん 作者不詳

紅葉こうえふ 附落葉
秋雨中贈元九  白居易
不堪紅葉青苔地 堪へず紅葉こうえふ青苔せいたいの地
又是涼風暮雨天 又またこれ涼風りやうふう暮雨ぼうの天てん

泛太湖書事寄微之  同
黄纐纈林寒有葉 黄纐纈くわうかうけつの林はやしは寒さむくして葉あり、
碧瑠璃水浄無風 碧瑠璃へきるりの水みづは浄きよくして風かぜなし

 翫頭池紅葉  慶滋保胤
洞中清浅瑠璃水 洞中どうちゆうは清浅せいせんたり瑠璃るりの水みづ
庭上蕭条錦繍林 庭上ていじやう蕭条せうでうたり錦繍きんしうの林はやし

 山水唯紅葉  大江以言
外物独醒松澗色 外物ぐわいぶつの独ひとり醒めたるは松澗しようかんの色いろ
余波合力錦江声 余波よはの合力がふりきは錦江きんこうの声こゑ

しらつゆも しぐれもいたく もる山は
      した葉のこらず もみぢしにけり 家集 紀貫之

むらむらの にしきとぞみる さほ山の
      ははそのもみぢ きりたたぬまは 藤原清正

落葉らくえふ
 愁賦  張読
三秋而宮漏正長 三秋さんしうにして宮漏きうろうまさに長ながく、
空階雨滴      空階くうかいに雨あめしたゝる、
万里而郷園何在 万里ばんりにして郷園きやうゑんいづくにか在る、
落葉窓深      落葉らくえふまどに深ふかし、

 晩秋閑居  白居易
秋庭不掃携藤杖 秋あきの庭にはは掃はらはず藤杖とうぢやうを携たづさへて、
閑踏梧桐黄葉行 閑しづかに梧桐ごとうの黄葉くわうえふを踏みて行

早入皇城送王留守僕射  白居易
城柳宮槐漫揺落 城柳じやうりう宮槐きゆうくわいみだりに揺落えうらくすれども、
愁悲不到貴人心 秋あきの悲かなしみは貴人きじんの心こゝろに到いたらず

葉落風枝疎詩序  源順
梧楸影中    梧楸ごしうの影かげの中うちに、
一声之雨空灑 一声いつせいの雨あめむなしく灑そゝぐ、
鷓鴣背上    鷓鴣しやこの背せなかの上うへに、
数片之紅纔残 数片すうへんの紅こうわづかに残のこれり

落葉満山中路序  高階相如
樵蘇往反      樵蘇せうそ往反わうへんして、
杖穿朱買臣之衣 杖つゑ朱買臣しゆばいしんが衣ころもを穿うがつ、
隠逸優遊      隠逸いんいつ優遊いういう
履踏葛稚仙之薬 履くつ葛稚仙かつちせんの薬くすりを踏

 秋色変山水  源順
随嵐落葉含蕭瑟 嵐あらしに随したがふ落葉らくえふ蕭瑟せうしつを含ふくめり、
濺石飛泉弄雅琴 石いしに濺そそぐ飛泉ひせんは雅琴がきんを弄ろう

 松葉随日落  具平親王
逐夜光多呉苑月 夜を逐ひて光ひかりおほし呉苑ごゑんの月つき
毎朝声少漢林風 朝あさなごとに声こゑすくなし漢林かんりんの風かぜ

あすか川 もみぢ葉ながる かつらぎの
      やまのあきかぜ ふきぞしぬらし 新古今 柿本人丸

神なづき しぐれとともに かみなびの
      もりのこの葉は ふりにこそふれ 後撰 紀貫之

みる人も なくてちりぬる おくやまの
      もみぢはよるの にしきなりけり 古今 同

かり 付帰雁
南中詠雁  白居易
万里人南去 万里ばんりひとみなみに去る、
三春鴈北飛 三春さんしゆんがんきたに飛ぶ、
不知何歳月 知らず何いづれの歳月さいげつか、
得与汝同帰 汝なんぢと同おなじく帰かへることを得

登江州清輝楼  劉禹錫
潯陽江色潮添満 潯陽じんやうの江こうの色いろは潮しほへて満ち、
彭蠡秋声鴈引来 彭蠡はうれいの秋あきの声こゑは雁がんき来きた

 雋陽道中  杜筍鶴
四五朶山粧雨色 四五朶しごだの山やまは雨あめに粧よそほへる色いろ
両三行鴈点雲声 両三行りやうさんかうの雁がんは雲くもに点てんずる声こゑ

 寒雁識秋天  大江朝綱
虚弓難避         虚弓きよきうけ難がたし、
未抛疑於上弦之月懸 いまだ疑うたがひを上弦じやうげんの月の懸かかれるに抛なげうたず、
奔箭易迷         奔箭ほんせんまよひ易やすし、
猶成誤於下流之水急 なほ誤あやまりを下流かりうの水みづきふなるに成

 秋暮傍山行  島田忠臣
鴈飛碧落書青紙 雁かりは碧落へきらくに飛びて青紙せいしに書しよし、
隼撃霜林破錦機 隼はやぶさは霜林さうりんを撃ちて錦にしきの機はたを破やぶ

 天浄識賓鴻  菅原文時
碧玉装筝斜立柱 碧玉へきぎよくの装よそほへる筝しやうのことは斜に立てたる柱ことぢ
青苔色紙数行書 青苔せいたいの色いろの紙かみには数行すうかうの書しよ

 賓雁似故人  具平親王
雲衣范叔羈中贈 雲衣うんいは范叔はんしゆくが羈中きちうの贈おくりもの
風櫓瀟湘浪上舟 風櫓ふうろは瀟湘せうしやうの浪なみの上うへの船ふね

あきかぜに はつかりがねぞ きこゆなる
      たがたまづさを かけてきつらん 古今 紀友則

帰雁
 春日閑居  都在中
山腰帰鴈斜牽帯 山腰さんようの帰雁きがんは斜なゝめに帯おびを牽く、
水面新虹未展巾 水面すゐめんの新虹しんこうはいまだ巾きんを展べず

春がすみ たつを見すてて ゆくかりは
      はななきさとに すみやならへる 古今 伊勢

むし
 秋虫  白居易
切切暗窓下 切々せつせつたり暗窓あんさうの下もと
要々深草裏 要々えうえうたる深草しんさうの裏うち
秋天思婦心 秋あきの天そらの思婦しふの心こゝろ
雨夜幽人耳 雨あめの夜の幽人いうじんのみ

答夢得秋夜独座見贈  同
霜草欲枯虫思苦 霜草さうさう枯れなんと欲ほつして虫の思おもひ苦ねんごろなり、
風枝未定鳥栖難 風枝ふうしいまだ定さだまらず鳥とりの栖むこと難かた

 秋夜  小野篁
床嫌短脚蛬声閙 床ゆかには短脚たんきやくを嫌きらふ蛬きりぎりすの声の閙かまびすし、
壁厭空心鼠孔穿 壁かべには空心こうしんを厭いとふ鼠ねずみの孔あな穿うがてり

 蛬声人微館  橘直幹
山館雨時鳴自暗 山館さんくわんの雨あめの時ときくこと自おのづから暗くらく、
野亭風処織猶寒 野亭やていの風かぜの処ところることなほ寒さむ

 同前題  源順
叢辺怨遠風聞暗 叢辺そうへんに怨うらみ遠とほくして風かぜに聞きて暗くらく、
壁底吟幽月色寒 壁かべの底もとに吟ぎんかすかにして月つきいろさむ

いまこんと たれたのめけん あきのよを
      あかしかねつつ まつむしのなく こゑイ 或 大中臣能宣 読人不知

きりぎりす いたくななきそ あきの夜の
      ながきうらみは われぞまされる 古今 素性法師或藤原忠房

鹿しか
 宿雲林寺  温庭均
蒼苔路滑僧帰寺 蒼苔さうたいみちなめらかにして僧そうてらに帰かへり、
紅葉声乾鹿在林 紅葉こうえふこゑかわきて鹿しかはやしに在

観鎮西府献白鹿詩  紀長谷雄
暗遣食苹身色変 暗あんに苹へいを食くらふ身の色いろをして変へんぜしむ、
更随加草徳風来 更さらに草くさに加くはふる徳風とくふうに随したがひ来きた

もみぢせぬ ときはの山に すむしかは
      おのれなきてや 秋をしるらん 拾遺 大中臣能宣

ゆふづくよ をぐらのやまに なくしかの
      こゑのうちにや あきはくるらん 古今 紀貫之

 暮江吟  白居易
可憐九月初三夜 憐あはれむべし九月きふげつ初三しよさんの夜
露似真珠月似弓 露つゆは真珠しんじゆに似たり月つきは弓ゆみに似たり

 秋風颯然新  源英明
露滴蘭叢寒玉白 露つゆは蘭叢らんそうに滴したたりて寒玉かんぎよくしろし、
風銜松葉雅琴清 風かぜ松葉しようえふを銜ふくみて雅琴がきんめり

さをしかの あさたつをのの 秋はぎに
      たまとみるまで おけるしらつゆ 新古今 大伴家持

きり
 臾楼暁望  白居易
竹霧暁籠銜嶺月 竹霧ちくむは暁あかつきに嶺みねに銜ふくむ月つきを籠めたり、
蘋風暖送過江春 蘋風ひんぷうは暖あたたかくして江こうを過ぐる春はるを送おく

 山居秋晩  大江音人
雖愁夕霧埋人枕 夕霧せきむの人の枕を埋うづめんことを愁うれふといへども、
猶愛朝雲出馬鞍 なほ朝雲てううんの馬うまの鞍くらより出づることを愛あい

秋ぎりの ふもとをこめて たちぬれば
      空にぞ秋の 山は見えける 拾遺 清原深養父

たがための にしきなればか あきぎりの
      さほのやまべを たちかくすらん 古今 友則

擣衣たうい
 聞夜砧  白居易
八月九月正長夜 八月九月はちげつきうげつまさに長ながき夜
千声万声無了時 千声万声せんせいばんせいむ時ときなし

 同  同
誰家思婦秋擣帛 誰が家いへの思婦しふか秋あききぬを擣つ、
月苦風凄砧杵悲 月つきさやかに風かぜすさまじくして砧杵ちんしよかなしめり

 同  劉元叔
北斗星前横旅雁 北斗ほくとの星ほしの前まへに旅雁りよがんよこたはり、
南楼月下擣寒衣 南楼なんろうの月つきの下もとには寒衣かんいを擣

 風疎砧杵鳴  菅原篤茂
擣処暁愁閨月冷 擣つ処ところには暁あかつき閨月けいぐゑつの冷すさまじきこと愁うれひ、
裁将秋寄塞雲寒 裁ちもちては秋あき塞雲さいうんの寒かんに寄

 擣衣詩  橘直幹
裁出還迷長短製 裁ち出いだしては還かへり長短ちやうたんせいに迷まよふ、
辺愁定不昔腰囲 辺愁へんしうは定さだめて昔むかしの腰囲えうゐならじ

 擣衣詩  具平親王
風底香飛双袖挙 風かぜの底もとに香んで双袖さうしうあがり、
月前杵怨両眉低 月つきの前まへに杵しようらみて両眉りやうびれたり

 同  同
年年別思驚秋雁 年々ねんねんの別わかれの思おもひは秋あきの雁かりに驚おどろく、
夜夜幽声到暁鶏 夜々よなよなの幽かすかなる声こゑは暁あかつきの鶏にはとりに到いた

からごろも うつこゑきけば 月きよみ
      まだねぬ人を さらにしるかな 新勅撰 紀貫之

   ふゆ

初冬はつふゆ
 早冬  白居易
十月江南天気好 十月じふげつ江南こうなん天気てんきこうなり、
可憐冬景似春華 憐あはれむべし冬景とうけいはるに似て華うるは

 初冬即事  醍醐帝御製
四時牢落三分減 四時しいじ零落れいらくして三分さんぶんげんじぬ、
万物蹉它過半凋 万物ばんぶつ蹉它さだとして過半くわはんしぼめり

 驚冬  菅原文時
床上巻収青竹簟 床ゆかの上うへには巻き収をさむ青竹せいちくの簟たかむしろ
匣中開出白綿衣 匣はこの中うちには開ひらき出いだす白綿はくめんの衣きぬ

神なづき ふりみふらずみ さだめなき
      しぐれぞ冬の はじめなりける 後撰 紀貫之

冬夜ふゆのよ
和李中丞与李給事山居雪夜同宿小酌  白居易
一盞寒燈雲外夜 一盞いつさんの寒燈かんとうは雲外うんぐわいの夜よる
数盃温酎雪中春 数盃すうはいの温酎うんちうは雪中せつちゆうの春はる

 冬夜独起  尊敬
年光自向燈前尽 年としの光ひかりは自おのづから燈とうの前まへに向むかつて尽きぬ、
客思唯従枕上生 客きやくの思おもひにただ枕まくらの上ほとりより生

おもひかね いもがりゆけば ふゆのよの
      川かぜさむみ 千どりなくなり 拾遺 紀貫之

歳暮せいぼ
 江楼宴別  白居易
寒流帯月澄如鏡 寒流かんりうつきを帯びては澄めること鏡かがみのごとく、
夕風和霜利似刀 夕ゆふべの風は霜に和くわして利きこと刀かたなに似たり

 花下春  良岑春道
風雲易向人前暮 風雲ふううんは人ひとの前まへに向むかひて暮れやすく、
歳月難従老底還 歳月さいげつは老いの底そこより還かへしがたし

ゆくとしの をしくもあるかな ますかがみ
      みるかげさへに くれぬとおもへば 古今 紀貫之

炉火ろくわ
 戯招諸客  白居易
黄倍緑婿迎冬熟 黄倍くわうばい緑婿りよくしよふゆを迎むかへて熟じゆくし、
絳帳紅炉逐夜開 絳帳ほうちやう紅炉こうろを逐ひて開ひら

 火見臘夫春  菅原文時
看無野馬聴無鴬 看るに野馬やばなく聴くに鴬うぐひすなし、
臘裏風光被火迎 臘らふの裏うちの風光ふうくわうは火に迎むかへらる

 同  同
此火応鑚花樹取 この火はまさに花はなの樹を鑚つて取れるなるべし、
対来終夜有春情 対むかひ来きたれば夜もすがら春はるの情こころあり

 同  菅原輔昭
多時縱酔鴬花下 他時たじにはたとひ鴬花あうくわの下もとに酔ふとも、
近日那離獣炭辺 近日このころはなんぞ獣炭じうたんの辺ほとりを離はなれん

うづみびの したにこがれし ときよりも
      かくにくまるる をりぞかなしき 在原業平

しも
般若寺別成公  温庭均
三秋岸雪花初白 三秋さんしうの岸きしの雪ゆきに花はなはじめて白しろく、
一夜林霜葉尽紅 一夜いちやの林はやしの霜しもに葉ことごとく紅くれなゐなり

 歳晩旅望  白居易
万物秋霜能壊色 万物ばんぶつは秋あきの霜しもによく色いろを壊やぶり、
四時冬日最凋年 四時しいじは冬ふゆの日に最もつとも凋年てうねんなり

青女司霜賦  紀長谷雄
閨寒夢驚      閨ねやさむくして夢ゆめおどろく、
或添孤婦之砧上 或あるひは孤婦こふの砧きぬたの上ほとりに添ふ、
山深感動      山やまふかくして感かんうごく、
先侵四皓之鬢辺 先づ四皓しかうが鬢びんの辺ほとりを侵をか

 早霜  菅原道真或文時
君子夜深音不警 君子くんしけて音こゑいましめず、
老翁年晩鬢相驚 老翁らうおうとしれて鬢びん相驚あひおどろ

 寒霜凝霜  菅原文時
声声已断華亭鶴 声々せいせいすでに断つ華亭くわていの鶴つる
歩歩初驚葛履人 歩々ほゝはじめて驚おどろく葛履かつりの人ひと

 同前題  紀長谷雄
晨積瓦溝鴛変色 晨あしたに瓦溝ぐわこうに積みて鴛をしいろを変へんじ、
夜零華表鶴呑声 夜よる華表くわへうに零ちて鶴つるこゑを呑

夜をさむ みねざめてきけば をしぞなく
      はらひもあへず しもやおくらん 拾遺 読人不知

 白賦  謝観
暁入梁王之苑雪満群山
 暁あかつきに梁王りやうわうの苑そのに入れば雪ゆき群山ぐんざんに満てり、
夜登臾公之楼月明千里
 夜よる臾公ゆこうが楼ろうに登のぼれば月つき千里せんりに明あきらかなり

 雪中即事  白居易
銀河沙漲三千界 銀河ぎんがの沙いさごみなぎる三千界さんぜんかい
梅嶺花排一万株 梅嶺ばいれいはなひらく一万株いちまんちう

酬令公雪中見贈  同
雪似鵞毛飛散乱 雪ゆきは鵞毛がまうに似て飛びて散乱さんらんし、
人被鶴敞立徘徊 人ひとは鶴敞くわくしやうを被て立ちて徘徊はいくわい

 春雪賦  紀長谷雄
或逐風不返   或あるいは風かぜを逐ひて返かへらず、
如振群鶴之毛 群鶴ぐんかくの毛を振ふるふがごとし、
亦当晴猶残   また晴はれに当あたりてなほ残のこる、
疑綴衆狐之腋 衆狐しゆうこの腋えきを綴つゞるかと疑うたが

 池上初雪  村上帝御製
翅似得群栖浦鶴 翅つばさは群ぐんを得るに似たり浦うらに栖む鶴つる
心応乗興棹舟人 心こゝろまさに興きやうに乗じようずべし舟ふねに棹さをさす人ひと

 客舎対雪  菅原道真
立於庭上頭為鶴 庭上ていじやうに立つては頭かうべつるたり、
坐在炉辺手不亀 坐して炉の辺ほとりにあれば手かがまらず

 題雪  尊敬
班女閨中秋扇色 班女はんぢよが閨ねやの中うちの秋あきの扇あふぎの色いろ
楚王台上夜琴声 楚王そわうの台だいの上うへの夜よるの琴ことの声こゑ

みやこにて めづらしくみる はつゆきは
      よしののやまに ふりにけるかな 拾遺 源景明

みよしのの やまのしら雪 つもるらし
      ふるさとさむく なりまさるなり 古今 坂上是則

雪ふれば 木ごとに花ぞ さきにける
      いづれをうめと わきてをらまし 古今 紀友則

こほり 付春氷
 臘月独興  菅原道真
氷封水面聞無浪 氷こほりは水面すゐめんを封ふうじて聞くに浪なみなく、
雪点林頭見有花 雪ゆきは林頭りんとうに点てんじて見るに花はなあり

狐疑氷聞波声  相如
霜妨鶴唳寒無露 霜しもは鶴唳かくれいを妨さまたげて寒さむくして露つゆなく、
水結狐疑薄有氷 水みづは狐疑こぎを結むすびて薄うすくして氷こほりあり

おほぞらの 月つきのひかりの さむければ
      かげみし水ぞ まづこほりける 新撰万葉 七条后宮

春氷
早春憶遊思黯南荘  白居易
氷消見水多於地 氷こほりえて水みづを見れば地よりも多おほく、
雪霽望山尽入楼 雪ゆきれて山やまを望のぞめばことごとく楼ろうに入

 早春雪氷消  橘在列
氷消漢主応疑覇 氷こほりえて漢主かんしゆまさに覇を疑うたがふべし、
雪尽梁王不召枚 雪ゆききては梁王りやうわうばいを召さず

 雪消氷亦解  源相規
胡塞誰能全使節 胡塞こさいに誰だれかよく使節しせつを全まつたくせん、
乎陀還恐失臣忠 乎陀こだには還かへりて臣の忠ちゆうを失はんことを恐る

やまかげの みぎはまされる はるかぜに
      たにのこほりも けふやとくらん 続後拾遺 藤原惟正

あられ
 雪化為霰  菅原道真
章牙米簸声々脆 章牙しやうがよねて声々せいせいもろく、
龍頷珠投顆々寒 龍頷りようがんたまげて顆々くわくわさむ

みやまには あられふるらし 外山なる
      まさきのかづら 色つきにけり 古今 紀貫之

仏名ぶつみやう
 献贈礼経老僧  白居易
香火一炉燈一盞 香火かうくわ一炉いちろともしび一盞いつさん
白頭夜礼仏名経 白頭はくとうにして夜よる仏名経ぶつみやうぎやうを礼らい

 懺悔会作  菅原道真
香自禅心無用火 香かうは禅心ぜんしんよりして火を用もちゐることなし、
花開合掌不因春 花はなは合掌がつしやうに開ひらきて春はるに因らず

あらたまの としもくれなば つくりつる
      つみものこらず なりやしぬらん 家集 平兼盛

かぞふれば わが身につもる とし月を
      おくりむかふと なにいそぐらん 拾遺 同

としのうちに つくれるつみは かきくらし
      ふるしら雪と ともにきえなむ 拾遺 紀貫之

     下巻

   

かぜ

 春日山居  輔昭
春風暗剪庭前樹 春はるの風かぜあんに庭前ていぜんの樹を剪り、
夜雨偸穿石上苔 夜よるの雨あめは偸ひそかに石上せきじやうの苔こけを穿うが

 風中琴  紀長谷雄
入松易乱    入松じふしようみだれ易やすし、
欲悩明君之魂 明君めいくんが魂たましひを悩なやまさんと欲ほつす、
流水不返    流水りうすゐかへらず、
応送列子之乗 まさに列子れつしが乗のりものを送おくるべし

 北風利如剣  慶滋保胤
漢主手中吹不駐 漢主かんしゆの手の中うちに吹きて駐とゞまらず、
徐君墓上扇猶懸 徐君じよくんが墓つかの上うへに扇あふぎてなほ懸かゝれり

 清風何処隠  同
班姫裁扇応誇尚 班姫はんきあふぎを裁さいしてまさに誇尚くわしやうすべし、
列子懸車不往還 列子れつしくるまを懸けて往還わうくわんせず

あきかぜの ふくにつけても とはぬかな
      をぎの葉らば おとはしてまし 後撰 中務

ほのぼのと ありあけの月の つきかげに
      もみぢふきおろす 山おろしのかぜ 新古今 源信明

くも
 愁賦  張読
竹斑湘浦雲凝鼓瑟之蹤
 竹たけ湘浦しやうほに斑まだらにして雲くも鼓瑟こしつの蹤あとに凝る、
鳳去秦台月老吹簫之地
 鳳ほう秦台しんだいを去り月つき吹簫すゐせうの地に老いたり

 愁賦  紀斎名
山遠雲埋行客跡 山やまとほくしては雲くも行客かうかくの跡あとを埋うづめ、
松寒風破旅人夢 松まつさむくしては風かぜ旅人りよじんの夢ゆめを破やぶ

 閨女幽栖  元眞
尽日望雲心不繋 尽日ひねもすに雲くもを望のぞめば心こゝろつながれず、
有時見月夜正閑 時ときありて月つきを見れば夜まさに閑しづかなり

視雲知隠処賦  大江以言
漢皓避秦之朝 漢皓かんかうしんを避けし朝あした
望礙孤峯之月 望のぞみ孤峯こほうの月つきを礙さゝふ、
陶朱辞越之暮 陶朱たうしゆゑつを辞せし暮ゆふべ
眼混五湖之煙 眼まなこ五湖ごこの煙けむりを混こん

 夏雲多奇峯  都在中
暫借崎嶇非戴石 暫しばらく崎嶇きくを借れども石いしを戴いたゞくにあらず、
空偸峻嶮豈生松 空むなしく峻嶮しゆんけんを偸ぬすめどもあに松を生ぜんや

 秋天無片雲  大江以言
漢帝龍顔迷処所 漢帝かんていの龍顔りようがんは処所しよ/\に迷まよひぬ、
淮王鶏翅失留連 淮王わいわうの鶏翅けいしは留連りうれんを失うしな

よそにのみ 見てややみなん かつらぎや
      たかまの山の みねのしら雲 新古今 読人不知

はれ
 晴興  鄭師冉
煙消門外青山近 煙けむり門外もんぐわいに消えて青山せいざんちかく、
露重窓前緑竹低 露つゆ窓前さうぜんに重おもくして緑竹りよくちくれたり

山晴秋望多序  藤原惟成
紫蓋之嶺嵐疎  紫蓋しがいの嶺みねの嵐あらしは疎まばらにして、
雲収七百里之外 雲くも七百里しちひやくりの外そとに収をさまり、
曝布之泉波冷  曝布ばくふの泉いづみの波なみは冷ひやゝかにして、
月澄四十尺之余 月つき四十尺しじつせきの余あまりに澄めり

 梅雨新霽  都良香
雲消碧落天膚解 雲くもは碧落へきらくに消えて天そらの膚はだへけ、
風動清猗水面皴 風かぜ清猗せいいを動うごかして水みづの面おもてしわ

 高天澄遠色  菅原文時
霜鶴出皐披霧舞 双鶴さうかくさはを出でて霧きりを披ひらきて舞ひ、
孤帆連水与雲消 孤帆こはんみづに連つらなりて雲くもと消

 晴後山川清  大江以雪
帰嵩鶴舞日高見 嵩すうに帰かへる鶴つるひて日けて見ゆ、
飲渭龍昇雲不残 渭に飲みづかふ龍りようのぼりて雲くものこらず

かすみはれ みどりのそらも のどけくて
      あるかなきかに あそぶいとゆふ 読人不知

あかつき
 暁賦  賈島
佳人尽飾於晨粧 佳人かじんことごとく晨粧しんしやうを飾かざりて、
魏宮鐘動      魏宮ぎきゆうに鐘かねうごく、
遊子猶行於残月 遊子いうしなほ残月ざんげつに行きて
函谷鶏鳴      函谷かんこくに鶏にはとり

 同  謝観
幾行南去之雁    幾行いくつらみなみに去る雁かり
一片西傾之月    一片いつぺん西にしに傾かたむく月つき
赴征路而独行之子 征路せいろに赴おもむきて独ひとり行く子
旅店猶閉       旅店りよてんなほ閉ざせり、
泣胡城而百戦之師 孤城こじやうに泣きて百もゝたび戦たゝかふ師いくさ
胡笳未歇       胡いまだ歇まず

 同  同
厳粧金屋之中 粧よそほひを金屋きんをくの中なかに厳いつくしくして、
青蛾正画    青蛾せいがまさに画ゑがけり、
罷宴瓊筵之上 宴えんを瓊筵けいえんの上うへに罷めて、
紅燭空余    紅燭こうしよくむなしく余あまれり

 禁中夜作  白居易
五声宮漏初明後 五声ごせいの宮漏きゆうろうはじめて明けて後のち
一点窓燈欲滅時 一点いつてんの窓燈さうとうの滅えなんと欲ほつする時とき

あかつきの なからましかば 白露の
      おきてわびしき わかれせましや 後撰 紀貫之

まつ
 新昌坊閑居  白居易
但有双松当砌下 たゞ双松さうしようの砌みぎりの下したに当あたるあり、
更無一事到心中 更さらに一事いちじの心こゝろの中なかに到いたるなし

 寄殷尭潘  許渾
青山有雪諳松性 青山せいざんに雪ゆきありて松まつの性せいを諳そらんじ、
碧落無雲称鶴心 碧落へきらくに雲くもなくして鶴つるこゝろに称かなへり

 柳化物松賦  紀長谷雄
千丈凌雪    千丈せんぢやうゆきを凌しのぎて、
応喩稽康之姿 まさに稽康けいかうの姿すがたに喩たとへつべし、
百歩乱風    百歩ひやくほかぜに乱みだる、
誰破養由之射 誰たれか養由やういふが射しやを破やぶらんや

 河原院賦  順
九夏三伏之暑月 九夏きうか三伏さんぷくの暑あつき月つきに、
竹含錯午之風   竹たけに錯午さくごの風かぜを含ふくむ、
玄冬素雪之寒朝 玄冬げんとう素雪そせつの寒さむき朝あしたには、
松彰君子之徳   松まつに君子くんしの徳とくを彰あらは

 歳寒知松貞  同
十八公栄霜後露 十八公じふはちこうの栄さかへは霜しもの後のちに露あらはる、
一千年色雪中深 一千年いつせんねんの色いろは雪ゆきの中うちに深ふか

 山居秋晩  大江朝綱
含雨嶺松天更霽 雨あめを含ふくめる嶺松れいしやうは天てんさらに霽れ、
焼秋林葉火還寒 秋あきを焼く林葉りんえふは火かへつて寒さむ

ときはなる 松のみどりも 春くれば
      いまひとしほの 色まさりけり 古今 源宗于

われみても ひさしくなりぬ すみよしの
      きしのひめまつ いく代へぬらん 古今 読人不知

あまくだる あら人かみの あひおひを
      おもへばひさし すみよしのまつ 拾遺 安法法師

たけ
和令孤相公栽竹  白居易
煙葉蒙籠侵夜色 煙葉えんえふ蒙籠もうろうたり夜を侵をかす色いろ
風枝蕭颯欲秋声 風枝ふうし蕭颯せうさつたり秋あきならんと欲ほつする声こゑ

 竹枝詞  章孝標
阮籍嘯場人歩月 阮籍げんせきが嘯うそぶく場にはには人ひとつきに歩あゆみ、
子猷看処鳥栖煙 子猷しいうが看る処ところには鳥とりけむりに栖

 修竹冬青序  藤原篤茂
晋騎兵参軍王子猷 晋しんの騎兵きへい参軍さんぐん王子猷わうしいう
栽称此君       栽ゑて此の君きみと称しようす、
唐太子賓客白楽天 唐たうの太子たいしの賓客ひんかく白楽天はくらくてんは、
愛為吾友       愛あいして吾が友ともとなる

 禁庭植竹  兼明親王
迸笋未抽鳴鳳管 迸笋はうじゆんはいまだ鳴鳳めいほうの管くわんを抽ぬきんでず、
盤根纔点臥龍文 盤根はんこんは纔わづかに臥龍ぐわりようの文もんを点てん

世にふれば ことの葉しげき くれ竹の
      うきふしごとに うぐひすぞなく 古今 読人不知

しぐれふる おとはすれども 呉たけの
      など世とともに 色もかはらぬ 六帖 素性

くさ
 早春憶微之  白居易
沙頭雨染斑々草 沙頭さとうに雨あめは染む斑々はんはんたる草くさ
水面風駈瑟々波 水面すゐめんに風かぜは駈る瑟々しつしつたる波なみ

 春詞  元眞
西施顔色今何在 西施せいしが顔色がんしよくは今いまいづくにか在る、
応在春風百草頭 まさに春風しゆんぷう百草ひやくさうの頭ほとりに在るべし

 申文  橘直幹
瓢箪屡空    瓢箪へうたんしばしば空むなし、
草滋顔淵之巷 草くさ顔淵がんえんが巷ちまたに滋しげし、
藜蓼深鎖    藜蓼れいでうふかく鎖とざせり、
雨湿原憲之枢 雨あめ原憲げんけんが枢とぼそを湿うるほ

 春日山居  後江相公
草色雪晴初布護 草くさの色いろは雪ゆきれて初はじめて布護ほごす、
鳥声露暖漸綿蛮 鳥とりの声こゑは露つゆあたたかにして漸やうやく綿蛮めんばんたり

 遠草初含色  慶滋保胤
華山有馬蹄猶露 華山くわさんに馬うまありて蹄ひづめなほ露あらはる、
傅野無人路漸滋 傅野ふやに人ひとなくして路みちやうやく滋しげ

かのをかに 草かるをのこ しかなかりそ
      ありつつも 君がきまさん みまくさにせん 拾遺 人丸

おほあらきの 森のした草 おいぬれば
      こまもすさめず かる人もなし 古今 作者名無し 或源重之

やかずとも 草はもえなん かすが野を
      ただはるの日に まかせたらなむ 新古今 壬生忠岑

つる
 王鳳凰賦  賈島
嫌少人而蹈高位 嫌きらふらくは小人せうじんにして高位かうゐを踏むことを、
鶴有乗軒      鶴つるくるまに乗ることあり、
悪利口之覆邦家 悪にくむらくは利口りこうの邦家はうかを覆くつがへすを、
雀能穿屋      雀すゞめよく屋いへを穿うが

鶴覆群鶏賦  皇甫会
同李陵之入胡 李陵りりようが胡に入りしに同おなじ、
但見異類    たゞ異類いるゐを見る、
似屈原之在楚 屈原くつげんが楚に在りしに似たり、
衆人皆酔    衆人しうじんみなへり

 題元八渓居  白居易
声来枕上千年鶴 声こゑは枕上ちんじやうきたる千年せんねんの鶴つる
影落盃中五老峯 影かげは盃中はいちゆうに落つ五老ごらうの峯みね

 在家出家  同
清唳数声松下鶴 清唳せいれい数声すうせいまつの下したの鶴つる
寒光一点竹間燈 寒光かんくわう一点いつてんたけの間あひだの燈ともしび

 贈鶴詩  劉禹錫
双舞庭前花落処 双ならび舞ふ庭前ていぜんはなの落つる処ところ
数声池上月明時 数声すうせいは池上ちじやうに月つきの明あきらかなる時とき

 神仙策  都良香
鶴帰旧里      鶴つるは旧里きうりに帰かへる、
丁令威之詞可聴 丁令威ていれいゐが詞ことばくべし、
龍迎新儀      龍りよう新儀しんぎを迎むかふ、
陶安公之駕在眼 陶安公たうあんこうが駕のりものまなこに在

晩春題天台山  同
飢吾性躁公々乳 飢吾きごせいさはがしくして公々そうそうとして乳にうす、
老鶴心閑緩々眠 老鶴らうかくこゝろしづかにして緩々くわんくわんとして眠ねむ

霜天夜聞鶴声  源順
叫漢遥驚孤枕夢 漢そらに叫さけびて遥はるかに孤枕こちんの夢ゆめを驚おどろかし、
和風漫入五絃弾 風かぜに和くわして漫みだりに五絃ごげんの弾たんに入

わかのうらに しほみちくれば かたをなみ
      あしべをさして たづなきわたる 万葉 山部赤人

おほぞらに むれゐるたづの さしながら
      おもふこころの ありげなるかな 拾遺 伊勢

あまつかぜ ふけゐのうらに ゐるたづの
      などかくも井に かへらざるべき 家集 藤原清正

さる
 清賦  謝観
瑶台霜満      瑶台えうだいしもてり、
一声之玄鶴唳天 一声いつせいの玄鶴げんかくてんに唳く、
巴峡秋深      巴峡はかふあきふかし、
五夜之哀猿叫月 五夜ごやの哀猿あいゑんつきに叫さけ

送蕭処士遊黔南  白居易
江従巴峡初成字 江は巴峡はかふより初はじめて字を成し、
猿過巫陽始断腸 猿さるは巫陽ふやうを過ぎて始はじめて腸はらわたを断

 舟夜贈内  同
三声猿後垂郷涙 三声さんせいの猿さるの後のち郷涙きやうるゐを垂る、
一葉舟中載病身 一葉いちえふの舟ふねの中なかに病身びやうしんを載

 山水策  大江澄明
胡鴈一声    胡雁こがん一声いつせい
秋破商客之夢 秋あき商客しやうかくの夢ゆめを破やぶる、
巴猿三叫    巴猿はゑんたび叫さけびて、
暁霑行人之裳 暁あかつき行人かうじんの裳もすそを霑うるほす

 秋山閑望  紀長谷雄
人煙一穂秋村僻 人煙じんえん一穂いつすゐの秋あきの村むらかれり、
猿叫三声暁峡深 猿さるさけびて三声さんせいあかつきの峡けうふか

 山中感懐  大江音人
暁峡蘿深猿一叫 暁峡けうかふつたふかくして猿さるひとたび叫さけぶ、
暮林花落鳥先啼 暮林ぼりんはなちて鳥とりづ啼

 送帰山僧  同
谷静纔聞山鳥語 谷たにしづかにして纔わづかに山鳥さんてうの語ぎよを聞き、
梯危斜踏峡猿声 梯かけはしあやふくして斜なゝめに峡猿かふゑんの声こゑを踏

わびしらに ましらななきそ あしびきの
      やまのかひある けふにやはあらぬ 古今 凡河内躬恒

管絃くわんぐゑん 附舞妓
 蓮昌宮賦  公乗憶
一声鳳管    一声いつせいの鳳管ほうくわん
秋驚秦嶺之雲 秋あき秦嶺しんれいの雲くもを驚おどろかし、
数拍霓裳    数拍すうはくの霓裳げいしやう
暁送侯山之月 暁あかつき侯山こうざんの月つきを送おく

 五絃弾  白居易
第一第二絃索々 第一第二だいいちだいにの絃いとは索々さく/\たり、
秋風払松疎韻落 秋あきの風かぜまつを払はらひて疎韻そいんつ、
第三第四絃冷々 第三第四だいさんだいしの絃いとは冷々れい/\たり、
夜鶴憶子篭中鳴 夜よるの鶴つるを憶おもひて籠中ろうちうに鳴く、
第五絃声尤掩抑 第五だいごの絃いとの声こゑもつとも掩抑えんよくす、
滝水凍咽流不得 隴水ろうすゐこほり咽むせんで流ながるゝことを得

 重答劉和州  同
随分管絃還自足 随分ずゐぶんの管絃くわんげんは還かへつて自みづから足れり、
等閑篇詠被人知 等閑なほざりの篇詠へんえいひとに知られたり

 聞夜笛  章孝標
頓令燈下裁衣婦 頓にはかに燈ともしびの下もとに衣きぬを裁つ婦をして、
誤剪同心一片花 誤あやまりて同心どうしん一片いつぺんの花はなを剪らしむ

 春娃無気力詩序  菅原道真
羅綺之為重衣 羅綺らきの重衣ちよういたるは、
妬無情於機婦 情なさけなきことを機婦きふに妬ねたむ、
管絃之在長曲 管絃くわんげんの長曲ちやうきよくに在るは、
怒不癸於伶人 癸へざることを伶人れいじんに怒いか

 同
落梅曲旧脣吹雪 落梅らくばいきよくりて唇くちびるゆきを吹き、
折柳声新手掬煙 折柳せつりうこゑあらたにして手に煙けむりを掬にぎ

 听弾琴  惟高親王
相如昔挑文君得 相如しやうじよは昔むかし文君ぶんくんを挑いどみて得たり、
莫使簾中子細聴 簾中れんちゆうをして子細しさいに聴かしむることなかれ

ことのねに みねのまつかぜ かよふらし
      いづれのをより しらべそめけん 拾遺

文詞ぶんし 附遺文
 文選文賦  陸士衡
沈詞怫悦          沈詞ちんし怫悦ふつえつたり
若遊魚銜鉤出深淵之底
 遊魚いうぎよの鉤つりばりを銜ふくみて深淵しんえんの底そこより出づるがごとし、
浮藻聯翩          浮藻ふさう聯翩れんべんたり
若翰鳥嬰激墜曾雲之峻
 翰鳥かんてうの激いぐるみに纓かゝりて曾雲そううんの峻さかしきより墜つるがごとし

題故元少尹集  白居易
遺文三十軸 遺文ゐぶん三十軸さんじふぢく
軸軸金玉声 軸々ぢく/\に金玉きんぎよくの声こゑあり、
龍門原上土 龍門りようもん原上げんじやうの土つち
埋骨不埋名 骨ほねを埋うづむれども名を埋うづめず

 贈薛濤  元眞
言語巧偸鸚鵡舌 言語げんぎよは巧たくみに鸚鵡あうむの舌したを偸ぬすみ、
文章分得鳳凰毛 文章ぶんしやうは鳳凰ほうわうの毛を分わかち得たり

讃韓侍郎及弟詩  章孝標
錦帳暁開雲母殿 錦帳きんちやうあかつきに開ひらく雲母うんぼの殿でん
白珠秋写水精盤 白珠はくしゆあきは写うつす水精すゐしやうばん

 雨来花自湿詩序  菅原篤茂
昨日山中之木材取於己 昨日の山中の木は材ざいを己おのれに取る、
今日庭前之花詞慙於人 今日こんにちの庭前ていぜんの花はなことばを人ひとに慙

 敬公集序  源順
王朗八葉之孫  王朗わうらう八葉はちえふの孫まご
庶徐蟾事之旧草 徐蟾事じよせんじが旧草きうさうを庶ひろふ、
江淹一時之友  江淹こうあんは一時いちじの友とも
集范別駕之遺文 范別駕はんべつがが遺文ゐぶんを集あつ

 題英明集  橘在列
陳孔章詞空愈病 陳孔章ちんこうしやうが詞ことばは空むなしく病やまひを愈いやし、
馬相如賦只凌雲 馬相如ばしやうじよが賦はたゞ雲くもを凌しの

過菅丞相廟拝安楽寺  大江以言
贈爵新恩銘刻石 贈爵ぞうしやくの新恩しんおんは銘めいを石いしに刻きざみ、
獲麟後集世知丘 獲麟くわくりん後集こうしふは世よゝきうを知

いつはりの なきよなりせば いかばかり
      ひとのことのは うれしからまし 古今 読人不知

さけ
送友人帰大梁賦  公乗億
新豊酒色       新豊しんぽうの酒さけの色いろは、
清冷於鸚鵡之盃中 鸚鵡あうむはいの中うちに清冷せいれいたり、
長楽歌声       長楽ちやうらくの歌うたの声こゑは、
幽咽於鳳凰之管裏 鳳凰ほうわうくわんの裏うちに幽咽いうえつ

 酒功賛序  白居易
晋建威将軍劉伯倫嗜酒
 晋しんの建威将軍けんゐしやうぐん劉伯倫りうはくりんは、酒さけを嗜たしなみて
作酒徳頌伝於世       酒徳しゆとくの頌しやうを作つくり世に伝つたふ、
唐太子賓客白楽天亦嗜酒
 唐たうの太子たいしの賓客ひんかく白楽天はくらくてんも、また酒さけを嗜たしな
作酒功讚以継之       酒功しゆこうの讚さんを作つくり、以もつてこれに継

 酔中対紅葉  同
臨風抄秋樹 風かぜに臨のぞめる抄秋せうしうの樹
対酒長年人 酒さけに対たいする長年ちやうねんの人ひと
酔貎如霜葉 酔へる貎かほは霜葉さうえふのごとし、
雖紅不是春 紅くれなゐといへどもこれ春はるならず

 送蕭処士遊黔南  同
生計抛来詩是業 生計せいけいなげうち来きたる詩これ業げふたり、
家園忘却酒為郷 家園かゑん忘却ばうきやくして酒さけを郷きやうとなす

 賞酒之詩  同
茶能散悶為功浅 茶はよく悶もんを散さんずれども功をなすこと浅し、
萱道忘憂得力微 萱けんは憂うれひを忘るといへども力を得ること微かすかなり
若使栄期兼解酔 もし栄期えいきをして兼ねて酔ひを解せしめば、
応言四楽不言三 まさに四楽しらくと言ふべし三つとは言はじ

 煖寒従飲酒詩序  大江匡衡
酔郷氏之国      酔郷氏すゐきやうしの国くには、
四時独誇温和之天 四時しいじひとり温和おんくわの天てんに誇ほこり、
酒泉郡之民      酒泉郡しゆせんぐんの民たみは、
一頃未知沍陰之地 一頃いつけういまだ沍陰ごいんの地を知らず

 内宴詩序  大江朝綱
菓則上林苑之所献 菓このみすなはち上林苑じやうりんゑんの献けんずるところ、
含自消         含ふくめば自おのづから消ゆ、
酒是下若村之所伝 酒さけはこれ下若村かじやくそんの伝つたふるところ、
傾甚美         傾かたむくれば甚はなはだ美なり

入酔郷贈納言  橘相公
先逢阮籍為郷導 先づ阮籍げんせきに逢ひて郷導きやうだうと為し、
漸就劉伶問土風 漸やうやく劉伶りうれいに就きて土風どふうを問

 同前後中書王
邑隣建徳非行歩 邑さとは建徳けんとくに隣となりて行歩かうほにあらず、
境接無何便坐亡 境さかひは無何むかに接せつしてすなはち坐亡ざばう

 酔看落水花  慶滋保胤
王勣郷霞繞浪脆 王勣わうせきが郷さとの霞かすみは浪なみを繞めぐりて脆もろく、
稽康山雪逐流飛 稽康けいかうが山やまの雪ゆきは流ながれを逐ひて飛

ありあけの ここちこそすれ さかづきの
      ひかりもそひて いでぬとおもへば 拾遺 大中臣能宣

やま 附山水
 題百丈山  賀蘭暹
黛色迥臨蒼海上 黛まゆずみの色いろは迥はるかに蒼海さうかいの上うへに臨のぞみ、
泉声遥落白雲中 泉いづみの声こゑは遥はるかに白雲はくうんの中うちに落

遊雲居寺贈穆三十六地主  白居易
勝地本来無定主 勝地しようちはもとより定さだまれる主あるじなし、
大都山属愛山人 おほむね山やまは山やまを愛あいする人ひとに属ぞく

 題遥嶺暮烟  都在中
夜鶴眠驚松月苦 夜よるの鶴つるねむり驚おどろき松月しようげつさやかなり、
暁鼠飛落峡煙寒 暁あかつきむさゝびび落ちて峡煙かふえんさむ

 遠山暮烟僉  具平親王
丸扇抛来青黛露 丸扇ぐわんせんなげうち来きたりて青黛せいたいあらはれ、
羅帷巻却翠屏明 羅帷らゐき却しりぞけて翠屏すいへいあきらかなり

 秋声多在山  大江以言
衆籟暁興林頂老 衆籟しゆうらいあかつきおこりて林はやしの頂いたゞきいたり、
群源暮叩谷心寒 群源ぐんげんくれに叩たゝきて谷たにの心そこさむ

なのみして やまはみかさも なかりけり
      あさひゆふひの さすにまかせて 拾遺 紀貫之

くものゐる こしのしらやま おいにけり
      おほくのとしの 雪つもりつつ 拾遺 壬生忠見

みわたせば まつの葉しろき よしのやま
      いく世つもれる ゆきにかあるらん 拾遺 平兼盛

山水さんすゐ
 上秦王書  李斯
泰山不譲土壌 泰山たいさんは土壌どじやうを譲ゆづらず、
故能成其高  故ゆゑによくその高たかきことを成し、
河海不厭細流 河海かかいは細流さいりうを厭いとはず、
故能成其深  故ゆゑによくその深ふかきことを成

 愁賦  公乗徳
巴猿一叫停舟於明月峡之辺
 巴猿はゑんひとたび叫さけびて舟ふねを明月峡めいげつかうの辺ほとりに停とゞめ、
胡馬忽嘶失路於黄沙磧之裏
 胡馬こばたちまちに嘶いばえて路みちを黄沙磧くわうさせきの裏うちに失うしな

登西楼憶行簡  白居易
礙日暮山青簇々 日を礙さへぎる暮山ぼさんは青あをくして簇々ぞくぞくたり、
浸天秋水白茫々 天てんを浸ひたす秋水しうすゐは白しろくして茫々ばうばうたり

秋夜宿臨江駅  杜荀鶴
漁舟火影寒焼浪 漁舟ぎよしうの火の影かげは寒さむくして浪なみを焼き、
駅路鈴声夜過山 駅路えきろの鈴すゞの声こゑは夜よるやまを過

 劉禹錫
山似屏風江似簟 山やまは屏風びやうぶに似こうは簟たかむしろに似たり、
叩舷来往月明中 舷ふなばたを叩たゝきて来往らいわうす月つきの明あきらかなる中うち

 山水策  大江澄明
草木扶疎      草木さうもく扶疎ふそたり、
春風梳山祇之髪 春はるの風かぜ山祇さんぎの髪かみを梳くしけづり、
魚鼈遊戯      魚鼈ぎよべつ遊戯いうぎす、
秋水養河伯之民 秋あきの水みづ河伯かはくの民たみを養やしな

 同  大江澄明
韓康独往之栖 韓康かんかうひとりく栖すみか
花薬如旧    花薬くわやくもとのごとし、
范蠡扁舟之泊 范蠡はんれい扁舟へんしうの泊とまり
煙波惟新    煙波えんぱこれ新あらたなり

 同  大江澄明
山復山         山やままた山やま
何工削成青巌之形 何いづれの工たくみか青巌せいがんの形かたちを削けづり成せる、
水復水         水みづまた水みづ
誰家染出碧澗之色 誰れが家いへにか碧潭へきたんの色いろを染め出だせる

 春日送別  橘直幹
山郵遠樹雲開処 山郵さんいうの遠樹ゑんじゆは雲くもの開ひらくる処ところ
海岸孤村日霽時 海岸かいがんの孤村こそんは日の霽るゝ時とき

 春日山居  大江朝綱
山成向背斜陽裏 山やまは向背きやうはいを成す斜陽しややうの裏うち
水似廻流迅瀬間 水みづは廻流くわいりうに似たり迅瀬じんらいの間あひだ

神なびの みむろのきしや くづるらん
      たつたの川の 水のにごれる 拾遺 高向草春

みづ 附漁父
 暁賦  謝観
辺城之牧馬連嘶 辺城へんじやうの牧馬ぼくばしきりに嘶いばふ、
平沙眇々      平沙へいさ眇々びやうびやうたり、
江路之征帆尽去 江路かうろの征帆せいはんことごとく去る、
遠岸蒼々      遠岸ゑんがん蒼々さうさうたり

楽府、昆明春水満詩  白居易
州芳杜若抽心長 州しふは芳かんばしくして杜若とじやくなかごを抽ぬきいでゝ長ちやうぜり、
沙暖鴛鴦敷翅眠 沙すなは暖あたゝかにして鴛鴦ゑんあうつばさを敷きて眠ねむ

 送客之湖南  白居易
帆開青草湖中去 帆ひらきては青草湖せいさうこの中うちに去り、
衣湿黄梅雨裏行 衣ころも湿うるほひては黄梅雨くわうばいうの裏うちに行

送劉郎中赴任蘇州  白居易
水駅路穿児店月 水駅すゐえきの路みちは児店じてんの月つきを穿うがち、
華船棹入女湖春 華船くわせんの棹さをは女湖ぢよこの春はるに入

 贈戯漁家  杜荀鶴
菰蘆杓酌春濃酒 菰蘆ころの杓ひさごは春はるの濃こまやかなる酒さけを酌み、
乍孟舟流夜漲灘 乍孟さくばうの舟ふねは夜よるの漲みなぎる灘なだに流なが

閑居楽秋水序  菅原道真
閑居属於誰人   閑居かんきよは誰人たれびとにか属ぞくする、
紫宸殿之本主也 紫宸殿ししいでんの本主ほんしゆなり、
秋水見於何処   秋水しうすゐは何いづれの処ところにか見る、
朱雀院之新家也 朱雀院すざくゐんの新家しんかなり

 同  菅原道真
垂釣者不得魚   釣つりを垂るゝ者ものは魚うをを得ず、
暗思浮遊之有意 暗あんに浮遊ふいうの意こゝろあることを思おもひ、
移棹者唯聞雁   棹さをを移うつす者ものはたゞ雁かりを聞く、
遥感旅宿之随時 遥はるかに旅宿りよしゆくの時ときに随したがふことを感かん

 題洞庭湖  大江朝綱
沙頭刻印鴎遊処 沙頭さとうに印いんを刻きざむ鴎かもめの遊あそぶ処ところ
水底模書鴈度時 水底すゐていに書しよを模うつす雁かりの度わたる時とき

 海浜書懐  平佐幹
日脚波平孤嶋暮 日脚につきやくなみたひらかにして孤嶋こたうれ、
風頭岸遠客帆寒 風頭ふうとうきしとほくして客帆きやくはんさむ

としをへて 花のかがみと なるみづは
      ちりかかるをや くもるといふらん 古今 伊勢

みなかみの さだめてければ 君がよに
      ふたたびすめる ほり川のみづ 詞華 曽禰好忠

禁中きんちう
 題東北旧院小寄亭  白居易
鳳地後面新秋月 鳳地ほうちの後面こうめんには新秋しんしうの月つき
龍闕前頭薄暮山 龍闕りようけつの前頭ぜんとうには薄暮はくぼの山やま

八月十五日夜聞崔大員外林翰林独直対酒翫月因懐禁中清景 同
秋月高懸空碧外 秋月しうげつたかく懸かゝれり空碧くうへきの外ほか
仙郎静翫禁韋間 仙郎せんらうしづかに翫もてあそぶ禁韋きんゐの間あひだ

 及弟日報破東平  章孝標
三千仙人誰得聴 三千さんぜんの仙人せんにんは誰たれか聴くことを得ん、
含元殿角管絃声 含元殿がんげんでんの角すみの管絃くわんげんの声こゑ

 漏刻策  都良香
鶏人暁唱    鶏人けいじんあかつきに唱となふる、
声驚明王之眠 声こゑ明王めいわうの眠ねむりを驚おどろかす、
鳧鐘夜鳴    鳧鐘ふしようよるる、
響徹暗天之聴 響ひゞき暗天あんてんの聴きに徹てつ

 連句  作者未詳
朝候日高冠額抜 朝候てうこうたかくして冠かんむりの額ひたひけたり、
夜行沙厚履声忙 夜行やかうすなあつくして履くつの声こゑいそがはし

みかき守 衛士のたくひに あらねども
      われもこころの うちにこそたけ 家集 中務

ここにだに ひかりさやけき あきの月
      雲のうへこそ おもひやらるれ 拾遺 藤原経臣

古京こきやう
 過平城古京  菅原文時
緑草如今麋鹿苑 緑草りよくさうは如今いま麋鹿びろくの苑その
紅花定昔管絃家 紅花こうくわは定さだめて昔むかしの管絃くわんげんの家いへならん

いそのかみ ふるきみやこを きてみれば
      むかしかざしし 花さきにけり 新古今 読人不知

故宮こきう 附故宅
 連昌宮賦  公乗億
陰森古柳疎槐 陰森いんしんたる古柳こりう疎槐そくわい
春無春色    春はるにして春はるの色いろし、
獲落危甫壊宇 獲落くわくらくたる危甫きよう壊宇くわいう
秋有秋声    秋あきにして秋あきの声こゑ

題于家公主雋宅  白居易
台傾滑石猶残砌 台うてなかたむきては滑石くわつせきなほ砌みぎりに残のこれり、
簾断真珠不満鉤 簾すだれえては真珠しんじゆこうに満たず

 河原院賦  源順
強呉滅兮有荊蕀 強呉きやうごほろびて荊蕀けいきよくあり、
姑蘇台之露襄々 姑蘇台こそだいの露つゆ襄々じやうじやうたり、
暴秦衰兮無虎狼 暴秦ばうしんおとろへて虎狼こらうなし、
咸陽宮之煙片々 咸陽宮かんやうきうの煙けむり片々へんへんたり

嵯峨旧院即事  菅原道真
老鶴従来仙洞駕 老鶴らうかくはもとより仙洞せんどうの駕のりもの
寒雲在昔妓楼衣 寒雲かんうんは昔むかしの妓楼ぎろうの衣ころも

 題后妃旧院  良岑春道
孤花裹露啼残粉 孤花こくわつゆを裹つつんで残粉ざんぷんに啼き、
暮鳥栖風守廃籬 暮鳥ぼてうかぜに栖みて廃籬はいりを守まも

秋日過仁和寺  源英明
荒籬見露秋蘭泣 荒籬くわうりに露つゆを見れば秋蘭しうらんき、
深洞聞風老桧悲 深洞しんどうに風かぜを聞けば老桧らうくわいかなしむ

 屋舎壊  三善宰相
向晩簾頭生白露 晩くれになんなんとして簾すだれの頭ほとりに白露を生じ、
終霄床底見青天 終宵よもすがらとこの底もとに青天せいてんを見

きみなくて あれたるやどの 板間より
      月のもるにも 袖はぬれけり 古今六帖 読人不知

きみなくて けぶりたえにし しほがまの
      うらさびしくも みえわたるかな 古今 紀貫之

いにしへは ちるをや人の をしみけん
      いまははなこそ むかしこふらし 家集 一条摂政

仙家せんか 附道士隠倫
 幽栖  元眞
壺中天地乾坤外 壺中こちうの天地てんちは乾坤けんこんの外ほか
夢裏身名旦暮間 夢裏むりの身名しんめいは旦暮たんぼの間あひだ

尋郭道士不遇  白居易
薬炉有火丹応伏 薬炉やくろに火りて丹たんまさに伏ふくすべし、
雲碓無人水自舂 雲碓うんたいに人ひとくして水みづおのづから舂うすづ

 卜山居  温庭均
山底採薇雲不厭 山やまの底もとに薇わらびを採れば雲くもいとはず、
洞中栽樹鶴先知 洞ほらの中うちに樹を栽うれば鶴つるづ知

 神仙策  都良香
三壺雲浮      三壺さんこに雲くもうかぶ、
七万里之程分浪 七万里しちばんりの程みちに浪なみを分わかつ、
五城霞峙      五城ごじやうに霞かすみそばだち、
十二楼之構挿天 十二楼じふにろうの構かまへてんを挿さしはさ

 同  都良香
奇犬吠花      奇犬きけんはなに吠ゆる声こゑ
声流於紅桃之浦 紅桃こうたうの浦うらに流ながる、
驚風振葉香    驚風きやうふうを振ふるふ香
分紫桂之林    紫桂しけいの林はやしに分わかる、紫桂しけいの林はやしに分わか

二条院宴落花乱舞衣序  大江朝綱
謬入仙家雖為半日之客
 謬あやまちて仙家せんかに入りて半日はんにちの客きやくとなるといへども、
恐帰旧里纔逢七世之孫
 恐おそらくは旧里きうりに帰かへりて纔わづかに七世しちせいの孫まごに逢はん

 山中有仙室  菅原文時
丹竃道成仙室静 丹竃たんさうみちりて仙室せんしつしづかに、
山中景色月華低 山中さんちゆうの景色けいしよく月華げつくわれたり

 同胸句也  菅原文時
石床留洞嵐空払 石床せきしやうほらに留とゞまりて嵐あらしむなしく払はらひ、
玉案抛林鳥独啼 玉案ぎよくあんはやしに抛なげうたれて鳥とりひとり啼

 同腰句也  菅原文時
桃李不言春幾暮 桃李たうりものいはず春はるは幾いくたびか暮れぬ、
煙霞無跡昔誰栖 煙霞えんかあとく昔むかしたれか栖みし

 同結句也  菅原文時
王喬一去雲長断 王喬わうけうひとたび去つて雲くもとこしなへに断え、
早晩笙声帰故渓 早晩いつかしやうの声こゑの故渓こけいに帰かへ

 山中自述  大江朝綱
商山月落秋鬚白 商山しやうざんに月つきちて秋あきの鬚びんしろく、
潁水波揚左耳清 潁水えいすゐに波なみあがりて左ひだりの耳みゝきよ

 山無隠士  紀長谷雄
虚澗有声寒溜咽 虚澗きうかんに声こゑりて寒溜かんりうむせび、
故山無主晩雲孤 故山こざんに主ぬしくして晩雲ばんうんなり

 遠念賢士風  菅原文時
通夢夜深蘿洞月 夢ゆめを通とをして夜は深けぬ蘿洞らどうの月つき
尋蹤春暮柳門塵 蹤あとを尋たづねて春はるは暮れぬ柳門りうもんの塵ちり

ぬれてほす 山路のきくの 露のまに
      いつかちとせを われはへにけむ 古今 素性法師

山家さんか
 寺近香爐峰下  白居易
遺愛寺鐘峙枕聴 遺愛寺ゐあいじの鐘かねは枕まくらを峙そばだてゝ聴き、
香鑪峯雪巻簾看 香爐峯かうろほうの雪ゆきは簾すだれを撥かゝげて看

 廬山草堂雨夜独宿  白居易
蘭省花時錦帳下 蘭省らんせうの花はなの時ときの錦にしきの帳とばりの下もと
廬山雨夜草菴中 廬山ろざんの雨あめの夜よるくさの菴いほりの中うち

 登石壁水閣  杜荀鶴
漁父晩船分浦釣 漁父ぎよふの晩船ばんせんは浦うらを分へだてゝ釣り、
牧童寒笛倚牛吹 牧童ぼくどうの寒笛かんてきは牛うしに倚りて吹

 尚歯会詩序  菅原文時
王尚書之蓮府麗則麗
 王尚書わうしやうしよが蓮府れんふは麗うるはしきことはすなはち麗うるはし、
恨唯有紅顔之賓   恨うらむらくは唯たゞ紅顔こうがんの賓ひんのみ有ることを、
稽仲散之竹林幽則幽
 稽仲散けいちうさんが竹林ちくりんは幽いうなることはすなはち幽いうなり、
嫌殆非素論之士   嫌きらふらくは殆ほとんど素論そろんの士に非あらざることを

 秋花逐露開詩序  源順
南望則有関路之長      南みんなみに望のぞめばすなはち関路くわんろの長ながきあり、
行人征馬駱駅於翠簾之下 行人征馬かうじんせいば翠簾すゐれんの下もとに駱駅らくえきたり、
東顧亦有林塘之妙      東ひがしに顧かへりみればまた林塘りんたうの妙たへなるあり、
紫鴛白鴎逍遥於朱檻之前 紫鴛白鴎しゑんはくおう朱檻しゆかんの前まへに逍遥せうえう

 暮春遊覧賦序  紀斉名
山路日落         山路さんろに日れぬ、
満耳者樵歌牧笛之声 耳みゝに満つるものは樵歌せうか牧笛ぼくてきの声こゑ
澗戸鳥帰         澗戸かんこに鳥とりかへり、
遮眼者竹煙松霧之色 眼まなこを遮さへぎるものは竹煙ちくえん松霧しようぶの色いろ

 卜山居  紀長谷雄
花間覓友鴬交語 花はなの間あひだに友ともを覓もとむれば鴬うぐいすことばを交まじへ、
洞裏移家鶴卜隣 洞ほらの裏うちに家いへを移うつせば鶴つるとなりを卜ぼく

田家 隣家
 田家之早秋 都良香
晴後青山臨窓近 晴はれし後のちの青山せいざんは窓まどに臨のぞみて近ちかく、
雨初白水入門流 雨あめの初はじめの白水はくすゐは門もんに入りて流なが
触石春雲生枕上 石いしに触るる春はるの雲くもは枕まくらの上ほとりに生しやうじ、
銜峯暁月出窓中 峯みねに銜ふくまれたる暁あかつきの月は窓まどの中うちより出

山寺さんじ
 香山寺隠居  白居易
千株松下双峯寺 千株せんちゆの松まつの下したの双峯さうほうの寺てら
一葉舟中万里身 一葉いちえふの舟ふねの中うちの万里ばんりの身

宿霊岩寺上院  同
更無俗物当人眼 更さらに俗物ぞくぶつの人ひとの眼まなこに当あたるなし、
但有泉声洗我心 たゞ泉声せんせいの我が心こゝろを洗あらふあり

慈恩寺初会詩序  小野篁
不改朝天之門 朝天てうてんの門もんを改あらためず、
便作求車之所 便すなはち求車きうしやの所ところとなす、
不変閲水之橋 閲水えつすゐの橋はしを変へず、
以為到岸之途 以もつて到岸たうがんの途みちとなす

遊円成寺上方序  源英明
策馬来時      馬うまに策むちうちて来きたる時とき
只思風煙之可翫 たゞ風煙ふうえんの翫もてあそぶべきを思おもふ、
逢僧談処      僧そうに逢ひて談かたる処ところ
漸覚世俗之皆空 漸やうやく世俗せぞくの皆みなくうなることを覚さと

 遊龍門寺  菅原道真
人如鳥路穿雲出 人ひとは鳥路てうろの雲くもを穿うがちて出づるが如ごとく、
地是龍門趁水登 地はこれ龍門りようもんみづを趁ひて登のぼ

 竹生島作  都良香
三千世界眼前尽 三千世界さんぜんせかいは眼まなこの前まへに尽きぬ、
十二因縁心裏空 十二因縁じふにいんえんは心こころの裏うちに空むな

 石山寺作  高相如
泉飛雨洗声聞夢 泉いづみびては雨あめ声聞しやうもんの夢ゆめを洗あらひ、
葉落風吹色相秋 葉ちては風かぜ色相しきさうの秋あきを吹

山でらの いりあひのかねの こゑごとに
      けふもくれぬと きくぞかなしき 拾遺 読人不知

このもとを すみかとすれば おのづから
      はな見る人に なりにけるかな 栄花物語 花山御製

仏事ぶつじ
 止観第一文  智者大師
月隠重山兮挙扇喩之
 月つき重山ちようざんに隠かくるれば扇あふぎを挙げてこれを喩さとす、
風息大虚兮動樹教之
 風かぜ大虚たいきよに息めば樹を動うごかしてこれを教をし

 洛中集記  白居易
願以今生俗文字之業  願はくは今生こんじやう世俗せぞくの文字もんじの業わざ
狂言綺語之誤       狂言綺語くゐやうげんきごの誤あやまちをもつて、
翻為当来世々       翻ひるがへりて当来世々たうらいせいせい
讃仏乗之因転法輪之縁 讃仏乗さんぶつじようの因、転法輪てんぱふりんの縁となせよ

贈鉢塔院如満大師詩  白居易
百千万劫菩提種 百千万劫ひやくせんまんごふの菩提ぼだいの種たね
八十三年功徳林 八十三年はちじふさんねんの功徳くどくの林はやし

極楽寺建立願文  慶滋保胤
十方仏土之中 十方仏土じつぱうぶつどの中なかには、
以西方為望   西方さいはうを以もつて望のぞみとなす、
九品蓮台之間 九品蓮台くぼんれんだいの間あひだには、
雖下品応足   下品げぼんといへども足りぬべし

 讃極楽寺  具平親王
雖十悪兮猶引摂 十悪じふあくといへどもなほ引摂いんせふす、
甚於疾風披雲霧 疾風しつぷうの雲霧うんむを披ひらくよりも甚はなはだし、
雖一念兮必感応 一念いちねんといへども必かならず感応かんおうすと、
喩之巨海納涓露 これを巨海こかいの涓露けんろを納るるに喩たと

 仁康上人奉造丈六釈迦願文  大江匡衡
昔刀利天之安居九十日 昔むかし刀利天たうりてんの安居あんご九十日くじふにち
刻赤栴檀而模尊容    赤栴檀しやくせんだんを刻きざみて尊容そんようを模うつす、
今抜提河之滅度二千年 今いま失提河ばつだいかの滅度めつど二千年にせんねん
瑩紫磨金而礼両足    紫磨金しまごんを瑩みがきて両足りやうそくを礼らい

経云乃至童子戯聚沙為仏塔詩序也  慶滋保胤
浪洗欲消    浪なみは洗あらひて消えんとほつす、
鞭竹馬而不顧 竹馬ちくばに鞭むちうちて顧かへりみず、
雨打易破    雨あめちて破やぶれ易やすし、
闘芥鶏而長忘 芥鶏かいけいを闘たたかはして長ながく忘わすれたり

 勧学会詩序  紀斎名
念極楽之尊一夜 極薬ごくらくの尊たふときを念おもふ一夜いちや
山月正円      山月さんげつまさに円まどかなり、
先勾曲之会三朝 勾曲かうきよくの会くわいに先さきだつこと三朝さんてう
洞花欲落      洞花とうくわちなんと欲ほつ

九条右丞相花亭法華会詩序  小野篁
玉磬声思管絃奏 玉磬ぎよくけいの声こゑは管絃くわんぐゑんを奏かなづるかと思おもふ、
納衣僧代綺羅人 衲衣なふいの僧そうは綺羅きらの人ひとに代かは

 贈阿難尊者詩  紀斎名
蓮眼豈養清涼水 眼まなこの蓮はちすは豈に清涼せいりやうの水に養やしなはれんや、
面月長留十五天 面おもての月つきは長ながく十五じふごの天てんに留とゞめたり

 弘誓深如海詩  大江以言
以仏神通那酌尽 仏ほとけの神通じんづうを以もつていかでか酌み尽つくさん、
経僧祇劫欲朝宗 僧祇そうぎこふを経とも朝宗てうそうせしめんと欲ほつ

 採菓汲水詩  慶滋保胤
叩凍屓来寒谷月 凍こほりを叩たたきて負ひ来きたる寒谷かんこくの月つき
払霜拾尽暮山雲 霜しもを払はらひて拾ひろひ尽つくす暮山ぼさんの雲くも

 同前  同
已終未習千年役 已すでに終へて未いまだ千年せんねんの役やくを習ならはず、
初得難逢一乗文 初はじめて逢ひ難がたき一乗いちじようの文もんを得たり

このよにて ぼだいのたねを うゑつれば
      きみがひくべき 身とぞなりぬる 九条左相府

あのくたら 三みやく三ぼだいの 仏たち
      わがたつそまに 冥加あらせたまへ 新古今 伝教大師

ごくらくは はるけきほどと ききしかど
      つとめていたる ところなりけり 千載

いつしかと 君にとおもひし 若菜をば
      のりの道にぞ けふはつみつる 拾遺 村上御製

そう
 閑居賦  張読
蒼茫霧雨之晴初 蒼茫さうばうたる霧雨むうの晴るる初はじめ、
寒汀鷺立      寒汀かんていに鷺さぎてり、
重畳煙嵐之断処 重畳ちようぢやうたる煙嵐えんらんの断ゆる処ところ
晩寺僧帰      晩寺ばんじそうかへ

逢醍醐一条寺僧正帰宗  源英明
野寺訪僧帰帯月 野寺やじに僧そうを訪ひて帰かへるに月つきを帯ぶ、
芳林携客酔眠花 芳林はうりんに客かくを携たづさへて酔ひて花はなに眠ねむ

 餞入唐僧詩序  慶滋保胤
堂有母儀         堂だうには母儀ぼぎあり、
莫以逗留於中天之月 もつて中天ちうてんの月つきに逗留とうりうすることなかれ、
室有師跡         室しつには師跡しせきあり、
莫以偃息於五台之雲 もつて五台ごだいの雲くもに偃息えんそくすることなかれ

以僧智喩明鏡  小野篁
明鏡乍開随境照 明鏡めいきやうたちまちに開きて境さかひに随したがひて照てらす、
白雲不著下山来 白雲はくうんかず山やまを下り来きた

夏日遊般若寺  源順
観空浄侶心懸月 空くうを観くわんずる浄侶じやうりよは心こゝろに月つきを懸く、
送老高僧首剃霜 老らうを送おくる高僧かうそうは首かうべに霜しもを剃

和于藤憲材之子登天台山什  源為憲
鶴閑翅刷千年雪 鶴つるかんにして翅つばさ千年せんねんの雪ゆきを刷かきつくろひ、
僧老眉垂八字霜 僧そういては眉まゆに八字はちじの霜しもを垂

たらちねは かかれとてしも うば玉の
      わがくろかみを なでずやありけん 後撰 僧正遍昭

よの中に うしのくるまの なかりせば
      おもひの家を いかでいでまし 拾遺 読人不知

みわがはの きよきながれに すすぎてし
      わが名をさらに 又やけがさむ 続古今 玄賓僧都

閑居かんきよ
 洛詩序  白居易
不独記東都履道里有閑居泰適之叟
 独ひとり東都とうとの履道里りだうりに、
 閑居泰適かんきよたいてきの叟おきなるを記するのみならず、
亦令知皇唐大和歳有理世安楽之音
 亦また皇唐くわうたう大和たいわの歳とし
 理世安楽りせいあんらくの音こゑることを知らしめんとなり

 閑賦  張読
宮車一去      宮車きうしやひとたび去りて、
楼台之十二空長 楼台ろうだいの十二じふにとこしなへに空むなし、
隙駟難追      隙駟げきしひ難がたく、
綺羅之三千暗老 綺羅きらの三千さんぜんあんに老いたり

 貧女賦  白居易
幽思不窮    幽思いうしきはまらず、
深巷無人之処 深巷しんかうに人ひとき処ところ
愁腸欲断    愁腸しうちやうえんと欲ほつす、
閑窓有月之時 閑窓かんさうに月つきる時とき

 出家不出門  同
鶴籠開処見君子 鶴籠かくろうひらくる処ところ君子くんしを見る、
書巻展時逢故人 書巻しよけんの展ぶる時とき故人こじんに逢

 老来生計  同
人間栄耀因縁浅 人間にんげんの栄耀えいえうは因縁いんえんあさし、
林下幽閑気味深 林下りんかの幽閑いうかんは気味きみふか

香爐峯下新卜山居  同
官途自此心長別 官途くわんとは此これより心こころに長ながく別わかれん、
世事従今口不言 世事せじは今いまより口くちに言はず

 落花乱舞衣詩序  大江音人
惠帯蘿衣      惠帯蘿衣けいたいらい
抽簪於北山之北 簪かざしを北山ほくざんの北きたに抽ぬきんづ、
蘭橈桂折      蘭橈桂折らんぜうけいせつ
鼓舷於東海之東 舷ふなばたを東海とうかいの東ひがしに鼓たた

 不出門  菅原道真
都府楼纔看瓦色 都府楼とふろうは纔わづかに瓦かはらの色いろを看る、
観音寺只聴鐘声 観音寺くわんおんじは只ただかねの声こゑを聴

奉同香爐峰下作  平佐幹
晦跡未抛苔径月 跡あとを晦くらまして未いまだ苔径たいけいの月つきを抛なげうたず、
避喧猶臥竹窓風 喧かまびすしきを避けてなほ竹窓ちくさうの風かぜに臥

 閑中日月長  大江以言
陶門跡絶春朝雨 陶門たうもんあとは絶ゆる春はるの朝あしたの雨あめ
燕寝色衰秋夜霜 燕寝えんしんいろは衰おとろふ秋あきの夜の霜しも

わがやどは みちもなきまで あれにけり
      つれなき人を まつとせしまに 古今 遍昭僧正

眺望てうばう
 江楼晩眺  白居易
風翻白浪花千片 風かぜ白浪はくらうを翻ひるがへせば花はな千片せんべん
雁点清天字一行 雁かり青天せいてんに点てんじて字一行いちぎやう

山寒花未来披序  橘在列
出紫闥而東望    紫闥しだつを出でて東ひがしに望のぞめば、
山岳半挿雲根之暗 山岳さんがくなかばは雲根うんこんの暗くらきに挿さしはさむ、
躋翠嶺而西顧    翠嶺すゐれいを踏みて西にしに顧かへりみれば、
家郷悉没煙樹之深 家郷かきやうは悉ことごとく煙樹えんじゆの深ふかきに没ぼつ

青色生晴中序  源順
見天台山之高巌 天台山てんだいさんの高巌かうがんを見れば、
四十五尺波白   四十五尺ししふごせきの波なみしろく、
望長安城之遠樹 長安城ちやうあんじやうの遠樹えんじゆを望のぞめば、
百千万茎薺青   百千万茎ひやくせんまんけいの薺なづなあを

 遊崇福寺  橘直幹
江霞隔浦人煙遠 江霞こうかうらを隔へだてて人煙じんえんとほし、
湖水連天鴈点遥 湖水こすゐ天に連つらなりて雁かりの点てんづること遥はるかなり

 春日眺望  源順
一行斜雁雲端滅 一行いつかうの斜雁しやがんは雲端うんたんに滅え、
二月余花野外飛 二月にげつの余花よくわは野外やぐわいに飛

 春日眺望  源順或菅原篤茂
老眼易迷残雨裏 老おいの眼まなこは迷まよひ易やすし残雨ざんうの裏うち
春情難繋夕陽前 春はるの情こゝろは繋つなぎ難がたし夕陽せきやうの前まへ

見わたせば やなぎさくらを こきまぜて
      みやこぞはるの にしきなりける 古今 素性法師

餞別せんべつ
臨都駅送崔十八  白居易
与君後会知何処 君きみと後会こうくわいいづれの処ところか知らん、
為我今朝尽一盃 我が為ために今朝こんてう一盃いつぱいを尽つく

 於鴻臚館銭北客序  大江朝綱
前途程遠       前途ぜんとみちとほし、
馳思於鴈山之暮雲 思おもひを雁山がんざんの暮雲ぼうんに馳せ、
後会期遥       後会こうくわいときはるかなり、
霑纓於鴻臚之暁涙 纓えいを鴻臚かうろの暁あかつきの涙なみだに霑うるほ

 山河千里別序  源順
昔聚丹鳥         昔むかしは丹鳥たんてうを聚あつめて、
競寸陰於十五年之間 寸陰すんいんを十五年じふごねんの間あひだに競きそひ、
今促画熊         今いまは画熊ぐわいうを促うながして、
欲分手於三百盃之後 手を三百盃さんびやくはいの後のちに分わかたんと欲ほつ

別路花飛白詩序  大江以言
楊岐路滑    楊岐やうきみちは滑なめらかにして、
吾之送人多年 吾われの人ひとを送おくること多年たねん
李門浪高    李門りもんなみは高たかくして、
人之送我何日 人ひとの我われを送おくらんこと何いづれの日

 餞別詩  小野篁
万里東来何再日 万里ばんりひがしに来きたらんこと何いづれの再日さいじつぞ、
一生西望是長襟 一生いつしやう西にしのぞむこれ長ながき襟ものおもひなり

 餞別詩  菅原庶幾
九枝燈尽唯期暁 九枝きうしの燈ともしびは尽きて唯たゞあかつきを期す、
一葉舟飛不待秋 一葉いちえふの舟ふねは飛びて秋あきを待たず

和裴大使之什 菅原道真
欲以浮生期後会 浮生ふせいを以もつて後会こうくわいを期せんと欲ほつすれば、
還悲石火向風敲 還かへりて石火せきくわの風に向むかつて敲たたくことを悲かなしむ

おもひやる こころばかりは さはらじを
      なにへだつらん みねのしら雲 後撰 橘直幹

としごとの はるのわかれを あはれとも
      人におくるる ひとぞしりける 家集 清原元真

いのちだに こころにかなふ ものならば
      なにかわかれの かなしからまし 古今 江口白女

行旅かうりよ
 送李樹別詩  許渾
孤館宿時風帯雨 孤館こくわんに宿やどる時ときかぜあめを帯び、
遠帆帰処水連雲 遠帆ゑんぱんかへる処ところみづくもに連つらなる

 山河千里別序  源順
行々重行々      行々かうかうとして重かさねて行々かうかうたり、
明月峡之暁色不尽 明月峡めいげつかふの暁あかつきの色いろきず、
眇々復眇々      眇々べうべうとして復また眇々べうべう/\たり、
長風浦之暮声猶深 長風浦ちやうふほの暮くれの声こゑなほ深ふか

別路江山遠序  藤原為雅
暁入長松之洞 暁あかつき長松ちやうしようの洞ほらに入れば、
巌泉咽嶺猿吟 巌泉がんせんむせびて嶺猿れいゑんぎんず、
夜宿極浦之波 夜よる極浦きよくほの波なみに宿やどれば、
青嵐吹皓月冷 青嵐せいらんきて皓月かうげつひやゝかなり

 将越謫処隠岐国  小野篁
渡口郵船風定出 渡口とこうの郵船いうせんは風かぜさだまりて出で、
波頭謫処日晴看 波頭はとうの謫処てきしよは日れて看

 秋宿駅館  橘直幹
州蘆夜雨他郷涙 州蘆しうろの夜よるの雨あめ他郷たきやうの涙なみだ
岸柳秋風遠塞情 岸柳がんりうの秋あきの風かぜ遠塞ゑんさいの情こゝろ

 石山作  同
蒼波路遠雲千里 蒼波さうはみちとほくして雲くも千里せんり
白霧山深鳥一声 白霧はくむやまふかくして鳥とり一声いつせい

ほのぼのと あかしのうらの あさぎりに
      しまかくれゆく ふねをしぞ思ふ 古今 柿本人丸

わだのはら やそしまかけて こぎ出でぬと
      人にはつげよ あまのつりふね 古今 小野篁

たよりあらば いかでみやこへ つげやらん
      けふしらかはの せきはこえぬと 拾遺 平兼盛

庚申かうしん
 贈王山人  許渾
年長毎労推甲子 年としけて毎つねに甲子かふしを推すに労らうし、
夜寒初共守庚申 夜よるさむくして初はじめて共ともに庚申かうじんを守まも

 庚申夜所懐  菅原道真
己酉年終冬日少 己酉きいうとしへて冬ふゆの日すくなく、
庚申夜半暁光遅 庚申かうしんよるなかばにして暁あかつきの光ひかりおそ

おきなかの えさるときなき つりふねは
      あまやさきだつ 魚やさきだつ 袖中抄 読人不知

いかでかは 人にもとはん あやしきは
      おもはぬなかの えさるまじきを 同

帝王ていわう 附法王
 後漢書文
漢高三尺之剣 漢高かんかうの三尺さんじやくの剣つるぎは、
坐制諸侯    坐ながら諸侯しよこうを制せいす、
張良一巻之書 張良ちやうりやうが一巻いつくわんの書しよは、
立登師傅    立ちどころに師傅しふに登のぼ

 後漢書文
項荘之会鴻門   項荘かうさうが鴻門こうもんに会くわいする、
寄情於一座之客 情こゝろを一座いちざの客かくに寄す、
漢祖之帰沛郡   漢祖かんそが沛郡はいぐんに帰かへる、
傷思於四方之風 思おもひを四方しはうの風かぜに傷いたましむ

 百錬鏡  白居易
四海安危照掌内 四海しかいの安危あんきは掌たなごころの内うちに照てらし、
百王理乱懸心中 百王はくわうの理乱りらんは心こゝろの中うちに懸けたり

 讃太宗皇帝  同
幸逢尭舜無為化 幸さいはひに尭舜げうしゆん無為むゐの化くわに逢ひて、
得作羲皇向上人 羲皇ぎくわう向上かうじやうの人ひととなることを得たり

 上陽春辞  楊衡
聖皇自在長生殿 聖皇せいくわうは自おのづから長生殿ちやうせいでんに在ましませば、
不向蓬莱王母家 蓬莱ほうらい王母わうぼが家いへにむかはず

古今和歌集序  紀淑望
仁流秋津州之外 仁うつくしみは秋津州あきつしまの外そとに流ながれ、
恵茂筑波山之陰 恵めぐみは筑波山つくばやまの陰かげよりも茂しげし、
淵変作瀬之声   淵ふちは変へんじて瀬となる声こゑ
寂々閉口      寂々せきせきとして口くちを閉づ、
沙長為巌之頌   沙いさごは長ちやうじて巌いはほとなる頌しよう
洋々満耳      洋々やうやうとして耳みゝに満てり

村上仁寿殿詩序  菅原文時
梁元昔遊    梁元りやうげんの昔むかしあそび、
春王之月漸落 春王はるわうの月つきやうやく落つ、
周穆新会    周穆しうぼくの新あらたなる会くわい
西母之雲欲帰 西母せいぼが雲くもかへらんと欲ほつ

村上御時冷泉院宴会序  菅原文時
布政之庭       政まつりごとを布く庭にはは、
風流未必敵於崑良 風流ふうりうかならずしも崑良こんらうに敵ひとしからず、
兼之者此地也    これを兼ねたるものはこの地なり、
好文之世       文ぶんを好このむ世には、
徳化未必光于黄炎 徳化とくくわかならずしも黄炎くわうえんを光らさず、
兼之者我君也    これを兼ねたるものは我が君きみなり

応太上天皇製序  大江朝綱
栄啓期之歌三楽 栄啓期えいけいきが三楽さんらくを歌うたひて、
未到常楽之門   いまだ常楽じやうらくの門もんに到いたらず、
皇甫謐之述百王 皇甫謐くわうほひつが百王はくわうを述ぶる、
猶暗法皇之道   なほ法皇ほふわうの道みちに暗くら

大極殿朝拝詩  藤原伊周
玉衣日臨文鳳見 玉衣ぎよくいに臨のぞみて文鳳ぶんほうあらはれ、
紅旗風巻画龍揚 紅旗かうきかぜに巻きて画龍ぐわりようあが

 無為治詩  大江音人
刑鞭蒲朽蛍空去 刑鞭けいべんがまちて蛍ほたるむなしく去り、
諌鼓苔深鳥不驚 諌鼓かんここけふかくして鳥とりおどろかず

なにはづに さくやこのはな 冬ごもり
      いまは春べと さくやこの花 古今 百済王仁

ちりぬれど またこむはるは さきぬべし
      千とせののちは 君をたのまん 小松天皇

親王しんわう 附王孫
 牡丹芳詩 白居易
卑車軟輿貴公主 卑車ひしや軟輿なんよの貴公主きこうしゆ
香衫細馬豪家郎 香衫かうさん細馬さいばの豪家郎がうからう

 親王書始詩序  菅原文時
東平蒼之雅量          東平蒼とうへいさうが雅量がりやうなるも、
寧非漢皇褒貴無双之弟哉
 寧むしろ漢皇かんくわうの褒貴はうき無双むさうの弟おとうとにあらずや、
桂陽鑠之文辞         桂陽鑠けいやうれきが文辞ぶんじなるも、
亦是齊帝寵愛第八之子也
 またこれ斉帝せいていの寵愛ちようあいの第八だいはちの子なればなり

親王入学詩序  源順
江都之好勁捷也 江都かうとの勁捷けいせうを好このみしや、
七尺屏風其徒高 七尺しちせきの屏風びやうぶそれ徒いたづらに高たかし、
淮南之求神仙也 淮南わいなんの神仙しんせんを求もとめしや、
一旦乗雲而何益 一旦いつたんくもに乗りて何なんの益えきあらん

冷泉院第八親王始読孝経時詩序  慶滋保胤
開巻已知為子道 巻くわんを開ひらきて已すでに子たる道みちを知る、
秋風悵望鼎湖雲 秋あきの風かぜに悵望ちやうばうす鼎湖ていこの雲くも

 同前  菅原雅規
我王孝行先何到 我が王わうの孝行かう/\は先づ何いづくに到いたる、
梧岫秋風一片煙 梧岫ごしうの秋風しうふう一片いつぺんの煙けむり

 名花在閑軒  大江朝綱
此花非是人間種 この花はなはこれ人間にんげんの種たねにあらず、
瓊樹枝頭第二花 瓊樹けいじゆ枝頭しとうの第二だいにの花はな

 同前  菅原文時
此花非是人間種 この花はなはこれ人間にんげんの種たねにあらず、
再養平台一片霞 再ふたゝび平台へいだいの一片いつぺんの霞かすみに養やしなはれたり

いかるがや とみのをがはの たえばこそ
      わがおほきみの みなはわすれめ 拾遺 達磨化身

丞相しやうじやう 附執政
 後漢書文
季文子妾不衣帛 季文士きぶんしが妾せふきぬを衣せず、
魯人以為美談   魯人ろじんもつて美談びだんとなす、
公孫弘身服布被 公孫弘こうそんこうが身に布被ふひを服たり、
汲黯譏其多詐   汲黯きふあんその詐いつはりおほきことを譏そし

 漢書文
百里奚乞食於道路 百里奚ひやくりけいは食しよくを道路だうろに乞ひしかども、
穆公委以政      穆公ぼくこうこれに委ゆだぬるに政まつりごとをもつてす、
密戚子飼牛於車下 密戚子ねいせきしは牛うしを車くるまの下もとに飼ひしかども、
桓公任以国      桓公くわんこうこれに任まかすに国くにをもつてす

宿裴司空池亭  白居易
孫弘閤閙無閑客 孫弘そんこうが閤かふかまびすしくして閑客かんかくし、
傅説舟忙不借人 傅説ふえつが舟ふねいそがはしくして人ひとに借さず

清真公辞摂政第三表  大江朝綱
西京席門       西京さいきやうの席門せきもんは、
乃是陳丞相之旧宅 すなはちこれ陳丞相ちんしやうじやうが旧宅きうたくなり、
南山芝澗       南山なんざんの芝澗しかんは、
寧非袁司徒之幽栖 寧むしろ袁司徒ゑんしとが幽栖いふせいにあらずや

貞信公天皇元服後辞摂政表  菅原文時
周公旦者文王之子 周公旦しうこうたんは文王ぶんわうの子
武王之弟也      武王ぶわうの弟おとうと
自知其貴       自みづから貴たふときことを知り、
忠仁公者皇帝之祖 忠仁公ちうじんこうは皇帝くわうていの祖
皇后之父也      皇后くわうごうの父ちゝ
世推其仁       世その仁じんを推

一条右相府辞右大臣表文  菅原文時
傅氏巌之嵐      傅氏巌ふしがんの嵐あらしは、
雖風雲於殷夢之後 殷夢いんぼうの後のちに風雲ふうんたりといへども、
厳陵瀬之水      厳陵瀬げんりようらいの水みづは、
猶脛渭於漢聘之初 なほ漢聘かんぺいの初はじめに脛渭けいゐたり

 同上  同
春過夏闌         春はるぎ夏なつけて、
袁司徒之家雪応路達 袁司徒ゑんしとが家の雪はまさに路みちに達たつすべし、
旦南暮北         旦あしたには南みなみくれには北きた
鄭太尉之渓風被人知 鄭太尉ていたいいが渓たにの風かぜひとに知られたり

やまざくら あくまで色を 見つるかな
      はなちるべくも かぜふかぬ世に 新古今 平兼盛

将軍しやうぐん
 陸将軍贈  李都使
三尺剣光氷在手 三尺さんじやくの剣つるぎの光ひかりは氷こほりに在り、
一張弓勢月当心 一張いつちやうの弓ゆみの勢いきほひは月つきこゝろに当あたれり

重和扶風老人活溶  白居易
雪中放馬朝尋跡 雪中せつちゆうに馬うまを放はなちて朝あしたに跡あとを尋たづね、
雲外聞鴻夜射声 雲外うんぐわいに鴻かりを聞きて夜よるこゑを射

贈河東処将軍  許渾
千里往来征馬疲 千里せんりに往来わうらいして征馬せいばつかれぬ、
十年離別故人稀 十年じふねん離別りべつして故人こじんまれなり

清慎公辞左近大将表  菅原文時
隴山雲暗    隴山ろうざんくもくらし、
李将軍之在家 李将軍りしやうぐんが家いへに在るとき、
潁水浪閑    潁水えいすゐなみしづかなり、
蔡征虜之未仕 蔡征虜さいせいりよのいまだ仕つかへざるとき

右親衛藤亜将読論語序  源順
職列虎牙         職しよく虎牙こがに列れつして、
雖拉武勇於漢四七将 武勇ぶよう漢の四七将ししちのしやうを拉とりひしぐといへども、
学抽麟角         学がく麟角りんかくを抽ぬきいで、
遂味文章於魯二十篇 遂つひに文章ぶんしやうを魯の二十篇にじふへんに味あぢはふ

和歌所別当左親衛中郎将奉行序 同
雄剣在腰    雄剣ゆうけんこしに在り、
抜則秋霜三尺 抜けばすなはち秋あきの霜しも三尺さんじやく
雌黄自口    雌黄しわうくちよりす、
吟亦寒玉一声 吟ぎんずればまた寒玉かんぎよく一声いつせい

 送李将軍  都良香
蛇驚剣影便逃死 蛇へび剣影けんえいに驚おどろきてすなはち死を逃のがる、
馬悪衣香欲噛人 馬うまは衣香いこうを悪にくみて人ひとを噛まんと欲ほつ

たまくしげ ふたとせあはぬ 君が身を
      あけながらやは あらんとおもひし 後撰 源公忠

刺史しし
 早春憶蘇州寄夢得  白居易
士女笙歌宜月下 士女しぢよの笙歌しやうかは月つきの下もとに宜よろしく、
使君金紫称花前 使君しくんの金紫きんしは花はなの前まへに称かなへり

 贈李尚書  同
精明合浦珠相似 精明せいめいは合浦がふほの珠たまに相似あひにたり、
断割崑吾剣不如 断割だんかつは崑吾こんごの剣つるぎも如かじ

源順能登守刺史赴任時餞別序  慶滋保胤
雖三百盃莫強辞 三百盃さんはくはいなりといへども強あながちに辞することなかれ、
辺土不是酔郷   辺土へんどはこれ酔郷すゐきやうにあらず、
此一両句可重詠 この一両句いちりやうくは重かさねて詠えいずべし、
北陸豈亦詩国   北陸ほくろくはあにまた詩の国くにならんや

たかきや にのぼりてみれば 煙たつ
      たみのかまどは にぎはひにけり 新古今 仁徳御製

詠史えいし
 賦項羽  橘相公
燈暗数行虞氏涙 燈ともしびくらうして数行すうかう虞氏ぐしが涙なみだ
夜深四面楚歌声 夜よるふかくして四面楚歌しめんそかの声こゑ

 賦蘇武  紀在昌
賓雁繋書秋葉落 賓雁ひんがんに書しよを繋くれば秋あきの葉つ、
牡羊期乳歳華空 牡羊ぼやうに乳ちゝを期すれば歳としの華はなむな

 賦叔孫通  紀長谷雄
他日遂逃秦虎口 他日たじつには遂つひに秦しんの虎口ここうを逃のがる、
暮年初謁漢龍顔 暮年ぼねんには初はじめて漢かんの龍顔りようがんに謁えつ

かぞいろは いかにあわれと おもふらん
      みとせになりぬ あしたゝずして 大江朝綱

王昭君わうせうくん
 王昭君  白居易
愁苦辛勤焦卒尽 愁苦しうく辛勤しんきんして焦卒せうすいし尽きたれば、
如今却似画図中 如今じよこんかへりて画図ぐわとの中うちに似たり

 同  紀長谷雄
身化早為胡朽骨 身は化くわして早はやく胡の朽骨きうこつとなる、
家留空作漢荒門 家いへは留とゞまりて空むなしく漢かんの荒門くわうもんとなる

 発句  大江朝綱
翠黛紅顔錦繍粧 翠黛すゐたい紅顔こうがん錦繍きんしうの粧よそほひ、
泣尋沙塞出家郷 泣くなく沙塞ささいを尋たづねて家郷かきやうを出

 同腰句  同
辺風吹断秋心緒 辺風へんふうき断つ秋あきの心緒しんしよ
隴水流添夜涙行 隴水ろうすゐながれ添ふ夜よるの涙行るゐかう

 同腰句  同
胡角一声霜後夢 胡角こかく一声いつせい霜後さうごの夢ゆめ
漢宮万里月前腸 漢宮かんきゆう万里ばんり月前げつぜんの腸はらわた

 同末句  同
昭君若贈黄金賂 昭君せうくんし黄金わうごんの賂おくりものを贈おくりなば、
定是終身奉帝王 定さだめてこれ身はるまで帝王ていわうに奉ほうぜしならん

同美人眉似片月  同
数行暗涙孤雲外 数行すかうの暗涙あんるゐは孤雲こうんの外ほか
一点愁眉落月辺 一点いつてんの愁眉しうびは落月らくげつの辺ほとり

あしびきの やまがくれなる ほととぎす
      きく人もなき ねをやなくらん 藤原実方

妓女ぎぢよ
 遊仙窟文  張文成
容貌似舅    容貌かほばせは舅しうとに似たり、
潘安仁之外姪 潘安仁はんあんじんが外姪はゝかたのめひなればなり、
気調如兄    気調いきざしは兄このかみのごとし、
崔季珪之小妹 崔季珪さいきけいが小妹をといもうとなればなり

 宮詞  元眞
外人不識承恩処 外うとき人ひとは識らず恩おんを承くる処ところ
唯有羅衣染御香 たゞ羅衣らいの御香ぎよかうに染まるあり

 井底引銀瓶  白居易
嬋娟両鬢秋蝉翼 嬋娟せんけんたる両鬢りやうびんは秋あきの蝉せみの翼つばさ
宛転双蛾遠山色 宛転ゑんてんたる双蛾さうがは遠とほき山やまの色いろ

 別後寄美人  白居易
莫怪紅巾遮面咲
 怪あやしむことなかれ紅巾こうきんの面おもてを遮さへぎりて咲めることを、
春風吹綻牡丹花
 春はるの風かぜは吹きて牡丹ぼたんの花はなを綻ほころばす

主家楽断詩序  小野篁
李延年之餝族 李延年りえんねんが族ぞくを餝かざること、
託一妍以始飛 一妍いつけんに託たくしてもつて始はじめて飛ぶ、
衛子夫之待時 衛子夫ゑいしふが時ときを待つこと、
在衆醜而永異 衆醜しゆうしゆうに在りて永ながく異ことなり

 催粧詩序  菅原道真
秋夜待月      秋あきの夜に月つきを待ちて、
纔望出山之清光 纔わづかに山やまを出づる清光せいくわうを望のぞむ、
夏日思蓮      夏なつの日に蓮はちすを思おもひて、
初見穿水之紅艶 初はじめて水みづを穿うがつ紅艶こうえんを見

 同題詩発句  同
算取宮人才色兼 宮人きうじんの才色さいしよくねたるを算かぞへ取り、
粧楼未下詔来添 粧楼しやうろうより未だ下くだらざるに詔みことのりきたり添ふ

 胸句  同
双鬟且理春雲軟 双鬟さうくわんしばらく理をさまりて春はるの雲くもやはらかなり、
片黛纔生暁月繊 片黛へんたいわづかに生りて暁あかつきの月つきほそ

 腰句  同
羅袖不遑廻火熨 羅袖らしうは火熨ひのしを廻めぐらすに遑いとまあらず、
凰釵還悔銷香匳 凰釵ほうさいは還かへりて香かうの匳はこを銷とざすことを悔

 落句  同
和風先導薫煙出 和風くわふうづ薫煙くんえんを導みちびきて出づ、
珍重紅房透翠簾 珍重ちんちようたる紅房こうばう翠簾すゐれんに透けり

 作者不知或菅原文時
嫌騫錦帳長薫麝
 嫌きらふらくは錦帳きんちやうを騫かゝげて長ながく麝じやを薫くんずることを、
悪巻珠簾晩著釵
 悪にくむは珠簾しゆれんを巻きて晩おそく釵かんざしを著くることを

 老命婦詩  大江朝綱
欲充今日新飢爨 今日こんにちの新あらたなる飢爨きさんに充てんと欲ほつして、
泣売先朝旧賜箏 泣くなく先朝せんてうふるく賜たまひし箏しやうのことを売

あまつかぜ 雲のかよひぢ ふきとぢよ
      をとめのすがた しばしとどめん 古今 良峰宗貞

遊女いうぢよ
 寄所思佳人  賀蘭暹
秋水未鳴遊女佩 秋水しうすゐは未いまだ遊女いうぢよの佩はいを鳴らさず、
寒雲空満望夫山 寒雲かんうんは空むなしく望夫ばうふの山やまに満

 遊女序  大江以言
翠帳紅閨      翠帳紅閨すゐちやうこうけい
万事之礼法雖異 万事ばんじの礼法れいはふことなりといへども、
舟中浪上      舟ふねの中うちなみの上うへ
一生之歓会是同 一生いつしやうの歓会くわんくわいこれ同おな

 同  同
和琴緩調臨潭月 和琴わごんゆるく調しらベて潭月たんげつに臨のぞむ、
唐櫓高推入水煙 唐櫓たうろたかく推して水煙すゐえんに入

しらなみの よするなぎさに 世をすぐす
      あまのこなれば やどもさだめず 新古今 読人不知

老人らうじん
 晏坐閑吟  白居易
昔為京洛声華客 昔むかしは京洛けいらくの声華はなやかなる客かくとなる、
今作江湖潦倒翁 今いまは江湖こうこの潦倒おちぶれたる翁おきなとなる

 睡覚  同
老眠早覚常残夜 老おいの眠ねむり早はやく覚めて常つねに夜を残のこす、
病力先衰不待年 病やまひの力ちからづ衰おとろへて年としを待たず

 贈康叟  同
再三憐汝非他事 再三さいさんなんぢを憐あはれむこと他の事ことに非あらず、
天宝遺民見漸稀 天宝てんぱうの遺民ゐみんの見ること漸やうやく稀まれなればなり

一条右大臣辞左大臣表  菅原文時
紅栄黄落      紅こうさかえ黄くわうつ、
一樹之春色秋声 一樹いちじゆの春はるの色いろあきの声こゑ
結綬抽簪      綬じゆを結むすび簪さんを抽く、
一身之壮心老思 一身いつしんの壮さかんなる心こゝろひの思おも

左衛郷尚歯会詩序  同
少於楽天三年 楽天らくてんより少わかきこと三年さんねん
猶已衰之齢也 猶なをすでに衰おとろへたる齢よはひなり、
遊於勝地一日 勝地しやうちに遊あそぶこと一日いちじつ
非是老之幸哉 これ老おいの幸さちにあらずや

 寿考策文  大江匡衡
太公望之遇周文 太公望たいこうぼうが周文しうぶんに遇ひしとき、
渭浜之波畳面   渭浜ゐひんの波なみおもてに畳たゝめり、
綺里季之輔漢恵 綺里季きりきが漢恵かんけいを輔たすけしとき、
商山之月垂眉   商山しやうざんの月つきまゆに垂れたり

 尚歯会  菅原文時
水無反夕流年涙 水みづは反かへる夕ゆふベなし流年りうねんの涙なみだ
花豈重春暮歯粧 花はなはあに重かさねて春はるならんや暮歯ぼしの粧よそほ

 同  同
林霧校声鴬不老 林霧りんむに声こゑを校くらぶれば鴬うぐひすいず、
岸風論力柳猶強 岸風がんふうに力ちからを論ろんずれば柳やなぎはなほ強つよ

 同  菅原雅規
酔対落花心自静 酔ひて落花らくくわに対むかへば心こゝろおのづから静しづかなり、
眠思余算涙先紅 眠ねむりて余算よさんを思おもへば涙なみだづ紅くれなゐなり

ますかがみ そこなる影に 向ひゐて
      見る時にこそ しらぬ翁に あふこゝちすれ 拾遺 凡河内躬恒

いづくにか 身をばよせまし よの中に
      おいをいとはぬ ひとしなければ 藤原為頼

交友かういう
 寄殿協律  白居易
琴詩酒友皆抛我 琴詩酒きんししゆの友ともは皆みなわれを抛なげうつ、
雪月花時最憶君 雪月花せつげつくわの時ときもつとも君きみを憶おも

報張十八員外以新詩見寄  白居易
陽春曲調高難和 陽春やうしゆんの曲調きよくてうは高たかくして和し難がたし、
淡水交情老始知 淡水たんすゐの交情かうじやうは老いて始はじめて知

 贈押衙  許渾
昔年顧我長青眼 昔年そのかみわれを顧かへりみるに長ながく青眼せいがんなりき、
今日逢君已白頭 今日こんにちきみに逢へば已すでに白頭はくとうなり

 交友序  大江朝綱
蕭会稽之過古廟 蕭会稽せうくわいけいが古廟こびやうを過ぎ、
託締異代之交   託たくして異代いだいの交まじはりを締むすぶ、
張僕射之重新才 張僕射ちやうぼくやが新才しんさいを重おもんずる、
推為忘年之友  推して忘年ぼうねんの友ともとなす

 菅原篤茂
裴文籍後聞君久 裴文籍はいぶんせきが後のちきみを聞くこと久ひさし、
菅礼部孤見我新 管礼部くわんれいぶの孤みなしごわれを見ること新あらたなり

君とわれ いかなることを ちぎりけん
      むかしの世こそ しらまほしけれ 新千載

たれをかも しる人にせん たかさごの
      まつもむかしの ともならなくに 古今 藤原興風

懐旧くわいきう
 題故元少尹遣文之詩  白居易
黄壌誰知我 黄壌くわうじやうには誰たれか我われを知らん、
白頭独憶君 白頭はくとうにして独ひとりきみを憶おもふ、
唯将老年涙 たゞ老年らうねんの涙なみだをもつて
一灑故人文 一ひとたび故人こじんの文ぶんに灑そゝ

 同  同
長夜君先去 長ながき夜に君きみづ去りぬ、
残年我幾何 残年ざんねんれ幾何いくばくぞや、
秋風袂満涙 秋風あきかぜに袂たもとに満つる涙なみだ
泉下故人多 泉下せんかに故人こじんおほ

 贈微之十七韻
往事眇茫都似夢 往事わうじ眇茫ベうばうとして都すべて夢ゆめに似る、
旧遊零落半帰泉 旧遊きういう零落れいらくして半なかば泉いずみに帰

 間江南景物  同
蘇州舫故龍頭暗 蘇州そしうふねりて龍頭りうとうくらし、
王尹橋傾鴈歯斜 王尹わうゐんはしかたむきて雁歯がんしなゝめなり

右大臣報恩願文  菅原文時
金谷酔花之地    金谷きんこくはなに酔へる地ところ
花毎春匂而主不帰 花はなは春毎はるごとに匂にほへど主あるじかへらず、
南楼玩月之人    南楼なんらうに月つきを玩もてあそびし人ひと
月与秋期而身何去 月つきは秋あきと期すれども身は何いづれにか去れる

 安楽寺廛作文序  源相規
王子晋之昇仙      王子晋わうししんが仙せんに昇のぼるや、
後人立祠於侯嶺之月 後人こうじんやしろを侯嶺こうれいの月つきに立つ、
羊大傅之早世      羊大傅やうたいふを早はやくするや、
行客墜涙於見山之雲 行客かうかくなみだを見山けんざんの雲くもに墜おと

 哭人  小野美材
促齢良木其摧歎 齢よはひを促はやくす良木はその摧くだけたることを歎く、
遺愛甘棠勿剪謡 遺愛ゐあい甘棠かんたうは剪ることなかれと謡うた

いにしへの 野中のしみづ ぬるけれど
      もとのこころを しる人ぞくむ 古今 読人不知

むかしをば かけじとおもへど かくばかり
      あやしくめにも みつなみだかな 拾遺 村上御製

よの中に あらましかばと おもふ人
      なきがおほくも なりにけるかな 拾遺 藤原為頼

述懐じゆつくわい
 後漢書文
専諸荊卿之感激 専諸せんしよ荊卿けいけいが感激かんげきせしも、
侯生予子之投身 侯生こうせい予子よしが身を投たうぜしも、
心為恩使      心こゝろは恩おんのために使つかはる、
命依義軽      命いのちは義によつて軽かろ

  後漢書文或大江澄明策文
范蠡収責勾践 范蠡はんれいせめを勾践こうせんに収をさめて、
乗扁舟於五湖 扁舟へんしうに五湖ごこに乗る、
咎犯謝罪文公 咎犯きうはんつみを文公ぶんこうに謝しやして、
亦逡巡於河上 また河上かじやうに逡巡しゆんじゆん

 文選呉都賦  左太仲
翫其積礫不窺玉淵者 その磧礫せきれきを翫もてあそび、玉淵ぎよくえんを窺うかゞはざるは、
未知驪龍之所蟠    いまだ驪龍りりようの蟠わだかまる所ところを知らず、
習其弊邑不視上邦者 その弊邑へいいふに習ひて上邦じやうはうを視ざるものは、
未知英雄之所宿    いまだ英雄えいゆうの躔む所ところを知らず

 詠懐  白居易
人間禍福愚難料 人間にんげんの禍福くわふくは愚おろかにして料はかりがたし、
世上風波老不禁 世上せじやうの風波ふうはは老いても禁きんぜず

 寄当途李筵秀才  許渾
車前驥病駑駘逸 車くるまの前まへに驥みて駑駘どたいすぐれたり、
架上鷹閑鳥雀飛 架たかほこの上うへに鷹たかしづかにして鳥雀てうじやくたか

 酔吟  白居易
事々無成身也老 事々じゝすことなくして身また老いたり、
酔郷不去欲何帰 酔郷すゐきやうらずして何いづくにか帰かへらんと欲ほつする

 述懐  大江朝綱
范蠡収責    范蠡はんれいせめを収をさめて、
棹扁舟而逃名 扁舟へんしうに棹さをさして名を逃のがる、
謝安辞功    謝安しやあんてがらを辞して、
伏孤雲而養志 孤雲こうんに鞭むちうちて志こゝろざしを養やしな

 申文  橘直幹
昇殿是象外之選也    昇殿しようでんはこれ象外しやうぐわいの選えらびなり、
俗骨不可以踏蓬莱之雲 俗骨ぞくこつもつて蓬莱ほうらいの雲くもを踏むべからず、
尚書亦天下之望也    尚書しやうしよまた天下てんかの望のぞみなり、
庸才不可以攀台閤之月 庸才ようさいはもつて台閣たいかくの月つきに攀づべからず

 詩会序  橘正通
齢亜顔駟    齢よはひは顔駟がんしに亜げり、
過三代而猶沈 三代さんだいを過ぎてなほ沈しづめり、
恨同伯鸞    恨うらみは伯鸞はくらんに同おなじ、
歌五噫而将去 五噫ごいを歌うたひてまさに去らんとす

 述懐  良峰春道
言下暗生消骨火 言ことばの下したに暗あんに骨ほねを消す火を生しやうず、
咲中偸鋭刺人刀 咲みの中うちに偸ひそかに人ひとを刺す刀かたなを鋭

 感懐詩  兼明親王
載鬼一車何足恐 鬼おにを一車いつしやに載すとも何いづくんぞ恐おそるゝに足らん、
棹巫三峡未為危 巫の三峡さんかうに棹さをさすともいまだ危あやうしとせず

 橘倚平
楚三閭醒終何益 楚の三閭さんりよが醒めしも終つひに何なんの益えきかある、
周伯夷飢未必賢 周しうの伯夷はくいが飢えしもいまだ必かならずしも賢けんならず

なにをして 身のいたづらに おいぬらん
      としのおもはむ こともやさしき 古今 読人不知

世の中は とてもかくても おなじこと
      みやもわらやも はてしなければ 新古今 蝉丸

しばしだに へがたくみゆる よの中に
      うらやましくも すめる月かな 拾遺 藤原高光

慶賀けいが
 夜宿江浦  白居易
剣佩暁趨双鳳闕 剣佩けんはいは暁あかつきに双鳳さうほうけつに趨はしる、
煙波夜宿一漁船 煙波えんぱは夜よる一漁いちぎよせんに宿しゆく

 及第詩  章孝標
銭塘去国三千里 銭塘せんたうは国くにを去ること三千里さんぜんり
一道風光任意看 一道いちだうの風光ふうくわうは意に任まかせて看

 感及第  同
想得江南諸父老 想おもひ得たり江南かうなんの諸しよ父老ふらう
因君鞭撻子孫多 君きみに因りて子孫しそんを鞭べんたつすること多おほ

 賛在衡  橘正通
吏部侍郎職侍中 吏部侍郎りぶじらうが職しよくは侍中じちゆう
着緋初出紫微宮 緋あけを着て初はじめて紫微宮しびきうより出

 同胸句  同
銀魚腰底辞春浪 銀魚ぎんぎよは腰こしの底もとにして春はるの浪なみを辞す、
綾鶴衣間曳暁風 綾鶴りようかくは衣ころもの間あひだにして暁あかつきの風かぜに舞

 同腰句  同
花月一窓交昔眤 花月一窓くわげついつさうの交まじはり昔むかしむつまじかりき、
雲泥万里眼今窮 雲泥万里うんでいばんりの眼まなこいまきはまれり

 同未句  同
省躬還恥相知久 躬を省かへりみて還かへりて相知ることの久しきことを恥づ、
君是当初竹馬童 君きみはこれ当初そのかみの竹馬ちくばの童わらはなり

うれしさを むかしは袖に つつみけり
      こよひは身にも あまりぬるかな 新勅撰 読人不知

いはひ
 雑言詩  謝偃或英明
嘉辰令月歓無極 嘉辰令月かしんれいげつよろこび極きはまり無し、
万歳千秋楽未央 万歳千秋ばんぜいせんしうたのしみ未いまだ央なかばならず

 天子万年  慶滋保胤
長生殿裏春秋富 長生殿ちやうせいでんの裏うちには春秋しゆんじうめり、
不老門前日月遅 不老門ふらうもんの前まへには日月じつげつおそ

きみが代は 千代にやちよに さざれ石の
      いはほとなりて こけのむすまで 古今 読人不知

よろづ世と みかさのやまぞ よばふなる
      あめがしたこそ たのしかるらし 拾遺 仲算

こひ
 大行路借夫婦以諷君臣之不終也  白居易
為君薫衣裳    君きみがために衣裳いしやうに薫たきものすれども、
君聞蘭麝不馨香 君蘭麝らんじやを聞きながら馨香けいこうならずとおもへり、
為君事容餝    君きみがために容餝ようしよくを事こととすれども、
君見金翠無顔色 君きみ金翠きんすゐを見ながら顔色がんしやくなしとおもへり

 遊仙窟文  張文成
更闌夜静    更かうたけなはに夜よるしづかにして、
長門閇而不開 長門ちやうもんげきとして開ひらかず、
月冷風秋    月つきひやゝかに、風かぜあきにして、
団扇杳而共絶 団扇だんせんようとして共ともに絶えたり

 長恨歌  白居易
行宮見月傷心色 行宮あんぐうに月つきを見れば心こゝろを傷いたましむる色いろ
夜雨聞猿断腸声 夜雨やうに猿さるを聞けば腸はらわたを断つ声こゑ

 同  同
春風桃李花開日 春はるの風かぜに桃李たうりはなの開ひらくる日
秋露梧桐葉落時 秋あきの露つゆに梧桐ごとうつる時とき

 同  同
夕殿蛍飛思悄然 夕ゆふべの殿とのに蛍ほたるび思おもひ悄然せうぜんたり、
秋燈挑尽未能眠 秋あきの燈ともしびかゝげ尽つくしていまだ眠ねむることあたはず

九条右丞相報呉越王之書  大江朝綱
南翔北嚮      南みなみに翔かけり北きたに嚮むかふ、
難付寒温於秋雁 寒温かんをんを秋あきの雁かりに付けがたし、
東出西流      東ひがしに出で西にしに流ながる、
亦寄瞻望於緊月 また瞻望せんばうを緊月あかつきに寄

 恋紀  斉名
聞得園中花養艶 聞ゝ得たり園そのの中うちに花の艶えんなるを養やしなふを、
請君許折一枝春 請ふ君きみ一枝いつしの春はるを折ることを許ゆる

 和江侍郎来書  采女
寒閨独臥無夫聟 寒閨かんけいに独ひとり臥して夫聟ふせいなければ、
不妨蕭郎枉馬蹄 妨さまたげず蕭郎せうらうが馬蹄ばていを枉ぐることを

 和源材子鰥居作  源為憲
貞女峡空唯月色 貞女峡ていぢよかふむなしくしてたゞ月つきの色いろ
窈娘堤旧独波声 窈娘堤えうぢやうていりてひとり波なみの声こゑ

わが恋は ゆくへもしらず はてもなし
      あふをかぎりと おもふばかりぞ 古今 凡河内躬恒

たのめつつ こぬよあまたに なりぬれば
      またじとおもふぞ まつにまされる 拾遺 柿本人丸

いまこむと いひしばかりに ながつきの
      ありあけの月を まちいでつるかな 古今 素性法師

無常むじやう
 無常  羅維
観身岸額離根草 身を観くわんずれば岸の額ひたひに根を離はなれたる草、
論命江頭不繋舟 命いのちを論ろんずれば江頭ほとりに繋つながざる舟ふね

 有所思  宋之問
年々歳々花相似 年々歳々ねんねんせいせいはなあひ似たり、
歳々年々人不同 歳々年々せいせいねんねんひとおなじからず

 対酒  白居易
蝸牛角上争何事 蝸牛くわぎうの角つのの上うへに何事なにごとをか争あらそふ、
石火光中寄此身 石火せきくわの光ひかりの中うちに此の身を寄

 願文  大江朝維
生者必滅       生しやうある者ものは必かならず滅めつす、
釈尊未免栴檀之煙 釈尊しやくそんだもいまだ栴檀せんだんの煙けむりを免まぬがれず、
楽尽哀来       楽たのしみ尽きて哀かなしみ来きたる、
天人猶逢五衰之日 天人てんにんもなほ五衰ごすいの日に逢

 中陰願文  藤原義孝
朝有紅顔誇世路 朝あしたには紅顔こうがんありて世路せろに誇ほこれども、
暮為白骨朽郊原 暮ゆふべには白骨はくこつとなりて郊原かうげんに朽

 無常  大江朝綱
雖観秋月波中影 秋あきの月つきの波なみの中うちの影かげを観るといへども、
未遁春花夢裏名 いまだ春はるの花はなの夢ゆめの裏うちの名を遁のがれず

よの中を なににたとへむ あさぼらけ
      こぎゆくふねの あとのしらなみ 拾遺 満誓法師

すゑのつゆ もとのしづくや よの中の
      おくれさきだつ ためしなるらん 新古今 遍昭僧正

手にむすぶ みづにやどれる 月かげの
      あるかなきかの 世にもすむかな 拾遺 紀貫之

しろ
 白賦  謝観
闇夜猶行名月地 闇夜あんやになほ名月めいげつの地を行くがごとし、
人間却踏白雲天 人間にんげんかへりて白雲はくうんの天てんを踏

 同  同
秦皇驚歎      秦皇しんくわう驚歎けいたんす、
燕丹之去日烏頭 燕丹えんたんが去りし日の烏からすの頭かしら
漢帝傷嗟      漢帝かんてい傷嗟しやうさす、
蘇武之来時鶴髪 蘇武そぶが来きたりし時ときの鶴つるの髪かみ

  白、発句  源順
銀河澄朗素秋天 銀河ぎんが澄朗ちようらうたり素秋そしうの天そら
又見林園白露円 また見る林園りんゑん白露はくろの円まどかなることを

 胸句  同
毛宝亀帰寒浪底 毛宝もうはうが亀かめは寒浪かんらうの底そこに帰かへり、
王弘使立晩花前 王弘わうこうが使つかひ晩花ばんくわの前まへに立

 腰句  同
蘆州月色随潮満 蘆州ろしうの月つきの色いろは潮しほに随したがひて満てり、
怱嶺雲膚与雪連 怱嶺そうれいの雲くもの膚はだへは雪ゆきと連つらなれり

 末句  同
霜鶴沙鴎皆可愛 霜鶴さうかく沙鴎さおうみな愛あいすべし、
唯嫌年鬢漸番然 たゞ嫌きらふらくは年鬢ねんびんの漸やうやく番然はぜんたることを

しらしら しらけたるよの 月かげに
      ゆきふみわけて むめの花をる 藤原公任

和漢朗詠集 終