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水に臨みて坐す 昔は東掖とうえき垣中ゑんちうの客と爲なり、 今は西方社内の人と作なる。 手に楊枝を把とりて水に臨みて坐し、 閑しづかに往事を思へば前身に似たり。 |
訪陶公舊宅 序 白居易
余夙慕陶淵明爲人、往歳渭上閑居、
嘗有效陶體詩十六首。
今遊廬山、經柴桑、過栗里、思其人、訪其宅、
不能默默、又題此詩云。
余夙つとに陶淵明の人と爲なりを慕ひ、往歳渭上に閑居せしとき、
嘗かつて陶體の詩に效ならへるもの十六首有り。
今廬山に遊び、柴桑を經へ、栗里に過り、其の人を思ひ、
其の宅を訪たづね、默默たること能あたはずして、
又た此の詩を題すと云ふ。
訪陶公舊宅 白居易
垢塵不汚玉、靈鳳不啄羶。 嗚呼陶靖節、 生彼晉宋間。 心實有所守、 口終不能言。 永惟孤竹子、 拂衣首陽山。 夷齊各一身、 窮餓未爲難。 先生有五男、 與之同飢寒。 腸中食不充、 身上衣不完。 連徴竟不起、 斯可謂眞賢。 我生君之後、 相去五百年。 毎讀五柳傳、 目想心拳拳。 昔嘗詠遺風、 著爲十六篇。 今來訪故宅、 森若君在前。 不慕樽有酒、 不慕琴無絃。 慕君遺榮利、 老死此丘園。 柴桑古村落、 栗里舊山川。 不見籬下菊、 但餘墟中煙。 子孫雖無聞、 族氏猶未遷。 毎逢姓陶人、 使我心依然。 |
陶公舊宅を訪おとなふ 垢塵玉を汚けがさず、 靈鳳羶なまぐさきを啄ついばまず。 嗚呼陶靖節、 彼かの晉宋の間に生まる。 心は實に守る所有れど、 口は終つひに言ふ能あたはず。 永く孤竹の子を惟おもひ、 衣を拂ふ首陽山。 夷齊各ゝ一身なれば、 窮餓未だ難かたきと爲さず。 先生五男有りて、 之これ與と飢寒を同うす。 腸中食充みたずして、 身上衣完まったからず。 連しきりに徴めさるるも竟つひに起たず、 斯これすなはち眞に賢と謂いふ可べし。 我は君の後に生まれ、 相ひ去ること五百年。 五柳傳を讀む毎たびに、 目に想ひ心に拳拳たり。 昔嘗かつて遺風を詠よみ、 著して十六篇と爲なす。 今來りて故宅を訪ね、 森として君前に在るが若ごとし。 樽に酒有るを慕はずして、 琴に絃無きを慕はず。 君を慕ふは榮利を遺わすれ、 此の丘園に老いて死せしこと。 柴桑の古き村落、 栗里の舊き山川。 籬まがきの下に菊を見ずして、 但だ墟中の煙を餘す。 子孫聞こゆる無しと雖いへども、 族氏猶なほ未だ遷うつらず。 姓陶なる人に逢ふ毎に、 我をして心依然たらしむ。 |
趙村の杏花に遊ぶ 趙村の紅杏毎年開き、 十五年來幾迴か看る。 七十三人再び到ること難ければ、 今春來たるは是れ花に別れんとして來たるなり。 |
酒に對す 蝸牛角上何事をか爭ふ、 石火光中此の身を寄す。 富に隨ひ貧に隨ひ且しばし歡樂せん、 口を開きて笑はざるは是れ癡人。 |
田園に歸るを想ふ 他かの朝市を戀ひて何事をか求むる、 丘園に想ひ取いたして此の身を樂しましむ。 千首の惡詩吟じて日ゝを過ごし、 一壺の好酒醉ひて春を消す。 鄕に歸るも年亦た全まったくは老ゆるに非ず、 郡を 快活我の如き者は知らず、 人間じんかん能よく幾多の人存すやを。 |
凝碧詩 王維
菩提寺禁、裴迪來相看説 逆賊等 凝碧池上作音樂
供奉人等舉聲、便一時涙下。私成口號、誦示裴迪。
菩提寺の禁に、裴迪來り相ひ看て説ふに
「逆賊等は凝碧池上にて音樂を作なすに、供奉人等聲を舉ぐ、
便すなはち一時に涙下れり」と。
私ひそかに口號を成し、誦して裴迪に示す。
萬戸傷心生野煙、 百官何日再朝天。 秋槐葉落空宮裏、 凝碧池頭奏管絃。 |
萬戸傷心して野煙生じ、 百官何れの日か再び天に朝せん。 秋槐葉は落つ空宮の裏、 凝碧池頭に管絃を奏づ。 |
白髮を歎ず 宿昔の朱顏暮齒を成す、 須臾にして白髮垂髫を變ず。 一生幾許の傷心事、 空門に向かはずんば何處にか銷さん。 |
梨園の弟子 白頭涙を垂らして梨園を話し、 五十年前雨露の恩。 問ふ莫なかれ華清今日の事を、 滿山の紅葉宮門を鎖とざす。 |
惜しむ可べし 花の飛ぶこと底なんぞ急なることの有る、 老い去りては春の遲きを願ふ。 惜しむ可べし歡娯の地、 都すべて少壯の時に非ざるを。 心を寬ゆるうするは應まさに是これ酒なるべく、 興を遣やるは詩に過ぐるは莫なし。 此の意陶潛のみ解す、 吾が生汝なんぢの期きに後れたり。 |
山中に幽人と對酌す 兩人對酌すれば山花開く、 一杯一杯復また一杯。 我醉ゑひて眠らんと欲す卿きみ且しばらく去れ、 明朝意有らば琴を抱いて來たれ。 |
月下獨酌 李白
花間一壼酒、獨酌無相親。 舉杯邀明月、 對影成三人。 月既不解飮、 影徒隨我身。 暫伴月將影、 行樂須及春。 我歌月徘徊、 我舞影零亂。 醒時同交歡、 醉後各分散。 永結無情遊、 相期遥雲漢。 |
花間一壺の酒、 獨酌相ひ親しむ無し。 杯を擧げて明月を邀むかへ、 影に對して三人と成る。 月既に飮を解せずして、 影徒いたづらに我が身に隨ふ。 暫く月と影とを伴ひて、 行樂須すべからく春に及ぶべし。 我歌へば月徘徊し、 我舞へば影零亂す。 醒時同じく交歡し、 醉後各〃おのおの分散す。 永く無情の遊を結び、 相ひ期さん遥はるかなる雲間に。 |
酒に對して賀監を憶ふ 四明に狂客有り、 風流の賀季真。 長安に一たび相ひ見まみえ、 我を謫仙人と呼ぶ。 昔は杯中の物を好むれど、 今は松下の塵と爲る。 金龜酒に換へし處、 卻かへって憶おもひ涙巾を沾うるほす。 |
西過渭州見渭水思秦川 岑參
西のかた渭州を過ぎ渭水を見て秦川を思ふ
何時到雍州。 憑添兩行涙、 寄向故園流。 |
渭水ゐすゐ東に流れ去りて、
何いづれの時にか雍州ようしうに到らん。 憑よりて兩行りゃうぎゃうの涙を添そへて、 寄よせて故園こゑんに向むかひて流さん。 |
戰城南 李白 去年戰桑乾源、 今年戰葱河道。 洗兵條支海上波、 放馬天山雪中草。 萬里長征戰、 三軍盡衰老。 匈奴以殺戮爲耕作、 古來唯見 白骨黄沙田。 秦家築城備胡處、 漢家還有烽火然。 烽火然不息、 征戰無已時。 野戰格鬪死、 敗馬號鳴向天悲。 烏鳶啄人腸、 銜飛上挂枯樹枝。 士卒塗草莽、 將軍空爾爲。 乃知兵者是凶器、 聖人不得已而用之。 |
去年桑乾に源に戰ひ、 今年葱河の道に戰ふ。 兵を條支海上の波に洗ひ、 馬を天山雪中の草に放つ。 萬里長征して戰ひ、 三軍盡ことごとく衰老す。 匈奴殺戮を以て耕作と爲し、 古來唯だ見る 白骨黄沙に田ううるを。 秦家城を築きて胡に備へて處し、 漢家還なほ烽火然もゆる有り。 烽火然もえて息やまずして、 征戰已やむ時無し。 野戰に格鬪して死し、 敗馬號鳴して天に向かひて悲し。 烏鳶人の腸はらわたを啄ついばみ、 銜くはへ飛び上りて枯樹の枝に挂かく。 士卒草莽に塗まみれ、 將軍空しく爾しか爲す。 乃すなはち知る兵者は是これ凶器にして、 聖人は已やむを得ずして之これを用ふ。 |
天下心を傷ましむるの處、 勞勞客を送るの亭。 春風別れの苦なるを知り、 柳條をして青からしめず。 |
念金鑾子 白居易
衰病四十身、嬌癡三歳女。 非男猶勝無、 慰情時一撫。 一朝捨我去、 魂影無處所。 況念夭化時、 嘔唖初學語。 始知骨肉愛、 乃是憂悲聚。 唯思未有前、 以理遣傷苦。 忘懷日已久、 三度移寒暑。 今日一傷心、 因逢舊乳母。 |
金鑾子を念ふ 衰病四十の身、 嬌癡三歳の女むすめ。 男に非ざれども猶ほ無きに勝り、 情を慰め時に一撫す。 一朝我を捨てて去り、 魂影處所無し。 況んや夭化の時を念ふに、 嘔唖おうあ初めて語を學びき。 始めて骨肉の愛を知る、 乃すなはち是これ憂悲聚あつまる。 唯だ未だ有らざる前を思ひ、 理を以て傷苦を遣やる。 忘懷日已すでに久しく、 三度寒暑を移す。 今日一に傷心するは、 舊むかしの乳母に逢ひしに因る。 |
君は歌ふ楊叛兒、 妾は勸む新豐の酒。 何許か最も人に關する、 烏は啼く白門の柳。 烏は啼きて楊花に隱れ、 君は醉ひて妾家に留る。 博山爐中沈香の火、 雙煙一氣に紫霞を凌ぐ。 |
歳豐かにして仍なほ節儉し、 時泰くして更に兵を銷ず。 聖念長く此かくの如し、 何ぞ太平ならざるを憂へん。 |
見元九悼亡詩 因以此寄 白居易
元九の悼亡詩を見因て此れを以て寄す
夜涙闇銷明月幌、
春腸遙斷牡丹庭。 人間此病治無藥、 唯有楞伽四卷經。 |
夜涙闇に銷ゆ明月の幌とばり、
春腸遙かに斷たん牡丹の庭に。 人間此の病治するに藥無く、 唯だ楞伽りょうが四卷の經有るのみ。 |
送春 白居易 三月三十日、 春歸日復暮。 惆悵問春風、 明朝應不住。 送春曲江上、 拳拳東西顧。 但見撲水花、 紛紛不知數。 人生似行客、 兩足無停歩。 日日進前程、 前程幾多路。 兵刃與水火、 盡可違之去。 唯有老到來、 人間無避處。 感時良爲已、 獨倚池南樹。 今日送春心、 心如別親故。 |
三月三十日、 春歸り日復た暮れんとす。 惆悵として春風に問ふに: 「明朝應まさに住とどまらざるべし」と。 春を送る曲江の上ほとり、 拳拳として東西に顧みる。 但ただ見る水を撲うつ花、 紛紛として數を知らず。 人生は行客に似て、 兩足歩を停とどむる無し。 日日前程に進む、 前程幾多の路ぞ。 兵刃と水火とは、 盡ことごとく之これを違たがへて去る可べし。 唯ただ老いの到來する有るは、 人間避くる處無し。 時に感じては良まことに已やむと爲なして、 獨ひとり池南の樹に倚よる。 今日春を送るの心、 心は親故に別るるが如し。 |
燕詩示劉叟 白居易
梁上有雙燕、翩翩雄與雌。 銜泥兩椽間、 一巣生四兒。 四兒日夜長、 索食聲孜孜。 青蟲不易捕、 黄口無飽期。 觜爪雖欲弊、 心力不知疲。 須臾千來往、 猶恐巣中飢。 辛勤三十日、 母痩雛漸肥。 喃喃敎言語、 一一刷毛衣。 一旦羽翼成、 引上庭樹枝。 舉翅不回顧、 隨風四散飛。 雌雄空中鳴、 聲盡呼不歸。 卻入空巣裏、 啁啾終夜悲。 燕燕爾勿悲、 爾當返自思。 思爾爲雛日、 高飛背母時。 當時父母念、 今日爾應知。 |
燕の詩劉叟に示す 梁上りゃうじゃうに雙燕さうえん有り、 翩翩へんぺんたり雄と雌と。 泥を銜ふくむ兩椽りゃうてんの間、 一巣に四兒生む。 四兒日夜に長じ、 食を索もとむる聲孜孜ししたり。 青蟲捕へ易やすからざるも、 黄口飽期無し。 觜爪しさう弊つかれんと欲ほっすと雖いへども、 心力疲るるを知らず。 須臾しゅゆに千たび來往し、 猶ほ巣中の飢を恐るるがごとし。 辛勤三十日、 母痩せて雛漸やうやく肥ゆ。 喃喃なんなんとして言語を敎へ、 一一毛衣を刷ぬぐふ。 一旦羽翼成りて、 引ひきゐて庭樹の枝に上る。 翅つばさを舉あげ回顧せずして、 風に隨したがひ四散して飛ぶ。 雌雄空中に鳴き、 聲盡つくるまで呼べども歸らず。 卻しりぞきて空巣の裏うちに入り、 啁啾ちうしう終夜悲しむ。 燕や燕爾なんぢ悲しむ勿なかれ、 爾なんぢ當まさに返って自みづから思ふべし。 思へ爾なんぢ雛爲たりし日、 高飛して母に背そむきし時を。 當時の父母の念おもひ、 今日爾なんぢ應まさに知るべし。 |
琪樹きじゅの西風枕簟ちんてんの秋、 楚雲湘水同遊を憶おもふ。 高歌一曲明鏡を掩おほふ、 昨日の少年今は白頭。 |
靈巖寺 館娃宮畔千年の寺、 水闊ひろく雲多くして客到ること稀なり。 聞く説ならく春來更に惆悵ちうちゃう、 百花深き處一僧歸ると。 |
長安一片の月、 萬戸衣を擣うつの聲。 秋風吹きて 盡きず、 總すべて是れ玉關の情。 何いづれの日か胡虜を平げ、 良人遠征を罷やめん。 |
與史郎中欽聽黄鶴樓上吹笛 李白
史郎中欽と黄鶴樓上に吹笛を聴く
一爲遷客去長沙、
西望長安不見家。 黄鶴樓中吹玉笛、 江城五月落梅花。 |
一たび遷客と爲なりて長沙に去る、
西のかた長安を望めど家を見ず。 黄鶴樓中玉笛を吹く、 江城五月「落梅花」。 |
友人を送る 青山北郭に橫たはり、 白水東城を遶めぐる。 此地一たび別れを爲なし、 孤蓬萬里に征ゆく。 浮雲遊子の意、 落日故人の情。 手を揮ふるひて茲ここより去れば、 蕭蕭せうせうとして班馬鳴く。 |
新豐折臂翁 白居易 新豐老翁八十八、 頭鬢眉鬚皆似雪。 玄孫扶向店前行、 左臂憑肩右臂折。 問翁臂折來幾年、 兼問致折何因縁。 翁云貫屬新豐縣、 生逢聖代無征戰。 慣聽梨園歌管聲、 不識旗槍與弓箭。 無何天寶大徴兵、 戸有三丁點一丁。 點得驅將何處去、 五月萬里雲南行。 聞道雲南有瀘水、 椒花落時瘴煙起。 大軍徒渉水如湯、 未過十人二三死。 村南村北哭聲哀、 兒別爺孃夫別妻。 皆云前後征蠻者、 千萬人行無一廻。 是時翁年二十四、 兵部牒中有名字。 夜深不敢使人知、 偸將大石槌折臂。 張弓簸旗倶不堪、 從茲始免征雲南。 骨碎筋傷非不苦、 且圖揀退歸鄕土。 此臂折來六十年、 一肢雖廢一身全。 至今風雨陰寒夜、 直到天明痛不眠。 痛不眠、終不悔、 且喜老身今獨在。 不然當時瀘水頭、 身死魂孤骨不收。 應作雲南望鄕鬼、 萬人冢上哭呦呦。 老人言、君聽取、 君不聞 開元宰相宋開府、 不賞邊功防黷武。 又不聞 天寶宰相楊國忠、 欲求恩幸立邊功。 邊功未立生人怨、 請問新豐折臂翁。 |
新豐の折臂翁 新豐の老翁八十八、 頭鬢眉鬚皆雪に似たり。 玄孫に扶たすけられ店前を行く、 左臂さひは肩に憑より右臂は折る。 翁に問ふ:臂うで折りてより來このかた幾年ぞと、 兼くはへて問ふ:折るを致せしは何の因縁ぞと。 翁云ふ:貫は新豐縣に屬し、 生まれて聖代に逢ひ征戰無し。 梨園歌管の聲を聽くに慣なれ、 旗槍と弓箭とを識しらず。 何いくばくも無く天寶大いに兵を徴めし、 戸に三丁有れば一丁を點す。 點し得て驅かり將もちて何處いづくにか去る、 五月萬里雲南に行く。 聞道きくならく雲南に瀘水ろすゐ有り、 椒花落つる時瘴煙しゃうえん起る。 大軍徒渉とせふすれば水湯の如く、 未だ過すぎざるに十人に二三は死すと。 村南村北哭聲哀かなし、 兒は爺孃やぢゃうに別れ夫は妻に別る。 皆云いふ:前後蠻を征する者、 千萬人行きて一の廻かへるもの無しと。 是この時翁年二十四、 兵部の牒中てふちゅうに名字有り。 夜深ふけて敢へて人をして知らしめず、 偸ひそかに大石を將もちて槌たたきて臂を折る。 弓を張り旗を簸ふる倶ともに堪たへず、 茲これより始めて雲南に征ゆくを免まぬがる。 骨碎け筋傷いたむは苦しからざるに非ざれど、 且つ圖はかる揀えらび退けられて鄕土に歸るを。 此この臂うで折れてより來このかた六十年、 一肢廢すと雖いへども一身全うす。 今に至るも風雨陰寒の夜、 直ひたすら天明に到るまで痛みて眠れず。 痛みて眠れざるも、終つひに悔くいず、 且つ喜ぶ老身今獨り在るを。 然しからずんば當時瀘水の頭ほとり、 身死し魂孤にして骨收められず。 應まさに雲南望鄕の鬼と作なり、 萬人冢上哭くこと呦呦いういうたるべし。 老人の言、君聽取せよ、 君聞かずや 開元の宰相宋開府、 邊功を賞せずして黷武とくぶを防ぐ。 又聞かずや 天寶の宰相楊國忠、 恩幸を求めんと欲して邊功を立つ。 邊功未だ立たざるに人の怨を生ぜしを、 請ふ問へ新豐の折臂翁に。 |
『六幺りくえう』、『水調』家家に唱となへ、 『白雪』、『梅花』處處に吹く。 古歌舊曲君聽くを休やめ、 聽取せよ新翻の『楊柳枝』。 |
陶令門前の四五樹、 亞夫營裏の百千條。 何ぞ似にん東都正、二月の、 黄金の枝の洛陽橋に映ゆるに。 |
依依嫋嫋でうでう復また青青、 勾引す清風無限の情。 白雪の花繁くして空しく地を撲うち、 綠絲條えだ弱くして鶯に勝たへず。 |
紅版の江橋青き酒旗、 館娃宮暖にして日斜なる時。 憐む可べし雨歇やみて東風定まり、 萬樹千條各自に垂る。 |
蘇州の楊柳は君の誇るに任まかすも、 更に錢塘の館娃くゎんあいに勝る有り。 若もし解よく多情小小せうせうを尋ねんとすれば、 綠楊深き處是これ蘇家。 |
蘇家の小女舊もと名を知らる、 楊柳風前別に情有り。 條えだを剥はぎ盤まるめて銀環の樣を作なし、 葉を卷めて吹きて玉笛の聲を爲なす。 |
葉は濃露を含みて啼眼の如く、 枝は輕風に嫋たをやかにして舞腰に似たり。 小樹は攀折はんせつの苦に禁たへざれば、 君に乞こふ兩三條を留取せよ。 |
人は言ふ:柳葉は愁眉に似たりと、 更に愁腸の柳絲に似たる有り。 柳絲挽き斷えて腸牽き斷ゆ、 彼此ひし應まさに續つなぎ得る期とき無かるべし。 |
酒を勸む 君に勸すすむ金屈卮きんくつし、 滿酌辭するを須もちゐず。 花發ひらけば風雨多く、 人生きては別離足みつ。 |
獨り敬亭山に坐す 衆鳥高く飛び盡し、 孤雲獨ひとり去りて閒なり。 相あひ看て兩ふたつながら厭あきざるは、 只だ敬亭山有るのみ。 |
胡笳歌送顏眞卿使赴河隴 岑参
胡笳の歌顏真卿の使ひして河隴に赴くを送る
君不聞
胡笳聲最悲、 紫髯綠眼胡人吹。 吹之一曲猶未了、 愁殺樓蘭征戍兒。 涼秋八月蕭關道、 北風吹斷天山艸。 崑崙山南月欲斜、 胡人向月吹胡笳。 胡笳怨兮將送君、 秦山遙望隴山雲。 邊城夜夜多愁夢、 向月胡笳誰喜聞。 |
君聞かずや
胡笳こかの聲最も悲しきを、 紫髯綠眼しぜんりょくがん胡人こじん吹く。 之これを吹き一曲猶なほ未いまだ了をはらざるに、 愁殺す樓蘭ろうらん征戍せいじゅの兒じ。 涼秋八月蕭關せうくゎんの道、 北風吹斷す天山の艸くさ。 崑崙山南月斜めならんと欲ほっす、 胡人月に向ひて胡笳を吹く。 胡笳の怨將まさに君を送らんとす、 秦山しんざん遙かに望む隴山ろうざんの雲。 邊城夜夜やや愁夢多く、 月に向かひて胡笳誰たれか聞くを喜ばん。 |
宇文六を送る 花は垂楊に映じて漢水清く、 微風林裏一枝輕かろし。 即今江北還また此かくの如からん、 愁殺す江南離別の情。 |
聞白樂天左降江州司馬 元稹
白樂天の江州司馬に左降せられしを聞く
殘燈無焔影幢幢、
此夕聞君謫九江。 垂死病中驚坐起、 暗風吹雨入寒窗。 |
殘燈焔ほのほ無く影幢幢たうたう、
此の夕君が九江に謫たくせられしと聞く。 垂死すゐしの病中驚きて坐起すれば、 暗風雨を吹きて寒窗かんさうに入る。 |
董大に別る 十里黄雲白日曛くんじ、 北風雁を吹きて雪紛紛たり。 愁ふる莫なかれ前路知己ちき無きと、 天下誰人たれひとか君を識しらざらん。 |
塞下の曲 北海の陰風地を動どよもして來り、 明君祠上龍堆を望む。 髑髏皆みな是これ長城の卒、 日暮沙場に灰と作りて飛ぶ。 |
征戍せいじゅして桑乾さうかんに在り、 年年薊水けいすゐ寒し。 殷勤にす驛西の路、 此ここより去りて長安に向かはん。 |
誓って匈奴を掃はらはんとして身を顧かへりみず、 五千の貂錦てうきん胡塵に喪うしなふ。 憐あはれむべし無定河邊の骨、 猶なほ是れ春閨夢裏の人。 |
將進酒 李白 君不見 黄河之水天上來、 奔流到海不復回。 君不見 高堂明鏡悲白髮、 朝如青絲暮成雪。 人生得意須盡歡、 莫使金尊空對月。 天生我材必有用、 千金散盡還復來。 烹羊宰牛且爲樂、 會須一飮三百杯。 岑夫子、丹丘生。 將進酒、杯莫停。 與君歌一曲、 請君爲我傾耳聽。 鐘鼓饌玉不足貴、 但願長醉不用醒。 古來聖賢皆寂寞、 惟有飮者留其名。 陳王昔時宴平樂、 斗酒十千恣歡謔。 主人何爲言少錢、 徑須沽取對君酌。 五花馬、千金裘。 呼兒將出換美酒、 與爾同銷萬古愁。 |
君見ずや 黄河の水天上より來たるを、 奔流海に到りて復また回かへらず。 君見ずや 高堂の明鏡白髮を悲しむを、 朝あしたには青絲の如きも暮くれには雪と成る。 人生意を得えば須すべからく歡を盡くすべく、 金尊をして空しく月に對せしむる莫なかれ。 天我が材を生ずる必ず用有り、 千金散じ盡くして還また復また來たらん。 羊を烹に牛を宰ほふりて且しばらく樂しみを爲なせ、 會かならず須すべからく一飮三百杯なるべし。 岑夫子しんふうし、丹丘生たんきうせい。 將に酒を進めんとす、杯停とどむること莫なかれ。 君が與ために一曲を歌はん、 請ふ君我が爲に耳を傾けて聽け。 鐘鼓饌玉貴ぶに足らず、 但だ長醉を願ひて醒さむるを用ゐず。 古來聖賢皆寂寞、 惟ただ飮者の其の名を留むる有るのみ。 陳王昔時平樂に宴し、 斗酒十千歡謔くゎんぎゃくを恣ほしいままにす。 主人何爲なんすれぞ錢少しと言ふや、 徑ただちに須すべからく沽かひ取りて君に對して酌くむべし。 五花の馬、千金の裘かはごろも。 兒じを呼び將もち出いだして美酒に換かへしめ、 爾なんぢと同ともに銷けさん萬古の愁うれひ。 |
内つまに贈る 三百六十日、 日日醉ゑひて泥の如し。 李白の婦よめ爲たりと雖いへども、 何ぞ太常の妻に異ならん。 |
聞王昌齡左遷龍標遙有此寄 李白
王昌齡が龍標に左遷せらるるを聞き遙かに此の寄有り
楊花落盡子規啼、
聞道龍標過五溪。 我寄愁心與明月、 隨風直到夜郎西。 |
楊花落ち盡くして子規啼なく、
聞道きくならく龍標五溪を過ぐと。 我愁心を寄せて明月に與あたふ、 風に隨したがひて直ちに到れ夜郎の西。 |
復た愁ふ 萬國尚なほ戎馬じゅうば、 故園今若何いかん。 昔歸りしとき相識少まれに、 早く已すでに戰場多かりき。 |
汾上秋に驚く 北風白雲を吹き、 萬里河汾かふんを渡る。 心緒搖落えうらくに逢あひ、 秋聲聞く可べからず。 |
餘杭の形勝 餘杭の形勝は四方に無し、 州は青山に傍より縣は湖に枕のぞむ。 郭を遶めぐる荷花三十里、 城を拂ふ松樹一千株。 夢兒亭古くして名は謝と傳へ、 教妓樓新たにして姓は蘇と道いふ。 風光稱かなはず白髭鬚ししゅに。 |
鼓角縁邊の郡、 川原せんげん夜ならんと欲するの時。 秋に聽けば地に殷いんとして發おこり、 風に散じて雲に入りて悲しむ。 葉を抱いだける寒蝉は靜かに、 歸り來たる獨鳥遲し。 萬方聲一概なれば、 吾が道竟つひに何いづくにか之ゆかん。 |
江樓にて感を書す 獨ひとり江樓に上れば思ひ渺然べうぜんたり、 月光水の如く水天に連なる。 風景依稀いきとして去年に似たり。 |
五年秋病後獨宿香山寺 三絶句 其一 白居易
五年の秋病後に獨り香山寺に宿す 三絶句 其一
經年不到龍門寺、
今夜何人知我情。 還向暢師房裏宿、 新秋月色舊灘聲。 |
經年到らず龍門寺、
今夜何人なんぴとか我が情を 知らん。 還また暢師ちゃうしの房裏に向おいて宿すれば、 新秋の月色舊灘きうたんの聲。 |
五年秋病後獨宿香山寺 三絶句 其二 白居易
五年の秋病後に獨り香山寺に宿す 三絶句 其二
飮徒歌伴今何在、
雨散雲飛盡不迴。 從此香山風月夜、 祗應長是一身來。 |
飲徒歌伴今何いづくにか 在る、
雨散 雲飛して盡ことごとく迴かへらず。 此これ從より香山風月の夜、 |
五年秋病後獨宿香山寺 三絶句 其三 白居易
五年の秋病後に獨り香山寺に宿す 三絶句 其三
石盆泉畔石樓頭、
十二年來晝夜遊。 更過今年年七十、 假如無病亦宜休。 |
石盆泉畔石樓の頭、
十二年來晝夜に遊ぶ。 更に今年を過ぎなば年七十、 |
舟中にて元九の詩を讀む 君が詩卷を把とりて燈前に讀み、 詩盡つき燈殘すたるるも天未いまだ明けず。 眼痛み燈を滅けして猶なほ闇坐あんざすれば、 逆風浪を吹きて船を打つの聲。 |
慈恩塔に題す 漢國山河在り、 秦陵草樹深し。 暮雲千里の色、 處として心を傷ましめざるは無し。 |
霜草さうさう蒼蒼さうさうとして蟲切切たり、 村南村北行人絶たゆ。 獨ひとり前門に出でて野田を望めば、 月明の蕎麥けうばく花は雪の如し。 |
商山路感有り 萬里路長とこしへに在り、 六年身始めて歸る。 經ふる所の多くの舊館、 大半主人非なり。 |
煬帝やうだいの行宮汴水の濱、 數枝の楊柳春に勝たへず。 晩來風起りて花雪の如く、 宮牆きゅうしゃうに飛び入りて人を見ず。 |
一たび高城に上れば萬里愁ひ、 蒹葭けんか楊柳汀洲に似る。 溪雲初めて起こり日閣に沈み、 山雨來らんと欲して風樓に滿つ。 鳥は綠蕪りょくぶに下る秦苑の夕ゆふべ、 蝉は黄葉に鳴く漢宮の秋。 行人問ふこと莫なかれ當年の事を、 故國東來渭水流る。 |
春湖上に題す 湖上に春來れば畫圖ぐゎづに似て、 亂峯圍繞ゐぜうして水平らかに舖しく。 松は山面に排して千重せんちょうの翠、 月は波心に點じて一顆いつくゎの珠たま。 碧毯へきたんの線頭は早稻さうたうを抽ひき、 青羅せいらの裙帶くんたいは新蒲しんぽを展のぶ。 未だ能あたはず杭州を抛なげうち得て去ることの、 一半勾留するは是れ此の湖。 |
送李判官之潤州行營 劉長卿
李判官の潤州の行營に之ゆくを送る。
萬里辭家事鼓鼙、
金陵驛路楚雲西。 江春不肯留行客、 艸色靑靑送馬蹄。 |
萬里家を辭して鼓鼙こへいを事とす、
金陵の驛路楚雲の西。 江春肯あへて行客を留めず、 草色青青として馬蹄を送る。 |
馬を走らせて西に來れば天に到らんとす、 家を辭して月の両回圓まどかなるを見る。 今夜知らず何いづれの處にか宿せん、 平沙萬里人烟を絶つ。 |
山居の秋暝 空山新雨の後、 天氣晩來の秋。 明月松間に照り、 清泉石上に流る。 竹喧かまびすしくして浣女くゎんぢょ歸り、 蓮動きて漁舟下る。 隨意なり春芳歇やむも、 王孫自ら留る可べし。 |
汪倫に贈る 李白舟に乘りて將まさに行かんと欲ほっし、 忽たちまち聞く岸上踏歌の聲。 桃花潭水深さ千尺 及ばず汪倫が我を送る情に。 |
春晩山家屋の壁に書す 柴門寂寂として黍飯馨かをり、 山家の煙火春雨晴る。 庭花濛濛もうもうとして水泠泠れいれいたり、 小兒啼なきて索もとむ樹上の鶯を。 |
逢雪宿芙蓉山主人 劉長卿
雪に逢ひ芙蓉山の主人に宿す
日暮蒼山遠、
天寒白屋貧。 柴門聞犬吠、 風雪夜歸人。 |
日暮れて蒼山遠く、
天寒く白屋貧し。 柴門犬の吠ゆるを聞き、 風雪夜に人歸る。 |
香爐峯下新卜山居草堂初成偶題東壁 白居易
香爐峰下新たに山居を卜し草堂初めて成り偶ま東壁に題す
日高睡足猶慵起、
小閣重衾不怕寒。 遺愛寺鐘欹枕聽、 香爐峯雪撥簾看。 匡廬便是逃名地、 司馬仍爲送老官。 心泰身寧是歸處、 故鄕何獨在長安。 |
日高く睡り足れるも猶なほ起きるに慵ものうし、
小閣衾しとねを重ねて寒を怕おそれず。 遺愛寺の鐘は枕を欹そばだてて聽き、 香爐峰の雪は簾を撥はねて看る。 匡廬は便すなはち是れ名を逃るるの地、 司馬仍なほも老いを送るの官爲たり。 心泰やすく身寧やすきは是れ歸處、 故鄕は何ぞ獨ひとり長安にのみ在あらんや。 |
蘭若らんにゃく春夏に生じ、 芊蔚せんゐとして何ぞ青青たる。 幽獨いうどく空林の色、 朱蕤しゅずゐ紫莖しけいを>冒をかす。 遲遲ちちたる白日の晩くれ、 嫋嫋でうでうとして秋風生ず。 歳華盡ことごとく搖落えうらくし、 芳意竟つひに何をか成さん。 |