北村透谷詩集 北村透谷


  夢中の夢
 
 嗚呼かく弱き人ごゝろ、
 嗚呼かく強き戀の情、
 
   朝靄の歌
 
 もらすなよあだうつくしの花、
 消ゆる汝共に散るものを、
 うつくしとても幾日經ぬべき、
 盛りと見しははやすたり
 
   春駒
 
   第一 門出
 
 北風に窓閉されて朝夕の
   伴ともとなるもの書ふみと爐火ゐろり
 軒下の垂氷つらゝと共に心むねこほ
   眺めて學ぶ雪達摩、
    けふまでこそは梅櫻、
    霜の惱みに默しけれ。
 
 霜柱きのふ解けたる其儘に
   朝風あさかぜぬるしけふ夜明け、
 書ふみの窓うぐひすの音に開かれて、
   顏さし出せば梅の香や、
    南か北か花見えず、
    いづこの杜もりに風の宿。
 
 耳澄まし暫く聞けば鶯とりの音
   「春」てふものをおとづれぬ。
   × × × × × × × ×
 書ふみとぢよ、筆措けかしといざなふは
   いづこに我をさそふらん。
    冬に慣れにし氣は結び、
    杖ひき出づる力なし。
 
   ひとむち當てゝ急がなん。
    花ある方かたよ、わが行くは、
    ゆふべの夢の跡戀し。
 
   第二 霞の中
 
 來し道は細川までを限りにて
   霞に迷ひうせにけり、
 春の駒ひとこゑ高く嘶けば、
   吾が身もやがて烟けむの中うち
    戀にむせびてうなだるゝ、
    招きし花はいづこぞや。
 
 夢にまでうつりし花の面影を
   訪ね來て見れば跡もなし、
 深山路の人家ひとやもあらず聲もせぬ、
   廣野ひろのの中なかにわれひとり;
    かこつ泪なみだや水の音、
    花ある方にそゝげかし。
 
 おりたちて清水飮まする駒の背
   撫でさすりつゝ又一ト鞭、
 勇めどもいづれをあてとしらま弓;
   思ひ亂れて見る梢こずゑに、
    鳥の鳴く音ぞかしましき。
 
 立ち籠むる霞の彼方かなたに驅入れば、
   小高こだかき山に岩とがり、
 枯枝かれえだは去歳こぞの嵐に吹き折られ、
   其まゝ元梢もとえに垂れかゝる;
    さびしさ凄すごし、たれやたれ、
    われを欺き、春告げし。
 
 駒かへしこなたの森の下道したみちを、
   急ぎ降くだれば春雨はるさめの、
 振りいでゝしよぼぬるゝわが足元を、
   かすかにはたく羽はねの音おと
    かなたへ隱れて間もあらず、
    鳴く聲きけば雉子きゞすなり。
 
   春は來ぬ
 
 今日はじめて春のあたゝかさ覺えぬ、
 風なく日光いつもよりほがらなり、
 
   地龍子
 
 行脚の草鞋紐ゆるみぬ。
 胸にまつはる悲しの戀も
 思ひ疲るゝまゝに衰へぬ。
 と見れば思ひまうけぬ所に
 目新らしき花の園。
 
 人のいやしき手にて作られし
 物と變りて、百種の野花
 思ひ/\に咲けるぞめでたき。
 何やらん花の根に
 うごめく物あり。
 眼を下向けて見れば
 地龍子みゝずなり。
 
   みゝずのうた


 この夏行脚してめぐりありけるとき、或朝ふとおもしろき草花の咲けるところに出でぬ。
 花を眺むるに餘念なき時、
 わが眼に入れるものあり、
 これ他の風流漢ならずして一蚯蚓なり。
 をかしきことありければ記しとめぬ。

 わらじのひものゆるくなりぬ、
 まだあさまだき日も高からかに、
 ゆふべの夢のまださめやらで、
 いそがしきかな吾が心、さても雲水の
 身には恥かし夢の跡。
 
 つぶやきながら結び果てゝ立上り、
 歩むとすれば、いぶかしきかな、
 われを留むる、今を盛りの草の花、
 わが魂は先づ打ち入りて、物こそ忘れめ、
 この花だにあらばうちもえ死なむ。
 
 そこはふは誰ぞ、わが花の下を、
 答へはあらず、はひまはる、
 わが花盜む心なりや、おのれくせもの、
 思はずこぶしを打ち擧げて
 うたんとすれば、「やよしばし。
 
 「おのれは地下に棲みなれて
 花のあぢ知るものならず;
 今朝わが家を立出でゝより、
 あさひのあつさに照らされて、
 今唯だ歸らん家を求むるのみ。
 
 「おのれは生れながらにめしひたり、
 いづこをば家と定むるよしもなし。
 朝出る家は夕べかへる家ならず、
 花の下にもいばらの下にも
 わが身はえらまず宿るなり。
 
 「おのれは生れながらに鼻あらず、
 人のむさしといふところをおのれは知らず、
 人のちりあくた捨つるところに
 われは極樂の露を吸ふ、
 こゝより樂しきところあらず。
 
 「きのふあるを知らず
 あすあるをあげつらはず、
 夜こそ物は樂しけれ、
 草の根に宿借りて
 歌とは知らず歌うたふ。」
 
 やよやよみゝず説くことを止めて
 おのがほとりに仇あるを見よ;
 智慧者のほまれ世に高き
 蟻こそ來たれ、近づきけれ、
 心せよ、いましが家にいそぎ行きね。
 
 「君よわが身は仇を見ず、
 さはいへあつさの堪へがたきに、
 いざかへんなん、わが家に、
 そこには仇も來らまじ、安らかに、
 またひとねむり貪らん。」
 
 そのこといまだ終らぬに、
 かしこき仇は早や背に上れり、
 こゝを先途と飛び躍る、
 いきほひ猛し、あな見事、
 仇は土にぞうちつけらる。
 
 あな笑止や小兵者、
 今は心も強しいざまからむ;
 うちまはる花の下、
 惜しやいづこも土かたし、
 入るべき穴のなきをいかん。
 
 またもや仇の來らぬうちと
 心せくさましをらしや;
 かなたに迷ひ、こなたに惑ひ、
 ゆきてはかへり、かへりては行く、
 まだ歸るべき宿はなし。
 
 やがて痍いたみもおちつきし
 敵はふたゝびまとひつく;
 こゝぞと身を振り跳ねをどれば、
 もろくも再びはね落され、
 こなたを向きて後退あとじさる。
 
 二つ三つ四ついつしかに、敵の數の、
 やうやく多くなりけらし、
 こなたは未だ家あらず、
 敵の陣は落ちなく布きて
 こたびこそはと勇むつはもの。
 
 疲れやしけむ立留まり、
 こゝをいづこと打ち案ず;
 いまを機會しほぞ、かゝれと敵は
 むらがり寄るを、あはれ悟らず、
 たちまち背には二つ三つ。
 
 振り拂ひて行かんとすれば;
 またも寄せ來る新手のつはもの;
 蹈み止りて戰はんとすれば
 寄手は雲霞のごとくに集りて、
 幾度跳ねても拂ひつくせず。
 
 あさひの高くなるまゝに、
 つちのかわきはいやまして、
 のどをうるほす露あらず、
 悲しやはらばふ身にしあれば
 あつさこよなう堪へがたし。
 
 受けゝる手きずのいたみも
 たゝかふごとになやみを増しぬ。
 今は拂ふに由もなし、
 爲すまゝにせよ、させて見む、
 小兵奴らわが背にむらがり登れかし。
 
 得たりと敵は馳せ登り、
 たちまちに背を葢ふほど;
 くるしや許せと叫ぶとすれど、
 聲なき身をばいかにせむ、
 せむ術なくてたふれしまゝ。
 
 おどろきあきれて手を差し伸れば
 パツと散り行く百千の蟻;
 はや事果しかあはれなる、
 先に聞し物語に心奪はれて、
 救ひ得させず死なしけり。
 
 ねむごろに土かきあげ、
 塵にかへれとはうむりぬ。
 うらむなよ、凡そ生とし生けるもの
 いづれ塵にかへらざらん、
 高きも卑きもこれを免のがれじ。
 
 起き上ればこのかなしさを見ぬ振に、
 前にも増せる花の色香;
 汝いましもいつしか散りざらむ、
 散るときに思ひ合せよこの世には
 いづれ絶えせぬ命ならめや。 
 
   一點星
 
 眠りては覺め覺めては眠る秋の床、
 結びては消え消えては結ぶ夢の跡。
  油や盡きし燈火の見る見る暗に成り行くに、
  なかなかに細りは行かぬ胸の思ぞあやしけれ。
  罪なしと知れどもにくき枕をば、
  かたへに抛げて膝を立つれど、
  千々に亂るゝ麻糸の思ひを消さむ由はなし。
 今見し夢を繰り回へし、
 うらなふ行手の浪高く、
 迷ひそめにし戀の港は何所なるらむ。
  立出て窓まどをひらけば外の方は、
  ゆきゝいそがし暴風雨を誘さそふ雲の足、
  あめつちの境もわかで黒みわたるぞ物凄き。
  しばし呆れて眺むれば、
 頭かしらの上にうすらぐ雲の絶間より、
 あらはるゝ心あり氣の星一つ。
 たちまちに晴るゝ思ひに憂さも散りぬ。
  人は眠り世は靜かなる小夜中に、
  音づるゝ君はわが戀ふ人の姿にぞありける。
 
   孤飛蝶
 
 つれなき蝶のわびしげなる。
 いつしか夏も夕影ゆふかげの、
 葉風すゞしき庭面にはおもにかろく、
 浮きたるそのすがた。
 黒地くろぢに斑まだらしろかねの、
 雙葉もろはを風にうちまかせ
 花ある方かたをたづね顏。
 
 春の野に迷ひ出でたはつい昨日きのふ
 旭日あさひにうつる菜の花に、
 うかるゝともなく迷ふともなく、
 廣野ひろのを狹まく今日けふまでは。
 思へば今日けふまでは怪あやしく過ぎにけり。
 いつのまに春は過ぎつゝ夏も亦た、
 あしたの宿やどをいかにせむ。
 
 とは見る人の杞憂うれひにて、
 蝴蝶はひたすら花を尋ね舞ふ。
 西へ行くかと見れば東ひがしへかへり、
 東へ飛んでは西へ舞ひもどる。
 うしろの庭をあさりめぐりて
 前なる池を一とまはり。
 秋待顏(あきまちがほ)の萩の上葉(うはば)にいこひもやらず、
 けさのあはれのあさがほに
 ふたゝび三たび羽をうちて
 再た飛び去りて宇宙ちうに舞ふ。
 
 たれか宇宙ちうに迷はぬものやあらむ。
 あしたの雨夕ゆふべの風
 何いづれ心をなやめぬものやあるべき。
 わびしく舞へるゆふべの蝶よ
 ひとりなるはいましのみかは。
 われもさびしくこの夏の、
 たそがれの景色けしきに惑まどふてあるものを。
 
 秋風あきかぜの樹葉このはをからさんはあすのこと。
 野も里もなべてに霜の置き布けば
 草のいのちも消えつきて、
 いましが宿もなかるべし。
 花をあさるは今のまの、
 あはれ浮世の夢なりけり。
 黄金わうごん積むもの、
 權威ちからあるもの、
 たゞしは玉のかんばせの
 佳人たをやめとても、この夢に、
 もるゝはあらじ、あなおろかや。
 
   ゆきだふれ


 病床にありての作なるからに調てうも想さうも常にまして整はざるところ多し。
 讀者の寛恕を乞ふになむ。
○瘠せにやせたるそのすがた、
  枯れにかれたるそのかたち、
    何を病みてかさはかれし、
    何をなやみて左はやせし。
 ○みにくさよ、あはれそのすがた、
  いたましや、あはれそのかたち、
    いづくの誰れぞ何人なにびとぞ。
    里はいづくぞ、どのはてぞ。
 ○親はあらずや子もあらずや、
  妻もあらずや妹いももあらずや、
    あはれこの人もの言はず、
    ものを言はぬは唖ならむ。
 ○唖にもあらぬ舌あらば、
  いかにたびゞとかたらずや。
    いづくの里を迷ひ出て、
    いづくの里に行くものぞ。
 
    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
 ○いづこよりいづこへ迷ふと、
  たづぬる人のあはれさよ。
    家ありと思ひ里ありと、
    定むる人のおろかさよ。
 ○迷はぬはれを迷ふとは。
  迷へる人のあさましさ。
    親も兒も妻も妹いもとも持たざれば、
    闇のうきよにちなみもあらず。
 ○みにくしと笑ひたまへど、
  いたましとあはれみたまへど、
    われは形かたちのあるじにて、
    形かたちはわれのまらうどなれ。
 ○かりのこの世のかりものと、
  かたちもすがたも捨てぬとは、
    知らずやあはれ、浮世人うきよびと
    なさけあらばそこを立去りね。
 
    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
 ○こはめづらしきものごひよ、
  唖にはあらでものしりの、
    乞食こつじきのすがたして來たりけり。
    いな乞食こつじきの物知顏ぞあはれなる。
 ○誰れかれと言ひあはしつ、
  物をもたらし、つどひしに、
    物は乞はずに立去れと、
    言ふ顏つらにくしものしりこじき。
 ○里もなく家もなき身にありながら、
  里もあり家もある身をのゝしるは、
    をこなる心のしれものぞ、
    乞食こつじきのものしりあはれなり。
 ○世にも人にもすてられはてし、
    恥らふべき身を知るや知らずや、
    浮世人とそしらるゝわれらは、
    汝いましが友ならず、いざ行かなむ。
 
    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
 ○里の兒等のさてもうるさや、
  よしなきことにあたら一夜ひとやの、
    月のこゝろに背きけり、
    うち見る空のうつくしさよ。
 ○いざ立ちあがり、かなたなる、
  小山こやまの上の草原くさはらに、
    こよひの宿をかりむしろ、
    たのしく月と眠らなむ。
 ○立たんとすれば、あしはなえたり、
  いかにすべけむ、ふしはゆるめり、
    そこを流るゝ清水しみづさへ、
    今はこの身のものならず。
 ○かの山までと思ひしも、
  またあやまれる願ひなり。
    西へ西へと行く月も、
    山の端ちかくなりにけり。
 
    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
 ○むかしの夢に往來ゆきゝせし、
  榮華の里のまぼろしに、
    このすがたかたちを寫しなば、
    このわれもさぞ哄笑わらひつらむ。
 ○いまの心の鏡のうちに、
  むかしの榮華のうつるとき、
    そのすがたかたちのみにくきを、
    われは笑ひてあはれむなり。
 ○むかしを拙なしと言ふも晩おそし、
  今をおこぞと言ふもむやくし。
    夢も鏡も天あめも地つちも、
    いまのわが身をいかにせむ。
 ○物乞ふこともうみはてゝ、
  食うべず過ぎしは月あまり、
    何事もたゞ忘るゝをたのしみに、
    草枕ふたゝび覺さめぬ眠に入らなむ。
 
   みどりご
 
 ゆたかにねむるみどりごは、
      うきよの外そとの夢を見て、
 母のひざをば極樂ごくらくの、
      たまのうてなと思ふらむ。
 ひろき世界せかいも世の人の、
      心の中うちにはいとせまし。
 ねむれみどりごいつまでも、
      刺とげなくひろきひざの上に。
 
   平家蟹


 友人隅谷某、西に遊びて平家蟹一個を余が爲に得來りたれば、賦して與ふるとて
 神々に、
 みすてられつゝ海そこに、
   深く沈みし是非なさよ。
 世の態は、
 小車のめぐりめぐりて、
   うつりかはりの跡留めぬに、
 われのみは、
 いつの世までもこのすがた、
   つきぬ恨みをのこすらむ。
 
 かくれ家を、
 しほ路の底に求めても、
   心やすめむ折はなく。
 しらはたの、
 源氏にあらぬあまびとの、
   何を惡にくしと追ひ來らむ。
 まどかなる、
 月は波上を照せども、
   この水底は常世暗とこよやみ
 
 あはれやな、
 かしらの角つのはとがりまさり、
   前額ひたひのしわはいやふかし。
 ふたもとの、
 はさみはあれどこの恨み、
   斷ちきる術すべはなかりけり。
 夢なりし、
 むかしの榮華は覺めたれど、
   いまの現實まことはいつ覺めむ。
 
   髑髏舞


 某日、地學教會に於て見し幻燈によりて想を構ふ。
 うたゝねのかりのふしどにうまひして
   としつき經ぬる暗の中。
 枕邊に立ちける石の重さをも
   物の數とも思はじな。
 月なきもまた花なきも何かあらん、
   この墓中おくつきの安らかさ。
 たもとには落つるしづくを拂ねば、
   この身も溶くるしづくなり。
 朽つる身ぞこのまゝにこそあるべけれ、
   ちなみきれたる浮世の塵。」
 
 めづらしや今宵は松の琴きこゆ、
     遠をちの水音みおとも面白し。
 深々しん/\と更けわたりたる眞夜中に、
     鴉の鳴くはいぶかしや。
 何にもあれわが故郷ふるさとの光景ありさま
     訪はゞいかにと心うごく。
 ほられたる穴の淺きは幸なれや。
     墓にすゑたる石輕み。
 いでや見むいかにかはれる世の態を、
     小笹蹈分け歩みてむ。
 世の中は秋の紅葉か花の春、
     いづれを問はぬ夢のうち。」
 
 暗なれや暗なれや實に春秋も
     あやめもわかぬ暗の世かな。
 月もなく星も名殘の空の間に、
     雲のうごくもめづらしや。
 天あめを衝く立樹にすがるつたかつら、
     うらみあり氣に垂れさがり。
 繁り生ふ蓬はかたみにからみあひ、
     毒のをろちを住ますらめ。
 思ひ出るこゝぞむかしの藪なりし、
     いとまもつげでこのわが身、
 あへなくも落つる樹の葉の連となり
     死出の旅路にいそぎける。」
 
 すさまじや雲を蹴て飛ぶいなづまの
     空に鬼神やつどふらむ。
 寄せ來きたるひゞき怖ろし鳴雷なるかみ
     何を怒りて騷ぐらむ。
 鳴雷なるかみは髑髏厭ふて哮たけるかや、
     どくろとてあざけり玉ひそよ。
 昔はと語るもをしきことながら、
     今の髑髏もひとたびは、
 百千もゝちの男をのこなやませし今小町とは
     うたはれし身の果ぞとよ。
 忘らるゝ身よりも忘るゝ人心、
     きのふの友はあらずかや。」
 
 人あらば近う寄れかし來れかし、
     むかしを忍ぶ人あらば。
 天地あめつちに盈つてふ精も近よれよ、
     見せむひとさし舞ふて見せむ。
 舞ふよ髑髏めづらしや髑髏の舞、
     忘れはすまじ花小町。
 高く跳ね輕く躍れば面影の、
     霓裳羽衣を舞ひをさめ。
 かれし咽うるほはさんと溪の面おも
     うつるすがたのあさましや。
 はら/\と落つるは葉末の露ならで、
     花の髑髏のひとしづく。」
 
 うらめしや見る人なきもことはりぞ、
     昨日にかはれる今日の舞。
 纏頭てんとうの山を成しける夢の跡、
     覺めて恥かし露の前。
 この身のみ秋にはあらぬ野の末の
     いづれの花か散らざらむ。
 うたてやなうきたる節の呉竹に、
     迷はせし世はわが迷ひ。
 忘らるゝ身も何か恨みむ悟りては、
     雲の行來に氣もいそぐ。
 暫し待てやよ秋風よ肉なき身ぞ、
     月の出ぬ間にいざ歸かへらむ。
 
   古藤菴に遠寄す
 
 一輪いちりん花の咲けかしと、
    願ふ心は君の爲め。
 薄雲はくうん月を蔽ふなと、
    祈るこゝろは君の爲め。
 吉野の山の奧深く、
    よろづの花に言傳ことづてて、
 君を待ちつゝ且つ咲かせむ。
 
   彈琴
 
 悲しとも樂しとも、
 浮世を知らぬみどりごの、
 いかなればこそ琵琶の手の、
 うごくかたをば見凝るらむ。
 何を笑むなる、みどりごは、
   琵琶彈く人をみまもりて。
 何をか囁くみどりごは、
   琵琶の音色を聞き澄みて。
 浮世を知らぬものさへも、
   浮世の外の聲を聞く。
 こゝに音づれ來し聲を、
   いづこよりとは問ひもせで。
 破れし窓に月滿ちて、
   埋火かすかになりゆけり、
 こよひ一夜ひとよはみどりごに、
   琵琶のまことを語りあかさむ。
 
   彈琴と嬰兒
 
 何を笑むなるみどりごは、
   琵琶彈く人をみまもりて。
 何をたのしむみどりごは、
   琵琶の音色ねいろを聞き澄みて。
 浮世を知らぬものさへも、
   浮世の外そとの聲を聞くなり。
 こゝに音づれ來し聲を、
   いづくよりとは問ひもせで。
 破れし窓に月滿ちて、
   埋火うもれびかすかになり行けり。
 こよひ一夜ひとよはみどりごに、
   琵琶の眞理まことを語り明かさむ。
 
   螢
 
 ゆふべの暉ひかりをさまりて
  まづ暮れかゝる草陰に
 はつかに影を點しるせども
  なほ身を愧づる景色あり
 
 羽虫を逐ふて細川の
  棧瀬をはしる若鮎が
 靜まる頃やほたる火は
  低く水邊をわたり行く
 
 腐草ふさうに生を享けし身の
  月の光に照てらされて
 もとの草にもかへらずに
  たちまち空そらに歸りけり
 
   蝶のゆくへ
 
 舞ふてゆくへを問ひたまふ、
   心のほどぞうれしけれ、
 秋の野面をそこはかと、
   尋ねて迷ふ蝶が身を。
 
 行くもかへるも同じ關、
   越え來し方に越えて行く。
 花の野山に舞ひし身は、
   花なき野邊も元の宿。
 
 前もなければ後もまた、
  「運命かみ」の外には「我」もなし。
 ひら/\/\と舞ひ行くは、
   夢とまことの中間なかばなり。
 
   眠れる蝶
 
 けさ立ちそめし秋風に、
   「自然しぜん」のいろはかはりけり。
 高梢たかえに蝉の聲細く、
 茂草しげみに蟲の歌悲し。
 林には、
   鵯ひよのこゑさへうらがれて、
 野面には、
   千草の花もうれひあり。
 あはれ、あはれ、蝶一羽、
   破れし花に眠れるよ。
 
 早やも來ぬ、早やも來ぬ秋、
   萬物ものみな秋となりにけり。
 蟻はおどろきて穴あなもとめ、
 蛇はうなづきて洞ほらに入る。
 田つくりは、
   あしたの星に稻を刈り、
 山樵やまがつは、
   月に嘯むきて冬に備ふ。
 蝶よ、いましのみ、蝶よ、
   破れし花に眠るはいかに。
 
 破れし花も宿假れば、
   運命かみのそなへし床とこなるを。
 春のはじめに迷ひ出で、
 秋の今日まで醉ひ醉ひて、
 あしたには、
   千よろづの花の露に厭き、
 ゆふべには、
   夢なき夢の數を經ぬ。
 只だ此のまゝに『寂じやく』として、
   花もろともに滅えばやな。
 
   雙蝶のわかれ
 
 ひとつの枝に雙ふたつの蝶、
 羽を收めてやすらへり。
 
 露の重荷に下垂るゝ、
   草は思ひに沈むめり。
 秋の無情に身を責むる、
   花は愁ひに色褪めぬ。
 
 言はず語らぬ蝶ふたつ、
 齊しく起ちて舞ひ行けり。
 
 うしろを見れば野は寂さびし、
   前に向へば風冷さむし。
 過ぎにし春は夢なれど、
   迷ひ行衛は何處ぞや。
 
 同じ恨みの蝶ふたつ、
 重げに見ゆる四よつの翼はね
 
 雙び飛びてもひえわたる、
   秋のつるぎの怖ろしや。
 雄も雌も共にたゆたひて、
   もと來し方へ悄れ行く。
 
 もとの一枝ひとえをまたの宿、
 暫しと憇ふ蝶ふたつ。
 
 夕ゆふげわたる鐘の音に、
   おどろきて立つ蝶ふたつ。
 こたびは別れて西ひがし、
   振りかへりつゝ去りにけり。
 
   露のいのち
 
 待ちやれ待ちやれ、
 その手は元へもどしやんせ。
 無殘な事をなされまい。
 その手の指の先にても、
 これこの露にさはるなら、
 たちまち零ちて消えますぞえ。
 
 吹けば散る、
 散るこそ花の生命とは悟つたやうな人の言ひごと。
 この露は何とせう。
 咲きもせず散りもせず。
 ゆふべむすんでけさは消る。
 
 草の葉末に唯だひとよ。
 かりのふしどをたのみても。
 さて美あまい夢一つ、
 見るでもなし。
 野ざらしの風颯々と。
 吹きわたるなかに何がたのしくて。
 
 結びし前はいかなりし。
 消えての後はいかならむ。
 ゆふべとけさのこの間ひまも。
 うれひの種となりしかや。
 待ちやれと言つたはあやまち。
 とく/\消してたまはれや。

 
 
夢中の夢 朝靄の歌 春駒 春は來ぬ 地龍子 みゝずのうた 一點星 孤飛蝶 ゆきだふれ みどりご 平家蟹 髑髏舞 古藤菴に遠寄す 彈琴 彈琴と嬰兒  蝶のゆくへ 眠れる蝶 雙蝶のわかれ 露のいのち 戻る