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少小家を離れ老大にして回かへる、 鄕音改まること難かたく鬢毛衰すたる。 兒童相あひ見て相あひ識しらず、 笑ひて問ふ「客何いづれの處從より來きたる」と? |
獨在異鄕爲異客、
毎逢佳節倍思親。 遙知兄弟登高處、 徧插茱萸少一人。 |
獨り異鄕に在りて異客と爲り、
佳節に逢ふ毎ごとに倍ますます親しんを思ふ。 遙かに知る兄弟高きに登る處、 |
江南の春 絶句 千里鶯啼きて綠 水村山郭酒旗の風。 南朝四百八十寺、 多少の樓臺烟雨の中うち |
樂遊原に登る 晩くれに向なんなんとして意こころ適かなはず、 車を驅かりて古原に登る。 夕陽無限に好し、 只だ是れ黄昏に近し。 |
夜砧を聞く 誰が家の思婦ぞ秋帛きぬを擣うつ、 月苦さえ風凄すさまじく砧杵ちんしょ悲し。 八月九月正に長夜、 千聲萬聲了やむ時無し。 應まさに天明に到りて頭盡く白かるべし、 一聲添へ得たり一莖の絲。 |
秦淮に泊す 煙は寒水を籠め月は沙を籠む、 夜秦淮しんわいに泊して酒家に近し。 商女は知らず亡國の恨うらみ、 江を隔てて猶なほ唱うたふ後庭花。 |
遠く寒山に上れば石徑斜めなり、 白雲生ずる處人家有り。 車を停とどめて坐そぞろに愛す楓林の晩くれ、 霜葉は二月の花よりも紅くれなゐなり。 |
千山鳥飛ぶこと絶え、 萬徑人蹤じんしょう滅きゆ。 孤舟簑笠さりふの翁、 獨り釣る寒江の雪。 |
葡萄の美酒夜光の杯、 飮まんと欲して琵琶馬上に催す。 醉ゑひて沙場に臥す君笑ふ莫れ、 古來征戰幾人か回る。 |
秦中の花鳥已すでに應まさに闌たけなはなるべく、 塞外の風沙猶なほ自おのづから寒きがごとし。 夜に胡笳の折楊柳を聽きかば、 人をして意氣長安を憶おもは敎しめん。 |
長恨歌 唐 白居易 漢皇重色思傾國、 御宇多年求不得。 楊家有女初長成、 養在深閨人未識。 天生麗質難自棄、 一朝選在君王側。 回眸一笑百媚生、 六宮粉黛無顏色。 春寒賜浴華淸池、 温泉水滑洗凝脂。 侍兒扶起嬌無力、 始是新承恩澤時。 雲鬢花顏金歩搖、 芙蓉帳暖度春宵。 春宵苦短日高起、 從此君王不早朝。 承歡侍宴無閑暇、 春從春遊夜專夜。 後宮佳麗三千人、 三千寵愛在一身。 金屋妝成嬌侍夜、 玉樓宴罷醉和春。 姉妹弟兄皆列土、 可憐光彩生門戸。 遂令天下父母心、 不重生男重生女。 驪宮高處入靑雲、 仙樂風飄處處聞。 緩歌謾舞凝絲竹、 盡日君王看不足。 漁陽へい鼓動地來、 驚破霓裳羽衣曲。 九重城闕煙塵生、 千乘萬騎西南行。 翠華搖搖行復止、 西出都門百餘里。 六軍不發無奈何、 宛轉蛾眉馬前死。 花鈿委地無人收、 翠翹金雀玉掻頭。 君王掩面救不得、 回看血涙相和流。 黄埃散漫風蕭索、 雲棧えい紆登劍閣。 峨嵋山下少人行、 旌旗無光日色薄。 蜀江水碧蜀山靑、 聖主朝朝暮暮情。 行宮見月傷心色、 夜雨聞鈴腸斷聲。 天旋地轉迴龍馭、 到此躊躇不能去。 馬嵬坡下泥土中、 不見玉顏空死處。 君臣相顧盡霑衣、 東望都門信馬歸。 歸來池苑皆依舊、 太液芙蓉未央柳。 芙蓉如面柳如眉、 對此如何不涙垂。 春風桃李花開日、 秋雨梧桐葉落時。 西宮南内多秋草、 落葉滿階紅不掃。 梨園弟子白髮新、 椒房阿監靑娥老。 夕殿螢飛思悄然、 孤燈挑盡未成眠。 遲遲鐘鼓初長夜、 耿耿星河欲曙天。 鴛鴦瓦冷霜華重、 翡翠衾寒誰與共。 悠悠生死別經年、 魂魄不曾來入夢。 臨邛道士鴻都客、 能以精誠致魂魄。 爲感君王輾轉思、 遂敎方士殷勤覓。 排空馭氣奔如電、 升天入地求之遍。 上窮碧落下黄泉、 兩處茫茫皆不見。 忽聞海上有仙山、 山在虚無縹緲間。 樓閣玲瓏五雲起、 其中綽約多仙子。 中有一人字太真、 雪膚花貌參差是。 金闕西廂叩玉けい、 轉敎小玉報雙成。 聞道漢家天子使、 九華帳裡夢魂驚。 攬衣推枕起徘徊、 珠箔銀屏りい開。 雲鬢半偏新睡覺、 花冠不整下堂來。 風吹仙袂飄飄舉、 猶似霓裳羽衣舞。 玉容寂寞涙闌干、 梨花一枝春帶雨。 含情凝睇謝君王、 一別音容兩渺茫。 昭陽殿裡恩愛絶、 蓬莱宮中日月長。 回頭下望人寰處、 不見長安見塵霧。 唯將舊物表深情、 鈿合金釵寄將去。 釵留一股合一扇、 釵擘黄金合分鈿。 但敎心似金鈿堅、 天上人間會相見。 臨別殷勤重寄詞、 詞中有誓兩心知。 七月七日長生殿、 夜半無人私語時。 在天願作比翼鳥、 在地願爲連理枝。 天長地久有時盡、 此恨綿綿無絶期。 |
漢皇かんくゎう色を重んじて傾國を思ふ、 御宇ぎょう多年求むれども得ず。 楊家に女ぢょ有り初めて長成し、 養はれて深閨に在り人未だ識らず。 天生の麗質は自おのづから棄て難く、 一朝選ばれて君王の側かたはらに在り。 眸ひとみを回めぐらして一笑すれば百媚生じ、 六宮りくきうの粉黛顏色無し。 春寒うして浴を賜ふ華淸の池、 温泉水滑らかに凝脂を洗ふ。 侍兒扶け起こすに嬌けうとして力無し、 始て是れ新たに恩澤おんたくを承うくるの時。 雲鬢花顏金歩搖きんほえう、 芙蓉の帳暖にして春宵を度る。 春宵短きを苦しみて日高くして起く、 此れ從り君王早朝せず。 歡を承け宴に侍して閒暇無く、 春は春遊に從ひ夜は夜を專らにす。 後宮の佳麗三千人、 三千の寵愛一身に在り。 金屋妝ひ成って嬌として夜に侍り、 玉樓宴罷やんで醉ひて春に和す。 姉妹弟兄ていけい皆土くにを列ね、 憐む可し光彩の門戸に生ずるを。 遂に天下の父母の心をして、 男を生むを重んぜずして女を生むを重んぜ 驪宮高き處靑雲に入り、 仙樂風に飄って處處に聞こゆ。 緩歌謾舞絲竹を凝らし、 盡日君王看れども足らず。 漁陽のへい鼓地を動どよもして來きたり、 驚破けいはす霓裳げいしゃう羽衣ういの曲。 九重きうちょうの城闕じゃうけつ煙塵生じ、 千乘萬騎西南に行く。 翠華搖搖として行きて復また止まる、 西のかた都門を出づること百餘里。 六軍りくぐん發せず奈何いかんともする無く。 宛轉ゑんてんたる蛾眉馬前に死す。 花鈿地に委して人の收むる無く、 翠翹金雀玉掻頭。 君王面を掩ひて救ひ得ず、 回り看れば血涙相ひ和して流る。 黄埃散漫として風蕭索、 雲棧えい紆う劍閣に登る。 峨嵋山下人の行くこと少まれに、 旌旗光無くして日色薄し。 蜀江は水碧にして蜀山は青く、 聖主朝朝暮暮の情。 行宮あんぐうに月を見れば心を傷ましむるの色、 夜雨やうに鈴を聞けば腸はらわたを斷つの聲。 天旋り地轉じて龍馭りゅうぎょを迴めぐらし、 此に到りて躊躇して去ること能あたはず。 馬嵬坡ばくゎいはの下泥土の中、 玉顏を見ず空しく死せし處。 君臣相ひ顧かへりみて盡く衣を霑うるほし、 東のかた都門を望みて馬に信まかせて歸る。 歸り來きたれば池苑皆舊に依る、 太液の芙蓉未央びあうの柳。 芙蓉は面の如く柳は眉の如し、 此これに對して如何ぞ涙垂れざらん。 春風桃李花開くの日、 秋雨梧桐葉落つるの時。 西宮の南苑秋草多く、 落葉階に滿ちて紅くれなゐ掃はらはず。 梨園の弟子ていし白髮新たに、 椒房せうばうの阿監あかん靑娥せいが老いたり。 夕殿せきでん螢飛びて思ひ悄然せうぜんたり、 孤燈挑かき盡くして未だ眠りを成さず。 遲遲たる鐘鼓初めて長き夜、 耿耿かうかうたる星河曙あけんと欲する天。 鴛鴦ゑんあうの瓦かはら冷ややかにして霜華さうくゎ重く、 翡翠ひすゐの衾ふすま寒くして誰與と共にかせん。 悠悠たる生死別れて年を經、 魂魄曾て來きたりて夢にも入らず。 臨邛りんきょうの道士鴻都こうとの客、 能く精誠を以って魂魄を致まねく。 君王の輾轉の思ひに感ずるが爲に、 遂に方士をして殷勤に覓めしむ。 空を排し氣を馭して奔ること電いなづまの如く、 天に升り地に入りて之を求むること遍し。 上は碧落を窮め下は黄泉、 兩處茫茫として皆見えず。 忽ち聞く海上に仙山有り、 山は虚無縹緲へうべうの間に在り。 樓閣玲瓏として五雲起り、 其の中綽約として仙子多し。 中に一人有り字あざなは太真、 雪膚花貌參差として是これなりと。 金闕の西廂に玉けいを叩き、 轉じて小玉をして雙成に報ぜ敎む。 聞く道く漢家天子の使ひと、 九華帳裡夢魂驚く。 衣を攬り枕を推して起って徘徊し、 珠箔銀屏りいとして開く。 雲鬢半ば偏りて新たに睡りより覺め、 花冠整はずして堂を下りて來る。 風は仙袂を吹きて飄飄として舉がり、 猶ほも霓裳羽衣の舞に似たり。 玉容寂寞として涙闌干、 梨花一枝春雨を帶ぶ。 情を含み睇を凝らして君王に謝す、 一別音容兩つながら渺茫べうばう。 昭陽殿裡恩愛絶え、 蓬莱宮中日月長し。 頭を回らし下人寰の處を望めば、 長安を見ず塵霧を見る。 唯だ舊物を將もって深情を表す、 鈿合金釵寄せ將ちて去らしむ。 釵は一股を留め合は一扇、 釵は黄金を擘さき合は鈿を分かつ。 但だ心をして金鈿の堅きに似せ敎しめれば、 天上人間會かならず相ひ見まみえん。 別れに臨んで殷勤に重ねて詞ことばを寄す、 詞中誓ひ有り兩心のみ知る。 七月七日長生殿、 夜半人無く私語の時。 「天に在りては願はくは比翼の鳥と作なり、 地に在りては願はくは連理の枝と爲ならん。」と 天長く地久しきも時有りて盡く、 此の恨みは綿綿として盡くる期無からん。 |
馬を下りて君に酒を飮ましむ、 君に問ふ“何なんの之ゆく所ぞ”と。 君は言ふ“意を得ず、 歸りて臥す南山の陲ふもとに”と。 但だ去れ復また問ふこと莫なからん、 白雲盡くる時無し。 |
淸明の時節雨紛紛、 路上の行人魂を斷たんと欲ほっす。 借問しゃもんす酒家何れの處にか有る、 牧童遙かに指さす杏花の村。 |
琵琶行 唐 白居易 一 潯陽江頭夜送客、 二 轉軸撥絃三兩聲、 輕攏慢撚抹復挑、 曲終收撥當心畫、 三 沈吟放撥插絃中、 去來江口守空船、 終尾 我聞琵琶已歎息、 |
一潯陽江頭夜客を送る、 楓葉荻花秋瑟瑟。 主人は馬より下り客は船に在り、 酒を舉げて飮まんと欲して管絃無し。 醉成さずして歡慘として將に別れんとす、 別るる時茫茫として江は月を浸す。 忽ち聞く水上琵琶の聲、 主人は歸るを忘れ客は發せず。 聲を尋ねて闇に問ふ彈く者は誰ぞと、 琵琶聲停みて語らんと欲して遲し。 船を移し相ひ近づきて邀へて相ひ見、 酒を添へ燈を迴らし重ねて宴を開く。 千呼萬喚始めて出で來たり、 猶ほ琵琶を抱きて半ば面を遮る。 二 軸を轉しめ絃を撥ひて三兩聲、 輕く攏おさえ慢く撚りて抹み復た挑ひ、 曲終らんとして撥ばちを收め當心を畫き、 三 沈吟して撥を放ちて絃中に插さしはさみ、 江口に去來して空船を守り、 終尾我聞く琵琶已に歎息するを、 又聞く此語重ねて喞喞たるを。 同ともに是れ天涯淪落の人、 相ひ逢ふに何ぞ必ずしも曾ての相識たらん。 我去年帝京を辭して從り、 謫居して病に臥す潯陽城。 潯陽地僻りて音樂無く、 終歳聞かず絲竹の聲を。 住は湓江に近く地は低濕、 黄蘆苦竹宅を繞りて生ず。 其の間旦暮何物をか聞く、 杜鵑は血に啼き猿は哀れに鳴く。 春江花の朝秋月の夜、 往往酒を取りて還た獨り傾く。 豈に山歌與と村笛の無からんや、 嘔唖おうあ嘲哳てうたつ聽くを爲し難し。 今夜君の琵琶の語を聞くに、 仙樂を聽くが如く耳暫く明たり。 辭する莫れ更に坐して一曲を彈け、 君が爲に翻して琵琶行を作らん。 我が此の言に感じて 座に卻って絃を促しめれば絃轉うたたた急。 淒淒として似ず向前きゃうぜんの聲に、 滿座重ねて聞くに皆掩ひて泣く。 座中泣なみだ下ること誰か最も多き、 江州の司馬青衫濕ふ。 |
折戟沙に沈みて鐵未だ銷しょうせず、 自ら磨洗を將もって前朝を認む。 東風周郎の與ために便せずんば、 銅雀春深くして二喬を鎖とざさん。 |
揚州の韓綽判官に寄す 靑山隱隱として水遙遙たり、 秋盡きて江南草木凋む。 二十四橋明月の夜、 玉人何いづれの處ところにか吹簫を敎をしふる? |
懷おもひを遣やる 江南に落魄して載酒して 行き、 楚腰腸はらわた 斷ちて掌中に輕し。 十年一たび 覺さむ揚州の夢、 贏かち得たり靑樓薄倖はくかうの名を。 |
別べつに贈る 娉娉へいへい嫋嫋たる十三餘、 荳蔻梢頭二月の初はじめ。 春風十里揚州の路、 珠簾を卷き上ぐれど總じて如しかず。 |
別べつに贈る 多情は卻って似る總じて無情なるに、 惟だ覺る罇前に笑ひを成さず。 蝋燭心しん有りて還なほ別れを惜しみ、 人に替はり涙を垂れて天明に到る。 |
繁華の事は散ず香塵を逐ひて、 流水は無情なれど草は自ら春たり。 日暮東風に啼鳥を怨めば、 落花猶も似たり樓より墜ちたる人に。 |
江碧みどりにして鳥逾いよいよよ白く、 山靑くして花然もえんと欲す。 今春看みすみす又た過ぐ、 何いづれの日か是れ歸年ならん。 |
早つとに白帝城を發す 朝あしたに辭す白帝彩雲さいうんの間、 千里の江陵かうりょう一日いちじつにして還かへる。 兩岸の猿聲ゑんせい啼なき住やまざるに、 輕舟已すでに過ぐ萬重ちょうの山。 |
故人西辭黄鶴樓、
煙花三月下揚州。 孤帆遠影碧空盡、 惟見長江天際流。 |
故人西のかた黄鶴樓を辭し、
煙花三月揚州に下る。 孤帆の遠影碧空に盡き、 惟ただ見る長江の天際に流るるを。 |
昔人已すでに白雲に乘りて去り、 此この地空むなしく餘あます黄鶴樓くゎかくろう。 黄鶴一たび去りて復またた返らず、 白雲千載空しく悠悠。 晴川歴歴たり漢陽の樹、 芳草萋萋たり鸚鵡洲あうむしう。 日暮鄕關何いづれの處ところか是これなる、 煙波江上人をして愁へしむ。 |
華清宮を過すぐ 長安回望すれば繍堆と成り、 山頂の千門次第に開く。 一騎の紅塵に妃子笑み、 人の是れ茘枝の來たるを知る無し。 |
月落ち烏啼いて霜天に滿つ、 江楓の漁火愁眠に對す。 姑蘇城外の寒山寺、 夜半の鐘聲客船に到る。 |
江南にて李龜年に逢ふ 岐王の宅裏尋常に見、 崔九の堂前幾度か聞く。 正に是れ江南の好風景、 落花の時節又君に逢ふ。 |
鸛雀樓に登る 白日山に依りて盡き、 黄河海に入りて流る。 千里の目を窮めんと欲して、 更に上のぼる一層の樓。 |
白頭吟 代悲白頭翁 唐 劉希夷
洛陽城東桃李花、飛來飛去落誰家。 洛陽女兒惜顏色、 行逢落花長歎息。 今年花落顏色改、 明年花開復誰在。 已見松柏摧爲薪、 更聞桑田變成海。 古人無復洛城東、 今人還對落花風。 年年歳歳花相似、 歳歳年年人不同。 寄言全盛紅顏子、 應憐半死白頭翁。 此翁白頭眞可憐、 伊昔紅顏美少年。 公子王孫芳樹下、 清歌妙舞落花前。 光祿池臺開錦繍、 將軍樓閣畫神仙。 一朝臥病無人識、 三春行樂在誰邊。 宛轉蛾眉能幾時、 須臾鶴髮亂如絲。 但看古來歌舞地、 惟有黄昏鳥雀悲。 |
白頭吟 白頭を悲しむ翁に代りて 洛陽城東桃李の花、 飛び來り飛び去りて誰が家にか落つる。 洛陽の女兒顏色を惜しみ、 行ゆくゆく落花に逢ひて長歎息す。 今年花落ちて顏色改まり、 明年花開きて復た誰か在る。 已すでに見る松柏の摧くだかれて薪と爲るを、 更に聞く桑田の變じて海と成るを。 古人復また洛城の東に無く、 今人還なほも對す落花の風。 年年歳歳花相あひ似たれども、 歳歳年年人同じからず。 言を寄す全盛の紅顏子、 應に憐むべし半死の白頭の翁。 此の翁白頭眞に憐む可べし、 伊これ昔紅顏の美少年。 公子王孫芳樹の下、 清歌妙舞落花の前。 光祿の池臺に錦繍を開き、 將軍の樓閣に神仙を畫ゑがく。 一朝病ひに臥して人の識る無く、 三春の行樂誰が邊にか在る。 宛轉たる蛾眉能よく幾時ぞ、 須臾にして鶴髮亂れて絲の如し。 但ただ看る古來歌舞の地、 惟ただ黄昏に鳥雀の悲しむ有るを。 |
余に問ふ何の意ありてか碧山に棲むと、 笑って答へず心自おのづから閑なり。 桃花流水杳然と去る、 別に天地の人間じんかんに非ざる有り。 |
蘭陵の美酒鬱金香、 玉碗盛り來る琥珀の光。 但だ主人をして能く客を醉はしめば、 知らず何いづれの處か是れ他鄕なるを。 |
床前明月の光、 疑ふらくは是れ地上の霜かと。 頭かうべを舉あげては明月を望み、 頭かうべを低たれては故鄕を思ふ。 |
獨り坐す幽篁の裏うち、 琴を弾じて復また長嘯す。 深林人知らず、 明月來りて相ひ照らす。 |
南陵の水面漫悠悠として、 風緊きつく雲輕かろやかに秋に變ぜんと欲す。 正まさに是これ客心孤ひとり迥はるかなる處、 誰たが家の紅袖ぞ江樓に凭よるは。 |
漁父に贈る 蘆花深き澤に靜かに綸いとを垂れ、 月ある夕煙れる朝幾十の春。 自ら説いふ孤舟寒水の畔に、 曾て逢着せず獨り醒むる人にと。 |
把酒問月 唐 李白 故人賈淳令余問之
靑天有月來幾時、我今停杯一問之。 人攀明月不可得、 月行卻與人相隨。 皎如飛鏡臨丹闕、 綠煙滅盡淸輝發。 但見宵從海上來、 寧知曉向雲閒沒。 白兔搗藥秋復春、 姮娥孤棲與誰鄰。 今人不見古時月、 今月曾經照古人。 古人今人若流水、 共看明月皆如此。 唯願當歌對酒時、 月光長照金樽裏。 |
酒を把とりて月に問ふ 靑天月有りて來このかた幾時ぞ、 我今杯を停とどめて之に一問す。 人明月に攀よづるは得う可べからざるも、 月行卻って人と相ひ隨ふ。 皎として飛鏡の丹闕に臨むが如く、 綠煙滅し盡くして清輝發す。 但だ見る宵に海上より來り、 寧ぞ知らん曉に雲閒に向ひて沒するを。 白兔藥を搗く秋復また春、 姮娥孤り棲み誰とか鄰りせん。 今人は見ず古時の月を、 今月は曾經かつて古人を照らせり。 古人今人流水の若く、 共に明月を看る皆此かくの如し。 唯だ願はくは歌に當たり酒に對するの時、 月光 |
烏江亭に題す 勝敗は兵家も事こと期せず、 羞はぢを包み恥はぢを忍ぶ是これ男兒。 江東の子弟才俊多く、 捲土重來未いまだ知るべからず。 |
幽州臺に登れる歌 前に古人を見ず、 後に來者を見ず。 天地の悠悠たるを念ひ、 獨り愴然として涕下る。 |
花にして花に非ず、霧にして霧に非ず。 夜半に來たりて、天明に去る。 來たること春夢の如く幾多の時ぞ? 去るは朝雲に似にて覓もとむる處無し。 |
雲には衣裳を想ひ花には容を想ふ、 春風檻を拂って露華濃こまやかなり。 若もし群玉山頭に見るに非らずんば、 會かならずや瑤臺月下に向おいて逢はん。 |
一枝の紅艷露香を凝らす、 雲雨巫山枉むなしく斷腸。 借問しゃもんす漢宮誰か似たるを得ん、 可憐の飛燕新粧に倚る。 |
春夜洛城に笛を聞く 誰が家の玉笛ぞ暗に聲を飛ばす、 散じて春風に入りて洛城に滿つ。 此の夜曲中折柳を聞く、 何人か故園の情を起こさざらん。 |
廬山の瀑布を望む 日は香爐を照らし紫煙生ず、 遙かに看る瀑布の前川に挂くるを。 飛流直下三千尺、 疑ふらくは是れ銀河の九天より落つるかと。 |
國破れて山河在り、 城春にして草木深し。 時に感じては花にも涙を濺そそぎ、 別れを恨んでは鳥にも心を驚かす。 烽火三月さんげつに連なり、 家書萬金に抵あたる。 白頭掻けば更に短く、 渾すべて簪しんに勝たへざらんと欲す。 |
玉階に白露生じ、 夜久しくして羅襪を侵す。 却下す水精すいしゃうの簾、 玲瓏秋月を望む。 |
鏡に照らして白髪を見る 宿昔青雲の志、 蹉跎たり白髮の年。 誰か知らん明鏡の裏、 形影自ら相ひ憐まんとは。 |
何れの處よりか秋風至り、 蕭蕭として雁群を送る。 朝來庭樹に入り、 孤客最も先に聞く。 |
秋浦の歌 白髮三千丈、 愁ひに縁よりて箇かくの似ごとく長し。 知らず明鏡の裏、 何いづれの處にか秋霜を得たる。 |
初めて官を貶おとされて望秦嶺を過ぐ 草草として家を辭して後事を憂ひ、 遲遲として國を去りて前途を問ふ。 望秦嶺上頭かうべを迴めぐらせて立てば、 無限の秋風白鬚に吹く。 |
桑乾を渡る 并州に客舍すること已すでに十霜、 歸心日夜咸陽を憶ふ。 端無くも更に渡る桑乾の水、 卻って并州を望めば是れ故鄕。 |
宇文六を送る 花は垂楊に映じて漢水清く、 曉風林裏一枝輕し。 即今江北還また此かくの如からん、 愁殺す江南離別の情。 |
珊瑚の鞭を遺卻して、 白馬驕りて行かず。 章臺楊柳を折る、 春日路傍の情。 |
邙山ばうさん 北邙山上墳塋ふんえい列つらなり、 萬古千秋洛城に對す。 城中日夕歌鐘起こるも、 山上唯だ聞く松柏の聲。 |
岳陽樓に登る 昔聞く洞庭の水、 今上のぼる岳陽樓。 呉楚東南に坼さけ、 乾坤日夜浮かぶ。 親朋一字無く、 老病孤舟有り。 戎馬じゅうば關山の北、 軒に憑よりて涕泗ていし流る。 |
新豐の美酒斗十千、 咸陽の遊侠少年多し。 相ひ逢ひて意氣君が爲に飮み、 馬を繋ぐ高樓垂柳の邊。 |
金陵の渡に題す 金陵の津渡小山樓、 一宿の行人自ら愁ふ可べし。 潮落の夜江斜月の裏うち、 兩三の星火是これ瓜洲。 |
八月の濤聲地に吼えて來り、 頭高きこと數丈山に觸れて迴めぐる。 須臾に卻しりぞきて海門に入りて去り、 沙堆を卷き起こすこと雪堆に似たり。 |
故國三千里、 深宮二十年。 一聲何滿子、 雙涙君前に落つ。 |
芙蓉樓にて辛漸を送る 寒雨江に連りて夜呉に入る、 平明客を送れば楚山孤なり。 洛陽の親友如もし相あひ問はば、 一片の冰心玉壺に在り。 |
丞相の祠堂何處にか尋ねん、 錦官城外柏森森たり。 堦に映ずる碧草は自ら春色にして、 葉を隔つる黄鸝空しく好音。 三顧頻煩なり天下の計、 兩朝開濟す老臣の心。 出師未いまだ捷かたざるに身先まづ死し、 長とこしへに英雄をして涙襟に滿たしむ。 |
君家は何處いづこにか住む、 妾は橫塘おうとうに在りて住む。 船を停めて暫く借問しゃもんせん、 或は恐らくは是同鄕ならんと。 |
家は臨む九江の水、 來去す九江の側かたはらを。 同ともに是これ長干の人なるに、 小き自より相ひ識しらず。 |
君故鄕自より來たる、 應まさに故鄕の事を知るべし。 來日らいじつ綺窗の前、 寒梅花を著つけしや未だしや? |
金陵の圖 江雨霏霏として江草齊ひとし、 六朝りくてう夢の如く鳥空しく啼く。 無情最も是れ臺城の柳、 舊に依りて烟は籠こむ十里の堤。 |
舊苑荒臺楊柳新たに、 菱歌の淸唱春に勝たへず。 只ただ今惟ただ有り西江の月、 曾かつて照らす呉王宮裏の人。 |
越王勾踐こうせん呉を破りて歸り、 義士家に還りて盡く錦衣す。 宮女花の如く春殿に滿ちしが、 只今惟だ鷓鴣の飛ぶ有るのみ。 |
銀燭の秋光畫屏冷え、 輕羅の小扇に流螢捕ふ。 天階の夜色涼きこと水の如く、 臥して看る牽牛織女星。 |
十載飄然たり繩檢の外、 樽前に自ら獻じ自ら酬を爲す。 秋山春雨閑吟の處、 倚ること徧し江南寺寺の樓。 |
春眠曉を覺えず、 處處啼鳥を聞く。 夜來風雨の聲、 花落つること知りぬ多少ぞ。 |
朝てうより囘かへりて日日春衣を典し、 毎日江頭に醉ゑひを盡つくして歸る。 酒債しゅさいは尋常じんじゃう行く處に有り、 人生七十古來稀まれなり。 花を穿つ蛺蝶けふてふ深深として見え、 水に點ずる蜻蜓せいてい款款くゎんくゎんとして飛ぶ。 風光に傳語す共に流轉るてんして、 暫時相ひ賞して相ひ違たがふこと莫かれと。 |
二月已すでに破れ三月來り、 漸やうやく老いて春に逢ふ能よく幾回ぞ。 思ふ莫なかれ身外無窮の事を、 且しばし盡つくせ生前有限の杯を。 |