宿湖中         湖中に宿す 白居易

   水天向晩碧沈沈   水天すいてんくれに向かいて碧みどり沈沈
   樹影霞光重畳深   樹影じゅえい 霞光かこう重畳ちょうじょうとして深し
   浸月冷波千頃練   月を浸ひたす冷波れいはは千頃せんけいの練れん
   苞霜新橘万株金   霜を苞つつむ新橘しんきつは万株まんしゅの金
   幸無案牘何妨酔   幸いに案牘あんとく無し 何ぞ酔うを妨さまたげん
   縦有笙歌不廃吟   縦たとい笙歌しょうか有るも 吟ぎんを廃せず
   十隻画船何処宿   十隻の画船がせんいずれの処にか宿する
   洞庭山脚太湖心   洞庭どうていの山脚 太湖の心しん
陽が傾くにつれ 水と空は紺碧に静まりかえり
夕靄の光の奥で 樹の影は幾重にも重なり合う
月影を映す波は 練絹を敷き詰めたように白く
霜にあつた橘は 黄金の玉をつらねたようだ
幸いに仕事もないので いくら酔ってもかまわない
たとえ笙歌があっても 詩吟を止めることはできない
かくて十隻の遊覧船 どこに泊めたらよいものか
ここは太湖の真っ只中 洞庭山の島の岸だ

 冬になって霜が降りるようになりましたが、白居易は日暮れに十隻もの画船絵で飾った船を繰り出して、太湖で大がかりな船遊びをしたようです。詩中の「洞庭山」というのは太湖の湖中にあった島で、西山と東山がありました。
 東山は現在は陸つづきになっています。
 ここで船泊りしているのは、湖心に近い西洞庭山でしょう。詩中の「橘」は洞庭橘どうていきつのことで、唐代の太湖は柑橘栽培の北限でした。
 そうした太湖の名産を鑑賞しながら、白居易は島の入江に船をとどめて管絃の宴を催し、詩を吟じて一夜を過ごしたのでした。


 太湖石       太湖石 白居易

煙翠三秋色    煙翠えんすい 三秋さんしゅうの色
波涛万古痕    波涛はとう 万古ばんこの痕あと
削成青玉片    削成さくせいす 青玉片せいぎょくへん
截断碧雲根    截断さいだんす 碧雲根へきうんこん
風気通巌穴    風気ふうき 巌穴がんけつに通り
苔文護洞門    苔文たいもん 洞門どうけつを護る
三峰具体小    三峰さんぽうたいを具して小なり
応是崋山孫    応まさに是れ崋山かざんの孫まごなるべし
煙るような翠は 秋のすべての色
万古の歳月 波涛の痕をとどめている
削り出した青い玉片のようでもあり
切り取った碧の雲の根のようでもある
風と霊気が 石の穴を通り抜け
苔の模様は 穴の入口を護っている
小さいなりに三峰の形を備えた石は
霊峰崋山の 子孫であるに違いない

 太湖の名産で名高いのは「太湖石」たいこせきです。白居易も太湖石に興味をかきたてられて五言律詩を残しています。太湖石はその複雑な形が独特で、色は白いものが多いようですが、白居易が見たのは碧翠の太湖石でした。
 その奇石の形から、奇岩奇峰で名高い崋山の孫ではないかと故郷の渭村下邽に近い霊峰崋山と結びつけています。

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