退朝望終南山
唐・李拯
紫宸朝罷綴鴛鸞、
丹鳳樓前駐馬看。
惟有終南山色在、
晴明依舊滿長安。

 退朝して終南山を望む

紫宸ししんてうみて鴛鸞ゑんらんを綴つづり、
丹鳳樓前たんぽうろうぜん馬を駐とどめて看る。
だ終南山色しゅうなんさんしょくの在る有り、
晴明せいめいきうに依りて長安に滿つ。

嶺上逢久別者又別 唐・權德輿
 嶺上れいじゃう久別きうべつの者に逢ひて又た別わか
十年曾一別、
征路此相逢。
馬首向何處、
夕陽千萬峰。
十年曾かつて 一ひとたび別れ、
征路せいろここに相ひ逢ふ。
馬首ばしゅ何處いづこにか向かふ、
夕陽せきやう千萬せんまんの峰みね

 寒山詩
唐・寒山
寒巖深更好、
無人行此道。
白雲高岫閒、
青嶂孤猿嘯。
我更何所親、
暢志自宜老。
形容寒暑遷、
心珠甚可保。



寒巖かんがん深くして更に好く、
人の 此の道を行くもの無し。
白雲高岫かうしうに閑しづかに、
青嶂せいしゃう孤猿こゑんく。
われ更に何の親しむ所ぞ、
こころざしを暢べて自みづから宜よろしく老ゆべし。
形容けいようは寒暑かんしょに遷うつれども、
心珠しんじゅまことに保たもつ可し。

 絶句 唐・杜甫

兩箇黄鸝鳴翠柳、
一行白鷺上青天。
窗含西嶺千秋雪、
門泊東呉萬里船。



兩箇りゃうこの黄鸝くゎうり翠柳すゐりうに鳴き、
一行いっかうの白鷺はくろ青天に上のぼる。
まどには含ふくむ西嶺せいれい千秋の雪、
門には泊はくす東呉とうご萬里ばんりの船。

 將進酒 唐・李賀

琉璃鍾、琥珀濃。
小槽酒滴眞珠紅。
烹龍炮鳳玉脂泣、
羅屏繡幕圍香風。
吹龍笛、撃鼉鼓。
皓齒歌、細腰舞。
況是青春日將暮、
桃花亂落如紅雨。
勸君終日酩酊醉、
酒不到
劉伶墳上土。



琉璃るりの鍾さかづき、琥珀こはくし。
小槽せうさう酒滴したたりて眞珠の紅くれなゐなり。
りゅうを烹ほうを炮つつみやきして玉脂ぎょくし
羅屏らへい繡幕しうまく香風かうふうを圍かこむ。
龍笛りゅうてきを吹き、鼉鼓だこを撃つ。
皓齒かうし歌ひ、細腰さいえう舞ふ。
いはんや是れ青春日まさに暮れんとして、
桃花たうくゎ亂れ落つること紅雨こううの如し。
君に勸すすむ終日しゅうじつ酩酊めいていして醉へ、
酒は到らず
劉伶りうれい墳上ふんじゃうの土に。

送李侍郞赴常州
唐・賈至
雪晴雲散北風寒、
楚水呉山道路難。
今日送君須盡醉、
明朝相憶路漫漫。

 李侍郎の常州に赴くを送る

雪晴れ雲散さんじて北風ほくふう寒く、
楚水そすゐ呉山ござん道路難かたし。
今日こんにち君を送る須すべからく醉ひを盡くすべし
明朝みゃうてうひ憶おもふも路みち漫漫まんまん

 焚書坑 唐・章碣

竹帛煙消帝業虚、
關河空鎖祖龍居。
坑灰未冷山東亂、
劉項元來不讀書。

 焚書坑ふんしょかう

竹帛ちくはく煙消えて帝業ていげふむなし、
關河くゎんがむなしく鎖とざす祖龍そりゅうの居きょ
坑灰かうくゎいいまだ冷えざるに山東亂みだる、
劉項りうかう元來がんらいしょを讀まず。

寄楊侍御 唐・包何

一官何幸得同時、
十載無媒獨見遺。
今日莫論腰下組、
請君看取鬢邊絲。

 楊侍御に寄す

一官(いっくゎん)(なん)(さいはひ)ぞ時を(おな)じうするを()たる、
十載じっさいばいなくして獨ひとり遺のこさる。
今日こんにち論ずる莫し腰下えうかの組
ふ 君きみ看取かんしゅせよ鬢邊びんぺんの絲を。

 歌風臺 唐・林寬

蒿棘空存百尺基、
酒酣曾唱大風詞。
莫言馬上得天下、
自古英雄盡解詩。



蒿棘かうきょくに空むなしく存す百尺ひゃくせきの基、
さけたけなはにして曾かつて唱うたふ『大風の詞うた』。
言ふ莫なかれ「馬上天下を得たり」と、
いにしへより英雄盡ことごとく詩を解す。

 胡渭州 唐・張祜

亭亭孤月照行舟、
寂寂長江萬里流。
鄕國不知何處是、
雲山漫漫使人愁。

 胡渭州こゐしう

亭亭ていていたる孤月こげつ行舟かうしうを照らし、
寂寂せきせきたる長江萬里ばんりに流る。
鄕國きゃうこく知らず何いづれの處ところか是これなる、
雲山うんざん漫漫まんまん人をして愁うれへしむ。

 憶揚州 唐・徐凝

蕭娘臉下難勝涙、
桃葉眉頭易得愁。
天下三分明月夜、
二分無賴是揚州。

 揚州やうしうを憶おも

蕭娘せうぢゃうの臉下れんか涙に勝へ難がたく、
桃葉たうえふの眉頭びとううれひを得やすし。
天下三分さんぶんす明月めいげつの夜よる
二分にぶんは無賴ぶらいれ揚州やうしう

 題詩後
唐・賈島
二句三年得、
一吟雙涙流。
知音如不賞、
歸臥故山秋。

 詩後に題す

二句三年に得
一吟いちぎんすれば雙涙さうるゐ流る。
知音ちいんし 賞しゃうせずんば、
故山こざんの秋に歸臥きぐゎせん。

送無可上人
唐・賈島
圭峰霽色新、
送此草堂人。
麈尾同離寺、
蛩鳴暫別親。
獨行潭底影、
數息樹邊身。
終有煙霞約、
天台作近鄰。

 無可上人を送る

圭峰けいほう霽色せいしょくあらたに、
の草堂さうだうの人を送る。
麈尾しゅびおなじうして寺を離れ、
蛩鳴きょうめいしばらく親しんと別わかる。
ひとり行く潭底たんていの影、
しばしば息いこふ樹邊じゅへんの身。
つひには煙霞えんかの約やく有りて、
天台てんだいを近鄰きんりんと作さん。

 沒蕃故人
唐・張籍
前年戍月支、
城下沒全師。
蕃漢斷消息、
死生長別離。
無人收廢帳、
歸馬識殘旗。
欲祭疑君在、
天涯哭此時。

 蕃ばんに沒ぼっせる故人

前年月支げっし を 戍まもり、
城下に全師ぜんしぼっす。
蕃漢ばんかん消息を斷ち、
死生しじゃうとこしへに別離す。
人の廢帳はいちゃうを收をさむる無く、
歸馬きば殘旗ざんきを 識る。
祭らんと欲ほっして君在るかと疑ふ、
天涯てんがいに哭こくするは此の時。

 春思 唐・賈至

紅粉當壚弱柳垂、
金花臘酒解酴醾。
笙歌日暮能留客、
醉殺長安輕薄兒。



紅粉こうふんに當たりて弱柳じゃくりう垂れ、
金花きんくゎの臘酒らふしう酴醾とびを解く。
笙歌しゃうか日暮れて能く客きゃくを留とどめ、
醉殺すゐさつす長安輕薄兒けいはくじ

 杭州迴舫
唐・白居易
自別錢塘山水後、
不多飮酒懶吟詩。
欲將此意憑迴櫂、
報與西湖風月知。



錢塘せんたうの山水さんすゐに別れてより後のち
多くは酒を飲まず詩を吟ずるに懶ものうし。
の意を將もって迴櫂くゎいたうに憑たのみ、
西湖風月に報はうじて知らしめんと欲ほっす。

 贈崔九載華
唐・劉長卿
憐君一見一悲歌、
歳歳無如老去何。
白屋漸看秋草沒、
靑雲莫道故人多。

 崔九載華に贈る

君を憐あはれむ一見すれば一悲歌するを、
歳歳老い去るを如何ともする無し。
白屋はくをくやうやく看る秋草に沒するを、
青雲道ふこと莫れ故人多しと。

 獨柳 唐・杜牧

含煙一株柳、
拂地搖風久。
佳人不忍折、
悵望回纖手。



煙を含む一株の柳、
地を拂ひ風に搖ぐこと久し。
佳人折るに忍びず、
悵望して纖手せんしゅを囘めぐらす。

題苜蓿烽寄家人
唐・岑參
苜蓿烽邊逢立春、
胡蘆河上涙沾巾。
閨中祇是空思想、
不見沙場愁殺人。

 苜蓿烽もくしゅくほうに題して家人に寄す

苜蓿烽もくしゅくほうへん立春に逢ひ、
胡蘆ころ河上かじゃう涙巾きんを沾うるほす。
閨中けいちゅうだ是れ空しく思想しさうするも、
沙場さじゃう人を愁殺しうさつするを見ず。

 哭孟寂 唐・張籍

曲江院裏題名處、
十九人中最少年。
今日春光君不見、
杏花零落寺門前。




 


 孟寂もうせきを哭こく

曲江きょっかう院裏ゐんり名を題せし處、
十九じゅうくにん中最も少年。
今日こんにちの春光しゅんくゎう君見えず、
杏花きゃうくゎ零落れいらくす寺門の前。

太行路 借夫婦以諷君臣之不終也 唐・白居易
 太行たいかうの路みち 夫婦に借りて以て君臣の終へざるを諷ふうする也
太行之路能摧車、
若比人心是坦途。
巫峽之水能覆舟、
若比人心是安流。
人心好惡苦不常、
好生毛羽惡生瘡。
與君結髮未五載、
豈期牛女爲參商。
古稱色衰相棄背、
當時美人猶怨悔。
何況如今鸞鏡中、
妾顏未改君心改。
爲君熏衣裳、
君聞蘭麝不馨香。
爲君盛容飾、
君看金翠無顏色。
行路難、難重陳。
人生莫作婦人身、
百年苦樂由他人。
行路難、
難於山、險於水、
不獨人間夫與妻、
近代君臣亦如此。
君不見左納言、
右納史。
朝承恩、暮賜死。
行路難、
不在水、不在山。
只在人情反覆間。
太行の路は能く車を摧くだくも、
し人の心を比すれば是れ坦途たんとなり。
巫峽ふけふの水は能く舟を覆くつがへすも、
し人の心に比すれば是れ 安流あんりうなり。
人心の好惡かうをはなはだ常つねならず、
好めば毛羽まううを生しゃうじ惡にくめば瘡きずを生ず。
君が與ために髮を結びて未だ五載ならざるに、
(あに)()せんや (ぎう)(ぢょ)(しん)(しゃう)とに()るを。
(いにし)へより稱す色(おとろ)へれば ()棄背(きはい)すと、
當時の美人猶ほ 怨悔ゑんくゎいす。
いかに 況いはんや 如今じょこん鸞鏡らんきゃうの中うち
せふが顏かんばせの未だ改まざるに君が心改まる。
君が爲に 衣裳いしゃうを熏くんずれば、
君は蘭麝らんじゃを聞ぎで馨香けいかうとせず。
君が爲に容飾ようしょくを盛んにすれば、
君は金翠きんすゐを看て顏色がんしょく無しとす。
行路難なん、重かさねて陳べ難がたし。
人生まれて婦人の身と作る莫かれ、
百年の苦樂は他人に由る。
行路難なん
山よりも難かたく、水よりも險けはし、
ひとりり 人間じんかんの夫と妻さいとのみならず、
近代の君臣も亦た此くの如し。
君見ずや左納言さなふげん
右納史うないし
あしたに恩を承け、暮くれに死を賜たまふ。
行路難なん
水に在らず、山に在らず。
だ人情反覆はんぷくの間かんに在り。

 聞雁
唐・韋應物
故園眇何處、
歸思方悠哉。
淮南秋雨夜、
高齋聞雁來。

 雁を聞く

故園眇べうとして何いづれの處ぞ、
歸思方まさに悠なる哉かな
淮南秋雨しううの夜、
高齋に雁の來きたるを聞く。

 春怨 唐・王昌齡

音書杜絶白狼西、
桃李無顏黄鳥啼。
寒雁春深歸去盡、
出門腸斷草萋萋。



音書杜絶す白狼の西、
桃李顏無けれども黄鳥啼く。
寒雁春深くして歸去し盡くし、
門を出づれば腸は斷つ草萋萋たるに。

 贈花卿 唐・杜甫

錦城絲管日紛紛、
半入江風半入雲。
此曲祗應天上有、
人間能得幾回聞。

 花卿くゎけいに贈る

錦城きんじゃうの絲管しくゎん日に紛紛ふんぷん
(なか)ばは 江風(かうふう)()りて(なか)ばは雲に()る。
の曲祗だ應まさに天上てんじゃうに有るべく、
人間じんかんく幾回くゎいか聞くを得ん。

 守睢陽作
唐・張巡
接戰春來苦、
孤城日漸危。
合圍侔月暈、
分手若魚麗。
屢厭黄塵起、
時將白羽揮。
裹瘡猶出陣、
飮血更登陴。
忠信應難敵、
堅貞諒不移。
無人報天子、
心計欲何施。

 睢陽すゐやうを守る作

接戰して春來よりこのかた苦しみ、
孤城日に漸やうやく 危あやふし。
合圍がふゐ月暈げつうんに侔ひとししく、
分手ふんしゅ魚麗ぎょりの若ごとし。
しばしば黄塵の起るを厭いとひ、
時に白羽はくうを將もって 揮ふるふ。
きずを裹つつみ猶ほ陣ぢんを出で、
血を飮み更に陴に登る。
忠信應まさに敵し難がたかるべく、
堅貞けんていまことに移らず。
人の天子に報はうずる無く、
心計何いづくにか施ほどこさんと欲する。

 歸雁 唐・錢起

瀟湘何事等閒回、
水碧沙明兩岸苔。
二十五弦彈夜月、
不勝淸怨卻飛來。



瀟湘せうしゃうより何事なにごとぞ等閒とうかんに回かへる、
水 碧みどりに沙すなあきらかにして兩岸に苔こけあり。
二十五弦にじふごげん夜月やげつに彈だんずれば、
清怨せいゑんに勝へずして卻かへり飛び來きたる。

山中五詠 山館
唐・皇甫冉
山館長寂寂、
閒雲朝夕來。
空庭復何有、
落日照靑苔。
山館長とこしなへに寂寂せきせき
閒雲朝夕てうせききたる。
空庭くうていた 何なにか有る、
落日靑苔せいたいを照らす。

 送別魏三
唐・王昌齡
醉別江樓橘柚香、
江風引雨入船涼。
憶君遙在湘山月、
愁聽清猿夢裏長。

 魏三に送別す

ひて江樓に別るれば橘柚きついうかんばしく、
江風かうふう雨を引きて船に入りて涼し。
おもふ君が遙はるかに湘山しゃうざんの月に在りて、
うれへ聽かん清猿せいゑんの夢裏むりに長きを。

齊安郡後池絶句
唐・杜牧
菱透浮萍綠錦池、
夏鶯千囀弄薔薇。
盡日無人看微雨、
鴛鴦相對浴紅衣。



ひしは浮萍ふひゃうを透とほす綠錦りょくきんの池、
夏鶯千囀せんてんして薔薇に弄たはむる。
盡日じんじつ人無く微雨びうを看れば、
鴛鴦ゑんあうひ對して紅衣こういを浴す。

和李秀才邊庭四時怨 其四冬 唐・廬弼
 李秀才の『邊庭四時怨』に和す
朔風吹雪透刀瘢、
飮馬長城窟更寒。
半夜火來知有敵、
一時齊保賀蘭山。
朔風さくふう雪を吹きて刀瘢たうはんに透とほり、
馬を飲みづかへば長城の窟くつ更に寒し。
半夜はんやきたりて敵有るを知り、
一時いちじひとしく保たもつ賀蘭山がらんさん

見京兆韋參軍量移東陽 唐・李白
 京兆けいてうの韋參軍さんぐんが東陽とうやうに量移りゃういせらるるを見る
潮水還歸海、
流人卻到呉。
相逢問愁苦、
涙盡日南珠。
潮水てうすゐた海に歸かへり、
流人りうじんかへって 呉に到る。
ひ逢うて愁苦しうくを問へば、
涙は盡く日南にちなんの珠たま

 送王道士還京
唐・賈至
一片仙雲入帝鄕、
數聲秋雁至衡陽。
借問清都舊花月、
豈知遷客泣瀟湘。

 王道士の京に還かへるを送る

一片の仙雲せんうん帝郷ていきゃうに入り、
數聲の秋雁しうがん衡陽かうやうに至る。
借問しゃもんす清都せいとの舊花月きうくゎげつ
あに知らんや遷客せんかぅの瀟湘せうしゃうに泣くを。

洛陽道獻呂四郎中 唐・儲光羲
 洛陽道 呂四郎中に獻ず
大道直如髮、
春日佳氣多。
五陵貴公子、
雙雙鳴玉珂。
大道だいだうなほきこと髮の如く、
春日しゅんじつ佳氣かき多し。
五陵ごりょうの貴公子、
雙雙さうさう玉珂ぎょくかを鳴らす。

 江上別李秀才
唐~・韋莊
前年相送灞陵春、
今日天涯各避秦。
莫向尊前惜沈醉、
與君倶是異鄕人。

 江上李秀才に別る

前年相ひ送る灞陵はりょうの春、
今日天涯てんがいおのおの秦を避く。
尊前に向かって沈醉ちんすゐを惜しむこと莫かれ、
君と倶ともに是れ異鄕の人。

九日送別 唐・王之渙

薊庭蕭瑟故人稀、
何處登高且送歸。
今日暫同芳菊酒、
明朝應作斷蓬飛。

 九日きうじつ送別

薊庭けいてい蕭瑟せうしつとして故人稀まれなり、
いづれの處か高きに登りて且しばらく歸るを送らん
今日こんにちしばらく芳菊はうきくの酒を同じうし、
明朝みゃうてうまさに斷蓬だんぽうと作って飛ぶべし。

 淮上與友人別
唐・鄭谷
揚子江頭楊柳春、
楊花愁殺渡江人。
數聲風笛離亭晩、
君向瀟湘我向秦。

 淮上わいじゃうにて友人と別る

揚子やうす江頭かうとう楊柳やうりうの春、
楊花やうくゎ愁殺しうさつす江かうを渡る人。
數聲の風笛ふうてき離亭りていの晩、
君は瀟湘せうしゃうに向かひ我われは秦しんに向かふ。

 閒吟 唐・白居易

自從苦學空門法、
銷盡平生種種心。
唯有詩魔降未得、
毎逢風月一閒吟。



空門くうもんの法はふを苦學してより、
し盡くす平生へいぜいの種種の心。
だ詩魔しまのみ降くだすこと未だ得ず、
風月に逢ふ毎ごとに一たび閒吟す。

乙丑人日
唐・司空圖
自怪扶持七十身、
歸來又見故鄕春。
今朝人日逢人喜、
不料偸生作老人。
 

 乙丑いっちゅうの人日じんじつ

自ら怪しむ扶持ふぢ七十しちじふの身、
歸り來きたりて又た見る故郷の春を。
今朝こんてう人日じんじつ逢ふ人喜び、
はからず生せいを偸ぬすみて老人と作りたるを。

 客至 唐・杜甫

舍南舍北皆春水、
但見群鷗日日來。
花徑不曾緣客掃、
蓬門今始爲君開。
盤飧市遠無兼味、
樽酒家貧只舊醅。
肯與鄰翁相對飮、
隔籬呼取盡餘杯。

  客至る

舍南舍北皆みな春水、
だ見る群鷗ぐんおうの日日に來きたるを。
花徑曾かつて客きゃくに緣りて掃はらはず、
蓬門ほうもん今始めて君が爲ために開く。
盤飧ばんそんいち遠くして兼味けんみ無く、
樽酒そんしゅいへひんにして只だ舊醅きうはいのみ。
鄰翁りんおうと相ひ對して飮むを肯がへんずれば、
(かき)を隔てて呼び取りて餘杯(よはい)(つく)さしめん。

 江亭 唐・杜甫

坦腹江亭暖、
長吟野望時。
水流心不競、
雲在意倶遲。
寂寂春將晩、
欣欣物自私。
故林歸未得、
排悶強裁詩。



坦腹たんぷくすれば江亭暖かに、
長吟す野望やばうの時。
水流れて心競きそはず、
雲在りて意倶ともに遲し。
寂寂せきせきとして春は將まさに晩れんとし、
欣欣きんきんとして物は自みづから私わたくしす。
故林こりん歸ること未いまだ得ざれば、
もだえを排はらひ強ひて詩を裁さいす。

 歸家 唐・杜牧

稚子牽衣問、
歸來何太遲。
共誰爭歳月、
贏得鬢邊絲。

 家に歸る

稚子ちしころもを牽きて問ふ:
歸來何ぞ太はなはだ遲き。
たれと共に歳月を爭あらそふ、
ち得たり鬢邊びんぺんの絲。

 宿建德江
唐・孟浩然
移舟泊煙渚、
日暮客愁新。
野曠天低樹、
江清月近人。

 建德江に宿る

舟を移して煙渚えんしょに泊せば、
日暮れて客愁かくしうあらたなり。
野曠ひろくして天樹に低れ、
かう清くして月人に近し。

 春怨 唐・劉方平

紗窗日落漸黄昏、
金屋無人見涙痕。
寂寞空庭春欲晩、
梨花滿地不開門。



紗窗ささうに日落ちて漸やうやく黄昏くゎうこんたり、
金屋きんをくひと無くして涙痕るゐこんを見あらはす。
寂寞せきばくたる空庭くうていに春晩くれんと欲ほっし、
梨花りくゎに滿てども門を開ひらかず。

 春怨
唐・金昌緒
打起黄鶯兒、
莫敎枝上啼。
啼時驚妾夢、
不得到遼西。

 春怨しゅんゑん

黄鶯兒くゎうあうじを打起だきし、
枝上しじゃうに啼かしむること莫なかれ。
く時妾せふが夢を驚おどろかし、
遼西れうせいに到るを得ざらしめん。

 雜詩 唐・無名氏

近寒食雨草萋萋、
著麥苗風柳映堤。
等是有家歸未得、
杜鵑休向耳邊啼。



寒食に近き雨に草は萋萋として、
麥苗を著けたる風に柳は堤に映ゆ。
(いづく)んぞ()れ家有れども歸ること(いま)だ得ざる、
杜鵑とけん耳邊に啼くを休めよ。

  唐・杜牧

連雲接塞添迢遞、
灑幕侵燈送寂寥。
一夜不眠孤客耳、
主人窗外有芭蕉。



雲を連つらね塞さいに接して迢遞てうていを添へ、
幕に灑そそぎ燈を侵をかして寂寥せきれうを送る。
一夜いちや眠れず孤客こかくの耳みみ
主人の窗外さうがい芭蕉ばせう有り。

 寒食 唐・韓翃

春城無處不飛花、
寒食東風御柳斜。
日暮漢宮傳蠟燭、
輕煙散入五侯家。



春城しゅんじゃうところとして花を飛ばさざるは無く、
寒食東風御柳ぎょりう斜めなり。
日暮にちぼ漢宮蠟燭を傳へ、
輕煙散じて五侯ごこうの家に入る。

 小寒食舟中作
唐・杜甫
佳辰強飯食猶寒、
隱几蕭條帶鶡冠。
春水船如天上坐、
老年花似霧中看。
娟娟戲蝶過閒幔、
片片輕鷗下急湍。
雲白山青萬餘里、
愁看直北是長安。

 小寒食舟中の作

佳辰かしんひて飯はんすれば食しょくは 猶ほ寒く、
()()蕭條(せうでう)として鶡冠(かつくゎん)(いただ)く。
春水船は天上に坐するが如く、
老年花は霧中に看るに似たり。
娟娟ゑんゑんたる戲蝶ぎてふは閒幔かんまんを過ぎ、
片片へんぺんたる輕鷗けいおうは急湍きふたんを下くだる。
雲白く山青きこと萬餘里ばんより
うれへ看る直北ちょくほくは是れ長安なるを。

春日憶李白
唐・杜甫
白也詩無敵、
飄然思不群。
清新庾開府、
俊逸鮑參軍。
渭北春天樹、
江東日暮雲。
何時一尊酒、
重與細論文。

 春日李白を憶ふ

はくや詩に敵無く、
飄然へうぜん思ひ群ぐんならず。
清新せいしんなるは庾開府、
俊逸しゅんいつなるは鮑はう參軍。
渭北ゐほく春天しゅんてんの樹、
江東かうとう日暮にちぼの雲。
いづれの時か一尊いっそんの酒、
かさねて與ともに細こまやかに文ぶんを論ぜん。

 夜月 唐・劉方平

更深月色半人家、
北斗闌干南斗斜。
今夜偏知春氣暖、
蟲聲新透綠窗紗。

 夜の月

かう深け月色人家に半ばし、
北斗は闌干らんかんとして南斗は斜めなり。
今夜偏ひとへに知る春氣の暖かなるを、
蟲聲新たに綠の窗紗さうさを透る。

送方外上人
唐・劉長卿
孤雲將野鶴、
豈向人間住。
莫買沃洲山、
時人已知處。

 方外はうがいの上人しゃうにんを送る

孤雲こうん野鶴やかくを將おくる、
あに人間じんかんに 住とどまらんや。
沃洲山よくしうざんを買ふこと莫なかれ、
時人じじんすでに知れる處。

春行寄興 唐・李華

宜陽城下草萋萋、
澗水東流復向西。
芳樹無人花自落、
春山一路鳥空啼。

 春行しゅんかうきょうを寄

宜陽ぎやう城下草萋萋せいせい
澗水かんすゐ東に流れて復た西に向かふ。
芳樹はうじゅ人無くして花自おのづから落ち、
春山一路鳥空むなしく啼く。

西亭春望 唐・賈至

日長風暖柳青青、
北雁歸飛入窅冥。
岳陽城上聞吹笛、
能使春心滿洞庭。



日長く風暖かにして柳青青せいせいたり、
北雁歸り飛びて窅冥えうめいに入る。
岳陽がくやう城上じゃうじゃう吹笛すゐてきを聞く、
く春心しゅんしんをして洞庭どうていに滿たしむ。

 鳥鳴澗
唐・王維
人閒桂花落、
夜靜春山空。
月出驚山鳥、
時鳴春澗中。



人 閒しづかにして桂花けいくゎ落ち、
夜靜かにして春山しゅんざんむなし。
月出でて山鳥さんてうを驚かし、
時に鳴く春澗しゅんかんの中うち

洛陽客舍逢祖詠留宴 唐・蔡希寂
 洛陽の客舍にて祖詠そえいに逢ひ留宴す
綿綿鐘漏洛陽城、
客舍貧居絶送迎。
逢君貰酒因成醉、
醉後焉知世上情。
綿綿たる鐘漏しょうろう洛陽らくやうじゃう
客舍貧居送迎を斷つ。
君に()ひて酒を(おきの)りて()って()ひを成さん、
醉後すゐごいづくんぞ知らん世上の情を。

 送崔子還京
唐・岑參
匹馬西從天外歸、
揚鞭只共鳥爭飛。
送君九月交河北、
雪裏題詩涙滿衣。

 崔子さいしを送りて京に還かへ

匹馬ひっぱ西のかた天外てんがいより歸り、
むちを揚げて只だ鳥と飛ぶを爭ふ。
君を送る九月交河かうがの北、
雪裏せつり詩を題だいして涙なみだころもに滿つ。

薊丘覽古 燕昭王 唐・陳子昂
 薊丘けいきう覽古らんこ 燕えんの昭王せうわう
南登碣石館、
遙望黄金臺。
丘陵盡喬木、
昭王安在哉。
霸圖悵已矣、
驅馬復歸來。
南のかた碣石けっせきくゎんに登り、
遙かに黄金臺わうごんだいを望む。
丘陵盡ことごとく喬木けうぼく
昭王せうわういづくに在りや。
霸圖はとちゃうとして已みぬ、
馬を驅って復た歸かへり來きたる。

同王徴君湘中有懷 唐・張謂
 王徴君ちょうくんの『湘中しゃうちゅうにて懷おもひ有り』に同どう
八月洞庭秋、
瀟湘水北流。
還家萬里夢、
爲客五更愁。
不用開書帙、
偏宜上酒樓。
故人京洛滿、
何日復同遊。
八月洞庭どうていの秋、
瀟湘せうしゃう水北に流る。
家に還かへる萬里の夢、
かくと爲る五更の愁うれひ
書帙しょちつの開くを用もちゐず、
ひとへに宜よろし酒樓に上のぼるに。
故人京洛けいらくに滿つ、
いづれの日か復た同遊せん。

 送盧舉使河源
唐・張謂
故人行役向邊州、
匹馬今朝不少留。
長路關山何日盡、
滿堂絲竹爲君愁。

 盧舉ろきょの河源かげんに使つかひするを送る

故人行役かうえきして邊州へんしうに向かふ、
匹馬ひっぱ今朝こんてうしばらくも留とどまらず。
長路ちゃうろ關山くゎんざんいづれの日か盡きん、
滿堂の絲竹しちく君が爲ために愁うれふ。

送梁六自洞庭山作
唐・張説
巴陵一望洞庭秋、
日見孤峰水上浮。
聞道神仙不可接、
心隨湖水共悠悠。

 梁六を洞庭の山より送りて作る

巴陵はりょうに一望す洞庭の秋、
日に見る孤峰の水上すゐじゃうに浮かぶを。
聞道きくならく神仙接す可からずと、
心は湖水こすゐに隨したがひて共に悠悠いういう

行軍九日思長安故園 唐・岑參
 行軍九日きうじつ長安の故園を思ふ
強欲登高去、
無人送酒來。
遙憐故園菊、
應傍戰場開。
ひて高きに登り去らんと欲するも、
人の酒を送りて來きたる無し。
遙かに憐あはれむ故園の菊、
まさに戰場に傍ひて開くべし。

 九日 唐・崔國輔

江邊楓落菊花黄、
少長登高一望鄕。
九日陶家雖載酒、
三年楚客已霑裳。

 九日きうじつ

江邊かうへんかへで落ちて菊花きくくゎ黄なり、
少長せうちゃう高きに登りて一いつに鄕きゃうを望む。
九日きうじつ陶家たうか酒を載すと雖いへども、
三年楚客そかく已に裳を霑うるほす。

 送王永 唐・劉商

君去春山誰共遊、
鳥啼花落水空流。
如今送別臨溪水、
他日相思來水頭。

 王永わうえいを送る

君去らば春山しゅんざんたれと共にか遊ばん、
鳥啼き花落ちて水空むなしく流れん。
如今じょこんわかれを送りて溪水けいすゐに臨のぞむ、
他日相ひ思はば水頭すゐとうに來きたれ。

 怨詩
唐・無名女子
君生我未生、
我生君已老。
君恨我生遲、
我恨君生早。



君生まれたるとき我未いまだ生まれず、
我生まれたるとき君已すでに老ゆ。
君は恨うらむ我の生まるることの遲きを、
我は恨うらむ君の生まるることの早きを。

 思婦詞
唐・無名女子
一別行千里、
來時未有期。
月中三十日、
無夜不相思。



ひとたび別れて千里を行く、
かへる時は未いまだ 期さだめ有らず。
月中ちゅう三十日、
夜に相ひ思はざること無し。