文杏館 文杏館ぶんきょうかん 王 維
文杏裁為粱 文杏を裁たちて粱はりと為なし
香茅結為宇 香茅こうぼうを結んで宇いえと為す
不知棟裏雲 知らず 棟裏とうりの雲
去作人間雨 去って人間じんかんの雨と作なるを
文杏の木を切って梁とし
香茅を束ねて屋根とする
さて 棟のあたりに雲が湧き
雲は流れて人の世の 雨となるのか
同 前 前に同じ [裴 迪]
迢迢文杏館 迢迢ちょうちょうたり 文杏館
躋攀日已屢 躋攀さいはん 日に已に屢々しばしばす
南嶺与北湖 南嶺なんれいと北湖ほくこと
前看復廻顧 前看ぜんかんし 復た廻顧かいこす
はるかなる文杏館
すでに幾度も登ってみた
南の山 その北にある湖
前をみて また後を振りかえる
文杏館は華子岡を過ぎたところにあった建物のようです。
「文杏」という材、「香茅」という草で家を作ったと詠うのは、文杏館を仙人の家と見立てているからでしょう。
だから棟のあたりに雲が湧き、「人間」(人の世)の雨となるのかと、王維は俗世間を皮肉に見ています。裴迪の詩によって、文杏館は見晴らしの良い場所にあったことがわかります。
「南嶺与北湖」は高いところから大きく全体を見ているのであって、ともに文杏館の南、つまり輞川の奥にあり、湖が南嶺よりも北にあるので「北湖」といったものと思われます。
文杏館の北に湖があるのでないことは、後の詩でわかります。
斤竹嶺 斤竹嶺きんちくれい 王 維
檀欒映空曲 檀欒だんらん 空曲くうきょくに映じ
青翠漾漣漪 青翠せいすい 漣漪れんいに漾ただよう
暗入商山路 暗あんに商山しょうざんの路に入るを
樵人不可知 樵人しょうじんも知る可からず
美しい竹の茂みが 流れの淵に影をさし同 前 前に同じ [裴 迪]
艶やかな緑の色が 波間にただよう
人知れず 商山の路に分け入ると
樵にも見つからずに 辿りつく
明流紆且直 明流めいりゅう 紆めぐりて且つ直し
緑篠密復深 緑篠りょくじょう 密にして復また深し
一逕通山路 一逕いっけい 山路さんろに通じ
行歌望旧岑 行歌こうかして旧岑きゅうきんを望む
うねっては真っ直ぐ流れる清い川
緑の篠が びっしり生えている
小径がひとすじ 山に通じ
歌いながら なじみの山を眺めやる
斤竹嶺は文杏館の背後の山で、「斤竹」は竹の一種と見られています。詩中の「商山」は終南山の連山の一つで、隠遁の山として有名です。王維はこのまま山路をたどっていくと、誰の目にもつかずに商山に辿りつけると、隠遁への志を述べています。裴迪は若いので隠遁の志はなく、詩を吟じながら商山の峰を眺めやると詠っています。