新古今和歌集

巻第一 春上
〇〇〇一
 春立つ心をよみ侍りける 摂政太政大臣(藤原良経)
み吉野は山もかすみて白雪の
ふりにし里に春は来にけり
〇〇〇二
 春のはじめの 太上天皇(後鳥羽院)
ほのぼのと春こそ空に来にけらし
天の香具山かすみたなびく
〇〇〇三
 百首奉りし時、春の 式子内親王
山ふかみ春ともしらぬ松のとに
たえだえかかる雪のたまみづ
〇〇〇四
 五十首奉りし時 宮内卿(源師光女)
かきくらしなほふる里の雪のうちに
跡こそ見えね春は来にけり
〇〇〇五
 入道前関白太政大臣(藤原兼実)、右大臣に侍りける時、百首よませ侍りけるに、立春の心を
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
けふといへばもろこしまでもゆく春を
都にのみと思ひけるかな
〇〇〇六
 題しらず 俊恵法師
春といへばかすみにけりなきのふまで
波間に見えし淡路島山
〇〇〇七
 (題しらず) 西行法師
岩間とぢし氷もけさはとけそめて
苔のしたみづ道もとむらむ
〇〇〇八
 (題しらず) 読人しらず
風まぜに雪はふりつつしかすがに
霞たなびき春は来にけり
〇〇〇九
 (題しらず) (読人しらず)
時はいまは春になりぬとみ雪ふる
遠き山べに霞たなびく
〇〇一〇
 堀河院御時百首奉りけるに、残りの雪の心をよみ侍りける 権中納言国信(源国信)
春日野の下もえわたる草の上に
つれなく見ゆる春のあは雪
〇〇一一
 題しらず 山辺赤人
あすからは若菜つまむとしめし野に
きのふもけふも雪はふりつつ
〇〇一二
 天暦御時屏風 壬生忠見
春日野の草はみどりになりにけり
若菜摘まむとたれかしめけむ
〇〇一三
 崇徳院に百首奉りける時、春の
 前参議教長(藤原教長)
若菜つむ袖とぞ見ゆる春日野の
飛火の野辺の雪のむらぎえ
〇〇一四
 延喜御時の屏風に 紀貫之
ゆきて見ぬ人もしのべと春の野の
かたみにつめる若菜なりけり
〇〇一五
 述懐百首よみ侍りけるに、若菜
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
沢に生ふる若菜ならねどいたづらに
年をつむにも袖は濡れけり
〇〇一六
 日吉社によみて奉りける子日の (藤原俊成)
さざなみやしがの浜松ふりにけり
たがよにひけるねの日なるらむ
〇〇一七
 百首奉りし時 藤原家隆朝臣
谷川のうち出づる波も声たてつ
鶯さそへ春の山風
〇〇一八
 和所にて、関路鶯といふことを
 太上天皇(後鳥羽院)
鶯の鳴けどもいまだふる雪に
杉の葉しろき逢坂の山
〇〇一九
 堀河院に百首奉りける時、のこりのゆきの心をよみ侍りける 藤原仲実朝臣
春きては花とも見よと片岡の
松の上葉にあは雪ぞ降る
〇〇二〇
 題しらず 中納言家持(大伴家持)
巻向の檜原のいまだくもらねば
小松が原にあは雪ぞふる
〇〇二一
 (題しらず) 読人しらず
いまさらに雪ふらめやもかげろふの
もゆる春日となりにしものを
〇〇二二
 (題しらず) 凡河内躬恒
いづれをか花とはわかむふるさとの
春日の原にまだきえぬ雪
〇〇二三
 家の百首合に、余寒の心を
 摂政太政大臣(藤原良経)
空はほを霞みもやらず風さえて
雪げにくもる春の夜の月
〇〇二四
 和所にて、春山月といふ心をよめる
 越前(大中臣公親女)
山ふかみなほかげ寒し春の月
空かきくもり雪はふりつつ
〇〇二五
 詩をつくらせてに合はせ侍りしに、水郷春望といふことを 左衛門督通光(源通光)
三島江や霜もまだひぬ蘆の葉に
つのぐむほどの春風ぞ吹く
〇〇二六
 (詩をつくらせてに合はせ侍りしに、水郷春望といふことを) 藤原秀能
夕月夜しほ満ちくらし難波江の
蘆の若葉にこゆる白波
〇〇二七
 春のとて 西行法師
降りつみし高嶺のみ雪とけにけり
清滝川の水の白波
〇〇二八
 (春のとて) 源重之
梅が枝にものうきほどに散る雪を
花ともいはじ春の名だてに
〇〇二九
 (春のとて) 山辺赤人
あづさゆみはる山ちかく家居して
たえず聞きつる鶯の声
〇〇三〇
 (春のとて) 読人しらず
梅が枝に鳴きてうつろふうぐひすの
羽根しろたへにあは雪ぞふる
〇〇三一
 百首奉りし時 惟明親王
鶯の涙のつららうちとけて
古巣ながらや春をしるらむ
〇〇三二
 題しらず 志貴皇子
岩そそくたるみの上のさわらびの
もえ出づる春になりにけるかな
〇〇三三
 百首奉りし時 前大僧正慈円
あまの原富士のけぶりの春の色の
霞になびくあけぼのの空
〇〇三四
 崇徳院に百首奉りける時 藤原清輔朝臣
朝霞深く見ゆるやけぶり立つ
室の八島のわたりなるらむ
〇〇三五
 晩霞といふことをよめる
 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
なごの海の霞のまよりながむれば
入る日をあらふ沖つ白波
〇〇三六
 をのこども詩をつくりてに合はせ侍りしに、水郷春望といふことを 太上天皇(後鳥羽院)
見わたせば山もとかすむ水無瀬川
夕べは秋となに思ひけむ
〇〇三七
 摂政太政大臣家百首合に、春の曙といふ心をよみ侍りける 藤原家隆朝臣
かすみたつ末の松山ほのぼのと
波にはなるる横雲の空
〇〇三八
 守覚法親王、五十首よませ侍りけるに
 藤原定家朝臣
春の夜の夢の浮橋とだえして
峰にわかるる横雲の空
〇〇三九
 如月まで梅の花咲き侍らざりける年、よみ侍りける
 中務(敦慶親王女)
しるらめや霞の空をながめつつ
花もにほはぬ春をなげくと
〇〇四〇
 守覚法親王家五十首に 藤原定家朝臣
大空は梅のにほひに霞みつつ
くもりもはてぬ春の夜の月
〇〇四一
 題しらず 宇治前関白太政大臣(藤原頼通)
折られけりくれなゐにほふ梅の花
けさ白妙に雪はふれれど
〇〇四二
 垣根の梅をよみ侍りける 藤原敦家朝臣
あるじをばたれともわかず春は
ただ垣根の梅をたづねてぞみる
〇〇四三
 梅花遠薫といへる心をよみ侍りける 源俊頼朝臣
心あらばとはましものを梅の花
たが里よりかにほひ来つらむ
〇〇四四
 百首奉りし時 藤原定家朝臣
梅の花にほひをうつす袖の上に
軒もる月の影ぞあらそふ
〇〇四五
 (百首奉りし時) 藤原家隆朝臣
梅が香に昔をとへば春の月
こたへぬ影ぞ袖にうつれる
〇〇四六
 千五百番の合に 右衛門督通具(源通具)
梅の花たが袖ふれしにほひぞと
春や昔の月にとはばや
〇〇四七
 (千五百番の合に) 皇太后宮大夫俊成女
梅の花あかぬ色香も昔にて
おなじ形見の春の夜の月
〇〇四八
 梅の花にそへて大弐三位につかはしける
 権中納言定頼(藤原定頼)
見ぬ人によそへて見つる梅の花
散りなむのちのなぐさめぞなき
〇〇四九
 返し 大弐三位(藤原宣孝女賢子)
春ごとに心をしむる花のえに
たがなほざりの袖かふれけむ
〇〇五〇
 二月雪落衣といふことをよみ侍りける 康資王母
梅散らす風もこえてや吹きつらむ
かほれる雪の袖に乱るる
〇〇五一
 題しらず 西行法師
とめ来かし梅さかりなるわが宿を
うときも人は折にこそよれ
〇〇五二
 百首奉りしに、春の 式子内親王
ながめつるけふは昔になりぬとも
軒ばの梅は我を忘るな
〇〇五三
 土御門内大臣(源通親)の家に、梅香留袖といふ事をよみ侍りけるに 藤原有家朝臣
散りぬればにほひばかりを梅の花
ありとや袖に春風の吹く
〇〇五四
 題しらず 八条院高倉
ひとりのみながめて散りぬ梅の花
しるばかりなる人はとひこで
〇〇五五
 文集嘉陵春夜詩、不明不暗朧々月といへることをよみ侍りける 大江千里
照りもせず曇りもはてぬ春の夜の
おぼろ月夜にしく物ぞなき
〇〇五六
 祐子内親王藤壺に住み侍りけるに、女房、上人など、さるべきかぎり物語りして、春秋のあはれ、いづれにか心ひくなど、あらそひ侍りけるに、人びとおほく秋に心をよせ侍りければ 菅原孝標女
あさみどり花もひとつにかすみつつ
おぼろに見ゆる春の夜の月
〇〇五七
 百首奉りし時 源具親
難波潟霞まぬ波もかすみけり
うつるも曇るおぼろ月夜に
〇〇五八
 摂政太政大臣家百首合に 寂蓮法師
いまはとてたのむの雁もうちわびぬ
おぼろ月夜のあけぼのの空
〇〇五九
 刑部卿頼輔、合し侍りけるに、よみてつかはしける
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
聞く人ぞ涙はおつる帰る雁
鳴きてゆくなるあけぼのの空
〇〇六〇
 題しらず 読人しらず
ふるさとに帰る雁がねさよふけて
雲路にまよふ声聞こゆなり
〇〇六一
 帰る雁を 摂政太政大臣(藤原良経)
忘るなよたのむの沢をたつ雁も
稲葉の風の秋の夕暮れ
〇〇六二
 百首奉りし時 (藤原良経)
かへる雁いまはの心有明と
花との名こそをしけれ
〇〇六三
 守覚法親王の五十首に 藤原定家朝臣
霜まよふ空にしをれしかりがねの
帰るつばさに春雨ぞふる
〇〇六四
 閑中春雨といふことを 大僧正行慶
つくづくと春のながめのさびしきは
しのぶに伝ふ軒の玉水
〇〇六五
 寛平御時后の宮の合 伊勢
水のおもにあや織りみだる春雨や
山のみどりをなべて染むらむ
〇〇六六
 百首奉りし時 摂政太政大臣(藤原良経)
ときはなる山の岩根にむす苔の
染めぬみどりに春雨ぞふる
〇〇六七
 清輔朝臣のもとにて、雨中苗代といふことをよめる
 勝命法師
雨ふれば小田のますらをいとまあれや
なはしろ水を空にまかせて
〇〇六八
 延喜御時屏風に 凡河内躬恒
春雨の降りそめしより青柳の
糸のみどりぞ色まさりける
〇〇六九
 題しらず 太宰大弐高遠(藤原高遠)
うちなびき春は来にけり青柳の
影ふむ道に人のやすらふ
〇〇七〇
 (題しらず) 輔仁親王
み吉野の大川野への古柳
かげこそ見えね春めきにけり
〇〇七一
 百首の中に 崇徳院御
あらし吹く岸の柳のいなむしろ
おりしく波にまかせてぞみる
〇〇七二
 建仁元年三月合に、霞隔遠樹といふことを
 権中納言公経(西園寺公経)
高瀬さす六田の淀のやなぎはら
みどりも深く霞む春かな
〇〇七三
 百首よみ侍りける時、春とてよめる 殷富門院大輔
春風の霞吹きとく絶えまより
乱れてなびく青柳の糸
〇〇七四
 千五百番合に、春 藤原雅経
白雲の絶えまになびく青柳の
葛城山に春風ぞ吹く
〇〇七五
 (千五百番合に、春) 藤原有家朝臣
青柳の糸に玉ぬく白露の
しらずいくよの春か経ぬらむ
〇〇七六
 (千五百番合に、春) 宮内卿(源師光女)
うすくこき野辺のみどりの若草に
跡まで見ゆる雪のむらぎえ
〇〇七七
 題しらず 曾禰好忠
荒小田の去年のふるあとのふるよもぎ
今は春べとひこばへにけり
〇〇七八
 (題しらず) 壬生忠見
焼かずとも草はもえなむ春日野を
ただ春の日にまかせたらなむ
〇〇七九
 (題しらず) 西行法師
吉野山桜が枝に雪散りて
花おそげなる年にもあるかな
〇〇八〇
 白河院、鳥羽におはしましける時、人々、
 山家待花といへる心をよみ侍りけるに 藤原隆時朝臣
桜花咲かばまづ見むと思ふまに
日数へにけり春の山里
〇〇八一
 亭子院合 紀貫之
わが心春の山べにあくがれて
ながながし日を今日もくらしつ
〇〇八二
 摂政太政大臣家百首合に、野遊の心を 藤原家隆朝臣
思ふどちそこともしらずゆきくれぬ
花の宿かせ野辺の鶯
〇〇八三
 百首奉りしに 式子内親王
いま桜咲きぬと見えてうす曇り
春にかすめる世のけしきかな
〇〇八四
 題しらず 読人しらず
ふして思ひ起きてながむる春雨に
花のしたひもいかにとくらむ
〇〇八五
 (題しらず) 中納言家持(大伴家持)
行かむ人来む人しのべ春霞
立田の山の初桜花
〇〇八六
 花とてよみ侍りける 西行法師
吉野山こぞのしをりの道かへて
まだ見ぬかたの花をたづねむ
〇〇八七
 和所にてつかうまつりしに、春のとてよめる 寂蓮法師
葛城や高間の桜咲きにけり
立田の奥にかかる白雲
〇〇八八
 題しらず 読人しらず
石の上ふるき都を来てみれば
昔かざしし花咲きにけり
〇〇八九
 (題しらず) 源公忠朝臣
春にのみとしはあらなむ荒小田を
かへすがへすも花を見るべく
〇〇九〇
 八重桜を折りて、人のつかはして侍りければ
 道命法師
白雲の立田の山の八重桜
いづれを花とわきて折りけむ
〇〇九一
 百首奉りし時 藤原定家朝臣
白雲の春はかさねて立田山
をぐらの峰に花にほふらし
〇〇九二
 題しらず 藤原家衡朝臣
吉野山花やさかりににほふらむ
ふるさとさえぬ峰の白雪
〇〇九三
 和所合に、羇旅花といふことを 藤原雅経
岩根ふみかさなる山をわけすてて
花もいくへの跡の白雲
〇〇九四
 五十首奉りし時 (藤原雅経)
たづね来て花にくらせる木の間より
待つとしもなき山の端の月
〇〇九五
 故郷花といへる心を 前大僧正慈円
散り散らず人もたづねぬふるさとの
露けき花に春風ぞ吹く
〇〇九六
 千五百番合に 右衛門督通具(源通具)
石の上布留野の桜たれうゑて
春は忘れぬ形見なるらむ
〇〇九七
 (千五百番合に) 正三位季能(藤原季能)
花ぞ見るみちのしばくさふみわけて
よしのの宮の春のあけぼの
〇〇九八
 (千五百番合に) 藤原有家朝臣
朝日かげにほへる山の桜花
つれなくきえぬ雪かとぞ見る

巻第二 春下
〇〇九九
 釈阿、和所にて九十賀し侍りし折、屏風に、山に桜咲きたる所を 太上天皇(後鳥羽院)
桜咲くとほ山鳥のしだり尾の
ながながし日もあかぬ色かな
〇一〇〇
 千五百番合に、春 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
いくとせの春に心をつくしきぬ
あはれと思へみ吉野の花
〇一〇一
 百首に 式子内親王
はかなくて過ぎにし片岡ぞふれば
花にもの思ふ春ぞへにける
〇一〇二
 内大臣に侍りける時、望山花といへる心をよみ侍りける
 京極前関白太政大臣(藤原師実)
白雲のたなびく山の山桜
いづれを花と行きて折らまし
〇一〇三
 祐子内親王家にて、人々花よみ侍りけるに
 権大納言長家(藤原長家)
花の色にあまぎる霞たちまよひ
空さへにほふ山桜かな
〇一〇四
 題しらず 赤人(山部赤人)
ももしきの大宮人はいとまあれや
桜かざして今日もくらしつ
〇一〇五
 (題しらず) 在原業平朝臣
花にあかぬなげきはいつもせしかども
今日の今宵に似る時はなし
〇一〇六
 (題しらず) 凡河内躬恒
いもやすく寝られざりけり春の夜は
花の散るのみ夢に見えつつ
〇一〇七
 (題しらず) 伊勢
山桜散りてみ雪にまがひなば
いづれか花と春に問はなむ
〇一〇八
 (題しらず) 紀貫之
わが宿のものなりながら桜花
散るをばえこそとどめざりけれ
〇一〇九
 寛平御時后の宮の合に 読人しらず
霞たつ春の山べに桜花
あかず散るとや鶯のなく
〇一一〇
 題しらず 赤人(山部赤人)
春雨はいたくなふりそ桜花
まだ見ぬ人に散らまくも惜し
〇一一一
 (題しらず) 紀貫之
花の香に衣はふかくなりにけり
木の下かげの風のまにまにまに
〇一一二
 千五百番合に 皇太后宮大夫俊成女
風かよふ寝覚めの袖の花の香に
かほる枕の春の夜の夢
〇一一三
 守覚法親王、五十首よませ侍りける時
 藤原家隆朝臣
このほどはしるもしらぬも玉鉾の
ゆきかふ袖は花の香ぞする
〇一一四
 摂政太政大臣家に五首よみ侍りけるに
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
またや見む交野のみ野の桜がり
花の雪散る春のあけぼの
〇一一五
 花のよみ侍りけるに 祝部成仲
散り散らずおぼつかなきは春霞
たなびく山の桜なりけり
〇一一六
 山里にまかりてよみ侍りける 能因法師
山里の春の夕暮れきてみれば
いりあひの鐘に花ぞ散りける
〇一一七
 題しらず 恵慶法師
桜散る春の山べはうかりけり
世をのがれにと来しかひもなく
〇一一八
 花見侍りける人にさそはれてよみ侍りける
 康資王母
山桜花のした風吹きにけり
木のもとごとの雪のむらぎえ
〇一一九
 題しらず 源重之
春雨のそほふる空のをやみせず
落つる涙に花ぞ散りける
〇一二〇
 (題しらず) (源重之)
かりがねの帰る羽風やさそふらむ
過ぎゆく峰の花ものこらぬ
〇一二一
 百首めしし時、春 源具親
時しもあれたのむの雁の別れさへ
花散るころのみ吉野の里
〇一二二
 見山花といへる心を 大納言経信(源経信)
山ふかみ杉のむらだち見えぬまで
尾上の風に花の散るかな
〇一二三
 堀河院御時百首奉りけるに、花
 大納言師頼(源師頼)
木の下のこけの緑も見えぬまで
八重散りしける山桜かな
〇一二四
 花十首よみ侍りけるに 左京大夫顕輔(藤原顕輔)
ふもとまで尾上の桜散りこずは
たなびく雲と見てやすぎまし
〇一二五
 花落客稀といふことを 刑部卿範兼(藤原範兼)
花散ればとふ人まれになりはてて
いとひし風の音のみぞする
〇一二六
 題しらず 西行法師
ながむとて花にもいたくなれぬれば
散る別れこそかなしかりけれ
〇一二七
 (題しらず) 越前(大中臣公親女)
山里の庭よりほかの道もがな
花散りぬやと人もこそとへ
〇一二八
 五十首奉りし中に、湖上花を 宮内卿(源師光女)
花さそふ比良の山風吹きにけり
こぎゆく舟のあとみゆるまで
〇一二九
 関路花を (宮内卿)
逢坂やこずゑの花を吹くからに
あらしぞ霞む関の杉むら
〇一三〇
 百首奉りし、春 二条院讃岐
山たかみ峰のあらしに散る花の
月にあまぎるあけがたの空
〇一三一
 百首めしける時、春の 崇徳院御
山たかみ岩根の桜散るときは
天の羽衣なづるとぞ見る
〇一三二
 春日社合とて、人々よみ侍りけるに
 刑部卿頼輔(藤原頼輔)
散りまがふ花のよそめは吉野山
あらしにさわぐ峰の白雲
〇一三三
 最勝四天王院の障子に、吉野山かきたる所
 太上天皇(後鳥羽院)
み吉野の高嶺の桜散りにけり
あらしも白き春のあけぼの
〇一三四
 千五百番合に 藤原定家朝臣
桜色の庭の春風あともなし
とはばぞ人の雪とだに見む
〇一三五
 ひととせ忍びて大内の花見にまかりて侍りしに、庭に散りて侍りし花を硯の蓋に入れて、摂政のもとにつかはし侍りし
 太上天皇(後鳥羽院)
今日だにも庭を盛りとうつる花
消えずはありとも雪かとも見よ
〇一三六
 返し 摂政太政大臣(藤原良経)
さそはれぬ人のためとや残りけむ
あすよりさきの花の白雪
〇一三七
 家の八重桜を折らせて、惟明親王のもとにつかはしける
 式子内親王
八重にほふ軒ばの桜うつろひぬ
風よりさきにとふ人もがな
〇一三八
 返し 惟明親王
つらきかなうつろふまでに八重桜
とへともいはですぐる心は
〇一三九
 五十首奉りし時 藤原家隆朝臣
桜花夢かうつつか白雲の
絶えてつねなき峰の春風
〇一四〇
 題しらず 皇太后宮大夫俊成女
うらみずやうき世を花のいとひつつ
さそふ風あらばと思ひけるをば
〇一四一
 (題しらず)後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
はかなさをほかにもいはじ桜花
咲きては散りぬあはれ世の中
〇一四二
 入道前関白太政大臣(藤原兼実)家に、百首よませ侍りける時 俊恵法師
ながむべき残りの春をかぞふれば
花とともにも散る涙かな
〇一四三
 花のとてよめる 殷富門院大輔
花もまた別れむ春は思ひ出でよ
咲き散るたびの心づくしを
〇一四四
 千五百番合に 左近中将良平(藤原良平)
散る花の忘れがたみの峰の雲
そをだに残せ春の山風
〇一四五
 落花といふことを 藤原雅経
花さそふ名残を雲に吹きとめて
しばしはにほへ春の山風
〇一四六
 題しらず 後白河院御
をしめども散りはてぬれば桜花
いまはこずゑをながむばかりぞ
〇一九八〇
 太神宮に百首奉り侍りし中に 太上天皇(後鳥羽院)
いかがせむ世にふるながめ柴の戸に
うつろふ花の春の暮れがた
〇一四七
 残春の心を 摂政太政大臣(藤原良経)
吉野山花のふるさと跡たえて
むなしき枝に春風ぞ吹く
〇一四八
 題しらず 大納言経信(源経信)
ふるさとの花のさかりは過ぎぬれど
面影さらぬ春の空かな
〇一四九
 百首の中に 式子内親王
花は散りその色となくながむれば
むなしき空に春雨ぞ降る
〇一五〇
 小野宮のおほきおほいまうちぎみ、月輪寺花見侍りける日よめる 清原元輔
誰がためか明日は残さむ山桜
こぼれてにほへ今日のかたみに
〇一五一
 曲水宴をよめる 中納言家持(大伴家持)
唐人の舟を浮かべて遊ぶてふ
今日ぞ我がせこ花かづらせよ
〇一五二
 紀貫之、曲水宴し侍りける時、月入花灘暗といふことをよみ侍りける 坂上是則
花流す瀬をも見るべき三日月の
われて入りぬる山のをちかた
〇一五三
 雲林院の桜見にまかりけるに、みな散りはてて、
 わづかに片枝に残りて侍りければ 良暹法師
尋ねつる花も我が身もおとろへて
後の春ともえこそちぎらね
〇一五四
 千五百番合に 寂蓮法師
思ひ立つ鳥は古巣も頼むらむ
なれぬる花のあとの夕暮れ
〇一五五
 (千五百番合に) (寂蓮)
散りにけりあはれ恨みのたれなれば
花のあととふ春の山風
〇一五六
 (千五百番合に) 権中納言公経(西園寺公経)
春深くたづね入るさの山の端に
ほの見し雲の色ぞ残れる
〇一五七
 百首奉りし時 摂政太政大臣(藤原良経)
初瀬山うつろふ花に春くれて
まがひし雲ぞ峰に残れる
〇一五八
 (百首奉りし時) 藤原家隆朝臣
吉野川岸の山吹咲きにけり
峰の桜は散りはてぬらむ
〇一五九
 (百首奉りし時) 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
駒とめてなほ水かはむ山吹の
花の露そふ井手の玉川
〇一六〇
 堀河院御時、百首奉りける時 権中納言国信(源国信)
岩根こす清滝川のはやければ
波折りかくる岸の山吹
〇一六一
 題しらず 山部赤人
恋しくは形見にせむとわが宿に
うゑし藤波いまさかりなり
〇一六二
 延喜十三年亭子院合の 藤原興風
あしびきの山吹の花散りにけり
井手のかはづは今や鳴くらむ
〇一六三
 飛香舎にて藤花宴侍りけるに 延喜御(醍醐天皇)
かくてこそ見まくほしけれよろづ代を
かけてにほへる藤波の花
〇一六四
 天暦四年三月十四日、藤壺にわたらせ給ひて、花惜しませ給ひけるに 天暦御(村上天皇)
まとゐして見れどもあかぬ藤波の
たたまく惜しき今日にもあるかな
〇一六五
 清慎公家屏風に 紀貫之
暮れぬとは思ふものから藤の花
咲ける宿には春ぞひさしき
〇一六六
 藤の松にかかれるをよめる (紀貫之)
みどりなる松にかかれる藤なれど
をのがころとぞ花は咲きける
〇一六七
 春の暮れつかた、実方朝臣のもとにつかはしける
 藤原道信朝臣
散り残る花もやあるとうちむれて
み山隠れをたづねてしかな
〇一六八
 修業し侍りけるころ、春の暮れによめる 大僧正行尊
木のもとのすみかも今はあれぬべし
春し暮れなばたれかとひこむ
〇一六九
 五十首奉りし時 寂蓮法師
暮れてゆく春のみなとはしらねども
霞に落つる宇治の柴舟
〇一七〇
 山家三月尽をよみ侍りける 藤原伊綱
来ぬまでも花ゆゑ人の待たれつる
春も暮れぬるみ山辺の里
〇一七一
 題しらず 皇太后宮大夫俊成女
石の上布留のわさ田をうちかへし
恨みかねたる春の暮れかな
〇一七二
 寛平御時后の宮の合 読人しらず
待てといふにとまらぬものとしりながら
しひてぞ惜しき春の別れは
〇一七三
 山家暮春といへる心を 宮内卿(源師光女)
柴の戸にさすや日影の名残なく
春暮れかかる山の端の雲
〇一七四
 百首奉りし時 摂政太政大臣(藤原良経)
あすよりは志賀の花園まれにだに
たれかはとはむ春のふるさと

巻第三 夏
〇一七五
 題しらず 持統天皇御
春過ぎて夏きにけらし白栲の
衣ほすてふ天の香具山
〇一七六
 (題しらず) 素性法師
惜しめどもとまらぬ春もあるものを
いはぬに来たる夏衣かな
〇一七七
 更衣をよみ侍りける 前大僧正慈円
散りはてて花の陰なき木のもとに
たつことやすき夏衣かな
〇一七八
 春を送りてきのふのごとしといふことを 源道済
夏衣きていくかにかなりぬらむ
のこれる花は今日も散りつつ
〇一七九
 夏のはじめのうたとてよみ侍りける
 皇太后宮大夫俊成女
折ふしもうつればかへつ世の中の
人の心の花染めの袖
〇一八〇
 卯花如月といへる心をよませ給ける 白河院御
卯の花のむらむら咲ける垣根をば
雲間の月のかげかとぞ見る
〇一八一
 題しらず 大宰大弐重家(藤原重家)
卯の花の咲きぬるときは白妙の
波もてゆへる垣根とぞ見る
〇一八二
 斎院に侍りける時、神だちにて 式子内親王
忘れめやあふひを草にひき結び
かりねの野辺の露のあけぼの
〇一八三
 葵をよめる 小侍従(石清水別当光清女)
いかなればその神山のあふひ草
年はふれども二葉なるらむ
〇一八四
 最勝四天王院の障子に、あさかのぬまかきたる所
 藤原雅経朝臣
野辺はいまだあさかの沼に刈る草の
かつ見るままに茂るころかな
〇一八五
 崇徳院に百首奉りける時、夏 待賢門院安芸
桜麻のをふの下草茂れただ
あかで別れし花の名なれば
〇一八六
 題しらず 曾禰好忠
花散りし庭の木の葉もしげりあひて
あまてる月の影ぞまれなる
〇一八七
 (題しらず) (曾禰好忠)
かりに来と恨みし人の絶えにしを
草葉につけてしのぶころかな
〇一八八
 (題しらず) 藤原元真
夏草は茂りにけりなたまぼこの
道行き人も結ぶばかりに
〇一八九
 (題しらず) 延喜御(醍醐天皇)
夏草は茂りりにけれどほととぎす
など我が宿に一声もせぬ
〇一九〇
 (題しらず) 柿本人麻呂
鳴く声をえやは忍ばぬほととぎす
はつ卯の花の陰にかくれて
〇一九一
 賀茂にまうでて侍りけるに、人の、ほととぎす鳴かなむと申しけるあけぼの、片岡の梢をかしく見え侍りければ 紫式部
ほととぎす声待つほどは片岡の
もりのしづくに立ちやぬれまし
〇一九二
 かもにこもりたりけるあかつき、郭公のなきければ
 弁乳母(順時女明子)
ほととぎすみ山出づなる初声を
いづれの宿のたれか聞くらむ
〇一九三
 題しらず 読人しらず
さつき山卯の花月夜ほととぎす
聞けどもあかずまた鳴かむかも
〇一九四
 (題しらず) (読人しらず)
おのが妻恋ひつつ鳴くや五月闇
神南備山のやまほととぎす
〇一九五
 (題しらず) 中納言家持(大伴家持)
ほととぎす一声鳴きていぬる夜は
いかでか人のいを安く寝る
〇一九六
 (題しらず) 大中臣能宣朝臣
ほととぎす鳴きつつ出づるあしびきの
やまと撫子咲きにけらしも
〇一九七
 (題しらず) 大納言経信(源経信)
二声と鳴きつと聞かばほととぎす
衣かたしきうたた寝はせむ
〇一九八
 待客聞郭公といへる心を 白河院御
ほととぎすまだうちとけぬ忍び音は
来ぬ人を待つ我のみぞ聞く
〇一九九
 題しらず 花園左大臣(源有仁)
聞きてしもなほぞ寝られぬほととぎす
待ちし夜ごろの心ならひに
〇二〇〇
 神だちにて郭公を聞きて 前中納言匡房(大江匡房)
卯の花の垣根ならねどほととぎす
月の桂のかげに鳴くなり
〇二〇一
 入道前関白、右大臣に侍りける時、百首よませ侍りける郭公の 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
昔思ふ草の庵の夜の雨に
涙な添へそ山ほととぎす
〇二〇二
 (入道前関白、右大臣に侍りける時、百首よませ侍りける郭公の) (藤原俊成)
雨そそく花橘に風すぎて
山ほととぎす雲に鳴くなり
〇二〇三
 題しらず 相模
聞かでただ寝なましものをほととぎす
中なかなりやよはの一声
〇二〇四
 (題しらず) 紫式部
たが里もとひもやくるとほととぎす
心のかぎり待ちぞわびにし
〇二〇五
 寛治八年前太政大臣高陽院合に、郭公を 周防内侍
夜をかさね待ちかね山のほととぎす
雲居のよそに一声ぞ聞く
〇二〇六
 海辺郭公といふことをよみ侍りける
 按察使公通(藤原公通)
二声と聞かずは出でじほととぎす
幾夜明かしのとまりなりとも
〇二〇七
 百首奉りし時、夏の中に 民部卿範光(藤原範光)
ほととぎすなほ一声は思ひ出でよ
老曾の杜のよはの昔を
〇二〇八
 時鳥をよめる 八条院高倉
一声は思ひぞあへぬほととぎす
たそかれ時の雲のまよひに
〇二〇九
 千五百番合に 摂政太政大臣(藤原良経)
有明のつれなく見えし月は出でぬ
山ほととぎす待つ夜ながらに
〇二一〇
 後徳大寺左大臣家に十首よみ侍りけるに、よみてつかはしける 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
わが心いかにせよとてほととぎす
雲間の月の影に鳴くらむ
〇二一一
 郭公の心をよみ侍りける 前太政大臣(藤原頼実)
ほととぎす鳴きているさの山の端は
月ゆゑよりも恨めしきかな
〇二一二
 (題しらず) 権中納言親宗(平親宗)
有明の月は待たぬに出でぬれど
なほ山深きほととぎすかな
〇二一三
 杜間郭公といふことを 藤原保季朝臣
すぎにけり信太の森のほととぎす
絶えぬしづくを袖に残して
〇二一四
 題しらず 藤原家隆朝臣
いかにせむ来ぬ夜あまたのほととぎす
待たじと思へば村雨の空
〇二一五
 百首奉りしに 式子内親王
声はして雲路にむせぶほととぎす
涙やそそく宵の村雨
〇二一六
 千五百番合に 権中納言公経(西園寺公経)
ほととぎすなほうとまれぬ心かな
汝が鳴くさとのよその夕暮れ
〇二一七
 題しらず 西行法師
聞かずともここをせにせむほととぎす
山田の原の杉のむらだち
〇二一八
 (題しらず) (西行)
ほととぎす深き峰より出でにけり
外山のすそに声の落ちくる
〇二一九
 山家暁郭公といへる心を
 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
を笹ふくしづのまろやのかりの戸を
明け方になくほととぎすかな
〇二二〇
 五首人々によませ侍りける時、夏のとてよみ侍りける
 摂政太政大臣(藤原良経)
うちしめりあやめぞかほるほととぎす
鳴くや五月の雨の夕暮れ
〇二二一
 述懐によせて百首よみ侍りける時
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
今日はまたあやめのねさへかけそへて
乱れぞまさる袖の白玉
〇二二二
 五月五日、薬玉つかはして侍りける人に
 大納言経信(源経信)
あかなくに散りにし花のいろいろは
残りにけりな君がたもとに
〇二二三
 局並びに住み侍りける頃、五月六日もろともにながめ明かして、朝に長き根をつつみて、紫式部につかはしける
 上東門院小少将
なべて世のうきになかるるあやめ草
今日までかかるねはいかが見る
〇二二四
 返し 紫式部
なにごととあやめはわかで今日もなほ
たもとにあまるねこそ絶えせね
〇二二五
 山畦早苗といへる心を 大納言経信(源経信)
早苗とる山田のかけひもりにけり
ひくしめなわに露ぞこぼるる
〇二二六
 釈阿に九十賀給ひ侍りし時、屏風に、五月雨
 摂政太政大臣(藤原良経)
小山田に引くしめなわのうちはへて
朽ちやしぬらむ五月雨のころ
〇二二七
 題しらず 伊勢大輔
いかばかり田子の裳裾もそぼつらむ
雲間も見えぬころの五月雨
〇二二八
 (題しらず) 大納言経信(源経信)
三島江の入り江のまこも雨ふれば
いとどしをれて刈る人もなし
〇二二九
 (題しらず) 前中納言匡房(大江匡房)
まこも刈る淀の沢水深けれど
底まで月の影は澄みけり
〇二三〇
 雨中木繁といふ心を 藤原基俊
玉柏しげりにけりな五月雨に
葉守の神のしめわぶるまで
〇二三一
 百首よませ侍りけるに
 入道前関白太政大臣(藤原兼実)
五月雨はおふの川原のまこも草
刈らでや波の下に朽ちなむ
〇二三二
 五月雨の心を 藤原定家朝臣
たまぼこの道行き人のことつても
絶えてほどふる五月雨の空
〇二三三
 (五月雨の心を) 荒木田氏良
五月雨の雲の絶え間をながめつつ
窓より西に月を待つかな
〇二三四
 百首奉りし時 前大納言忠良(藤原忠良)
あふち咲くそともの木陰露落ちて
五月雨はるる風わたるなり
〇二三五
 五十首奉りし時 藤原定家朝臣
五月雨の月はつれなきみ山より
ひとりも出づるほととぎすかな
〇二三六
 太神宮に奉りし夏のの中に 太上天皇(後鳥羽院)
ほととぎす雲居のよそに過ぎぬなり
晴れぬ思ひの五月雨のころ
〇二三七
 建仁元年三月合に、雨後郭公といへる心を
 二条院讃岐
五月雨の雲間の月の晴れゆくを
しばし待ちけるほととぎすかな
〇二三八
 題しらず 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
たれかまた花橘に思ひ出でむ
我も昔の人となりなば
〇二三九
 (題しらず) 右衛門督通具(源通具)
ゆく末をたれしのべとてゆふ風に
ちぎりかおかむ宿の橘
〇二四〇
 百首奉りし時、夏 式子内親王
帰り来ぬ昔を今と思ひ寝の
夢の枕ににほふ橘
〇二四一
 (百首奉りし時、夏) 前大納言忠良(藤原忠良)
橘の花散る軒のしのぶ草
昔をかけて露ぞこぼるる
〇二四二
 五十首奉りし時 前大僧正慈円
五月闇短き夜半のうたた寝に
花橘の袖にすずしき
〇二四三
 題しらず 読人しらず
たづぬべき人は軒ばのふるさとに
それかとかほる庭の橘
〇二四四
 (題しらず) (読人しらず)
ほととぎす花橘の香をとめて
鳴くは昔の人や恋しき
〇二四五
 (題しらず) 皇太后宮大夫俊成女
橘のにほふあたりのうたた寝は
夢も昔の袖の香ぞする
〇二四六
 (題しらず) 藤原家隆朝臣
今年より花咲きそむる橘の
いかで昔の香ににほふらむ
〇二四七
 守覚法親王、五十首よませ侍りける時
 藤原定家朝臣
夕暮れはいづれの雲の名残とて
花橘に風の吹くらむ
〇二四八
 堀河院御時后の宮にて、閏五月郭公といふ心を、
 をのこどもつかうまつりけるに 権中納言国信
ほととぎす五月水無月わきかねて
やすらふ声ぞ空に聞こゆる
〇二四九
 題しらず 白河院御
庭のおもは月もらぬまでなりにけり
こずゑに夏の陰茂りつつ
〇二五〇
 (題しらず) 恵慶法師
我が宿のそともに立てる楢の葉の
茂みにすずむ夏は来にけり
〇二五一
 摂政太政大臣家百首合に、鵜河をよみ侍りける
 前大僧正慈円
鵜飼ひ舟あはれとぞ見るもののふの
八十宇治川の夕闇の空
〇二五二
 (摂政太政大臣家百首合に、鵜河をよみ侍りける)
 寂蓮法師
鵜飼ひ舟高瀬さしこすほどなれや
むすぼほれゆくかがり火の影
〇二五三
 千五百番合に 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
大井川かがりさしゆく鵜飼ひ舟
幾瀬に夏の夜を明かすらむ
〇二五四
 (千五百番合に) 藤原定家朝臣
ひさかたの中なる川の鵜飼ひ舟
いかにちぎりて闇を待つらむ
〇二五五
 百首奉りし時 摂政太政大臣(藤原良経)
いさり火の昔の光ほの見えて
芦屋の里に飛ぶ蛍かな
〇二五六
 (百首奉りし時) 式子内親王
窓近き竹の葉すさむ風の音に
いとど短きうたた寝の夢
〇二五七
 鳥羽にて竹風夜涼といへることを人々つかうまつりし時
 春宮大夫公継(藤原公継)
窓近きいささむら竹風吹けば
秋におどろく夏の夜の夢
〇二五八
 五十首奉りし時 前大僧正慈円
結ぶ手に影乱れゆく山の井の
あかでも月のかたぶきにける
〇二五九
 最勝四天王院の障子に、きよみが関かきたるところ
 権大納言通光(源通光)
清見潟月はつれなき天の戸を
待たでもしらむ浪の上かな
〇二六〇
 家百首合に 摂政太政大臣(藤原良経)
重ねてもすずしかりけり夏衣
薄きたもとに宿る月影
〇二六一
 摂政太政大臣家にて詩をあはせけるに、水辺冷自秋といふことを 有家朝臣(藤原有家)
すずしさは秋やかへりて初瀬川
古川のべの杉のしたかげ
〇二六二
 題しらず 西行法師
道のべに清水流るる柳かげ
しばしとてこそ立ちとまりつれ
〇二六三
 (題しらず) (西行)
よられつる野もせの草のかげろひて
すずしくくもる夕立の空
〇二六四
 崇徳院に百首奉りける時 藤原清輔朝臣
おのづからすずしくもあるか夏衣
日も夕暮れの雨の名残に
〇二六五
 千五百番合に 権中納言公経(西園寺公経)
露すがる庭の玉笹うちなびき
ひとむら過ぎぬ夕立の雲
〇二六六
 雲隔遠望といへる心をよみ侍りける 源俊頼朝臣
とをちには夕立すらしひさかたの
天の香具山雲がくれゆく
〇二六七
 夏月をよめる 従三位頼政(源頼政)
庭の面はまだかはかぬに夕立の
空さりげなくすめる月かな
〇二六八
 百首の中に 式子内親王
夕立の雲もとまらぬ夏の日の
かたぶく山にひぐらしの声
〇二六九
 千五百番合に 前大納言忠良(藤原忠良)
夕づく日さすや庵の柴の戸に
さびしくもあるかひぐらしの声
〇二七〇
 百首奉りし時 摂政太政大臣(藤原良経)
秋近きけしきのもりに鳴く蝉の
涙の露や下葉そむらむ
〇二七一
 (百首奉りし時) 二条院讃岐
鳴く蝉の声もすずしき夕暮れに
秋をかけたるもりの下露
〇二七二
 蛍の飛びのぼるを見てよみ侍りける 壬生忠見
いづちとかよるは蛍ののぼるらむ
行く方しらぬ草の枕に
〇二七三
 五十首奉りし時 摂政太政大臣(藤原良経)
蛍とぶ野沢に茂る蘆の根の
よなよな下にかよふ秋風
〇二七四
 刑部卿頼輔合し侍りけるに、納涼をよめる
 俊恵法師
ひさぎ生ふるかた山かげに忍びつつ
吹きけるものを秋の夕風
〇二七五
 瞿麦露滋といふことを 高倉院御
白露の玉もてゆへるませのうちに
光さへそふ常夏の花
〇二七六
 ゆふがほをよめる 前太政大臣(藤原頼実)
白露のなさけおきける言の葉や
ほのぼの見えし夕顔の花
〇二七七
 百首よみ侍りける中に 式子内親王
たそかれの軒ばの荻にともすれば
ほに出でぬ秋ぞしたに言問ふ
〇二七八
 夏のとてよみ侍りける 前大僧正慈円
雲まよふ夕べに秋をこめながら
風もほに出でぬ荻の上かな
〇二七九
 太神宮に奉りし夏中に 太上天皇(後鳥羽院)
山里の峰の雨雲とだえして
夕べすずしきまきの下露
〇二八〇
 文治六年女御入内屏風に
 入道前関白太政大臣(藤原兼実)
岩井くむあたりのを笹玉越えて
かつがつ結ぶ秋の夕露
〇二八一
 千五百番合に 宮内卿(源師光女)
片枝さすをふの浦なし初秋に
なりもならずも風ぞ身にしむ
〇二八二
 百首奉りし時 前大僧正慈円
夏衣かたへすずしくなりぬなり
夜やふけぬらむゆきあひの空
〇二八三
 延喜御時、月次屏風に 壬生忠岑
夏はつる扇と秋の白露と
いづれかさきにおきまさるらむ
〇二八四
 (延喜御時、月次屏風に) 紀貫之
みそぎする川の瀬見れば唐衣
日も夕暮れに波ぞ立ちける

巻第四 秋上
〇二八五
 題しらず 中納言家持(大伴家持)
神南備の御室の山の葛かづら
浦吹きかへす秋は来にけり
〇二八六
 百首に、初秋の心を 崇徳院御
いつしかと荻の葉むけのかたよりに
そそや秋とぞ風も聞こゆる
〇二八七
 (百首に、はつ秋の心を) 藤原季通朝臣
この寝ぬる夜のまに秋は来にけらし
朝けの風のきのふにも似ぬ
〇二八八
 文治六年女御入内屏風に
 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
いつも聞くふもとの里と思へども
きのふにかはる山おろしの風
〇二八九
 百首よみ侍りける中に 藤原家隆朝臣
きのふだにとはむと思ひし津の国の
生田の杜に秋は来にけり
〇二九〇
 最勝四天王院の障子に、高砂かきたるところ
 藤原秀能
吹く風の色こそ見えね高砂の
尾上の松に秋は来にけり
〇二九一
 百首奉りし時 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
伏見山松のかげより見わたせば
あくる田の面に秋風ぞ吹く
〇二九二
 守覚法親王、五十首よませ侍りける時
 藤原家隆朝臣
明けぬるか衣手さむし菅原や
伏見の里の秋の初風
〇二九三
 千五百番合に 摂政太政大臣(藤原良経)
深草の露のよすがを契りにて
里をばかれず秋は来にけり
〇二九四
 (千五百番合に) 右衛門督通具(源通具)
あはれまたいかにしのばむ袖の露
野原の風に秋は来にけり
〇二九五
 (千五百番合に) 源具親
しきたへの枕の上に過ぎぬなり
露をたづぬる秋の初風
〇二九六
 (千五百番合に) 顕昭法師
水茎の岡の葛葉も色づきて
けさうらがなし秋の初風
〇二九七
 (千五百番合に) 越前(大中臣公親女)
秋はただ心よりおく夕露を
袖のほかとも思ひけるかな
〇二九八
 五十首奉りし時、秋 藤原雅経
きのふまでよそにしのびし下荻の
末葉の露に秋風ぞ吹く
〇二九九
 題しらず 西行法師
おしなべてものを思はぬ人にさへ
心をつくる秋の初風
〇三〇〇
 (題しらず) (西行)
あはれいかに草葉の露のこぼるらむ
秋風たちぬ宮城野の原
〇三〇一
 崇徳院に百首奉りける時
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
みしぶつきうゑし山田にひたはへて
また袖ぬらす秋は来にけり
〇三〇二
 中納言、中将に侍りける時、家に山家早秋といへる心をよませ侍りけるに 法性寺入道前関白太政大臣(藤原忠通)
朝霧や立田の山の里ならで
秋来にけりとたれか知らまし
〇三〇三
 題しらず 中務卿具平親王
夕暮れは荻吹く風の音まさる
今はたいかに寝覚めせられむ
〇三〇四
 (題しらず) 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
夕されば荻の葉むけをふくかぜに
ことぞともなく涙落ちけり
〇三〇五
 崇徳院に百首奉りける時
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
荻の葉も契りありてや秋風の
おとづれそむるつまとなりけむ
〇三〇六
 題しらず 七条院権大夫(藤原光綱女)
秋来ぬと松吹く風もしらせけり
かならず荻の上葉ならねど
〇三〇七
 題を探りて、これかれよみけるに、信太の杜の秋風をよめる
 藤原経衡
日を経つつ音こそまされ和泉なる
信太の杜の千枝の秋風
〇三〇八
 百首に 式子内親王
うたた寝の朝けの袖にかはるなり
ならす扇の秋の初風
〇三〇九
 題しらず 相模
手もたゆくならす扇のおきどころ
忘るばかりに秋風ぞ吹く
〇三一〇
 (題しらず) 大弐三位(藤原宣孝女賢子)
秋風は吹きむすべども白露の
乱れておかぬ草の葉ぞなき
〇三一一
 (題しらず) 曾禰好忠
朝ぼらけ荻の上葉の露みれば
やや肌さむし秋の初風
〇三一二
 (題しらず) 小野小町
吹き結ぶ風は昔の秋ながら
ありしにも似ぬ袖の露かな
〇三一三
 延喜御時、月次屏風に 紀貫之
大空を我もながめて彦星の
つま待つ夜さへひとりかも寝む
〇三一四
 題しらず 山部赤人
この夕べふりつる雨は彦星の
とわたる舟のかいのしづくか
〇三一五
 宇治前関白太政大臣(藤原頼通)の家に、七夕の心をよみ侍りけるに 権大納言長家(藤原長家)
年を経てすむべき宿の池水は
星合ひの影も面なれやせむ
〇三一六
 花山院御時、七夕のつかうまつりけるに 藤原長能
袖ひちてわが手に結ぶ水の面に
天つ星合ひの空を見るかな
〇三一七
 七月七日、七夕祭りする所にて
 祭主輔親(大中臣輔親)
雲間より星合ひの空を見わたせば
しづ心なき天の川波
〇三一八
 七夕のとてよみ侍りける 太宰大弐高遠(藤原高遠)
たなばたの天の羽衣うちかさね
寝る夜すずしき秋風ぞ吹く
〇三一九
 (七夕のとてよみ侍りける) 小弁(一宮紀伊母)
たなばたの衣のつまは心して
吹きな返しそ秋の初風
〇三二〇
 (七夕のとてよみ侍りける)
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
たなばたのとわたる舟の梶の葉に
いく秋書きつ露の玉づさ
〇三二一
 百首の中に 式子内親王
ながむれば衣手すずしひさかたの
天の川原の秋の夕暮れ
〇三二二
 家に百首よみ侍りける時
 入道前関白太政大臣(藤原兼実)
いかばかり身にしみぬらむたなばたの
つま待つ宵の天の川風
〇三二三
 七夕の心を 権中納言公経(西園寺公経)
星合ひの夕べすずしき天の川
紅葉の橋をわたる秋風
〇三二四
 (七夕の心を) 待賢門院堀河(源顕仲女)
たなばたのあふ瀬絶えせぬ天の川
いかなる秋か渡りそめけむ
〇三二五
 (七夕の心を) 女御徽子女王
わくらばに天の川波よるながら
あくる空にはまかせずもがな
〇三二六
 (七夕の心を) 大中臣能宣朝臣
いとどしく思ひ消ぬべしたなばたの
別れの袖における白露
〇三二七
 中納言兼輔家屏風に 紀貫之
たなばたはいまやわかるる天の川
川霧たちて千鳥鳴くなり
〇三二八
 堀河院御時百首の中に、萩をよみ侍りける
 前中納言匡房(大江匡房)
川水に鹿のしがらみかけてけり
浮きて流れぬ秋萩の花
〇三二九
 題しらず 従三位頼政(源頼政)
狩衣われとはすらじ露しげき
野原の萩の花にまかせて
〇三三〇
 (題しらず) 権僧正永縁
秋萩を折らでは過ぎじつき草の
花ずり衣露にぬるとも
〇三三一
 守覚法親王、五十首よませ侍りけるに 顕昭法師
萩が花真袖にかけて高円の
尾上の宮にひれ振るやたれ
〇三三二
 題しらず 祐子内親王家紀伊
おく露もしづ心なく秋風に
乱れて咲ける真野の萩原
〇三三三
 (題しらず) 人麿(柿本人麻呂)
秋萩の咲き散る野辺の夕露に
濡れつつ来ませ夜はふけぬとも
〇三三四
 (題しらず) 中納言家持(大伴家持)
さを鹿の朝たつ野辺の秋萩に
玉とみるまでおける白露
〇三三五
 (題しらず) 凡河内躬恒
秋の野をわけゆく露にうつりつつ
わが衣手は花の香ぞする
〇三三六
 (題しらず) 小野小町
たれをかも待つ乳の山のをみなへし
秋と契れる人ぞあるらし
〇三三七
 (題しらず) 藤原元真
をみなへし野辺のふるさと思ひ出でて
宿りし虫の声や恋しき
〇三三八
 千五百番合に 左近中将良平(藤原良平)
夕されば玉ちる野辺のをみなへし
枕さだめぬ秋風ぞ吹く
〇三三九
 蘭をよめる 公猷法師
ふぢばかま主はたれとも白露の
こぼれてにほふ野辺の秋風
〇三四〇
 崇徳院に百首奉りける時 清輔朝臣(藤原清輔)
薄霧のまがきの花の朝じめり
秋は夕べとたれかいひけむ
〇三四一
 入道前関白太政大臣(藤原兼実)、右大臣に侍りける時、百首よませ侍りけるに
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
いとかくや袖はしほれし野辺にいでて
昔も秋の花はみしかど
〇三四二
 筑紫に侍りける時、秋の野を見てよみ侍りける
 大納言経信(源経信)
花見にと人やりならぬ野辺にきて
心のかぎり尽くしつるかな
〇三四三
 題しらず 曾禰好忠
おきて見むと思ひしほどに枯れにけり
露よりけなる朝顔の花
〇三四四
 (題しらず) 紀貫之
山がつの垣ほに咲ける朝顔は
しののめならで逢ふよしもなし
〇三四五
 (題しらず) 坂上是則
うらがるる浅茅が原のかるかやの
乱れてものを思ふころかな
〇三四六
 (題しらず) 柿本人麻呂
さを鹿のいる野のすすき初尾花
いつしか妹が手枕にせむ
〇三四七
 (題しらず) 読人しらず
小倉山ふもとの野辺の花すすき
ほのかに見ゆる秋の夕暮れ
〇三四八
 (題しらず) 女御徽子女王
ほのかにも風は吹かなむ花すすき
むすぼほれつつ露に濡るとも
〇三四九
 百首に 式子内親王
花すすきまた露深しほにいでて
ながめじと思ふ秋のさかりを
〇三五〇
 摂政太政大臣、百首よませ侍りけるに
 八条院六条(源師仲女)
野辺ごとにおとづれわたる秋風を
あだにもなびく花すすきかな
〇三五一
 和所合に、朝草花といふことを
 左衛門督通光(源通光)
明けぬとて野辺より山にいる鹿の
あと吹きおくる萩の下風
〇三五二
 題しらず 前大僧正慈円
身にとまる思ひを荻の上葉にて
このごろかなし夕暮れの空
〇三五三
 崇徳院御時、百首めしけるに、萩を
 大蔵卿行宗(源行宗)
身のほどを思ひつづくる夕暮れの
荻の上葉に風わたるなり
〇三五四
 秋よみ侍りけるに 源重之女
秋はただものをこそ思へ露かかる
荻の上吹く風につけても
〇三五五
 堀河院に百首奉りける時 藤原基俊
秋風のやや肌寒く吹くなへに
荻の上葉の音ぞかなしき
〇三五六
 百首奉りし時 摂政太政大臣(藤原良経)
荻の葉に吹けばあらしの秋なるを
待ちける夜半のさを鹿の声
〇三五七
 (百首奉りし時) (藤原良経)
おしなべて思ひしことのかずかずに
なほ色まさる秋の夕暮れ
〇三五八
 題しらず (藤原良経)
暮れかかるむなしき空の秋を見て
おぼえずたまる袖の露かな
〇三五九
 家に百首合し侍りけるに (藤原良経)
もの思はでかかる露やは袖におく
ながめてけりな秋の夕暮れ
〇三六〇
 をのこども詩を作りてにあはせ侍りしに、山路秋行といふことを 前大僧正慈円
み山路やいつより秋の色ならむ
見ざりし雲の夕暮れの空
〇三六一
 題しらず 寂蓮法師
さびしさはその色としもなかりけり
真木たつ山の秋の夕暮れ
〇三六二
 (題しらず) 西行法師
心なき身にもあはれは知られけり
しぎ立つ沢の秋の夕暮れ
〇三六三
 西行法師すすめて百首よませ侍りけるに
 藤原定家朝臣
見わたせば花も紅葉もなかりけり
浦の苫屋の秋の夕暮れ
〇三六四
 五十首奉りし時 藤原雅経
たへてやは思ひありともいかがせむ
葎の宿の秋の夕暮れ
〇三六五
 秋のとてよみ侍りける 宮内卿(源師光女)
思ふことさしてそれとはなきものを
秋の夕べを心にぞとふ
〇三六六
 (秋のとてよみ侍りける) 鴨長明
秋風のいたりいたらぬ袖はあらじ
ただわれからの露の夕暮れ
〇三六七
 (秋のとてよみ侍りける) 西行法師
おぼつかな秋はいかなるゆゑのあれば
すずろにものの悲しかるらむ
〇三六八
 (秋のとてよみ侍りける) 式子内親王
それながら昔にもあらぬ秋風に
いとどながめをしづのをだまき
〇三六九
 題しらず 藤原長能
ひぐらしの鳴く夕暮れぞうかりける
いつも尽きせぬ思ひなれども
〇三七〇
 (題しらず) 和泉式部
秋くれば常磐の山の松風も
うつるばかりに身にぞしみける
〇三七一
 (題しらず) 曾禰好忠
秋風のよそにふきくる音羽山
なにの草木かのどけかるべき
〇三七二
 (題しらず) 相模
あかつきの露は涙もとどまらで
恨むる風の声ぞ残れる
〇三七三
 法性寺入道前関白太政大臣家の合に、野風
 藤原基俊
高円の野路の篠原末さわぎ
そそやこがらしけふ吹きぬなり
〇三七四
 千五百番合に 右衛門督通具(源通具)
深草の里の月影さびしさも
住みこしままの野辺の秋風
〇三七五
 五十首奉りし時、杜間月といふことを
 皇太后宮大夫俊成女
大荒木の杜の木の間をもりかねて
人だのめなる秋の夜の月
〇三七六
 守覚法親王、五十首よませ侍りけるに
 藤原家隆朝臣
有明の月待つ宿の袖の上に
人だのめなる宵のいなづま
〇三七七
 摂政太政大臣家百首合に 藤原有家朝臣
風わたる浅茅が末の露にだに
宿りもはてぬ宵のいなづま
〇三七八
 水無瀬にて十首奉りし時 左衛門督通光(源通光)
武蔵野やゆけども秋のはてぞなき
いかなる風か末に吹くらむ
〇三七九
 百首奉りし時、月の 前大僧正慈円
いつまでか涙くもらで月は見し
秋待ちえても秋ぞ恋しき
〇三八〇
 (百首奉りし時、月の) 式子内親王
ながめわびぬ秋よりほかの宿もがな
野にも山にも月やすむらむ
〇三八一
 題しらず 円融院御
月影のはつ秋風とふけゆけば
心づくしにものをこそ思へ
〇三八二
 (題しらず) 三条院御
あしびきの山のあなたに住む人は
待たでや秋の月を見るらむ
〇三八三
 雲間微月といふ事を 堀河院御
敷島や高円山の雲間より
光さしそふゆみはりの月
〇三八四
 題しらず 堀河右大臣(藤原頼宗)
人よりも心のかぎりながめつる
月はたれともわかじものゆゑ
〇三八五
 (題しらず) 橘為仲朝臣
あやなくも曇らぬ宵をいとふかな
信夫の里の秋の夜の月
〇三八六
 (題しらず)
 法性寺入道前関白太政大臣(藤原忠通)
風吹けば玉散る萩の下露に
はかなく宿る野辺の月かな
〇三八七
 (題しらず) 従三位頼政(源頼政)
こよひたれすず吹く風を身にしめて
吉野の嶽の月を見るらむ
〇三八八
 法性寺入道前関白太政大臣家に、月あまたよみ侍りけるに 大宰大弐重家(藤原重家)
月見れば思ひぞあへぬ山高み
いづれの年の雪にかあるらむ
〇三八九
 和所合に、湖辺月といふことを 藤原家隆朝臣
にほの海や月の光のうつろへば
波の花にも秋は見えけり
〇三九〇
 百首奉りし時 前大僧正慈円
ふけゆかばけぶりもあらじ塩釜の
うらみなはてそ秋の夜の月
〇三九一
 題しらず 皇太后宮大夫俊成女
ことわりの秋にはあへぬ涙かな
月の桂もかはるひかりに
〇三九二
 (題しらず) 家隆朝臣(藤原家隆)
ながめつつ思ふもさびしひさかたの
月の都の明け方の空
〇三九三
 五十首奉りし時、月前草花
 摂政太政大臣(藤原良経)
ふるさとのもとあらの小萩咲きしより
夜な夜な庭の月ぞうつろふ
〇三九四
 建仁元年三月合に、山家秋月といふことをよみ侍りし
 (藤原良経)
時しもあれふるさと人は音もせで
深山の月に秋風ぞ吹く
〇三九五
 八月十五夜和所合に、深山月といふことを
 (藤原良経)
ふかからぬとやまのいほの寝覚めだに
さぞな木のまの月はさびしき
〇三九六
 月前松風 寂蓮法師
月はなほもらぬ木の間も住吉の
松をつくして秋風ぞ吹く
〇三九七
 (月前松風) 鴨長明
ながむればちぢにもの思ふ月にまた
わが身ひとつの峰の松風
〇三九八
 山月といふことをよみ侍りける 藤原秀能
あしびきの山路の苔の露の上に
寝ざめ夜ぶかき月を見るかな
〇三九九
 八月十五夜和所合に、海辺秋月といふことを
 宮内卿(源師光女)
心ある雄島の海人のたもとかな
月宿れとは濡れぬものから
〇四〇〇
 (八月十五夜和所合に、海辺秋月といふことを)
 宜秋門院丹後
忘れじな難波の秋の夜半の空
こと浦にすむ月は見るとも
〇四〇一
 (八月十五夜和所合に、海辺秋月といふことを)
 鴨長明
松島や潮くむ海人の秋の袖
月はもの思ふならひのみかは
〇四〇二
 題しらず 七条院大納言(藤原実綱女)
言問はむ野島が崎の海人衣
波と月とにいかがしをるる
〇四〇三
 和所の合に、海辺月を 藤原家隆朝臣
秋の夜の月やをじまの天の原
明け方近き沖のつり舟
〇四〇四
 題しらず 前大僧正慈円
うき身にはながむるかひもなかりけり
心にくもる秋の夜の月
〇四〇五
 (題しらず) 大江千里
いづくにかこよひの月の曇るべき
小倉の山も名をやかふらむ
〇四〇六
 (題しらず) 源道済
心こそあくがれにけれ秋の夜の
夜ぶかき月をひとり見しより
〇四〇七
 (題しらず) 上東門院小少将
変はらじな知るも知らぬも秋の夜の
月待つほどの心ばかりは
〇四〇八
 (題しらず) 和泉式部
たのめたる人はなけれど秋の夜は
月見て寝べき心地こそせね
〇四〇九
 月を見てつかはしける 藤原範永朝臣
見る人の袖をぞしぼる秋の夜は
月にいかなる影かそふらむ
〇四一〇
 返し 相模
身にそへる影とこそ見れ秋の月
袖にうつらぬ折しなければ
〇四一一
 永承四年内裏合に 大納言経信(源経信)
月影のすみわたるかな天の原
雲吹きはらふ夜半のあらしに
〇四一二
 題しらず 左衛門督通光(源通光)
竜田山よはにあらしの松吹けば
雲にはうとき峰の月影
〇四一三
 崇徳院に百首奉りけるに 左京大夫顕輔(藤原顕輔)
秋風にたなびく雲の絶え間より
もれいづる月の影のさやけさ
〇四一四
 題しらず 道因法師
山の端に雲のよこぎる宵のまは
出でても月ぞなほ待たれける
〇四一五
 (題しらず) 殷富門院大輔
ながめつつ思ふにぬるるたもとかな
いく夜かは見む秋の夜の月
〇四一六
 (題しらず) 式子内親王
宵のまにさても寝ぬべき月なら
ば山の端近きものは思はじ
〇四一七
 (題しらず) (式子内親王)
ふくるまでながむればこそ悲しけれ
思ひも入れじ秋の夜の月
〇四一八
 五十首奉りし時 摂政太政大臣(藤原良経)
雲はみな払ひはてたる秋風を
松に残して月を見るかな
〇四一九
 家に月五十首よませ侍りける時 (藤原良経)
月だにもなぐさめがたき秋の夜の
心もしらぬ松の風かな
〇四二〇
 (家に月五十首よませ侍りける時) 藤原定家朝臣
さむしろや待つ夜の秋の風ふけて
月をかたしく宇治の橋姫
〇四二一
 題しらず 右大将忠経(藤原忠経)
秋の夜の長きかひこそなかりけれ
待つにふけぬる有明の月
〇四二二
 五十首奉りし時、野径月 摂政太政大臣(藤原良経)
ゆく末はそらもひとつの武蔵野に
草の原より出づる月影
〇四二三
 雨後月 宮内卿(源師光女)
月をなほ待つらむものか村雨の
晴れゆく雲の末の里人
〇四二四
 題しらず 右衛門督通具(源通具)
秋の夜は宿かる月も露ながら
袖に吹きこす荻の上風
〇四二五
 (題しらず) 源家長
秋の月しのに宿かる影たけて
小笹が原に露ふけにけり
〇四二六
 元久元年八月十五夜、和所にて、田家見月といふことを
 前太政大臣(藤原頼実)
風わたる山田の庵をもる月や
穂波に結ぶ氷なるらむ
〇四二七
 和所合に、田家月といふことを 前大僧正慈円
雁の来る伏見の小田に夢さめて
寝ぬ夜のいほに月を見るかな
〇四二八
 (和所合に、田家月といふことを)
 皇太后宮大夫俊成女
稲葉吹く風にまかせて住む庵は
月ぞまことにもりあかしける
〇四二九
 題しらず (藤原俊成女)
あくがれて寝ぬ夜の塵のつもるまで
月に払はぬ床のさむしろ
〇四三〇
 (題しらず) 大中臣定雅
秋の田のかり寝の床のいなむしろ
月宿れともしける露かな
〇四三一
 崇徳院御時、百首めしけるに
 左京大夫顕輔(藤原顕輔)
秋の田に庵さすしづの苫をあらみ
月とともにやもりあかすらむ
〇四三二
 百首奉りし秋に 式子内親王
秋の色はまがきにうとくなりゆけど
手枕なるる閨の月影
〇四三三
 秋のの中に 太上天皇(後鳥羽院)
秋の露やたもとにいたく結ぶらむ
長き夜あかず宿る月影
〇四三四
 千五百番合に 左衛門督通光(源通光)
さらにまた暮れをたのめと明けにけり
月はつれなき秋の夜の空
〇四三五
 経房卿家合に、暁月の心をよめる 二条院讃岐
おほかたに秋の寝覚めの露けくは
またたが袖に有明の月
〇四三六
 五十首奉りし時 藤原雅経
はらひかねさこそは露のしげからめ
宿かる月の袖のせばきに

巻第五 秋下
〇四三七
 和所にて、をのこどもよみ侍りしに、夕鹿といふことを
 藤原家隆朝臣
したもみぢかつ散る山の夕しぐれ
ぬれてやひとり鹿の鳴くらむ
〇四三八
 百首奉りし時 入道左大臣
山おろしに鹿の音高く聞こゆなり
尾上の月に小夜やふけぬる
〇四三九
 (百首奉りし時) 寂蓮法師
野分せし小野の草ぶし荒れはてて
深山にふかきさを鹿の声
〇四四〇
 題しらず 俊恵法師
あらし吹く真葛が原に鳴く鹿は
うらみてのみや妻を恋ふらむ
〇四四一
 (題しらず) 前中納言匡房(大江匡房)
妻恋ふる鹿のたちどをたづぬれば
狭山が裾に秋風ぞ吹く
〇四四二
 百首奉りし時、秋の 惟明親王
み山べの松の梢をわたるなり
あらしに宿すさを鹿の声
〇四四三
 晩聞鹿といふことをよみ侍りし
 土御門内大臣(源通親)
我ならぬ人もあはれやまさるらむ
鹿鳴く山の秋の夕暮れ
〇四四四
 百首よみ侍りけるに 摂政太政大臣(藤原良経)
たぐへくる松のあらしやたゆむらむ
尾上にかへるさを鹿の声
〇四四五
 千五百番合に 前大僧正慈円
なく鹿の声にめざめてしのぶかな
見はてぬ夢の秋の思ひを
〇四四六
 家に合し侍りけるに、鹿をよめる
 権中納言俊忠(藤原俊忠)
夜もすがら妻どふ鹿の鳴くなへに
小萩が原の露ぞこぼるる
〇四四七
 題しらず 源道済
寝覚めしてひさしくなりぬ秋の夜は
明けやしぬらむ鹿ぞ鳴くなる
〇四四八
 (題しらず) 西行法師
小山田の庵近く鳴く鹿の音に
おどろかされておどろかすかな
〇四四九
 白河院鳥羽におはしましけるに、田家秋興といへることを、人々よみ侍りしに 中宮大夫師忠(源師忠)
山里のいな葉の風に寝覚めして
よぶかく鹿の声を聞くかな
〇四五〇
 郁芳門院の前裁合によみ侍りける 藤原顕綱朝臣
ひとり寝やいとどさびしきさを鹿の
朝ふす小野の葛のうら風
〇四五一
 題しらず 俊恵法師
龍田山梢まばらになるままに
深くも鹿のそよぐなるかな
〇四五二
 祐子内親王家合の後に、鹿のよみ侍りけるに
 権大納言長家(藤原長家)
過ぎてゆく秋の形見にさを鹿の
おのが鳴く音も惜しくやあるらむ
〇四五三
 摂政太政大臣家の百首合に 前大僧正慈円
わきてなど庵もる袖のしをるらむ
稲葉にかぎる秋の風かは
〇四五四
 題しらず 読人しらず
秋田もるかり庵作りわがをれば
衣手さむし露ぞおきける
〇四五五
 (題しらず) 前中納言匡房(大江匡房)
秋来れば朝けの風の手をさむみ
山田のひたをまかせてぞ聞く
〇四五六
 (題しらず) 善滋為政朝臣
ほととぎす鳴く五月雨にうゑし田を
かりがね寒み秋ぞ暮れぬる
〇四五七
 (題しらず) 中納言家持(大伴家持)
今よりは秋風寒くなりぬべし
いかでかひとり長き夜を寝む
〇四五八
 (題しらず) 人麿(柿本人麻呂)
秋されば雁のは風にしもふりて
さむきよなよなしぐれさへふる
〇四五九
 (題しらず) (柿本人麻呂)
さを鹿の妻どふ山の岡べなる
わさ田は刈らじ霜はおくとも
〇四六〇
 (題しらず) 紀貫之
刈りてほす山田の稲は袖ひちて
うゑし早苗と見えずもあるかな
〇四六一
 (題しらず) 菅贈太政大臣(菅原道真)
草葉には玉と見えつつわび人の
袖の涙の秋の白露
〇四六二
 (題しらず) 中納言家持(大伴家持)
我が宿の尾花が末に白露の
おきし日よりぞ秋風も吹く
〇四六三
 (題しらず) 恵慶法師
秋といへば契りおきてや結ぶらむ
浅茅が原のけさの白露
〇四六四
 (題しらず) 人麿(柿本人麻呂)
秋さればおく白露に我が宿の
浅茅が上葉色づきにけり
〇四六五
 (題しらず) 天暦御(村上天皇)
おぼつかな野にも山にも白露の
なにごとをかは思ひおくらむ
〇四六六
 後冷泉院の御子の宮と申しける時、尋野花といへる心を
 堀河右大臣(藤原頼宗)
露しげみ野辺を分けつつから衣
濡れてぞかへる花のしづくに
〇四六七
 閑庭露滋といふことを 基俊(藤原基俊)
庭の面に茂るよもぎにことよせて
心のままにおける露かな
〇四六八
 白河院にて、野草露繁といへる心を、をのこどもつかうまつりけるに 贈左大臣長実(藤原長実)
秋の野の草葉おしなみおく露に
濡れてや人のたづねゆくらむ
〇四六九
 百首奉りし時 寂蓮法師
もの思ふ袖より露やならひけむ
秋風吹けばたへぬ物とは
〇四七〇
 秋のの中に 太上天皇(後鳥羽院)
露は袖にもの思ふころはさぞなおく
かならず秋のならひならねど
〇四七一
野原より露のゆかりをたづねきて
わが衣手に秋風ぞ吹く
〇四七二
 題しらず 西行法師
きりぎりす夜寒に秋のなるままに
よわるか声の遠ざかりゆく
〇四七三
 守覚法親王五十首の中に 家隆朝臣(藤原家隆)
虫の音も長き夜あかぬふるさとに
なほ思ひ添ふ松風ぞ吹く
〇四七四
 百首の中に 式子内親王
あともなき庭の浅茅にむすぼほれ
露のそこなる松虫の声
〇四七五
 題しらず 藤原輔尹朝臣
秋風は身にしむばかり吹きにけり
今や打つらむ妹がさ衣
〇四七六
 前大僧正慈円
衣打つ音は枕に菅原や
伏見の夢をいく夜残しつ
〇四七七
 千五百番合に、秋 権中納言公経(西園寺公経)
衣打つね山の庵のしばしばも
しらぬ夢路に結ぶ手枕
〇四七八
 和所合に、月のもとに衣うつといふことを
 摂政太政大臣(藤原良経)
里は荒れて月やあらぬと恨みも
たれ浅茅生に衣打つらむ
〇四七九
 (和所合に、月のもとに衣うつといふことを)
 宮内卿(源師光女)
まどろまでながめよとてのすさびかな
麻のさ衣月に打つ声
〇四八〇
 千五百番合に 藤原定家朝臣
秋とだに忘れむと思ふ月影を
さもあやにくに打つ衣かな
〇四八一
 擣衣をよみ侍りける 大納言経信(源経信)
ふるさとに衣うつとはゆく雁や
旅の空にも鳴きてつぐらむ
〇四八二
 中納言兼輔家の屏風に 紀貫之
雁鳴きて吹く風寒みから衣
君待ちがてに打たぬ夜ぞなき
〇四八三
 擣衣の心を 藤原雅経
み吉野の山の秋風さ夜ふけて
ふるさと寒く衣うつなり
〇四八四
 (擣衣の心を) 式子内親王
ちたび打つきぬたの音に夢さめて
もの思ふ袖の露ぞくだくる
〇四八五
 百首奉りし時 (式子内親王)
ふけにけり山の端近く月さえて
とをちの里に衣打つ声
〇四八六
 九月十五夜、月くまなく侍りけるをながめあかして、よみ侍りける 道信朝臣(藤原道信)
秋はつるさ夜ふけがたの月見れば
袖も残らず露ぞおきける
〇四八七
 百首奉りし時 藤原定家朝臣
ひとり寝る山鳥の尾のしだり尾に
霜おきまよふ床の月影
〇四八八
 摂政太政大臣、大将に侍りける時、月五十首よませ侍りけるに 寂蓮法師
ひとめ見し野辺のけしきはうらがれて
露のよすがに宿る月かな
〇四八九
 月のとてよみ侍りける 大納言経信(源経信)
秋の夜は衣さむしろ重ねても
月の光にしくものぞなき
〇四九〇
 九月つごもりがたに 花山院御
秋の夜ははや長月になりにけり
ことわりなりや寝覚めせらるる
〇四九一
 五十首奉りし時 寂蓮法師
村雨の露もまだひぬ真木の葉に
霧たちのぼる秋の夕暮れ
〇四九二
 秋のとて 太上天皇(後鳥羽院)
さびしさはみ山の秋の朝ぐもり
霧にしをるる真木のした露
〇四九三
 川霧といふことを 左衛門督通光(源通光)
あけぼのや川瀬の波の高瀬舟
くだすか人の袖の秋霧
〇四九四
 堀河院御時、百首奉りけるに、霧をよめる
 権大納言公実
ふもとをば宇治の川霧たちこめて
雲居に見ゆる朝日山かな
〇四九五
 題しらず 曾禰好忠
山里に霧のまがきのへだてずは
をちかた人の袖は見てまし
〇四九六
 (題しらず) 清原深養父
鳴く雁の音をのみぞ聞く小倉山
霧立ち晴るる時しなければ
〇四九七
 (題しらず) 人麿(柿本人麻呂)
垣ほなる荻の葉そよぎ秋風の
吹くなるなへに雁ぞ鳴くなる
〇四九八
 (題しらず) (柿本人麻呂)
秋風に山とびこゆる雁がねの
いや遠ざかり雲がくれつつ
〇四九九
 (題しらず) 凡河内躬恒
初雁の羽風すずしくなるなへに
たれか旅寝の衣かへさぬ
〇五〇〇
 (題しらず) 読人しらず
雁がねは風にきほひて過ぐれども
わが待つ人の言伝てもなし
〇五〇一
 (題しらず) 西行法師
横雲の風にわかるるしののめに
山飛び越ゆる初雁の声
〇五〇二
 (題しらず) (西行)
白雲をつばさにかけてゆく雁の
門田のおもの友したふなり
〇五〇三
 五十首奉りし時、月前聞雁といふことを
 前大僧正慈円
大江山かたぶく月の影さえて
鳥羽田の面に落つる雁がね
〇五〇四
 題しらず 朝恵法師
むら雲や雁の羽風に晴れぬらむ
声聞く空にすめる月影
〇五〇五
 (題しらず) 皇太后宮大夫俊成女
吹きまよふ雲居をわたる初雁の
つばさに鳴らすよもの秋風
〇五〇六
 詩に合はせしの中に、山路秋行といへることを
 藤原家隆朝臣
秋風の袖に吹きまく峰の雲を
つばさにかけて雁も鳴くなり
〇五〇七
 五十首奉りし時、菊籬月といへる心を
 宮内卿(源師光女)
霜を待つまがきの菊の宵のまに
おきまよふ色は山の端の月
〇五〇八
 鳥羽院御時、内裏より菊をめしけるに、奉るとて結びつけ侍りける 花園左大臣(源有仁)室
九重にうつろひぬとも菊の花
もとのまがきを思ひ忘るな
〇五〇九
 題しらず 権中納言定頼(藤原定頼)
今よりはまた咲く花もなきものを
いたくなおきそ菊の上の露
〇五一〇
 枯れゆく野辺のきりぎりすを 中務卿具平親王
秋風にしをるる野辺の花よりも
虫の音いたくかれにけるかな
〇五一一
 題しらず 大江嘉言
寝覚めする袖さへ寒く秋の夜の
あらし吹くなり松虫の声
〇五一二
 千五百番合に 前大僧正慈円
秋をへてあはれも露も深草の
里とふものはうづらなりけり
〇五一三
 (千五百番合に) 左衛門督通光(源通光)
入り日さすふもとの尾花うちなびき
誰が秋風にうづら鳴くらむ
〇五一四
 題しらず 皇太后宮大夫俊成女
あだに散る露の枕にふしわびて
うづら鳴くなりとこの山風
〇五一五
 千五百番合に (藤原俊成女)
とふ人もあらし吹きそふ秋は来て
木の葉にうづむ宿の道芝
〇五一六
 (千五百番合に) (藤原俊成女)
色かはる露をば袖におきまよひ
うら枯れてゆく野辺の秋かな
〇五一七
 秋のとて 太上天皇(後鳥羽院)
秋ふけぬ鳴けや霜夜のきりぎりす
やや影寒しよもぎふの月
〇五一八
 百首奉りし時 摂政太政大臣(藤原良経)
きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに
衣かたしきひとりかも寝む
〇五一九
 千五百番合に 春宮権大夫公継(藤原公継)
寝覚めする長月の夜の床寒み
けさ吹く風に霜やおくらむ
〇五二〇
 和所にて六首つかうまつりし時、秋 前大僧正慈円
秋深き淡路の島の有明に
かたぶく月をおくる浦風
〇五二一
 暮秋の心を (慈円)
長月もいく有明になりぬらむ
浅茅の月のいとどさびゆく
〇五二二
 摂政太政大臣、大将に侍りける時、百首よませ侍りけるに 寂蓮法師
かささぎの雲のかけはし秋暮れて
夜半には霜やさえわたるらむ
〇五二三
 桜のもみぢはじめたるを見て 中務卿具平親王
いつのまにもみぢしぬらむ山桜
きのふか花の散るを惜しみし
〇五二四
 紅葉透霧といふことを 高倉院御
薄霧の立ちまふ山のもみぢ葉は
さやかならねどそれと見えけり
〇五二五
 秋のとてよめる 八条院高倉
神南備の御室の梢いかならむ
なべての山もしぐれするころ
〇五二六
 最勝四天王院の障子に、鈴鹿川かきたるところ
 太上天皇(後鳥羽院)
鈴鹿川深き木の葉に日かずへて
山田の原の時雨をぞ聞く
〇五二七
 入道前関白太政大臣(藤原兼実)家に百首よみ侍りけるに、紅葉 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
心とやもみぢはすらむ龍田山
松はしぐれに濡れぬものかは
〇五二八
 大井川にまかりて、もみぢ見侍りけるに
 藤原輔尹朝臣
思ふことなくてぞ見ましもみぢ葉を
あらしの山のふもとならずは
〇五二九
 題しらず 曾禰好忠
入日さす佐保の山べのははそ原
くもらぬ雨と木の葉降りつつ
〇五三〇
 百首奉りし時 宮内卿(源師光女)
龍田山あらしや峰によわるらむ
渡らぬ水も錦絶えけり
〇五三一
 左大将に侍りける時、家に百首合し侍りけるに、
 ははそをよみ侍りける 摂政太政大臣(藤原良経)
ははそ原しづくも色や変はるらむ
杜の下草秋ふけにけり
〇五三二
(左大将に侍りける時、家に百首合し侍りけるに、ははそをよみ侍りける) 藤原定家朝臣
時わかぬ波さへ色にいづみ川
ははその杜にあらし吹くらし
〇五三三
 障子のゑに、あれたるやどにもみぢ散りたる所をよめる
 俊頼朝臣(源俊頼)
ふるさとは散るもみぢ葉にうづもれて
軒のしのぶに秋風ぞ吹く
〇五三四
 百首奉りし秋 式子内親王
桐の葉もふ踏みけがたくなりにけり
かならず人を待つとなけれど
〇五三五
 題しらず 曾禰好忠
人は来ず風に木の葉は散りはてて
よなよな虫は声よわるなり
〇五三六
 守覚法親王五十首によみ侍りける
 春宮大夫公継(藤原公継)
もみぢ葉の色にまかせてときは木も
風にうつろふ秋の山かな
〇五三七
 千五百番合に 家隆朝臣(藤原家隆)
露時雨もる山かげのしたもみぢ
濡るとも折らむ秋の形見に
〇五三八
 題しらず 西行法師
松にはふまさの葉かづら散りにけり
外山の秋は風すさぶらむ
〇五三九
 法性寺入道前関白太政大臣家合に 前参議親隆
うづら鳴く交野にたてるはじもみぢ
散りぬばかりに秋風ぞ吹く
〇五四〇
 百首奉りし時 二条院讃岐
散りかかるもみぢの色は深けれど
渡ればにごる山川の水
〇五四一
 題しらず 柿本人麻呂
飛鳥川もみぢ葉流る葛城の
山の秋風吹きぞしくらし
〇五四二
 権中納言長方(藤原長方)
飛鳥川瀬々に波寄るくれなゐや
葛城山のこがらしの風
〇五四三
 長月のころ、水無瀬に日ごろ侍りけるに、嵐の山の紅葉、涙にたぐふよし、申しつかはして侍りける人の返事に
 権中納言公経(西園寺公経)
もみぢ葉をさこそあらしのはらふらめ
この山本も雨と降るなり
〇五四四
 家に百首合し侍りける時 摂政太政大臣(藤原良経)
龍田姫いまはのころの秋風に
時雨をいそぐ人の袖かな
〇五四五
 千五百番合に 権中納言兼宗(中山兼宗)
ゆく秋の形見なるべきもみぢ葉も
あすはしぐれとふりやまがはむ
〇五四六
 紅葉見にまかりて、よみ侍りける
 前大納言公任(藤原公任)
うちむれて散るもみぢ葉をたづぬれば
山路よりこそ秋はゆきけれ
〇五四七
 津の国に侍りけるころ、道済が許につかはしける
 能因法師
夏草のかりそめにとて来しかども
難波の浦に秋ぞ暮れぬる
〇五四八
 暮れの秋、思ふこと侍りけるころ (能因)
かくしつつ暮れぬる秋と老いぬれど
しかすがになほものぞかなしき
〇五四九
 五十首よませ侍りけるに 守覚法親王
身にかへていざさは秋を惜しみ
見むさらでももろき露の命を
〇五五〇
 閏九月尽の心を 前太政大臣(藤原頼実)
なべて世の惜しさに添へて惜しむかな
秋より後の秋の限りを

巻第六 冬
〇五五一
 千五百番合に、初冬の心をよめる
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
おきあかす秋のわかれの袖の露
霜こそむすべ冬や来ぬらむ
〇五五二
 天暦の御時、神無月といふことを上におきて、つかうまつりけるに 藤原高光
神無月風にもみぢの散る時は
そこはかとなく物ぞかなしき
〇五五三
 題しらず 源重之
名取川やなせの波ぞさわぐなる
もみぢやいとど寄りてせくらむ
〇五五四
 後冷泉院御時、上のをのこども大井川にまかりて、
 紅葉浮水といへる心をよみ侍りけるに 藤原資宗朝臣
いかだしよ待て言問はむ水上は
いかばかり吹く山のあらしぞ
〇五五五
(後冷泉院御時、上のをのこども大井川にまかりて、紅葉浮水といへる心をよみ侍りけるに) 大納言経信(源経信)
ちりかかるもみぢながれぬ大井がは
いづれ井せきの水のしがらみ
〇五五六
 大井川にまかりて、落葉満水といへる心をよみ侍りける
 藤原家経朝臣
高瀬舟しぶくばかりにもみぢ葉の
流れてくだる大井川かな
〇五五七
 深山落葉といへる心を 俊頼朝臣(源俊頼)
日暮るればあふ人もなし正木散る
峰のあらしの音ばかりして
〇五五八
 題しらず 清輔朝臣(藤原清輔)
おのづから音する物は庭のおもに
木の葉吹きまく谷の夕風
〇五五九
 春日社合に、落葉といふ事をよみて奉りし
 前大僧正慈円
木の葉散る宿にかたしく袖の色を
ありとも知らでゆくあらしかな
〇五六〇
 (春日社合に、落葉といふ事をよみて奉りし)
 右衛門督通具(源通具)
木の葉散るしぐれやまがふわが袖に
もろき涙の色と見るまで
〇五六一
 (春日社合に、落葉といふ事をよみて奉りし)
 藤原雅経
うつりゆく雲にあらしの声すなり
散る正木の葛城の山
〇五六二
 (春日社合に、落葉といふ事をよみて奉りし)
 七条院大納言(藤原実綱女)
初時雨しのぶの山のもみぢ葉を
あらし吹けとは染めずやありけむ
〇五六三
 (春日社合に、落葉といふ事をよみて奉りし)
 信濃(祝部允仲女)
しぐれつつ袖もほしあへずあしびきの
山の木の葉にあらし吹くころ
〇五六四
 (春日社合に、落葉といふ事をよみて奉りし)
 藤原秀能
山里の風すさまじき夕暮れに
木の葉乱れて物ぞかなしき
〇五六五
 (春日社合に、落葉といふ事をよみて奉りし)
 祝部成茂
冬の来て山もあらはに木の葉ふり
残る松さへ峰にさびしき
〇五六六
 五十首奉りし時 宮内卿(源師光女)
から錦秋の形見やたつた山
散りあへぬ枝にあらし吹くなり
〇五六七
 頼輔卿家合に、落葉の心を 藤原資隆朝臣
時雨かと聞けば木の葉の降るものを
それにも濡るるわがたもとかな
〇五六八
 題しらず 法眼慶算
時しもあれ冬は葉守の神無月
まばらになりぬ杜のかしは木
〇五六九
 (題しらず) 津守国基
いつのまに空のけしきの変はるらむ
はげしきけさのこがらしの風
〇五七〇
 (題しらず) 西行法師
月を待つたかねの雲は晴れにけり
心ありける初しぐれかな
〇五七一
 (題しらず) 前大僧正覚忠
神無月木々の木の葉は散りはてて
庭にぞ風の音は聞こゆる
〇五七二
 (題しらず) 清輔朝臣(藤原清輔)
柴の戸に入日のかげはさしながら
いかにしぐるる山辺なるらむ
〇五七三
 山家時雨といへる心を 藤原隆信朝臣
雲晴れてのちもしぐるる柴の戸や
山風はらふ松の下露
〇五七四
 寛平御時后の宮の合に 読人しらず
神無月しぐれ降るらし佐保山の
まさきのかづら色まさりゆく
〇五七五
 題しらず 中務卿具平親王
こがらしの音に時雨を聞きわかで
もみぢに濡るるたもととぞ見る
〇五七六
 (題しらず) 中納言兼輔(藤原兼輔)
しぐれ降る音はすれども呉竹の
など代とともに色もかはらぬ
〇五七七
 十月ばかり、常磐の杜を過ぐとて 能因法師
時雨の雨染めかねてけり山城の
常磐の杜の真木の下葉は
〇五七八
 題しらず 清原元輔
冬を浅さみまたぐしぐれと思ひしを
堪へざりけりな老の涙も
〇五七九
 鳥羽殿にて、旅宿時雨といふことを 後白河院御
まばらなる柴の庵に旅寝して
時雨に濡るるさ夜衣かな
〇五八〇
 時雨を 前大僧正慈円
やよしぐれ物思ふ袖のなかりせば
木の葉の後に何を染めまし
〇五八一
 冬のの中に 太上天皇(後鳥羽院)
ふかみどり争ひかねていかならむ
まなく時雨の布留の神杉
〇五八二
 題しらず 柿本人麻呂
しぐれの雨まなくし降れば真木の葉も
争ひかねて色づきにけり
〇五八三
 (題しらず) 和泉式部
世の中になほもふるかなしぐれつつ
雲間の月のいでやと思へば
〇五八四
 百首奉りしに 二条院讃岐
折こそあれながめにかかる浮雲の
袖もひとつにうちしぐれつつ
〇五八五
 題しらず 西行法師
秋篠や外山の里やしぐるらむ
生駒の嶽に雲のかかれる
〇五八六
 (題しらず) 道因法師
晴れ曇り時雨はさだめなき物を
ふりはてぬるはわが身なりけり
〇五八七
 千五百番合に、冬の 源具親
いまはまた散らでもまがふ時雨かな
ひとりふりゆく庭の松風
〇五八八
 題しらず 俊恵法師
み吉野の山かき曇り雪ふれば
ふもとの里はうちしぐれつつ
〇五八九
 百首奉りし時 入道左大臣(藤原実房)
真木の屋に時雨の音のかはるかな
紅葉や深く散りつもるらむ
〇五九〇
 千五百番合に、冬の 二条院讃岐
世にふるは苦しき物を真木の屋に
やすくも過ぐる初時雨かな
〇五九一
 題しらず 源信明朝臣
ほのぼのと有明の月の月影に
もみぢ吹きおろす山おろしの風
〇五九二
 (題しらず) 中務卿具平親王
もみぢ葉をなに惜しみけむ木の間より
もりくる月は今宵こそ見れ
〇五九三
 (題しらず) 宜秋門院丹後
吹きはらふあらしの後の高嶺より
木の葉曇らで月や出づらむ
〇五九四
 春日合に、暁月といふことを 右衛門督通具(源通具)
霜こほる袖にもかげは残りけり
露よりなれし有明の月
〇五九五
 和所にて六首の奉りしに、冬の 藤原家隆朝臣
ながめつついくたび袖に曇るらむ
時雨にふくる有明の月
〇五九六
 題しらず 源泰光
定めなくしぐるる空のむら雲に
いくたびおなじ月を待つらむ
〇五九七
 千五百番合に 源具親
今よりは木の葉がくれもなけれども
しぐれに残るむら雲の月
〇五九八
 題しらず (源具親)
晴れ曇るかげを都に先立てて
しぐると告ぐる山の端の月
〇五九九
 五十首奉りし時 寂蓮法師
たえだえに里わく月の光かな
時雨を送る夜半のむら雲
〇六〇〇
 雨後冬月といへる心を 良暹法師
今はとて寝なましものをしぐれつる
空とも見えずすめる月かな
〇六〇一
 題しらず 曾禰好忠
露霜の夜半におきゐて冬の夜の
月見るほどに袖はこほりぬ
〇六〇二
 (題しらず) 前大僧正慈円
もみぢ葉はおのが染めたる色ぞかし
よそげにをけるけさの霜かな
〇六〇三
 (題しらず) 西行法師
小倉山ふもとの里に木の葉散れば
梢に晴るる月を見るかな
〇六〇四
 五十首奉りし時 藤原雅経
秋の色を払ひはててやひさかたの
月の桂にこがらしの風
〇六〇五
 題しらず 式子内親王
風寒み木の葉晴れゆくよなよなに
残るくまなき庭の月影
〇六〇六
 (題しらず) 殷富門院大輔
我が門の刈り田のねやに伏すしぎの
床あらはなる冬の夜の月
〇六〇七
 (題しらず) 清輔朝臣(藤原清輔)
冬枯れの杜の朽ち葉の霜の上に
落ちたる月の影のさやけさ
〇六〇八
 千五百番合に 皇太后宮大夫俊成女
さえわびてさむる枕にかげ見れば
霜深き夜の有明の月
〇六〇九
 (千五百番合に) 右衛門督通具(源通具)
霜結ぶ袖の片敷きうちとけて
寝ぬ夜の月の影ぞ寒けき
〇六一〇
 五十首奉りし時 藤原雅経
影とめし露の宿りを思ひ出でて
霜にあととふ浅茅生の月
〇六一一
 橋上霜といへることをよみ侍りける 法印幸清
片敷きの袖をや霜にかさぬらむ
月に夜がるる宇治の橋姫
〇六一二
 題しらず 源重之
夏刈りの荻の古枝は枯れにけり
むれゐし鳥は空にやあるらむ
〇六一三
 (題しらず) 道信朝臣(藤原道信)
さ夜ふけて声さへ寒き蘆鶴は
いくへの霜かおきまさるらむ
〇六一四
 冬のの中に 太上天皇(後鳥羽院)
冬の夜の長きをおくる袖濡れぬ
あかつきがたのよものあらしに
〇六一五
 百首奉りし時 摂政太政大臣(藤原良経)
笹の葉はみ山もさやにうちそよぎ
こほれる霜を吹くあらしかな
〇六一六
 崇徳院御時、百首奉りけるに 清輔朝臣(藤原清輔)
君来ずはひとりや寝なむ笹の葉の
み山もそよにさやぐ霜夜を
〇六一七
 題しらず 皇太后宮大夫俊成女
霜枯れはそことも見えぬ草の原
たれに問はまし秋の名残を
〇六一八
 百首の中に 前大僧正慈円
霜さゆる山田のくろのむらすすき
刈る人なしに残るころかな
〇六一九
 題しらず 曾禰好忠
草の上にここら玉ゐし白露を
下葉の霜と結ぶ冬かな
〇六二〇
 (題しらず) 中納言家持(大伴家持)
かささぎの渡せる橋におく霜の
白きを見れば夜ぞふけにける
〇六二一
 上のをのこども菊合し侍りけるついでに
 延喜御(醍醐天皇)
しぐれつつ枯れゆく野辺の花なれ
霜のまがきににほふ色かな
〇六二二
 延喜十四年、尚侍藤原満子に菊宴給はせける時
 中納言兼輔(藤原兼輔)
菊の花手折りては見じ初霜の
おきながらこそ色まさりけれ
〇六二三
 おなじ御時、大井河に行幸侍りける日 坂上是則
影さへにいまはと菊のうつろふは
波の底にも霜やおくらむ
〇六二四
 題しらず 和泉式部
野辺見れば尾花がもとの思ひ草
枯れゆく冬になりぞしにける
〇六二五
 (題しらず) 西行法師
津の国の難波の春は夢なれや
蘆の枯れ葉に風わたるなり
〇六二六
 崇徳院に十首奉りける時 大納言成通(藤原成通)
冬深くなりにけらしな難波江の
青葉まじらぬ蘆のむら立ち
〇六二七
 題しらず 西行法師
さびしさに堪へたる人のまたもあれな
庵ならべむ冬の山里
〇六二八
 東に侍りける時、都の人につかはしける 康資王母
あづまぢの道の冬草茂りあひて
あとだに見えぬ忘れ水かな
〇六二九
 冬のとてよみ侍りける 守覚法親王
昔思ふ小夜の寝覚めの床さえ
て涙もこほる袖の上かな
〇六三〇
 百首奉りし時 (守覚法親王)
たち濡るる山のしづくも音絶えて
真木の下葉にたるひしにけり
〇六三一
 題しらず 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
かつ氷りかつはくだくる山川の
岩間にむせぶあかつきの声
〇六三二
 (題しらず) 摂政太政大臣(藤原良経)
消えかへり岩間にまよふ水の泡の
しばし宿かる薄氷かな
〇六三三
 (題しらず) (藤原良経)
枕にも袖にも涙つららゐて
結ばぬ夢をとふあらしかな
〇六三四
 五十首奉りし時 (藤原良経)
みなかみやたえだえ氷る岩間より
清滝川に残る白波
〇六三五
 百首奉りし時 (藤原良経)
片敷きの袖の氷もむすぼほれ
とけて寝ぬ夜の夢ぞ短き
〇六三六
 最勝四天王院の障子に、宇治川かきたる所
 太上天皇(後鳥羽院)
橋姫のかたしき衣さむしろに
待つ夜むなしき宇治のあけぼの
〇六三七
 (最勝四天王院の障子に、宇治川かきたる所)
 前大僧正慈円
網代木にいざよふ波の音ふけて
ひとりや寝ぬる宇治の橋姫
〇六三八
 百首の中に 式子内親王
見るままに冬は来にけり鴨のゐる
入江のみぎは薄ごほりつつ
〇六三九
 摂政太政大臣家合に、湖上冬月 藤原家隆朝臣
志賀の浦やと遠ざかりゆく波間より
氷りて出づる有明の月
〇六四〇
 守覚法親王、五十首よませ侍りけるに
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
ひとり見る池の氷に澄む月の
やがて袖にもうつりぬるかな
〇六四一
 題しらず 山部赤人
うばたまの夜のふけゆけばひさぎ生ふる
清きかはらに千鳥鳴くなり
〇六四二
 佐保の川原に千鳥の鳴きけるをよみ侍りける
 伊勢大輔
行く先はさ夜ふけぬれど千鳥鳴く
佐保の川原は過ぎうかりけり
〇六四三
 陸奥の国にまかりける時、よみ侍りける 能因法師
夕さればしほ風越してみちのくの
野田の玉川千鳥鳴くなり
〇六四四
 題しらず 源重之
白波に羽根うちかはし浜千鳥
かなしきものは夜の一声
〇六四五
 (題しらず) 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
夕なぎに門渡る千鳥波間より
見ゆる小島の雲に消えぬる
〇六四六
 堀河院に百首奉りけるに 祐子内親王家紀伊
浦風に吹上の浜千鳥
波たちくらし夜半に鳴くなり
〇六四七
 五十首奉りし時 摂政太政大臣(藤原良経)
月ぞ澄むたれかはここにきの国や
吹上の千鳥ひとり鳴くなり
〇六四八
 千五百番合に 正三位季能(藤原季能)
小夜千鳥声こそ近くなるみ潟
かたぶく月に潮や満つらむ
〇六四九
 最勝四天王院の障子に、鳴海の浦かきたる所
 藤原秀能
風吹けばよそになるみのかた思ひ
思はぬ浪に鳴く千鳥かな
〇六五〇
 おなじ所 権大納言通光(源通光)
浦人の日も夕暮れになるみ潟
かへる袖より千鳥鳴くなり
〇六五一
 文治六年女御入内屏風に 正三位季経(藤原季経)
風さゆる富島が磯のむら千鳥
たちゐは波の心なりけり
〇六五二
 五十首奉りし時 雅経(藤原雅経)
はかなしやさてもいく夜か行く水に
数かきわぶるをしのひとり寝
〇六五三
 堀河院に百首奉りけるに 河内
水鳥の鴨のうき寝のうきながら
波の枕にいく夜経ぬらむ
〇六五四
 題しらず 湯原王
吉野なる夏美の川の川淀に
鴨ぞ鳴くなる山かげにして
〇六五五
 (題しらず) 能因法師
ねやのうへに片枝さしおほひそともなる
葉びろ柏に霰ふるなり
〇六五六
 (題しらず)
 法性寺入道前関白太政大臣(藤原忠通)
さざ波や志賀の唐崎風さえて
比良の高嶺に霰ふるなり
〇六五七
 (題しらず) 人麿(柿本人麻呂)
矢田の野に浅茅いろづく有乳山
峰のあは雪寒くぞあるらし
〇六五八
 雪の朝、基俊が許へ申しつかはしける 瞻西上人
つねよりも篠屋の軒ぞうづもるる
けふは都に初雪や降る
〇六五九
 返し 基俊(藤原基俊)
降る雪にまことに篠屋いかならむ
けふは都に跡だにもなし
〇六六〇
 冬のあまたよみ侍りけるに
 権中納言長方(藤原長方)
初雪のふるの神杉うづもれて
しめ結ふ野辺は冬ごもりせり
〇六六一
 思ふこと侍りけるころ、初雪の降り侍りける日 紫式部
ふればかく憂さのみまさる世を知らで
荒れたる庭につもる初雪
〇六六二
 百首に 式子内親王
さむしろの夜半の衣手さえさえて
初雪白し岡の辺の松
〇六六三
 入道前関白、右大臣に侍りける時、家合に、雪をよめる
 寂蓮法師
降りそむる今朝だに人の待たれつる
み山の里の雪の夕暮れ
〇六六四
 雪の朝、後徳大寺左大臣の許につかはしける
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
けふはもし君もやとふとながむれど
まだ跡もなき庭の雪かな
〇六六五
 返し 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
いまぞ聞く心は跡もなかりけり
雪かきわけて思ひやれども
〇六六六
 題しらず 前大納言公任(藤原公任)
白山に年ふる雪やつもるらむ
夜半に片敷くたもとさゆなり
〇六六七
 夜深聞雪といふことを 刑部卿範兼(藤原範兼)
明けやらぬ寝覚めの床に聞こゆなり
まがきの竹の雪の下折れ
〇六六八
 上のをのこども、暁望山雪といへる心をつかうまつりけるに
 高倉院御
音羽山さやかに見ゆる白雪を
明けぬと告ぐる鳥の声かな
〇六六九
 紅葉の散れりける上に初雪の降りかかりて侍りけるを見て、上東門院に侍りける女房につかはしける
 藤原家経朝臣
山里は道もや見えずなりぬらむ
もみぢとともに雪の降りぬる
〇六七〇
 野亭雪をよみ侍りける 藤原国房
さびしさをいかにせよとて岡べなる
楢の葉しだり雪の降るらむ
〇六七一
 百首奉りし時 藤原定家朝臣
駒とめて袖うちはらふかげもなし
佐野のわたりの雪の夕暮れ
〇六七二
 摂政太政大臣、大納言に侍りける時、山家雪といふことをよませ侍りける (藤原定家)
待つ人のふもとの道は絶えぬらむ
軒ばの杉に雪重るなり
〇六七三
 おなじ家にて、所の名をさぐりて冬のよませ侍りけるに、伏見の里の雪を 藤原有家朝臣
夢かよふ道さへ絶えぬ呉竹の
伏見の里の雪の下折れ
〇六七四
 家に百首よませ侍りけるに
 入道前関白太政大臣(藤原兼実)
降る雪にたく藻のけぶりかき絶えて
さびしくもあるか塩釜の浦
〇六七五
 題しらず 山部赤人
田子の浦にうち出でて見れば白妙の
富士の高嶺に雪は降りつつ
〇六七六
 延喜御時、奉れと仰せられければ 紀貫之
雪のみや降りぬとは思ふ山里に
我もおほくの年ぞつもれる
〇六七七
 守覚法親王、五十首よませ侍りけるに
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
雪降れば峰のまさかきうづもれて
月にみがける天の香具山
〇六七八
 題しらず 小侍従(石清水別当光清女)
かき曇りあまぎる雪のふるさとを
つもらぬ先に訪ふ人もがな
〇六七九
 (題しらず) 前大僧正慈円
庭の雪にわが跡つけて出でつるを
訪はれにけりと人や見るらむ
〇六八〇
 (題しらず) (慈円)
ながむればわが山の端に雪白し
都の人よあはれとも見よ
〇六八一
 (題しらず) 曾禰好忠
冬草の枯れにし人のいまさらに
雪ふみわけて見えむものかは
〇六八二
 雪朝、大原にてよみ侍りける 寂然法師
尋ね来て道分けわぶる人もあらじ
幾重もつもれ庭の白雪
〇六八三
 百首の中に 太上天皇(後鳥羽院)
このごろは花も紅葉も枝になし
しばしな消えそ松の白雪
〇六八四
 千五百番合に 右衛門督通具(源通具)
草も木も降りまがへたる雪もよに
春待つ梅の花の香ぞする
〇六八五
 百首めしける時 崇徳院御
み狩りする交野の御野に降る霰
あなかままだき鳥もこそ立て
 内大臣に侍りける時、家合に
 法性寺入道前関白太政大臣(藤原忠通)
み狩りすと鳥立ちの原をあさりつつ
交野の野辺にけふも暮らしつ
〇六八七
 京極関白前太政大臣高陽院合に
 前中納言匡房(大江匡房)
御狩野はかつ降る雪にうづもれて
鳥立ちも見えず草がくれつつ
〇六八八
 鷹狩の心をよみ侍りける 左近中将公衡(藤原公衡)
狩りくらし交野の真柴折り敷きて
淀の川瀬の月を見るかな
〇六八九
 埋み火をよみ侍りける 権僧正永縁
なかなかに消えは消えなでうづみ火の
生きてかひなき世にもあるかな
〇六九〇
 百首奉りしに 式子内親王
日数ふる雪げにまさる炭竃の
けぶりもさびし大原の里
〇六九一
 年の暮れに、人につかはしける 西行法師
おのづからいはぬを慕ふ人やあると
やすらふほどに年の暮れぬる
〇六九二
 年の暮れによみ侍りける 上西門院兵衛
かへりては身に添ふものと知りながら
暮れゆく年をなに慕ふらむ
〇六九三
 (年の暮れによみ侍りける) 皇太后宮大夫俊成女
隔てゆく世々の面影かきくらし
雪とふりぬる年の暮れかな
〇六九四
 (年の暮れによみ侍りける) 大納言隆季
あたらしき年やわが身をとめ来らむ
ひまゆく駒に道をまかせて
〇六九五
 俊成卿家十首よみ侍りけるに、年の暮れの心を
 俊恵法師
なげきつつ今年も暮れぬ露の命
いけるばかりを思ひ出でにして
〇六九六
 百首奉りし時 小侍従(石清水別当光清女)
思ひやれやそぢの年の暮れなれば
いかばかりかは物はかなしき
〇六九七
 題しらず 西行法師
昔思ふ庭にうき木を積みおきて
見し世にも似ぬ年の暮れかな
〇六九八
 (題しらず) 摂政太政大臣(藤原良経)
石の上布留野のを笹霜を経て
ひとよばかりに残る年かな
〇六九九
 (題しらず) 前大僧正慈円
年の明けてうき世の夢の覚むべくは
暮るとも今日はいとはざらまし
〇七〇〇
 (題しらず) 権律師隆聖
朝ごとの閼伽井の水に年暮れて
我が世のほどの汲まれぬるかな
〇七〇一
 百首奉りし時 入道左大臣(藤原実房)
いそがれぬ年の暮れこそあはれなれ
昔はよそに聞きし春かは
〇七〇二
 年の暮れに、身のおいぬることをなげきてよみ侍りける
 和泉式部
かぞふれば年の残りもなかりけり
老いぬるばかりかなしきはなし
〇七〇三
 入道前関白太政大臣、百首よませ侍りける時、年の暮れの心をよみてつかはしける 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
石走る初瀬の川の波枕
早くも年の暮れにけるかな
〇七〇四
 土御門内大臣家にて、海辺歳暮といへる心をよめる
 有家朝臣(藤原有家)
ゆく年を雄島の海人の濡れ衣
かさねて袖に波やかくらむ
〇七〇五
 (土御門内大臣家にて、海辺歳暮といへる心をよめる)
 寂蓮法師
老いの波越えける身こそあはれなれ
今年も今は末の松山
〇七〇六
 千五百番合に 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
けふごとにけふや限りと惜しめども
またも今年にあひにけるかな

巻第七 賀
〇七〇七
 貢物許されて国富めるを御覧じて 仁徳天皇御
高き屋に登りて見ればけぶり立つ
民の竃はにぎはひにけり
〇七〇八
 題しらず 読人しらず
初春の初子のけふのたまばはき
手に取るからにゆらぐ玉の緒
〇七〇九
 子日をよめる 藤原清正
子の日してしめつる野辺の姫小松
ひかでや千代のかげを待たまし
〇七一〇
 題しらず 紀貫之
君が代の年の数をば白妙の
浜の真砂とたれか敷きけむ
〇七一一
 享子院の六十の御賀の屏風に、若菜摘める所をよみ侍りける (紀貫之)
若菜生ふる野辺といふ野辺を君がため
よろづ代しめて摘まむとぞ思ふ
〇七一二
 延喜御時屏風 (紀貫之)
夕だすき千歳をかけてあしびきの
山藍の色はかはらざりけり
〇七一三
 祐子内親王家にて、桜を 土御門右大臣(源師房)
君が代にあふべき春のおほければ
散るとも桜あくまでぞ見む
〇七一四
 七条の后の宮の五十賀屏風に 伊勢
住の江の浜の真砂を踏む田鶴はひさしき
跡を留むるなりけり
〇七一五
 延喜御時屏風 紀貫之
年ごとに生ひ添ふ竹のよよを経て
かはらぬ色をたれとかは見む
〇七一六
 題しらず 躬恒(凡河内躬恒)
千歳ふる尾上の松は秋風の
声こそかはれ色はかはらず
〇七一七
 藤原興風
山川の菊のした水いかなれば
流れて人の老をせくらむ
〇七一八
 延喜御時屏風 紀貫之
祈りつつなほ長月の菊の花
いづれの秋かうゑて見ざらむ
〇七一九
 文治六年女御入内屏風に
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
山人の折る袖にほふ菊の露
うちはらふにも千代は経ぬべし
〇七二〇
 貞信公(藤原忠平)家屏風に 清原元輔
神無月もみぢも知らぬ常磐木に
よろづ代かかれ峰の白雲
〇七二一
 題しらず 伊勢
山風は吹けど吹かねど白波の
寄する岩根はひさしかりけり
〇七二二
 後一条院生まれさせ給へりける九月の月くまなかりける夜、大二条関白(藤原教通)、中将に侍りける、若き人々さそひいでて、池の船に乗せて中島の松陰さしまはすほど、をかしく見え侍りければ 紫式部
くもりなく千歳に澄める水のおもに
宿れる月の影ものどけし
〇七二三
 永承四年内裏合に、池水といふ心を 伊勢大輔
池水の世々にひさしく澄みぬれば
底の玉藻も光見えけり
〇七二四
 堀河院の大嘗会御禊、日ごろ雨降りて、その日になりて空晴れて侍りければ、紀伊典侍に申しける
 六条右大臣(源顕房)
君が代の千歳の数もかくれなく
くもらぬ空の光にぞ見る
〇七二五
 天喜四年皇后宮の合に、祝の心をよみ侍りける
 前大納言隆国(源隆国)
住の江に生ひそふ松の枝ごとに
君が千歳の数ぞこもれる
〇七二六
 寛治八年関白前太政大臣高陽院合に、祝の心を
 康資王母
よろづ代を松の尾山のかげ茂み
君をぞ祈るときはかきはに
〇七二七
 後冷泉院幼くおはしましける時、卯杖の松を人の子にたばせ給ひけるに、よみ侍りける 大弐三位(藤原宣孝女賢子)
相生の小塩の山の小松原
いまより千代のかげを待たなむ
〇七二八
 永保四年内裏の子日に 大納言経信(源経信)
子の日する御垣のうちの小松原
千代をばほかの物とやは見る
〇七二九
 (永保四年内裏の子日に) 権中納言通俊(藤原通俊)
子の日する野辺の小松を移しうゑて
年の緒ながく君ぞひくべき
〇七三〇
 承暦二年内裏の合に、祝の心をよみ侍りける
 前中納言匡房(大江匡房)
君が代はひさしかるべし渡会や
五十鈴の川の流れ絶えせで
〇七三一
 題しらず 読人しらず
常磐なる松にかかれる苔なれば
年の緒長きしるべとぞ思ふ
〇七三二
 二条院御時、花有喜色といふ心を人々つかうまつりけるに
 刑部卿範兼(藤原範兼)
君が代にあへるはたれもうれしきを
花は色にも出でにけるかな
〇七三三
 おなじ御時、南殿の花の盛りに、よめと仰せられければ
 参河内侍
身にかへて花も惜しまじ君が代に
見るべき春のかぎりなければ
〇七三四
 百首奉りし時 式子内親王
あめのした芽ぐむ草木の目もはるに
かぎりもしらぬ御代の末々
〇七三五
 京極殿にて初めて人々つかうまつりしに、松有春色といふ事をよみ侍りし 摂政太政大臣(藤原良経)
おしなべて木の芽も春の浅緑
松にぞ千代の色はこもれる
〇七三六
 百首奉りし時 (藤原良経)
敷島ややまと島根も神代より
君がためとやかためおきけむ
〇七三七
 千五百番合に (藤原良経)
濡れてほす玉串の葉の露霜
に天照る光いく代へぬらむ
〇七三八
 祝の心をよみ侍りける 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
君が代は千代ともささじ天の戸や
出づる月日のかぎりなければ
〇七三九
 千五百番合に 藤原定家朝臣
わが道をまもらば君をまもるらむ
よはひはゆづれ住吉の松
〇七四〇
 八月十五夜、和所合に、月多秋友といふことをよみ侍りし
 寂蓮法師
高砂の松も昔になりぬべし
なほ行く末は秋の夜の月
〇七四一
 和所の開闔になりて初めて参り日、奏し侍りし
 源家長
藻塩草かくともつきじ君が代の
数によみおく和の浦波
〇七四二
 建久七年、入道前関白太政大臣(藤原兼実)、宇治にて人々によませ侍りけるに 前大納言隆房(藤原隆房)
うれしさやかたしく袖につつむらむ
けふ待ちえたる宇治の橋姫
〇七四三
 嘉応元年、入道前関白太政大臣(藤原兼実)、宇治にて、河水久澄といふ事を人々によませ侍りけるに
 清輔朝臣(藤原清輔)
年へたる宇治の橋守り言問はむ
幾代になりぬ水のみなかみ
〇七四四
 日吉禰宜成仲、七十賀し侍りけるに、つかはしける
 (藤原清輔)
ななそぢにみつの浜松老いぬれど
千代の残りはなほぞはるけき
〇七四五
 百首よみ侍りけるに 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
八百日ゆく浜の真砂を君が代の
かずに取らなむ沖つ島守
〇七四六
 家に合し侍りけるに、春祝の心をよみ侍りける
 摂政太政大臣(藤原良経)
春日山みやこの南しかぞ思ふ
北の藤波春に逢へとは
〇七四七
 天暦御時大嘗会主基方、備中国中山 読人しらず
常磐なる吉備の中山おしなべて
千歳を松の深き色かな
〇七四八
 長和五年大嘗会、悠紀方風俗、近江国朝日郷
 祭主輔親(大中臣輔親)
あかねさす朝日の里の日かげ草
豊のあかりのかざしなるべし
〇七四九
 永承元年大嘗会悠紀方屏風、近江国もる山をよめる
 式部大輔資業(藤原資業)
すべらぎをときはかきはに守る山の
山人ならし山かづらせり
〇七五〇
 寛治二年大嘗会屏風に、鷹尾山をよめる
 前中納言匡房(大江匡房)
とやかへる鷹尾山のたまつばき
霜をば経とも色はかはらじ
〇七五一
 久寿二年大嘗会、悠紀屏風に、近江国鏡山をよめる
 宮内卿(源師光女)永範
くもりなき鏡の山の月を見て
明らけき代を空に知るかな
〇七五二
 平治元年大嘗会主基方、辰日参入音声、生野をよめる
 刑部卿範兼(藤原範兼)
大江山こえて生野の末遠み
道ある代にもあひにけるかな
〇七五三
 仁安元年大嘗会悠紀奉りけるに、稲舂
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
近江のや坂田の稲をかけつみて
道ある御代のはじめにぞ舂く
〇七五四
 寿永元年大嘗会主基方稲舂、丹波国長田村をよめる
 権中納言兼光
神代よりけふのためとや八束穂に
長田の稲のしなひそめけむ
〇七五五
 建久九年大嘗会悠紀、青羽山 式部大輔光範(藤原光範)
立ち寄ればすずしかりけり水鳥の
青羽の山の松の夕風
〇七五六
 建久九年大嘗会主基屏風に、六月、松井
 権中納言資実(藤原資実)
常磐なる松井の水を結ぶ手の
しづくごとにぞ千代は見えける

巻第八 哀傷
〇七五七
 題しらず 僧正遍昭
末の露もとのしづくや世の中の
おくれ先だつためしなるらむ
〇七五八
 小野小町
あはれなりわが身のはてや浅緑
つひには野辺のかすみと思へば
〇七五九
 醍醐の帝かくれ給ひて後、弥生のつごもりに、三条右大臣(藤原定方)につかはしける 中納言兼輔(藤原兼輔)
桜散る春の末にはなりにけり
雨間も知らぬながめせしまに
〇七六〇
 正暦二年諒闇の春、桜の枝に付けて、道信朝臣につかはしける 実方朝臣(藤原実方)
墨染めのころもうき世の花ざかり
折り忘れても折りてけるかな
〇七六一
 返し 道信朝臣(藤原道信)
あかざりし花をや春も恋ひつらむ
ありし昔を思ひ出でつつ
〇七六二
 弥生のころ、人に後れて歎きける人のもとへつかはしける
 成尋法師
花桜まださかりにて散りにけむ
なげきのもとを思ひこそやれ
〇七六三
 人の、桜をうゑおきて、その年の四月になくなりにける、またの年はじめて花咲きたるを見て 大江嘉言
花見むとうゑけむ人もなき宿の
桜はこぞの春ぞ咲かまし
〇七六四
 年ごろすみ侍りける女の身まかりにける四十九日はてて、なほ山里にこもりゐてよみ侍りける
 左京大夫顕輔(藤原顕輔)
たれもみな花の都に散りはてて
ひとりしぐるる秋の山里
〇七六五
 公守朝臣母、身まかりて後の春の頃、法金剛院の花を見て 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
花見てはいとど家路ぞいそがれぬ
待つらむと思ふ人しなければ
〇七六六
 定家朝臣、母の思ひに侍りける春のくれにつかはしける
 摂政太政大臣(藤原良経)
春霞かすみし空の名残さへ
けふをかぎりの別れなりけり
〇七六七
 前大納言光頼、春身まかりにけるを、桂なる所にてとかくして帰り侍りけるに 前左兵衛督惟方(藤原惟方)
立ちのぼるけぶりをだにも見るべきに
霞にまがふ春のあけぼの
〇七六八
 六条摂政かくれ侍りて後、うゑおきて侍りける牡丹の咲きて侍りけるを折りて、女房のもとよりつかはして侍りければ
 大宰大弐重家(藤原重家)
形見とて見れば歎きの深み草
なになかなかのにほひなるらむ
〇七六九
 幼き子の失せにけるがうゑおきたりける昌蒲を見て、よみ侍りける 高陽院木綿四手
あやめ草たれしのべとかうゑおきて
よもぎが本の露と消えけむ
〇七七〇
 歎くこと侍りける頃、五月五日、人のもとへ申しつかはしける 上西門院兵衛
けふくれどあやめもしらぬ袂かな
昔を恋ふるねのみかかりて
〇七七一
 近衛院かくれ給ひにければ、世をそむきて後、五月五日、皇嘉門院に奉られける 九条院
あやめ草引きたがへたる袂には
昔を恋ふるねぞかかりける
〇七七二
 返し 皇嘉門院
さもこそはおなじ袂の色ならめ
かはらぬねをもかけてけるかな
〇七七三
 住み侍りける女なくなりにける頃、藤原為頼朝臣妻、身まかりにけるにつかはしける 小野宮右大臣(藤原実資)
よそなれどおなじ心ぞかよふべき
たれも思ひのひとつならねば
〇七七四
 返し 藤原為頼朝臣
ひとりにもあらぬ思ひはなき人も
旅の空にやかなしかるらむ
〇七七五
 小式部内侍、露おきたる萩織りたる唐衣を着て侍りける、身まかりて後、上東門院よりたづねさせ給ひけるに奉るとて
 和泉式部
おくと見し露もありけりはかなくて
消えにし人を何にたとへむ
〇七七六
 御返し 上東門院
思ひきやはかなくおきし袖の上の
露をかたみにかけむものとは
〇七七七
 白河院御時、中宮おはしまさで後、その御方は草のみしげりて侍りけるに、七月七日、わらはべの露取り侍りけるを見て 周防内侍
浅茅原はかなくおきし草の上の
露を形見と思ひかけきや
〇七七八
 一品資子内親王に逢ひて、昔のことども申し出だしてよみ侍りける 女御徽子女王
袖にさへ秋の夕べは知られけり
消えし浅茅が露をかけつつ
〇七七九
 例ならぬこと重くなりて、御髪おろし給ひける日、上東門院、中宮と申しける時、つかはしける 一条院御
秋風の露の宿りに君をおきて
塵を出でぬることぞかなしき
〇七八〇
 秋の頃、幼き子におくれたる人に
 大弐三位(藤原宣孝女賢子)
別れけむ名残の袖もかはかぬに
おきや添ふらむ秋の夕露
〇七八一
 返し 読人しらず
おき添ふる露とともには消えもせで
涙にのみも浮き沈むかな
〇七八二
 廉義公の母なくなりて後、をみなへしを見て
 清慎公(藤原実頼)
をみなへし見るに心はなぐさまで
いとど昔の秋ぞ恋しき
〇七八三
 弾正尹為尊親王におくれてなげき侍りけるころ
 和泉式部
寝覚めする身を吹きとほす風の音を
昔は袖のよそに聞きけむ
〇七八四
 従一位源師子かくれ侍りて、宇治より新少将がもとにつかはしける 知足院入道前関白太政大臣
袖ぬらす萩の上葉の露ばかり
昔忘れぬ虫の音ぞする
〇七八五
 法輪寺にまうで侍るとて、嵯峨野に大納言忠家が墓の侍りけるほどに、まかりてよみ侍りける
 権中納言俊忠(藤原俊忠)
さらでだに露けき嵯峨の野辺に来て
昔の跡にしをれぬるかな
〇七八六
 公時卿母、身まかりてなげき侍りける頃、大納言実国がもとに申つかはしける 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
かなしさは秋の嵯峨野のきりぎりす
なほふるさとに音をや鳴くらむ
〇七八七
 母の身まかりにけるを嵯峨野辺におさめ侍りける夜、よみける 皇太后宮大夫俊成女
今はさはうき世の嵯峨の野辺をこそ
露消えはてし跡としのばめ
〇七八八
 母の身まかりにける秋、野分しける日、 もと住み侍りけるところにまかりて 藤原定家朝臣
たまゆらの露も涙もとどまらず
なき人恋ふる宿の秋風
〇七八九
 父の秀宗身まかりての秋、寄風懐旧といふことをよみ侍りける 藤原秀能
露をだに今は形見のふぢごろも
あだにも袖を吹くあらしかな
〇七九〇
 久我内大臣(源雅通)春の頃失せて侍りける年の秋、土御門内大臣(源通親)中将に侍りける時、つかはしける
 殷富門院大輔
秋深き寝覚めにいかが思ひ出づる
はかなく見えし春の夜の夢
〇七九一
 返し 土御門内大臣(源通親)
見し夢を忘るる時はなけれども
秋の寝覚めはげにぞかなしき
〇七九二
 しのびてもの申しける女、身まかりて後、その家にとまりてよみ侍りける 大納言実家
なれし秋のふけし夜床はそれながら
心の底の夢ぞかなしき
〇七九三
 陸奥国へまかれりける野中に、目に立つさまなる塚の侍りけるを、問はせ侍りければ、
「これなむ中将の塚と申す」と答へければ、
「中将とはいづれの人ぞ」と問ひ侍りければ、
「実方朝臣の事」となむ申しけるに、冬のことにて、霜枯れの薄ほのぼの見えわたりて、折節ものがなしうおぼえ侍りければ
 西行法師
朽ちもせぬその名ばかりをとどめおきて
枯れ野のすすき形見とぞ見る
〇七九四
 同行なりける人、うち続きはかなくなりにければ、思ひ出でてよめる 前大僧正慈円
ふるさとを恋ふる涙やひとりゆく
友なき山の道芝の露
〇七九五
 母の思ひに侍りける秋、法輪にこもりて、あらしのいたくふきければ 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
うき世には今はあらしの山風に
これやなれ行くはじめなるらむ
〇七九六
 定家朝臣母、身まかりて後、秋ごろ墓所近き堂に泊まりてよみ侍りける
まれに来る夜はもかなしき松風を
絶えずや苔の下に聞くらむ
〇七九七
 堀河院かくれ給てのち、神無月、風の音あはれに聞こえければ 久我太政大臣(源雅通)
もの思へば色なき風もなかりけり
身にしむ秋の心ならひに
〇七九八
 藤原定通身まかりてのち、月あかき夜、人の夢に殿上になむ侍るとて、よみ侍りける
ふるさとを別れし秋をかぞふれば
八年になりぬ有明の月
〇七九九
 源為善朝臣身まかりにけるまたの年、月を見て
 能因法師
命あればことしの秋も月は見つ
別れし人にあふ世なきかな
〇八〇〇
 世の中はかなく、人々多くなくなり侍りける頃、中将宣方朝臣身まかりて、十月ばかり、白河の家にまかれりけるに、紅葉の一葉残れるを見侍りて 前大納言公任(藤原公任)
けふ来ずは見でややままし山里の
もみぢも人も常ならぬ世に
〇八〇一
 十月ばかり、水無瀬に侍りし頃、前大僧正慈円のもとへ、「濡れてしぐれの」など申しつかはして、次の年の神無月に、無常のあまたよみてつかはし侍りし中に
 太上天皇(後鳥羽院)
思ひ出づるをりたく柴の夕けぶり
むせぶもうれし忘れ形見に
〇八〇二
 返し 前大僧正慈円
思ひ出づるをりたく柴と聞くからに
たぐひしられぬ夕けぶりかな
〇八〇三
 雨中無常といふことを 太上天皇(後鳥羽院)
なき人の形見の雲やしぐるらむ
夕べの雨に色は見えねど
〇八〇四
 枇杷皇太后宮かくれて後、十月ばかりに、かの家の人々の中に、たれともなくてさしおかせける 相模
神無月しぐるるころもいかなれや
空に過ぎにし秋の宮人
〇八〇五
 右大将通房身まかりて後、手習ひすさびて侍りける扇を見いだして、よみ侍りける 土御門右大臣女
手すさびのはかなき跡と見しかども
長き形見になりにけるかな
〇八〇六
 斎宮女御のもとにて、先帝の書かせ給へりける草紙を見侍りて 馬内侍
たづねても跡はかくても水茎の
行方も知らぬ昔なりけり
〇八〇七
 返し 女御徽子女王
いにしへのなきに流るる水茎の
跡こそ袖のうらに寄りけれ
〇八〇八
 恒徳公(藤原為光)かくれて後、女のもとに、月明かき夜しのびてまかりてよみ侍りける 道信朝臣(藤原道信)
ほしもあへぬ衣の闇にくらされて
月ともいはずまどひぬるかな
〇八〇九
 入道摂政のために万灯会行はれ侍りけるに
 東三条院(藤原兼家女詮子)
水底にちぢの光はうつれども
昔の影は見えずぞありける
〇八一〇
 公忠朝臣身まかりにける頃、よみ侍りける
 源信明朝臣
ものをのみ思ひ寝覚めの枕には
涙かからぬあかつきぞなき
〇八一一
 一条院かくれ給ひにければ、その御事をのみ恋ひなげき給ひて、夢にほのかにみえ給ひければ 上東門院
あふことも今は泣き寝の夢ならで
いつかは君をまたは見るべき
〇八一二
 後朱雀院かくれ給て、上東門院、白河にこもり給にけるを聞きて 女御藤原生子
憂しとては出でにし家を出でぬなり
などふるさとにわが帰りけむ
〇八一三
 幼かりける子の身まかりにけるに 源道済
はかなしといふにもいとど涙のみ
かかるこの世をたのみけるかな
〇八一四
 後一条院中宮かくれ給て後、人の夢に
ふるさとにゆく人もがな告げやらむ
知らぬ山路にひとりまどふと
〇八一五
 小野宮右大臣(藤原実資)身まかりぬと聞きてよめる
 権大納言長家(藤原長家)
玉の緒の長きためしに引く人も
消ゆれば露にことならぬかな
〇八一六
 小式部内侍身まかりて後、常にもちて侍りける手箱を誦経にせさすとて、よみ侍りける 和泉式部
恋ひわぶと聞きにだに聞け鐘の音に
うち忘らるる時のまぞなき
〇八一七
 上東門院小少将身まかりて後、常にうちとけてかきかはしける文の、ものの中に侍りけるを見出でて、加賀少納言がもとへつかはしける 紫式部
たれか世にながらへて見む書きとめし
跡は消えせぬ形見なれども
〇八一八
 返し 加賀少納言
なき人をしのぶることもいつまでぞ
けふの哀はあすのわが身を
〇八一九
 僧正明尊かくれて後、ひさしくなりて、房なども岩倉にとりわたして、草生ひ茂りて、ことざまになりにけるを見て
 律師慶暹
なき人の跡をだにとて来て見れば
あらぬ里にもなりにけるかな
〇八二〇
 世のはかなきことを歎く頃、陸奥国に名ある所々かきたる絵を見侍りて 紫式部
見し人のけぶりになりし夕べより
名ぞむつましき塩釜の浦
〇八二一
 後朱雀院かくれ給ひて、源三位がもとにつかはしける
 弁乳母(順時女明子)
あはれ君いかなる野辺のけぶりにて
むなしき空の雲となりけむ
〇八二二
 返し 源三位
思へ君燃えしけぶりにまがひなで
立ちおくれたる春の霞を
〇八二三
 大江嘉言、対馬守になりて下るとて、「難波堀江の蘆のうら葉に」とよみて下り侍りにけるほどに、国にてなくなりにけりと聞きて 能因法師
あはれ人けふの命を知らませば
難波の蘆に契らざらまし
〇八二四
 題しらず 大江匡衡朝臣
よもすがら昔のことを見つるかな
語るやうつつありし世や夢
〇八二五
 新少将 俊頼朝臣身まかりて後、常に見ける鏡を仏に作らせ侍るとてよめる
うつりけむ昔の影や残るとて
見るに思ひのます鏡かな
〇八二六
 通ひける女のはかなくなり侍りにける頃、書きおきたる文ども、経の料紙になさむとて取り出だして見侍りけるに
 按察使公通(藤原公通)
書きとむる言の葉のみぞ水茎の
流れてとまる形見なりける
〇八二七
 禎子内親王かくれ侍りて後、子内親王かはりゐ侍りぬと聞きて、まかりて見ければ、何事もかはらぬやうに侍りけるも、いとど昔思ひ出でられて、女房に申し侍りける
 中院右大臣(源雅定)
有栖川おなじ流れはかはらねど
見しや昔の影ぞ忘れぬ
〇八二八
 権中納言道家母、かくれ侍りける秋、摂政太政大臣のもとにつかはしける 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
かぎりなき思ひのほどの夢のうちは
おどろかさじと歎きこしかな
〇八二九
 返し 摂政太政大臣(藤原良経)
見し夢にやがてまぎれぬわが身こそ
とはるるけふもまづかなしけれ
〇八三〇
 母の思ひに侍りける頃、またなくなりにける人のあたりより問ひて侍りければ、つかはしける 清輔朝臣(藤原清輔)
世の中は見しも聞きしもはかなくて
むなしき空のけぶりなりけり
〇八三一
 無常の心を 西行法師
いつ歎きいつ思ふべきことなれば
後の世知らで人の過ぐらむ
〇八三二
 (無常の心を) 前大僧正慈円
みな人のしりがほにしてしらぬかな
かならずしぬるならひありとは
〇八三三
 (無常の心を) (慈円)
きのふ見し人はいかにとおどろけど
なほ長き夜の夢にぞありける
〇八三四
 (無常の心を) (慈円)
よもぎふにいつかおくべき露の身は
けふの夕暮れあすのあけぼの
〇八三五
 (無常の心を) (慈円)
我もいつぞあらましかばと見し人を
しのぶとすればいとどそひゆく
〇八三六
 前参議教長、高野にこもりゐて侍りけるが、病限りになり侍りぬと聞きて、頼輔卿まかりけるほどに身まかりぬと聞きて、つかはしける 寂蓮法師
尋ね来ていかにあはれとながむらむ
跡なき山の峰の白雲
〇八三七
 人におくれて歎きける人につかはしける 西行法師
なきあとの面影をのみ身に添へて
さこそは人の恋しかるらめ
〇八三八
 歎くこと侍りける人、とはずとうらみ侍りければ
哀れとも心に思ふほどばかり
いはれぬべくは問ひこそはせめ
〇八三九
 無常の心を 入道左大臣(藤原実房)
つくづくと思へばかなしいつまでか
人のあはれをよそに聞くべき
〇八四〇
 左近中将通宗が墓所にまかりて、よみ侍りける
 土御門内大臣(源通親)
おくれゐて見るぞかなしきはかなさを
憂き身の跡となに頼みけむ
〇八四一
 覚快法親王かくれ侍りて、周忌のはてに墓所にまかりて、よみ侍りける 前大僧正慈円
そこはかと思ひ続けて来てみれば
ことしのけふも袖は濡れけり
〇八四二
 母のために粟田口の家にて仏を供養し侍りける時、はらからみなまうで来あひて、古き面影などさらにしのび侍りける折節しも、雨かきくらし降り侍りければ、帰るとて、かの堂の障子に書きつけ侍りける 右大将忠経(藤原忠経)
たれもみな涙の雨にせきかねぬ
空もいかがはつれなかるべき
〇八四三
 なくなりたる人の数を卒塔婆に書きてよみ侍りけるに
 法橋行遍
見し人は世にもなぎさの藻塩草
かきおくたびに袖ぞしをるる
〇八四四
 子の身まかりにける次の年の夏、かの家にまかりたりけるに、花橘のかをりければよめる 祝部成仲
あらざらむ後しのべとや袖の香を
花橘にとどめおきけむ
〇八四五
 藤原兼房朝臣 能因法師身まかりて後、よみ侍りける
ありし世にしばしも見ではなかりしを
あはれとばかりいひてやみぬる
〇八四六
 妻なくなりてまたの年の秋ごろ、周防内侍がもとへつかはしける 権中納言通俊(藤原通俊)
問へかしな片敷く藤の衣手に
涙のかかる秋の寝覚めを
〇八四七
 堀河院かくれ給ひて後、よめる 権中納言国信(源国信)
君なくてよるかたもなき青柳の
いとど憂き世ぞ思ひ乱るる
〇八四八
 通ひける女、山里にてはかなくなりにければ、つれづれとこもりゐて侍りけるが、あからさまに京へまかりて、暁帰るに、「鳥鳴きぬ」と人々いそがし侍りければ
 左京大夫顕輔(藤原顕輔)
いつのまに身を山がつになしはてて
都を旅と思ふなるらむ
〇八四九
 奈良の帝ををさめ奉りけるを見て 人麿(柿本人麻呂)
ひさかたのあめにしをるる君ゆゑに
月日も知らで恋ひわたるらむ
〇八五〇
 題しらず 小野小町
あるはなくなきは数添ふ世の中に
あはれいづれの日まで歎かむ
〇八五一
 業平朝臣(在原業平)
白玉かなにぞと人の問ひし時
露と答へて消なましものを
〇八五二
 更衣の服にて参れりけるを見給ひて 延喜御(醍醐天皇)
年ふればかくもありけり墨染めの
こは思ふてふそれかあらぬか
〇八五三
 思ひにて人の家に宿れりけるを、その家に忘れ草の多く侍りければ、主につかはしける 中納言兼輔(藤原兼輔)
なき人をしのびかねては忘れ草
お多かる宿に宿りをぞするx
〇八五四
 病にしづみて、ひさしくこもりゐて侍りけるが、たまたま宜しくなりて、内に参りて、 右大弁公忠蔵人に侍りけるに逢ひて、またあさてばかり参るべきよし申して、 まかりいでにけるままに、病重くなりて限りに侍りければ、公忠朝臣につかはしける 藤原季縄
くやしくぞ後に逢はむと契りける
けふをかぎりといはましものを
〇八五五
 母の女御かくれ侍りて、七月七日よみ侍りける
 中務卿具平親王
墨染めの袖は空にも貸さなくに
しぼりもあへず露ぞこぼるる
〇八五六
 失せにける人の文の、物の中なるを見出でて、そのゆかりなる人のもとにつかはしける 紫式部
暮れぬまの身をば思はで人の世の
あはれを知るぞかつははかなき

巻第九 離別
〇八五七
 陸奥国に下り侍りける人に、装束贈るとて、よみ侍りける
 紀貫之
玉ぼこの道の山風寒からば
形見がてらに着なむとぞ思ふ
〇八五八
 題しらず 伊勢
忘れなむ世にも越路の帰山
いつはた人に逢はむとすらむ
〇八五九
 浅からず契りける人の、行き別れ侍りけるに 紫式部
北へゆく雁のつばさに言伝てよ
雲の上書きかき絶えずして
〇八六〇
 田舎へまかりける人に、旅衣もつかはすとて
 大中臣能宣朝臣
秋霧のたつ旅衣おきて見よ
つゆばかりなる形見なりとも
〇八六一
 陸奥国に下り侍りける人に 紀貫之
見てだにもあかぬ心を玉ぼこの
道のおくまで人のゆくらむ
〇八六二
 逢坂の関近きわたりに住み侍りけるに、遠き所にまかりける人に餞し侍るとて 中納言兼輔(藤原兼輔)
逢坂の関に我が宿なかりせば
別るる人は頼まざらまし
〇八六三
 寂昭上人入唐し侍りけるに、装束贈りけるに、立ちけるを知らで、追ひてつかはしける 読人しらず
着ならせと思ひしものを旅衣も
たつ日を知らずなりにけるかな
〇八六四
 返し 寂昭法師
これやさは雲のはたてに織ると聞く
たつこと知らぬ天の羽衣
〇八六五
 題しらず 源重之
衣川見なれし人のわかれには
たもとまでこそ波は立ちけれ
〇八六六
 陸奥国の介にてまかりける時、範永朝臣のもとにつかはしける 高階経重朝臣
行く末に阿武隈川のなかりせば
いかにかせましけふの別れを
〇八六七
 返し 藤原範永朝臣
君にまた阿武隈川を待つべきに
残り少なき我ぞかなしき
〇八六八
 大宰帥隆家下りけるに、扇給ふとて 枇杷皇太后宮
すずしさは生の松原まさるとも
添ふる扇の風な忘れそ
〇八六九
 亭子院、宮滝御覧じにおはしましける御供に、素性法師めし具せられて参れりけるを、住吉の郡にていとま給はせて、大和につかはしけるに、よみ侍りける
 一条右大臣恒佐(藤原恒佐)
神無月まれのみゆきにさそはれて
けふ別れなばいつか逢ひ見む
〇八七〇
 題しらず 大江千里
別れてののちも逢ひ見むと思へども
これをいづれの時とかは知る
〇八七一
 成尋法師入唐し侍りけるに、母のよみ侍りける
 (大江千里)
もろこしも天の下にぞありと聞く
照る日の本を忘れざらなむ
〇八七二
 修行にいでたつとて、人のもとにつかはしける 道命法師
別れ路はこれや限りの旅ならむ
さらにいくべき心地こそせね
〇八七三
 老いたる親の、七月七日筑紫へ下りけるに、遥かに離れぬることを思ひて、八日の暁追ひて舟に乗る所につかはしける
 加賀左衛門
天の川空にきこえし船出には
我ぞまさりてけさはかなしき
〇八七四
 実方朝臣の陸奥へ下り侍りけるに、餞すとてよみ侍りける
 中納言隆家(藤原隆家)
別れ路はいつも歎きの絶えせぬに
いとどかなしき秋の夕暮れ
〇八七五
 返し 実方朝臣(藤原実方)
とどまらむことは心にかなへども
いかにかせまし秋のさそふを
〇八七六
 七月ばかり、美作へ下るとて、都の人につかはしける
 前中納言匡房(大江匡房)
都をば秋とともにぞ立ちそめし
淀の川霧幾夜へだてつ
〇八七七
 御子の宮と申しける時、大宰大弐実政、学士にて侍りける、甲斐守にてくだり侍りけるに、餞給はすとて
 後三条院御
思ひ出でばおなじ空とは月を見よ
ほどは雲居にめぐりあふまで
〇八七八
 陸奥国の守基頼朝臣、ひさしく逢ひ見ぬよし申して、
 いつ上るべしともいはず侍りければ 基俊(藤原基俊)
帰り来むほど思ふにも武隈の
まつわが身こそいたく老いぬれ
〇八七九
 修行にいで侍りけるによめる 大僧正行尊
思へども定めなき世のはかなさに
いつを待てともえこそ頼めね
〇八八〇
 にはかに都を離れて、遠くまかりにけるに、女につかはしける 読人しらず
契りおくことこそさらになかりしか
かねてひ思し別れならねば
〇八八一
 別れの心をよめる 俊恵法師
かりそめの別れとけふを思へども
いさやまことの旅にもあるらむ
〇八八二
 (別れの心をよめる) 登蓮法師
帰り来むほどをや人に契らまし
しのばれぬべきわが身なりせば
〇八八三
 守覚法親王、五十首よませ侍りける時 藤原隆信朝臣
たれとしも知らぬ別れのかなしきは
松浦の沖を出づる舟人
〇八八四
 登蓮法師、筑紫へまかりけるに 俊恵法師
はるばると君がわくべき白波を
あやしやとまる袖にかけつる
〇八八五
 陸奥国へまかりける人、餞し侍りけるに 西行法師
君いなば月待つとてもながめやらむ
あづまの方の夕暮れの空
〇八八六
 遠き所に修行せむとていでたち侍りけるに、人々別れ惜しみて、よみ侍りける (西行)
頼めおかむ君も心やなぐさむと
帰らむことはいつとなくとも
〇八八七
 (遠き所に修行せむとていでたち侍りけるに、人々別れ惜しみて、よみ侍りける) (西行)
さりともとなほ逢ふことを頼むかな
しでの山路をこえぬわかれは
〇八八八
 遠き所へまかりける時、師光餞し侍りけるによめる
 道因法師
帰り来むほどを契らむと思へども
老いぬる身こそ定めがたけれ
〇八八九
 題しらず 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
かりそめの旅の別れと忍ぶれど
老いは涙もえこそとどめね
〇八九〇
 (題しらず) 祝部成仲
別れにし人はまたもや三輪の山
すぎにし方を今になさばや
〇八九一
 (題しらず) 藤原定家朝臣
忘るなよ宿るたもとは変はるとも
かたみにしぼる夜半の月影
〇八九二
 都のほかへまかりける人によみて送りける 惟明親王
名残思ふ袂にかねてしられけり
別るる旅の行く末の露
〇八九三
 筑紫へまかりける女に、月出だしたる扇をつかはすとて
 読人しらず
都をば心をそらに出でぬとも
月見むたびに思ひおこせよ
〇八九四
 遠き国へまかりける人につかはしける
 大蔵卿行宗(源行宗)
別れ路は雲居のよそになりぬとも
そなたの風の便り過ぐすな
〇八九五
 人の国へまかりける人に、狩衣つかはすとてよめる
 藤原顕綱朝臣
色深く染めたる旅の狩衣
帰らむまでの形見とも見よ

巻第十 旅
〇八九六
 和銅三年三月、藤原の宮より奈良の宮にうつり給ひける時 元明天皇御
飛ぶ鳥の明日香の里をおきていなば
君があたりは見えずかもあらむ
〇八九七
 天平十二年十月、伊勢国に行幸し給ひける時
 聖武天皇御
妹に恋ひ和の松原見渡せば
潮干の潟にたづ鳴きわたる
〇八九八
 唐にてよみ侍りける 山上憶良
いざ子どもはや日の本へ大伴の
御津の浜松待ち恋ひぬらむ
〇八九九
 題しらず 人麿(柿本人麻呂)
天ざかるひなの長路を漕ぎくれば
明石の門より大和島見ゆ
〇九〇〇
 (題しらず) (柿本人麻呂)
ささの葉はみ山もそよにみだるなり
我は妹思ふわかれ来ぬれば
〇九〇一
 帥の任はてて、筑紫より上り侍りけるに 大納言旅人
ここにありて筑紫やいづこ白雲の
たなびく山の西にあるらし
〇九〇二
 題しらず 読人しらず
朝霧に濡れにし衣ほさずして
ひとりや君が山路越ゆらむ
〇九〇三
 東の方にまかりけるに、浅間の嶽に煙のたつを見てよめる
 業平朝臣(在原業平)
信濃なる浅間の嶽に立つ煙
をちこち人の見やはとがめね
〇九〇四
 駿河国宇津の山に逢へる人につけて、京につかはしける
 (在原業平)
駿河なる宇津の山辺のうつつにも
夢にも人にあはぬなりけり
〇九〇五
 延喜御時屏風 紀貫之
草枕夕風寒くなりにけり
衣うつなる宿やからまし
〇九〇六
 題しらず (紀貫之)
白雲のたなびきわたるあしびきの
山のかけ橋けふや越えなむ
〇九〇七
 (題しらず) 壬生忠岑
あづまぢの佐夜の中山さやかにも
見えぬ雲居に世をや尽くさむ
〇九〇八
 伊勢より人につかはしける 女御徽子女王
人をなほ恨みつべしや都鳥
ありやとだにも問ふを聞かねば
〇九〇九
 題しらず 菅原輔昭
まだ知らぬふるさと人はけふまでに
来むとたのめし我を待つらむ
〇九一〇
 (題しらず) 読人しらず
しなが鳥猪名野をゆけば有馬山
夕霧たちぬ宿はなくして
〇九一一
 (題しらず) (読人しらず)
神風の伊勢の浜荻折り伏せて
旅寝やすらむ荒き浜べに
〇九一二
 亭子院、御髪おろして山々寺々修行し給ひける頃、
御供に侍りて、和泉国の日根といふ所にて、人々よみ侍りけるによめる 橘良利
ふるさとの旅寝の夢に見えつるは
恨みやすらむまたと問はねば
〇九一三
 信濃の御坂のかた画きたる絵に、園原といふ所に旅人宿りて立ち明かしたる所を 藤原輔尹朝臣
立ちながら今宵は明けぬ園原や
伏屋といふもかひなかりけり
〇九一四
 題しらず 御形宣旨
都にて越路の空をながめつつ
雲居といひしほどに来にけり
〇九一五
 入唐し侍りける時、いつほどにかかへるべきと、人のとひければ 法橋「然
旅衣たちゆく波路遠ければ
いさ白雲のほども知られず
〇九一六
 敷津の浦にまかりて遊びけるに、舟に泊まりてよみ侍りける 実方朝臣(藤原実方)
舟ながらこよひばかりは旅寝せむ
敷津の波に夢は覚むとも
〇九一七
 いそのへちの方に修行し侍りけるに、ひとり具したりける同行を尋ね失ひて、もとの岩屋の方へ帰るとて、あま人の見えけるに、修行者見えばこれを取らせよとて、よみ侍りける 大僧正行尊
我がごとく我を尋ねばあま小舟
人もなぎさの跡と答へよ
〇九一八
 湖の舟にて、夕立のしぬべきよしを申しけるを聞きて、よみ侍りける 紫式部
かき曇り夕立つ波のあらければ
浮きたる舟ぞしづ心なき
〇九一九
 天王寺に参りけるに、難波の浦に泊まりて、よみ侍りける
 肥後(藤原定成女)
さ夜ふけて蘆の末越す浦風に
あはれうち添ふ波の音かな
〇九二〇
 旅とてよみ侍りける 大納言経信(源経信)
旅寝してあかつきがたの鹿の音に
稲葉おしなみ秋風ぞ吹く
〇九二一
 (旅とてよみ侍りける) 恵慶法師
わぎもこが旅寝の衣うすきほど
よきて吹かなむ夜半の山風
〇九二二
 後冷泉院御時、上のをのこども旅のよみ侍りけるに
 左近中将隆綱
蘆の葉を刈りふくしづの山里に
衣かたしき旅寝をぞする
〇九二三
 頼み侍りける人におくれて後、初瀬に詣でて、夜泊まりたりける所に、草を結びて、枕にせよとて、人のたびて侍りければ、よみて侍りける 赤染衛門
ありし世の旅は旅ともあらざりき
ひとり露けき草枕かな
〇九二四
 堀河院の百首に 権中納言国信
山路にてそぼちにけりな白露の
あかつきおきの木々のしづくに
〇九二五
 (堀河院の百首に) 大納言師頼(源師頼)
草枕旅寝の人は心せよ
有明の月もかたぶきにけり
〇九二六
 水辺旅宿といへる心をよめる 源師賢朝臣
磯なれぬ心ぞたへぬ旅寝する
蘆のまろ屋にかかる白波
〇九二七
 田上にてよみ侍りける 大納言経信(源経信)
旅寝する蘆のまろ屋のさむければ
つま木こりつむ舟いそぐなり
〇九二八
 題しらず (源経信)
み山路にけさや出でつる旅人の
笠しろたへに雪つもりつつ
〇九二九
 旅宿雪といへる心をよみ侍りける
 修理大夫顕季(藤原顕季)
松が根に尾花刈りしき夜もすがら
かたしく袖に雪は降りつつ
〇九三〇
 陸奥国に侍りける頃、八月十五夜、京を思ひ出でて、大宮の女房のもとにつかはしける 橘為仲朝臣
見し人もとふの浦風音せぬに
つれなくすめる秋の夜の月
〇九三一
 関戸の院といふ所にて、羇中見月といふ心を 大江嘉言
草枕ほどぞ経にける都出でて
いくよか旅の月に寝ぬらむ
〇九三二
 守覚法親王家五十首よませ侍りける、旅の
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
夏刈りの蘆のかり寝もあはれなり
玉江の月の明け方の空
〇九三三
 (守覚法親王家に、五十首よませ侍りける、旅の)
 (藤原俊成)
立ち帰りまたも来て見む松島や
雄島の苫屋波に荒らすな
〇九三四
 (守覚法親王家に、五十首よませ侍りける、旅の)
 藤原定家朝臣
言問へよ思ひおきつの浜千鳥
なくなく出でし跡の月影
〇九三五
 (守覚法親王家に、五十首よませ侍りける、旅の)
 藤原家隆朝臣
野辺の露浦わの波をかこちても
行方も知らぬ袖の月影
〇九三六
 旅のとてよめる 摂政太政大臣(藤原良経)
もろともに出でし空こそ忘られね
都の山の有明の月
〇九三七
 題しらず 西行法師
都にて月をあはれと思ひしは
数にもあらぬすさびなりけり
〇九三八
 (題しらず) (西行)
月見ばと契りおきてしふるさとの
人もやこよひ袖濡らすらむ
〇九三九
 五十首奉りし時 藤原家隆朝臣
明けばまた越ゆべき山の峰
なれや空ゆく月の末の白雲
〇九四〇
 (五十首奉りし時) 藤原雅経
ふるさとのけふの面影さそひ来と
月にぞ契る佐夜の中山
〇九四一
 和所の月十首合のついでに、月前旅といへる心を人々つかうまつりしに 摂政太政大臣(藤原良経)
忘れじと契りて出でし面影は
見ゆらむものをふるさとの月
〇九四二
 旅のとてよみ侍りける 前大僧正慈円
あづまぢの夜半のながめを語らなむ
都の山にかかる月影
〇九四三
 海浜重夜といへる心をよみ侍りし 越前(大中臣公親女)
幾夜かは月をあはれとながめ来て
波に折り敷く伊勢の浜荻
〇九四四
 百首奉りし時 宜秋門院丹後
知らざりし八十瀬の波を分け過ぎて
かた敷く袖は伊勢の浜荻
〇九四五
 題しらず 前中納言匡房(大江匡房)
風さむみ伊勢の浜荻分けゆけば
衣かりがね波に鳴くなり
〇九四六
 (題しらず) 権中納言定頼
磯なれで心もとけぬこも枕
あらくなかけそ水の白波
〇九四七
 百首奉りしに 式子内親王
行く末はいま幾夜とか岩代の
岡のかや根に枕結ばむ
〇九四八
 (百首奉りしに) (式子内親王)
松が根の雄島が磯のさ夜枕
いたくな濡れそ海人の袖かは
〇九四九
 千五百番合に 皇太后宮大夫俊成女
かくしても明かせば幾夜過ぎぬらむ
山路の苔の露のむしろに
〇九五〇
 旅にてよみ侍りける 権僧正永縁
白雲のかかる旅寝もならはぬに
深き山路に日は暮れにけり
〇九五一
 暮望行客といへる心を 大納言経信(源経信)
夕日さす浅茅が原の旅人は
あはれいづくに宿をかるらむ
〇九五二
 摂政太政大臣家合に、羇中晩嵐といふことをよめる
 藤原定家朝臣
いづくにかこよひは宿をかり衣
日も夕暮れの峰のあらしに
〇九五三
 旅のとてよめる
旅人の袖吹き返す秋風に
夕日さびしき山のかけはし
〇九五四
 (旅のとてよめる) 藤原家隆朝臣
ふるさとに聞きしあらしの声も似ず
忘れね人を佐夜の中山
〇九五五
 (旅のとてよめる) 藤原雅経
白雲のいくへの峰を越えぬらむ
なれぬあらしに袖をまかせて
〇九五六
 (旅のとてよめる) 源家長
けふはまた知らぬ野原に行き暮れぬ
いづれの山か月は出づらむ
〇九五七
 和所の合に、羇中暮といふことを 皇太后宮大夫俊成女
ふるさとも秋は夕べを形見とて
風のみ送る小野の篠原
〇九五八
 (和所の合に、羇中暮といふことを) 雅経朝臣(藤原雅経)
いたづらに立つや浅間の夕けぶり
里問ひかぬるをちこちの山
〇九五九
 (和所の合に、羇中暮といふことを) 宜秋門院丹後
都をば天つ空とも聞かざりき
なにながむらむ雲のはたてを
〇九六〇
 (和所の合に、羇中暮といふことを) 藤原秀能
草枕夕べの空を人問はば
鳴きても告げよ初雁の声
〇九六一
 旅の心を 藤原有家朝臣
臥しわびぬしのの小笹のかり枕
はかなの露や一夜ばかりに
〇九六二
 石清水合に、旅宿嵐といふ心を (藤原有家)
岩が根の床にあらしをかた敷きて
ひとりや寝なむ佐夜の中山
〇九六三
 旅のとて 藤原業清
たれとなき宿の夕べを契りにて
かはるあるじを幾夜問ふらむ
〇九六四
 羇中夕といふ心を 鴨長明
枕とていづれの草に契るらむ
行くをかぎりの野辺の夕暮れ
〇九六五
 あづまの方にまかりける道にてよみ侍りける
 民部卿成範(藤原成範)
道のべの草の青葉に駒とめて
なほふるさとをかへりみるかな
〇九六六
 長月の頃、初瀬に詣でける道にてよみ侍りける 禅性法師
初瀬山夕越えくれて宿問へば
三輪の檜原に秋風ぞ吹く
〇九六七
 旅のとてよめる 藤原秀能
さらぬだに秋の旅寝はかなしきに
松に吹くなりとこの山風
〇九六八
 摂政太政大臣家合に、秋旅といふ事を 藤原定家朝臣
忘れなむ待つとな告げそなかなかに
因幡の山の峰の秋風
〇九六九
 百首奉りし時、旅 家隆朝臣(藤原家隆)
契らねどひと夜は過ぎぬ清見潟
波に別るるあかつきの雲
〇九七〇
 千五百番合に
ふるさとにたのめし人も末の松
待つらむ袖に波や越すらむ
〇九七一
 合し侍りける時、旅の心をよめる
 入道前関白太政大臣(藤原兼実)
日を経つつ都しのぶの浦さびて
波よりほかの音づれもなし
〇九七二
 堀河院御時百首奉りけるに、旅の 藤原顕仲朝臣
さすらふる我が身にしあれば象潟や
あまの苫屋にあまたたび寝ぬ
〇九七三
 入道前関白家百首に、旅の心を
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
難波人蘆火たく屋に宿かりて
すずろに袖のしほたるるかな
〇九七四
 題しらず 僧正雅縁
また越えむ人もとまらばあはれ知れ
わが折り敷ける峰の椎柴
〇九七五
 前右大将頼朝(源頼朝)
道すがら富士の煙もわかざりき
晴るるまもなき空のけしきに
〇九七六
 述懐百首よみ侍りける中に、旅の
世の中はうきふししげし篠原や
旅にしあれば妹夢に見ゆ
〇九七七
 千五百番合に 宜秋門院丹後
おぼつかな都に住まぬ都鳥
言問ふ人にいかがこたへし
〇九七八
 天王寺へ詣で侍りけるに、俄に雨降りければ、江口に宿を借りけるに、貸し侍らざりければ、よみ侍りける 西行法師
世の中をいとふまでこそかたからめ
仮の宿をも惜しむ君かな
〇九七九
 返し 遊女妙
世をいとふ人とし聞けば仮の宿に
心とむなと思ふばかりぞ
〇九八〇
 和所にてをのこども、旅のつかうまつりしに 藤原定家朝臣
袖に吹けさぞな旅寝の夢も見じ
思ふ方より通ふ浦風
〇九八一
 藤原家隆朝臣
旅寝する夢路はゆるせ宇津の山
関とは聞かず守る人もなし
〇九八二
 詩をに合はせ侍りしに、山路秋行といへることを 定家朝臣(藤原定家)
都にもいまや衣をうつの山
夕霜はらふ蔦の下道
〇九八三
 (詩をに合はせ侍りしに、山路秋行といへることを) 鴨長明
袖にしも月かかれとは契りおかず
涙は知るや宇津の山越え
〇九八四
 (詩をに合はせ侍りしに、山路秋行といへることを)
 前大僧正慈円
立田山秋ゆく人の袖を見よ
木々の梢はしぐれざりけり
〇九八五
 百首奉りしに、旅の (慈円)
さとり行くまことの道に入りぬれば
恋しかるべきふるさともなし
〇九八六
 泊瀬に詣でてかへさに、飛鳥川のほとりに宿りて侍りける夜、よみ侍りける 素覚法師
ふるさとへかへらむことは飛鳥川
渡らぬさきに淵瀬たがふな
〇九八七
 あづまの方へまかりけるに、よみ侍りける 西行法師
年たけてまた越ゆべしと思ひきや
命なりけり佐夜の中山
〇九八八
 旅のとて 西行法師
思ひおく人の心にしたはれて
露分くる袖のかへりぬるかな
〇九八九
 熊野に参り侍りしに、旅の心を 太上天皇(後鳥羽院)
見るままに山風あらくしぐるめり
都もいまは夜寒なるらむ

巻第十一 恋一
〇九九〇
 題しらず 読人しらず
よそにのみ見てややみなむ葛城や
高間の山の峰の白雲
〇九九一
 (題しらず) (読人しらず)
音にのみありと聞きこしみ吉野の
滝はけふこそ袖に落ちけれ
〇九九二
 (題しらず) 人麿(柿本人麻呂)
あしびきの山田もる庵におくか火の
下こがれつつわが恋ふらくは
〇九九三
 (題しらず) (柿本人麻呂)
石の上布留のわさ田のほには出でず
心のうちに恋ひやわたらむ
〇九九四
 女につかはしける 在原業平朝臣
春日野の若紫のすり衣
しのぶの乱れ限り知られず
〇九九五
 中将更衣につかはしける 延喜御(醍醐天皇)
紫の色に心はあらねども
深くぞ人を思ひそめつる
〇九九六
 題しらず 中納言兼輔(藤原兼輔)
みかの原わきて流るるいづみ川
いつみきとてか恋しかるらむ
〇九九七
 平定文家合に 坂上是則
園原や伏屋に生ふる帚木の
ありとは見えてあはぬ君かな
〇九九八
 人の文つかはして侍りける返事に添へて、女につかはしける 藤原高光
年を経て思ふ心のしるしにぞ
空もたよりの風は吹きける
〇九九九
 九条右大臣(藤原師輔)女にはじめてつかはしける
 西宮前左大臣(源高明)
年月は我が身にそへてすぎぬれど
思ふ心のゆかずもあるかな
一〇〇〇
 返し 大納言俊賢母
もろともにあはれといはず人知れぬ
とはず語りを我のみやせむ
一〇〇一
 天暦御時合に 中納言朝忠(藤原朝忠)
人づてに知らせてしがな隠れ沼の
水ごもりにのみ恋ひやわたらむ
一〇〇二
 はじめて女につかはしける 太宰大弐高遠(藤原高遠)
水ごもりの沼の岩垣つつめども
いかなるひまに濡るる袂ぞ
一〇〇三
 いかなる折にかありけむ、女に 謙徳公(藤原伊尹)
から衣袖に人めはつつめども
こぼるるものは涙なりけり
一〇〇四
 左大将朝光五節舞姫奉りけるかしづきを見てつかはしける
 前大納言公任(藤原公任)
天つ空とよのあかりに見し人の
なほ面影のしひて恋しき
一〇〇五
 つれなく侍りける女に、師走のつごもりにつかはしける
 謙徳公(藤原伊尹)
あらたまの年にまかせて見るよりは
我こそ越えめ逢坂の関
一〇〇六
 堀河関白文などつかはして、里はいづくぞと問ひ侍りければ
 本院侍従
我が宿はそことも何か教ふべき
いはでこそ見め尋ねけりやと
一〇〇七
 返し 忠義公(堀河殿 関白太政大臣藤原兼通)
我が思ひ空の煙となりぬれば
雲居ながらもなほ尋ねてむ
一〇〇八
 題しらず 紀貫之
しるしなき煙を雲にまがへつつ
世をへて富士の山と燃えなむ
一〇〇九
 (題しらず) 清原深養父
煙たつ思ひならねど人しれず
わびては富士のねをのみぞ泣く
一〇一〇
 女につかはしける 藤原惟成
風吹けば室の八島の夕煙
心の空にたちにけるかな
一〇一一
 文つかはしける女に、同じつかさのかみなる人通ふと聞きて、つかはしける 藤原義孝
白雲の峰にしもなど通ふらむ
おなじ三笠の山のふもとを
一〇一二
 題しらず 和泉式部
今日もまたかくや伊吹のさしも草
さらば我のみ燃えやわたらむ
一〇一三
 (題しらず) 源重之
筑波山 は山しげ山しげけれど
思ひ入るにはさはらざりけり
一〇一四
 また通ふ人ありける女のもとにつかはしける
 大中臣能宣朝臣
我ならぬ人に心をつくば山
したに通はむ道だにやなき
一〇一五
 はじめて女につかはしける 大江匡衡朝臣
人知れず思ふ心はあしびきの
山した水のわきやかへらむ
一〇一六
 女を物越しにほのかに見てつかはしける 清原元輔
にほふらむ霞のうちの桜花
思ひやりても惜しき春かな
一〇一七
 年を経て言ひわたり侍りける女の、さすがにけぢかくはあらざりけるに、春の末つ方いひつかはしける
 能宣朝臣(大中臣能宣)
いくかへり咲き散る花をながめつつ
もの思ひくらす春にあふらむ
一〇一八
 題しらず 凡河内躬恒
奥山の峰飛びこゆる初雁の
はつかにだにも見でややみなむ
一〇一九
 (題しらず) 亭子院御
大空をわたる春日のかげなれや
よそにのみしてのどけかるらむ
一〇二〇
 正月、雨降り風吹きける日、女につかはしける
 謙徳公(藤原伊尹)
春風の吹くにもまさる涙かな
わが水上も氷とくらし
一〇二一
 たびたび返事せぬ女に
水の上に浮きたる鳥の跡もなく
おぼつかなさを思ふころかな
一〇二二
 題しらず 曾禰好忠
片岡の雪間にねざす若草の
ほのかに見てし人ぞ恋しき
一〇二三
 返事せぬ女のもとにつかはさむとて、人のよませ侍りければ、二月ばかりによみ侍りし 和泉式部
跡をだに草のはつかに見てしがな
結ぶばかりのほどならずとも
一〇二四
 題しらず 藤原興風
霜の上に跡ふみつくる浜千鳥
ゆくへもなしとねをのみぞ泣く
一〇二五
 (題しらず) 中納言家持(大伴家持)
秋萩の枝もとををにおく露の
けさ消えぬとも色に出でめや
一〇二六
 (題しらず) 藤原高光
秋風に乱れてものは思へども
萩の下葉の色はかはらず
一〇二七
 しのぶ草のもみぢしたるにつけて、女のもとにつかはしける
 花園左大臣(源有仁)
我が恋もいまは色にや出でなまし
軒のしのぶももみぢしにけり
一〇二八
 和所合に、久忍恋といふことを 摂政太政大臣(藤原良経)
石の上布留の神杉ふりぬれど
色には出でず露も時雨も
一〇二九
 北野宮合に、忍恋の心を 太上天皇(後鳥羽院)
我が恋は真木の下葉にもるしぐれ
濡るとも袖の色に出でめや
一〇三〇
 百首奉りし時よめる 前大僧正慈円
我が恋は松をしぐれの染めかねて
真葛が原に風さわぐなり
一〇三一
 家に合し侍りけるに、夏の恋の心を
 摂政太政大臣(藤原良経)
うつせみの鳴く音やよそにもりの露
ほしあへぬ袖を人の問ふまで
一〇三二
 (家に合し侍りけるに、夏の恋の心を) 寂蓮法師
思ひあれば袖に蛍をつつみても
いはばや物をとふ人はなし
一〇三三
 水無瀬にてをのこども、久恋といふことをよみ侍りしに
 太上天皇(後鳥羽院)
思ひつつ経にける年のかひやなき
ただあらましの夕暮れの空
一〇三四
 百首の中に忍恋を 式子内親王
玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば
忍ぶることの弱りもぞする
一〇三五
 (百首の中に忍恋を) (式子内親王)
忘れてはうち歎かるる夕べかな
我のみ知りてすぐる月日を
一〇三六
 (百首の中に忍恋を) (式子内親王)
我が恋はしる人もなしせく床の
涙もらすなつげのを枕
一〇三七
 百首よみ侍りける時、忍恋
 入道前関白太政大臣(藤原兼実)
忍ぶるに心のひまはなけれども
なほもるものは涙なりけり
一〇三八
 冷泉院みこの宮と申しける時、候ひける女房を見交して言ひわたり侍りける頃、手習ひしける所に参りて、物に書きつけ侍りける 謙徳公(藤原伊尹)
つらけれど恨みむとはた思ほえず
なほゆく先をたのむ心に
一〇三九
 返し 読人しらず
雨こそはたのまばもらめたのまずは
思はぬ人と見てをやみなむ
一〇四〇
 題しらず 紀貫之
風吹けばとはに波越す磯なれや
我が衣手のかわく時なき
一〇四一
 (題しらず) 道信朝臣(藤原道信)
須磨の海人の波かけ衣よそにのみ
聞くは我が身になりにけるかな
一〇四二
 薬玉を女につかはすとて、男に代はりて
 三条院女蔵人左近
沼ごとに袖ぞ濡れけるあやめ草
心に似たるねを求むとて
一〇四三
 五月五日、馬内侍につかはしける
 前大納言公任(藤原公任)
ほととぎすいつかと待ちしあやめ草
今日はいかなるねにか鳴くべき
一〇四四
 返し 馬内侍
五月雨は空おぼれするほととぎす
時に鳴くねは人もとがめず
一〇四五
 兵衛佐に侍りける時、五月ばかりに、よそながらもの申しそめてつかはしける
 法成寺入道前摂政太政大臣(藤原道長)
ほととぎす声をば聞けど花の枝に
まだふみなれぬ物をこそ思へ
一〇四六
 返し 馬内侍
ほととぎすしのぶるものを柏木の
もりても声の聞こえけるかな
一〇四七
 ほととぎすの鳴きつるは聞きつやと申しける人に (馬内侍)
心のみ空になりつつほととぎす
人だのめなる音こそ鳴かるれ
一〇四八
 題しらず 伊勢
み熊野の浦よりをちにこぐ舟の
我をばよそにへだてつるかな
一〇四九
 (題しらず) (伊勢)
難波潟短き蘆のふしのまも
あはでこの世をすぐしてよとや
一〇五〇
 (題しらず) 人麿(柿本人麻呂)
みかりする狩場の小野のなら柴の
なれはまさらで恋ぞまされる
一〇五一
 (題しらず) 読人しらず
宇度浜のうとくのみやは世をばへむ
波のよるよる逢ひ見てしかな
一〇五二
 (題しらず) (読人しらず)
東路の道のはてなる常陸帯の
かことばかりもあはむとぞ思ふ
一〇五三
 (題しらず) (読人しらず)
濁り江のすまむことこそかたからめ
いかでほのかに影を見せまし
一〇五四
 (題しらず) (読人しらず)
しぐれ降る冬の木の葉のかわかずぞ
もの思ふ人の袖はありける
一〇五五
 (題しらず) (読人しらず)
ありとのみ音に聞きつつ音羽川
渡らば袖に影も見えなむ
一〇五六
 (題しらず) (読人しらず)
水茎の岡の木の葉を吹き返し
たれかは君を恋ひむと思ひし
一〇五七
 (題しらず) (読人しらず)
我が袖に跡ふみつけよ浜千鳥
あふことかたし見てもしのばむ
一〇五八
 女のもとより帰り侍りけるに、ほどもなく雪のいみじう降り侍りければ 中納言兼輔(藤原兼輔)
冬の夜の涙にこほるわが袖の
心とけずも見ゆる君かな
一〇五九
 題しらず 藤原元真
霜氷心もとけぬ冬の池に
夜ふけてぞ鳴くをしの一声
一〇六〇
 (題しらず) (藤原元真)
涙川身も浮くばかり流るれど
消えぬは人の思ひなりけり
一〇六一
 女につかはしける 実方朝臣(藤原実方)
いかにせむ久米路の橋の中空に
渡しもはてぬ身とやなりなむ
一〇六二
 女の杉の実を包みておこせて侍りければ (藤原実方)
たれぞこの三輪の檜原も知らなくに
心の杉の我を尋ぬる
一〇六三
 題しらず 小弁
我が恋はいはぬばかりぞ難波なる
蘆のしの屋の下にこそ焚け
一〇六四
 (題しらず) 伊勢
我が恋は荒磯の海の風をいたみ
しきりに寄する波のまもなし
一〇六五
 人につかはしける 藤原清正
須磨の浦に海人のこりつむ藻塩木の
からくも下に燃えわたるかな
一〇六六
 題しらず 源景明
あるかひもなぎさに寄する白浪の
まなくもの思ふ我が身なりけり
一〇六七
 (題しらず) 紀貫之
あしびきの山下たぎつ岩波の
心くだけて人ぞ恋しき
一〇六八
 (題しらず) (紀貫之)
あしびきの山下しげき夏草の
深くも君を思ふころかな
一〇六九
 (題しらず) 坂上是則
をじかふす夏野の草の道をなみ
しげき恋路にまどふころかな
一〇七〇
 (題しらず) 曾禰好忠
蚊遣火のさ夜ふけがたの下こがれ
くるしやわが身人知れずのみ
一〇七一
 (題しらず) (曾禰好忠)
由良の門を渡る舟人梶を絶え
ゆくへも知らぬ恋の道かも
一〇七二
 鳥羽院御時、上のをのこども、風に寄する恋といふ心をよみ侍りけるに 権中納言師時(源師時)
追風に八重の潮路をゆく舟の
ほのかにだにも逢ひ見てしがな
一〇七三
 百首奉りし時 摂政太政大臣(藤原良経)
梶を絶え由良の湊にゆく舟の
たよりも知らぬ沖つ潮風
一〇七四
 題しらず 式子内親王
しるべせよ跡なき波にこぐ舟の
ゆくへも知らぬ八重の潮風
一〇七五
 (題しらず) 権中納言長方(藤原長方)
紀の国や由良の湊にひろふてふ
たまさかにだに逢ひ見てしがな
一〇七六
 法性寺入道前関白太政大臣(藤原道長)家合に
 権中納言師俊(源師俊)
つれもなき人の心のうきにはふ
あしのしたねのねをこそはなけ
一〇七七
 和所合に、忍恋をよめる 摂政太政大臣(藤原良経)
難波人いかなるえにか朽ちはてむ
あふことなみに身をつくしつつ
一〇七八
 隠名恋といへる心を 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
海人の刈るみるめを波にまがへつつ
名草の浜を尋ねわびぬる
一〇七九
 題しらず 相模
逢ふまでのみるめ刈るべきかたぞなき
まだ波なれぬ磯の海士人
一〇八〇
 (題しらず) 在原業平朝臣
みるめ刈るかたやいづくぞ竿さして
我に教へよ海人の釣舟

巻第十二 恋二
一〇八一
 五十首奉りしに、寄雲恋 皇太后宮大夫俊成女
下燃えに思ひ消えなむ煙だに
跡なき雲のはてぞかなしき
一〇八二
 摂政太政大臣(藤原良経)家百首合に 藤原定家朝臣
なびかじな海人の藻塩火たきそめて
煙は空にくゆりわぶとも
一〇八三
 百首奉りし時、恋 摂政太政大臣(藤原良経)
恋をのみ須磨の浦人藻塩たれ
ほしあへぬ袖のはてを知らばや
一〇八四
 恋のとてよめる 二条院讃岐
みるめこそ入りぬる磯の草ならめ
袖さへ波の下に朽ちぬる
一〇八五
 年を経たる恋といへる心をよみ侍りける
 俊頼朝臣(源俊頼)
君恋ふと鳴海の浦の浜ひさぎ
しをれてのみも年をふるかな
一〇八六
 忍恋の心を 前太政大臣(藤原頼実)
知るらめや木の葉ふりしく谷水の
岩間にもらす下の心を
一〇八七
 左大将に侍りける時、家に百首合し侍りけるに、忍恋の心を 摂政太政大臣(藤原良経)
もらすなよ雲ゐる峰の初時雨
木の葉は下に色かはるとも
一〇八八
 恋あまたよみ侍りけるに
 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
かくとだに思ふ心を岩瀬山
下ゆく水の草がくれつつ
一〇八九
 (恋あまたよみ侍りけるに) 殷富門院大輔
もらさばや思ふ心をさてのみは
えぞ山城の井手のしがらみ
一〇九〇
 忍恋の心を 近衛院御
恋しともいはば心のゆくべきに
くるしや人目つつむ思ひは
一〇九一
 見れどあはぬ恋といふ心をよみ侍りける
 花園左大臣(源有仁)
人知れぬ恋に我が身はしづめども
みるめに浮くは涙なりけり
一〇九二
 題しらず 神祇伯顕仲(源顕仲)
もの思ふといはぬばかりは忍ぶとも
いかがはすべき袖のしづくを
一〇九三
 忍恋の心を 清輔朝臣(藤原清輔)
人知れず苦しきものは信夫山
下はふ葛の恨みなりけり
一〇九四
 和所合に、忍恋の心を 藤原雅経
消えねただ信夫の山の峰の雲
かかる心の跡もなきまで
一〇九五
 千五百番合に 左衛門督通光(源通光)
かぎりあれば信夫の山のふもとにも
落葉が上の露ぞ色づく
一〇九六
 (千五百番合に) 二条院讃岐
うちはへて苦しきものは人目のみ
しのぶの浦の海人の栲縄
一〇九七
 和所合に、依忍増恋といふことを
 春宮権大夫公継(藤原公継)
忍ばじよ石間づたひの谷川も
瀬をせくにこそ水まさりけれ
一〇九八
 題しらず 信濃(祝部允仲女)
人もまだ踏み見ぬ山の岩がくれ
流るる水を袖にせくかな
一〇九九
 (題しらず) 西行法師
はるかなる岩のはざまにひとりゐて
人目思はで物思はばや
一一〇〇
 (題しらず) (西行)
数ならぬ心のとがになしはてじ
知らせてこそは身をも恨みめ
一一〇一
 水無瀬の恋十五首合に、夏恋を
 摂政太政大臣(藤原良経)
草深き夏野わけゆくさを鹿の
ねをこそ立てね露ぞこぼるる
一一〇二
 入道前関白右大臣(藤原兼実)に侍りける時、百首人々によませ侍りけるに、忍恋の心を 太宰大弐重家(藤原重家)
後の世をなげく涙といひなして
しぼりやせまし墨染めの袖
一一〇三
 大納言成通文つかはしけれどつれなかりける女を、後の世まで恨み残るべきよし申しければ 読人しらず
玉章のかよふばかりになぐさめて
後の世までの恨み残すな
一一〇四
 前大納言隆房中将に侍りける時、右近馬場の引折の日まかれりけるに、物見侍りける女の車よりつかはしける
 (読人しらず)
ためしあればながめはそれと知りながら
おぼつかなきは心なりけり
一一〇五
 返し 前大納言隆房(藤原隆房)
いはぬより心やゆきてしるべする
ながむる方を人の問ふまで
一一〇六
 千五百番合に 左衛門督通光(源通光)
ながめわびそれとはなしに物ぞ思ふ
雲のはたての夕暮れの空
一一〇七
 雨降る日、女につかはしける
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
思ひあまりそなたの空をながむれば
霞をわけて春雨ぞ降る
一一〇八
 水無瀬恋十五首合に 摂政太政大臣(藤原良経)
山がつの麻のさ衣をさをあらみ
あはで月日や杉ふける庵
一一〇九
 欲言出恋といへる心を 藤原忠定
思へどもいはで月日は杉の門
さすがにいかが忍びはつべき
一一一〇
 百首奉りし時 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
あふことは交野の里の笹の庵
しのに露散る夜半の床かな
一一一一
 入道前関白右大臣に侍りける時、百首の中に忍恋
 (藤原俊成)
散らすなよ篠の葉草のかりにても
露かかるべき袖の上かは
一一一二
 題しらず 藤原元真
白玉か露かと問はむ人もがな
もの思ふ袖をさして答へむ
一一一三
 女につかはしける 藤原義孝
いつまでも命も知らぬ世の中に
つらき歎きのやまずもあるかな
一一一四
 崇徳院に百首奉りける時 大炊御門右大臣(藤原公能)
我が恋は千木の片そぎかたくのみ
ゆきあはで年のつもりぬるかな
一一一五
 入道前関白家に百首よみ侍りける時、あはぬ恋といふ心を
 藤原基輔朝臣
いつとなく塩焼く海人の苫びさし
久しくなりぬあはぬ思ひは
一一一六
 夕恋といふ事をよみ侍りける 藤原秀能
藻塩焼く海人の磯屋の夕煙
立つ名も苦し思ひ絶えなで
一一一七
 海辺恋といふことをよめる 藤原定家朝臣
須磨の海人の袖に吹きこす潮風の
なるとはすれど手にもたまらず
一一一八
 摂政太政大臣家合によみ侍りける 寂蓮法師
ありとてもあはぬためしの名取川
朽ちだにはてね瀬々の埋もれ木
一一一九
 千五百番合に 摂政太政大臣(藤原良経)
歎かずよ今はたおなじ名取川
瀬々の埋もれ木朽ちはてぬとも
一一二〇
 百首奉りし時 二条院讃岐
涙川たぎつ心の早き瀬を
しがらみかけてせく袖ぞなき
一一二一
 摂政太政大臣百首よませ侍りけるに 高松院右衛門佐
よそながらあやしとだにも思へかし
恋せぬ人の袖の色かは
一一二二
 恋のとてよめる 読人しらず
忍びあまりおつる涙をせきかへし
おさふる袖ようき名もらすな
一一二三
 入道前関白太政大臣家合に 道因法師
くれなゐに涙の色のなりゆくを
いくしほまでと君に問はばや
一一二四
 百首の中に 式子内親王
夢にても見ゆらむものを歎きつつ
うち寝る宵の袖のけしきは
一一二五
 語らひ侍りける女の夢に見えて侍りければよみける
 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
覚めて後夢なりけりと思ふにも
逢ふは名残のをしくやはあらぬ
一一二六
 千五百番合に 摂政太政大臣(藤原良経)
身にそへるその面影の消えななむ
夢なりけりと忘るばかりに
一一二七
 題しらず 大納言実宗
夢のうちにあふと見えつる寝覚めこそ
つれなきよりも袖は濡れけれ
一一二八
 五十首奉りしに 前大納言忠良(藤原忠良)
頼めおきし浅茅が露に秋かけて
木の葉ふりしく宿の通ひ路
一一二九
 隔河忍恋といふことを 正三位経家(藤原経家)
忍びあまり天の川瀬にことよせむ
せめては秋を忘れだにすな
一一三〇
 遠き境を待つ恋といへる心を 賀茂重政
頼めてもはるけかるべき還山
いくへの雲の下に待つらむ
一一三一
 摂政太政大臣家百首合に 中宮大夫家房(藤原家房)
逢ふことはいつと伊吹の峰に生ふる
さしも絶えせぬ思ひなりけり
一一三二
 家隆朝臣(藤原家隆)
富士の峰の煙もなほぞ立ち昇る
上なきものは思ひなりけり
一一三三
 名立恋といふ心をよみ侍りける
 権中納言俊忠(藤原俊忠)
なき名のみ立田の山に立つ雲の
ゆくへも知らぬながめをぞする
一一三四
 百首の中に恋の心を 惟明親王
逢ふことのむなしき空のうき雲は
身をしる雨のたよりなりけり
一一三五
 (百首の中に恋の心を) 右衛門督通具(源通具)
我が恋はあふをかぎりのたのみだに
ゆくへも知らぬ空のうき雲
一一三六
 水無瀬恋十五首合に、春恋の心を
 皇太后宮大夫俊成女
面影のかすめる月ぞ宿りける
春や昔の袖の涙に
一一三七
 冬恋 定家朝臣(藤原定家)
床の霜枕の氷消えわびぬ
むすびもおかぬ人の契りに
一一三八
 摂政太政大臣家百首合に、暁恋 藤原有家朝臣
つれなさのたぐひまでやはつらからぬ
月をもめでじ有明の空
一一三九
 宇治にて、夜恋といふことを、をのこどもつかうまつりしに
 藤原秀能
袖の上にたれゆゑ月は宿るぞと
よそになしても人の問へかし
一一四〇
 久しき恋といへることを 越前(大中臣公親女)
夏引の手引きの糸の年経ても
絶えぬ思ひにむすぼほれつつ
一一四一
 家に百首合し侍りけるに、祈恋といへる心を
 摂政太政大臣(藤原良経)
いく夜われ波にしをれて貴船川
袖に玉散る物思ふらむ
一一四二
 (家に百首合し侍りけるに、祈恋といへる心を)
 藤原定家朝臣
年も経ぬ祈る契りは初瀬山
尾上の鐘のよその夕暮れ
一一四三
 片思ひの心をよめる 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
うき身をば我だにいとふいとへただ
そをだにおなじ心と思はむ
一一四四
 題しらず 権中納言長方(藤原長方)
恋ひ死なむおなじうき名をいかにして
あふにかへつと人にいはれむ
一一四五
 (題しらず) 殷富門院大輔
あすしらぬ命をぞ思ふおのづから
あらばあふ世を待つにつけても
一一四六
 (題しらず) 八条院高倉
つれもなき人の心はうつせみの
むなしき恋に身をやかへてむ
一一四七
 (題しらず) 西行法師
なにとなくさすがに惜しき命かな
ありへば人や思ひ知るとて
一一四八
 (題しらず) (西行)
思ひ知る人有明の世なりせば
つきせず身をば恨みざらまし

巻第十三 恋三
一一四九
 中関白(藤原道隆)通ひそめ侍りけるころ 儀同三司母
忘れじの行く末まではかたければ
今日を限りの命ともがな
一一五〇
 忍びたる女をかりそめなる所にゐてまかりて、帰りて朝につかはしける 謙徳公(藤原伊尹)
限りなく結びおきつる草枕
いつこのたびを思ひ忘れむ
一一五一
 題しらず 在原業平朝臣
思ふには忍ぶることぞまけにける
あふにしかへばさもあらばあれ
一一五二
 人のもとにまかりそめて、朝につかはしける
 廉義公(藤原頼忠)
昨日まで逢ふにしかへばと思ひしを
今日は命の惜しくもあるかな
一一五三
 百首に 式子内親王
逢ふことを今日松が枝の手向草
いく夜しをるる袖とかは知る
一一五四
 頭中将に侍りける時、五節所のわらはにもの申しそめて後、尋ねてつかはしける 源正清朝臣
恋しさに今日ぞ尋ぬる奥山の
日かげの露に袖は濡れつつ
一一五五
 題しらず 西行法師
逢ふまでの命もがなと思ひしは
くやしかりける我が心かな
一一五六
 (題しらず) 三条院女蔵人左近
人心うす花染めのかり衣
さてだにあらで色や変はらむ
一一五七
 (題しらず) 興風(藤原興風)
あひ見てもかひなかりけりうばたまの
はかなき夢におとるうつつは
一一五八
 実方朝臣(藤原実方)
なかなかのもの思ひそめて寝ぬる夜は
はかなき夢もえやは見えける
一一五九
 忍びたる人と二人ふして 伊勢
夢とても人に語るな知るといへば
手枕ならぬ枕だにせず
一一六〇
 題しらず 和泉式部
枕だに知らねば知らじ見しままに
君語るなよ春の夜の夢
一一六一
 人にもの言ひはじめて 馬内侍
忘れても人に語るなうたた寝の
夢見て後もながからじ夜を
一一六二
 女につかはしける 藤原範永朝臣
つらかりしおほくの年は忘られて
一夜の夢をあはれとぞ見し
一一六三
 題しらず 高倉院御
けさよりはいとど思ひをたきまして
歎きこりつむ逢坂の山
一一六四
 初会恋の心を 俊頼朝臣(源俊頼)
蘆の屋のしづはた帯の片結び
心やすくもうちとくるかな
一一六五
 題しらず 読人しらず
かりそめに伏見の野辺の草枕
露かかりきと人に語るな
一一六六
 人知れず忍びけることを、文など散らすと聞きける人につかはしける 相模
いかにせむ葛のうら吹く秋風に
下葉の露のかくれなき身を
一一六七
 題しらず 実方朝臣(藤原実方)
明けがたき二見の浦による波の
袖のみ濡れて沖つ島人
一一六八
 伊勢
逢ふことの明けぬ夜ながら明けぬれば
我こそ帰れ心やはゆく
一一六九
 九月十日あまり、夜ふけて和泉式部が門を叩かせ侍りけるに、聞きつけざりければ、朝につかはしける
 大宰帥敦道親王
秋の夜の有明の月の入るまでに
やすらひかねて帰りにしかな
一一七〇
 題しらず 道信朝臣(藤原道信)
心にもあらぬ我が身の行き帰り
道の空にて消えぬべきかな
一一七一
 近江更衣に給はせける 延喜御
はかなくも明けにけるかな朝露の
おきての後ぞ消えまさりける
一一七二
 御返し 更衣源周子
朝露のおきつる空も思ほえず
消えかへりつる心まどひに
一一七三
 題しらず 円融院御
おきそふる露やいかなる露ならむ
いまは消えねと思ふ我が身を
一一七四
 (題しらず) 謙徳公(藤原伊尹)
思ひ出でていまは消ぬべし夜もすがら
おきうかりつる菊の上の露
一一七五
 (題しらず) 清慎公(藤原実頼)
うばたまの夜の衣をたちながら
帰るものとは今ぞ知りぬる
一一七六
 夏の夜、女のもとにまかりて侍りけるに、人しづまるほど、夜いたくふけてあひて侍りければ、よみける 藤原清正
みじか夜の残り少なくふけゆけば
かねてものうきあかつきの空
一一七七
 女御子に通ひそめて、朝につかはしける
 大納言清蔭(源清蔭)
明くといへばしづ心なき春の夜の
夢とや君を夜のみは見む
一一七八
 弥生の頃、夜もすがら物語して帰り侍りけるに、人の、今朝はいとどもの思はしきよし申しつかはしたりけるに
 和泉式部
今朝はしも歎きもすらむいたづらに
春の夜一夜夢をだに見で
一一七九
 題しらず 赤染衛門
心からしばしと包むものからに
しぎの羽掻きつらき今朝かな
一一八〇
 忍びたる所より帰りて、朝につかはしける
 九条入道右大臣(藤原師輔)
わびつつも君が心にかなふとて
けさも袂をほしぞわづらふ
一一八一
 小八条の御息所につかはしける 亭子院御
手枕にかせるたもとの露けきは
明けぬとつぐる涙なりけり
一一八二
 題しらず 藤原惟成
しばし待てまだ夜は深し長月の
有明の月は人まどふなり
一一八三
 前栽の露おきたるを、などか見ずなりにしと申しける女に
 実方朝臣(藤原実方)
おきて見ば袖のみ濡れていとどしく
草葉の玉の数やまさらむ
一一八四
 二条院御時、暁帰りなむとする恋といふことを
 二条院讃岐
明けぬれどまだきぬぎぬになりやらで
人の袖をも濡らしつるかな
一一八五
 題しらず 西行法師
面影の忘らるまじき別れかな
名残を人の月にとどめて
一一八六
 後朝恋の心を 摂政太政大臣(藤原良経)
またも来む秋をたのむの雁だにも
鳴きてぞ帰る春のあけぼの
一一八七
 女のもとにまかりて、心地の例ならず侍りければ、帰りてつかはしける 賀茂成助
たれ行きて君につげまし道芝の
露もろともに消えなましかば
一一八八
 女のもとに、物をだにいはむとてまかれりけるに、むなしくかへりて、朝に 左大将朝光(藤原朝光)
消えかへりあるかなきかのわが身かな
恨みて帰る道芝の露
一一八九
 三条関白女御、入内の朝につかはしける 花山院御
朝ぼらけおきつる霜の消えかへり
暮れ待つほどの袖を見せばや
一一九〇
 法性寺入道前関白太政大臣(藤原兼実)家合に
 藤原道経
庭に生ふるゆふかげ草の下露や
暮れを待つまの涙なるらむ
一一九一
 題しらず 小侍従(石清水別当光清女)
待つ宵にふけゆく鐘の声聞けば
あかぬ別れの鳥はものかは
一一九二
 (題しらず) 藤原知家
これもまた長き別れになりやせむ
暮れを待つべき命ならねば
一一九三
 (題しらず) 西行法師
有明は思ひ出であれや横雲の
ただよはれつるしののめの空
一一九四
 (題しらず) 清原元輔
大井川井堰の水のわくらばに
けふはたのめし暮れにやはあらぬ
一一九五
 けふと契りける人の、あるかと問ひて侍りければ
 読人しらず
夕暮れに命かけたるかげろふの
ありやあらずや問ふもはかなし
一一九六
 藤原定家朝臣
 西行法師人々に百首よませ侍りけるに
あぢきなくつらきあらしの声もうし
など夕暮れに待ちならひけむ
一一九七
 恋のとて 太上天皇(後鳥羽院)
頼めずは人は待乳の山なりと
寝なましものをいざよひの月
一一九八
 水無瀬にて恋十五首合に、夕恋といへる心を
 摂政太政大臣(藤原良経)
なにゆゑと思ひも入れぬ夕べだに
待ち出でしものを山の端の月
一一九九
 寄風恋 宮内卿(源師光女)
聞くやいかにうはの空なる風だにも
松に音するならひありとは
一二〇〇
 題しらず 西行法師
人は来で風のけしきもふけぬるに
あはれに雁の音づれてゆく
一二〇一
 (題しらず) 八条院高倉
いかが吹く身にしむ色の変はるかな
たのむる暮れの松風の声
一二〇二
 (題しらず) 鴨長明
頼めおく人も長等の山にだに
小夜ふけぬれば松風の声
一二〇三
 (題しらず) 藤原秀能
今来むとたのめしことを忘れず
はこの夕暮れの月や待つらむ
一二〇四
 待つ恋といへる心を 式子内親王
君待つと閨へも入らぬ真木の戸に
いたくなふけそ山の端の月
一二〇五
 恋のとてよめる 西行法師
頼めぬに君来やと待つ宵のまの
ふけゆかでただ明けなましかば
一二〇六
 (恋のとてよめる) 藤原定家朝臣
帰るさのものとや人のながむらむ
待つ夜ながらの有明の月
一二〇七
 題しらず 読人しらず
君来むといひし夜ごとに過ぎぬれば
頼まぬものの恋ひつつぞふる
一二〇八
 (題しらず) 人麿(柿本人麻呂)
衣手に山おろし吹きて寒き夜を
君来まさずはひとりかも寝む
一二〇九
 左大将朝光久しう音づれ侍らで、旅なる所に来あひて、枕のなければ草を結びてしたるに 馬内侍
逢ふことはこれや限りの旅ならむ
草の枕も霜がれにけり
一二一〇
 天暦御時、まどをにあれやと侍りければ
 女御徽子女王
なれゆくはうき世なればや須磨の海人の
塩焼き衣まどほなるらむ
一二一一
 逢ひて後逢ひがたき女に 坂上是則
霧深き秋の野中の忘れ水
絶えまがちなるころにもあるかな
一二一二
 三条院、みこの宮と申ける時、久しく問はせ給はざりければ 安法法師女
世の常の秋風ならば荻の葉に
そよとばかりの音はしてまし
一二一三
 題しらず 中納言家持(大伴家持)
あしびきの山のかげ草むすびおきて
恋ひやわたらむ逢ふよしをなみ
一二一四
 (題しらず) 延喜御(醍醐天皇)
東路に刈るてふかやの乱れつつ
つかのまもなく恋ひやわたらむ
一二一五
 (題しらず) 権中納言敦忠(藤原敦忠)
結びおきしたもとだに見ぬ花すすき
枯るとも枯れじ君し解かずは
一二一六
 百首の中に 源重之
霜の上にけさ降る雪の寒ければ
かさねて人をつらしとぞ思ふ
一二一七
 題しらず 安法法師女
ひとりふす荒れたる宿の床の上に
あはれいく夜の寝覚めしつらむ
一二一八
 (題しらず) 源重之
山城の淀の若こも刈りにきて
袖濡れぬとはかこたざらなむ
一二一九
 (題しらず) 紀貫之
かけて思ふ人もなけれど夕されば
面影絶えぬ玉かづらかな
一二二〇
 宮仕へしける女を語らひ侍りけるに、やむごとなき男の入り立ちていふけしきを見て恨みけるを、女あらがひければよみ侍りける 平貞文
いつはりをただすの杜のゆふだすき
かけつつちかへ我を思はば
一二二一
 人につかはしける 鳥羽院御
いかばかりうれしからましもろともに
恋ひらるる身も苦しかりせば
一二二二
 片思の心を 入道前関白太政大臣(藤原兼実)
我ばかりつらきを忍ぶ人やあると
いま世にあらば思ひあはせよ
一二二三
 摂政太政大臣家百首合に、契恋の心を 前大僧正慈円
ただ頼めたとへば人のいつはりを
重ねてこそはまたも恨みめ
一二二四
 女を恨みて、今はまからじと申して後、なほ忘れがたくおぼえければつかはしける 左衛門督家通(藤原家通)
つらしとは思ふものから伏柴の
しばしもこりぬ心なりけり
一二二五
 頼むること侍りける女、わづらふこと侍りける、おこたりて、久我内大臣(源雅通)のもとにつかはしける
 読人しらず
頼め来し言の葉ばかりとどめおきて
浅茅が露と消えなましかば
一二二六
 返し 久我内大臣(源雅通)
あはれにもたれかは露も思はまし
消え残るべき我が身ならねば
一二二七
 題しらず 小侍従(石清水別当光清女)
つらきをも恨みぬ我にならふなよ
うき身を知らぬ人もこそあれ
一二二八
 (題しらず) 殷富門院大輔
何かいとふよもながらへじさのみやは
憂きにたへたる命なるべき
一二二九
 (題しらず) 刑部卿頼輔(藤原頼輔)
恋ひしなむ命はなほも惜しきかな
おなじ世にあるかひはなけれど
一二三〇
 (題しらず) 西行法師
あはれとて人の心のなさけあれな
数ならぬにはよらぬ歎きを
一二三一
 (題しらず) (西行)
身を知れば人のとがとは思はぬに
恨みがほにも濡るる袖かな
一二三二
 女につかはしける 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
よしさらばのちの世とだに頼めおけ
つらさにたへぬ身ともこそなれ
一二三三
 返し 藤原定家朝臣母
頼めおかむたださばかりを契りにて
うき世の中の夢になしてよ

巻第十四 恋四
一二三四
 中将に侍りける時、女につかはしける 清慎公(藤原実頼)
宵々に君をあはれと思ひつつ
人にはいはでねをのみぞ泣く
一二三五
 返し 読人しらず
君だにも思ひ出でける宵々を
待つはいかなる心地かはする
一二三六
 少将滋につかはしける (読人しらず)
恋しさに死ぬる命を思ひ出でて
とふ人あらばなしと答へよ
一二三七
 恨むること侍りて、さらにまうで来じと誓言して、二日ばかりありてつかはしける 謙徳公(藤原伊尹)
別れては昨日今日こそへだてつれ
千代しもへたる心地のみする
一二三八
 返し 恵子女王贈皇后宮母
きのふともけふとも知らず今はとて
別れしほどの心まどひに
一二三九
 入道摂政久しくまうでこざりける頃、鬢かきて出で侍りけるゆするつきの水入れながら侍りけるを見て
 右大将道綱母
絶えぬるか影だに見えば問ふべきを
形見の水は水草ゐにけり
一二四〇
 内にひさしく参り給はざりける頃、五月五日、後朱雀院の御かへりごとに 陽明門院
かたがたにひき別れつつあやめ草
あらぬねをやはかけむと思ひし
一二四一
 題しらず 伊勢
言の葉のうつろふだにもあるものを
いとど時雨の降りまさるらむ
一二四二
 右大将道綱母
吹く風につけても問はむささがにの
通ひし道は空に絶ゆとも
一二四三
 后の宮久しく里におはしける頃、つかはしける
 天暦御(村上天皇)
葛の葉にあらぬわが身も秋風の
吹くにつけつつ恨みつるかな
一二四四
 久しく参らざりける人に 延喜御(醍醐天皇)
霜さやぐ野辺の草葉にあらねども
などか人目のかれまさるらむ
一二四五
 御返し 読人しらず
浅茅生ふる野辺や枯るらむ山がつの
垣ほの草は色もかはらず
一二四六
 春になりてと奏し侍りけるが、さもなかりければ、内より、まだ年もかへらぬにやとのたまはせたりける御返事を、かえでの紅葉につけて 女御徽子女王
霞むらむほどをも知らずしぐれつつ
過ぎにし秋のもみぢをぞ見る
一二四七
 御返し 天暦御(村上天皇)
今来むとたのめつつふる言の葉ぞ
常磐に見ゆるもみぢなりける
一二四八
 女御の下に侍りけるにつかはしける 朱雀院御
玉ぼこの道ははるかにあらねども
うたて雲居にまどふころかな
一二四九
 御返し 女御熈子女王
思ひやる心は空にあるものを
などか雲居に逢ひ見ざるらむ
一二五〇
 麗景殿女御参りて後、雨降り侍りける日、梅壺女御に
 後朱雀院御
春雨の降りしくころか青柳の
いと乱れつつ人ぞ恋しき
一二五一
 御返し 女御藤原生子
青柳のいと乱れたるこのごろは
一筋にしも思ひよられじ
一二五二
 またつかはしける 後朱雀院御
青柳の糸はかたがたなびくとも
思ひそめてむ色はかはらじ
一二五三
 御返し 女御生子
浅緑深くもあらぬ青柳は
色変はらじといかが頼まむ
一二五四
 早やうもの申しける女に、枯れたる葵を、みあれの日つかはしける 実方朝臣(藤原実方)
いにしへのあふひと人はとがむとも
なほそのかみのけふぞ忘れぬ
一二五五
 返し 読人しらず
枯れにけるあふひのみこそかなしけれ
あはれと見ずや賀茂の瑞垣
一二五六
 広幡の御息所につかはしける 天暦御
逢ふことをはつかに見えし月影の
おぼろけにやはあはれとは思ふ
一二五七
 題しらず 伊勢
更級や姨捨山の有明の
つきずもものを思ふころかな
一二五八
 中務(敦慶親王女)
いつとてもあはれと思ふを寝ぬる夜の
月はおぼろけなくなくぞ見し
一二五九
 凡河内躬恒
更級の山よりほかに照る月も
なぐさめかねつこのごろの空
一二六〇
 読人しらず
天の戸をおし明け方の月見れば
うき人しもぞ恋しかりける
一二六一
ほの見えし月を恋しと帰るさの
雲路の波に濡れてこしかな
一二六二
 人につかはしける 紫式部
入る方はさやかなりける月影を
うはの空にも待ちし宵かな
一二六三
 返し 読人しらず
さしてゆく山の端もみなかきくもり
心の空に消えし月影
一二六四
 題しらず 藤原経衡
今はとて別れしほどの月をだに
涙にくれてながめやはせし
一二六五
 (題しらず) 肥後(藤原定成女)
面影の忘れぬ人によそへつつ
入るをぞしたふ秋の夜の月
一二六六
 (題しらず) 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
憂き人の月は何ぞのゆかりぞと
思ひながらもうちながめつつ
一二六七
 (題しらず) 西行法師
月のみや上の空なる形見にて
思ひも出でば心通はむ
一二六八
 (題しらず) (西行)
くまもなき折しも人を思ひ出でて
心と月をやつしつるかな
一二六九
 (題しらず) (西行)
もの思ひてながむるころの月の色に
いかばかりなるあはれそふらむ
一二七〇
 (題しらず) 八条院高倉
くもれかしながむるからにかなしきは
月におぼゆる人の面影
一二七一
 百首の中に 太上天皇(後鳥羽院)
忘らるる身を知る袖の村雨に
つれなく山の月は出でけり
一二七二
 千五百番合に 摂政太政大臣(藤原良経)
めぐりあはむ限りはいつと知らねども
月なへだてそよその浮雲
一二七三
 (千五百番合に) (藤原良経)
我が涙もとめて袖に宿れ月
さりとて人の影は見ねども
一二七四
 (千五百番合に) 権中納言公経(西園寺公経)
恋ひわぶる涙や空に曇るらむ
光もかはるねやの月影
一二七五
 (千五百番合に) 左衛門督通光(源通光)
いくめぐり空ゆく月もへだてきぬ
契りし中はよその浮雲
一二七六
 (千五百番合に) 右衛門督通具(源通具)
今来むと契りしことは夢ながら
見し夜に似たる有明の月
一二七七
 (千五百番合に) 有家朝臣(藤原有家)
忘れじといひしばかりの名残とて
その夜の月はめぐり来にけり
一二七八
 題しらず 摂政太政大臣(藤原良経)
思ひ出でてよなよな月に尋ねずは
待てと契りし中や絶えなむ
一二七九
 (題しらず) 藤原家隆朝臣
忘るなよいまは心のかはるとも
なれしその夜の有明の月
一二八〇
 (題しらず) 法眼宗円
そのままに松のあらしもかはらぬを
忘れやしぬるふけし夜の月
一二八一
 (題しらず) 藤原秀能
人ぞうき頼めぬ月はめぐりきて
昔忘れぬ蓬生の宿
一二八二
 八月十五夜和所にて、月前恋といふことを
 摂政太政大臣(藤原良経)
わくらばに待ちつる宵もふけにけり
さやは契りし山の端の月
一二八三
 (八月十五夜和所にて、月前恋といふことを)
 有家朝臣(藤原有家)
来ぬ人を待つとはなくて待つ宵の
ふけゆく空の月も恨めし
一二八四
 (八月十五夜和所にて、月前恋といふことを)
 藤原定家朝臣
松山と契し人はつれなくて
袖こすなみにのこる月かげ
一二八五
 千五百番合に 皇太后宮大夫俊成女
ならひこしたがいつはりもまだ知しらで
待つとせしまの庭の蓬生
一二八六
 経房卿家合に、久恋を 二条院讃岐
あと絶えて浅茅が末になりにけり
頼めし宿の庭の白露
一二八七
 摂政太政大臣家百首よみ侍りけるに 寂蓮法師
来ぬ人を思ひ絶えたる庭の面の
蓬が末ぞ待つにまされる
一二八八
 題しらず 左衛門督通光(源通光)
尋ねても袖にかくべき方ぞなき
深き蓬の露のかことを
一二八九
 (題しらず) 藤原保季朝臣
形見とてほの踏み分けしあともなし
来しは昔の庭の荻原
一二九〇
 (題しらず) 法橋行遍
名残をば庭の浅茅にとどめおきて
たれゆゑ君が住みうかれけむ
一二九一
 摂政太政大臣家百首合に 定家朝臣
忘れずはなれし袖もや氷るらむ
寝ぬ夜の床の霜のさむしろ
一二九二
 (摂政太政大臣家百首合に) 家隆朝臣(藤原家隆)
風吹かば峰に別れむ雲をだに
ありし名残の形見とも見よ
一二九三
 百首奉りし時 摂政太政大臣(藤原良経)
いはざりき今来むまでの空の雲
月日へだてて物思へとは
一二九四
 千五百番合に 家隆朝臣(藤原家隆)
思ひ出でよたがかねことの末ならむ
きのふの雲のあとの山風
一二九五
 二条院御時、艶書のめしけるに 刑部卿範兼(藤原範兼)
忘れゆく人ゆゑ空をながむれば
たえだえにこそ雲も見えけれ
一二九六
 題しらず 殷富門院大輔
忘れなば生けらむものかと思ひしに
それもかなはぬこの世なりけり
一二九七
 (題しらず) 西行法師
うとくなる人をなにとて恨むらむ
知られず知らぬ折もありしに
一二九八
 (題しらず) (西行)
今ぞ知る思ひ出でよと契りしは
忘れむとての情なりけり
一二九九
 建仁元年三月合に、遇不遇恋の心を
 土御門内大臣(源通親)
逢ひ見しは昔語りのうつつにて
そのかねことを夢になせとや
一三〇〇
 (建仁元年三月合に、遇不遇恋の心を)
 権中納言公経(西園寺公経)
あはれなる心の闇のゆかりとも
見し夜の夢をたれか定めむ
一三〇一
 (建仁元年三月合に、遇不遇恋の心を)
 右衛門督通具(源通具)
契りきやあかぬ別れに露おきし
あかつきばかり形見なれとは
一三〇二
 (建仁元年三月合に、遇不遇恋の心を) 寂蓮法師
恨みわび待たじいまはの身なれども
思ひなれにし夕暮れの空
一三〇三
 (建仁元年三月合に、遇不遇恋の心を) 宜秋門院丹後
忘れじの言の葉いかになりにけむ
頼めし暮れは秋風ぞ吹く
一三〇四
 家に百首合し侍りけるに 摂政太政大臣(藤原良経)
思ひかねうちぬるよゐもありなまし
吹きだにすさべ庭の松風
一三〇五
 有家朝臣(藤原有家)
さらでだに恨みむと思ふわぎもこが
衣の裾に秋風ぞ吹く
一三〇六
 題しらず 読人しらず
心にはいつも秋なる寝覚めかな
身にしむ風のいく夜ともなく
一三〇七
 (題しらず) 西行法師
あはれとて問ふ人のなどなかるらむ
もの思ふ宿の荻の上風
一三〇八
 入道前関白太政大臣家の合に 俊恵法師
わが恋は今は限りと夕まぐれ
荻吹く風のおとづれてゆく
一三〇九
 題しらず 式子内親王
今はただ心のほかに聞くものを
知らずがほなる荻の上風
一三一〇
 家の合に 摂政太政大臣(藤原良経)
いつも聞くものとや人の思ふらむ
来ぬ夕暮れの秋風の声
一三一一
 (家の合に) 前大僧正慈円
心あらば吹かずもあらなむ宵々に
人待つ宿の庭の松風
一三一二
 和所にて合侍りしに、逢不会恋の心を 寂蓮法師
里は荒れぬむなしき床のあたりまで
身はならはしの秋風ぞ吹く
一三一三
 水無瀬の恋十五首の合に 太上天皇(後鳥羽院)
里は荒れぬ尾上の宮のおのづから
待ちこし宵も昔なりけり
一三一四
 (水無瀬の恋十五首の合に) 藤原有家朝臣
もの思はでただおほかたの露にだに
濡るれば濡るる秋の袂を
一三一五
 (水無瀬の恋十五首の合に) 雅経(藤原雅経)
草枕結び定めむ方知らず
ならはぬ野辺の夢の通ひ路
一三一六
 和所の合に、深山恋といふことを 藤原家隆朝臣
さてもなほ問はれぬ秋の夕は山
雲吹く風も峰に見ゆらむ
一三一七
 (和所の合に、深山恋といふことを) 藤原秀能
思ひ入る深き心のたよりまで
見しはそれともなき山路かな
一三一八
 題しらず 鴨長明
ながめてもあはれと思へおほかたの
空だにかなし秋の夕暮れ
一三一九
 千五百番合に 右衛門督通具(源通具)
言の葉のうつりし秋も過ぎぬれば
我が身時雨とふる涙かな
一三二〇
 (千五百番合に) 藤原定家朝臣
消えわびぬうつろふ人の秋の色に
身をこがらしの杜の白露
一三二一
 摂政太政大臣(藤原良経)家合に 寂蓮法師
来ぬ人を秋のけしきやふけぬらむ
恨みによわる松虫の声
一三二二
 恋とてよみ侍りける 前大僧正慈円
我が恋は庭のむら萩うらがれて
人をも身をも秋の夕暮れ
一三二三
 被忘恋の心を 太上天皇(後鳥羽院)
袖の露もあらぬ色にぞ消えかへる
うつれば変はる歎きせしまに
一三二四
 (被忘恋の心を) 藤原定家朝臣
むせぶとも知らじな心瓦屋に
我のみ消たぬ下のけぶりは
一三二五
 (被忘恋の心を) 家隆朝臣(藤原家隆)
知られじなおなじ袖には通ふとも
たが夕暮れと頼む秋風
一三二六
 (被忘恋の心を) 皇太后宮大夫俊成女
露はらふ寝覚めは秋の昔にて
見はてぬ夢に残る面影
一三二七
 摂政太政大臣(藤原良経)家百首合に、尋恋
 前大僧正慈円
心こそ行く方も知らね三輪の山
杉の梢の夕暮れの空
一三二八
 百首の中に 式子内親王
さりともと待ちし月日ぞうつりゆく
心の花の色にまかせて
一三二九
 (百首の中に) (式子内親王)
生きてよもあすまで人はつらからじ
この夕暮れを問はば問へかし
一三三〇
 暁恋の心を 前大僧正慈円
あかつきの涙や空にたぐふらむ
袖に落ちくる鐘の音かな
一三三一
 千五百番合に 権中納言公経(西園寺公経)
つくづくと思ひあかしの浦千鳥
波の枕になくなくぞきく
一三三二
 (千五百番合に) 藤原定家朝臣
尋ね見るつらき心の奥の海よ
しほひの潟のいふかひもなし
一三三三
 水無瀬の恋の十五首合に 藤原雅経
見し人の面影とめよ清見潟
袖にせきもる波の通ひ路
一三三四
 (水無瀬の恋の十五首合に) 皇太后宮大夫俊成女
ふりにけり時雨は袖に秋かけて
いひしばかりを待つとせしまに
一三三五
通ひこし宿の道芝かれがれに
あとなき霜の結ぼほれつつ

巻第十五 恋五
一三三六
 水無瀬恋十五首合に 藤原定家朝臣
白妙の袖のわかれに露落ちて
身にしむ色の秋風ぞ吹く
一三三七
 (水無瀬恋十五首合に) 藤原家隆朝臣
思ひ入る身は深草の秋の露
頼めし末やこがらしの風
一三三八
 (水無瀬恋十五首合に) 前大僧正慈円
野辺の露は色もなくてやこぼれつる
袖よりすぐる荻の上風
一三三九
 題しらず 左近中将公衡(藤原公衡)
恋わびて野辺の露とは消えぬとも
たれか草葉をあはれとは見む
一三四〇
 題しらず 右衛門督通具(源通具)
問へかしな尾花がもとの思ひ草
しをるる野辺の露はいかにと
一三四一
 家に恋十首よみ侍りける時 権中納言俊忠(藤原俊忠)
夜のまにも消ゆべきものを露霜の
いかにしのべと頼めおくらむ
一三四二
 題しらず 道信朝臣(藤原道信)
あだなりと思ひしかども君よりは
もの忘れせぬ袖の上露
一三四三
 (題しらず) 藤原元真
おなじくはわが身も露と消えななむ
消えなばつらき言の葉も見じ
一三四四
 頼めて侍りける女の、後に返事をだにせず侍りければ、かの男にかはりて 和泉式部
今来むといふ言の葉も枯れゆくに
よなよな露のなににおくらむ
一三四五
 頼めたることあとなく侍りにける女の、久しくありて問ひて侍りける返事に 藤原長能
あだことの葉におく露の消えにしを
あるものとてや人の問ふらむ
一三四六
 藤原惟成につかはしける 読人しらず
うちはへていやは寝らるる宮城野の
小萩が下葉色に出でしより
一三四七
 返し 藤原惟成
萩の葉や露のけしきもうちつけに
もとよりかはる心あるものを
一三四八
 題しらず 花山院御
夜もすがら消えかへりつるわが身かな
涙の露に結ぼほれつつ
一三四九
 ひさしく参らぬ人に 光孝天皇御
君がせぬわが手枕は草なれや
涙の露のよなよなぞおく
一三五〇
 御返事 読人しらず
露ばかりおくらむ袖はたのまれず
涙の川のたきつ瀬なれば
一三五一
 陸奥の安達に侍りける女に、九月ばかりつかはしける
 源重之
思ひやるよその村雲しぐれつつ
安達の原にもみぢしぬらむ
一三五二
 題しらず 相模
色かはる萩の下葉を見てもまづ
人の心の秋ぞ知らるる
一三五三
 (題しらず) (相模)
稲妻は照らさぬ宵もなかりけり
いづらほのかに見えしかげろふ
一三五四
 (題しらず) 謙徳公(藤原伊尹)
人知れぬ寝覚めの涙ふりみちて
さもしぐれつる夜半の空かな
一三五五
 (題しらず) 光孝天皇御
涙のみ浮き出づる海人の釣竿の
長き夜すがら恋つつぞ寝る
一三五六
 (題しらず) 坂上是則
枕のみ浮くと思ひし涙川
今は我が身の沈むなりけり
一三五七
 (題しらず) 読人しらず
思ほえず袖に湊のさわぐかな
もろこし船の寄りしばかりに
一三五八
 (題しらず) (読人しらず)
妹が袖わかれし日より白妙の
衣かたしき恋つつぞ寝る
一三五九
 (題しらず) (読人しらず)
逢ふことの波の下草みがくれて
しづ心なくねこそなかるれ
一三六〇
 (題しらず) (読人しらず)
浦にたく藻塩の煙なびかめや
よもの方より風は吹くとも
一三六一
 (題しらず) (読人しらず)
忘るらむと思ふ心のうたがひに
ありしよりけにものぞかなしき
一三六二
 (題しらず) (読人しらず)
うきながら人をばえしも忘れねば
かつ恨みつつなほぞ恋しき
一三六三
 (題しらず) (読人しらず)
命をばあだなるものと聞きしかど
つらきがためは長くもあるかな
一三六四
 (題しらず) (読人しらず)
いづかたにゆき隠れなむ世の中に
身のあればこそ人もつらけれ
一三六五
 (題しらず) (読人しらず)
今までに忘れぬ人はよにもあらじ
おのがさまざま年の経ぬれば
一三六六
 (題しらず) (読人しらず)
玉水を手にむすびてもこころみむ
ぬるくは石の中もたのまじ
一三六七
 (題しらず) (読人しらず)
山城の井手の玉水手にくみて
頼みしかひもなき世なりけり
一三六八
 (題しらず) (読人しらず)
君があたり見つつを折らむ生駒山
雲な隠ししそ雨は降るとも
一三六九
 (題しらず) (読人しらず)
中空に立ちゐる雲のあともなく
身のはかなくもなりぬべきかな
一三七〇
 (題しらず) (読人しらず)
雲のゐる遠山鳥のよそにても
ありとし聞けばわびつつぞ寝る
一三七一
 (題しらず) (読人しらず)
昼は来て夜はわかるる山鳥の
影見る時ぞねはなかれける
一三七二
 (題しらず) (読人しらず)
我もしかなきてぞ人に恋ひられし
今こそよそに声をのみ聞け
一三七三
 (題しらず) 人麿(柿本人麻呂)
夏野ゆく牡鹿の角のつかのまも
忘れず思へ妹が心を
一三七四
 (題しらず) (柿本人麻呂)
夏草の露わけ衣着もせぬに
など我が袖のかわく時なき
一三七五
 (題しらず) 八代女王
みそぎするならの小川の川風に
祈りぞわたる下に絶えじと
一三七六
 (題しらず) 清原深養父
うらみつつ寝る夜の袖のかわかぬは
枕の下に潮や満つらむ
一三七七
 中納言家持につかはしける 山口女王
蘆辺より満ちくる潮のいやましに
思ふか君が忘れかねつる
一三七八
 (中納言家持につかはしける) (山口女王)
塩釜の前に浮きたる浮島の
うきて思ひのある世なりけり
一三七九
 題しらず 赤染衛門
いかに寝て見えしなるらむうたたねの
夢より後はものをこそ思へ
一三八〇
 (題しらず) 参議小野篁
うちとけて寝ぬものゆゑに夢を見て
もの思ひまさるころにもあるかな
一三八一
 (題しらず) 伊勢
春の夜の夢にあひつと見えつれば
思ひ絶えにし人ぞ待たるる
一三八二
 (題しらず) 盛明親王
春の夜の夢のしるしはつらくとも
見しばかりだにあらばたのまむ
一三八三
 (題しらず) 女御徽子女王
寝る夢にうつつの憂さも忘られて
思ひなぐさむほどぞはかなき
一三八四
 春夜、女のもとにまかりて、あしたにつかはしける
 能宣朝臣(大中臣能宣)
かくばかり寝であかしつる春の夜に
いかに見えつる夢にかあるらむ
一三八五
 題しらず 寂蓮法師
涙川身もうきぬべき寝覚めかな
はかなき夢の名残ばかりに
一三八六
 百首奉りしに 家隆朝臣(藤原家隆)
逢ふと見てことぞともなく明けぬなり
はかなの夢の忘れ形見や
一三八七
 題しらず 基俊(藤原基俊)
床近しあなかま夜半のきりぎりす
夢にも人の見えもこそすれ
一三八八
 千五百番合に 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
あはれなりうたた寝にのみ見し夢の
長き思ひに結ぼほれなむ
一三八九
 題しらず 藤原定家朝臣
かきやりしその黒髪のすぢごとに
うちふすほどは面影ぞ立つ
一三九〇
 和所合に、遇不逢恋の心を 皇太后宮大夫俊成女
夢かとよ見し面影も契りしも
忘れずながらうつつならねば
一三九一
 恋のとて 式子内親王
はかなくぞ知らぬ命を歎きこし
わがかねことのかかりける世に
一三九二
 (恋のとて) 弁(石清水別当成清女)
過ぎにける世々の契りも忘られて
いとふ憂き身の果てぞはかなき
一三九三
 崇徳院に百首奉りける時、恋
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
思ひわび見し面影はさておきて
恋せざりけむ折ぞ恋しき
一三九四
 題しらず 相模
流れ出でむうき名にしばしよどむかな
求めぬ袖の淵はあれども
一三九五
 男の久しく音づれざりけるが、忘れてやと申し侍りければ、よめる 馬内侍
つらからば恋しきことは忘れなで
そへてはなどかしづ心なき
一三九六
 昔見ける人、賀茂の祭の次第司に出で立ちてなむ、まかりわたるといひて侍りければ (馬内侍)
君しまれ道のゆききを定むらむ
過ぎにし人をかつ忘れつつ
一三九七
 年ごろ絶え侍りにける女の、くれといふもの尋ねたりける、つかはすとて 藤原仲文
花咲かぬ朽ち木のそまの杣人の
いかなるくれに思ひ出づらむ
一三九八
 久しく音せぬ人に 大納言経信母
おのづからさこそはあれと思ふまに
まことに人のとはずなりぬる
一三九九
 (平)忠盛朝臣かれがれになりて後、いかが思ひけむ、
 久しく音づれぬ事を恨めしくやなどいひて侍りければ、返事に 前中納言教盛母
習はねば人のとはぬもつらからで
くやしきにこそ袖は濡れけれ
一四〇〇
 題しらず 皇嘉門院尾張
歎かじな思へば人につらかりし
この世ながらの報いなりけり
一四〇一
 (題しらず) 和泉式部
いかにしていかにこの世にあり経ばか
しばしもものを思はざるべき
一四〇二
 (題しらず) 清原深養父
うれしくは忘るることもありぬべし
つらきぞ長き形見なりける
一四〇三
 (題しらず) 素性法師
逢ふことの形見をだにも見てしがな
人は絶ゆとも見つつしのばむ
一四〇四
 (題しらず) 小野小町
我が身こそあらぬかとのみたどらるれ
とふべき人に忘られしより
一四〇五
 (題しらず) 能宣朝臣(大中臣能宣)
葛城や久米路にわたす岩橋の
絶えにし中となりやはてなむ
一四〇六
 (題しらず) 祭主輔親(大中臣輔親)
今はとも思ひな絶えそ野中なる
水の流れはゆきてたづねむ
一四〇七
 (題しらず) 伊勢
思ひ出づや美濃のを山のひとつ松
契りしことはいつも忘れず
一四〇八
 (題しらず) 在原業平
出でていにし跡だにいまだ変はらぬに
たが通ひ路と今はなるらむ
一四〇九
 (題しらず) (在原業平)
梅の花香をのみ袖にとどめおきて
我が思ふ人は音づれもせぬ
一四一〇
 斎宮女御につかはしける 天暦御(村上天皇)
天の原そことも知らぬ大空に
おぼつかなさを歎きつるかな
一四一一
 御返し 女御徽子女王
歎くらむ心を空に見てしがな
立つ朝霧に身をやなさまし
一四一二
 題しらず 光孝天皇御
逢はずして経るころほひのあまたあれば
はるけき空にながめをぞする
一四一三
 女のほかへまかるを聞きて 兵部卿致平親王
思ひやる心も空に白雲の
出でたつかたを知らせやはせぬ
一四一四
 題しらず 凡河内躬恒
雲居より遠山鳥の鳴きてゆく
声ほのかなる恋もするかな
一四一五
 弁更衣ひさしく参らざりけるに、給はせける 延喜御
雲居なる雁だに鳴きて来る秋に
などかは人の音づれもせぬ
一四一六
 斎宮女御、春ごろまかり出でて、久しう参り侍らざりければ 天暦御(村上天皇)
春ゆきて秋までとやは思ひけむ
かりにはあらず契りしものを
一四一七
 題しらず 西宮前左大臣(源高明)
初雁のはつかに聞きしことつても
雲路に絶えてわぶるころかな
一四一八
 五節の頃、内にて見侍りける人に、またの年つかはしける 藤原惟成
小忌衣去年ばかりこそなれざらめ
今日の日陰のかけてだにとへ
一四一九
 題しらず 藤原元真
住吉の恋忘れ草種絶えて
なき世に逢へる我ぞかなしき
一四二〇
 斎宮女御参り侍りけるに、いかなる事かありけむ
 天暦御
水の上のはかなき数も思ほえず
深き心し底にとまれば
一四二一
 久しくなりにける人のもとへ 謙徳公(藤原伊尹)
長き世のつきぬ歎きの絶えざらば
なにに命をかへて忘れむ
一四二二
 題しらず 権中納言敦忠(藤原敦忠)
心にもまかせざりける命もて
頼めもおかじ常ならぬ世を
一四二三
 藤原元真
世の憂きも人のつらきもしのぶるに
恋しきにこそ思ひわびぬれ
一四二四
 忍びて語らひける女の親、聞きていさめ侍りければ
 参議篁(小野篁)
数ならばかからましやは世の中に
いとかなしきはしづのをだまき
一四二五
 題しらず 藤原惟成
人ならば思ふ心をいひてまし
よしやさこそはしづのをだまき
一四二六
 (題しらず) 読人しらず
我がよはひおとろへゆけば白妙の
袖のなれにし君をしぞ思ふ
一四二七
 (題しらず) (読人しらず)
今よりは逢はじとすれや白妙の
我が衣手のかわく時なき
一四二八
 (題しらず) (読人しらず)
玉くしげ明けまく惜しきあたら夜を
衣手かれでひとりかも寝む
一四二九
 (題しらず) (読人しらず)
逢ふことをおぼつかなくて過ぐすかな
草葉の露のおきかはるまで
一四三〇
 (題しらず) (読人しらず)
秋の田の穂向けの風のかたよりに
我は物思ふつれなきものを
一四三一
 (題しらず) (読人しらず)
はし鷹の野守の鏡えてしがな
思ひ思はずよそながら見む
一四三二
 (題しらず) (読人しらず)
大淀の松はつらくもあらなくに
うらみてのみもかへる波かな
一四三三
 (題しらず) (読人しらず)
白波はたちさわぐともこりずまの
浦のみるめは刈らむとぞ思ふ
一四三四
 (題しらず) (読人しらず)
さしてゆくかたは湊の波高み
うらみてかへる海人の釣舟

巻第十六 雑上
一四三五
 入道前関白太政大臣家に百首よませ侍りけるに、立春の心を 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
年くれし涙のつららとけにけり
苔の袖にも春や立つらむ
一四三六
 土御門内大臣家に、山家残雪といふ心をよみ侍りけるに 藤原有家朝臣
山陰やさらでは庭にあともなし
春ぞ来にける雪のむら消え
一四三七
 円融院位去り給ひて後に、船岡に子日し給ひけるに参りて、朝に奉りける 一条左大臣(源雅信)
あはれなり昔の人を思ふには
きのふの野辺に行幸せましや
一四三八
 御返し 円融院御
ひきかへて野辺のけしきは見えしかど
昔を恋ふる松はなかりき
一四三九
 月の明かく侍りける夜、袖の濡れたりけるを 大僧正行尊
春来れば袖の氷もとけにけり
もりくる月の宿るばかりに
一四四〇
 鶯を 菅贈太政大臣(菅原道真)
谷深み春の光のおそければ
雪につつめる鶯の声
一四四一
 梅 (菅原道真)
降る雪に色まどはせる梅の花
うぐひすのみやわきてしのばむ
一四四二
 枇杷左大臣(藤原仲平)の大臣になりて侍りける慶び申すとて、梅を折りて 貞信公(藤原忠平)
おそくとくつひに咲きぬる梅の花
たが植ゑおきし種にかあるらむ
一四四三
 延長のころほひ五位蔵人に侍りけるを、離れ侍りて、朱雀院承平八年また還りなりて、明くる年睦月に御遊び侍りける日、梅の花を折りてよみ侍りける 源公忠朝臣
ももしきに変はらぬものは梅の花
折りてかざせるにほひなりけり
一四四四
 梅の花を見給ひて 華山院御
色香をば思ひも入れず梅の花
常ならぬ世によそへてぞ見る
一四四五
 上東門院世をそむき給ひける春、庭の紅梅を見侍りて
 大弐三位(藤原宣孝女賢子)
梅の花なににほふらむ見る人の
色をも香をも忘れぬる世に
一四四六
 東三条院女御におはしける時、円融院常に渡り給ひけるを聞き侍りて、靫負の命婦のもとにつかはしける
 東三条入道前摂政太政大臣(藤原兼家)
春霞たなびきわたる折にこそ
かかる山辺はかひもありけれ
一四四七
 御返し 円融院御
むらさきの雲にもあらで春霞
たなびく山のかひはなにぞも
一四四八
 柳を 菅贈太政大臣(菅原道真)
道のべの朽ち木の柳春来れば
あはれ昔としのばれぞする
一四四九
 題しらず 清原深養父
昔見し春は昔の春ながら
わが身ひとつのあらずもあるかな
一四五〇
 堀河院におはしましける頃、閑院の左大将の家の桜を折らせにつかはすとて 円融院御
垣ごしに見るあだ人の家桜
花散るばかりゆきて折らばや
一四五一
 御返し 左大将朝光(藤原朝光)
折りに来と思ひやすらむ花桜
ありしみゆきの春を恋ひつつ
一四五二
 高陽院にて、花の散るを見てよみ侍りける
 肥後(藤原定成女)
よろづ代をふるにかひある宿なれば
みゆきと見えて花ぞ散りける
一四五三
 返し 二条関白内大臣(藤原師通)
枝ごとの末までにほふ花なれば
散るもみゆきと見ゆるなるらむ
一四五四
 近衛司にて年久しくなりて後、上のをのこども大内の花見にまかれりけるによめる 藤原定家朝臣
春をへて行幸になるる花の陰
ふりゆく身をもあはれとや思ふ
一四五五
 最勝寺の桜は鞠のかかりにて久しくなりにしを、その木年ふりて風に倒れたる由聞き侍りしかば、をのこどもに仰せて異木をその跡に移し植ゑさせし時、まづまかりて見侍りければ、あまたの年々、暮れにし春まで立ち馴れにけることなど思ひ出でて、よみ侍りける 藤原雅経朝臣
なれなれて見しは名残の春ぞとも
など白川の花の下陰
一四五六
 建久六年、東大寺供養に行幸の時、興福寺の八重桜さかりなりけるを見て、枝に結びつけて侍りける 読人しらず
ふるさとと思ひなはてそ花桜
かかる行幸に逢ふ世ありけり
一四五七
 こもりゐて侍りける頃、後徳大寺左大臣(藤原実定)白川の花見にさそひ侍りければ、まかりてよみ侍りける
 源師光
いさやまた月日のゆくも知らぬ身は
花の春ともけふこそは見れ
一四五八
 敦道の親王の供に、前大納言公任白川の家にまかりて、またの日親王のつかはしける使に付けて申し侍りける
 和泉式部
折る人のそれなるからにあぢきなく
見しわが宿の花の香ぞする
一四五九
 題しらず 藤原高光
見てもまたまたも見まくのほしかりし
花のさかりは過ぎやしぬらむ
一四六〇
 京極前太政大臣(藤原師実)家に、白河院御幸し給うて、またの日、花の奉られけるによみ侍りける
 堀河左大臣(藤原顕光)
老いにけるしらがも花ももろともに
今日の行幸に雪と見えけり
一四六一
 後冷泉院御時、御前にて、翫新成桜花といへる心ををのこどもつかうまつりけるに 大納言忠家(藤原忠家)
桜花折りて見しにも変はらぬに
散らぬばかりぞしるしなりける
一四六二
 (後冷泉院御時、御前にて、翫新成桜花といへる心ををのこどもつかうまつりけるに) 大納言経信(源経信)
さもあらばあれ暮れゆく春も雲の上に
散ること知らぬ花しにほはば
一四六三
 無風散花といふことをよめる 大納言忠教(藤原忠教)
桜花過ぎゆく春の友とてや
風の音せぬ世にも散るらむ
一四六四
 鳥羽殿にて花の散りがたなるを御覧じて、後三条内大臣(藤原公教)に給はせける 鳥羽院御
惜しめども常ならぬ世の花なれば
今はこの身を西に求めむ
一四六五
 世をのがれて後、百首よみ侍りけるに、花のとて
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
今は我吉野の山の花をこそ
宿のものとも見るべかりけれ
一四六六
 入道前関白太政大臣家合に (藤原俊成)
春来ればなほこの世こそ忍ばれる
れいつかはかかる花を見るべき
一四六七
 同じ家の百首のに (藤原俊成)
照る月も雲のよそにぞゆきめぐる
花ぞこの世の光なりける
一四六八
 春ごろ、大乗院より人につかはしける 前大僧正慈円
見せばやな志賀の唐崎ふもとなる
長等の山の春のけしきを
一四六九
 題しらず (慈円)
柴の戸ににほはむ花はさもあらばあれ
ながめてけりなうらめしの身や
一四七〇
 (題しらず) 西行法師
世の中を思へばなべて散る花の
我が身をさてもいづちかもせむ
一四七一
 東山に花見にまかり侍るとて、これかれさそひけるを、さしあふことありてとどまりて、申しつかはしける 安法法師
身はとめつ心はおくる山桜
風のたよりに思ひおこせよ
一四七二
 題知らず 俊頼朝臣(源俊頼)
桜あさのをふの浦波立ちかへり
見れどもあかず山なしの花
一四七三
 橘為仲朝臣、陸奥に侍りける時、あまたつかはしける中に
 加賀左衛門
白波の越ゆらむ末の松山は
花とや見ゆる春の夜の月
一四七四
 (橘為仲朝臣、陸奥に侍りける時、あまたつかはしける中に) (加賀左衛門)
おぼつかな霞立つらむ武隈の
松のくまもる春の夜の月
一四七五
 題しらず 法印幸清
世をいとふ吉野の奥の呼子鳥
深き心のほどや知るらむ
一四七六
 百首奉りし時 前大納言忠良(藤原忠良)
折に逢へばこれもさすがにあはれなり
小田のかはづの夕暮れの声
一四七七
 千五百番合に 藤原有家朝臣
春の雨のあまねき御代をたのむかな
霜に枯れゆく草葉もらすな
一四七八
 崇徳院にて、林下春雨といふことをつかうまつりける
 八条前太政大臣(藤原実行)
すべらぎのこだかき陰にかくれても
なほ春雨に濡れむとぞ思ふ
一四七八二
 円融院位さり給て後、実方朝臣、馬命婦と物語りし侍りける所に、山吹の花を屏風の上より投げこし給ひて侍りければ 実方朝臣(藤原実方)
八重ながら色もかはらぬ山吹の
など九重に咲かずなりにし
一四七九
 御返し 円融院御
九重にあらで八重咲く山吹の
いはぬ色をば知る人もなし
一四八〇
 五十首奉りし時 前大僧正慈円
おのが波におなじ末葉ぞしをれぬる
藤咲く多古のうらめしの身や
一四八一
 世をのがれて後、四月一日、上東門院太皇太后宮と申しける時、衣更への御装束奉るとて
 法成寺入道前摂政太政大臣(藤原道長)
唐衣花のたもとに脱ぎかへよ
我こそ春の色はたちつれ
一四八二
 御返し 上東門院
唐衣たちかはりぬる春の夜に
いかでか花の色を見るべき
一四八三
 四月、祭の日まで花散り残りて侍りける年、その花を使少将のかざしに給ふ葉に書き付け侍りける 紫式部
神代にはありもやしけむ桜
花けふのかざしに折れるためしは
一四八四
 いつきの昔を思ひ出でて 式子内親王
ほととぎすそのかみ山の旅枕
ほのかたらひし空ぞ忘れぬ
一四八五
 左衛門督家通中将に侍りける時、祭の使にて、神館にとまりて侍りける暁、斎院の女房の中よりつかはしける
 読人しらず
立ち出づる名残有明の月影に
いとど語らふほととぎすかな
一四八六
 返し 左衛門督家通(藤原家通)
幾千代とかぎらぬ君が御代なれど
なほ惜しまるる今朝のあけぼの
一四八七
 三条院御時、五月五日、菖蒲の根を郭公のかたに造りて、梅の枝に据ゑて人の奉りて侍りけるを、これを題にてつかうまつれと仰せられければ 三条院女蔵人左近
梅が枝に折りたがへたるほととぎす
声のあやめもたれか分くべき
一四八八
 五月ばかり、ものへまかりける道に、いと白くくちなしの花の咲けりけるを、かれはなにの花ぞと人にとひ侍りけれど、申さざりければ 小弁
うち渡すをちかた人に言問へば
答へぬからにしるき花かな
一四八九
 五月雨の空晴れて、月明かく侍りけるに 赤染衛門
五月雨の空だにすめる月陰に
涙の雨は晴るるまもなし
一四九〇
 述懐百首のの中に、五月雨
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
五月雨は真屋の軒端の雨そそき
あまりなるまで濡るる袖かな
一四九一
 題しらず 華山院御
ひとり寝る宿の常夏朝な朝な
涙の露に濡れぬ日ぞなき
一四九二
 贈皇后宮に添ひて春宮に候ひける時、少将義孝久しく参らざりけるに、撫子の花に付けてつかはしける
 恵子女王
よそへつつ見れど露だになぐさまず
いかにかすべきなでしこの花
一四九三
 月明かく侍りける夜、人の蛍を包みてつかはしたりければ、雨の降りけるに申しつかはしける 和泉式部
思ひあらば今宵の空は問ひてまし
見えしや月の光なりけむ
一四九四
 題しらず 七条院大納言(藤原実綱女)
思ひあれば露はたもとにまがふとも
秋のはじめをたれに問はまし
一四九五
 后の宮より内に扇奉り給ひけるに 中務(敦慶親王女)
袖の浦の波吹きかへす秋風に
雲の上まですずしからなむ
一四九六
 業平朝臣の装束つかはして侍りけるに 紀有常朝臣
秋や来る露やまがふと思ふまで
あるは涙のふるにぞありける
一四九七
 早くよりわらは友達に侍りける人の、年ごろ経てゆきあひて、七月十日の頃、月にきほひて帰り侍りければ
 紫式部
めぐり逢ひて見しやそれともわかぬまに
雲隠れにし夜半の月影
一四九八
 御子の宮と申しける時、少納言藤原統理の年ごろ馴れつかうまつりけるを、世をそむきぬべきさまに思ひ立ちけるけしきを御覧じて 三条院御
月影の山の端わけてかくれなば
そむく憂き世を我やながめむ
一四九九
 題しらず 藤原為時
山の端を出でがてにする月待つと
寝ぬ夜のいたくふけにけるかな
一五〇〇
 参議正光、おぼろ月夜に忍びて人のもとにまかれりけるを見あらはして、つかはしける 伊勢大輔
浮雲は立ちかくせどもひまもりて
空ゆく月の見えもするかな
一五〇一
 返し 参議正光(藤原正光)
浮雲にかくれてとこそ思ひしか
ねたくも月のひまもりにける
一五〇二
 三井寺にまかりて、日ごろ過ぎて帰らむとしけるに、人々名残惜しみてよみ侍りける
 刑部卿範兼(藤原範兼)
月をなど待たれのみすと思ひけむ
げに山の端は出でうかりけり
一五〇三
 山里にこもりゐて侍りけるを、人のとひて侍りければ
 法印静賢
思ひ出づる人もあらしの山の端に
ひとりぞ入りし有明の月
一五〇四
 八月十五夜、和所にてをのこども、つかうまつりしに
 民部卿範光(藤原範光)
和の浦に家の風こそなけれども
波吹く色は月に見えけり
一五〇五
 和所合に、湖上月明といふことを 宜秋門院丹後
よもすがら浦こぐ舟は跡もなし
月ぞ残れる志賀の唐崎
一五〇六
 題しらず 藤原盛方朝臣
山の端に思ひも入らじ世の中は
とてもかくても有明の月
一五〇七
 永治元年、譲位近くなりて、夜もすがら月を見てよみ侍りける 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
忘れじよ忘るなとだにいひてまし
雲居の月の心ありせば
一五〇八
 崇徳院に百首奉りけるに
いかにして袖に光の宿るらむ
雲居の月はへだててし身を
一五〇九
 文治のころほひ百首よみ侍りけるに、懐旧とてよめる
 左近中将公衡(藤原公衡)
心には忘るる時もなかりけり
三代の昔の雲の上の月
一五一〇
 百首奉りし、秋の 二条院讃岐
昔見し雲居をめぐる秋の月
いまいくとせか袖に宿さむ
一五一一
 月前述懐といへる心をよめる 藤原経通朝臣
うき身世にながらへばなほ思ひ出でよ
袂に契る有明の月
一五一二
 石山に詣で侍りて、月を見てよみ侍りける 藤原長能
都にも人や待つらむ石山の
峰に残れる秋の夜の月
一五一三
 題しらず 凡河内躬恒
淡路にてあはとはるかに見し月の
近きこよひは所がらかも
一五一四
 月の明かかりける夜、あひ語らひける人の、このごろの月は見るやといへりければ 源道済
いたづらに寝てはあかせどもろともに
君が来ぬ夜の月は見ざりき
一五一五
 夜ふくるまで寝られず侍りければ、月の出づるをながめて
 増基法師
天の原はるかにひとりながむれば
たもとに月の出でにけるかな
一五一六
 能宣朝臣、大和国真土の山近く住みける女のもとに夜ふけてまかりて、逢はざりけるを恨み侍りければ 読人しらず
頼めこし人をまつちの山の端に
さ夜ふけしかば月も入りにき
一五一七
 百首奉りし時 摂政太政大臣(藤原良経)
月見ばといひしばかりの人は来で
真木の戸たたく庭の松風
一五一八
 五十首奉りしに、山家月の心を 前大僧正慈円
山里に月は見るやと人は来ず
空ゆく風ぞ木の葉をもとふ
一五一九
 摂政太政大臣(藤原良経)大将に侍りし時、月五十首よませ侍りけるに
有明の月の行く方をながめてぞ
野寺の鐘は聞くべかりける
一五二〇
 おなじ家の合に、山月の心をよめる 藤原業清
山の端を出でても松の木の間より
心づくしの有明の月
一五二一
 和所合に、深山暁月といふ事を 鴨長明
夜もすがらひとりみ山の真木の葉に
くもるもすめる有明の月
一五二二
 熊野に詣で侍りし時奉りしの中に 藤原秀能
奥山の木の葉の落つる秋風に
たえだえ峰の雲ぞ残れる
一五二三
 (熊野に詣で侍りし時奉りしの中に)
月すめばよもの浮雲空に消えて
み山がくれにゆくあらしかな
一五二四
 山家の心をよみ侍りける 猷円法師
ながめわびぬ柴の編戸の明け方に
山の端近く残る月影
一五二五
 題しらず 花山院御
あかつきの月見むとしも思はねど
見し人ゆゑにながめられつつ
一五二六
 (題しらず) 伊勢大輔
有明の月ばかりこそかよひけれ
来る人なしの宿の庭にも
一五二七
 (題しらず) 和泉式部
住みなれし人影もせぬ我が宿に
有明の月の幾夜ともなく
一五二八
 家にて、月照水といへる心を人々よみ侍りけるに
 大納言経信(源経信)
住む人もあるかなきかの宿ならし
蘆間の月のもるにまかせて
一五二九
 秋の暮に病に沈みて世を逃れ侍りけるに、またの年の秋九月十余日、月くまなく侍りけるによみ侍りける
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
思ひきや別れし秋にめぐり逢ひて
またもこの世の月を見むとは
一五三〇
 題しらず 西行法師
月を見て心うかれしいにしへの
秋にもさらにめぐり逢ひぬる
一五三一
 (題しらず) (西行)
夜もすがら月こそ袖に宿りけれ
昔の秋を思ひ出づれば
一五三二
 (題しらず) (西行)
月の色に心を清くそめましや
都を出でぬ我が身なりせば
一五三三
 (題しらず) (西行)
捨つとならば憂き世をいとふしるしあらむ
我見ば曇れ秋の夜の月
一五三四
 (題しらず) (西行)
ふけにけるわが身の影を思ふまに
はるかに月のかたぶきにける
一五三五
 (題しらず) 入道親王覚性
ながめして過ぎにし方を思ふまに
峰より峰に月はうつりぬ
一五三六
 (題しらず) 藤原道経
秋の夜の月に心をなぐさめて
憂き世に年の積もりぬるかな
一五三七
 五十首めししに 前大僧正慈円
秋を経て月をながむる身となれり
いそぢの闇をなに歎くらむ
一五三八
 百首奉りしに 藤原隆信朝臣
ながめてもむそぢの秋は過ぎにけり
思へばかなし山の端の月
一五三九
 題しらず 源光行
心ある人のみ秋の月を見ば
なにを憂き身の思ひ出でにせむ
一五四〇
 千五百番合に 二条院讃岐
身のうさを月やあらぬとながむれば
昔ながらの影ぞもりくる
一五四一
 世をそむきなむと思ひ立ちける頃、月を見てよめる
 寂超法師
有明の月よりほかはたれをかは
山路の友と契りおくべき
一五四二
 山里にて、月の夜都を思ふといへる心をよみ侍りける
 大江嘉言
都なる荒れたる宿にむなしくや
月にたづぬる人帰るらむ
一五四三
 長月の有明の頃、山里より式子内親王におくれりける
 惟明親王
思ひやれなにをしのぶとなけれども
都おぼゆる有明の月
一五四四
 返し 式子内親王
有明のおなじながめはきみもとへ
都のほかも秋の山里
一五四五
 春日社合に、暁月の心を 摂政太政大臣(藤原良経)
天の戸をおし明け方の雲間より
神代の月の影ぞ残れる
一五四六
 右大将忠経(藤原忠経)
雲をのみつらきものとて明かす夜の
月よ梢にをちかたの山
一五四七
 藤原保季朝臣
入りやらで夜を惜しむ月のやすらひに
ほのぼの明くる山の端ぞ憂き
一五四八
 月明かき夜、定家朝臣に逢ひて侍りけるに、の道に心ざし深きことはいつばかりの事にかと尋ね侍りければ、若く侍りし時、西行に久しくあひ伴ひて聞きならひ侍りし由申して、そのかみ申しし事などかたり侍りて、帰りて朝につかはしける 法橋行遍
あやしくぞかへさは月の曇りにし
昔語りに夜やふけにけむ
一五四九
 故郷月を 寂超法師
ふるさとの宿もる月に言問はむ
我をば知るや昔住みきと
一五五〇
 遍照寺の月を見て 平忠盛朝臣
すだきけむ昔の人は影絶えて
宿もるものは有明の月
一五五一
 あひ知りて侍りける人のもとにまかりたりけるに、その人ほかに住みて、いたう荒れたる宿に月のさし入りて侍りければ 前中納言匡房(大江匡房)
八重葎茂れる宿は人もなし
まばらに月の影ぞすみける
一五五二
 題しらず 神祇伯顕仲
かもめゐる藤枝の浦の沖つ洲に
夜舟いざよふ月のさやけさ
一五五三
 (題しらず) 俊恵法師
難波潟潮干にあさる蘆たづも
月かたぶけば声の恨むる
一五五四
 和所合に、海辺月といふことを 前大僧正慈円
和の浦に月の出で潮のさすままに
夜鳴く鶴の声ぞかなしき
一五五五
 (和所合に、海辺月といふことを) 藤原定家朝臣
藻塩ほくむ袖の月影をのづから
よそにあかさぬすまのうら人
一五五六
 (和所合に、海辺月といふことを) 藤原秀能
明石潟色なき人の袖を見よ
すずろに月も宿る物かは
一五五七
 熊野にまうで侍りしついでに、切目宿にて、海辺眺望といへる心を、をのこどもつかうまつりしに 具親(源具親)
ながめよと思はでしもや帰るらむ
月まつ波の海人の釣舟
一五五八
 八十に多くあまりて後、百首めししに、よみて奉りし
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
しめおきていまやと思ふ秋山の
よもぎがもとに松虫の鳴く
一五五九
 千五百番合に (藤原俊成)
荒れわたる秋の庭こそあはれなれ
まして消えなむ露の夕暮れ
一五六〇
 題しらず 西行法師
雲かかる遠山畑の秋されば
思ひやるだにかなしきものを
一五六一
 五十首人々によませ侍りけるに、述懐の心をよみ侍りける
 守覚法親王
風そよぐしののをざさのかりの世を思ふ
寝覚めに露ぞこぼるる
一五六二
 寄風懐旧といふことを 左衛門督通光(源通光)
浅茅生や袖に朽ちにし秋の霜
忘れぬ夢を吹くあらしかな
一五六三
 皇太后宮大夫俊成女
葛の葉に恨みにかへる夢の世を
忘れがたみの野辺の秋風
一五六四
 題しらず 祝部允仲
白露はおきにけらしな宮城野の
もとあらの小萩末たわむまで
一五六五
 法成寺入道前太政大臣、女郎花を折りて、をよむべき由侍りければ 紫式部
をみなへしさかりの色を見るからに
露の分きける身こそ知らるれ
一五六六
 返し 法成寺入道前摂政太政大臣(藤原道長)
白露は分きてもおかじをみなへし
心からにや色のそむらむ
一五六七
 題しらず 曾禰好忠
山里に葛はひかかる松垣の
ひまなくものは秋ぞかなしき
一五六八
 秋の暮れに、身の追いぬることを歎きてよみ侍りける
 安法法師
ももとせの秋のあらしは過ぐし来ぬ
いづれの暮れの露と消えなむ
一五六九
 頼綱朝臣、津の国の羽束といふ所に侍りける時、
 つかはしける 前中納言匡房(大江匡房)
秋はつるはつかの山のさびしきに
有明の月をたれと見るらむ
一五七〇
 九月ばかりに、すすきを崇徳院に奉るとてよめる
 大蔵卿行宗(源行宗)
花すすき秋の末葉になりぬれば
ことぞともなく露ぞこぼるる
一五七一
 山里にすみ侍りけるころ、あらしはげしきあした、
 前中納言顕長がもとにつかはしける
 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
夜半に吹くあらしにつけて思ふかな
都もかくや秋はさびしき
一五七二
 返し 前中納言顕長(藤原顕長)
世の中にあきはてぬれば都にも
今はあらしの音のみぞする
一五七三
 清涼殿の庭に植ゑ給へりける菊を、位さり給ひて後、
 思し出でて 冷泉院御
うつろふは心のほかの秋なれば
今はよそにぞ聞くの上の露
一五七四
 長月の頃、野宮に前栽植ゑけるに 源順
たのもしな野の宮人の植うる花
しぐるる月にあへずなるとも
一五七五
 題しらず 読人しらず
山川の岩ゆく水もこほりして
ひとりくだくる峰の松風
一五七六
 百首奉りし時 土御門内大臣(源通親)
朝ごとにみぎはの氷ふみわけて
君につかふる道ぞかしこき
一五七七
 最勝四天王院の障子に、阿武隈川かきたる所
 藤原家隆朝臣
君が代にあぶくま川の埋もれ木も
氷の下に春を待ちけり
一五七八
 元輔が昔住み侍りける家の傍らに、清少納言が住みける頃、雪いみじく降りて隔ての垣も倒れて侍りければ、申しつかはしける 赤染衛門
あともなく雪ふるさとは荒れにけり
いづれ昔の垣根なるらむ
一五七九
 御なやみ重くならせ給ひて、雪の朝に 後白河院御
露の命消えなましかばかくばかり
降る白雪をながめましやは
一五八〇
 雪に寄せて述懐の心をよめる
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
杣山や梢に重る雪折れに
絶えぬ歎きの身をくだくらむ
一五八一
 仏名の朝に削り花を御覧じて 朱雀院御
時すぎて霜に消えし花なれど
けふは昔の心地こそすれ
一五八二
 花山院おりゐ給ひてまたの年、御仏名に作り付けてし申し侍りける 前大納言公任(四条大納言藤原公任)
ほどもなく覚めぬる夢の中なれど
その夜に似たる花の色かな
一五八三
 返し 御形宣旨
見し夢をいづれのよぞと思ふまに
おりを忘れぬ花のかなしさ
一五八四
 題しらず 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
老いぬともまたも逢はむとゆく年に
涙の玉を手向けつるかな
一五八五
 (題しらず) 慈覚大師
おほかたに過ぐる月日とながめしは
我が身に年の積もるなりけり

巻十七 雑中
一五八六
 朱鳥五年九月、紀伊国に行幸時 河島皇子
白波の浜松が枝のたむけ草
幾代までにか年の経ぬらむ
一五八七
 題しらず 式部卿宇合(藤原宇合)
山城の磐田の小野のははそ原
見つつや君が山路越ゆらむ
一五八八
 (題しらず) 在原業平
蘆の屋の灘の塩焼きいとまなみ
つげの小櫛も刺さず来にけり
一五八九
 (題しらず) (在原業平)
晴るる夜の星か川辺の蛍かも
我が住む方の海人の焚く火か
一五九〇
 (題しらず) 読人しらず
志加の海人の塩焼くけぶり風を
いたみ立ちはのぼらで山にたなびく
一五九一
 (題しらず) 紀貫之
難波女の衣干すとて刈りて焚く
蘆火のけぶり立たぬ日ぞなき
一五九二
 長柄の橋をよみ侍りける 壬生忠岑
年経れば朽ちこそまされ橋柱
昔ながらの名だに変はらで
一五九三
 (長柄の橋をよみ侍りける) 恵慶法師
春の日の長柄の浜に舟とめて
いづれか橋と問へど答へぬ
一五九四
 (長柄の橋をよみ侍りける)
 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
朽ちにける長柄の橋を来てみれば
蘆の枯れ葉に秋風ぞ吹く
一五九五
 題しらず 権中納言定頼(藤原定頼)
沖つ風夜半に吹くらし難波潟
あかつきかけて波ぞ寄すなる
一五九六
 春、須磨の方にまかりてよめる 藤原孝善
須磨の浦のなぎたる朝は目もはるに
霞にまがふ海人の釣舟
一五九七
 天暦御時屏風 壬生忠見
秋風の関吹き越ゆるたびごとに
声うちそふる須磨の浦波
一五九八
 五十首よみて奉りしに 前大僧正慈円
須磨の関夢を通さぬ波の音を
思ひも寄らで宿をかりける
一五九九
 和所合に、関路秋風といふことを
 摂政太政大臣(藤原良経)
人住まぬ不破の関屋や板びさし
荒れにし後はただ秋の風
一六〇〇
 明石の浦をよめる 俊頼朝臣(源俊頼)
海人小舟とま吹きかへす浦風に
ひとり明石の月をこそ見れ
一六〇一
 眺望の心をよめる 寂蓮法師
和の浦を松の葉ごしにながむれば
梢に寄する海人の釣舟
一六〇二
 千五百番合に 正三位季能(藤原季能)
水の江の吉野の宮は神さびて
よはひたけたる浦の松風
一六〇三
 海辺の心を 藤原秀能
いまさらに住みうしとてもいかがせむ
灘の塩屋の夕暮れの空
一六〇四
 むすめの斎王に具してくだり侍りて、大淀の浦に禊し侍りて 女御徽子女王
大淀の浦に立つ波かへらずは
松の変はらぬ色を見ましや
一六〇五
 大弐三位里にいで侍りにけるを聞こし召して
 後冷泉院御
待つ人は心ゆくとも住吉の
里にとのみは思はざらなむ
一六〇六
 御返し 大弐三位(藤原宣孝女賢子)
住吉の松は待つとも思ほえで
君が千歳の影ぞ恋しき
一六〇七
 教長卿、名所よませ侍りけるに 祝部成仲
うち寄する波の声にてしるきかな
吹上の浜の秋の初風
一六〇八
 百首奉りし時、海辺 越前(大中臣公親女)
沖つ風夜寒になれや田子の浦の
海人の藻塩火焚きまさるらむ
一六〇九
 海辺霞といへる心をよみ侍りし 藤原家隆朝臣
見わたせば霞のうちも霞みけり
けぶりたなびく塩釜のうら
一六一〇
 太神宮に奉りける百首のなかに、若菜をよめる
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
けふとてや磯菜摘むらむ伊勢島や
一志の浦の海人のをとめ子
一六一一
 伊勢にまかりける時よめる 西行法師
鈴鹿山憂き世をよそにふり捨てて
いかになりゆくわが身なるらむ
一六一二
 題しらず 前大僧正慈円
世の中を心高くもいとふかな
富士のけぶりを身の思ひにて
一六一三
 東の方へ修行し侍りけるに、富士の山をよめる
 西行法師
風になびく富士のけぶりの空に消えて
ゆくへもしらぬわが思ひかな
一六一四
 五月のつごもりに、富士の山の雪白く降れるを見てよみ侍りける 在原業平
時しらぬ山は富士の嶺いつとてか
鹿の子まだらに雪の降るらむ
一六一五
 題しらず 在原元方
春秋も知らぬ常磐の山里は
住む人さへや面変はりせぬ
一六一六
 五十首奉りし時 前大僧正慈円
花ならでただ柴の戸をさして思ふ
心の奥もみ吉野の山
一六一七
 題しらず 西行法師
吉野山やがて出でじと思ふ身を
花散りなばと人や待つらむ
一六一八
 藤原家衡朝臣
いとひてもなほいとはしき世なりけり
吉野の奥の秋の夕暮れ
一六一九
 千五百番合に 右衛門督通具(源通具)
ひとすぢになれなばさても杉の庵に
よなよな変はる風の音かな
一六二〇
 守覚法親王五十首よませ侍りけるに、閑居の心をよめる
 藤原有家朝臣
たれかはと思ひたえても松にのみ
おとづれてゆく風はうらめし
一六二一
 鳥羽にて合し侍りしに、山家嵐といふことを
 宜秋門院丹後
山里は世の憂きよりは住みわびぬ
ことのほかなる峰のあらしに
一六二二
 百首奉りしに 藤原家隆朝臣
滝の音松のあらしもなれぬれば
うち寝るほどの夢は見せけり
一六二三
 題しらず 寂然法師
ことしげき世をのがれにしみ山べに
あらしの風も心して吹け
一六二四
 少将高光(藤原高光如覚)、横川にまかりて頭下ろし侍りにけるに、法服つかはすとて 権大納言師氏(藤原師氏)
奥山の苔の衣にくらべ見よ
いづれか露のおきまさるとも
一六二五
 返し 如覚(藤原高光)
白露のあした夕べに奥山の
苔の衣は風もさはらず
一六二六
 大中臣能宣朝臣、大原野にまうでて侍りけるに、山里のいとあやしきに、住むべくもあらぬさまなる人の侍りければ、いづくわたりより住むぞなど問ひ侍りければ 読人しらず
世の中をそむきにとては来しかども
なほ憂きことは大原の里
一六二七
 返し 能宣朝臣(大中臣能宣)
身をばかつ小塩の山と思ひつつ
いかに定めて人の入りけむ
一六二八
 深き山に住み侍りける聖のもとに尋ねまかりたりけるに、庵の戸を閉ぢて人も侍らざりければ、帰るとて書き付けける 恵慶法師
苔の庵さして来つれど君まさで
帰るみ山の道の露けさ
一六二九
 聖後に見て、返し
荒れはてて風もさはらぬ苔の庵に
我はなくとも露はもりけむ
一六三〇
 題しらず 西行法師
山深くさこそ心はかよふとも
住まであはれを知らむものかは
一六三一
 (題しらず) (西行)
山陰に住まぬ心はいかなれや
惜しまれて入る月もある世に
一六三二
 山家送年といへる心をよみ侍りける 寂蓮法師
立ち出でてつま木折りこし片岡の
深き山路となりにけるかな
一六三三
 住吉合に、山を 太上天皇(後鳥羽院)
奥山のおどろが下も踏み分けて
道ある世ぞと人に知らせむ
一六三四
 百首奉りし時 二条院讃岐
ながらへてなほ君が代を松山の
待つとせしまに年ぞ経にける
一六三五
 山家松といふことを 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
今はとてつま木こるべき宿の松
千代をば君となほ祈るかな
一六三六
 春日合に、松風といへる事を 有家朝臣(藤原有家)
我ながら思ふかものをとばかりに
袖にしぐるる庭の松風
一六三七
 山寺に侍りけるころ 道命法師
世をそむく所とか聞く奥山は
もの思ひにぞ入るべかりける
一六三八
 少将井の尼、大原より出でたりと聞きてつかはしける
 和泉式部
世をそむく方はいづくにありぬべし
大原山は住みよかりきや
一六三九
 返し 少将井尼
思ふこと大原山のすみがまは
いとど歎きの数をこそ積め
一六四〇
 題しらず 西行法師
たれすみてあはれ知るらむ山里の
雨降りすさむ夕暮れの空
一六四一
 (題しらず) (西行)
しをりせでなほ山深く分け入らむ
憂きこと聞かぬ所ありやと
一六四二
 (題しらず) 殷富門院大輔
かざし折る三輪のしげ山かきわけて
あはれとぞ思ふ杉たてる門
一六四三
 法輪寺にすみ侍りけるに、人のまうで来て、暮れぬとて急ぎ侍りければ 道命法師
いつとなき小倉の山の陰を見て
暮れぬと人のいそぐなるかな
一六四四
 後白河院、栖霞寺におはしましけるに、駒引の引き分けの使にて参りけるに 藤原定家朝臣
嵯峨の山千代の古道あととめて
また露分くる望月の駒
一六四五
 歎くこと侍りけるころ
 知足院入道前関白太政大臣(藤原忠定)
佐保川の流れ久しき身なれども
うき瀬に逢ひて沈みぬるかな
一六四六
 冬の頃、大将離れて歎く事侍りける明くる年、右大臣になりて奏し侍りける
 東三条入道前摂政太政大臣(藤原兼家)
かかる瀬もありけるものを宇治川の
絶えぬばかりも歎きけるかな
一六四七
 御返し 円融院御
昔より絶えせぬ川の末なれば
よどむばかりをなに歎くらむ
一六四八
 題しらず 人麿(柿本人麻呂)
もののふの八十宇治川の網代木に
いざよふ波のゆくへ知らずも
一六四九
 布引の滝見にまかりて 中納言行平(在原行平)
我が世をば今日か明日かと待つかひの
涙の滝といづれたかけむ
一六五〇
 京極前太政大臣(藤原師実)、布引の滝見にまかりて侍りけるに 二条関白内大臣(藤原師通)
水上の空に見ゆるは白雲の
立つにまがへる布引の滝
一六五一
 最勝四天王院の障子に、布引の滝かきたる所
 藤原有家朝臣
ひさかたの天つをとめが夏衣
雲居にさらす布引の滝
一六五二
 天の河原を過ぐとて 摂政太政大臣(藤原良経)
昔聞く天の河原を尋ね来て
あとなき水をながむばかりぞ
一六五三
 題しらず 実方朝臣(藤原実方)
天の川通ふうききに言問はむ
もみぢの橋は散るや散らずや
一六五四
 堀河院御時百首奉りけるに
 前中納言匡房(大江匡房)
真木の板も苔むすばかりなりにけり
幾代経ぬらむ瀬田の長橋
一六五五
 天暦御時、屏風に国々の所の名を書かせさせ給ひけるに、飛鳥川 中務(敦慶親王女)
定めなき名にはたてれど飛鳥川
早く渡りし瀬にこそありけれ
一六五六
 題しらず 前大僧正慈円
山里にひとりながめて思ふかな
世に住む人の心強さを
一六五七
 (題しらず) 西行法師
山里に憂き世いとはむ友もがな
くやしく過ぎし昔語らむ
一六五八
 (題しらず) (西行)
山里は人来させじと思はねど
訪はるることぞうとくなりゆく
一六五九
 (題しらず) 前大僧正慈円
草の庵をいとひてもまたいかがせむ
露の命のかかる限りは
一六六〇
 都を出でて久しく修行し侍りけるに、問ふべき人の問はず侍りければ、熊野よりつかはしける 大僧正行尊
わくらばになどかは人の問はざらむ
音無川にすむ身なりとも
一六六一
 あひ知れりける人の熊野に籠り侍りけるにつかはしける
 安法法師
世をそむく山のみなみの松風に
苔の衣や夜寒なるらむ
一六六二
 西行法師、百首勧めてよませ侍りけるに
 藤原家隆朝臣
いつか我苔のたもとに露おきて
知らぬ山路の月を見るべき
一六六三
 百首奉りしに、山家の心を 式子内親王
今は我松の柱の杉の庵に
とづべきものを苔深き袖
一六六四
 (百首奉りしに、山家の心を)
 小侍従(石清水別当光清女)
しきみ摘む山路の露に濡れにけり
あかつきおきの墨染めの袖
一六六五
 (百首奉りしに、山家の心を)
 摂政太政大臣(藤原良経)
忘れじの人だにとはぬ山路かな
桜は雪に降りかはれども
一六六六
 五十首奉りし時 雅経(藤原雅経)
影やどす露のみしげくなりはてて
草にやつるるふるさとの月
一六六七
 俊恵法師身まかりて後、年ごろつかはしける薪など、弟子どものもとにつかはすとて 賀茂重保
けぶり絶えて焼く人もなき炭竃の
あとの歎きをたれかこるらむ
一六六八
 老いの後、津の国なる山寺にまかり籠りけるに、寂蓮尋ねまかりて侍りけるに、庵のさま住み荒してあはれに見え侍りけるを、帰りて後とぶらひて侍りければ 西日法師
八十あまり西の迎へを待ちかねて
住み荒らしたる柴の庵ぞ
一六六九
 山家のあまたよみ侍りけるに 前大僧正慈円
山里に訪ひ来る人のことぐさは
このすまひこそうらやましけれ
一六七〇
 後白河院かくれさせ給てのち、百首に 式子内親王
斧の柄の朽ちし昔は遠けれど
ありしにもあらぬ世をも経るかな
一六七一
 述懐百首よみ侍りけるに
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
いかにせむしづが園生の奥の竹
かきこもるとも世の中ぞかし
一六七二
 老いの後、昔を思ひ出で侍りて 祝部成仲
あけくれは昔をのみぞしのぶ草
葉末の露に袖濡らしつつ
一六七三
 題しらず 前大僧正慈円
岡の辺の里のあるじを尋ぬれば
人は答へず山おろしの風
一六七四
 (題しらず) 西行法師
古畑のそばのたつ木にゐる鳩の
友呼ぶ声のすごき夕暮れ
一六七五
 (題しらず) (西行)
山がつの片岡かけてしむる野の
さかひに立てる玉の小柳
一六七六
 (題しらず) (西行)
茂き野をいくひとむらに分けなして
さらに昔をしのびかへさむ
一六七七
 (題しらず) (西行)
昔見し庭の小松に年ふりて
あらしの音を梢にぞ聞く
一六七八
 三井寺焼けて後、住み侍りける房を思ひやりてよめる
 大僧正行尊
住みなれしわがふるさとはこのごろや
浅茅が原にうづら鳴くらむ
一六七九
 百首よみ侍りけるに 摂政太政大臣(藤原良経)
ふるさとは浅茅が末になりはてて
月に残れる人の面影
一六八〇
 題知らず 西行法師
これや見し昔すみけむあとならむ
よもぎが露に月のかかれる
一六八一
 人のもとにまかりて、これかれ松の陰に下りゐて遊びけるに
 紀貫之
陰にとて立ち隠るれば唐衣
濡れぬ雨降る松の声かな
一六八二
 西院のほとりに早うあひ知れるける人を訪ね侍りけるに、菫摘みける女、知らぬ由申しければよみ侍りける
 能因法師
石の上ふりにし人を尋ぬれば
荒れたる宿にすみれ摘みけり
一六八三
 ぬしなき宿を 恵慶法師
いにしへを思ひやりてぞ恋ひわた
る荒れたる宿の苔の岩橋
一六八四
 守覚法親王五十首よませ侍りけるに、閑居の心を
 定家朝臣(藤原定家)
わくらばに訪はれし人も昔にて
それより庭のあとは絶えにき
一六八五
 ものへまかりける道に、山人あまた逢へりけるを見て
 赤染衛門
歎きこる身は山ながら過ぐせかし
憂き世の中になに帰るらむ
一六八六
 (題知らず) 人麿(柿本人麻呂)
秋されば狩人越ゆる立田山
たちてもゐてもものをしぞ思ふ
一六八七
 (題知らず)天智天皇御
朝倉や木の丸殿に我がをれば
名のりをしつつゆくはたが子ぞ

巻第十八 雑下
一六八八
 山 菅贈太政大臣(菅原道真)
あしびきのこなたかなたに道はあれど
都へいざといふ人ぞなき
一六八九
 日 (菅原道真)
天の原あかねさし出づる光には
いづれの沼かさえ残るべき
一六九〇
 月 (菅原道真)
月ごとに流ると思ひします鏡
西の浦にもとまらざりけり
一六九一
 雲 (菅原道真)
山わかれ飛びゆく雲の帰り来る
影見る時はなほ頼まれぬ
一六九二
 霧 (菅原道真)
霧立ちて照る日の本は見えずとも
身はまどはれじよるべありやと
一六九三
 雪 (菅原道真)
花と散り玉と見えつつあざむけば
雪ふるさとぞ夢に見えける
一六九四
 松 (菅原道真)
老いぬとて松はみどりぞまさりける
わが黒髪の雪の寒さに
一六九五
 野 (菅原道真)
筑紫にも紫生ふる野辺はあれど
なき名かなしぶ人ぞ聞こえぬ
一六九六
 道 (菅原道真)
刈萱の関守にのみ見えつるは
人もゆるさぬ道べなりけり
一六九七
 海 (菅原道真)
海ならずたたへる水の底までに
清き心は月ぞ照らさむ
一六九八
 かささぎ (菅原道真)
彦星のゆきあひを待つかささぎの
門渡る橋を我にかさなむ
一六九九
 波 (菅原道真)
流れ木とたつ白浪と焼く塩と
いづれかからきわたつみの底
一七〇〇
 題しらず 読人しらず
さざ波の比良山風の海吹けば
釣りする海人の袖かへる見ゆ
一七〇一
 (題しらず) (読人しらず)
白波の寄する渚に世を尽くす
海人の子なれば宿も定めず
一七〇二
 千五百番合に 摂政太政大臣(藤原良経)
舟のうち波の下にぞ老いにける
海人のしわざもいとまなの世や
一七〇三
 題しらず 前中納言匡房(大江匡房)
さすらふる身は定めたる方もなし
浮きたる舟の波にまかせて
一七〇四
 (題しらず) 増賀上人
いかにせむ身をうき舟の荷を重み
つひのとまりやいづくなるらむ
一七〇五
 (題しらず) 人麿(柿本人麻呂)
蘆鴨のさわぐ入江の水の江の
世にすみがたき我が身なりけり
一七〇六
 (題しらず) 能宣朝臣(大中臣能宣)
蘆鴨の羽風になびく浮草の
定めなき世をたれか頼まむ
一七〇七
 渚の松といふことをよみ侍りける 順(源順)
老いにける渚の松の深緑
沈める影をよそにやは見る
一七〇八
 山水をむすびてよみ侍りける 能因法師
あしびきの山下水に影見れば
まゆ白妙に我老いにけり
一七〇九
 尼になりぬと聞きける人に、装束つかはすとて 法成寺入道前摂政太政大臣(藤原道長)
なれ見てし花のたもとをうちかへし
法の衣をたちぞかへつる
一七一〇
 后に立ち給ひける時、冷泉院の后の宮の御額を奉り給へりけるを、出家の時、返し奉り給ひて
 東三条院(藤原兼家女詮子)
そのかみの玉のかづらをうちかへし
今は衣の浦を頼まむ
一七一一
 返し 冷泉院太皇太后宮
つきもせぬ光のまにもまぎれなで
老いて帰れる髪のつれなさ
一七一二
 上東門院出家の後、黄金の装束したる沈の数珠、銀の箱に入れて、梅の枝につけて奉れりける 枇杷皇太后宮
かはるらむ衣の色に思ひやる
涙や裏の玉にまがはむ
一七一三
 返し 上東門院
まがふらむ衣の玉に乱れつつ
なほまだ覚めぬ心地こそすれ
一七一四
 題しらず 和泉式部
潮のまによもの浦々尋ぬれど
今は我が身のいふかひもなし
一七一五
 屏風の絵に、塩釜の浦かきて侍りけるを
 一条院皇后宮
いにしへの海人やけぶりとなりぬらむ
人目も見えぬ塩釜の浦
一七一六
 少将高光、横川に登りて頭下ろし侍にけるを聞かせ給ひてつかはしける 天暦御(村上天皇)
都より雲の八重立つ奥山の
横川の水はすみよかるらむ
一七一七
 御返し 如覚(藤原高光)
ももしきの内のみつねに恋ひしくて
雲の八重たつ山は住みうし
一七一八
 世をそむきて、小野といふ所に住み侍りける頃、業平朝臣の、雪のいと高う降り積みたるをかきわけてまうできて、夢かとぞ思ふ思ひきやとよみ侍りけるに 惟喬親王
夢かともなにか思はむうき世をば
そむかざりけむほどぞくやしき
一七一九
 都の外に住み侍りける頃、久しうおとづれざりける人につかはしける 女御徽子女王
雲居飛ぶ雁のね近きすまひにも
なほ玉づさは懸けずやありけむ
一七二〇
 亭子院降りゐ給はむとしける秋、よみける 伊勢
白露はおきて変はれどももしきの
うつろふ秋はものぞかなしき
一七二一
 殿上離れ侍りてよみ侍りける 藤原清正
天つ風吹飯の浦にゐる鶴の
などか雲居に帰らざるべき
一七二二
 二条院、菩提樹院におはしましてのちの春、むかしを思ひ出でて大納言経信まいりて侍りける又の日、女房の申つかはしける 読人しらず
いにしへのなれし雲居をしのぶとや
かすみをわけて君たづねけむ
一七二三
 最勝四天王院の障子に、大淀かきたる所
 定家朝臣(藤原定家)
大淀の浦に刈りほすみるめだに
霞に絶えて帰る雁がね
一七二四
 最慶法師、千載集書きて奉りける包み紙に、墨をすり筆を染めつつ年経れど書きあらはせる言の葉ぞなきと書き付けて侍りける御返し 後白河院御
浜千鳥ふみおくあとの積もりなば
かひある浦に逢はざらめやは
一七二五
 上東門院、高陽院におはしましけるに、行幸侍りて、堰き入れたる滝を御覧じて 後朱雀院御
滝つ瀬に人の心を見ることは
昔に今も変はらざりけり
一七二六
 権中納言通俊、後拾遺撰び侍りける頃、まづ片端もゆかしくなど申して侍りければ、申し合せてこそとて、まだ清書きもせぬ本をつかはして侍りけるを見て、返しつかはすとて
 周防内侍
浅からぬ心ぞ見ゆる音羽川
せき入れし水の流れならねど
一七二七
 奉れと仰せられければ、忠岑がなど書き集めて奉りける奥に書き付けける 壬生忠見
言の葉の中をなくなく尋ぬれば
昔の人に逢ひ見つるかな
一七二八
 遊女の心をよみ侍りける 藤原為忠朝臣
ひとり寝てこよひも明けぬたれとしも
頼まばこそは来ぬも恨みめ
一七二九
 大江挙周はじめて殿上聴されて、草深き庭に下りて拝しけるを見侍りて 赤染衛門
草分けて立ちゐる袖のうれしさに
たえず涙の露ぞこぼるる
一七三〇
 秋ごろわづらひける、おこたりて、たびたびとぶらひにける人につかはしける 伊勢大輔
うれしさは忘れやはするしのぶ草
しのぶるものを秋の夕暮れ
一七三一
 返し 大納言経信(源経信)
秋風の音せざりせば白露の
軒のしのぶにかからましやは
一七三二
 ある所に通ひ侍りけるを、朝光大将見かはして、夜一夜物語りして帰りて、またの日 右大将済時(藤原済時)
しのぶ草いかなる露かおきつらむ
今朝は根もみなあらはれにけり
一七三三
 返し 左大将朝光(藤原朝光)
浅茅生を尋ねざりせばしのぶ草
思ひおきけむ露を見ましや
一七三四
 わづらひける人のかく申し侍りける読人しらず
ながらへむとしも思はぬ露の身の
さすがに消えむことをこそ思へ
一七三五
 返し 小馬命婦
露の身の消えば我こそ先立ため
おくれむものか森の下草
一七三六
 題しらず 和泉式部
命さへあらば見つべき身のはてを
しのばむ人のなきぞかなしき
一七三七
 例ならぬこと侍りけるに、知れりける聖のとぶらひにまうで来て侍りければ 大僧正行尊
定めなき昔語りをかぞふれば
我が身も数に入りぬべきかな
一七三八
 五十首奉りし時 前大僧正慈円
世の中の晴れゆく空に降る霜の
うき身ばかりぞおき所なき
一七三九
 例ならぬこと侍りけるに、無動寺にてよみ侍りける
 (慈円)
頼みこしわが古寺の苔の下に
いつしか朽ちむ名こそ惜しけれ
一七四〇
 題しらず 大僧正行尊
くり返し我が身のとがを求むれば
君もなき世にめぐるなりけり
一七四一
 (題しらず) 清原元輔
憂しといひて世をひたふるにそむかねば
物思ひ知らぬ身とやなりなむ
一七四二
 (題しらず) 読人しらず
そむけども天の下をし離れねば
いづくにも降る涙なりけり
一七四三
 延喜御時、女蔵人内匠、白馬節会見けるに、車より紅の衣を出だしたりけるを、検非違使のたださむとしければ、いひつかはしける 女蔵人内匠
大空に照る日の色をいさめても
天の下にはたれか住むべき
 かくいひければ、たださずなりにけり
一七四四
 例ならで太秦に籠りて侍りけるに、心細くおぼえければ 周防内侍
かくしつつ夕べの雲となりもせば
あはれかけてもたれかしのばむ
一七四五
 題しらず 前大僧正慈円
思はねど世をそむかむといふ人の
おなじ数にや我もなるらむ
一七四六
 (題しらず) 西行法師
数ならぬ身をも心の持ちがほに
うかれてはまた帰り来にけり
一七四七
 (題しらず) (西行)
おろかなる心の引くにまかせても
さてさはいかにつひの思ひは
一七四八
 (題しらず) (西行)
年月をいかで我が身に送りけむ
昨日の人も今日はなき世に
一七四九
 (題しらず) (西行)
受けがたき人の姿に浮かび出でて
こりずやたれもまた沈むべき
一七五〇
 守覚法親王、五十首よませ侍りけるに 寂蓮法師
そむきてもなほ憂きものは世なりけり
身を離れたる心ならねば
一七五一
 述懐の心をよめる (寂蓮)
身の憂さを思ひ知らずはいかがせむ
いとひながらもなほ過ぐすかな
一七五二
 (述懐の心をよめる) 前大僧正慈円
なにごとを思ふ人ぞと人問はば
答へぬさきに袖ぞ濡るべき
一七五三
 (述懐の心をよめる) (慈円)
いたづらに過ぎにしことや歎かれむ
受けがたき身の夕暮れの空
一七五四
 (述懐の心をよめる) (慈円)
うち絶えて世に経る身にはあらねども
あらぬ筋にも罪ぞかなしき
一七五五
 和所にて、述懐の心を (慈円)
山里に契りし庵や荒れぬらむ
待たれむとだに思はざりしを
一七五六
 (和所にて、述懐の心を) 右衛門督通具(源通具)
袖におく露をば露としのべども
なれゆく月や色を知るらむ
一七五七
 (和所にて、述懐の心を) 藤原定家朝臣
君が代に逢はずはなにを玉の緒の
長くとまでは惜しまれじ身を
一七五八
 (和所にて、述懐の心を) 藤原家隆朝臣
おほかたの秋の寝覚めの長き夜も
君をぞ祈る身を思ふとて
一七五九
 (和所にて、述懐の心を) (藤原家隆)
和の浦や沖つ潮合ひに浮かび出づる
あはれ我が身のよるべ知らせよ
一七六〇
 (和所にて、述懐の心を) (藤原家隆)
その山と契らぬ月も秋風も
すすむる袖に露こぼれつつ
一七六一
 (和所にて、述懐の心を) 藤原雅経朝臣
君が代に逢へるばかりの道はあれど
身をば頼まず行く末の空
一七六二
 (和所にて、述懐の心を) 皇太后宮大夫俊成女
惜しむとも涙に月も心から
なれぬる袖に秋をうらみて
一七六三
 千五百番合に 摂政太政大臣(藤原良経)
浮き沈み来む世はさてもいかにぞと
心に問ひて答へかねぬる
一七六四
 題しらず (藤原良経)
我ながら心のはてを知らぬかな
捨てられぬ世のまたいとはしき
一七六五
 (題しらず) (藤原良経)
おしかへし物を思ふは苦しきに
知らずがほにて世をや過ぎまし
一七六六
 五十首よみ侍りけるに、述懐の心を 守覚法親王
ながらへて世に住むかひはなけれども
憂きにかへたる命なりけり
一七六七
 権中納言兼宗(中山兼宗)
世を捨つる心はなほぞなかりける
憂きを憂しとは思ひ知れども
一七六八
 述懐の心をよみ侍りける 左近中将公衡(藤原公衡)
捨てやらぬわが身ぞつらきさりともと
思ふ心に道をまかせて
一七六九
 題しらず 読人しらず
憂きながらあればある世にふるさとの
夢をうつつにさましかねても
一七七〇
 (題しらず) 源師光
憂きながらなほ惜しいまるる命かな
後の世とても頼みなければ
一七七一
 (題しらず) 賀茂重保
さりともと頼む心の行く末も
思へば知らぬ世にまかすらむ
一七七二
 (題しらず) 荒木田長延
つくづくと思へばやすきよの中を
心となげく我が身なりけり
一七七三
 入道前関白家百首よませ侍りけるに
 刑部卿頼輔(藤原頼輔)
川舟ののぼりわづらふ綱手縄
苦しくてのみ世を渡るかな
一七七四
 題しらず 大僧都覚弁
老いらくの月日はいとど早瀬川
かへらぬ波に濡るる袖かな
一七七五
 よみて侍りける百首を、源家長がもとに見せにつかはしける奥に、書き付け侍りける 藤原行能
書き流す言の葉をだに沈むなよ
身こそかくても山川の水
一七七六
 身ののぞみかなひ侍らで、社のまじらひもせでこもりゐて侍りけるに、葵を見てよめる 鴨長明
見ればまづいとど涙ぞもろかづら
いかに契りてかけ離れけむ
一七七七
 題しらず 源季景
おなじくはあれないにしへ思ひ出での
なければとてもしのばずもなし
一七七八
 (題しらず) 西行法師
いづくにも住まれずはただ住まであらむ
柴の庵のしばしなる世に
一七七九
 (題しらず) (西行)
月のゆく山に心を送りいれて
やみなるあとの身をいかにせむ
一七八〇
 五十首の中に 前大僧正慈円
思ふことなど問ふ人のなかるらむ
あふげば空に月ぞさやけき
一七八一
 (五十首の中に) (慈円)
いかにしていままで世には有明の
つきせぬ物をいとふ心は
一七八二
 西行法師、山里よりまかり出でて、昔出家し侍りしその月日にあたりて侍ると申したりける返事に (慈円)
憂き世出でし月日の影のめぐりきて
変はらぬ道をまた照らすらむ
一七八三(除棄)
 大神宮合に 太上天皇
大空に契る思ひの年もへぬ
月日も受けよ行く末の空
一七八四
 前僧都全真西国の方に侍りける時、つかはしける
 承仁法親王
人しれずそなたをしのぶ心をば
かたぶく月にたぐへてぞやる
一七八五
 前大僧正慈円、ふみにては思ふほどのことも申しつくしがたきよし、申つかはして侍りける返事に 前右大将頼朝
みちのくのいはでしのぶはえぞ知らぬ
書きつくしてよ壺の石文
一七八六
 世の中の常なきころ 大江嘉言
けふまでは人を歎きて暮れにけり
いつ身のうへにならむとすらむ
一七八七
 題しらず 清慎公(藤原実頼)
道芝の露にあらそふ我が身かな
いづれかまづは消えむとすらむ
一七八八
 (題しらず) 皇嘉門院
なにとかや壁に生ふなる草の名の
それにもたぐふ我が身なりけり
一七八九
 (題しらず) 権中納言資実(藤原資実)
来し方をさながら夢になしつれば
さむるうつつのなきぞかなしき
一七九〇
 松の木の焼けけるを見て 性空上人
千歳経る松だにくゆる世の中に
けふとも知らで立てる我かな
一七九一
 題しらず 俊頼朝臣(源俊頼)
数ならで世に住の江のみをつくし
いつを待つともなき身なりけり
一七九二
 (題しらず) 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
憂きながら久しくぞ世を過ぎにける
あはれやかけし住吉の松
一七九三
 春日社合に、松風といふことを 家隆朝臣(藤原家隆)
春日山谷のうもれ木くちぬとも
君に告げこせ峰の松風
一七九四
 (春日社合に、松風といふことを) 宜秋門院丹後
なにとなく聞けば涙ぞこぼれぬる
苔のたもとにかよふ松風
一七九五
 草紙に葦手長など書きて、奥に 女御徽子女王
みな人のそむきはてぬる世の中に
布留の社の身をいかにせむ
一七九六
 臨時祭の舞人にてもろともに侍りけるを、ともに四位して後、祭の日つかはしける 実方朝臣(藤原実方)
衣手の山井の水に影見えし
なほそのかみの春ぞ恋しき
一七九七
 題しらず 道信朝臣(藤原道信)
いにしへの山井の衣なかりせば
忘らるる身となりやしなまし
一七九八
 後冷泉院御時大嘗会に、ひかげの組をして、(源)実基朝臣のもとにつかはすとて、先帝御時思ひ出でて、添へていひつかはしける 加賀左衛門
たちながら着てだに見せよ小忌衣
あかぬ昔の忘れ形見に
一七九九
 秋の夜きりぎりすを聞くといふ題をよめと、人々に仰せられて、おほとのごもりにける朝に、そのを御覧じて
 天暦御(村上天皇)
秋の夜のあかつきがたのきりぎりす
人づてならで聞かましものを
一八〇〇
 秋雨を 中務卿具平親王
ながめつつ我が思ふことはひぐらしに
軒のしづくの絶ゆる夜もなし
一八〇二
 (題しらず) 小野小町
こがらしの風にもみぢて人知れず
憂き言の葉のつもるころかな
一八〇三
 述懐百首よみける時、紅葉を
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
あらしふく峰のもみぢの日にそへて
もろくなりゆく我が涙かな
一八〇四
 題しらず 崇徳院御
うたた寝は荻吹く風におどろけど
長き夢路ぞさむる時なき
一八〇五
 (題しらず) 宮内卿(源師光女)
竹の葉に風吹きよわる夕暮れの
もののあはれは秋としもなし
一八〇六
 (題しらず) 和泉式部
夕暮れは雲のけしきを見るからに
ながめじと思ふ心こそつけ
一八〇七
 (題しらず) (和泉式部)
暮れぬめりいくかをかくて過ぎぬらむ
入相の鐘のつくづくとして
一八〇八
 (題しらず) 西行法師
待たれつる入相の鐘の音すなり
あすもやあらば聞かむとすらむ
一八〇九
 暁の心をよめる 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
あかつきとつげの枕をそばだてて
聞くもかなしき鐘の音かな
一八一〇
 百首に 式子内親王
あかつきのゆふつけ鳥ぞあはれなる
長きねぶりを思ふ枕に
一八一一
 尼にならむと思ひ立ちけるを、人のとどめ侍りければ
 和泉式部
かくばかり憂きをしのびてながらへば
これよりまさる物もこそ思へ
一八一二
 題しらず (和泉式部)
たらちねのいさめしものをつれづれと
ながむるをだに問ふ人もなし
一八一三
 熊野へ参りて大峯へ入らむとて、としごろ養ひ立てて侍りける乳母のもとにつかはしける 大僧正行尊
あはれとてはぐくみ立てしいにしへは
世をそむけとも思はざりけむ
一八一四
 百首奉りし時 土御門内大臣(源通親)
位山あとをたづねてのぼれども
子を思ふ道になほまよひぬる
一八一五
 百首よみ侍りけるに、懐旧
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
昔だに昔と思ひしたらちねの
なほ恋しきぞはかなかりける
一八一六
 述懐百首よみ侍りけるに 俊頼朝臣(源俊頼)
ささがにのいとかかりける身のほどを
思へば夢の心地こそすれ
一八一七
 夕暮れに蜘蛛のいとはかなげに巣がくを、常よりもあはれと見て 僧正遍昭
ささがにの空にすがくもおなじこと
またき宿にも幾代かは経む
一八一八
 題しらず 西宮前左大臣(源高明)
光待つ枝にかかれる露の命
消えはてねとや春のつれなき
一八一九
 野分したる朝に、幼き人をだに問はざりける人に
 赤染衛門
あらく吹く風はいかにと宮城野の
小萩が上を人の問へかし
一八二〇
 和泉式部、道貞に忘られて後、ほどなく敦道親王通ふと聞きて、つかはしける (赤染衛門)
うつろはでしばし信太の杜を見よ
かへりもぞする葛の裏風
一八二一
 返し 和泉式部
秋風はすごく吹くとも葛の葉の
うらみがほには見えじとぞ思ふ
一八二二
 病限りにおぼえ侍りける時、定家朝臣、中将転任のこと申すとて、民部卿範光もとにつかはしける
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
小笹原風待つ露の消えやらで
このひとふしを思ひおくかな
一八二三
 題しらず 前大僧正慈円
世の中をいまはの心つくからに
過ぎにし方ぞいとど恋しき
一八二四
 (題しらず) (慈円)
世をいとふ心の深くなるままに
過ぐる月日をうち数へつつ
一八二五
 (題しらず) (慈円)
ひとかたに思ひとりにし心には
なほそむかるる身をいかにせむ
一八二六
 (題しらず) (慈円)
なに故にこの世を深くいとふぞと
人の問へかしやすく答へむ
一八二七
 (題しらず) (慈円)
思ふべき我が後の世はあるかなきか
なければこそはこの世には住め
一八二八
 (題しらず) 西行法師
世をいとふ名をだにもさはとどめおきて
数ならぬ身の思ひ出でにせむ
一八二九
 (題しらず) (西行)
身の憂さを思ひ知らでややみなまし
そむくならひのなき世なりせば
一八三〇
 (題しらず) (西行)
いかがすべき世にあらばやは世をも捨てて
あな憂の世やとさらに思はむ
一八三一
 (題しらず) (西行)
なに事にとまる心のありければ
さらにしもまた世のいとはしき
一八三二
 (題しらず) 入道前関白太政大臣(藤原兼実)
昔より離れがたきは憂き世かな
かたみにしのぶ中ならねども
一八三三
 歎く事侍りけるころ、大峯に籠るとて、同行どももかたへは京へ帰りねなど申してよみ侍りける 大僧正行尊
思ひ出でてもしも尋ぬる人もあらば
ありとないひそ定めなき世に
一八三四
 題しらず (行尊)
数ならぬ身をなにゆゑに恨みけむ
とてもかくても過ぐしける世を
一八三五
 百首奉りしに 前大僧正慈円
いつか我深山の里のさびしきに
あるじとなりて人に訪はれむ
一八三六
 題しらず 俊頼朝臣(源俊頼)
憂き身には山田のおしねおしこめて
世をひたすらに恨みわびぬる
一八三七
 年ごろ修行の心ありけるを、捨てがたき事侍りて過ぎけるに、親などなくなりて、心やすく思ひ立ちける頃、障子にかきつけ侍りける 山田法師
しづの男の朝な朝なにこりつむる
しばしのほどもありがたの世や
一八三八
 題しらず 寂蓮法師
数ならぬ身はなき物になしはてつ
たがためにかは世をも恨みむ
一八三九
 (題しらず) 法橋行遍
頼みありて今行く末を待つ人や
過ぐる月日を歎かざるらむ
一八四〇
 守覚法親王、五十首よませ侍りけるに 源師光
ながらへて生けるをいかにもどかまし
憂き身のほどをよそに思はば
一八四一
 題しらず 八条院高倉
憂き世をば出づる日ごとにいとへども
いつかは月の入る方を見む
一八四二
 (題しらず) 西行法師
なさけありし昔のみなほしのばれて
ながらへまうき世にもふるかな
一八四三
 (題しらず) 清輔朝臣(藤原清輔)
ながらへばまたこのごろやしのばれむ
憂しと見し世ぞ今は恋しき
一八四四
 寂蓮、人々すすめて百首よませ侍りけるに、いなび侍りて熊野に詣でける道にて、夢に、何事もおとろへゆけど、この道こそ世の末に変はらぬものはあれ、なほこのよむべきよし、別当湛快、三位俊成に申すと見侍て、おどろきながらこのをいそぎよみ出だしてつかはしける奥に書き付け侍りける
 西行法師
末の世もこのなさけのみ変はらずと
見し夢なくはよそに聞かまし
一八四五
 千載集選び侍りける時、古き人々のを見て
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
行く末は我をもしのぶ人やあらむ
昔を思ふ心ならひに
一八四六
 崇徳院に百首奉りける、無常
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
世の中を思ひつらねてながむれば
むなしき空に消ゆる白雲
一八四七
 百首のに 式子内親王
暮るるまも待つべき世かはあだし野の
末葉の露にあらし立つなり
一八四八
 津の国におはして、みぎはの蘆を見給ひて 花山院御
津の国のながらふべくもあらぬかな
短き蘆のよにこそありけれ
一八四九
 題しらず 中務卿具平親王
風はやみ荻の葉ごとにおく露の
おくれ先だつほどのはかなさ
一八五〇
 (題しらず) 蝉丸
秋風になびく浅茅の末ごとに
おく白露のあはれ世の中
一八五一
 (題しらず) (蝉丸)
世の中はとてもかくてもおなじこと
宮も藁屋もはてしなければ

巻第十九 神祇
一八五二
 (神祇) (日吉明神)
知るらめやけふの子の日の姫小松
生ひむ末まで栄ゆべしとは
 このは、日吉社司、社頭の後ろの山にまかりて、子の日して侍りける夜、人の夢に見えけるとなむ
一八五三
 (神祇) (北野天神)
なさけなく折る人つらし我が宿の
あるじわすれぬ梅の立ち枝を
 このは、建久二年の春の頃、筑紫へまかれりける者の、安楽寺の梅を折りて侍りける夜の夢に見えけるとなむ
一八五四
 (神祇) (春日明神の眷属神)
補陀落の南の岸に堂立てて
今ぞさかえむ北の藤波
 このは、興福寺の南円堂つくりはじめ侍りける時、春日の榎本の明神、よみ給へりけるとなむ
一八五五
 (神祇) (住吉明神)
夜や寒き衣やうすきかたそぎの
ゆきあひのまより霜やおくらむ
 住吉御となむ
一八五六
 (神祇) (住吉明神)
いかばかり年は経ねども住の江の
松ぞふたたび生ひ変はりぬる
 このは、ある人、住吉に詣でて、
「人ならば 問はましものを 住の江の 松はいくたび 生ひかはるらむ」とよみて奉りける御返事となむいへる
一八五七
 (神祇) (住吉明神)
むつましと君は白波みづかきの
久しき代よりいはひそめてき
 伊勢物語に、住吉に行幸の時、御神現形し給ひてと記せり
一八五八
 (神祇) (春日明神)
人知れず今や今やとちはやぶる
神さぶるまで君をこそ待て
 このは、待賢門院堀河、大和の方より熊野へ詣で侍りけるに、春日へ参るべきよしの夢を見たりけれど、後に参らむと思ひて、まかりすぎにけるを、帰り侍りけるに、託宣し給ひけるとなむ
一八五九
 (神祇) (熊野権現)
道遠しほどもはるかにへだたれり
思ひおこせよ我も忘れじ
 このは、陸奥に住みける人の、熊野へ三年詣でむと願を立てて参りて侍りけるが、いみじう苦しかりければ、いまふたたびをいかにせむと歎きて、御前にふしたりける夜の夢に見えけるとなむ
一八六〇
 (神祇) (熊野権現)
思ふこと身にあまるまで鳴る滝の
しばしよどむをなにうらむらむz
 このは、身のしづめる事を歎きて、東の方へまからむと思ひ立ちける人、熊野の御前に通夜して侍りける夢に見えけるとぞ
一八六一
 (神祇) (賀茂明神)
我頼む人いたづらになしはてば
また雲分けてのぼるばかりぞz
 賀茂の御となむ
一八六二
 (神祇) (賀茂明神)
鏡にも影みたらしの水の面に
うつるばかりの心とを知れz
 これまた、賀茂にまうでたる人の夢に見えけるといへり
一八六三
 (神祇) (石清水八幡)
ありきつつ来つつ見れどもいさぎよき
人の心を我忘れめやz
 石清水の御といへり
一八六四
 (神祇) (宇佐八幡)
西の海立つ白浪の上にして
なに過ぐすらむかりのこの世をz
 このは、称徳天皇の御時、和気清麿を宇佐宮に奉り給ひける時、託宣し給けるとなむ
一八六五
 延喜六年日本紀竟宴に、神日本磐余彦天皇 大江千古
白波に玉依姫の来しことは
なぎさやつひにとまりなりけむ
一八六六
 猿田彦 紀淑望
ひさかたの天の八重雲ふり分けて
くだりし君を我ぞ迎へし
一八六七
 玉依姫 三統理平
飛びかける天の岩舟尋ねてぞ
秋津島には宮はじめける
一八六八
 賀茂社の午日うたひ侍るなる (三統理平)
大和かも海にあらしの西吹かば
いづれの浦にみ舟つながむ
一八六九
 神楽をよみ侍りける 紀貫之
おく霜に色もかはらぬ榊葉の
香をやは人のとめて来つらむ
一八七〇
 臨時祭をよめる (紀貫之)
宮人のすれる衣にゆふだすき
かけて心をたれに寄すらむ
一八七二
 大将に侍りける時、勅使にて太神宮に詣でてよみ侍りける 摂政太政大臣(藤原良経)
神風や御裳濯川のそのかみに
契りしことの末をたがふな
一八七二
 おなじ時、外宮にてよみ侍りける 藤原定家朝臣
契りありてけふ宮川のゆふかづら
長き世までもかけて頼まむ
一八七三
 公継卿、勅使にて太神宮に詣でて帰りのぼり侍りけるに、斎宮の女房の中より申し送りける 読人しらず
うれしさもあはれもいかに答へまし
ふるさと人に問はれましかば
一八七四
 返し 春宮権大夫公継(藤原公継)
神風や五十鈴川波数しらず
すむべき御代にまた帰り来む
一八七五
 太神宮のの中に 太上天皇(後鳥羽院)
ながめばや神路の山に雲消えて
夕べの空を出でむ月影
一八七六
 (太神宮のの中に) (太上天皇)
神風やとよみてぐらになびくしで
かけて仰ぐといふもかしこし
一八七七
 題しらず 西行法師
宮柱したつ岩根に敷き立てて
つゆも曇らぬ日の御影かな
一八七八
 (題しらず) (西行)
神路山月さやかなる誓ひありて
天の下をば照らすなりけり
一八七九
 伊勢の月読の社に参りて、月を見てよめる (西行)
さやかなる鷲の高根の雲居より
影やはらぐる月読の杜
一八八〇
 神祇のとてよみ侍りける 前大僧正慈円
やはらぐる光にあまる影なれや
五十鈴川原の秋の夜の月
一八八一
 公卿勅使にて帰り侍りける、一志の駅やにてよみ侍りける
 中院入道右大臣(源雅定)
立ち帰りまたも見まくのほしきかな
御裳濯川の瀬々の白浪
一八八二
 入道前関白家百首よみ侍りけるに
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
神風や五十鈴の川の宮柱
幾千代すめと立てはじめけむ
一八八三
 (入道前関白家百首よみ侍りけるに) 俊恵法師
神風や玉串の葉をとりかざし
内外の宮に君をこそ祈れ
一八八四
 五十首奉りし時 越前(大中臣公親女)
神風や山田の原のさかき葉に
心のしめを掛けぬ日ぞなき
一八八五
 社頭納涼といふことを 大中臣明親
五十鈴川空やまだきに秋の声
したつ岩根の松の夕風
一八八六
 香椎宮の杉をよみ侍りける 読人しらず
ちはやぶる香椎の宮のあや杉は
神のみそぎにたてるなりけり
一八八七
 八幡宮の権官にてとし久しかりけることを恨みて、御神楽の夜参りて、榊に結びつけ侍りける 法印成清
さかき葉にそのゆふかひはなけれども
神に心をかけぬまぞなき
一八八八
 賀茂に参りて 周防内侍
年を経て憂き影をのみみたらしの
変はる世もなき身をいかにせむ
一八八九
 文治六年女御入代の屏風に、臨時祭かけるところをよみ侍りける 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
月さゆるみたらし川に影見えて
氷にすれる山藍の袖
一八九〇
 社頭雪といふ心をよみ侍りける 按察使公通(藤原公通)
ゆふしでの風に乱るる音さえて
庭しろたへに雪ぞつもれる
一八九一
 十首合の中に、神祇をよめる 前大僧正慈円
君を祈る心の色を人問ば
ただすの宮のあけの玉垣
一八九二
 みあれに参りて、社の司、おのおの葵を掛けけるによめる
 賀茂重保
跡垂れし神にあふひのなかりせば
なにに頼みをかけて過ぎまし
一八九三
 社司ども貴船に参りて雨乞ひし侍りけるついでによめる
 賀茂幸平
大御田のうるおふばかりせきかけて
井堰に落とせ川上の神
一八九四
 鴨社合とて人々よみ侍りけるに、月を 鴨長明
石川の瀬見の小川の清ければ
月も流れをたづねてぞすむ
一八九五
 弁に侍りける時、春日祭に下りて、周防内侍につかはしける 中納言資仲(藤原資仲)
万代を祈りぞかくるゆふだすき
春日の山の峰のあらしに
一八九六
 文治六年女御入代屏風に、春日祭
 入道前関白太政大臣(藤原兼実)
けふ祭る神の心やなびくらむ
しでに波立つ佐保の川風
一八九七
 家に百首よみ侍りける時、神祇の心を (藤原兼実)
天の下みかさの山の影ならで
頼むかたなき身とは知らずや
一八九八
 (家に百首よみ侍りける時、神祇の心を)
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
春日野のおどろの道の埋もれ水
末だに神のしるしあらはせ
一八九九
 大原野祭に参りて、周防内侍につかはしける
 藤原伊家
千代までも心して吹けもみぢ葉
を神も小塩の山おろしの風
一九〇〇
 最勝四天王院の障子に、小塩山かきたる所
 前大僧正慈円
小塩山神のしるしを松の葉に
契りし色はかへるものかは
一九〇一
 日吉社に奉りけるの中に、二宮を (慈円)
やはらぐる影ぞふもとにくもりなき
もとの光は峰にすめども
一九〇二
 述懐の心を (慈円)
我が頼む七の社のゆふだすき
かけても六つの道にかへすな
一九〇三
 (述懐の心を) (慈円)
おしなべて日吉の影はくもらぬに
涙あやしき昨日今日かな
一九〇四
 (慈円)
もろ人の願ひを御津の浜風に
心すずしきしでの音かな
一九〇五
 北野によみて奉りける (慈円)
さめぬれば思ひあはせてねをぞ泣く
心づくしの古の夢
一九〇六
 熊野へ詣で給ひける時、道に花の盛りなりけるを御覧じて
 白河院御
咲きにほふ花のけしきを見るからに
神の心ぞ空に知らるる
一九〇七
 熊野に参りて奉り侍りし 太上天皇(後鳥羽院)
岩にむす苔ふみならす御熊野の
山のかひある行く末もがな
一九〇八
 新宮に詣づとて、熊野川にて (太上天皇)
熊野川くだす早瀬のみなれ棹
さすが見なれぬ波のかよひ路
一九〇九
 白河院熊野に詣で給へりける御ともの人々、塩屋の王子にてよみ侍りけるに 徳大寺左大臣(徳大寺実定)
立ちのぼる塩屋のけぶり浦風に
なびくを神の心ともがな
一九一〇
 熊野へ詣で侍りしに、岩代の王子に人々の名など書き付けさせて、しばし侍りしに、拝殿の長押に書き付けて侍りし
 読人しらず
岩代の神は知るらむしるべせよ
頼む憂き世の夢の行く末
一九一一
 熊野の本宮焼けて、年のうちに遷宮侍りしに参りて
 太上天皇(後鳥羽院)
契りあればうれしきかかる折に逢ひぬ
忘るな神も行く末の空
一九一二
 加賀守にて侍りける時、白山に詣でたりけるを思ひ出でて、日吉の客人の宮にてよみ侍りける
 左京大夫顕輔(藤原顕輔)
年経とも越の白山忘れずは
かしらの雪をあはれとも見よ
一九一三
 一品聡子内親王、住吉に詣でて、人々よみ侍りけるによめる 藤原道経
住吉の浜松が枝に風吹けば
波のしらゆふかけぬまぞなき
一九一五
 ある所の屏風の絵に、十一月、神まつる家の前に、馬にのりて人のゆく所を 能宣朝臣(大中臣能宣)
榊葉の霜うちはらひかれずのみ
住めとぞ祈る神の御前に
一九一六
 延喜御時屏風に、夏神楽の心をよみ侍りけるに 紀貫之
河社しのにおりはへほす衣
いかにほせばか七日ひざらむ

巻第二十 釈教
一九一七
 (釈教) (清水寺十一面観音)
なほ頼めしめぢが原のさせも草
我世の中にあらむかぎりは
 (伝 清水観音御)
一九一八
 (釈教) (清水寺十一面観音)
なにか思ふなにとか歎く世の中は
ただ朝顔の花の上の露z
 このふたは、清水観音御となむ言ひ伝へたる
一九一九
 智縁上人、伯耆の大山に参りて、出でなむとしける暁、夢に見えける (大山寺地蔵菩薩)
山深く年経る我もあるものを
いづちか月の出でてゆくらむ
一九二〇
 難波の御津寺にて、蘆の葉のそよぐを聞きて
 行基菩薩
蘆そよぐ塩瀬の波のいつまでか
憂き世の中に浮かびわたらむ
一九二一
 比叡山中堂建立の時 伝教大師
阿耨多羅三藐三菩提の仏たち
わが立つ杣に冥加あらせ給へ
一九二二
 入唐の時の 智証大師
法の舟さしてゆく身ぞもろもろの
神も仏も我を見そなへ
一九二三
 菩提寺の講堂の柱に虫の食ひたりける (智証大師)
しるべある時にだにゆけ極楽の
道にまどへる世の中の人
一九二四
 御嶽の笙の岩屋に籠りてよめる 日蔵上人
寂寞の苔の岩戸のしづけきに
涙の雨の降らぬ日ぞなき
一九二五
 臨終正念ならむことを思ひてよめる 法円上人
南無阿弥陀ほとけの御手にかくる糸の
をはり乱れぬ心ともがな
一九二六
 題しらず 僧都源信
我だにもまづ極楽に生まなれば
知るも知らぬもみな迎へてむ
一九二七
 天王寺の亀井の水を御覧じて 上東門院
にごりなき亀井の水をむすびあげて
心の塵をすすぎつるかな
一九二八
 法華経二十八品、人々によませ侍りけるに、提婆品の心を
 法成寺入道前摂政太政大臣(藤原道長)
わたつ海の底より来つるほどもなく
この身ながらに身をぞきはむる
一九二九
 勧持品の心を 大納言斉信(藤原斉信)
数ならぬ命はなにか惜しからむ
法説くほどをしのぶばかりぞ
一九三〇
 五月ばかりに、雲林院の菩提講にまうでてよみ侍りける
 肥後(藤原定成女)
紫の雲の林を見わたせば
法にあふちの花咲きにけり
一九三一
 涅槃経を読み侍りける時、夢に、
「散る花に 池の氷も とけぬなり 花吹き散らす 春の夜の空」と書きて、人の見せ侍りければ、夢のうちに返すとおぼえける (肥後)
谷川の流れし清く澄みぬれば
くまなき月の影も浮かびぬ
一九三二
 述懐の中に 前大僧正慈円
願はくはしばし闇路にやすらひて
かかげやせまし法のともし火
一九三三
 (述懐の中に) (慈円)
説く御法きくの白露夜はおきて
つとめて消えむことをしぞ思ふ
一九三四
 (述懐の中に) (慈円)
極楽へまだ我が心行き着かず
羊のあゆみしばしとどまれ
一九三五
 観心如月輪若在軽霧中の心を 権僧正公胤
わが心なほ晴れやらぬ秋霧に
ほのかに見ゆる有明の月
一九三六
 家に百首よみ侍りける時、十界の心をよみ侍りけるに、縁覚の心を 摂政太政大臣(藤原良経)
奥山にひとり憂き世はさとりにき
常なき色を風にながめて
一九三七
 心経の心をよめる 小侍従(石清水別当光清女)
色にのみそめし心のくやしきを
むなしと説ける法のうれしさ
一九三八
 摂政太政大臣家百首に、十楽の心をよみ侍りけるに、聖衆来迎楽 寂蓮法師
むらさきの雲路にさそふ琴の音に
憂き世をはらふ峰の松風
一九三九
 蓮花初開楽 (寂蓮)
これやこの憂き世のほかの春ならむ
花のとぼそのあけぼのの空
一九四〇
 快楽不退楽 (寂蓮)
春秋もかぎらぬ花におく露は
おくれ先立つ恨みやはある
一九四一
 引摂結縁楽 (寂蓮)
たちかへり苦しき海におく網も
深きえにこそ心引くらめ
一九四二
 法華経二十八品よみ侍りけるに、方便品 唯有一乗法の心を 前大僧正慈円
いづくにも我が法ならぬ法やあると
空吹く風に問へど答へぬ
一九四三
 化城喩品 化作大城郭 (慈円)
思ふなよ憂き世の中を出ではてて
宿る奥にも宿はありけり
一九四四
 分別功徳品 或住不退地 (慈円)
鷲の山けふ聞く法の道ならで
かへらぬ宿にゆく人ぞなき
一九四五
 普門品 心念不空過 (慈円)
おしなべてむなしき空と思ひしに
藤咲きぬれば紫の雲
一九四六
 水渚常不満といふ心を 崇徳院御
おしなべて憂き身はさこそ鳴海潟
満ち干るし潮の変はるのみかは
一九四七
 先照高山 (崇徳院)
朝日さす峰のつづきは芽ぐめども
まだ霜深し谷の陰草
一九四八
 家に百首よみ侍りける時、五智の心を、妙観察智
 入道前関白太政大臣(藤原兼実)
底清く心の水を澄まさずは
いかが悟りの蓮をも見む
一九四九
 勧持品 正三位経家(藤原経家)
さらずとて幾代もあらじいざやさは
法にかへつる命と思はむ
一九五〇
 法師品 加刀杖瓦石 念仏故応忍の心を 寂蓮法師
深き夜の窓うつ雨に音せぬは
憂き世を軒のしのぶなりけり
一九五一
 五百弟子品 内秘菩薩行の心を 前大僧正慈円
いにしへの鹿鳴く野辺の庵にも
心の月はくもらざりけり
一九五二
 人々勧めて法文百首よみ侍りけるに、二乗但空智如蛍火
 寂然法師
道のべの蛍ばかりをしるべにて
ひとりぞ出づる夕闇の空
一九五三
 菩薩清涼月 遊於畢竟空 (寂然)
雲は晴れてむなしき空にすみながら
憂き世の中をめぐる月かな
一九五四
 梅檀香風 悦可衆心 (寂然)
吹く風に花橘やにほふらむ
昔おぼゆるけふの庭かな
一九五五
 作是教已 復至他国 (寂然)
闇深き木のもとごとに契りおきて
朝立つ霧のあとの露けさ
一九五六
 此日已過 命即衰滅 (寂然)
けふ過ぎぬ命もしかとおどろかす
入相の鐘の声ぞかなしき
一九五七
 悲鳴咽 痛恋本群 素覚法師
草深き狩場の小野を立ち出でて
友まどはせる鹿ぞ鳴くなる
一九五八
 棄恩入無為 寂然法師
そむかずはいづれの世にかめぐり逢ひて
思ひけりとも人に知られむ
一九五九
 合会有別離 源季広
逢ひ見ても峰に別るる白雲の
かかるこの世のいとはしきかな
一九六〇
 聞名欲往生 寂然法師
音に聞く君がりいつか生の松
待つらむものを心づくしに
一九六一
 心懐恋慕 渇仰於仏 (寂然)
別れにしその面影の恋しきに
夢にも見えよ山の端の月
一九六二
 十戒よみ侍りけるに、不殺生戒 (寂然)
わたつ海の深きに沈むいさりせで
保つかひある法をもとめよ
一九六三
 不偸盗戒 (寂然)
浮草の一葉なりとも磯がくれ
思ひなかけそ沖つ白浪
一九六四
 不邪婬戒 (寂然)
さらぬだに重きが上にさよ衣も
我がつまならぬつまな重ねそ
一九六五
 不酒戒 (寂然)
花のもと露のなさけはほどもあらじ
酔ひなすすめそ春の山風
一九六六
 入道前関白家に十如是よませ侍りけるに、如是報
 二条院讃岐
憂きもなほ昔のゆゑと思はずは
いかにこの世を恨みはてまし
一九六七
 待賢門院中納言、人々に勧めて二十八品よませ侍りけるに、序品 広度諸衆生 其数無有量の心を
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
渡すべき数もかぎらぬ橋柱
いかに立てける誓ひなるらむ
一九六八
 美福門院に、極楽六時讃の絵に書かるべき奉るべきよし侍りけるに、よみ侍りける、時に大衆法を聞きて、弥歓喜瞻仰せむ (藤原俊成)
いまぞこれ入り日を見ても思ひこし
弥陀の御国の夕暮れの空
一九六九
 暁至りて波の声、金の岸に寄するほど (藤原俊成)
いにしへの尾上の鐘に似たるかな
岸うつ浪のあかつきの声
一九七〇
 百首のの中に、毎日晨朝入諸定の心を 式子内親王
しづかなるあかつきごとに見わたせば
まだ深き夜の夢ぞかなしき
一九七一
 発心和集の、普門品 種々諸悪趣 選子内親王
逢ふことをいづくにとてか契るべき
憂き身のゆかむ方を知らねば
一九七二
 五百弟子品の心を 僧都源信
玉かけし衣の裏を返してぞ
おろかなりける心をば知る
一九七三
 維摩経 十喩中に、此身如夢といへる心を 赤染衛門
夢や夢うつつや夢と分かぬか
ないかなる夜にかさめむとすらむ
一九七四
 二月十五日の暮れ方に、伊勢大輔がもとにつかはしける 相模
常よりも今日のけぶりのたよりにや
西をはるかに思ひやるらむ
一九七五
 返し 伊勢大輔
けふはいとど涙にくれぬ西の山
思ひ入り日の影をながめて
一九七六
 西行法師をよび侍りけるに、まかるべき由は申しながらまうで来で、月の明かかりけるに、門の前を通ると聞きて、よみてつかはしける 待賢門院堀河
西へゆくしるべと思ふ月影の
空頼めこそかひなかりけれ
一九七六
 返し 西行法師
立ち入らで雲間を分けし月影は
待たぬけしきや空に見えけむ
一九七八
 人の身まかりにける後、結縁経供養しけるに、即往安楽世界の心をよめる 瞻西上人
昔見し月の光をしるべにて
こよひや君が西へゆくらむ
一九七九
 観心をよみ侍りける 西行法師
闇晴れて心の空に澄む月は
西の山辺や近くなるらむ

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