大正・昭和

  獅子宮
   堀口大学「水の面に書きて」(大正一〇)

  十月の空澄めり。
 明け方の獅子宮を見しか。
 うす闇の天鵞絨びろうど幕のかげ
 白き金星ヴエニユス
 赤き火星マルス
 慇懃を通じたり。
 遠く土星サテユルス
 尚とほく木星ジユピテエル
 その上に弦月かかる。
 十月の空澄めり。
 明け方の獅子宮を見しか。

 
  毛虫
   堀口大学「砂の枕」(大正一五)

 電気広告
   光の毛虫が
     はひまはり
       はひまはり

 
  夕ぐれの時はよい時
   堀口大学「月光とピエロ」(大正八)

 ゆうぐれの時はよい時。
 かぎりなくやさしいひと時。
 
 それは季節にかかはらぬ、
 冬なれば暖炉のかたはら、
 夏なれば大樹の木かげ、
 それはいつも神秘に満ち、
 それはいつも人の心を誘ふ、
 それは人の心が、
 ときに、しばしば、
 静寂を愛することを、
 知つてゐるもののやうに
 小声にささやき、小声にかたる……
 
 夕ぐれの時はよい時、
 かぎりなくやさしいひと時。
 
 若さににほふ人々の為めには、
 それは愛撫に満ちたひと時、
 それは希望でいつぱいなひと時、
 また青春の夢とほく
 失ひはてた人々の為めには、
 それはやさしい思ひ出のひと時、
 それは過ぎ去つた夢の酩酊めいてい
 それは今日の心には痛いけれど
 しかも全く忘れかねた
 その上かみの日のなつかしい移り香
 
 夕ぐれの時はよい時。
 かぎりなくやさしいひと時。

 夕ぐれのこの憂鬱は何所どこから来るのだらうか?
 だれもそれを知らぬ!
 (おお! だれが何を知つてゐるものか?)
 それは夜とともに密度を増し、
 人をより強き夢幻へみちびく……
 
 夕ぐれの時はよい時。
 かぎりなくやさしいひと時。
 
 夕ぐれ時、
 自然は人に安息をすすめるやうだ。
 風は落ち、
 ものの響は絶え、
 人は花の呼吸をきき得るやうな気がする、
 今まで風にゆられてゐた草の葉も
 たちまち静まりかへり、
 小鳥は翼の間に頭かうべをうづめる……
 
 夕ぐれの時はよい時。
 かぎりなくやさしいひと時。

 
  冬日抄
   堀口大学「人間の歌」(昭和二二)

 独りで僕は坐つてた
 時の流れがおそかつた。
 
 日暮れ方
 風が外套をとりに来た。
 
 街で凍える人達に
 着せてやるとの事だつた。
 
 酒は冷えたが坐つてた
 その後は誰も来なかつた。
 
 寝る前に
 僕は窓から外を見た。
 
 流星が北へ向つてはすかひに
 夜天の硝子を截つてゐた。

 
  柚の実
   西条八十「砂金」(大正八)

 逃れんすべなし、
 せめては小刀メスをあげて
 この青き柚ゆずの実を截れ、
 さらばうちに黄金こがね
 匂かぐはしき十二の房へやありて
 爾おんみとわれとを防まもらむ。

 
  梯子
   西条八十「砂金」(大正八)

  りて来い、下りて来い、
 昨日も今日も
 木犀もくせいの林の中に
 吊つるさがつてゐる
 黄金の梯子はしご
 瑪瑙めなうの梯子
 
 下りて来い、待つてゐるのに――
 嘴くちばしの紅あかの爛ただれた小鳥よ
 疫病えやんだ鸚哥いんこ
 老いた眼まみの白孔雀しろくじやく
 
 月は埋うづ
 青空は凍てついてゐる、
 木犀の黄きいろい花が朽ちて
 瑪瑙の段に鎚すがるときも。
 
 下りて来い 倚つてゐるのに――
 色
 光
 遠い響を残して
 幻まぼろしの獣けだものどもは、何処どこへ行くぞ。
 
 待たるゝは
 月にそむきて
 木犀の花片はなびらかす
 埋もれし女ひとの跫音あしおと

 ひるは寂し
 昨日きのふも今日けふ
 幻の獣ども
 綺羅びやかに
 黄金きんの梯子を下りつ上のぼりつ。

 
  一握の玻璃
   西条八十「一握の玻璃」(昭和二二)

 水晶の牢獄ひとやのなかに、鶯を
 紅あかき紐ひももて、つなぐ夜、
 かなしみの雨、しぶきつつ
 一握の玻璃はりうすぐもる。
 
 晴れし野に、
 鳴かぬは鳥の罪ならじ、
 うまれし朝の巣藁ねわらより
 味あぢなく落ちし雨なれば。
 
 ちひさき業わざをいとほしみ、
 小指をゆびに珠たまをめぐらせば、
 黄なる鶯、ほの透きて、
 くるしげに舞ふ、羽ばたきの。――
 
 かたく、つめたく、人の忌む
 技術の囚をりにこもるとも、
 われ、汝なれを信ず、鶯よ、
 生死しやうじを超えて、たかく鳴け。

 
  海辺の恋
   佐藤春夫「殉情詩集」(大正一〇)

 こぼれ松葉をかきあつめ
 をとめのごとき君なりき、
 こぼれ松葉に火をはなち
 わらべのごときわれなりき。
 
 わらべとをとめよりそひぬ
 ただたまゆらの火をかこみ、
 うれしくふたり手をとりぬ
 かひなきことをただ夢み、
 
 入り日のなかに立つけぶり
 ありやなしやとただほのか、
 海べのこひのはかなさは
 こぼれ松葉の火なりけむ。

 
  少年の日
   佐藤春夫「殉情詩集」(大正一〇)

   一
 
 野ゆき山ゆき海辺ゆき
 真ひるの丘べ花を敷き
 つぶら瞳の君ゆゑに
 うれひは青し空よりも。
 
   二
 
 影おほき林をたどり
 夢ふかきみ瞳を恋ひ
 あたたかき真昼の丘べ
 花を敷き、あはれ若き日。
 
   三
 
 君が瞳はつぶらにて
 君が心は知りがたし。
 君をはなれて唯ひとり
 月夜の海に石を投ぐ。
 
   四
 
 君は夜な夜な毛糸編む
 銀の編み棒に編む糸は
 かぐろなる糸あかき糸
 そのラムプ敷き誰がものぞ。

 
  秋刀魚の歌
   佐藤春夫「我が一九二二年」(大正一二)

 あはれ
 秋風よ
 情こころあらば伝へてよ
 ――男ありて
 今日の夕餉に ひとり
 さんまを食くらひて
 思ひにふける と。
 
 さんま、さんま
 そが上に青き蜜柑の酸をしたたらせて
 さんまを食ふはその男がふる里のならひなり。
 そのならひをあやしみなつかしみて女は
 いくたびか青き蜜柑をもぎて夕餉にむかひけむ。
 あはれ、人に捨てられんとする人妻と
 妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、
 愛うすき父を持ちし女の児は
 小さき箸をあやつりなやみつつ
 父ならぬ男にさんまの腸はらをくれむと言ふにあらずや。
 
 あはれ
 秋風よ
 汝なれこそは見つらめ
 世のつねならぬかの団欒まどゐを。
 いかに
 秋風よ
 いとせめて
 証あかしせよ かの一ときの団欒まどゐゆめに非ずと。

 あはれ
 秋風よ
 情あらば伝へてよ、
 夫を失はざりし妻と
 父を失はざりし幼児とに伝へてよ
 ――男ありて
 今日の夕餉に ひとり
 さんまを食ひて
 涙をながす と。
 
 さんま、さんま、
 さんま苦いか塩しよつぱいか。
 そが上に熱き涙をしたたらせて
 さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。
 あはれ
 げにそは問はまほしくをかし。

 
  望郷五月歌
   佐藤春夫「閑談半日」(昭和九)

 ちりまみれなる街路樹に
 哀れなる五月さつき来にけり
 石だたみ都大路を歩みつつ
 恋ひしきや何ぞわが古里
 あさもよし紀の国の
 牟婁むろの海山うみやま
 夏みかんたわわに実みの
 橘の花さくなべに
 とよもして啼くほととぎす
 心してな散らしそかのよき花を
 朝霧か若かりし日の
 わが夢ぞ
 そこに狭霧さぎらふ
 朝雲か望郷の
 わが心こそ
 そこにいさよへ
 空青し山青し海青し
 日はかがやかに
 南国の五月晴さつきばれこそゆたかなれ
 心も軽くうれしきに
 海わだの原見逈かさんと
 のぼり行く山辺の道は
 杉檜樟くすの芽吹きの
 花よりもいみじく匂ひ
 かぐはしき木の香薫じて
 のぼり行く路みちいくまがり
 しづかにも昇る煙の
 見まがふや香炉の煙

 山賤やまがつが吸ひのこしたる
 鄙ひなぶりの山の煙草の
 椿の葉焦げて落ちたり
 古いにしへの帝王たちも通はせし
 尾の上の道は果てを無
 ただつれづれに
 通ふべききはにあらねば
 目を上げてただに望みて
 いそのかみふるき昔をしのびつつ
 そぞろにも山を下りぬ
 歌まくら塵の世をはなれ小島をじま
 立ち騒ぐ波もや見むと
 辿り行く荒磯ありそ石原いしはら
 丹塗舟にぬりぶね影濃きあたり
 若者の憩へるあらば
 海の幸さちいさな捕る船の話も聞くべかり
 且つは問へ
 浦の浜木綿はまゆう幾重いくへなすあたり何処いづく
 いざさらば
 心ゆく今日のかたみに
 荒海の八重の潮路を運ばれて
 流れよる千種ちぐさ百種ももぐさ
 貝がらの数を集めて歌にそへ
 贈らばや都の子等に

 
  眼にて云ふ 宮沢賢治

だめでせう
 とまりませんな
 がぶがぶ湧いてゐるですからな
 ゆふべからねむらず血も出つづけなもんですから
 そこらは青くしんしんとして
 どうも間もなく死にさうです
 けれどもなんといゝ風でせう
 もう清明が近いので
 あんなに青ぞらからもりあがって湧くやうに
 きれいな風が来るですな
 もみぢの嫩芽と毛のやうな花に
 秋草のやうな波をたて
 焼痕のある藺草のむしろも青いです
 あなたは医学会のお帰りか何かは知りませんが
 黒いフロックコートを召して
 こんなに本気にいろいろ手あてもしていたゞけば
 これで死んでもまづは文句もありません
 血がでてゐるにかゝはらず
 こんなにのんきで苦しくないのは
 魂魄なかばからだをはなれたのですかな
 たゞどうも血のために
 それを云へないがひどいです
 あなたの方からみたらずゐぶんさんたんたるけしきでせうが
 わたくしから見えるのは
 やっぱりきれいな青ぞらと
 すきとほった風ばかりです。
 
 
  業の花びら 宮沢賢治

 夜の湿気と風がさびしくいりまじり
 松ややなぎの林はくろく
 そらには暗い業の花びらがいっぱいで
 わたくしは神々の名を録したことから
 はげしく寒くふるえてゐる

 
  告別 宮沢賢治

 おまへのバスの三連音が
 どんなぐあいに鳴ってゐたかを
 おそらくおまへはわかってゐまい
 その純朴さ希みに充ちたたのしさは
 ほとんどおれを草葉のやうに顫はせた
 もしもおまへがそれらの音の特性や
 立派な無数の順列を
 はっきり知って自由にいつでも使へるならば
 おまへは辛くてそしてかゞやく天の仕事もするだらう
 泰西著名の楽人たちが
 幼齢弦や鍵器をとって
 すでに一家をなしたがやうに
 おまへはそのころ
 この国にある皮革の鼓器と
 竹でつくった管くわんとをとった
 けれどもちゃうどおまへの年ごろで
 おまへの素質と力をもってゐるものは
 町と村との一万人のなかになら
 おそらく五人はあるだらう
 それらのひとのどの人もまたどのひとも
 五年のあひだにそれを大抵無くすのだ
 生活のためにけづられたり
 自分でそれをなくすのだ
 すべての才や力や材といふものは
 ひとにとゞまるものでない
 ひとさへひとにとゞまらぬ

 云はなかったが、
 おれは四月はもう学校に居ないのだ
 恐らく暗くけはしいみちをあるくだらう
 そのあとでおまへのいまのちからがにぶり
 きれいな音の正しい調子とその明るさを失って
 ふたたび回復できないならば
 おれはおまへをもう見ない
 なぜならおれは
 すこしぐらゐの仕事ができて
 そいつに腰をかけてるやうな
 そんな多数をいちばんいやにおもふのだ
 もしもおまへが
 よくきいてくれ
 ひとりのやさしい娘をおもふやうになるそのとき
 おまへに無数の影と光の像があらはれる
 おまへはそれを音にするのだ
 みんなが町で暮らしたり
 一日あそんでゐるときに
 おまへはひとりであの石原の草を刈る
 そのさびしさでおまへは音をつくるのだ
 多くの侮辱や窮乏の
 それらを噛んで歌ふのだ
 もしも楽器がなかったら
 いゝかおまへはおれの弟子なのだ
 ちからのかぎり
 そらいっぱいの
 光でできたパイプオルガンを弾くがいゝ

 
  稲作挿話 宮沢賢治

 あすこの田はねえ
 あの種類では窒素があんまり多過ぎるから
 もうきっぱりと灌水みづを切ってね
 三番除草はしないんだ
   ……一しんに畔を走って来て
     青田のなかに汗拭くその子……
 燐酸がまだ残ってゐない?
 みんな使った?
 それではもしもこの天候が
 これから五日続いたら
 あの枝垂れ葉をねえ
 斯ういふ風な枝垂れ葉をねえ
 むしってとってしまふんだ
   ……せわしくうなづき汗拭くその子
     冬講習に来たときは
     一年はたらいたあととは云へ
     まだかがやかな苹果のわらひをもってゐた
     いまはもう日と汗に焼け
     幾夜の不眠にやつれてゐる……
 それからいゝかい
 今月末にあの稲が
 君の胸より延びたらねえ
 ちゃうどシャツの上のぼたんを定規にしてねえ
 葉尖を刈ってしまふんだ
   ……汗だけでない
     泪も拭いてゐるんだな……

 君が自分でかんがへた
 あの田もすっかり見て来たよ
 陸羽一三二号のはうね
 あれはずゐぶん上手に行った
 肥えも少しもむらがないし
 いかにも強く育ってゐる
 硫安だってきみが自分で播いたらうみんながいろいろ云ふだらうが
 あっちは少しも心配ない
 反当三石二斗なら
 もうきまったと云っていゝ
 しっかりやるんだよ
 これからの本統の勉強はねえ
 テニスをしながら商売の先生から
 義理で教はることでないんだ
 きみのやうにさ
 吹雪やわづかの仕事のひまで
 泣きながら
 からだに刻んで行く勉強が
 まもなくぐんぐん強い芽を噴いて
 どこまでのびるかわからない
 それがこれからのあたらしい学問のはじまりなんだ
 ではさようなら
   ……雲からも風からも
     透明な力が
     そのこどもに
     うつれ……

 
  野の師父 宮沢賢治

 倒れた稲や萱穂の間
 白びかりする水をわたって
 この雷と雲とのなかに
 師父よあなたを訪ねて来れば
 あなたは縁に正しく座して
 空と原とのけはひをきいてゐられます
 日日に日の出と日の入に
 小山のやうに草を刈り
 冬も手織の麻を着て
 七十年が過ぎ去れば
 あなたのせなは松より円く
 あなたの指はかじかまり
 あなたの額は雨や日や
 あらゆる辛苦の図式を刻み
 あなたの瞳は洞よりうつろ
 この野とそらのあらゆる相は
 あなたのなかに複本をもち
 それらの変化の方向や
 その作物への影響は
 たとへば風のことばのやうに
 あなたののどにつぶやかれます
 しかもあなたのおももちの
 今日は何たる明るさでせう
 豊かな稔りを願へるままに
 二千の施肥の設計を終へ
 その稲いまやみな穂を抽いて
 花をも開くこの日ごろ
 四日つゞいた烈しい雨と
 今朝からのこの雷雨のために
 あちこち倒れもしましたが
 なほもし明日或は明后
 日をさへ見ればみな起きあがり
 恐らく所期の結果も得ます

 さうでなければ村々は
 今年も暗い冬を再び迎へるのです
 この雷と雨との音に
 物を云ふことの甲斐なさに
 わたくしは黙して立つばかり
 松や楊の林には
 幾すじ雲の尾がなびき
 幾層のつゝみの水は
 灰いろをしてあふれてゐます
 しかもあなたのおももちの
 その不安ない明るさは
 一昨年の夏ひでりのそらを
 見上げたあなたのけはひもなく
 わたしはいま自信に満ちて
 ふたゝび村をめぐらうとしています
 わたくしが去らうとして
 一瞬あなたの額の上に
 不定な雲がうかび出て
 ふたゝび明るく晴れるのは
 それが何かを推せんとして
 恐らく百の種類を数へ
 思ひを尽くしてつひに知り得ぬものではありますが
 師父よもしもやそのことが
 口耳の学をわづかに修め
 鳥のごとくに軽佻な
 わたくしに関することでありますならば
 師父よあなたの目力をつくし
 あなたの聴力のかぎりをもって
 わたくしのまなこを正視し
 わたくしの呼吸をお聞き下さい
 古い白麻の洋服を着て
 やぶけた絹張の洋傘はもちながら

尚わたくしは
 諸仏菩薩の護念によって
 あなたが朝ごと誦せられる
 かの法華経の寿量の品を
 命をもって守らうとするものであります
 それでは師父よ
 何たる天鼓の轟きでせう
 何たる光の浄化でせう
 わたくしは黙して
 あなたに別の礼をばします
 
 
  丁丁丁丁丁 宮沢賢治

      丁丁丁丁丁
      丁丁丁丁丁
  叩きつけられてゐる 丁
  叩きつけられてゐる 丁
 藻でまっくらな 丁丁丁
 塩の海  丁丁丁丁丁
   熱  丁丁丁丁丁
   熱 熱   丁丁丁
     (尊々殺々殺
      殺々尊々々
      尊々殺々殺
      殺々尊々尊)
 ゲニイめたうとう本音を出した
 やってみろ   丁丁丁
 きさまなんかにまけるかよ
   何か巨きな鳥の影
   ふう    丁丁丁
 海は青じろく明け   丁
 もうもうあがる蒸気のなかに
 香ばしく息づいて泛ぶ
 巨きな花の蕾がある

 
  (あかつちの) 八木重吉

 あかつちの
 くづれた土手をみれば
 たくさんの
 木のねっこがさがってた
 いきをのんでとほった


  (ああちやん) 八木重吉

 ああちやん!
 むやみと
 はらつぱをあるきながら
 ああちやん と
 よんでみた
 こひびとの名でもない
 ははの名でもない
 だれのでもない

 
  断片59 萩原恭次郎「断片」(昭和六)

 僕は君が生れた時隣りの部屋で
 夢中になつて君の母の苦しみを聞きながら原稿を書いてゐた
 だつて僕はその時金が一文もなかつたからさ
 僕は原稿を書き終へたら君は生れた
 僕は原稿をポストへ入れに出ながら
 わななく心を押へながら上野にゐる友達に金を借りに行つた
 僕はアーク灯のぼんやりした公園の森の中を
 声高々と歌を歌つて歩いて行つた
 自然に僕は歌つてゐたのだ
 僕は自分に気がついてからも歌つた
 僕は愉快でならなかつた
 友は金と一緒におむつとタオルを渡してくれた
 みな玄関に出て僕を見つめてゐた
 僕は皆の顔を見て笑つた
 僕はその金でどつさり思ひ切つて果物を買つて
 君の母の所へ帰つて来た
 だが 君は生れて
 父の生れた土地へも行かない
 母の生れた土地へも行かない
 両方とも僕達をきらつてゐるのさ
 僕はどつちへも通知しない
 然しそんな事が何んだ
 君はここの所から出発すればいいんだ
 何物も怖れるな
 勇敢なるかつ誠実なる戦ひの旗を
 僕は死ぬまで君のために振るよ。

 
  凸凹の皺
   萩原恭次郎「死刑宣告」(大正一四)

 目には幻む武蔵野原の秋草よ!
 青草原が踏みにぢられてより
 生活の路上に
 いくた祖先の生死の明滅が激昂せる世紀に呻いたであらう
 
 見よ
 無数車輪の叫喚
 蹴りゆく靴鋲
 方寸の隙なく
 一瞬の安意なく
 疾駆狂奔する
 高熱患者の
 利器の狂怒に
 あゝ 絶えず
 いぢりつけられるゝ道路の皺よ!
 
 荒き凹凸の皺よ!
 そは絶えまなき神経的な
 都会の狂痴にまかしをる地の母のかなしき微笑!
 
 あゝ われらが生活はかく黄色の煙りを吐きちらし
 目に青き草丘は消え
 赤熱の汽鑵にも似たる叫喚か!
 
 たどれば首府東京の曇空には
 無数の黒煙と飢餓の夕なり!

 
  愛は終了され
   萩原恭次郎「死刑宣告」(大正一四)

 母の胸には 無数の血さへにぢむ爪の跡!
 あるひは赤き打撲の傷の跡!
 投石された傷の跡! 歯に噛まれたる傷の跡!
 あゝそれら痛々しい赤き傷は
 みな愛児達の生存のための傷である!
 
 忘れられぬ乳房はもはや吸ふべきものでない
 転居の後の如く荒れすたれ
 あゝ 愛はすでに終了されたのだ!
 
 さるを今 ふたゝび母の胸を蹴る!
 新らしき世紀の恋人のため!
 新らしき世界に青年たるため!
 あゝ われ等は古き父の遺跡を
 見事に破壊するを主義とする!

 
  断片16
   萩原恭次郎「断片」(昭和六)

百の言葉をつらねて一つの事より逃げた者よ
 一つの言葉だけを発して黙つてゐる者よ
 言葉を発せず肉体と意志を馳つて
 無言の土に抱かれ帰つて睡りし者よ
 真に鎖づけられた生活の中より立つて生活し行きし者よ
 無言にして血みどろの者
 汝こそ 我等に輝く。

 
  るす
   高橋新吉「高橋新吉の詩集」(昭和24)

 留守と言へ
 ここには誰も居らぬと言へ
 五億年経つたら帰つて来る

 
  冬の雀
   高橋新吉「雀」(昭和四一)

 雀は風通しのよい体を持っている
 微風が胸毛に戦そよいでいる
 冬の冷い風が荒れ狂うて翼を破ろうとも
 雀は泰然としている
 
 雀の体の中には風ばかりで
 何もないからだ
 
 雀の胴体の中を風が吹いている
 吹き放しの風である
 
 空間のないところに雀はいる
 羽を散らすのも足を屈めるのも自由である
 
 お前を串刺しにして焼いて食べてやろう
 
 雀の横っ腹を
 弾が一つ外れて行った
 
 窓も家も忽たちまちに壊れた
 お前の腹の中を通り越して
 海辺に原潜が浮いている


  旅人かへらず(抄)
   西脇順三郎「旅人かへらず」(昭和二二)

  一
 
 旅人は待てよ
 このかすかな泉に
 舌を濡らす前に
 考へよ人生の旅人
 汝もまた岩間からしみ出た
 水霊にすぎない
 この考へる水も永劫には流れない
 永劫の或時にひからびる
 ああかけすが鳴いてやかましい
 時々この水の中から
 花をかざした幻影の人が出る
 永遠の生命を求めるは夢
 流れ去る生命のせせらぎに
 思ひを捨て遂に
 永劫の断崖より落ちて
 消え失せんと望むはうつつ
 さう言ふはこの幻影の河童
 村や町へ水から出て遊びに来る
 浮雲の影に水草ののびる頃
 
  二
 
 窓に
 うす明りのつく
 人の世の淋しき
 
  三
 
 自然の世の淋しき
 睡眠の淋しき

  四
 
 かたい庭
 
  五
 
 やぶがらし
 
  二八
 
 学問もやれず
 絵もかけず
 鎌倉の奥
 釈迦堂の坂道を歩く
 淋しい夏を過ごした
 あの岩のトンネルの中で
 石地蔵の頭をひろつたり
 草をつんだり
 トンネルの近くで
 下から
 うなぎを追つて来た二人の男に
 あつたこんな山の上で
 
  二九
 
 蒼白なるもの
 セザンの林檎
 蛇の腹
 永劫の時間
 捨てられた楽園に残る
 かけた皿

 
  近代の寓話
   西脇順三郎「近代の寓話」(昭和二八)

 四月の末の寓話は線的なものだ
 半島には青銅色の麦とキャラ色の油菜
 たおやめの衣のようにさびれていた
 考える故に存在はなくなる
 人間の存在は死後にあるのだ
 人間でなくなる時に最大な存在
 に合流するのだ私はいま
 あまり多くを語りたくない
 ただ罌粟の家の人々と
 形而上学的神話をやっている人々と
 ワサビののびる落合でお湯にはいるだけだ
 アンドロメダのことを私はひそかに思う
 向うの家ではたおやめが横になり
 女同士で碁をうっている
 ふところから手を出して考えている
 われわれ哲学者はこわれた水車の前で
 ツツジとアヤメをもって記念の
 写真をうつして又お湯にはいり
 それから河骨のような酒をついで
 夜中幾何的な思考にひたったのだ
 ベドウズの自殺論の話をしながら
 道玄坂をのぼった頃の彼のことを考え
 たり白髪のアインシュタインがアメリカの村を
 歩いていることなど思ってねむれない
 ひとりでネッコ川のほとりを走る
 白い道を朝早くセコの宿へ歩くのだ
 一本のスモヽの木が白い花をつけて
 道ばたに曲っている、ウグイスの鳴く方を
 みれば深山の桜はもう散っていた
 岩にしがみつく青ざめた菫、シャガの花
 はむらがって霞の中にたれていた
 私の頭髪はムジナの灰色になった

 忽然としてオフィーリア的思考
 野イチゴ、レンゲ草キンポウゲ野バラ
 スミレを摘んだ鉛筆と一緒に手に一杯
 にぎるこの花束
 あのたおやめのためにあの果てしない恋心れんしん
 のためにパスカルとリルケの女とともに
 この水精の呪いのために

 
  天気
   西脇順三郎「Ambarvalia」(昭和八)

 (覆された宝石)のやうな朝
 何人か戸口にて誰かとさゝやく
 それは神の生誕の日。

 
  青い夜道
   田中冬二「青い夜道」(昭和四)
 
 いつぱいの星だ
 くらい夜みちは
 星雲の中へでもはひりさうだ
 とほい村は
 青いあられ酒を あびてゐる
 
 ぼむ ぼうむ ぼむ
 
 町で修繕なほした時計を
 風呂敷包に背負つた少年がゆく
 
 ぼむ ぼむ ぼうむ ぼむ……
 
 少年は生きものを 背負つてるやうにさびしい
 
 ぼむ ぼむ ぼむ ぼうむ……
 
 ねむくなつた星が
 水気を孕んで下りてくる
 あんまり星が たくさんなので
 白い穀倉のある村への路を迷ひさうだ


  ふるさとにて
   田中冬二「青い夜道」(昭和四)

 ほしがれひをやくにほひがする
 ふるさとのさびしいひるめし時だ
 
 板屋根に
 石をのせた家々
 ほそぼそと ほしがれひをやくにほひがする
 ふるさとのさびしいひるめし時だ
 
 がらんとしたしろい街道を
 山の雪売りが ひとりあるいてゐる
          ――少年の日郷土越中にて――

 
  雪の日
   田中冬二「春愁」(昭和二二)

雪がしんしんと降つてゐる
 町の魚屋に赤い魚青い魚が美しい
 町は人通りもすくなく
 鶏もなかない 犬も吠えない
 暗いので電燈をともしてゐる郵便局に
 電信機の音だけがする
 雪がしんしんと降つてゐる
 雪の日はいつのまにか
 どこからともなく暮れる
 こんな日 山の獣や鳥たちは
 どうしてゐるだらう
 あのやさしくて臆病な鹿は
 どうしてゐるだらうか
 鹿はあたたかい春の日ざしと
 若草を慕つてゐる
 ゐのししはこんな日の夜には
 雪の深い山奥から雪の少い里近くまで
 餌をさがしに出て来るかも知れない
 お寺の柱に大きな穴をあけた啄木鳥は
 どうしてゐるだらう
 みんな寒いだらう
 すつかり暮れたのに
 雪がしんしんと降つてゐる
 夕餉の仕度の汁の匂ひがする
 
 
  冬日暮景
   田中冬二「山鴫」(昭和一〇)

 冬の日の暮
 広い台所にゆずが匂うてゐる
 洋燈らんぷがともると障子の藍ばんだ影がきえる
 
 軒端のきばにばつたり何かおちてきた
 散弾に傷ついた一羽の鴫しぎである
 
 さうしてさむい夜は霙となつた

 
  おつとせい
   金子光晴「鮫」(昭和12)

   一
 
 そのいきの臭えこと。
 くちからむんと蒸れる、
 
 そのせなかがぬれて、はか穴のふちのやうにぬらぬらしてること。
 虚無ニヒルをおぼえるほどいやらしい、
 おゝ、憂愁よ。
 
 そのからだの土嚢のやうな
 づづぐろいおもさ。かつたるさ。
 
 いん気な弾力。
 かなしいゴム。
 
 そのこゝろのおもひあがつてること。
 凡庸なこと。
 
 菊面あばた
 おほきな陰嚢ふぐり
 
 鼻先があをくなるほどなまぐさい、やつらの群衆におされつつ、
 いつも、おいらは、反対の方角をおもつてゐた。
 
 やつらがむらがる雲のやうに横行し
 もみあふ街が、おいらには、
 ふるぼけた映画フイルムでみる
 アラスカのやうに淋しかった。

   二
 
 そいつら。俗衆といふやつら。
 
 ヴォルテールを国外に追ひ、
 フーゴー・グロチウスを獄にたゝきこんだのは、やつらなのだ。
 
 バタビアから、リスボンまで、地球を芥垢ほこりと、饒舌おしやべり
 かきまはしてゐるのもやつらなのだ。
 
 嚏くさめをするやつ。髯のあいだから歯くそをとばすやつ。
  かみころすあくび、
 きどつた身振り、しきたりをやぶつたものには、おそれ、ゆびさし、
 むほん人だ、狂人きちがひだとさけんで、がやがやあつまるやつ。そいつら。
 そいつらは互いに夫婦めをとだ。権妻だ。
  やつらの根性まで相続うけつぐ伜どもだ。
 うすぎたねえ血のひきだ。あるいは朋党だ。そのまたつながりだ。
 そして、かぎりもしれぬむすびあひの、からだとからだの障壁が、
 海流をせきとめるやうにみえた。
 
 おしながされた海に、霙みぞれのやうな陽がふり濺そそいだ。
 やつらのみあげるそらの無限にそうていつも、金網があつた。
 
 …………けふはやつらの婚姻の祝ひ
 きのふはやつらの旗日だつた。
 ひねもす、ぬかるみのなかで、砕氷船が氷をたゝくのきいた。
 
 のべつにおじぎをしたり、ひれとひれとをすりあはせ、
 どうたいを樽のやうにころがしたり、そのいやしさ、
 空虚むなしさばつかりで雑鬧ざつたうしながらやつらは、
 みるまに放尿の泡あぶくで、海水をにごしていつた。
 
 たがいの体温でぬくめあふ、零落のむれをはなれる寒さをいとうて、
 やつらはいたはりあふめつきをもとめ、かぼそい声でよびかはした。

   三
 
 おゝ。やつらは、どいつも、こいつも、まよなかの街よりくらい、
 やつらをのせたこの氷塊が、たちまち、さけびもなくわれ、
 深潭しんたんのうへをしづかに辷りはじめるのを、すこしも気づかずにゐた。
 みだりがはしい尾をひらいてよちよちと、
 やつらは氷上を匍ひまはり、
 …………文学などを語りあつた。
 
 うらがなしい暮色よ。
 凍傷しもやけにたゞれた落日の掛軸よ!
 
 だんだら縞のながい影を曳き、みわたすかぎり頭をそろへて、
 拝礼してゐる奴らの群集のなかで、
 侮蔑しきつたそぶりで、
 たゞひとり、
 反対をむいてすましてるやつ。
 
 おいら。
 おつとせいのきらひなおつとせい。
 だが、やつぱりおつとせいはおつとせいで
 たゞ
 「むかうむきになつてる
 おつとせい。」

 
  灯台
   金子光晴「鮫」(昭和一二)

   一
 
 そらのふかさをのぞいてはいけない。
 そらのふかさには、
 神さまたちがめじろおししてゐる。
 
 飴のやうなエーテルにただよふ、
 天使の腋毛。
 鷹のぬけ毛。
 青銅からかねの灼けるやうな凄じい神さまたちのはだのにほひ。
 秤かんかん
 
 そらのふかさをみつめてはいけない。
 その眼はひかりでやきつぶされる。
 
 そらのふかさからおりてくるものは、永劫にわたる
 権力だ。
 
 そらにさからふものへの
 刑罰だ。
 
 信心ふかいたましひだけがのぼる
 そらのまんなかにつつ立つた。
 いつぽんのしろい蝋燭。
 ――灯台。
 
   二
 
 それこそは天の灯守あかしもり。海のみちしるべ。
 (こころのまづしいものは、福さいはひなるかな。)

 包茎。
 禿頭のソクラテス。
 薔薇の花のにほひを焚きこめる朝燉てうとんの、
  灯台の白堊はくあにそうて辷りながら、
  おいらはそのまはりを一巡りする。
  めやにだらけなこの眼が、はるばるといただきをながめる。
 
 ……三位一体。愛。不滅の真理。それら至上のことばの苗床。
  ながれる瑠璃のなかの、一滴の乳。
 
 神さまたちの咳や、いきぎれが手にとるやうにきこえるふかさで、
 灯台はたゞよひ、
 
 灯台は、耳のやうにそよぐ
 
   三
 
 こころをうつす明鏡だといふそらをかつては、忌みおそれ、
 ――神はゐない。
 と、おろかにも放言した。
 それだのにいまこの身辺の、神のいましめのきびしいことはどうだ。
  うまれおちるといふことは、
  まづ、このからだを神にうられることだつた。
  おいらたちのいのちは、神の富であり、犠いけにへとならば、
  すゝみたつてこのいのちをすてねばならないのだ。
 ……………………。
 ……………………。
 
 つぶて、翼、唾、弾丸たま、なにもとどかぬたかみで、安閑として、
 神は下界をみおろしてゐる。
 かなしみ、憎み、天のくらやみを指して、おいらは叫んだ。
 ――それだ。そいつだ。そいつを曳ひきづりおろすんだ。

 だが、おいらたち、おもひあがつた神の冒涜者、
 自由を求めるもののうへに、たちまち、冥罰はくだつた。
 雷鳴。
 いや、いや、それは、
 灯台の鼻つ先でぶんぶまはる
 ひつつこい蝿ども。
 威嚇するやうに雁行し、
 つめたい歯をむきだしてひるがへる
 一つ
 一つ
 神託をのせた
 五台の水上爆撃機。


  洗面器
   金子光晴「女たちへのエレジー」(昭和二四)

 (僕は長年のあひだ、洗面器といふうつはは、僕たちが顔や手を洗ふのに湯、水を入れるものとばかり思つてゐた、ところが、爪哇ジヤワ人たちは、それに羊カンビンや、魚イカンや、鶏や果実などを煮込んだカレー汁をなみなみとたたへて、花咲く合歓木ねむの木蔭でお客を待つてゐるし、その同じ洗面器にまたがつて広東カントンの女たちは、嫖客へうかくの目の前で不浄をきよめ、しやぼりしやぼりとさびしい音を立てて尿いばりをする。)

 洗面器のなかの
 さびしい音よ。
 
 くれてゆく岬タンジヨン
 雨の碇泊とまり
 
 ゆれて、
 傾いて、
 疲れたこころに
 いつまでもはなれぬひびきよ。
 
 人の生のつづくかぎり
 耳よ。おぬしは聴くべし。
 
 洗面器のなかの
 音のさびしさを。

 
  くらげの唄
   金子光晴「人間の悲劇」(昭和二七)

 ゆられ、ゆられ
 もまれもまれて
 そのうちに、僕は
 こんなに透きとほつてきた。
 
 だが、ゆられるのは、らくなことではないよ。
 
 外からも透いてみえるだろ。ほら。
 僕の消化器のなかには
 毛の禿びた歯刷子はブラシが一本、
 それに、黄ろい水が少量。
 
 心なんてきたならしいものは
 あるもんかい。いまごろまで。
 はらわたもろとも
 波がさらつていつた。
 
 僕? 僕とはね、
 からつぽのことなのさ。
 からつぽが波にゆられ、
 また、波にゆりかへされ。
 
 しをれたのかとおもふと、
 ふぢむらさきにひらき、
 夜は、夜で
 ランプをともし。
 
 いや、ゆられてゐるのは、ほんたうは
 からだを失くしたこころだけなんだ。
 こころをつつんでゐた
 うすいオブラートなのだ。
 
 いやいや、こんなにからつぽになるまで
 ゆられ、ゆられ
 もまれ、もまれた苦しさの
 疲れの影にすぎないのだ!

 
  星と枯草
   壺井繁治「壺井繁治詩集」(昭和一七)

 星と枯草が話していた
 静かな夜更け
 私のまわりにだけ風が吹いていた
 何かさびしく
 彼等の話に加わろうとしたら
 星が天上から落ちて来た
 枯草の中をさがしてみたけれども
 星は遂に見つからなかつた
 
 朝
 目をさますと
 重たい石が一つ
 こころの中に落ちていた
 それから毎日
 私は独言ひとりごとをいつている
 石はいつ星になるだろう
 石はいつ星になるだろう

 
  熊
   壺井繁治「壺井繁治詩集(真理社版)」(昭和二三)

 三月なかばだというのに
 今朝は珍らしい大雪だ
 長靴をはいて
 雪の中をざくざく歩くと
 これはまたわが足跡のなんと大きなこと
 東京のまんなかで熊になつた
 人間は居らぬか
 人間という奴は居らぬか

 
  その岩
   壺井繁治「果実」(昭和二一)

 その岩は国のまん中にどっかとすわっていた
 どっかとすわって動かない岩
 それは何万貫とも計りしれぬ重みをもってわれらの上にのしかかり
 その重みに堪えかねて起る悲鳴すら圧しつぶされ
 その岩は国のまん中にどっかとすわっていた
 
 その岩に近寄ったことがあるか?
 重い刑罰……
 その岩に手を触れたことがあるか?
 死の刑罰
 
 それ故にひとびと多く
 ただ恐れおののいて
 遠くよりその岩を仰ぎ見るばかりだった
 かくて歳月の流れ行くままに
 その岩は年ふり
 苔蒸し
 国のまん中にどっかとすわっていた
 
 その岩はなんの岩だろう
 その岩はなんの岩だろう
 ああ、それさえうかつに口に出来ぬ永い昼と夜の連続つらなり
 ある者はこころの中で神と呼ぶ
 ある者はこころの中で悪魔と罵る
 
 その岩蔭から吹いて来る風は
 いつもひやりと心臓を撫でた
 その岩は神か悪魔か?
 神なれば、血と犠牲を好む神!
 その神に召された者のなんと多く
 一握りの骨屑となって帰って来たことだろう

屍の山
 勲章の山
 それは早やきのうのこととなった
 今こそ、その岩について考えねばならぬ
 なお国のまん中にすわって動こうとしない岩
 なおわれらのゆくてに立ち塞がって道を遮る岩
 
 その岩の重さはすでに測りつくされた
 その岩の重心は失われんとしている
 その岩を動かすには何よりも挺子が必要だ
 ひとびとよ、手を出せ
 鉄の
 金属の挺子は要らぬ
 心臓からの怒りが指先にまでほとばしる百万の手
 それらがその岩を動かす挺子となるのだ
 
 
  氷河
   壺井繁治「壺井繁治詩集」(昭和一七)

 とぼしき花を眺めて
 日は暮るる
 
 花のまわりの
 空気いよいよ冷え
 もはや蝶も姿見せず
 
 どこからも便りなく
 秋の夜を
 虫の声
 水のごとく流る
 
 何を求めて鳴き通す虫の声ぞ
 わがこころのなかに流れ来たりて
 ついに氷河となる

 
  母
   吉田一穂「海の聖母」(大正一五)

 あゝ麗はしい距離デスタンス
 常に遠のいてゆく風景……
 悲しみの彼方、母への、
 捜り打つ夜半の最弱音ピアニツシモ

 
  少年思慕調
   吉田一穂「海の聖母」(大正一五)

 虫の約束に林を渡る啄木鳥きつつきよ。
 (鴨は谿たにの月明りに水浴みあみしてゐる)
 
 参星オリオンが来た! この麗はしい夜天の祝祭まつり
 裏の流れは凍り、音も絶え、
 遠く雪嵐が吼えてゐる……
 
 落葉松からまつ林の罠に、何か獲物が陥ちたであらう。
 弟よ、晨あした、雪の上に新しい獣の足跡を探しに行かう。

 
  白鳥
   吉田一穂「未来者」(昭和二三)

   一
 
 掌に消える北斗の印いん
 ……然れども開かねばならない、この内部の花は。
 背後うしろで漏沙すなどけいが零れる。
 
   二
 
 燈ラムプを点ける、竟には己れへ還るしかない孤独に。
 野鴨が渡る。
 水上みなかみは未だ凍つてゐた。
 
   三
 
 薪を割る。
 雑草の村落むらは眠つてゐる。
 砂洲デルタが拡おほきく形成されつゝあつた。
 
   四
 
 石臼の下の蟋蟀。
 約翰伝第二章・一粒の干葡萄。
 落日。
 
   五
 
 耕地は歩いて測つた、古いにしへの種を握つて。
 野の花花、謡ふ童女は孤り。
 茜。
 
   六
 
 蘆の史前……
 水鳥の卵を手に莞爾につこり、萱疵なめながら、
 須佐之男のこの童子
 産土うぶすなで剣つるぎを鍛つ。

   七
 
 碧落を湛へて地下の清洌と噴きつらなる一滴の湖。
 湖心に鉤を投げる。
 白鳥は来るであらう、火環島弧の古いにしへの道を。
 
   八
 
 白い円の仮説。
 硝子の子午線。
 四次元落体。
 
   九
 
 波が喚わめいてゐる。
 無始の汀線に鴉の問がつゞく
 砂の浸蝕……
 
   一〇
 
 無燈の船が入港はひる、北十字キグヌスを捜りながら。
 磁極三〇度斜角の新しい座標系に、
 古代緑地の巨象が現れてくる。
 紛なくしたサンタ・マリヤ号の古い設計図。
 
   一一
 
 未知から白鳥は来る。
 日月や星が波くゞる真珠海市かひやぐら
 何処へ、我れてふ自明の眩暈めまひ……
 
   一二
 
 時の鐘が蒼白い大気を顫はせる。
 誰れも彼も還らない……
 屋上に鳥の巣が壊れかゝつてゐる。

   一三
 
 灯を消す、燐を放つて夢のみが己れを支へる。
 枯蘆が騒ざわめいてゐる。
 もう冬の星座がきてゐた。
 
   一四
 
 ユークリッド星座。
 同心円をめぐる人・獣・神の、我れの垂直に、
 氷蝕輪廻が軋んでゆく。
 終夜、漂石が崩れる。
 
   一五
 
 地に砂鉄あり、不断の泉湧く。
 また白鳥は発つ!
 雲は騰あがり、塩こゞり成る、さわけ山河やまかは

 
  砲塁
   丸山薫「帆・ランプ・鴎」(昭和七)

 破片は一つに寄り添はうとしてゐた
 亀裂はいま頬笑まうとしてゐた
 砲身は起き上つて
 ふたたび砲架に坐らうとしてゐた
 みんな儚い原形を夢みてゐた
 ひと風ごとに砂に埋れていつた
 見えない海
 候鳥の閃き

 
  水の精神
   丸山薫「鶴の葬式」(昭和一〇)

水は澄んでゐても 精神こころははげしく思ひ惑つてゐる
 思ひ惑つて揺れてゐる
 水は気配を殺してゐたい それだのにときどき声をたてる
 水は意志を鞭で打たれてゐる が匂ふ 息づいてゐる
 水にはどうにもならない感情がある
 その感情はわれてゐる 乱れてゐる 希望が失くなつてゐる
 だしぬけに傾く 逆立ちする 泣き叫ぶ
  落ちちらばふ――ともすればそんな夢から覚める
 そのあとで いつそう侘しい色になる
 水はこころをとり戻したいとしきりに祷いの
 祷りはなかなか叶へてくれない
 水は訴へたい気持で胸がいつぱいになる
 じつさい いろんなことを喋つてみる
  が言葉はなかなか意味にならない
 いつたい何処から湧いてきたのだらうと疑つてみる
 形のないことが情けない
 軈やがて憤いかりは重つてくる 膨れる 溢れる 押へきれない
 棄鉢すてばちになる
 けれどやつぱり悲しくて 自分の顔を忘れようとねがふ
 瞬間――忘れたと思つた
 水はまだ眼を開かない
 陽が優しく水の瞼をさすつてゐる
 
 
  神
   丸山薫「一日集」(昭和一一)
 
 大声で喚き出し
 そのまま岩に彫り込まれてしまつた
 喚きはいまもつづいてゐる
 光のやうに天まで
 
 なにも聴えない

 
  犀と獅子
   丸山薫「物象詩集」(昭和一六)

犀が走つてゐた
 その背に獅子が乗り縋つてゐた
 彼は噛みついてゐた
 血が噴き上り 苦痛の頸くびをねぢつて
 犀は天を仰いでゐた。
 天は蒼くひつそりとして
 昼間の月が浮んでゐた
 
 これは絵だつた
 遠く密林の国の一瞬の椿事だつた
 だから風景は黙し
 二頭の野獣の姿もそのままだつた
 ただ しじまの中で
 獅子は刻々殺さうとしてゐた
 犀は永遠に死なうとしてゐた
 
 
  雑草
   北川冬彦「実験室」(昭和一六)

 雑草が
 あたり構はず
 延び放題に延びてゐる。
 この景色は胸のすく思ひだ
 人に踏まれたりしてゐたが
 いつの間にか
 人の膝を没するほどに伸びてゐる。
 ところによつては
 人の姿さへ見失ふほど
 深いところがある。
 この景色は胸のすく思ひだ
 伸び蔓はびこれるときは
 どしどし延び拡がるがいゝ。
 そして見栄えはしなくとも
 豊かな花をどつさりと咲かせることだ。

 
  鳥の一瞥
   北川冬彦「馬と風景」(昭和二七)

 胴体から
 首が
 離れていていいわけはないように
 
 指が腕から
 足が脚から
 離れていていいわけはない
 
 しかし
 腕から指が
 脚から足が
 離ればなれになっている情景は
 
 鳥の一瞥が
 その小さな網膜に まざまざと焼付けている
 鳥は墜ちても
 その情景は、小さな網膜と倶ともに腐化し去ることはないであろう
 
 飛散した指は
 足は
 首は
 その位置を恢復せねばならぬ
 その位置を恢復せねばならぬ
  (飛散した指が 足が 首が
       瞑目するのはそのときである)

 
  乳母車
   三好達治「測量船」(昭和五)

 母よ――
 淡くかなしきもののふるなり
 紫陽花あぢさゐいろのもののふるなり
 はてしなき並樹なみきのかげを
 そうそうと風のふくなり
 
 時はたそがれ
 母よ 私の乳母車うばぐるまを押せ
 泣きぬれる夕陽ゆふひにむかつて
 轔々りんりんと私の乳母車を押せ
 
 赤い総ふさある天鵞絨びらうどの帽子を
 つめたき額ひたひにかむらせよ
 旅いそぐ鳥の列にも
 季節は空を渡るなり
 
 淡くかなしきもののふる
 紫陽花いろのもののふる道
 母よ 私は知つてゐる
 この道は遠く遠くはてしない道

 
  大阿蘇
   三好達治「春の岬」(昭和一四)

 雨の中に、馬がたつてゐる
 一頭二頭仔馬をまじへた馬の群れが 雨の中にたつてゐる
 雨は蕭蕭と降つてゐる
 馬は草を食べてゐる
 尻尾も背中も鬣たてがみも ぐつしよりと濡れそぼつて
 彼らは草をたべてゐる
 草をたべてゐる
 あるものはまた草もたべずに
  きよとんとしてうなじを垂れてたつてゐる
 雨は降つてゐる 蕭蕭と降つてゐる
 山は煙をあげてゐる
 中岳の頂きから
  うすら黄ろい 重つ苦しい噴煙が濛濛もうもうとあがつてゐる
 空いちめんの雨雲と
 やがてそれはけぢめもなしにつづいてゐる
 馬は草をたべてゐる
 艸千里浜のとある丘の
 雨に洗はれた青草を 彼らはいつしんにたべてゐる
 たべてゐる
 彼らはそこにみんな静かにたつてゐる
 ぐつしよりと雨に濡れて
  いつまでもひとつところに 彼らは静かに集つてゐる
 もしも百年が この一瞬の間にたつたとしても
  何の不思議もないだらう
 雨が降つてゐる 雨が降つてゐる
 雨は蕭蕭と降つてゐる
 
 

獅子宮 毛虫 夕ぐれの時はよい時 冬日抄 柚の実 梯子 一握の玻璃 海辺の恋 少年の日 秋刀魚の歌 望郷五月歌 眼にて云ふ 業の花びら 告別 稲作挿話 野の師父 丁丁丁丁丁 あかつちの ああちやん 断片59 凸凹の皺 愛は終了され 断片16 るす 冬の雀 旅人かへらず 近代の寓話 天気 青い夜道 ふるさとにて 雪の日 冬日暮景 おつとせい 灯台 洗面器 くらげの唄 星と枯草  その岩 氷河  少年思慕調 白鳥 砲塁 水の精神  犀と獅子 雑草 鳥の一瞥 乳母車 大阿蘇 戻る