漆 園 漆 園しつえん 王 維
古人非傲吏 古人こじん 傲吏ごうりに非あらず
自闕経世務 自ら経世けいせいの務めを闕かけり
惟寄一微官 惟ただ一微官いちびかんに寄りて
婆娑数株樹 婆娑ばさたり 数株すうしゅの樹じゅ
むかし荘子は 威張る役人ではなく
みずから経世の職につかなかった
私もささやかな地位に身を置いて
数株の樹の下で飾らずに生きている
同 前 前に同じ [裴 迪]
好閑早成性 閑かんを好むを早つとに性せいと成し
果此諧宿諾 果して此ここに宿諾しゅくだくに諧かなう
今日漆園遊 今日こんにち 漆園に遊び
還同荘叟楽 還また荘叟そうそうの楽しみに同どうず
早くから閑けさを好む性さがとなり
はたしてここに宿願がかなう
今日 漆園に遊び
荘子の翁と楽しみを等しくする
漆園はうるしの木の植えてある畑で、輞川荘の一番奥にあったようです。漆園といえば、当然荘子が出てくるわけです。荘子は粱の蒙(荘子の生地)で漆園の管理をする小役人をしていました。
王維は荘子のようにささやかな地位に身を置いて、「婆娑」はしどけないさまのことをいうのですが、つまり衣冠に身を飾らずに自然な姿で生きていると詠っています。
裴迪の詩の「荘叟」は王維のことを荘子の翁と呼んでいると思われますので、王維の詩に同調していると考えます。
椒 園 椒 園しょうえん 王 維
桂尊迎帝子 桂尊けいそんもて帝子ていしを迎え
杜若贈佳人 杜若とじゃくを佳人かじんに贈る
椒漿奠瑶席 椒漿しょうしょうを瑶席ようせきに奠てんし
欲下雲中君 雲中君うんちゅうくんを下さんと欲ほっす
肉桂にくけいの樽酒で湘夫人を迎え
杜若やぶみょうがを心よき人に贈る
山椒さんしょうの飲み物を玉席に供え
雲中君を下界に招きたいものだ
同 前 前に同じ [裴 迪]
丹刺抽人衣 丹刺たんしは人衣じんいを抽とどめ
芳香留過客 芳香は過客かかくを留とどむ
幸堪調鼎用 幸いに調鼎ちょうていの用に堪たえなば
願君垂採摘 願わくは君 採摘さいてきを垂たれよ
丹の刺は 人の袖をひき
よい香りは 客人をひきとめる
幸いにして 宰相の職に堪えるなら
願わくは 摘み取ってしまいなされ
椒園は山椒を植えてある畑で、漆園の近くにあったようです。
王維の詩は楚辞の世界を濃厚に踏まえていて、すべての語に典拠の説明が必要ですが、ここでは省略いたします。
王維は『輞川集』最後のこの詩で、輞川荘経営の目的が楚辞のような清浄な世界の実現にあることを述べているように思います。
それに対して裴迪の詩は、婉曲ないいまわしですが、もし宰相になる機会があればなりなさいと言っているわけで、師の出世を期待しているようです。