懐江南三首 其一    江南を懐う 三首 其の一 白居易

江南好          江南好
風景旧曾諳       風景 旧もとかつて諳そらんず
日出紅花紅勝火   日出でて 紅花こうかくれない火に勝り
春来江水緑如藍   春来たりて 江水 緑みどりあいの如し
能不憶江南       能く江南を憶わざらんや
江南は好いところだ
風景は いつまでも忘れない
日が出ると 岸辺の花は火よりも紅く
春になると 流れは藍のように青くなる
このような江南を どうして懐わずにいられよう

 李訓らの反宦官運動は、ひそかに進められていました。
 太和八年八三四の夏、李党の李徳裕が宰相を免ぜられ、冬のはじめに李宗閔が河東道の南の任地から呼びもどされ、宰相になりました。
 再び牛党の政権になったのです。
 この年、劉禹錫は和州安徽省和県刺史に転じ、再び江南に赴任しています。
 この人事異動が中央の政権交代と関係があるのか不明ですが、白居易は劉禹錫を励ますとともに、懐かしい江南を想い出して三首の詞を作っています。一句の字数が揃っていないことに注目してください。


懐江南三首 其二    江南を懐う 三首 其の二 白居易

江南懐          江南を懐おも
最憶是杭州       最も憶うは是れ杭州
山寺月中尋桂子   山寺さんじの月中 桂子けいしを尋ね
郡亭枕上看潮頭   郡亭ぐんていの枕上 潮頭ちょうとうを看
何日更重遊       何いずれの日か更に重ねて遊ばん
江南は懐かしい
なかでも思い出すのは杭州だ
月夜の山寺で 桂の実を拾って歩き
官舎の離れで 大海嘯を寝床からみる
もう一度行って遊べるのは いつの日だろうか

 詞は太和九年八三五の春に作られた可能性があります。
 詩中の「海頭」は杭州湾で現在も起こる海潮現象で、海嘯と言っています。
 小海嘯はしばしば起こりますが、仲秋旧暦八月十五日の正午に起こる海嘯は最大のもので、大海嘯といいます。
 海の方から湾奥へ向かって押し寄せてくる波涛は壮観で、いまでは多くの観光客が、この壮大な海潮現象をみるために押し寄せるそうです。


懐江南三首 其三    江南を懐う 三首 其の三 白居易

江南懐          江南を懐おも
其次憶呉宮       其の次は呉宮ごきゅうを憶う
呉酒一杯春竹葉   呉酒ごしゅ 一杯の春竹葉しゅんちくよう
呉娃双舞酔芙蓉   呉娃ごあ 双舞そうぶす酔芙蓉すいふよう
早晩復相逢       早晩そうばんた相逢わん
江南はなつかしい
つぎに思い出すのは呉の蘇州だ
呉の美酒は 一杯の竹葉春
美女が舞う 江南の酔芙蓉
近くまた お目にかかりたいものである

 「懐江南」は白居易が作った詞としては、はじめてのものです。詞は楽曲につけられた歌詞で、もともとは妓女のあいだで流行していたものでした。
 知識人である詩人が作れば、低俗と見られかねません。詞は五代から宋代にかけて盛んになりますが、唐代の詩人の作としては珍しいものです。
 白居易が詩人として詞を作りはじめたというのは、白居易のものにこだわらない自由な精神のあらわれとみていいでしょう。

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