送元二使安西
唐 王維
渭城朝雨裛輕塵、
客舎靑靑柳色新。
勸君更盡一杯酒、
西出陽關無故人。


 元二の安西に使つかひするを送る

渭城ゐじゃうの朝雨輕塵を裛うるほし、
客舎靑靑柳色新たなり。
君に勸む更に盡つくせ一杯の酒、
西陽關やうくゎんを出づれば故人無からん。


 回鄕 偶書
賀知章

少小離家老大回、
鄕音難改鬢毛衰。
兒童相見不相識、
笑問客從何處來?




少小家を離れ老大にして回かへる、
鄕音改まること難かたく鬢毛衰すたる。
兒童相ひ見て相ひ識らず、
笑ひて問ふ「客何いづれの處從り來きたる」と?

九月九日憶山東兄弟 王維
 九月九日山東の兄弟を憶ふ
獨在異鄕爲異客、
毎逢佳節倍思親。
遙知兄弟登高處、
徧插茱萸少一人。
獨り異鄕に在りて異客と爲り、
佳節に逢ふ毎ごとに倍ますます親しんを思ふ。
遙かに知る兄弟高きに登る處、
(あまね)茱萸(しゅゆ)()して一人(いちにん)()くを。

江南春 絶句 杜牧

( )里鶯啼綠映紅、
水村山郭酒旗風。
南朝四百八十寺、
多少樓臺烟雨中。

 江南の春 絶句

千里鶯啼きて綠くれなゐに映ず、
水村山郭酒旗の風。
南朝四百八十寺、
多少の樓臺烟雨の中うち

 登樂遊原
李商隱
向晩意不適、
驅車登古原。
夕陽無限好、
只是近黄昏。

 樂遊原に登る

くれに向なんなんとして意こころかなはず、
車を驅りて古原に登る。
夕陽無限に好し、
只だ是れ黄昏に近し。

 聞夜砧 唐 白居易

誰家思婦秋擣帛、
月苦風凄砧杵悲。
八月九月正長夜、
千聲萬聲無了時。
應到天明頭盡白、
一聲添得一莖絲。

 夜砧を聞く

誰が家の思婦ぞ秋帛きぬを擣つ、
月苦え風凄すさまじく砧杵ちんしょ悲し。
八月九月正に長夜、
千聲萬聲了む時無し。
まさに天明に到りて頭盡く白かるべし、
一聲添へ得たり一莖の絲。

 泊秦淮 唐 杜牧

煙籠寒水月籠沙、
夜泊秦淮近酒家。
商女不知亡國恨、
隔江猶唱後庭花。

 秦淮に泊す

煙は寒水を籠め月は沙を籠む、
夜秦淮しんわいに泊して酒家に近し。
商女は知らず亡國の恨うらみ、
江を隔てて猶なほうたふ後庭花。

 山行 唐 杜牧

遠上寒山石徑斜、
白雲生處有人家。
停車坐愛楓林晩、
霜葉紅於二月花。



遠く寒山に上れば石徑斜めなり、
白雲生ずる處人家有り。
車を停とどめて坐そぞろに愛す楓林の晩くれ
霜葉は二月の花よりも紅くれなゐなり。

 江雪
唐 柳宗元
千山鳥飛絶、
萬徑人蹤滅。
孤舟簑笠翁、
獨釣寒江雪。



千山鳥飛ぶこと絶え、
萬徑人蹤じんしょうゆ。
孤舟簑笠さりふの翁、
獨り釣る寒江の雪。

 涼州詞 唐 王翰

葡萄美酒夜光杯、
欲飮琵琶馬上催。
醉臥沙場君莫笑、
古來征戰幾人回。



葡萄の美酒夜光の杯、
飮まんと欲して琵琶馬上に催す。
ひて沙場に臥す君笑ふ莫れ、
古來征戰幾人か回る。

 涼州詞 唐 王翰

秦中花鳥已應闌、
塞外風沙猶自寒。
夜聽胡笳折楊柳、
敎人意氣憶長安。



秦中の花鳥已すでに應まさに闌たけなはなるべく、
塞外の風沙猶ほ自おのづから寒きがごとし。
夜に胡笳の折楊柳を聽かば、
人をして意氣長安を憶おもは敎めん。

 長恨歌 唐 白居易

漢皇重色思傾國、
御宇多年求不得。
楊家有女初長成、
養在深閨人未識。
天生麗質難自棄、
一朝選在君王側。
回眸一笑百媚生、
六宮粉黛無顏色。
春寒賜浴華淸池、
温泉水滑洗凝脂。
侍兒扶起嬌無力、
始是新承恩澤時。
雲鬢花顏金歩搖、
芙蓉帳暖度春宵。
春宵苦短日高起、
從此君王不早朝。
承歡侍宴無閑暇、
春從春遊夜專夜。
後宮佳麗三千人、
三千寵愛在一身。
金屋妝成嬌侍夜、
玉樓宴罷醉和春。
姉妹弟兄皆列土、
可憐光彩生門戸。
遂令天下父母心、
不重生男重生女。
驪宮高處入靑雲、
仙樂風飄處處聞。
緩歌謾舞凝絲竹、
盡日君王看不足。
漁陽へい鼓動地來、
驚破霓裳羽衣曲。
九重城闕煙塵生、
千乘萬騎西南行。
翠華搖搖行復止、
西出都門百餘里。
六軍不發無奈何、
宛轉蛾眉馬前死。
花鈿委地無人收、
翠翹金雀玉掻頭。
君王掩面救不得、
回看血涙相和流。
黄埃散漫風蕭索、
雲棧えい紆登劍閣。
峨嵋山下少人行、
旌旗無光日色薄。
蜀江水碧蜀山靑、
聖主朝朝暮暮情。
行宮見月傷心色、
夜雨聞鈴腸斷聲。
天旋地轉迴龍馭、
到此躊躇不能去。
馬嵬坡下泥土中、
不見玉顏空死處。
君臣相顧盡霑衣、
東望都門信馬歸。
歸來池苑皆依舊、
太液芙蓉未央柳。
芙蓉如面柳如眉、
對此如何不涙垂。
春風桃李花開日、
秋雨梧桐葉落時。
西宮南内多秋草、
落葉滿階紅不掃。
梨園弟子白髮新、
椒房阿監靑娥老。
夕殿螢飛思悄然、
孤燈挑盡未成眠。
遲遲鐘鼓初長夜、
耿耿星河欲曙天。
鴛鴦瓦冷霜華重、
翡翠衾寒誰與共。
悠悠生死別經年、
魂魄不曾來入夢。
臨邛道士鴻都客、
能以精誠致魂魄。
爲感君王輾轉思、
遂敎方士殷勤覓。
排空馭氣奔如電、
升天入地求之遍。
上窮碧落下黄泉、
兩處茫茫皆不見。
忽聞海上有仙山、
山在虚無縹緲間。
樓閣玲瓏五雲起、
其中綽約多仙子。
中有一人字太真、
雪膚花貌參差是。
金闕西廂叩玉けい
轉敎小玉報雙成。
聞道漢家天子使、
九華帳裡夢魂驚。
攬衣推枕起徘徊、
珠箔銀屏りい開。
雲鬢半偏新睡覺、
花冠不整下堂來。
風吹仙袂飄飄舉、
猶似霓裳羽衣舞。
玉容寂寞涙闌干、
梨花一枝春帶雨。
含情凝睇謝君王、
一別音容兩渺茫。
昭陽殿裡恩愛絶、
蓬莱宮中日月長。
回頭下望人寰處、
不見長安見塵霧。
唯將舊物表深情、
鈿合金釵寄將去。
釵留一股合一扇、
釵擘黄金合分鈿。
但敎心似金鈿堅、
天上人間會相見。
臨別殷勤重寄詞、
詞中有誓兩心知。
七月七日長生殿、
夜半無人私語時。
在天願作比翼鳥、
在地願爲連理枝。
天長地久有時盡、
此恨綿綿無絶期。



漢皇かんくゎう色を重んじて傾國を思ふ、
御宇ぎょう多年求むれども得ず。
楊家に女ぢょ有り初めて長成し、
養はれて深閨に在り人未だ識らず。
天生の麗質は自おのづから棄て難く、
一朝選ばれて君王の側かたはらに在り。
ひとみを回めぐらして一笑すれば百媚生じ、
六宮りくきうの粉黛顏色無し。
春寒うして浴を賜ふ華淸の池、
温泉水滑らかに凝脂を洗ふ。
侍兒扶け起こすに嬌けうとして力無し、
始て是れ新たに恩澤おんたくを承くるの時。
雲鬢花顏金歩搖きんほえう
芙蓉の帳暖にして春宵を度る。
春宵短きを苦しみて日高くして起く、
此れ從り君王早朝せず。
歡を承け宴に侍して閒暇無く、
春は春遊に從ひ夜は夜を專らにす。
後宮の佳麗三千人、
三千の寵愛一身に在り。
金屋妝ひ成って嬌として夜に侍り、
玉樓宴罷んで醉ひて春に和す。
姉妹弟兄ていけい皆土くにを列ね、
憐む可し光彩の門戸に生ずるを。
遂に天下の父母の心をして、
男を生むを重んぜずして女を生むを重んぜ()む。
驪宮高き處靑雲に入り、
仙樂風に飄って處處に聞こゆ。
緩歌謾舞絲竹を凝らし、
盡日君王看れども足らず。
漁陽のへい鼓地を動どよもして來きたり、
驚破けいはす霓裳げいしゃう羽衣ういの曲。
九重きうちょうの城闕じゃうけつ煙塵生じ、
千乘萬騎西南に行く。
翠華搖搖として行きて復た止まる、
西のかた都門を出づること百餘里。
六軍りくぐん發せず奈何いかんともする無く。
宛轉ゑんてんたる蛾眉馬前に死す。
花鈿地に委して人の收むる無く、
翠翹金雀玉掻頭。
君王面を掩ひて救ひ得ず、
回り看れば血涙相ひ和して流る。
黄埃散漫として風蕭索、
雲棧えい紆劍閣に登る。
峨嵋山下人の行くこと少まれに、
旌旗光無くして日色薄し。
蜀江は水碧にして蜀山は青く、
聖主朝朝暮暮の情。
行宮あんぐうに月を見れば心を傷ましむるの色、
夜雨やうに鈴を聞けば腸はらわたを斷つの聲。
天旋り地轉じて龍馭りゅうぎょを迴めぐらし、
此に到りて躊躇して去ること能あたはず。
馬嵬坡ばくゎいはの下泥土の中、
玉顏を見ず空しく死せし處。
君臣相ひ顧かへりみて盡く衣を霑うるほし、
東のかた都門を望みて馬に信まかせて歸る。
歸り來きたれば池苑皆舊に依る、
太液の芙蓉未央びあうの柳。
芙蓉は面の如く柳は眉の如し、
れに對して如何ぞ涙垂れざらん。
春風桃李花開くの日、
秋雨梧桐葉落つるの時。
西宮の南苑秋草多く、
落葉階に滿ちて紅くれなゐはらはず。
梨園の弟子ていし白髮新たに、
椒房せうばうの阿監あかん靑娥せいが老いたり。
夕殿せきでん螢飛びて思ひ悄然せうぜんたり、
孤燈挑き盡くして未だ眠りを成さず。
遲遲たる鐘鼓初めて長き夜、
耿耿かうかうたる星河曙あけんと欲する天。
鴛鴦ゑんあうの瓦かはら冷ややかにして霜華さうくゎ重く、
翡翠ひすゐの衾ふすま寒くして誰與共にかせん。
悠悠たる生死別れて年を經、
魂魄曾て來きたりて夢にも入らず。
臨邛りんきょうの道士鴻都こうとの客、
能く精誠を以って魂魄を致まねく。
君王の輾轉の思ひに感ずるが爲に、
遂に方士をして殷勤に覓めしむ。
空を排し氣を馭して奔ること電いなづまの如く、
天に升り地に入りて之を求むること遍し。
上は碧落を窮め下は黄泉、
兩處茫茫として皆見えず。
忽ち聞く海上に仙山有り、
山は虚無縹緲へうべうの間に在り。
樓閣玲瓏として五雲起り、
其の中綽約として仙子多し。
中に一人有り字あざなは太真、
雪膚花貌參差として是これなりと。
金闕の西廂に玉けいを叩き、
轉じて小玉をして雙成に報ぜ敎む。
聞く道く漢家天子の使ひと、
九華帳裡夢魂驚く。
衣を攬り枕を推して起って徘徊し、
珠箔銀屏りいとして開く。
雲鬢半ば偏りて新たに睡りより覺め、
花冠整はずして堂を下りて來る。
風は仙袂を吹きて飄飄として舉がり、
猶ほも霓裳羽衣の舞に似たり。
玉容寂寞として涙闌干、
梨花一枝春雨を帶ぶ。
情を含み睇を凝らして君王に謝す、
一別音容兩つながら渺茫べうばう
昭陽殿裡恩愛絶え、
蓬莱宮中日月長し。
頭を回らし下人寰の處を望めば、
長安を見ず塵霧を見る。
唯だ舊物を將って深情を表す、
鈿合金釵寄せ將ちて去らしむ。
釵は一股を留め合は一扇、
釵は黄金を擘き合は鈿を分かつ。
但だ心をして金鈿の堅きに似せ敎めれば、
天上人間會かならず相ひ見まみえん。
別れに臨んで殷勤に重ねて詞ことばを寄す、
詞中誓ひ有り兩心のみ知る。
七月七日長生殿、
夜半人無く私語の時。
「天に在りては願はくは比翼の鳥と作り、
地に在りては願はくは連理の枝と爲らん。」と
天長く地久しきも時有りて盡く、
此の恨みは綿綿として盡くる期無からん。

 送別 唐 王維

下馬飮君酒、
問君何所之。
君言不得意、
歸臥南山陲。
但去莫復問、
白雲無盡時。



馬を下りて君に酒を飮ましむ、
君に問ふ“何なんの之く所ぞ”と。
君は言ふ“意を得ず、
歸りて臥す南山の陲ふもとに”と。
但だ去れ復た問ふこと莫からん、
白雲盡くる時無し。

 淸明 唐 杜牧

淸明時節雨紛紛、
路上行人欲斷魂。
借問酒家何處有、
牧童遙指杏花村。



淸明の時節雨紛紛、
路上の行人魂を斷たんと欲ほっす。
借問しゃもんす酒家何れの處にか有る、
牧童遙かに指さす杏花の村。

 琵琶行序 唐 白居易

元和十年、予左遷九江郡司馬。
明年秋、送客湓浦口、聞舟船中夜彈琵琶者。
聽其音、錚錚然有京都聲。
問其人、本長安倡女、嘗學琵琶於穆・曹二善才、
年長色衰 、委身爲賈人婦。遂命酒、使快彈數曲。
曲罷、憫默。自敍少小時歡樂事、今漂淪憔悴、
轉徙於江湖間。予出官二年、恬然自安、感斯人言、
是夕始覺有遷謫意。因爲長句、歌以贈之。
凡六百一十二言、命曰琵琶行。


 元和十年、予 九江郡の司馬に左遷さる。
 明年の秋、客を湓浦口に送る、
 舟船中に夜琵琶を彈く者あるを聞く。
 其の音を聽くに、錚錚然として京都の聲有り。
 其の人を問ふに、本長安の倡女、
 嘗て琵琶を穆と曹との二善才に學び、
 年長け色衰へ、身を委ねて賈人の婦つまと爲る。
 遂に酒を命じて、快く數曲を彈か使む。曲罷りて、憫默たり。
 自ら少小時の歡樂の事、今漂淪憔悴し、
 江湖の間を轉徙するを敍ぶ。
 予官を出づること二年、恬然として自ら安んぜしも、
 斯の人の言に感じ、()の夕始めて遷謫の意有るを覺ゆ。
 因て長句を爲し、歌って以て(これ)に贈る。
 凡およそ六百一十二言、命づけて『琵琶行』と曰ふ。

 琵琶行 唐 白居易

潯陽江頭夜送客、
楓葉荻花秋瑟瑟。
主人下馬客在船、
舉酒欲飮無管絃。
醉不成歡慘將別、
別時茫茫江浸月。
忽聞水上琵琶聲、
主人忘歸客不發。
尋聲闇問彈者誰、
琵琶聲停欲語遲。
移船相近邀相見、
添酒迴燈重開宴。
千呼萬喚始出來、
猶抱琵琶半遮面。

轉軸撥絃三兩聲、
未成曲調先有情。
絃絃掩抑聲聲思、
似訴平生不得志。
低眉信手續續彈、
説盡心中無限事。

輕攏慢撚抹復挑、
初爲霓裳後綠腰。
大絃嘈嘈如急雨、
小絃切切如私語、
嘈嘈切切錯雜彈、
大珠小珠落玉盤。
間關鶯語花底滑、
幽咽泉流氷下難。
氷泉冷澀絃凝絶、
凝絶不通聲暫歇。
別有幽愁暗恨生、
此時無聲勝有聲。
銀瓶乍破水漿迸、
鐵騎突出刀槍鳴。

曲終收撥當心畫、
四絃一聲如裂帛。
東船西舫悄無言、
唯見江心秋月白。

沈吟放撥插絃中、
整頓衣裳起斂容。
自言本是京城女、
家在蝦蟆陵下住。
十三學得琵琶成、
名屬教坊第一部。
曲罷曾教善才伏、
妝成毎被秋娘妬。
五陵少年爭纏頭、
一曲紅綃不知數。
鈿頭雲篦撃節碎、
血色羅裙翻酒汚。
今年歡笑復明年、
秋月春風等閒度。
弟走從軍阿姨死、
暮去朝來顏色故。
門前冷落鞍馬稀、
老大嫁作商人婦。
商人重利輕別離、
前月浮梁買茶去。

去來江口守空船、
遶船明月江水寒。
夜深忽夢少年事、
夢啼妝涙紅闌干。

終尾

我聞琵琶已歎息、
又聞此語重喞喞。
同是天涯淪落人、
相逢何必曾相識。
我從去年辭帝京、
謫居臥病潯陽城。
潯陽地僻無音樂、
終歳不聞絲竹聲。
住近湓江地低濕、
黄蘆苦竹繞宅生。
其間旦暮聞何物、
杜鵑啼血猿哀鳴。
春江花朝秋月夜、
往往取酒還獨傾。
豈無山歌與村笛、
嘔唖嘲哳難爲聽。
今夜聞君琵琶語、
如聽仙樂耳暫明。
莫辭更坐彈一曲、
爲君翻作琵琶行。
感我此言良久立、
卻坐促絃絃轉急。
淒淒不似向前聲、
滿座重聞皆掩泣。
座中泣下誰最多、
江州司馬青衫濕。



潯陽江頭夜客を送る、
楓葉荻花秋瑟瑟。
主人は馬より下り客は船に在り、
酒を舉げて飮まんと欲して管絃無し。
醉成さずして歡慘として將に別れんとす、
別るる時茫茫として江は月を浸す。
忽ち聞く水上琵琶の聲、
主人は歸るを忘れ客は發せず。
聲を尋ねて闇に問ふ彈く者は誰ぞと、
琵琶聲停みて語らんと欲して遲し。
船を移し相ひ近づきて邀へて相ひ見、
酒を添へ燈を迴らし重ねて宴を開く。
千呼萬喚始めて出で來たり、
猶ほ琵琶を抱きて半ば面を遮る。

軸を轉め絃を撥ひて三兩聲、
未だ曲調を成さざるに先ず情有り。
絃絃掩抑して聲聲に思ひ、
平生志を得ざるを訴ふるに似たり。
眉を低れ手に信せて續續と彈き、
説き盡くす心中無限の事。

輕く攏おさえ慢く撚りて抹み復た挑ひ、
初めは霓裳を爲し後は綠腰。
大絃は嘈嘈として急雨の如く、
小絃は切切として私語の如し、
嘈嘈と切切と錯雜して彈き、
大珠小珠玉盤に落つ。
間關たる鶯語花底に滑かに、
幽咽せる泉流は氷下に難む。
氷泉冷澀して絃凝絶し、
凝絶通ぜず聲暫し歇む。
別に幽愁の暗恨生ずる有り、
此の時聲無きは聲有るに勝る。
銀瓶乍ち破れ水漿迸ほとばしり、
鐵騎突出して刀槍鳴る。

曲終らんとして撥ばちを收め當心を畫き、
四絃一聲裂帛の如し。
東船西舫悄として言ことば無く、
唯だ見る江心に秋月の白きを。

沈吟して撥を放ちて絃中に插さしはさみ、
衣裳を整頓して起ちて容かたちを斂をさむ。
みづから言ふ本もと是れ京城の女、
家は蝦蟆陵下に在りて住む。
十三に琵琶を學び得て成り、
名は教坊の第一部に屬す。
曲罷をはりては曾かつて善才をして伏さしめ、
妝成りては毎つねに秋娘に妬ねたまる。
五陵の少年爭ひて纏頭し、
一曲に紅綃は數知れず。
鈿頭の雲篦は節を撃ちて碎け、
血色の羅裙は酒を翻ひるがへして汚けがる。
今年の歡笑復た明年、
秋月春風等閒に度ぐ。
弟は走りて軍に從ひて阿姨は死し、
暮去り朝あした來りて顏色故る。
門前冷落して鞍馬稀まれに、
老大嫁して商人の婦つまと作る。
商人は利を重んじて別離を輕んじ、
前月浮梁に茶を買ひに去る。

江口に去來して空船を守り、
船を遶めぐる名月に江水寒し。
夜深くして忽ち夢むは少年の事、
夢に啼けば妝涙紅闌干たり。

終尾
我聞く琵琶已に歎息するを、
又聞く此語重ねて喞喞たるを。
ともに是れ天涯淪落の人、
相ひ逢ふに何ぞ必ずしも曾ての相識たらん。
我去年帝京を辭して從り、
謫居して病に臥す潯陽城。
潯陽地僻りて音樂無く、
終歳聞かず絲竹の聲を。
住は湓江に近く地は低濕、
黄蘆苦竹宅を繞りて生ず。
其の間旦暮何物をか聞く、
杜鵑は血に啼き猿は哀れに鳴く。
春江花の朝秋月の夜、
往往酒を取りて還た獨り傾く。
豈に山歌與村笛の無からんや、
嘔唖おうあ嘲哳てうたつ聽くを爲し難し。
今夜君の琵琶の語を聞くに、
仙樂を聽くが如く耳暫く明たり。
辭する莫れ更に坐して一曲を彈け、
君が爲に翻して琵琶行を作らん。
我が此の言に感じて(はた)して久しくして立ち、
座に卻って絃を促めれば絃轉うたたた急。
淒淒として似ず向前きゃうぜんの聲に、
滿座重ねて聞くに皆掩ひて泣く。
座中泣なみだ下ること誰か最も多き、
江州の司馬青衫濕ふ。

 赤壁 唐 杜牧

折戟沈沙鐵未銷、
自將磨洗認前朝。
東風不與周郞便、
銅雀春深鎖二喬。



折戟沙に沈みて鐵未だ銷しょうせず、
自ら磨洗を將もって前朝を認む。
東風周郎の與ために便せずんば、
銅雀春深くして二喬を鎖とざさん。

寄揚州韓綽判官
唐 杜牧
靑山隱隱水遙遙、
秋盡江南草木凋。
二十四橋明月夜、
玉人何處敎吹簫?

 揚州の韓綽判官に寄す

靑山隱隱として水遙遙たり、
秋盡きて江南草木凋む。
二十四橋明月の夜、
玉人何いづれの處ところにか吹簫を敎をしふる?

 遣懷 唐 杜牧

落魄江南載酒行、
楚腰腸斷掌中輕。
十年一覺揚州夢、
贏得靑樓薄倖名。

 懷おもひを遣

江南に落魄して載酒して 行き、
楚腰腸はらわた 斷ちて掌中に輕し。
十年一たび 覺む揚州の夢、
ち得たり靑樓薄倖はくかうの名を。

 贈別
二首 其一 唐 杜牧
娉娉嫋嫋十三餘、
荳蔻梢頭二月初。
春風十里揚州路、
卷上珠簾總不如。

 別べつに贈る

娉娉へいへい嫋嫋たる十三餘、
荳蔻梢頭二月の初はじめ
春風十里揚州の路、
珠簾を卷き上ぐれど總じて如かず。

 贈別
二首 其二 唐 杜牧
多情卻似總無情、
惟覺罇前笑不成。
蝋燭有心還惜別、
替人垂涙到天明。

  別べつに贈る

多情は卻って似る總じて無情なるに、
惟だ覺る罇前に笑ひを成さず。
蝋燭心しん有りて還ほ別れを惜しみ、
人に替はり涙を垂れて天明に到る。

 金谷園 唐 杜牧

繁華事散逐香塵、
流水無情草自春。
日暮東風怨啼鳥、
落花猶似墜樓人。



繁華の事は散ず香塵を逐ひて、
流水は無情なれど草は自ら春たり。
日暮東風に啼鳥を怨めば、
落花猶も似たり樓より墜ちたる人に。

 絶句 唐 杜甫

江碧鳥逾白、
山靑花欲然。
今春看又過、
何日是歸年。



江碧みどりにして鳥逾いよいよよ白く、
山靑くして花然えんと欲す。
今春看みすみす又た過ぐ、
いづれの日か是れ歸年ならん。

早發白帝城
唐 李白
朝辭白帝彩雲間、
千里江陵一日還。
兩岸猿聲啼不住、
輕舟已過萬重山。

 早つとに白帝城を發す

あしたに辭す白帝彩雲さいうんの間、
千里の江陵かうりょう一日いちじつにして還かへる。
兩岸の猿聲ゑんせいき住まざるに、
輕舟已すでに過ぐ萬重ちょうの山。

黄鶴樓送孟浩然之廣陵 唐 李白
 黄鶴樓に孟浩然の廣陵に之くを送る
故人西辭黄鶴樓、
煙花三月下揚州。
孤帆遠影碧空盡、
惟見長江天際流。
故人西のかた黄鶴樓を辭し、
煙花三月揚州に下る。
孤帆の遠影碧空に盡き、
だ見る長江の天際に流るるを。

 黄鶴樓 唐 崔顥

昔人已乘白雲去、
此地空餘黄鶴樓。
黄鶴一去不復返、
白雲千載空悠悠。
晴川歴歴漢陽樹、
芳草萋萋鸚鵡洲。
日暮鄕關何處是、
煙波江上使人愁。



昔人已すでに白雲に乘りて去り、
の地空むなしく餘あます黄鶴樓くゎかくろう
黄鶴一たび去りて復またた返らず、
白雲千載空しく悠悠。
晴川歴歴たり漢陽の樹、
芳草萋萋たり鸚鵡洲あうむしう
日暮鄕關何いづれの處ところか是これなる、
煙波江上人をして愁へしむ。

 過華清宮
唐 杜牧
長安回望繍成堆、
山頂千門次第開。
一騎紅塵妃子笑、
無人知是茘枝來。

 華清宮を過

長安回望すれば繍堆と成り、
山頂の千門次第に開く。
一騎の紅塵に妃子笑み、
人の是れ茘枝の來たるを知る無し。
 

楓橋夜泊 唐 張繼

月落烏啼霜滿天、
江楓漁火對愁眠。
姑蘇城外寒山寺、
夜半鐘聲到客船。



月落ち烏啼いて霜天に滿つ、
江楓の漁火愁眠に對す。
姑蘇城外の寒山寺、
夜半の鐘聲客船に到る。

江南逢李龜年
唐 杜甫
岐王宅裏尋常見、
崔九堂前幾度聞。
正是江南好風景、
落花時節又逢君。

 江南にて李龜年に逢ふ

岐王の宅裏尋常に見、
崔九の堂前幾度か聞く。
正に是れ江南の好風景、
落花の時節又君に逢ふ。

登鸛雀樓
唐 王之渙
白日依山盡、
黄河入海流。
欲窮千里目、
更上一層樓。

 鸛雀樓に登る

白日山に依りて盡き、
黄河海に入りて流る。
千里の目を窮めんと欲して、
更に上のぼる一層の樓。

白頭吟 代悲白頭翁
唐 劉希夷
洛陽城東桃李花、
飛來飛去落誰家。
洛陽女兒惜顏色、
行逢落花長歎息。
今年花落顏色改、
明年花開復誰在。
已見松柏摧爲薪、
更聞桑田變成海。
古人無復洛城東、
今人還對落花風。
年年歳歳花相似、
歳歳年年人不同。
寄言全盛紅顏子、
應憐半死白頭翁。
此翁白頭眞可憐、
伊昔紅顏美少年。
公子王孫芳樹下、
清歌妙舞落花前。
光祿池臺開錦繍、
將軍樓閣畫神仙。
一朝臥病無人識、
三春行樂在誰邊。
宛轉蛾眉能幾時、
須臾鶴髮亂如絲。
但看古來歌舞地、
惟有黄昏鳥雀悲。

 白頭吟 白頭を悲しむ翁に代りて

洛陽城東桃李の花、
飛び來り飛び去りて誰が家にか落つる。
洛陽の女兒顏色を惜しみ、
ゆくゆく落花に逢ひて長歎息す。
今年花落ちて顏色改まり、
明年花開きて復た誰か在る。
すでに見る松柏の摧くだかれて薪と爲るを、
更に聞く桑田の變じて海と成るを。
古人復た洛城の東に無く、
今人還なほも對す落花の風。
年年歳歳花相ひ似たれども、
歳歳年年人同じからず。
言を寄す全盛の紅顏子、
應に憐むべし半死の白頭の翁。
此の翁白頭眞に憐む可し、
れ昔紅顏の美少年。
公子王孫芳樹の下、
清歌妙舞落花の前。
光祿の池臺に錦繍を開き、
將軍の樓閣に神仙を畫ゑがく。
一朝病ひに臥して人の識る無く、
三春の行樂誰が邊にか在る。
宛轉たる蛾眉能く幾時ぞ、
須臾にして鶴髮亂れて絲の如し。
だ看る古來歌舞の地、
だ黄昏に鳥雀の悲しむ有るを。

 山中問答 唐 李白

問余何意棲碧山、
笑而不答心自閑。
桃花流水杳然去、
別有天地非人間。



余に問ふ何の意ありてか碧山に棲むと、
笑って答へず心自おのづから閑なり。
桃花流水杳然と去る、
別に天地の人間じんかんに非ざる有り。

 客中行 唐 李白

蘭陵美酒鬱金香、
玉碗盛來琥珀光。
但使主人能醉客、
不知何處是他鄕。



蘭陵の美酒鬱金香、
玉碗盛り來る琥珀の光。
但だ主人をして能く客を醉はしめば、
知らず何いづれの處か是れ他鄕なるを。

 靜夜思
唐 李白
床前明月光、
疑是地上霜。
舉頭望明月、
低頭思故鄕。



床前明月の光、
疑ふらくは是れ地上の霜かと。
かうべを舉げては明月を望み、
かうべを低れては故鄕を思ふ。

 竹里館
唐 王維
獨坐幽篁裏、
彈琴復長嘯。
深林人不知、
明月來相照。



獨り坐す幽篁の裏うち
琴を弾じて復た長嘯す。
深林人知らず、
明月來りて相ひ照らす。

 南陵道中 唐 杜牧

南陵水面漫悠悠、
風緊雲輕欲變秋。
正是客心孤迥處、
誰家紅袖凭江樓。



南陵の水面漫悠悠として、
風緊きつく雲輕かろやかに秋に變ぜんと欲す。
まさに是れ客心孤ひとり迥はるかなる處、
が家の紅袖ぞ江樓に凭るは。

 贈漁父 唐 杜牧

蘆花深澤靜垂綸、
月夕煙朝幾十春。
自説孤舟寒水畔、
不曾逢着獨醒人。

 漁父に贈る

蘆花深き澤に靜かに綸いとを垂れ、
月ある夕煙れる朝幾十の春。
自ら説ふ孤舟寒水の畔に、
曾て逢着せず獨り醒むる人にと。

 把酒問月 唐 李白
 故人賈淳令余問之
靑天有月來幾時、
我今停杯一問之。
人攀明月不可得、
月行卻與人相隨。
皎如飛鏡臨丹闕、
綠煙滅盡淸輝發。
但見宵從海上來、
寧知曉向雲閒沒。
白兔搗藥秋復春、
姮娥孤棲與誰鄰。
今人不見古時月、
今月曾經照古人。
古人今人若流水、
共看明月皆如此。
唯願當歌對酒時、
月光長照金樽裏。

 酒を把りて月に問ふ

靑天月有りて來のかた幾時ぞ、
我今杯を停とどめて之に一問す。
人明月に攀づるは得からざるも、
月行卻って人と相ひ隨ふ。
皎として飛鏡の丹闕に臨むが如く、
綠煙滅し盡くして清輝發す。
但だ見る宵に海上より來り、
寧ぞ知らん曉に雲閒に向ひて沒するを。
白兔藥を搗く秋復た春、
姮娥孤り棲み誰とか鄰りせん。
今人は見ず古時の月を、
今月は曾經かつて古人を照らせり。
古人今人流水の若く、
共に明月を看る皆此くの如し。
唯だ願はくは歌に當たり酒に對するの時、
月光(とこし)へに金樽の(うち)を照らさんことを。

 題烏江亭 杜牧

勝敗兵家事不期、
包羞忍恥是男兒。
江東子弟多才俊、
捲土重來未可知。

 烏江亭に題す

勝敗は兵家も事こと期せず、
はぢを包み恥はぢを忍ぶ是れ男兒。
江東の子弟才俊多く、
捲土重來未いまだ知るべからず。

 登幽州臺歌
陳子昂
 不見古人、
後不見來者。
念天地之悠悠、
獨愴然而涕下。

 幽州臺に登れる歌

まへに古人を見ず、
のち來者らいしゃを見ず。
天地の悠悠いういうたるをおもひ、
ひと愴然さうぜんとしてなみだくだる。

 花非花 白居易

花非花、霧非霧。
夜半來、天明去。
來如春夢幾多時?
去似朝雲無覓處。



花にして花に非ず、霧にして霧に非ず。
夜半に來たりて、天明に去る。
來たること春夢の如く幾多の時ぞ?
去るは朝雲に似にて覓もとむる處無し。

 清平調 三首之一
李白
雲想衣裳花想容、
春風拂檻露華濃。
若非群玉山頭見、
會向瑤臺月下逢。



雲には衣裳を想ひ花には容を想ふ、
春風檻を拂って露華濃こまやかなり。
し群玉山頭に見るに非らずんば、
かならずや瑤臺月下に向いて逢はん。

 清平調 三首之二
李白
一枝紅艷露凝香、
雲雨巫山枉斷腸。
借問漢宮誰得似、
可憐飛燕倚新粧。



一枝の紅艷露香を凝らす、
雲雨巫山枉むなしく斷腸。
借問しゃもんす漢宮誰か似たるを得ん、
可憐の飛燕新粧に倚る。

春夜洛城聞笛
李白
誰家玉笛暗飛聲、
散入春風滿洛城。
此夜曲中聞折柳、
何人不起故園情。

 春夜洛城に笛を聞く

誰が家の玉笛ぞ暗に聲を飛ばす、
散じて春風に入りて洛城に滿つ。
此の夜曲中折柳を聞く、
何人か故園の情を起こさざらん。

望廬山瀑布 李白

日照香爐生紫煙、
遙看瀑布挂前川。
飛流直下三千尺、
疑是銀河落九天。

 廬山の瀑布を望む

日は香爐を照らし紫煙生ず、
遙かに看る瀑布の前川に挂くるを。
飛流直下三千尺、
疑ふらくは是れ銀河の九天より落つるかと。

 春望 杜甫

國破山河在、
城春草木深。
感時花濺涙、
恨別鳥驚心。
烽火連三月、
家書抵萬金。
白頭掻更短、
渾欲不勝簪。



國破れて山河在り、
城春にして草木深し。
時に感じては花にも涙を濺そそぎ、
別れを恨んでは鳥にも心を驚かす。
烽火三月さんげつに連なり、
家書萬金に抵たる。
白頭掻けば更に短く、
すべて簪しんに勝へざらんと欲す。

玉階怨 李白

玉階生白露、
夜久侵羅襪。
却下水精簾、
玲瓏望秋月。



玉階に白露生じ、
夜久しくして羅襪を侵す。
却下す水精すいしゃうの簾、
玲瓏秋月を望む。

照鏡見白髮
唐 張九齡
宿昔青雲志、
蹉跎白髮年。
誰知明鏡裏、
形影自相憐。

 鏡に照らして白髪を見る

宿昔青雲の志、
蹉跎たり白髮の年。
誰か知らん明鏡の裏、
形影自ら相ひ憐まんとは。

 秋風引
唐 劉禹錫
何處秋風至、
蕭蕭送雁群。
朝來入庭樹、
孤客最先聞。



何れの處よりか秋風至り、
蕭蕭として雁群を送る。
朝來庭樹に入り、
孤客最も先に聞く。

 秋浦歌
唐 李白
白髮三千丈、
縁愁似箇長。
不知明鏡裏、
何處得秋霜。

 秋浦の歌

白髮三千丈、
愁ひに縁りて箇くの似ごとく長し。
知らず明鏡の裏、
いづれの處にか秋霜を得たる。

 春夜宴桃李園 序 唐 李白

夫天地者、萬物之逆旅、光陰者、百代之過客。
而浮生若夢、爲歡幾何?古人秉燭夜遊、良有以也。
況陽春召我以煙景、大塊假我以文章。
會桃李之芳園、序天倫之樂事。群季俊秀、皆爲惠連。
吾人詠歌、獨慚康樂。幽賞未已、高談轉清。
開瓊筵以坐華、飛羽觴而醉月。
不有佳作、何伸雅懷?如詩不成、罰依金谷酒數。


 夫れ天地は、萬物の逆旅げきりょにして、
 光陰は、百代の過客くゎかくなり。
 而しかして浮生は夢の若し、歡を爲すこと幾何いくばくぞ?
 古人燭を秉りて夜に遊ぶ、良まことに以ゆゑ有る也。
 況いはんや陽春我を召くに煙景を以てし、
 大塊我に假すに文章を以てするをや。
 桃李の芳園に會し、天倫の樂事を序す。
 群季の俊秀は、皆惠連爲り。
 吾人の詠歌は、獨り康樂に慚づ。
 幽賞未だ已まず、高談轉うたた清し。
 瓊筵を開きて以て華に坐し、羽觴を飛ばして月に醉ふ。
 佳作有らずんば、何ぞ雅懷を伸べんや?
 如し詩成らずんば、罰は金谷の酒數に依らん。

初貶官過望秦嶺
唐 白居易
草草辭家憂後事、
遲遲去國問前途。
望秦嶺上迴頭立、
無限秋風吹白鬚。

 初めて官を貶おとされて望秦嶺を過ぐ

草草として家を辭して後事を憂ひ、
遲遲として國を去りて前途を問ふ。
望秦嶺上頭かうべを迴めぐらせて立てば、
無限の秋風白鬚に吹く。

 渡桑乾 唐 賈島

客舍并州已十霜、
歸心日夜憶咸陽。
無端更渡桑乾水、
卻望并州是故鄕。

 桑乾を渡る

并州に客舍すること已すでに十霜、
歸心日夜咸陽を憶ふ。
端無くも更に渡る桑乾の水、
卻って并州を望めば是れ故鄕。

送宇文六 唐 常建

花映垂楊漢水清、
曉風林裏一枝輕。
即今江北還如此、
愁殺江南離別情。

 宇文六を送る

花は垂楊に映じて漢水清く、
曉風林裏一枝輕し。
即今江北還た此くの如からん、
愁殺す江南離別の情。

長樂少年行
唐 崔國輔
遺卻珊瑚鞭、
白馬驕不行。
章臺折楊柳、
春日路傍情。



珊瑚の鞭を遺卻して、
白馬驕りて行かず。
章臺楊柳を折る、
春日路傍の情。


 邙山 唐 沈佺期

北邙山上列墳塋、
萬古千秋對洛城。
城中日夕歌鐘起、
山上唯聞松柏聲。






 邙山ばうさん

北邙山上墳塋ふんえいつらなり、
萬古千秋洛城に對す。
城中日夕歌鐘起こるも、
山上唯だ聞く松柏の聲。

 登岳陽樓
唐 杜甫
昔聞洞庭水、
今上岳陽樓。
呉楚東南坼、
乾坤日夜浮。
親朋無一字、
老病有孤舟。
戎馬關山北、
憑軒涕泗流。

 岳陽樓に登る

昔聞く洞庭の水、
今上のぼる岳陽樓。
呉楚東南に坼け、
乾坤日夜浮かぶ。
親朋一字無く、
老病孤舟有り。
戎馬じゅうば關山の北、
軒に憑りて涕泗ていし流る。

 少年行 唐 王維

新豐美酒斗十千、
咸陽遊侠多少年。
相逢意氣爲君飮、
繋馬高樓垂柳邊。



新豐の美酒斗十千、
咸陽の遊侠少年多し。
相ひ逢ひて意氣君が爲に飮み、
馬を繋ぐ高樓垂柳の邊。

題金陵渡 唐 張祜

金陵津渡小山樓、
一宿行人自可愁。
潮落夜江斜月裏、
兩三星火是瓜洲。


 金陵の渡に題す

金陵の津渡小山樓、
一宿の行人自ら愁ふ可し。
潮落の夜江斜月の裏うち
兩三の星火是れ瓜洲。


浪淘沙 唐 劉禹錫

八月濤聲吼地來、
頭高數丈觸山迴。
須臾卻入海門去、
卷起沙堆似雪堆。








八月の濤聲地に吼えて來り、
頭高きこと數丈山に觸れて迴めぐる。
須臾に卻しりぞきて海門に入りて去り、
沙堆を卷き起こすこと雪堆に似たり。

 何滿子
唐 張祜
故國三千里、
深宮二十年。
一聲何滿子、
雙涙落君前。



故國三千里、
深宮二十年。
一聲何滿子、
雙涙君前に落つ。

 芙蓉樓送辛漸
唐 王昌齡
寒雨連江夜入呉、
平明送客楚山孤。
洛陽親友如相問、
一片冰心在玉壺。

 芙蓉樓にて辛漸を送る

寒雨江に連りて夜呉に入る、
平明客を送れば楚山孤なり。
洛陽の親友如し相ひ問はば、
一片の冰心玉壺に在り。

 蜀相 唐 杜甫

丞相祠堂何處尋、
錦官城外柏森森。
映堦碧草自春色、
隔葉黄鸝空好音。
三顧頻煩天下計、
兩朝開濟老臣心。
出師未捷身先死、
長使英雄涙滿襟。



丞相の祠堂何處にか尋ねん、
錦官城外柏森森たり。
堦に映ずる碧草は自ら春色にして、
葉を隔つる黄鸝空しく好音。
三顧頻煩なり天下の計、
兩朝開濟す老臣の心。
出師未いまだ捷たざるに身先づ死し、
とこしへに英雄をして涙襟に滿たしむ。

 長干曲
唐 崔顥
君家何處住、
妾住在橫塘。
停船暫借問、
或恐是同鄕。






君家は何處いづこにか住む、
妾は橫塘おうとうに在りて住む。
船を停めて暫く借問しゃもんせん、
或は恐らくは是同鄕ならんと。

 長干曲
唐 崔顥
家臨九江水、
來去九江側。
同是長干人、
自小不相識。



家は臨む九江の水、
來去す九江の側かたはらを。
ともに是れ長干の人なるに、
小き自り相ひ識らず。

 雜詩 唐 王維

君自故鄕來、
應知故鄕事。
來日綺窗前、
寒梅著花未?



君故鄕自り來たる、
まさに故鄕の事を知るべし。
來日らいじつ綺窗の前、
寒梅花を著けしや未だしや?

 金陵圖 唐 韋莊

江雨霏霏江草齊、
六朝如夢鳥空啼。
無情最是臺城柳、
依舊烟籠十里堤。

 金陵の圖

江雨霏霏として江草齊ひとし、
六朝りくてう夢の如く鳥空しく啼く。
無情最も是れ臺城の柳、
舊に依りて烟は籠む十里の堤。

 蘇臺覽古 唐 李白

舊苑荒臺楊柳新、
菱歌淸唱不勝春。
只今惟有西江月、
曾照呉王宮裏人。



舊苑荒臺楊柳新たに、
菱歌の淸唱春に勝へず。
だ今惟だ有り西江の月、
かつて照らす呉王宮裏の人。

 越中覽古
唐 李白
越王勾踐破呉歸、
義士還家盡錦衣。
宮女如花滿春殿、
只今惟有鷓鴣飛。



越王勾踐こうせん呉を破りて歸り、
義士家に還りて盡く錦衣す。
宮女花の如く春殿に滿ちしが、
只今惟だ鷓鴣の飛ぶ有るのみ。

 秋夕 杜牧

銀燭秋光冷畫屏、
輕羅小扇捕流螢。
天階夜色涼如水、
臥看牽牛織女星。



銀燭の秋光畫屏冷え、
輕羅の小扇に流螢捕ふ。
天階の夜色涼きこと水の如く、
臥して看る牽牛織女星。

 念昔游 杜牧

十載飄然繩檢外、
樽前自獻自爲酬。
秋山春雨閑吟處、
倚徧江南寺寺樓。



十載飄然たり繩檢の外、
樽前に自ら獻じ自ら酬を爲す。
秋山春雨閑吟の處、
倚ること徧し江南寺寺の樓。

 春曉 孟浩然

春眠不覺曉、
處處聞啼鳥。
夜來風雨聲、
花落知多少。



春眠曉を覺えず、
處處啼鳥を聞く。
夜來風雨の聲、
花落つること知りぬ多少ぞ。

 曲江 杜甫

朝囘日日典春衣、
毎日江頭盡醉歸。
酒債尋常行處有、
人生七十古來稀。
穿花蛺蝶深深見、
點水蜻蜓款款飛。
傳語風光共流轉、
暫時相賞莫相違。



てうより囘かへりて日日春衣を典し、
毎日江頭に醉ゑひを盡くして歸る。
酒債しゅさいは尋常じんじゃう行く處に有り、
人生七十古來稀まれなり。
花を穿つ蛺蝶けふてふ深深として見え、
水に點ずる蜻蜓せいてい款款くゎんくゎんとして飛ぶ。
風光に傳語す共に流轉るてんして、
暫時相ひ賞して相ひ違たがふこと莫かれと。

 絶句漫興 杜甫

二月已破三月來、
漸老逢春能幾囘。
莫思身外無窮事、
且盡生前有限杯。



二月已すでに破れ三月來り、
やうやく老いて春に逢ふ能く幾回ぞ。
思ふ莫なかれ身外無窮の事を、
しばし盡くせ生前有限の杯を。