臨終 懷風藻
大津皇子
金烏臨西舎、
鼓聲催短命。
泉路無賓主、
此夕離家向。





金烏西舎に臨み、
鼓聲短命を催す。
泉路賓主無く、
此の夕家を離れて向ふ。


侍中翁主 挽歌詞 嵯峨天皇
 侍中翁主 挽歌の詞
生涯如逝川、
不慮忽昇仙。
哀挽辭京路、
客車向墓田。
聲傳女侍簡、
別怨艷陽年。
唯有弧墳外、
悲風吹松煙。

生涯逝川の如く、
不慮忽たちまち昇仙す。
哀挽京路を辭し、
客車墓田に向かふ。
聲は傳ふ女侍の簡、
別れを怨む艷陽の年。
だ有るは弧墳の外に、
悲風松煙に吹くのみ。


 九月十日
菅原道眞
去年今夜待清涼、
秋思詩篇獨斷腸。
恩賜御衣今在此、
捧持毎日拜餘香。




去年の今夜清涼に待し、
秋思の詩篇獨り斷腸。
恩賜の御衣今此こに在り、
捧持して毎日餘香を拝す。


 蒙古來
頼山陽
筑海颶氣連天黑、
蔽海而來者何賊。
蒙古來來自北、
東西次第期呑食。
嚇得趙家老寡婦、
持此來擬男兒國。
相模太郞膽如甕、
防海將士人各力。
蒙古來吾不怖、
吾怖關東令如山。
直前斫賊不許顧、
倒吾檣登虜艦。
擒虜將吾軍喊。
可恨
東風一驅附大濤
不使羶血
盡膏日本刀


 蒙古來たる

筑海の颶氣天に連なりて黑く、
海を蔽ひて來る者は何いかなる賊ぞ。
蒙古來きたる北自り來たる、
東西次第に呑食を期す。
嚇し得たり趙家の老寡婦を、
此れを持し來りて擬す男兒の國に。
相模太郞膽甕の如く、
防海の將士人各ゝ力つとむ。
蒙古來きたる吾われは怖おそれず、
吾は怖る關東の令山の如きを。
ただに前すすみ賊を斫り顧かへりみるを許さず、
吾が檣を倒し虜艦に登り、
虜將を擒とらへて吾が軍喊さけぶ。
恨む可
東風一驅して大濤に附し
羶血をして
ことごとく日本刀に膏せしめざるを。


 愛酒詩
坂本龍馬
酒者可呑酒可飮、
人生只有酒開膽。
醉中快樂人無知、
大地爲蓐天爲衣。
英雄生涯眞乎夢、
厭迄呑酒醉美姫。


 酒を愛するの詩

酒は呑む可し酒飮む可し、
人生只だ酒有りて膽を開く。
醉中の快樂人知る無し、
大地を蓐しとねと爲して天を衣と爲す。
英雄の生涯眞まことに夢なりて、
く迄酒を呑みて美姫に醉はん。


 山居
藤原惺窩
靑山高聳白雲邊、
仄聽樵歌忘世縁。
意足不求絲竹樂、
幽禽睡熟碧巖前。




靑山高く聳ゆ白雲の邊、
仄かに樵歌を聽きて世縁を忘る。
意足りて求めず絲竹の樂しみを、
幽禽睡りは熟す碧巖の前。


 雨中海棠
尾池桐陽
芳園三月雨濛濛、
露蘂煙英漸放紅。
想見華淸初出浴、
嬌姿無力立春風。


 雨中の海棠

芳園三月雨濛濛として、
露蘂煙英漸やうやく紅放ひらく。
想ひ見る華淸に初めて浴を出で、
嬌姿力無く春風に立つ。


 遊芳野
藤井竹外
古陵松柏吼天飆、
山寺尋春春寂寥。
眉雪老僧時輟帚、
落花深處説南朝。


 芳野に遊ぶ

古陵の松柏天飆てんぺうに吼ゆ、
山寺春を尋たづぬれば春は寂寥。
眉雪の老僧時に帚はうきを輟とどめ、
落花深き處南朝を説く。


於鴻臚館餞北客 序 和漢朗詠集 餞別 江相公

前途程遠。馳思於鴈山之暮雲。後會期遥。
霑纓於鴻臚之曉涙。


 前途程遠し。思ひを鴈山の暮ゆふべの雲に馳す。後會期遥かなり。
 纓を鴻臚の曉の涙に霑す。

 題焦心録後
高杉晉作
内憂外患迫吾州、
正是危急存亡秋。
唯爲邦君爲邦國、
降彈名姓又何愁。

 焦心録後に題す

内憂外患吾が州に迫る、
正に是れ危急存亡の秋。
唯だ邦君の爲邦國の爲、
降彈名姓又何ぞ愁へん。

 宿生田
菅茶山
千歳恩讐兩不存、
風雲長爲弔忠魂。
客窗一夜聽松籟、
月暗楠公墓畔村。

 生田に宿す

千歳恩讐兩ふたつながら存せず、
風雲長とこしへに爲に忠魂を弔とむらふ。
客窗一夜松籟しょうらいを聽く、
月は暗し楠公墓畔の村。

備後三郞 題詩櫻樹圖 菅茶山
 備後三郞 詩を櫻樹に題するの圖
騎馬撃賊下馬檄、
三郞奇才世無敵。
夜穿虎豹達行在、
衛騎眠熟柝聲寂。
慨然白樹寫幽憤、
行雲不動天亦忿。
中興誰旌首事功、
一門猶懷貫日忠。
金輿再南乾坤變、
五字櫻花千古恨。
馬に騎りては賊を撃ち馬を下りては檄、
三郞の奇才世に敵無し。
夜虎豹を穿ちて行在に達し、
衛騎眠り熟して柝聲寂たり。
慨然樹を白しらげて幽憤を寫せば、
行雲動かず天も亦た忿いかる。
中興誰たれか旌あらはす首事の功を、
一門猶なほいだく貫日の忠。
金輿再び南して乾坤變じ、
五字の櫻花千古の恨。

白櫻十字詩
兒島高德
天莫空勾踐、
時非無范蠡。

 白櫻十字の詩

天勾踐を空しうする莫れ、
時に范蠡無きにしも非ず。

 詠古雜詩
藤田東湖
陰陽生日月、
赫然六合明。
天神造化功、
蕩蕩豈得名。
劍鏡萬古輝、
皇統綿緜榮。
茫茫普天下、
孰不仰神京。



陰陽日月を生じ、
赫然かくぜんとして六合明あきらかなり。
天神造化の功、
蕩蕩豈あになづくるを得んや。
劍鏡萬古に輝き、
皇統綿緜として榮ゆ。
茫茫普天の下、
たれか神京を仰がざらん。

和文天祥 正氣歌 藤田東湖
 文天祥の正氣歌に和す
天地正大氣、
粹然鍾神州。
秀爲不二嶽、
巍巍聳千秋。
注爲大瀛水、
洋洋環八洲。
發爲萬朶櫻、
衆芳難與儔。
凝爲百錬鐵、
鋭利可割鍪。
藎臣皆熊羆、
武夫盡好仇。
神州孰君臨、
萬古仰天皇。
皇風洽六合、
明德侔大陽。
不世無汚隆、
正氣時放光。
乃參大連議、
侃侃排瞿曇。
乃助明主斷、
燄燄焚伽藍。
中郞嘗用之、
宗社磐石安。
淸丸嘗用之、
妖僧肝膽寒。
忽揮龍口劍、
虜使頭足分。
忽起西海颶、
怒濤殱胡氛。
志賀月明夜、
陽爲鳳輦巡。
芳野戰酣日、
又代帝子屯。
或投鎌倉窟、
憂憤正愪愪。
或伴櫻井驛、
遺訓何殷勤。
或守伏見城、
一身當萬軍。
或殉天目山、
幽囚不忘君。
承平二百歳、
斯氣常獲伸。
然當其鬱屈、
生四十七人。
乃知人雖亡、
英靈未嘗泯。
長在天地間、
凛然敍彜倫。
孰能扶持之、
卓立東海濱。
忠誠尊皇室、
孝敬事天神。
修文兼奮武、
誓欲淸胡塵。
一朝天歩艱、
邦君身先淪。
頑鈍不知機、
罪戻及孤臣。
孤臣困葛藟、
君冤向誰陳。
孤子遠墳墓、
何以報先親。
荏苒二周星、
獨有斯氣隨。
嗟予雖萬死、
豈忍與汝離。
屈伸付天地、
生死又何疑。
生當雪君冤、
復見張四維。
死爲忠義鬼、
極天護皇基。
天地正大の氣、
粹然として神州に鍾あつまる。
秀でては不二ふじの嶽となり、
巍巍ぎぎとして千秋に聳そびゆ。
注ぎては大瀛だいえいの水となり、
洋洋として八洲を環めぐる。
發しては萬朶ばんだの櫻となり、
衆芳與ともに儔たぐひし難し。
りては百錬の鐵となり、
鋭利鍪かぶとを割く可し。
藎臣じんしん皆な熊羆ゆうひ
武夫盡ことごとく好仇かうきう
神州孰たれか君臨する、
萬古天皇を仰ぐ。
皇風六合りくがふに洽あまねく、
明徳大陽に侔ひとし。
世に汚隆をりゅう無らざれば、
正氣時に光を放つ。
すなはち大連の議に參し、
侃侃かんかん瞿曇くどんを排す。
すなはち明主の斷を助け、
燄燄として伽藍を焚く。
中郞嘗かつて之これを用ひ、
宗社磐石ばんじゃく安し。
淸丸嘗かつて之これを用ひ、
妖僧肝膽寒し。
たちまち龍口の劍を揮ふるひて、
虜使頭足分わかたる。
忽ち西海の颶を起して、
怒濤胡氛を殱ころしつくす。
志賀月明なる夜、
いつはりて鳳輦ほうれんと爲りて巡めぐる。
芳野戰酣たけなはなるの日、
又帝子に代って屯す。
或は鎌倉の窟に投じ、
憂憤正に愪愪うんうん
或は櫻井の驛に伴ひ、
遺訓何ぞ殷勤なる。
或は伏見城を守り、
一身萬軍に當る。
或は天目山に殉したがひ、
幽囚君を忘れず。
承平二百歳、
斯氣常に伸を獲る。
しかれども其の鬱屈するに當あたりては、
四十七人を生ず。
すなはち知る人亡すと雖いへども、
英靈未いまだ嘗かつて泯ほろびず。
長く天地の間に在りて、
隱然彜倫いりんを敍ついづ。
たれか能く之これを扶持ふぢす、
卓立す東海の濱ひん
忠誠皇室を尊び、
孝敬天神に事つかふ。
文を修むるは武を奮ふを兼ね、
誓つて胡塵を淸めんと欲す。
一朝天歩艱なやみ、
邦君身先づ淪しづむ。
頑鈍機を知らず、
罪戻孤臣に及ぶ。
孤臣葛藟かつるゐに困しむ、
君冤誰に向てか陳せん。
孤子墳墓に遠とほざかる、
何を以てか先親に報むくひん。
荏苒じんぜんたり二周星、
ひとり斯の氣の隨ふにあり。
あゝ予萬死すと雖いへども、
あになんぢと離るるに忍びんや。
屈伸天地に付し、
生死又た何ぞ疑はん。
生きては當まさに君の冤を雪すすぎ、
た綱維を張らるるを見るべし。
死しては忠義の鬼と爲り、
極天皇基を護せん。

 巖城結松
那波活所
別離雖惜事皆空、
綰柳結松情自同。
馬上哦詩猶弔古、
寥寥一樹立秋風。

 巖城に松を結ぶ

別離は惜むと雖いへども事皆空しく、
綰柳わんりう結松情自おのづら同じ。
馬上詩を哦うたひて猶なほいにしへを弔せば、
寥寥たる一樹秋風に立つ。

田氏女玉葆 畫常盤抱孤圖 梁川星巖
 田氏の女むすめ玉葆 『常盤抱孤の圖』を畫く
雪灑笠檐風卷袂、
呱呱索乳若爲情。
他年銕枴峰頭嶮、
叱咤三軍是此聲。
雪は笠檐りふえんに灑そそぎ風は袂たもとを卷き、
呱呱ここ乳を索むるは若爲いかんの情。
他年銕枴てつくゎい峰頭の嶮に、
三軍を叱咤するは是れ此の聲。

 關山月
祇園南海
秦嶺西去關塞深、
秦雲遙隔望鄕心。
不見長安惟見月、
鳳城何處照鳴砧。

 關山の月

秦嶺西に去りて關塞深く、
秦雲遙かに隔つ望鄕の心を。
長安を見ずして惟だ月を見る、
鳳城の何處か鳴砧を照らさん。

 流螢篇
服部南郭
珠簾白露玉階光、
添得秋螢夜正涼。
點點隨風流不定、
亦追高樹入昭陽。



珠簾白露玉階の光、
添へ得て秋螢夜正に涼し。
點點として風に隨ひて流れて定まらずして、
亦た高樹を追ひて昭陽に入る。

 出鄕作
佐野竹之助
決然去國向天涯、
生別又兼死別時。
弟妹不知阿兄志、
慇懃牽袖問歸期。

 出鄕の作

決然國を去りて天涯に向かふ、
生別又た兼ぬ死別の時。
弟妹は知らず阿兄の志、
慇懃に袖を牽きて歸期を問ふ。

 登白雲山
太宰春臺
白雲山上白雲飛、
幾戸人家倚翠微。
行盡白雲雲裡路、
滿身還帶白雲歸。

 白雲山に登る

白雲山上白雲飛び、
幾戸の人家か翠微に倚る。
行き盡す白雲雲裡の路、
滿身還た白雲を帶びて歸る。

 遊芳野
頼杏坪
萬人買醉攪芳叢、
感慨誰能與我同。
恨殺殘紅飛向北、
延元陵上落花風。


 芳野に遊ぶ

萬人醉を買ひて芳叢を攪みだし、
感慨誰たれか能く我と同じき。
恨殺す殘紅の飛びて北に向ふを、
延元陵上落花の風。

 無題
友野霞舟
鴛衾暖透更怡融、
墜枕銀釵慢髻鬆。
睡裡依稀傳密語、
歡餘困頓坐春慵。
殘燈影暗宵分帳、
滴漏聲和月午鐘。
堪笑楚襄無福分、
朝雲徒向夢中逢。




鴛衾暖透りて更に怡融し、
枕より墜つる銀釵に慢髻鬆ゆるむ。
睡裡依稀いきとして密語を傳へ、
歡餘困頓として春慵に坐す。
殘燈影は暗し宵分の帳、
滴漏聲は和す月午の鐘。
笑ふに堪へん楚襄の福分無く、
朝雲に徒いたづらに夢中に向いて逢ふ。


 春閨怨
友野霞舟
松蘿本要結綢繆、
豈謂王孫愛遠游。
芳草萋萋春又去、
傷心不復上高樓。




松蘿しょうら本と要す綢繆ちうびうを結ぶを、
豈に謂おもはんや王孫遠游を愛すと。
芳草萋萋として春又た去り、
傷心復た高樓に上らず。

 春感
友野霞舟
妖桃昨夜灼前林、
忽見飛紅一寸深。
開落眞成渠自取、
春風豈有兩般心。




妖桃昨夜前林に灼さきほこり、
たちまち見る飛紅一寸の深きを。
開落眞成に渠かれみづから取り、
春風豈に兩般の心有らんや。


 遂奉遊芳埜
頼山陽
侍輿下阪歩遲遲、
鶯語花香帶別離。
母已七旬兒半百、
此山重到定何時。


 遂に奉じて芳埜に遊ぶ

輿に侍し阪を下る歩遲遲たり、
鶯語花香別離を帶ぶ。
母已すでに七旬兒は半百、
此の山重ねて到るは定めて何れの時ならんや。


 臨終訣妹姪
菅茶山
身殲固信百無知、
那有浮生一念遺。
目下除非存妹姪、
奈何歡笑永參差。

 終に臨みて妹姪に訣す

身殲ほろびて固もとより信ず百すべて知る無きを、
んぞ浮生一念の遺のこる有らんや。
目下ただ妹姪の存するを除きては、
奈何いかんせん歡笑永とこしなへに參差しんしたるを。

 絶命詞
黒澤忠三郎
呼狂呼賊任他評、
幾歳妖雲一旦晴。
正是櫻花好時節、
櫻田門外血如櫻。



狂と呼び賊と呼ぶも他の評に任まかす、
幾歳の妖雲一旦に晴る。
まさに是れ櫻花の好時節、
櫻田門外血櫻の如し。

 思鄕
龍草廬
總角辭家客洛陽、
秋風一望白雲長。
歸心不爲蓴鱸美、
衰白慈親在故鄕。



總角家を辭して洛陽に客たり、
秋風に一望すれば白雲長し。
歸心蓴鱸じゅんろの美なるが爲ためならず、
衰白の慈親故鄕に在り。

 將東遊題壁
釋月性
男兒立志出郷關、
學若無成不復還。
埋骨何期墳墓地、
人間到處有靑山。

 まさに東遊せんとして壁に題す

男兒志を立てて郷關を出づ、
學若し成る無くんば復た還かへらず。
骨を埋うづむるに何ぞ期せん墳墓の地を、
人間到る處に靑山有り。

 山中有仙室
和漢朗詠集 仙家 菅三品
桃李不言春幾暮、
煙霞無跡昔誰栖。

 山中仙室有り

桃李言ものいはず春幾いくばくか暮れぬる、
煙霞跡無し昔誰たれか栖みし。

 詠伯夷叔齊
山田方谷
剪商計就竟戎衣、
宇宙茫茫孰識非。
君去中原幾周武、
春風吹老首陽薇。

 伯夷叔齊を詠ず

商を剪る計就りて竟つひに戎衣、
宇宙茫茫として孰いづれか非を識らん。
君中原を去りてより幾いくばくの周武、
春風吹き老ゆる首陽の薇。

 海南行
細川頼之
人生五十愧無功、
花木春過夏已中。
滿室蒼蠅掃難去、
起尋禪榻臥淸風。



人生五十功無きを愧づ,
花木春過ぎて夏已すでに中ばなり。
滿室の蒼蠅さうよう掃へども去り難く、
起って禪榻ぜんたふを尋たづねて淸風に臥せん。

避亂泛舟江州湖上
足利義昭
落魄江湖暗結愁、
孤舟一夜思悠悠。
天公亦怜吾生否、
月白蘆花淺水秋。

 亂を避け舟を江州の湖上に泛うか

江湖に落魄して暗に愁うれひを結び、
孤舟一夜思おもひ悠悠たり。
天公も亦吾が生を怜あはれむや否や、
月は白し蘆花淺水の秋。

 老娼
銅脈先生
誓莫買老娼、
慰人油如泉。
身代振棒後、
初覺多露懸。

 老娼としま

ちかって老娼としまを買ふ莫なかれ、
人を慰たらして油泉の如し。
身代棒に振ふりて後、
初めて覺おもふ多露に懸かかりしことを。

 獨宿先斗町
銅脈先生
蕎屋去時正半宵、
川原霜白往來寥。
花兒火影冷燒薦、
按摩笛聲夜過橋。
藝子仲居送客返、
鵆禽鴎鴨依沙喓。
酒醒喉渇未須睡、
處處寒彈向曉悄。

 獨り先斗ぽんと町に宿す

蕎屋そばやいぬる時正に半宵よなか
川原霜白くして往來寥さびし。
花兒こじきの火の影は冷さびしく薦こもを燒き、
按摩の笛の聲は夜橋を過ぐ。
藝子仲居客を送て返り、
鵆禽ちどり鴎鴨かもめ沙に依て喓く。
酒醒め喉渇かはいて未だ睡ることを須ひず、
處處寒彈かんびき曉に向て悄かなしむ。

萬里小路藤房卿
阪谷朗廬
誰使中興爲亂麻、
雲林豈肯忘天家。
君王若問臣踪跡、
爲奏松陰泣露華。



たれか中興をして亂麻と爲ら使む、
雲林豈に肯あへて天家を忘れんや。
君王若し臣の踪跡そうせきを問はば、
ために奏せ松陰露華に泣くと。

 擬辭世
河上 肇
多少波瀾、
六十八年。
聊縱所信、
逆流棹船。
浮沈得失、
任衆目憐。
俯不恥地、
仰無愧天。
病臥已及久、
氣力衰如煙。
此夕風特靜、
願高枕永眠。

 辭世に擬す

多少の波瀾、
六十八年。
いささか信ずる所に縱ひ、
流に逆ひ船に棹さす。
浮沈得失は、
衆目の憐あはれむに任まかす。
俯して地に恥ぢず、
あふぎて天に愧づる無し。
病臥已すでに久しきに及び、
氣力衰へて煙の如し。
の夕ゆふ風特に靜かにして、
願はくは枕を高うして永眠せん。

 大夫
狂詩『百々色染』 仁爲
何時代許大夫官、
聞位高凡人潰肝。
寶費阿房宮抜作、
依松御蔭涙雨潘。



いつの時代にか大夫の官を許されし、
位高きを聞きて凡人肝きもを潰つぶす。
寶を阿房宮あはうきゅうに費つひやす抜作ぬけさく
松の御蔭おかげに依って涙の雨潘しげし。

 無題
夏目漱石
元是太平子、
寧居忘亂離。
忽然兵燹起、
一死始醫飢。



元と是れ太平の子、
寧居亂離を忘る。
忽然として兵燹へいせん起り、
一死始めて飢ゑを醫いやす。

 詠古雜詩
藤田東湖
我慕楠夫子、
雄略古今無。
誓建回天業、
感激忘其躯。
廟堂遂無算、
乾坤忠義孤。
空留一片氣、
凛凛不可誣。



我は慕ふ楠夫子、
雄略古今に無し。
誓て回天の業を建て、
感激其の躯を忘る。
廟堂遂つひに算無く、
乾坤忠義孤なり。
空しく一片の氣を留めて、
凛凛誣そしる可からず。

 河内路上
菊池溪琴
南朝古木鎖寒霏、
六百春秋一夢非。
幾度問天天不答、
金剛山下暮雲歸。



南朝の古木寒霏を鎖し、
六百の春秋一夢非なり。
幾度か天に問へども天は答へず、
金剛山下暮雲歸る。

 日出處
『日本樂府』 頼山陽
日出處、日沒處、
兩頭天子皆天署。
扶桑鷄號朝已盈、
長安洛陽天未曙。
贏顛劉蹶趁日沒、
東海一輪依舊出。

 日出づる處

日出づる處、日沒する處、
兩頭の天子皆みな天署す。
扶桑鷄號きて朝已すでに盈ち、
長安洛陽天未だ曙けず。
贏は顛ころび劉は蹶つまづき日を趁おひて沒するも、
東海の一輪舊に依りて出づ。

 詠古雜詩
藤田東湖
偉哉倭建命、
報國不辭難。
手提八尋矛、
撻伐取其殘。
熊蝦不敢抗、
宸襟頼以寛。
請看草薙劍、
神光萬古寒。



偉なる哉倭建やまとたけるの命みこと
報國難を辭せず。
手に八尋やひろの矛ほこを提さげて、
撻伐たつばつ其の殘を取る。
熊蝦敢あへて抗せず、
宸襟しんきんよりて以て寛ひろし。
ふ看よ草薙くさなぎの劍、
神光萬古に寒し。

 弘道館賞梅花
德川齊昭
弘道館中千樹梅、
淸香馥郁十分開。
好文豈謂無威武、
雪裡占春天下魁。

 弘道館に梅花を賞す

弘道館中千樹の梅、
淸香馥郁ふくいくとして十分に開く。
好文豈あにふ威武無からんと、
雪裡に春を占む天下の魁さきがけ

 辭世
吉田松陰
吾今爲國死、
死不背君親。
悠悠天地事、
鑑照在明神。



吾今國の爲に死す、
死して君親に背そむかず。
悠悠たり天地の事、
鑑照明神に在り。

 應天正氣歌
久坂玄瑞
春雪壓城鴟尾高、
白旗驄馬振棨戟。
忽見暴風捲雪暗、
雷霆落地聲霹靂。
青龍出沒紫丹迸、
高呼雲際賊首攫。
嗚呼
十四夜雪上巳雪、
上帝暗助大義成。
千歳芳名何湣滅、
男兒顏與櫻花明。
四十七士既已邈、
海内艷説十七名。
君不見
博浪鐵椎尚方劍、
蹉跌終難抑賊焔。
又不見
翟義敬業徒切齒、
胡詮椒山空憤死。
九天九地渺茫際、
日出處生此烈士。

 應天正氣の歌

春雪城を壓して鴟尾しび高く、
白旗驄馬そうば棨戟けいげきを振ふるふ。
たちまち見る暴風雪を捲きて暗く、
雷霆らいてい地に落ちて聲霹靂へきれきたり。
青龍出沒して紫丹迸ほとばしり、
高く雲際に呼びて賊首を攫る。
嗚呼ああ
十四夜の雪上巳じゃうしの雪、
上帝暗ひそかに助く大義の成すを。
千歳芳名何ぞ湣滅びんめつせんや、
男兒の顏は櫻花より明るし。
四十七士既に已すでに邈はるかなるも、
海内艷説す十七名。
君見ずや
博浪鐵椎尚方しゃうはうの劍、
蹉跌さてつし終つひに賊焔を抑おさへ難かりしを。
又た見ずや
翟義てきぎ敬業徒いたづらに切齒し、
胡詮椒山空しく憤死せしを。
九天九地渺茫べうばうの際、
日出づる處此の烈士を生む。

 遺偈
武田信玄
大底還他肌骨好、
不塗紅粉自風流。



大底は他の肌骨の好きに還す、
紅粉を塗らずして自ら風流。

 餐菊詩
篠崎小竹
風味遙從楚客傳、
摘來滿把愛芳鮮。
脆如碎雪無勞嚼、
香似團茶不用煎。
只覺枯膓充錦繍、
豈知風骨化神仙。
戒君潔物休貪賞、
世俗珍羞不耐羶。



風味は遙か楚客從り傳はり、
摘み來り把に滿ちて芳鮮を愛しむ。
もろきことは碎雪の如く嚼むに勞無く、
香は團茶に似て煎ずるを用ひず。
只だ覺ゆ枯膓に錦繍充つも、
に知らんや風骨神仙と化すを。
君に戒む物に潔くして貪賞を休めよ、
世俗の珍羞は羶なまぐさきに耐へず。

 兵禍何時止
河上 肇
薄粥猶難得飽嘗、
煮茶聊慰我飢腸。
不知兵禍何時止、
破屋頽欄倚夕陽。

 兵禍何れの時にか止まん

薄粥猶ほ飽嘗を得ること難く、
茶を煮て聊いささか我が飢腸を慰む。
知らず兵禍何いづれの時にか止まん、
破屋の頽欄に夕陽に倚る。

 偶成
西郷隆盛
幾歴辛酸志始堅、
丈夫玉碎恥甎全。
一家遺事人知否、
不爲兒孫買美田。



幾度か辛酸を歴て志始めて堅く、
丈夫は玉碎するも甎全を恥づ。
一家の遺事人知るや否や:
兒孫の爲に美田を買はず。

 辭世
雲井龍雄
死不畏死、
生不偸生。
男兒大節、
光與日爭。
道之苟直、
不憚鼎烹。
眇然一身、
萬里長城。



死して死を畏おそれず、
生きて生を偸ぬすまず。
男兒の大節は、
かがやき日と爭ふ。
道之苟いやしくも直なおくんば、
鼎烹ていほうを憚はばからず。
眇然べうぜんたる一身なれど、
萬里の長城たらん。

 遊山
田能村竹田
落落長松下、
抱琴坐晩暉。
清風無限好、
吹入薜蘿衣。

 山に遊ぶ

落落たる長松の下、
琴を抱へて晩暉に坐る。
清風無限に好く、
吹きて薜蘿へいらの衣に入る。

會津訪秋琴老居士
頼三樹三郎
舊誼誰知三世深、
天涯今更聽君琴。
在談休道交情淺、
亦似峨洋千古心。

 會津に秋琴老居士を訪ふ

舊誼誰たれか知らん三世の深きを、
天涯今更に君が琴を聽く。
在談道ふを休めよ:交情淺しと、
亦た似たり峨洋たる千古の心に。

南遊往反數望金剛山 想楠河州公之事 慨然有作 頼山陽
南遊して往反數(しばし)ば金剛山を望み楠河州公の事を想ひ慨然として作有り
山勢自東來、
如鳥開雙翼。
遙夾大江流、
相望列黛色。
南者金剛山、
插天最岐嶷。
拖尾抵海垠、
蜿蜒劃南域。
隱與城郭似、
擁護天王國。
想見豫章公、
孤壘扞群賊。
合圍百萬兵、
陣雲繞麓黑。
臣豈不自惜、
受託由面敕。
灑泣誓吾旅、
爲君鏖鬼蜮。
果然七尺躯、
自有回天力。
宕叡連武庫、
隔江對正北。
公死實在彼、
在公盡臣職。
所惜壞長城、
寧支大厦仄。
吾行歴泉紀、
往反縁大麓。
顧瞻山海間、
慷慨三大息。
丈夫有大節、
天地頼扶植。
悠悠六百載、
姦雄迭起踣。
一時塗人眼、
難洗史書墨。
仰見山色蒼、
萬古淨如拭。
山勢東自り來り、
鳥の如く雙翼を開く。
遙かに大江の流れを夾み、
相ひ望む黛色を列ぬるを。
南者金剛山、
插天最も岐嶷たり。
尾を拖き海垠かいぎんに抵いたり、
蜿蜒として南域を畫くゎくす。
隱として城郭と似、
擁護す天王の國を。
想見す豫章公、
孤壘に群賊を扞ふせぎしを。
合圍す百萬の兵、
陣雲麓を繞めぐりて黑し。
臣豈に自ら惜まざらんや、
受託は面敕に由る。
泣を灑ぎて吾が旅に誓ふ:
君が爲に鬼蜮きよくを鏖みなごろしにせんと。
果然七尺の躯、
自ら回天の力有り。
宕叡たうえいは武庫に連なり、
江を隔てて正北に對す。
公の死は實に彼に在り、
公に在りては臣職を盡くせるのみ。
惜しむ所は長城を壞ちて、
いづくんぞぞ大厦の仄かたむくを支へんや。
吾が行泉紀を歴
往反大麓に縁る。
顧瞻こせんす山海の間、
慷慨して三たび大息す。
丈夫大節有れば、
天地頼って扶植す。
悠悠たる六百載、
姦雄迭たがひに起踣きぼくす。
一時人眼を塗るも、
史書の墨を洗ぐこと難かたし。
仰見す山色の蒼あをきを、
萬古淨きよきこと拭ぬぐふが如し。

 辭世
上杉謙信
四十九年一睡夢、
一期榮華一盃酒。



四十九年しじふくねん一睡いっすゐの夢、
一期いちごの榮華えいぐゎ一盃いっぱいの酒。

 野馬臺詩
寶誌
東海姫氏國、
百世代天工。
右司爲輔翼、
衡主建元功。
初興治法事、
終成祭祖宗。
本枝周天壤、
君臣定始終。
谷填田孫走、
魚膾生羽翔。
葛後干戈動、
中微子孫昌。
白龍游失水、
窘急寄故城。
黄鷄代人食、
黑鼠喰牛腸。
丹水流盡後、
天命在三公。
百王流畢竭、
猿犬稱英雄。
星流飛野外、
鐘鼓喧國中。
靑丘與赤土、
茫茫遂爲空。



東海姫氏の國、
百世天工に代る。
右司輔翼と爲り、
衡主元功を建つ。
初めに治法の事を興おこし、
つひに祖宗を祭るを成す。
本枝天壤てんじゃうに周あまねく、
君臣始終を定む。
谷填うづまりて田孫走り、
魚膾羽を生じて翔ぶ。
葛後干戈かんかはたらき、
中微子孫昌さかんなり。
白龍游びて水を失ひ、
窘急きんきふ故城に寄る。
黄鷄人に代りて食み、
黑鼠牛腸を喰くらふ。
丹水流れ盡きて後、
天命三公に在り。
百王の流畢をはり竭き、
猿犬英雄を稱す。
星流野外に飛び、
鐘鼓國中に喧かまびすし。
靑丘と赤土と、
茫茫として遂つひに空くうと爲らん。

古今和歌集眞名序 淑望

仁流秋津嶋之外、惠茂筑波山之陰。淵變爲瀬之聲、
寂寂閉口、砂長爲巖之頌、洋洋滿耳。


 仁は流る秋津嶋の外に、惠は(しげ)し筑波山の陰に。
 淵は變じて瀬と爲るの聲、寂寂として口を閉し、
 砂は長じて巖と爲るの頌、洋洋として耳に滿つ。

 夢山居
中華若木詩抄 仲芳
半世功名一芥輕、
振衣只要赴歸耕。
靑山不負舊時約、
竹雨松風入夢淸。

 山居を夢む

半世の功名一芥輕く、
衣を振り只だ歸耕に赴くを要す。
靑山は負かず舊時の約、
竹雨松風夢に入りて淸し。

 至野雪隱
狂詩 銅脈先生
欲低臨雪隱、
雪隱中有人。
咳拂尚未出、
幾度吾身振。

 野雪隱せっちんに至る

れんと欲して雪隱に臨めば、
雪隱の中に人有り。
咳拂せきばらひすれど尚ほ未いまだ出でざりければ、
幾度いくたびか吾われ身振みぶるいす。

 囚中作
高杉晉作
君不見
死爲忠魂菅相公、
靈魂尚存天拜峰。
又不見
懷石投流楚屈平、
至今人悲汨羅江。
自古讒間害忠節、
忠臣思君不懷躬。
我亦貶謫幽囚士、
思起二公涙沾胸。
休恨空爲讒間死、
自有後世議論公。

 囚中の作

君見ずや
死して忠魂と爲る菅相公かんしゃうこう
靈魂尚ほ存す天拜峰。
又た見ずや
石を懷いだきて流れに投ず楚の屈平くっぺい
今に至るも人は悲しむ汨羅江べきらかう
いにしへ自り讒間ざんかん忠節を害そこなふも、
忠臣君を思ひて躬を懷おもはず。
我も亦た貶謫へんたく幽囚いうしうの士、
二公を思ひ起こして涙胸を沾うるほす。
恨むを()めよ(むな)しく讒間(ざんかん)の爲に死するを、
おのづから後世議論の公なる有らん。

 田能村竹田墓碑頌
佐藤海城
摩詰再誕、
樂天化身。
胸儲邱壑、
腹藏經綸。
偉哉大聖、
詩畫入神。
古往今來、
天下一人。

 田能村竹田墓碑の頌

摩詰まきつの再誕、
樂天の化身。
胸に邱壑きうがくを儲たくはへ、
腹に經綸けいりんを藏す。
偉なる哉かな大聖たいせい
詩畫しぐゎしんに入る。
古往今來こわうこんらい
天下一人いちじん

 獄中作
橋本左内
二十六年夢裡過、
顧思平昔感滋多。
天祥大節嘗心折、
土室猶吟正氣歌。

 獄中の作

二十六年夢裡に過ぎ、
かへりみて平昔を思へば感滋ますます多し。
天祥の大節嘗かつて心折し、
土室猶なほも吟ず正氣の歌。

 示塾生
尾藤二洲
君曹欲爲士、
須先成男子。
男子貴剛正、
陽道斯爲爾。
何乃近世人、
一與兒女似。
孳孳務言貌、
不務却爲恥。
男兒有當行、
可恥豈在此。
須去妾婦態、
速會剛正字。
良馬不在毛、
爲士在其志。

 塾生に示す

君曹士爲らんと欲ほっせば、
すべからく先づ男子と成るべし。
男子は剛正を貴び、
陽道斯これしかと爲す。
何ぞ乃すなはち近世の人、
もっぱら兒女與似る。
孳孳じじとして言貌に務め、
務めざるを却かへって恥と爲す。
男兒は當まさに行ふこと有るべく、
恥づ可きは豈あにこに在らんや。
すべからく妾婦の態を去り、
すみやかに剛正の字を會すべし。
良馬は毛に在らず、
士爲るは其の志に在り。

 泉岳寺
坂井虎山
山嶽可崩海可飜、
不消四十七臣魂。
墳前滿地草苔濕、
盡是後人流涕痕。



山嶽崩くづす可く海飜ひるがへす可くも、
消せず四十七臣の魂。
墳前滿地草苔濕ふは、
ことごとく是これ後人流涕の痕。

望月望鄕 晁衡
阿倍仲麻呂
翹首望東天、
神馳奈良邊。
三笠山頂上、
想又皓月圓。

 月を望みて鄕を望む

翹首げうしゅして東天を望み、
しんは馳す奈良の邊。
三笠山頂の上に、
想ふ又もや皓月かうげつまどかならんと。

 端午
一休宗純
千古屈平情豈休、
衆人此日醉悠悠。
忠言逆耳誰能會、
只有湘江解順流。



千古の屈平情豈に休せんや、
衆人此の日醉ひて悠悠いういうたり。
忠言耳に逆さからへど誰たれか能く會くゎいせんや、
只だ湘江の順流を解する有るのみ。

謁楠河州墳有作
頼山陽
東海大魚奮鬛尾、
蹴起黑波汚黼扆。
隱島風雲重慘毒、
六十餘州總鬼虺。
誰將隻手排妖氛、
身當百萬哮闞群。
揮戈擬回虞淵日、
執臿同劚即墨雲。
關西自有男子在、
東向寧爲降將軍。
旋乾轉坤答値遇、
洒掃輦道迎鑾輅。
論功睢陽最有力、
謾稱李郭安天歩。
出將入相位未班、
前狼後虎事復艱。
獻策帝閽不得達、
決志軍務豈生還。
且餘兒輩繼微志、
全家血肉殲王事。
非有南柯存舊根、
偏安北闕向何地。
攝山逶迤海水碧、
吾來下馬兵庫驛。
想見
訣兒呼弟來戰此
刀折矢盡臣事畢。
北向再拜天日陰、
七生人間滅此賊。
碧血痕化五百歳、
茫茫春蕪長大麥。
君不見君臣相圖
骨肉相呑、
九葉十三世
何所存。
何如忠臣孝子
萃一門
萬世之下一片石留無數英雄之涙痕。

 楠河州の墳に謁して作有り

東海の大魚鬛尾れふびを奮ひ、
黑波を蹴起して黼扆ふいを汚けがす。
隱島の風雲重ねて慘毒、
六十餘州總じて鬼虺きき
たれか隻手を將もって妖氛を排し、
身は當たる百萬哮闞かうかんの群。
ほこを揮つて回かへさんと擬す虞淵ぐゑんの日、
すきを執つて同じく劚る即墨そくぼくの雲。
關西自おのづから男子の在る有り、
東向寧に降將軍と爲らんや。
けんを旋めぐらし坤こんを轉じて値遇に答へ、
輦道れんだうを洒掃さいさうして鑾輅らんろを迎ふ。
功を論ずれば睢陽すゐやう最も力ありて、
みだりに稱す李郭天歩を安んずと。
出でては將入つては相位末だ班せず、
前狼後虎事復た艱なやむ。
策を帝閽ていこんに獻じて達するを得ず、
志を軍務に決す豈あに生還せんや。
且つ兒輩を餘して微志を繼がしめ、
全家の血肉王事に殲つくす。
南柯舊根を存する有るに非ずんば、
偏安の北闕何いづれの地にか向かはん。
攝山逶迤ゐいとして海水碧みどりなり、
吾來つて馬を下る兵庫の驛。
想見す
兒に訣わかれ弟を呼び來って此ここに戰ふを、
刀折れ矢盡きて臣が事畢をはる。
北向再拜すれば天日陰かげり、
七たび人間に生まれて此の賊を滅ぼさん。
碧血痕は化す五百歳、
茫茫ばうばうたる春蕪大麥を長ず。
君見ずや君臣相ひ圖り
骨肉相ひ呑むを、
九葉十三世
何の存する所ぞ。
何ぞ如かんや忠臣孝子
一門に萃あつまり、
萬世の下一片の石に無數の英雄の涙痕を留むるに。

天王寺未來記 『太平記』卷六

當人王九十五代、天下一亂而主不安。
此時東魚來呑四海、日沒西天 三百七十餘箇日。
西鳥來食東魚、其後海内歸一三年。
如獼猴者掠天下三十餘年、大凶變歸一元。云云。


 人王にんわう九十五代に當あたって、天下一ひとたび亂みだれ而主安やすからず。
 此の時東魚とうぎょきたりて四海を呑む、
 日西天に沒すること三百七十餘箇日。西鳥(せいてう)(きた)りて東魚(とうぎょ)を食す、
 其の後ち海内かいだいいつに歸すること三年。
 獼猴みこうの如き者天下を掠かすむること三十餘年、大凶變の一元に歸す。
 云云うんぬん=といへり

 詠懷
高野蘭亭
寒暑互代謝、
奄忽歳云除。
凝霜被庭樹、
百卉咸凋枯。
慄冽北風厲、
吹我蓬蓽居。
短褐不掩骭、
攬帶起踟蹰。
浮雲逝不返、
頽陽逼桑楡。
人生天地間、
少壯在斯須。
朱顏忽已改、
玄髮一何疎。
願借黄鵠翅、
高飛翔太虚。

 懷を詠む

寒暑互ひに代謝し、
奄忽えんこつとして歳云ここに除す。
凝霜ぎょうさう庭樹を被おほひ、
百卉咸ことごとく凋枯てうこす。
慄冽りつれつとして北風厲はげしく、
我が蓬蓽ほうひつの居を吹く。
短褐骭すねを掩おほはず、
帶を攬りて起ちて踟蹰ちちうす。
浮雲逝きて返らず、
頽陽桑楡さうゆに逼せまる。
人天地に間かんに生まれて、
少壯斯須ししゅに在り。
朱顏忽たちまち已すでに改まり、
玄髮げんぱついつに何ぞ疎なる。
願くは黄鵠くゎうこくの翅つばさを借りて、
高飛して太虚を翔あまがけん。