袁氏の別業に題す 主人相あひ識しらず、 偶坐林泉の爲なり。 謾まんに酒を沽かふを愁ふること莫なかれ、 囊中なうちゅう自ら錢有り。 |
回郷偶書 家鄕かきゃうを離別りべつして歳月多く、 近來きんらい人事じんじに半なかば消磨せうます。 唯ただ有あり門前鏡湖きゃうこの水、 春風しゅんぷう改あらためず舊時きうじの波を。 |
山は故國を圍みて週遭しうさうとして在り、 潮は空城を打ちて寂寞として回めぐる。 淮水わいすゐの東邊舊時の月、 夜深くして還また女牆を過ぎて來きたる。 |
兄を送る 別路雲初めて起こり、 離亭葉正に飛ぶ。 嗟なげく所は人雁と異なり、 一行に歸るを作さず。 |
靈澈れいてつを送る 蒼蒼さうさうたり竹林の寺、 杳杳えうえうとして鐘聲晩おそし。 笠を荷になひ斜陽を帶び、 青山獨ひとり歸ること遠し。 |
南樓の望 國を去りて三巴さんば遠く、 樓に登れば萬里春なり。 心を傷いたましむ江上の客、 是これ故鄕の人にあらず。 |
峨眉山月の歌 峨眉山月半輪の秋、 影は平羌江水に入りて流る。 夜清溪を發して三峽に向ひ、 君を思へども見ず渝州に下る。 |
韋侍御黄裳に贈る 太華に長松生じ、 亭亭として霜雪を凌しのぐ。 天百尺ひゃくせきの高さを與ふるも、 豈あに微飆びべうの爲に折れんや。 桃李陽艷を賣り、 路人行きて且まさに迷はんとす。 春光地を掃はき盡つくさば、 碧葉黄泥と成る。 願はくは君長松に學びて、 慎つつしみて桃李と作なる勿なかれ。 屈を受くれども心を改めず、 然しかる後に君子なるを知る。 |
張好好詩 杜牧
君爲豫章姝、十三纔有餘。 翠茁鳳生尾、 丹葉蓮含跗。 高閣倚天半、 章江聯碧虚。 此地試君唱、 特使華筵鋪。 主公顧四座、 始訝來踟蹰。 呉娃起引贊、 低徊映長裾。 雙鬟可高下、 纔過青羅襦。 盼盼乍垂袖、 一聲雛鳳呼。 繁弦迸關紐、 塞管裂圓蘆。 衆音不能逐、 裊裊穿雲衢。 主公再三嘆、 謂言天下殊。 贈之天馬錦、 副以水犀梳。 龍沙看秋浪、 明月遊東湖。 自此毎相見、 三日已爲疏。 玉質隨月滿、 艷態逐春舒。 絳唇漸輕巧、 雲歩轉虚徐。 旌旆忽東下、 笙歌隨舳艫。 霜凋謝樓樹、 沙暖句溪蒲。 身外任塵土、 樽前極歡娯。 飄然集仙客、 諷賦欺相如。 聘之碧瑤佩、 載以紫雲車。 洞閉水聲遠、 月高蟾影孤。 爾來未幾歳、 散盡高陽徒。 洛城重相見、 綽綽爲當壚。 怪我苦何事、 少年垂白鬚。 朋遊今在否、 落拓更能無。 門館慟哭後、 水雲秋景初。 斜日挂衰柳、 涼風生座隅。 灑盡滿襟涙、 短歌聊一書。 |
張好好の詩 君は豫章の姝しゅ爲たりて、 十三纔わづかに餘り有り。 翠は茁めざし鳳は尾を生じ、 丹葉は蓮跗を含む。 高閣天半に倚より、 章江碧虚に聯つらなる。 此の地君の唱うたふを試こころみ、 特に華筵を鋪しか使しむ。 主公四座を顧かへりみ、 始めて訝むかふるに來きたること踟蹰ちちうたり。 呉娃贊を起引して、 低徊長裾に映ず。 雙鬟可よし高下するも、 纔わづかに青き羅襦を過ぐるのみ。 盼盼はんぱん袖を垂らし乍ながら、 一聲雛鳳呼ぶ。 繁弦關紐迸ほとばしり、 塞管圓蘆を裂く。 衆音逐おふ能あたはず、 裊裊でうでうとして雲衢うんくを穿うがつ。 主公再三嘆じ、 謂ひて言はく天下の殊なりと。 之これに贈る天馬の錦、 副そふるに以てす水犀の梳くし。 龍沙に秋浪を看て、 明月に東湖に遊ぶ。 此これ自より毎つねに相あひ見まみゆ、 三日已すでに疏と爲なす。 玉質月に隨ひて滿ち、 艷態春を逐おひて舒のぶ。 絳唇漸やうやく輕巧にして、 雲歩轉うたた虚徐なり。 旌旆せいはい忽たちまち東下し、 笙歌舳艫ぢくろに隨ふ。 霜は凋しぼます謝樓の樹、 沙は暖かなり句溪の蒲。 身外塵土に任まかせ、 樽前歡娯を極きはむ。 飄然たり集仙の客、 諷賦は相如を欺く。 之を聘へいするに碧瑤の佩、 載するに以て紫雲の車。 洞は閉して水聲遠く、 月は高くして蟾影孤なり。 爾來未だ幾歳ならずして、 散じ盡くす高陽の徒。 洛城に重ねて相ひ見まみゆれば、 綽綽しゃくしゃくとして當壚と爲る。 我を怪とがめよ何事にか苦しみ、 少年白鬚に垂なんなんとす。 朋遊びて今在りや否や、 落拓更に能無し。 門館慟哭の後、 水雲秋景の初め。 斜日衰柳に挂かり、 涼風座隅に生ず。 灑そそぎ盡くして襟に涙滿つ、 短歌もて聊いささかか一書とせん。 |
五陵の年少金市の東、 銀鞍白馬春風を度わたる。 落花踏み盡つくして何處いづこにか遊ぶ、 笑ひて入る胡姫の酒肆しゅしの中に。 |
春日醉ゑひより起きて志を言ふ 世に處をるは大夢の若ごとく、 胡爲なんすれぞ其の生を勞する。 所以ゆゑに終日醉ひ、 頽然として前楹に臥す。 覺め來りて庭前を盼ながむれば、 一鳥花間に鳴く。 借問す此これ何いづれの時ぞ、 春風に流鶯語る。 之これに感じて歎息せんと欲し、 酒に對して還また自ら傾く。 浩歌して明月を待つに、 曲盡きて已すでに情を忘る。 |
燕草は碧絲の如く、 秦桑は綠枝を低たる。 君の歸るを懷おもふ日に當るは、 是これ妾せふが斷腸の時。 春風相ひ識しらず、 何事ぞ羅幃らゐに入る。 |
兵車行 杜甫 車轔轔、馬蕭蕭、 行人弓箭各在腰。 耶孃妻子走相送、 塵埃不見咸陽橋。 牽衣頓足闌道哭、 哭聲直上干雲霄。 道旁過者問行人、 行人但云點行頻。 或從十五北防河、 便至四十西營田。 去時里正與裹頭、 歸來頭白還戍邊。 邊庭流血成海水、 武皇開邊意未已。 君不聞漢家 山東二百州、 千邨萬落生荊杞。 縱有健婦把鋤犁、 禾生隴畝無東西。 況復秦兵耐苦戰、 被驅不異犬與鷄。 長者雖有問、 役夫敢申恨。 且如今年冬、 未休關西卒。 縣官急索租、 租税從何出。 信知生男惡、 反是生女好。 生女猶得嫁比鄰、 生男埋沒隨百草。 君不見青海頭、 古來白骨無人收。 新鬼煩冤舊鬼哭、 天陰雨濕聲啾啾。 |
車轔轔りんりん、馬蕭蕭せうせう、 行人の弓箭きゅうせん各ゝをのをの腰に在り。 耶孃やぢゃう妻子走りて相あひ送り、 塵埃ぢんあいに見えず咸陽橋かんやうけう。 衣を牽ひき足を頓し道を闌さへぎりて哭し、 哭聲直上して雲霄うんせうを干をかす。 道旁の過ぐる者行人に問へば、 行人但ただ云いふ點行頻しきりなりと。 或あるひは十五從より北のかた河に防ぎ、 便すなはち四十に至るも西のかた田を營む。 去る時里正與ために頭を裹つつみ、 歸り來れば頭白くして還また邊を戍まもる。 邊庭の流血海水を成せど、 武皇邊を開く意は未だ已やまず。 君聞かずや漢家 山東の二百州、 千村萬落荊杞けいきを生ずるを。 縱たとひ健婦の鋤犁じょりを把とる有りとも、 禾いねは隴畝ろうほに生じて東西とうざい無し。 況いはんや復また秦兵は苦戰に耐ふとて、 驅らるること犬と鷄とに異らず。 長者問ふ有りと雖いへども、 役夫えきふ敢あへて恨みを申べんや。 且つ今年の冬の如きは、 未だ關西くゎんせいの卒を休やめざるに。 縣官急に租を索もとめ、 租税何いづくより出いださん。 信まことに知る男を生むは惡あしく、 反って是れ女を生むは好よきを。 女を生まば猶なほ比鄰に嫁するを得るも、 男を生まば埋沒して百草に隨したがふ。 君見ずや青海の頭ほとり、 古來白骨人の收むる無く。 新鬼煩冤はんゑんし舊鬼哭し、 天陰くもり雨濕るとき聲啾啾しうしうたるを。 |
石壕吏 杜甫
暮投石壕邨、有吏夜捉人。 老翁逾墻走、 老婦出門看。 吏呼一何怒、 婦啼一何苦。 聽婦前致詞、 三男鄴城戍。 一男附書至、 二男新戰死。 存者且偸生、 死者長已矣。 室中更無人、 惟有乳下孫。 有孫母未去、 出入無完裙。 老嫗力雖衰、 請從吏夜歸。 急應河陽役、 猶得備晨炊。 夜久語聲絶、 如聞泣幽咽。 天明登前途、 獨與老翁別。 |
石壕の吏 暮くれに石壕村せきがうそんに投ず、 吏有りて夜人を捉とらふ。 老翁墻かきを逾こえて走にげ、 老婦門を出いでて看る。 吏の呼ぶこと一いつに何なんぞ怒いかれる、 婦の啼くこと一いつに何なんぞ苦はなはだしき。 婦の前すすみて詞を致すを聽くに: 「三男さんだん鄴城げふじゃうに戍まもる。 一男いちだん書を附して至るに: 『二男にだんは新たに戰死す』と。 存する者は且しばらく生を偸ぬすむも、 死者は長とこしなへに已矣やんぬ。 室中更に人無く、 惟ただ乳下の孫有るのみ。 孫有れば母未だ去らざるも、 出入に完裙無し。 老嫗力衰おとろふと雖いへども、 請こふ吏に從ひて夜歸せんことを。 急に河陽かやうの役えきに應ぜば、 猶なほ晨炊しんすゐに備ふるを得ん。」と 夜久しくして語聲絶え、 泣きて幽咽いうえつするを聞くが如し。 天明前途に登らんとして、 獨ひとり老翁と別る。 |
秋居書懷 白居易
門前少賓客、階下多松竹。 秋景下西墻、 涼風入東屋。 有琴慵不弄、 有書閑不讀。 盡日方寸中、 澹然無所欲。 何須廣居處、 不用多積蓄。 丈室可容身、 斗儲可充腹。 況無治道術、 座受官家祿。 不植一株桑、 不鋤一壟穀。 終朝飽飯飡、 卒歳豐衣服。 持此知愧心、 自然易爲足。 |
秋居懷を書す 門前賓客少まれに、 階下松竹多し。 秋景しうけい西墻せいしゃうに下くだり、 涼風東屋に入る。 琴有るも慵ものうくして弄せず、 書有るも閑にして讀まず。 盡日方寸はうすんの中、 澹然たんぜんとして欲する所無し。 何ぞ廣き居處を須もちゐん、 多く積蓄するを用ゐず。 丈室身を容いる可べく、 斗儲とちょ腹を充みたす可べし。 況いはんや治道ちだうの術無く、 座して官家の祿を受くるをや。 一株しゅの桑を植ゑず、 一壟りょうの穀を鋤すかず。 終朝飯飡はんさいに飽あき、 卒歳衣服に豐かなり。 此れを持して愧心を知らば、 自然に足るを爲なし易やすし。 |
古跡を詠懷す 群山萬壑ばんがく荊門けいもんに赴おもむく、 明妃生長し尚なほ村有り。 一たび紫臺を去れば朔漠に連り、 獨り青冢せいちょうを留めて黄昏に向かふ。 畫圖省識しゃうしきさる春風の面を、 環珮くゎんぱい空むなしく歸る月夜の魂。 千載琵琶胡語を作なし、 分明に怨恨を曲中に論ず。 |
晩秋の閑居 地 衣を 秋庭 |
杜十四の江南に之ゆくを送る 荊呉けいご相ひ接して水鄕と爲す、 君去りて春江正に淼茫べうばう。 日暮弧舟何いづれの處にか泊する、 天涯一望人の膓はらわたを斷つ。 |
返照へんせう閭巷りょかうに入り、 憂へ來って誰たれと共にか語らん。 古道人の行くこと少まれに、 秋風禾黍くゎしょを動かす。 |
隱者を尋ねて遇はず 松下童子に問へば、 師は藥を採りに去ると言ふ。 只ただ此この山中に在らんも、 雲深くして處を知らず。 |
江路東連千里潮、
青雲北望紫微遙。 莫道巴陵湖水闊、 長沙南畔更蕭條。 |
江路東に連つらなる千里の潮うしほ、
青雲北に望めば紫微しび遙かなり。 道いふ莫なかれ巴陵はりょう湖水闊ひろしと、 長沙の南畔更に蕭條せうでうたらん。 |
效陶潛體詩 白居易
不動者厚地、不息者高天。 無窮者日月、 長在者山川。 松柏與龜鶴、 其壽皆千年。 嗟嗟羣物中、 而人獨不然。 早出向朝市、 暮已歸下泉。 形質及壽命、 危脆若浮煙。 堯舜與周孔、 古來稱聖賢。 借問今何在、 一去亦不還。 我無不死藥、 萬萬隨化遷。 所未定知者、 修短遲速間。 幸及身健日、 當歌一尊前。 何必待人勸、 持此自爲歡。 |
陶潛の體に效ふ詩 動かざる者は厚地、 息やまざる者は高天。 無窮なる者は日月、 長とこしへに在る者は山川。 松柏と龜鶴と、 其の壽よはひ皆みな千年。 嗟嗟ああ群物の中、 而も人のみ獨ひとり然しからず。 早に朝市を出で、 暮には已に下泉に歸す。 形質及び壽命は、 危脆なること浮煙の若ごとし。 堯舜と周孔と、 古來聖賢と稱す。 借問す今何いづくにか在る、 一たび去りて亦た還かへらず。 我に不死の藥無く、 萬萬化遷に隨ふ。 未だ定かに知らざる所の者は、 修短遲速の間。 幸ひに身の健かなる日に及びて、 當まさに一尊の前に歌ふべし。 何ぞ必ずしも人の勸めるを待たん、 此れを持して自ら歡しみを爲さん。 |
病中哭金鑾子 白居易
豈料吾方病、翻悲汝不全。 臥驚從枕上、 扶哭就燈前。 有女誠爲累、 無兒豈免憐。 病來纔十日、 養得已三年。 慈涙隨聲迸、 悲傷遇物牽。 故衣猶架上、 殘藥尚頭邊。 送出深村巷、 看封小墓田。 莫言三里地、 此別是終天。 |
病中金鑾子を哭す 豈あに料はからんや吾方まさに病むに、 翻って汝の不レ全を悲しまんとは。 臥して驚くは枕上從よりし、 扶けて哭して燈前に就く。 女むすめ有るは誠に累わづらひと爲すも、 兒無きは豈に憐あはれみを免れんや。 病みて來より纔わづかに十日、 養ひ得て已すでに三年。 慈涙聲に隨したがひて迸ほとばしり、 悲傷物に遇あひて牽ひかる。 故衣猶なほ架上に、 殘藥尚なほ頭邊に。 深き村巷より送り出だし、 小さき墓田に封ぜらるるを看る。 言ふ莫なかれ三里の地と、 此この別れは是これ終天なり。 |
勤政樓西の老柳 半朽なり風に臨む樹、 多情なり馬を立つる人。 開元一株の柳、 長慶二年の春。 |
西風一葉を飄ひるがへし、 庭前颯さつとして已すでに涼し。 風池明月の水、 衰蓮白露の房。 其それ江南の夜を奈いかんせん、 綿綿として此これより長からん。 |
自ら遣やる 多愁たしう多恨たこん亦また悠悠いういう。 今朝こんてう酒有らば今朝こんてう醉ゑひ、 明日みゃうじつ愁うれへ來きたらば明日みゃうじつ愁うれへん。 |
哀江頭 杜甫 少陵野老呑聲哭、 春日潛行曲江曲。 江頭宮殿鎖千門、 細柳新蒲爲誰綠。 憶昔霓旌下南苑、 苑中萬物生顏色。 昭陽殿裏第一人、 同輦隨君侍君側。 輦前才人帶弓箭、 白馬嚼齧黄金勒。 翻身向天仰射雲、 一笑正墜雙飛翼。 明眸皓齒今何在、 血汚遊魂歸不得。 清渭東流劍閣深、 去住彼此無消息。 人生有情涙霑臆、 江草江花豈終極。 黄昏胡騎塵滿城、 欲往城南望城北。 |
少陵せうりょうの野老やらう聲を呑のみて哭こくし、 春日潛行す曲江の曲くま。 江頭かうとうの宮殿千門を鎖とざし、 細柳新蒲誰たが爲にか綠なる。 憶おもふ昔 苑中の萬物顏色を生ぜしを。 昭陽殿裏第一の人、 輦れんを同じくし君に隨したがひて君側に侍す。 輦前の才人弓箭きゅうせんを帶び、 白馬嚼噛しゃくげつす黄金の勒くつわ。 身を翻ひるがへして天に向ひ仰あふぎて雲を射れば、 一笑正まさに堕おつ雙飛翼。 明眸晧齒めいぼうかうし今何いづくにか在ある、 血汚けつをの遊魂歸り得えず。 清渭せいゐは東流して劍閣は深く、 去住きょぢゅう彼比ひし消息無し。 人生情じゃう有り涙臆むねを霑うるほす、 黄昏胡騎塵は城に滿ち、 城南に往ゆかんと欲ほっして城北を望む。 |
棄我去者
昨日之日不可留、 亂我心者 今日之日多煩憂。 長風萬里送秋雁、 對此可以酣高樓。 蓬莱文章建安骨、 中間小謝又清發。 倶懷逸興壯思飛、 欲上青天覽明月。 抽刀斷水水更流、 舉杯銷愁愁更愁。 人生在世不稱意、 明朝散髮弄扁舟。 |
我を棄て去る者は
昨日の日にして留む可べからず、 我が心を亂す者は 今日の日にして煩憂はんいう多し。 長風萬里秋雁を送る、 此これに對し以て高樓に酣たけなはなる可べし。 蓬莱の文章建安の骨、 中間の小謝又た清發。 倶ともに逸興いつきょうを懷いだきて壯思飛び、 青天に上りて明月を覽みんと欲す。 刀を抽ぬきて水を斷てば水更に流れ、 杯を舉あげて愁ひを銷けせば愁うれひ更に愁ふ。 人生世に在ありて意に稱かなはざれば、 明朝髮を散じて扁舟へんしうを弄ろうせん。 |
梁園りゃうゑんの日暮亂飛の鴉からす、 極目きょくもく蕭條せうでうたり三兩家さんりゃうか。 庭樹は知らず人死に盡くすを、 春來還また發ひらく舊時の花。 |
空山人を見ず、 但ただ人語の響きを聞く。 返景深林に入り、 復また青苔の上を照らす。 |
山中相ひ送ること罷やみて、 日暮柴扉を掩とづ。 春草明年綠なるも、 王孫歸るや歸らずや。 |
紅豆南國に生じ、 春來りて幾枝か發ひらく。 願はくは君多く采撷さいけつせよ。 此の物最も相い思はす。 |
都城の南莊に題す 去年の今日此この門の中、 人面桃花相あひ暎えいじて紅あかし。 人面知らず何處いづくにか在るを、 桃花舊きうに依よりて春風に笑ふ。 |
公子行 劉希夷(劉廷芝)
天津橋下陽春水、天津橋上繁華子。 馬聲廻合青雲外、 人影搖動綠波裏。 綠波蕩漾玉爲砂、 青雲離披錦作霞。 可憐楊柳傷心樹、 可憐桃李斷腸花。 此日遨遊邀美女、 此時歌舞入娼家。 娼家美女鬱金香、 飛去飛來公子傍。 的的珠簾白日映、 娥娥玉顏紅粉妝。 花際裴回雙蛺蝶、 池邊顧歩兩鴛鴦。 傾國傾城漢武帝、 爲雲爲雨楚襄王。 古來容光人所羨、 況復今日遙相見。 願作輕羅著細腰、 願爲明鏡分嬌面。 與君相向轉相親、 與君雙棲共一身。 願作貞松千歳古、 誰論芳槿一朝新。 百年同謝西山日、 千秋萬古北邙塵。 |
天津橋下陽春の水 天津橋上繁華の子。 馬聲廻合くゎいがふす青雲の外、 人影搖動えうどうす綠波の裏。 綠波蕩漾たうやうとして玉を砂と爲し、 青雲離披りひとして錦を霞と作す。 憐む可べし楊柳やうりう傷心の樹、 憐む可べし桃李たうり斷腸の花。 此の日遨遊がういうして美女を邀むかへ、 此の時歌舞して娼家しゃうかに入る。 娼家の美女鬱金香うっこんかう、 飛び去り飛び來きたる公子の傍かたはら。 的的たる珠簾白日に映はえ、 娥娥ががたる玉顏紅粉もて妝よそほふ。 花際裴回はいくゎいす雙蛺蝶けふてふ、 池邊顧歩す兩鴛鴦ゑんあう。 國を傾け城を傾く漢の武帝、 雲と爲り雨と爲る楚の襄王じゃうわう。 古來容光ようくゎうは人の羨うらやむ所、 況いはんや復また今日遙かに相ひ見るをや。 願はくは輕羅けいらと作なりて細腰さいえうに著つかん、 願はくは 君と相ひ向ひて轉うたた相ひ親しみ、 君と雙ならび棲すみて一身を共にせん。 願はくは貞松ていしょうと作なりて千歳に古ふりなん、 誰たれか論ぜん芳槿はうきん一朝いつてうに新たなるを。 百年同おなじく謝す西山の日、 千秋萬古北邙ほくばうの塵。 |
九曲の黄河萬里の沙、 浪は淘あらひ風は簸あぐこと天涯よりす。 如今直上し銀河に去ゆきて、 同ともに牽牛・織女の家に到らん。 |
崔九を送る 山に歸り深淺に去り、 須すべからく丘壑きうがくの美を盡すべし。 學ぶ莫なかれ武陵の人を、 暫く游あそべ桃源の裏に。 |
江陵幸かうを望む 雄都元もと壯麗なるも、 幸かうを望みて欻たちまち威神ゐしんあり。 地利西のかた蜀に通じ、 天文北のかた秦を照らす。 風煙ふうえんは越鳥ゑつてうを含み、 舟楫しうしふは呉人ごひとを控す。 未だ周王の駕がを枉まげざるも、 終つひに漢武の巡を期す。 甲兵かふへい聖旨せいしを分かち、 居守宗臣そうしんに付す。 早く雲臺うんだいの仗ぢゃうを發して、 恩波涸鱗こりんを起こさんことを。 |
漢庭榮巧宦、
雲閣薄邊功。 可憐驄馬使、 白首爲誰雄。 |
漢庭巧宦かうくゎん榮え、
雲閣邊功を薄んず。 憐あはれむ可べし驄馬そうばの使、 白首誰たが爲にか雄ゆうなる。 |
一身能よく擘ひく兩雕弧りゃうてうこ、 虜騎りょき千重せんちょう只ただ無きに似たり。 偏ひとへに金鞍に坐して白羽はくうを調ととのへ、 紛紛として五單于ぜんうを射殺す。 |
一樹の寒梅白玉の條えだ、 迥はるかに臨む林村谿橋に傍すを。 水に近きところ花先きに發ひらくを知らざれば、 疑ふらくは是これ冬を經て雪未だ銷きえざるかと。 |
賣炭翁 白居易 賣炭翁、 伐薪燒炭南山中。 滿面塵灰煙火色、 兩鬢蒼蒼十指黑。 賣炭得錢何所營、 身上衣裳口中食。 可憐身上衣正單、 心憂炭賤願天寒。 夜來城外一尺雪、 曉駕炭車輾氷轍。 牛困人飢日已高、 市南門外泥中歇。 翩翩兩騎來是誰、 黄衣使者白衫兒。 手把文書口稱敕、 迴車叱牛牽向北。 一車炭重千餘斤、 宮使驅將惜不得。 半匹紅綃一丈綾、 繋向牛頭充炭直。 |
賣炭翁、 薪たきぎを伐きり炭を燒く南山の中うち。 滿面の塵灰ぢんくゎい煙火えんくゎの色、 兩鬢蒼蒼さうさうとして十指黑し。 炭を賣りて錢ぜにを得うるは何の營いとなむ所ぞ、 身上の衣裳いしゃう口中の食。 憐あはれむ可べし身上衣正に單ひとへなるを、 心に炭の賤やすきを憂へ天の寒からんことを願ふ。 夜來城外一尺の雪、 曉あかつきに炭車を駕がして氷轍ひょうてつを輾ひく。 牛は困つかれ人は飢ゑ日已すでに高く、 市の南門の外泥中でいちゅうに歇やすむ。 翩翩へんぺんたる兩騎來きたるは是これ誰ぞ、 黄衣の使者と白衫はくさんの兒じ。 手に文書を把とり口に勅と稱し、 車を 一車の炭の重さ千餘斤、 宮使驅かり將もて惜しみ得ず。 半匹の紅綃こうせう一丈の綾あや、 牛頭に繋かけて炭の直あたひに充あつ。 |
晴煙せいえん漠漠として柳毿毿さんさんたり、 那いかんともせず離情酒半ば酣たけなはなるを。 更に玉鞭を把りて雲外を指ゆびさせば、 斷腸の春色江南に在り。 |
塞下の曲 寒塞落梅を見るに因よし無くも、 胡人吹きて笛聲に入れ來きたる。 勞勞亭上春應まさに度わたるべくも、 夜夜やや城南戰ひ未だ迴かへらず。 |
杪秋の獨夜 限り無き少年は我が伴ともには非ず、 憐れむ可べし清夜誰たれと同ともにかせん。 歡娯くゎんご牢落らうらくして中心少なく、 親故凋零てうれいして四面空むなし。 紅葉樹は飄ひるがへす風起きて後、 白鬚人は立つ月明らかなる中。 前頭更に蕭條せうでうの物有り、 老菊らうぎく衰蘭すゐらん三兩さんりゃう叢そう。 |
商山路感有り 憶おもふ昨さく徴還さるる日、 三人歸路同うす。 此の生都すべて是れ夢、 前事旋たちまち空と成る。 杓直しゃくちょくは泉せんに玉を埋め、 虞平ぐへいは燭風を過ぐ。 唯だ樂天を殘して在り、 頭白くして江東に向かふ。 |
幻まぼろしを觀くゎんず 有いうの起こるは皆みな滅めつに因より、 無は睽そむきても暫しばらくも同じからず。 歡くゎん從より終つひに慼せきと作り、 苦を轉じて又た空と成る。 次第に花かすみ眼に生じ、 須臾にして燭風を過ぐ。 更に尋ね覓もとむる處無く、 鳥跡てうせき空中に印す。 |
田家の春望 門を出でて何の見る所ぞ、 春色平蕪へいぶに滿つ。 歎ず可べし知己ちき無きを、 高陽の一酒徒。 |
張五弟に答ふ 終南に茅屋ばうをく有り、 前は終南山に對す。 終年客無く常に關を閉ざし、 終日無心にして長く自おのづから閒なり。 酒を飮み復また釣つりを垂るるも妨さまたげず、 君但ただ能よく來きたらば相あひ往還せよ。 |
中歳頗好道、
晩家南山陲。 興來毎獨往、 勝事空自知。 行到水窮處、 坐看雲起時。 偶然値林叟、 談笑無還期。 |
中歳頗すこぶる道だうを好み、
晩に家いへす南山の陲ほとり。 興きょう來きたりては毎つねに獨ひとり往ゆき、 勝事しょうじ空しく自みづから知る。 行きて水の窮きはまる處に到り、 坐して雲の起こる時を看る。 偶然林叟りんそうに値あひ、 談笑して還かへる期とき無し。 |
竹林寺に題す 歳月人間に促せまり、 煙霞此の地多し。 殷勤にす竹林寺、 更に幾迴か過よぎることを得ん。 |
相送臨高臺、
川原杳何極。 日暮飛鳥還、 行人去不息。 |
相ひ送りて高臺かうたいに臨めば、
川原杳として何ぞ極まらん。 日暮にちぼ飛鳥ひてう還かへり、 行人かうじん去りて息やまず。 |
高臺に臨む 高臺廣陌くゎうはくに臨み、 車馬紛ふんとして相ひ續く。 回首して舊鄕を思ふも、 雲山心曲を亂す。 遠望すれば河流緩やかに、 周あまねく原野の綠なるを看る。 向夕林鳥還かへれば、 憂へ來きたりて飛景促うながす。 |
一道の殘陽水中に鋪しき、 半江は瑟瑟しつしつ半江は紅くれなゐなり。 憐あはれむ可べし九月初三の夜、 露は眞珠の似ごとく月は弓に似たり。 |
朝あしたにも亦また群むれに隨ひて動き、 暮にも亦群に隨ひて動く。 榮華ゑいぐゎは瞬息の間、 求め得たるも將はた何ぞ用もちひん。 形骸けいがいと冠蓋くゎんがいと、 假かりに合して相あひ戲弄ぎろうす。 何ぞ異あやしまんや睡著すゐちゃくの人の、 夢は是これ夢なるを知らざるに。 |
香鑪峯北面、
遺愛寺西偏。 白石何鑿鑿、 淸流亦潺潺。 有松數十株、 有竹千餘竿。 松張翠傘蓋、 竹倚青琅玕。 其下無人居、 惜哉多歳年。 有時聚猿鳥、 終日空風煙。 時有沈冥子、 姓白字樂天。 平生無所好、 見此心依然。 如獲終老地、 忽乎不知還。 架巖結茅宇、 劚壑開茶園。 何以洗我耳、 屋頭飛落泉。 何以淨我眼、 砌下生白蓮。 左手攜一壺、 右手挈五弦。 傲然意自足、 箕踞於其間。 興酣仰天歌、 歌中聊寄言。 言我本野夫、 誤爲世網牽。 時來昔捧日、 老去今歸山。 倦鳥得茂樹、 涸魚反淸源。 舍此欲焉往、 人間多險艱。 |
香鑪峯かうろほうの北面、
遺愛寺ゐあいじの西偏。 白石何ぞ鑿鑿さくさくたる、 淸流亦た潺潺せんせんたり。 松の數十株有り、 竹の千餘竿有り。 松は翠みどりの傘蓋さんがいを張り、 竹は青き琅玕らうかんを倚よす。 其の下に人の居すまふ無きこと、 惜をしき哉歳年多し。 時有りて猿鳥聚あつまり、 終日風煙空し。 時に沈冥ちんみゃうの子有り、 姓は白字あざなは樂天。 平生好む所無し、 此れを見て心依然たり。 終老の地を獲えたるが如く、 忽乎こつことして還かへるを知らず。 巖に架して茅宇ばううを結び、 壑たにを劚たたききりて茶園を開く。 何を以て我が耳を洗はんや、 屋頭に落泉を飛ばす。 何を以て我が眼を淨きよめんや、 砌下に白蓮を生うう。 左手に一壺を攜たづさへ、 右手に五弦を挈ひっさぐ。 傲然がうぜんとして意自みづから足たり、 其の間に箕踞ききょす。 興酣たけなはにして天を仰ぎて歌ひ、 歌中聊いささか言を寄す。 言ふ我本もと野夫、 誤りて世網に牽かるると爲る。 時來りて昔日を捧げ、 老去りて今山に歸る。 倦鳥茂樹を得え、 涸魚淸源に反かへる。 此ここを舍すてて焉いづくにか往ゆかんと欲ほっす、 人間じんかん險艱けんかん多し。 |
洛陽の春 洛陽の陌上はくじゃう春長とこしへに在あり、 昔別れ今來きたる二十年。 唯ただ覓もとむるに少年の心のみ得ず、 其の餘は萬事盡ことごとく依然たり。 |
花は寒くして 馬に信まかせて閒行日西するに到る。 何いづれの處か未だ春ならずして先づ思ひ有る、 柳條力無し魏王堤。 |
今夜鄜州ふしうの月、 閨中けいちゅう只ただ獨ひとり看みるらん。 遙はるかに憐あはれむ小兒女せうじぢょの、 未いまだ長安を憶おもふを解せざるを。 香霧かうむ雲鬟うんくゎん濕うるほひ、 淸輝せいき玉臂ぎょくひ寒からん。 何いづれの時か虚幌きょくゎうに倚より、 雙ならび照らされて涙痕るゐこん乾かわかさん。 |