龍門下作       龍門の下にて作る 白居易

   龍門澗下濯塵纓   龍門澗下かんか 塵纓じんえいを濯あら
   擬作間人過此生   間人かんじんと作って此の生を過ごさんと擬
   筋力不将諸処用   筋力は将もつて諸処しょしょに用いず
   登山臨水詠詩行   山に登り水に臨み 詩を詠じて行かん
龍門の流れで 塵まみれの纓を洗い
暇人となって 生涯を過ごそうと思う
いろんな事に 体力を消耗せず
山に登り水辺で過ごし 詩を作りつづけていこう

 白居易の辞職願は受理され、四月に太子賓客正三品分司東都になって洛陽勤務になります。刑部侍郎のような要職からの辞任は引退となっても仕方のない場合ですので、白居易はかなり優遇されたことになります。
 白居易は自宅として購入しておいた洛陽履道里の家に居を移すと、隠棲の生活にはいりました。石窟で名高い龍門は洛陽の長夏門から南へ九㌔ほどのところにあり、白居易はこれまでも幾度か訪れたことがありました。
 馬で散歩するには丁度よい距離です。起句の「塵纓を濯い」は誰でも知っている故事を踏まえており、塵に汚れた冠の紐を洗うという意味です。
 白居易は、これからは官界の汚濁から離れて清々しい人生を送ろうと思うのでした。


     橋亭卯飲        橋亭卯飲 白居易

  卯時偶飲斎時臥  卯時ぼうじ 偶々たまたま飲んで斎時さいじに臥す
  林下高橋橋上亭  林下の高橋こうきょう 橋上の亭
  松影過窗眠始覚  松影しょうえいまどを過ぎて眠り始めて覚め
  竹風吹面酔初醒  竹風ちくふうめんを吹いて酔い初めて醒む
  就荷葉上苞魚鮓  荷葉かよう上に就いて魚鮓ぎょさくを苞つつ
  当石渠中浸酒缾  石渠せききょ中に当たって酒缾しゅへいを浸ひた
  生計悠悠身兀兀  生計は悠悠 身は兀兀ごつごつ
  甘従妻喚作劉伶  甘んじて従う 妻が喚んで劉伶りゅうれいと作すに
ふと思いついて朝から飲み 朝食の時間に眠る
庭の木陰の高い橋 橋の上の亭だ
松の木陰が 窓にさすころやっと目覚め
竹林の風が 顔に当たってようやく醒める
魚の酢づけは 蓮の葉に包んであるし
水路の水には 酒がめを冷やしてある
暮らしは悠々 わが身はほろ酔い加減
劉伶のような酒飲みと 妻に言われても仕方がない

 履道里の家を終の棲家と定めた白居易は、杭州や蘇州から持ち帰って洛陽に置いてあった竹や蓮、菱、天竺石や太湖石などを使って自宅の庭づくりをはじめました。履道里の家の敷地は十七畝約三千坪もの広さがあり、三分の一ほどが家の敷地部分でしたので、残りは庭や竹林にしました。
 庭には池を設け、池中の島に橋をかけて、橋の上に亭を設けました。
 池には舟を浮かべて水上の遊覧もできるようになっていました。
 詩中の「卯時」というのは午前六時ころのことで、朝酒を飲むのです。
 白居易は朝酒が好きでしたが、いまは分司東都の身分ではあっても仕事はありませんので、心おきなく朝酒を楽しめます。
 正三品の給与もあるので、「生計は悠悠 身は兀兀」です。
 「劉伶」は晋の有名な酒好きで、妻は劉伶のようだと言ってからかいますが、それも仕方がないとおどけています。

目次