豐公裂明册圖
藤井竹外
玉冕緋衣如糞土、
册書信手裂縱横。
自從霹靂震萬里、
直到如今尚有聲。

 豐公明の册さくを裂くの圖

玉冕ぎょくべん緋衣ひい糞土の如くし、
册書手に信まかせて縱横に裂く。
これより霹靂へきれき萬里を震はし、
直に如今に到るまで尚ほ聲有り。

 寄題豐公舊宅
荻生徂徠
絶海樓船震大明、
寧知此地長柴荊。
千山風雨時時惡、
猶作當年叱咤聲。

 豐公の舊宅に寄題す

絶海の樓船大明を震はせしも、
いづくんぞ知らん此の地に柴荊を長ずるを。
千山の風雨時時に惡く、
なほも作すがごとし當年叱咤の聲を。

 讀舊詩卷
菅茶山
老來歡娯少、
長日消得難。
偶憶強壯日、
時把舊詩看。
大耋心慌惚、
亦可想當年。
欣戚如再經、
病懷稍且寛。
醉花墨川堤、
吟月椋湖船。
叉手温生捷、
露頂張旭顛。
此等常在胸、
其状更宛然。
瑣事委遺亡、
忽亦現目前。
或遇不平境、
往事夢一痕。
吾詩從人笑、
不必費補刪。
自吟又自賞、
樂意在其間。

 舊詩卷を讀む

老い來りて歡娯少く、
長日消し得ること難かたし。
偶ゝたまたま強壯の日を憶おもひ、
時に舊詩を把りて看る。
大耋だいてつ心慌惚くぁうこつとして、
亦た當年を想ふ可し。
欣戚再び經るが如く、
病懷びゃうくぁいや且しばらく寛ゆるやかなり。
花に醉ふ墨川ぼくせんの堤つつみ
月に吟ず椋湖りゃうこの船。
手を叉す温生の捷、
頂を露す張旭の顛。
此等常に胸に在り、
其の状更に宛然ゑんぜんたり。
瑣事は遺亡に委まかすとも、
たちまち亦た目前に現あらはる。
或は不平の境に遇ひたれども、
往事夢一痕なり。
吾が詩人の笑ふに從ひ、
必ずしも補刪ほさんを費さず。
自ら吟じ又た自ら賞す、
樂意其の間に在り。

釋大俊發憤時事 慨然有濟度之志
將歸省其親於尾州賦 之以贈焉
 雲井龍雄
 釋大俊時事に發憤し、慨然として濟度の志有り。
 將に其の親を尾州に歸省せんとし、之を賦して以て贈る。
生當雄圖蓋四海、
死當芳聲傳千祀。
非有功名遠超群、
豈足喚爲眞男子。
俊師膽大而氣豪、
憤世夙入祇林逃。
雖有津梁無處布、
難奈天下之滔滔。
惜君奇才抑塞
不得逞
枉方其袍圓其頂。
底事衣鉢僅潔身、
不爲鹽梅調大鼎。
天下之溺援可收、
人生豈無得志秋。
或至虎呑狼食
王土割裂、
八州之草
任君馬蹄踐蹂。
君今去向東海道、
到處山河感多少。
古城殘壘趙耶韓、
勝敗有跡猶可討。
參之水駿之山、
英雄起處地形好。
知君至此氣慨然、
當悟
大丈夫不可空老
生きては當まさに雄圖四海を蓋ふべく、
死しては當まさに芳聲千祀に傳ふべし。
功名遠く群を超ゆる有るに非ずんば、
に眞男子と喚び爲すに足らんや。
俊師膽大にして氣豪なり、
世を憤りて夙つとに祇林ぎりんに入りて逃る。
津梁しんりゃう有りと雖も布くに處無く、
いかんともし難し天下の滔滔たうたうたるを。
惜しむ君が奇才抑塞よくそくして
逞しくするを得ず、
げて其の袍を方にして其の頂を圓にせるを。
底事なにごとぞ衣鉢僅わづかに身を潔くせるも、
鹽梅と爲りて大鼎を調ととのへざる。
天下の溺できは援きて收む可く、
人生豈に志を得るの秋とき無からんや。
或は虎呑狼食して
王土割裂くゎつれつに至らば、
八州の草
君馬蹄の踐蹂せんじうに任まかさん。
君今去りて東海道に向かひ、
到る處の山河感ずるところ多少ぞ。
古城殘壘趙か韓か、
勝敗跡有りて猶ほ討たづぬ可し。
參の水駿の山、
英雄起おこる處地形好し。
知る君此ここに至らば氣慨然として、
まさに悟るべし
大丈夫空しく老ゆ可からざるを。

 失題
安積東海
捨生取義是男兒,
四海紛紛何所期。
好向京城埋侠骨,
待他天定勝人時。



生を捨て義を取る是れ男兒,
四海紛紛何の期する所ぞ。
好し京城に向おいて侠骨を埋め,
待たん他の天定まりて人に勝つの時を。

 阿部野
廣瀨旭莊
興亡千古泣英雄,
虎鬪龍爭夢已空。
欲問南朝忠義墓,
蕎花秋仆野田風。



興亡千古英雄を泣かしめ,
虎鬪龍爭夢已すでに空むなし。
はんと欲ほっす南朝忠義の墓,
蕎花けうくゎ秋に仆たふる野田の風。

大阪繁昌詩 松島
石田魚門
狂蝶尋芳松嶋頭,
春花爛漫客登樓。
北山雲雨西山雨,
付與蕩郞促好遊。



狂蝶芳を尋ぬ松嶋の頭ほとり
春花爛漫客樓に登る。
北山雲霧西山の雨,
蕩郞に付與して好遊を促す。

 題林子平像
齋藤竹堂
海不揚波二百年、
無人開口到防邊。
一腔熱血枉埋却、
唯有九原蘇老泉。

 林子平像に題す

海波を揚げざること二百年、
人の口を開けて防邊に到る無し。
一腔の熱血枉げて埋却す、
だ九原に蘇老泉有り。

楠公湊川戰死圖
大槻磐溪
王事寧將成敗論、
唯知順逆是忠臣。
斯公一死兒孫在、
護得南朝五十春。

 楠公湊川戰死の圖

王事寧なんぞ成敗せいはいを將もって論ぜん、
だ順逆を知る是れ忠臣。
斯の公一死すれど兒孫在りて、
護り得たり南朝五十春。

 江天暮雪
天隱
江天欲暮雪霏霏、
罷釣誰舟傍釣磯。
沙鳥不飛人不見、
遠村只有一蓑歸。

 江天の暮雪

江天暮くれんと欲ほっして雪霏霏ひひたり、
釣を罷め誰が舟か釣磯てうきに傍ふ。
沙鳥飛ばず人見えず、
遠村只だ一蓑いつさの歸る有り。

 無題
夏目漱石
眞蹤寂莫杳難尋、
欲抱虚懷歩古今。
碧水碧山何有我、
蓋天蓋地是無心。
依稀暮色月離草、
錯落秋聲風在林。
眼耳雙忘身亦失、
空中獨唱白雲吟。



眞蹤しんしょうは寂莫として杳えうとして尋たづね難く、
虚懷きょくゎいを抱いだかんと欲ほっして古今を歩む。
碧水碧山何ぞ我れ有らん、
蓋天蓋地是れ無心。
依稀いきたる暮色月は草を離れ、
錯落さくらくたる秋聲風は林に在り。
眼耳雙ふたつながら忘れ身亦た失はれ、
空中に獨ひとり唱す白雲の吟を。

 河井蒼龍窟
三島中洲
王臣何敢敵王師、
呼賊呼忠彼一時。
惜矣東洋多事日、
黄泉難起大男兒。



王臣何ぞ敢へて王師に敵せん、
賊と呼び忠と呼ぶ彼も一時。
惜しきかな東洋多事の日、
黄泉起こし難し大男兒。

 無題
大窪詩佛
古松林裏聽蝉鳴、
先生先生先生聲。
聲聲似把先生笑、
莫笑先生老遠行。
三十年來舊遊地、
白首重來幾先生。



古松林裏蝉鳴を聽く:
先生先生先生センセイセンセイセンセイの聲。
聲聲先生を把りて笑ふに似たり、
笑ふ莫なかれ先生の老いて遠行するを。
三十年來舊遊の地、
白首重ねて來きたるは幾いく先生ぞ。

 高槻道中
元政
青田漠漠接青山、
僧舎民村煙霧間。
無限秋光無限意、
碧天涼冷白雲閑。



青田漠漠として青山接し、
僧舎民村煙霧の間。
無限の秋光無限の意、
碧天涼冷にして白雲閑たり。

 城山
西道仙
孤軍奮鬪破圍還、
一百里程壘壁間。
吾劍既摧吾馬斃、
秋風埋骨故鄕山。



孤軍奮鬪圍かこみを破りて還かへる、
一百の里程壘壁るゐへきの間。
吾が劍は既すでに摧くだけ吾が馬は斃たふる、
秋風骨を埋うづむ故鄕の山。

 荻花
德川光圀
荻上瀼瀼白露清、
白花相映月光明。
風吹黄葉發天籟、
轉作潯陽瑟瑟聲。

 荻花てきくゎ

荻上てきじゃう瀼瀼じゃうじゃうと白露清く、
白花相ひ映じて月光明かなり。
風黄葉を吹きて天籟てんらいを發し、
うたた潯陽じんやう瑟瑟しつしつの聲と作る。

京洛之新綠美無加 散歩途上口占 河上 肇
 京洛の新綠美なること加ふる無し 散歩途上に口占す
東山春色絶繊塵、
楊柳青青楓葉新。
老木殷勤有誘我、
枉爲樹下石牀人。
東山春色繊塵を絶ち、
楊柳青青として楓葉ふうえふ新たなり。
老木殷勤いんぎんに我を誘いざなふ有りて、
げて樹下石牀せきしゃうの人と爲る。

 無題
林子平
海外萬國布如星、
覬覦切奪他政刑。
廟堂曾無防邊策、
爲説海防濟生靈。



海外萬國布くこと星の如く、
覬覦きゆす他の政刑を切奪するを。
廟堂曾かつて防邊の策無く、
爲に海防を説きて生靈を濟すくはん。

 有感
赤松蘭室
古墓爲田松柏摧、
百年人壽似飄埃。
功名富貴終何事、
且盡生前酒一盃。

 感有り

古墓田と爲り松柏摧くだかれ、
百年人壽飄埃へうあいに似たり。
功名富貴終つひに何事ぞ、
しばらく盡くせ生前酒一盃を。

 自詠
菅原道眞
離家三四月、
落涙百千行。
萬事皆如夢、
時時仰彼蒼。



家を離るる三四月げつ
涙を落とす百千行かう
萬事皆夢の如く、
時時彼の蒼さうを仰あふぐ。

 寫眞に題す
河上 肇
六十六年逆浪中、
尚贏衰病老殘躬。
昭和廿年正月後、
不知幾度値春風。



六十六年逆浪げきらうの中、
ほ贏あます衰病老殘の躬
昭和廿年正月の後、
知らず幾度か春風に値ふを。

 櫻山七絶
高杉晉作
落花斜日恨無窮、
自愧殘骸泣晩風。
休怪移家華表下、
暮朝欲拂廟前紅。



落花斜日恨み窮きはまり無し、
みづから愧づ殘骸晩風を泣くを。
怪むを休めよ家を華表くゎへうの下に移すを、
暮朝廟前の紅を拂はんと欲す。

 無題
村上佛山
落花紛紛雪紛紛、
踏雪蹴花伏兵起。
白晝斬取大臣頭、
噫嘻時事可知耳。
落花紛紛雪紛紛、
或恐
天下多事兆於此



落花紛紛雪紛紛、
雪を踏み花を蹴りて伏兵起る。
白晝斬り取る大臣の頭かうべ
噫嘻ああ時事知る可きのみ。
落花紛紛雪紛紛、
或ひは恐る
天下の多事此ここに兆きざすを。

 赤間關
絶海中津
風物眼前朝暮愁、
寒潮頻拍赤城頭。
怪巖奇石雲中寺、
新月斜陽海上舟。
十萬義軍空寂寂、
三千劍客去悠悠。
英雄骨朽干戈地、
相憶依欄看白鴎。

 赤間が關

風物眼前朝暮に愁うれへ、
寒潮頻しきりに拍つ赤城せきじゃうの頭ほとり
怪巖奇石雲中の寺、
新月斜陽海上の舟。
十萬の義軍空むなしく寂寂じゃくじゃく
三千の劍客去りて悠悠いういう
英雄骨は朽つ干戈かんくゎの地、
ひ憶おもひ欄に依りて白鴎を看る。

 芳野懷古
梁川星巖
今來古往蹟茫茫、
石馬無聲抔土荒。
春入櫻花滿山白、
南朝天子御魂香。

 芳野懷古くゎいこ

今來古往こんらいこわうあと茫茫ばうばうとして、
石馬聲無くして抔土ほうど荒る。
春は櫻花あうくゎに入りて滿山白く、
南朝の天子御魂ぎょこんかんばし。

 磯原客舍
吉田松陰
海樓把酒對長風、
顏紅耳熱醉眠濃。
忽見雲濤萬里外、
巨鼇蔽海來艨艟。
我提吾軍來陣此、
貔貅百萬髮上衝。
夢斷酒解燈亦滅、
濤聲撼枕夜鼕鼕。



海樓に酒を把りて長風に對し、
顏紅に耳熱して醉眠すゐみん濃し。
たちまち見る雲濤うんたう萬里の外、
巨鼇きょがう海を蔽おほひて艨艟もうしょうきたる。
れ吾が軍を提ひきゐて來りて此こに陣し、
貔貅ひきう百萬髮上のぼり衝く。
夢斷え酒解けて燈亦た滅し、
濤聲たうせい枕を撼ゆるがして夜鼕鼕とうとう

 失題
久坂玄瑞
胡雲漠漠盡冥朦、
天下無人護聖躬。
九闕他年遭吉夢、
金剛山在野山中。



胡雲漠漠として盡ことごとく冥朦めいもう
天下人の聖躬せいきゅうを護る無し。
九闕きうけつ他年吉夢に遭はば、
金剛山は野山の中に在り。

 示虜
無學祖元
乾坤無地卓孤筇、
喜得人空法亦空。
珍重大元三尺劍、
電光影裡斬春風。

 虜に示す

乾坤けんこん地の孤筇こきょうを卓つる無し、
喜び得たり人空くうにして法も亦た空なるを。
珍重す大元三尺の劍、
電光影裡春風を斬る。

 絶命詞
西田 税
天有愁兮地有難、
涙潸潸兮地紛紛。
醒一笑兮夢一痕、
人間三十六春秋。



天に愁ひ有りて地に難有り、
涙潸潸さんさんとして地紛紛ふんぷんたり。
めて一笑すれば夢一痕、
人間三十六春秋。

 立秋雨
德川光圀
大火已西流、
郊墟涼氣浮。
暑殘梧葉雨、
洗出一天秋。

 立秋の雨

大火たいくゎすでに西流し、
郊墟かうきょに涼氣浮かぶ。
暑は殘れども梧葉の雨は、
洗ひ出す一天の秋を。

 夏夜
江馬細香
雨晴庭上竹風多、
新月如眉繊影斜。
深夜貪涼窓不掩、
暗香和枕合歡花。

 夏の夜

雨晴るる庭上に竹風多く、
新月眉まゆの如く繊影斜めなり。
深夜涼を貪むさぼりて窓掩おほはざれば、
暗香枕に和す合歡ねむの花。


 無題
夏目漱石
桃花馬上少年時、
笑據銀鞍拂柳枝。
綠水至今迢遞去、
月明來照鬢如絲。




桃花馬上少年の時、
笑ひて銀鞍に據りて柳枝を拂ふ。
綠水今に至るも迢遞てうていとして去り、
月明來きたりて照らす鬢びん絲の如きを。

 白虎隊
佐原盛純
少年團結白虎隊、
國歩艱難戍堡塞。
大軍突如風雨來、
殺氣慘憺白日晦。
鼙鼓喧闐震百雷、
巨砲連發僵屍堆。
殊死突陣怒髮立、
縱橫奮撃一面開。
時不利兮戰且退、
身裹瘡痍口含藥。
腹背皆敵將何行、
杖劍閒行攀丘嶽。
南望鶴城砲煙颺、
痛哭呑涙且彷徨。
宗社亡兮我事畢、
十有六人屠腹僵。
俯仰此事十七年、
畫之文之世閒傳。
忠烈赫赫如前日、
壓倒田横麾下賢。



少年團結す白虎隊、
國歩艱難かんなん堡塞を戍まもる。
大軍突如風雨來きたり、
殺氣慘憺さんたん白日晦くらし。
鼙鼓へいこ喧闐けんてん百雷震ふるひ、
巨砲連發して僵屍きゃうしうづたかし。
殊死しゅし陣を突きて怒髮どはつ立ち、
縱橫じゅうわう奮撃して一面開く。
時利あらず戰ひ且つ退き、
身には瘡痍さういを裹つつみ口には藥を含む。
腹背ふくはい皆な敵將まさに何いづくにか行かんとす、
劍を杖つゑつき閒行かんかう丘嶽きうがくを攀づ。
南鶴が城を望めば砲煙颺あがり、
痛哭涙を呑みて且しばらくく彷徨はうくゎうす。
宗社そうしゃほろびぬ我が事畢をはる、
十有六人屠腹とふくして僵たふる。
俯仰す此の事十七年、
これを畫ゑがき之これを文にして世閒に傳ふ。
忠烈赫赫かくかく前日の如く、
壓倒す田横でんわう麾下きかの賢けん

訪子陽先生墓
良寛
古墓何處是、
春日草芊芊。
伊昔狭河側、
慕子苦往還。
舊友漸零落、
市朝幾變遷。
一世眞如夢、
囘首三十年。

 子陽先生の墓を訪ふ

古墓何いづれの處か是れなる、
春日に草芊芊せんせんたり。
伊昔これむかし狭河の側ほとりに、
を慕ひ苦つとめて往還す。
舊友漸やうやく零落し、
市朝してういくたびか變遷す。
一世眞まことに夢の如く、
囘首す三十年。

 草庵雪夜作
良寛
囘首七十有餘年、
人間是非飽看破。
往來跡幽深夜雪、
一炷線香古匆下。

 草庵雪夜の作

囘首くゎいしゅす七十有餘年、
人間じんかんの是非ぜひ看破に飽く。
往來跡あとかすかに深夜雪ふり、
一炷いつしゅの線香古匆こそうの下。

 艸山晩眺
元政
愛山頻出門、
投杖倚松根。
秋水界平野、
暮煙分遠村。
露昇林際白、
星見樹梢昏。
自覺坐來久、
蒼苔已有痕。

 草山の晩眺

山を愛して頻しきりに門を出で、
杖を投じて松根に倚る。
秋水平野を界さかひし、
暮煙ぼえん遠村を分わかつ。
露昇りて林際白く、
星見あらはれて樹梢昏くらし。
自ら覺おぼゆ坐し來きたること久しく、
蒼苔さうたいすでに痕有るを。

 
良寛
二十年來鄕里歸、
舊友零落事多非。
夢破上方金鐘曉、
空床無影燈火微。



二十年來鄕里に歸る、
舊友零落して事多くは非なり。
夢は破る上方金鐘の曉、
空床影無く燈火微かすかなり。

 舟到由良港
吉村寅太郎
囘首蒼茫浪速城、
篷窗又聽杜鵑聲。
丹心一片人知否、
不夢家鄕夢帝京。

 舟由良の港に到る

かうべを囘めぐらせば蒼茫さうばうたり浪速なにはの城、
篷窗ほうさう又た聽く杜鵑とけんの聲。
丹心一片人知るや否いなや、
家鄕を夢みず帝京を夢む。

 無題
夏目漱石
大愚難到志難成、
五十春秋瞬息程。
觀道無言只入靜、
拈詩有句獨求淸。
迢迢天外去雲影、
籟籟風中落葉聲。
忽見閑窗虚白上、
東山月出半江明。



大愚到り難がたく志成り難がたし、
五十の春秋瞬息の程。
道を觀ずるに言無くして只だ靜に入り、
詩を拈ひねるに句有りて獨ひとり淸せいを求む。
迢迢てうてうたり天外去雲の影、
籟籟らいらいたり風中落葉の聲。
忽ち見る閑窗虚白の上、
東山月出でて半江明かなり。

 逸題
良寛
簡傲縱酒消歳時、
衆人闚間不相知。
而今老去始噬臍、
通宵爲君涙沾衣。

 失題

簡傲かんがう縱酒しょうしゅ歳時を消し、
衆人間はざまを闚うかがふも相ひ知らず。
而今じこん老い去りて始めて臍ほぞを噬み、
通宵つうせう君が爲に涙衣を沾うるほす。

 紀事
梁川星巖
當年乃祖氣憑陵、
叱咤風雲卷地興。
今日不能除外釁、
征夷二字是虚稱。



當年たうねんの乃祖だいそ氣憑陵ひょうりょう
風雲を叱咤しったし地を卷きて興おこる。
今日外釁ぐゎいきんを除く能あたはずんば、
「征夷せいい」の二字は是れ虚稱。

 爲國
西田 税
同盟叛兮吾可殉、
同盟誅兮吾可殉。
幽囚未死秋欲暮、
染血原頭落陽寒。



同盟叛はんにして吾れ殉ず可く、
同盟誅ちうにして吾れ殉ず可し。
幽囚未だ死せず秋暮れんと欲ほっし、
血に染む原頭落陽寒し。

 雜感
伊形靈雨
獨立南山樹、
喬喬凌雲霄。
烈風無時休、
蕭索碎枝條。
由來松柏質、
難成楊柳姿。
豈不慕纖麗、
峻節竟難移。



獨立す南山の樹、
喬喬けうけうとして雲霄うんせうを凌しのぐ。
烈風時として休む無く、
蕭索せうさく枝條しでうを碎く。
由來松柏しょうはくの質、
し難がたし楊柳やうりうの姿。
あに纖麗せんれいを慕はざらんや、
峻節しゅんせつつひに移し難し。

十六字令 思除夜 伊勢丘人
 十六字令 除夜に思ふ
鐘。
六十餘年一夢中。
雪花亂、
老路是朦朧。
鐘。
六十餘年一夢の中うち
雪花亂れたるも、
老いの路は是れ朦朧。

 過赤馬關
伊形靈雨
長風破浪一帆還、
碧海遙回赤馬關。
三十六灘行欲盡、
天邊始見鎭西山。

 赤馬關に過ぎる

長風浪を破りて一帆還かへり、
碧海遙かに回めぐる赤馬關あかまがせき
三十六灘だんゆくゆく盡きんと欲す、
天邊始めて見る鎭西ちんぜいの山。

 逸題
江藤新平
欲掃胡塵盛本邦、
一朝蹉跌臥幽窗。
可憐半夜蕭蕭雨、
殘夢猶迷鴨綠江。



胡塵こぢんを掃はらひて本邦を盛んにせんと欲し、
一朝いつてう蹉跌さてつして幽窗いうさうに臥ぐゎす。
あはれむ可し半夜蕭蕭せうせうたる雨に、
殘夢は猶ほも迷ふ鴨綠江あふりょくかう

 獄中讀史
陸奧宗光
夜深偶對歐州史、
興廢輸贏似奕棋。
雨撲山牕燈影暗、
讀來邏罵滅亡時。

 獄中史を讀む

夜深くして偶たまたま歐州史に對す、
興廢輸贏しゅえい奕棋えききに似たり。
雨は山牕さんさうを撲ち燈影暗く、
讀み來きたる邏罵ローマ滅亡の時。

 陋居
一休宗純
目前境界似吾癯、
地老天荒百草枯。
三月春風沒春意、
寒雲深鎖一茅廬。



目前の境界は吾が癯せたるに似て、
地は老い天は荒れ百草枯れたり。
三月春風春意を沒し、
寒雲深く鎖とざす一茅廬ばうろ

 夏夜
江馬細香
雨晴庭上竹風多、
新月如眉繊影斜。
深夜貪涼窓不掩、
暗香和枕合歡花。



雨晴れ庭上竹風多く、
新月眉の如く繊影斜ななめなり。
深夜涼を貪むさぼりて窓掩おほはざれば、
暗香枕に和す合歡ねむの花。

 哀輓
土屋竹雨
識見文章共絶倫、
多年興亞展經綸。
痩躯六尺英雄漢、
睥睨東西古今人。
危言遭厄道何窮、
幾度投身囹圄中。
筆挾秋霜心烈日、
果然頽世起淸風。
立言何遜立朝勳、
時際艱難嗟喪君。
渺渺魂兮招不返、
哀歌空對暮天雲。



識見文章共に絶倫、
多年興亞經綸を展ぶ。
痩躯六尺りくせき英雄漢、
睥睨へいげいす東西古今の人。
危言厄に遭ふも道何ぞ窮せん、
幾度か身を投ず囹圄れいごの中。
筆は秋霜を挾はさみ心は烈日、
果然頽世淸風を起す。
立言何ぞ遜ゆづらん立朝の勳に、
時艱難に際して君を喪うしなふを嗟なげく。
渺渺べうべうたる魂よ招けど返らず、
哀歌空しく對す暮天の雲。

 夏日作
深草元政
夏日炎炎無奈長、
手揮團扇到斜陽。
火雲一片不消盡、
月在綠陰深處涼。

 夏日の作

夏日炎炎長きを奈んともすること無く、
手に團扇を揮ひて斜陽に到る。
火雲一片消し盡さず、
月は綠陰の深き處に在りて涼し。

 旅宿有感
深草元政
一心是三界、
何往不自在。
譬如天上雲、
去住倶無碍。

 旅宿感有り

一心是れ三界、
いづくに往くとして自在ならざらんや。
たとへば天上の雲の如く、
去住倶ともに碍無し。

 致仕偶成
三條西實隆
三十年來朝市塵、
片舟歸去五湖春。
平生慚愧無功業、
合對白鴎終此身。



三十年來朝市の塵、
片舟歸り去る五湖の春。
平生慚愧す功業の無きを、
まさに白鴎に對して此の身を終はるべし。

 冑山歌
頼山陽
冑山昨送我、
冑山今迎吾。
黙數山陽十往返、
山翠依然我白鬚。
故鄕有親更衰老、
明年當復下此道。

 冑山ちうざんの歌

冑山ちうざん昨我を送り、
冑山今吾を迎ふ。
黙して數かぞふれば山陽十たび往返し、
山翠さんすゐ依然たれども我は白鬚はくしゅ
故鄕親有り更に衰老すゐらう
明年当まさに復た此の道を下くだるべし。

 路上
菅茶山
反照入楊林、
沙灣晩未暝。
母牛與犢兒、
隔水相呼應。



反照楊林に入り、
沙灣晩るるも未だ暝くらからず。
母牛犢兒とくじと、
水を隔てて相ひ呼應す。

 甲山路上
菅茶山
迎人石相揖、
驅馬雲將礙。
樵者指前程、
路橫歸鳥背。



人を迎へて石相ひ揖いふし、
馬を驅れば雲将まさに礙さまたげんとす。
樵者前程を指せば、
路は橫たふ歸鳥の背。

 十六字令
伊勢丘人
春。
四海風和歳此新。
功名外、
我是酒杯人。



春。
四海風和して歳此ここに新なり。
功名が外、
我は是れ酒杯の人。

 題客舍壁
雲井龍雄
欲成斯志豈思躬、
埋骨靑山碧海中。
醉撫寶刀還冷笑、
決然躍馬向關東。

 客舍の壁に題す

の志を成さんと欲す豈あにを思はんや、
骨を埋うづむ靑山碧海の中。
ひて寶刀を撫して還た冷笑し、
決然馬を踊らせて関東に向かふ。

十六字令 竇娥冤
伊勢丘人
冤。
白雪飄飄六月天。
誰幇我、
只落泪漣漣。
ゑん
白雪飄飄へうへうたり六月の天。
誰か我を幇たすくる、
只だ落す泪漣漣れんれんたるを。

 訣別
梅田雲濱
妻臥病牀兒叫飢、
挺身直欲拂戎夷。
今朝死別與生別、
唯有皇天后土知。



妻は病牀びゃうしゃうに伏し兒は飢ゑに叫く。
身を挺して直ちに戎夷じゅういを拂はらはんと欲ほっす、
今朝こんてう死別と生別と、
ただ皇天くゎうてん后土こうどの知る有り。

 辭世
平野國臣
憂國十年、
東走西馳。
成敗在天、
魂魄歸地。



憂國十年、東に走り西に馳す。
[東走とうそう西馳せいち。]
成敗天に在りて、
魂魄こんぱく地に歸す。

 甲山路上
菅茶山
雜樹夾溪昏、
歸雲抱石屯。
鳥身看不見、
聲大似人言。



雜樹溪を挟みて昏くらく、
歸雲石を抱いだきて屯たむろす。
鳥身看るも見えず、
聲大にして人の言ふに似たり。

 辭世
近藤勇
孤軍援絶作囚俘、
顧念君恩涙更流。
一片丹衷能殉節、
睢陽千古是吾儔。
靡他今日復何言、
取義捨生吾所尊。
快受電光三尺劍、
只將一死報君恩。



孤軍援け絶えて俘囚ふしうと作り、
君恩を顧念して涙更に流る。
一片の丹衷能く節に殉じゅんじ、
睢陽すゐやうは千古是れ吾が儔ともがら
他に靡なびきて今日復た何をか言はん。
義を取り生を捨つるはわが尊ぶ所、
快く受く電光三尺の劍、
だ一死を將って君恩に報いん。

 芳野懷古
河野鐵兜
山禽叫斷夜寥寥、
無限春風恨未銷。
露臥延元陵下月、
滿身花影夢南朝。



山禽さんきん叫び斷へて夜は寥寥れうれうたり、
無限の春風恨うらみ未だ銷えず。
露臥す延元陵下の月に、
滿身の花影南朝を夢む。

 半夜
良寛
回首五十有餘年、
人間是非一夢中。
山房五月黄梅雨、
半夜蕭蕭灑虚窗。



かうべを回めぐらせば五十有餘年、
人間じんかんの是非は一夢の中。
山房五月黄梅くゎうばい=つゆの雨、
半夜蕭蕭せうせうとして虚窗きょさうに灑そそぐ。

 回天詩
藤田東湖
三決死矣而不死、
二十五回渡刀水。
五乞閑地不得閑、
三十九年七處徙。
邦家隆替非偶然、
人生得失豈徒爾。
自驚塵垢盈皮膚、
猶餘忠義填骨髓。
嫖姚定遠不可期、
丘明馬遷空自企。
苟明大義正人心、
皇道奚患不興起。
斯心奮発誓神明、
古人云斃而後已。



三たび死を決して而しかうして死せず、
二十五回刀水たうすゐを渡る。
五たび閑地を乞ひて閑かんを得ず、
三十九年七處に徙うつる。
邦家の隆替りゅうたい偶然に非ず、
人生の得失とくしつあに徒爾とじならんや。
みづから驚く塵垢ぢんこう皮膚に盈つるを、
ほ餘あます忠義骨髓こつずゐを填うづむるを。
嫖姚へうえう定遠ていゑん期す可からざれば、
丘明きうめい馬遷ばせんむなしく自みづから企くはだつ。
いやしくも大義を明らかにし人心を正さば、
皇道くゎうだうなんぞ興起こうきせざるを患うれへん。
の心奮發して神明しんめいに誓ふ、
古人云ふ:斃たふれて後のちむと。

 春夜
貫名海屋
香風綺月度林頭、
花影溶溶踏欲流。
半夜玉人猶未寐、
笛聲遙在水精樓。



香風綺月きげつ林頭を度わたり、
花影溶溶として踏まば流れんと欲す。
半夜玉人猶ほ未いまだ寐ねず、
笛聲遙か水精樓に在り。

 寧樂懷古
太宰春臺
南土茫茫古帝城、
三條九陌自縱橫。
籍田麥秀農人度、
馳道蓬生賈客行。
細柳低垂常惹恨、
閑花歴亂竟無情。
千年陳迹唯蘭若、
日暮呦呦野鹿鳴。

 寧樂なら懷古

南土茫茫ばうばうたり古帝城、
三條九陌きうはくおのづから縱橫。
籍田せきでん麥秀でて農人度り、
馳道ちだうよもぎ生じて賈客こきゃく行く。
細柳低く垂れて常に恨みを惹き、
閑花歴亂として竟つひに情無し。
千年の陳迹ちんせきは唯ただ蘭若らんにゃ
日暮呦呦いういうとして野鹿やろく鳴く。

 大楠公
梁川星巖
豹死留皮豈偶然、
湊川遺蹟水連天。
人生有限名無盡、
楠氏精忠萬古傳。



豹は死して皮を留む豈偶然ならんや
湊川の遺蹟水天に連なる
人生限り有り名盡くるなし
楠氏の精忠万古に伝ふ

 箱﨑
頼山陽
廟門岌嶪面長瀾、
仰視彫題照碧灣。
長倚神威伏戎狄、
新羅高麗指揮間。



廟門べうもん岌嶪きふげふ長瀾ちゃうらんに面し、
あふぎ視れば彫題てうだい碧灣へきわんを照らす。
長く神威しんゐに倚りて戎狄じゅうてきを伏す、
新羅しらぎ高麗かうらいは指揮の間。

 梅雨
大正天皇
乍雨乍晴梅熟時、
仰天偏願歳無飢。
靑苗插遍水田裡、
看到秋成始展眉。



たちまち雨となり乍ち晴となる梅熟するの時、
天を仰あふぎて偏へに願ふ歳に飢うる無きを。
靑苗插すこと遍し水田の裡うち
秋成に到りて始めて眉を展ぶるを看ん。

 貧苦
兆載坊
無類貧乏人、
其癖仕事厭。
後悔不先立、
年寄今殘念。



たぐひ無き貧乏人、
其の癖仕事は厭きらひなり。
後悔は先さきに立たざれば、
年寄りて今殘念。

奉母遊嵐山 前此丁外艱 尋西遊不遊五年矣 頼山陽
 母を奉じて嵐山に遊ぶ 此これに前んじて外艱に丁
 尋ついで西遊し遊ばざること五年なり
不到嵐山已五年、
萬株花木倍鮮妍。
最忻阿母同衾枕、
連夜香雲暖處眠。
嵐山に到らざること已すでに五年、
萬株の花木倍ますます鮮妍たり。
最も忻よろこぶ阿母衾枕を同うし、
連夜香雲暖かき處に眠る。

 漁歌子
頼山陽
釣罷秋風鳴岸蘆、
蓼花影外夕陽餘。
兒暖酒、婦烹魚。
繋舟是處是吾廬。



釣罷をはり秋風に岸蘆がんろ鳴り、
蓼花れうくゎは影外夕陽の餘。
は酒を暖め、婦つまは魚うをを烹る。
舟を繋ぐ是の處是れ吾が廬いほり

 泊天草洋
頼山陽
雲耶山耶呉耶越、
水天髣髴靑一髮。
萬里泊舟天草洋、
烟橫篷窻日漸沒。
瞥見大魚波閒跳、
太白當船明似月。

 天草洋なだに泊す

雲か山か呉か越ゑつか、
水天髣髴はうふつとして靑一髮。
萬里舟を泊す天草の洋なだ
烟は篷窻ほうさうに横たはりて日漸やうやく没す。
瞥見す大魚の波閒に跳るを、
太白船に当たりて明めい月に似たり。

 逸題
木戸孝允
掃盡千秋帝土塵、
旭輝自与岳光新。
東巡今日供奉輩、
多是去年獄裏人。



掃き尽くす千秋帝土の塵を、
旭輝きょっきおのづから岳がくに光の新たなるを与ふ。
東巡今日の供奉の輩は、
多くは是これ去年獄裏の人。

美人陰有水仙花香
一休宗純
楚臺應望更應攀、
半夜玉牀愁夢顏。
花綻一莖梅樹下、
凌波仙子繞腰間。

 美人の陰ほとに水仙花の香り有り

楚臺應まさに望むべく更に應まさに攀づべし、
半夜玉牀ぎょくしゃう愁夢しうむの顏。
花は綻ほころぶ一莖梅樹の下、
凌波の仙子腰間を繞めぐる。

 十字詩
『日本樂府』頼山陽
君勾踐、臣范蠡。
一樹花、十字詩。
南山萬樹花如雪、
重埋鑾輿無還期。
蠡也自許亦徒爲、
誰使越王忘會稽。
呉無西施、
越有西施。

 十字の詩

君は勾踐こうせん、臣は范蠡はんれい
一樹の花、十字の詩。
南山の萬樹ばんじゅ花雪の如く、
重ねて鑾輿らんよを埋うづめて還かへる期とき無し。
れいや自ら許すも亦徒爲とゐ
たれか越王をして會稽くゎいけいを忘れしむ。
呉に西施せいし無く、
越に西施有り。

 婬水
一休宗純
夢迷上苑美人森、
枕上梅花花信心。
滿口淸香淸淺水、
黄昏月色奈新吟。

 婬水いんすゐ

夢は迷ふ上苑美人の森、
枕上梅花花信の心。
滿口の淸香淸淺の水、
黄昏の月色新吟を奈いかんせん。