尾崎放哉選句集

[中学時代]
 尾崎放哉は、明治一八(一八八五)年一月二〇日、鳥取県邑美郡(現鳥取市)吉方町に父尾崎信三、母なかの次男として生まれた。本名秀雄。明治三〇(一八九七)年、県立第一中学校に入学。句作はこの頃始まった。
きれ凧の糸かかりけり梅の枝
水打つて静かな家や夏やなぎ

木の間より釣床見ゆる青葉かな

よき人の机によりて昼ねかな

露多き萩の小家や町はづれ

寒菊や鶏を呼ぶ畑のすみ

欄干に若葉のせまる二階かな

病いへずうつうつとして春くるる

行春や母が遺愛の筑紫琴

[一高時代]
 明治三五(一九〇二)年、放哉は上京して第一高等学校(一高)に入学。
 一年先輩にのちに俳句の上での師匠格となる荻原井泉水がいた。放哉は井泉水主宰の俳句のサークルに加入したが、熱心ではなかったという。
しぐるヽや残菊白き傘の下

峠路や時雨晴れたり馬の声

酒のまぬ身は葛水のつめたさよ


[大学時代]
 明治三八(一九〇五)年六月に第一高等学校を卒業した放哉は、同年九月、東京帝国大学法学部に入学。千駄木で自炊生活をした。
 この頃には『ホトトギス』や『国民新聞』の俳句欄にしきりに作品を投稿していたという。

一斉に海に吹かるる芒かな

提灯が向ふから来る夜霧哉

提灯が火事にとぶ也河岸の霧

郷を去る一里朝霧はれにけり

鏡屋の鏡に今朝の秋立ちぬ

木犀に人を思ひて徘徊す

白粉のとく澄み行くや秋の水

夕ぐれや短冊を吹く萩の風

夕暮を綿吹きちぎる野分哉

行く秋を人なつかしむ灯哉

寝て聞けば遠き昔を鳴く蚊かな

本堂に上る土足や秋の風

七つ池左右に見てゆく花野かな

風邪に居て障子の内の小春かな

いぬころの道忘れたる冬田かな

鶏頭や紺屋の庭に紅久し

別れ来て淋しさに折る野菊かな

山茶花やいぬころ死んで庭淋し

煮凝りの鍋を鳴らして侘びつくす

紫陽花の花青がちや百日紅

大木にかくれて雪の地蔵かな

あの僧があの庵へ去ぬ冬田かな

一つ家の窓明いて居る冬田かな

すき腹を鳴いて蚊がでるあくび哉


[東京時代]
 明治四二(一九〇九)年、放哉は帝大卒業とともに日本通信社に就職したが、わずか一か月で退職。ついで、翌々明治四四(一九一一)年、東洋生命保険会社に入社。同じ頃に鳥取市・坂根寿の次女馨と結婚。

ひねもす曇り浪音の力かな

護岸荒るる波に乏しくなりし花

海が明け居り窓一つ開かれたり

あかつきの木木をぬらして過ぎし雨

灯をともし来る女の瞳

海は黒く眠りをり宿につきたり

窓あけて居る朝の女にしじみ売

つめたく咲き出でし花のその影

休め田に星うつる夜の暖かさ

若葉の匂の中焼場につきたり

今日一日の終りの鐘をききつつあるく

青服の人等帰る日が落ちた町

妻が留守の障子ぽっとり暮れたり

雪は晴れたる小供等の声に日が当る

小供等さけび居り夕日に押合へる家

芽ぐめるもの見てありく土の匂

日まはりこちら向く夕べの机となれり

口笛吹かるる朝の森の青さは


[京城・長春時代]
 東洋生命保険会社に入社した放哉は会社員の生活になじめず、大正一〇(一九二一)年に退社。翌年、朝鮮火災海上保険会社に職を得て、京城に赴任。しかし、禁酒の誓いを守れずに約1年で退社、旧満州に移る。

土くれのやうに雀居り青草もなし

風の中走り来て手の中のあつい銭

稲がかけてある野面に人をさがせども

何もかも死に尽したる野面にて我が足音

海苔をあぶりては東京遠く来た顔ばかり

長雨あまる小窓で杏落つるばかり

昼火事の煙遠くへ冬木つらなる

かぎりなく煙吐き散らし風やまぬ煙突

犬が覗いて行く垣根にて何事もない昼

小供等たくさん連れて海渡る女よ


一燈園時代]
 朝鮮〜旧満州での生活の間に肋膜炎を病んだ放哉は、大正一二(一九二三)年秋に帰国。一時長崎に住んでのち、妻馨とも離縁。西田天香の主宰する京都・一燈園に身を寄せ、読経と托鉢、労働奉仕の日々に入った。

落葉掃き居る人の後ろの往来を知らず

牛の眼なつかしく堤の夕の行きずり

流るる風に押され行き海に出る

つくづく淋しい我が影よ動かして見る

ねそべつて書いて居る手紙を鶏に覗かれる

皆働きに出てしまひ障子あけた儘の家

静かなるかげを動かし客に茶をつぐ

落葉へらへら顔をゆがめて笑ふ事


[須磨寺時代]
 大正一三(一九二四)年、放哉は一燈園の先輩の世話を受けて、兵庫県西須磨の須磨寺大師堂の堂守となる。『層雲』に投稿を始めた頃からの自由律俳句に磨きがかかるのは、この時代である。

あすは雨らしい青葉の中の堂を閉める

一日物云はず蝶の影さす

友を送りて雨風に追はれてもどる

雨の日は御灯ともし一人居る

なぎさふりかへる我が足跡も無く

軽いたもとが嬉しい池のさざなみ

静もれる森の中をののける此の一葉

井戸の暗さにわが顔を見出す

沈黙の池に亀一つ浮き上る

鐘ついて去る鐘の余韻の中

炎天の底の蟻等ばかりの世となり

山の夕陽の墓地の空海へかたぶく

柘榴が口あけたたはけた恋だ

たつた一人になりきつて夕空

墓原路とてもなく夕の漁村に下りる

高浪打ちかへす砂浜に一人を投げ出す

雨に降りつめられて暮るる外なし御堂

昼寝起きればつかれた物のかげばかり

何も忘れた気で夏帽をかぶつて

ねむの花の昼すぎの釣鐘重たし

氷店がひよいと出来て白波

父子で住んで言葉少なく朝顔が咲いて

砂山赤い旗たてて海へ見せる

声かけて行く人に迎火の顔あげる

蛇が殺されて居る炎天をまたいで通る

ほのかなる草花の匂を嗅ぎ出さうとする

潮満ちきつてなくはひぐらし

空に白い陽を置き火葬場の太い煙突

むつつり木槿が咲く夕ベ他人の家にもどる

いつ迄も忘れられた儘で黒い蝙蝠傘

蛙の子がふえたこと地べたのぬくとさ

何かしら児等は山から木の実見つけてくる

船乗りと山の温泉に来て雨をきいてる

あらしの闇を見つめるわが眼が灯もる

海のあけくれのなんにもない部屋

銅銭ばかりかぞへて夕べ事足りて居る

夕べひよいと出た一本足の雀よ

たばこが消えて居る淋しさをなげすてる

おだやかに流るる水の橋長々と渡る

空暗く垂れ大きな蟻が畳をはつてる

蟻を殺す殺すつぎから出てくる

雨の幾日かつづき雀と見てゐる

雑巾しぼるペンだこが白たたけた手だ

友の夏帽が新らしい海に行かうか

写真うつしたきりで夕風にわかれてしまつた

血がにじむ手で泳ぎ出た草原

昼の蚊たたいて古新聞よんで

人をそしる心をすて豆の皮むく

はかなさは燈明の油が煮える

刈田で烏の顔をまぢかに見た

落葉木をふりおとして青空をはく

からかさ干して落葉ふらして居る

傘さしかけて心寄り添へる

赤とんば夥しさの首塚ありけり

障子しめきつて淋しさをみたす

庭石一つすゑられて夕暮が来る

木槿が咲いて小学を読む自分であつた

藁屋根草はえれば花さく

今朝の夢を忘れて草むしりをして居た

鳩がなくま昼の屋根が重たい

マツチの棒で耳かいて暮れてる

栗が落ちる音を児と聞いて居る夜

夕ベ落葉たいて居る赤い舌出す

自らをののしり尽きずあふむけに寝る

何か求むる心海へ放つ

大空のました帽子かぶらず

仏体にほられて石ありけり

足音一つ来る小供の足音

何かつかまへた顔で児が藪から出て来た

昼だけある茶屋で客がうたつてる

打ちそこねた釘が首を曲げた

烏がだまつてとんで行つた

昼ふかぶか木魚ふいてやるはげてゐる

妹と夫婦めく秋草

小さい火鉢でこの冬を越さうとする

心をまとめる鉛筆とがらす

仏にひまをもらつて洗濯してゐる

ただ風ばかり吹く日の雑念

二人よつて狐がばかす話をしてる

うそをついたやうな昼の月がある

酔のさめかけの星が出てゐる

考へ事して橋渡りきる

おほらかに鶏なきて海空から晴れる

山に家をくつつけて菊咲かせてる

しも肥わが肩の骨にかつぐ

板じきに夕餉の両ひざをそろへる

わがからだ焚火にうらおもてあぶる

傘干して傘のかげある一日

こんなよい月を一人で見て寝る

便所の落書が秋となり居る

竹の葉さやさや人恋しくて居る

めしたべにおりるわが足音

淋しいぞ一人五本のゆびを開いて見る

火ばしがそろはぬ儘の一冬なりけり

朝の白波高し漁師家に居る

草履が片つ方つくられたばこにする

島の女のはだしにはだしでよりそふ

今日も生きて虫なきしみる倉の白壁

黒眼鏡かけた女が石に休んで居るばかり

釘に濡手拭かけて凍てる日である

つめたい風の耳二つかたくついてる

お堂しめて居る雀がたんともどつてくる

降る雨庭に流をつくり侘び居る

のら犬の脊の毛の秋風に立つさへ

人殺しありし夜の水の流るるさま

水たまりが光るひよろりと夕風

片目の人に見つめられて居た

紅葉あかるく手紙よむによし

公園冬の小径いづこへともなくある

大地の苔の人間が帽子をかぶる

お盆にのせて椎の実出されふるさと

姉妹椎の実たべて東京の雑誌よんでる

かへす傘又かりてかへる夕べの同じ道である

赤ン坊のなきごゑがする小さい庭を掃いてる

雀のあたたかさを握るはなしてやる

酒もうる煙草もうる店となじみになつた

灰の中から針一つ拾ひ出し話す人もなく

曇り日の落葉掃ききれぬ一人である

門をしめる大きな音さしてお寺が寝る

うで玉子くるりとむいて児に持たせる

かまきりばたりと落ちて斧を忘れず

黒い帯しつかりしめて寒い夜居る

師走の夜の釣鐘ならす身となりて

師走の夜のつめたい寝床が一つあるきり

雪を漕いで来た姿で朝の町に入る

女と淋しい顔して温泉の村のお正月

破れた靴がばくばく口あけて今日も晴れる

寒鮒をこごえた手で数へてくれた

落葉掃けばころころ木の実

犬をかかへたわが肌には毛が無い

かたい梨子をかじつて議論してゐる

漬物桶に塩ふれと母は産んだか

渓深く入り来てあかるし

池を干す水たまりとなれる寒月

蜜柑を焼いて喰ふ小供と二人で居る

片つ方の耳にないしよ話しに来る

両手をいれものにして木の実をもらふ

女に捨てられたうす雪の夜の街燈

濠端犬つれて行く雪空となる

落葉拾うて棄てて別れたきり

こんな大きな石塔の下で死んでゐる

紺の香きつく着て冬空の下働く

あけた事がない扉の前で冬陽にあたつてゐる

きたない下駄ぬいで法話の灯に遠く坐る

冬川にごみを流してもどる

臼ひく女が自分にうたをきかせて居る

堅い大地となり這ふ虫もなし

ゆるい鼻緒の下駄で雪道あるきつづける

ふところの焼芋のあたたかさである

ひげがのびた顔を火鉢の上にのつける

にくい顔思ひ出し石ころをける

底がぬけた柄杓で水を呑まうとした

雪空にじむ火事の火の遠く恋しく

雀がさわぐお堂で朝の粥腹をへらして居る

犬よちぎれるほど尾をふつてくれる

節分の豆をだまつてたべて居る

刈田のなかで仲がよい二人の顔

花が咲いた顔のお湯からあがつてくる

歯をむきだした鯛を威張つて売る

人を待つ小さな座敷で海が見える

夕の鐘つき切つたぞみのむし

夕飯たべてなほ陽をめぐまれてゐる


[小浜時代]
 過酷な労働とは縁のない須磨寺での生活は放哉の気質によく合ったが、寺院内の紛争のためにおよそ一〇か月しか続かなかった。須磨寺を出た放哉は、大正一四(一九二五)年、福井県小浜町の常高寺に落ち着く。

あたまをそつて帰る青梅たくさん落ちてる

剃つたあたまが夜更けた枕で覚めて居る

一人分の米白々と洗ひあげたる

時計が動いて居る寺の荒れてゐる

乞食に話しかける我となつて草もゆ

考へ事をしてゐるたにしが歩いて居る

雪の戸をあけてしめた女の顔

留守番をして地震にゆられて居る

臍に湯をかけて一人夜中の温泉である

かぎりなく蟻が出てくる穴の音なく

かたい机でうたた寝して居つた

蜘蛛がすうと下りて来た朝を眼の前にす

雨のあくる日の柔らかな草をひいて居る

とかげの美しい色がある廃庭

土塀に突かひ棒をしてオルガンひいてゐる学校

うつろの心に眼が二つあいてゐる

母の無い児の父であつたよ

淋しいからだから爪がのび出す

ころりと横になる今日が終つて居る

一本のからかさを貸してしまつた

朝早い道のいぬころ


[京都時代]
 貧乏寺だった常高寺での生活はまたたく間に終わり、放哉は荻原井泉水を頼って京都へ。
 大正一四(一九二五)年の七月から八月、関東大震災後に母と妻を失い京都で独居生活を送る井泉水のもとに身を寄せることになる。

山寺灯されて見て通る

昼寝の足のうらが見えてゐる訪ふ

宵のくちなしの花を嗅いで君に見せる

蜘蛛がとんぼをとつた軒の下で住んでる

蓬ひに来たその顔が風呂を焚いてゐた

旧暦の節句の鯉がをどつて居る


[小豆島時代]
 大正一四(一九二五)年八月、放哉は井泉水の紹介を得て、小豆島に渡る。西光寺の奥の院南郷庵の庵主となった放哉は、酒と作句に明け暮れる。そして翌大正一五(一九二六)年四月七日、病没。享年は四一。

眼の前魚がとんで見せる島の夕陽に来て居る

いつしかついて来た犬と浜辺に居る

さはにある髪をすき居る月夜

漬物石になりすまし墓のかけである

すばらしい乳房だ蚊が居る

あらしの中のばんめしにする母と子

あらしのあとの馬鹿がさかなうりにくる

足のうら洗へば白くなる

海が少し見える小さい窓一つもつ

わが顔があつた小さい鏡買うてもどる

ここから浪音きこえぬほどの海の青さの

すさまじく蚊がなく夜の痩せたからだが一つ

とんぼが淋しい机にとまりに来てくれた

なん本もマッチの棒を消し海風に話す

山に登れば淋しい村がみんな見える

雨の椿に下駄辷らしてたづねて来た

叱ればすぐ泣く児だと云つて泣かせて居る

花がいろいろ咲いてみな売られる

秋風の石が子を産む話

投げ出されたやうな西瓜が太つて行く

壁の新聞の女はいつも泣いて居る

鼠にジヤガ芋をたべられて寝て居た

盆燈籠の下ひと夜を過ごし故里立つ

少し病む児に金魚買うてやる

風吹く家のまはり花無し

山は海の夕陽をうけてかくすところ無し

水を呑んでは小便しに出る雑草

花火があがる空の方が町だよ

一疋の蚤をさがして居る夜中

あけがたとろりとした時の夢であつたよ

おそい月が町からしめ出されてゐる

わが肩につかまつて居る人に眼がない

蓮の葉押しわけて出て咲いた花の朝だ

切られる花を病人見てゐる

お祭り赤ン坊寝させてゐる

陽が出る前の濡れた烏とんでる

蜥蜴の切れた尾がはねてゐる太陽

お遍路木槿の花をほめる杖つく

病人花活けるほどになりし

朝靄豚が出てくる人が出てくる

迷つて来たまんまの犬で居る

すでに秋の山山となり机に迫り来

久し振りの雨の雨だれの音

都のはやりうたうたつて島のあめ売り

障子あけて置く海も暮れきる

あらしがすつかり青空にしてしまつた

淋しきままに熱さめて居り

淋しい寝る本がない

月夜風ある一人咳して

お粥煮えてくる音の鍋ぶた

一つ二つ螢見てたづぬる家

爪切つたゆびが十本ある

鳳仙花の実をはねさせて見ても淋しい

障子の穴から覗いて見ても留守である

入れものが無い両手で受ける

朝月嵐となる

秋山広い道に出る

口あけぬ蜆死んでゐる

せきをしてもひとり

墓地からもどつて来ても一人

恋心四十にして穂芒

なんと丸い月が出たよ窓

ゆうべ底がぬけた柄杓で朝

麦まいてしまひ風吹く日ばかり

今朝の霜濃し先生として行く

となりにも雨の葱畑

くるりと剃つてしまつた寒ン空

夜なべが始まる河音

よい処へ乞食が来た

雨萩に降りて流れ

師走の木魚たたいて居る

松かさそつくり火になつた

風吹きくたびれて居る青草

嵐が落ちた夜の白湯を呑んでゐる

寒ン空シヤツポがほしいな

蜜柑たべてよい火にあたつて居る

とつぷり暮れて足を洗つて居る

昼の鶏なく漁師の家ばかり

海凪げる日の大河を入れる

山火事の北国の大空

墓のうらに廻る

あすは元日が来る仏とわたくし

夕空見てから夜食の箸とる

窓あけた笑ひ顔だ

おそくなつて月夜となつた庵

小さい島に住み島の雪

名残の夕陽ある淋しさ山よ

故郷の冬空にもどつて来た

雨の中泥手を洗ふ

山畑麦が青くなる一本松

窓まで這つて来た顔出して青草

渚白い足出し

貧乏して植木鉢並べて居る

霜とけ鳥光る

あついめしがたけた野茶屋

森に近づき雪のある森

肉がやせて来る太い骨である

一つの湯呑を置いてむせてゐる

やせたからだを窓に置き船の汽笛

すつかり病人になつて柳の糸が吹かれる

春の山のうしろから烟が出だした

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