豐公明の册さくを裂くの圖 玉冕ぎょくべん緋衣ひい糞土の如くし、 册書手に信まかせて縱横に裂く。 これより霹靂へきれき萬里を震はし、 直に如今に到るまで尚なほ聲有り。 |
豐公の舊宅に寄題す 絶海の樓船大明を震はせしも、 寧いづくんぞ知らん此の地に柴荊を長ずるを。 千山の風雨時時に惡く、 猶なほも作なすがごとし當年叱咤の聲を。 |
讀舊詩卷 菅茶山
老來歡娯少、長日消得難。 偶憶強壯日、 時把舊詩看。 大耋心慌惚、 亦可想當年。 欣戚如再經、 病懷稍且寛。 醉花墨川堤、 吟月椋湖船。 叉手温生捷、 露頂張旭顛。 此等常在胸、 其状更宛然。 瑣事委遺亡、 忽亦現目前。 或遇不平境、 往事夢一痕。 吾詩從人笑、 不必費補刪。 自吟又自賞、 樂意在其間。 |
舊詩卷を讀む 老い來りて歡娯少く、 長日消し得うること難かたし。 偶ゝたまたま強壯の日を憶おもひ、 時に舊詩を把とりて看る。 大耋だいてつ心慌惚くぁうこつとして、 亦た當年を想ふ可べし。 欣戚再び經ふるが如く、 病懷びゃうくぁい稍やや且しばらく寛ゆるやかなり。 花に醉ゑふ墨川ぼくせんの堤つつみ、 月に吟ず椋湖りゃうこの船。 手を叉す温生の捷、 頂を露す張旭の顛。 此等常に胸に在り、 其の状更に宛然ゑんぜんたり。 瑣事は遺亡に委まかすとも、 忽たちまち亦た目前に現あらはる。 或は不平の境に遇あひたれども、 往事夢一痕なり。 吾が詩人の笑ふに從ひ、 必ずしも補刪ほさんを費さず。 自ら吟じ又た自ら賞す、 樂意其の間に在り。 |
生當雄圖蓋四海、
死當芳聲傳千祀。 非有功名遠超群、 豈足喚爲眞男子。 俊師膽大而氣豪、 憤世夙入祇林逃。 雖有津梁無處布、 難奈天下之滔滔。 惜君奇才抑塞 不得逞 枉方其袍圓其頂。 底事衣鉢僅潔身、 不爲鹽梅調大鼎。 天下之溺援可收、 人生豈無得志秋。 或至虎呑狼食 王土割裂、 八州之草 任君馬蹄踐蹂。 君今去向東海道、 到處山河感多少。 古城殘壘趙耶韓、 勝敗有跡猶可討。 參之水駿之山、 英雄起處地形好。 知君至此氣慨然、 當悟 大丈夫不可空老 |
生きては當まさに雄圖四海を蓋ふべく、
死しては當まさに芳聲千祀しに傳ふべし。 功名遠く群を超ゆる有るに非ずんば、 豈あに眞男子と喚び爲なすに足たらんや。 俊師膽大にして氣豪なり、 世を憤りて夙つとに祇林ぎりんに入りて逃る。 津梁しんりゃう有りと雖も布しくに處無く、 奈いかんともし難し天下の滔滔たうたうたるを。 惜しむ君が奇才抑塞よくそくして 逞しくするを得ず、 枉まげて其の袍を方にして其の頂を圓にせるを。 底事なにごとぞ衣鉢僅わづかに身を潔くせるも、 鹽梅と爲りて大鼎を調ととのへざる。 天下の溺できは援ひきて收む可べく、 人生豈に志を得るの秋とき無からんや。 或は虎呑狼食して 王土割裂くゎつれつに至らば、 八州の草 君馬蹄の踐蹂せんじうに任まかさん。 君今去りて東海道に向かひ、 到る處の山河感ずるところ多少ぞ。 古城殘壘趙か韓か、 勝敗跡有りて猶なほ討たづぬ可べし。 參の水駿の山、 英雄起おこる處地形好し。 知る君此ここに至らば氣慨然として、 當まさに悟るべし 大丈夫空しく老ゆ可べからざるを。 |
生を捨て義を取る是れ男兒, 四海紛紛何の期する所ぞ。 好し京城に向おいて侠骨を埋め, 待たん他かの天定まりて人に勝つの時を。 |
興亡千古英雄を泣かしめ, 虎鬪龍爭夢已すでに空むなし。 問とはんと欲ほっす南朝忠義の墓, 蕎花けうくゎ秋に仆たふる野田の風。 |
狂蝶芳を尋ぬ松嶋の頭ほとり, 春花爛漫客樓に登る。 北山雲霧西山の雨, 蕩郞に付與して好遊を促す。 |
林子平像に題す 海波を揚あげざること二百年、 人の口を開けて防邊に到る無し。 一腔の熱血枉まげて埋却す、 唯ただ九原に蘇老泉有り。 |
楠公湊川戰死の圖 王事寧なんぞ成敗せいはいを將もって論ぜん、 唯ただ順逆を知る是これ忠臣。 斯の公一死すれど兒孫在りて、 護り得たり南朝五十春。 |
江天の暮雪 江天暮くれんと欲ほっして雪霏霏ひひたり、 釣を罷やめ誰が舟か釣磯てうきに傍そふ。 沙鳥飛ばず人見えず、 遠村只ただ一蓑いつさの歸る有り。 |
眞蹤しんしょうは寂莫として杳えうとして尋たづね難く、 虚懷きょくゎいを抱いだかんと欲ほっして古今を歩む。 碧水碧山何ぞ我れ有らん、 蓋天蓋地是れ無心。 依稀いきたる暮色月は草を離れ、 錯落さくらくたる秋聲風は林に在り。 眼耳雙ふたつながら忘れ身亦た失はれ、 空中に獨ひとり唱す白雲の吟を。 |
王臣何ぞ敢へて王師に敵せん、 賊と呼び忠と呼ぶ彼も一時。 惜しきかな東洋多事の日、 黄泉起こし難し大男兒。 |
古松林裏蝉鳴を聽く: 先生先生先生センセイセンセイセンセイの聲。 聲聲先生を把とりて笑ふに似たり、 笑ふ莫なかれ先生の老いて遠行するを。 三十年來舊遊の地、 白首重ねて來きたるは幾いく先生ぞ。 |
青田漠漠として青山接し、 僧舎民村煙霧の間。 無限の秋光無限の意、 碧天涼冷にして白雲閑たり。 |
孤軍奮鬪圍かこみを破りて還かへる、 一百の里程壘壁るゐへきの間。 吾が劍は既すでに摧くだけ吾が馬は斃たふる、 秋風骨を埋うづむ故鄕の山。 |
荻花てきくゎ 荻上てきじゃう瀼瀼じゃうじゃうと白露清く、 白花相ひ映じて月光明かなり。 風黄葉を吹きて天籟てんらいを發し、 轉うたた潯陽じんやう瑟瑟しつしつの聲と作なる。 |
東山春色絶繊塵、
楊柳青青楓葉新。 老木殷勤有誘我、 枉爲樹下石牀人。 |
東山春色繊塵を絶ち、
楊柳青青として楓葉ふうえふ新たなり。 老木殷勤いんぎんに我を誘いざなふ有りて、 枉まげて樹下石牀せきしゃうの人と爲なる。 |
海外萬國布しくこと星の如く、 覬覦きゆす他の政刑を切奪するを。 廟堂曾かつて防邊の策無く、 爲に海防を説きて生靈を濟すくはん。 |
感有り 古墓田と爲なり松柏摧くだかれ、 百年人壽飄埃へうあいに似たり。 功名富貴終つひに何事ぞ、 且しばらく盡つくせ生前酒一盃を。 |
家を離るる三四月げつ、 涙を落とす百千行かう。 萬事皆夢の如く、 時時彼かの蒼さうを仰あふぐ。 |
六十六年逆浪げきらうの中、 尚なほ贏あます衰病老殘の躬み。 昭和廿年正月の後、 知らず幾度か春風に値あふを。 |
落花斜日恨み窮きはまり無し、 自みづから愧はづ殘骸晩風を泣くを。 怪むを休やめよ家を華表くゎへうの下に移すを、 暮朝廟前の紅を拂はんと欲す。 |
落花紛紛雪紛紛、 雪を踏み花を蹴けりて伏兵起る。 白晝斬り取る大臣の頭かうべ、 噫嘻ああ時事知る可べきのみ。 落花紛紛雪紛紛、 或ひは恐る 天下の多事此ここに兆きざすを。 |
赤間が關 風物眼前朝暮に愁うれへ、 寒潮頻しきりに拍うつ赤城せきじゃうの頭ほとり。 怪巖奇石雲中の寺、 新月斜陽海上の舟。 十萬の義軍空むなしく寂寂じゃくじゃく、 三千の劍客去りて悠悠いういう。 英雄骨は朽つ干戈かんくゎの地、 相あひ憶おもひ欄に依よりて白鴎を看る。 |
芳野懷古くゎいこ 今來古往こんらいこわう蹟あと茫茫ばうばうとして、 石馬聲無くして抔土ほうど荒る。 春は櫻花あうくゎに入りて滿山白く、 南朝の天子御魂ぎょこん香かんばし。 |
海樓に酒を把とりて長風に對し、 顏紅に耳熱して醉眠すゐみん濃し。 忽たちまち見る雲濤うんたう萬里の外、 巨鼇きょがう海を蔽おほひて艨艟もうしょう來きたる。 我われ吾わが軍を提ひきゐて來りて此ここに陣し、 貔貅ひきう百萬髮上のぼり衝つく。 夢斷たえ酒解けて燈亦また滅し、 濤聲たうせい枕を撼ゆるがして夜鼕鼕とうとう。 |
胡雲漠漠として盡ことごとく冥朦めいもう、 天下人の聖躬せいきゅうを護る無し。 九闕きうけつ他年吉夢に遭あはば、 金剛山は野山の中に在り。 |
虜に示す 乾坤けんこん地の孤筇こきょうを卓たつる無し、 喜び得たり人空くうにして法も亦また空なるを。 珍重す大元三尺の劍、 電光影裡春風を斬る。 |
天に愁ひ有りて地に難有り、 涙潸潸さんさんとして地紛紛ふんぷんたり。 醒さめて一笑すれば夢一痕、 人間三十六春秋。 |
立秋の雨 大火たいくゎ已すでに西流し、 郊墟かうきょに涼氣浮かぶ。 暑は殘れども梧葉の雨は、 洗ひ出す一天の秋を。 |
夏の夜 雨晴るる庭上に竹風多く、 新月眉まゆの如く繊影斜めなり。 深夜涼を貪むさぼりて窓掩おほはざれば、 暗香枕に和す合歡ねむの花。 |
桃花馬上少年の時、 笑ひて銀鞍に據よりて柳枝を拂ふ。 綠水今に至るも迢遞てうていとして去り、 月明來きたりて照らす鬢びん絲の如きを。 |
白虎隊 佐原盛純
少年團結白虎隊、國歩艱難戍堡塞。 大軍突如風雨來、 殺氣慘憺白日晦。 鼙鼓喧闐震百雷、 巨砲連發僵屍堆。 殊死突陣怒髮立、 縱橫奮撃一面開。 時不利兮戰且退、 身裹瘡痍口含藥。 腹背皆敵將何行、 杖劍閒行攀丘嶽。 南望鶴城砲煙颺、 痛哭呑涙且彷徨。 宗社亡兮我事畢、 十有六人屠腹僵。 俯仰此事十七年、 畫之文之世閒傳。 忠烈赫赫如前日、 壓倒田横麾下賢。 |
少年團結す白虎隊、 國歩艱難かんなん堡塞を戍まもる。 大軍突如風雨來きたり、 殺氣慘憺さんたん白日晦くらし。 鼙鼓へいこ喧闐けんてん百雷震ふるひ、 巨砲連發して僵屍きゃうし堆うづたかし。 殊死しゅし陣を突きて怒髮どはつ立ち、 縱橫じゅうわう奮撃して一面開く。 時利あらず戰ひ且かつ退き、 身には瘡痍さういを裹つつみ口には藥を含む。 腹背ふくはい皆な敵將まさに何いづくにか行かんとす、 劍を杖つゑつき閒行かんかう丘嶽きうがくを攀よづ。 南鶴が城を望めば砲煙颺あがり、 痛哭涙を呑みて且しばらくく彷徨はうくゎうす。 宗社そうしゃ亡ほろびぬ我が事畢をはる、 十有六人屠腹とふくして僵たふる。 俯仰す此この事十七年、 之これを畫ゑがき之これを文にして世閒に傳ふ。 忠烈赫赫かくかく前日の如く、 壓倒す田横でんわう麾下きかの賢けん。 |
子陽先生の墓を訪ふ 古墓何いづれの處か是これなる、 春日に草芊芊せんせんたり。 伊昔これむかし狭河の側ほとりに、 子しを慕ひ苦つとめて往還す。 舊友漸やうやく零落し、 市朝してう幾いくたびか變遷す。 一世眞まことに夢の如く、 囘首す三十年。 |
草庵雪夜の作 囘首くゎいしゅす七十有餘年、 人間じんかんの是非ぜひ看破に飽あく。 往來跡あと幽かすかに深夜雪ふり、 一炷いつしゅの線香古匆こそうの下。 |
草山の晩眺 山を愛して頻しきりに門を出いで、 杖を投じて松根に倚よる。 秋水平野を界さかひし、 暮煙ぼえん遠村を分わかつ。 露昇りて林際白く、 星見あらはれて樹梢昏くらし。 自ら覺おぼゆ坐し來きたること久しく、 蒼苔さうたい已すでに痕有るを。 |
二十年來鄕里に歸る、 舊友零落して事多くは非なり。 夢は破る上方金鐘の曉、 空床影無く燈火微かすかなり。 |
舟由良の港に到る 首かうべを囘めぐらせば蒼茫さうばうたり浪速なにはの城、 篷窗ほうさう又た聽く杜鵑とけんの聲。 丹心一片人知るや否いなや、 家鄕を夢みず帝京を夢む。 |
大愚到り難がたく志成り難がたし、 五十の春秋瞬息の程。 道を觀ずるに言無くして只だ靜に入り、 詩を拈ひねるに句有りて獨ひとり淸せいを求む。 迢迢てうてうたり天外去雲の影、 籟籟らいらいたり風中落葉の聲。 忽ち見る閑窗虚白の上、 東山月出いでて半江明かなり。 |
失題 簡傲かんがう縱酒しょうしゅ歳時を消し、 衆人間はざまを闚うかがふも相あひ知らず。 而今じこん老い去りて始めて臍ほぞを噬かみ、 通宵つうせう君が爲に涙衣を沾うるほす。 |
當年たうねんの乃祖だいそ氣憑陵ひょうりょう、 風雲を叱咤しったし地を卷きて興おこる。 今日外釁ぐゎいきんを除く能あたはずんば、 「征夷せいい」の二字は是これ虚稱。 |
同盟叛はんにして吾れ殉ず可べく、 同盟誅ちうにして吾れ殉ず可べし。 幽囚未だ死せず秋暮れんと欲ほっし、 血に染む原頭落陽寒し。 |
獨立す南山の樹、 喬喬けうけうとして雲霄うんせうを凌しのぐ。 烈風時として休む無く、 蕭索せうさく枝條しでうを碎く。 由來松柏しょうはくの質、 成なし難がたし楊柳やうりうの姿。 豈あに纖麗せんれいを慕はざらんや、 峻節しゅんせつ竟つひに移し難し。 |
鐘。
六十餘年一夢中。 雪花亂、 老路是朦朧。 |
鐘。
六十餘年一夢の中うち。 雪花亂れたるも、 老いの路は是これ朦朧。 |
赤馬關に過よぎる 長風浪を破りて一帆還かへり、 碧海遙かに回めぐる赤馬關あかまがせき。 三十六灘だん行ゆくゆく盡つきんと欲す、 天邊始めて見る鎭西ちんぜいの山。 |
胡塵こぢんを掃はらひて本邦を盛んにせんと欲し、 一朝いつてう蹉跌さてつして幽窗いうさうに臥ぐゎす。 憐あはれむ可べし半夜蕭蕭せうせうたる雨に、 殘夢は猶なほも迷ふ鴨綠江あふりょくかう。 |
獄中史を讀む 夜深くして偶たまたま歐州史に對す、 興廢輸贏しゅえい奕棋えききに似たり。 雨は山牕さんさうを撲うち燈影暗く、 讀み來きたる邏罵ローマ滅亡の時。 |
目前の境界は吾が癯やせたるに似て、 地は老い天は荒れ百草枯れたり。 三月春風春意を沒し、 寒雲深く鎖とざす一茅廬ばうろ。 |
雨晴れ庭上竹風多く、 新月眉の如く繊影斜ななめなり。 深夜涼を貪むさぼりて窓掩おほはざれば、 暗香枕に和す合歡ねむの花。 |
哀輓 土屋竹雨
識見文章共絶倫、多年興亞展經綸。 痩躯六尺英雄漢、 睥睨東西古今人。 危言遭厄道何窮、 幾度投身囹圄中。 筆挾秋霜心烈日、 果然頽世起淸風。 立言何遜立朝勳、 時際艱難嗟喪君。 渺渺魂兮招不返、 哀歌空對暮天雲。 |
識見文章共に絶倫、 多年興亞經綸を展のぶ。 痩躯六尺りくせき英雄漢、 睥睨へいげいす東西古今の人。 危言厄に遭あふも道何ぞ窮せん、 幾度か身を投ず囹圄れいごの中。 筆は秋霜を挾はさみ心は烈日、 果然頽世淸風を起す。 立言何ぞ遜ゆづらん立朝の勳に、 時艱難に際して君を喪うしなふを嗟なげく。 渺渺べうべうたる魂よ招けど返らず、 哀歌空しく對す暮天の雲。 |
夏日の作 夏日炎炎長きを奈んともすること無く、 手に團扇を揮ひて斜陽に到る。 火雲一片消し盡さず、 月は綠陰の深き處に在りて涼し。 |
旅宿感有り 一心是これ三界、 何いづくに往ゆくとして自在ならざらんや。 譬たとへば天上の雲の如く、 去住倶ともに碍げ無し。 |
三十年來朝市の塵、 片舟歸り去る五湖の春。 平生慚愧す功業の無きを、 合まさに白鴎に對して此の身を終をはるべし。 |
冑山ちうざんの歌 冑山ちうざん昨我を送り、 冑山今吾を迎ふ。 黙して數かぞふれば山陽十たび往返し、 山翠さんすゐ依然たれども我は白鬚はくしゅ。 故鄕親有り更に衰老すゐらう、 明年当まさに復また此の道を下くだるべし。 |
反照楊林に入り、 沙灣晩くるるも未だ暝くらからず。 母牛犢兒とくじと、 水を隔てて相ひ呼應す。 |
人を迎へて石相あひ揖いふし、 馬を驅かれば雲将まさに礙さまたげんとす。 樵者前程を指せば、 路は橫たふ歸鳥の背。 |
春。 四海風和して歳此ここに新なり。 功名が外、 我は是れ酒杯の人。 |
客舍の壁に題す 斯この志を成さんと欲す豈あに躬みを思はんや、 骨を埋うづむ靑山碧海の中。 醉ゑひて寶刀を撫して還また冷笑し、 決然馬を踊らせて関東に向かふ。 |
冤。
白雪飄飄六月天。 誰幇我、 只落泪漣漣。 |
冤ゑん。
白雪飄飄へうへうたり六月の天。 誰か我を幇たすくる、 只だ落す泪漣漣れんれんたるを。 |
妻は病牀びゃうしゃうに伏ふし兒こは飢うゑに叫なく。 身を挺して直ちに戎夷じゅういを拂はらはんと欲ほっす、 今朝こんてう死別と生別と、 唯ただ皇天くゎうてん后土こうどの知る有り。 |
憂國十年、東に走り西に馳す。 [東走とうそう西馳せいち。] 成敗天に在りて、 魂魄こんぱく地に歸す。 |
雜樹溪を挟みて昏くらく、 歸雲石を抱いだきて屯たむろす。 鳥身看るも見えず、 聲大にして人の言ふに似たり。 |
孤軍援け絶えて俘囚ふしうと作なり、 君恩を顧念して涙更に流る。 一片の丹衷能よく節に殉じゅんじ、 睢陽すゐやうは千古是これ吾わが儔ともがら。 他に靡なびきて今日復また何をか言はん。 義を取り生を捨つるはわが尊ぶ所、 快く受く電光三尺の劍、 只ただ一死を將もって君恩に報いん。 |
山禽さんきん叫び斷へて夜は寥寥れうれうたり、 無限の春風恨うらみ未だ銷きえず。 露臥す延元陵下の月に、 滿身の花影南朝を夢む。 |
首かうべを回めぐらせば五十有餘年、 人間じんかんの是非は一夢の中。 山房五月黄梅くゎうばい=つゆの雨、 半夜蕭蕭せうせうとして虚窗きょさうに灑そそぐ。 |
回天詩 藤田東湖
三決死矣而不死、二十五回渡刀水。 五乞閑地不得閑、 三十九年七處徙。 邦家隆替非偶然、 人生得失豈徒爾。 自驚塵垢盈皮膚、 猶餘忠義填骨髓。 嫖姚定遠不可期、 丘明馬遷空自企。 苟明大義正人心、 皇道奚患不興起。 斯心奮発誓神明、 古人云斃而後已。 |
三たび死を決して而しかうして死せず、 二十五回刀水たうすゐを渡る。 五たび閑地を乞こひて閑かんを得ず、 三十九年七處に徙うつる。 邦家の隆替りゅうたい偶然に非ず、 人生の得失とくしつ豈あに徒爾とじならんや。 自みづから驚く塵垢ぢんこう皮膚に盈みつるを、 猶なほ餘あます忠義骨髓こつずゐを填うづむるを。 嫖姚へうえう定遠ていゑん期す可べからざれば、 丘明きうめい馬遷ばせん空むなしく自みづから企くはだつ。 苟いやしくも大義を明らかにし人心を正さば、 皇道くゎうだう奚なんぞ興起こうきせざるを患うれへん。 斯この心奮發して神明しんめいに誓ふ、 古人云いふ:斃たふれて後のち已やむと。 |
香風綺月きげつ林頭を度わたり、 花影溶溶として踏まば流れんと欲す。 半夜玉人猶なほ未いまだ寐いねず、 笛聲遙か水精樓に在り。 |
寧樂なら懷古 南土茫茫ばうばうたり古帝城、 三條九陌きうはく自おのづから縱橫。 籍田せきでん麥秀でて農人度り、 馳道ちだう蓬よもぎ生じて賈客こきゃく行く。 細柳低く垂れて常に恨みを惹ひき、 閑花歴亂として竟つひに情無し。 千年の陳迹ちんせきは唯ただ蘭若らんにゃ、 日暮呦呦いういうとして野鹿やろく鳴く。 |
豹は死して皮を留む豈偶然ならんや 湊川の遺蹟水天に連なる 人生限り有り名盡くるなし 楠氏の精忠万古に伝ふ |
廟門べうもん岌嶪きふげふ長瀾ちゃうらんに面し、 仰あふぎ視みれば彫題てうだい碧灣へきわんを照らす。 長く神威しんゐに倚よりて戎狄じゅうてきを伏ふす、 新羅しらぎ高麗かうらいは指揮の間。 |
乍たちまち雨となり乍ち晴となる梅熟するの時、 天を仰あふぎて偏へに願ふ歳に飢ううる無きを。 靑苗插すこと遍し水田の裡うち、 秋成に到りて始めて眉を展のぶるを看ん。 |
類たぐひ無き貧乏人、 其の癖仕事は厭きらひなり。 後悔は先さきに立たざれば、 年寄りて今殘念。 |
不到嵐山已五年、
萬株花木倍鮮妍。 最忻阿母同衾枕、 連夜香雲暖處眠。 |
嵐山に到らざること已すでに五年、
萬株の花木倍ますます鮮妍たり。 最も忻よろこぶ阿母衾枕を同うし、 連夜香雲暖かき處に眠る。 |
釣罷をはり秋風に岸蘆がんろ鳴り、 蓼花れうくゎは影外夕陽の餘。 兒こは酒を暖め、婦つまは魚うをを烹にる。 舟を繋ぐ是この處是これ吾わが廬いほり。 |
天草洋なだに泊す 雲か山か呉ごか越ゑつか、 水天髣髴はうふつとして靑一髮。 萬里舟を泊す天草の洋なだ、 烟は篷窻ほうさうに横たはりて日漸やうやく没す。 瞥見す大魚の波閒に跳るを、 太白船に当たりて明めい月に似たり。 |
掃き尽くす千秋帝土の塵を、 旭輝きょっき自おのづから岳がくに光の新たなるを与ふ。 東巡今日の供奉の輩は、 多くは是これ去年獄裏の人。 |
美人の陰ほとに水仙花の香り有り 楚臺應まさに望むべく更に應まさに攀よづべし、 半夜玉牀ぎょくしゃう愁夢しうむの顏。 花は綻ほころぶ一莖梅樹の下、 凌波の仙子腰間を繞めぐる。 |
十字の詩 君は勾踐こうせん、臣は范蠡はんれい。 一樹の花、十字の詩。 南山の萬樹ばんじゅ花雪の如く、 重ねて鑾輿らんよを埋うづめて還かへる期とき無し。 蠡れいや自ら許すも亦徒爲とゐ、 誰たれか越王をして會稽くゎいけいを忘れしむ。 呉に西施せいし無く、 越に西施有り。 |
婬水いんすゐ 夢は迷ふ上苑美人の森、 枕上梅花花信の心。 滿口の淸香淸淺の水、 黄昏の月色新吟を奈いかんせん。 |