竹里館 竹里館ちくりかん 王 維
独坐幽篁裏 独り坐す 幽篁ゆうこうの裏うち
弾琴復長嘯 琴きんを弾じ 復た長嘯ちょうしょうす
深林人不知 深林しんりん 人知らず
明月来相照 明月来きたって相い照らす
ただ一人 静かな竹林の奥に坐し
琴を弾き 朗々と詩を吟ずる
人里離れた林の中で 人にはわからないが
月は明るく差し昇り 優しく私を照らしてくれる
同 前 前に同じ [裴 迪]
来過竹里館 来きたって竹里館を過とい
日与道相親 日々道と相い親しむ
出入惟山鳥 出入するは惟ただ山鳥さんちょうのみ
幽深無世人 幽深ゆうしんにして世人せじん無し
竹里館を訪ねて
日ごとに道と親しくなる
出入りするのは山鳥だけ
深く静まりかえって人影はない
竹里館は竹林のなかに建っている建物で、王維の詩は『輞川集』のなかでも名作のひとつに数えられています。「幽篁」は楚辞のなかにある言葉で、幽は人界ではない幽界の意味を含んでいます。
「人知らず」は深い林の中のことであるので人は知らないであろうが、名月が近くまでやってきて私を照らしてくれると、名月は擬人化され、王維と交感する心境が詠われています。
裴迪の詩も「幽深にして世人なし」と王維の詩に唱和していますが、王維の詩のような深みには至っていません。
辛夷塢 辛夷塢しんいお 王 維
木末芙蓉花 木末こずえの芙蓉花ふようか
山中発紅萼 山中さんちゅう 紅萼こうがくを発す
澗戸寂無人 澗戸かんこ 寂せきとして人無し
紛紛開且落 紛紛ふんぷんとして開き且つ落つ
木蓮は 梢に咲く蓮の花
山奥で 紅あかい花びらをひらく
川沿いの家は静かで 人のけはいはなく
花は咲き乱れ かつ乱れ散る
同 前 前に同じ [裴 迪]
緑堤春草合 緑堤りょくていに春草しゅんそう合し
王孫自留翫 王孫おうそん 自ら留翫りゅうがんす
况有辛夷花 况いわんや 辛夷しんいの花の
色与芙蓉乱 色の芙蓉ふようと乱まぎるる有るをや
緑の堤に 春の草が萌え
小公子がきて遊んでいる
ましてや 木蓮の花が咲き
花の色は 蓮とまぎれるほどに美しい
辛夷塢は辛夷の植えてある土手のことです。「辛夷」は日本では「こぶし」と読んでいますが、中国では白木蓮はくもくれんを指すようです。
「芙蓉」は蓮の花のことですから、王維の詩は木蓮の花を梢に咲く蓮の花のようだと詠っているわけです。
その花は白ではなく紅であったらしく、ひと気のない山中で花だけが咲き乱れ、散っていくようすを印象的に詠っています。裴迪の詩は、「王孫」(小さい公子)が来て遊んでいると子供を出しています。
これは楚辞を踏まえた詩句ですが、一幅の絵画を思わせます。