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山家学生式
原文 国宝何物 宝道心也 有道心人 名為国宝
 故古人言 径寸十枚 非是国宝 照千一隅 此則国宝 ……
読み 国宝とは何物ぞ。宝とは道心なり。道心あるの人を名づけて国宝となす。
 故に古人言く
径寸十枚、これ国宝に非ず。照千一隅、これ即ち国宝なりと。……
照千一隅は次の故事を最澄が引用している。
 魏王が威王に問うて言った。「王も宝を持っておられるでしょう。」威王が「持っておりません」と言うと、梁王は、「わたしの国などは小国ですが、それでも直径一寸の珠で車の前後それぞれ十二乗を照らすものが十個あります。万乗のあなたの国に、どうして宝のないわけがありましょう」と言った。
 すると威王が、「わたしが宝とするのは、王のお考えと違っています。わたしの臣下に檀子という者がおり、南境の城を守っていますが、そのため楚人は、東のほうに冦あだして土地を取ろうとせず、泗水地方の十二諸侯はみな来朝しました。わたしの臣下に はん子という者がおり、高唐を守っていますが、そのため趙人は、東のほう河水で漁りしようとはいたしません。わたしの役人に黔夫という者がおり、徐州を守っています。このため燕人は斉の北門で祭り、趙人は斉の西門で祭って福を受けようと祈り、燕・趙の民で移住して来たものが七千余戸あります。わたしの臣下に種首という者がおり、盗賊に備えていますが、そのため道に落とし物があっても拾う者がありません。この四つの宝は千里をも照らしましょう。何と車十二乗ぐらいのものでしょうか」と言った。魏の恵王は恥じ入り、不興の体で去った。(史記 世家篇 田敬仲完世家第十六
一隅を(于)照らす」ではなく「一隅千を照らす」である。多くの宗教学者はこう解釈しているが「一隅を照らす」に固執している宗派もある。「一隅を照らす」は「脚下照顧」の印象と混同したものか。なお比叡山中屋外にある碑も「照千一隅此則國寶」である。右最澄自筆の山家学生式の一部「照千一隅」と書かれている