銅駝悲      銅駝 悲しむ 李賀

落魄三月罷   落魄らくはく 三月 罷
尋花去東家   花を尋ねて 東家とうかに去る
誰作送春曲   誰たれか 送春の曲を作る
洛岸悲銅駝   洛岸らくがんに銅駝どうだ悲しむ
橋南多馬客   橋南きょうなん 馬客ばきゃく多く
北山饒古人   北山ほくざん 古人こじんおお
おちぶれて 春三月も終わるころ
花を尋ねて 東都の家にやってきた
誰か 送春の曲を作る者はいないのか
洛水の岸で 銅の駱駝が悲しんでいる
橋の南では 騎馬の往来がはげしく
北邙山は 死者の墓でいっぱいだ

 李賀は大きな挫折を味わい、故郷に帰るほかはありません。
 季節は三月の末になっていました。帰郷の途中、洛陽に立ち寄ります。
 「東家」は東の家という意味ですが、具体的には東都洛陽の仁和里にある仮居のことでしょう。詩題の「銅駝」は銅製の駱駝の像で、洛陽の街を西から東へ貫流していた洛水の岸に、対になって立っていたそうです。
 洛陽では洛水北岸に銅駝里があり、繁華街でした。
 銅駝里は浮き橋によって南岸の慈恵里につながっており、このあたりは南に南市市場をひかえる行楽の場であったようです。
 李賀は省試落第の傷心を紛らすために、繁華街をさまよったのでしょう。
 「北山」は洛陽の北に横たわる北邙山ほくぼうざんのことで、墳墓の地として有名でした。 

客飲盃中酒   客は飲む 盃中はいちゅうの酒
駝悲千万春   駝は悲しむ 千万春せんばんしゅん
生世莫徒労   世に生まれて 徒いたずらに労すろこと莫なか
風吹盤上燭   風かぜは吹く 盤上ばんじょうの燭しょく
厭見桃株笑   見るを厭いとう 桃株とうしゅの笑うを
銅駝夜来哭   銅駝どうだ 夜来やらいに哭こく
遊客たちは 酒を飲んで酔っぱらっているが
駱駝は千年万年 過ぎゆく春を傷むのだ
世に生まれ ことさら苦労することもあるまい
風が吹けば 蝋燭はすぐに消えてしまう
見たくないのは 咲いている桃の花
駱駝の像は 夜中じゅう大きな声で泣いている

 後半の六句も、銅駝街のあたりをさまよいながら、李賀は悲嘆に胸をふさがれています。この詩には韓愈も皇甫湜も出てきませんが、このとき二人は洛陽にいなかったか、李賀が会うのを避けたのでしょう。
 李賀は「見るを厭う 桃株の笑うを」の心境でした。「笑」は笑うとも訳せますが、「笑」の本来の意味は「咲く」ですので、「咲いている」と訳しました。
 咲いている桃の花が自分を笑っているように見える。
 それを見たくないと考える方が李賀の詩らしいかもしれません。銅駝は夜中じゅう泣いていますが、この「銅駝」は李賀自身の比喩でしょう。

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