諸將 五首 其二
杜甫
韓公本意築三城、
擬絶天驕拔漢旌。
豈謂盡煩回紇馬、
翻然遠救朔方兵。
胡來不覺潼關隘、
龍起猶聞晉水淸。
獨使至尊憂社稷、
諸君何以答升平。



韓公の本意三城を築くは、
天驕(てんきょう)漢旌(かんせい)を拔くを絶たんと(ほっ)すればなり。
()(おも)はんや(ことごと)回紇(くゎいこつ)の馬を(わずら)はし、
翻然ほんぜんとして遠く朔方さくはうの兵を救はんとは。
胡來きたりて潼關とうくゎんの隘せまきを覺えず、
龍起こりて猶ほ晉水しんすゐの淸きを聞く。
ひとり至尊しそんをして社稷しゃしょくを憂うれへしめれば、
諸君何を以てか升平しょうへいに答へん。

夜上受降城聞笛
李益
囘樂峯前沙似雪、
受降城外月如霜。
不知何處吹蘆管、
一夜征人盡望鄕。

 夜受降城に上りて笛を聞く

囘樂峯くゎいらくほう前沙すな雪に似たり、
受降城じゅかうじゃう外月霜の如し。
知らず何いづれの處にか蘆管ろくゎんを吹く、
一夜征人盡ことごとく郷きゃうを望む。

 逢舊 白居易

我梳白髮添新恨、
君掃靑蛾減舊容。
應被傍人怪惆悵、
少年離別老相逢。

 舊きうに逢ふ

我は白髮を梳くしけづり新恨しんこんを添へ、
君は靑蛾せいがを掃はらひて舊容きうようを減ず。
(まさ)傍人(ぼうじん)惆悵(ちうちゃう)するを(あや)しまるべし、
少年に離別して老いて相ひ逢ふ。

 代鄰叟言懷
白居易
人生何事心無定、
宿昔如今意不同。
宿昔愁身不得老、
如今恨作白頭翁。

 鄰叟りんそうに代りて懷くゎいを言ふ

人生何事ぞ心定まる無き、
宿昔しゅくせき如今じょこん意同じからず。
宿昔身の老ゆるを得ざるを愁へ、
如今白頭翁はくとうをうと作るを恨む。

 長安道 白居易

花枝缺處青樓開、
艶歌一曲酒一杯。
美人勸我急行樂、
自古朱顏不再來。
君不見外州客、
長安道。
一回來、一回老。



花枝缺くる處青樓開き、
艶歌一曲酒一杯。
美人我に勸む行樂を急にせよ、
いにしへり朱顏再びとは來らず。
君見ずや外州の客、
長安の道。
一回來きたり、一回老ゆ。

 感月悲逝者
白居易
存亡感月一潸然、
月色今宵似往年。
何處曾經同望月、
櫻桃樹下後堂前。

 月に感じ逝者を悲しむ

存亡月に感じて一いつに潸然さんぜんたり、
月色今宵往年に似たり。
いづれの處か曾經かつて同ともに月を望める、
櫻桃あうたう樹下後堂こうだうの前。

 晩起 白居易

爛漫朝眠後、
頻伸晩起時。
煖爐生火早、
寒鏡裹頭遲。
融雪煎香茗、
調酥煮乳糜。
慵饞還自哂、
快活亦誰知。
酒性温無毒、
琴聲淡不悲。
榮公三樂外、
仍弄小男兒。



爛漫たる朝眠の後、
しきりに伸ぶ晩起の時。
煖爐火を生ずること早く、
寒鏡頭を裹つつむこと遲し。
雪を融かして香茗かうめいを煎じ、
を調して乳糜にゅうびを煮る。
慵饞ようざんなほも自ら哂わらふ、
快活亦た誰たれか知らん。
酒性温にして毒無く、
琴聲淡にして悲しからず。
榮公えいこう三樂の外ほか
ほ小男兒を弄す。

 勸酒 白居易

昨與美人對尊酒、
朱顏如花腰似柳。
今與美人傾一杯、
秋風颯颯頭上來。
年光似水向東去、
兩鬢不禁白日催。
東鄰起樓高百尺、
璇題照日光相射。
珠翠無非二八人、
盤筵何啻三千客。
鄰家儒者方下帷、
夜誦古書朝忍餓。
身年三十未入仕、
仰望東鄰安可期。
一朝逸翮乘風勢、
金榜高張登上第。
春闈未了冬登科、
九萬摶風誰與繼。
不逾十稔居台衡、
門前車馬紛縱橫。
人人仰望在何處、
造化筆頭雲雨生。
東鄰高樓色未改、
主人云亡息猶在。
金玉車馬一不存、
朱門更有何人待。
牆垣反鎖長安春、
樓臺漸漸屬西鄰。
松篁薄暮亦棲鳥、
桃李無情還笑人。
憶昔東鄰宅初構、
雲甍彩棟皆非舊。
玳瑁筵前翡翠栖、
芙蓉池上鴛鴦鬥。
日往月來凡幾秋、
一衰一盛何悠悠。
但敎帝里笙歌在、
池上年年醉五侯。

 酒を勸む

昨美人と尊酒に對す、
朱顏花の如く腰柳に似たり。
今美人と一杯を傾く、
秋風颯颯として頭上に來きたる。
年光水に似て東に向かひて去り、
兩鬢禁ぜず白日に催すを。
東鄰樓を起す高さ百尺、
璇題日に照りて光相ひ射す。
珠翠二八の人に非ざるは無く、
盤筵何ぞ啻ただに三千の客のみならんや。
鄰家の儒者方まさに帷を下し、
夜に古書を誦し朝に餓を忍ぶ。
身年三十未だ入り仕へず、
仰ぎて東鄰を望むも安いづくんんぞ期す可けんや。
一朝いつてう逸翮いつかく風勢に乘じ、
金榜きんばう高く張りて上第に登る。
春闈しゅんゐ未だ了をはらず冬登科し、
九萬風に摶ちて誰か與ともに繼がん。
十稔じふじん逾えずして台衡に居り、
門前の車馬紛として縱橫。
人人仰ぎ望むも何處いづくにか在る、
造化の筆頭雲雨生ず。
東鄰の高樓色未だ改まらずも、
主人云ここに亡びて息猶ほ在り。
金玉車馬一も存せず、
朱門更に何人なんぴとをか待つこと有る。
牆垣反って鎖とざす長安の春、
樓臺漸漸西鄰に屬す。
松篁しょうくゎう薄暮に亦た鳥を棲ませ、
桃李たうり無情に還た人に笑ふ。
おもふ昔東鄰宅初めて構ふ、
雲甍うんばう彩棟皆みな舊に非ず。
玳瑁たいまいの筵前翡翠ひすゐみ、
芙蓉ふようの池上鴛鴦ゑんあうたたかふ。
日往き月來きたる凡すべて幾秋、
一衰一盛何ぞ悠悠たる。
但だ帝里の笙歌をして在ら敎めれば、
池上年年五侯を醉はしめん。

 勸夢得酒 白居易

誰人功畫麒麟閣、
何客新投魑魅鄕。
兩處榮枯君莫問、
殘春更醉兩三場。

 夢得ぼうとくに酒を勸む

誰人か功ありて畫ゑがかる麒麟閣きりんかく
何の客か新たに投ぜらる魑魅ちみの鄕。
兩處の榮枯君問ふこと莫なかれ、
殘春更に醉へ兩三場。

 逢舊 白居易

久別偶相逢、
倶疑是夢中。
即今歡樂事、
放盞又成空。

 舊に逢ふ

久しく別れて偶ゝたまたま相ひ逢ふ、
ともに疑ふ是れ夢中ならんかと。
即今歡樂の事、
盞を放たば又空と成らん。

 聞哭者
白居易
昨日南鄰哭、
哭聲一何苦。
云是妻哭夫、
夫年二十五。
今朝北里哭、
哭聲又何切。
云是母哭兒、
兒年十七八。
四鄰尚如此、
天下多夭折。
乃知浮世人、
少得垂白髮。
余今過四十、
念彼聊自悅。
從此明鏡中、
不嫌頭似雪。

 哭する者を聞く

昨日南鄰に哭す、
哭聲一いつに何ぞ苦しき。
云ふ是れ妻夫を哭すと、
夫年二十五。
今朝北里に哭す、
哭聲又た何ぞ切たる。
云ふ是れ母兒を哭すと、
兒年十七、八。
四鄰尚ほ此かくの如し、
天下多くは夭折す。
すなはち知る浮世の人、
白髮を垂るるを得ること少まれなるを。
余今四十を過ぐ、
彼を念ひいえ聊いささか自れ悅ぶ。
此れ從より明鏡の中うち
頭の雪に似たるを嫌はじ。

 池西亭
白居易
朱欄映晩樹、
金魄落秋池。
還似錢唐夜、
西樓月出時。

 池西の亭

朱欄晩樹に映じ、
金魄秋池に落つ。
た似たり錢唐の夜、
西樓月の出づる時。

 憶東山
李白
不向東山久、
薔薇幾度花。
白雲還自散、
明月落誰家。



東山に向かはざること久し、
薔薇しゃうび幾度いくたびか花さく。
白雲還た自おのづから散じ、
明月誰が家にか落つ。

 塞下曲
李白
五月天山雪、
無花祗有寒。
笛中聞折柳、
春色未曾看。
曉戰隨金鼓、
宵眠抱玉鞍。
願將腰下劍、
直爲斬樓蘭。



五月天山の雪、
花無くして祗だ寒のみ有り。
笛中折柳せつりうを聞くも、
春色未だ曾かつて看ず。
あかつきに戰ふに金鼓に隨したがひ、
よひに眠るに玉鞍を抱いだく。
願はくは腰下えうかの劍を將って、
直ちに爲ために樓蘭ろうらんを斬らん。

 紫藤樹
李白
紫藤掛雲木、
花蔓宜陽春。
密葉隱歌鳥、
香風留美人。







紫藤雲木に掛かかり、
花蔓陽春に宜よろし。
密葉歌鳥を隱し、
香風美人を留む。

送舍弟之鄱陽居 劉長卿
 舍弟の鄱陽の居に之くを送る
鄱陽寄家處、
自別掩柴扉。
故里人何在、
滄波孤客稀。
湖山春草遍、
雲木夕陽微。
南去逢迴雁、
應憐相背飛。
鄱陽はやうは寄家きかの處、
別れて自り柴扉さいひを掩ふ。
故里人何いづくにか在る、
滄波孤客稀まれなり。
湖山春草遍あまねし、
雲木夕陽微かすかに。
南に去りて迴雁くゎいがんに逢はば、
まさに憐むべし相ひ背そむきて飛ぶを。

杏園花落時招錢員外同醉 白居易
 杏園に花落つる時錢員外を招きて同ともに
花園欲去去應遲、
正是風吹狼藉時。
近西數樹猶堪醉、
半落春風半在枝。
花園(かえん)に去らんと欲するも去るに(まさ)に遲かるべく、
まさに是れ風吹きて狼藉らうぜきの時。
近西の數樹猶ほ醉ふに堪へたり、
なかばは春風に落ち半なかばは枝に在り。

 戲答諸少年
白居易
顧我長年頭似雪、
饒君壯歳氣如雲。
朱顏今日雖欺我、
白髮他時不放君。

 戲れに諸少年に答ふ

我が長年にして頭雪に似たるに顧かへりみ、
君が壯歳にして氣雲の如くなるを饒ゆるす。
朱顏今日我を欺あなどると雖いへども、
白髮他時君を放ゆるさず。

 得樂天書 元稹

遠信入門先有涙、
妻驚女哭問何如。
尋常不省曾如此、
應是江州司馬書。

 樂天の書を得

遠信門に入りて先づ涙有り、
妻驚き女むすめ哭して何如いかんと問ふ。
尋常省かへりみざれば曾すなはち此くの如し、
まさに是れ江州司馬の書なるべし。

 三五七言 李白

秋風清、
秋月明。
落葉聚還散、
寒鴉棲復驚。
相思相見知何日、
此時此夜難爲情。



秋風淸く、
秋月明かなり。
落葉聚あつまりて還た散じ、
寒鴉棲みて復た驚く。
相思相ひ見る知んぬ何いづれの日ぞ、
此の時此の夜情を爲し難し。

 自遣 李白

對酒不覺暝、
落花盈我衣。
醉起歩溪月、
鳥還人亦稀。

 自ら遣る

酒に對して暝ひくるるを覺えず、
落花我が衣に盈つ。
ゑひより起きて溪月けいげつに歩めば、
鳥還かへり人も亦た稀まれなり。

 永王東巡歌
其一 李白
永王正月東出師、
天子遙分龍虎旗。
樓船一舉風波靜、
江漢翻爲雁鶩池。



永王正月東に師を出だす、
天子遙かに分つ龍虎の旗。
樓船一舉風波靜かに、
江漢翻ひるがへして爲る雁鶩がんぼくの池。

 讀道德經
白居易
玄元皇帝著遺文、
烏角先生仰後塵。
金玉滿堂非己物、
子孫委蛻是他人。
世間盡不關吾事、
天下無親於我身。
只有一身宜愛護、
少敎冰炭逼心神。

 道德經を讀む

玄元皇帝遺文を著あらはし、
烏角先生後塵を仰あふぐ。
金玉滿堂己が物に非ず、
子孫委蛻ゐぜいれ他人。
世間盡ことごとく吾が事に關せず、
天下我が身より親しきは無し。
ただ一身の宜よろしく愛護すべき有りて、
少しく冰炭をして心神に逼せまら敎めよ。

 夏日山中
李白
懶搖白羽扇、
裸袒靑林中。
脱巾挂石壁、
露頂灑松風。



白羽扇を搖うごかすに懶ものうく、
裸袒らたんす靑林の中。
巾を脱して石壁に挂け、
いただきを露あらは顕して松風を灑そそぐ。

 蜀道後期
張説
客心爭日月、
來往預期程。
秋風不相待、
先至洛陽城。

 蜀道期に後おく

客心日月と爭ひ、
來往預あらかじめ程を期す。
秋風相ひ待たず、
先に至る洛陽城。

 秋日湖上
薛瑩
落日五湖遊、
烟波處處愁。
浮沈千古事、
誰與問東流。



落日五湖の遊、
烟波處處愁ふ。
浮沈千古の事、
たれと與ともにか東流を問はん。

 登高 杜甫

風急天高猿嘯哀、
渚淸沙白鳥飛廻。
無邊落木蕭蕭下、
不盡長江滾滾來。
萬里悲秋常作客、
百年多病獨登臺。
艱難苦恨繁霜鬢、
潦倒新停濁酒杯。



風急に天高くして猿嘯ゑんせう哀し、
なぎさ淸く沙すな白くして鳥飛び廻めぐる。
無邊むへんの落木は蕭蕭せうせうとして下くだり、
不盡ふじんの長江は滾滾こんこんとして來きたる。
萬里ばんり悲秋ひしう常に客かくと作り、
百年多病獨ひとり臺だいに登る。
艱難かんなんはなはだ恨む繁霜はんさうの鬢びん
潦倒らうたう新たに停とどむ濁酒だくしゅの杯。

 聽角思歸 顧況

故園黄葉滿靑苔、
夢後城頭曉角哀。
此夜斷腸人不見、
起行殘月影徘徊。

 角かくを聽きて歸るを思ふ

故園の黄葉くゎうえふ靑苔に滿つ、
夢後城頭じゃうとう曉角げうかく哀し。
此の夜斷腸だんちゃう人見えず、
起ちて行けば殘月影徘徊はいくゎいす。

渭上題三首之三
温庭筠
煙水何曾息世機、
暫時相向亦依依。
所嗟白首磻谿叟、
一下漁舟更不歸。

 渭上の題

煙水何ぞ曾かつて世機を息めん、
暫時相ひ向ひて亦た依依たり。
嗟く所は白首磻谿はんけいの叟、
一たび漁舟を下りて更に歸らざるを。

 題峽中石上
白居易
巫女廟花紅似粉、
昭君村柳翠於眉。
誠知老去風情少、
見此爭無一句詩。

 峽中の石上に題す

巫女廟の花紅きこと粉に似て、
昭君村の柳眉よりも翠みどりなり。
誠に知る老い去れば風情少けれど、
これを見れば爭いかでか一句の詩無からん。

 楊柳枝 温庭筠

館娃宮外鄴城西、
遠映征帆近拂堤。
繋得王孫歸意切、
不關春草綠萋萋。



館娃宮くゎんあいきゅう外鄴城げふじゃうの西、
遠くは征帆に映じ近くは堤を拂ふ。
繋ぎ得たり王孫歸意切なるを、
關せず春草の綠萋萋りょくせいせいたるに。

三月三十日題慈恩寺 白居易
 三月三十日慈恩寺に題す
慈恩春色今朝盡、
盡日裴回倚寺門。
惆悵春歸留不得、
紫藤花下漸黄昏。
慈恩の春色今朝こんてうく、
盡日裴回はいくゎいして寺門に倚る。
惆悵ちゅうちょう)す春の歸るは留め得ざるを
紫藤花下漸やうやく黄昏。

三月三十日作
白居易
今朝三月盡、
寂寞春事畢。
黄鳥漸無聲、
朱櫻新結實。
臨風猶長歎、
此歎意非一。
半百過九年、
艷陽殘一日。
隨年減歡笑、
逐日添衰疾。
且遣花下歌、
送此杯中物。


 三月三十日の作

今朝三月盡き、
寂寞として春事畢はる。
黄鳥漸やうやく聲無く、
朱櫻新たに實を結ぶ。
風に臨みて猶ほ長歎す、
此の歎意一つに非ず。
半百九年を過ぎ、
艷陽一日を殘す。
年に隨ひて歡笑減じ、
日を逐ひて衰疾添ふ。
しばし花下の歌を遣り、
の杯中の物を送らん。


 貧交行 杜甫

翻手作雲覆手雨、
紛紛輕薄何須數。
君不見
管鮑貧時交、
此道今人棄如土。

 貧交行ひんこうかう

手を(ひるがへ)せば雲と()り手を(くつがへ)せば雨となる。
紛紛たる輕薄何ぞ數ふるを須もちゐん。
君見ずや
管鮑くゎんんぱう貧時の交はりを、
の道今人こんじん棄つること土の如し。

 楊柳枝 温庭筠

宜春苑外最長條、
閒袅春風伴舞腰。
正是玉人腸斷處、
一渠春水赤闌橋。



宜春苑ぎしゅんゑん外最も長條、
閒袅かんでうたる春風舞腰に伴ふ。
まさに是れ玉人腸はらわた斷つるの處、
一渠いつきょの春水赤闌せきらん橋。

 酬哥舒大見贈
白居易
去歳歡遊何處去、
曲江西岸杏園東。
花下忘歸因美景、
樽前勸酒是春風。
各從微宦風塵裏、
共度流年離別中。
今日相逢愁又喜、
八人分散兩人同。

 哥舒大が贈られしに酬むく

去歳歡遊して何いづれの處にか去る、
曲江の西岸杏園の東。
花下に歸るを忘るるは美景に因り、
樽前に酒を勸むるは是れ春風。
おのおの微宦に從ふ風塵の裏うち
共に流年を度わたる離別の中うち
今日相ひ逢ひ愁へて又また喜ぶ、
八人分散し兩人同じ。

 強酒 白居易

若不坐禪銷妄想、
即須吟醉放狂歌。
不然秋月春風夜、
爭那閒思往事何。



し坐禪して妄想を銷せうせずんば、
(すなは)(すべか)らく吟醉して狂歌を(ほしいまま)にすべし。
しからずんば秋月春風の夜、
いかでか閒に往事を思ふを那何いかんせん。

 宴城東莊 崔敏童

一年始有一年春、
百歳曾無百歳人。
能向花前幾回醉、
十千沽酒莫辭貧。

 城東莊に宴す

一年始めて一年の春有り、
百歳曾かつて百歳の人無し。
く花前に向かひて幾回いくくゎいか醉はん、
十千酒を沽ひて貧を辭すること莫かれ。

 登樓  杜甫

花近高樓傷客心、
萬方多難此登臨。
錦江春色來天地、
玉壘浮雲變古今。
北極朝廷終不改、
西山寇盜莫相侵。
可憐後主還祠廟、
日暮聊爲梁甫吟。



花は高樓に近くして客心かくしんを傷いたましむ、
萬方ばんぱう多難なるとき此ここに登臨す。
錦江きんかうの春色天地に來きたり、
玉壘ぎょくるゐの浮雲古今に變ず。
北極の朝廷終つひに改まらず、
西山の寇盜こうたうひ侵をかす莫なかれ。
憐む可し後主こうしゅた廟べうに祠まつらる、
日暮聊いささか梁甫りゃうほの吟ぎんを爲す。

 寒山詩 寒山

重巖我卜居、
鳥道絶人跡。
庭際何所有、
白雲抱幽石。
住茲凡幾年、
屡見春冬易。
寄語鐘鼎家、
虚名定無益。



重巖ちょうがんに我卜居ぼくきょし、
鳥道てうだう人跡を絶つ。
庭際何の有る所ぞ、
白雲幽石いうせきを抱いだく。
ここに住むこと凡およそ幾年、
しばしば春冬の易かはるを見る。
語を寄す鐘鼎しょうていの家、
虚名定めて益無からん。

 夔州歌十絶句
杜甫
瀼東瀼西一萬家、
江北江南春冬花。
背飛鶴子遺瓊蕊、
相趁鳧雛入蒋牙。

 夔州きしう歌十絶句

瀼東じゃうとう瀼西じゃうせい一萬の家、
江北江南春冬の花。
そむき飛ぶ鶴子かくし瓊蕊けいずゐを遺のこし、
相ひ趁ふ鳧雛ふすう蒋牙しゃうがに入る。

子夜四時歌六首 春歌 郭振 子夜四時歌六首 春歌

陌頭楊柳枝、
已被春風吹。
妾心正斷絶、
君懷那得知。

陌頭はくとう楊柳の枝、
すでに春風に吹かる。
妾心せふしん正に斷絶す、
君が懷おもひ那いかでか知ることを得ん。


 春夜宿直
白居易
三月十四夜、
西垣東北廊。
碧梧葉重疊、
紅藥樹低昂。
月砌漏幽影、
風簾飄闇香。
禁中無宿客、
誰伴紫微郞。


三月十四夜、
西垣せいゑん東北の廊。
碧梧葉は重疊ちょうでふし、
紅藥樹は低昂す。
月砌げつせい幽影を漏らし、
風簾ふうれん闇香を飄ひるがへす。
禁中宿客無く、
誰か紫微郞を伴はん。




禁中夜作書與元九
白居易
心緒萬端書兩紙、
欲封重讀意遲遲。
五聲宮漏初鳴後、
一點窗燈欲滅時。


 禁中夜書を作りて元九に與ふ

心緒しんしょ萬端書兩紙、
ふうぜんと欲して重ねて讀み意遲遲たり。
五聲の宮漏きゅうろう初めて鳴りて後、
一點の窗燈さうとう滅せんと欲するの時。


 塞下曲  常建

玉帛朝回望帝鄕、
烏孫歸去不稱王。
天涯靜處無征戰、
兵氣銷爲日月光。


 塞下の曲

玉帛朝てうより回かへりて帝鄕を望み、
烏孫うそん歸り去りて王と稱せず。
天涯てんがい靜かなる處征戰無く、
兵氣へいきえて日月の光と爲る。


重送裴郞中貶吉州
劉長卿
猿啼客散暮江頭、
人自傷心水自流。
同作逐臣君更遠、
靑山萬里一孤舟。

 重ねて裴郎中の吉州に貶せらるるを送る

猿啼き客散ず暮江の頭、
人は自ら心を傷いたましめ水は自ら流る。
同じく逐臣と作りて君更に遠く、
靑山萬里一孤舟。

 金陵懷古 唐彦謙

碧樹涼生宿雨收、
荷花荷葉滿汀洲。
登高有酒渾忘醉、
慨古無言獨倚樓。
宮殿六朝遺古跡、
衣冠千古漫荒丘。
太平時節殊風景、
山自靑靑水自流。



碧樹涼を生じて宿雨收をさまり、
荷花荷葉汀洲に滿つ。
登高酒有れども渾すべて醉ひを忘れ、
いにしへを慨なげき言ことば無く獨ひとり樓に倚る。
宮殿は六朝の古跡を遺のこし、
衣冠は千古の荒丘に漫つ。
太平の時節に風景殊ことなるも、
山自おのづから青青として水自おのづから流る。

 雨夜憶元九
白居易
天陰一日便堪愁、
何況連宵雨不休。
一種雨中君最苦、
偏梁閣道向通州。

 雨夜元九を憶ふ

(くも)ること一日ならば便(すなわ)(うれ)ふるに堪へたり、
何ぞ況いはんや連宵雨休まざるをや。
一種雨中君最も苦まん、
偏梁の閣道通州に向ふ。

再遊玄都觀 再び玄都觀に遊ぶ 劉禹錫

余貞元二十一年爲屯田員外郎時、此觀未有花。
是歳出牧連州、尋貶朗州司馬。
居十年、召至京師、人人皆言、有道士手植仙桃、
滿觀如紅霞、遂有前篇以志一時之事。
旋又出牧、今十有四年、復爲主客郞中。
重遊玄都觀、蕩然無復一樹、
唯兔葵燕麥動搖於春風耳。
因再題二十八字、以俟後遊、時太和二年三月。


 ()貞元二十一年(八〇五年:徳宗崩:永貞元年)屯田員外郎()るの時、
 此の觀未だ花有らず。
 ()の歳連州に出でて牧(地方長官)す、()いで朗州の司馬に(へん)せらる。
 居ること十年(元和十一年:八一六年)、召されて京師に至る、
 人人皆な言ふ、道士の仙桃を手植する有りて、滿觀紅霞の如しと、
 遂つひに前に篇し以て一時の事を志しるせる有り。
 旋たちまた又た牧(地方長官)に出づ、
 今に十有四年(八二六年:敬宗崩)、復た主客郎中爲り。
 重ねて玄都觀に遊び、蕩然(すっかりなくなるさま)として()た一樹も無し、
 唯だ兔葵いえにれ燕麥の春風に動搖する耳のみ
 因よって再び二十八字(七絶)を題し、以て後遊を俟つ、
 時に太和二年(八二八年)三月。

百畝庭中半是苔、
桃花淨盡菜花開。
種桃道士今何歸、
前度劉郞今又來。

百畝の庭中半なかばは是れ苔、
桃花淨ことごとく盡き菜花開く。
桃を種えし道士今何いづこにか歸る、
前度の劉郞りうらう今又た來きたる。

夢亡友劉太白同遊彰敬寺 白居易
 亡友・劉太白と同に彰敬寺に遊ぶを夢む
三千里外臥江州、
十五年前哭老劉。
昨夜夢中彰敬寺、
死生魂魄暫同遊。
三千里外江州に臥す、
十五年前老劉を哭す。
昨夜夢中彰敬寺しゃうけいじ
死生魂魄暫しばらく同遊す。

 宴城東莊 崔惠童

一月人生笑幾回、
相逢相値且銜杯。
眼看春色如流水、
今日殘花昨日開。


 城東莊に宴す

一月いちげつ人生笑ふこと幾回ぞ、
相ひ逢ひ相ひ値はば且しばらく杯を銜ふくまん。
のあたりに看る春色流水の如きを、
今日の殘花は昨日開けり。


 行宮 元稹

寥落古行宮、
宮花寂寞紅。
白頭宮女在、
閒坐説玄宗。

 行宮あんぐう

寥落れうらくたり古いにしへの行宮あんぐう
宮花きゅうくゎ寂寞せきばくの紅くれなゐ
白頭の宮女きゅうぢょ在りて、
閒坐して玄宗を説く。

 楊柳枝 温庭筠

蘇小門前柳萬條、
毵毵金線拂平橋。
黄鶯不語東風起、
深閉朱門伴細腰。



蘇小そせうの門前柳は萬條、
毵毵さんさんたる金線平橋を拂ふ。
黄鶯くゎうあう語らず東風の起きるを、
深く朱門に閉ざして細腰を伴ふ。

 對酒  白居易

百歳無多時壯健、
一春能幾日晴明。
相逢且莫推辭醉、
聽唱陽關第四聲。


 酒に對す

百歳時に壯健なること多くは無し、
一春能く幾いくばくか日に晴明なる。
相ひ逢へば且しばらく醉ふを推辭する莫れ、
唱ふを聽け陽關の第四聲。


 曲江  杜甫

一片花飛減卻春、
風飄萬點正愁人。
且看欲盡花經眼、
莫厭傷多酒入脣。
江上小堂巣翡翠、
苑邊高冢臥麒麟。
細推物理須行樂、
何用浮名絆此身。




一片花飛びて春を減卻げんきゃくし、
風萬點を飄ひるがへして正に人を愁へしむ。
しばらく看ん盡きんと欲する花の眼を經るを、
いとふ莫なかれ多きに傷ぐる酒の脣に入るを。
江上の小堂に翡翠ひすゐくひ、
苑邊の高冢に麒麟きりんす。
細かに物理を推すに須すべからく行樂すべし、
何ぞ用もちゐん浮名もて此の身を絆ほだすを。


夏日登鶴巖偶成
戴叔倫
天風吹我上層岡、
露灑長松六月涼。
願借老僧雙白鶴、
碧雲深處共翺翔。


 夏日鶴巖に登りて偶たまたま成る

天風我を吹きて層岡に上らしめ、
露は長松に灑そそぎて六月涼し。
願はくは老僧の雙の白鶴を借りて、
碧雲の深き處に共に翺翔かうしゃうせん。


洪州客舍寄柳博士芳 薛業 洪州の客舍にて柳博士芳に寄す

去年燕巣主人屋、
今年花發路傍枝。
年年爲客不到舍、
舊國存亡那得知。
胡塵一起亂天下、
何處春風無別離。

去年燕は巣くふ主人の屋、
今年花は發ひらく路傍の枝。
年年客と爲りて舍いへに到らず、
舊國の存亡那なんぞ知るを得ん。
胡塵一たび起こりて天下を亂してより、
いづれの處の春風か別離無からん。


自宣城赴官上京
杜牧
瀟灑江湖十過秋、
酒杯無日不淹留。
謝公城畔溪驚夢、
蘇小門前柳拂頭。
千里雲山何處好、
幾人襟韻一生休。
塵冠挂卻知閒事、
終擬蹉跎訪舊遊。


 宣城より官に赴き上京す

瀟灑せうしゃたり江湖に十たび秋を過ごす、
酒杯日に淹留えんりうせざること無し。
謝公の城畔溪夢を驚かし、
蘇小そせうの門前柳頭を拂はらふ。
千里の雲山何處いづこか好き、
幾人か襟韻きんゐんして一生休やすんぜん。
塵冠ぢんくゎん挂卻して閒事を知り、
つひに蹉跎さたを擬して舊遊を訪たづねん。


 江南行 羅隱

江煙溼雨蛟綃軟、
漠漠小山眉黛淺。
水國多愁又有情、
夜槽壓酒銀船滿。
細絲搖柳凝曉空、
呉王臺榭春夢中。
鴛鴦鸂鶒喚不起、
平鋪綠水眠東風。
西陵路邊月悄悄、
油碧輕車蘇小小。




江は煙り雨に溼うるほひて蛟綃かうせう軟く、
漠漠たる小山眉黛淺し。
水國多愁にして又有情、
夜槽酒を壓して銀船に滿つ。
細絲たる搖柳は曉空に凝り、
呉王の臺榭たいしゃは春夢の中。
鴛鴦ゑんあう鸂鶒けいちょく喚べども起きず、
平鋪の綠水東風に眠る。
西陵の路邊月は悄悄せうせう
油碧の輕車は蘇小小。


 楊柳枝 牛嶠

呉王宮裏色偏深、
一簇纖條萬縷金。
不憤錢塘蘇小小、
引郞松下結同心。




呉王宮裏色偏ひとへに深く、
一簇いっそうの纖ほそき條えだ萬縷の金。
いきどほらずや錢塘の蘇小小、
郎を引きて松下に同心を結ぶ。


 悲呉王城 杜牧

二月春風江上來、
水精波動碎樓臺。
呉王宮殿柳含翠、
蘇小宅房花正開。
解舞細腰何處往、
能歌奼女逐誰迴。
千秋萬古無消息、
國作荒原人作灰。


 呉の王城を悲しむ

二月の春風江上より來きたり、
水精は波動かして樓臺に碎く。
呉王の宮殿柳は翠みどりを含み、
蘇小の宅房花は正に開く。
まひを解する細腰さいえうは何處いづくにか往き、
歌を能くする奼女(たじょ)乙女は誰を()ひて迴らんや。
千秋萬古消息無く、
國は荒原と作りて人は灰と作る。


 蘇小小墓
李賀
幽蘭露、如啼眼。
無物結同心、
煙花不堪剪。
草如茵、松如蓋。
風爲裳、水爲珮。
油壁車、久相待。
冷翠燭、勞光彩。
西陵下、風雨晦。




幽蘭の露、啼ける眼の如し。
物の同心を結ぶ無く、
煙花は剪るに堪へず。
草は茵しとねの如く、松は蓋おほひの如し。
風は裳と爲り、水は珮おびだまと爲る。
油壁車いうへきしゃ、久しく相ひ待つ。
冷ややかなる翠あをき燭も、光彩を勞す。
西陵の下、風雨晦くらし。


 蘇小小墓
權德輿
萬古荒墳在、
悠然我獨尋。
寂寥紅粉盡、
冥寞黄泉深。
蔓草映寒水、
空郊曖夕陰。
風流有佳句、
吟眺一傷心。


 蘇小小の墓

萬古荒墳くゎうふんりて、
悠然我獨ひとり尋たづぬ。
寂寥せきれうたり紅粉こうふんき、
冥寞めいばくたり黄泉くゎうせん深し。
蔓草まんさう寒水かんすゐに映じ、
空郊くうかう夕陰せきいんあいたり。
風流佳句有りて、
吟眺ぎんてうすれば一ひとへに心を傷いたましむ。


 登金陵鳳凰臺
李白
鳳凰臺上鳳凰遊、
鳳去臺空江自流。
呉宮花草埋幽徑、
晉代衣冠成古丘。
三山半落靑天外、
二水中分白鷺洲。
總爲浮雲能蔽日、
長安不見使人愁。


 金陵の鳳凰臺に登る

鳳凰臺ほうわうだい上鳳凰遊び、
鳳去り臺空むなしくして江かうおのづから流る。
呉宮ごきゅうの花草くゎさうは幽徑いうけいに埋うづもれ、
晉代しんだいの衣冠いくゎんは古丘こきうと成る。
三山半なかば落つ靑天の外ほか
二水中分す白鷺洲はくろしう
べて浮雲能く日を蔽おほふが為に、
長安見えず人をして愁うれへしむ。


 烏衣巷 劉禹錫

朱雀橋邊野草花、
烏衣巷口夕陽斜。
舊時王謝堂前燕、
飛入尋常百姓家。




朱雀橋すざくけうへん野草やさうの花、
烏衣巷ういかうこう夕陽せきやう斜めなり。
舊時きうじの王謝わうしゃ堂前だうぜんの燕、
飛びて尋常じんじゃう百姓ひゃくせいの家に入る。


 春風 白居易

春風先發苑中梅、
櫻杏桃梨次第開。
薺花黄莢深村裏、
亦道春風爲我來。




春風先づ發ひらく苑中の梅、
櫻杏桃梨次第に開く。
薺花せいくゎ楡莢ゆけふ深村の裏うち
またふ春風我が爲に來れりと。


 聞歌 李商隱

斂笑凝眸意欲歌、
高雲不動碧嵯峨。
銅臺罷望歸何處、
玉輦忘還事幾多。
靑冢路邊南雁盡、
細腰宮裏北人過。
此聲腸斷非今日、
香灺燈光奈爾何。


 歌を聞く

(わらひ)(をさ)(ひとみ)()らして意歌はんと欲し、
高雲動かず碧嵯峨さがたり。
銅臺望むを罷めて何處にか歸り、
玉輦ぎょくれんかへるを忘るる事幾多いくばくぞ。
靑冢せいちょうの路邊南雁盡き、
細腰宮裏北人過よぎる。
此の聲の腸はらわた斷つは今日のみに非ず、
香灺え燈光り爾なんぢを奈何いかんせん。


 尋盛禪師蘭若
劉長卿
秋草黄花覆古阡、
隔林何處起人煙。
山僧獨在山中老、
唯有寒松見少年。


 盛禪師の蘭若らんにゃを尋ぬ

秋草黄花古阡を覆おほひ、
林を隔へだて何處いづこにか人煙起こる。
山僧獨ひとり山中に老いる在りて、
ただ寒松の少年を見る有り。


 江村 杜甫

淸江一曲抱村流、
長夏江村事事幽。
自去自來梁上燕、
相親相近水中鴎。
老妻畫紙爲棊局、
稚子敲針作釣鈎。
多病所須唯藥物、
微躯此外更何求。



清江一曲村を抱いだきて流れ、
長夏ちゃうか江村事事じじいうなり。
おのづから去り自おのづから來きたる梁上りゃうじゃうの燕、
相ひ親しみ相ひ近づく水中の鴎。
老妻は紙に畫ゑがきて棊局ききょくを爲つくり、
稚子ちしは針を敲たたきて釣鈎てうこうを作る。
多病須つ所は唯だ薬物のみ、
微躯びくの外に更に何をか求めん。

古風五十九首
其十一 李白
黄河走東溟、
白日落西海。
逝川與流光、
飄忽不相待。
春容捨我去、
秋髮已衰改。
人生非寒松、
年貌豈長在。
吾當乘雲螭、
吸景駐光彩。




黄河東溟とうめいに走り、
白日西海に落つ。
逝川せいせんと流光りうくゎうと、
飄忽へうこつとして相ひ待たず。
春容我を捨てて去り、
秋髮已すでに衰改す。
人生は寒松に非ず、
年貌豈に長とこしなへに在らんや。
吾當まさに雲螭うんちに乘じ、
景を吸ひて光彩を駐とどむべし。


 古別離
孟郊
欲別牽郞衣、
郞今到何處。
不恨歸來遲、
莫向臨邛去。



別れんと欲して郞が衣を牽く、
郞今は何いづれの處にか到る。
歸來の遲きを恨みず、
臨邛りんきょうに向かって去ること莫かれ。

 江上吟 李白

木蘭之枻沙棠舟、
玉簫金管坐兩頭。
美酒尊中置千斛、
載妓隨波任去留。
仙人有待乘黄鶴、
海客無心隨白鴎。
屈平詞賦懸日月、
楚王臺榭空山丘。
興酣落筆搖五嶽、
詩成笑傲凌滄洲。
功名富貴若長在、
漢水亦應西北流。




木蘭もくらんの枻かい沙棠さたうの舟、
玉簫ぎょくせう金管きんくゎん兩頭りゃうとうに坐す。
美酒尊中そんちゅう千斛せんこくを置き、
を載せて波に隨ひて去留きょりうに任まかす。
仙人待つ有りて黄鶴くゎうかくに乘り、
海客かいかく心無くして白鴎はくおうしたがふ。
屈平くっぺいの詞賦しふは日月じつげつを懸くるも、
楚王そわうの臺榭だいしゃは山丘さんきうに空し。
(きょう)(たけなは)にして(ふで)を落とせば五嶽を(うご)かし、
詩成りて笑傲せうがうすれば滄洲さうしうを凌しのぐ。
功名こうみゃう富貴ふうきし長とこしなへに在らば、
漢水かんすゐも亦た應まさに西北に流るべし。


 長門怨
賈至
獨坐思千里、
春庭曉景長。
鶯喧翡翠幕、
柳覆鬱金堂。
舞蝶縈愁緒、
繁花對靚妝。
深情托瑤瑟、
絃斷不成章。



獨り坐して千里を思へば、
春庭曉景長し。
鶯は翡翠ひすゐの幕とばりに喧かまびすしく、
柳は鬱金うこんの堂を覆おほふ。
舞へる蝶は愁緒を縈めぐり、
繁れる花は靚妝せいさうに對す。
深情瑤瑟えうしつに托さんとして、
絃斷じて章を成さず。