悲憤詩 其一 漢魏・蔡文姫
漢季失權柄、董卓亂天常。 志欲圖簒弑、 先害諸賢良。 逼迫遷舊邦、 擁主以自彊。 海内興義師、 欲共討不祥。 卓衆來東下、 金甲耀日光。 平土人脆弱、 來兵皆胡羌。 獵野圍城邑、 所向悉破亡。 斬截無孑遺、 尸骸相牚拒。 馬邊縣男頭、 馬後載婦女。 長驅西入關、 迥路險且阻。 還顧邈冥冥、 肝脾爲爛腐。 所略有萬計、 不得令屯聚。 或有骨肉倶、 欲言不敢語。 失意機微閒、 輒言斃降虜。 要當以亭刃、 我曹不活汝。 豈復惜性命、 不堪其詈罵。 或便加棰杖、 毒痛參并下。 旦則號泣行、 夜則悲吟坐。 欲死不能得、 欲生無一可。 彼蒼者何辜、 乃遭此戹禍! |
漢季權柄を失し、 董卓天常を亂す。 志は簒弑さんしいを圖はからんと欲し、 先づ諸賢良を害す。 逼迫して舊邦をに遷うつらしめ、 主を擁して以て自ら彊つとむ。 海内に義師を興おこし、 共に祥よからざるを討たんと欲ほっす。 卓衆來りて東下し、 金甲日光に耀く。 平土の人脆弱にして、 來兵皆胡羌なり。 野に獵するがごとく城邑を圍み、 向ふ所悉ことごとく破り亡ほろぼす。 斬截ざんせつして孑遺げつゐ無く、 尸骸相ひ牚拒たうきょす。 馬邊に男の頭を縣かけ、 馬後に婦女を載す。 長驅して西のかた關に入るに、 迥路けいろは險にして且つ阻なり。 還顧くゎんこすれば邈ばく冥冥として、 肝脾かんぴ爲ために爛腐らんぷす。 略せる所萬計ばかり有りて、 屯聚せしめ得ず。 或あるひは骨肉の倶ともなふ有りて、 言はんと欲すれど敢あへては語れず。 意を機微の閒に失へば、 輒すなはち言ふに:「降虜を斃たふすに。 要當まさに刃やいばを亭とどめるを以ってしても、 我曹われら汝なんぢを活いかさざるべし。」 豈あに復また性命を惜みて、 其の詈罵りばに堪へざらんや。 或は便すなはち棰杖すゐぢゃうを加へ、 毒痛參こもごも并あはせ下る。 旦あしたになれば則すなはち號泣して行き、 夜になれば則すなはち悲吟して坐る。 死なんと欲すれども得うる能あたはずして、 生きんと欲すれども一の可なるもの無し。 彼かの蒼たる者何の辜つみありて、 乃すなはち此この戹禍やくくゎに遭あはさんや! |
悲憤詩 其二 漢魏・蔡文姫
邊荒與華異、人俗少義理。 處所多霜雪、 胡風春夏起。 翩翩吹我衣、 肅肅入我耳。 感時念父母、 哀歎無窮已。 有客從外來、 聞之常歡喜。 迎問其消息、 輒復非鄕里。 邂逅徼時願、 骨肉來迎己。 己得自解免、 當復棄兒子。 天屬綴人心、 念別無會期。 存亡永乖隔、 不忍與之辭。 兒前抱我頸、 問母欲何之。 人言母當去、 豈復有還時。 阿母常仁惻、 今何更不慈? 我尚未成人、 柰何不顧思! 見此崩五内、 恍惚生狂癡。 號泣手撫摩、 當發復回疑。 兼有同時輩、 相送告離別。 慕我獨得歸、 哀叫聲摧裂。 馬爲立踟蹰、 車爲不轉轍。 觀者皆歔欷、 行路亦嗚咽。 |
邊荒は華と異なり、 人俗義理を少かく。 處す所霜雪多く、 胡風春夏に起る。 翩翩として我が衣を吹き、 肅肅として我が耳に入る。 時に感じて父母を念おもへば、 哀歎窮り已やむこと無し。 客有り外從より來きたれば、 之これを聞きて常に歡喜す。 迎へて其の消息を問ふに、 輒すなはち復また鄕里に非ず。 邂逅して時この願ひ徼もとむるに、 骨肉來りて己を迎ふ。 己おのれ自ら解免するを得うるも、 當まさに復また兒子を棄つべし。 天屬人心に綴まとはり、 別れて會する期無きを念おもふ。 存亡永とこしへに乖ひらき隔へだつ、 之これと辭するに忍びず。 兒前すすみて我が頸くびを抱いだき、 母に問ふに「何いづくにか之ゆかんと欲す」と。 人は言ふ:「母當まさに去りて、 豈あに復また還かへる時有らんや。」と 阿母は常かつて仁惻じんそくなりしに、 今何ぞ更に慈ならざる? 我尚なほ未いまだ成人せざるに、 柰何いかんぞ顧思こしせざる!」と 此これに見あひて五内ごだい崩れ、 恍惚として狂癡きゃうちを生ず。 號泣して手を撫摩し、 發するに當あたりて復また回めぐりて疑まよふ。 兼くはへて同時の輩有りて、 相ひ送りて離別を告ぐ。 我獨ひとり歸るを得たるを慕うらやみ、 哀叫して聲摧裂さいれつす。 馬爲に立ちて踟蹰ちちうし、 車爲に轉轍てんてつせず。 觀みる者皆みな歔欷きょきし、 行路亦また嗚咽をえつす。 |
悲憤詩 其三 漢魏・蔡文姫
去去割情戀、遄征日遐邁。 悠悠三千里、 何時復交會? 念我出腹子、 匈臆爲摧敗。 既至家人盡、 又復無中外。 城郭爲山林、 庭宇生荊艾。 白骨不知誰、 從橫莫覆蓋。 出門無人聲、 豺狼號且吠。 煢煢對孤景、 怛咤糜肝肺。 登高遠眺望、 魂神忽飛逝。 奄若壽命盡、 旁人相寬大。 爲復彊視息、 雖生何聊賴! 託命於新人、 竭心自勗厲。 流離成鄙賤、 常恐復捐廢。 人生幾何時、 懷憂終年歳! |
去り去りて情戀を割さき、 遄すみやかに征ゆくこと日ゝに遐はるかに邁すすむ。 悠悠たり三千里、 何いづれの時か復また交會せん? 我が腹より出せし子を念じ、 匈臆きょうおく爲に摧くだき敗やぶる。 既に至るも家人盡き、 又た復また中外無し。 城郭は山林と爲なり、 庭宇は荊艾けいがいを生ず。 白骨誰たれなるかを知らずして、 從橫して覆蓋ふうがい莫なし。 門を出づれども人の聲無く、 豺狼さいらう號さけび且つ吠ほゆ。 煢煢けいけいとして孤景に對し、 怛咤だつた肝肺を糜ただらす。 登高して遠く眺望し、 魂神忽たちまち飛び逝ゆく。 奄若たちまち壽命盡きんとするも、 旁人相ひ寬大にす。 爲に復また彊しひて視息すれども、 生くと雖いへども何ぞ賴たのみ聊ねがはんや! 命めいを新たなる人に託して、 心を竭つくして自ら勗厲きょくれいす。 流離して鄙賤ひせんと成り、 常に恐る復また捐廢えんぱいせられんことを。 人生幾何いくばくの時ぞ、 憂ひを懷いだきて年歳を終をへん! |
悲憤詩 其二章 漢魏・蔡文姫
嗟薄祜兮遭世患宗族殄兮門戸單 身執略兮入西關 歴險阻兮之羌蠻 山谷眇兮路曼曼 眷東顧兮但悲歎 冥當寢兮不能安 飢當食兮不能餐 常流涕兮眥不乾 薄志節兮念死難 雖苟活兮無形顏 惟彼方兮遠陽精 陰氣凝兮雪夏零 沙漠壅兮塵冥冥 有草木兮春不榮 人似禽兮食臭腥 言兜離兮状窈停 歳聿暮兮時邁征 夜悠長兮禁門扄 不能寐兮起屏營 登胡殿兮臨廣庭 玄雲合兮翳月星 北風厲兮肅泠泠 胡笳動兮邊馬鳴 孤雁歸兮聲嚶嚶 樂人興兮彈琴箏 音相和兮悲且清 心吐思兮匈憤盈 欲舒氣兮恐彼驚 含哀咽兮涕沾頸 家既迎兮當歸寧 臨長路兮捐所生 兒呼母兮號失聲 我掩耳兮不忍聽 追持我兮走煢煢 頓復起兮毀顏形 還顧之兮破人情 心怛絶兮死復生 |
薄祜はくこを嗟なげきて世患に遭あひ、 宗族そうぞく殄ほろびて門戸單ひとつ。 身執略せられて西の關に入り、 險阻けんそを歴へて羌蠻きゃうばんに之ゆく。 山谷眇べうとして路曼曼まんまんたり、 東を眷かへりみ顧かへりみて但ただ悲歎す。 冥となれば 飢となれば 常に涕なみだを流して眥まなぢり乾かわかず、 志節薄くして死を念おもへど難かたく、 苟かりそめにも活いくと雖いへども形顏無し。 惟おもふに彼方は陽精遠く、 陰氣凝こりて雪夏に零ふる。 沙漠壅ふさぎて塵冥冥たり、 草木有りても春榮えず。 人は禽けものに似て食臭腥なまぐさく、 兜離とうりを言ふに状さまは窈停えうていたり。 歳聿ここに暮れて時邁征し、 夜悠長にして門扄もんしゃうを禁ず。 寐ぬ能はずして屏營へいえい起こり、 胡殿に登りて廣庭に臨む。 玄くろき雲合あはさりて月星翳かげり、 北風厲きびしく肅しゅく 泠泠れいれいたり。 胡笳動きて邊馬鳴いななき、 孤雁歸らんとして聲嚶嚶あうあうたり。 樂人興じて琴箏を彈ひき、 音相ひ和して悲く且つ清し。 心思ひを吐きて匈むね憤いきどほりに盈みつ、 氣を舒くつろげんと欲すれど彼かの驚くを恐れ、 哀咽を含みて涕なみだ頸くびを沾ぬらす。 家既に迎へて當まさに歸寧きねいすべく、 長路に臨みて生める所を捐すつ。 兒は母を呼びて號して聲を失ひ、 我は耳を掩おほひて聽くに忍びず。 追ひて我を持ちて走ること煢煢けいけいとして、 頓つまづき復また起ちて顏形を毀こぼつ。 還なほも之これを顧かへりみれば人情を破り、 心怛絶だつぜつして死して復また生まれん。 |
白頭吟 漢・卓文君
皚如山上雪、皎若雲間月。 聞君有兩意、 故來相決絶。 今日斗酒會、 明旦溝水頭。 躞蹀御溝上、 溝水東西流。 淒淒復淒淒、 嫁娶不須啼。 願得一心人、 白頭不相離。 竹竿何嫋嫋、 魚尾何簁簁。 男兒重意氣、 何用錢刀爲。 |
皚がいたること山上の雪の如く、 皎けうたること雲間の月の若ごとし。 聞く君兩意有りと、 故ことさらに來たりて相あひ決絶す。 今日斗酒の會、 明旦溝水の頭ほとり。 御溝の上に躞蹀せふてふすれば、 溝水は東西に流る。 淒淒せいせい復また淒淒たるも、 嫁娶かしゅに啼なくを須もちゐんや。 願はくは一心の人を得て、 白頭まで相あひ離れざらん。 竹竿何ぞ嫋嫋でうでうたる、 魚尾何ぞ簁簁ししたる。 男兒は意氣を重んず、 何ぞ錢刀を用ゐるを爲なさん。 |
去る者は日ゞに以て疎うとく、 來きたる者は日ゞに以て親しむ。 郭門を出でて直視すれば、 但だ丘と墳とを見るのみ。 古墓は犁すかれて田と爲なり、 松柏は摧くだかれて薪と爲なる。 白楊悲風多く、 蕭蕭せうせうとして人を愁殺す。 故もとの里閭に還かへらんと思ひ、 歸らんと欲するも道に因し無し。 |
靑靑せいせいたる河畔の草、 鬱鬱うつうつたる園中の柳。 盈盈えいえいたる樓上の女、 皎皎けうけうとして窗牖さういうに當る。 娥娥ががたる紅粉の妝、 纖纖せんせんとして素手を出いだす。 昔は倡家の女爲たり、 今は蕩子たうしの婦つまと爲なる。 蕩子たうし行きて歸らず、 空牀獨ひとり守ること難かたし。 |
男兒憐あはれむ可べきの蟲、 門を出づれば死の憂へを懷いだく。 尸しかばねは狹谷の中に喪うしなひて、 白骨人の收むる無し。 |
生時には國都に遊び、 死沒して中野に棄てらる。 朝あしたに高堂の上を發し、 暮ゆふべに黄泉の下に宿す。 白日虞淵ぐゑんに入り、 車を懸けて駟馬しばを息いこはしむ。 造化神明なりと雖いへども、 安いづくんぞ能よく復また我を存せんや。 形容稍やや歇滅けつめつせば、 齒髮行ゆくゆく當まさに墮おつべし。 古いにしへ自より皆然しかる有りて、 誰たれか能よく此者このものを離るるあらんや。 |
七哀詩 曹植
明月照高樓、流光正徘徊。 上有愁思婦、 悲歎有餘哀。 借問歎者誰、 言是客子妻。 君行踰十年、 孤妾常獨棲。 君若淸路塵、 妾若濁水泥。 浮沈各異勢、 會合何時諧。 願爲西南風、 長逝入君懷。 君懷良不開、 賤妾當何依。 |
明月高樓を照らし、 流光正に徘徊す。 上に愁思の婦有り、 悲歎して餘哀有り。 借問す歎ずる者は誰ぞと、 言ふ是これ客子の妻と。 君行きて十年を踰こえ、 孤妾こせふ常に獨ひとり棲すむ。 君は淸路の塵の若ごとく、 妾は濁水の泥の若ごとし。 浮沈各ゝおのおの勢を異ことにし、 會合何いづれの時にか諧かなはん。 願はくば西南の風と爲なり、 長逝して君が懷ふところに入らんことを。 君が懷ふところ良まことに開かずんば、 賤妾せんせふ當まさに何いづれにか依るべき。 |
白馬篇 曹植
白馬飾金羈、連翩西北馳。 借問誰家子、 幽并遊侠兒。 少小去鄕邑、 揚聲沙漠垂。 宿昔秉良弓、 楛矢何參差。 控弦破左的、 右發摧月支。 仰手接飛猱、 俯身散馬蹄。 狡捷過猴猿、 勇剽若豹螭。 邊城多警急、 胡虜數遷移。 羽檄從北來、 厲馬登高堤。 長驅蹈匈奴、 左顧凌鮮卑。 棄身鋒刃端、 性命安可懷。 父母且不顧、 何言子與妻。 名編壯士籍、 不得中顧私。 捐躯赴國難、 視死忽如歸。 |
白馬金羈きんきを飾り、 連翩れんぺんとして西北に馳はす。 借問す誰たが家の子ぞ、 幽・并の遊侠兒。 少小にして鄕邑きゃういふを去り、 聲を沙漠の垂ほとりに揚あぐ。 宿昔良弓を秉とり、 楛矢こし何ぞ參差しんしたる。 弦を控しぼりて左的を破り、 右に發して月支を摧くだく。 手を仰あふぎて飛猱ひだうを接へ、 身を俯して馬蹄を散ず。 狡捷かうせふなること猴猿こうゑんに過すぎ、 勇剽ゆうへうなること豹螭へうちの若ごとし。 邊城警急多く、 胡虜こりょ數しばしば遷移す。 羽檄うげき北從より來り、 馬を厲はげまして高堤に登る。 長驅して匈奴を蹈ふみ、 左顧して鮮卑を凌しのがん。 身を鋒刃の端に棄て、 性命安いづくんぞ懷おもふ可べけんや。 父母且すら顧かえりみざるに、 何ぞ子と妻とを言はん。 名壯士の籍に編せらるれば、 中うちに私わたくしを顧みるを得ず。 躯みを捐すてて國難に赴おもむき、 死を視ること忽こつとして歸するが如し。 |
世に生まれて 太常の妻と 一歳ひととし三百六十日、 三百五十九日は齋つつしむ。 |
寡婦 曹丕
霜露紛兮交下、木葉落兮淒淒。 候鴈叫兮雲中、 歸燕翩兮徘徊。 妾心感兮惆悵、 白日忽兮西頽。 守長夜兮思君、 魂一夕兮九乖。 悵延佇兮仰視、 星月隨兮天廻。 徒引領兮入房、 竊自憐兮孤栖。 願從君兮終沒、 愁何可兮久懷。 |
霜露紛として交〃こもごも下くだり、 木葉落ちて淒淒たり。 候鴈雲中に叫び、 歸燕翩へんとして徘徊はいくゎいす。 妾せふが心感じて惆悵ちうちゃうとして、 白日忽こつとして西に頽くづる。 長夜を守りて君を思ひ、 魂一夕に九たび乖はなる。 悵ちゃうとして延佇えんちょして仰あふぎ視みれば、 星月に隨ひて天に廻る。 徒いたづらに領りゃうを引きて房に入り、 竊ひそかに自ら孤栖を憐む。 願くは君に從ひて終つひに沒せん、 愁ひは何ぞ久しく懷いだくべけん。 |
落葉哀蝉の曲 羅袂らべい聲無く、 玉墀ぎょくち塵生ず。 虚房冷かにして寂寞たり、 落葉重扃ちょうけいに依る。 彼かの美なる女を望めども、 安いづくんぞ感ぜしむるを得ん 余が心の未いまだ寧やすんぜざるを。 |
昭君怨 王昭君
秋木萋萋、其葉萎黄。 有鳥處山、 集于苞桑。 養育毛羽、 形容生光。 既得升雲、 上遊曲房。 離宮絶曠、 身體摧藏。 志念抑沈、 不得頡頏。 雖得委食、 心有徊徨。 我獨伊何、 來往變常。 翩翩之燕、 遠集西羌。 高山峨峨、 河水泱泱。 父兮母兮、 道里悠長。 嗚呼哀哉、 憂心惻傷。 |
秋木萋萋せいせいとして、 其の葉萎黄ゐくゎうす。 鳥有り山に處をり、 苞桑はうさうに集むらがる。 毛羽を養育し、 形容光を生ず。 既に雲に升のぼるを得て、 上つかた曲房に遊ぶ。 離宮絶はなはだ曠ひろくして、 身體摧藏さいざうす。 志念抑沈して、 頡頏けつかうするを得ず。 委食を得うと雖いへども、 心に徊徨くゎいくゎうする有り。 我獨ひとり伊これ何ぞ、 來往常を變ず。 翩翩へんぺんたる燕、 遠く西羌せいきゃうに集いたる。 高山峨峨ががたり、 河水泱泱あうあうたり。 父や母や、 道里悠長なり。 嗚呼ああ哀かなしい哉、 憂心惻傷そくしゃうす。 |
車を廻めぐらして駕して言ここに邁ゆき、 悠悠として長道を渉る。 四顧すれば何ぞ茫茫たる、 東風百草を搖うごかす。 遇あふ所故物無く、 焉いづくんぞ速かに老いざるを得んや。 盛衰各〃おのおの時有り、 立身早からざるを苦しむ。 人の生は金石に非ず、 豈あに能よく長く壽考せんや。 奄忽として物に隨ひて化す、 榮名以て寶と爲さん。 |
蘇武に與あたふる詩 其の二 嘉會再ふたたびは遇あひ難かたく、 三載は千秋と爲なる。 河に臨のぞみて長纓ちゃうえいを濯あらひ、 子しを念おもひて悵ちゃうとして悠悠いういうたり。 遠望すれば悲風至り、 酒に對して酬むくゆる能あたはず。 行人往路を懷おもひ、 何を以てか我が愁うれひを慰めん。 獨ひとり觴しゃうに盈みつるの酒有りて、 子しと綢繆ちうびうを結ばん。 |
昔年十四、五、 志尚たかく『書』・『詩』を好めり。 褐かつを被きて珠玉を懷いだき、 顏・閔がん・びん相あひ與ともに期す。 軒を開きて四野に臨み、 高きに登りて所思を望む。 丘墓山岡を蔽ひ、 萬代も一時に同じ。 千秋萬歳の後、 榮名安いづくにか之ゆく所ぞ。 乃すなはち羨門子せんもんしに悟り、 噭噭けうけうとして今自ら嗤わらふ。 |
木蘭詩 無名氏
喞喞復喞喞、木蘭當戸織。 不聞機杼聲、 惟聞女歎息。 問女何所思、 問女何所憶。 女亦無所思、 女亦無所憶。 昨夜見軍帖、 可汗大點兵。 軍書十二卷、 卷卷有爺名。 阿爺無大兒、 木蘭無長兄。 願爲市鞍馬、 從此替爺征。 東市買駿馬、 西市買鞍韉。 南市買轡頭、 北市買長鞭。 旦辭爺孃去、 暮宿黄河邊。 不聞爺孃喚女聲、 但聞黄河流水鳴濺濺 旦辭黄河去、 暮至黑山頭。 不聞爺孃喚女聲、 但聞燕山胡騎鳴啾啾 萬里赴戎機、 關山度若飛。 朔氣傳金柝、 寒光照鐵衣。 將軍百戰死、 壯士十年歸。 歸來見天子、 天子坐明堂。 策勲十二轉、 賞賜百千彊。 可汗問所欲、 木蘭不用尚書郞。 願馳千里足、 送兒還故郷。 爺孃聞女來、 出郭相扶將。 阿姊聞妹來、 當戸理紅妝。 小弟聞姉來、 磨刀霍霍向豬羊。 開我東閣門、 坐我西閣床。 脱我戰時袍、 著我舊時裳。 當窗理雲鬢、 對鏡貼花黄。 出門看火伴、 火伴始驚惶。 同行十二年、 不知木蘭是女郞。 雄兎脚撲朔、 雌兎眼迷離。 兩兎傍地走、 安能辨我是雄雌。 |
木蘭の詩 喞喞しょくしょく復また喞喞しょくしょく、 木蘭戸に當りて織す。 聞かず機はたの杼ちょの聲、 惟ただ聞く女むすめの歎息を。 女むすめに問ふ:何の思ふ所ぞ、 女むすめに問ふ:何の憶ふ所ぞと。 女むすめは亦た思ふ所無く、 女むすめは亦た憶ふ所無しと。 昨夜軍帖を見るに、 可汗こくかん大いに兵を點ず。 軍書十二卷、 卷卷に爺の名有り。 阿爺に大兒無く、 木蘭に長兄無し。 願はくは爲に鞍馬を市かひ、 此これ從より爺に替りて征かん。 東の市に駿馬しゅんめを買ひ、 西の市に鞍韉あんせんを買ふ。 南の市に轡頭ひとうを買ひ、 北の市に長鞭ちゃうべんを買ふ。 旦あしたに爺孃に辭して去り、 暮に黄河の邊ほとりに宿す。 聞こえず爺孃やぢゃうの女むすめを喚よぶ聲を、 但ただ聞く黄河の流水濺濺せんせんと鳴るを。 旦あしたに黄河を辭して去り、 暮に黑山の頭ほとりに至る。 聞こえず爺孃の女むすめを喚よぶ聲を、 但だ聞く燕山の胡騎 萬里戎機に赴き、 關山度どすこと飛ぶが若ごとし。 朔氣さくき金柝きんたくを傳へ、 寒光鐵衣を照らす。 將軍百戰して死し、 壯士十年にして歸る。 歸り來りて天子に見ゆれば、 天子明堂に坐す。 策勲十二轉、 賞賜しゃうし百千彊きゃう。 可汗こくかん欲ほっする所を問ふに、 木蘭尚書郞しゃうしょらうを用ひず。 願はくは千里の足を馳せて、 兒われを送りて故郷に還かへらしめんを。 爺孃やぢゃう女むすめの來きたるを聞き、 郭を出で相ひ扶將す。 阿姉妹の來きたるを聞き、 戸に當りて紅妝こうしゃうを理ととのふ。 小弟姉の來きたるを聞き、 刀を磨すこと 我が東閣の門を開き、 我が西閣の牀に坐る。 我が戰時の袍を脱ぎ、 我が舊時の裳を著つく。 窗に當りて雲鬢を理ととのへ、 鏡に對して花黄を貼る。 門を出で火伴くゎはんを看れば、 火伴くゎはん始めて驚惶きゃうくゎうす。 同行十二年、 知らず木蘭は是これ女郞なるを。 雄兎脚撲朔ぼくさくたりて、 雌兎眼迷離めいりたり。 兩兎地に傍そひて走らば、 |
古詩 焦仲卿の妻の爲に作る 其の一 孔雀東南に飛び、 五里に一たび裴徊はいくゎいす。 十三能よく素そを織り、 十四衣を裁たつを學び、 十五箜篌くごを彈ひき、 十六『詩』『書』を誦しょうし、 十七君が婦つまと爲なり、心中常に苦悲す。 |
常棣じゃうていの華はな、 鄂不がくふ韡韡ゐゐたり。 凡およそ今の人、 兄弟けいていに如しくは莫なし。 兄弟けいてい牆かきに鬩せめげども、 外其の侮あなどりを禦ふせぐ。 |
臨刑の偈 四大元もと主無く、 五陰本來空。 頭を將もって白刃に臨のぞめば、 猶なほ春風を斬るに似たり。 |
北方に佳人有り、 絶世にして獨立す。 一顧いつこすれば人の城を傾け、 再顧さいこすれば人の國を傾く。 寧いづくんぞ 佳人は再び得難えがたし。 |
古詩 十九首之十三 驅車上東門、 遙望郭北墓。 白楊何蕭蕭、 松柏夾廣路。 下有陳死人、 杳杳即長暮。 潛寐黄泉下、 千載永不寤。 浩浩陰陽移、 年命如朝露。 人生忽如寄、 壽無金石固。 萬歳更相送、 賢聖莫能度。 服食求神仙、 多爲藥所誤。 不如飮美酒、 被服紈與素。 |
車を上東門に驅かり、 遙かに郭北の墓を望む。 白楊何ぞ蕭蕭せうせうたる、 松柏廣路を夾む。 下に陳死の人有りて、 杳杳えうえうとして長暮に即つく。 黄泉の下に潛ひそみ寐いねて、 千載永く寤さめず。 浩浩かうかうとして陰陽移り、 年命朝露てうろの如し。 人生忽こつとして寄するが如く、 壽に金石の固き無し。 萬歳更こもごも相ひ送り、 賢聖能く度る莫なし。 服食して神仙を求むれど、 多くは藥の誤る所と爲る。 如しかず美酒を飮みて、 紈ぐゎんと素そとを被服するに。 |
君子于役 『詩經』王風
君子于役、不知其期。 曷至哉。 鷄棲于塒、 日之夕矣、 羊牛下來。 君子于役、 如之何勿思。 君子于役、 不日不月。 曷其有佸。 鷄棲于桀、 日之夕矣、 羊牛下括。 君子于役、 苟無飢渇。 |
君子役えきに于ゆきて、 其の期を知らず。 曷いつに至る哉や。 鷄にはとり塒ねぐらに棲すみ、 日の夕ゆふべになりて、 羊牛やうぎう下くだり來きたる。 君子役えきに于ゆく、 之これを如何いかんぞ思ふ勿なからん。 君子役えきに于ゆきて、 日ならず月ならず。 曷いつに其の佸あふ有らんや。 鷄桀とまりぎに棲み、 日の夕ゆふべになりて、 羊牛下くだり括つどふ。 君子役に于ゆく、 苟くも飢渇きかつする無かれ。 |
王于ゆきて師いくさを興おここさば、 我が戈矛くゎぼうを修め、 子しと仇きうを同じうせん。 王于ゆきて師いくさを興おここさば、 我が矛戟ぼうげきを修め、 子しと偕ともに作なさん。 王于ゆきて師いくさを興おここさば、 我が甲兵かふへいを修め、 子しと偕ともに行かん。 |
煢煢けいけいたる白兎、 東に走り西に顧かへりる。 衣は新しきに如しかず、 人は故ふるきに如しかず。 |
翠鳥すゐてう 庭陬ていすうに若榴有り、 綠葉に丹榮を含む。 翠鳥時に來り集ひ、 翼を振ふりて容形を修をさむ。 囘顧すれば碧色を生じ、 動搖すれば縹靑へうせいを揚ぐ。 幸さいはひに虞人ぐじんの機を脱して、 君子の庭ていに親しむを得えたり。 心を馴らして君が素そに託し、 雌雄百齡を保たん。 |
暮に 寒くして語る能あたはず、 舌卷きて喉のどに入る。 |
隴頭ろうとうの流水りうすゐ、 鳴聲めいせい幽咽いうえつす。 遙かに秦川しんせんを望み、 心腸しんちゃう斷絶す。 |
代出自薊北門行 鮑照
羽檄起邊亭、烽火入咸陽。 徴騎屯廣武、 分兵救朔方。 嚴秋筋竿勁、 虜陣精且彊。 天子按劍怒、 使者遙相望。 鴈行縁石徑、 魚貫度飛梁。 簫鼓流漢思、 旌甲被胡霜。 疾風衝塞起、 沙礫自飄揚。 馬毛縮如蝟、 角弓不可張。 時危見臣節、 世亂識忠良。 投躯報明主、 身死爲國殤。 |
薊の北門より出づる行に代ふ 羽檄邊亭に起こり、 烽火咸陽に入る。 騎を徴して廣武に屯あつめ、 兵を分ちて朔方を救ふ。 嚴秋筋竿勁く、 虜陣精にして且かつ彊なり。 天子劍を按じて怒り、 使者遙かに相ひ望む。 鴈行して石徑に縁り、 魚貫して飛梁を度る。 簫鼓漢思を流し、 旌甲胡霜を被かうむる。 疾風塞を衝きて起り、 沙礫自ら飄揚す。 馬毛縮みて蝟ゐ=はりねずみの如く、 角弓張る可からず。 時危くして臣節を見あらはし、 世亂れて忠良を識る。 躯を投じて明主に報へ、 身死して國殤と爲る。 |
王琳に寄す 金陵 |
神龜は 烈士 |
東田に遊ぶ 手を 雲を 山に 鳥散じて |
一日見ざれば、 一日見ざれば、 一日見ざれば、 |
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水を 人生も 酒を 杯を 心 聲を |
挽舟者歌 北朝・民歌
餓死靑山下。 今我挽龍舟、 又困隋堤道。 方今天下饑、 路糧無些少。 前去三十程、 此身安可保。 寒骨枕荒沙、 幽魂泣煙草。 悲損閨内妻、 望斷吾家老。 安得義男兒、 憫此無主屍。 引其孤魂回、 負其白骨歸。 |
舟を 我が兄 餓死す青山の下。 今我 又 悲しみ 望みは |
雜詩 後漢末・孔融
歳暮乃來歸。 入門望愛子、 妻妾向人悲。 聞子不可見、 日已潛光輝。 孤墳在西北、 常念君來遲。 褰裳上墟丘、 但見蒿與薇。 白骨歸黄泉、 肌體乘塵飛。 生時不識父、 死後知我誰。 孤魂遊窮暮、 飄颻安所依。 人生圖孠息、 爾死我念追。 俛仰内傷心、 不覺涙霑衣。 人生自有命、 但恨生日希。 |
遠く 門に 聞く 日 常に君の 白骨は 生時父を 死後に 人生 人生 |
相ひ送る |
手を分かつも 言ふ 夢中路を 何を |
落日前門に 芳香 |
「芳」は是れ香の爲す所、 「冶容」は敢えて當たらず。 天は人の願ひを奪はず、 故に儂をして郎に見え使む。 |