偶吟
新島襄
徒假公事逞私慾、
忼慨誰先天下憂。
廟議未定國歩退、
英雄不起奈神州。



いたづらに公事を假りて私慾を逞たくましくし、
忼慨かうがいたれか天下の憂うれひに先んず。
廟議べうぎ未だ定まらず國歩退き、
英雄起らずんば神州を奈いかんせん。


八月十八日夜 夢攻諳厄利亞 藤田東湖
 八月十八日夜 夢に諳厄利亞を攻む
絶海連檣十萬兵、
雄心落落壓胡城。
三更夢覺幽窗下、
唯有秋聲似雨聲。
絶海連檣れんしゃう十萬の兵、
雄心落落胡城を壓す。
三更夢覺む幽窗いうさうの下、
唯だ秋聲の雨聲に似たる有り。

 夢親
細井平洲
芳艸萋萋日日新、
動人歸思不勝春。
鄕關此去三千里、
昨夢高堂謁老親。

 親を夢む

芳艸はうさう萋萋せいせい日日新たに、
人の歸思を動かして春に勝へず。
鄕關此ここを去ること三千里、
昨夢高堂に老親に謁す。

 餘生
良寛
雨晴雲晴氣復晴、
心淸遍界物皆淸。
棄身棄世爲閑者、
初月與花送餘生。



雨晴雲晴氣復た晴れ、
心淸ければ遍界物皆淸し。
身を棄て世を棄て閑者と爲り、
初めて月と花とに餘生を送る。

松永子登宅 觀阿束冑歌 梁川星巌
 松永子登宅に阿束冑を觀るの歌
筑紫之北海之澨、
有石百丈可爲桅。
我欲因之陵溟渤、
周覧八埏覘九閡。
杳杳天低卑於地、
魚龍出沒浪崔嵬。
落日倒銜高句驪、
滯冤流鬼渺悠哉。
我時魂悸不能進、
屏氣且息覇家臺。
覇家臺下三千戸、
鐘鼓饌玉稱樂土。
中有松生磊砢人、
招我滿堂羅尊俎。
酒酣笑出阿束冑、
妖鐵不死兀顱古。
塞垣光景忽在目、
搖搖風裊鶡鶏羽。
嗟哉生乎何從得、
如斯之器世未覩。
憶昔大寇薄此津、
旌旗慘憺金革震。
是時天靈佐我威、
叱咤雷車走飆輪。
須臾萬艦飛塵滅、
能生還者僅三人。
此冑無乃其所遺、
古血模糊痕未泯。
方今承平日無事、
擧國銷兵鑄農器。
雖然邊謀豈可疎、
瀕海諸鎭嚴武備。
異時蠢兒重伺我、
請君手掲此冑示。
作歌大笑倚欄角、
風聲駕潮如鐃吹。
筑紫の北海の澨ぜい
石有り百丈桅と爲すべし。
我之に因りて溟渤を陵しのぎ、
八埏はちえんを周覧し九閡きうがいを覘うかがはんと欲す。
杳杳えうえうとして天低れて地よりも卑ひくく、
魚龍出沒して浪崔嵬さいくゎいたり。
落日倒さかしかに銜ふくむ高句驪かうくり
滯冤たいゑん流鬼りうきべうとして悠なる哉。
我時に魂悸して進むこと能あたはずして、
氣を屏しりぞけて且しばし息ふ覇家臺はかたい
覇家臺下三千戸、
鐘鼓饌玉樂土と稱す。
中に松生有り磊砢らいらの人、
我を招きて滿堂尊俎そんそつらぬ。
酒酣たけなはにして笑ひて出いだす阿束冑あそくちう
妖鐵死せずして兀顱ごつろ古る。
塞垣さいゑんの光景忽ち目に在りて、
搖搖えうえうとして風は裊たわむ鶡鶏かつけいの羽。
嗟哉ああせいいづこり得たるか、
かくの如き器世に未だ覩ず。
憶ふ昔大寇たいこう此の津しんに薄せまり、
旌旗慘憺さんたんとして金革震ふ。
の時天靈我が威を佐たすけ、
雷車を叱咤しったして飆輪へうりんを走らす。
須臾しゅゆに萬艦飛塵滅し、
く生きて還かへる者僅わづかに三人。
此の冑ちうすなはち其の遺のこす所に無からんや、
古血模糊もことして痕未だ泯ほろびず。
方今承平にして日ゝに事無く、
國を擧げて兵を銷かして農器を鑄る。
然りと雖も邊謀豈に疎なるべけんや、
瀕海ひんかいの諸鎭武備を嚴にせよ。
異時に蠢兒しゅんじ重ねて我を伺うかがはば、
君に請ふ手に此の冑ちうを掲げて示せ。
歌を作りて大いに笑ひて欄角に倚れば、
風聲潮に駕して鐃吹だうすゐの如し。

 花朝下澱水
藤井竹外
桃花水暖送輕舟、
背指孤鴻欲沒頭。
雪白比良山一角、
春風猶未到江州。

 花朝くゎてう澱水でんすゐを下る

桃花たうくゎ水暖かにして輕舟けいしうを送り、
背指はいしす孤鴻ここう沒せんと欲するの頭ほとり
雪は白し比良ひら山の一角、
春風猶ほ未だ江州ぐゎうしうに到らず。

 梅花
尾藤二洲
此花花中選、
人能儔汝誰。
一從孤山邊、
風情獨自知。
吾愛其淸高、
而未能相隨。
早晩解塵伴、
就汝野水湄。



此の花花中より選ばれ、
人能く汝なんぢを儔ともがらとするは誰ぞ。
孤山の邊 一從より
風情獨ひとり自ら知らる。
吾は愛す其の淸高を、
しかして未だ相ひ隨したがふこと能はず。
早晩塵伴ぢんはんを解き、
なんぢに就かん野水の湄ほとりに。

 十六字令 尋
伊勢丘人
尋。
踏雪風冷路更深。
家山遠、
滿月在天心。



たづぬ。
雪を踏み風冷たく路みち更に深し。
家山かざんはるか、
滿月天心に在り。

玄冬十一月
良寛
玄冬十一月、
雨雪正霏霏。
千山同一色、
萬徑人行稀。
昔遊總作夢、
草門深掩扉。
終夜燒榾柮、
靜讀古人詩。



玄冬げんとう十一月、
雨雪うせつまさに霏霏ひひたり。
千山同一の色、
萬徑ばんけい人の行くこと稀まらなり。
昔遊せきいうすべて夢と作り、
草門深く扉を掩おほふ。
終夜榾柮こつとつを燒き、
靜かに古人の詩を讀む。

 逸題
村田淸風
何幸稟生日域生、
勿忘造次一忠誠。
回頭今古多親友、
武内時宗林子平。



何たる幸さいはひか生を稟けて日域に生まる、
忘るる勿なかれ造次ざうじも一いつに忠誠。
かうべを回めぐらせば今古親友多し、
武内たけのうち時宗ときむね林子平りん(はやし)しへい

 夜下墨水
服部南郭
金龍山畔江月浮、
江搖月湧金龍流。
扁舟不住天如水、
兩岸秋風下ニ州。

 夜墨水ぼくすゐを下くだ

金龍山畔きんりゅうさんぱん江月かうげつ浮かぶ、
かうらぎ月湧いて金龍きんりゅう流る。
扁舟へんしうとどまらず天水みづの如ごとし、
兩岸の秋風しうふうに二州を下くだる。

 偶成
伊達政宗
邪法迷邦唱不終、
欲征蠻國未成功。
圖南鵬翼何時奮、
久待扶搖萬里風。



邪法邦を迷はして唱となへて終をはらず、
蠻國(ばんこく)を征せんと(ほっ)すれども(いま)だ功を成さず。
圖南となんの鵬翼ほうよくいづれの時にか奮ふるはん、
久しく待つ扶搖ふえう萬里の風。

題不識庵撃機山圖
頼山陽
鞭聲肅肅夜過河、
曉見千兵擁大牙。
遺恨十年磨一劍、
流星光底逸長蛇。

 不識庵ふしきあんの機山きざんを撃つ圖に題す

鞭聲肅肅夜河を過る、
曉に見る千兵の大牙を擁するを。
遺恨なり十年一劍を磨き、
流星光底長蛇を逸す。

 九月十三夜
上杉謙信
霜滿軍營秋氣淸、
數行過雁月三更。
越山幷得能州景、
遮莫家鄕憶遠征。



霜は軍營ぐんえいに滿ちて秋氣淸し、
數行すうかうの過雁くゎがんつき三更さんかう
越山ゑつざんあはせ得たり能州のうしうの景けい
遮莫さもあらばあれ家鄕かきゃうの遠征を憶おもふを。

辛酉二月出寺 蓄髮時作 伴林光平
 辛酉二月寺を出で髮を蓄へし時の作
本是神州淸潔民、
謬爲佛奴説同塵。
如今棄佛佛休恨、
本是神州淸潔民。
もとれ神州しんしう淸潔せいけつの民、
あやまって佛奴ぶつどと爲りて同塵どうぢんを説く。
如今じょこんぶつを棄つ佛ぶつうらむを休めよ、
もとれ神州しんしう淸潔せいけつの民。

 金州城外作
乃木希典
山川草木轉荒涼、
十里風腥新戦場。
征馬不前人不語、
金州城外立斜陽。

 金州城外の作

山川草木轉うたた荒涼、
十里風腥なまぐさし新戰場。
征馬 前すすまず人語らず、
金州きんしう城外斜陽に立つ。

 爾靈山
乃木希典
爾靈山嶮豈攀難、
男子功名期克艱。
銕血覆山山形改、
萬人齊仰爾靈山。

 爾靈山にれいさん

爾靈山(にれいさん)(けん)なれども()に攀ぢ(よがた)からんや、
男子だんしの功名こうみゃう克艱こくかんを期す。
鐵血てっけつ山を覆おほひて山形改まる、
萬人ばんじんひとしく仰あふぐ爾靈山にれいさん

 凱旋
乃木希典
皇師百萬征強虜、
野戰攻城屍作山。
愧我何顏看父老、
凱歌今日幾人還。



皇師くゎうし百萬強虜きゃうろを征し、
野戰攻城屍しかばね山を作す。
づ我われ何の顏かんばせありてか父老ふらうを看ん、
凱歌がいか今日こんにち幾人か還かへる。

 風雨望寧樂
藤井竹外
半空涌出兩浮圖、
更有伽藍俯九衢。
十二帝陵低不見、
黑風白雨滿南都。

 風雨寧樂を望む

半空はんくう涌き出づ兩浮圖ふと
さらに伽藍がらんの九衢きうくに俯す有り。
十二帝陵じふにていりゃうひくうして見えず、
黑風白雨こくふうはくう南都なんとに滿つ。

 偶作
武田信玄
鏖殺江南十萬兵、
腰間一劍血猶腥。
豎僧不識山川主、
向我慇懃問姓名。



鏖殺あうさつす江南かうなん十萬の兵、
腰間えうかんの一劍血猶ほ腥なまぐさし。
豎僧じゅそうは識らず山川の主さんせんぬし
我に向かって慇懃いんぎんに姓名を問ふ。

 
三輪笑山
木槿群葩妝草舎、
梧桐一葉墜苔階。
已聞早稻終收穫、
又會淸秋催感懷。



木槿もっきんの群葩ぐんぱ草舎を妝かざり、
梧桐ごとうの一葉いちえふ苔階たいかいに墜つ。
すでに早稻の收穫を終へりと聞き、
又淸秋せいしうに會ひて感懷を催す。

 壬辰新年
德富蘇峰
蚊蚋負山志可憐、
那將成敗問蒼天。
半宵淸籟驚殘夢、
一瞬星霜九十年。

 壬辰じんしんの新年

蚊蚋ぶんぜい山を負ふ志こころざし憐む可し、
なんぞ成敗を將って蒼天に問はんや。
半宵はんせうの淸籟せいらい殘夢を驚かす、
一瞬の星霜せいさう九十年。

 逸題
前原一誠
汗馬鐵衣過一春。
歸來欲脱卻風塵。
一場殘醉曲肱睡。
不夢周公夢美人。



汗馬鐵衣かんばてつい一春を過わたる。
歸來きらい風塵ふうぢんを脱卻せんと欲ほっす。
一場の殘醉いちぢゃうざんすゐひぢを曲げて睡れば。
周公しうこうを夢みず美人を夢む。

 楠公墓
森春濤
笠置山寒貉一邱、
延元陵古水東流。
南朝無限傷心涙、
洒向楠公墓畔秋。

 楠公の墓

笠置山かさぎやまは寒し貉かくの一邱いっきう
延元陵えんげんりょうは<古りて水みづ東に流ながる。
南朝限り無し傷心しゃうしんの涙、
そそぎて向かふ楠公墓畔ぼはんの秋。

 源郞渡海詩
廣瀨旭莊
鯨波萬里送歸船、
殘路自今猶二千。
家住蜻蜓極西地、
身遊靺鞨迤南天。
源郞渡海信徴在、
蘇武牧羝難跡傳。
壹説異聞聞不厭、
使吾懷古意茫然。

 源郞海を渡るの詩

鯨波げいは萬里歸船を送り、
殘路今より猶ほ二千。
家は住む蜻蜓せいれい西に極きはまるの地、
身は遊ぶ靺鞨まっかつ南に迤つらなるの天。
源郞げんらう海を渡るは信まことに徴しるし在り、
蘇武そぶていを牧ぼくするは跡あとを傳つたへ難がたし。
壹説いっせつ異聞聞くを厭いとはず、
吾れをして懷古せしめて意こころ茫然ばうぜんたり。

長相思 題囲碁
伊勢丘人
聽鳥聲聽鳥聲
一望千山心自平
茫茫萬里情
黑丁丁白丁丁
三看碁枰意不平
延延半劫爭

 長相思 囲碁に題す

鳥聲を聽き鳥聲を聽く
一望千山心自づから平かなり
茫茫萬里の情
くろ丁丁ちゃうちゃうしろ丁丁ちゃうちゃう
碁枰ごへいを三看さんかんすれば意こころ平かならず
延延半劫はんこうの爭あらそ

 江月
龜田鵬齋
滿江明月滿天秋、
一色江天萬里流。
半夜酒醒人不見、
霜風蕭瑟荻蘆洲。



滿江の明月滿天の秋、
一色いっしょくの江天かうてん萬里流る。
半夜酒醒めて人見えず、
霜風蕭瑟せうしつたり荻蘆洲てきろしう

 題淫坊
一休宗純
美人雲雨愛河深、
樓子老禅樓上吟。
我有抱持啑吻興、
竟無火聚捨身心。

 淫坊に題す

美人の雲雨うんう愛河あいが深く、
樓子ろうし老禅らうぜん樓上ろうじゃうに吟ず。
我に抱持はうじ啑吻さふふんの興きゃう有りて、
つひに火聚くゎじゅ捨身しゃしんの心無し。

 富士山
石川丈山
仙客來遊雲外巓、
神龍栖老洞中淵。
雪如紈素煙如柄、
白扇倒懸東海天。



仙客せんかくきたり遊ぶ雲外の巓、いただき
神龍しんりょうみ老ゆ洞中の淵ふち
雪は紈素がんその如く煙は柄へいの如く、
白扇倒さかしまに懸かる東海の天。

憶亡友雲井龍雄
谷干城
墨田花可醉、
蓮湖月可吟。
想昔連騎豪遊日、
櫻花爛漫月沈沈。
錦城春暗辛未年、
人生浮沈是天然。
若有孤心徹亡友、
感涙爲水到九泉。

 亡友雲井龍雄を憶ふ

墨田花は醉ふ可く、
蓮湖月は吟ず可し。
想ふ昔連騎豪遊せるの日、
櫻花爛漫として月沈沈たり。
錦城春は暗し辛未の年、
人生の浮沈是れ天然。
若し孤心の亡友に徹する有らば、
感涙水と爲りて九泉に到らん。

 失題
久坂玄瑞
皇國威名海外鳴、
誰甘烏帽犬羊盟。
廟堂願賜尚方劍、
直斬將軍答聖明。



皇國の威名海外に鳴り、
誰か甘んぜん烏帽犬羊の盟。
廟堂願はくは賜へ尚方の劍、
直ちに將軍を斬りて聖明に答へん。

 金川途上
久坂玄瑞
投筆請纓志轗軻、
秋風孤劍發悲歌。
王師未報擒夷將、
邊柳蕭疎胡馬多。

 金川かながは途上

筆を投じて纓えいを請ふも志は轗軻かんかとして、
秋風しうふうに孤劍悲歌を發す。
王師未だ報ぜず夷將いしゃうを擒いけどりにすと、
邊柳蕭疎せうそとして胡馬こば多し。

 偶成
木戸孝允
一穗寒燈照眼明、
沈思默坐無限情。
囘頭知己人已遠、
丈夫畢竟豈計名。
世難多年萬骨枯、
廟堂風色幾變更。
年如流水去不返、
人似草木爭春榮。
邦家前路不容易、
三千餘萬奈蒼生。
山堂夜半夢難結、
千嶽萬峰風雨聲。



一穗いっすゐの寒燈眼まなこを照らして明かなり、
沈思ちんし默坐もくざすれば無限の情。
かうべを囘めぐらせば知己ちき人已すでに遠し、
丈夫じゃうふ畢竟ひっきゃうあに名を計はからんや。
世難せいなん多年萬骨枯る、
廟堂風色ふうしょくいく變更。
としは流水の如く去りて返かへらず、
人は草木さうもくに似て春榮を爭ふ。
邦家はうかの前路容易ならず、
三千餘萬蒼生さうせいを奈いかんせん。
山堂夜半夢結び難がたし、
千嶽せんがく萬峰ばんぽう風雨の聲。

 西鄕隆盛
山崎泰輔
肥水豐山路已窮、
墓田歸去覇圖空。
半生功罪兩般跡、
地底何顏對照公。



肥水ひすゐ豐山ほうざんみちすでに窮きはまり、
墓田ぼでんに歸り去りて覇圖はとむなし。
半生はんせいの功罪兩般りゃうはんの跡あと
地底に何の顏かんばせあってか照公せうこうに對せん。

 十六字令
伊勢丘人
過。
一葉浮沈無定波。
都如夢、
想起幾山河。



ぎたり。
一葉いちえふの浮沈定まる無き波。
すべて夢の如く、
想起す幾いく山河を。

 時事感懷
徳富蘇峰
進駐胡兵颯爽過、
滿都齊唱太平歌。
隨波逐浪非吾事、
滄海橫流竟奈何。



進駐せる胡兵颯爽さっさうとして過ぎ、
滿都齊ひとしく唱うたふ太平の歌。
波に隨したがひ浪を逐ふは吾が事に非ず、
滄海さうかいの橫流わうりうつひに奈何いかんせん。

 雙殉行
竹添井井
戰雲壓城城欲壞、
腹背受敵我軍敗。
聯隊旗兮臣所掌、
爲賊所奪臣罪大。
旅順巨礮千雷轟、
骨碎肉飛血雨腥。
二萬子弟爲吾死、
吾何面目見父兄。
靑山馳道連朱闕、
萬國衣冠儼成列。
靈輿肅肅牛歩遲、
金輪徐輾聲如咽。
弔砲一響臣事終、
刺腹絶喉何從容。
旁有蛾眉端坐伏、
白刃三刺纖手紅。
遺書固封墨痕濕、
責躬誡世情尤急。
言言都自熱腸逬、
鬼哭神恫天亦泣。
嗚呼
以身殉君臣節堅、
舍生從夫婦道全。
忠魂貞靈長不散、
千秋萬古侍桃山。

 雙殉行さうじゅうんかう

戰雲城を壓あっして城壞くだけんと欲し、
腹背ふくはい敵を受けて我が軍敗やぶる。
聯隊旗は臣が掌つかさどる所、
賊の奪ふ所と爲る臣が罪大なり。
旅順の巨礮きょはう千雷轟とどろき、
骨碎け肉飛びて血雨腥なまぐさし。
二萬の子弟していが爲ために死し、
われ何の面目めんぼくあってか父兄に見まみえん。
靑山せいざんの馳道ちだう朱闕しゅけつに連つらなり、
萬國の衣冠儼げんとして列を成す。
靈輿れいよ肅肅しゅくしゅくとして牛歩遲く、
金輪きんりんおもむろに輾きしりて聲咽むせぶが如し。
弔砲てうはう一たび響けば臣事終はり、
腹を刺し喉を絶つ何ぞ從容しょうようたる。
かたはらに蛾眉がびの端坐して伏す有りて、
白刃三たび刺して纖手せんしゅくれなゐなり。
遺書固く封ふうじて墨痕濕うるほひ、
を責め世を誡いましむ情尤もっとも急なり。
言言げんげんすべて熱腸より逬ほとばしり、
こくし神しんいたみ天も亦また泣く。
嗚呼ああ
を以て君に殉じゅんず臣節堅かたく、
生を舍てて夫をっとに從ふ婦道全まったし。
忠魂貞靈長とこしへに散ぜず、
千秋萬古桃山ももやまに侍す。

 武侯墓
竹添井井
灑涙幾囘過湊河、
定軍山下又滂沱。
人生勿作讀書子、
到處不勝感慨多。

 武侯ぶこうの墓

涙を灑そそぎて幾囘か湊河みなとがはを過ぎ、
定軍山ていぐんさん下又また滂沱ばうだたり。
人生讀書子どくしょしと作ること勿なかれ、
到る處感慨の多きに勝へず。

 灞橋
竹添井井
水綠山明閲幾朝、
古陵寂寞草蕭蕭。
多情祇有風前柳、
飛絮隨人過灞橋。

 灞橋はけう

水は綠に山は明るく幾朝いくてうをか閲けみし、
古陵寂寞せきばくとして草蕭蕭せうせうたり。
多情祇だ風前の柳のみ有りて、
飛絮ひじょ人に隨したがひて灞橋はけうを過ぐ。

 讀杜牧集
絶海中津
赤壁英雄遺折戟、
阿房宮殿後人悲。
風流獨愛樊川子、
禪榻茶煙吹鬢絲。

 杜牧集を讀む

赤壁の英雄折戟せつげきを遺のこし、
阿房宮殿あばうきゅうでん後人こうじん悲しむ。
風流獨り愛す樊川子はんせんし
禪榻ぜんたふの茶煙鬢絲びんしを吹く。

 天荒
河上 肇
人老潛窮巷、
天荒未放紅。
狗吠門前路、
雲低萬里空。

 天荒る

人は老いて窮巷きゅうかうに潛ひそみ、
天は荒れて未だ紅くれなゐを放たず。
いぬは吠ゆ門前の路、
雲は低る萬里ばんりの空。

 辭世
猫橋芳朗
死生有命不足論、
鞠躬唯應酬至尊。
奮躍赴難不辭死、
從容就義日本魂。



死生しせいめい有り論ずるに足らず、
鞠躬きっきゅうだ應まさに至尊に酬こたふべし。
奮躍ふんやく難に赴おもむきて死を辭せず、
從容しょうよう義に就く日本やまとだましひ

 辭世
都所靜世
二十一歳當爲有、
享生皇土今報秋。
回天偉業人知否、
必死肉彈又必中。



二十一歳當まさに爲ために有るべし、
生を皇土に享けて今報むくゆるの秋とき
回天くゎいてんの偉業人知るや否いなや、
必死の肉彈又また必中せん。

 應制賦三山
絶海中津
熊野峰前徐福祠、
滿山藥草雨餘肥。
只今海上波濤穩、
萬里好風須早歸。

 應制おうせい三山さんざんを賦

熊野峰前ほうぜん徐福じょふくの祠
滿山の藥草雨餘うよに肥ゆ。
只今ただいま海上波濤はたうおだやかに、
萬里の好風かうふうすべからく早く歸るべし。

 讀太平記
篠崎小竹
元弘皇紐乱如麻、
誰意忠良萃一家。
輦下疾風無勁草、
山中晩節有黄花。
東魚西鳥天心應、
前虎後狼人事差。
當日攝河張陣地、
空使志士憶褒斜。

 太平記を讀む

元弘げんこうの皇紐くゎうちう乱れて麻あさの如く、
が意か忠良なる一家を萃あつむ。
輦下れんかの疾風に勁草けいさう無く、
山中の晩節に黄花くゎうくゎ有り。
東魚とうぎょ西鳥せいてう天心に應こたへ、
前虎ぜんこ後狼こうらう人事差たがふ。
當日攝河せっかに陣地を張り、
むなしく志士をして褒斜はうやを憶おもは使む。

 辭世
平井收二郞
嗚呼悲哉兮、
綱常不張。
洋夷陸梁兮、
邊城無防。
狼臣強倔兮、
憂在蕭牆。
憂世患國兮、
忠臣先傷。
月諸日居兮、
奈我神皇。



嗚呼あゝ悲しき哉かな
綱常かうじゃうらず。
洋夷やうい陸梁りくりゃうして、
辺城へんじゃうに防ぎ無し。
狼臣らうしん強倔きゃうくつにして、
うれひは蕭牆せうしゃうに在り。
を憂うれへ國を患うれへて、
忠臣先づ傷いたむ。
つきや日や、
我が神皇じんなうを奈いかんせん。

 還鄕作
良寛
出家離國訪知識、
一衣一鉢凡幾春。
今日還鄕問舊侶、
多是北邙山下人。

 鄕くにに還かへりての作

家を出で國くにを離れて知識ちしきを訪たづね、
一衣いちえ一鉢いっぱつおよそ幾春いくしゅんぞ。
今日鄕くにに還かへりて舊侶きうりょを問はば、
多くは是れ北邙ほくばう山下さんかの人。

 戊辰作
前原一誠
干戈未定事如麻、
身委艱難不思家。
默斬姦臣數暦月、
十年長負故山花。

 戊辰ぼしんの作

干戈かんくゎいまだ定さだまらず事ことあさの如く、
艱難かんなんに委ゆだねて家を思はず。
(もく)して姦臣(かんしん)を斬りてより暦月(れきげつ)を數ふれば、
十年長く負そむく故山の花に。

 題上書稿
佐久間象山
憂國憂時不恤身、
狂言信受上官嗔。
他年夷吏討遺策、
日本未無知計人。

 上書の稿に題す

國を憂へ時を憂へて身を恤うれへず、
狂言は上官の嗔いかりを受くるに信まかす。
他年夷吏いり遺策を討たづねなば、
日本未いまだ計けいを知る人無くんばあらず。

吉原 江戸繁昌記
寺門靜軒
雪滿楼兮夜將中、
衾如氷兮寒威雄。
夢裏不覺相抱着、
如膠如漆交二弓。
金屏障盡護寒密、
猶是生憎戸隙風。



雪樓に滿ちて夜將まさに中なかばならんとす、
衾氷の如くにして寒威雄さかんなり。
夢裏覺めず相ひ抱着はうちゃくす、
にかはの如く漆うるしの如く二弓にきゅうを交まじふ。
金屏(きんぺい)(おほ)(つく)して寒を護ること密なれども、
ほ是れ生憎ニクラシイ戸隙の風。

 松前城下作
長尾秋水
海城寒柝月生潮、
波際連檣影動搖。
從此五千三百里、
北辰直下建銅標。

 松前城下の作

海城の寒柝かんたく月潮うしほを生じ、
波際の連檣れんしゃう影動搖す。
これより五千三百里、
北辰直下に銅標を建てん。

 醉餘口號
伊達政宗
馬上少年過、
世平白髮多。
殘軀天所赦、
不樂是如何。



馬上少年過ぎ、
たひらかにして白髮多し。
殘軀ざんくは天の赦ゆるす所、
樂しまざるは是れ如何いかん

有客贈一酒瓢者 愛翫不置 賦瓢兮歌 藤田東湖
 客の一酒瓢しゅへうを贈る者有りて、愛翫あいぐゎんかず。『瓢兮へうやの歌』を賦す。
瓢兮瓢兮我愛汝、
汝嘗熟知顏子賢。
陋巷追隨不改樂、
盍以美祿延天年。
天壽有命非汝力、
聲名猶附驥尾傳。

瓢兮瓢兮我愛汝、
汝又嘗受豐公憐。
金裝燦爛從軍日、
一勝加一百且千。
千瓢所向無勍敵、
叱咤忽握四海權。

瓢兮瓢兮我愛汝、
悠悠時運幾變遷。
亞聖至樂誰復踵、
太閤雄圖何忽焉。
不用獨醒吟澤畔、
只合長醉伴謫仙。

瓢兮瓢兮我愛汝、
汝能愛酒不愧天。
消息盈虚與時行、
有酒危坐無酒顛。
汝危坐時我未醉、
汝欲顛時我欲眠。
一醉一眠吾事足、
世上窮通何處邊。
へうや瓢へうや我われなんぢを愛す、
なんぢかつて熟知す顏子がんしの賢。
陋巷ろうかう追隨つゐずゐして樂たのしみを改めず、
なんぞ美祿びろくを以て天年を延ばさざる。
天壽命めい有り汝なんぢが力に非ず、
聲名猶ほも驥尾きびに附して傳ふ。

へうや瓢へうや我われなんぢを愛す、
なんぢ又嘗かつて受く豐公の憐れみを。
金裝きんさう燦爛さんらんたり從軍の日、
一勝一いつを加へて百且つ千。
千瓢せんぺう向ふ所勍敵けいてき無く、
叱咤しったたちまち握る四海の權。

へうや瓢へうや我われなんぢを愛す、
悠悠たる時運幾いく變遷。
亞聖あせいの至樂しらくたれか復た踵がん、
太閤たいかふの雄圖ゆうと何ぞ忽焉こつえんたる。
もちゐず獨醒どくせい澤畔たくはんに吟ずるを、
只合ただまさに長く醉ひて謫仙たくせんに伴ふべし。

へうや瓢へうや我われなんぢを愛す、
なんぢく酒を愛して天に愧ぢず。
消息せうそく盈虚えいきょ時と與ともに行おこなふ、
酒有れば危坐きざし酒無んば顛てんず。
なんぢ危坐きざする時我未だ醉はず、
なんぢてんぜんと欲する時我も眠らんと欲す。
一醉一眠吾が事足る、
世上の窮通きゅうつうは何いづれの處の邊ぞ。

 山路觀楓
夏目漱石
石苔沐雨滑難攀、
渡水穿林往又還。
處處鹿聲尋不得、
白雲紅葉滿千山。



石苔せきたい雨に沐もくし滑すべりて攀ぢ難がたく、
水を渡り林を穿うがちて往きて又還かへる。
處處しょしょの鹿聲ろくせいたづね得ず、
白雲紅葉こうえふ千山に滿つ。

 辭世
明智光秀
順逆無二門、
大道徹心源。
五十五年夢、
覺來歸一元。



順逆二門無く、
大道心源に徹す。
五十五年の夢、
覺來りて一元に歸す。

桂林莊雜詠 示諸生 廣瀬淡窻
 桂林莊けいりんさう雜詠 諸生に示す
休道他郷多苦辛、
同袍有友自相親。
柴扉曉出霜如雪、
君汲川流我拾薪。
ふを休めよ他鄕たきゃう苦辛くしん多しと、
同袍どうはうとも有り自おのづから相ひ親しむ。
柴扉さいひあかつきに出づれば霜しも雪の如し、
君は川流せんりうを汲め我われは薪たきぎを拾ひろはん。

 辭世
幸德秋水
區區成敗且休論、
千古唯應意氣存。
如是而生如是死、
罪人又覺布衣尊。



區區たる成敗且しばらく論ずるを休めよ、
千古唯だ應まさに意氣に存すべし。
かくの如ごとくして生き是かくの如ごとく死す、
罪人又た覺ゆ布衣ふいの尊きを。

悼中江兆民先生 口占 幸德秋水
 中江兆民先生を悼む 口占
寂寞北邙呑涙回、
斜陽落木有余哀。
音容明日尋何處、
半是成煙半是灰。
寂寞せきばくたる北邙ほくばうなみだを呑んで回かへれば、
斜陽しゃやう落木らくぼく余哀よあいり。
音容おんよう明日みゃうにち何處いづくにか尋たづねん、
なかばは是れ煙けむりと成り半なかばは是れ灰はひ

病中得二首之一 中江兆民
 病中二首を得
殘燈吹燄已、
涼月半窗明。
病客夢方覺、
陰蟲三五鳴。
殘燈ざんとうほのほを吹いて已み、
涼月りゃうげつ半窗なかばまどに明あかるし。
病客びょうかくゆめまさに覺め、
陰蟲いんちゅう三五さんごく。

病中得二首之二 中江兆民
 病中二首を得
西風終夜壓庭區、
落葉撲窗似客呼。
夢覺尋思時一笑、
病魔雖有兆民無。
西風せいふう終夜しゅうや庭區ていくを壓あっし、
落葉(らくえふ)(まど)()ちて(きゃく)()ぶに()たり。
ゆめめ尋思じんしの 時とき一笑いっせう
病魔びゃうまりと雖いへども兆民○○し。

 寒梅
新島襄
庭上一寒梅、
笑侵風雪開。
不爭又不力、
自占百花魁。



庭上ていじゃうの一寒梅かんばい
笑って風雪ふうせつを侵をかして開く。
あらそはず又またつとめず、
おのづから百花ひゃっくゎの魁さきがけを占む。

 無題
福原麟太郎
萬籟欹耳冷土都、
暮霧忽至光芒乱。
仰看高天王礼恩、
射殺隠仙邪吏徒。



萬籟ばんらい耳を欹そばだつ冷土れいどの都、
暮霧ボムたちまち至りて光芒くゎうばう乱る。
あふぎ看る高天かうてんの王礼恩オライオンや、
射殺ゐころせ隠仙邪吏インセンヂャリの徒を。