高軒過        高軒過 李賀

   華裾織翠青如蔥   華裾かきょすいを織り 青きこと蔥そうの如し
   金環圧轡揺玲瓏   金環きんかんを圧して 揺らいで玲瓏れいろう
   馬蹄隠耳声隆隆   蹄 耳に隠いんとして声こえ隆隆たり
   入門下馬気如虹   門に入りて馬より下くだれば 気虹の如し
   云是東京才子     云う是れ 東京とうけいの才子
   文章鉅公        文章の鉅公きょこうたり
華やかな翠の裳裾 青々として草木のようだ
手綱さばきで 銜くつわの金環は揺れてきらめく
馬の蹄の音は 耳を圧して鳴りわたり
門を入り馬を降りれば 気は虹のように湧き起こる
おいでいただいたのは 都の才子
文章の大家である

 李賀が洛陽に出てきたとき、韓愈と皇甫湜は洛陽にいました。
 二人は李賀が再度上洛してきたと聞いて、馬を連ねて訪ねてきました。
 李賀はわざわざ訪ねてきてくれた先輩の好意に感激して、即座に一首を書き上げます。
 詩題の「高軒」こうけんは軒の高い車のことで、上等の馬車を意味します。
 韓愈と皇甫湜は騎馬できたと思われますので、ここは敬意を込めて、高貴の方の訪問を受けたという言い方をしたのです。
 李賀は二人が到着するようすを華やかに描き、随分嬉しそうです。
 「云う是れ 東京の才子 文章の鉅公たり」と二人を最高の褒め言葉で持ち上げています。

   二十八宿羅心胸   二十八宿しゅう 心胸しんきょうに羅つらなり
   元精耿耿貫当中   元精げんせい 耿耿こうこう 貫いて中ちゅうに当たる
   殿前作賦声摩空   殿前でんぜんを作り 声 空くうを摩
   筆補造化天無功   筆は造化ぞうかを補って 天に功こう無し
   龐眉書客感秋蓬   龐眉ほうびの書客 秋蓬しゅうほうに感ず
   誰知死草生華風   誰か知らん 死草しそうの華風かふうに生ずるを
   我今垂翅付冥鴻   我われ 今 翅つばさを垂れて冥鴻めいこうに付く
   他日不羞蛇作龍   他日 羞じず 蛇 龍と作らんことを
天上二十八星宿が 胸につらなり
天の精気は輝いて 中心をつらぬく
天子の殿前で賦を作り 声価は天にとどき
筆は造化の妙を補って 天然の力をしのぐほどだ
濃い眉の書生は 秋の蓬のように頼りないが
誰が知ろう 枯れた草にも華やいだ風が吹くと
翼を垂れた鳥も 天空をとぶ鴻おおとりについてゆく
やがては蛇が龍となり 恥ずかしくない仲間となるように

 後半八句のうち、はじめの四句で李賀は韓愈と皇甫湜の詩文の才能を褒めています。あとの四句では、自分のことを「龐眉の書客 秋蓬に感ず」と言って謙遜し、二人の知遇を得て、自分も文学の世界で名を成そうと誓います。
 「龐眉」は濃い眉のことで、李賀は眉が太かったといいます。皇甫湜はこの年元和三年、牛僧孺や李宗閔らと制挙の賢良方正能直言極諌科を受けて及第しましたが、三人は制挙の論策で時の宰相李吉甫の失政を厳しく非難したために、制挙の及第者としては厚く遇されませんでした。
 皇甫湜は陸渾の県尉という地方官に就くことになり、洛水の上流にある陸渾に赴任する途中でした。
 皇甫湜と李賀は、十月十五日の朝、別れの挨拶を交わし、李賀は西へ都への路を、皇甫湜は洛水に沿って西南へと別れてゆきました。
 こときの李賀の詩は、三月二十九日と三十日に分けて出してあります。

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