烏山城

 野州烏山は栃木茨城の境、那珂川中流、八溝山から筑波山へ続く低い山並のほぼ中央にある。
 山と川に挟まれ少し開けた平地には昔から人が住み着き、中世から近世にかけては数百戸から千戸を越す城下町になったが、そう広くない土地は歴史の脚光を浴びることなく、またこれからも一地方の町として静かに時代を重ねて行くことでしょう。
 野面積みの石垣が残る城山を散策するときの資料に町史から抜粋しました。

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場 所:八高山(204b)山頂一帯・臥牛城
城 域:東西873b 南北1,300b(26万4千坪)
城 郭:
 旧本丸地:東西64b 南北58b(1,020坪)
 旧 本 丸:茅葺きの館 築後130余年16世紀中頃焼失

 二の丸地:旧本丸焼失後の本丸 旧本丸南東 東西70b 南北81b(1,750坪)
 三の丸地:城山南東山麓 七曲がり口北の住居 東西94b 南北130b(3,744坪)
 武具庫地:二の丸南西 東西23b 南北29b(208坪)
 太鼓櫓地:七曲がり口中腹 東西20b 南北47b(286坪)

 登 城 口:当初釜ヶ入り(城山南西の沢)、後七曲がり(東南)、十二曲がり(東)

通史

西暦 歴代 記  事
1414
1418
1



1 沢村五郎資重(8万石) 那須余一宗隆子孫、沢村氏を嗣ぎ矢板市の沢村城に住む。
 烏山町下境の稲積舘に移る。那珂川東岸の平群山頂と比較し築城
1434 2 2 那須越後守資持
1493 3 3 資実 ・二の丸(常磐郭)を築き移住
  4 4 資房
  5 5 政資
  6 6 高資 天性寺に墓碑
1560 7 7 資胤 ・大桶村の牛頭天王を勧請・爾後祭礼に山車、舞台、仕掛山が加わり山上げ祭に。
1590 8 8 資晴 ・所領没収(小田原参陣に遅れ秀吉の怒りを買う)8代172年間城主
  9

1 織田信雄(2万石) 信長の2男。伊勢、尾張、伊賀170万石所領。
 三河、遠江、甲斐、信濃を与えられるも信長の遺領に拘り秀吉の怒りを買い佐竹義宣に預けられ70人の家臣と転封。「常真」と号して旧泉渓寺に留まり謹慎し2ヶ月後秋田に転封。
 同町天性寺の信長の位牌と伝えられる裏に「天正十壬年常心安置之者也」の記があるが滞在した年が8年違いまた「常心」は「常真」の法号であり信雄没後に記したものである。
1591 10



1 成田下総守氏長(2万石→3万7千石) 小田原北条氏政の臣、忍城主。
 秀吉小田原攻めの時石田三成、宇都宮国綱、佐竹義宣の水攻めに北条方で唯一落城せず。
 開城後蒲生氏郷の客分として会津へ行き、一揆鎮圧出陣中留守役に妻子を殺され一人残った娘の甲斐姫と留守役を討つ。甲斐姫は秀吉の側室となる。
  11 2 泰親
  12 3 重長
1622 13 4 泰之 ・後嗣なく、後継者問題で家禄没収  4代33年間城主
1623 14

1 松下石見守重綱(2万石) 松下嘉兵衛の孫。今川滅亡後浪人。
 有馬温泉で入浴中秀吉に見つけられ7千石の旗本に。後徳川に従う。常陸小張から転封。
・4年後二本松へ5万石で転封。
1627
1650
15


1 堀美作守親良(2万5千石) 堀秀政の2男。真岡1万7千石から移る。
・側室の子「お六姫」は、家老の嫡子に嫁ぎ長子を産んだが、夫は父の後妻と通じ、 逆に父と密通していると虐待され、21歳で無実であるとする遺書を残して自害。
  妾腹異母兄の2代城主親昌は、家老の嫡子(2百石)を打ち首、家老(5百石)とその後妻を追放し、遺児は親昌の室が養育。「お六姫」の位牌が同町天性寺にある。


1659
1672

16 2 親昌
・幕府から大名が山城に住むことを禁じられ、山麓の七曲がり口に三の丸を築き住む。
・信州飯田へ移封。菩提寺の滝田東江寺を江戸へ移し山門を滝の観音の仁王門として残す。
 2代46年間城主
  17

1 板倉重矩(3万3千余石→5万石) 伊達騒動を裁いた。三河から赴任。
1681 18 2 重種 城内の区画整理 ・岩槻へ6万石で転封 2代9年間城主
  19

9 那須遠江守資祇(2万石) 4代将軍家綱の母の弟。那須家養子。8代後92年で再興
1687 20 10 資徳 ・養父資祇の妾腹の子と家督を争い改易 2代7年間城主
1702 21
1 永井伊賀守直敬(3万石) ・浅野家後の播州赤穂へ移封 15年間城主
  22    幕府代官 比企長左衛門
1703 23

1 稲垣対馬守重富(2万5千石) 若年寄。上総大多喜から。
1725 24 2 昭賢 ・鳥羽へ移る。 2代24年間城主
  25




1 大久保常春(2万石→3万石) 江州三雲から。8代将軍吉宗の代の若年寄り、老中。
 束帯姿座像と鎧兜が屋敷町寿亀山神社本殿に、軍扇2本が宮原八幡宮にある。
  26 2 忠胤
  27 3 忠卿
  28 4 忠喜

1805


1826

29 5 忠成  安達文中に詩を学び書を好む。5年間の荒地年貢を免除。間引き禁止。
 追放村払い者を放免。出生児に奨励の金品を与え名付け親となる。
 7歳児全員を三の丸へ招き拝謁を許す。
・烏山農用水掘り抜き隧道工事

1827
1836


1838

30 6 忠保
・家老が天性寺の円応和尚と相談し二宮尊徳の「烏山仕法」を開始。
  円応は尊徳から70俵の米を借り天性寺下「お救い小屋」で粥給食を行う。
  天性寺に天保凶荒救済記念碑
・忠保の大阪加番役料残金他300両の配分をめぐって家中に内紛が起こる。
1848 31 7 忠美(4万余石)
1864
1869
32 8 忠順
 ・版籍奉還(草高3万石、現7千5百余石) 8代144年間城主
明治   9 忠春
〃5
〃6
現代
  ・三の丸2bの積雪で潰れる。
・二の丸焼失

10 忠訓 浜松で外科医
      ・小説「蛇姫様」は15代城主堀美作守親良の側室の娘「お六姫」の話、30代大久保忠保時代の内紛、さらに何代目かの城主の盲目の姫の屋敷に白蛇がいたという伝えを川口松太郎が小説にしたもの。
 「お島千太郎旅歌」はこれが映画化されたときの唄。伊藤久夫、後に美空ひばりが歌っている。