生麥役
山階宮晃親王
薩州老將髮衝冠、
天子百官免危難。
英氣凛凛生麥役、
海邊十里月光寒。

 生麥なまむぎの役えき

薩州さつしうの老將らうしゃうはつ冠を衝き、
天子百官危難きなんを免まぬがる。
英氣凛凛りんりん生麥の役えき
海邊かいへん十里月光寒し。

先妣十七回忌祭 從鄕例行香涙餘賦此 菅茶山
 先妣せんぴ十七回忌祭 郷例に從ひて行香し涙餘に此を賦す
舊夢茫茫十七春、
梅花細雨復芳辰。
墳前稽顙頭全白、
曾是懷中索乳人。
舊夢茫茫ばうばう十七春しゅん
梅花細雨復た芳辰はうしん
墳前に稽顙けいさうすれば頭全まったく白し、
かつて是れ懷中に乳を索もとめし人。

 述懷
雲井龍雄
慷慨如山見死輕、
男兒生世貴成名。
時平空瘞英雄骨、
匣裡寶刀鳴有聲。



慷慨かうがい山の如く死を見るは輕かろし、
男兒世に生れて名を成すを貴たっとぶ。
ときたひらかにして空しく瘞うづむ英雄の骨、
匣裡かふりの寶刀はうたう鳴って聲こゑあり。

 弔南洲
勝海舟
亡友南洲氏、
風雲定大是。
拂衣去故山、
胸襟淡如水。
悠然事躬耕、
嗚呼一高士。
只道自居正、
豈意紊國紀。
不圖遭世變、
甘受賊名訾。
笑擲此殘骸、
以附數弟子。
毀譽皆皮相、
誰能察微旨。
唯有精靈在、
千載存知己。

 南洲なんしうを弔とむら

亡友ばういう南洲なんしう氏、
風雲大是たいぜを定む。
を拂はらって故山に去り、
胸襟きょうきんたんとして水の如し。
悠然躬耕きゅうかうを事こととす、
嗚呼あゝ一高士。
だ道ふ:「自みづから正せいに居る」と、
に意おもはんや國紀こっきを紊みだすを。
はからずも世變に遭ひ、
賊名ぞくめいの訾そしりを甘受す。
笑って此の殘骸ざんがいを擲なげうち、
以て數弟子ていしに附す。
毀譽きよみな皮相ひさう
たれか能く微旨びしを察せん。
だ精靈の在る有り、
千載せんざい知己ちきそんせん。

 兩英雄
德富蘇峰
堂堂錦旆壓關東、
百萬死生談笑中。
群小不知天下計、
千秋相對兩英雄。



堂堂たる錦旆きんぱい關東を壓し、
百萬の死生談笑の中うち
群小ぐんせう知らず天下の計、
千秋相ひ對す兩英雄。

聞赤十字社看護婦赴歐洲 大正天皇
 赤十字社の看護婦の歐洲おうしうに赴おもむくを聞く
白衣婦女氣何雄、
胸佩徽章十字紅。
能療創痍盡心力、
回生不讓戰場功。
白衣の婦女氣何なんぞ雄ゆうたる、
胸に佩ぶ徽章きしゃうは十字の紅くれなゐ
く創痍さういを療いやして心力しんりょくを盡つくせば、
回生くゎいせいゆづらず戰場の功に。

奉和聖製詠看護婦
森鷗外
裙釵還有丈夫雄、
好躡沙場戰血紅。
應向汗靑增故事、
玉纖爭奏裹創功。

 聖製の看護婦を詠ずるに和し奉たてまつ

裙釵くんさいた有り丈夫じゃうふの雄ゆう
好んで()めり沙場(さじゃう)戰血(せんけつ)(くれなゐ)なるを。
まさに汗靑かんせいに向おいて故事を增すべし、
玉纖ぎょくせんきそひて奏す裹創くゎそうの功こうを。


 哭乃木大將
大正天皇
滿腹誠忠萬國知、
武勳赫赫戰征時。
勵精督學尤嚴肅、
夫婦自裁情耐悲。


 乃木大將を哭こく

滿腹まんぷくの誠忠せいちゅう萬國知る、
武勳赫赫かくかく戰征せんせいの時。
督學(とくがく)勵精(れいせい)すること(もっと)嚴肅(げんしゅく)
夫婦の自裁じさいじゃう悲しみに耐へんや。

 凍蠅
關藤藤陰
引類營營猛作雷、
時移跡滅正堪暟。
天恩有此晴窗暖、
猶自終朝曝背來。



類を引き營營(えいえい)として(もう)たること(いかづち)()し、
とき移り跡あとめっして正まさに暟がいに堪へん。
天恩此く晴窗の暖だん有りて、
ほ終朝しゅうてうより曝背ばくはいし來きたるがごとし

 無題
菅茶山
窗前竹虹偃、
雪塢夜無聲。
孤燭攤書坐、
時聞棲雀驚。



窗前竹虹のごとく偃せ、
雪塢せつを夜聲無し。
孤燭書しょを攤ひろげて坐すれば、
時に聞く棲みたる雀の驚くを。

 無題
菅茶山
早掃梅邊雪、
衡門手自開。
今朝是人日、
應有韻流來。



つとに梅邊ばいべんの雪を掃き、
衡門かうもん手自てづから開く。
今朝こんてうは是れ人日じんじつなれば、
まさに韻流いんりうの來きたること有るべし。

 逸題
篠原國幹
飮馬綠江果何日、
一朝事去壯圖差。
此閒誰解英雄恨、
袖手春風詠落花。



馬を綠江(りょうくかう)(みづか)ふは(はた)して(いづ)れの日ぞ、
一朝いってうことりて壯圖さうとたがふ。
の閒かんたれか解せん英雄の恨うらみ
手を袖そでにして春風しゅんぷう落花を詠えいず。

 芳野懷古
國分靑崖
中原父老望龍旂、
魏闕浮雲事已非。
千載皇陵雷雨夜、
劍光猶向北方飛。



中原の父老ふらう龍旂りょうきを望めども、
魏闕ぎけつの浮雲事ことすでに非なり。
千載せんざい皇陵雷雨の夜、
劍光猶ほも北方に向かひて飛ぶ。

壬戌八月廿七日亡命櫻邸 高杉晉作
 壬戌じんじゅつ八月廿七日櫻邸あうていを亡命す
官祿於吾塵土輕、
笑抛官祿向東行。
見他世上勤王士、
半是貪功半利名。
官祿くゎんろくわれに於おいて塵土ぢんどと輕かろく、
笑ひて官祿(くゎんろく)(なげう)ちて東に向かひて()く。
他の世上せじゃう勤王きんなうの士を見れば、
半ばは是れ功を貪むさぼり半ばは利名。

 擬送人從軍
頼春水
滄海爲池山是城、
艨艟報警曷須驚。
請看昔日鯨魚腹、
葬得胡人十萬兵。

 人の軍に從ふを送るに擬す

滄海さうかいは池と爲し山は是れ城、
艨艟もうしょう警を報ずるも曷なんぞ驚くを須もちゐん
ふ看よ昔日鯨魚げいぎょの腹ふく
はうむり得たり胡人十萬の兵を。

 無題
河上 肇
年少夙欽慕松陰、
後學馬克斯禮忍。
讀書萬卷竟何事、
老來徒爲獄裏人。



年少夙つとに松陰を欽慕きんぼし、
のちに馬克斯マルクス禮忍レーニンを學ぶ。
讀書萬卷竟つひに何事ぞ、
老來徒いたづらに獄裏の人と爲る。

 芳山懷古
加藤天淵
四境峯巒綠蔚然、
行宮西北繞長川。
是山是水功堪勒、
護得南朝正統天。



四境しきゃうの峯巒ほうらんみどり蔚然うつぜんとして、
行宮あんぐうの西北長川ちゃうせんを繞めぐらす。
の山是の水功勒ろくするに堪へん、
まもり得たり南朝なんてう正統の天。

 裂封册
頼山陽
史官讀到日本王、
相公怒裂明册書。
欲王則王吾自了、
朱家小兒敢爵余。
吾國有王誰覬覦。
叱咤再蹀八道血、
鴨綠之流鞭可絶。
地上阿鈞不相見、
地下空唾恭獻面。

 封册ほうさくを裂

史官しくゎん讀みて到る日本王、
相公しゃうこう怒りて裂く明の册書さくしょを。
(わう)たらんと(ほっ)すれば(すなは)ち王たり吾(みづか)(れう)せん
朱家の小兒敢へて余を爵せんや。
吾が國に王有り誰たれか覬覦きゆせん。
叱咤しった再び蹀む八道はちだうの血、
鴨綠あふりょくの流れ鞭むちつ可し。
地上阿鈞あきんひ見ず、
地下空しく唾つばきす恭獻きょうけんの面。

 高松城懷古
大原桂南
殺身救衆又誰儔、
城郭如今址尚留。
追憶當年弔雄魄、
翠松獨有護林邱。



身を殺し衆を救ふ又誰か儔つれだつ、
城郭如今址あとほ留まる。
當年を追憶つゐおくし雄魄を弔とむらふ、
翠松すゐしょうひとり有って林邱りんきうを護まもる。

 春日偶成
夏目漱石
竹密能通水、
花高不隱春。
風光誰是主、
好日属詩人。





竹密にして能く水を通つうじ、
花高くして春を隱かくさず。
風光誰たれか是れ主あるじなる、
好日かうじつ詩人に属す。

 飛驒高山游中
貫名菘翁(海屋)
水田渺渺稻花香、
匝匼濃嵐接莽蒼。
蓑袂笠檐時出沒、
一欄煙雨似瀟湘。



水田渺渺べうべうとして稻花たうくゎかんばし、
匝匼さふあんたる濃嵐は莽蒼に接す。
蓑袂さべい笠檐りふえん時に出沒すれば、
一欄の煙雨瀟湘せうしゃうに似たり。

 日本海大戰圖
今井金洲
憐他波羅的艦隊、
萬里蹴波來有悔。
欲拯旅順亡僚艦、
寧入浦潮助要塞。
左翼右翼好安排、
作爲縦陣雙列來。
猛然衝入對馬峽、
其狀可見頗雄恢。
我軍提督固英武、
名聲早已冠今古。
令曰:
「各員努力宜奮闘
皇國興廢在此擧」
提督一麾各艦靡、
砲撃頻頻誰能禦。
敵艦卅八舳艫銜、
對我彈丸非所堪。
獻艦降者四
戦沈者廿二、
脱列逃者九
傷就捕者三。
命撤敵旗掲旭旗、
猶擒敵將奏凱還。
嗚呼
我軍原來爲義起、
義之所存豈沒理。
汝誇武國寇滿韓、
違背公法逾驕侈。
天皇嚇怒發義軍、
艦艦悉是義膽士。
旅順口仍日本海、
再撃敵艦全盡矣。
汝不聞
元忽必烈清汝昌、
軍皆不義艦皆亡。
汝盍解乎神國神、
漫向東洋試飛揚。
允文允武天子在、
爲義助弱又懲強。
寄語露廷君與臣
「神國文武萬世長」

 日本海大戰たいせんの圖

かれを憐あはれむ波羅的バルチック艦隊、
萬里波を蹴り來りて悔くい有り。
旅順(りょじゅん)(すく)はんと(ほっ)して僚艦を(うしな)ふよりも、
むしろ浦潮ウラジオに入りて要塞を助けたらんと
左翼右翼安排好く、
縦陣と作爲りて雙列にて來きたる。
猛然として衝き入る對馬つしま峽、
其の狀さま見る可し頗すこぶる雄恢なるを。
我が軍提督固もとより英武、
名聲早や已すでに今古に冠くゎんたり。
れいして曰いはく:
「各員努力宜よろしく奮闘ふんとうすべし、
皇國くゎうこくの興廢こうはいの擧きょに在り」と。
提督一たび麾せば各艦靡なびき、
砲撃頻頻ひんぴんとして誰たれか能く禦ふせがん。
敵艦卅八さんじふはち舳艫ぢくろふくみ、
我が彈丸に對して堪ふる所に非ず。
艦を獻じ降りたる者は四、
戦ひて沈みたる者は廿二、
列を脱し逃れたる者は九、
きずつき捕に就く者は三。
敵旗を撤てて旭旗きょくきを掲かかぐるを命じ、
猶ほ敵將を擒とらへ凱がいを奏して還かへる。
嗚呼あゝ
我が軍原來義の爲に起き、
義の存そんする所豈あに理を沒せんや。
なんぢ武國を誇りて滿韓を寇こうし、
公法に違背して逾いよいよ驕侈けうし
天皇嚇怒かくどして義軍を發し、
艦艦悉ことごとく是れ義膽の士。
旅順口仍ほ日本海、
再び敵艦を撃ちて全て盡つくせり。
なんぢ聞かずや
げんの忽必烈フビライしんの汝昌じょしゃう
軍皆不義なれば艦皆亡ほろぶ。
なんぢなんぞ解せざらん乎神國の神を、
みだりに東洋に向おいて飛揚を試こころみんとは。
允文ゐんぶん允武ゐんぶ天子在り、
義の爲弱きを助けて又た強きを懲らす。
ことばを寄す露廷の君と臣とに:
「神國の文武萬世に長ひさし」と。

 兵禍何時止
河上 肇
早曉厨下蟄蟲聲、
獨抱淸愁煮野羹。
不知兵禍何時止、
垂死閑人萬里情。

 兵禍へいくゎいづれの時にか止

早曉さうげうの厨下ちうか蟄蟲ちつちゅうの聲、
ひとり淸愁せいしうを抱いだきて野羹やかうを煮る。
知らず兵禍へいくゎいづれの時にか止むを、
垂死すゐしの閑人かんじん萬里ばんりの情。

 本能寺
頼山陽
「本能寺、溝幾尺」
「吾就大事在今夕」
茭粽在手併茭食、
四簷楳雨天如墨。
老阪西去備中道、
揚鞭東指天猶早。
「吾敵正在本能寺」
「敵在備中汝能備」



「本能寺、溝みぞは幾尺いくせきぞ?」
「吾われ大事を就すは今夕こんせきに在り。」
茭粽かうそう手に在り茭かうを併あはせて食くらふ、
四簷しえんの楳雨ばいう天墨すみの如し。
おいの阪さか西へ去れば備中びっちゅうの道、
むちを揚げて東に指せば天猶ほ早し。
「吾が敵は正まさに本能寺に在り」、
「敵は備中(びっちゅう)に在り(なんぢ)()(そな)へよ!」

送夏目漱石之伊豫 正岡子規
 夏目漱石の伊豫に之くを送る
去矣三千里、
送君生暮寒。
空中懸大嶽、
海末起長瀾。
僻地交遊少、
狡兒敎化難。
淸明期再會、
莫後晩花殘。
けよ三千里、
君を送れば暮寒ぼかん生ず。
空中に大嶽たいがくかり、
海末かいまつに長瀾ちゃうらん起こる。
僻地へきち交遊少まれに、
狡兒かうじ敎化難かたからん。
淸明せいめい再會を期す、
晩花ばんくゎの殘そこなはるるに後おくるること莫れ。

 山郭
乾十郎
花霧柳烟吟杖迷、
風輕麥浪漲田畦。
憩途餉婦向人説、
春滿城南桃李谿。



花霧柳烟に吟杖ぎんぢゃうは迷ひ、
風輕かろやかに麥の浪は田畦でんけいに漲みなぎる。
みちに憩いこへば餉婦しゃうふ人に向かひて説く:
「春は滿つ城南桃李たうりの谿たにに」と。

望金剛山有感於楠正成 大正天皇
 金剛山を望みて楠正成に感有り
一峰高在白雲中、
千歳猶存氣象雄。
不負行宮半宵夢、
長敎孫子竭忠誠。
一峰高く在り白雲の中、
千歳猶ほも存す氣象の雄ゆう
そむかず行宮(かうきゅう)半宵はんせうの夢に、
とこしへに孫子(まごこ)をして忠誠を竭つくさしむ。

 途上所見
河上 肇
夕陽將欲沒、
紅染紫霄時。
弄色西山好、
乾坤露玉肌。



夕陽せきやうまさに沒せんとして、
くれなゐ紫霄を染むる時。
色を弄ろうして西山せいざんし、
乾坤けんこん玉肌ぎょくきを露あらはす。

 途上所見
森鷗外
黍圃連千里、
望林知有村。
人逃雞犬逸、
空屋逗斜曛。



黍圃しょほ連なること千里、
林を望みて村有るを知る。
人逃げ雞犬けいけんはしり、
空屋斜曛を逗とどむ。

大阪繁昌詩 望岳酒(ふじみさけ)
                  田中金峰
木罌幾萬浪華津、
纍纍如岡堆水濵。
此是伊丹第一酒、
將輸八百八街人。
木罌さかたる幾萬か浪華なには津、
纍纍るゐるゐ岡の如く水濵すゐひんに堆うづたかし。
れは是れ伊丹いたみ第一の酒、
まさに八百八はっぴゃくや街の人に輸はこばんとす。

大阪繁昌詩 豐臣太閤
                  田中金峰
太閤宿禰兵有神、
堅艦發個浪華津。
若敎太閤年三百、
亞魯佛英皆我臣。
太閤たいかふ宿禰すくね兵に神しん有り、
堅艦けんかんの浪華なには津を發す。
し太閤をして年三百ならしめば、
亞魯あろ佛英ふつえいな我が臣。

亡友月照十七回忌辰作 西鄕隆盛
 亡友月照十七回忌辰の作
相約投淵無後先、
豈圖波上再生緣。
囘頭十有餘年夢、
空隔幽明哭墓前。
ひ約して淵ふちに投ず後先こうせん無し、
あにはからんや波上再生の緣えん(あらんとは)
かうべを囘めぐらせば十有餘年の夢、
空しく幽明いうめいを隔てて墓前に哭こくす。

 薄粥不足飽
河上 肇
薄粥不足飽、
爐火幽如螢。
誰憐破屋底、
風寒病骨冷。



薄粥はくしゅくはうするに足らず、
爐火ろくゎいうなること螢ほたるの如し。
たれか憐あはれまん破屋はをくの底の、
風寒くして病骨びゃうこつに冷つめたきを。