徒いたづらに公事を假かりて私慾を逞たくましくし、 忼慨かうがい誰たれか天下の憂うれひに先んず。 廟議べうぎ未だ定まらず國歩退き、 英雄起らずんば神州を奈いかんせん。 |
絶海連檣十萬兵、
雄心落落壓胡城。 三更夢覺幽窗下、 唯有秋聲似雨聲。 |
絶海連檣れんしゃう十萬の兵、
雄心落落胡城を壓す。 三更夢覺む幽窗いうさうの下、 唯だ秋聲の雨聲に似たる有り。 |
親を夢む 芳艸はうさう萋萋せいせい日日新たに、 人の歸思を動かして春に勝たへず。 鄕關此ここを去ること三千里、 昨夢高堂に老親に謁す。 |
雨晴雲晴氣復また晴れ、 心淸ければ遍界物皆淸し。 身を棄て世を棄て閑者と爲り、 初めて月と花とに餘生を送る。 |
筑紫之北海之澨、
有石百丈可爲桅。 我欲因之陵溟渤、 周覧八埏覘九閡。 杳杳天低卑於地、 魚龍出沒浪崔嵬。 落日倒銜高句驪、 滯冤流鬼渺悠哉。 我時魂悸不能進、 屏氣且息覇家臺。 覇家臺下三千戸、 鐘鼓饌玉稱樂土。 中有松生磊砢人、 招我滿堂羅尊俎。 酒酣笑出阿束冑、 妖鐵不死兀顱古。 塞垣光景忽在目、 搖搖風裊鶡鶏羽。 嗟哉生乎何從得、 如斯之器世未覩。 憶昔大寇薄此津、 旌旗慘憺金革震。 是時天靈佐我威、 叱咤雷車走飆輪。 須臾萬艦飛塵滅、 能生還者僅三人。 此冑無乃其所遺、 古血模糊痕未泯。 方今承平日無事、 擧國銷兵鑄農器。 雖然邊謀豈可疎、 瀕海諸鎭嚴武備。 異時蠢兒重伺我、 請君手掲此冑示。 作歌大笑倚欄角、 風聲駕潮如鐃吹。 |
筑紫の北海の澨ぜい、
石有り百丈桅きと爲すべし。 我之に因りて溟渤を陵しのぎ、 八埏はちえんを周覧し九閡きうがいを覘うかがはんと欲す 杳杳えうえうとして天低たれて地よりも卑ひくく、 魚龍出沒して浪崔嵬さいくゎいたり。 落日倒さかしかに銜ふくむ高句驪かうくり、 滯冤たいゑん流鬼りうき渺べうとして悠なる哉。 我時に魂悸して進むこと能あたはずして、 氣を屏しりぞけて且しばし息ふ覇家臺はかたい。 覇家臺下三千戸、 鐘鼓饌玉樂土と稱す。 中に松生有り磊砢らいらの人、 我を招きて滿堂尊俎そんそ羅つらぬ。 酒酣たけなはにして笑ひて出いだす阿束冑あそくちう、 妖鐵死せずして兀顱ごつろ古る。 塞垣さいゑんの光景忽ち目に在りて、 搖搖えうえうとして風は裊たわむ鶡鶏かつけいの羽。 嗟哉ああ生せい乎や何いづこ從より得たるか、 斯かくの如き器世に未だ覩みず。 憶ふ昔大寇たいこう此の津しんに薄せまり、 旌旗慘憺さんたんとして金革震ふ。 是この時天靈我が威を佐たすけ、 雷車を叱咤しったして飆輪へうりんを走らす。 須臾しゅゆに萬艦飛塵滅し、 能よく生きて還かへる者僅わづかに三人。 此の冑ちう乃すなはち其の遺のこす所に無からんや、 古血模糊もことして痕未だ泯ほろびず。 方今承平にして日ゝに事無く、 國を擧あげて兵を銷とかして農器を鑄いる。 然りと雖も邊謀豈あに疎なるべけんや、 瀕海ひんかいの諸鎭武備を嚴にせよ。 異時に蠢兒しゅんじ重ねて我を伺うかがはば、 君に請こふ手に此の冑ちうを掲げて示せ。 歌を作りて大いに笑ひて欄角に倚れば、 風聲潮に駕して鐃吹だうすゐの如し。 |
花朝くゎてう澱水でんすゐを下る 桃花たうくゎ水暖かにして輕舟けいしうを送り、 背指はいしす孤鴻ここう沒せんと欲するの頭ほとり。 雪は白し比良ひら山の一角、 春風猶なほ未だ江州ぐゎうしうに到らず。 |
此の花花中より選ばれ、 人能よく汝なんぢを儔ともがらとするは誰ぞ。 孤山の邊 一從より、 風情獨ひとり自ら知らる。 吾は愛す其その淸高を、 而しかして未だ相あひ隨したがふこと能はず。 早晩塵伴ぢんはんを解き、 汝なんぢに就つかん野水の湄ほとりに。 |
尋たづぬ。 雪を踏み風冷たく路みち更に深し。 家山かざん遠はるか、 滿月天心に在り。 |
玄冬げんとう十一月、 雨雪うせつ正まさに霏霏ひひたり。 千山同一の色、 萬徑ばんけい人の行くこと稀まらなり。 昔遊せきいう總すべて夢と作なり、 草門深く扉を掩おほふ。 終夜榾柮こつとつを燒たき、 靜かに古人の詩を讀む。 |
何たる幸さいはひか生を稟うけて日域に生まる、 忘るる勿なかれ造次ざうじも一いつに忠誠。 頭かうべを回めぐらせば今古親友多し、 武内たけのうち時宗ときむね林子平りん(はやし)しへい。 |
夜墨水ぼくすゐを下くだる 金龍山畔きんりゅうさんぱん江月かうげつ浮かぶ、 江かう搖ゆらぎ月湧わいて金龍きんりゅう流る。 扁舟へんしう住とどまらず天水みづの如ごとし、 兩岸の秋風しうふうに二州を下くだる。 |
邪法邦を迷はして唱となへて終をはらず、 圖南となんの鵬翼ほうよく何いづれの時にか奮ふるはん、 久しく待つ扶搖ふえう萬里の風。 |
不識庵ふしきあんの機山きざんを撃つ圖に題す 鞭聲肅肅夜河を過る、 曉に見る千兵の大牙を擁するを。 遺恨なり十年一劍を磨き、 流星光底長蛇を逸す。 |
霜は軍營ぐんえいに滿ちて秋氣淸し、 數行すうかうの過雁くゎがん月つき三更さんかう。 越山ゑつざん并あはせ得えたり能州のうしうの景けい、 遮莫さもあらばあれ家鄕かきゃうの遠征を憶おもふを。 |
本是神州淸潔民、
謬爲佛奴説同塵。 如今棄佛佛休恨、 本是神州淸潔民。 |
本もと是これ神州しんしう淸潔せいけつの民、
謬あやまって佛奴ぶつどと爲なりて同塵どうぢんを説とく。 如今じょこん佛ぶつを棄すつ佛ぶつ恨うらむを休やめよ、 本もと是これ神州しんしう淸潔せいけつの民。 |
金州城外の作 山川草木轉うたた荒涼、 十里風腥なまぐさし新戰場。 征馬 前すすまず人語らず、 金州きんしう城外斜陽に立つ。 |
爾靈山にれいさん 男子だんしの功名こうみゃう克艱こくかんを期きす。 鐵血てっけつ山を覆おほひて山形改まる、 萬人ばんじん齊ひとしく仰あふぐ爾靈山にれいさん |
皇師くゎうし百萬強虜きゃうろを征し、 野戰攻城屍しかばね山を作なす。 愧はづ我われ何の顏かんばせありてか父老ふらうを看みん、 凱歌がいか今日こんにち幾人か還かへる。 |
風雨寧樂を望む 半空はんくう涌き出づ兩浮圖ふと、 更さらに伽藍がらんの九衢きうくに俯ふす有り。 十二帝陵じふにていりゃう低ひくうして見えず、 黑風白雨こくふうはくう南都なんとに滿みつ。 |
鏖殺あうさつす江南かうなん十萬の兵、 腰間えうかんの一劍血猶なほ腥なまぐさし。 豎僧じゅそうは識しらず山川の主さんせんぬし、 我に向かって慇懃いんぎんに姓名を問ふ。 |
木槿もっきんの群葩ぐんぱ草舎を妝かざり、 梧桐ごとうの一葉いちえふ苔階たいかいに墜おつ。 已すでに早稻の收穫を終へりと聞き、 又淸秋せいしうに會あひて感懷を催す。 |
壬辰じんしんの新年 蚊蚋ぶんぜい山を負おふ志こころざし憐む可べし、 那なんぞ成敗を將もって蒼天に問はんや。 半宵はんせうの淸籟せいらい殘夢を驚かす、 一瞬の星霜せいさう九十年。 |
汗馬鐵衣かんばてつい一春を過わたる。 歸來きらい風塵ふうぢんを脱卻せんと欲ほっす。 一場の殘醉いちぢゃうざんすゐ肱ひぢを曲げて睡れば。 周公しうこうを夢みず美人を夢む。 |
楠公の墓 笠置山かさぎやまは寒し貉かくの一邱いっきう、 延元陵えんげんりょうは<古ふりて水みづ東に流ながる。 南朝限り無し傷心しゃうしんの涙、 洒そそぎて向かふ楠公墓畔ぼはんの秋。 |
源郞海を渡るの詩 鯨波げいは萬里歸船を送り、 殘路今より猶なほ二千。 家は住む蜻蜓せいれい西に極きはまるの地、 身は遊ぶ靺鞨まっかつ南に迤つらなるの天。 源郞げんらう海を渡るは信まことに徴しるし在り、 蘇武そぶ羝ていを牧ぼくするは跡あとを傳つたへ難がたし。 壹説いっせつ異聞聞くを厭いとはず、 吾れをして懷古せしめて意こころ茫然ばうぜんたり。 |
長相思 囲碁に題す 鳥聲を聽き鳥聲を聽く 一望千山心自づから平かなり 茫茫萬里の情 黑くろ丁丁ちゃうちゃう白しろ丁丁ちゃうちゃう 碁枰ごへいを三看さんかんすれば意こころ平かならず 延延半劫はんこうの爭あらそひ |
滿江の明月滿天の秋、 一色いっしょくの江天かうてん萬里流る。 半夜酒醒さめて人見えず、 霜風蕭瑟せうしつたり荻蘆洲てきろしう。 |
淫坊に題す 美人の雲雨うんう愛河あいが深く、 樓子ろうし老禅らうぜん樓上ろうじゃうに吟ず。 我に抱持はうじ啑吻さふふんの興きゃう有りて、 竟つひに火聚くゎじゅ捨身しゃしんの心無し。 |
仙客せんかく來きたり遊ぶ雲外の巓、いただき 神龍しんりょう栖すみ老おゆ洞中の淵ふち。 雪は紈素がんその如く煙は柄へいの如く、 白扇倒さかしまに懸かかる東海の天。 |
亡友雲井龍雄を憶ふ 墨田花は醉ふ可く、 蓮湖月は吟ず可し。 想ふ昔連騎豪遊せるの日、 櫻花爛漫として月沈沈たり。 錦城春は暗し辛未の年、 人生の浮沈是れ天然。 若し孤心の亡友に徹する有らば、 感涙水と爲りて九泉に到らん。 |
皇國の威名海外に鳴り、 誰か甘んぜん烏帽犬羊の盟。 廟堂願はくは賜へ尚方の劍、 直ちに將軍を斬りて聖明に答へん。 |
金川かながは途上 筆を投じて纓えいを請こふも志は轗軻かんかとして、 秋風しうふうに孤劍悲歌を發す。 王師未だ報ぜず夷將いしゃうを擒いけどりにすと、 邊柳蕭疎せうそとして胡馬こば多し。 |
偶成 木戸孝允
一穗寒燈照眼明、沈思默坐無限情。 囘頭知己人已遠、 丈夫畢竟豈計名。 世難多年萬骨枯、 廟堂風色幾變更。 年如流水去不返、 人似草木爭春榮。 邦家前路不容易、 三千餘萬奈蒼生。 山堂夜半夢難結、 千嶽萬峰風雨聲。 |
一穗いっすゐの寒燈眼まなこを照らして明かなり、 沈思ちんし默坐もくざすれば無限の情。 頭かうべを囘めぐらせば知己ちき人已すでに遠し、 丈夫じゃうふ畢竟ひっきゃう豈あに名を計はからんや。 世難せいなん多年萬骨枯かる、 廟堂風色ふうしょく幾いく變更。 年としは流水の如く去りて返かへらず、 人は草木さうもくに似て春榮を爭ふ。 邦家はうかの前路容易ならず、 三千餘萬蒼生さうせいを奈いかんせん。 山堂夜半夢結び難がたし、 千嶽せんがく萬峰ばんぽう風雨の聲。 |
肥水ひすゐ豐山ほうざん路みち已すでに窮きはまり、 墓田ぼでんに歸り去りて覇圖はと空むなし。 半生はんせいの功罪兩般りゃうはんの跡あと、 地底に何の顏かんばせあってか照公せうこうに對せん。 |
過すぎたり。 一葉いちえふの浮沈定まる無き波。 都すべて夢の如く、 想起す幾いく山河を。 |
進駐せる胡兵颯爽さっさうとして過ぎ、 滿都齊ひとしく唱うたふ太平の歌。 波に隨したがひ浪を逐おふは吾が事に非ず、 滄海さうかいの橫流わうりう竟つひに奈何いかんせん。 |
雙殉行 竹添井井
戰雲壓城城欲壞、腹背受敵我軍敗。 聯隊旗兮臣所掌、 爲賊所奪臣罪大。 旅順巨礮千雷轟、 骨碎肉飛血雨腥。 二萬子弟爲吾死、 吾何面目見父兄。 靑山馳道連朱闕、 萬國衣冠儼成列。 靈輿肅肅牛歩遲、 金輪徐輾聲如咽。 弔砲一響臣事終、 刺腹絶喉何從容。 旁有蛾眉端坐伏、 白刃三刺纖手紅。 遺書固封墨痕濕、 責躬誡世情尤急。 言言都自熱腸逬、 鬼哭神恫天亦泣。 嗚呼 以身殉君臣節堅、 舍生從夫婦道全。 忠魂貞靈長不散、 千秋萬古侍桃山。 |
雙殉行さうじゅうんかう 戰雲城を壓あっして城壞くだけんと欲し、 腹背ふくはい敵を受けて我が軍敗やぶる。 聯隊旗は臣が掌つかさどる所、 賊の奪ふ所と爲なる臣が罪大なり。 旅順の巨礮きょはう千雷轟とどろき、 骨碎け肉飛びて血雨腥なまぐさし。 二萬の子弟してい吾わが爲ために死し、 吾われ何の面目めんぼくあってか父兄に見まみえん。 靑山せいざんの馳道ちだう朱闕しゅけつに連つらなり、 萬國の衣冠儼げんとして列を成す。 靈輿れいよ肅肅しゅくしゅくとして牛歩遲く、 金輪きんりん徐おもむろに輾きしりて聲咽むせぶが如し。 弔砲てうはう一たび響けば臣事終はり、 腹を刺し喉を絶つ何ぞ從容しょうようたる。 旁かたはらに蛾眉がびの端坐して伏す有りて、 白刃三たび刺して纖手せんしゅ紅くれなゐなり。 遺書固く封ふうじて墨痕濕うるほひ、 躬みを責め世を誡いましむ情尤もっとも急なり。 言言げんげん都すべて熱腸より逬ほとばしり、 鬼き哭こくし神しん恫いたみ天も亦また泣く。 嗚呼ああ 身みを以て君に殉じゅんず臣節堅かたく、 生を舍すてて夫をっとに從ふ婦道全まったし。 忠魂貞靈長とこしへに散ぜず、 千秋萬古桃山ももやまに侍じす。 |
武侯ぶこうの墓 涙を灑そそぎて幾囘か湊河みなとがはを過ぎ、 定軍山ていぐんさん下又また滂沱ばうだたり。 人生讀書子どくしょしと作なること勿なかれ、 到る處感慨の多きに勝たへず。 |
灞橋はけう 水は綠に山は明るく幾朝いくてうをか閲けみし、 古陵寂寞せきばくとして草蕭蕭せうせうたり。 多情祇ただ風前の柳のみ有りて、 飛絮ひじょ人に隨したがひて灞橋はけうを過ぐ。 |
杜牧集を讀む 赤壁の英雄折戟せつげきを遺のこし、 阿房宮殿あばうきゅうでん後人こうじん悲しむ。 風流獨り愛す樊川子はんせんし、 禪榻ぜんたふの茶煙鬢絲びんしを吹く。 |
天荒る 人は老おいて窮巷きゅうかうに潛ひそみ、 天は荒れて未だ紅くれなゐを放たず。 狗いぬは吠ほゆ門前の路、 雲は低たる萬里ばんりの空。 |
死生しせい命めい有り論ずるに足たらず、 鞠躬きっきゅう唯ただ應まさに至尊に酬こたふべし。 奮躍ふんやく難に赴おもむきて死を辭せず、 從容しょうよう義に就つく日本やまと魂だましひ。 |
二十一歳當まさに爲ために有るべし、 生を皇土に享うけて今報むくゆるの秋とき。 回天くゎいてんの偉業人知るや否いなや、 必死の肉彈又また必中せん。 |
應制おうせい三山さんざんを賦ふす 熊野峰前ほうぜん徐福じょふくの祠し、 滿山の藥草雨餘うよに肥こゆ。 只今ただいま海上波濤はたう穩おだやかに、 萬里の好風かうふう須すべからく早く歸るべし。 |
太平記を讀む 元弘げんこうの皇紐くゎうちう乱れて麻あさの如く、 誰たが意か忠良なる一家を萃あつむ。 輦下れんかの疾風に勁草けいさう無く、 山中の晩節に黄花くゎうくゎ有り。 東魚とうぎょ西鳥せいてう天心に應こたへ、 前虎ぜんこ後狼こうらう人事差たがふ。 當日攝河せっかに陣地を張はり、 空むなしく志士をして褒斜はうやを憶おもは使しむ。 |
嗚呼あゝ悲しき哉かな、 綱常かうじゃう張はらず。 洋夷やうい陸梁りくりゃうして、 辺城へんじゃうに防ぎ無し。 狼臣らうしん強倔きゃうくつにして、 憂うれひは蕭牆せうしゃうに在り。 世よを憂うれへ國を患うれへて、 忠臣先まづ傷いたむ。 月つきや日ひや、 我が神皇じんなうを奈いかんせん。 |
鄕くにに還かへりての作 家を出いで國くにを離れて知識ちしきを訪たづね、 一衣いちえ一鉢いっぱつ凡およそ幾春いくしゅんぞ。 今日鄕くにに還かへりて舊侶きうりょを問とはば、 多くは是これ北邙ほくばう山下さんかの人。 |
戊辰ぼしんの作 干戈かんくゎ未いまだ定さだまらず事こと麻あさの如く、 身み艱難かんなんに委ゆだねて家を思はず。 十年長く負そむく故山の花に。 |
上書の稿に題す 國を憂へ時を憂へて身を恤うれへず、 狂言は上官の嗔いかりを受くるに信まかす。 他年夷吏いり遺策を討たづねなば、 日本未いまだ計けいを知る人無なくんばあらず。 |
雪樓に滿ちて夜將まさに中なかばならんとす、 衾氷の如くにして寒威雄さかんなり。 夢裏覺めず相あひ抱着はうちゃくす、 膠にかはの如く漆うるしの如く二弓にきゅうを交まじふ。 猶なほ是れ生憎ニクラシイ戸隙の風。 |
松前城下の作 海城の寒柝かんたく月潮うしほを生じ、 波際の連檣れんしゃう影動搖す。 此これより五千三百里、 北辰直下に銅標を建たてん。 |
馬上少年過すぎ、 世よ平たひらかにして白髮多し。 殘軀ざんくは天の赦ゆるす所、 樂しまざるは是これ如何いかん。 |
瓢兮瓢兮我愛汝、
汝嘗熟知顏子賢。 陋巷追隨不改樂、 盍以美祿延天年。 天壽有命非汝力、 聲名猶附驥尾傳。 瓢兮瓢兮我愛汝、 汝又嘗受豐公憐。 金裝燦爛從軍日、 一勝加一百且千。 千瓢所向無勍敵、 叱咤忽握四海權。 瓢兮瓢兮我愛汝、 悠悠時運幾變遷。 亞聖至樂誰復踵、 太閤雄圖何忽焉。 不用獨醒吟澤畔、 只合長醉伴謫仙。 瓢兮瓢兮我愛汝、 汝能愛酒不愧天。 消息盈虚與時行、 有酒危坐無酒顛。 汝危坐時我未醉、 汝欲顛時我欲眠。 一醉一眠吾事足、 世上窮通何處邊。 |
瓢へうや瓢へうや我われ汝なんぢを愛す、
汝なんぢ嘗かつて熟知す顏子がんしの賢。 陋巷ろうかう追隨つゐずゐして樂たのしみを改めず、 盍なんぞ美祿びろくを以て天年を延ばさざる。 天壽命めい有り汝なんぢが力に非ず、 聲名猶なほも驥尾きびに附して傳ふ。 瓢へうや瓢へうや我われ汝なんぢを愛す、 汝なんぢ又嘗かつて受く豐公の憐れみを。 金裝きんさう燦爛さんらんたり從軍の日、 一勝一いつを加へて百且かつ千。 千瓢せんぺう向ふ所勍敵けいてき無く、 叱咤しった忽たちまち握る四海の權。 瓢へうや瓢へうや我われ汝なんぢを愛す、 悠悠たる時運幾いく變遷。 亞聖あせいの至樂しらく誰たれか復また踵つがん、 太閤たいかふの雄圖ゆうと何ぞ忽焉こつえんたる。 用もちゐず獨醒どくせい澤畔たくはんに吟ずるを、 只合ただまさに長く醉ゑひて謫仙たくせんに伴ふべし。 瓢へうや瓢へうや我われ汝なんぢを愛す、 汝なんぢ能よく酒を愛して天に愧はぢず。 消息せうそく盈虚えいきょ時と與ともに行おこなふ、 酒有れば危坐きざし酒無んば顛てんず。 汝なんぢ危坐きざする時我未だ醉ゑはず、 汝なんぢ顛てんぜんと欲する時我も眠らんと欲す。 一醉一眠吾が事足たる、 世上の窮通きゅうつうは何いづれの處の邊ぞ。 |
石苔せきたい雨に沐もくし滑すべりて攀よぢ難がたく、 水を渡り林を穿うがちて往ゆきて又還かへる。 處處しょしょの鹿聲ろくせい尋たづね得えず、 白雲紅葉こうえふ千山に滿みつ。 |
順逆二門無く、 大道心源に徹す。 五十五年の夢、 覺來りて一元に歸す。 |
休道他郷多苦辛、
同袍有友自相親。 柴扉曉出霜如雪、 君汲川流我拾薪。 |
道いふを休やめよ他鄕たきゃう苦辛くしん多しと、
同袍どうはう友とも有り自おのづから相あひ親しむ。 柴扉さいひ曉あかつきに出づれば霜しも雪の如し、 君は川流せんりうを汲くめ我われは薪たきぎを拾ひろはん。 |
區區たる成敗且しばらく論ずるを休やめよ、 千古唯ただ應まさに意氣に存すべし。 是かくの如ごとくして生き是かくの如ごとく死す、 罪人又た覺ゆ布衣ふいの尊きを。 |
寂寞北邙呑涙回、
斜陽落木有余哀。 音容明日尋何處、 半是成煙半是灰。 |
寂寞せきばくたる北邙ほくばう涙なみだを呑のんで回かへれば
斜陽しゃやう落木らくぼく余哀よあい有あり。 音容おんよう明日みゃうにち何處いづくにか尋たづねん、 半なかばは是これ煙けむりと成なり半なかばは是これ灰はひ |
殘燈吹燄已、
涼月半窗明。 病客夢方覺、 陰蟲三五鳴。 |
殘燈ざんとう燄ほのほを吹ふいて已やみ、 涼月りゃうげつ半窗なかばまどに明あかるし。 病客びょうかく夢ゆめ方まさに覺さめ、 陰蟲いんちゅう三五さんご鳴なく。 |
西風終夜壓庭區、
落葉撲窗似客呼。 夢覺尋思時一笑、 病魔雖有兆民無。 |
西風せいふう終夜しゅうや庭區ていくを壓あっし、
夢ゆめ覺さめ尋思じんしの 時とき一笑いっせう、 病魔びゃうま有ありと雖いへども兆民○○無○し。 |
庭上ていじゃうの一寒梅かんばい、 笑って風雪ふうせつを侵をかして開く。 爭あらそはず又また力つとめず、 自おのづから百花ひゃっくゎの魁さきがけを占しむ。 |
萬籟ばんらい耳を欹そばだつ冷土れいどの都、 暮霧ボム忽たちまち至りて光芒くゎうばう乱る。 仰あふぎ看みる高天かうてんの王礼恩オライオンや、 射殺ゐころせ隠仙邪吏インセンヂャリの徒を。 |