生麥なまむぎの役えき 薩州さつしうの老將らうしゃう髮はつ冠を衝つき、 天子百官危難きなんを免まぬがる。 英氣凛凛りんりん生麥の役えき、 海邊かいへん十里月光寒し。 |
舊夢茫茫十七春、
梅花細雨復芳辰。 墳前稽顙頭全白、 曾是懷中索乳人。 |
舊夢茫茫ばうばう十七春しゅん、
梅花細雨復また芳辰はうしん。 墳前に稽顙けいさうすれば頭全まったく白し、 曾かつて是これ懷中に乳ちを索もとめし人。 |
慷慨かうがい山の如く死を見るは輕かろし、 男兒世に生れて名を成すを貴たっとぶ。 時とき平たひらかにして空しく瘞うづむ英雄の骨、 匣裡かふりの寶刀はうたう鳴って聲こゑあり。 |
弔南洲 勝海舟
亡友南洲氏、風雲定大是。 拂衣去故山、 胸襟淡如水。 悠然事躬耕、 嗚呼一高士。 只道自居正、 豈意紊國紀。 不圖遭世變、 甘受賊名訾。 笑擲此殘骸、 以附數弟子。 毀譽皆皮相、 誰能察微旨。 唯有精靈在、 千載存知己。 |
南洲なんしうを弔とむらふ 亡友ばういう南洲なんしう氏、 風雲大是たいぜを定む。 衣いを拂はらって故山に去り、 胸襟きょうきん淡たんとして水の如し。 悠然躬耕きゅうかうを事こととす、 嗚呼あゝ一高士。 只ただ道いふ:「自みづから正せいに居をる」と、 豈あに意おもはんや國紀こっきを紊みだすを。 圖はからずも世變に遭あひ、 賊名ぞくめいの訾そしりを甘受す。 笑って此の殘骸ざんがいを擲なげうち、 以て數弟子ていしに附す。 毀譽きよ皆みな皮相ひさう、 誰たれか能よく微旨びしを察せん。 唯ただ精靈の在ある有あり、 千載せんざい知己ちき存そんせん。 |
堂堂たる錦旆きんぱい關東を壓し、 百萬の死生談笑の中うち。 群小ぐんせう知らず天下の計、 千秋相あひ對す兩英雄。 |
白衣婦女氣何雄、
胸佩徽章十字紅。 能療創痍盡心力、 回生不讓戰場功。 |
白衣の婦女氣何なんぞ雄ゆうたる、
胸に佩おぶ徽章きしゃうは十字の紅くれなゐ。 能よく創痍さういを療いやして心力しんりょくを盡つくせば、 回生くゎいせい讓ゆづらず戰場の功に。 |
聖製の看護婦を詠ずるに和わし奉たてまつる 裙釵くんさい還また有り丈夫じゃうふの雄ゆう、 好んで 應まさに汗靑かんせいに向おいて故事を增すべし、 玉纖ぎょくせん爭きそひて奏す裹創くゎそうの功こうを。 |
乃木大將を哭こくす 滿腹まんぷくの誠忠せいちゅう萬國知る、 武勳赫赫かくかく戰征せんせいの時。 夫婦の自裁じさい情じゃう悲しみに耐たへんや。 |
類を引き 時とき移り跡あと滅めっして正まさに暟がいに堪たへん。 天恩此かく晴窗の暖だん有りて、 猶なほ終朝しゅうてうより曝背ばくはいし來きたるがごとし |
窗前竹虹のごとく偃ふせ、 雪塢せつを夜聲無し。 孤燭書しょを攤ひろげて坐すれば、 時に聞く棲すみたる雀の驚くを。 |
早つとに梅邊ばいべんの雪を掃はき、 衡門かうもん手自てづから開く。 今朝こんてうは是これ人日じんじつなれば、 應まさに韻流いんりうの來きたること有るべし。 |
馬を 一朝いってう事こと去さりて壯圖さうと差たがふ。 此この閒かん誰たれか解せん英雄の恨うらみ、 手を袖そでにして春風しゅんぷう落花を詠えいず。 |
中原の父老ふらう龍旂りょうきを望めども、 魏闕ぎけつの浮雲事こと已すでに非ひなり。 千載せんざい皇陵雷雨の夜、 劍光猶なほも北方に向かひて飛ぶ。 |
官祿於吾塵土輕、
笑抛官祿向東行。 見他世上勤王士、 半是貪功半利名。 |
官祿くゎんろく吾われに於おいて塵土ぢんどと輕かろく、
笑ひて 他の世上せじゃう勤王きんなうの士を見れば、 半ばは是これ功を貪むさぼり半ばは利名。 |
人の軍に從ふを送るに擬す 滄海さうかいは池と爲なし山は是これ城、 艨艟もうしょう警を報ずるも曷なんぞ驚くを須もちゐん 請こふ看よ昔日鯨魚げいぎょの腹ふく、 葬はうむり得たり胡人十萬の兵を。 |
年少夙つとに松陰を欽慕きんぼし、 後のちに馬克斯マルクス禮忍レーニンを學ぶ。 讀書萬卷竟つひに何事ぞ、 老來徒いたづらに獄裏の人と爲なる。 |
四境しきゃうの峯巒ほうらん綠みどり蔚然うつぜんとして、 行宮あんぐうの西北長川ちゃうせんを繞めぐらす。 是この山是この水功勒ろくするに堪たへん、 護まもり得えたり南朝なんてう正統の天。 |
封册ほうさくを裂さく 史官しくゎん讀みて到る日本王、 相公しゃうこう怒りて裂く明の册書さくしょを。 朱家の小兒敢あへて余を爵せんや。 吾が國に王有り誰たれか覬覦きゆせん。 叱咤しった再び蹀ふむ八道はちだうの血、 鴨綠あふりょくの流れ鞭むち絶たつ可べし。 地上阿鈞あきん相あひ見ず、 地下空しく唾つばきす恭獻きょうけんの面。 |
身を殺し衆を救ふ又誰か儔つれだつ、 城郭如今址あと尚なほ留まる。 當年を追憶つゐおくし雄魄を弔とむらふ、 翠松すゐしょう獨ひとり有って林邱りんきうを護まもる。 |
竹密にして能よく水を通つうじ、 花高くして春を隱かくさず。 風光誰たれか是これ主あるじなる、 好日かうじつ詩人に属す。 |
水田渺渺べうべうとして稻花たうくゎ香かんばし、 匝匼さふあんたる濃嵐は莽蒼に接す。 蓑袂さべい笠檐りふえん時に出沒すれば、 一欄の煙雨瀟湘せうしゃうに似たり。 |
日本海大戰圖 今井金洲
憐他波羅的艦隊、萬里蹴波來有悔。 欲拯旅順亡僚艦、 寧入浦潮助要塞。 左翼右翼好安排、 作爲縦陣雙列來。 猛然衝入對馬峽、 其狀可見頗雄恢。 我軍提督固英武、 名聲早已冠今古。 令曰: 「各員努力宜奮闘 皇國興廢在此擧」 提督一麾各艦靡、 砲撃頻頻誰能禦。 敵艦卅八舳艫銜、 對我彈丸非所堪。 獻艦降者四 戦沈者廿二、 脱列逃者九 傷就捕者三。 命撤敵旗掲旭旗、 猶擒敵將奏凱還。 嗚呼 我軍原來爲義起、 義之所存豈沒理。 汝誇武國寇滿韓、 違背公法逾驕侈。 天皇嚇怒發義軍、 艦艦悉是義膽士。 旅順口仍日本海、 再撃敵艦全盡矣。 汝不聞 元忽必烈清汝昌、 軍皆不義艦皆亡。 汝盍解乎神國神、 漫向東洋試飛揚。 允文允武天子在、 爲義助弱又懲強。 寄語露廷君與臣 「神國文武萬世長」 |
日本海大戰たいせんの圖 他かれを憐あはれむ波羅的バルチック艦隊、 萬里波を蹴けり來りて悔くい有り。 寧むしろ浦潮ウラジオに入りて要塞を助けたらんと 左翼右翼安排好よく、 縦陣と作爲なりて雙列にて來きたる。 猛然として衝つき入る對馬つしま峽、 其の狀さま見る可べし頗すこぶる雄恢なるを。 我が軍提督固もとより英武、 名聲早はや已すでに今古に冠くゎんたり。 令れいして曰いはく: 「各員努力宜よろしく奮闘ふんとうすべし、 皇國くゎうこくの興廢こうはい此この擧きょに在り」と。 提督一たび麾させば各艦靡なびき、 砲撃頻頻ひんぴんとして誰たれか能よく禦ふせがん。 敵艦卅八さんじふはち舳艫ぢくろ銜ふくみ、 我が彈丸に對して堪たふる所に非ず。 艦を獻じ降りたる者は四、 戦ひて沈みたる者は廿二、 列を脱し逃れたる者は九、 傷きずつき捕ほに就つく者は三。 敵旗を撤すてて旭旗きょくきを掲かかぐるを命じ、 猶ほ敵將を擒とらへ凱がいを奏して還かへる。 嗚呼あゝ 我が軍原來義の爲に起き、 義の存そんする所豈あに理を沒せんや。 汝なんぢ武國を誇りて滿韓を寇こうし、 公法に違背して逾いよいよ驕侈けうし。 天皇嚇怒かくどして義軍を發し、 艦艦悉ことごとく是れ義膽の士。 旅順口仍なほ日本海、 再び敵艦を撃ちて全て盡つくせり。 汝なんぢ聞かずや 元げんの忽必烈フビライ清しんの汝昌じょしゃう、 軍皆不義なれば艦皆亡ほろぶ。 汝なんぢ盍なんぞ解せざらん乎や神國の神を、 漫みだりに東洋に向おいて飛揚を試こころみんとは。 允文ゐんぶん允武ゐんぶ天子在あり、 義の爲弱きを助けて又た強きを懲こらす。 語ことばを寄す露廷の君と臣とに: 「神國の文武萬世に長ひさし」と。 |
兵禍へいくゎ何いづれの時にか止やむ 早曉さうげうの厨下ちうか蟄蟲ちつちゅうの聲、 獨ひとり淸愁せいしうを抱いだきて野羹やかうを煮る。 知らず兵禍へいくゎ何いづれの時にか止やむを、 垂死すゐしの閑人かんじん萬里ばんりの情。 |
「本能寺、溝みぞは幾尺いくせきぞ?」 「吾われ大事を就なすは今夕こんせきに在り。」 茭粽かうそう手に在あり茭かうを併あはせて食くらふ、 四簷しえんの楳雨ばいう天墨すみの如し。 老おいの阪さか西へ去れば備中びっちゅうの道、 鞭むちを揚げて東に指させば天猶なほ早し。 「吾わが敵は正まさに本能寺に在り」、 「敵は |
去矣三千里、
送君生暮寒。 空中懸大嶽、 海末起長瀾。 僻地交遊少、 狡兒敎化難。 淸明期再會、 莫後晩花殘。 |
去ゆけよ三千里、
君を送れば暮寒ぼかん生ず。 空中に大嶽たいがく懸かかり、 海末かいまつに長瀾ちゃうらん起こる。 僻地へきち交遊少まれに、 狡兒かうじ敎化難かたからん。 淸明せいめい再會を期す、 晩花ばんくゎの殘そこなはるるに後おくるること莫れ。 |
花霧柳烟に吟杖ぎんぢゃうは迷ひ、 風輕かろやかに麥の浪は田畦でんけいに漲みなぎる。 途みちに憩いこへば餉婦しゃうふ人に向かひて説とく: 「春は滿みつ城南桃李たうりの谿たにに」と。 |
一峰高在白雲中、
千歳猶存氣象雄。 不負行宮半宵夢、 長敎孫子竭忠誠。 |
一峰高く在あり白雲の中、
千歳猶なほも存す氣象の雄ゆう。 負そむかず行宮(かうきゅう)半宵はんせうの夢に、 長とこしへに孫子(まごこ)をして忠誠を竭つくさしむ。 |
夕陽せきやう將まさに沒せんとして、 紅くれなゐ紫霄を染むる時。 色を弄ろうして西山せいざん好よし、 乾坤けんこん玉肌ぎょくきを露あらはす。 |
黍圃しょほ連なること千里、 林を望みて村有るを知る。 人逃げ雞犬けいけん逸はしり、 空屋斜曛を逗とどむ。 |
木罌幾萬浪華津、
纍纍如岡堆水濵。 此是伊丹第一酒、 將輸八百八街人。 |
木罌さかたる幾萬か浪華なには津、
纍纍るゐるゐ岡の如く水濵すゐひんに堆うづたかし。 此これは是これ伊丹いたみ第一の酒、 將まさに八百八はっぴゃくや街の人に輸はこばんとす。 |
太閤宿禰兵有神、
堅艦發個浪華津。 若敎太閤年三百、 亞魯佛英皆我臣。 |
太閤たいかふ宿禰すくね兵に神しん有り、
堅艦けんかん個この浪華なには津を發す。 若もし太閤をして年三百ならしめば、 亞魯あろ佛英ふつえい皆みな我が臣。 |
相約投淵無後先、
豈圖波上再生緣。 囘頭十有餘年夢、 空隔幽明哭墓前。 |
相あひ約して淵ふちに投ず後先こうせん無し、
豈あに圖はからんや波上再生の緣えん(あらんとは) 頭かうべを囘めぐらせば十有餘年の夢、 空しく幽明いうめいを隔てて墓前に哭こくす。 |
薄粥はくしゅく飽はうするに足たらず、 爐火ろくゎ幽いうなること螢ほたるの如し。 誰たれか憐あはれまん破屋はをくの底の、 風寒くして病骨びゃうこつに冷つめたきを。 |