一 洛の貞室、須磨の浦の月見にゆきて、「松かげや月は三五夜中納言」と云けん、狂夫のむかしもなつかしきままに、此秋かしまの山の月見んと、思ひ立つことあり。
伴ふ人ふたり、浪客の士ひとり、一人は水雲の僧。
々はからすのごとくなる墨の衣に三衣の袋を衿に打かけ、出山の尊像を厨子にあがめ入てうしろにせおひ、杖引ならして、無門の関もさはるものなく、あめつちに独歩して出ぬ。
今ひとりは僧にもあらず俗にもあらず、鳥鼠の間に名をかうぶりの鳥なき島にもわたりぬべく、門より舟にのりて、行徳と云処に至る。
二 舟をあがれば、馬にものらず、細脛のちからをためさんと、かちよりぞゆく。
甲斐国より或人のえさせたるひの木もてつくれる笠を、おのおのいただきよそひて、やはたと云里を過れば、かまかいが原と云ひろき野あり。
秦甸の一千里とかや、目もはるかに見わたさるる。
筑波山むかふに高く、二峰並び立り。
かの唐土に双剣のみねありと聞えしは、廬山の一隅なり。
雪は申さずまづむらさきのつくば哉
と詠しは、我門人嵐雪が句なり。
すべて此山は日本武尊のことばをつたへて、連歌する人のはじめにも名付たり。
和歌なくば有べからず、句なくば過べからず。
まことに愛すべき山のすがたなりけらし。
三 萩は錦を地にしけらんやうにて、為仲が長櫃に折入て、都のつとに持せたるも、風流にくからず。
きちかう・女郎花・かるかや・尾花みだれあひて、小男鹿のつまこひわたる、いとあはれ也。
野の駒、処えがほ(得顔)にむれありく、又あはれ也。
日既に暮かかるほどに、利根川のほとりふさと言処につく。
此川にて鮭のあじろと云ものをたくみて、武江の市にひさぐものあり。
宵のほど、其漁家に入てやすらふ。
よるのやどなまぐさし。
月くまなくはれけるままに、夜ふねさし下して、鹿島に至る。
ひるより雨しきりに降て、月見るべくもあらず。
四 麓に 根本寺のさきの和尚、今は世をのがれて、此処におはしけると云を聞て、尋ね入て臥ぬ。
すこぶる人をして深省を発せしむと吟じけん、しばらく清浄の心をうるに似たり。
暁の空いささかはれ間ありけるを、和尚おこし驚し侍れば、人々起出ぬ。
月の光、雨の音、只あはれなるけしきのみむねにみちて、いふべきことの葉もなし。
はるばると月見に来たるかひなきこそ、ほいなきわざなれ。
かの何がしの女すら、時鳥の歌えよまで帰りわづらひしも、我ためにはよき荷担の人ならんかし。
おりおりにかはらぬ空の月かげも ちぢのながめは雲のまにまに 和尚
月はやし梢は雨を持ながら 桃青
寺にねてまことがほなる月見かな 桃青
雨にねて竹おきかへる月見かな 曽良
月さびし堂の軒端の雨しづく 宗波
五 神前
此松の実ばえせし代や神の秋 桃青
ぬぐはばや石のおましの苔の露 宗波
膝折やかしこまりなく鹿の声 曽良
田家
かりかけし田面の鶴や里の秋 桃青
夜田かりに我やとはれん里の月 宗波
賤の子や稲すりかけて月をみる 桃青
芋の葉や月まつ里の焼ばたけ 桃青
野
ももひきや一花すりの萩ごろも 曽良
花の秋草にくひあく野馬かな 曽良
萩原や一夜はやどせ山の犬 桃青
帰路自準に宿す
塒せよわら干宿の友すずめ 主人
秋をこめたるくねのさし杉 客
月見んと汐ひきのぼる舟とめて 曽良
貞享丁卯仲秋末五日