欹 湖 欹 湖いこ 王 維
吹簫凌極浦 簫しょうを吹いて極浦きょくほを凌しのぎ
日暮送夫君 日暮にちぼに夫かの君を送る
湖上一回首 湖上 一たび首こうべを回めぐらせば
青山巻白雲 青山せいざんに白雲はくうん巻けり
笛を吹きながら 遠い水辺を越えてゆき
夕暮れに 君を見送る
湖上で うしろを振りかえると
緑の山に 白い雲がかかっていた
同 前 前に同じ [裴 迪]
空闊湖水広 空闊そらひろくして湖水広く
青熒天色同 青熒せいけいとして天色てんしょくに同じ
艤舟一長嘯 舟を艤ぎして一たび長嘯ちょうしょうすれば
四面来清風 四面しめんより清風せいふう来きたる
空はひらけて湖水は広く
青く光って 天上の色と等しい
舟を留めて 歌声をひびかせると
まわりから 清々しい風が吹いてきた
輞川荘のほぼ中央部に位置するのが「欹湖」で、湖岸の南に南垞、北に北垞があったようです。北が輞川の入口に近いので、長安から来た客は北から南へ奥まってゆくことになります。
王維の詩は「上客」を見送る作品でしょう。舟には裴迪も同乗していたらしく、転結句において、王維は周囲の山の姿を描き、裴迪は吹いて来る風を描いて唱和の妙を発揮しています。
柳 浪 柳 浪りゅうろう 王 維
行分接綺樹 行こう分かれて綺樹きじゅ接し
倒影入清漪 倒影とうえいして清漪せいいに入れり
不学御溝上 学ばず 御溝ぎょこうの上ほとり
春風傷別離 春風に 別離を傷いたむことを
二か所に分かれて 美しい柳が茂り
さざ波に 逆さの影を映している
宮城の堀の柳をまねたりはしない
春風のなか 別れを悲しむ風景を
同 前 前に同じ [裴迪]
映池同一色 池に映えいじて同一の色
逐吹散如糸 逐吹ちくすいして散ずること糸の如し
結陰既得地 陰かげを結びて既に地を得うる
何謝陶家時 何ぞ 陶家とうかの時に謝ゆずらんや
柳は池に映って同じ色
吹く風に散りゆく柳絮りゅうじょは糸のようだ
影を落とせば そこが生まれた土地
陶淵明に 遠慮などはいらないのだ
北垞と臨湖亭は流れを隔てて向かい合う位置にあり、それぞれの岸辺に柳が生えていたようです。
王維の詩の「行分」は、そのことを言っています。さざ波に柳が逆さに影を映しているというのは王維の好む表現であったようです。世を離れた山荘の柳だから、長安の城の堀端の柳のように左遷や転勤で別れを悲しむ必要もないと、山居の気楽な暮らしを肯定しています。
裴迪の詩は、以前の詩で王維が「狂歌す 五柳の前」と裴迪をからかったのに対して、影を落とせば、そこが生まれた土地、遠慮などはいらないと、裴迪の心意気が示されていて気持ちのいい詩です。