土の精神 暮鳥

   縞鯛の唄
 
 折角釣つてはみたものの
 あまりにも
 あまりにも
 小さいので
 そつとまた海に帰した
 一ぴきのかはいい縞鯛
 海にまたかへす
 そのとき
 としよりはかぶりをふつて
 (くひものには
 これではならぬ)
 
   永遠の子どもに就て
 
 おお お前は
 お前はどこにねむつてゐたのか
 なんといふ深い睡りにおちいてゐたのだ
 ほんとにお前は蘇生はつてでもきたやうにみえる
 お前はいつみてもみづみづしく
 お前はいつもいのちに充ち溢れてゐる
 お前はちからだ
 お前はのぞみだ
 お前があるので醜い世界もうつくしく
 そして人間銘々は生きてゐるのだ
 永遠の子どもよ
 永遠の子どもよ
 お前をみうしなつてからの自分が
 どんなにひどくくるしんだか
 くるしみくるしんできたことか
 お前は知るまい
 だがそれでいい
 それでいい
 何もきいてくれるな
 前額にふかい此の皺々
 ふしくれだつた此の手
 さては冬枯れの野面のやうなこころ
 それらについて
 自分はなんにもいひたくない
 自分からいつとはなしにきえうせた永遠の子どもよ
 それでも自分をわすれずに
 よくまあかへつてきてくれた
 おお お前は
 お前はも一どかへつてきてくれた
 草や木のみどりのやうにかへつてきた
 蒼空のとんぼと一しよにかへつてきた
 そしていまもいまとて
 もろこし畑のどこやらで
 鳴くギツチヨンをきいてゐる
 自分のうちにめざめてお前は
 
 それはさうとお前の瞳には
 どうしたものか
 あけぼのの寂しさがある
 
   郊外小景
 
 とほくとほく
 天のはてにみえる
 山脈の
 はつきりとした紫紺色
 そのいただきは
 まつ白だ
 
 よくみると
 その山かげからほそぼそと
 一すぢのうすい煙が立つてゐる
 
 おや、あんなところにも
 自分達とおなじやうな
 人間がすんでゐるのだらうか
 それなら
 あの煙のしたには
 鶏もないてゐるだらう
 子どももあそんでゐるだらう
 
 なんだか
 そこがたいへん
 いい国のやうな気がしてならない
 
 この麦畑の逕を
 まつすぐに
 どこまでもどこまでも
 いつてみたいやうな気がしてならない
 
   朝餉の食卓
 
 ぜいたくのかぎりをつくしたものではないか
 自分達のこの食卓は
 青葱のいつもの
 くさい味噌汁のほか、かうして
 はるばる遠いハコダテのともから
 おくられてきたばつかりの鈴蘭が
 まだいきいきと匂つてゐる
 何といふ朝餉だらう
 それだのに子ども達の
 ちつとも幸福さうでないのを
 さて、どうしたらよからう
 
   遠いふるさと
 
 遠いふるさとの
 その初冬をおもひだして
 自分は郊外にきてみた
 
 父のふるさとがどちらにあるのか
 そのゆくさきざきでうまれる子ども達は
 その方角さへも知らないのだ
 その子どもたちにも
 そちらの雪の山々でもみせようと
 郊外につれだつてきてみた
 けれど もうとつぷりと
 夕靄がたちこめてゐて
 なんにもみえない
 
 ひろびろとした麦畠にでて
 自分達のみたのは
 さびしい電線のはりがねと
 曲りくねつた田舎道
 そのうへをとほく
 おもちやのやうな人力車が一つはしつてゆく
 ただ、それだけ
 
 そんなものをみにきたのではなかつた
 だが、さうしたものでもみてゐると
 はるかに
 はるかに
 その広い郊外のはてに
 山々を越えたあちらに
 いまもむかしのやうに、はやくも
 雪で純白にうづもれてゐるであらう
 自分のふるさとがあり
 自分を手招いてゐるのであつた
 
   春
 
 はるだ
 はるだ
 そしてあさだ
 あめあがりだ
 ああ いい
 
 しつとりぬれたつちから
 たちのぼるすゐじようき
 そのうへに
 ひとむれのはむしがゐる
 こなゆきのやうな
 ごみのやうなはむしだ
 
 ふわふわ ふわふわ
 
 はむしはちつたり
 またかたまつたり
 なんといふ
 たのしさうなことだらう
 
 ふわふわ ふわふわ
 
 わづかにいちにち
 せいぜいふつかのいのちだけれど
 ああしてはむしは
 そのいのちのかぎりを
 たのしんでゐるのだ
 
 みんないつしよにむつまじく
 ふわふわ ふわふわ
 はるのあさの
 このひかりのなかをおよぎまはり
 そのひかりをすひ
 そのひかりにいきて
 そしてよろこびたのしんでゐるのだ
 
 みてゐると
 まるでダンスでもしてゐるやうではないか
 じぶんたちにはきこえないが
 きつとうたもうたつてゐるだらう
 ああ いい
 
 はるだ
 はるだ
 そしてあさだ
 あめあがりだ
 
 それだのに
 じぶんたちにんげんにばかりは
 どうしてかうもくるしみやかなしみが
 それこそはぐさのつるのやうに
 からみまつはつてはなれないのか
 
 それとも、ああして
 ただよろこびたのしんでゐるやうにみえる
 むしけらにもそれがあるのか
 あのつかのまのいのちのむしけらにも
 いや いや
 そんなことはあるまい
 それにしてはあまりにはかないいきものだ
 
 ああ、ただいのちをもつてゐるといふばかりに
 むしけらはむしけらとて
 よろこびたのしみ
 にんげんはかなしみそしてくるしむのか
 だがそれでいい
 いつかはじぶんたちも
 このかなしみくるしみをつきぬけて
 そこにまことの
 とこしへのひかりをみつけるだらう
 こんなはるの
 こんなうららかなあさ
 そのときこそはじぶんたちも
 このいのちのかぎり
 ふわふわ ふわふわ
 ふわふわ ふわふわ
 そのとこしへのひかりのなかで
 ゆうゆうとたれもかれもみんなめいめいに
 たましひのそのおほきなつばさをひろげるだらう
 ゆめのやうなはなしだ
 ゆめのやうなはなしではあるが
 そこにじぶんたちの
 そればつかりでいきてゐられるのぞみがあるのだ
 おのおののゆめをげんじつに
 おのおののげんじつをゆめに
 ふわふわ ふわふわ  ふわふわ
 
   妻と語る
 
 そのぬひばりを針坊主に刺して
 まあ、きて御覧
 妻よ
 これがお前と自分のこしらへた畑だ
 庭隅を掘りおこした
 一坪ほどの土ではあるが
 それでも
 ここにまきつけられた種子は
 ここをしんじつの母胎として
 かうしていきいきと
 芽をふき
 葉をだし
 するすると蔓までのばした
 そのぬひばりを針坊主に刺して
 まあ、きて御覧
 妻よ
 にんげんならば手のやうな蔓は
 自分が立ててやつた榾木に
 それをどんなにまちかねてゐたのであらう
 すぐ、ああしてからみついて
 いまみるともう
 遠い山脈のいただいてゐる雪のやうなそんなくつきりした花を
 あちらこちらにうつくしくつけはじめた
 そら、ね
 まつたくこれはおもちやのやうな畑だけれど
 かうして葉と葉があをあをと
 もりあがり
 かさなりあつて
 風にひらひらしてゐるところは
 どうみても大森林のやうではないか
 
 ほら、蝶々がやつてきた
 ほら、縞とんぼがとびたつた
 そこにかまきり
 どこかにかくれて
 鳴いてゐるきりぎりす
 それから
 そこらを跳ねまはつてゐるのは機虫の子だらう
 
 ああ、いい
 ああ、いい
 まあ、きて御覧
 自分達もそうした仲間であつたらなあ
 
 妻よ
 こんな酷暑だ
 かんかん熬りつけられるやうな
 そんな真夏のまつぴるまだ
 いかに自分達のことはいはないにしても
 自分はしみじみ
 みてゐる目でも涼しいそこの葉かげを
 子ども達のためにおもふよ
 ほんとに、これは
 おもちやのやうな畑ではあるが
 お前と自分で
 こしらへたんだ
 そしてなんといつても
 小さな可愛い虫けらにとつては
 うつくしい自然の大森林であらう
 もうあんなに
 莢豆もぶらさがつた
 
   雷雨の時
 
 遠くからごろごろと
 まるで何処かで籾磨りでもはじめたやうにきこえる
 かみなりだ
 かみなりだ
 いい音だな
 ほんとにひさしぶりできくんだ
 ああ、いい
 まあどうだい
 なんといふすばらしい雲だらう
 きつとかくれてゐたんだらう
 山の背後から
 むくむくともりあがつてでてきた
 はやいもんだな
 みるみる
 もうあんなに拡がつた
 
 ごろごろ、ごろごろ
 ほんとにいい音だ
 だんだんちかくなつてくるやうだな
 や、ひかつたぞ
 
 あれ、あれ
 畑の百姓達がどうだい
 鍬や肥桶をひつかついで
 ぴよんぴよん
 ぴよんぴよん
 機虫か蛙のやうに逃げだしたつてば
 ああ、いい
 たうとう雲は
 自分達のあたまのうへまでかぶさつてきた
 墨汁をながしたやうな雲だな
 ああ、いい
 あ、あ、県道をおもちやのやうな
 自転車やじんりきのはしること
 犬も駆けてゆく
 豚もかけてゆく
 あの荷馬車はどうしたんだらう
 畜生がいふことをきかないんだな
 おや、寝ころんでしまつた
 あれでは
 馬方も気が気ではあるまい
 そんなことにはとんちやくなく
 かみなりはごろごろ
 いなびかりはぴかぴか
 あの彼方の森や田圃のはうは
 いままではつきりとみえてゐたつけが
 たちまち
 ぼかしたやうになつてしまつた
 もうふつてゐるんだらう
 
 おや、そんなことをいつてゐるまに
 ぽつり、ぽつり
 ここまで、や、落ちてきた
 はやいもんだな
 威勢のいい雨だな
 まつたく豆熬りでもしてゐるやうぢやないか
 
 ああ、いい
 ああ、いい
 
 おうい、干物をはやく取りこめ
 なかなかの大粒だぞ
 底抜けにやつてきさうだぞ
 ぱらぱら
 ぱらぱら
 ああ、いい
 かみなりがなんだ
 いなびかりがなんだ
 みんな、だれもかも素裸になつて
 とびだせ
 とびだせ
 いきかへれ
 
 ああ、いい雨だ
 いい夕立だ
 これのとほりすぎたあとの
 そのすがすがしさもおもふがいい
 からりと洗ひきよめられたやうな蒼空に
 大きな虹
 そこで世界が
 おとぎばなしの国になるんだ
 
 おう、生きてゐることのありがたさ
 これだから
 これだから
 なんといつても
 生きることはやめられないんだ
 それはありがたすぎるほどでさへある
 ああ、いい
 
   蟹
 
 自分はそのとき一ぴきの蟹であつた
 そして渚の小さな孔にはひこんでゆくのであつた
 まあ、なんといふ暗黒さだらう
 自分はおもはずふりかへり
 ひよつこりと首だけだして
 外をながめた
 其処にゐたときには
 それほどとも気附かなかつたが
 それこそ外は、みてもまぶしい光明遍照の世界であつた
 だがどんなにくらくつても
 また、どんなに陰欝で汚くつても
 これは自分の孔だ
 これが自分の孔だとおもふとうれしかつた
 沁々とうれしかつた
 そこにも蟹が三びきゐた
 
 おう妻よ
 子ども達よ
 わたしをまつてゐてくれたが
 しかし、けふはなんにも獲物がなかつた
 
   鶏
 
 朝からの糠雨は
 じめじめと
 なかなかやみさうにもなかつた
 わたしは籐椅子の上で
 あふむけになつて
 そして本を読んでゐた
 と、ちらり
 白いものがわたしの眼をかすめた
 わたしは読んでゐた本を手ばなして
 窓硝子ごしに
 首をねぢむけて
 その白いものをみた
 それはも一はの霜ふりいろの鶏におつかけられて
 にげてゆく鶏であつた
 わたしはちよつとびつくりしたが
 すぐにおもはず頬笑んだ
 
 どちらも雄鶏であつた
 白いのは肺病やみの家のであり
 その白いのを
 おつかけていつたのは
 意地悪婆さんの家のであつた
 そしてそれは隣同志であつた
 
 隣同志であつて
 雄鶏はたがひに仲がよくなかつた
 またそのばあさんの家に
 霜ふりいろの奴が買はれてこなかつた頃ゐたのは
 鳥冠のたかいそしてかつぷくのいい
 玉虫色のしやれものであつた
 それにくらべると
 やや白いのはみおとりがした
 けれどなかなかつよかつた
 よるとさはるとたたかつたが
 べつとりと
 血まみれになつて
 どちらもまけてはゐなかつた
 誰かにみつけられて追ひ払はれでもしなければ
 そこでどちらも
 すばらしい勇者の最後をみせただらう
 
 ところが
 ある日、ころりと
 その玉虫色のしやれものが死んでしまつた
 その強かつた蹴爪の趾をふんばつてしまつた
 そのときからだ
 白いのが威張りだしたのは
 そして世界がまつたくそれのになつたのは
 それから二三日過ぎると
 いままで玉虫色のと一しよであつためんどりは
 もうそのとなりの白いのと列んで
 首をそろへてあるきまはつてゐるのであつた
 そして白いのの自由になつて
 それでよろこんで
 何処ででもみあたり次第に
 おつ伏せられてゐるのであつた
 そればかりか
 たうとうその牝鶏らは
 卵もとなりで生むし
 寝るのもとなりの鳥屋でねるやうになつた
 
 それが知れると
 意地悪婆さんはもうきがきでなかつた
 さつそく町へでていつて
 一はの雄鶏を買つてきた
 それはまだ牝鶏のまへにでると小さくなつてゐるやうな
 ひよつこであつた
 牝鶏のまへですらさうだつたから
 となりの白をみるときなどは
 遠くから
 ものかげから
 いつもおそるおそるそのめつきを窺ひ
 のびはじまつた尾をだらりと垂れて
 やつとつくりはじめたそのときも
 翼を鳴らしてたかだかとはたてえなかつた
 そんなひよつこであつた
 
 肺病やみの家の白いのは
 まるで王様のやうであつた
 霜ふりいろのひよつこはときどき
 その王様にみつかつて
 酷いひどい目にあつた
 それでよくちんばをひいてはあるいてゐた
 それでよくおひかかけられて逃げまはつてゐた
 牝鶏はそれをみても
 平気で餌をひろつてゐた
 みむきさへしなかつた
 そしてあひかわらず自分の鳥屋も
 自分の家の霜ふりいろのひよつこもかへりみないで
 となりのとばかりあそんでゐた
 
 けれど「時」はやつてきた
 十日二十日とさうしてゐるうちに
 ひよつこはだんだん大きくなつてきた
 そして強くなつてきた
 もう雛鶏ではなくなつてきた
 時々めんどりにをかしな素振を見せるやうになり
 たかだかと翼をならして鳴くやうになつた
 そこらに白いのがゐてもすこしも怖れないやうになつた
 かへつて彼方でだんだん遠ざかつた
 そうなると
 牝鶏も牝鶏で
 あまりとなりへ行かな<なり
 家の若いそのげんきのいい雄鶏とならんであるくやうになつた
 
 隣りの白めはもうたまらなかつた
 いままで自分が自由にしてゐたものには逃げられる
 自分の世界はせまくなる
 一方が日一日といきほひよくなるにひきかへて
 自分はそれとはあべこべになる
 もう霜ふりいろのその軽蔑
 おい、おいぼれ
 どうしたい
 どこかみえねえところへいつてろよ
 眼ざはりでいけねえ
 こんなめつきをみると
 なんといつてもそのかんにんぶくろをやぶらずにはゐられなかつた
 そして気でも狂つたやうに
 霜ふりいろをめがけて飛びかかつた
 だが霜ふりいろはせせらわらふやうな身振をして
 二ど三どあいての白に羽摶かせた
 而もそれはまるでくすぐられでもするやうであつた
 白はすこし力づいてきた
 これなら蹴殺すことができるかも知れない
 すると霜ふりいろが身を縮めた
 ぱさり
 その音は鋭かつた
 それは縮めたからだが飛びあがつたとおもふよりはやかつた
 け、け、け、け
 めのくらんだ白はぐるぐるぐるとめんどまはりをした
 それでもたほれはしなかつた
 やつとのことで
 自分の家のべんじよのうしろまでにげてきて
 そこの堆藁の中にふかぶかと首をつツこんだ
 霜ふりいろはそれを追つかけはしなかつた
 
 そんなことがいくどかあつた
 またしても
 けふそれであつた
 それがあたしを頬笑ませたのだ
 だがけふは霜ふりの奴
 よくよく腹がたつたとみえて
 いのちからがらにげてゆく白めのあとを
 わきめもふらず
 矢りやうになつておひかけた
 
 朝からの糠雨は
 じめじめと
 なかなかやみそうにもなかつた
 あたしは籐椅子の上で
 あふむけになつて
 ふたたび本をとりあげた
 
 それからすこしたつた
 二どめにわたしが窓硝子ごしにみたときには
 もうみな一しよになつて
 花のさいてる桐の木のしたの葱畑で
 みなむつまじくあそんでゐた
 そしてとなりの奴はづうづうしくもそこで
 その霜ふりいろのめのまへで
 その霜ふりいろのめんどりをおつ伏せたりしてゐた
 
   家常茶飯詩
 
 よあけは
 遠い天のはてより
 そして朝は
 まだ、うすぐらい厨所の
 米を研ぐおとよりはじまる
 おはやう
 おはやう
 なんといふ純らかな挨拶
 それがいたるところで
 とりかはされる
 一日のはじまりである
 
    ○
 
 大風の中で
 子どもがあそんでゐる
 戦争遊戯だ
 犬の馬
 ぼうきれの鉄砲
 紙の旗があちらこちらにひらひらしてゐる
 風がはげしくなればなるほど
 いよいよその騒ぎが大きくなる
 まるで風と
 なかよくあそんでゐるやうだ
 ごおツと風が襲ひかかると
 子どもたちは
 わあツと声をはりあげて
 枯葉のやうにぱらぱら駈けだす
 雀らもそれにまじつてうれしさうだ
 それにまた
 木々までが声をあはせる
 木々も一しよになつてゐるのだ
 
    〇
 
 一日中
 ふいて、ふいて
 ふきぬいて
 風はやんだ
 
 冬の夜天はいい
 おう、星、星、星
 穀粒でもばらまいたやうなあの星は
 どれも
 これも
 一つ一つみんな凍えてゐるやうだ
 どうみても
 そうみえてならない
 だが、それでいい
 
 おう、星、星
 睫毛のうへできらきらしてゐる
 ゆめのやうな
 現実のやうな
 それは
 なんといつても貧乏人のものか
 
    ○
 
 炬燵のうへには
 おはじきや
 絵雑誌がちらばつてゐる
 いままで
 卓上ピアノをひいてあそんでゐたつけが
 あそびつかれた子ども達は
 もういつのまにか
 ひつくりかへつてねむつてゐる
 妻はその子ども達の
 ぼろ足袋をつくろひながら眩語く
 (どうしませう
 これなんですもの
 まるで鉋でもかけるやうなんです)
 (うむ)
 だが、それほど健康なんだ
 ありがたいことではないか
 ほんとに
 健康なのばかりが
 千軍万馬にもまさる味方だ
 妻はまた言ふ
 (まつたくたまつたものぢやありません
 それこそ鋳ででもこしらへたのでなくつちや――)
 自分ももうやつと耳の孔をあけてゐるのだ
 (うむ、こんどは
 そんなのを買つて来てやらうよ)
 ああ、ねむい
 睡いのはとろけるやうだ
 なにものもそれをささえる力が無い
 
   虱捕り
 
 虱とはどんなものか
 虱を知らないひとたちがあるさうだ
 それもすこしばかりでなく
 たくさんにあるさうだ
 そうしたひとたちは
 自分のからだに虱を見ても
 なんともおもはないであらうか
 それを虱と知つたらばどうするだらうか
 それを虱と知つたらば
 どんなに赤い顔をするだらう
 そしてひとびとのまへでは
 爪でぷつりと
 押潰すこともできないで
 どんなに悚毛をよ立てるだらう
 
 自分達の家庭では
 これまで、虱といふ奴が
 きはめてめづらしいものであつた
 それが此の漁村にすむやうになつてから
 そして近所の子どもたちが
 家へあそびにくるやうになつてから
 いつとなく、家の子どもたちの頭や肌着で
 その虫が
 いかにしばしば発見られたか
 はじめはかなりびつくりしたり
 また、無気味にもおもつたりしたが
 いまではもう慣れて
 それほどにも感じなくなつてしまつた
 
 冬が来ると
 そこでもここでも虱捕りがはじまる
 
 ほかほかと湯気でもたてさうな日向で
 妻は
 そこらのひとたちがやつてるやうに
 よく子どもたちのあたまを膝の上にのせては
 そこで小さな虫をさがしてゐる
 それをみると自分はいつでも
 動物園の猿をおもひだす
 
 妻はいふ
 (まあ、このきさざを御覧なさい
 どうしたらいいでせう
 いつこんなに殖えたんでせう)
 自分ものぞいてみた
 そしてさすがにおどろいた
 (だが美事に生みつけたもんぢやないか)
 薬店できいたり
 新聞でみたりして
 あらゆることをやつてみたが、なんとしても
 その小さい虫の
 不思議なほど強い生の力には
 どうしても勝てなかった
 それもだめ
 これもだめ
 何一つとしてやくにたつこと無かつた
 またしても妻は言ふ
 (どうしたらいいでせう、ねえ)
 自分はあきれてだまつてゐた
 
 妻はたうとうおもひ決して
 そのぴつちやりとついてゐる子どもの頭の
 無数のきさざをぬきはじめた
 それこそ、それをかぞへうるのはただ
 全智全能の神ばかりだといふそのかずかぎりない髪の毛
 その髪の毛を雑草でもかきわけるやうにして
 そのほそいかすかな一すぢ一すぢから
 爪さきに熱心と愛とをこめてぬきはじめた
 その砂でもふりかけたやうな虫の卵を
 一粒づつ
 一粒づつと
 
 ああ、貧乏に湧くものよ
 母と子のその本能的な情意は
 おまへらのやうに小さな汚い虫の関係においてさへ
 かうしてあきらかにみせられるものだが
 それはまた何といふ美しさだらう
 それを色彩や線条であらはすとすれば
 まさに
 聖画の一つだ
 
 冬が来ると
 いたるところで虱捕りがはじまる
 
   聖母子図
 
 日あたりで
 うれしそうな
 聖母達
 
 どつちの膝の上にも
 すやすやとねむつてゐる
 小さないきもの
 
 どれもこれも
 蟹のやうな
 猿のやうな
 そんな顔
 よくもまあ
 こんな不緻縹にうまれたもんだ
 
 そこへ
 とほりかかつた
 これも聖母
 
 その脊の
 銅羅のやうにわめく荷物を
 おろしてやすむと
 荷物は
 すぐ木瘤のやうな
 乳房にしがみついて
 泣やむ
 三人は、それこそ
 三羽の雀のやう
 
 あかんぼたちは
 母親そつくり、いきうつし
 
 だがそれでいいのだ
 それだからいいのだ
 おう、聖母よ
 あかんぼたちよ
 実にいい
 
   紙鳶
 
 紙鳶はみんな
 どの子どものもみんな
 あるだけのいとがのばされ
 その糸のさきで
 たかく
 ちひさい
 けれどゆつたりした長い尻尾だ
 みんなもう天風についてゐるのだらう
 よう
 ここまであがつて
 来てみな
 とでも言つてゐるやうにみえる
 
 紙鳶になれたらどんなだらう
 いや、いや
 どの子どもたちも
 みんな銘々
 自分々々の紙鳶になつてゐるのだ
 
   一鉢の花
 
 自分は一鉢の花を買つた
 それは春さきの
 また東京下りのものとして
 自分達貧乏人にとつては
 それこそ眼球も飛びだすばかり
 それほど高価なふりぢやであつた
 けれど
 自分は一め見ただけで
 すつかりとほれこんでしまつた
 そしてなけなしの銭で
 それは米にも味噌にもなるのであつた銭で
 花屋の手から買ひとつた
 自分はうれしさにそれをかかへてどこをどうあるきまはつたものか
 そのうちぽつぽつ雨が落ちてきた
 やあ、花が濡れる
 蝙蝠傘ももたなかつた自分は身をもつて
 それをいたはりおほひかばつた
 雨は次第につよくなつた
 それにまた風さへはげしく加はつた
 自分はもういつか自分をまつたくどこにかなくしてゐた
 その一鉢の花のために
 家に帰つてから
 これは気のついたことであつたが
 自分はまあ、かつて自分の真実の妻や子どもたちに対してすら
 これほど情熱的なことがあつたか
 でもそのときの自分は
 その花のために
 なんといふ想像も及ばないくるしみをしたことだらう
 とはいへ、そうしてくるしめばくるしむほど
 その花がいよいよ可愛く美しく
 もうもう、どんなものにもかへられないと
 命に賭けても愛さずにはゐられなかつた
 
   春
 
 と或る洋品店の
 華かな飾窓のところに
 うつくしい飾り人形がしよんぼりと立つてゐた
 そのけばけばしさつたらなかつた
 自分が俥の上からふりかへると
 その人形がにつこりとした
 二ど目にみたときには
 もう、くるりとあちらをむいてゐた
 自分は大口をあけてからからと笑ふこともできなかつた
 それが、まあ、どうだい
 動きだしたんだ
 遠くからくる若い男をみつけて
 その方へ
 而も駈けださないばかりに
 
   季節をつげる漁婦達
 
 はるだ
 はるだ
 なんといつても
 もうはるだ
 万物の季節だ
 
 まだ波はたかいけれど
 もつともつとこれより
 いくばいもいくばいもたかゝつた
 あのなみのそこから
 そのとほくから
 春は
 いつのまにか
 渚近くおくられて来てゐた
 
 御覧、このみどりのうつくしい
 いきいきとよみがへつたいのちのいろ
 なめらかな磯岩の肌を
 汐のひきさしに
 ちらちらみえるその肌を
 
 御覧、これがあのおそろしい
 あれくるふなみとたゝかひ
 なみをかみ
 よるとなく
 またひるとなく
 険悪な空をにらみつけ
 それこそけだものゝむれのやうに
 山々に反響する
 あの咆哮をつゞけてゐた磯岩だらうか
 あの黒々とまるで鉄糞の塊のやうにみえてゐた磯岩だらうか
 
 おほきな磯岩
 ちひさな磯岩
 海底ふかくかくれてゐるもの
 頭をちよつぴりだしてゐるもの
 そこそこ
 蟹、貝、ゑび、たこ、雑魚らの善い巣だ
 
 いくつもいくつもある
 たくさんの
 どれもこれもおほかた
 それぞれの名まへをもつてゐる磯岩
 遠いとほい
 だれもしらないおほむかしからの
 ふるいふるい名まへを
 一つづつもつてゐる磯岩
 
 はるだ
 はるだ
 万物の季節だ
 なんといつても
 もう春だ
 あゝ、そのはるが
 磯岩にもかうしてきたのだ
 いや、そこからして此の世のはるははじまるといふものだ
 
 御覧、くるりと白いお臀をむきだし
 なみの飛沫に
 そのお臀までぬらして
 その磯岩のあひだをあちこちと
 女房達があさりめぐつてゐるではないか
 海苔をとり
 また鬚ほどの
 松藻を採つてゐるのだ
 
 おうい、漁夫の女房達よ
 おまへたちこそ
 自分達貧乏人のあひだにあつては
 ほんとにはるのさきがけの
 季節をつげる
 海のをんなの神様なんだ
 
   ある時
      ─家常茶飯詩─
 
 ふじ子よ
 生きてゐるといふことは
 どうしてかうもさびしいのだらう
 と言つて自分には
 それがどうしやうもないのだ
 おまへもさうか
 
 自分はいつか町裏の
 あの麦ばたけの高台から
 河向ふの
 たんぼなかの
 電車をながめてゐたことがあつた
 あのおもちやのやうな電車を
 
 ぽつぽつと
 豆粒でもならべたやうに
 すこしづつあひだをおいてきらきらしてゐる電球のしたを
 電車はうつくしく
 音もなくはしつていつた
 
 あれは寒い暮れがたであつた
 そのとき自分は
 あのなかにのつてゐるひとのことをおもつてゐたつけ
 あのなかにはさまざまのひとがゐたにちがひない
 それこそ泣いてもたりないやうな
 そんなかなしみをもつたひとも
 また自分のやうに寂しいひとも
 けれどあの電車は
 なんといふ美しさで
 幸福さうにはしつてゐたらう
 
 あの電車でも、また
 見にゆかうかと自分はおもふ
 
   父に書きおくる
 
 父よ、こんやは節分で
 あちらでにもこちらでも
 にぎやかな豆撒きの声がします
 ふくはうち
 おにはそと
 
 父よ、あなたもそのふるさとで
 弓なりの腰をのばしながら
 その歯のない口で
 こんやもまたいつものやうにそれを吐鳴つてゐるのでせう
 近所でのその声をきくと
 わたしには子どもの頃のことがおもひだされてなりません
 
 わたしはこのごろまたからだのぐあひがよくないのです
 それで寝たりおきたりしてゐます
 まだ暮れたばかりですけれど
 すこしつかれてきましたから
 これからまた褥に這入らうとしてゐます
 そのまへに一ど
 せめてものこころやりに
 そちらの空でもながめようとおもつて
 椽側にでてみました
 まあ、この綺麗な
 それこそ天でも豆撒きをしたやうなこの星、星、星
 
 遠いふるさとでの
 あなたの声までがきこえるやうです
 ふくはうち
 おにはそと
 めにみえない鬼にむかつて
 ぱらぱらとなげつけられる煎豆の粒々
 妹のあかんぼ――あなたの孫がその昔のわたしのやうに
 あなたのあとからよたよたと葡ひずりながら
 その粒々を拾ひまはつてゐるでせう
 そして頬張つたりしてゐるでせう
 目にみえるやうです
 
 それがすむと
 こんどは豆木の殻がもやされ
 炉では鰯のあたまがじくじくと焼かれるのでせう
 あなたが真面目腐つた顔をして
 ペツペツとその鰯のあたまに唾を吐きかけながら
 喋舌つてゐるのを
 わたしは噴きだしたいやうな気持できいてゐました
 よくおぼえてゐます
 何はさておき
 百姓のことだから
 まづ米麦の虫を焼く、ペツペツ
 それから粟、蕎麦、陸稲、もろこしの虫を焼く、ペツペツ
 野菜、青物、なりくだもの
 養蚕につく虫、桑の虫
 そのほかすべてのものにつく悪い虫をやく、ペツペツ
 さまざまの兇禍を焼く
 家につくもの
 家の人達につくもの
 わけても子どもにつきたがるその病気の虫を焼く、ペツペツ
 
 父よ、あなたはさうして年毎に
 わたしの運命の悪い虫までやいてくだすつたのですが
 どうしたものでせう。
 それは焼きつくされなかつたと見えます
 
 それはそれとして
 またしても近所からさかんにきこえてきます
 ふくはうち
 おにはそと
 なんにもしらない家の子どもは
 それを不思議さうにたづねるのです
 だが、なんとはなしたものでせう
 と言つてまさか知らないとも偽れないので
 その出鱈目のやうな話をはなしてきかすと
 子どもたちは絵雑誌などでみてゐたのをおもひだして
 すぐそれを信ずるのです
 そして、家でも豆撒きをしておくれと駄々を捏ねるのです
 
 ああ、たまらない
 子どもの無邪気さには打たれます
 その正真さには打たれます
 子どもたちはもう
 鬼のゐることをちつともうたがつてはゐないのです
 みたこともないものです
 けれど子どもたちは
 それだからなほさら強く信ずるのです
 
 迷信であつてもかまひません
 ほんとにこんな単純な気持になりたいものだと
 沁々わたしはおもひます
 でも、もうだめです
 わたしらには鬼があんまりおほく居過ぎます
 
 父よ、鬼はほんとうにゐるのだといまはじめて知りました
 わたしは自分のこころに
 それをいくらでもみることができます
 また、そのおそろしい角を
 自分のこの前額に感ずることすらあります
 父よ、もうしかたがありません
 わたしたちにはなんとしても
 ふくはうち
 おにはそと
 さういつて吐鳴りまはることができません
 できなくなつてしまつたのです
 
 父よ、だから、もしできることなら
 これは冗談口のやうにも聞こえますが
 こんやのやうに家々から追ひだされたら
 その鬼どものために
 わたしたちはせめてもの
 善い巣にでもなつてやるほかありますまい
 
 わたしがさう子どもたちに話すと
 子どもたちも怖々ながらではありましたが
 口を揃へていひました
 それがいい
 そうして可愛がつてやれば
 きつと悪いことなんかしませんよ
 悪いことなんかするのを
 恥しいとおもふやうになります
 
   ゆふがた
 
 ゆふがた
 庭さきを掃除してゐると
 そこへはるばる木の葉のやうな
 葉書が二枚まひこんできた
 二枚とも、まあ
 むかしのむかしのをんなからで
 その一つにはかうあつた
 めつきり寒くなりました
 此頃おからだはいかがですか
 私はもうとても長いことはありますまい
 も一つのには
 かうしていつもいつも
 酷い貧乏ばかりしてをりますが
 そんな中でも子どもだけは
 なんともいへず
 かあいくかあいくそだちます
 
 自分は無心で
 とつぷりと暮れた頭のうへをしづかにみあげた
 けれどどんよりした天は
 いまにも雪でもおとしさうな
 おう、星よ
 自分は一体どうすればよいのか
 せめてはおまへだけでも
 この切なさをわかつておくれ
 
   鱚に
 
 日あたりに
 頭だけずらりと列べ
 おもひおもひに寝転がされてゐる鱚よ
 そしてほしつけられてゐる鱚よ
 そんなにぱつちりとあけてゐながら
 おまへたちの目にはもうなんにもうつらないのか
 まだ、どんなものでもはつきりとみえるやうではないか
 これが蒼々としたあの大海の中で
 ぴちぴちはねてゐるときであつたら
 わたしらをみたら
 みるよりはやく
 すぐ藻か磯岩のかげにひらりとかくれてもしまふだらうに
 
 鱚よ
 鱚よ
 おまへたちはもうなんといつても此の世のものではないのだ
 だがおまへたちだつて生きものであつたからには
 やつぱり、わたしら人間の或るもののやうに
 来世とか天国とかいふやうなことを信じてゐたかもしれない
 そんなことがあるものかと誰に言へよう
 それともそんなことには一切頓着なく
 ただもう生きてゐることだけを
 ただそれだけをたのしんでゐたか
 何はともあれ
 おまへたち魚類にとつては
 網や釣で
 その大海からひきあげられるほど
 それほどおそろしいことはないのだ
 だからといつて、いまさら
 漁夫達をうらんでもゐないだらう
 うらんだつてどうなるものか
 彼等だつて
 殺生はしたくないんだ
 だが彼等とてくらしをたててゆかねばならない
 妻や子どもやとしよりたちをやしなはねばならない
 それには自分の小さい時から
 ならひおぼえたその仕事で
 その日その日の稼ぎをするほかないではないか
 
 おう、出刃庖丁で鱗をひかれ
 腸をむしりとられて
 ぽつかり口をあけてゐるもの
 または、それをばかたく食ひ縛つてゐるもの
 自分はそこに
 おまへたち銘々の
 その断末魔のくるしかつたおもひを見る
 
 はるだ
 はるだ
 わけてもけふはからりと凪ぎた
 それはそれはいい日だ
 遠いとほい汐鳴りまでがいかにものんびりと
 ここまでその静かさをおくつてゐる
 
 ああ、鱚よ、おまへたちも
 ゆふべまでは
 あそこに、たのしく、たのしく
 みんなと一しよに泳ぎまはつてゐたのであつたな
 も一どおまへたちにきかせたいものだとおもふ
 あのとろりとろりと
 くすぐるやうにくづれる波の音を
 あの気味悪いほどなめらかな
 まるでぺらぺらと舐めずるやうな
 麗かな海のささやきを
 
 鱚よ、鱚よ
 おまへら魚類は死んでも
 そして日向で干しつけられても
 どうしても目だけはぱつちりとつぶらないの
 そうだらう
 そうだらう
 それほど生きていたいんだな
 それが自分にもわかるやうな気がする
 
   自分はようく知つてゐる
 
 自分はよく知つてゐる
 冬につづいてくるその季節を
 雪がきえると
 すぐ春になることを
 そこでは万物が
 まるで花嫁のやうにみづからを着飾るのだ
 どんなものでも、みんな
 それこそ塵挨のやうな虫けらのその一ぴき一ぴきまでが
 そしておたがひにうれしくたのしく
 うたつたり
 踊つたりするのだ
 自分はようく知つてゐる
 それだのに、ああ、それだのに……
 
   時計
 
 ちろちろと
 ランプはうすぐらく
 そしてはかないおもひにもえてゐる
 
 ちろちろと
 さびしいランプだ
 なんといふしづかなばんだらう
 ゆきにでもなつたかしら
 
 なんといふしづつかさだらう
 ちいツくたあツく
 ちいツくたあツく
 ねぢのゆるんだはしらどけいのセコンドをきいてゐると
 とろとろとねむくなる
 
 とろとろと
 いまにもとろけさうなめではあるが
 とけいのおもての
 アラビヤすうじと
 二ほんのはりとはまだみえる
 だが、はりはいつうごくのだらう
 ひつそりとただひとつところをさしてゐるにすぎない
 
 ランプはうすぐらく
 ちろちろと
 そしてはかないおもひにもえてゐる
 ちやうどわたしのやうだ
 
 ちいツく たあツく
 ちいツく たあツく
 かうしてきそくただしく
 ひとときのやすみもなく
 
 ねんがねんぢう
 それこそよるひるうごきどほしではいくらきかいだつて
 どんなにかつかれるだらう
 それよりも
 どんなにあきあきするだらう
 そういへばほんとにけだるいセコンドのおとだ
 ああ、とけいだつてかはいさうだ
 ちよつとてをのばして
 とめて
 ゆつくりやすませてやらうか
 
   黒い土
 
 ふかいふかい松林の中に
 一すぢの細逕がある
 その逕のほとり
 けふ、そこをとほると
 その棘や篠竹のおひしげつてゐたところが
 畳二三枚ほど削られ
 そこに
 一つの窓ができてゐた
 
 自分の脚はぴたりととまつた
 自分は地面の
 その窓にひきつけられて
 しみじみとそれをながめた
 まあ、なんといふ黒い土だらう
 それからまたその沃えやうは
 
 むつちりと
 ゑみさけるばかりにもりあがり
 もりあがつたところは、それこそ
 健康な処女の裸のからだでもみるやうである
 むつちりと
 そして黒い天鷲絨の肌
 匂ひもつよく、かつ深く
 その果実をこめた新鮮さは
 清酒のやうにも自分のまなこに滲むのである
 自分の、このつかれおとろへたまなこに
 これでも土は生きてゐないか
 
 雪に埋もれて
 ながいあひだかくれてゐたのだ
 それがいま春となり
 その雪があとかたもなくなつたので
 かうして自分の目についたのだ
 
 おう、まだ人間の感触をしらない
 日光をちらりと一どうけたことさへない
 大地の窓よ
 自分はあまりのうれしさに掌をあててみずにはゐられなかつた
 その土に
 その土に
 もしや大地の脈搏でも感じうるかと
 
 おう、土よ、生けるものよ
 その黒さには太古のかほりがただよつてゐる
 その一つの窓によつて
 自分は大地を信ずるのだ
 自分達人間のひとときも離れられないその大地を
 自分はいま
 その内部の永遠なるものに
 かく、うまれてはじめて嬰児のやうに接触した
 
 自分がみたのは
 ほんとの、ほんとの土である
 その中に
 どんな種子でもおろしてみろ
 
 自分はあまりのうれしさに
 さらに母の乳房をでもひつつかむやうに一握り
 一口頬ばつてみたらば、と
 その土を掴んだ
 だが、それは頬ばり貪るにすら
 あまりにあまりに勿体なすぎるではないか
 自分は土の霊に憑かれた
 自分はそれをつかんだまま
 ふかいふかい松林の中のそのほそい寂しい一すぢの逕を
 どこまでもどこまでもあるいて行つた
 うれしさに
 大地の窓、ほんとのほんとの土をみたそのうれしさに駆けだし
 ときどきは大声をはりあげ
 また、翼もないのに天たかく舞ひあがらふとさへしながら
 
   雪景
 
 雪
 雪はうつくしい
 けれどうつくしいなどと
 いつてゐられるうちは
 まだいいのだ
 
 大雪の翌日であつた
 自分がそれをみたのは
 その小屋のかげで
 ぴたりとよりそつてゐた
 よぼよぼの乞食夫婦を
 その婆さんのはうは盲者であつた
 大雪の翌日であつた
 自分がそれをみたのは
 そこで
 かわるがわる一本の煙管が
 くちからくちへと
 いつたりきたり
 さも美味さうにすぱすぱと吸はれては
 紫色のうすいけむりをあげてゐたのを
 
 ふたりはそこの日溜りで
 日向ぼつこをしてゐたのだ
 
 雪
 雪はうつくしい
 けれどうつくしいなどと
 いつてゐられるうちは
 まだいいのだ
 
 それでもなんでも
 雪はうつくしい
 雪によつて
 すべてのものがうつくしいのだ
 
 おう、あのみすぼらしい乞食小屋をとりまいて
 此の世のすべてのいきものの
 生くるにまつはる惨めさがあつた
 そのひとところに
 だが、またそこに
 そのみぢめさに
 ありとあらゆる美があつた
 
   虹
      ─夢二兄におくる
 
 虹を
 一ばんさきにみつけたのは
 なんといつても
 子ども達だ
 
 子どもはいふ
 虹、虹、大きいな
 だがかうして私が手をひろげると
 あれよりももつともつと大きい
 虹は
 この中にはいつてしまふ
 
 それをきくと
 その母もまただまつてはゐない
 まあ、なんて綺麗なんでせう
 まるでみぢんこででもこしらへたお菓子のやうにみえる
 拝みたいやうね
 あんなのをみてゐると
 此処もまたお伽噺の国ですわねえ
 
 いまさらのやうに
 その壮大なる一瞬間の天景にうたれた自分は
 あまりのうれしさに
 小便を
 地に垂れずにはゐられなかつた
 
 ふたたびみたときには
 もう、さすがの虹も
 ぼんやりと
 うすれはじめた
 
 ぼんやりと
 そのてつぺんのはうから
 虹はうすれた
 ちやうど自分のそのうつくしいすがたを
 わたしたちにちらりとみせて
 それでもう役がすんだといふやうに
 
 だが、子ども達は
 それをみると
 腹を立ててどなりちらした
 私達のみつけた虹だ
 父ちやんが
 小便なんかひつかけたからだと
 そして呶鳴つてやめなかつた
 
   星を聴く
      ─芋銭画聖におくる
 
 頭痛がするからと
 早寝をした妻
 それをみると子ども達は
 とりのこされた寂しさと腹立たしさとで
 すねくれださずにはゐなかつた
 だが、みむいてももらへず
 たうとうこちらから折れて
 そのかたはらに
 ごろり、ごろりと
 小さな南瓜のやうな頭を二つならべてすぐ寝転んだ
 
 子ども達がひつそりと
 ねむつてしまうと
 そのとき自分の認めてゐた借銭証書のうへに
 ぱらぱら星が落ちはじめた
 ほんとにひさしぶりだ
 ひさしぶりで聴く夜ふけてのこの音のいいこと
 愛のつぶつぶ
 そのつぶつぶのきよらかさ
 そのつぶつぶのしとやかさ
 そのつぶつぶのしづかさ
 それでゐて、また
 肩の翼をひらひらと
 あのラフワエロの描いたかはいい天の使の
 たわむれてでもゐるやうな快活さ
 
 星はぱらぱらと
 まるでたねまきでもするやうに
 屋根屋根の上
 かうしてなんにもしらずにねむつてゐるものの上
 また、ひとりしよんぼりと
 めざめてゐるものの上に
 ぱら ぱら
 ぱら ぱら
 自分はあへて雨とはいふまい
 それにしてはあまりに此の世のものではないから
 
   麦搗き唄(民謡)
 
 あめのふるひは
 麦でも
 搗きましよ
 
 どしん、こツとん
 どしん、こツとん
 
 麦搗きや
 一日
 木臼のともだち
 
  どしん、こツとん
  どしん、こツとん
 
 木臼を
 ぐるぐる
 つきつきめぐれど
  どしん、こツとん
  どしん、こツとん
 
 むぎは
 むぎとて
 黄金にやなるまい
 
 あめのふるひは
 むぎでも
 つきましよ
 
   麦畠にて
 
 自分は郊外の
 海のやうな麦畠にたつた
 麦畠は
 霜でまつ白だつた
 だれもゐなかつた
 あかんぼのやうな太陽が中天ににこにこしてゐた
 それだけ
 
 自分はふいと祈りたくなつた
 大声をあげて
 自分のこころに
 つもりつもつたそのすべてを
 そこへ
 そのまつ白な霜のうへに
 まるで血嘔吐でもぶちまけるやうに
 だがいのるとすれば
 なにに、だれに
 自分にはもう
 それをささげる神もないのだ
 
 ああ、それはそれとして
 これはなんといふうつくしい麦畠だらう
 自分はぢつとしてゐられないで
 自分はいのるかはりに
 そうだ、一ぴきの犬ころのやうに
 そこらいつぱい
 縦横無尽に駆けまはつた
 
   母
 
 国から母がでかけてきた
 やつとのことできたのだ
 母はもう、いつ眠つたぎりになるかわからないほどの齢
 そんなよぼよぼのお嫗さんだ
 
 ひさしぶりであつたうれしさ
 自分達がなつかしくはなしかけても耳が遠く
 だから気持が溶けあはないで
 ぽかんとおほかたひとりぼつち
 それだからとて
 あへて寂しいとおもふでもない
 
 自分達がめづらしいものをあれこれとさがしまはつて
 それを食卓にのせてあげても
 咽喉にはとほすが
 とりわけ、これはうまいと舌も鳴らさず
 やつぱり喰べ馴れた自分のはたけの
 お芋か大根がいいやうな顔をしてゐる
 
 それなら何処か
 見物にでもつれてゆかうとさそつても
 いやはや、景色のなんのといつてさわぐのは若い時分のことさ
 それよりはかうして足でも伸ばしてゐるはうが
 どれほどありがたいか知れないと言ふ
 
 母はかうして一日二日
 おそらくうまれてはじめてのやうに縁側の日あたり
 あるひは炬燵の附近などでぶらぶらしてゐたつけが
 たうとうたまらなくなつたとみえて
 はるばるもつてきた
 だいじなだいじなその合財嚢を
 自分の手もとにひきよせた
 おや、何があんなにふつくりと一ぱいはいつてゐるのかとおもつたら
 自分達はあいた口が塞がらなかつた
 それこそ一抱きほどもある糸の屑ではなかつたか
 
 まあ、そんなことをはじめないで
 滅多に来るのでもないのに
 せめて此処にゐるあひだぐらゐは暢気に
 ゆつくりとやすんだらどうです
 
 としよつた母ははじめてにつこりと
 あいよ、だがのう.
 わしにはなんにもしないで遊んでゐるほど
 つらいつまらない退屈なことはないのさ
 と云つて二寸三寸
 稀にば一尺ほどの糸のくずが
 その大きな老眼鏡のしたで一本一本と
 干枯らびた
 血の気のない
 まるで細い榾木でもへし折つてならべたやうな指尖で
 たんねんに
 つつましくも繋ぎだされた
 
 としよつた母はぷツつりともいはず
 ちやうどお祈りでもしてゐるやうに
 すわりこんだらもう大磐石
 此方から声でもかけなければいつまでもいつまでも
 それこそ腹の空いたのもしらず
 日のくれたのもしらないで
 その仕事のために
 自分自身をすらいつかどこへか
 まつたくなくしてゐるのであつた
 
 その糸をどうするのですと
 自分達の目はみはられないではゐなかつた
 え、かうしておけば
 何にでもなるよ
 これを織れば蒲団の皮にでも
 またお前達の平常着にでも
 
 幾日ぐらゐで繋ぎをへますか
 そうだのう
 とても人間一生の半分
 そればつかりにかかりきつたところで
 一年二年ではやりきれないでせうね
 そうだのう
 そんなことはかんがへてみたこともないが
 かなりひまのかかることだの
 
 その糸屑はどこからもつてきたんですか
 これかい
 みんな若い時分から
 丹精して棄てられるのをためてきたのさ、
 
 糸はかうして一本一本とつながれ
 つながれたものは
 そこで一つの球に捲かれた
 時に、自分が揶揄つて
 おつかさんは此の世へなんのために生れてこられたんです
 すると眼鏡越しに
 え、何か言つたかえ
 自分のこころはぴんと真面目に眺ねかへされ
 そしても一ど
 おつかさんは此の世へなんのために生れてこられたんです
 
 皺くちやな渋紙色のその頻つぺたに
 かすかな微笑の泛んだのは
 問はれた意味がわかつたのか
 もぐもぐ口が動いたとみると
 わしは無学でなんにも知らないよ
 だがそんなことはどうだつていいぢやないかえ
 ただ、わしにはなんなりとして
 一日だつて働かないではゐられないんだ
 
 自分の頭はうやうやしく低がつた
 おう、たふときものよ
 あなたが自分の母上なのか
 あなたから自分は世界にでてきたのか
 あなたに、あなたに自分は天地創造の力と生とをみとめます
 なんといふ平凡な
 けれどこれほど偉大な言葉がどこにありませう
 母上よ
 わしにはなんなりとして
 働かないではゐられないんだと言はれるあなただ
 あなたは永遠に生きてゐられる
 そのいのちにおいて
 その無智において
 その愛において
 混乱に秩序をあたえる
 あなたの指尖
 あなたのその廃物利用は
 まさに更生の奇蹟そのもの
 いまはじめて、自分は一個の田舎媼さんのあなたにおいて
 生ける神
 神そのものの像をみました
 
 おう、それにしてもこの一抱への糸屑
 それを一本一本と繋ぐこと
 それがみよ
 死の底なき淵をまのあたりにして
 ひとりしよんぼりと
 にんげんのいのちの最終の懸崖につツたつたものの仕事だとは
 
   星天に讃す
 
 まいばん、まいばん
 くもつてさへゐなければ
 この星空だ
 この星だ
 頭顱の上をみるがいい
 めをあげて
 ふりあふいで
 沁々とみるがいい
 
 誰の所有でもない
 それでゐて
 万人のものである星……
 
 無数の星はなにを語るか
 それよりも
 なによりも
 これはまあ黄金の穀粒でもばらまいたやうではないか
 
 ひとびとよ
 これをおもへ
 なんといふ天の黙示であらう
 ひとびとよ
 自分達は農夫として
 ただ蒔きさへすればよいではないか
 まかないものが刈取れるか
 まかないものは刈取つてはならない
 
 ひとびとよ
 それだのにおほくのものは
 まきもしないでからうとするのだ
 まかないものほど
 よりおほく
 刈らうとする
 かへりみなければならない
 
 この星をみよ
 この星によつておもふがいい
 かう蒔くのだ
 かうまくだけでいいのだ
 このひろびろとしてはてしなき大蒼穹
 このうつくしい神の畑よ
 そこにまかれた永遠の種子よ
 
 このすばらしさに跪座け
 かうまくのだ
 かうまくだけでいいのだ
 ただまくだけでいいのだ
 
 ひとびとよ
 あたふたと刈取ることばかり考へてゐてはならない
 そんなことはわすれてしまへ
 そしてただまくことだけをおもふがいい
 
 まけ
 まけ
 ただまくことだ
 さかんにまけ
 たれもかれもみなはれやかなこころをもつて
 銘々のそのたましひの種子を蒔け
 
 いのちの種子
 のぞみの種子
 愛の種子
 縦横無尽まくがいい
 そしてまいたら
 そのあとは大地のふところにまかせるがいい
 太陽の光や雨にまかせるがいい
 
 収穫などはおもはぬがいい
 まいてさへおけば
 おのづからとりいれは来るのだ
 ただまけばいい
 まかぬところから
 どうして、何があたへられるか
 ただまけばいい
 まいてさへおけばそれでいい
 そのあとのすべてのことは見えない自然の手の仕業だ
 
 ひとびとよ
 だが、いかに自然のその不可思議な力をもつてしても
 まかぬものは
 どうしようもないのだ
 各自はそこで
 各自のその偉大なつとめをおもはねばならない
 ひとびとよ
 ここに万物の始めがある
 各自はそれをおもはねばならない
 いや、そんなこともおもはぬがいい
 
 おう、地上の美よ
 そして真実よ
 蒔かれるその一粒は
 刈られるとき百粒である
 
 愛よ
 いのちよ
 よろこびよ
 すべては黄金の穀粒であれ
 そしてまくものは
 ただまくといふことをたのしめ
 そこに生きよ
 
 いかにも種子の
 あるものは礫地に落ちよう
 あるものは棘の中に
 あるものは底深き水に
 それだからとてまくことをやめてはならない
 
 ひとびとよ
 自分達のまいたものが
 一粒残らず滅びうせてしまへばとて
 みんな腐つて枯れてしまへばとて
 やつぱり、それでもまかねばならない
 
 まけ
 まけ
 まくことに生きよう
 その他のことはおもひおこすな
 
 ただまけ
 星のやうな種子である
 そしてそれをまくところは
 かうして天空のやうなうつくしい豊饒な大地の上である
 
 ひとびとよ
 まかれるときの一粒は
 まことに、刈られるときの百粒である
 一粒は一粒ではない
 とはいへ
 その一粒が地べたの中でくさらなければ
 善い百粒はみのらないのだ
 そこに各自の寂しさがある
 だがまた、よろこびもそこにあるのだ
 
 それは穀粒のことだが
 その種子をまくおたがひもおなじである
 おなじではあつても
 寂しいとつぶやいてはならない
 その善い百粒のために
 土深く
 朽ちはてほろびる一粒をおもつて
 
 おう、父なる太陽
 そして母なる大地
 ひとびとよ
 自分達こそまことのまことの種子ではないのか
 まけ
 まけ
 自分をまくのだ
 
 新しい大きなものは明日である
 しみじみと天高く
 ひとびとよ
 一日の仕事につかれた手足を
 ながながとのべてやすらふにさきだち
 いま一ど
 黄金の穀粒をばらまいたやうな
 その無言の
 さんらんたるもの
 かずかぎりなき星を仰いでみようではないか
 
   田園風景
 
 石つころを噛み噛み
 がらがら、がらがら
 がた馬草が
 とほつていつたよ
 
 がた馬車には
 どこかのおばあさんと
 その孫らしい
 赤いてがらの娘つ子とが
 のつてゐただよ
 
 あんまりゆれるだで
 二つの首が
 ゆらりくらりと
 まるで首ふり人形のやうであつたよ
 
 なんといつてものう
 あれでははなしどころか
 くちをあけて
 わらふことさへ
 まんぞくにはできないだんべ
 
 どつちをみても
 ひろいひろい麦圃と
 あひかはらずの蒼空だ
 それから
 どこまでもどこまでもつづいてゐる
 このでこぼこの
 すなつぽこりの
 曲りくねつた一本の田舎道さ
 
 なにもかもみんな
 どうせ、すぐまたぐつすりと
 ねこんでしまふにきまつてゐるだあ
 
 まあ、まあ
 なんて美味さうな馬糞だんべ
 ほかほかとけむりがたつて
 
 それはさうと
 がらから、がらがら
 石つころを噛み噛み
 とほつていつたがた馬車は
 おや、もうどこかへ
 手品のやうに
 みえなくなつてしまつたよう
 
   庭の一隅
 
 庭のひあたりはいい
 なんといふ幸福さうな鶏だらう
 
 そこらをあるきまはつて
 餌をあさるやうにみせかけてゐるをんどりが
 ときどき
 くすぐつたいやうな声をだしては呼ぶ
 こ、こ、こ、こ、こ
 雌鶏はまたかといつたやうな恰好
 だまされるのは百も承知で
 それでもよばれたところへ駆けつけてみる
 案の条、なんにもない
 をんどりが趾や嘴でひつかきまはしたところをのぞいてみる
 けれど穀粒一つあるもんか
 うろうろしてゐると雄鶏の奴
 いきなり翼を箕のやうにべろりとひろげて
 ばさばさとわざとらしい音をさせ
 子どもらがちやうど
 ちんちんもがもがでもするやうな身振で
 すりよつてきて
 雌鶏を弄ふ
 めんどりもまんざらいやでもないのだらう
 さうされると
 それでもそぶりばかりには
 ひらりと横に飛びのいてみせる
 さうしたときにはけつしておつぷせられないのを
 よく知りぬいてゐるくせに──
 庭のひあたりはいい
 なんといふ幸福さうな鶏だろう――
 
   春
 
 酒樽おや樽、おほきいな
 酒樽おや樽、からつぽだ
 
 からりとはれた
 蒼空のそのしたで
 ごろりごろりと
 ころがるところは
 どうみても生きてるやうだよ
 
 おや、おや
 これはどうしたもんだ
 うようよたかつて
 それをころがすにんげんが
 けふは侏儒だ
 みんな侏儒だ
 
   雪について
 
 朝
 おきてみたら
 おもひもかけない
 雪、雪、雪
 飛びだして朝餉もおもはず
 凍けた手に
 いきをふきかけ
 いきをふきかけ
 おほよろこびの子どもら
 そしてたちまち消えてなくなる
 雪だるまをこしらへる
 雪兎をこしらへる
 妻よ
 自分達も子どもにかへつて
 どうだい、何か
 神様でもこしらへてみようではないか
 
    *
 
 妻は言ふ
 ――雪つて
 なんといふ温かで
 幸福さうなものなんでせう
 
    *
 
 子どもたちは
 自分でこしらへた雪だるまに
 小さな掌をあはせて
 それを
 おもしろがつて礼拝んだ
 
 学校からかへるまで
 きえないでゐておくれ、と
 
 自分達のそのねがひが
 どんなにかなへてやりたかつたか
 
 おう、いまはあとかたもなきもの
 その雪だるまよ
 わが子の落胆をおもひうかべながら
 まざまざとめのまへで
 
 おまへに痩せられ
 とろけてゆかれるそれをみるのは
 なんとしてもたまらなかつた
 けれどどうしようもなかつた
 それはあまりに麗い日であつた
 
   雪景
 
 しとしとと
 雪のふるなか
 そのなかをかけめぐり
 かけめぐる子どもら
 林檎のような赤い頬つぺたの健康さ
 くちぐちにうちだす小銃の音
 雪つぶての砲弾
 とん、とん、ととん
 おひかけるもの
 逃げまどうもの
 とんとん、とんとん、とん
 泣く弱虫にはめもくれるな
 真剣な子どもら
 ホオマーのイリアツドからでも
 おどりだしてきたやうな勇者
 英雄ぞろひ
 しとしとと雪のふるなか
 雪だらけ
 まるで絵にみる
 子どもらの戦争ごつこ
 
   冬
 
 冬のよふけは
 凄いほど静穏だ
 なにかが
 みんな凍みついてしまつたやうだ
 本をよんでゐると
 遠くの方がひとところ
 馬鹿ににぎやかになりだした
 なんだらう
 いまごろ
 縁側にでてみると
 あんまりしづかなよふけなので
 そこだけがぽつちりと明るく
 まるで大きな牡丹でもさいてるやうにおもはれる
 喧嘩ぢやありませんかと妻
 無理はないよ
 なんといつてもこの寒さだもの
 
   鴉
 
 鴉がないてゐる
 声を嗄らしてないてゐる
 枯木のてつぺんにとまつてさ
 それを、ぴゆぴゆ
 ふき曝してゐる霙風め
 だが鴉よ
 なんだつてそんなに
 くやしさうにないてゐるんだよ
 まつ赤な夕日に腹をたてて
 何か悪態でもついてゐるんか
 
   走馬燈
 
 ぐるぐる
 ぐるぐる
 ぐるぐる
 ぐるぐる
 
 ――走馬燈がまはりはじめた
 
 ぐるぐる
 ぐるぐる
 
 ゐなかのおぢさん
 だいじな、だいじな
 帽子を風めに
 ふきとばされたよ
   さあ、たいへん
 
 ぐるぐる
 ぐるぐる
 ぐるぐる
 ぐるぐる
 
 ゐなかのおぢさん
 くるりとまくつた
 お臀がまつくろけだ
 鍋底みたいだ
   すたこら、すたこら
 
 ぐるぐる
 ぐるぐる
 
 おうい、おうい
 おいらのちやつぽだ
 だいじなちやつぽだ
 けえしてくんろよ
   すたこら、すたこら
 
 ぐるぐる
 ぐるぐる
 
 それでも風めは
 へんじもしなけりや
 みむきもしないで
 とつとと逃げてく
   どうしたもんだべ
 
 ぐるぐる
 ぐるぐる
 ぐるぐる
 ぐるぐる
 
 ゐなかのおぢさん
 あんまり
 心配しないがよかんべ
 鴉が笑つてら
   ばかあ、ばかあ
 
 ぐるぐる
 ぐるぐる
 
 と云つてちやつぽが
 けえつてこねえだら
 それこそ
 嬶どんの大かいお目玉
   どうしたもんだべ
 
 ぐるぐる
 ぐるぐる
 
 いたずら風めは
 浮気な奴だで
 ちよいとだまして
 つれてはゆくけど
   すぐまた捨てるよ
 
 ぐるぐる
 ぐるぐる
 
 それではちやつぽは
 風めの野郎と
 逃げてつたんかい
 そうとはしらなかつた
   ああん、あああん
 
 ぐるぐる
 ぐるぐる
 
 ゐなかのおぢさん
 泣きながらおつかけた
 おつかけながら泣いた
 なんちうせわしいことだがな
   ああん、あああん
 
 ぐるぐる
 ぐるぐる
 ぐるぐる
 ぐるぐる
 
 ぐるぐる
 ぐるぐる
 
 たうとうそれでも
 ふん捕まへたよ
 ふんづかまへたが
 帽子はびしよぬれ
   どうしたもんだべ
 
 それもそのはず
 溝渠があつたので
 飛び越えようとした時
 どうしたはづみか
   ばつたりおつこつただ
 
 ぐるぐる
 ぐるぐる
 
 風めは薄情で
 それをみるなり
 どこへか行つちやつた
 薄情でなくとも
   どうしようもないのだ
 
 ぐるぐる
 ぐるぐる
 
 ゐなかのおぢさん
 びしよぬれちやつぽを
 頭蓋のてつぺんさ
 ちよこんとのつけて
   にこにこにこにこ
 
 そして言ふのさ
 (これでも親爺の
 ゆづりのちやつぽだ
 親爺の頭は
 ほんとにでかかつた
 おいらがかぶると
 すつぽりと肩まで
 はいつてしまふだ
 それを智慧者のうちの嬶どんが
 新聞紙まるめて
 つツこんでくれただ
 いまもいまとて
 ぬれてはゐるけん
 かうしてかぶつてゐるまに乾くと
 もともとどほりの
 立派なちやつぽだ
 それにつけても風の野郎め
 油断はなんねえ
 いつまた、こつそり
 くるかもしれねえ
 
 これは
 なんでもかうして両手で
 かぶつた上から
 年ケ年中
 おさへてゐるのに
   かぎるやうだ)
 
 ぐるぐる
 ぐるぐる
 
 (これだけあ
 子どもに
 このまた帽子をゆづるときにも
 よく云つてきかせて
   やらずばなるめえ)
 
 ぐるぐる
 ぐるぐる
 
 (なにがなんでも
 無事で
 帽子がもどつてよかつた
 
 ぐるぐる
 ぐるぐる
 ぐるり
 ぐるり
 ぐ……る……り……
 
 ――走馬燈、ぴたりととまつた
 
   雪
 
 雪、雪、雪
 貧乏人を泣かせるのなんか
 なんでもないよ
 この雪だけでたくさんだ
 
 悪い奴等で
 世界をみたし
 そこをどぶ泥のやうにするのも
 みんな
 このうつくしさ
 それでだ
 
 雪はうつくしい
 ほんとにうつくしい
 だが、うつくしいとはこんなものだと
 いはぬばかりの雪──
 それの消えたあとはどうだ
 
 だが、また雪の
 この天上のうつくしさこそ
 なんといつても自分達貧乏人のものではないか
 
   飛行機
 
 千草は五つ
 はじめて飛行機をみるのだ
 それがなんだかわからない
 紙鳶かい
 首をふる
 そんなら、何
 しばらくかんがへてゐたつけが
 やつとおもひついたらしく
 鳥よ
 いくら自分達が説明してやっても
 それは無駄であつた
 子どもはなかなかその所信を変へるものではない
 なんといつてもそれは
 子どもにとつては
 怖しくぶううんとうなつて
 天空をとんでゆく怪鳥であつた
 それでいい
 いいではないか
 おう、子どもばかりが
 ほんとうの飛行機を知つてゐるのだ
 
 
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