京城        京城 李賀

駆馬出門意   馬を駆りて門を出でし意
牢落長安心   牢落ろうらくたる長安の心
両事向誰道   両事りょうじたれに向かって道わん
自作秋風吟   自ら秋風しゅうふうの吟を作
馬を駆って郷関を出た あのときの意気ごみ
今はうらぶれて 侘びしい長安の街
このふたつの心 誰に向かって語ればいいのか
ひとり淋しく 秋風の詩を吟じている

 妻の死は李賀に大きな悲しみを与え、秋のころには意気消沈した生活を送っていたようです。この詩は、元和三年、進士落第後の作品とする説もありますが、詩中に「秋風の吟」とありますので、再度上京後の元和四年秋の作品であると思われます。この年、三十八歳の白居易は門下省左拾遺の職にあり、「新楽府」五十篇を作ってもっとも意気盛んなころですが、二十歳の奉礼郎李賀とは接点もなく、同じ長安で暮らしていたことになります。


崇義里滞雨    崇義里 雨に滞る 李賀
落漠誰家子   落漠らくばくたり 誰が家の子ぞ
来感長安秋   来たり感ず 長安の秋
壮年抱羇恨   壮年そうねん 羇恨きこんを抱いだ
夢泣生白頭   夢に泣いて白頭はくとうを生ず
痩馬秣敗草   痩馬そうばは敗草はいそうを秣まぐさとし
雨沫飄寒溝   雨沫うまつ 寒溝かんこうに飄ひるがえ
うらぶれた男がいる どこの者か
わざわざやってきて 長安の秋をかこつ
壮年というのに 旅の愁いに取りつかれ
夢で涙をこぼし 白髪となる
痩せた馬に 枯れ草をやっていると
雨のしぶきが 寒々とした溝に飛び散る

 この詩によって、李賀が崇義里すうぎりに住んでいたことがわかります。
 「夢に泣いて白頭を生ず」とありますが、その夢は前に掲げた詩「帰夢に題す」の夢かも知れません。痩せた馬に自分で枯れ草をやるような侘びしい生活で、雨の飛沫が足元の溝に飛び散っています。

南宮古簾暗   南宮なんきゅう 古簾これん暗く
湿景伝籤籌   湿景しつけい 籤籌せんちゅうを伝う
家山遠千里   家山かざん 遠きこと千里
雲脚天東頭   雲脚うんきゃく 天の東頭とうとう
憂眠枕剣匣   憂眠ゆうみん 剣匣けんこうを枕とし
客帳夢封侯   客帳かくちょう 封侯ふうこうを夢む
南宮の役所では 古びた簾が垂れさがり
湿った風光の中 刻を告げる漏刻の音
故郷の山は 千里の彼方にあり
東の空に 雲は低く垂れさがる
剣の箱を枕に 暗い夢路につき
旅の帳のなか 封侯になる夢をみる

 「南宮」は宮城の南にある皇城のことで、李賀の勤める太常寺は皇城の南端にありました。宿直の夜には漏刻の音が聞こえ、故郷の方、東の空を望んでも雲が低く垂れ込めているだけです。結句に「客帳 封侯を夢む」とあるのをみると、李賀はまだ出世の夢を捨ててはいないようです。

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