驛路えきろ遙はるかに催もよほす八月の天、 如來にょらい堂上金錢を擲なげうつ。 杳杳えうえうたる漁舟ぎょしう溟烟めいえんの裏うち、 滿目まんもく江山かうざん皆みな自然。 |
歡よろこび。 一日いちじつの勞劬らうく今夕こんせきの餐さん。 三分さんぶの醉ゑひ、 紅蕾こうれい枝端したんに綻ほころぶ。 |
三十六峰さんじふろっぽう雲漠漠ばくばく、 洛中らくちゅう洛外らくぐゎい雨紛紛ふんぷん。 破簦はとう短褐たんかつ來きたりて涙を揮ぬぐふ、 秋は冷ひややかなり殉難じゅんなん烈士れっしの墳ふん。 |
岳飛がくひの書を觀みる 我われ今いま見るを獲えたり岳飛がくひの書しょ、 雄筆ゆうひつ昂昂かうかうとして慷慨かうがい餘あます。 宋そうの朝廷有れども公の死せし後のちに、 赤心せきしん國に報むくゆるは一人いちにんも無し。 |
正氣歌 廣瀨武夫
死生有命不足論、鞠躬唯應酬至尊。 奮躍赴難不辭死、 慷慨就義日本魂。 一世義烈赤穗里、 三代忠勇楠氏門。 憂憤投身薩摩海、 從容就死小塚原。 或爲芳野廟前壁、 遺烈千載見鏃痕。 或爲菅家筑紫月、 詞存忠愛不知冤。 可見正氣滿乾坤、 一氣磅礴萬古存。 嗚呼 正氣畢竟在誠字、 呶呶何必要多言。 誠哉誠哉斃不已、 七生人閒報國恩。 |
正氣せいきの歌 死生しせい命めい有あり論ろんずるに足たらず、 鞠躬きくきゅう唯ただ應まさに至尊しそんに酬こたふべし。 奮躍ふんやく難なんに赴おもむきて死しを辭じせず、 慷慨かうがい義ぎに就つく日本やまと魂だましひ。 一世いっせいの義烈ぎれつ赤穗あかほの里さと、 三代さんだいの忠勇ちゅうゆう楠氏なんしの門。 憂憤いうふん身みを投とうず薩摩さつまの海うみ、 從容しょうよう死しに就つく小塚原こづかっぱら。 或あるいは芳野よしの廟前べうぜんの壁かべと爲なり、 遺烈ゐれつ千載せんざい鏃痕ぞくこんを見みる。 或あるいは菅家くゎんか筑紫つくしの月つきと爲なり、 詞ことば忠愛ちゅうあいを存そんして冤ゑんを知しらず。 見みる可べし正氣せいき乾坤けんこんに滿みつるを、 一氣いっき磅礴はうはくして萬古ばんこに存そんす。 嗚呼ああ 正氣せいき畢竟ひっきゃう誠せいの字じに在あり、 誠まことなる哉かな誠まことなる哉かな斃たふれて已やまず |
身の程知らず 位牌いはい知行ちぎゃう我が功こうの如ごとく、 才藝さいげいは他ひとに劣おとりて武具ぶぐは蠹むしくふ、 大祿たいろく鼻を高うす俗士ぞくしの風。 |
宴えんに侍じして恭うやうやしく賦ふす 人老おいて年年再び壯さかんなり難がたく、 花開きて歳歳さいさい幾いく回か新たなる。 勅ちょくして言ふ「今夜花前くゎぜんの宴えん、 菊花きくくゎを愛せず老臣らうしんを愛す」。 |
宴えんに侍じして恭うやうやしく賦ふす 君王くんなう手てづから菊花きくくゎの觴しゃうを酌くみ、 老臣に賜たまひ與あたへて壽康じゅかうを分わかつ。 六十の衰殘すゐざんに何ぞ「老らう」と謂いふ、 戯言ぎげんして猶なほも「太公望たいこうばう」と喚よぶ。 |
同志と唱うたふ 滿朝まんてうの醜吏しうり天光てんくゎうを蔽おほひ、 全州の民生滔滔たうたうとして荒る。 私わたくしを營いとなみ利に趨おもむきて國家を忘る、 享樂きゃうらく己おのれに利して報效はうかうを廢すたらす。 七千餘萬東方の民たみ、 國を擧あげ奏かなで來きたる亡國ばうこくの調しらべ。 嗟あゝ誰たれか匡救きゃうきうの第一士たる、 天俠てんけふ慨然がいぜんとして革命を叫さけぶ。 |
兩山相蹙一溪明、
路斷游人呼渡行。 水與梅花爭隙地、 倒涵萬玉影斜橫。 |
兩山りゃうざん相あひ蹙せまりて一溪いっけい明あきらかに、
路みち斷たえ游人いうじん渡わたしを呼びて行ゆく。 水と梅花ばいくゎとは隙地げきちを爭あらそひ、 倒さかしまに萬玉ばんぎょくを涵ひたして影斜橫しゃわう。 |
月ヶ瀬つきがせに游ぶの詩 暗香あんかう我われを引さそひて山家さんかを出いづ 竹を穿うがつ一蹊いっけいは横よこ又また斜ななめなり 月林梢りんせうに上のぼりて天宇てんう白しらむ 知しらず是これ月なるか是これ梅花ばいくゎなるかを |
江戸えど邸舎ていしゃに病やまひに臥ふす 聊いささか瓶花へいくゎを買ひ臥床ぐゎしゃうに插さす。 遙はるかに想おもふ山陽さんやうの春二月にぐゎつ。 手てづから栽うゑし桃李たうりは滿園まんゑんに香かんばし |
江戸えど邸舎ていしゃに病やまひに臥ふす 閑窓かんさう日ゞひび藥爐やくろの烟けむりに對す。 那なんぞ韶華せうくわの病裡びゃうりに遷うつらざる。 都門ともんの樂事らくじ春多少たせう。 時に風箏ふうそうの半天はんてんに泝のぼるを見る。 |
桃李雖然一樣新。
担頭賣過市鄽塵。 贈君野菜花千朶。 昨日携歸郊甸春。 |
桃李たうり一樣いちやうに新あらたなりと雖然いへども。
頭かうべに担になひ賣うり過すぐ市鄽してんの塵ちり。 君に贈る野のの菜花さいくゎ千朶せんだは。 昨日さくじつ携たづさへ歸りし郊甸かうでんの春なり。 |
彈琴の圖に題す 髙山流水七條の絲、 恨まず世に鍾子期の無きを。 自ら鼓し自ら聽きて吾れ自ら樂しむ、 此の心伯牙をして知らしむること難からん。 |
夏夜かやの病吟 身衰おとろへ齡よはひ將まさに終をはらんとし、 心は閑しづかなれども夜に寢いねられず。 蛙聲あせいと鵑聲けんせいとは、 雨に和わして病枕びゃうちんに碎くだく。 |
董帷七十歳星更、
老懶自甘無所成。 猶有育村情未竭、 伊吾声裏送餘生。 |
董帷とうゐ七十歳星さいせい更かはり、
老懶らうらん自みづから甘あまんず成なす 所ところ無なきに 猶なほ村を育はぐくむ有りて情未だ竭つきず、 伊吾いご声裏せいりに餘生を送らん。 |
壇の浦を過ぐ 魚莊ぎょさう蟹舎かいしゃ雨あめ煙けむりと爲なる、 蓑笠さりふ獨ひとり過すぐ壇だんの浦うらの邊ほとり。 千載せんざいの帝魂ていこん呼べども返かへらず、 春風腸はらわたは斷つ御裳川みもすそがは。 |
路易ルートヴィヒ二世 當年たうねんの向背かうはい羣臣を駭おどろかす、 末路悽愴せいさう鬼神を泣かしむ。 功業千秋且しばらく問ふを休やめよ、 多情偏ひとへに是これ詩を愛するの人。 |
飮於二州酒樓 山内容堂
昨日醉橋南、今日醉橋北。 有酒可飮吾可醉、 層樓傑閣在橋側。 家鄕萬里面南洋、 決眦空濶碧茫茫。 唯見怒濤觸巖腹、 壯觀卻無此風光。 顧盻呼酒杯已至、 快哉痛飮極放恣。 誰言君子修德行、 世上不解醉人意。 欲還欄前燈猶明、 橋北橋南盡絃聲。 |
二州酒樓に飮す 昨さく日は橋南けうなんに醉ゑひ、 今日は橋北に醉ゑふ。 酒有り飮む可べし吾われ醉ゑふ可べし、 層樓そうろう傑閣けっかく橋側けうそくに在り。 家郷かきゃう萬里南洋に面す、 眦まなじりを決すれば空濶くうくゎつ碧へき茫茫ばうばう。 唯ただ見る怒濤の巖腹に觸ふるるを、 壯觀卻かへって此この風光無し。 顧かへり盻みて酒を呼べば杯はい已すでに至る、 快なる哉痛飮放恣はうしを極む。 誰たれか言ふ「君子は德行とく(っ)かうを修をさむ」と、 世上せじゃう解せず醉人すゐじんの意。 橋北けうほく橋南けうなん盡ことごとく絃聲げんせい。 |
偶成 鍋島閑叟
孤島結團意氣豪、西南決眥萬重濤。 黠奴若有窺邊事、 羶血飽膏日本刀。 孤島團だんを結びて意氣豪がうなり、 西南眥まなじりを決すれば萬重ばんちょうの濤なみ。 黠奴かつど若もし邊へんを窺うかがふの事有らば、 羶血せんけつ飽あくまで膏かうせん日本刀。 |
墨上ぼくじゃう春遊 黄昏くゎうこん轉うたた覺おぼゆ薄寒はくかんの加くははるを 酒を載のせ又過すぐ江上かうじゃうの家。 十里の珠簾しゅれん二分にぶんの月、 一灣いちわんの春水しゅんすゐ滿堤まんていの花。 |
亢龍かうりょう元かうべを喪うしなふ 亢龍かうりょう元かうべを喪うしなふ櫻花門あうくゎもん、 敗鱗はいりんは散り飛雪となりて飜ひるがへる。 腥血せいけつは河かはの如く雪も亦また赤く、 乃祖だいその赤裝せきさう勇ゆう存そんする無し。 汝なんぢ地獄に到りて成佛じゃうぶつするや否いなや、 萬頃ばんけいの淡海たんかい(あふみ)は犬豚けんとんに付せん。 |
夢に洛陽らくやうに上のぼりて故人と謀はかり、 終つひに巨奸を衝つきて氣逾いよいよ振ふるふ。 覺さめ來きたれば汗に浸ぬれて恨うらみ限かぎり無なし、 只ただ聽く隣鷄りんけいの早晨さうしんを報はうずるを。 |
波拍長橋春綠融、
北山皓雪插靑空。 三千丈壁寒光動、 百萬人家爽氣中。 |
波長橋ちゃうけうを拍ちて春綠融す、
北山の皓雪かうせつ靑空せいくうに插さしはさむ。 三千丈の壁へき寒光動く、 百萬の人家爽氣さうきの中うち。 |
北山雪盡き白雲遮る、 吉士春を懷ふ妖麗の家。 艷色情求むる處を知らんと欲せば、 先づ問へ花街柳巷の花を。 |
噶爾巴日ガリバルディ 赫赫かくかくたる兵威へいゐ米洲べいしうに及び、 平生の戰鬪私讐ししうを捨すつ。 自由の一語鐵てつよりも堅かたく、 未いまだ必ずしも英雄詭謀きぼう多からず。 |
閣龍コロンブスを詠ず 漂葉へうえふ流屍りうし驗けんする年とし有り、 磁針誤あやまらず遙天えうてんに達す。 蓬萊ほうらい咫尺しせき猶なほ迷霧めいむ、 愧殺きさつす秦皇しんくゎう藥を採とるの船。 |
櫻花あうくゎの詞 薄命はくめい能よく伸のぶ旬日じゅんじつの壽じゅ、 納言なごんの姓字せいじ此この花を冒をかす。 零丁れいてい宿やどを借かる平忠度(たひらのただのり)、 吟詠風を怨む源義家(みなもとのよしいへ)。 滋賀浦は荒れて暖雪だんせつを翻ひるがへし、 奈良都は古ふりて紅霞こうかを簇あつむ。 南朝なんてうの天子今何いづくにか在おはします、 |
京洛の少年多くは狂きゃうし易し、 平生錦を賣って紅糚こうさうを識る。 癡心ちしん誤って春雲に引かれ、 好夢樓前未だ夕陽せきようならず。 |
下田の開港を聞く 七里の江山犬羊に付す、 震餘の春色定めて荒涼。 櫻花は帶びず腥膻の氣、 獨り朝陽に映じて國香を薰ず。 |
八幡公はちまんこう勿來なこその關せきの圖 誓って胡塵を掃はらはんとして家を顧かへりみず, 懸軍けんぐん萬里ばんり邊沙へんさに向かふ。 馬上殘日ざんじつ東風惡あしく, 吹き落とす關山くゎんざん幾樹いくじゅの花。 |
殘民爭ひ採とる首陽しゅようの薇び、 處處廬ろを閉ぢ竹扉ちくひを鎖とざす。 詩興しきょう吟は酸さんなり春はる二月じげつ、 滿城まんじゃうの紅綠こうりょく誰たが爲ためにか肥こゆ。 |
天子當年翠華を駐とどむ、 故宮に啼なき老ゆ白頭の鴉からす。 青山長とこしへに是これ傷心の地、 輦路れんろの春風又落花。 |
四十年前ねんぜん少壯せうさうの時、 功名こうみゃう聊いささか復また自みづから私ひそかに期きす。 老おい來きたりて識しらず干戈かんかの事、 只ただ把とる春風しゅんぷう桃李たうりの巵さかづきを。 |
八幡公はちまんこう 結髮けっぱつ軍に從ふ弓箭きゅうせんの雄ゆう、 八州はっしうの草木さうもく威風ゐふうを識しる。 白旗はっき動かず兵營靜かに、 馬を立て邊城に亂鴻らんこうを看る。 |
東風芳艸一時に新なり、 年少狂ひ易し柳巷の春。 春色櫻に映ず臺榭の下、 癡心蹈み往く落花の塵。 |
水明あきらかに山媚こびて名區を夾み、 一帶の煙嵐えんらん畫圖ぐゎとに入いる。 也是またこれ銷金せうきん鍋上くゎじゃうの景、 妨さまたげず呼びて『小西湖せいこ』と作なすを。 |
日本橋にて作る 日本橋邊けうへん日本の秋、 更に一事いちじの心頭しんとうに掛かかる無し。 今宵こんせう新あらたに見る江城かうじゃうの月、 影は滿みつ扶桑ふさうの六十州。 |
臥薪嘗膽ぐゎしんしゃうたん幾いく辛酸しんさん、 一夜劍光けんくゎう雪に映えいじて寒し。 四十七碑ひ猶なほ主しゅを護まもり、 凛然りんぜん冷殺れいさつす奸臣かんしんの肝きもを。 |
唐に在りて本郷ほんきゃうを憶ふ 日邊にっぺん日本を瞻み、 雲裏うんり雲端うんたんを望む。 遠遊ゑんいう遠國ゑんごくに勞らうし、 長恨ちゃうこん長安に苦くるしむ。 |
戰勝の餘威よゐ朔河さくかに震ひ、 秋高くして羣雁ぐんがん行ぎゃうを亂して過すぐ。 天兵てんぺいの向むかふ所枯葉こえふを捲き、 韃靼だったんの胡王こわう汝なんぢを奈何いかんせん。 |
平泉ひらいづみ懷古くゎいこ 三世さんせいの豪華がうくゎ帝京ていけいに擬ぎす、 朱樓しゅろう碧殿へきでん雲に接して長し。 只今ただいま唯ただ東山の月のみ有りて、 來きたり照らす當年たうねんの金色堂こんじきだう。 |
夏初櫻祠あうしに遊ぶ 花開ひらきて萬人ばんじん集まり、 花盡つきて一人いちにん無し。 但だ見る雙さう黄鳥くゎうてう、 緑陰りょくいん深き處に呼ぶを。 |
命めいを奉じて琉球りうきうを巡視す 六りく隻せきの艨艟もうしょう旗色きしょく雄ゆうなり、 鵬程ほうてい萬里ばんり長風ちゃうふうに駕がす。 誰たれか知らん軍國邊防へんばうの策、 辛苦經營す方寸はうすんの中うち。 |
丙午丁未の災 穀帛こくはく荒年くゎうねん貴たふときこと璣たまの若ごとし、 長兒ちゃうじは凍こごえに叫び小は飢うゑに啼なく。 豪華がうくゎ時に一朝いってうの膳ぜんを廢はいせば、 多少の窮民散離を免まぬかれん。 |
鳥語てうごに星暦せいれきを知り、 風光野村やそんに入いる。 老いて偏ひとへに歳としの減ずるを嗟なげき、 病やまひは且しばらく春暄しゅんけんを喜ぶ。 殘雪遙岫やうしうに橫たはり、 浮陽ふやう曠原くゎうげんに靄あいたり。 冬を經へて常に被ひを擁ようしたるも、 此この日始めて園ゑんを窺うかがふ。 |
聞く昔君王くんなう劍を按あんじて崩ほうずと、 時に李郭りくゎく無く龍興りょうこうを奈いかんせん。 南朝なんてうの天地臣しん生るること晩おそし、 風雨空山くうざん御陵に謁えつす。 |
一たび辛苦して天涯を戍まもりてより、 夢有り何に由よりてか亦また家に到る。 今日こんにち更に知る郷國きゃうこくの遠きを、 山城さんじゃう五月桃花たうくゎを見る。 |
凌霄花りょうせうくゎは善よく媚こび、 物に遇あへば自おのづから綢繆ちうびうす。 長松ちゃうそう曾かつて策さくを失ひ、 脱せんと欲ほっするも竟つひに由よし無し。 |
壇ノ浦夜泊 篷窗ほうさう月つき落ちて眠ねむりを成さず、 壇だんノ浦うらの春風しゅんぷう五夜ごやの船。 漁笛ぎょてき一聲いっせい恨うらみを吹いて去る、 養和やうわ陵下りょうか水みづ煙の如し。 |