臨湖亭      臨湖亭りんこてい   王 維
軽舸迎上客   軽舸けいかもて上客じょうかくを迎え
悠悠湖上来   悠悠ゆうゆう 湖上に来きた
当軒対尊酒   軒けんに当たって尊酒そんしゅに対するに
四面芙蓉開   四面しめん 芙蓉ふよう開く
軽やかな舟で 大事な客を迎え
悠然として 湖上に浮かぶ
窓に向かって 酒樽を開くと
あたり一面 蓮の花の花ざかり
  同 前       前に同じ    [裴 迪]
当軒弥滉漾   軒に当たって弥々いよいよ滉漾こうようたり
孤月正徘徊   孤月 正まさに徘徊はいかい
谷口猿声発   谷口こくこうに猿声えんせい発し
風伝入戸来   風は伝えて戸に入り来きた
窓に当たって 光はゆらぎ
空には月が ひとりさまよう
谷あいで 猿の鳴く声がし
風に乗って ここまで聞こえてくる

 臨湖亭は欹湖の岸辺の水上に建っていました。
 王維は久し振りに「上客」を迎えて嬉しそうです。
 この詩では舟で臨湖亭に来たと言っているのか、舟上で客をもてなしているのかあいまいです。「軒」は日本では「のき」ですが、中国では「のき」の場合と「窓の手すり」の場合があります。ここでは「窓の手すり」でしょうが、「軽舸」に窓はないでしょうから、やはり臨湖亭で客をもてなしているのでしょう。池は蓮の花の花ざかりでした。
 これに対して裴迪は臨湖亭の夜景を詠っています。中国の猿は日本猿と違って手長猿の一種で、極めて哀調を帯びた声で啼く。


  南 垞       南 垞なんだ   王 維
軽舟南垞去   軽舟けいしゅうもて南垞に去
北垞淼難即   北垞ほくだは淼びょうとして即き難し
隔浦望人家   浦を隔てて人家を望めど
遥遥不相識   遥遥ようようとして相い識らず
早舟で南垞に行けば
うみは広々として 北垞は遠い
入江の向こうに 人家を望むが
遥かに遠くて 見分けがつかない
  同 前       前に同じ   [裴 迪]
孤舟信風泊   孤舟こしゅう 風に信まかせて泊す
南垞湖水岸   南垞は湖水の岸
落日下崦茲   落日 崦茲えんじに下り
清波殊淼漫   清波せいは 殊に淼漫びょうまんたり
風にまかせて小舟をつなぐ
南垞は 湖水の岸にあり
夕日は 西方の山に沈み
広々とひろがる湖うみに清らかな波

 「南垞」は欹湖の南岸にある建物で、臨湖亭から小舟で湖を渡って行ったのでしょう。王維は湖が広くて奥深いことを描いています。
 裴迪の詩中の「崦茲」の茲には山偏がついています。これは屈原の『離騒』のなかに出てくる語で、西方の山、日の入る山の意味です。
 裴迪は南垞の落日のようすを楚辞の言語を用いて描いていることになります。

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