海道日記 大佛
山鹿素行
驛路遙催八月天、
如來堂上擲金錢。
杳杳漁舟溟烟裏、
滿目江山皆自然。



驛路えきろはるかに催もよほす八月の天、
如來にょらい堂上金錢を擲なげうつ。
杳杳えうえうたる漁舟ぎょしう溟烟めいえんの裏うち
滿目まんもく江山かうざんみな自然。

 十六字令
伊勢丘人
歡。
一日勞劬今夕餐。
三分醉、
紅蕾綻枝端。



よろこび。
一日いちじつの勞劬らうく今夕こんせきの餐さん
三分さんぶの醉ゑひ
紅蕾こうれい枝端したんに綻ほころぶ。

 京都東山
德富蘇峰
三十六峰雲漠漠、
洛中洛外雨紛紛。
破簦短褐來揮涙、
秋冷殉難烈士墳。



三十六峰さんじふろっぽう雲漠漠ばくばく
洛中らくちゅう洛外らくぐゎい雨紛紛ふんぷん
破簦はとう短褐たんかつきたりて涙を揮ぬぐふ、
秋は冷ひややかなり殉難じゅんなん烈士れっしの墳ふん

 觀岳飛書
副島種臣
我今獲見岳飛書、
雄筆昂昂慷慨餘。
有宋朝廷公死後、
赤心報國一人無。

 岳飛がくひの書を觀

われいま見るを獲たり岳飛がくひの書しょ
雄筆ゆうひつ昂昂かうかうとして慷慨かうがいあます。
そうの朝廷有れども公の死せし後のちに、
赤心せきしん國に報むくゆるは一人いちにんも無し。

 正氣歌
廣瀨武夫
死生有命不足論、
鞠躬唯應酬至尊。
奮躍赴難不辭死、
慷慨就義日本魂。
一世義烈赤穗里、
三代忠勇楠氏門。
憂憤投身薩摩海、
從容就死小塚原。
或爲芳野廟前壁、
遺烈千載見鏃痕。
或爲菅家筑紫月、
詞存忠愛不知冤。
可見正氣滿乾坤、
一氣磅礴萬古存。
嗚呼
正氣畢竟在誠字、
呶呶何必要多言。
誠哉誠哉斃不已、
七生人閒報國恩。

 正氣せいきの歌

死生しせいめいり論ろんずるに足らず、
鞠躬きくきゅうだ應まさに至尊しそんに酬こたふべし。
奮躍ふんやくなんに赴おもむきて死を辭せず、
慷慨かうがいに就く日本やまとだましひ
一世いっせいの義烈ぎれつ赤穗あかほの里さと
三代さんだいの忠勇ちゅうゆう楠氏なんしの門。
憂憤いうふんを投とうず薩摩さつまの海うみ
從容しょうように就く小塚原こづかっぱら
あるいは芳野よしの廟前べうぜんの壁かべと爲り、
遺烈ゐれつ千載せんざい鏃痕ぞくこんを見る。
あるいは菅家くゎんか筑紫つくしの月つきと爲り、
ことば忠愛ちゅうあいを存そんして冤ゑんを知らず。
る可し正氣せいき乾坤けんこんに滿つるを、
一氣いっき磅礴はうはくして萬古ばんこに存そんす。
嗚呼ああ
正氣せいき畢竟ひっきゃうせいの字に在り、
呶呶(だうだう)(なん)(かなら)ずしも多言(たげん)(えう)せん。
まことなる哉かなまことなる哉かなたふれて已まず
(なな)たび人閒(じんかん)()まれて國恩(こくおん)(むく)いん。

 身程不知
狂詩 一枝堂主人
位牌知行如我功、
忘君親恩勤業空。
才藝劣他武具蠹、
大祿高鼻俗士風。

 身の程知らず

位牌いはい知行ちぎゃう我が功こうの如ごとく、
君親(くんしん)の恩を忘れて(げふ)(つと)むること(むな)し。
才藝さいげいは他ひとに劣おとりて武具ぶぐは蠹むしくふ、
大祿たいろく鼻を高うす俗士ぞくしの風。

 侍宴恭賦
元田永孚
人老年年難再壯、
花開歳歳幾回新。
勅言今夜花前宴、
不愛菊花愛老臣。

 宴えんに侍して恭うやうやしく賦

人老いて年年再び壯さかんなり難がたく、
花開きて歳歳さいさいいく回か新たなる。
ちょくして言ふ「今夜花前くゎぜんの宴えん
菊花きくくゎを愛せず老臣らうしんを愛す」。

 侍宴恭賦 二
元田永孚
君王手酌菊花觴、
賜與老臣分壽康。
六十衰殘何謂老、
戯言猶喚太公望。

 宴えんに侍して恭うやうやしく賦

君王くんなうづから菊花きくくゎの觴しゃうを酌み、
老臣に賜たまひ與あたへて壽康じゅかうを分かつ。
六十の衰殘すゐざんに何ぞ「老らう」と謂ふ、
戯言ぎげんして猶ほも「太公望たいこうばう」と喚ぶ。

 與同志唱
西田税
滿朝醜吏蔽天光、
全州民生滔滔荒。
營私趨利忘國家、
享樂利己廢報效。
七千餘萬東方民、
擧國奏來亡國調。
嗟誰匡救第一士、
天俠慨然革命叫。

 同志と唱うた

滿朝まんてうの醜吏しうり天光てんくゎうを蔽おほひ、
全州の民生滔滔たうたうとして荒る。
わたくしを營いとなみ利に趨おもむきて國家を忘る、
享樂きゃうらくおのれに利して報效はうかうを廢すたらす。
七千餘萬東方の民たみ
國を擧げ奏かなで來きたる亡國ばうこくの調しらべ
あゝたれか匡救きゃうきうの第一士たる、
天俠てんけふ慨然がいぜんとして革命を叫さけぶ。

月瀬梅花勝耳之久 今茲糺諸友往觀 得六絶句 頼山陽
 月瀬梅花ばいくゎの勝しょうこれを耳にすること久ひさし、
 今茲ここに諸友しょいうを糺ただして往きて觀る、六絶句を得たり
兩山相蹙一溪明、
路斷游人呼渡行。
水與梅花爭隙地、
倒涵萬玉影斜橫。
兩山りゃうざんひ蹙せまりて一溪いっけいあきらかに、
みちえ游人いうじんわたしを呼びて行く。
水と梅花ばいくゎとは隙地げきちを爭あらそひ、
さかしまに萬玉ばんぎょくを涵ひたして影斜橫しゃわう

 游月瀬詩
頼支峰
暗香引我出山家
穿竹一蹊橫又斜
月上林梢天宇白
不知是月是梅花

 月ヶ瀬つきがせに游ぶの詩

暗香あんかうわれを引さそひて山家さんかを出
竹を穿うがつ一蹊いっけいは横よこた斜ななめなり
月林梢りんせうに上のぼりて天宇てんうしら
らず是れ月なるか是れ梅花ばいくゎなるかを

 江戸邸舎臥病
菅茶山
養痾邸舍未尋芳。
聊買瓶花插臥床。
遙想山陽春二月。
手栽桃李滿園香。

 江戸えど邸舎ていしゃに病やまひに臥

(やまひ)邸舍(ていしゃ)(やしな)ひて(いま)(はう)(たづ)ねず。
いささか瓶花へいくゎを買ひ臥床ぐゎしゃうに插す。
はるかに想おもふ山陽さんやうの春二月にぐゎつ
づから栽ゑし桃李たうりは滿園まんゑんに香かんば

 江戸邸舎臥病
菅茶山
閑窓日對藥爐烟。
不那韶華病裡遷。
都門樂事春多少。
時見風箏泝半天。

 江戸えど邸舎ていしゃに病やまひに臥

閑窓かんさう日ゞひび藥爐やくろの烟けむりに對す。
なんぞ韶華せうくわの病裡びゃうりに遷うつらざる。
都門ともんの樂事らくじ春多少たせう
時に風箏ふうそうの半天はんてんに泝のぼるを見る。

春日郊行途中菘菜花盛開 先是菅先生 有養痾邸舎
未尋芳之句乃剪數莖奉贈 係以詩
 伊澤蘭軒
 春日郊行しゅんじつかうかう。途中とちゅう菘菜そうさいの花はなさかんに開く。
 (これ)より(さき)(くゎん)先生『(やまひ)邸舎(ていしゃ)(やしな)(いま)(はう)(たづ)ねず』の()有り、
 乃すなはち數莖すうけいを剪って奉贈ほうぞうす、係むすぶに詩を以てす
桃李雖然一樣新。
担頭賣過市鄽塵。
贈君野菜花千朶。
昨日携歸郊甸春。
桃李たうり一樣いちやうに新あらたなりと雖然いへども。
かうべに担になひ賣り過ぐ市鄽してんの塵ちり
君に贈る野の菜花さいくゎ千朶せんだは。
昨日さくじつたづさへ歸りし郊甸かうでんの春なり。

 題彈琴圖
宮原節庵
髙山流水七條絲、
不恨世無鍾子期。
自鼓自聽吾自樂、
此心難使伯牙知。

 彈琴の圖に題す

髙山流水七條の絲、
恨まず世に鍾子期の無きを。
自ら鼓し自ら聽きて吾れ自ら樂しむ、
此の心伯牙をして知らしむること難からん。

 夏夜病吟
石川丈山
身衰齡將終、
心閑夜不寢。
蛙聲與鵑聲、
和雨碎病枕。

 夏夜かやの病吟

身衰おとろへ齡よはひまさに終をはらんとし、
心は閑しづかなれども夜に寢ねられず。
蛙聲あせいと鵑聲けんせいとは、
雨に和して病枕びゃうちんに碎くだく。

丁丑昏初 錄壽筵舊製絶句 宮原節庵
 丁丑ていちうの昏くれ初めて壽筵じゅえんの旧製の絶句を錄ろく
董帷七十歳星更、
老懶自甘無所成。
猶有育村情未竭、
伊吾声裏送餘生。
董帷とうゐ七十歳星さいせいかはり、
老懶らうらんみづから甘あまんず成す 所ところきに
ほ村を育はぐくむ有りて情未だ竭きず、
伊吾いご声裏せいりに餘生を送らん。

 過壇浦
村上佛山
魚莊蟹舎雨爲煙、
蓑笠獨過壇浦邊。
千載帝魂呼不返、
春風腸斷御裳川。

 壇の浦を過ぐ

魚莊ぎょさう蟹舎かいしゃあめけむりと爲る、
蓑笠さりふひとり過ぐ壇だんの浦うらの邊ほとり
千載せんざいの帝魂ていこん呼べども返かへらず、
春風腸はらわたは斷つ御裳川みもすそがは

 路易二世
森鴎外
當年向背駭羣臣、
末路悽愴泣鬼神。
功業千秋且休問、
多情偏是愛詩人。

 路易ルートヴィヒ二世

當年たうねんの向背かうはい羣臣を駭おどろかす、
末路悽愴せいさう鬼神を泣かしむ。
功業千秋且しばらく問ふを休めよ、
多情偏ひとへに是れ詩を愛するの人。

 飮於二州酒樓
山内容堂
昨日醉橋南、
今日醉橋北。
有酒可飮吾可醉、
層樓傑閣在橋側。
家鄕萬里面南洋、
決眦空濶碧茫茫。
唯見怒濤觸巖腹、
壯觀卻無此風光。
顧盻呼酒杯已至、
快哉痛飮極放恣。
誰言君子修德行、
世上不解醉人意。
欲還欄前燈猶明、
橋北橋南盡絃聲。

 二州酒樓に飮す

さく日は橋南けうなんに醉ひ、
今日は橋北に醉ふ。
酒有り飮む可し吾われふ可し、
層樓そうろう傑閣けっかく橋側けうそくに在り。
家郷かきゃう萬里南洋に面す、
まなじりを決すれば空濶くうくゎつへき茫茫ばうばう
だ見る怒濤の巖腹に觸るるを、
壯觀卻かへって此の風光無し。
かへり盻て酒を呼べば杯はいすでに至る、
快なる哉痛飮放恣はうしを極む。
たれか言ふ「君子は德行とく(っ)かうを修をさむ」と、
世上せじゃう解せず醉人すゐじんの意。
(かへ)らんと欲すれば欄前(らんぜん)(ともしび)()ほ明らかに、
橋北けうほく橋南けうなんことごとく絃聲げんせい

 偶成
鍋島閑叟
孤島結團意氣豪、
西南決眥萬重濤。
黠奴若有窺邊事、
羶血飽膏日本刀。

 孤島團だんを結びて意氣豪がうなり、
 西南眥まなじりを決すれば萬重ばんちょうの濤なみ
 黠奴かつどし邊へんを窺うかがふの事有らば、
 羶血せんけつくまで膏かうせん日本刀。

 墨上春遊
永井荷風
黄昏轉覺薄寒加、
載酒又過江上家。
十里珠簾二分月、
一灣春水滿堤花。

 墨上ぼくじゃう春遊

黄昏くゎうこんうたた覺おぼゆ薄寒はくかんの加くははるを
酒を載せ又過ぐ江上かうじゃうの家。
十里の珠簾しゅれん二分にぶんの月、
一灣いちわんの春水しゅんすゐ滿堤まんていの花。

 亢龍喪元
山内容堂
亢龍喪元櫻花門、
敗鱗散與飛雪飜。
腥血如河雪亦赤、
乃祖赤裝勇無存。
汝到地獄成佛否、
萬頃淡海付犬豚。

 亢龍かうりょうかうべを喪うしな

亢龍かうりょうかうべを喪うしなふ櫻花門あうくゎもん
敗鱗はいりんは散り飛雪となりて飜ひるがへる。
腥血せいけつは河かはの如く雪も亦また赤く、
乃祖だいその赤裝せきさうゆうそんする無し。
なんぢ地獄に到りて成佛じゃうぶつするや否いなや、
萬頃ばんけいの淡海たんかい(あふみ)は犬豚けんとんに付せん。

 絶命詩
武市半平太
夢上洛陽謀故人、
終衝巨奸氣逾振。
覺來浸汗恨無限、
只聽隣鷄報早晨。



夢に洛陽らくやうに上のぼりて故人と謀はかり、
つひに巨奸を衝きて氣逾いよいよ振ふるふ。
め來きたれば汗に浸れて恨うらみかぎり無し、
だ聽く隣鷄りんけいの早晨さうしんを報はうずるを。

洛陽橋上 看北山晴雪 九鼎
 洛陽の橋上にて北山の晴雪を看る
波拍長橋春綠融、
北山皓雪插靑空。
三千丈壁寒光動、
百萬人家爽氣中。
波長橋ちゃうけうを拍ちて春綠融す、
北山の皓雪かうせつ靑空せいくうに插さしはさむ。
三千丈の壁へき寒光動く、
百萬の人家爽氣さうきの中うち

大阪繁昌詩 松島
石田魚門
北山雪盡白雲遮、
吉士懷春妖麗家。
欲知艷色求情處、
先問花街柳巷花。



北山雪盡き白雲遮る、
吉士春を懷ふ妖麗の家。
艷色情求むる處を知らんと欲せば、
先づ問へ花街柳巷の花を。

 噶爾巴日
森鴎外
赫赫兵威及米洲、
平生戰鬪捨私讐。
自由一語堅於鐵、
未必英雄多詭謀。

 噶爾巴日ガリバルディ

赫赫かくかくたる兵威へいゐ米洲べいしうに及び、
平生の戰鬪私讐ししうを捨つ。
自由の一語鐵てつよりも堅かたく、
いまだ必ずしも英雄詭謀きぼう多からず。

 詠閣龍
栗本鋤雲
漂葉流屍驗有年、
磁針不誤達遙天。
蓬萊咫尺猶迷霧、
愧殺秦皇採藥船。

 閣龍コロンブスを詠ず

漂葉へうえふ流屍りうしけんする年とし有り、
磁針誤あやまらず遙天えうてんに達す。
蓬萊ほうらい咫尺しせきほ迷霧めいむ
愧殺きさつす秦皇しんくゎう藥を採るの船。

 櫻花詞
無名氏
薄命能伸旬日壽、
納言姓字冒此花。
零丁借宿平忠度、
吟詠怨風源義家。
滋賀浦荒翻暖雪、
奈良都古簇紅霞。
南朝天子今何在、
欲望芳山路更賖。

 櫻花あうくゎの詞

薄命はくめいく伸ぶ旬日じゅんじつの壽じゅ
納言なごんの姓字せいじの花を冒をかす。
零丁れいてい宿やどを借る平忠度(たひらのただのり)
吟詠風を怨む源義家(みなもとのよしいへ)
滋賀浦は荒れて暖雪だんせつを翻ひるがへし、
奈良都は古りて紅霞こうかを簇あつむ。
南朝なんてうの天子今何いづくにか在おはします、
芳山(はうざん)を望まんと欲すれば(みち)更に(はる)かなり。

 鴨東四時雜詞
畫餅居士(中島棕隱)
京洛少年多易狂、
平生賣錦識紅糚。
癡心誤被春雲引、
好夢樓前未夕陽。



京洛の少年多くは狂きゃうし易し、
平生錦を賣って紅糚こうさうを識る。
癡心ちしん誤って春雲に引かれ、
好夢樓前未だ夕陽せきようならず。

 聞下田開港
月性
七里江山付犬羊、
震餘春色定荒涼。
櫻花不帶腥膻氣、
獨映朝陽薰國香。

 下田の開港を聞く

七里の江山犬羊に付す、
震餘の春色定めて荒涼。
櫻花は帶びず腥膻の氣、
獨り朝陽に映じて國香を薰ず。

八幡公勿來關圖
藤森弘庵
誓掃胡塵不顧家,
懸軍萬里向邊沙。
馬上殘日東風惡,
吹落關山幾樹花。

 八幡公はちまんこう勿來なこその關せきの圖

誓って胡塵を掃はらはんとして家を顧かへりみず,
懸軍けんぐん萬里ばんり邊沙へんさに向かふ。
馬上殘日ざんじつ東風惡しく,
吹き落とす關山くゎんざん幾樹いくじゅの花。

 無題
後花園天皇
殘民爭採首陽薇、
處處閉廬鎖竹扉。
詩興吟酸春二月、
滿城紅綠爲誰肥。



殘民爭ひ採る首陽しゅようの薇
處處廬を閉ぢ竹扉ちくひを鎖とざす。
詩興しきょう吟は酸さんなり春はる二月じげつ
滿城まんじゃうの紅綠こうりょくが爲ためにか肥ゆ。

 芳山懷古
土屋久泰
天子當年駐翠華、
故宮啼老白頭鴉。
靑山長是傷心地、
輦路春風又落花。




天子當年翠華を駐とどむ、
故宮に啼き老ゆ白頭の鴉からす
青山長とこしへに是れ傷心の地、
輦路れんろの春風又落花。


 醉餘口號
伊達政宗
四十年前少壯時、
功名聊復自私期。
老來不識干戈事、
只把春風桃李巵。



四十年前ねんぜん少壯せうさうの時、
功名こうみゃういささか復た自みづから私ひそかに期す。
い來きたりて識らず干戈かんかの事、
だ把る春風しゅんぷう桃李たうりの巵さかづきを。

 八幡公
頼山陽
結髮從軍弓箭雄、
八州草木識威風。
白旗不動兵營靜、
立馬邊城看亂鴻。

 八幡公はちまんこう

結髮けっぱつ軍に從ふ弓箭きゅうせんの雄ゆう
八州はっしうの草木さうもく威風ゐふうを識る。
白旗はっき動かず兵營靜かに、
馬を立て邊城に亂鴻らんこうを看る。

大阪繁昌詩 松島
石田魚門
東風芳艸一時新、
年少易狂柳巷春。
春色映櫻臺榭下、
癡心蹈往落花塵。



東風芳艸一時に新なり、
年少狂ひ易し柳巷の春。
春色櫻に映ず臺榭の下、
癡心蹈み往く落花の塵。

 鴨東四時 雜詞
畫餅居士(中島棕隱)
水明山媚夾名區、
一帶煙嵐入畫圖。
也是銷金鍋上景、
不妨呼作小西湖。



水明あきらかに山媚びて名區を夾み、
一帶の煙嵐えんらん畫圖ぐゎとに入る。
也是またこれ銷金せうきん鍋上くゎじゃうの景、
さまたげず呼びて『小西湖せいこ』と作すを。

 日本橋作
深草元政
日本橋邊日本秋、
更無一事掛心頭。
今宵新見江城月、
影滿扶桑六十州。

 日本橋にて作る

日本橋邊けうへん日本の秋、
更に一事いちじの心頭しんとうに掛かる無し。
今宵こんせうあらたに見る江城かうじゃうの月、
影は滿つ扶桑ふさうの六十州。

 四十七士
大鹽平八郎
臥薪嘗膽幾辛酸、
一夜劍光映雪寒。
四十七碑猶護主、
凛然冷殺奸臣肝。



臥薪嘗膽ぐゎしんしゃうたんいく辛酸しんさん
一夜劍光けんくゎう雪に映えいじて寒し。
四十七碑ほ主しゅを護まもり、
凛然りんぜん冷殺れいさつす奸臣かんしんの肝きもを。

在唐憶本鄕
辨正
日邊瞻日本、
雲裏望雲端。
遠遊勞遠國、
長恨苦長安。

 唐に在りて本郷ほんきゃうを憶ふ

日邊にっぺん日本を瞻
雲裏うんり雲端うんたんを望む。
遠遊ゑんいう遠國ゑんごくに勞らうし、
長恨ちゃうこん長安に苦くるしむ。

 偶吟
副島種臣
戰勝餘威震朔河、
秋高羣雁亂行過。
天兵所向捲枯葉、
韃靼胡王奈汝何。



戰勝の餘威よゐ朔河さくかに震ひ、
秋高くして羣雁ぐんがんぎゃうを亂して過ぐ。
天兵てんぺいの向かふ所枯葉こえふを捲き、
韃靼だったんの胡王こわうなんぢを奈何いかんせん。

 平泉懷古
大槻磐溪
三世豪華擬帝京、
朱樓碧殿接雲長。
只今唯有東山月、
來照當年金色堂。

 平泉ひらいづみ懷古くゎいこ

三世さんせいの豪華がうくゎ帝京ていけいに擬す、
朱樓しゅろう碧殿へきでん雲に接して長し。
只今ただいまただ東山の月のみ有りて、
きたり照らす當年たうねんの金色堂こんじきだう

夏初遊櫻祠
廣瀨旭莊
花開萬人集、
花盡一人無。
但見雙黄鳥、
緑陰深處呼。

 夏初櫻祠あうしに遊ぶ

花開ひらきて萬人ばんじん集まり、
花盡きて一人いちにん無し。
但だ見る雙さう黄鳥くゎうてう
緑陰りょくいん深き處に呼ぶを。

 奉命巡視琉球
伊藤博文
六隻艨艟旗色雄、
鵬程萬里駕長風。
誰知軍國邊防策、
辛苦經營方寸中。

 命めいを奉じて琉球りうきうを巡視す

りくせきの艨艟もうしょう旗色きしょくゆうなり、
鵬程ほうてい萬里ばんり長風ちゃうふうに駕す。
たれか知らん軍國邊防へんばうの策、
辛苦經營す方寸はうすんの中うち

 丙午丁未之災
山本北山
穀帛荒年貴若璣、
長兒叫凍小啼飢。
豪華時廢一朝膳、
多少窮民免散離。
 

 丙午丁未の災

穀帛こくはく荒年くゎうねんたふときこと璣たまの若ごとし、
長兒ちゃうじは凍こごえに叫び小は飢うゑに啼く。
豪華がうくゎ時に一朝いってうの膳ぜんを廢はいせば、
多少の窮民散離を免まぬかれん。

 早春雜詩
菅茶山
鳥語知星暦、
風光入野村。
老偏嗟歳減、
病且喜春暄。
殘雪橫遙岫、
浮陽靄曠原。
經冬常擁被、
此日始窺園。



鳥語てうごに星暦せいれきを知り、
風光野村やそんに入る。
老いて偏ひとへに歳としの減ずるを嗟なげき、
やまひは且しばらく春暄しゅんけんを喜ぶ。
殘雪遙岫やうしうに橫たはり、
浮陽ふやう曠原くゎうげんに靄あいたり。
冬を經て常に被を擁ようしたるも、
の日始めて園ゑんを窺うかがふ。

 芳野懷古
國分靑崖
聞昔君王按劍崩、
時無李郭奈龍興。
南朝天地臣生晩、
風雨空山謁御陵。



聞く昔君王くんなう劍を按あんじて崩ほうずと、
時に李郭りくゎく無く龍興りょうこうを奈いかんせん。
南朝なんてうの天地臣しん生るること晩おそし、
風雨空山くうざん御陵に謁えつす。

 從軍行
友野霞舟
一從辛苦戍天涯、
有夢何由亦到家。
今日更知鄕國遠、
山城五月見桃花。



一たび辛苦して天涯を戍まもりてより、
夢有り何に由りてか亦た家に到る。
今日こんにち更に知る郷國きゃうこくの遠きを、
山城さんじゃう五月桃花たうくゎを見る。

 凌霄花
廣瀨淡窓
凌霄花善媚、
遇物自綢繆。
長松曾失策、
欲脱竟無由。



凌霄花りょうせうくゎは善く媚び、
物に遇へば自おのづから綢繆ちうびうす。
長松ちゃうそうかつて策さくを失ひ、
脱せんと欲ほっするも竟つひに由よし無し。

 壇浦夜泊
木下犀潭
篷窗月落不成眠、
壇浦春風五夜船。
漁笛一聲吹恨去、
養和陵下水如煙。

 壇ノ浦夜泊

篷窗ほうさうつき落ちて眠ねむりを成さず、
だんノ浦うらの春風しゅんぷう五夜ごやの船。
漁笛ぎょてき一聲いっせいうらみを吹いて去る、
養和やうわ陵下りょうかみづ煙の如し。