壁に題す 白塔橋邊地經を賣り、 長亭短驛甚はなはだだ分明なり。 如何いかんぞ只ただ説く臨安の路、 中原まで幾いくばくの程有るかを較あきらかにせず。 |
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在金の日の作 遙けき夜沈沈として幕に滿つる霜、 時有りて歸夢家鄕かきゃうに到る。 傳へ聞く已すでに西河館を築かれしを、 自みづから許す能よく北海の羊を肥やすを。 首かうべを回らせば兩朝倶ともに草莽さうまう、 心を馳はす萬里農桑を絶てるを。 人生一死渾すべて閒事、 |
小桃主あるじ無くして自ら花開き、 煙草茫茫ばうばうとして晩鴉を帶ぶ。 幾處かの敗垣はいゑん故井こせゐを圍かこみ、 向來一一是れ人家。 |
江南の故人に寄す 曾かつて錢塘せんたうに向おいて住みしとき、 鵑けん・ほととぎすを聞かば蜀鄕しょくきゃうを憶おもへり。 知らず今夕こんせきの夢、 蜀しょくに到るか錢塘せんたうに到るかを。 |
絡緯らくゐ聲聲せいせい夜に愁うれひを織おり、 酸風雨を吹く水邊の樓。 堤楊ていやう脆もろくも盡つきたり黄金の縷いと、 城裏じゃうりの人家は未だ秋を覺おぼえず。 |
嗚咽せる江流恨を帶ぶ聲、 重ねて浙江亭に上るに堪へず。 東風吹き起す繁華の跡、 惟だ呉山の舊に似て靑に有り。 |
草茫茫ばうばうとして、水汨汨こつこつたり。 上田蕪あれ、下田沒す。 中田禾いね有るも穗長ぜず、 狼藉らうぜき只だ鳬雁ふがんの糧かてに供すのみ。 雨中摘みて歸り半生濕り、 新婦舂炊しょうすゐせんとして兒夜に泣く。 |
桂花美人に題す 桂花けいくゎの庭院月紛紛ふんぷん、 霓裳げいしゃうを按あんじ罷やみて酒半ば醺くんず。 一枝を折り得て携たづさへれば袖に満ち、 羅衣らい今夜熏くんずるを須もちゐず。 |
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陶の『飮酒』に和す 我は陶生に如しかず 世事之これに纏綿す。 云何いかんぞ一適を得うるに、 亦た生の時の如有らん。 寸田荊棘無く、 佳處正に茲ここに在り。 心を縱ほしいままに事と往かしめ、 遇あふ所復また疑ふこと無からん。 偶たまたま酒中の趣おもむきを得たれば、 空杯亦た常に持す。 |
西林の壁に題す 橫ざまに看れば 遠近高低各おのおの同じからず。 廬山ろざんの真面目を 識しらざるは、 只ただ身の此この山中に在あるに縁よる。 |
雪屋灯靑くして客枕かくちん孤なり、 眼中了了れうれうとして歸途を見る。 山間兒女應まさに相あひ問ふべし、 十月初旬到るを得んこと無からんや |
一たび胡塵こぢん漢關に入りて自より、 十年伊洛いらく路漫漫たり。 靑墩せいとん溪畔龍鐘りょうしょうの客、 獨ひとり東風に立ちて牡丹ぼたんを看る。 |
初めて淮河に入る 船は離る洪澤こうたく岸頭の沙、 人淮河わいがに到りて意佳かならず。 何ぞ必ずしも桑乾さうかん方まさに是れ遠しとせん、 中流以北は即すなはち天涯。 |
梅子黄ばむ時日日晴れ、 小溪泛うかべ盡くして却かへって山行す。 綠陰減げんぜず來時の路、 添へ得たり黄鸝くゎうりの四五聲。 |
岳陽樓に登る 洞庭の東江水かうすゐの西、 簾旌れんせい動かず夕陽せきやう遲し。 登臨す呉蜀ごしょく橫分の地、 徙倚しいす湖山暮れんと欲する時。 萬里來遊して還かへって遠くを望み、 三年難多く更に危たかきに 憑よる。 白頭古を弔ふ風霜の裏うち、 老木蒼波さうは無限の悲しみ。 |
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眼中華屋記生存、
舊時無人可共論。 老樹婆娑三百尺、 靑衫還見讀書孫。 |
眼中の華屋くゎをく生存を記するも、
舊時人の共に論ず可べき無し。 老樹婆娑ばさたり三百尺、 靑衫せいさん還また書を讀む孫を見ん。 |
千里爲重、
重山重水重慶府 一人是大、 大邦大國大明君。 |
千里は重おもしと 爲なす、 重ちょう山重ちょう水重ぢゅう慶府けいふ 一いち人じんは是これ大なり、 大邦大國大明君。 |
老いを歎く 唯ただ少年を覓もとむるも心に得えず、 當時舊きうに感じて已すでに 潸然さんぜん。 情懷じゃうくゎい此この日君きみ問ふことを休やめよ、 又また當時より老おいたること二十年。 |
再び洛陽に到る 當年たうねん曾かつて是これ靑春の客かく、 今日こんにち重かさねて來きたる白髮の翁をう。 今日當年一世いっせいを成なし、 幾多の興替こうたい其中そのなかに在あり。 |
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萬里の車書しゃしょ盡ことごとく混同し、 江南豈あに疆封きゃうほうの別べつ有らんや。 兵百萬を提すぶ西湖の上ほとり、 馬を立たてん呉山ござんの第一峰。 |
離心りしん杳杳えうえう思おもひ遲遲ちちたり、 深院しんゐん人無く柳自らおのづか埀たる。 日暮にちぼ長廊ちゃうらう燕語えんごを聞く、 輕寒けいかん微雨びう麥秋ばくしうの時。 |
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琵琶亭 戴復古
潯陽江頭秋月明、黄蘆葉底秋風聲。 銀龍行酒送歸客、 丈夫不爲兒女情。 隔船琵琶自愁思、 何預江州司馬事。 爲渠感激作歌行、 一寫六百六十字。 白樂天、白樂天。 平生多爲達者語、 到此胡爲不釋然。 弗堪謫宦便歸去、 廬山政接柴桑路。 不尋黄菊伴淵明、 忍泣靑衫對商婦。 |
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癸巳きし五月三日 北渡 三首其の一 道傍だうばうに僵臥きゃうぐゎせる纍囚るゐしう滿ち、 過ぎ去る旃車せんしゃは水の流るるに似たり。 紅粉こうふん哭こくして隨したがふ回鶻くゎいこつの馬、 誰たが爲にか一歩に一廻頭くゎいとうす。 |
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夏夜かや涼を追ふ 夜熱やねつ依然として午熱ごねつに同じ、 門を開あけ小しばらく立つ月明げつめいの中。 竹深く樹き密みつにして蟲鳴く處ところ、 時に微涼びりゃう有るも是れ風ならず。 |
孔密州こうみっしうの五絶に和す 東欄の梨花 梨花りかは淡白たんぱく柳は深靑しんせい、 柳絮りうじょ飛ぶ時花城じゃうに滿つ。 惆悵ちうちゃうす東欄一株いっしゅの雪、 人生看得みうるは幾いく淸明せいめい。 |
寇公に呈す 一曲の淸歌一束の綾、 美人は猶ほ自づから意は輕きを嫌ふ。 知らずや織女螢窗の下に、 幾度梭を抛りて織りて成すを得たるを。 |
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老態年來日日に添くははり、 黑花眼に飛び雪髯ひげに生ず。 扶衰ふすゐ毎つねに藉よる眉を過こゆる杖つゑ、 肉を食くらひては先まづ尋たづぬ齒を剔えぐる籤せん。 右臂いうひ拘攣こうれんして巾おほひ裹つつめず、 中腸ちゅうちゃう慘慼さんせきとして涙常に淹ひたす。 床しゃうを移して獨ひとり就つく南榮なんえいの坐、 冷れいを畏おそれ親しまんと思ふ愛日あいじつの簷えん。 |
雨は橫塘わうたうを過ぎて水は堤つつみに滿ち、 亂山高下かうげして路みち東西とうざいす。 一番の桃李たうり花開ひらき盡つくして、 惟ただ青青せいせいたる草色さうしょくの齊ひとしき有り。 |
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車轂しゃこく人肩じんけん撃磨げきまするに 困こうじ、 珠簾しゅれん十里笙歌しゃうか湧わけり。 而今じこん遺老ゐらう空しく涕なみだを垂たらし、 猶なほも恨む宣和せんなと政和せいわとを。 |
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淸明上河圖せいめいじゃうがづ畫讃 其の九 汴梁べんりゃうは古いにしへより帝王ていわうの都、 興廢こうはい相こもごも尋たづねて何いづれの代にか無けん。 獨ひとり惜しむ徽・欽き・きん北へ去りてより、 今に至るも荒草くゎうさう長衢ちゃうくに徧あまねし。 |
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金爐きんろ香かう盡つきて漏聲ろうせい殘すたれ、 剪剪せんせんたる輕風けいふう陣陣ぢんぢんとして寒し。 春色人を惱まして眠り得えず、 月つき移りて花影くゎえい欄干らんかんに上のぼる。 |
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楓橋ふうけうの寺に過よぎる 白首はくしゅ重かさねて來きたる一夢の中うち、 靑山改まらず舊時の容すがた。 烏からす啼なき月落つ橋邊けうへんの寺、 枕を欹そばだて猶なほ聞く半夜の鐘。 |
岳鄂王がくがくわうの墓 鄂王がくわうの墓上ぼじゃう草離離りりとして、 秋日しうじつ荒涼くゎうりゃう石獸せきじう危あやふし。 南渡なんとの君臣社稷しゃしょくを輕んずるも、 中原ちゅうげんの父老ふらう旌旗せいきを望む。 英雄已すでに死して嗟なげくも何ぞ及ばん、 天下中分ちゅうぶんして遂つひに支へず。 西湖に向おいて此の曲を歌ふこと莫なかれ、 水光すゐくゎう山色悲しみに勝たへず。 |
西鄰せいりん昨夜暴卒ばうそつを哭こくし、 東家とうか今日こんにち免官を悲しむ。 今日こんにち知らず來日らいじつの事、 人生杯酒はいしゅの乾かわくに放まかす可べし。 |
蘇小そせうの門前花株かぶに滿ち、 蘇公そこうの堤上ていじゃう女壚ろに當たる。 南官北使なんくゎんほくし須すべからく此ここに到るべし、 江南の西湖せいこ天下に無し。 |
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一夕いっせき輕雷けいらい萬絲ばんし落つ、 霽光せいくゎう瓦かはらに浮かび碧みどり參差しんしたり。 情こころ有る芍藥しゃくやくは春の涙を含み、 力ちから無き薔薇しゃうびは曉あかつきの枝に臥ふす。 |
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太陽初めて出いでて光ひかり赫赫かくかく、 千山萬山ばんざん火ひの發はっするが如し。 一輪頃刻けいこく天衢てんくに上のぼり、 羣星ぐんせいと殘月ざんげつとを逐退ちくたいす。 |
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芙蓉洞ふようどう 巖下がんか雲萬重ばんちょう、 洞口どうこう桃千樹せんじゅ。 終歳しゅうさい人の來きたる無し、 惟ただ許す山僧の住ぢゅうするを。 |
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