輞川閒居贈裴秀才迪 輞川閒居 裴秀才迪に贈る 王 維
寒山転蒼翠    寒山かんざん 転々うたた 蒼翠そうすい
秋日水潺湲    秋日しゅうじつ 水 潺湲せんかんたり
倚杖柴門外    杖に倚る 柴門さいもんの外
臨風聴暮蝉    風に臨んで暮蝉ぼせんを聴く
渡頭余落日    渡頭ととうに落日らくじつのこ
墟里上孤煙    墟里きょりに孤煙こえん上る
復値接與酔    復た接與せつよの酔えるに値
狂歌五柳前    狂歌す 五柳ごりゅうの前
寒々とした山は かえって緑の色を増し
秋の日に 水はさらさらと流れている
柴門の外で 杖に寄りかかり
風に吹かれて 日暮れの蝉の声を聞く
渡し場の辺に 夕陽は消えのこり
村里に ひとすじの煙が立ち昇る
またも出会った 酔っぱらいの接與どの
五柳先生の家の前で 狂った歌を詠っている

 輞川荘は、はじめは宋之問の古い別荘を購い取っただけのものでしたが、輞川の別荘にしばしば通うようになってから、すこしずつ広げていったようです。そうした時期に王維と特に親しく交流するようになったのが裴迪はいてきです。王維は詩題で裴迪を秀才しゅうさいと呼んでいますので、貢挙こうきょ(後の科挙)の予備試験である郷試ごうしに及第しただけの若い詩人であったようです。
 王維は裴迪を酔っぱらいの「接與」(論語に出てくる楚の隠者)と呼び、自分を「五柳先生」(陶淵明の自称)と呼んで、からかっています。


酌酒与裴迪     酒を酌みて裴迪に与う  王 維
 酌酒与君君自寛  酒を()みて君に与う 君自ら(ゆる)うせよ
 人情翻覆似波瀾  人情の翻覆はんぷく 波瀾はらんに似たり
 白首相知猶按剣  白首はくしゅの相知そうちも猶お剣を按じ
 朱門先達笑弾冠  朱門の先達せんだつも弾冠だんかんを笑う
 草色全経細雨湿  草色そうしょくは全く細雨を経て湿うるおい
 花枝欲動春風寒  花枝かしは動かんと欲して春風寒し
 世事浮雲何足問  世事せじ浮雲ふうん 何ぞ問うに足らん
 不如高臥且加餐  ()かず 高臥して且く(さん)を加えんには
さあ一杯飲みたまえ そしてのんびりすることだ
人情がくるくる変わるのは 波の騒ぎのようなもの
共白髪の友だちでさえ 剣つるぎの柄つかに掌をかけ
出世をすれば先輩も 頼る者を笑っている
雨の恵みで若草は しっとりと潤うが
枝の花は咲こうとしても 冷たい春の風が吹く
この世のことは浮き雲だ 問題にするに当たらない
のうのうと寝そべって おいしいものでも食べたがよい

 この詩は裴迪はいてきが進士の試験に落第するかしてしょげているところを、王維が自分の家に呼んで、酒を酌みながら慰めている作品でしょう。ここに述べられている人生観は、親子ほども年の違う裴迪を励ます意味もあると思いますが、このころの王維自身の感懐でもあったと思います。

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