孔雀船 目録

伊良子 清白  
  漂 泊

蓆戸に
秋風吹いて
河添の旅籠屋さびし
哀れなる旅の男は
夕暮の空を眺めて
いと低く歌ひはじめぬ

亡母は
處女と成りて
白き額月に現はれ
亡父は
童子と成りて
圓き肩銀河を渡る

柳洩る
夜の河白く
河越えて煙の小野に
かすかなる笛の音ありて
旅人の胸に触れたり

故郷の
谷間の歌は
續きつゝ斷えつつ哀し
大空の返響の音と
地の底のうめきの聲と
交りて調は深し

旅人に
母はやどりぬ
若人に
父は降れり
小野の笛煙の中に
かすかなる節は殘れり

旅人は
歌ひ續けぬ
嬰子の昔にかへり
微笑みて歌ひつゝあり



  淡路にて


古翁しま國の
野にまじり覆盆子摘み
門に來て生鈴の
百層を驕りよぶ

白晶の皿をうけ
鮮けき乳を灑ぐ
六月の飲食に
けたゝまし虹走る

清涼の里いでゝ
松に行き松に去る
大海のすなどりは
ちぎれたり繪巻物

鳴門の子海の幸
魚の腹を胸肉に
おしあてゝ見よ十人
同音にのぼり來る



  秋和の里

月に沈める白菊の
秋冷まじき影を見て
千曲少女のたましひの
ぬけかいでたるこゝちせる

佐久の平の片ほとり
あきわの里に霜やおく
酒うる家のさゞめきに
まじる夕の鴈の聲

蓼科山の彼方にぞ
年經るおろち棲むといへ
月はろばろとうかびいで
八谷の奥も照らすかな

旅路はるけくさまよへば
破れし衣の寒けきに
こよひ朗らのそらにして
いとゞし心痛むかな



  旅行く人に


雨の渡に
   順禮の
姿寂しき
   夕間暮


霧の山路に
   駕舁の
かけ聲高き
   朝 朗


旅は興ある
   頭陀袋
重きを土産に
   歸れ君

惡魔木暗に
   ひそみつゝ
人の財を
   ねらふとも

天女泉に
   下り立ちて
小瓶洗ふも
   目に入らむ

山蛭膚に
   吸ひ入らば
谷に藥水
   溢るべく

船醉海に
   苦しむも
龍神臟を
   醫すべし

鳥の尸に
   火は燃えて
山に地獄の
   吹嘘聲

潮に異香
   薫ずれば
海に微妙の
   蜃氣樓

暮れて驛の
   町に入り
旅籠の門を
   くゞる時

米の玄きに
   驚きて
里に都を
   説く勿れ

女房語部
   背すりて
村の歴史を
   講ずべく

主 膳 夫
   雉子を獲て
旨 き 羹
   とゝのへむ

芭蕉の草鞋
   ふみしめて
圓位の笠を
   頂けば

風俗君の
   鹿島立
翁さびたる
   可笑しさよ




  島

黑潮の流れて奔る
沖中に漂ふ島は

眠りたる巨人ならずや
頭のみ波に出して

峨々として岩重れば
目や鼻や顏何ぞ奇なる

裸々として樹を被らず
聳えたる頂高し

鳥啼くも魚群れ飛ぶも
雨降るも日の出入るも

青空も大海原も
春と夏秋と冬も

眠りたる巨人は知らず
幾千年頑たり崿たり




  海の聲

いさゝむら竹打戰ぐ
丘の徑の果にして
くねり可笑しくつら/\に
しげるいそべの磯馴松

花も紅葉もなけれども
千鳥あそべるいさごぢの
渚に近く下り立てば
沈みて青き海の石

貝や拾はん莫告藻や
摘まんといひしそのかみの
歌をうたひて眞玉なす
いさごのうへをあゆみけり

波と波とのかさなりて
砂と砂とのうちふれて
流れさゞらぐ聲きくに
いせをの蜑が耳馴れし
音としもこそおぼえざれ

社をよぎり寺よぎり
鈴振り鳴らし鐘をつき
海の小琴にあはするに
澄みてかなしき簫となる

御座の灣西の方
和具の細門に船泛けて
布施田の里や青波の
潮を渡る蜑の兒等

われその淵を泛べばや
われその水を渡らばや
しかず纜解き放ち
今日は和子が伴たらん

見ずやとも邊越賀の松
見ずやへさきに青の峰
ゆたのたゆたのたゆたひに
潮の和みぞはかられぬ


和みは潮のそれのみか
日は麗らかに志摩の國
空に黄金や集ふらん
風は長閑に英虞の山
花や郡をよぎるらん

よしそれとても海士の子が
歌うたはずば詮ぞなき
歌ひてすぐる入海の
さし出の岩もほゝゑまん

言葉すくなき入海の
波こそ君の友ならめ
大海原の男のこらは
あまの少女は江の水に

さても縑の衣ならで
船路間近き藻の被衣
女だてらに水底の
黄泉國にも通ふらむ

黄泉の醜女は嫉妬あり
阿古屋の貝を敷き列ね
顏美き子等を誘ひて
岩の櫃もつくるらん

さばれ海なる底ひには
父も沈みぬちゝのみの
母も伏しぬ柞葉の
生れ乍らに水潜る
歌のふしもやさとるらん

櫛も捨てたり砂濱に
簪も折りぬ岩角に
黑く沈める眼のうちに
映るは海の泥のみ

若きが膚も潮沫の
觸るゝに早く任せけむ
いは間にくつる捨錨
それだに里の懷しき


哀歌をあげぬ海なれば
花草船を流れすぎ
をとめの群も船の子が
袖にかくるゝ秋の夢

夢なればこそ千尋なす
海のそこひも見ゆるなれ
それその石の圓くして
白きは星の果ならん

いまし蜑の子艪拍子の
など亂聲にきこゆるや
われ今海をうかがふに
とくなが顏は蒼みたり

ゆるさせたまへ都人
きみのまなこは朗らかに
いかなる海も射貫くらん
伝へきくらく此海に
男のかげのさすときは
かへらず消えず潜女の
深き業とぞ怖れたる

われ微笑にたへやらず
肩を叩いて童形の
神に翼を疑ひし
それもゆめとやいふべけん

島こそ浮かべくろぐろと
この入海の島なれば
いつ羽衣の落ち沈み
飛ばず翔らず成りぬらむ

見れば紫日を帶びて
陽炎ひわたる玉のつや
つや/\われはうけひかず
あまりに輕き姿かな

白ら松原小貝濱
泊つるや小舟船越の
昔は汐も通ひけむ
これや月日の破壞ならじ


潮のひきたる煌砂
うみの子ならで誰かまた
かゝる汀に仄白き
鏡ありやと思ふべき

大海原と入海と
こゝに迫りて海神が
こゝろなぐさや手すさびや
陸を細めし鑿の業

今細雲の曳き渡し
紀路は遙けし三熊野や
白木綿咲ける海岸に
落つると見ゆる夕日かな



  夏日孔雀賦

園の主に導かれ
庭の置石石燈籠
物古る木立築山の
景有る所うち過ぎて
池のほとりを來て見れば
棚につくれる藤の花
紫深き彩雲の
陰にかくるゝ鳥屋にして
番の孔雀砂を踏み
優なる姿睦つるゝよ

地に曳く尾羽の重くして
歩はおそき雄の孔雀
雌鳥を見れば嬌やかに
柔和の性は具ふれど
綾に包める毛衣に
己れ眩き風情あり


雌鳥雄鳥の立竝び
砂にいざよふ影と影
飾り乏き身を耻ぢて
雌鳥は少し退けり
落羽は見えず砂の上
清く掃きたる園守が
箒の痕も失せやらず
一つ落ち散る藤浪の
花を啄む雄の孔雀
長き花總地に垂れて
歩めば遠し砂原
見よ君來れ雄の孔雀
尾羽擴ぐるよあなや今
あな擴げたりことごとく
こゝろ籠めたる武士の
晴の鎧に似たるかな
花の宴宮内の
櫻襲のごときかな
一つの尾羽をながむれば
右と左にたち別れ
みだれて靡く細羽の
金絲の縫を捌くかな
圓く張りたる尾の上に
圓くおかるゝ斑を見れば
雲の峯湧く夏の日に
炎は燃ゆる日輪の
半ば蝕する影の如
さても面は濃やかに
げに天鷲絨の軟かき
これや觸れても見まほしの
指に空しき心地せむ

いとゞ和毛のゆたかにて
胸を纏へる光輝と
紫深き羽衣は
紺地の紙に金泥の
文字を透すが如くなり
冠に立てる二本の
羽は何物直にして
位を示す名鳥の
これ頂の飾なり
身はいと小さく尾は廣く
盛なるかな眞白なる
砂の面を歩み行く
君それ砂といふ勿れ
この鳥影を成す所
妙の光を眼にせずや
仰げば深し藤の棚
王者にかざす覆蓋の
形に通ふかしこさよ
四方に張りたる尾の羽の
めぐりはまとふ薄霞
もとより鳥屋のものなれど
鳥屋より廣く見ゆるかな

何事ぞこれ圓らかに
張れる尾羽より風出でゝ
見よ漣の寄るごとく
羽と羽とを疾くぞ過ぐ
天つ錦の羽の戰ぎ
香りの草はふまずとも
香らざらめやその和毛
八百重の雲は飛ばずとも
響かざらめやその羽がひ
獅子よ空しき洞をいで
小暗き森の巌角に
その鬣をうち振ふ
猛き姿もなにかせむ
鷲よ御空を高く飛び
日の行く道の縦横に
貫く羽を摶ち羽ぶく
雄々しき影もなにかせむ
誰か知るべき花蔭に
鳥の姿をながめ見て
朽ちず亡びず價ある
永久の光に入りぬとは
誰か知るべきこゝろなく
庭逍遙の目に觸れて
孔雀の鳥屋の人の世に
高き示しを與ふとは
時は滅びよ日は逝けよ
形は消えよ世は失せよ
其處に殘れるものありて
限りも知らず極みなく
輝き渡る樣を見む
今われ假りにそのものを
美しとのみ名け得る

振放け見れば大空の
日は午に中たり南の
高き雲間に宿りけり
織りて隙なき藤浪の
影は幾重に匂へども
紅燃ゆる天津目の
焔はあまり強くして
梭と飛び交ひ箭と亂れ
銀より白き穗を投げて
これや孔雀の尾の上に
盤渦巻きかへり迸り
或は露と溢れ零ち
或は霜とおき結び
彼處に此處に戲るゝ
千々の日影のたゞずまひ
深き淺きの差異さへ
色薄尾羽にあらはれて
涌來る彩の幽かにも
末は朧に見ゆれども
盡きぬ光の泉より
ひまなく灌ぐ金の波
と見るに近き池の水
あたりは常のまゝにして
風なき晝の藤の花
靜かに垂れて咲けるのみ

今夏の日の初とて
菖蒲刈り葺く頃なれば
力あるかな物の榮
若き緑や樹は繁り
煙は探し園の内
石も青葉や萌え出でん
雫こぼるゝ苔の上
雫も堅き思あり
思へば遠き冬の日に
かの美しき尾も凍る
寒き塒に起臥して
北風通ふ鳥屋のひま
雙つの翼うちふるひ
もとよりこれや靈鳥の
さすがに羽は亂さねど
塵のうき世に捨てられて
形は薄く胸は痩せ
命死ぬべく思ひしが
かくばかりなるさいなみに
鳥はいよ/\美しく
奇しき戰や冬は負け
春たちかへり夏來り
見よ人にして桂の葉
鳥は御空の日に向ひ
尾羽を擴げて立てるなり
讃に堪へたり光景の
庭の面にあらはれて
雲を驅け行く天の馬
翼の風の疾く強く
彼處蹄や觸れけんの
雨も溶き得ぬ深緑
澱未だ成らぬ新造酒の
流を見れば倒しまに
底とごとくあらはれて
天といふらし盃の
落すは淺黄瑠璃の河
地には若葉
誰行くらしの車路ぞ
朝と夕との雙手もて
擎ぐる珠は陰光
溶けて去なんず春花に
くらべば強き夏花や
成れるや陣に騎慢の
汝孔雀よ華やかに
又かすかにも濃やかに
千々の千々なる色彩を
間なく時なく眩ゆくも
標はし示すたふとさよ
草は靡きぬ手を擧げて
木々は戰ぎぬ袖振りて
即ち物の證明なり
かへりて思ふいにしへの
人の生命の春の日に
三保の松原漁夫の
懸る見してふ天の衣
それにも似たる奇蹟かな
こひねがはくば少くも
此處も駿河とよばしめよ


斯くて孔雀は尾ををさめ
妻懸ふらしや雌をよびて
語らふごとく鳥屋の内
花耻かしく藤棚の
柱の陰に身をよせて
隠るゝ風情哀れなり
しば/\藤は砂に落ち
ふむにわづらふ鳥と鳥
あな似つかしき雄の鳥の
羽にまつはる雌の孔雀



  花 賣

花賣娘名はお仙
十七花を賣りそめて
十八戀を知りそめて
顏もほてるや耻かしの
蝮に儼まれて脚切るは
山家の子等に驗あれど
戀の附子矢に傷かば
毒とげぬくも晩からん

村の外れの媼にきく
昔も今も花賣に
戀せぬものはなかりけり
花の蠱はす業ならん

市に艶なる花賣が
若き脈搏つ花一枝
彌生小窓にあがなひて
戀の血汐を味はん



  月光日光


月光の
語るらく
わが見しは一の姫
  古あをき笛吹いて
  夜も深く塔の
  階級に白々と
    立ちにけり

日光の
    語るらく
わが見しは二の姫
  香木の髄香る
  槽桁や白乳に
  浴みして降りかゝる
  花姿天人の
  喜悦に地どよみ
    虹たちぬ

月光の
    語るらく
わが見しは一の姫
  一葉舟湖にうけて
霧の下まよひては
  髪かたちなやましく
    亂れけり

日光の
    語るらく
わが見しは二の姫
  顏映る圓柱
  驕り鳥尾を觸れて
  風起り波怒る
  霞立つ空殿を
  七尺の裾曳いて
  黄金の跡印けぬ


月光の
    語るらく
わが見しは一の姫
  死の島の岩陰に
  青白くころび伏し
  花もなくむくろのみ
    冷えにけり

日光の
    語るらく
わが見しは二の姫
  城近く草ふみて
  妻覓ぐと來し王子は
  太刀取の耻見じと
  火を散らす駿足に
  かきのせて直走に
  國領を去りし時
  春風は微吹きぬ



  華燭賦

律師は麓の
   寺をいでゝ
駕は山の上
   竹の林の
夕の家の
   門に入りぬ

親戚誰彼
   宴をたすけ
小皿の音
   厨にひゞき
燭を呼ぶ聲
   背戸に起る

小桶の水に
   浸すは若菜
若菜を切るに
   俎板馴れず
新しき刄の
   痕もなければ

菱形なせる
   窓の外に
三尺の雪
   戸を壓して
靜かに暮るゝ
   山の夕

夕は
   樂しき時
夕は
   清き時
夕は
   美しき時


この夕
   雪あり
この夕
   月あり
この夕
   宴あり

火の氣弱きを
   憂ひて
竈にのみ
   立つな
室に入りて
   花の人を見よ

花の人と
   よびまゐらせて
この夕は
   名をいはず
この夕は
   名なし


律師席に入て
   霜毫威あり
長人を煩はすに
   堪へたり夕

琥珀の酒
   酌むに盃あり
盃の色
   紅なるを
山人驕奢に
   長ずと言ふか

紅は紅の
   芙蓉の花の
秋の風に
   折れたる其日
市の小路の
   店に獲たるを
律師詩に堪能
   箱の蓋に
紅花盃と
   書して去りぬ

紅花盃を
   重ねて
雪夜の宴
   月出でたり
月出でたるに
   島臺の下暗き

島臺の下
   暗き
蓬莱の
   松の上に
斜におとす
   光なれば

銀の錫懸
   用意あらむや
山の竹より
   笹を摘みて
陶瓶の口に
   挿せしのみ

王者の調度に
   似ぬは何々
其子の帶は
うす紫の
友禪染の
   唐縮緬か

艶ある髪を
   結ぶ時は
風よく形に
逆らひ吹くと
怨ずる恨み
   今無し


若き木樵の
   眉を見れば
燭を剪る時
   陰をうけて
額白き人
   室にあり

袴のうへに
   手をうちかさね
困ずる席は
   花のむしろ
筵の色を
   許するには
まだ唇の
紅ぞ深き

北の家より
   南の家に
來る道すがら
   得たる思は
花にあらず
   蜜にあらず

花よりも
   蜜よりも
美しく甘き
   思は胸に溢れたり

雷落ちて
   藪を焼きし時
諸手に腕を
   許せし人は
今相對ひて
   月を挾む

盃とるを
   差る二人は
天の上
   若き星の
酒の泉の
   前に臨みて
香へる浪に
   恐づる風情


紅花盃
   琥珀の酒
白き手より
   荒き手にうけて
百の矢うくるも
   去るな二人
御寺の塔の
   扉に彫れる
神女の戲
   笙を吹いて
舞ふにまされる
   雪夜のうたげ
律師駕に命じて
   北の家に行き
月下の氷人
   去りて後
二人いさゝか
   容儀を解きぬ

夜を賞するに
   律師の詩あり
詩は月中に
   桂樹挂り
千丈枝に
   銀を着く
銀光溢れて
   家に入らば
卜する所
   幸なりと




  五月野

五月野の昼しみら
瑠璃囀の鳥なきて
草長き南國
極熱の日に火ゆる

謎と組む曲路
深沼の岸に盡き
人形の樹立見る
石の間青き水

水を截る圓肩に
睡蓮花を分け
のぼりくる美し君
柔かに眼を開けて

王藻髪捌け落ち
眞素膚に翻へる浪
木々の道木々に倚り
多の草多にふむ

葉の裏に虹懸り
姫の路金撲つ
大地の人離野
變化居る白日時

垂鈴の百濟物
熟れ撓む石の上
みだれ伏す姫の髪
高圓の日に乾く

手枕の腕つき
白玉の夢を展べ
処女子の胸肉は
力ある足の弓


五月野の濡跡道
深沼の小黑水
落星のかくれ所と
傳へきく人の子等

空像の數知らず
うかびくる岸の隈
湧き上ぼる高水に
いま起る物の音

めざめたる姫の面
丹穗なす火にもえて
たわわ髪身を起す
光宮玉の人

微笑みて下り行く
湖の底姫の國
足うらふむ水の梯
物の音遠ざかる

目路のはて岸木立
晝下ちず日の眞洞
迷野の道の奥
水姫を誰知らむ




  花柑子

島國の花柑子
高圓に匂ふ夜や
大渦の荒潮も
羽をさめほゝゑめり

病める子よ和の今
窓に倚り常花の
星村にぬかあてゝ
さめざめとなけよかし

生をとめ月姫は
新なる丹の皿に
開命貴寶を盛り
よろこびの子にたびん

清らなる身とかはり
五月野の遠を行く
花環虹めぐり
銀の雨そゝぐ



 不開の間

花吹雪
まぎれに
さそはれて
いでたまふ
館の姫

蝕める
古梯
眼の前に
櫓だつ
不開の間

香の物
焚きさし
採火女めく
影動き
きえにけり

夢の華
処女の
胸にさき
きざはしを
のぼるか

諸扉
さと開く
風のごと
くらやみに
誰ぞあるや


色蒼く
まみあけ
衣冠して
束帶の
人立てり

思ふ今
いけにへ
百年を
人柱
えも朽ちず

年若き
つはもの
戀人を
持ち乍ら
うめられぬ

怪し瞳
炎に
身は燃えて
死にながら
輝ける

何しらん
禁制
姫の裾
なほ見えぬ
扉とづ

白壁に
居る虫
春の日は
うつろなす
暮れにけり



  安乘の稚兒


志摩の果安乘の小村
早手風岩をどももし
柳道木々を根こじて
虚空飛ぶ断れの細葉

水底の泥を逆上げ
かきにごす海の病
そゝり立つ波の大鋸
過げとこそ船をまつらめ

とある家に飯蒸かへり
男もあらず女も出で行きて
稚子ひとり小籠に座り
ほゝゑみて海に對へり

荒壁の小家一村
反響する心と心
稚子ひとり恐怖をしらず
ほゝゑみて海に對へり

いみじくも貴き景色
今もなほ胸にぞ跳る
少くして人と行きたる
志摩のはて安乘の小村



  鬼の語


顏蒼白き若者に
秘める不思議きかばやと
村人數多來れども
彼はさびしく笑ふのみ

前の日村を立出でゝ
仙者が嶽に登りしが
恐怖を抱くものゝごと
山の景色を語らはず

傳へ聞くらく此河の
きはまる所瀧ありて
其れより奥に入るものは
必ず山の祟あり


蝦蟆氣を吹きて立曇る
篠竹原を分け行けば
冷えし掌あらはれて
頂〔項〕顏に觸るゝとぞ

陽炎高さ二萬尺
黄山赤山黑山の
劍を植ゑたる頂に
秘密の主は宿るなり

盆の一日は暮れはてゝ
淋しき雨と成りにけり
怪しく光りし若者の
眼の色は冴え行きぬ

劉邦未だ若うして
谷路の底に蛇を斬りつ
而うして彼漢王の
位をつひに贏ち獲たり

この子も非凡山の氣に
中たりて床に隠れども
禁を守りて愚鈍者に
鬼の語を語らはず



  戲れに

わが居る家の大地に
黑き帝の住みたまひ
地震の踊の優なれば
下り來れと勅あれど
われは行きえず人なれば

わが居る家の大空に
白き女王の住みたまひ
星の祭の艶なれば
上り來れと勅あれど
われは行きえず人なれば

わが居る家の古厨子に
遠き御祖の住みたまひ
とこ降る花のたへなれば
開けて來れとのたまへど
われは行きえず人なれば

わが居る家の厨内
働く妻をよびとめて
夕の設をたづぬるに
好める魚のありければ
われは行きけり人なれば



  初 陣


父よ其手綱を放せ
槍の穗に夕日宿れり
數ふればいま秋九月
赤帝の力衰へ
天高く雲野に似たり
初陣の駒鞭うたば
夢杳か兜の星も
きらめきて東道せむ
父よ其手綱を放せ
狐啼く森の彼方に
月細くかゝれる時に
一すじぢの烽火あがらば
勝軍笛ふきならせ
軍神わが肩のうへ
銀燭の輝く下に
盃を洗ひて待ちね

父よ其手綱を放せ
髪皤くきみ老いませり
花若く我胸顕る
橋を断ちて砲おしならべ
巌高く剣を植ゑて
さか落し千丈の崖
旗さし物亂れて入らば
大雷雨奈落の底
風寒しあゝ皆血汐

父よ其手綱を放せ
君しばしうたゝ寝のまに
繪巻物逆に開きて
夕べ星波間に沈み
霧深く河の瀨なりて
野の草に亂るゝ螢
石の上惡氣上りて
亡跡を君に志らせん

父よ其手綱を放せ
故郷の寺の御庭に
うるはしく列ぶおくつき
栗の木のそよげる夜半に
たゞ一人さまよひ入りて
母上よ晩くなりぬと
わが額をみ胸にあてゝ
ひたなきになきあかしなば
わが望滿ち足らひなん
神の手に抱かれずとも

父よ其手綱を放せ
雲うすく秋風吹きて
萩芒高なみ動き
軍人小松のかげに
遠祖らの功名をゆめむ
今ぞ時貝が音ひゞく
初陣の駒むちうちて
西の方廣野を驅らん



  駿馬問答


  使 者

月毛なり連錢なり
丈三寸年五歳
天上二十八宿の連錢
須彌三十二相の月毛
青龍の前脚
白虎の後脚
忠を踏むか義を踏むか
諸蹄の薄墨色
落花の雪か飛雪の花か
生つきの眞白栲
竹を剥ぎて天を指す両の耳の戦ぎ
鈴を懸けて地に向ふ讐の目の潤い
擧れる筋怒いかれる肉
銀河を倒にして膝に及ぶ鬣
白雲を束ねて草を曳く尾
龍蹄の形驊騮の相
神馬か天馬か
言語道斷希代なり
城主の御親書
戲上達背候ふまじ

  駿馬の主

曲事仰せ候
城主の執心物に相應はず
夫れ駿馬の來るは
聖代第一の嘉瑞なり
虞舜の世に鳳凰下り
孔子の時に麒麟出るに同じ
理世安民の治略至らず
富國殖産の要術なくして
名馬の所望及び候はず

  使 者

御馬の具は何々
水干鞍の金覆輪
梅と櫻の螺細は
御庭の春の景色なり
韉の縫物は
飛鳥の孔雀七寶の縁飾
雲龍の大履脊
紗の鞍おほひ
人車記の故實に出で
鐵地の鐙は
一葉の船を形容たり
おもがい鞅鞦は
大總小總掛け交ぜて
五色の絲の縷絲に
漣組たる連着懸
差繩行繩引繩の
緑に映ゆる唐錦
菱形轡蹄の錢
馬装束の數々を
盡して召されうづるにても
御錠違背候ふか


  駿馬の主

中々の事に候
駿馬の威德は金銀を忌み候

  使 者

さらば駿馬の威德
御物語候へ

  駿馬の主

夫れ駿馬の威德といつば
世の常の口強足駿
笠懸流鏑馬犬追物
遊戲狂言の凡畜にあらず
天竺震旦古例あり
馬は觀音の部衆
雜阿含經にも四種の馬を説かれ
六波羅蜜の功德にて
畜類ながらも菩薩の行
悉陀太子金色の龍蹄に
十丈の鐵門を越え
三界の獨尊と仰がれ給ふ
帝堯の白馬
穆王の八駿
明天子の德至れり
漢の光武は一日に
千里の馬を得
寧王朝夕馬を畫いて
桃花馬を逸せり
異國の譚は多かれども
類稀なる我宿の
一の駿馬の形相は
嘶く聲落日を
中天に回らし
蹄の音星辰の
夜砕くる響あり
躍れば長髪風に鳴て
萬丈の谷を越え
馳すれば鐵脚火を發して
千里の道に疲れず
千斤の鎧百貫の鞍
堅轡強鞭
鎧かろがろ
鞍ゆら/\
轡は儼み碎かれ
鞭はうちをれ
飽くまで肉の硬き上に
身輕の曲馬品々の藝
碁盤立弓杖
一文字杭渡り
教ずして自ら法を得たり
扨又絶險難所渡海登山
陸を行けば平地を歩むが如く
海に入れば扁舟に棹さすに似たり
木曾の御嶽駒ケ嶽
越の白山立山
上宮太子天馬に騎して
梵天宮に至り給ひし富士の峯
高き峯々嶽々
阿波の鳴門穏戸の瀨戸
天龍刀根湖水の渡り
聞ゆる急流荒波も
蹄にかけてかつし/\
肝臆ず驅早し
いつかな馳り越えつべし
そのほか戰場の砌は
風の音に伏勢を覺り
雲を見て雨雪をわきまふ
先陣先驅拔驅間牒
又は合戰最中の時
槍矛箭種ケ島
面をふり躰をかはして
主をかばふ忠と勇は
家子郎等に異ならず
かゝる名馬は奥の牧
吾妻の牧大山木曾
甲斐の黑駒
その外諸國の牧々に
萬頭の馬は候ふとも
又出づべくも侯はず
名馬の鑑駿馬の威德
あゝら有難の我身や候

  使 者

御物語奇特に候
とう/\城に立歸り
再度の御親書
申し請はゞやと存じ侯


  駿馬の主

かしまじき御使者候
及もなき御所望候へば
いか程の手立を盡され
幾許の御書を遊ばされ候ふとも
御料には召されまじ
法螺鉦陣太鼓
旗さし物笠符
軍兵數多催されて
家のめぐり十重二十重
鬨の聲あげてかこみ候ふとも
召料には出さじ
器量ある大將軍にあひ奉らば
其時こそ駒も榮あれ駒主も
道々引くや四季繩の
春は御空の雲雀毛
夏は垣ほの卯花搗毛
秋は落葉の栗毛
冬は折れ伏す蘆毛積る雪毛
數多き御馬のうちにも
言上いたして召され候はん
拝謁申して駿馬を奉らん

 この篇
『飾馬考』
『驊留全書』
『武器考證』
『馬術全書』
『鞍鐙之辯』
『春日神馬繪圖及解』
『太平記』及び
『巣林子』の諸作に憑る所多し
敢て出所を明にす

をはり

藪野直史先生の撰で原版は表題を、
他の頁は「鬼火」「同 日々の迷走」
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  漂 泊へうはく

蓆戸むしろど
秋風あきかぜいて
河添かはぞひの旅籠屋はたごやさびし
あはれなる旅たびの男をとこ
夕暮ゆふぐれの空そらを眺ながめて
いと低ひくく歌うたひはじめぬ

亡母なきはゝ
處女をとめと成りて
しろき額ぬかつきに現あらはれ
亡父なきちゝ
童子わらはと成りて
わ〔ま〕ろき肩かた銀河ぎんがを渡わた

やなぎ
の河かはしろ
かはえて煙けぶりの小野をの
かすかなる笛ふえの音ありて
旅人たびびとの胸むねに触れたり

故郷ふるさと
谷間たにまの歌うた
つゞきつゝ斷えつつ哀かな
大空おほぞらの返響こだまの音をと
の底そこのうめきの聲こゑ
まじはりて調しらべは深ふか

旅人たびびと
はゝはやどりぬ
若人わかびと
ちゝは降くだれり
小野をのの笛ふえけぶりの中なか
かすかなる節ふしは殘のこれり

旅人たびびと
うたひ續つゞけぬ
嬰子みどりごの昔むかしにかへり
微笑ほゝゑみて歌うたひつゝあり



  淡路あはぢにて

古翁ふるおきなしま國くに
野にまじり覆盆子いちご
かどに來て生鈴いくすゞ
百層もゝさかを驕おごりよぶ

白晶はくしやうの皿さらをうけ
あざらけき乳を灑そゝ
六月ぐわつの飲食おんじき
けたゝまし虹にじはし

清涼せいろうの里さといでゝ
まつに行き松まつに去
大海おほうみのすなどりは
ちぎれたり繪巻物ゑまきもの

鳴門なるとの子うみの幸さち
の腹はらを胸肉むなじゝ
おしあてゝ見よ十人とたり
同音どうおんにのぼり來



  秋和さ〔あ〕きわの里さと

つきに沈しづめる白菊しらぎく
あきすさまじき影かげを見
千曲少女ちくまをとめのたましひの
ぬけかいでたるこゝちせる

佐久さくの平たひらの片かたほとり
あきわの里さとに霜しもやおく
さけうる家いへのさゞめきに
まじる夕ゆふべの鴈かりの聲こゑ

蓼科山たでしなやまの彼方かなたにぞ
年經としふるおろち棲むといへ
つきはろばろとうかびいで
八谷やたにの奥おくも照らすかな

旅路たびぢはるけくさまよへば
れし衣ころもの寒さむけきに
こよひ朗ほがららのそらにして
いとゞし心痛こころいたむかな



  旅行たびゆく人ひと

あめの渡わたし
   順禮じゆんれい
姿すがたさびしき
   夕間暮ゆふまぐれ

きりの山路やまぢ
   駕舁かごかき
かけ聲ごゑたか
   朝 朗あさぼらけ

たびは興けうある
   頭陀袋づだぶくろ
おもきを土産つど
   歸かへれ君きみ

惡魔あくま木暗こぐれ
   ひそみつゝ
ひとの財たから
   ねらふとも

天女てんによいづみ
   下り立ちて
小瓶こがめあらふも
   目に入らむ

山蛭やまひるはだ
   吸ひ入らば
たにに藥水やくすゐ
   溢あふるべく

船醉ふなゑひうみ
   苦くるしむも
龍神りゆうじんむね
   醫いやすべし

とりの尸かばね
   火は燃えて
やまに地獄じごく
   吹嘘聲いぶくこゑ

うしほに異香いかう
   薫くんずれば
うみに微妙びみやう
   蜃氣樓かひやぐら

れて驛うまや
   町まちに入
旅籠はたごの門かど
   くゞる時とき

こめの玄くろきに
   驚おどろきて
さとに都みやこ
   説く勿なか

女房にようぼ語部かたりべ
   背せなすりて
むらの歴史れきし
   講こうずべく

あるじ 膳 夫かしはで
   雉子きじを獲
うま き 羹あつもの
   とゝのへむ

芭蕉はせをの草鞋わらぢ
   ふみしめて
圓位ゑんいの笠かさ
   頂いたゞけば

風俗ふうぞくきみ
   鹿島立かしまだち
おきなさびたる
   可笑をかしさよ



  島しま

黑潮くろじほの流ながれて奔はし
沖中おきなかに漂たゞよふ島しま

ねむりたる巨人きよじんならずや
かしらのみ波なみに出いだして

峨々がゞとして岩いはかさなれば
や鼻はなや顏かほぞ奇なる

裸々らゝとして樹を被かうぶらず
そびえたる頂いたゞきたか

とりくも魚うをれ飛ぶも
あめるも日の出入いでいるも

青空あをぞらも大海原おほうなばら
はると夏なつあきと冬ふゆ

ねむりたる巨人きよじんは知らず
幾千年いくちとせぐわんたり崿がくたり



  海うみの聲こゑ

いさゝむら竹たけ打戰うちそよ
をかの徑こみちの果はてにして
くねり可笑をかしくつら/\に
しげるいそべの磯馴松そなれまつ

はなも紅葉もみぢもなけれども
千鳥ちどりあそべるいさごぢの
なぎさに近ちかく下り立てば
しづみて青あをき海うみの石いし

かひや拾ひろはん莫告藻なのりそ
まんといひしそのかみの
うたをうたひて眞玉またまなす
いさごのうへをあゆみけり

なみと波なみとのかさなりて
すなと砂すなとのうちふれて
ながれさゞらぐ聲こゑきくに
いせをの蜑あまが耳馴みみなれし
おととしもこそおぼえざれ

やしろをよぎり寺てらよぎり
すゞり鳴らし鐘かねをつき
うみの小琴をごとにあはするに
みてかなしき簫ふえとなる

御座ござの灣いりうみ西にしの方かた
和具わぐの細門ほそどに船ふねけて
布施田ふせだの里さとや青波あをなみ
うしほを渡わたる蜑あまの兒等こら

われその淵ふちを泛うかべばや
われその水みづを渡わたらばや
しかず纜ともづなき放はな
今日けふは和子わくごが伴ともたらん

ずやとも邊越賀こがの松まつ
ずやへさきに青あをの峰みね
ゆたのたゆたのたゆたひに
しほの和なごみぞはかられぬ

なごみは潮しほのそれのみか
は麗うららかに志摩しまの國くに
そらに黄金こがねや集つどふらん
かぜは長閑のどに英虞あごの山やま
はなや郡こほちをよぎるらん

よしそれとても海士あまの子
うたうたはずば詮せんぞなき
うたひてすぐる入海いりうみ
さし出の岩いはもほゝゑまん

言葉ことばすくなき入海いりうみ
なみこそ君きみの友いもならめ
大海原おほうなばらの男のこらは
あまの少女おとめは江の水みづ

さても縑かとりの衣きぬならで
船路ふなぢ間近まぢかき藻の被衣かつぎ
をんなだてらに水底みなぞこ
黄泉國よもつぐににも通かよふらむ

黄泉よみの醜女しこめは嫉妬ねたみあり
阿古屋あこやの貝かひを敷き列つら
顏美かほよき子等こらを誘いざなひて
いはの櫃ひつぎもつくるらん

さばれ海わだなる底そこひには
ちちも沈しづみぬちゝのみの
ははも伏こやしぬ柞葉はゝそは
うまれ乍ながらに水潜みづくゞ
うたのふしもやさとるらん

くしも捨てたり砂濱すなはま
かざりも折りぬ岩角いはかど
くろく沈しづめる眼のうちに
うつるは海うみの泥こひぢのみ

わかきが膚はだも潮沫うたかた
るゝに早はやく任まかせけむ
いは間にくつる捨錨すていかり
それだに里さとの懷なつかしき

哀歌あいかをあげぬ海うみなれば
花草船はなぐさぶねを流ながれすぎ
をとめの群むれも船ふねの子
そでにかくるゝ秋あきの夢ゆめ

ゆめなればこそ千尋ちひろなす
うみのそこひも見ゆるなれ
それその石いしの圓まるくして
しろきは星ほしの果はてならん

いまし蜑あまの子艪拍子ろびやうし
など亂聲らんぜうにきこゆるや
われ今いまうみをうかがふに
とくなが顏かほは蒼あおみたり

ゆるさせたまへ都人みやこびと
きみのまなこは朗ほがらかに
いかなる海うみも射貫いぬくらん
つたへきくらく此海このうみ
おとこのかげのさすときは
かへらず消えず潜女かつぎめ
ふかき業ごふとぞ怖おそれたる

われ微笑ほゝゑみにたへやらず
かたを叩たゝいて童形おうぎやう
かみに翼つばさを疑うたがひし
それもゆめとやいふべけん

しまこそ浮かべくろぐろと
この入海いりうみの島しまなれば
いつ羽衣はごろもの落ち沈しづ
ばず翔かけらず成りぬらむ

れば紫むらさきを帶びて
陽炎かげろひわたる玉たまのつや
つや/\われはうけひかず
あまりに輕かろき姿すがたかな

しらら松原まつばら小貝濱こがひはま
つるや小舟こぶね船越ふなごし
むかしは汐しほも通かよひけむ
これや月日つきひの破壞はゑならじ

しほのひきたる煌砂きらゝすな
うみの子ならで誰たれかまた
かゝる汀みぎはに仄白ほのしろ
かゞみありやと思ふべき

大海原おほうなばらと入海いりうみ
こゝに迫せまりて海神わだつみ
こゝろなぐさや手すさびや
くがを細ほそめし鑿のみの業わざ

いま細雲ほそぐもの曳き渡わた
紀路きぢは遙はるけし三熊野みくまの
白木綿しらゆふける海岸うみぎし
つると見ゆる夕日ゆふひかな



  夏日孔雀賦かじつくじやくのふ

そのの主あるじに導みちびかれ
にはの置石おきいし石燈籠いしどうろ
物古ものふる木立こだち築山つきやま
けいる所ところうち過ぎて
いけのほとりを來て見れば
たなにつくれる藤ふぢの花はな
むらさきふかき彩雲あやぐも
かげにかくるゝ鳥屋とやにして
つがひの孔雀くじやくすなを踏
いうなる姿すがたつるゝよ

に曳く尾羽をばの重おもくして
あゆみはおそき雄の孔雀くじやく
雌鳥めとりを見れば嬌たをやかに
柔和にうわの性しやうは具そなふれど
あやに包つゝめる毛衣けごろも
おのれ眩まばゆき風情ふぜいあり

雌鳥雄鳥めどりをどりの立竝たちなら
すなにいざよふ影かげと影かげ
かざり乏とぼしき身を耻ぢて
雌鳥めどりは少すこし退しりぞけり
落羽おちばは見えず砂すなの上うへ
きよく掃きたる園守そのもり
はゝきの痕あとも失せやらず
一つ落ち散る藤浪ふぢなみ
はなを啄ついばむ雄の孔雀くじやく
ながき花總はなぶさに垂れて
あゆめば遠とほし砂原いさごばら
よ君きみきたれ雄の孔雀くじやく
尾羽をばひろぐるよあなや今いま
あな擴ひろげたりことごとく
こゝろ籠めたる武士ものゝふ
はれの鎧よろひに似たるかな
はなの宴さかもり宮内みやうち
さくらかさねのごときかな
一つの尾羽をばをながむれば
みぎと左ひだりにたち別わか
みだれて靡なびく細羽ほそばね
金絲きんしの縫ぬひを捌さばくかな
まろく張りたる尾の上うへ
まろくおかるゝ斑を見れば
くもの峯みねく夏なつの日
ほのほは燃ゆる日輪にちりん
なかば蝕しよくする影かげの如ごと
さても面おもては濃こまやかに
げに天鷲絨びろうどの軟やはらかき
これや觸れても見まほしの
ゆびに空むなしき心地こゝちせむ

いとゞ和毛にこげのゆたかにて
むねを纏まとへる光輝かゞやき
むらさきふかき羽衣はごろも
紺地こんぢの紙かみに金泥こんでい
文字もじを透すかすが如ごとくなり
かぶりに立てる二本ふたもと
はねは何物なにものすぐにして
くらゐを示しめす名鳥めいてう
これ頂いたゞきの飾かざりなり
はいと小さく尾は廣ひろ
さかんなるかな眞白ましろなる
すなの面おもてを歩あゆみ行
きみそれ砂すなといふ勿なか
この鳥影とりかげを成す所ところ
たへの光ひかりを眼にせずや
あふげば深ふかし藤ふぢの棚たな
王者わうじやにかざす覆蓋ふくがい
かたちに通かよふかしこさよ
四方よもに張りたる尾の羽はね
めぐりはまとふ薄霞うすがすみ
もとより鳥屋とやのものなれど
鳥屋とやより廣ひろく見ゆるかな

何事なにごとぞこれ圓まどらかに
れる尾羽をばより風かぜでゝ
よ漣さゞなみの寄るごとく
はねと羽はねとを疾くぞ過
あまつ錦にしきの羽の戰そよ
かをりの草くさはふまずとも
かをらざらめやその和毛にこげ
八百重やほへの雲くもは飛ばずとも
ひゞかざらめやその羽がひ
獅子しゝよ空むなしき洞ほらをいで
小暗をぐらき森もりの巌角いはかど
その鬣たてがみをうち振ふる
たけき姿すがたもなにかせむ
わしよ御空みそらを高たかく飛
の行く道みちの縦横たてよこ
つらぬく羽はねを摶ち羽ぶく
雄々ををしき影かげもなにかせむ
たれか知るべき花蔭はなかげ
とりの姿すがたをながめ見
ちず亡ほろびず價あたひある
永久とはの光ひかりに入りぬとは
たれか知るべきこゝろなく
には逍遙ぜうえうの目に觸れて
孔雀くじやくの鳥屋とやの人ひとの世
たかき示しめしを與あたふとは
ときは滅ほろびよ日は逝けよ
かたちは消えよ世は失せよ
其處そこに殘のこれるものありて
かぎりも知らず極きはみなく
かゞやき渡わたる樣さまを見
いまわれ假りにそのものを
うつくしとのみ名なづけ得

振放ふりさけ見れば大空おほぞら
は午に中たり南みんなみ
たかき雲間くもまに宿やどりけり
りて隙ひまなき藤浪ふぢなみ
かげは幾重いくへに匂にほへども
紅燃くれなゐもゆる天津目あまつひ
ほのほはあまり強つよくして
をさと飛び交ひ箭と亂みだ
ぎんより白しろき穗を投げて
これや孔雀くじやくの尾の上うへ
盤渦巻うづまきかへり迸ほとばし
あるひは露つゆと溢こぼれ零
あるひは霜しもとおき結むす
彼處かしこに此處こゝに戲たはぶるゝ
千々ちゞの日影ひかげのたゞずまひ
ふかき淺あさきの差異けじめさへ
色薄尾羽いろうずをばにあらはれて
涌來わきくる彩あやの幽かすかにも
すゑは朧おぼろに見ゆれども
きぬ光ひかりの泉いづみより
ひまなく灌そゝぐ金きんの波なみ
と見るに近ちかき池いけの水みづ
あたりは常つねのまゝにして
かぜなき晝ひるの藤ふぢの花はな
しづかに垂れて咲けるのみ

いまなつの日の初はじめとて
菖蒲あやめり葺く頃ころなれば
ちからあるかな物ものの榮はえ
わかき緑みどりや樹は繁しげ
けぶりは探ふかし園そのの内うち
いしも青葉あをばや萌え出でん
しづくこぼるゝ苔こけの上うへ
しづくも堅かたき思おもひあり
おもへば遠とほき冬ふゆの日
かの美うつくしき尾も凍こほ
さぶき塒ねぐらに起臥おきふして
北風きたかぜかよふ鳥屋とやのひま
ふたつの翼つばさうちふるひ
もとよりこれや靈鳥れいてう
さすがに羽はねは亂みださねど
ちりのうき世に捨てられて
かたちは薄うすく胸むねは痩
命死いのちしぬべく思おもひしが
かくばかりなるさいなみに
とりはいよ/\美うつくしく
しき戰いくさや冬ふゆは負
はるたちかへり夏なつきた
よ人ひとにして桂かつらの葉
とりは御空みそらの日に向むか
尾羽をばを擴ひろげて立てるなり
さんに堪へたり光景くわうけい
にはの面おもてにあらはれて
くもを驅け行く天てんの馬うま
つばさの風かぜの疾く強つよ
彼處かしこひづめや觸れけんの
あめも溶き得ぬ深緑ふかみどり
おりだ成らぬ新造酒にひみき
ながれを見れば倒さかしまに
そことごとくあらはれて
そらといふらし盃さかづき
おとすは淺黄あさぎ瑠璃るりの河かは
には若葉わかば
たれくらしの車路くるまぢ
あさと夕ゆふとの雙手もろでもて
さゝぐる珠たまは陰光かげひかり
けて去なんず春花はるばな
くらべば強つよき夏花なつばな
れるや陣ぢんに騎慢けうまん
なんぢ孔雀くじやくよ華はなやかに
またかすかにも濃こまやかに
千々ちゞの千々ちゞなる色彩いろあや
なく時ときなく眩まばゆくも
あらはし示しめすたふとさよ
くさは靡なびきぬ手を擧げて
木々きゞは戰そよぎぬ袖振そでふりて
すなはち物ものの證明あかしなり
かへりて思おもふいにしへの
ひとの生命いのちの春はるの日
三保みほの松原まつばら漁夫いさりを
かゝる見してふ天あめの衣きぬ
それにも似たる奇蹟きせきかな
こひねがはくば少すくなくも
此處こゝも駿河するがとよばしめよ

くて孔雀くじやくは尾ををさめ
妻懸つまこふらしや雌をよびて
かたらふごとく鳥屋とやの内うち
はなはづかしく藤棚ふぢだな
はしらの陰かげに身をよせて
かくるゝ風情ふぜいあはれなり
しば/\藤ふぢは砂すなに落
ふむにわづらふ鳥とりと鳥とり
あな似つかしき雄の鳥とり
はねにまつはる雌の孔雀くじやく


  花 賣はなうり

花賣娘はなうりむすめはお仙せん
十七花はなを賣うりりそめて
十八戀こひを知りそめて
かほもほてるや耻はづかしの
はびに嚙まれて脚あしるは
山家やまがの子等こらに驗げんあれど
こひの附子矢ぶすやに傷きづゝかば
どくとげぬくも晩おそからん

むらの外はづれの媼おばにきく
むかしも今いまも花賣はなうり
こひせぬものはなかりけり
はなの蠱まどはす業わざならん

いちに艶えんなる花賣はなうり
わかき脈搏みやくうつ花一枝はなひとえ
彌生やよひ小窓こまどにあがなひて
こひの血汐ちしほを味あぢははん



  月光日光げつくわうにつくわう

月光げつくわう
かたるらく
わが見しは一いちの姫ひめ
  古ふるあをき笛ふえいて
  夜も深ふかく塔あらゝぎ
  階級きざはしに白々しらじら
    立ちにけり

日光につくわう
    語かたるらく
わが見しは二つぎの姫ひめ
  香木かうぼくの髄ずゐかを
  槽桁ふなげたや白乳はくにう
  浴ゆあみして降りかゝる
  花姿はなすがた天人てんにん
  喜悦よろこびに地つちどよみ
    虹にじたちぬ

月光げつくわう
    語かたるらく
わが見しは一いちの姫ひめ
  一葉舟ひとはぶねにうけて
きりの下したまよひては
  髪かみかたちなやましく
    亂みだれけり

日光につくわう
    語かたるらく
わが見しは二つぎの姫ひめ
  顏かほうつる圓柱まろばしら
  驕おごり鳥どりを觸れて
  風かぜおこり波なみいか
  霞立かすみたつ空殿くうでん
  七尺せきの裾すそいて
  黄金わうごんの跡あとけぬ

月光げつくわう
    語かたるらく
わが見しは一いちの姫ひめ
  死の島しまの岩陰いはかげ
  青白あをしろくころび伏
  花はなもなくむくろのみ
    冷えにけり

日光につくわう
    語かたるらく
わが見しは二つぎの姫ひめ
  城しろちかく草くさふみて
  妻つまぐと來し王子みこ
  太刀取たちとりの耻はぢじと
  火を散らす駿足しゆんそく
  かきのせて直走ひたばせ
  國領こくりやうを去りし時とき
  春風はるかぜは微吹そよふきぬ



  華燭賦くわしよくのふ

律師りしは麓ふもと
   寺てらをいでゝ
は山やまの上うへ
   竹たけの林はやし
ゆふべの家いへ
   門かどに入りぬ

親戚うから誰彼たれかれ
   宴えんをたすけ
小皿こざらの音おと
   厨くりやにひゞき
しよくを呼ぶ聲こゑ
   背戸せとに起おこ

小桶こおけの水みづ
   浸ひたすは若菜わかな
若菜わかなを切るに
   俎板まないたれず
あたらしき刄
   痕あともなければ

菱形ひしがたなせる
   窓まどの外そと
三尺じやくの雪ゆき
   戸を壓あつして
しづかに暮るゝ
   山やまの夕ゆふべ

ゆふベ
   樂たのしき時とき
ゆふベ
   清きよき時とき
ゆふベ
   美うつくしき時とき

この夕ゆふベ
   雪ゆきあり
この夕ゆふベ
   月つきあり
この夕ゆふベ
   宴うたげあり

の氣よわきを
   憂うれひて
かまどにのみ
   立つな
しつに入りて
   花はなの人ひとを見

はなの人ひと
   よびまゐらせて
この夕ゆふベ
   名をいはず
この夕ゆふベ
   名なし

律師りしせきに入いつ
   霜毫しやうがうあり
長人ちやうじんを煩わづらはすに
   堪へたり夕ゆふべ

琥珀こはくの酒さけ
   酌むに盃さかづきあり
さかづきの色いろ
   紅くれなゐなるを
山人やまびと驕奢おごり
   長ちやうずと言ふか

くれなゐは紅くれなゐ
   芙蓉ふようの花はな
あきの風かぜ
   折れたる其日そのひ
いちの小路こうぢ
   店みせに獲たるを
律師りしに堪能たんのう
   箱はこの蓋ふた
紅花盃こうくわはい
   書しよして去りぬ

紅花盃こうくわはい
   重かさねて
雪夜せつやの宴えん
   月出つきいでたり
月出つきいでたるに
   島臺しまだいの下もとくら

島臺しまだいの下もと
   暗くら
蓬莱ほうらい
   松まつの上うへ
なゝめにおとす
   光ひかりなれば

ぎんの錫懸すヾかけ
   用意よういあらむや
やまの竹たけより
   笹さゝを摘みて
陶瓶すがめの口くち
   挿せしのみ

王者わうじやの調度てうど
   似ぬは何々なに/\
其子そのこの帶おび
   うす紫むらさき
友禪染いうぜんぞめ
   唐縮緬とうちりめん

つやある髪かみ
   結むすぶ時とき
かぜよく形かたち
   逆さからひ吹くと
えんずる恨うら
   今いま

わかき木樵きこり
   眉まゆを見れば
しよくを剪る時とき
   陰かげをうけて
ぬかしろき人ひと
   室しつにあり

はかまのうへに
   手をうちかさね
こうずる席せき
   花はなのむしろ
むしろの色いろ
   許ひやうするには
まだ唇くちびる
   紅べにぞ深ふか

きたの家いへより
   南みなみの家いへ
る道みちすがら
   得たる思おもひ
はなにあらず
   蜜みつにあらず

はなよりも
   蜜みつよりも
うつくしく甘あま
   思おもひは胸むねに溢あふれたり

いかづち落ちて
   藪やぶを焼きし時とき
諸手もろてに腕かひな
   許ゆるせし人ひと
いま相對あひむかひて
   月つきを挾はさ

さかづきとるを
   差はづる二人ふたり
てんの上うへ
   若わかき星ほし
さけの泉いづみ
   前まへに臨のぞみて
にほへる浪なみ
   恐づる風情ふぜい

紅花盃こうくわはい
   琥珀こはくの酒さけ
しろき手より
   荒あらき手にうけて
ひやくの矢うくるも
   去るな二人ふたり
御寺みてらの塔たふ
   扉とびらに彫れる
神女しんによの戲たはぶれ
   笙しやうを吹いて
ふにまされる
   雪夜せつやのうたげ
律師りしに命めいじて
   北きたの家いへに行
月下げつかの氷人ひようじん
   去りて後のち
二人にんいさゝか
   容儀かたちを解きぬ

を賞しようするに
   律師りしの詩あり
は月中げつちゆう
   桂樹けいじゆかゝ
千丈ぢやうえだ
   銀ぎんを着
銀光ぎんくわうあふれて
   家いへに入らば
ぼくする所ところ
   幸さいはひなりと



  五月野さつきの

五月野さつきのの昼ひるしみら
瑠璃るりてんの鳥とりなきて
くさながき南國みなみぐに
極熱ごくねつの日に火ゆる

なぞと組む曲路まがりみち
深沼ふけぬまの岸きしに盡き
人形ひとがたの樹立こだち
いしの間ひまあおき水みづ

みづを截る圓肩まろがた
睡蓮ひつじぐさはなを分
のぼりくる美うまし君きみ
やはらかに眼を開けて

王藻髪たまもがみさばけ落
眞素膚ますはだに翻へる浪なみ
木々きぎの道みち木々きぎに倚
さはの草くささはにふむ

の裏うらに虹にじかゝ
ひめの路みちこがね
大地おほづちの人離野ひとがれの
變化へんげる白日時まひるどき

垂鈴たりすゞの百濟物くだらもの
れ撓たわむ石いしの上うへ
みだれ伏す姫ひめの髪かみ
高圓たかまどの日に乾かは

手枕たまくらの腕かひなつき
白玉しらたまの夢ゆめを展
処女子をとめごの胸肉むなじゝ
ちからある足たりの弓ゆみ

五月野さつきのの濡跡道ぬれとみち
深沼ふけぬまの小黑水をぐろみづ
落星おちぼしのかくれ所
つたへきく人ひとの子等こら

空像うたかたの數かずらず
うかびくる岸きしの隈くま
き上のぼぼる高水たまみづ
いま起おこる物ものの音おと

めざめたる姫ひめの面おも
丹穗にのほなす火にもえて
たわわ髪がみを起おこ
光宮ひかりみやたまの人ひと

微笑ほゝえみて下くだり行
うみの底そこひめの國くに
うらふむ水みづの梯はし
ものの音おととほざかる

目路めぢのはて岸木立きしこだち
ひるちず日の眞洞まほら
迷野まよひのの道みちの奥おく
水姫みづひめを誰たれらむ



  花柑子はなかうじ

島國しまぐにの花柑子はなかうじ
高圓たかまどに匂にほふ夜
大渦おほうづの荒潮あらじほ
はねをさめほゝゑめり

める子よ和なごの今いま
まどに倚り常花とこはな
星村ほしむらにぬかあてゝ
さめざめとなけよかし

いくをとめ月姫つきひめ
あらたなる丹の皿さら
開命さくいのち貴寶あでを盛
よろこびの子にたびん

きよらなる身とかはり
五月野さつきのの遠をちを行
花環はなたまきにじめぐり
しろがねの雨あめそゝぐ



  不開あかずの間

花吹雪はなふぶき
まぎれに
さそはれて
いでたまふ
たちの姫ひめ

むしばめる
古梯ふるはし
の前まへ
やぐらだつ
不開あけずの間

かぐの物もの
きさし
採火女ひとりめく
かげうご
きえにけり

ゆめの華はな
処女おとめ
むねにさき
きざはしを
のぼるか

諸扉もろとびら
さと開
かぜのごと
くらやみに
ぞあるや

いろあお
まみあけ
衣冠いかんして
束帶そくたい
ひとてり

おもふ今いま
いけにへ
百年ももとせ
人柱ひとばしら
えも朽ちず

としわか
つはもの
戀人こひびと
ち乍なが
うめられぬ

し瞳ひとみ
ほのほ
は燃えて
にながら
かゞやける

なにしらん
禁制いましめ
ひめの裾すそ
なほ見えぬ
とびらとづ

白壁しらかべ
る虫むし
はるの日
うつろなす
れにけり



  安乘あのりの稚兒ちご

志摩しまの果はて安乘あのりの小村こむら
早手風はやてかぜいはをどももし
柳道やなぎみち木々きゞを根こじて
虚空みそらぶ断ちぎれの細葉ほそば

水底みなぞこの泥どろを逆上さかあ
かきにごす海うみの病いたづき
そゝり立つ波なみの大鋸おほのこ
げとこそ船ふねをまつらめ

とある家に飯いひむせかへり
もあらず女も出で行きて
稚子ちごひとり小籠こかごに座すわ
ほゝゑみて海うみに對むかへり

荒壁あらかべの小家一村こいへひとむら
反響こだまする心こゝろと心こゝろ
稚子ちごひとり恐怖おそれをしらず
ほゝゑみて海うみに對むかへり

いみじくも貴たふとき景色けしき
いまもなほ胸むねにぞ跳をど
わかくして人ひとと行きたる
志摩しまのはて安乘あのりの小村こむら



  鬼おにの語ことば

かほ蒼白あをじろき若者わかもの
める不思議ふしぎきかばやと
村人むらびと數多あまたきたれども
かれはさびしく笑わらふのみ

きその日むらを立出たちいでゝ
仙者せんじやが嶽たけに登のぼりしが
恐怖おそれを抱いだくものゝごと
やまの景色けしきを語かたらはず

つたへ聞くらく此このかは
きはまる所ところたきありて
れより奥おくに入るものは
かならず山やまの祟たゝりあり

蝦蟆がまを吹きて立曇たちくも
篠竹原しのだけはらを分け行けば
えし掌てのひらあらはれて
頂〔項〕うなじかほに觸るゝとぞ

陽炎かげろふたかさ二萬尺まんじやく
黄山きやま赤山あかやま黑山くろやま
けんを植ゑたる頂いただき
秘密ひみつの主ぬしは宿やどるなり

ぼんの一日ひとひは暮れはてゝ
さびしき雨あめと成りにけり
あやしく光ひかりし若者わかもの
まなこの色いろは冴え行きぬ

劉邦りうほういまだ若わかうして
谷路たにぢの底そこに蛇じやを斬りつ
しかうして彼かれ漢王かんわう
くらゐをつひに贏ち獲たり

この子も非凡ひぼんやまの氣
たりて床とこに隠かくれども
きんを守まもりて愚鈍者ぐどんじや
おにの語ことばを語かたらはず



  戲たはぶれに

わが居る家いへの大地おほづち
くろき帝みかどの住みたまひ
地震なゐの踊をどりの優いうなれば
くだり來きたれと勅ちよくあれど
われは行きえず人ひとなれば

わが居る家いへの大空おほぞら
しろき女王めぎみの住みたまひ
ほしの祭まつりの艶えんなれば
のぼり來きたれと勅ちよくあれど
われは行きえず人ひとなれば

わが居る家いへの古厨子ふるづし
とほき御祖みおやの住みたまひ
とこ降る花はなのたへなれば
けて來きたれとのたまへど
われは行きえず人ひとなれば

わが居る家いへの厨内くりやうち
はたらくく妻つまをよびとめて
ゆふべの設まけをたづぬるに
このめる魚うをのありければ
われは行きけり人ひとなれば



  初 陣うひぢん

ちゝよ其その手綱たづなを放はな
やりの穗に夕日ゆふひ宿やどれり
かぞふればいま秋あき九月ぐわつ
赤帝せきていの力ちからおとろ
天高てんたかく雲に似たり
初陣うひぢんの駒こまむちうたば
夢杳ゆめはるか兜かぶとの星ほし
きらめきて東道みちしるべせむ
ちゝよ其その手綱たづなを放はな
きつねく森もりの彼方かなた
つきほそくかゝれる時とき
ひとすぢの烽火のろしあがらば
勝軍かちいくさふえふきならせ
軍神いくさがみわが肩かたのうへ
銀燭ぎんしよくの輝かゞやく下もと
さかづきを洗あらひて待ちね

ちゝよ其その手綱たづなを放はな
かみしろくきみ老いませり
はなわかく我胸わがむねをど
はしを断ちて砲つゝおしならべ
いはたかく剣つるぎを植ゑて
さか落おとし千丈ぢやうの崖がけ
はたさし物亂ものみだれて入らば
大雷雨だいらいう奈落ならくの底そこ
かぜさむしあゝ皆みな血汐ちしほ

ちゝよ其その手綱たづなを放はな
きみしばしうたゝ寝のまに
繪巻物ゑまきものぎやくに開ひらきて
ゆふべ星ほし波間なみまに沈しづ
きりふかく河かはの瀨なりて
の草くさに亂みだるゝ螢ほたる
いしの上うへ惡氣あつきのぼりて
亡跡なきあとを君きみに志らせん

ちゝよ其その手綱たづなを放はな
故郷ふるさとの寺てらの御庭みには
うるはしく列ならぶおくつき
くりの木のそよげる夜半よは
たゞ一人ひとりさまよひ入りて
母上はゝうへよ晩おそくなりぬと
わが額ぬかをみ胸むねにあてゝ
ひたなきになきあかしなば
わが望のぞみ滿ち足らひなん
かみの手に抱いだかれずとも

ちゝよ其その手綱たづなを放はな
くもうすく秋風あきかぜきて
はぎすすきたかなみ動うご
軍人いくさびと小松こまつのかげに
遠祖みおやらの功名いさををゆめむ
いまぞ時ときかひが音ひゞく
初陣うひぢんの駒こまむちうちて
西にしの方かた廣野ひろのを驅らん



  駿馬問答しゆんめもんだふ

  使 者ししや

月毛つきげなり連錢れんぜんなり
たけ三寸ずんとし五歳さい
天上てんじやう二十八宿しゆくの連錢れんぜん
須彌しゆみ三十二相さうの月毛つきげ
青龍せいりゆうの前脚まへあし
白虎びやくこの後脚うしろあし
ちゆうを踏むか義を踏むか
諸蹄もろひづめの薄墨色うすゞみいろ
落花らつくわの雪ゆきか飛雪ひせつの花はな
はえつきの眞白栲ましろたへ
竹を剥ぎて天を指す両の耳のそよぎ
鈴を懸けて地に向ふ讐の目のうるほひ
あがれる筋すぢ怒いかれる肉しゝ
銀河を倒さかしまにして膝に及ぶ鬣たてがみ
白雲はくうんを束つかねて草くさを曳く尾
龍蹄りゆうていの形かたち驊騮くわりゆうの相さう
神馬しんめか天馬てんば
言語道斷ごんごどうだん希代きだいなり
城主じやうしゆの御親書ごしんしよ
戲上けんじやう達背ゐはいさふらふまじ

  駿馬しゆんめの主ぬし

曲事くせごとあふせ候さふらふ
城主の執心しゆうしん物に相應ふさはず
れ駿馬しゆんめの來きたるは
聖代せうだいだい一の嘉瑞かずゐなり
虞舜ぐしゆんの世に鳳凰ほうわうくだ
孔子こうしの時に麒麟きりんいづるに同じ
理世安民りせいあんみんの治略ちりやく至らず
富國殖産ふこくしよくさんの要術なくして
名馬めいばの所望しよまうおよび候さふらはず


  使 者ししや

御馬おんうまの具は何々なに/\
水干鞍すゐかんくらの金覆輪きんぷくりん
うめと櫻さくらの螺細かながひ
御庭おにはの春はるの景色けしきなり
あをりの縫物ぬひもの
飛鳥ひてうの孔雀七寶はうの縁飾へりかざり
雲龍うんりゆうの大履脊おほなめ
きぬの鞍くらおほひ
人車記じんしやきの故實こじつに出
鐵地かなぢの鐙あぶみ
一葉えうの船ふねを形容かたどつたり
おもがひ鞅むながひしりがひ
大總おほぶさ小總こぶさけ交ぜて
五色しきの絲いとの縷絲よりいと
さゞなみうつたる連着れんぢやくかけ
差繩さしなは行繩やりなは引繩ひきなは
みどりに映ゆる唐錦からにしき
菱形轡ひしがたくつわひづめの錢かね
馬装束うまそうぞくの數々かず/\
つくして召されうづるにても
御錠違背ごじやうゐはいさふらふか

  駿馬しゆんめの主ぬし

中々なか/\の事ことに候さふらふ
駿馬の威德は金銀こんごんを忌み候さふらふ

  使 者ししや

さらば駿馬しゆんめの威德ゐとく
御物語おんものがたりさふら

  駿馬しゆんめの主ぬし

れ駿馬しゆんめの威德ゐとくといつば
の常つねの口強くちごは足駿あしばや
笠懸かさがけ流鏑馬やぶさめ犬追物いぬおふもの
遊戲狂言の凡畜ぼんちくにあらず
天竺震旦てんぢくしんだん古例これいあり
うまは觀音くわんおんの部衆ぶしゆう
雜阿含經にも四種の馬を説かれ
六波羅蜜はらみつの功德くどくにて
畜類ちくるゐながらも菩薩ぼさつの行ぎやう
悉陀太子しつたたいし金色こんじきの龍蹄に
十丈ぢやうの鐵門てつもんを越
三界ぐわいの獨尊どくそんと仰あふがれ給ふ
帝堯ていげうの白馬はくば
穆王ぼくわうの八駿しゆん
明天子めいてんしの德とくいたれり
かんの光武くわうぶは一日じつ
千里の馬うまを得
寧王ねいわう朝夕てうせきうまを畫ゑがいて
桃花とうくわを逸いつせり
異國いこくの譚はなしは多おほかれども
類稀たぐひまれなる我宿わがやど
いちの駿馬しゆんめの形相ぎやうさう
いなゝく聲こゑ落日らくじつ
中天ちゆうてんに回めぐらし
ひづめの音おと星辰せいしん
よるくだくる響ひゞきあり
をどれば長髪ちやうはつかぜに鳴なつ
萬丈ぢやうの谷たにを越
すれば鐵脚てつきやくを發はつして
千里の道みちに疲つかれず
千斤きんの鎧よろひ百貫くわんの鞍くら
堅轡かたぐつわ強鞭つよむち
よろひかろがろ
くらゆら/\
くつわは嚙み碎くだかれ
むちはうちをれ
くまで肉しゝの硬かたき上うへ
身輕みがるの曲馬きよくば品々しなじなの藝わざ
碁盤立ごはんだち弓杖ゆんづゑ
一文字もんじ杭渡くひわた
をしヘずして自おのづから法はふを得たり
扨又さてまた絶險難所渡海登山
くがを行けば平地を歩あゆむが如く
海に入れば扁舟(へんしう)に棹さすに似たり
木曾きその御嶽おんたけこまケ嶽だけ
こしの白山しらやま立山たてやま
上宮太子じやうぐうたいし天馬てんまに騎して
梵天宮ぼんてんきうに至り給ひし富士の峯
たかき峯々みね/\嶽々たけだけ
阿波あはの鳴門なる穏戸おんどの瀨戸せと
天龍てんりゆう刀根とね湖水こすゐの渡わた
きこゆる急流きふりう荒波あらなみ
ひづめにかけてかつし/\
かんおぢず驅かけはや
いつかな馳かけり越えつべし
そのほか戰場せんぢやうの砌みぎり
かぜの音おとに伏勢ふせぜいを覺さと
くもを見て雨雪うせつをわきまふ
先陣先驅せんぢんさきがけ拔驅ぬけがけ間牒しのび
または合戰最中かつせんもなかの時とき
やりほこたねケ島しま
めんをふり躰たいをかはして
しゆをかばふ忠ちゆうと勇ゆう
家子郎等いへのこらうどうに異ことならず
かゝる名馬めいばは奥おくの牧まき
吾妻あづまの牧まき大山だいせん木曾きそ
甲斐かひの黑駒くろごま
その外ほか諸國しよこくの牧々まき/\
萬頭とうの馬うまは候さふらふとも
またづべくも侯さふらはず
名馬めいばの鑑かゞみ駿馬しゆんめの威德ゐとく
あゝら有難ありがたの我身わがみや候さふらふ

  使 者ししや

御物語おんものがたり奇特きとくに候さふらふ
とう/\城しろに立歸たちかへ
再度さいどの御親書ごしんしよ
まうし請はゞやと存ぞんじ侯さふらふ

  駿馬しゆんめの主ぬし

かしまじき御使者おんしゝやさふらふ
およびもなき御所望ごしよまうさふらへば
いか程ほどの手立てだてを盡つくされ
いくばくの御書ふみを遊ばされ候ふとも
御料おんれうには召されまじ
法螺ほらかね陣太鼓ぢんだいこ
はたさし物もの笠符かさじるし
軍兵ぐんびやう數多あまたもよほされて
いへのめぐり十重二十重とへはたへ
ときの聲こゑあげてかこみ候さふらふとも
召料めしれうには出いださじ
器量きりやうある大將軍にあひ奉まつらば
其時そのときこそ駒も榮はえあれ駒主も
道々みち/\くや四季繩しきなは
はるは御空みそらの雲雀毛ひばりげ
なつは垣かきほの卯花搗毛うのはなつきげ
あきは落葉おちばの栗毛くりげ
冬は折れ伏す蘆毛あしげつもる雪毛
數多かずおほき御馬おんうまのうちにも
言上ごんじやういたして召され候はん
拝謁はいえつ申して駿馬を奉たてまつらん

 この篇へん
『飾馬考かざりうまかんがへ
『驊留全書くわりうぜんしよ
『武器考證ぶきかうしよう
『馬術全書はじゆつぜんしよ
『鞍鐙之辯くらあぶみのべん
『春日神馬繪圖及解かすがしんばゑづおよびげ
『太平記たいへいき』及び
『巣林子さうりんし』の諸作に憑る所多し
敢て出所を明にす

をはり

漂泊 淡路にて 秋和の里 旅行く人に 海の聲 夏日孔雀賦 花賣 月光日光 華燭賦 五月野 花柑子 不開の間 安乘の稚兒 鬼の語 戲れに 初陣 駿馬問答