初夏即事         初夏即事    王安石
石粱茅屋有彎碕    石粱 茅屋 彎碕(わんき)有り
流水濺濺度両陂    流水 濺濺として両陂(りょうひ)を度る
晴日暖風生麦気    晴日 暖風 麦気(ばくき)を生じ
緑陰幽草勝花時    緑陰 幽草 花時(かじ)に勝れり
石の橋 茅葺の家 曲がりくねった堤があり
水はさらさらと 堤のあいだを流れている
晴れた日差し 暖かい風 麦の香りは湧き起こり
新緑の木陰の草は 花の季節より美しい

 隠棲地鐘山の初夏の風物を詠ったもので、王安石は普通、鋭敏で厳しい政事家という印象がありますが、自然の美や優しさを愛する詩人でもあったのです。


  鐘山即時         鐘山即時    王安石
澗水無声繞竹流   澗水 声無く 竹を(めぐ)って流れ
竹西花草弄春柔   竹西の花草 春柔(しゅんじゅう)を弄す
茅檐相対坐終日   茅檐(ぼうえん)に相対して坐すること終日
一鳥不鳴山更幽   一鳥鳴かず 山更に幽なり
谷川の水は 竹林をめぐって音もなく流れ
竹林の西では 草花が春のひざしと戯れる
茅葺の家の軒下で 山に向かって一日坐すと
鳥の鳴く声ひとつせず 山はいっそう静まりかえる

 六朝時代の建康の都城は玄武湖の南にありましたが、「鐘山」は玄武湖の東にそびえる標高四五〇bの山で、現在は紫金山と呼ばれています。
 南麓の中山陵(孫文の陵墓)は南京の観光名所のひとつになっていて、多くの人が訪れます。王安石のころ、そのあたりは竹林をめぐって谷川が流れる静かな山里であったようです。


  江 上           江 上      王安石
江北秋陰一半開  江北の秋陰 一半 開き
曉雲含雨却低回  曉雲 雨を含んで却って低回す
青山繚繞疑無路  青山 繚繞(りょうじょう)()して路無きかと疑えば
忽見千帆隠映来  忽ち見る 千帆の隠映(いんえい)して来るを
長江の北の秋 くもりの空は半ば晴れて
雨もよいの朝雲が 低く去りがたく漂っている
緑の山に囲まれて 路はゆきどまりかと疑えば
眼下に臨む無数の帆 見え隠れしながら寄せてくる

 隠棲地の鐘山から西へゆけば、長江の東岸に石頭山があります。
 このあたりの長江は北に流れているので、対岸は西になりますが、大きくみれば江南に対する江北です。
 詩は石頭山の山道から長江を臨んだ叙景詩でしょう。
 元豊八年(一〇八五)、神宗が三十八歳の若さで崩じると哲宗が即位し、宣仁太皇太后高氏が摂政になって司馬光ら旧法党が政事の前面に登場してきます。王安石の死の前年のことです。

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