春風           春風 白居易

春風先発苑中梅   春風しゅんぷう 先ず発ひらく苑中の梅
桜杏桃梨次第開   桜杏おうきょう桃梨とうり 次第に開く
薺花楡莢深村裏   薺花せいか楡莢ゆきょう 深村しんそんの裏うち
亦道春風為我来   亦た道う 春風 我が為に来たると
春風のなか 御苑の梅がまずひらき
桜杏桃梨と つぎつぎに咲く
草深い田舎では 薺の花 楡の莢くらいだが
それでも春風が 吹いてくれたと喜ぶのだ

 劉禹錫は三年前に尚書省礼部の主客郎中従五品上になって長安にいました。白居易は河南尹をつづけていますが、別に問題もなく、洛陽にいつもの春がやってきます。詩中の「苑中」は洛陽にある宮殿の御苑でしょう。
 そこでは美しい花木がつぎつぎと花を咲かせます。
 「深村」は草深い田舎という意味ですが、ここでは白居易が住んでいる履道里の家のあたりをいうのでしょう。そこで咲くのは薺なずなの花か楡にれの莢さやくらいですが、それでも人々は春が来たと喜んでいると詠います。 


  哭崔児          哭崔児 白居易
   掌珠一顆児三歳   掌珠しょうじゅ一顆いっか三歳
   鬢雪千茎父六旬   鬢雪びんせつ千茎せんけい 父六旬ろくじゅん
   豈科汝先為異物   豈あにはからんや 汝先ず異物と為らんとは
   常憂吾不見成人   常に憂う 吾われ 人と成るを見ざらんことを
   悲腸自断非因剣   悲腸ひちょう 自ら断つは剣に因るに非あら
   啼眼加昏不是塵   啼眼ていがん 加々ますますくらきは是れ塵ならず
   懐抱又空天黙黙   懐抱かいほう 又た空しくして 天 黙黙たり
   依然重作鄧攸身   依然いぜんとして重ねて鄧攸とうゆうの身と作
掌中一粒の真珠 三歳の児
鬢毛千本の白髪 六十歳の父
汝が先に死ぬなど 思ってもおらず
汝が成人するまで 生きておれるかと心配していた
剣は使わなくても 悲しみで腸は千切れ
塵が入らないのに 流れる涙であたりは暗い
心はうつろ 天に尋ねても黙して答えず
またしても 老いて子のない鄧攸になった

 耳順の年を迎え、無事に過ぎてゆくかに見えましたが、秋になって七月二十二日、元稹が任地の鄂州でわずか一日の病で亡くなりました。
 元稹の柩は洛陽を通って長安に運ばれたらしく、白居易は棺の上に手を置いて哀悼の辞を捧げています。自分より若い親友の突然の死に、白居易は深い悲しみを覚えますが、それに劣らない不幸が白居易を襲います。
 長男阿崔がわずか三歳で死んだのです。
 この児が成人するまでは生きていなければならないと思っていた大切な嗣子が死んで、白居易の希望は打ち砕かれます。天の非情を恨み、晋の鄧攸と同じように老いて子のない身になったと嘆くのでした。白居易は四人の女児を得ていますが、女児も生きて成長しているのは阿羅ひとりでした。

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