茱萸沜       茱萸沜しゅゆはん   王 維
結実紅且緑    実を結びて 紅くれない且つ緑なり
復如花更開    復た 花の更に開くが如し
山中儻留客    山中に儻し客を留とどめば
置此茱萸杯    此の茱萸しゅゆの杯はいを置かん
実を結べば 紅も緑もあり
あらためて 花が咲くかと思われる
この山中に 客をとどめておくのには
茱萸の杯の 用意がいるようだ
  同 前        前に同じ    [裴 迪]
飄香乱椒桂    香を飄ただよわせて椒桂しょうけい乱れ
布葉間檀欒    葉を布きて檀欒だんらんに間まじわる
雲日雖廻照    雲日うんじつは廻照かいしょうすと雖も
森沉猶自寒    森沉しんちんとして猶お自おのずから寒し
香木のよい薫りがまじり合い
葉っぱを敷いて竹の茂みとまじり合う
曇り日と晴れの日はめぐってくるが
深い静けさのなか寒さは深くなっている

 「茱萸沜」は茱萸の植わっている岸辺という意味です。
 茱萸しゅゆは日本では「ぐみ」と読まれますが、日本のグミとは違うもので、葉は椿に似て厚みがあるそうです。
 陰暦三月に花が咲き、花の色は紅紫といいます。
 七、八月に実を結び、実は「はじかみ」に似ていて、はじめは微黄色をしていますが、九月九日の重陽節のころには赤色を呈しているそうです。王維はそうした実の色の変化を珍しいものとして詠っています。
 輞川荘にも客があるらしく、王維は茱萸の木で作った杯が必要だと嬉しそうです。裴迪の詩には、楚辞に出てくる香木類がいくつも詠いこまれていて、それぞれに比喩が含まれています。
 乱れた官界を批判する含みがあります。


 宮塊陌       宮塊陌きゅうかいはく  王 維
仄径蔭宮槐    仄径そくけいは宮槐きゅうかいの蔭にして
幽陰多緑苔    幽陰ゆういんに緑苔りょくたい多し
膺門但迎掃    膺門ようもんは但だ迎掃げいそう
畏有山僧来    山僧の来きたる有るを畏おそ
斜めの小径は 槐えんじゅの木におおわれ
暗い日陰には みどりの苔が生えている
門番は 掃除に余念がないが
山寺の僧侶の来るのを かしこんでいる
  同 前        前に同じ    [裴 迪]
門前宮槐陌    門前もんぜんの宮槐陌きゅうかいはく
是向欹湖道    是れ欹湖いこに向かう道なり
秋来山雨多    秋来しゅうらい 山雨さんう多く
落葉無人掃    落葉らくよう 人の掃くこと無し
門前の槐の径みち
欹湖に通ずる道である
秋になれば 山にはしきりに雨が降り
落ち葉を掃く人の影もない

 題名中の「陌」はあぜ道のことで、槐の木の生えている小径と解されます。山寺の僧がやって来るというので、「膺門」(門番)が一心に掃除をしており、王維はその姿をあたたかく描いています。
 掃いているのは門前の落ち葉でしょう。
 輞川荘のある地域のほぼ中央に「欹湖」いこという湖があり、裴迪は宮槐陌が欹湖に通ずる道であることを述べています。王維が掃除に余念のない門番を描いているのに対して、裴迪は落ち葉を掃く人の影もない山、雨の降る秋の山を描いており、唱和の妙を発揮しています。

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