源氏物語和歌

桐 壺
限りとてわかるる道のかなしきに
いかまほしきは命なりけり

宮城野の露吹き結ぶ風の音に
小萩が本を思ひこそやれ

鈴虫の声の限りを尽くしても
長き夜あかずふる涙かな

いとゞしく虫の音しげき浅茅生に
露をき添ふる雲の上人

荒き風ふせぎし陰の枯しより
小萩がうへぞ静心なき

尋ねゆくまぼろしもがなつてにても
玉のありかをそこと知るべく

雲のうへも涙に暮るる秋の月
いかで住らむ浅茅生の宿

いときなき初元結ひに長き世を
契る心は結びこめつや

結びつる心も深き元結ひに
濃き紫の色しあせずは

帚 木
手をおりてあひ見し事をかぞふれば
これひとつやは君がうきふし

うきふしを心ひとつにかぞへきて
こや君が手をわかるべきおり

琴の音も月もえならぬ宿ながら
つれなき人を引きやとめける

木枯らしに吹きあはすめる笛の音を
引きとゞむべきことの葉ぞなき

山がつの垣ほ荒るともおりおりに
あはれはかけよなでしこの露

咲きまじる色はいづれとわかねども
猶常夏にしくものぞなき

うちはらふ袖も露けきとこなつに
あらし吹きそふ秋も来にけり

さゝがにのふるまひしるき夕暮れに
ひるま過ぐせと言ふがあやなさ

逢ふことの夜をし隔てぬ中ならば
ひるまも何かまばゆからまし

つれなきをうらみもはてぬしのゝめに
とりあへぬまでおどろかすらむ

身のうさを嘆くにあかで明くる夜は
とりかさねてぞねも泣かれける

見し夢をあふ夜ありやと嘆くまに
目さへあはでぞころも経にける

はゝき木の心を知らで園原の
道にあやなくまどひぬるかな

数ならぬ伏屋に生ふる名のうさに
あるにもあらず消ゆるはゝ木ゝ

空 蝉
空蝉の身をかへてける木のもとに
なを人がらのなつかしきかな

空蝉の羽にをく露の木がくれて
忍び忍びに濡るる袖かな
夕 顔
心あてにそれかとぞ見る白露の
光添へたる夕顔の花

寄りてこそそれかとも見めたそかれに
ほのぼの見つる花の夕顔

咲花にうつるてふ名はつつめども
おらで過ぎうきけさの朝顔

朝霧の晴れ間も待たぬけしきにて
花に心をとめぬとぞ見る

優婆塞が行ふ道をしるべにて
来む世も深き契たがふな

先の世の契知らるる身のうさに
行く末かねて頼みがたさよ

いにしへもかくやは人のまどひけん
我まだ知らぬ篠の目の道

山の端の心も知らでゆく月は
うはの空にて影や絶えなむ

夕露に紐とく花は玉鉾の
たよりに見えしえにこそありけれ

光ありと見し夕顔のうは露は
たそかれ時のそら目なりけり

見し人の煙を雲とながむれば
夕べの空もむつましきかな

問はぬをもなどかと問はでほど経るに
いかばかりかは思ひ乱るる

空蝉の世はうき物と知りにしを
また言の葉にかかる命よ

ほのかにも軒端の萩を結ばずは
露のかことを何にかけまし

ほのめかす風につけても下萩の
なかばは霜に結ぼほれつつ

泣く泣くもけふはわが結ふ下紐を
いづれの世にかとけて見るべき

逢ふまでの形見ばかりと見しほどに
ひたすら袖の朽ちにけるかな

蝉の羽もたちかへてける夏衣
かへすを見ても音は泣かれけり

過ぎにしもけふ別るるも二道に
行くかた知らぬ秋の暮かな

若 紫
をひたたむありかも知らぬ若草を
をくらす露ぞ消えんそらなき

初草の生い行くゑも知らぬ間に
いかでか露の消えんとすらむ

初草の若葉のうへを見つるより
旅寝の袖も露ぞかはかぬ

枕ゆふこよひばかりの露けさを
深山の苔にくらべざらなむ

吹まよふ深山おろしに夢さめて
涙もよほす滝のをとかな

さしぐみに袖ぬらしける山水に
すめる心はさはぎやはする

宮人に行て語らむ山桜
風よりさきに来ても見るべく

優曇華の花待ち得たる心ちして
深山桜に目こそ移らね

奥山の松の戸ぼそをまれに明て
まだ見ぬ花の顔を見るかな

夕まぐれほのかに花の色を見て
けさは霞の立ちぞわづらふ

まことにや花のあたりは立ちうきと
霞むる空のけしきをも見む

面影は身をも離れず山桜
心の限りとめて来しかど

嵐吹おのへの桜散らぬ間を:
心とめけるほどのはかなさ

あさか山浅くも人を思はぬに:
など山の井のかけ離るらむ

汲みそめてくやしと聞きし山の井の
浅きながらや影を見ゆべき

見ても又逢ふ夜まれなる夢のうちに
やがてまぎるるわが身ともがな

世語りに人や伝へんたぐひなく
うき身を覚めぬ夢になしても

いはけなき鶴の一声聞きしより
葦間になづむ舟ぞえならぬ

手に摘みていつしかも見む紫の
根に通ひける野辺の若草

あしわかの浦にみるめはかたくとも
こは立ちながら返る波かは

寄る波の心も知らでわかの浦に
玉藻なびかんほどぞ浮きたる

あさぼらけ霧立つ空のまよひにも
行過ぎがたき妹が門かな

立ちとまり霧のまがきの過ぎうくは
草の戸ざしに障りしもせじ

ねは見ねどあはれとぞ思ふ武蔵野の
露分けわぶる草のゆかりを

かこつべきゆへを知らねばおぼつかな
いかなる草のゆかりなるらん

末摘花
もろともに大内山は出でつれど
入るかた見せぬいさよひの月

さとわかぬかげをば見れどゆく月の
いるさの山をたれかたづぬる

いくそたび君がしじまに負けぬらん
ものな言ひそといはぬたのみに

かねつきてとぢめむことはさすがにて
こたえまうきぞかつはあやなき

いはぬをもいふにまさると知りながら
をしこめたるは苦しかりけり

夕霧のはるるけしきもまだ見ぬに
いぶせさそふるよひの雨かな

晴れぬ夜の月まつ里を思ひやれ
おなじ心にながめせずとも

朝日さす軒のたるひはとけながら
などかつららのむすぼほるらむ

ふりにける頭の雪を見る人も
おとらずぬらすあさの袖かな

からころも君がこころのつらければ
たもとはかくぞそぼちつつのみ

なつかしき色ともなしになににこの
すゑつむ花を袖にふれけむ

くれなゐのひと花ごろも薄くとも
ひたすらくたす名をしたてずは

あはぬ夜をへだつるなかのころもでに
重ねていとど見もし見よとや

くれなゐの花ぞあやなくうとまるる
梅の立枝はなつかしけれど

紅葉賀
もの思ふにたち舞ふべくもあらぬ身の
袖うちふりし心知りきや

から人の袖ふることはとをけれど
立ちゐにつけてあはれとは見き

いかさまにむかし結べるちぎりにて
この世にかかる中のへだてぞ

見ても思ふ見ぬはたいかに嘆くらむ
こや世の人のまどふてふ闇

よそへつつ見るに心はなぐさまで
露けさまさるなでしこの花

袖ぬるる露のゆかりと思ふにも
猶うとまれぬやまとなでしこ

君し来ば手なれの駒に刈り餌は
むさかりすぎたる下葉なりとも

笹分けば人やとがめむいつとなく
駒なつくめる森の木がくれ

立ち濡るる人しもあらじ東屋に
うたてもかかる雨そそきかな

人妻はあなわづらはし東屋の
真屋のあまりもなれじとぞ思ふ

つつむめる名やもり出でん引きかはし
かくほころぶる中の衣に

かくれなき物と知る知る夏衣
きたるをうすき心とぞ見る

うらみても言ふかひぞなき立かさね
引きてかへりしなみのなごりに

あらだちし浪に心はさはがねど
寄せけむ磯をいかがうらみぬ

中絶えばかごとやおふとあやふさに
はなだの帯をとりてだに見ず

君にかくひきとられぬる帯なれば
かくて絶えぬる中とかこたむ

尽きもせぬ心の闇にくるるかな
雲井に人を見るにつけても

花 宴
おほかたに花のすがたを見ましかば
露も心のおかれましやは

深き夜のあはれを知るも入月の
おぼろけならぬ契とぞおもふ

うき身世にやがて消えなばたづねても
草の原をば問はじとや思ふ

いづれぞと露のやどりを分かむまに
小笹が原に風もこそ吹け

世に知らぬ心ちこそすれ有明の
月のゆくゑをそらにまがへて

わが宿の花しなべての色ならば
なにかはさらに君を待たまし

梓弓いるさの山にまどふ哉
ほのみし月のかげや見ゆると

心いる方ならませば弓張りの
月なき空にまよはましやは
影をのみみたらし河のつれなきに
身のうきほどぞいとど知らるる

はかりなき千尋の底の海松ぶさの
生ひゆくすゑはわれのみぞ見む

千尋ともいかでか知らむさだめなく
満ち干る潮ののどけからぬに

はかなしや人のかざせるあふひゆへ
神のゆるしのけふを待ちける

かざしける心ぞあだに思ほゆる
八十氏人になべてあふひを

くやしくもかざしけるかな名のみして
人だのめなる草葉ばかりを

袖ぬるる恋ぢとかつは知りながら
下り立つ田子の身づからぞうき

浅みにや人は下り立つわが方は
身もそぼつまで深き恋ぢを

なげきわび空に乱るるわが魂を
むすびとどめよしたがへのつま

のぼりぬる煙はそれとわかねども
なべて雲ゐのあはれなる哉

限りあれば薄墨衣あさけれど
涙ぞ袖をふちとなしける

人の世をあはれときくも露けきに
をくるる袖を思ひこそやれ

とまる身も消えしもおなじ露の世に
心をくらむほどぞはかなき

雨となりしぐるる空のうき雲を
いづれの方とわきてながめむ

見し人の雨となりにし雲井さへ
いとど時雨にかきくらす比

草枯れのまがきに残るなでしこを
別れし秋のかたみとぞ見る

いまも見てなかなか袖をくたすかな
垣ほ荒れにし大和なでしこ

わきてこの暮れこそ袖は露けけれ
物おもふ秋はあまたへぬれど

秋霧にたちをくれぬと聞きしより
時雨る空もいかがとぞ思ふ

なき玉ぞいとどかなしき寝し床の
あくがれがたき心ならひに

君なくて塵積もりぬるとこなつの
露うち払ひいく夜寝ぬらむ

あやなくもへだてけるかな夜を重ね
さすがになれし夜の衣を

あまた年けふあらためし色ごろも
きては涙ぞふるここちする

あたらしき年ともいはずふる物は
ふりぬる人の涙なりけり

賢 木
神垣はしるしの杉もなきものを
いかにまがへておれるさか木ぞ

少女子があたりと思へばさか木葉の
香をなつかしみとめてこそおれ

あかつきの別れはいつも露けきを
こは世に知らぬ秋の空かな

おほかたの秋の別れもかなしきに
なく音なそへそ野辺の松虫

やしまもる国つ御神もこころあらば
あかぬ別れの中をことはれ

国つ神空にことはる中ならば
なをざりごとをまづやたださむ

そのかみをけふはかけじと忍ぶれど
心のうちにものぞかなしき

ふりすててけふはゆくとも鈴鹿河
八十瀬の浪に袖はぬれじや

鈴鹿河八十瀬のなみにぬれぬれず
伊勢までたれか思ひをこせむ

行く方をながめもやらむこの秋は
逢坂山を霧なへだてそ

かげ広みたのみし松や枯れにけん
下葉ちり行としの暮哉

さえわたる池のかがみのさやけきに
見なれしかげを見ぬぞかなしき

年くれて岩井の水もこほりとぢ
見し人かげのあせも行かな

心から方方袖をぬらすかな
あくとをしふる声につけても

嘆きつつわがよはかくて過ぐせとや
胸のあくべき時ぞともなく

逢ふことのかたきをけふにかぎらずは
いまいく世をか嘆きつつへん

ながきよのうらみを人に残しても
かつは心をあだと知らなむ

あさぢふの露のやどりに君ををきて
よもの嵐ぞ静心なき

風ふけばまづぞみだるる色かはる
あさぢが露にかかるささがに

かけまくはかしこけれどもその神の
秋おもほゆる木綿襷かな

その神やいかがはありし木綿襷
心にかけてしのぶらんゆへ

九重に霧やへだつる雲のうへの
月をはるかに思やるかな

月影は見し夜の秋にかはらぬを
へだつる霧のつらくもあるかな

木枯らしの吹くにつけつつ待ちしまに
おぼつかなさのころもへにけり

あひ見ずてしのぶるころの涙をも
なべての空の時雨とや見る

別にしけふはくれども見し人に
ゆきあふほどをいつとたのまん

ながらふるほどはうけれどゆきめぐり
けふはその世にあふ心ちして

月のすむ雲井をかけてしたふとも
このよの闇に猶やまどはむ

おほふかたのうきにつけてはいとへども
いつかこの世をそむきはつべき

ながめかるあまの住みかと見るからに
まづしほたるる松がうら島

ありし世のなごりだになき浦島に
たち寄る浪のめづらしきかな

それもがとけさひらけたる初花に
おとらぬ君がにほひをぞ見る

時ならでけさ咲花は夏の雨に
しほれにけらしにほふほどなく

花散里
おち返りえぞ忍ばれぬほととぎす
ほの語らひし宿の垣根に

ほととぎす言問ふ声はそれなれど
あなおぼつかなさみだれの空

橘の香をなつかしみほととぎす
花散る里をたづねてぞとふ

人目なく荒れたる宿はたちばなの
花こそ軒のつまとなりけれ

須 磨
鳥辺山もえし煙もまがふやと
あまの塩焼くうらみにぞ行く

なき人の別れやいとど隔たらむ
煙となりし雲井ならでは

身はかくてさすらへぬとも君があたり
去らぬ鏡の影は離れじ

別れても影だにとまるものならば
鏡を見てもなぐさめてまし

月影の宿れる袖はせばくとも
とめても見ばやあかぬ光を

行きめぐりつゐにすむべき月影の
しばし雲らむ空なながめそ

あふ瀬なきなみだの河に沈みしや
流るるみおのはじめなりけむ

なみだがは浮かぶみなはも消えぬべし
流れてのちの瀬をも待たずて

見しはなくあるはかなしき世の果てを
背きしかひもなくなくぞ経る

別れしにかなしき事は尽きにしを
またぞこの世のうさはまされる

ひき連れて葵かざししそのかみを
思へばつらし賀茂の瑞垣

うき世をばいまぞ別るるとどまらむ
名をばただすの神にまかせて

なきかげやいかが見るらむよそへつつ
ながむる月も雲がくれぬる

いつかまた春のみやこの花を見ん
時うしなへる山がつにして

咲きてとく散るはうけれどゆく春は
花のみやこを立ち帰り見よ

生ける世の別れを知らで契りつつ
命を人にかぎりけるかな

おしからぬ命にかへて目の前の
別れをしばしとどめてしかな

唐国に名を残しける人よりも
ゆくゑしられぬ家居をやせむ

ふるさとを峰の霞はへだつれど
ながむる空はおなじ雲井か

松島のあまの苫屋もいかならむ
須磨の浦人しほたるるころ

こりずまの浦のみるめのゆかしきを
塩焼くあまやいかが思はん

しほたるることをやくにて松島に
年ふるあまもなげきをぞつむ

浦にたくあまたにつつむこひなれば
くゆる煙よ行く方ぞなき

浦人のしほくむ袖にくらべみよ
波路へだつる夜のころもを

うきめ刈る伊勢をの海人を思ひやれ
藻塩たるてふ須磨の浦にて

伊勢島や潮干の潟にあさりても
いふかひなきは我身なりけり

伊勢人の浪のうへこぐ小舟にも
うきめは刈らで乗らましものを

海人がつむなげきのなかにしほたれて
いつまで須磨の浦にながめむ

荒れまさる軒のしのぶをながめつつ
しげくも露のかかる袖かな

恋わびてなく音にまがふ浦波は
思ふかたより風や吹くらん

初雁は恋しき人のつらなれや
旅の空とぶ声のかなしき

かきつらねむかしのことぞ思ほゆる
雁はその世の友ならねども

こころから常世を捨ててなく雁を
くものよそにも思ひけるかな

常世いでて旅の空なる雁がねも
つらにをくれぬほどぞなぐさむ

見るほどぞしばしなぐさむめぐりあはん
月のみやこははるかなれども

うしとのみひとへにものは思ほえで
ひだりみぎにもぬるる袖かな

琴の音にひきとめらるる綱手縄
たゆたう心君しるらめや

心ありてひきての綱のたゆたはば
うち過ぎましや須磨のうら浪

山がつのいほりに焚けるしばしばも
こと問ひ来なん恋ふるさと人

いづかたの雲路に我もまよひなむ
月の見るらむこともはづかし

友千鳥もろ声に鳴くあか月は
ひとり寝さめの床もたのもし

いつとなく大宮人の恋しきに
桜かざししけふを来にけり

ふるさとをいづれの春か行きて見ん
うらやましきは帰るかりがね

あかなくにかりの常世を立ち別れ
花のみやこに道やまどはむ

雲ちかく飛びかふ鶴もそらに見よ
我は春日のくもりなき身ぞ

たづかなき雲井にひとりねをぞ泣く
つばさ並べし友を恋つつ

知らざりし大海の原に流れきて
ひとかたにやはものはかなしき
やをよろづ神もあはれと思ふらむ
をかせる罪のそれとなければ

明 石
浦風やいかに吹らむ思ひやる
袖うち濡らし波間なきころ

海にます神のたすけにかからずは
潮のやをあひにさすらへなまし

はるかにも思ひやるかな知らざりし
浦よりをちに浦づたひして

あはと見る淡路の島のあはれさへ
残るくまなく澄める夜の月

ひとり寝は君も知りぬやつれづれと
思ひあかしのうらさびしさを

旅ごろもうらがなしさにあかしかね
草の枕は夢もむすばず

をちこちも知らぬ雲居にながめわび
かすめし宿の木ずゑをぞとふ

ながむらんおなじ雲居をながむるは
思ひもおなじ思ひなるらむ

いぶせくも心にものをなやむかな
やよやいかにと問ふ人もなみ

思ふらん心のほどややよいかに
まだ見ぬ人の聞きかなやまむ

秋の夜の月げの駒よわが恋ふる
雲居をかけれ時の間も見ん

むつごとを語りあはせむ人もがな
うき世の夢もなかばさむやと

明けぬ夜にやがてまどへる心には
いづれを夢とわきて語らむ

しほしほとまづぞ泣かるるかりそめの
みるめは海人のすさびなれども

うらなくも思ひけるかな契りしを
松より波はこえじ物ぞと

このたびは立ち別るとも藻塩焼く
けぶりはおなじ方になびかむ

かきつめて海人のたく藻の思ひにも
いまはかひなきうらみだにせじ

猶ざりに頼めをくめるひとことを
尽きせぬ音にやかけてしのばん

あふまでのかたみに契る中の緒の
調べはことにかはらざらなむ

うち捨てて立つもかなしき浦波の
なごりいかにと思ひやるかな

年経つる苫屋も荒れてうき波の
かへるかたにや身をたぐへまし

寄る波にたちかさねたる旅衣
しほどけしとや人のいとはむ

かたみにぞかふべかりけるあふことの
日かず隔てん中のころもを

世をうみにここらしほじむ身と成て
猶この岸をえこそ離れね

宮こ出でし春の嘆きにおとらめや
年ふる浦をわかれぬる秋

わたつ海にしなへうらぶれ蛭の子の
脚立たざりし年は経にけり

宮柱めぐりあひける時しあれば
別れし春のうらみのこすな

嘆きつつあかしの浦に朝露の
たつやと人を思ひやるかな

須磨の浦に心をよせし舟人の
やがて朽たせる袖をみせばや

帰てはかことやせまし寄せたりし
なごりに袖の干がたかりしを

澪 標
かねてより隔てぬ中ならはねど
別れはおしき物にぞありける

うちつけの別れをおしむかごとにて
思はむ方にしたひやはせぬ

いつしかも袖うちかけむおとめ子が
世をへてなづる岩の生い先

ひとりしてなづるは袖のほどなきに
覆ふばかりの陰をしぞまつ

思ふどちなびく方にはあらずとも
われぞ煙に先立ちなまし

たれにより世をうみ山に行めぐり
たえぬ涙に浮き沈む身ぞ

海松や時ぞともなき陰にゐて
なにのあやめもいかにわくらむ

数ならぬみ島がくれに鳴く鶴を
けふもいかにと問ふ人ぞなき

水鶏だにおどろかさずはいかにして
荒れたる宿に月を入れまし

をしなべて叩く水鶏におどろかば
うはの空なる月もこそ入れ

住吉の松こそものはかなしけれ
神世のことをかけて思へば

あらかりし波のまよひに住吉の
神をばかけて忘れやはする

みをつくし恋ふるしるしにここまで
めぐりあひけるえには深しな

数ならでなにはのこともかひなきに
などみをつくし思ひそめけむ

露けさのむかしに似たる旅ごろも
田蓑の島の名にはかくれず

降り乱れひまなき空に亡き人の
天翔るらむ宿ぞかなしき
消えがてにふるぞかなしきかきくらし
わが身それとも思ほえぬ世に
蓬 生
たゆまじき筋を頼みし玉かづら
思ひのほかにかけはなれぬる

玉かづら絶えてもやまじゆく道の
手向の神もかけて誓はむ

亡き人を恋ふる袂のひまなきに
荒れたる軒のしづくさへ添ふ

たづねともわれこそとはめ道もなく
深きのもとの心を

藤浪のうち過ぎがたく見えつるは
まつこそ宿のしるしなりけれ

年を経てまつしるしなきわが宿を
花のたよりにすぎぬばかりか

関 屋
行くと来とせきとめがたき涙をや
絶えぬ清水と人は見るらむ

わくらばに行きあふ道をたのみしも
猶かひなしやしほならぬ海

あふさかの関やいかなる関なれば
しげきなげきの中をわくらん
絵 合
わかれ路に添へし小をかことにて
はるけき中と神やいさめし

別るとてはるかにいひしひとことも
かへりてものはいまぞかなしき

ひとりゐて嘆きしよりは海人の
すむかたをかくてぞ見るべかりける

うきめ見しそのおりよりもけふはまた
過ぎにしかたにかへる涙か

伊勢の海の深き心をたどらずて
ふりにしあとと波や消つべき

雲の上に思ひのぼれるこころには
ちいろの底もはるかにぞ見る

みるめこそうらふりぬらめ年へにし
伊勢をの海人の名をや沈めむ

身こそかくしめのほかなれそのかみの
心のうちを忘れしもせず

しめのうちはむかしにあらぬここちして
神代の事もいまぞ恋しき

松 風
ゆくさきをはるかに祈るわかれ路に
たえぬは老いの涙なりけり

もろともにみやこは出できこのたびや
ひとり野中のみちにまどはん

いきてまたあひ見むことをいつとてか
限りもしらぬ世をばたのまむ

かの岸に心よりにしあま舟の
そむきしかたにこぎかへる哉

いくかへりゆきかふ秋をすぐしつつ
うき木にのりてわれかへるらん

身をかへてひとりかへれる山ざとに
聞きしにたる松風ぞふく

ふる里に見しよのともをこひわびて
さえづることをたれかわくらん

すみなれし人はかへりてたどれども
清水は宿のあるじ顔なる

いさらゐははやくにことも忘れじを
もとのあるじや面がはりせる

契りしに変はらぬことの調べにて
絶えぬ心のほどは知りきや

変はらじと契りしことをたのみにて
松のひびきに音をそへしかな

月のそむ川のをちなる里なれば
かつらのかげはのどけかるらむ

ひさかたのひかり近き名のみして
あさゆふ霧も晴れぬ山里

めぐり来て手にとるばかりさやけきや
淡路の島のあはと見し月

うき雲にしばしまがひし月かげの
すみはつるよぞのどけかるべき

雲のうへのすみかをすててよはの月
いづれの谷にかげ隠しけむ
薄 雲
雪ふかみ深山のみちははれずとも
猶ふみかよへあとたえずして

雪まなき吉野の山をたづねても
心のかよふあとたえめやは

末とをき二葉の松にひきわかれ
いつか木たかきかげを見るべき

生ひそめし根もふかければ武隈の
松に小松の千代をならべん

舟とむるをちかた人のなくはこそ
あす帰り来むせなと待ちみめ

行てみてあすもさね来む中中に
をちかた人は心をくとも

入日さす峰のたなびく薄曇は
もの思ふ袖に色やまがへる

君もさはあはれをかはせ人しれず
わが身にしむる秋の夕風

いざりせし影忘られぬかがり火は
身のうき舟やしたひきにけん

あさからぬ下の思ひをしらねばや
猶かがり火の影はさはげる

朝 顔
人知れず神のゆるしを待ちしまに
ここらつれなき世を過ぐすかな

なべて世のあはればかりを問ふからに
誓ひしことと神やいさめむ

見しおりの露忘られぬあさがほの
花のさかりはすぎやしぬらん

秋はてて霧のまがきにむすぼほれ
あるかなきかにうつるあさがほ

いつのまによもぎがもととむすぼほれ
雪ふる里と荒れし垣根ぞ

年ふれどこの契こそわすられね
親の親とかいひし一言

身をかへて後も待ちみよこの世にて
親を忘るるためしありやと

つれなきをむかしにこりぬ心こそ
人のつらきにそへてつらけれ

あらためてなにかは見えむ人のうへに
かかりと聞きし心がはりを

こほりとぢ石間の水はゆきなやみ
空すむ月のかげぞながるる

かきつめてむかし恋しき雪もよに
あはれをそふるをしのうきねか

とけてねぬ寝覚めさびしき冬の夜に
むすぼほれつる夢のみじかさ

なき人をしたふ心にまかせても
かげ見ぬ三つ瀬にやまどはむ

少 女
かけきやは川瀬の波もたちかへり
君がみそぎのふぢのやつれを

ふぢごろも着しはきのふと思ふまに
けふはみそぎの瀬にかはる世を

さ夜中に友呼びわたる雁に
うたて吹きそふ荻のうは風

くれなゐの涙にふかき袖の色を
あさみどりにや言ひしほるべき

いろいろに身のうきほどの知らるるは
いかに染めける中のころもぞ

霜氷うたてむすべる明け暮れの
空かきくらしふる涙かな

あめにますとよをかひめの宮人も
わが心ざすしめを忘るな

おとめ子も神さびぬらしあまつ袖
ふるき世の友よはひ経ぬれば

かけていえばけふのこととぞ思ふゆる
日影の霜の袖にとけしも

日影にもしるかりけめや小女子が
天の羽袖にかけし心は

うぐひすのさえづる声はむかしにて
むつれし花のかげぞかはれる

九重をかすみ隔てつるすみかにも
春とつげくる鶯の声

いにしへを吹き伝へたる笛竹に
さえづる鳥の音さへ変わらぬ

鶯のむかしを恋ひてさえづるは
木伝ふ花の色やあせたる

心から春まつそのはわがやどの
紅葉を風のつてにだに見よ

風に散る紅葉はかろし春の色を
岩根の松にかけてこそ見め

玉 鬘
舟人もたれを恋ふとか大島の
うらがなしげに声の聞こゆる

来しかたも行くゑも知らぬ沖に出でて
あはれいづくに君を恋ふらん

君にもし心たがはば松浦なる
鏡の神をかけて誓はむ

年を経て祈る心のたがひなば
鏡の神をつらしとや見む

浮嶋を漕ぎ離れても行く方や
いづくとまりと知らずもあるかな

行く先も見えぬ浪路に舟出して
風にまかする身こそうきたれ

うきことに胸のみさはぐひびきには
ひびきの灘もさはらざりけり

二もとの杉のたちどを尋ねずは
ふる河のべに君を見ましや

初瀬河はやくの事は知らねども
けふのあふ瀬に身さへながれぬ

知らずとも尋ねて知らむ三島江に
生ふる三稜の筋は絶えじを

数ならぬ三稜やなにの筋なれば
うきにしもかく根をとどめけむ

恋ひわたる身はそれなれど玉かづら
いかなる筋を尋ね来つらむ

きてみればうらみられけり唐衣
かへしやりてん袖をぬらして

返さむといふにつけても片敷の
夜の衣を思ひこそやれ
初 音
うす氷とけぬる池の鏡には
世にくもりなき影ぞならべる

くもりなき池の鏡によろづ代を
すむべき影ぞしるく見えける

年月をまつにひかれてふる人に
けふ鶯の初音きかせよ

ひきわかれ年は経れども鶯の
巣立ちし松の根を忘れめや

めづらしや花のねぐらに木づたひて
谷のふる巣をとへる鶯

ふる里の春のこずゑに尋きて
世のつねならぬ花を見るかな

胡 蝶
風吹けば波の花さへ色見えて
こや名に立てる山吹の崎

春の池や井手の川瀬にかよふらん
岸の山吹そこもにほへり

亀の上の山もたづねじ舟のうちに
老いせぬ名をばこゝに残さむ

春の日のうらゝにさしてゆく舟は
さほのしづくも花ぞ散りける

むらさきのゆへに心をしめたれば
ふちに身投げん名やはおしけき

ふちに身を投げつべしやとこの春は
花のあたりを立ち去らで見よ

花園の胡蝶をさへや下草に
秋まつ虫はうとく見るらむ

こてふにも誘はれなまし心ありて
八重山吹を隔てざりせば

思ふとも君は知らじなわきかへり
岩漏る水に色し見えねば

ませのうちに根ふかくうへし竹の子の
をのが世ゝにや生ひわかるべき

いまさらにいかならむ世か若竹の
生いはじめけむ根をばたづねん

たちばなのかほりし袖によそふれば
かはれる身とも思ほえぬかな

袖の香をよそふるからにたちばなの
みさへはかなくなりもこそすれ

うちとけてねも見ぬものを若草の
ことあり顔に結ぼほるらむ
なく声もきこえぬ虫の思ひだに
人の消つにはきゆるものかは

な声はせで身をのみこがす蛍こそ
いふよりまさるおもひなるらめ

なけふさへやひく人もなき水隠れに
生ふるあやめのねのみなかれん

なあらはれていとゞ浅くも見ゆるかな
あやめもわかずなかれけるねの

その駒もすさめぬ草と名にたてる
みぎはのあやめけふやひきつる

にほどりに影をならぶる若駒は
いつかあやめにひきわかるべき

思ひあまりむかしのあとをたづぬれど
親にそむける子ぞたぐひなき

ふるきあとをたづぬれどげになかりけりこの世にかゝる親の心は

常 夏
撫子のとこなつかしき色を見ば
もとのかきねを人やたづねむ

山がつのかきほに生ひし撫子の
もとの根ざしをたれかたづねん

草若み常陸の浦のいかゞ崎
いかであひ見ん田子の浦波

常陸なる駿河の海の須磨の浦に
波立ち出でよ箱崎の松
篝 火
篝火にたちそふ恋のけぶりこそ
世にはたえせぬほのをなりけれ

行ゑなき空に消ちてよ篝火の
たよりにたぐふけぶりとならば
野 分
おほかたにおぎの葉過ぐる風のをとも
うき身ひとつにしむ心ちして

吹きみだる風のけしきにをみなへし:
しほれしぬべき心ちこそすれ

下露になびかましかばをみなへし
あらき風にはしほれざらまし

風さはぎらむ雲まがふ夕にも
わするゝまなくわすられぬ君

行 幸
雪深き小塩の山にたつ雉の
古き跡をもけふは尋よ

小塩山みゆきつもれる松原に
けふばかりなる跡やなからむ

うちきらし朝ぐもりせしみ雪には
さやかに空の光やは見し

あかねさす光は空にくもらぬを
などてみ雪に目をきらしけむ

ふた方にいひもてゆけば玉くしげ
わが身はなれぬかけごなりけり

我身こそ恨られけれ唐衣
君がたもとになれずと思へば

唐衣又から衣からころも
かへすかへすもから衣なる

うらめしや興津玉もをかづくまで
磯がくれける海人の心よ

よるべなみかゝるなぎさにうち寄せて
海人もたづねめもくづとぞ見し
藤 袴
おなじ野の露にやつるゝ藤袴
あはれはかけよかことばかりも

たづぬるにはるけき野辺の露ならば
うす紫やかことならまし

妹背山ふかき道をばたづねずて
をだえの橋にふみまよひける

まどひける道をば知らず妹背山
たどたどしくぞたれもふみみし

数ならばいとひもせまし長月に
命をかくるほどぞはかなき

朝日さす光を見ても玉笹の
葉分けの霜を消たずもあらなむ

忘れなむと思ふも物のかなしきを
いかさまにしていかさまにせむ

心もて光にむかふあふひだに
朝をく霜をおのれやは消つ

真木柱
おりたちて汲みはみねども渡り川
人の瀬とはた契らざりしを

みつせ川わたらぬさきにいかでなを
涙のみをのあはと消えなん

心さへ空にみだれし雪もよに
ひとり冴えつるかたしきの袖

ひとりゐてこがるゝ胸のくるしきに
思ひあまれるほのをとぞ見し

うきことを思ひさはげばさまさまに
くゆる煙ぞいとゞ立ちそふ

いまはとて宿かれぬとも馴れきつる
真木の柱はわれを忘るな

馴れきとは思ひ出づともなににより
立ちとまるべき真木の柱ぞz

浅けれど石間の水はすみはてて
宿もる君やかけはなるべき

ともかくも岩間の水の結ぼほれ
かけとむべくも思ほえぬ世を

みやま木に羽うちかはしゐる鳥の
またなくねたき春にもあるかな

などてかくはひあひがたき紫を
心に深く思ひそめけむ

いかならん色とも知らぬ紫を
心してこそ人はそめけれ

九重にかすみへだてば梅の花
たゞかばかりも匂ひこじとや

かばかりは風にもつてよ花の枝に
たちならぶべきにほひなくとも

かきたれてのどけき比の春雨に
ふるさと人をいかにしのぶや

ながめする軒のしづくに袖ぬれて
うたかた人をしのばざらめや

思はずにい手のなか道へだつとも
言はでぞ恋ふる山吹の花

おなじ巣にかへりしかひの見えぬかな
いかなる人か手ににぎるらん

巣がくれて数にもあらぬかりのこを
いづ方にかはとりかくすべき

興津ふねよるべなみ路にたゞよはば
さほさしよらむとまり教へよ

よるべなみ風のさはがす舟人も
思はぬかたに磯づたいせず

梅 枝
花の香は散りにし枝にとまらねど
うつらむ袖にあさくしまめや

花の枝にいとゞ心をしむるかな
人のとがめん香をばつゝめど

うぐひすの声にやいとゞあくがれん
心しめつる花のあたりに

色も香もうつるばかりにこの春は
花さく宿をかれずもあらなん

鴬のねぐらの枝もなびくまで
なをふきとをせ夜半の笛竹

心ありて風の避くめる花の木に
とりあへぬまでふきやよるべき

かすみだに月と花とをへだてずは
ねぐらの鳥もほころびなまし

花の香をえならぬ袖にうつしもて
ことあやまりと妹やとがめむ

めづらしとふる里人もまちぞ見む
花の錦を着てかへる君

つれなさはうき世のつねになりゆくを
忘れぬ人や人にことなる

かぎりとて忘がたきを忘るゝも
こや世になびく心なるらむ
若菜 上
さしながらむかしをいまにつたふれば
玉の小櫛ぞ神さびにける

さしつぎに見る物にもがよろづ世を
つげの小櫛の神さぶるまで

若葉さす野辺の小松を引きつれて
もとの岩根をいのるけふかな

小松原末のよはひに引かれてや
野辺の若菜も年をつむべき

目に近く移ればかはる世の中を
行すゑとをくたのみけるかな

命こそ絶ゆとも絶えめさだめなき
世の常ならぬ中の契を

中道をへだつるほどはなけれども
心みだるゝけさのあわ雪

はかなくてうはの空にぞ消えぬべき
風にたゞよふ春のあわ雪

背きにしこの世にのこる心こそ
入る山道のほだしなりけれ

背く世のうしろめたくはさりがたき
ほだしをしゐてかけなはなれそ

年月を中にへだてて逢坂の
さもせきがたく落つる涙か

涙のみせきとめがたき清水にて
行あふ道ははやく絶えにき

沈みしも忘れぬものをこりずまに
身もなげつべきやどの藤なみ

身を投げんふちもまことのふちならで
かけじやさらにこりずまの浪

身に近く秋やきぬらん見るまゝに
青葉の山もうつろひにけり

水鳥の青葉は色もかはらぬを
萩の下こそけしきことなれ

老の波かひある浦にたち出でて
しほたるゝあまをたれかとがめむ

しほたるゝあまを浪路のしるべにて
たづねも見ばや浜の苫屋を

世を捨てて明石の浦にすむ人も
心の闇ははるけしもせじ

光出でんあか月ちかくなりにけり
いまぞ見し世の夢がたりする

いかなれば花に木伝ふ鴬の
桜をわきてねぐらとはせぬ

深山木にねぐらさだむるはこ鳥も
いかでか花の色にあくべき

よそに見ておらぬなげきはしげれども
なごり恋しき花の夕かげ

いまさらに色にな出でそ山桜
をよばぬ枝に心かけきと

御 法
おしからぬこの身ながらも限りとて
薪尽きなんことのかなしさ

薪こる思ひはけふをはじめにて
この世に願ふ法ぞはるけき

絶えぬべき御法ながらぞ頼まるる
世々にと結ぶ中の契を

結びをく契りは絶えじ大方の
残りすくなき御法なりとも

をくと見る程ぞはかなきともすれば
風に乱るる萩の上露

ややもせば消えをあらそふ露の世に
をくれさきだつ程経ずもがな

秋風にしばしとまらぬ露の世を
たれか草葉の上とのみ見ん

いにしへの秋の夕の恋しきに
いまはと見えし明けぐれの夢

いにしへの秋さへいまの心ちして
濡れにし袖に露ぞをきそふ

露けさはむかしいまとも思ほえず
大方秋の夜こそつらけれ

ておらぬなげきはしげれども
なごり恋しき花の夕かげ

いまさらに色にな出でそ山桜
をよばぬ枝に心かけきと


桐壺 帚木 空蝉 夕顔 若紫 末摘花 紅葉賀 花宴 葵 賢木 花散里 須磨 明石 澪標 蓬生 関屋 絵合 
松風 薄雲 朝顔 少女 玉鬘 初音 胡蝶 蛍 常夏 篝火 野分 行幸 藤袴 真木柱 梅枝 若菜上 御法 書架