壇ノ浦夜合戦記
一 弁慶生涯の一房事

 平軍ことごとく潰ゆ。源廷尉(義経)、すでに乗輿(天子)のあるところを知り、軍を合わせてとく攻む。知盛すなわち帝船に赴く。
 諸嬪(官女)迎えて様を問う。
 知盛笑うて曰く。「卿等、まさに東国の男子(源氏軍)をみるべきのみ」と。一船、皆哭す。すでに時子帝(安徳天皇)を抱き海に投じて死す。
 皇太后(建礼門院)また続いて投ず。東兵鉤してこれを獲たり。
 諸嬪をあわせて廷尉の艦に致す。太后悲泣す。
 廷尉慰めて曰く。
「人生再び生を得る事なし。生ありて、しこうして後、憂いを転じて喜びとなすを得べし。太后、今日悲歎を極めるといえども、臣のあるありて他日、必ず安きに就き、愁眉を開くことを誓わん。
 痛哭して心を損なうことなかれ」侍臣こもごも慰む。
 太后、潜然として言なし。廷尉、諸嬪を顧みるに容色皆しかず。
 太后、ひとり雨中の海棠に似たり。
 廷尉すなわち心動き、自らおもへらく。
「男子は上蒸を欲し、女子は下淫を好む。我、后妃に接する。今日にあらずんばけだし難かるべし」と。
 すなわち一計を案じ、侍臣に低語し、大いに酒宴を張り、もって太后を慰む。廷尉、盃をあげ、太后に勧めて曰く。
「酒はよく愁いを払う釣詩鉤と称す。太后、悲歎するもすでに益なし。
 宜しく心を寛くし、身を愛して、事の定まるのを待つべきのみ。
 こいねがわくば、まず適宜に酔いを求めて愁いを払わんことを。
 人生一度口を開くも、なお修身の利あり。
 太后、ねがわくば辞することを用いざれ」
 侍臣もともに勧めて休まず。
 廷尉、また諸嬪に対して曰く。
「卿等も宜しく酔郷に転じて歓をとるべし。他日、皆、身を安んずるを得しめんのみ」諸嬪、再拝して哀を乞う。
 廷尉、また群臣に命じて曰く。
「よく盃をあげよ。今日はこれ捷軍を祝してかねて久日の戦苦を慰するなり。もって鎌倉(頼朝)の賞を待つべし」と。
 衆、大いに悦び、盃を留むることを見ず。
 廷尉、さらに命じて楽を張らしむ。挙座、囂然として酔いを発す。
 太后、なお一人、悒然として唇を閉ざす。
 諸嬪、勧めて曰く。「廷尉の懇意、まげて心を慰めよ」
 太后、もとより少しも嗜まざるにあらず。
 盃の到るごとに取らざるにあらざるも、心中、怏懊としていまだ酔うに及ばざるなり。いま、廷尉の強うる諸嬪等の勧むるによってさらに数杯をつくし、顔上初めて酔色を帯ぶ。
 廷尉、手に大杯を取り、弁慶に賜いて曰く。「三回をよくせずや」
 弁慶曰く。「臣、死すともなおかつ辞せず。何ぞ酒をや」
 すなわち、たちどころに一口一杯、あたかも長鯨の百川を吸うがごとし。諸嬪、手を拍ってひとしく歌う。
 弁慶踊りかつ舞い、巨口白眼六禽を逐う。衆、大いに笑う。
 太后、初めて少し唇を開く。
 あたかも桜花剖蕾の春風にほころび、半点の朱葩笑みを含むがごとし。満座雑沓、男女混乱す。
 廷尉曰く。「むしろ配合せよ」すなわち、くじしてこれを定む。
 廷尉、大笑いして曰く。「亀井はなにがし。片岡はなにがし。
 伊勢はなにがし。駿河はなにがし。余はなにがし」と。
 一人、武蔵坊のみ配なく、衆、大いに笑う。
 廷尉曰く。「汝また許して楽しましむ。もって男は戦苦を女は憂愁を、相ともにふたつながら忘れよ」男女たちまち手を携えて去る。
 廷尉、座眠す。室内初めて寂然たり。一人、弁慶、この室に隣接す。
 けだし忠臣、酔えども宿直の意失わず。
 すでにして某嬪、私語するあり。喃喃聞くべからず。
 ただ弁慶の言のみ手に取るがごとし。
 曰く。「可なり。試みん」また曰く。「かくのごときを欲するか」
 また曰く。「それ、如何。それ、如何」
 すでにして嬪、ようやく声高くして、ついに叫んで曰く。
「ああ。それ、君。まことに七つ道具を備う。
 はじめに指を弄する熊手のごとく、次にそのうがつこと槌をもってするがごとし。その裂かんとすること斧をもってするがごとし。
 また、その突くや鑿のごとく、錐のごとく、磨するや鉋のごとし。
 ああ、君、七つ道具全うし、妾、何ぞ堪えん。ああ、死あるのみ」
 弁慶曰く。「なお汝の一つ道具にしかず。我、大いに怕る。汝、実にこれ強敵なり」言い終わって鼻息奔雷のごとく、気息烈風のごとし。
 たちまち大喝一声してやむ。
 しばらくして声を定めて曰く。「ああ、我、生来初めてこれをなす。
 これ、何物の妖魔ぞ。この八尺の体をとろかさんとする。
 ああ、あやまてり。再び用うるべからず」
 すなわち他に転ずる山の崩るるがごとく、たちまち昏睡せり。
 世にこれを弁慶生涯の一房事と称す。

二 廷尉の膝に寄る太后幸甚を知らず

 詩に曰く「始めあらざるなし。よく終わりあること少なし。
 女子若うして夫を失い、よく貞操の名あるもの、三十を全うするはなはだ稀なり」。
 また古来相称す「女子酒を被れば必ず春心を動かす。
 いわんや淫声に近づくをや。よく禁ずるものはなはだ少なし」と。
 太后、先に几に寄り沈思し、嘆息しばしば、おもむろに独語して曰く。
「我、先帝(太后の夫)に別れてすでに五年、涙痕乾くいとまなく、しこうしてさらに今日、窮厄にあい、一嬪侍女の我が心を哀れむなく、かえってにわかに己が愁いを転じて忍びざるの淫声を我に聞かしむ。
 今日死するにあたわず。明日またいかなるものをか見ん」と。
 思わず声を放って長大息す。
 廷尉愕然として顧み、形を改め拝首して曰く。
「酔後大いに礼を失す。ただ太后を慰むる意のみ。幸いに恕せよ。
 太后を慰めんとして臣まず酔い、かえって太后を寂莫に坐せしむ。
 皆臣が罪なり。願わくば太后さらに恕せよ」
 廷尉すなわち盃を洗い、自ら飲んで太后に献じ、おもむろに酌をとって進む。太后辞するに「酔いをもって堪えざる」をもってす。
 廷尉曰く。「太后、酒に堪えずんばまさに何に堪えんと欲するや」
 太后黙す。廷尉盃を強う。太后省みず。
 廷尉追ってその手をとり、かつ固く握り、盃を勧めて曰く。
「今日の酒宴はなはだ薄しといえども、しかれども臣が情けやきわめて厚し。太后憂い深うして酔い浅し。願わくば酔いを深こうして憂いを除き、もって臣が意を憐れめ」
 太后、怫然として声を励まして曰く。
「古語に曰ずや。男女七歳にして席を同じうせずと。
 いわんや我、囚われにつくといえどもすでに帝者(安徳天皇)の母たり。汝、一武臣にしかず。今日あるにあらざれば、あによく我を見ることを得んや。しかるになお迫って我を辱めんとするか」
 廷尉笑って曰く。「誠に尊命のごとき者あり。真に今日にあらずんば、いかでか玉貌を見ることを得んや。しかれどもすでに今日ありて、拝眉の栄を受く。ことに矮船席をわかつところなくしてこの咫尺を侵す。
 これまた天なり。鸞鳳も籠裡に入れば唯一園丁の手中にあるのみ。
 よく飼わんもまたあぶりものになさんもただその意のままなり。
 しかるに臣、別に深衷あり。いま太后のために吐露せんとす。
 臣、生まれてはじめて二歳すでに父(義朝)を失い、兄弟三人、幼にして母(常盤御前)に従い、大和国竜門の里に隠る。
 人、これを求むれども得ず。ついに臣が母、自ら赴き斬につく。
 故内府(太后の兄、平重盛)固く相国(重盛の父、清盛)に請うて曰く。
『願わくば死を許せ。もと源氏に宿怨あるにあらず。
 君命をもってやむを得ざるのみ。よろしく恩を垂れ、徳をしき、諸源の遺児をして怨みを我が子孫に残さしむべからず。
 いわんや嬰孩いまだ文目をわかつあたわざるものをや』。
 故相国、すなわち引き見て臣が母を妾使し、臣らよりて免るを得たり。臣、東下の途次、大蔵卿(後の常盤御前の夫)を訪う。
 臣が母の教えに曰く『故内府の恩必ず忘るるなかれ』と。
 言、なお耳に存す。
 永く骨髄に徹してその徳を報ぜんと欲するや久し。
 しかのみならず、臣が兄頼朝は池の禅尼(清盛の継母)の請いによりて命を全うするといえども、また故内府の諌めを添うるによる。
 すなわち兄弟の一命、皆内府の賜うところにして、実に今日あるを致すゆえんなり。しかるにいまや故内府に報ずるに由なし。
 特に中将(重盛の子、維盛)に報じていささか志を致さんとす。
 故に陣中をつけども中将に迫らず。すでに逸するも顧みず、ひそかに熊野に隠るるをなお捨てて求むるの意なし。
 いまや太后を得てこれに送り、ともに永く故内府の祀りを定めんとす。臣が微衷真にかくのごとし。
 しかれども、太后、臣の志を憐むに意なくんば、すなわち止まん。
 臣また一丈夫なり。ただちにこの兵を移して熊野に赴き、天地を究めて索捕し、蹂躪しつくさんのみ。
 両挙一決、ただ太后の意いかんにあるのみ。
 太后それよくよくこれを熟考せよ」と。
 言語温和にして、勇を含み、柔にして義あり、また仁を兼ぬ。
 太后沈吟することこれを久しうす。
 心に思えらく 「いまもしこの人、言のごとくんば寄るべきものあるに似たり。なお試みて後、思慮あらん」と。
 すなわち、おもむろに答えて曰く。
「族類(平氏一族)ほとんど遺子なく、臣隷反して恩を思わず。
 しかるに子は敵人にして我を憐れむ。当に過ぎたり。
 これ我が信じ難しとする一なり。維盛は我が宗の嫡冑、他は許すあるも衆目の注ぐところ、あに恩を帰するを得んや。
 これ我が信じ難きの二なり。
 もしそれ恩を思うて維盛を憐むとすると、あにそれ我が子に親しむや否やに関せんや。これ我が信じ難きの三なり。子、この信じ難きの三者をいかにせんとするや。それよく釈然たらしむるを得るか」
 廷尉唖然として笑うて曰く。
「太后の明彗にしてなおかつ一婦人の言をなすか。
 臣の兄頼朝、兵を挙げて遥かに法皇(後白河)に奉ずるや、源平併任して王室を護ること、なお昔のごとくなるをもってせり。
 法皇その書を相国に示す。相国惑うて従わず。
 ついに今日あるを致すのみ。もとより臣らの意にあらず。
 故内府の所以もとより宿怨あるにあらざれば、その後を絶つを欲せざるもまたむべならずや。しこうしてその後を継ぐ者中将存す。
 中将にあらずんばそれ誰とかなさん。故内府の徳に報ゆるにそれ子にあらずしてはたして誰とかなす。いま親しみを太后に求むる所以のものは、臣が偽らざるを表わすものにして、その特に切なるは太后のよく諒するところ、願わくば再びこれを諒せよ」と睨視して微笑す。
 太后黙してつくづく廷尉の相貌を見るに、顔面、常盤の産むところをあやまらず。色白くして眼秀で重瞳なり。
 繁捷英才威あって優に、智ありて泰然たり。むべなるかな。
 百万の将卒ために死せんことを楽しむ。
 太后沈思してさらに思えらく。
「これこの人傑、我が聞くところに違わず。
 いたずらに色を嗜みて言をはみ、名を惜しまざるの徒にあらず。
 しばらく彼に親しみ、まことに維盛無事なるを得ば、帝崩ずるといえども帝弟あり。あに累世の積恩を思わざる属類のみならんや。
 もって他日の謀をなさば、ついに我、いま死するに勝るものあらん。
 彼が母は我が父に従使し、子らいまこのことも致し、西施は呉王に従って会稽の恥をすすぐ。君子は細謹を顧みず、いま我が思うところにして異日、成果を得ば、今日の汚辱また何かあらん。
 ああ、死するに勝るものあらん。必ず死するに勝れり」と。
 心初めて動き、恍然としてしばしば睨視し、言わんと欲してまた恥じ、低頭す。廷尉曰く。「なおまだ了することを得ざるか」
 太后静かに曰く。
「廷尉の親しみを欲する果たして他にあり、あに醜恣意あやんや。
 ただ一場の戯謔酒興の弄言のみ。もし一紿に陥り、一笑に我が身をあやまらば、地下の族に見ゆるところなけん」
 廷尉冷笑して曰く。「なお我が言を聞くあたわずんば、願わくば神明に誓わん。ただ太后のいうところのままのみ」
 太后笑うて曰く。「廷尉、よくこの日月の徽号の上に坐することを得るや。こと、もしかくのごとくならずんば必ず罰あらん」
 廷尉呵々笑うて曰く。「何ぞ坐すると深く汚すとせん。すなわちこれを臥褥として、太后とともに寝ねともにともに誓わん」
 太后低声して曰く。「維盛は誠に幸甚なり」
 廷尉もまた低語して曰く。「ひとり中将のみか」
 太后曰く。「我、またしかり」
 廷尉曰く。「太后幸甚なるは何ぞ」
 太后ますます密声して曰く。「知らず」と。
 桜花春暖かにして朱脣笑みを含み、柳条風柔かにして美目眸を凝らす。太后面を背け左袖に紅頬をおおい、右手に几上のむしろを撫す。
 廷尉曰く。「知らずんば、すなわち、かくのごとし」と。
 すなわちその手を握り、あるいは強くあるいは柔かなり。
 太后全面を袖蔽し、少しくこれに応ず。
 廷尉几を擁し斜めにこれを曳く。
 太后嫋々倒れんとし、転じて廷尉の膝に寄る。
 めかずらの松柏に堪え、あさがおのまがきに寄るに似たり。
 霊髪香を放ち錦袖粲として芬芳を浮ぶ。

三 義経の治術魂魄ひとり宇宙に恍惚
 艶言花のごとく心たちまち揺らめき、春酒飴のごとく、はらわたすでに柔らかなり。実に遠くして近きは男女の情なり。
 太后、すでに廷尉の膝による。廷尉、顔を合わせ唇を接す。
 太后、少し舌尖を出せども、胸悸戦慄なすところを知らず。
 廷尉曰く。「何のゆえぞ」太后言わず。
 廷尉曰く。「ことさらに処女の態を学んで義経を弄するか」
 太后静かに言って曰く。「自ら禁ずるあたわざるのみ」と。
 廷尉曰く。「義経に治術あり」
 すなわち右手を脇より、左手を肩より入れしめ、しこうして廷尉また左手を襟に右手を帯にはさみ、力を合わせて相擁すること多し。
 太后震慄なおいまだ治せず。
 廷尉曰く。「別手あり」
 すなわち右手を転じて緋の袴を解き、肌衣を排して腰衣をうがち、指頭わずかに股間におよぶ。春草まだらにして軟らかなり。
 太后脚をしぼり、股を閉ざし、あえて奥を許さず。
 廷尉曰く。「何故ぞ」
 太后密声して曰く。「ただ恥多きのみ」
 廷尉曰く。「すでにここに至れり。何すれぞさらに恥じていずれのときにか期せんとする。なおしからずんばかくのごとくせんのみ」と。
 すなわち軟草を抜く。
 太后曰く。「ああ、痛し。憎むべきのみ」
 股を少し解く。廷尉力索し、初めて桃源郷を得たり。
 心に温柔を感じて静かに中指頭をともし、緩く玉門をあがくことしばしば。ついに伝えて玉心をめぐらす。玉心軟らかくして凝脂のごとし。
 太后身を縮め、面を廷尉の胸にあて、耳たぶを染むること赤うして鶏冠に似たり。
 廷尉すなわち双指を弄し、ついに玉心を探って銜珠を拾う。
 太后鼻息やや高く、呼吸ようやく疾し。
 身を悶えて膝位にたえず、相擁して前に倒れる。太后仰臥し、廷尉ななめにその胸に乗り、双指なお玉心にありてますますその術を尽す。
 太后額をしかめ、左手を転じて廷尉の手首を力握し、急にとどめて曰く。「ああ、やめよ。指をもってするなかれ。ああ、ほとんど堪え難し。
 我、先帝に侍するといえども、いまだ身を交えずしてここに至りしことなし。知らず廷尉ひとり我を一指頭に玩殺し、もって錦旗の誓いを欺くか。ああ、それ指をやめよ」
 廷尉笑うて曰く。「先帝九重にありて世間に下らず。
 齢若くして崩ず。何ぞこの巧みを得んや。故をもって太后またその美をひとり知らざるのみ。
 義経に奇術数手あり。太后安んじて快を受くべし。
 錦旗の誓いは後、必ず錦旗の上にて試むべし。
 太后決して疑うことなかれ。ただそれ義経のなすところに従うべし」と。すなわち左手に太后の衿を扼し、首をもたげて顔を合わす。
 太后耳たぶ火のごとく、唇を合すれば舌初めて長し。
 廷尉恐るるありて舌に換え、交うるに唇をもってす。
 すなわち太后の下唇廷尉の口裡にありて廷尉の上唇太后の舌頭に上り、相吸い相噛む。太后すでに熟せんとしていまだまっとうからず。
 まさに蕩せんとしていまだ尽るに至らず。
 魂魄ひとり宇宙に恍惚として虚空に飛び、身のおくところを知らず。
 左手を挙げてさらに廷尉を勾双し、脚を絡めて十指を屈めたり。
 廷尉勢いに乗じて双指を張り、曲直回旋浅深緩急、玉心を抄すること多し。太后気してまた太息することしばしば。
 ついに眉間を集めて叫号大声して恥を忘るるとき、宝縫綻び開け、玉液丹鼎に迸り、ふつひつとして温泉溢る。ああ、この夕べは何の夕べぞ。
 金閨に生まれて万乗の君に配し、天下の母たる尊きに座し、愁眉を開いて一指玩に甘んず。
 はからざりき生来不覚の純精を東国の男児の掌中に漂わさんとは。
 実に寿永四年三月二十四日の夜。太后時に齢二十有九。
四 身を蕩かす百種の美味

 花卉窓に入り、春暖見に適す。廷尉気を入れて微笑する。時あり。
 太后ただ死者のごとく、眼を閉じ、口を開き、手を投じ、足を捨つるがごとし。
 烏雲の顔に乱るるは月前に垂るるに似て、紅裙の肌えを現わすは花間の残雪を欺く。
 廷尉おもむろに手を拭い、盃をとって酒を含み、静かに太后の口にそそぐ。
 太后廷尉を見、莞爾して半身を起こし、廷尉にはいよりたばこを勧め、低語して曰く。「君、わらわを弄するにすでにかくのごとし。
しこうして廷尉の心、いまいかん」
 廷尉もまた低語し顔を合わせて曰く。「誠に可憐なるのみ」
 太后唇を合わせて曰く。「君が美言、わらわが一身を誤る。実にこの舌はわらわがあだのみ。わらわ、噛んで怨みを報ぜんと欲す」
 廷尉色をなして曰く。「古人言わずや。七人の子を生ますとも婦人に心許さずと。太后我を敵視して殺さんと欲するか。臣すでに太后を擁して誠に望み足れり。御身、死を欲すれば自ら屠るをやめず。ただ太后が志に従う。余が素意のみ」
 太后驚き、恥々として廷尉を睨視して曰く。
「ただ一時の戯れ言のみ。君、もし我を憐れまざらんか、維盛よく免るるを得んや。わらわが身、すでにかくのごとし。
 君、この戯れ言を異とするか。意知るべからず。
 もしさらにわらわを棄てんとなさば活きて何をかなさん。
 もとより死につくを甘んず。むしろ君が手を労するをや。
 わらわ憾みなけん」
 紅涙数行廷尉の膝をうるおす。
 廷尉その背を撫し、慰めて曰く。
「余もまた戯れ言のみ。この可憐児何ぞ意あらん」
 太后大いに悦んで曰く。「君真にわらわを愛するや」
 廷尉曰く。「いまだし」
 太后曰く。「いかん」
 廷尉曰く。「余、御身を愛するの思いに等しく、御身もまた余を憐れむの後、はじめて全く御身を思うべし」
 太后曰く。「すでにかくのごとし。わらわが廷尉を恋うるの心、廷尉がわらわを棄てざるの思いより倍するあり」
 廷尉曰く。「いかにしてこれを知らん」
 太后曰く。「かくのごときのみ」と口を接す。
 廷尉心すでに初めて舌を長うす。
 太后もまた舌を長うして報い、送迎数回習々として声あり。
 廷尉曰く。「余が舌、なお悪しきや」
 太后曰く。「いな良し。わらわが一身を蕩かす。その味わい百種の美味に過ぎたり。それ永くわらわに饗せよ」
 廷尉曰く。「なお美を添えん」酒を含んで太后に吸わしむ。
 太后また含んで報ゆ。献酬時あり。また菓子をとりて相噛み相ほす。
 授与みな舌をもってす。すでにともに醺然たること十分。
 まぶた互いに桜花を浮かぶ。
 太后曰く。
「さらにすでに深からんとす。早く誓言を聞くことを得ん」と。
 廷尉曰く。「御身が心、とくに錦旗に関するのみ」と。
 太后眼裡の紅彩まなじりに集まり、ななめに廷尉を見てその膝をつまむ。
 廷尉曰く。「痛し」
 太后その膝を打って曰く。
「これ何の涙痕ぞ。君なおわらわを娼視するか」
 廷尉曰く。「なお臥して験せんのみ」

五 それ軒げよ、それ輊げよ
 銀燭金屏を照らして瓶花明らかに、錦衾春暖こうして灯心煙り薫ず。三重の軟褥鴛鴦遊び、珊瑚の枕頭酒と水を備う。
 佳人玉櫛をあげて鬆ほうを整うは先の羞態を恥ずるなるべく、紅粉を加えて粧いを補うは後の媚びを添えんとてなり。
 廷尉目を細うしてこれを見るに、衿の白きはかげろうのごとく、唇の紅きはさざんかに似たり。
 行きて上着を脱すれば肌着緋然としてきたり、紫白の腰を約して長く前に垂るるは重ね上着の朱を奪わんと競うなり。
 立って徘徊すれば細腰たおやかとして、あたかも柳の風に堪えざるがごとく、坐して艶殺するは盆上の蘭花に似たり。
 恍として坐視する久しゅうして足らず。俯してまた見て自ら帯を投ず。太后悦ばず、灯火を剪って黙思低頭す。
 ただ見る海棠の露にたわむに等しきを。廷尉呼べども応えず。
 廷尉引くところの袖を払いて背身す。
 廷尉大いに笑い、立って錦旗を取り、再座し、すなわち誓言して曰く。
「日月我を照らし、我に佳人を授く。いま佳人と誓うてともにこの錦旗を汚さん。もし誓うところ違うなくんば、永く祐けを垂れて佳人とともに楽しましめよ。もし誓うところ背かば、日月神明すなわち罪を我が身に授けん。すなわち誓うところは、この佳人を安んじ維盛を救うて子孫永く、もって恩人重盛の徳に報いん。日月神明それこれを饗けよ」と。誓い終わり、錦旗をのべて臥床に加え、廷尉その上に臥す。
 太后もまた合掌し、拝み終わりて笑みを含み、立ちてふすまを上げ、廷尉を蔽う。廷尉その手を引く。
 太后曰く。「しばらくおけ。帯を解かん」
 廷尉曰く。「衾中においてせよ」すなわち衾を蔽うて相擁す。
 太后臥して帯を解く。
 廷尉手を細うして股を穿ち、太后のへそをひねる。
 太后その手を握り、一剛一柔互いに応答す。廷尉衣を開いて招呼す。太后面を蔽う。廷尉乳を引く。太后その手をとる。廷尉力輓す。
 太后転々として廷尉の寝衣に入る。
 裸体にしてただ腰辺一紅羅をまとうのみ。
 廷尉すでに懐中に擁し堅く肌えを接す。
 右手は敷いて太后の肩と枕の間にあり、左手太后の背を撫す。
 その肌え玉のごとし。むべなるかな。
 太后は深閨に養われ、禁闕に起臥し、ただ身に接するものは軽羅と竜体のみ。風侵すあたわず、寒暑迫るあたわず、全身瑠璃のごとくなり。
 廷尉背となく、尻となく、あるいは擁し、あるいは摩す。
 太后もまた手を廷尉の上へ相擁して粘着凝固一塊となり、間に水を洩らすべからず。
 鼻口ほしいままに相接して、軟舌は徐々として往き、またきたり。
 芙蓉露深うして花びらに満つれば、互いに飲んで咽に声あり。
 太后静かに廷尉の舌を噛んで曰く。
「夕時の戯言はただかくのごときのみ」
 廷尉指頭にて太后の腋の下を衝く。
 太后俄然として身を転じて曰く。「ああ」と。
 すなわち頭をあげて灯火を吹く。
 廷尉急にその口を吸い、引いて再び枕を合わす。
 太后曰く。「灯火明らかにしてわらわ恥多し」
 廷尉曰く。「他の目なし。何の恥かあらん。
 それ美人を擁するは、その愉快面を見るにあり。
 しからずんばいずくんぞ盲者の花を弄するに異ならん。
 決して消すを用いざれ」太后顔を衾中に挟む。
 廷尉曰く。「御身、みだりに誓詞を求む。余すでにこれに従うは、御身の親しく視るところのごとし。御身また余に誓詞なからんや」
 太后顔を現わして曰く。
「すでにともに神を拝せしは、また君の知るところなり」
 廷尉曰く。「微言を聞くあたわず。請うさらにその詞を聴かん」
 太后また顔を隠して言なし。
 廷尉頭を上げ言って曰く。「御身誓いを欲せざるか」
 太后低語して誓って曰く。「ただ廷尉のなすところに従うのみ。
 違わば罰あらん。他に誓うべきあらば君教えよ」と。
 廷尉笑って足を伸べ、脚太后の股間を穿ち、拇指を玉心に挟む。
 太后急に手を払い身を背く。
 廷尉曰く。「それ神明の罰あらん」手を引いて麟角に当つ。
 太后掌を開いて辞す。
 廷尉曰く。「また誓詞に背くか」
 太后わずかに繊手を掛く。柔かなること萌芽のごとし。廷尉鼓腹す。
 太后手を収む。廷尉すなわち両手に太后の腰を引く。
 太后身を屈してえびのごとく、尻すなわち廷尉の臍下に接す。
 廷尉少し退き、右手に軽羅をかかげ、左手に玉心を開き、火竜ただちに玉口を攻む。太后声を呑む。玉内狭くしてきしむ。
 廷尉進んで揺突し、すでにわずかに五分のみ没す。
 太后曰く。「ああ、いたし」
 廷尉曰く。「御身が齢にしてなおこれを言うか」
 廷尉ついに太后のよくするあたわざるを察し、鉾を収めて膝起し、手立して太后にまたがる。太后すなわち仰身して首を傾け瞳朧なり。
 廷尉静かに右膝をもって左膝を、また左膝をもって右膝を開き、両股を太后の股間に集め、胸を合わせて静かにこれに乗る。
 太后の繊手廷尉を約締す。
 廷尉左手をもって太后の頚を引き、右手を玉口に移す。
 太后曰く。「また指玩するか」
 廷尉曰く。「否。わずかに滂液を促すのみ」
 すでにして双扇を排し、紫竜はじめて洞口に臨み、出没ついに全身を潜む。
 太后曰く。「ああ」
 廷尉曰く。「ああ、いかがぞ」
 太后曰く。「美なり」
 廷尉曰く。「なお美を添えん。この股を余が腰に、この踵を尻の上に。
 それかくのごとし。しこうして余が抵抗に応じて御身、軒輊せよ」
 すなわち右手にその尻を抱き、曰く。「それ()げよ」
 太后曰く。「ああ」
 廷尉曰く。「それ()げよ」
 太后曰く。「ああ」
 廷尉曰く。「それ軒げよ、それ輊げよ」
 太后曰く。「ああ」
 廷尉曰く。「指玩といずれぞ」
 太后曰く。「比すべからず」
 廷尉曰く。「先帝もまたかくのごときか」
 太后曰く。「否、いまや幾層か勝りて美なり。ああ、すでによし、すでによし」四孔の鼻息矢を射るがごとく、二口の呼吸火をあおぐがごとし。
六 双身の力を合わせともに長太息「ああ」

 寒灯風触れ閃々として焔翻り、ひとり沈力あり。
 戛々として珊瑚鳴る。
 温肉汗を蒸して雲を生じ、香露肌えに凝って雨滴る。
 巫山の夢か仙窟の遊びか。廷尉時に齢二七。
 鬼一が深閨に舞鶴を蕩かし、青墓の後房に浄瑠璃を泣かしむ。
 天授無双の奇略ありて勢いもとより強なり。
 その陽根の勇猛なる木のごとく、石のごとく、十分に酒気を添えたるその熱きこと火のごとし。太后の齢廷尉に二歳の姉たり。
 およそ婦人は三十前後をその風味となす。
 実に太后十五にして先帝に侍す。
 先帝は時に齢十一、何の術かよくせん。
 帝を胤する怪しむに足るのみ。爾後柔弱十年を経て崩ず。
 太后真に佳味あるを知らざるやむべなり。
 いま廷尉の教授、一を聞いて二を知る。
 腰頭ただに軒輊するのみならず、高く廻して低くひねり、自ら玉心を鼓するの美味を悟り、やや巧みを覚えて廷尉に応う。
 廷尉その敏きを愛して生来の鍛錬一時に尽し、消磨六韜三略の秘奥を究む。太后心神すでに身を脱し、咽喉の発声は病者の苦悩にわめくがごとく、頭を揺すりて高く進むは患熱の煩悶に堪えざるがごとし。
 汗流れて茵蓐を浸し、枕倒れて牀外に落つ。
 廷尉さらに陽根をそびやかし、浅く玉心を摩して深く芳心をつんざく。
 芳心火を噴き、沸湯したたり溢れ、芳草に流れて深谷にみなぎる。
 錦旗洪水し太后気死す。
 廷尉たばこを吸うしばしば、ついに煙をその面に吹く。
 太后咳す。紫竜まさに飛びさらんとするに及ぶ。
 太后股を固うしてこれを抑す。
 廷尉曰く。「いかがぞ」
 太后目を少しく開き、廷尉を扼して曰く。
「佳致誠に惜しむべし。ああ。この好郎またわらわ一人を斃す。
 憎むべし、怨むべし。君が心わらわよく知る。醜姿ともに楽しむに足らず、ただ酒興の一戯のみ。ただ聞く、京師に少芥静姫なるものあり、歌舞に巧みに有情の名妓にして君はなはだ鐘愛すと。わらわ、もとより類するあたわずといえども、嬖幸の万分の一を分かたば、娼婦も瞑了するあらん。半活半殺、君それわらわをいかんとするや」
 廷尉曰く。「御身まず楽しむ、すなわち我が楽しみなり。
 余もしこれを楽しまずんば、あにこの秘術を尽さんや。
 しかるにすでにほとんど堪えざるに至る。再戦には必ず敗を取らん。
 ゆえに謹んで気を鎮むるのみ。
 その意、さらに佳術をかえてともにこれを尽さんのみ」
 太后曰く。「ああ、佳致忘るべからず。ああ、それ誠に実なり。
 わらわ、生来初めてこの佳境に入り、初めて君を恋うることを知る。
 ああ、女子もし健児に会わせずんば、ついにこの真美味を知らずして終わらん。ああ、何の幸かこの丈夫に接す。ああ、憐れむべし。
 ああ、佳快」と。ただ病患の譫語のごとし。
 廷尉身を起こし、玉洞竜首の篏するの快を望む。
 太后紅羅を集めてこれを蔽う。廷尉力搴す。
 太后曰く。「ああ、恥多し。なすなかれ」
 廷尉聞かず。かえってさらに一指を玉中へ加えて曰く。
「御身、細棍を不足とするならんや」
 太后両手に面を蔽い、悶えて曰く。「ああ、痛し。まさに裂けんとす」
 廷尉曰く。「むべなり。帝を産まんとして難しかりということや」
 太后曰く。「わらわ、すでに君のために恥を捨て、身体ただ君の心に託す。しかるになおまた何をかなすや」
 廷尉曰く。「妙手あり。試みに知らせん」と。
 すなわち右手に腰を左手に肩を堅く擁し、身を起こしてともに坐しめんとす。
 太后曰く。「ああ、何をかなすや」
 廷尉かろうじて擁起し、静かに趺跏して太后の尻をその上に乗じ、へそを合わせ、股腿に柳腰を抱けば、玉口陽根を含んで密なり。
 廷尉手を伸べ襯衣をとって著すれば、太后すなわち手を穿ち、衾を引いて廷尉を蔽う。
 廷尉背を襯衣の外に出して太后の尻を掣し、襯衣のうちに抱く。
 太后双手に廷尉の襟を握み、頭を己の肩に枕し、顔を横に傾け、唇を斜めにして廷尉の唇に著く。
 長舌往返陽根玉中に動き、花心亀頭を噛む。
 太后曰く。「喜ばしきかな。美骨を透し、快髄に徹す」
 また曰く。「ああ、さらに美なり」
 廷尉曰く。「静かに腰を転ぜよ」
 太后曰く。「難いかな」
 廷尉曰く。「その踵をしとねに達せよ。膝を屈せよ。なおやや股を開け。すなわち尻をひねって抵抗し、節を合わせて操れ」
 太后これを試む。去来自在満身ただ摩するがごとし。
 廷尉曰く。「余もまた美快迫る。願わくば酒気をうるおい忍んで御身とともにせん。御身、それ酒に達せよ」太后左手を放って酒瓶をとる。
 このとき陽根少し玉口を出づ。廷尉急にたもとを探って一粒の仙丹を取り、秘かに亀頭に挟んで直ちに玉心を衝く。
 太后酒を銜えて廷尉の口に注ぐこと十数次に及ぶ。怪しむべし。
 玉心たちまちきん衝を起こし、にわかに痒きがごとく疼くがごとく、ほとんど名付くべきの辞を知らず。
 覚えず酒瓶を投じて廷尉に力捻し、我を忘れて腰尻を揺動す。
 けだし揺動を急にすれば痒舂随ってはびこり、痒疼に乗じて揺動すれば美快いかんともいうべからず。
 すなわち叫んで曰く。
「ああ、それ、いかにせん、いかにすべき。わらわすでに堪えざらんとす。ああ、それ、まさに堪えざらんとす。君もまたともにせよ」
 声戦き歯切りただ狂者のごとし。
 玉内火のごとく洞口ゆらぎ、しきりに声あり。
 困竜熱しただれてかたちをとろかさんとす。
 両背四腕相緊擁し、鼻口六穴鶴涙相応じ、さらに双身の力を合わせ、ともに長太息しばしばにして相均しく曰く。「ああ」
 紫藤花すでに収まり、しゃくやくしべ破れて宿雨全く滴り、凌霄高くめぐりて梢外にはびこり、松樹根浅くして相擁し、ともに倒る。

七 牡丹花上露滴り尽す

 香篆烟り絶えて残芳薄く、灯花露涸れて焔ようやく短し。
 錦衾身を労して湿気少なく、春風夜深うして軽寒多し。
 廷尉ひとり覚めて枕を求め、眼を開きて静かに盗み見れば、太后身を合わせて我が上にあり。
 海棠眠り熟して花香を含み、合歓いまだ醒めずして天明くること遅し。
 顔を圧するに紅頬は滑利として瓊瑶のごとく、股を重ねるに跨肉は軟らかにしてかつ温かなり。廷尉試みに脣を舐めれども応えず。
 跨を押せども驚かず、ただ藤花のたなに架かるがごとし。
 廷尉恋情さらに切にして陽根たちまち蘇起す。
 廷尉指開するに、太后なおいまだ覚めず。
 廷尉足を掲げて衾を引き、手を長うして取って太后とともに蔽えば、亀頭玉階を登る半ばに過ぎて太后初めて驚き覚め、眼やや開きて莞爾たり。
 廷尉曰く。「いかん」
 太后曰く。「まことに疲労を知る」
 廷尉曰く。「休まんか」太后莞爾たるのみ、語なし。
 廷尉曰く。
「なお術あり。この踵をここに集め布いて臣が天下の礎とせよ」
 太后言のごとくすれば、陽根全く陰心に達す。
 太后曰く。「ああ、至らざるなし」
 試みに要所に迫れば曰く。
 「さらに美快。ああ好郎、ああ可憐、いかにしてか飽丁せん」
 双袖廷尉の頭を包んで緊く脣を接す。
 廷尉曰く。「渇、甚だし。願わくば太后を労せん」
 太后曰く。「酒か水か」
 廷尉曰く。「水なるかな」
 太后手を伸べて水を取るに、乳房廷尉の面上に垂る。
 廷尉舌を長うしてこれを舐む。
 太后笑って曰く。「美なりや」
 廷尉曰く。「美なり」
 太后手づから水を取って曰く。「憐れむべし。児、よく含め」
 すなわち水を口に注するに数次、廷尉曰く。
「美なり。臣、この恩遇をかたじけのうす。味わいさらに骨髄に徹す」
 太后怪しみ問うて曰く。
「わらわ、すでに深く愛情を得て衷心君を恋うるや切なり。
 ゆえに君を良人視す。君よろしく妻視、妾視せよ。
 まことに楽しむべし。いまなお何ぞ臣称するや」
 廷尉曰く。「太后いまだ知らず、各手みな法あり。
 はじめ指を労するを探索といい、その次、尻を抱くを逆縁という。
 次に臣乗るを本間にして、坐して擁するを茶臼という。
 いまなすところはすなわち地天泰と称す。探索逆縁は主客なり。
 互いに饗応するを旨とす。本間茶臼は夫妻なり。
 ただ楽しみを専らとす。それ地天泰におけるや君臣なり。
 敬を主とす。あに臣称せざらんや」太后驚き降りらんとす。
 廷尉擁して横臥し、枕を拾うて太后の授く。
 顔また合い陽根依然として深し。
 太后曰く。「これをいかんという」
 廷尉曰く。「すなわち横着なり」
 太后曰く。「何に用いるところなりや」
 廷尉曰く。「身分相等し。すなわち正妻の遇のみ」
 太后悦ぶ。
 廷尉曰く。「六種の変化、いずれが最も美なる」
 太后曰く。
「本間と茶臼なるかな。しこうして茶臼には君、専らに別手を施さざるや。いまなお余味のあるなり」
 廷尉曰く。「いまだし。女悦の一術、唯一武臣のわざのみ」
 太后また廷尉の口を指突す。
 廷尉曰く。「吐々、ああ、からし」と。
 廷尉もまた報ゆ。
 太后また 「とと」。
 廷尉笑うて太后の手を握り、二指相合してひとしく四脣の間にはさみ、相ともに嘗む。
 曰く。「互に以って怨みなけん」
 太后曰く。「わらわすでに孕めるなきや」
 廷尉曰く。「御身、すでに前後の両路を開く。よく知るべきのみ」
 太后曰く。「終始ただその何の故たるを知らず。
 いま君がなすところに比すればさらに無味、しこうして得たり。
 ああ、茶臼の美事まさに子を入るるに足る。
 はたしてこれあらば、君、それこれをいかんとする」
 廷尉曰く。「その児はなはだ尊からん」
 太后曰く。「よく君に類せば、はたして叡智天下に冠たらん。
 茶臼にして果たして皇帝を得れば、君さらに皇妹をつくれ。
 わらわ、はなはだ女児を愛す。ああ、長談舌渇けり」
 廷尉曰く。「水か酒か」
 太后曰く。「否」
 廷尉曰く。「かくのごときか」と舌を交へ吸々密々脣に声あり。
 廷尉右手に股を上げ、膝を高うして肩に及ぶ。
 股広げてみののごとし。廷尉迫って緊く接す。
 両腿合して間髪を入れず。
 廷尉曰く。「ようやく溶化し入らんのみ」
 太后曰く。「入り尽してまみゆるを得ずんば悲しきのみ」
 廷尉曰く。「女児となりて再び出でてさらに御身が鐘愛をうけん」
 太后曰く。「君あり女児あり、一度さらに川字の臥を欲す。
 君信じてわらわを棄つるなかれ」
 廷尉曰く。「女児をつくるを急務とす」
 太后曰く。「ああ、美快迫る。むしろこの美快に死するを得んか。
 君願わくばわらわを事殺せよ。ああ、君の手に死さば本望足る。
 ああ、それ死す」
 廷尉曰く。「鹿のまさに死なんとするや音選ばず。
 太后まさに死なんとする、その言や美し」
 太后曰く。「ああ、美し」
 廷尉曰く。「心魂ようやく遊蕩す」
 太后曰く。「わらわが心魂いずこにか行かんとす。ああ、行かんとす」
 相共に曰く。「それ行かんとす。それ行かんとす。
 ああ、それ行かんとす、ああ、それ行かんとす。
 ああ、それ行けり、それ行けり」
 春池白水迸りて渓澗暖かに、泥亀頭を縮めて草根に伏す。
 牡丹花上露滴り、滴り尽して花びら初めて閉じ、金風やんで雨ようやく収まり、枕頭の燭灯ようやく尽き、涙流れて乾き、珊瑚声ありて夜さらに幽かなり。